| 2008年11月25日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1060 |
|
11月25日(火) 晴
「あら、もう帰るの?」公園の出口で、イチゴのお母さんに声を掛けられた。イチゴのお母さんは、蒸かしたての肉まんのように真っ白でふくふくしている。イチゴはコーギーだと言うが、小さくて(1s一寸だと思う)真っ白い毛は長い。今日は自転車の前カゴに入れられているが、お父さんの時は大きなバイクのサイドに、イチゴ用のカゴが括り付けられていて、それに乗って公園へくるのだ。(イチゴちゃんのお父さんは、ホントにいい人って顔している)とエマのお母さんは言うが、大きな体に童顔が乗っている。イチゴのお父さんが「強制訓練だ」と言いながら、小さなイチゴと公園の廻りをせっせと歩いている様子を見ると、思わずニヤリとしてしまう。
せんだってスーパーで出会ったときには、イチゴが体調を崩していてしばらく公園へは行けないと言っていたのだ。今日のイチゴは暖かそうな服を着ていた。すっかり良くなった訳ではないが、づっと家の中にばかり居たからストレス解消に公園へ来たと言う。
公園では小型犬と中型犬は別々に遊ぶのだが、イチゴは中型犬のグループにも良くやって来る。そしてどういう訳か、ベルを追い回すのだ。ベルはどう対応して良いか分からずうろうろしているが、そのうち面倒になると「ウルサイ!」といって追っ払う。でもイチゴのお父さんは、カラダ掻いてくれるから好きだ。イチゴのお母さんは「また遊んでね」と言って、別れた。もう晩秋の陽は、落ちかけていた。
|
|
|
|
| 2008年11月24日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1059 |
|
11月24日(月) 雨
先日家人の仕度を見て、なんだそれは?と思った。家人は痩せている。健康診断ではいつも痩せ過ぎと、書き込みされる。それにしてもだ、ももしき(ズボン下)をウエストの所で左右着物のように打ち合わせて、上の部分は中に折り返している。私が鋭く詰問すると、ウエストのゴムひもが伸びきっているとおずおず答えた。家人は自分でゴムひもを取り替えるつもりは全くなく、かといって私にも頼む勇気もなく、こんな小細工で当座を凌いでいたのである。いや、深読みすれば、何時か私の目に触れれば(心優しい私が)黙ってゴム紐を取り替えてくれるに違いないと、読んでいたのだ。洗濯物が乾いて今朝、私は件のももしきのゴムを取り替えていた。それを見た家人はすかさず、(じゃあついでにこれも)と、あと2枚持ってきた。やっぱり読んだ通りか。まあ、ゴムひも取り替え位でごちゃごちゃ言うつもりはないが、甘く見るなよ。11月22日(いいふうふ)の日アンケートで、夫婦とはの質問に20代は信頼・愛が第1位で50代以上は忍耐が堂々の1位だったという記事を読んだか! え、我慢はお互い様だって?
|
|
|
|
| 2008年11月23日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1058 |
|
11月23日(日)勤労感謝の日 晴
「花島渓谷の紅葉」。午後3時半。早めに散歩に出たので、花見川遊歩道を廻る事にした。花島大橋の上で立ち止まり上流を眺めてこういうと、へへとサムちゃんが笑いを漏らした。「写真に撮れば、結構な景色になる」と私。川の流れは緩やかに逆流して、ベルは欄干の隙間からいちいち頭を出して川面を覗く。降りて川に近づくと、犬たちは遊歩道沿いの笹藪の中に鳥を追って遊ぶ。「あれ、サムはベルの後にくっついて行ってる」と、サムのお母さん。そう、なんだか今日はベルがサムを従えているように見えた。
大相撲千秋楽の決定戦は、安馬に勝たせたかった。昨日白鳳か安馬か、家人と賭をして負けた。安馬は柏戸に似ている。
不可解な「厚労省役人連続殺人」の犯人(?)は自首したとき、一連の証拠の他に戸籍謄本だったか、住民票だかも持っていたという。「何も免許証で良いのに、あれは誰かに教唆されたに違いない」というのがもっぱら犬仲間の下馬評である。それにしても彼の生いたちを見せられるに連れ、これまでの連続殺人犯人と同じように「絶望と孤独」が浮かび上がってきて、やりきれなくなる。殺人行為が言語道断であることは言うまでもない
|
|
|
|
| 2008年11月22日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1057 |
|
11月22日(土) 晴
今朝家人は遅くに起きてきて「今日は寝てる」と不機嫌に言って、引っ込んだ。
(ったく、夕べも夜中までパソコンでガタガタと何かやっていたくせに)と腹の中で思ったが、口にはしない。家人はこの10日位風邪気味で過ごしているが、なかなか治らない。なのに一向に養生する気配がない。大体、体力が落ちたから風邪をひいたのに、保温・安静・栄養で体力を増強しなくては治るはずがないのである。冷たくて言わないのではない。過去に何十回何百回言って来たが、聞く耳を持たない事がわかったから言わないのだ。家の中でゴホンゴホンとやられて、ウツされたら大迷惑。
水曜日にまた、友達とバスツアーの予定があるのだ。所で夕刊に『◇「一緒の時間過ごしたい」寄り添う夫/「プライベートな時間大切」自立する妻と見出しがあった。
今日(11月22日)は「イイフウフの日」だとか。それに合わせて博報堂生活総合研究所が夫婦に関する実態調査の結果を発表したという。それによると「今一番充実させたい時間」の問いに夫の39.3%は「夫婦一緒の時間」と答えた。一方妻の1位は「プライベートな時間」(64.8%)で「家族一緒の時間」(50.3%)を上回った。』私も世の中の流れに付いていっていることが、わかった。
|
|
|
|
| 2008年11月21日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1056 |
|
11月21日(金) 晴
夕方犬仲間が集まると、立ち話をして行く人がいる。大抵は誰かの知り合いだが、たまたま通りかかったと言う人もいる。そのご婦人は何度か立ち寄ったことがある。背が高く色白で、三日月眉に切れ長の目で、何時もキチンとお化粧もしている。女優の入江たか子に似ている。数ヶ月前、その「入江さん」はりょうくんのお母さんに、ビデオ屋のシルバー割引を教えていた。りょうくんのお母さんも韓流に凝っていて、韓流ビデオが豊富にある船橋のビデオ屋まで週に1回は、バスと電車を乗り継いで借りに行っていたとか。それが私の家の近くのビデオ屋にも韓流が沢山あり、然もシルバー割引を使うと半額で借りられる事を教えたのである。ふとその事を思い出して、シルバー割引の手続きを尋ねた。(それがね)と「入江さん」は続ける。(シルバー割引は10月一杯で終わりと言っていたのが、延長と言うことになっている。でもね、今はテレビで簡単に映画が見られるようになったから、借りる人が減っているはず。だから大丈夫よ。)サムちゃんが口を挟む。「今は1ヶ月900円で、幾らでも映画が見られるんだから」。りょうくんのお母さん「でもヤッパリビデオがいいね。
コマーシャルはないし、途中で電話が架かってきても、トイレでも止めておけるし、居眠りしても巻き戻してもう一度見られるし」。では一体1日に何時間位見るのかと聞いたら、入江さんは5時間前後、りょうくんのお母さんは休みの日はそのくらいだとか。で、ふたりとも1ヶ月に1万円はビデオ屋に使うとこともなげに言った。
|
|
|
|
| 2008年11月20日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1055 |
11月20日(木)その2 晴
今朝は公園に初霜が降りたという。冬に向かって私も忙しい。
わが家には二階と下にそれぞれ4枚の障子があるが、上の4枚は障子紙を剥がして3日程そのままにしてあった。桟だけになった障子は、身体検査を待つ裸の小学生のように頼りなく、新しい障子紙が貼られるのを待っていた。何より障子がないと何となく寒い。実は昨日、私の留守に待ちに待った柿がお隣から届けられていた。昨日から冷たい風が吹いているから、早く剥いて干したいとこれも焦る。然し、まず障子貼りに取りかかった。今年初めて、巻物式でなく1枚分の大きな紙を使ったので、仕事が早く済んだ。今日も良く晴れて、晩秋の日差しは新しい障子を清々しいというよりも神々しく見せた。
次に渋柿の皮むきに着手。10個も剥くと包丁は、黒くヤニが付いた。その度に包丁を研いで皮を剥き、ふたつずつ紐で縛った。それからがAさんに教わって、今年初めてくわえた手順である。皮を剥いた干し柿を干す前に、さっと熱湯にくぐらせると言う。Aさんは、わざわざ宮城県の妹さんに電話を架けて確認、教えて貰った手順だが、その意味はわからないという。私は先人の知恵を有り難く継承させて頂く。2時間近く掛けて、この作業も終了した。これから数日冷たい風が吹いてくれると良いのだが・・。去年は不作で貰えなかったので、今年はいつにもまして美味しい干し柿になって欲しい。 |
|
|
|
| 2008年11月20日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1054 |
|
11月20日(木) 晴
「また体重が右肩上がりになっちゃった」。今朝Nさんから電話が架かったとき、ついそうこぼしたら(そんなの気にしちゃダメよ)と、即返事が返ってきた。いやーこぼした相手が悪かったと、Nさんの体格を思い出しながら反省した。食欲の秋で、美味しいものを食べる機会が多いのが辛い。などというと世界の餓えた子ども達に悪いが、そう沢山食べるわけではない。試食用を丹念に試しているだけなのだ。
誘われて昨日は、茨城県・高萩市の花貫渓谷へ紅葉狩りドライブに出掛けた。仲間はほぼ同年齢同性の10人。皆さんとても落ち着いた人ばかりだと思ったが、買い物の段階になったらやはりフツーのおばさん達だとわかった。空は青く晴れ上がって一点の曇りもない。進行方向右には広く青い海も見える。立ち寄った農産物直売所には季節のむかごや自然薯、芋がらやきのこ類、どうやって食べるのかアロエの大きな葉っぱ(?)も売っていた。次は那珂湊魚市場で昼食と買い物。ここで普段蓄えた実力を発揮するとき。勿論良い物を見つけ安く買うことにつきる。昼食も含めてここで2時間を過ごした後、これから花貫渓谷へ向かいますと言われて、そうだったと思い出した。私は今までの見物と買い物で今日の元気は使ってしまった。
|
|
|
|
| 2008年11月18日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1053 |
|
11月18日(火) 晴
天気予報は、今夜から一気に寒くなると言っている。未だに夏のタオルケットを使っている義姉が気がかりで、ケアハウスに出掛けた。勿論タオルケットだけで寝ているわけではなく、肌掛けも使っているのだがそれでは足りない。義姉の気を惹くような、明るい花柄の軽い毛布を買って持参した。出掛ける前に電話して、到着すると先ず部屋の掃除に掛かる。今回もだが、義姉は毎回「掃除は後でやるから良い」と断る。ここに移ってきた頃、私は義姉の様子がわからず、その言葉を本気にしていたが次に行ってみると掃除した気配はない。半年ぐらい様子を見て、事務所の人とも相談して、義姉が断っても行くたびに私が掃除をするようになった。今日だって、掃除が終わってふたりで買い物に行き部屋へ戻ったら「ああ、きれいになって、よその部屋みたいだ。」などと言った。義姉がどの位事態を理解しているのかいないのか、その事を探りながら話しをする。でも今日はかなり自分の状況をハッキリと話してくれた。『(以前は何事もきっちりとやらないと気が済まなかったが)今は気にならなくなった。多分それは体力がなくなった事が原因だと思う』と、言うようなことを話してくれた。全くその通りだと思うと相槌を打った。例え買う物がなくても義姉は、スーパーの商品を見て歩くのは好きだ。特に魚については知識と料理の実績が豊富だから、自信に満ちた口ぶりで話す。今日は鍋物に(あんこう)が出ていた。それを見て、もうそんな季節になったのかと言い、田舎ではあんこうと言えば「どぶ汁」だったと懐かしがった。「どぶ汁?」と私が聞き咎めると、切り干し大根を入れるのが特徴で味付けは味噌だったと、そのレシピを教えてくれた。今日はとても落ち着いていて、掃除の手伝いも自分のとれたボタン付けも出来た。帰るときはいつものようにハグをすると、くっくっと喜んで(元気貰っちゃうよ)と冗談を言った。私は、なんだか哀しかった。
|
|
|
|
| 2008年11月17日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1052 |
|
11月17日(月) 晴
昨日は歩きまわったせいか、今日は炬燵にもぐってじっとしていた。と言うか動けなかった。家の中を眺めるとガラスが汚れている、障子の張り替えも今のウチにやった方が良いか、などと目に付く。パソコンを開けてみると、今日も未だ鵜の目さんのブログは更新されていない。バグダットに住んでいた若い女性リバーベンドさんのブログは、家族でシリアに脱出してからもう1年も途切れたまま。今日はウツ状態である。リバーベンドさんの無事を祈って、彼女のブログの序文を転記する。
『バグダードバーニング by リバーベンド
友よ、私の心が失われあなたさえ見分けることができなくなったら、どうか私を偉大な文明をはぐくんだ、チグリス・ユーフラテスの胸元に連れて行って欲しい。そこで私は心を癒し、魂を再生させるでしょう。』
|
|
|
|
| 2008年11月16日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1051 |
|
11月16日(日) 雨
いやあ面白かった。楽しかった。まるで会場にいる気分で足を踏みならし、声を立てて笑いそして何回も滂沱の涙を流した。今日は千葉市美術館に行ったついでに、近くの千葉劇場で上映中の『ヤング@ハート』を見た。2回目の上演に観客は私一人。
小さな小屋だと言っても、お客が一人と言うのは何となく落ち着かない。が、始まると直ぐに画面にぐいぐいと惹きつけられてしまった。話しはアメリカの小さな町で結成された平均年齢80歳のロックコーラス隊が公演を迎えるまでの6週間を追ったドキュメンタリー作品である。コーラスをやるくらいだから(好運にも)元気で、ぶっとんでいる「老人」の集まりかというと、違う。ひとりひとりそれぞれに軽くはない病気を抱えている。現に公演1週間前に、2人も亡くなってしまう。さらに音楽はクラシックファンだというひとが多い。新しい歌詞は、たった2行を何度やっても覚えられない。然し、諦めない。休まない。休んだりしたらボブ(コーラスの指導者)は、情け容赦なく他の人に自分のパートを振ってしまうから。この指導者ボブと会員のやりとりが聞いていて好もしい。ボブ(多分50代)は決して、会員を甘やかさない。と言うよりも彼、彼女たちを(歳だからと)特別扱いしない。例えばCANという発音が71回も出てくる歌がある。みんなは、なかなか全部を言えない。ボブは出来なければ、この歌は止めようと言う。みんなはこの曲をCDに入れて貰い、CDの入れ方から教わって、家で練習してくるのだ。
見終わって思った。この映画は「高齢者が頑張る話」ではなく、(命を持った人間がどう生きるのか)を教えてくれる映画なのだと。久しぶりに良い映画と出会った。
|
|
|
|
| 2008年11月15日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1050 |
|
11月15日(土) 晴れのち雨
今年の秋は雨が多い。晴の特異日の11月3日・文化の日も、雨だった。それに暖かい。公園の枯れた芝の上に、ひと刷毛掃いたように緑色が雨に目立っている。「気温が15℃になると、雑草が伸びてくる」とサムちゃんがいう。今まではこうだったという過去の例が通用しない。勿論、気候の話しです。
「週刊金曜日」11月14日号の編集長後記からの孫引き。
『・・世界24ヶ国で米国大統領選挙への関心度を調べた。その結果韓国47%(第8位)、中国17%(22位)、米国80%、日本87%(第1位)』
言い訳じゃあないけど、私なんかそんなに興味は無かったが、テレビや新聞がしょっちゅうああだこうだと放送するから、何となく見ていただけ。だから強いて言えば、日本のマスコミが世界中で一番関心を持ってたって事になる。何故日本のマスコミがそんなに関心を持って報道したのかは、知らないけどね。
|
|
|
|
| 2008年11月14日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1049 |
11月14日(木) 晴れ
なんだか風邪が流行っているみたいだ。宅急便のおじさんも、歌の仲間もゴホン・
クシュンとやっていた。私もお腹が痛くて、治療に行ったら舌を見せて下さいと言わ
れた。そう言えば舌もザラザラしているし、頭痛もする。私も予備軍だ。
3週間振りの歌のお稽古(高齢者福祉事業)があった。今月は今日の1回だけで、
発表会はもう2月14日と決まっているから、先生は気合いが入っている。でもフラ
ンク永井を追悼して、私たちが使っている教科書(日本の歌)にのっている「君恋
し」を歌いましょうと私たちを誘い、21名で「♪よいやぁみ〜せぇまぁれえば
あ〜」と歌った。ぜんぜん悲しくも切なくもなかった。でもね、と隣りに座った仲間
のAさんが言った。Aさんは先日、市民会館で行われた市内中学の「合唱祭」に行か
れて、その素晴らしさに泣けたという。どんな曲でしたかと尋ねたら、「島唄は、男
声合唱でね。1年生の声は未だ可愛いくてね。でも3年生はもう立派な男声で、それ
は素晴らしかったですよ」と仰る。その他には?とお聞きしたら「えーと、アデラン
ス、アデランスなんとかって言いましたかね」と言った所で「それはアンジェラ・ア
キでしょう」と先生が助け船を出した。「そうそう、長いけど、とても良い曲でし
た」 |
|
|
|
| 2008年11月13日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1048 |
|
11月13日(木) 晴れ
「ホラホラ、見える見える」「大きいねえー」「十五夜かしら?」。夕方4時半を過ぎると夕陽はあっけなく残照だけになり、東からまん丸いお月様が登ってきた。犬たちを遊ばせながら犬仲間のみんなで、木立の向こうから登ってきたお月様を眺めた。「俺はよー、孫にお月さんの唄を教えてやったんだよー。♪お月さんこんばんわー、噂を聞いたら、伝えておくれよぉな〜って。」とモモのお父さん。「そしたら直ぐに覚えちゃって、どこ行っても歌うんだよ。」
東京へ出たついで、スイスの映画「マルタのやさしい刺繍」を見た。80歳のマルタお婆ちゃんが活躍する映画である。スイスと言えば「ハイジ」を連想するが、我々の想像する「スイスの景色」がふんだんに出てきて楽しませてくれた。私は全く語学に疎いのだが、それでも何となくドイツ語かなと聞いていると、「メルシー」という言葉がくり返し聞き取れた。ええっ?メルシーは確かフランス語ではなかったかと混乱した。帰宅してネットで確認したら「スイスドイツ語」と、書いてあった。要するにちゃんぽん、混成語って事ですね。そうそう映画のバックには「グリーンスリーブス」の編曲がずっと流れていた。アイルランド民謡を何故使うのかな?と思ったが、詮索は不要って事らしい。でもまあ、高齢化社会、革新的な高齢者の存在って言うのは、世界的な兆候らしいとわかった。観客に、男性は見つからなかった。シネスイッチ銀座で。
|
|
|
|
| 2008年11月12日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1047 |
|
11月12日(水) 曇りのち雨
久し振りに、《コタロウ》の所に食事に行った。入口を入った直ぐに、金魚の水槽が置いてある。(アレ、これ前からあった?)と女将に聞いた。他の客は引き上げた後でもあって、女将は近寄って来てこぼした。「いえね、今日なんかはまずまずお客さんが来てくれたけれど、この頃まったくいないって時もあるの。それでね、親方がテレビで店先に赤い物を置くとお客さんが来てくれるって見たから、そうしたの」うーん、やはり世の中は不景気なのである。
これだけキャンペーンをしても、なかなか「振り込め詐欺」の被害がなくならないと今朝もテレビが嘆いていた。振り込め詐欺にしてもオレオレ詐欺にしても、電話をかけてくる人や事件事故にあったのは肉親だという前提である。私たちは他人の事なら冷静にきけても、肉親の事となるとたがが外れるというか、警戒モードが外れてしまうという心理的特性があるのではないか?私の義姉も「何故、そんなに簡単にお金を貸してしまうのか?」と医師に聞かれて「知っている人だから断れない」と答えていたが、同じような心理だと思う。テレビでは「私はこうして振り込め詐欺を防いだ」例をやっていたが、取りあえず誰かに話しをしてみる事はどうだろうか。話しをすることで第一自分が冷静になるし、相手の意見も聞ける。とは言ってみたが、以前向かいの奥さんから相談された時、はじめは一緒に頭真っ白状態になったから、自信はないな。
|
|
|
|
| 2008年11月11日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1046 |
|
11月11日(火) 曇り
今朝は、ベルと散歩するときにこの秋初めて手袋を付けた。
先日筋向かいのAさん家から、家庭菜園で採れた大根と青梗菜を頂いた。そして今日の夕方、ホントにあった話。家人「Aさん、先日はご馳走様でした。」(あら、何を差し上げたかしら?)「ええつ?大根と・・何だっけ?野菜を頂きました。」(あら、そお?ホホホ)明日は我が身。なるべく笑わないことにする、が笑った。
終日家の中で一寸した用事を片付けたり、好きな絵を描いて過ごした。こういうのを老後の生活と言うのだろうか。満足で、書くことが浮かばない。
|
|
|
|
| 2008年11月10日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1045 |
|
11月10日(月) 曇りときどき小雨
貰ったキャラメルを噛んだら、上の歯の被せたのがとれた。で、いつもの歯医者へ行った。(歳を取るとどうしても弱ってくるんだよね。)が、先生の最近の口癖。始めて聞いたときは、私の事を言われているのかと思ったが、その後の様子をみるとどうもそうとは言い切れない節がある。同じ事を何度も言うのを聞いて、自分への繰り言かも知れないと思うようになったが、忘れていた。しばらく振りに行ったら、やたら患者さんに言うと誤解されるけどと前置きして、先生が歯を抜いてきたと言う。
(いやー、どうもウチの家系というか60迄は良いんだけど、それを過ぎるとガタガタって来るんだ。奥歯がみんなやられちゃってね。)と、話し始めた。確か先生は私よりも4,5歳上の筈。(歯が痛くって治療どころじゃあないって思ったこともあった。痛み止めを口の中に転がしながら、やっと患者さんの治療をしたよ。)と治療しながら語るが、口を開けたままの私はハッ・ハッと、ベルみたいに喉で笑うしかない。やっと口が結べるようになってから「そう言うお話しを聞くとほっとする」と言った。(だからね、患者さんにそうならないように一生懸命注意するんだけど、うるさくきこえるんだろうねぇ)「そうですね。患者は医者はそういう風に言うもんだと思っているから、右から左へ聞き流しちゃう」。そして先生は商売繁盛となってめでたしめでたしと思ったが、勿論言わなかった。
|
|
|
|
| 2008年11月9日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1044 |
|
11月9日(日) 小雨
犬も歩けば棒に当たる。思いがけずに「上総堀り」の体験をした。夕べ新聞で久留里のお祭りを知り、行く気になった。久留里は、今までに2回通過したことがある。
その時、街中をゆっくり歩いてみたいと思った、その思いがずっと胸の奥に沈んでいた。時間を調べたら、片道2時間あれば行ける事がわかった。電車にも乗りたい。一人旅も慣れている。八千代台発7時51分の電車に乗った。千葉、木更津を経由して久留里駅に着いたのは10時一寸前。駅前では、ボランティアがいろいろなコースを案内していた。空いていたので一番端の列に並んだら、それは「上総堀り」の体験コースだった。車で城の近くまで運ばれると、休耕田の中に見覚えのある大きな水車と櫓が建っていた。ひととおり仕組みを聞いてから櫓に登り、両腕をかけて鉄製部分を押し下げる。力を入れる必要はない、先端が下に当たったという感触があればいいといわれる。成る程高齢者の私にも難しくはない。然し掴んでいるバネの反発力が強くて、20回もツンツンとやったらもうお手上げだった。然し話しには聞いていたこの「上総堀り」という工法を編み出した先人の知恵に改めて、唸った。工具は掘鉄管に竹ひごそしてスイコ(鉄管の中の弁)。大体、8m位の竹ひごを継いで百mも二百mもに伸ばす技術だけでも凄い。竹はそのへんに幾らでもある。また掘るのに、強いパワーはいらない。ただ根気よく続ければ掘れる。この技術は国の「重要無形民俗文化財第一号に指定された」と、胸を張るのも頷ける。更にこの櫓や水車を組み立てるのに3時間もあれば充分で、小学校などにも出張するとのこと。ますます唸る。「この間NHKテレビでやっていましたが、こうして掘った井戸水の水質をキチンと検査して安全を保証するまでが、ボランティアだと思っています。」アフリカに数回行って、指導したという人が語った。
|
|
|
|
| 2008年11月8日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1043 |
|
11月8日(土) 雨のち曇り
天気予報では午後から雨と言うことだったが、朝から降り始めて止むことはなかった。サムちゃんの車は取り替えたばかり、新車である。雨だとベルは、余計に車内を汚すから、昨日サムちゃんに誘われた犬遠足を断った。然しサムちゃんは成田方面は晴れるし、車内もカバーとシートを敷いてあるから大丈夫だとかいって強く誘うので、それではと乗せて貰った。ベルにはサムのお下がりの雨コートを着せた。目的地は「まごころ庵」というお蕎麦屋さん。ここはドッグランも併設しているからと、犬仲間で相談がまとまっていたらしい。車に乗ると、ベルはいつものように窓から頭を出して外の景色を眺めて飽きない。然し、サムは足を突っ張って緊張して座っている。「この車は車高が高くて、助手席から外の景色が見えちゃうから落ち着かないの」と説明してくれた。ともかくおそば屋さんでエマやりょう達と合流した。私は来てみて気が付いたのだが、此処は福祉作業所直営のおそば屋さんだった。暖簾の下がった入口は如何にも日本蕎麦屋のそれだったが、内装は洋風にしゃれていてウッドデッキも付いている。その向こうがドッグランになっている。ベル以外の3匹は喜んだが、ベルは脱出しようと手がかりを求めてうろうろする。雨も強くなったので、犬たちはそれぞれの車に戻し、人間達は天ぷらせいろを味わった。(挽きたて打ちたて茹でたての三たて二八そば)を言うだけあって、専門店に勝るとも劣らない美味しさだった。コーヒーとごまプリンも食べ、お土産用のお蕎麦も頼んだ。此処は定年退職後ご夫婦で始めて5年。今では22名が通所していると聞いた。奥さんの方は身体をこわされて、前のように店には出てこられないとりょうクンのお姉さんが説明してくれた。過労に違いない。りょうくんのお姉さんも此処でボランティアをしているとか。世の中には目立たないところで、こんな風に社会をしっかりと支えている人がいるのだ。
帰路、佐倉城趾公園へ寄ってサムとベルは、気の済むまで遊んだ。
「まごこ庵」TEL0476-24-2131 成田市並木町219-21 月火休み 11:30〜14:00
|
|
|
|
| 2008年11月7日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1042 |
|
11月7日(金) 雨のち晴れ
とうとう番外編も読み終わってしまった。池波正太郎の「剣客商売」、単行本で16冊。番外編の「黒白」と「ないしょないしょ」。池波正太郎という作家は、ストーリーテラーだなあと、改めて感心した。
若い頃も池波作品に凝ったことがある。話しのテンポが早くて、勧善懲悪、読んでいて痛快である。食通でも知られた作者の「散歩の途中何か食べたくなって」などに出てくる洋食屋を探して、浅草まで食べに行った事もあった。そのうちに関心は藤沢周平に移り、なにかこちらの方が(上品)な気がして、池波作品はすっかりご無沙汰していた。
池波正太郎に戻ったきっかけは、新聞の連載だった。毎日・日曜版の(池波正太郎の小説の現場を歩く)というコラムを読んで、その気になった。図書館へ行って「剣客商売」を借りた。面白くてひと晩で1冊ぐらいは読んだ。そして最後の「ないしょないしょ」。みなしごのお福は、奉公先の主人にも死なれ行くところもなく、下男のに五平に付いて江戸へ行く決心をする。五平はお福にこう言って聞かせる。「お前の先行きは、長い長い道のりだが、この世の中はすべてが男のためにできているようなもので、身よりのねえ女は、苦労をしなくてはならねえ。覚悟をしておけよ。いいな。いいな?」若いときには気が付かなかったこんな科白が、他にもあるに違いない。
|
|
|
|
| 2008年11月6日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1041 |
|
11月6日(木) 晴れ
今日はみょうに暖かくて、セーターでは暑かった。それなのにもう石油販売車が、巡回を始めた。
編集長と私が係わってきたAさんの件は、この数ヶ月詰めの段階に入っていた。そしてもうこれまでかと、苦い選択も予想していた。所が今日、最後の最後になって回転軸がぐるりと廻り、予期しない景色が目の前に拡がった。私はAさんの横顔が、こんなに美しかったかと見とれた。この1年余りの交渉期間中、Aさんは幾つかの点を頑なに繰り返し主張した。編集長と弁護士はその度にあれこれ知恵を出し合い、Aさんの希望を実現してきた。それは編集長と弁護士の度量の深さもあるが、Aさんの必死さが伝わりそうせざるを得なかったと私は見る。合意の後、編集長はAさんに(満足度はどの位?)と尋ねた。Aさんは一寸首を傾げてから(90から95%ぐらい)と答えた。驚いたことはまだある。Aさんの弁護士は、合意書の内容が遵守されているかどうか見るための期間を設ける、と申し出たのである。相手側との実務は年内に終わるだろうが、その後編集長が退院してくるまでをその期間としたいと言うのだ。
従ってAさんとの契約は、実務終了後もそこまで延長されると。こういう人に出会うと、本当に人間であることが嬉しくなる。
|
|
|
|
| 2008年11月5日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1040 |
|
11月5日(水) 晴れ
今日の午後は瀟洒なお宅の一室で、数人の仲間と他愛のないお喋りをしながら、数年ぶりに針仕事をしていた。こういう時間は、もう何年も忘れていたので、とても贅沢をしていると感じた。この頃もうひとつ贅沢をしていることは、眠くなれば8時でも9時でも寝てしまうことが出来る事である。今日の作業は、入門初日と言うことで、針刺しを作った。中味はコーヒー豆と化繊綿だった。私の母が使っていた針刺しの中味は、人毛だった。
時代劇などで見るお裁縫のシーンでは、時々針を髪に持って行き油をつけているが、昔は髪にせっせと椿油をつけてケアをしていたので、その髪を切ったときなど取って置いて針刺しの中味にした。その他原綿(脱脂していない綿)が中味と言うのも、知っている。とにかく針が刺しやすく、油分があるものならばOKと言う訳だ。さて、針目に糸を通し、布きれをちくちくとつなぎ合わせる作業は、予想以上に肩がこった。メガネを付けたり外したりしたので、目も付かれているに違いない。2時間も集中したらお手上げとなった。 テレビは「初の黒人大統領誕生」で、持ちきりである。テレビで見る限り確かに肌の色は白くないが、オバマさんの父はアフリカの黒人だが、母は白人だとか。ならハーフじゃんと思うが、肌の色が白くなければみな黒人になるのだろうか?と言うことはやはり「白人」を基準としてモノサシを作っているのではないかい?オバマさんがアフリカ系白人となるか、白人系黒人となるか或いは彼の言う「白でも黒でもないアメリカ人」となるかは今後の推移を見るしかない。
|
|
|
|
| 2008年11月4日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1039 |
|
11月4日(火) 晴れ
毎月第一火曜日は川柳句会。今日は83歳、一人暮らしで頑張っている文ちゃんの隣りに座ったので、いろんなお喋りをした。文ちゃんの鼻は丸くて赤い。いつもニコニコしている。例え作り笑いでもニコニコしていると、脳は幸せの酵素(横文字でナントカ言ったが忘れた)出すと言う話しを思い出した。成る程これが上手に長生きする秘訣第一条かと、心に記す。
お昼は民ちゃんの快気祝いを兼ねて、いつもの「ガスト」より一寸ランクを上げて「とん田」に行こうと、Hが提案した。ランクを上げるとは500円を800円にする事だという。まあいいわよ、たまには違うところに行こうと直ぐに決まる。「ねえねえ、夕べの南田洋子のテレビ見た?アタシ夫に一緒に見ましょうなって言っちゃった。でもショックだったぁー」座り終わらないうちにHが口を切った。それは、夕べ朝日テレビで放映されたドキュメントで、スターだった南田洋子が74歳の今病気になり、途方に暮れている夫(長門裕之)が共に苦しんでいる様子を、あからさまに見せていた。「アタシね、70歳までバウンドテニス、川柳は80歳までやるつもりだからよろしくっていったらね、ええーっ、君そんなに長生きしたら僕は面倒見切れないよ・・だってぇ。自分の方が長生きするつもりなのよ」にみんなして大笑い。笑いながら明日は我が身と、それぞれがこの先の人生にかすかな不安を胃の底に感じていた。
|
|
|
|
| 2008年11月3日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1038 |
|
11月3日(月) 文化の日 曇り
この頃少しメークアップが濃くなったが、削げた頬や若白髪や全体の生気のなさは隠せない。いえね、女性ではなくて夕方NHKテレビでニュースを読む男性のアナウンサー。彼を見つけるたびに画面に向かって「取りあえず、休んだら?」と声を掛けてしまう。 連日豪遊しているという、麻生さん。記者に聞かれて「お金はあるから自分で払っている」と答えたという。金があっていいだろうってのがみえみえ。漫画のきざおクンだね。金が欲しいならほら、くれてやるまがいの、クーポン券配布。庶民は施しなんかいらないよ。庶民は真っ当に暮らしているのだから、ばらまきよりサービス残業代を払え、正規雇用しろ。過労死遺族は全員救済せよ。それが政治家の仕事でしょうが。
あの程度の首相しかもてないんだと思うと、ったく情けない。
|
|
|
|
| 2008年11月2日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1037 |
|
11月2日(日) 曇り
そのC当日義姉をホームに迎えに行って今日の予定を説明したら、(ああ、そんなこと言ってたわね)と、喜んで付いてきた。秋晴れで単に外出が嬉しかったのかも知れない。
友人達と待ち合わせて4人で食事をした。女将が気を利かせて「きのこ鍋」にしてくれ、義姉はきれいに食べた。食事の間友人達は気を使って義姉にあれこれと話しかけてくれた。義姉は殆ど無表情だったが、気分を良くしているのはわかった。公証役場へ到着するまでの間、わたしは聞かれることを説明して、何時もつまづく年齢と住所の念を押した。書いた物も見せた。義姉は(おどけて)あら、そんな年齢になったのと笑った。これだけ余裕があれば、ひとまず安心と胸をなで下ろした。
公証役場はビルの5階の1室にある。同じ部屋の中に受付もあり、事務所も応接セットもある。義姉と証人ふたりは窓近くの応接セットに呼ばれ、私はひとり残された。でも話しは聞こえた。本人確認が終わるといよいよ義姉への質問が始まった。名前生年月日はすらすらと進んだがやはり、住所で詰まった。義姉は考えた末、夫と40年暮らした町の住所を言った。事務員が近づいてきて「どうぞ座ってお待ち下さい」と小さいが強い声で言った。私はいつの間にか立ち上がって、身を乗り出していたのだった。
公証人とのやりとりは正味20分、全部で30分位だったが部屋を出た途端、緊張しきった3人はトイレへ急いだ。みんな口もカラカラに渇いていたので、外に出て初めて見つけた喫茶店に飛び込んだ。
|
|
|
|
| 2008年11月1日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1036 |
|
11月1日(土) 晴れ
そのB公証人との面談の日、私は経過を整理して書類にしたものや、これまでに集めたもの全て持参した。これでダメならば後は静観するしかないと、私の腹も決まっていた。公証人(退職裁判官か?)に書類を見せながら経過を説明すると、熱心に聞いてくれたが、最後はうーんと唸って、「難しいところです。来て頂いても本人の様子によっては書類を作れない場合もあります。」と、気の毒そうに言って「こちらとしてはなんとか作ってあげたいとは思いますが」と付け加えた。さらに「良くこれだけ書類を揃えられました。」とねぎらいの言葉をかけてくれ、書類が作れなくても手数料は発生すると付け加えた。
さて、公正証書を作ってもらうには証人がふたり必要である。普通は内容を知られたくないので、友人知人には頼まないとか。頼めば公証役場で証人を用意してくれる。彼等には依頼者が、然るべく謝礼を支払う。私は友人のAさんとBさんにお願いした。資格は特にない。身分を証明するのに住民票か免許証の写しがあればよい。
|
|
|
|
| 2008年10月31日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1035 |
|
10月31日(金) 曇り
今年の10月が終わる。私には重いひと月だった。さて昨日の続き。
7月の暑い日だった。初めて公証役場を探して出掛けた。私の話の仕方も不味かったが現状を説明すると、自分の意志がハッキリと表示できなければ遺言書を作る事は出来ないと、受付の女性は一度出した申込用紙をひったくるように引っ込めた。義姉のもの忘れは激しいが、自分の意志は言える。然し介護認定の時には年齢や住所でつかえるしと、自信がなくなった。パンフレットだけ貰ってすごすごと戻った。
振り出しに戻って他に利用できる制度はないかと、地裁へ出掛けて相談もした。「後見制度」と言うのは手続きや作成書類が煩雑で、専門家に頼むと多額の費用がかかる。粘る私に相談員は、「自分でもやって出来ないことはない。わからないことは、相談に来れば教える。」と言ってくれた。ではそちらにと軌道修正して書類を集め始めたが、この制度では本人つまり義姉を裁判所に連れて行かねばならない。ケアハウスだけの生活で、もう旅行にも行けない義姉を裁判所に連れて行くのは、本人がどんなに緊張するだろうかと忍びなかった。そこで義姉の心療内科の医師に相談したら「大丈夫。歩けるんだしたまには外に行って来なさい」と軽く言い、診断書も書いてくれた。が私は納得できず、また振り出しに戻っていろいろと考えた。ひと月ほどいろいろと悩んだ結果、また公証役場に出掛けた。今度は年配の女性が聞いてくれてあれこれとアドバイスをくれ、取りあえず公証人との面談を予約してくれた。
|
|
|
|
| 2008年10月30日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1034 |
|
10月30日(木) 晴れ
友人のAさんBさんふたりに証人になって貰い、義姉の遺言書を作りに公証役場に出掛けた。義姉をケアハウスに送って、家に帰り着いたら急に疲れを感じた。
兄が急逝した後、義姉は3年ほど弟の嫁と甥の3人暮らしをした。その後1年ほど一人暮らしをして、病気を契機にホーム探しを私に依頼してきた。以来ホームは3ヶ所替わり、4回の入院の面倒を見てきた。もともと幾つもの持病があったが、中でも何回かの脳出血のあと「脳血管性認知症」と診断された。診断されたのはこの夏だが、もう何年も前から義姉と関わった人たちは「おかしい」と口を揃えて言った。言った人達はまた、(私にはそれを利用したとしか思えないが)計算の出来なくなっていた義姉の貯金を蚕食した。
この6月に義姉の貯金から再度、巨額の現金が引き出されて、銀行から「偽造カードを使われたのではないか?」と照会が来た。ここまで来てやっと(義姉の今後の生活費を守るためになんとかしなくては)と、焦った。焦ったが何をどうしたら良いのかわからない。友人知人、弁護士にも相談し、本を読んで知識を集めたりしながら、私の気持ちを整理してみた。@これ以上被害を大きくしないA義姉にはなるべく負担を架けたくない。B不良債権化している貸し金を、義姉の死亡でチャラに出来ると思っている遠縁・知人に逃げ得はさせない。そこで義姉に、万一の場合残った物があればそれを私に贈与するという内容の遺言書を作っておいて貰うことにした。そうすれば、貸し金の逃げ得はさせない歯止めが出来ると考えた。つづく
|
|
|
|
| 2008年10月29日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1033 |
|
10月29日(水) 晴れ
夕方の5時半、もしかして富士山が見えるかと芝生広場に立ったら、大きな夕陽がその場所に佇んでいた。息をのむ美しさだった。
今日付毎日朝刊に、こころざし高く生きた人間の訃報が載っていた。一人は弁護士の「原後 山治さん」。サハリン(樺太)に置き去りにされた韓国・朝鮮人の帰還を(裁判・市民運動・国際社会への働きかけで)実現させたとある。また在日韓国人初の弁護士となった金敬得(キムキョンドク)さんの「差別克服運動」にも拘わって、最高裁と交渉し支援運動の先頭に立ったという。やはりこういう素晴らしい弁護士さんもいたのかと、思いを新たにする。もう一人は映画俳優のポール・ニューマン。記事は「ひょうひょうとしてクール。嫌味を感じさせない二枚目」と書き出しているが、全くその通りで「アクターズスタジオ」で同期だったというマーロン・ブランドやジェームス・ディーンを思い起こせば、彼の個性が際だつ。私が一番好きな作品は73年の若いロバート・レッドフォードと共演した「スティング」。彼は俳優業の他にも実業家として成功してその利益を社会に還元し、更に反戦反核活動家としてブラックリストにも挙げられたという。百の理屈よりも一人の素晴らしい人間に出会う方が、感銘が深い。
|
|
|
|
| 2008年10月28日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1032 |
|
10月28日(火) 晴れ
ひと月振りに床屋に出掛けた。私が床屋の椅子に座るのを待って、床屋のママは喋り始めた。彼女は社交ダンスを週5回だか習っている。「アタシが習っている男の先生は、生徒が少なくって、教え方が下手なの。でアタシも前から思っていたんだけど3500円のレッスン料は高いって、みんなも言うの。」それなら何故、2年間も先生を取り替えないのかと思ったが黙って続きを聞く。「この間テストを受けたらおっこっちゃって、(いえねもうひとつの教室で受けたのは受かったからま、いいかっておもったんだけれど)おさらいって事で、今はA子先生(経営者)に習っているの。
そうしたら細かくちゃーんと教えてくれるのよ。手の使い方はこう。指の使い方は身体がこう向いているから、こうした方が自然できれいとか」ここで口を挟んだ。
(じゃあこの際、A子先生に変えたら?)「でもね、パーティーの時なんか、男性と踊った方が様になるでしょう?」(え?パーティーって言うのは、先生と踊らなくちゃいけないの?)「そんな決まりはないんだけど、なんだか悪いから」(ホラ、名選手名監督ならずっていうでしょ?)「うーん、でもお兄ちゃんは若くてイケメンなんだけどなあ」だとさ。お好きにどうぞ。
|
|
|
|
| 2008年10月27日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1031 |
|
10月27日(月) 晴れときどき曇り
時々「ラジオ深夜便」を聞く。島根県で乳牛を飼っているお爺ちゃん(81歳)の話しを聞いた。《牛は感情動物ですからね。柵を越えて脱出するときなんかもう、目をキラキラと輝かしてね、それは嬉しそうなんですわ。》《発情期になるとね、目がまん丸くなって可愛いんです。秋波を送りますからね》ここで聞き手は(色目を使うと言うことですね)とホロウする。聞いているこちらは、雌牛に色目を使われたのはこのお爺ちゃんではなかったかと、にんまりする。《だいたい食べ物ちゅうもんはね、自分のためか家族のために作るんです。人の為になんてあなた、漢字に書いてみなさい。いつわり(偽)でしょうが》自分や家族の食べ物の安全には、手間暇を惜しまないということか。「安全」が優先順位1位だと言うことだ。食物の安全が問題になっている今、今朝のテレビで「コンビニが、安全な野菜栽培に乗り出す」と報道していたが、騙されてはいけない。商品には経費がつきもので、儲けるためには経費を削るというのは私でもわかる。今の世の中で食料を買わずに生活することは不可能なことは承知している。しかし、時々その原点を思い出して見るのは良いことだと思うね。
|
|
|
|
| 2008年10月26日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1030 |
|
10月26日(日) 曇り
ときおり雨もぱらつく、サッパリとしない1日だった。
サムは1日会わないだけでも、翌日は飛びついて来る。ましてこの2,3日はお天気が悪かったりして会えなかったから、出会った途端に顔をぺろりと舐められた。こういう仕種はベルはやらない。背中やお腹を掻いて貰って気持ちの良い時に、ちろりと小さく舌を出して、こちらの指先を舐める程度のこと。慎み深いと言うか横着というか、サムと較べると愛情表現が格段に下手なのだ。然しおやつが欲しいときは、立ち上がって両前足で叩いたり引っ掻いたりしてねだる。遊んでいる時は、帰ろうというこちらの気配を察して、呼んでも決して近寄らない。リードを引っ張られても、もっと遊びたいときは寝ころんで文字通り捨て身の抵抗をする。然し、リードを持って自転車を走らせているときは、一寸したリードの緩急に敏感に反応する、なんて書くと親ばか丸出しとなる。公園は人出が多いからと、サムちゃん達と川沿いの公園へ降りて行った。「あれは白いから、白鷺でしょうか?」サムちゃんが向こう岸を眺めて言った。鷺の足下には4,5羽の鴨も遊んでいた。私たちが眺めていると、散歩中の人も寄ってきて「初めて見ました」とか言った。私たちが「秋の夕暮れ」に浸っていると、猫おじさんや猫おばさんがやって来て野良猫が集まりだしたから、犬たちは一気にハイとなった。私たちは慌ててリードを引っ張った。
|
|
|
|
| 2008年10月25日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1029 |
|
10月25日(土) 曇り
当たり前の話しだが、いつもニコニコ元気というわけには行かない。ましてこの年齢では。久しぶりに治療に出掛け、ここの所1ヶ月ほど眠くて仕方がなかったと報告した。とにかく食事の後は直ぐに眠くなったと。先生は脈診を取りながら「幾らか緊張が解けて来たのでしょう。眠ることは体力回復に一番利きます。」と答えた。その時、鋭い音がして救急車が出掛けて行った。この治療所の前に消防署がある。「ここの所、連日救急車が頻繁に出動しています。やはり気候の変わり目は体調が急変し易いですね。」と続けた。
・・雨ニモマケズ 風ニモマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ・・は、矢張り願望なのだ。
この詩の・・1日ニ玄米4合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ・・という下りが「欲しがりませんかつまでは」の軍事政府の思惑と重なって、かつてもてはやされたと聞いた。
そんなことは知らなくても、この詩の建前を余りにも無邪気に押しつけるところに、いつも引いている。井上ひさしの本に、娘ひとりの値段が80円だった時代に宮沢賢治はそれ以上の値段(確か120円だったか?)でチェロを買ったと書いてあった。
でも小学校4年生の時国語の教科書で読んだ「ドングリと山猫」は好きで、特に手紙の最後につけた(やまねこ拝)は直ぐに真似た。才媛の妹を早くに亡くし、また自らも病に倒れた宮沢賢治が病床で書いたというこの詩は憧れであり、目くじらを立てる事もないのかも知れない。
|
|
|
|
| 2008年10月24日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1028 |
|
10月24日(金)雨
毎日毎日株安、円高、世界恐慌と騒がれているが、庶民には悪影響だけが降りかかってくる。例えば、30年後に振り返った場合、現在の社会状況はどんな風に言われるのだろうか?せめてごまめの歯ぎしり、選挙で1票の意志を示すしかない。
昼前は「歌う会」で、雨の中を自転車で出掛けた。途中で会長と出会い、向こうから先日の「電話連絡作業」をねぎらわれた。23名中たったふたりの男性だが、半年過ぎて大分おばさん達と馴染んで来た様子、結構なことです。大分前、歌う会で「童神」を歌ったことがあって、リクエストしておいたCD「島唄の風」がやっと届いた。今回、作詞者の古謝美佐子が歌う正調(おきなわぐち)「童神−天の子守唄」を聞いて驚いた。メロディは知っていたが、それが柔らかいおきなわぐちと相俟って、まさしく天の子守唄と言うにふさわしい。沖縄では日本語の古い発音が残っていると聞いたことがあるが、「うまれた」を「んまれた」と発音しているのに気が付いて、これもそうではないかと思った。
娘に勧められていた「碁を打つ女」を読み終えた。作者は12歳で詩の大賞を取ったという(天才だと思う)シャン・サという名の中国人女性。文化大革命に失望して渡仏し、フランス語で書いた小説だとか。そう言えば先頃日本でも文学賞を取った中国人女性がいた。恐るべし中国人女性。勿論原文が良いのだろうが、日本語訳(平岡敦)も素晴らしく、選ばれた言葉で豊かな表現が透明感を感じさせ、それがまた内容を盛り上げている。世界22ヶ国語に訳されているという。満州国を舞台に中国人少女と軍人として純粋培養された日本人将校の物語とだけ、書いておきます。私もこの秋、お薦めの1冊です。
|
|
|
|
| 2008年10月23日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1027 |
|
10月23日(木)晴れ
定期通院日で、先日郵送された「検診結果」を持参して見て貰った。経過観察とは言え引っかかったのはふたつ。脂肪肝と右肺尖部胸膜肥厚。脂肪肝については数値を見て、このくらいなら心配ない。また右肺尖部胸膜肥厚についてはこんな説明があった。人間の肺の形は先が尖っていて、鎖骨あたりまで届いている。結核菌は真っ先にその部分に取り憑く。胸膜というのは肺を被っている膜のことで、その膜が少し厚くなっているーまあ傷痕みたいな物で、本人の自覚がないまま結核に罹り治った跡であり、一定の年齢層以上にはよく見られる。だからこれも心配はないと言うことだが、去年までは全くなかった所見で何となく釈然としないが、検査器具やテクニックの進歩また私自身の変化があったのだ。万物は流転する。じゃあ念のためにと体重計に乗せられた。ヤ!検診の時よりも更に1sも多いではないか!
(先生、この体重計に下駄を履かせているんじゃないでしょうね)と念を押すと「そんなことないよ」と笑いながら「でもさ、下駄を履かせるなんてこの頃聞かないね」(そうですね、日常生活から下駄が消えましたし)「こういうとき、今はなんて言うんだろう。子どもに聞いてみる」元新聞記者の医師は言葉に敏感なのだ。
帰りは上野に廻って、都立美術館でエマのお母さんの展覧会を見た。またここで開催中の「フェルメール展」は大盛況で入場制限しているが、押し寄せる見物客は膨れあがるばかり。担当者が何人も出て整理に汗だくになっていた。どの絵も「静謐」に溢れているフェルメールには皮肉なことではある。
|
|
|
|
| 2008年10月22日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1026 |
|
10月22日(水)晴れ
「お昼は松茸ご飯だって」「ズワイガニ1匹と甘エビ10本がお土産に付くんだって」「それに果物食べ放題。もうコレは行かなっきゃね」とまあ、Aさんの見つけたミステリー日帰りツアーに連れ立って出掛けた。Bさんはふたりの老人介護をしているから、今朝は3時に起きたという。それに昼夜逆転している寝たきり87歳の実母は、ひっきりなしに声をかけるので、実際の睡眠時間は1時間ぐらいかなと言って笑った。彼女はアルツハイマーの叔母さんも介護しているのに、厭な顔ひとつ見せない。いつもニコニコしている。そんな彼女に感動する。
ツアーの行く先はミステリーと言うことだったが、バスが中央道に入ったところで山梨と、わかった。海なし県のお土産が蟹と海老と言うのもへんてこな話しだが、まこちらとしてみたら早い話が、頂ければOKというのが本音。難しいことは言わない。添乗員が昼食の献立を「ほうとう」と説明するや、すかさずAさんが「募集のチラシには松茸ご飯と載っていましたが・・?」とつっこみ、前の座席の客も「私も松茸と書いてあったのをみた」と応援したので、添乗員はかなり動揺してカバンの中をひっくり返して調べた。結果はほうとう鍋に「松茸ご飯」が一膳付いていた。成る程香りは松茸の様だったが、姿は拝めなかった。替わりにしめじのかけらを見つけた。
ワイン工場見学の後、葡萄の食べ放題では「フルーツバイキング」と称して、各自紙皿の上に盛られた柿・リンゴ・バナナを食べてから、葡萄のなっている農園へ連れて行かれた。「お代わりもあります」なんて言われたって、葡萄を食べに来たのにバナナでお腹をふくらませる人はいない。葡萄は3種類。巨峰はもうお終い近くで味が落ちていた。甲州も、3人で1房をやっと食べた。意外だったのはベリーAが甘味が強く一番美味しかったが、1房食べるのがやっとだった。あと「山葵工場」とやらも寄って、出発点に戻ったのは8時前。この内容で7千円プラス保険が500円。まずます満足した。バスの中で「メロン食べ放題ツアー」の話しも聞き込んだ。来年6月はこれに決まりだ。
|
|
|
|
| 2008年10月21日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1025 |
|
10月21日(火)晴れ
夕方ベルを公園へ走らせているとき、団地の脇でサムちゃん達と出会った。今日は天気も良くて、日中は暑いくらいだったねとか話しながら連れだって行った。公園内は未だ歩いている人が多い。周囲より一段低く、植え込みや木立になっている公園の端にサムが入って行った。少し場所が変わると犬たちもよく遊ぶ。ここならば誰にも迷惑にならないし「ベルも放して貰いな」サムのお母さんの声で、少し迷ったが放してやった。サムとベルが走り回って遊んでいる。ここでこれだけ遊んだらもう良いねと話しながら、犬たちが遊び飽きて出てくるのを待っていた。しばらくしてサムだけが戻ってきた。ガサガサと音がしてベルは未だ走り回っていたと思うと、緊張した声で吼え始めた。その一声にサムは反応して走り去った。すわ何事が起こったかとサムのお母さんと私は吼え声を頼りに、藪が塞いでいる木立の中を泳ぐように進んでいった。公園の端は、隣の地主の敷地との間に柵があり地主側に一抱えもある欅が立っている。そこでベルが上に向かって吼えている。サムも吼えている。どうも木の上に猫を追い上げたようだ。サムは柵のこちら側だが、どこから入ったのかベルは向こう側にいる。取りあえずおやつでおびき寄せて首輪を掴んだ。サムちゃんに押さえて貰っている間にリードもつけたがさて、どうやってこちら側に戻すか迷った。柵の下側は拳ひとつぐらいの隙間しかないし、柵の上からと言っても2m近く高さがある。とっさに私は素手で柵の下を掘った。土は腐葉土で軟らかく、直ぐにベルの頭の大きさ位掘り下げると、サムちゃんがベルの頭を押さえてぐいと引っ張った。ベルは「キャン」とか「クー」とか言ったが、めでたくこちら側に戻った。あたりはもう宵闇が迫っていた。
|
|
|
|
| 2008年10月20日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1024 |
|
10月20日(月)晴れ
隣の敷地へ散らかっている落ち葉を掃いていたら、ラッパが聞こえて豆腐屋の軽自動車がやって来た。ここへ越してきた当時は、リヤカーを引いたおばさんが豆腐を売りにやって来た。たいして愛想のないおばさんだったが、買うたびにコレは一寸形が崩れているからとか、形が悪いからとかいってお豆腐や薄揚げをおまけしてくれた。
そのうちに足が痛くてもうリヤカーは引けないというおばさんに代わって、おじさんが引き売りに来るようになった。夏休みに子ども達と、少し離れたこの豆腐屋さんに出来立てのお豆腐を買いに行って食べたことがあった。出来立てのお豆腐は熱々で、半丁も食べるとお腹がいっぱいになった。子ども達が大きくなった頃、このお豆腐屋さんは廃業してしまった。
私は絹一丁と薄揚げ2枚と注文しておいて、財布を取りに家の中に入った。ハイハイと愛想良く返事をしたのは、若くてイケメンのお兄さんだった。私がボールを差し出すと、もうビニール袋に入れてあったお豆腐と薄揚げを出して、ボールに入れてくれた。更に一度お試し下さいと言って「おからコロッケ」なる物を1個おまけしてくれた。こういう時代になったのかと思いまた、食の安全が揺らいでる今、一昔前のような売り方が復活するのかも知れないと考えた。このお豆腐はとても美味しかった。
|
|
|
|
| 2008年10月19日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1023 |
|
10月19日(日)晴れ
「そろそろ取り外そうと思うんだけど、まだ蕾が幾つもあるんだ。ふうせんかずらも次々と青い風船をつけるし・・」家人が、夏の間日除けに使った夕顔やふうせんかずらの始末に困っている。11月も間近になって、小菊の蕾もふくらんできたが、生き物はカレンダー通りにはいかない。もうしばらく放って置くことにする。
役所からの書類のことで、何度か電話が架かってきたので、今日はケアハウスに行くことにしていたのだが、朝食が終わった頃また義姉から電話があった。直ぐに行くと言って駆けつけると、事務所で呼び止められた。何か記入した書類を持って来て、それを見ながら義姉はこの頃また落ち着きがなくなったと言った。書類のことや、入浴洗濯の事で何度も同じ事を聞きに来る。説明するとその場は納得するが、10分もするとまた聞きにやってくるのだという。先日心療内科の定期受診日だったので主治医に相談したら、(そう、ケアハウスはここまでやってくれる)それでも本人は別に不都合は感じていないから、そのまま様子を見るようにと指示された。また別の薬も貰ってあるが、それは使わないで今までの薬を使うようにとも指示があったので、そうしていると説明があった。私はお礼を言って、深くお辞儀をした。義姉は書類を並べて待っていたので、いちいち説明してから私が預かった。目の前からなくなれば、心配もなくなる。いつものようにシーツ類を取り替えて、敷き布団はベランダに干し(本当は禁止)室内を掃除した。更に今回はトイレ内のマットやスリッパ、カバーなど新しく買って持参した物と取り替えた。ラメ入りピンクの一式で、トイレ内は一気に華やかになった。それにオードリー・ペップバーンの大きなカレンダー写真も貼ってある。
買い物に誘うと、ふたつ返事で行くと言った。食料品売り場を見て歩くのは大好きで、「何かコレッと言った美味しいものはないかね」などと言いながら楽しそうに物色している。(これって、老老介護だなあ)と思いながら付いて歩いた。
|
|
|
|
| 2008年10月18日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1022 |
|
10月18日(土)晴れ
今日も秋晴れ、乾いた空気で、気持ちの良い1日だった。油絵のお稽古日だが、夕べ先生から「今日は都合でお休みします」と電話があった。先生とは10年からのお付き合いだが、今までこんな事はなかった。去年はいろいろとご病気が見つかったので、お休みの原因がその延長でないことを願うばかり。所で公民館の場所は確保してあるし、自習と言うことで5人だけ集まった。ここひと月、お孫さんの病気で来られなかったAさんも、今日は久しぶりにお顔を見せて、その後の様子を話してくれた。
お孫さんは小康状態になったが、医者の話では違う病気が隠れている可能性を、言われたとのこと。その時はその時、やっと落ち着いた今が大事よねと話し合った。よく言われることだが、見かけは屈託なく見えても誰でもひとつやふたつの苦労は抱えているんだなあと、つくづく思う。
私は車の都合がつかず、遠くから来るBさんに送迎して貰った。高齢のご病人をふたりも介護しているBさんが、少しの時間だが(いつもとは違った場所で違った人とお喋りをすることでストレスが発散していると思う)と言ってくれたのは、嬉しかった。
|
|
|
|
| 2008年10月17日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1021 |
|
10月17日(金)晴れ
私の顔を見て「ああ疲れた」とサムのお母さんが、肩を落とした。今日は休みだと言ってたのに何故だという顔をしたら、「洗濯機を5回廻した」と先取りして答えた。シーツにサムの毛が付くから、しょつちゅう取り替える。この間は雨が続いたので、汚れたのを丸めて押し入れ入れて置いたのを忘れちゃって、溜まったと言った。
洗ったシーツは、ぱりんぱりんに糊を付ける。洗濯用でも昔の「大和のり」の様なのがお気に入りで、マツキヨにある時はまとめ買いをしておく。「うん、やり慣れない糊付け作業で草臥れたね。仕事していた方がずっと楽だ」と言って笑った。市の検診結果も「異常なし」だったと、はればれという。「でも、おかしいと思うよ。毎晩晩酌をやっているのに、肝臓もなんともないというんだから」とおどけながらも嬉しそう。
私の健康診断の結果も来た。メタボではなかったが初めて「脂肪肝」と、指摘された。矢張り体重を落とさねばならないようだ。でもこの時期、新米の炊きたてご飯に生卵は何よりも美味しい。生きている喜びを実感できるのだ。栄養士のやほちゃんに相談したら、(果物を控える。夕食に油物は取らない)だけでもかなり違うという。
それ位ならやれそうだなあと思う。
|
|
|
|
| 2008年10月16日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1020 |
|
10月16日(木)晴れ
朝から晴れ上がって風は爽やか。こんなに気持ちの良い日はさて、どう使おうかとあれこれ考えたが、あっけなく1日は暮れて、大した事は出来なかった。一番多くの時間を割いたのは朝と夕方、それぞれ2時間ベルの散歩だった。
寒さは未だ来ないが、そろそろ大根の煮物が食べたくなった。新里芋が出るこの頃になるとNさんはいつも(大根と里芋、鶏肉の煮物)と言う。材料はある。大根はあらかじめ茹でて置いて、材料全部をさっと炒めてから煮て、味を付ける時に一工夫した。砂糖の替わりにジャム(冷凍のブルーベリーで作ったジャム)の残りを使い、後はいつものように酒と醤油で調味した。仕上がりはどうかというと、これが意外に大根も里芋もまろやかな味でグーだった。
夜、義姉から「高齢者医療制度について」という郵便が届いたと、電話があった。内容が理解できないから、心配で電話を寄こすのだ。簡単に説明して、また近いうちに見に行くと答える。
昨日の夕刊コラム「しあわせのトンボ」で(ひらめきは偶然か)をテーマにしていた。答えは、脳科学者茂木健一郎氏による「ひらめきとは経験と意欲のかけ算」と言う。更に、年長者は経験は豊富だが、意欲に欠ける人が多いのが残念とも。うーん、そうかなあと乗り易い私は考える。「意欲」というのは今風に言えば「こだわる」かな。では来年はもう少し習い事にこだわってみようか、などと単純に考えた。
|
|
|
|
| 2008年10月15日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1019 |
|
10月15日(水)満月 雨のち曇り・晴れ
夕方6時近くになって公園から帰ろうとした時、黄色く濡れたまあるいお月様が木立の向こうに顔を出した。(まあ、きれい。登るまで見ていましょうよ。)とエマのお母さんはいったけど、そうもいかない。いつものようにベルを自転車の前カゴに乗せて、ウチへ帰った。お月様も、後からついてきた。
ま、今日でなくても良かったのだけれど、振込があって近くの郵便局へ出掛けた。
年金支給日で混雑は予想したが、テレビで見た警察官の「振り込め詐欺」対応がどんなものか見たいという好奇心に負けた。矢張り器械の前には屋外まで7,8人が並んで順番を待っていた。その一番後に若い警察官が立っている。私も並ぶと、その警官が「オレオレ詐欺」のチラシを出して、ひとり一人に配って説明をはじめた。順番待ちで暇な客達は、あれこれ話し相手になっていたがそのうち警官が「私も利用されたことがあるんですよ。」と言う。(えー?どういう事で)と、つい聞いた。「私が東京で事故を起こしたと、実家に電話がありました」といって頬を緩めた。用事を済ませて出て来たら、未だ立っているので「ご苦労様」と声をかけたら「気を付けてお帰り下さい」と言われた。何を気を付けろと言うのだろうか。お金かそれとも転ばないようにか?私と同じで、単なる挨拶なのだ。
|
|
|
|
| 2008年10月14日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1018 |
|
10月14日(火)雨
昨日、蕾ばかりで咲いていないコスモスを12,3本貰ってきて、たっぷりと水を張ったバケツに入れて置いたら、今朝濃いピンクが1輪咲いていた。 昼前歯医者に行って、歯形を取った。柔らかいチューインガムの様なのをぎゅっと押しつける。多分押しつけていた時間は3分だ。干物やハンバーグを焼くときも、最初は3分が目安。3分て何か意味があるのかなあと、歯医者の椅子に座って口を開けながら考える。他の人は、こういう時には何を考えているのだろうか?
帰りに駅前のスーパーへ寄って、ベルのリードを物色。今使っているのは2本目だが、上から20pぐらいの所が表面がほどけて細くなって来た。そこに力が加わるらしい。昨日の散歩の途中で、農家の犬が飛び出してきた。サムは知らんぷりしているが、ベルはいちいち反応する。サムちゃんに「買い換えた方が良いね」と言われた。そのあと、久しぶりに大型犬のアユに出会った。若い頃、サムとアユは顔をつきあわせると、威嚇しあったので、サムのお母さんは反射的にサムのリードを引っ張ったが、生えている草の匂いを嗅いでいるアユは全く関心を示さない。また昔、アユはベルがお気に入りで、出会うたびに尻尾を振って近寄ってきた。アユのお姉さんが「ほらベルだよ」と声をかけたが、チラッと振り向いただけで元の姿勢に戻った。「もう、すっかり爺ちゃん犬になっちゃって、自分のことしか興味がなくなっちゃったの。」と、お姉さんはあきらめ顔。アユはベルやサムよりも1歳若い7歳の筈だが、すっかり老け顔になった。
|
|
|
|
| 2008年10月13日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1017 |
|
10月13日(月)体育の日 晴れ
先週金曜日の「歌う会」は先生の急病でお休みとなった。この会は4月末に始まったばかりの講座で、電話連絡網も出来ていない。そこで会長と2人で、片端から電話を架けて休講を知らせた。私が担当したうち留守電が2軒で、これはしばらくしてからかけなおして通じた。また2軒はご亭主が出たがこれがまた、同じ様に機嫌が悪い。どちらも同じように、奥方は泊まりで出掛けていると言う。さらに、出たらいつ帰ってくるかそんなのわからないと言って、一方的に電話を切ってしまった。こちらとしてはなんだか、奥さんに置き去りにされた鬱憤をぶつけられた様な気がした。連絡電話をしただけでなんで八つ当たりされるのか、面白くない。で、丁度その時近くにいた家人に「女房の事をこんな風にいっている」と言ってやった。すると家人は「どこでも同じだ」なんてヌカした。
今日は「体育の日」だったと、テレビで知った。今日の私の運動量は、夕べ駅に置いてきた自転車を歩いて取りに行った事と、サム達と2時間散歩したことだが、年相応だと満足する。明日は耕耘機でつぶされるコスモス畑で、蕾ばかりハサミで切りとっている人がいた。咲いているのは1回だけで終わりだが、蕾が付いているのをたっぷりの水に浸しておけば、次々と花が咲くと教えてくれて、抱えていたコスモスを半分分けてくれた。
|
|
|
|
| 2008年10月12日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1016 |
|
10月12日(日)晴れ
(えっさの こらさの えっさっさ)(えっさの こらさの えっさっさ)おぼろ月夜の下で、祭囃子にあわせて若者達が神懸かりしたようにくり返し繰り返し、いつ果てるともなく歌い踊る。それを道端や斜面にしがみついた多くの見物客が見守る。
こういう図式は、卑弥呼の時代から変わらないんだろうなと感じながら2時間余り「宮入」を見物した。
いつもの3人で、佐倉の秋祭りに出掛けた。私は佐倉の祭りは初めてで、私の知っている祭りのかけ声(ワッショイ・ワッショイやラッセラー)に較べて、何となくのんびりしているなあと感じたが、祭りのかけ声にも、独自性があるのは当たり前なんだと納得。
お祭りの楽しみはいろいろとあるが、屋台を覗いて食べ歩くのが私たちの最大の楽しみである。今回もやきとり・甘太郎・(イランのサンドイッチ)・豚汁・ちらし寿司などを食べ、私だけ百円で御神酒を戴いた。お土産に焼きそば・
(イランのサンドイッチ)・トマト(試食して美味しかった)・綿あめ・リンゴ飴などを買った。Tさんがお婆ちゃん達にと買った「綿あめ」は、帰る頃には萎んで元の砂糖に戻りつつあった。私たちが豚汁を戴いた所は、昔「油屋」と称していた呉服屋だったと、盛りつけてくれたおばさんが教えてくれた。おばさんと鍋が置いてある小屋は、元はお風呂だっとという。昔の家の中には長いテーブルが沢山出してある。他の客達に混じって、豚肉が入っていない汁気の多い豚汁を食べた。そこにはボランティアの人が何人もいて、来年4月26日の時代祭の参加者を勧誘していた。《いや、見物するよりも参加する方が何倍も楽しい。衣装は「松竹」から借りて、たちまちお姫様でも何にでも変身できる。あなたはお姫様にピッタリだ。》とTさんは盛んに勧誘されていた。
続く裏には土蔵や庭もあって、京都と同じ間口で税金がかかったため、後へ伸びる家屋敷になったという。更にこの家の土蔵には、社会主義や共産主義の本も仕舞われており、当時の佐倉の先進性もわかると自慢げだった。
|
|
|
|
| 2008年10月11日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1015 |
|
10月11日(土)曇りのち晴れ pm7時22℃
夕方、サムちゃん達とコスモスの花摘みをして楽しんだ。花島観音下のコスモス畑が、春に向けての植え替えのために、何日か前から(自由に摘んでもよろしい)と管理事務所から許可が出たらしい。道々会う人達は皆、コスモスを手にしていた。「もう、遅いからないかもね」とサムちゃんは言ったが、どうしてまだまだ沢山咲いているし、花摘みの人も結構出ていた。犬たちを繋いで置いて、コスモス畑に入って摘んだ。畑から出て2人の本数を較べてみたら、サムのお母さんは私の半分以下しかない。(ええっ、たったこれだけ?)と尋ねたら、「こういう場所は、鎌や機械を使って刈り取るクセが付いているので、花を選んで手で摘み取るとなると勝手が違う」と答えた。ふーん、そう言うものなんだ。 雨上がりで湿気が多く、歩くと蒸し暑い。
虫たちの大合唱が聞こえ夕闇に木犀の濃厚な香りがとけ込んでいる。「娘がね、今のウチにもう1匹犬を飼えっていうの」前を向いて歩きながらサムちゃんがぼそりと言った。「新しい車を見せに行って、ここはサムの席、ここはサムのものを置くところなんて言ったもんだから娘は、《サムもあと5,6年だし、そんなにサム、サムってサムがいなくなって落ち込んで具合が悪くなられたら困る。今からもう1匹飼って、サムがいなくなっても大丈夫な様にしておきなさい》って」サムちゃんは、言われただけでしょげている。(あと10年は大丈夫よ。その時はその時でいいんじゃない?第一、新しい犬が来たらサムがやきもちを焼いて大変よ。)と慰めた。
|
|
|
|
| 2008年10月10日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1014 |
|
10月10日(金)曇りときどき晴れ pm7時22℃
夕べはこの頃の習慣、午後9時就寝を破って、10時からのテレビドラマ緒方拳の「風のガーデン」を見た。今夜も夏に放映されたNHKのテレビドラマ「帽子」の再放送があるという。然し私には、拳さんの思い出の1作がある。1989年にテレビ朝日が「ネイチヤリングスペシャル」と題して放送した2時間番組である。どうしてその場所なのか説明はなかったが、スペイン・バスク地方の小さな村ウスタロスで緒方拳が1年を暮らした記録である。まるまる1年をそこで暮らしたのか、四季折々に出掛けて撮影したのかは知らない。まだ52歳の緒方拳が、地元の独身兄妹の持ち家に入るところから映像は始まった。緊張して家主マリア(この女性は緒方拳と同い年だと後で分かる)に花束を渡して、大きな鍵を受け取る。緒方拳の表情は硬く、暗い。この時の緒方拳を見ていて(ああ、彼はウツを患っている。転地療養の意味もあるのだろうかと)思った。病人は同じ病気の人を見分ける。寒冷地はどこでも同じように、住居部分は2階である。漆喰壁にはマリヤ様の絵が飾ってあり、厚い壁をくりぬいた四角い小さな窓からは、教会のとんがり屋根が見える。彼は「なにもかもが、子どもの頃から描いていた西洋のイメージだ」とつぶやく。家の入り口には「どなたもご自由にお入り下さい」と張り紙するが、誰も訪れる人はなく、大家さん(独身の兄は羊飼い)の子犬と暮らす。この子犬(ウスタロスと命名)とフライパン料理(フライパンにベーコンを敷き、その上にトマトの輪切りを乗せて火にかけ、最後に玉子を落とす)を一緒に食べる。私は今でもこの料理を真似して食べてる。誰もやって来ないので、街に出掛けて見てまわる。静かな街を歩きながら「辰己先生はこんな所があるのも知らないで、今この時も病に伏せっている」と言って突然泣き出す。やがて広場でたむろしている老人達に話しを聞くと、スペイン内戦で腕や足を失った人達もいる。バスク地方は未だにスペインからの独立運動が盛んである。ともかく面倒見のいいマリアや、街の人達との交流も深まって行くに連れて、拳さんの顔が明るくなっていった。大家さんの畑仕事も手伝う頃には、その後私たちが良く眼にした拳さんのあの人なつっこい満面の笑顔が出るようになっていた。彼はウツを乗り越えたのだ。
それから20年の時が刻まれた。
|
|
|
|
| 2008年10月9日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1013 |
|
10月9日(木)曇りのち晴れ pm7時22℃
今にも降り出しそうな曇り空が午後からは高く晴れて、ヒンヤリとした空気が心地よい。こういう日に外を歩いていると、それだけで映画の主人公になったような気分になれるから不思議だ。昼前は公証役場に行って予約を取った。今日の受付の人は年配の女性だったが、親切丁寧に助言や説明してくれた。前回来たときの人はつっけんどんで、(私も初めてで、どんな風に説明したらいいのか考えながら説明をしたら)こちらの話しをお終いまで聞かずに、「それではダメです」と言って、一旦出した書類をひったくるように仕舞った。
午後からは川柳句会の編集会議に参加。終わってからやほちゃんが梨を買うというので、付いていった。この時期の梨はもう「新高」しかない。新高は食べると口の中にジャリジャリと繊維が残るし、甘味も少ないからあまり好きではない。然し、やほちゃんが試食用に置いてある大きな梨を剥いてくれたら、繊維も少なく意外な甘さがあって豊水に近い。
そこで大きいのが6つ入って千円のを買った。やほちゃんは毎年ここで買うらしく、女将さんと顔なじみである。女将さんは「ジャム用を持っていったら?」とか言っている。話しが、膝の痛みや足のむくみになった。私は「お灸」を勧め、膝を出してお灸の跡を見せた。すると女将も後を向いて履いていたズボンを下げて、両足を見せた。左下肢が明らかにむくんでいて、私がさわった膝は痛いと顔をしかめた。そして、仕事が終わると疲れ切って、時にはお風呂に入るのも忘れて寝てしまうと愚痴った。それをフンフンと聞いた。で帰るとき女将は、梨を4つおまけしてくれた。そうしてもう一袋「ジャム用」として、9個持たせてくれた。帰りの車の中で「ジャム用梨」の調理法を教わった。梨のスライスにレモン汁を少々振りかけただけで煮るというもの。勿論水などは入れない。はじめは弱火にして水分が出て来たら中火にする。
煮上がったら(これは口当たりを良くするためで、なくても良いと思う)寒天パウダーを少し振りかけて混ぜる。これが予想外の甘さで、自分で作ったのに、砂糖を入れたのではなかったかと錯覚するほどの甘さである。もう1件八千代の農業会館へ寄って、野菜を少し買った。
|
|
|
|
| 2008年10月8日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1012 |
|
10月8日(水)雨のち曇り pm7時21℃
ケアハウスに義姉を見舞った帰りだった。車で信号待ちをしていたら、なんだか船にでも乗っているような横揺れが2回した。しばらくしたらラジオが、このあたりが震源の地震があったと伝えた。最近義姉は落ち着いていて、午前中雨の中をスーパーへ買い物に行ったらしい。(らしいと言うのは、本人がそう言ったのではなくて、いろいろな話しをしていて、結果的にそうだったのねと、確認したのだ。)相変わらずもの忘れは激しい。然し、誤解でも自分は健康であると信じているから、それで良いと思う。私と話しをしていて良く笑う。これで良いじゃないかと思う。
夕方の散歩でサムちゃんに会ったら、開口一番「今月から2万円安くなる」と不満を隠さずに言った。新人が採用されたので、その人にサムちゃんの仕事から一部を廻すよう会社から言われたのだという。先日「これが最後」と言いながら、ローンを組んで仕事の車を新しくしたばかりである。毎日、毎日「株安」が伝えられ、いずれは年金もまた減らされるに違いない。物価は上がるねと話しあう。見通しが立たなかったのが今や、お先真っ暗状態だ。日本人ノーベル賞受賞者が一挙4人のニュースは、嬉しいが。
|
|
|
|
| 2008年10月7日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1011 |
|
10月7日(火)晴れのち曇り pm7時22℃
泉ピン子がテレビで言ったという「バナナダイエット」が流行っているらしい。今日の川柳句会の集まりでも、何人かがやっていると言った。でもその解釈はまちまちで、Hさんは、とにかく朝、バナナを1本食べれば良いのだと思って、バナナを食べてからいつもと同じように朝食を食べていたという。Aさんは朝バナナを2本だけ食べているという。更にBさんは「そうじゃないよ。朝バナナを食べたら後2時間は、なんにも食べちゃいけないのよ」と口を尖らせた。黙って聞いたいたYさんは「いわゆるダイエットというのは、持病がないと言うのが前提で、糖尿病を持っているBさんのやり方は、空腹の所へバナナだけを食べると一気に血糖値が上がってしまうから全く逆効果だと注意した。納豆ダイエットの時も、スーパーの店頭から納豆の姿が消えてしまうほどだったが、食べて痩せるなんてそもそもおかしいと、私たちが気が付かねばならないのに、やはりテレビにはころりと騙される。何故だろう。
川柳句会のはじめから、いつも隣りに座っていた「歯のない歯医者」の正さんが、体調不良のため退会したと知らされた。先月の句会後から入院していたらしい。先月の句会で、正さんは天を取った。題『秋』あの世にも秋来ましたか母に聞く正俳優緒方拳逝去のニュースに矢張り句会で女性軍は、一斉に嘆きの声をあげた。平均株価が1万円を割ったと、号外が出たとか。いやはや、とんでもない秋の1日だった。
|
|
|
|
| 2008年10月6日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1010 |
|
10月6日(月)雨のち晴れ pm7時21℃
街中に木犀の薫りが漂いはじめた。ナナちゃんのお母さんが入院して2週間余り、お父さんの方が憔悴してきた。サムのお母さんはやきもきしているが、なにをどう援助したら良いかわからず、犬仲間はハラハラして見守るしかなかった。所が今朝、娘さんが子どもを連れてイギリスのリッチモンドから到着した。夕方の公園で出会ったお父さんはニコニコして、いつものお父さんに戻っていた。ベルが坊やの前で(おすわり)をすると、(ワンワン、シッダウン)なーんていうではないか。ウーン、グローバルかあ。
この所続発する無差別通り魔殺人事件に続く、大阪のネットカフェでの「生きているのがイヤになった放火事件」は、社会が土台から崩れはじめている不気味さがある。「週刊金曜日」で佐高信は「小泉政権は規制緩和という美名で、競争のための最低限のルールを破壊した。小泉政権は(ゆうなれば経済の)信号機を壊したが、麻生政権はブレーキをはずそうとしている」と喝破している。勿論全部とは言わないが、(生きているのがイヤになる人々を作り出しているのは)小泉に続く政治が作った社会に原因があると思う。然し何より残念なことは、私たちの側の抵抗力が小さく痩せていることだ。
|
|
|
|
| 2008年10月5日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1009 |
|
10月5日(日)晴れ pm7時24℃
「顔をこうやって引き上げてね、そこを押さえておくパッチのようなものが出来たんだって。その上からファンデーションも塗れるんですって。」突然帰宅した娘は、真似して見せながら説明してくれた。「で、なに?それを取るとまた、垂れ下がるの?」「そう、せいぜい1日しか持たないらしい。」2人で「ハウルの動く城」を見ていた。「ふーん、じゃあ毎日顔の肉を上げたり下げたりして、魔法が解けた荒れ地の魔女みたいな顔になっちゃうんだ」美輪明宏扮する妖艶な荒れ地の魔女も、魔法が解けて実年齢になると、崩れかかった洋梨のような輪郭になる。あれもなかなか良いと、私は思うけどお。娘は笑った。 午後から中央区の画廊に(昨日の油絵のお稽古のとき、先生に勧められた)、岡田さんという方の個展を見に行った。93歳の方で20年のキャリアだという。酒々井にお住まいだと言うが、私にも見覚えのあるあのあたりの風景画が中心だった。思いがけず明るい優しい色遣いが、印象的だった。
3,4号の小さな絵には軒並み「売約」の赤丸が付いている。加齢=暗い色なんて先入観は吹き飛ばされた。この方の先生は「93歳になってこの精進に敬意をおしまない。年と共に絵に品格が出て来た。私も学ばねばならない」とコメントしてあった。
|
|
|
|
| 2008年10月4日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1008 |
|
10月4日(土)晴れ pm7時24℃
毎月第一土曜日は、油絵のお稽古日。仲間のTさんに「検診でお腹周りを計られたでしょう?」と尋ねたら、「いや、やらなかったよ」と言って「ほら、私はもう後期高齢者だからやらないんだよ」と付け加えた。ええっそうなんだ。虚をつかれた感じで、フォローが出来なかった。でも元中学校長のTさんは良く気が付く。みんなでお茶をした後、茶碗を洗っているとさりげなく寄ってきて、「じゃあ、茶碗を拭いてしまえばいい?」なんて手伝ってくれるのだ。
今日から新しい仲間も一人増えて、先生はマンツーマンで絵の具の出し方から教えている。カンバスにリンゴをひとつ描きながら、平筆丸筆の使い分け方、太さの違いの使い道、色の塗り方混ぜ方、重ね方などを丁寧にやって見せながら説明していた。生徒の興味を引きながら、一寸したことにも誉めてさすが現役の教師と、周りで聞いている私たちは感心した。
昨夜姉娘が突然やって来て今朝はマッサージに行き、後はずっと眠っていた。
|
|
|
|
| 2008年10月3日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1007 |
|
10月3日(木)晴れ pm7時21℃
自分でも自制心がある方だとは思っていなかったが、そのはかなさに我ながら呆れた。この所、周りの人達に(5s減量)と声高に言いつのっている。それがというかそれなのに「ねえ、またあの美味しいうなぎを食べに行かない?」と誘われた途端、一も二もなく承知してしまったのである。その上「朝食はしっかりと食べなくてはね。」という鍼の先生の教えは、今朝もしっかりと守った。Nさんはお昼の為に、朝食を抜いたという。フンだ。 この前来たときは確か稲刈り間近の風景が拡がっていたが、今日はもう殆ど稲刈りは済んでいた。空は高く晴れて風は爽やか。快適なドライブを楽しんで、印旛沼ほとりのウナギ屋へ。生け簀を覗くと、見事な鯉が泳いでいた。あーあ、立派なひげなんか付けていたって、そのうちアライや鯉こくにされちゃうんだよねと同情する。所で鰻屋では今日は一寸都合があって、大きな座卓を選んで3人で座った。お喋りをしているとあっけなく鰻重は出て来て、「美味しいね」と確かめ合いながら香りも味も堪能した。この間「減量」なんて全く眼中にない。帰りみち2人は「なんだかパフェ」を食べたが、私はホットコーヒーにした。桃狩りで7個も食べた2人とは太刀打ちは出来ない。更にいつものように2ヶ所の農産物直売所へ寄って、新鮮で安い食料を物色した。用事があったのでいつもよりずっと早く帰宅した。夕飯は控えめに食べました。はい。
|
|
|
|
| 2008年10月2日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1006 |
|
10月2日(水)晴れ pm7時21℃
夕べのテレビ番組・クローズアップ現代「高齢者襲う身近な薬の副作用」を見た。
高齢化するに連れて、人間の身体は水分が少なくなりまた新陳代謝も鈍くなる。だから処方された時点では必要十分な薬の量も、長年飲み続けると次第に体外に排出されにくくなり蓄積された結果、有害な副作用を起こしてしまうと言う内容だった。この理屈は、高齢者だけなのか疑問だ。更に個人が自由に買って使用する「サプリメント」でも同じような理屈で、副作用があると考える方が自然ではないだろうか?もっと身近に、最近の「毒入り食物」の問題もある。発売元では「この商品を毎日食べ続けていても、健康に害はありません」と言い訳しているが、毎日食べているいろいろな食品がそれぞれに微量の「毒」を持っていたらどうなるか。そんなことはないと誰が保証できるのか?高齢者は(ま、ここまで生きてきた事だし)ともかく、子ども達の食べ物が、気がかりである。
一方食べ物以外は大丈夫かというと、そうはいかない。左右の乳首を結んだ線の丁度真ん中に、壇中(だんちゅう−正しい字は土偏ではでなく、肉月)というツボがある。今日、鍼治療に行ったとき、先生は(ここが滞っています)と言った。治療しながら(この頃ここが滞っている人が多いんですよ。空気が悪いのとパソコンなんかで前屈みの姿勢になるからだと思います。)
「橋下知事・弁護士」のテレビを使った悪質な扇動にたいして、橋本裁判長が判決を下した。今日の秋空のように、胸の空くような内容だった。
|
|
|
|
| 2008年10月1日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1005 |
|
10月1日(水)雨・曇り・晴れ pm7時20℃
夕方の公園で、久しぶりの夕陽を眺めた。もしかしたらと、富士山が見える公園内のポイントに行ってみたが、雲がかかって見えなかった。公園内のドウダンツツジやウルシが紅葉してきた。りょうちゃん家でも夕べはホットカーペットを出したら、犬が真っ先に座ったと言ってお母さんが笑った。所で毎月1日は映画の日で、入場料は千円になる。マグノリアさんに誘われて、2人で映画を見た。入場券売り場は中高年女性で、長蛇の列が出来ていた。私は毎日が「映画の日」である。更に私たちが選んだ映画「最後の初恋」は、殆ど満席。観客席をざっと見たら、男性が2人いた。そうだろうなあ。
この所やけに眠いのを利用して、生活習慣を夜型から朝方に切り替え中である。夕べも9時には寝て5時に起きた。今日で3日目。さて三日坊主で終わるかどうか・・。
|
|
|
|
| 2008年9月30日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1004 |
|
9月30日(火)雨ときどき曇り pm7時20℃
夕べは午後8時、一昨日は午後8時50分に就寝した。アルコールも飲まないで。
こんなに早く寝たのは、病気以外では思い出せない。いや「眠り病」と言うのがあるらしいから、それかも知れない。日曜日の川柳大会でも居眠りをしていて、呼名(自分の句が詠み上げられたとき、名乗ること)するのを忘れた。「文台(書記の様なもの)のひいらぎさんが気を利かせて、替わりに名前を言ってくれた」と春菜が教えてくれた。今日は未だ(19時半現在)眠くない。
明日も明後日も雨だというので、雨の合間を狙ってベルのフィラリヤの薬を貰いに行った。先月も動物病院へ行ったときに夕立があって、虫除けの薬は(流れてしまう心配があるので)パスした。所でフィラリヤの薬は1500円に消費税、虫除けの薬フロントラインは1700円に税金である。診察が終わって先生は、「今日も雨だから、フロントラインはまた別の日にね。」と言ったが、実はもう病院でやって貰うつもりはない。知人にインターネットよりも安い値段で買って貰ったから。病院も大変だろうけど、この不景気の時代、こちらも工夫するのだ。
Nさんちの猫は、10日前ぐらいからすりすりするようになったという。うん、わかると私は言った。Nさんにくっつくと暖かいのだ。先週カラオケに行ったときに、クーラーが利きすぎて寒かったので、私もNさんにくっついて暖をとった経験がある。所で今夜、家人は「寒いから」と言い訳しながら炬燵を出して首までもぐり、鼾をかいて眠っている。
|
|
|
|
| 2008年9月28日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1003 |
|
9月28日(日) 晴れ時々曇り pm7時20℃
八千代川柳大会で運営役員の端くれの私は、9時の集合時間に開場へ急いだ。所で今日の課題は6つで、2句ずつ合計12句を提出しなければならない。所が7句しかできていない。仕方がないから出来たのだけ出すつもりだった。所が会場の準備は順調に進んで11時には全ての準備が終わった。出句の提出時間は13時である。でまあ、時間があるからその場で作句に取りかかって、12時過ぎにはなんとか残りの5句をやっつけた。推敲もへったくれもない私のやり方に、仲間は呆れていた。
所がである、いざ蓋を開けてみると私は4句抜けて(選ばれて)そのうち2句は、さっき会場で作ったばかりの句だった。「外野」外野フライ捕れてうれしい草野球 「すじ道」すじ道を通してさびし彼岸花 「精進」精進を欠かさずにあっけなく逝き 「なよなよ」風まかせ柳にもある五分の意地 「外野」の句で榮太郎の梅干し飴、「なよなよ」で体脂肪計を貰った。大会後の懇親会で隣りに座ったお爺ちゃんに「アンタは幾つだね」と聞かれた。「私は84歳で、聞いたことは直ぐ忘れるし、川柳を考えてもなかなか言葉が浮かばない。それにこの10年はずっとご褒美から遠ざかっていたが、今日は市長賞を貰った」と、仰った。(いやそう言う話しは元気が出ます)と答えて、みんなに呼びかけて「84歳の市長賞・カンパーイ」とやった。
|
|
|
|
| 2008年9月27日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1002 |
|
9月27日(土) 晴れ時々曇り pm7時21℃
車窓からは爽やかな秋風と、銀色金色のススキの波が見えた。この1年間私たちは一体この道を何回往復したことだろう。早春の梅に始まってレンギョウ、雪柳、しだれ桜、櫻、菜の花と季節の花々を見せて貰った。私たちのドライブコースは、佐倉を起点として様々な道を選んで、銚子から白子までのどこかへ突き抜けるコースである。今日は蓮沼海岸、干潟、八街を廻って、収穫間近の里芋の畑と落花生の畑を多く眼にした。Nさんの運転に全く安心して私はふんぞり返って座り、ひっきりなしにお喋りして、3ヶ所の道の駅や産直の店で買い物を楽しんだ。今日は道の駅「おらい蓮沼」の食堂で、(イワシ丼750円)と(つみれ汁100円)を食べた。イワシの蒲焼き風が4切れご飯の上に乗っていて、切り干し大根の和え物、お新香にマンゴープリンが付いていた。つみれ汁はつみれが2個入ったすまし汁でとても美味しい汁だった。土曜日と言うこともあって、客は順番待ちの盛況。道の駅では熱い甘酒のサービスをしていた。実は私たちはここで久しぶりにAさんに会うために出掛けてきたのだ。夫の急逝により、Aさんには小学生2人の子どもが残された。昨年暮れ労働基準監督署にご主人の過労死は、現行の労災の認定基準に当てはまらない(つまり、業務外と言うことで)と認定されてから、再審査請求をして今に至っている。私たちも誠心誠意協力したつもりで、残念な結果に辛かった。然し今日、Aさんは「結果に拘わらず、労災申請して良かった」と言ってくれた。私たちはほっとすると共に、慰められた。
|
|
|
|
| 2008年9月26日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 1001 |
|
9月26日(金) 曇り pm7時24℃
今日は1ヶ月半振りに千葉市高齢者福祉講座の「愛唱歌を歌おう」に参加した。通常途中休憩を挟んで、10時から12時までの2時間目一杯「唱歌」を歌うのだが、今日は後の1時間を使って話し合いをした。部屋が狭いので、いつもは先生に向かって一方向に並んでいるが、お互いの顔が見えないので、机を片付けてまあるく座った。自己紹介や今までの感想などをそれぞれ述べたが、19名の参加者(定員は26名うち男性2名)のウチ5人だか6人が「私は子どもの時から歌うことが大好きで・・」と言った。かなりのお年とお見受けする人は、「以前合唱団に入っていたが耳が遠くなって先生の仰ることが聞き取れず、隣の人に聞いてばかりいるのが気兼ねで辞めた。でもやはり歌うのが好きで、やりたくて応募して、補欠でやっと入れた」とゆっくりと話しをした。私の隣りに座った人は私と同じぐらいのお年かと思ったら、「昔、北支で兵隊さんを慰問して歩いて喜ばれた」なんて言うではないか。こうやって皆さんのお顔を拝見すると、成る程高齢者社会だと実感する。所で、この「歌う会」も講座を修了した人たちの同好会も好評で、どこも満員だという。では来年は自前で立ち上げるしかないという声もでた。大きな声を出して、若くなったような気がしても、帰りには靴を履くのに「腰が痛い・足が痛い」と言っているのは、まあしょうがないか?
|
|
|
|