日記の履歴 I
第 10 集 犬と歩けば・ふたたび 701〜800 2007.8.21〜2007.12.23


2007年12月23日(日)
犬と歩けば・ふたたび 800
12月23日(日) 雨のち曇り

 図書館でリクエストしたときは72番目だったから、順番が回ってくるのはま、半年ぐらい先かなと思っていた。それが意外に早く昨日回ってきた。それを斜め読みだが百分ぐらいで読んでしまった。何の本かというと、藤原智美「暴走老人」。矢張り皆さんも同じ感想だったのかと思った。はっきり言って面白くなかった。論旨も薄くて納得し難い。
 思いがけず面白かったのは、小島政二郎の「俳句の天才 久保田万太郎」「私の好きな川柳」。(私の好きな川柳)の方は88歳の時の著書らしく、(この頃は何か言われても素直に聞けず、直ぐに言い訳をする)なんて愚痴が入っている。私にしてみると、成る程、年取ると言うことはそう言うことなんだと、肝に銘じる。(俳句の天才)の方も、講談を聞いているようで面白い。この中で、万太郎が(言葉も解らないのにやたらと外国へ行っている。)のは、小説が書けなくなったからに違いない。
(小説家が書けなくなったときの寂しさは、埋めようがない。)と書いてあり、更に川端康成が自殺したのも、書けなくなったのが原因だと思うとあった。私の中で川端康成の自殺がずっと不可解であったが、ここを読んで一気に氷解した思いだった。
2007年12月22日(土)
犬と歩けば・ふたたび 799
12月22日(土)冬至 曇りのち雨

 気に掛かっていたケアハウスの義姉を訪ねる為に、早めに家を出た。車の中で永六輔の「土曜ワイド」を聞く。番組の中で、永六輔がこんな話しをした。俳人の鷹羽狩行氏が、今年発表された俳句の中でベストワンを選んだ。それは(口開けて餌を待ってる燕の子)という句。選者の鷹羽氏は(口を開けて待っているが、一向に餌を貰えないツバメの子は、社会保険庁の怠慢で年金を貰えない国民であり、待てども帰らぬ拉致被害者家族であり今年の世相のあれこれをうつしている)と解説したとか。それを聞いて一番驚いたのが作者の、(タレントと言うよりも芸人と呼んだ方がピッタリする)小沢昭一氏だったと言った。私もこれは川柳ではないかと思った。俳句と川柳の垣根が、曖昧になっているのだろうか。 義姉の部屋を掃除して、カレンダーなどを取り替える積もりだったが、到着してみたらいろいろ入れた紙袋を家に置き忘れた事に気が付いた。
今日の義姉は薄化粧をしていた。(あら、ステキよ)と誉めたら、照れた。今日は、クリスマス会があったのだ。義姉が1階の食堂でクリスマス会に参加している間、部屋の掃除に取りかかる。前はキチンと整理できていた病院の領収書類が、流しの横やテーブルの上、空き箱の中に数枚ずつ入っている。トイレットペーパーも3個目の前に積んであるが気が付かない様で、ホルダーは空にしてあった。義姉が戻ってきてから、スーパーへ買い物に行った。義姉は何度も何度も(この頃、まったく、本当に何でも忘れちゃうのよ。)と云った。そう言いながらも、何だっけなんだっけと言い、アそうだとバッグの中をかき回して、私の娘の子ども達(つまり私の孫達)へのお年玉を渡してくれた。私が帰るとき義姉はどこからか紐を出して来て、いらない雑誌を結わえ始めた。さっき買ってきた義姉の大好きなかすみ草も、自分でいけるから大丈夫と言いながら、くりくりと動き始めた。
2007年12月19日(水)
犬と歩けば・ふたたび 798
12月19日(水) 晴れ

 昨日は、東金労働基準監督署へ「労災不支給決定」の理由を聞きに行った。夫が過労死した申請人のAさんと、会長ほか3人の4人である。11時の約束だったが10時半に到着した。相手はM労災課長と担当のS氏の2人。いつもニコニコして調子の良いM課長は着席するなり「本件は直前1ヶ月100時間、6ヶ月平均80時間の基準に該当しませんので業務外としました」とさらさらと暗記している文句を述べた。
そこで一旦言葉を切ると、それ以上なんか聞きたい事でもあるのかという風に私たちを見回した。私たちはそんな通り一遍の返事を聞くために、朝早く千葉からやって来たのではない。申請人のAさんがこれまで骨身を削り、苦労して資料を集め作りあげた申請書類のどこが不足だったのかそれが是非知りたい。また申請後も度々担当者と連絡を取って(ほぼ間違いなし)の心証を与えたことを、知らん振りして済ませる積もりか。私は一気に怒りがこみあげて身体が震えた。更に百歩譲っても業務外決定を、クリスマス・正月を控えて今、出さなくても良いではないか。辛い知らせは、せめて冬休みが終わってから出す位の配慮があって良いのではないか。どうしてそれくらいの心配りをしてくれないのか。言葉が震えないように注意しながら、M課長に迫った。M課長(女性)は目をくるくる廻して、(心外なことをいうではないか)という表情をした。「私どもは調査も終わっておりますので、しかるべく早急に結果を通知すると言う風に決まっております」と、私に言い捨てて他の話しにうつした。私はあっけにとられて、典型的な「お役人」を眺めた。それからも内容について私たちは代わる代わる突っ込んで聞いたが、お終いにもう一度私は言った。あなたは規則通りにやっていると仰るが、公務員は国民のために働いているのでしょう。その事を考えれば、(私の要求している配慮は)不当とは思えません。これから他の人が同じような目に遭わないように、是非考慮して下さい。M課長は黙って、S担当官は不満をあからさまにして聞いていた。
2007年12月18日(火)
犬と歩けば・ふたたび 797
12月18日(火) 晴れ

 川柳の仲間の春菜ちゃんから電話が来た。お茶会のお誘いと、自作が他の句会で天を取ったという報告だった。「姑の笑顔長生きする予感」聞いた途端、私は電話口で大笑いした。1度聞いただけで直ぐに憶えた。わかりやすくて意味深な良い句だと誉めた。特にしも五が良いと誉めた。春菜ちゃんは(これは自信作じゃなかったんだけどね。他に自信作が2つあったんだけど、そっちはぜーんぜん引っかかりもしなかった)なんて云いながら(でもしっぽちゃんにそう言って貰うと嬉しい)なんて、喜んだ。それから川柳仲間の噂や川柳のお喋りを、えんえんとした。(なんか60過ぎるとがっくり来てね、少なくはして貰ったんだけど辞められないの)と春菜ちゃんはこぼす。春菜ちゃんは自治会でボランティアサークルを立ち上げて活動している。はじめは老人家庭を対象にした「家事手伝い」をイメージしたと云うが、いざ動き出してみると老人は意外と元気で、むしろ働き盛りの家庭から様々の事情で「家事手伝い」の要請が多いという。彼女は14年もやって来たがここへ来てどっと疲れたという。
頼みたい人は多いが、ボランティアとして働いても良いという人はなかなかいないので、すっかり辞められないらしい。私も同じような事情を抱えている。(団塊世代が大勢退職し、未だ元気で能力もある人達がたくさんいると思う。そんな人達の中で、一緒にやってくれる人っていないかしら?)とこちらも愚痴ると(いない。他人の為に時間を取る人なんていないね)即座にきっぱりと返事が来た。
自分さえよければいいという社会は、結局私たち世代が作り上げてしまったのだろうか。
2007年12月17日(月)
犬と歩けば・ふたたび 796
12月17日(月) 晴れ

 今朝、ベルの散歩から帰ってきた家人は、水溜まりに薄く氷が張っていたと言った。夕方、去年よりも5日遅れだと、天気予報士のお兄さんが付け加えた。午後、稲毛の画材屋へ筆を買いに行く途中、○○子ども病院の前を通りかかったら、2,3歳の子どもを抱いたお母さんが4,5人も戸外で子どもをあやしながら順番を待っていた。やはり風邪が流行っているらしい。
 「人間、幾つになっても、どんな状態になっても、それなりに生きていることを楽しめるのねえ」電話をかけてきたBさんと、昨日のAさんの話を思い出して、つくづくと感心した。寝たきりでも、認知症でもおしゃれをして食事に出かけるなんて、私には思いもつかなかった。Aさんはニコニコしながら(ま、私が元気だから出来るのね)と云うが、それだけではない。Aさんは大の買い物好きで何でもどっさり買うが、その中に必ずお婆ちゃん達が喜ぶ物も入っている。どこかで「介護」を楽しんでいる。Aさんは両親から溢れる愛情を受けて育った事は直ぐに察しが付くが、実母と一緒に介護している叔母さんは必ずしもそうではなかったらしい。むしろ子どもだったAさんを邪険に扱ったらしいのだ。その事は(ま、しょうがないわよ)とニコニコして流す。
京都清水寺の貫首は、今年の一字を「偽」と書いた。今年は、ウソをついたり賄賂を要求した厭な顔をたくさん見たが、身近にこんなにまっとうな人がいた。
2007年12月16日(日)
犬と歩けば・ふたたび 795
12月16日(日) 晴れ・風強し

 集まると、誰それさんの子どもがインフルエンザに罹った、いやウチの子もなんて話しが出て、私は俺も予防注射を受けたなんて話しになった。
(私もこの間、お婆ちゃんを2人連れて行ってきたわよ)Aさんは、少し瞬きをして言った。Aさんは、自宅で86歳の実母と84歳の叔母さんの面倒を見ている。お母さんは寝たきりになって確か3年目で、叔母さんは認知症で徘徊する。玄関は鍵を2つ付けてあると言うが、何かの拍子に戸外へ出て行って自宅に帰れなくなり警察にも何度かお世話になったと聞いている。Aさんは2人にバッチリと外出用の仕度をしてから、寝たきりのお母さんをひとりで車いすに乗せ(乗せ方は教わって訓練したとか)玄関まで移動して、外出様の車いすに乗せ換えて車に乗せ、叔母さんも積んだ。
(失礼、お乗せした。)相変わらず病院は混んでいて2時間近く待たされたが、無事にインフルエンザの予防注射もして貰った。帰りは3人でファミレスに寄って食事。
2人の老婦人はエプロンを掛けて貰って、「ナントか御膳」を残さずきれいに召し上がった。更にデザートの「なんとかパフェ」も完食。自宅でもAさんは様々な工夫をして、お二人にバランス良い、美味しいものを作っている。満足のお二人を連れて自宅に戻られた時は、3時を廻っていたと言った。Aさんは(病院だったか、ファミレスだったか聞き忘れたが)どこかの人に、「大変だね」と声を掛けられたという。老婦人を「双子ですか?」って聞く人も居たの。(フェイクファーだけどねとニヤリとして)2人のコートの襟と袖に、おそろいの毛皮を付けてあったからそんな風に見えたのかしらと笑った。2人も同時に介護していて、Aさんはどんなに大変か。まなじりを決し髪振り乱して取り組んでいるかと思うが、さに非ず。日頃ご自分のお手入れも行き届いて、色白の肌はシミひとつなく、身支度もバッチリでいつも私はうっとりと眺めてしまう。
 所で注射の嫌いな私は、予防注射はしていない。
2007年12月10日(月)
犬と歩けば・ふたたび 794
12月10日(月) 晴れ

 先日の句会の時、春菜ちゃんは私が居た湯沸かし室に入って来ると(又肥っちゃった。3Lになると途端に着る物の選択の幅が狭くなるの)と言った。こちらが口を開こうとしているのを見て(あー、ストレスなの。ストレスが溜まるとツイ食べちゃう)と、自分で理由を言った。糖尿を持っている彼女はこの春、3ヶ月で15sも痩せるという離れ業をやったばかりだ。
 然し今日は私もさっきから手当たり次第に、食べている。お腹が空いているわけではない。気持ちが不安定、落ち着かないのだ。過労死の労災申請で、労働基準監督署は業務外を出した。小さな子どもを2人抱え、働きながらあんなに頑張って同僚の話を聞き、資料を集めて行く中で、やっぱり夫の死は仕事以外には考えられないと確信を抱いた。
 さてこれからどうするか。私たちはまた、更に困難な振り出しに戻った。
2007年12月9日(日)
犬と歩けば・ふたたび 793
12月9日(日) 晴れ

 ベルがたまにはサムちゃんと遊びたいと言うので、早めに家を出て寄ったがお留守だった。そこからいつもサムが外を覗いている窓は閉められて、電気もついていない。ベルはクーンクーンと甘ったれた声で呼んだが、サムちゃんの反応もない。念のために呼び鈴を押したが、矢張り居ないのはベルにもわかって、すごすごと戻った。
所でサムちゃんの向かいの部屋は今バリアフリーに改装中である。30年かそれ以上入居以来の付き合いだったと言うが、老夫婦お二人が身体も利かなくなって、団地内のバリアフリーに改装済みの所へ転居されたという。たまにしか行かない私でも寂しい。
 さて仕方がないので、ベルと2人で花島観音の下を通って池に戻ってきたら、チャーミー達にあった。(なに、今日は相棒はいねーのかよ)と、お爺ちゃんに言われる。チャーミー達と芝生広場に上がると、向こうからサム達がやってくるところだった。「今度はサクラが居なくなったぁ〜」サムのお母さんが大声でこちらに向かって叫んだ。「サクラって、黒ラブの?」と私も大声で言った。海達もリュウ達もイチゴもエマもモモも犬仲間がどんどん集まって来て、居なくなったサクラの話しになった。何でも昨日公園から帰るときに、坂を下りたら自宅という場所で突然何かに驚いてリードを付けたまま逃げたらしい。その弾みでサクラのお母さんは転んでケータイも壊れたと言う。勿論その後探したが見つからず、今日もサム達は3時から捜索に出かけたので居なかった訳である。「ほら、ベルの時のことがあるから」とサムのお母さんは言った。最初に逃げた場所に戻っていないかと思って、行ってみたが居なかった。市民の森やそこらあたりを廻ったが見つからなかったと言った。(警察には届けたから、明日になれば見つかるよ)(良い犬だもの誰かに掴まっちゃっているよ)(飛んでもない所まで行ちゃったんじゃない?)とまあ、人間がそれぞれに勝手なことを言い合っている間に、ベルはやたら走り回って遊んだ。
2007年12月8日(土)
犬と歩けば・ふたたび 792
12月8日(土) 曇り

 “週末は行楽日和”の天気予報が外れ、山では雪でも降っているのではないかと思わせる様な曇り空だった。午後からAさんの「色鉛筆画展」に出かける。Aさんの作品は猫シリーズで、飼い猫3匹を描いた作品。どれもいきいきしているが、アップのYチャンの顔は笑っている。猫の鼻と肉球の色は同じで、猫によって様々であると教えてくれたのもAさん。因みにYチャンの鼻はきれいなピンク色だとか。半年前、Aさんと一緒に習い始めたBさんの玉ネギを1個だけ描いた作品はユーモアがあって、みているとニヤリとしたくなる。先輩格のCさんの作品(朝顔、故郷の海岸、石蕗の花)は、他の作品と異質な感じがする。Cさんにぶつけてみたら、他の人にもそう言われるが、自分としてはどうしてそう言われるのかわからないと仰った。どうしてそんな感じがするかと考えたのだが、どうもオレンジと緑と青の組み合わせがそうさせるのではないか。Cさんの個性なのか、沖縄の血がそうさせるのかわからない。
 どんな絵でも、描いている本人が一番楽しい。見てくれた人が一寸誉めてくれると、なお嬉しい。この会場は駅の改札口の前だから、来場者が多い。私が居たわずかな時間にも、サークル申込者が居て羨ましかった。
2007年12月7日(金)
犬と歩けば・ふたたび 791
12月7日(金) 晴れ

 電話があって、若い女性のAさんがわが家を訪ねてきた。玄関先でと固辞するのを、無理矢理上がって貰う。娘さんがわが家を訪ねてくれるなんて事は滅多にないから、みすみす逃がす手はない。娘さんが居てくれるだけで、家の中が華やぐ。大分時間も過ぎていたが、昼食もお誘いする。台所から良い匂いもしてきてころ合いも良い。
実は昨日焼き芋が食べたくなって、八百屋の店先で紅い色をしたサツマイモを買ってきた。3本で百円だった。それを今日の昼食にしようと思って、30分ほど前に土鍋の中に入れ弱火にして、ガス台に載せてあった。と言うわけで昼食の献立は、焼き芋(300c位)1本と、ほうじ茶。デザートは柿とコーヒーゼリーというシンプルなもの。
食べながら、昔はこういうのを「代用食」と言ったと教えた。お米の代わりに食べる主食のことだ。当然彼女はご存じない。「おしん」の時代は「大根飯」なんてのもあったでしょう?と、言ったらナント、彼女はあの国民的テレビ「おしん」もご存じない世代だったのだ。この年になると、10年や20年の違いがどうって事なくなってしまうから、イヤー若い人との会話には気を付けねばと、改めて肝に銘じた。
2007年12月6日(木)
犬と歩けば・ふたたび 790
12月6日(水) 晴れときどき曇り

 私はときどき「足の三里」にお灸をしている。ここは足の疲れだけではなく、胃の調子を整えるとか長寿のツボであると教えられている。私は「棒灸」という文字通りスティック状のお灸を使っているが、先生は「生姜灸」もとてもいいから試してみるようにと勧められた。生姜とモグサの成分がやんわりとしみ込んでゆくから、ただ熱刺激だけよりも効果は大だと仰る。ところで「生姜灸」と言うのは、あの食用の生の生姜を1,2oのスライスにしてその上に(結構大きな塊の)モグサを乗せる。それをツボの上に置いてモグサに火を付けるのだが、熱くなってきたら次のツボに移動する、と言うものである。所で「生姜」である。中国産なら国内産の半分近い値段だからそれでも良いかと尋ねたら、良いという返事。今日出かけた帰りに駅前の八百屋へ寄ったが、「中国産」の生姜がない。いつも呼び込みをしているお兄さんに聞くと「ない。置いてないよ」とつれない返事。中国産と表示したものは、それだけで全く、ゼーンゼン売れないので、仕入れてこないのだとか。成る程と納得した。安売りスーパーへ行って、わんパック98円の中国産生姜を買ってきた。※「棒灸」は、火を付けた棒灸の先端をツボに近づけるだけで、熱くなったら離してしまうというやり方。従ってアトも残らない。
2007年12月5日(水)
犬と歩けば・ふたたび 789
12月5日(水) 晴れ

 今日はガスの検診日なので、朝からベルを南側の縁側に繋いだ。ガスのメーターは犬小屋の傍にあるので、検針の人が入ってこられないからである。なのに、いつもの人の呼ぶ声が聞こえたので出て行くと、(実は今月いっぱいで定年になります)と、挨拶された。それはまあ長い間ご苦労様でした、これからはどうぞごゆっくりされてくださいと応えた。彼女は夏も冬も雨の日も風の日も、決まった日にニコニコしてやって来た。たまに犬の移動を忘れることがあったりして、声を掛けたり掛けられたりすることがあった。ガスのなんとかフェアーとか、売り出し月間のチラシも頂いた。それを見て今年は、ガスストーブを買った。この仕事も確か、1年契約の更新だとか聞いたことがある。1日に2百軒だか3百軒を廻るとかも聞いた。カレンダーを置き、無駄のない歩き方で次へと去って行った。ふと、守屋夫人も彼女と同年配なのだと考えた。
 友人が10月末にもまた腸閉塞をやったと言うので、何か良い方法はないかとかかりつけの鍼灸師の先生に相談し、見て貰った。彼女は10年前に開腹手術してからずっと腸閉塞に悩まされている。今日は取りあえず、あちこち痛みのあるところを治療して貰って喜んだ。治療が終わってから彼女は「自分は生きていられるだけで満足しなくてはいけない。それ以上の事は−痛みなどは我慢しなくてはいけないと、ずっと思っていた」とつぶやいた。
2007年12月4日(火)
犬と歩けば・ふたたび 788
12月4日(火) 晴れ

 2ヶ月振りの句会。句会会場の公民館がある団地の中の、まっすぐに続いた銀杏並木は見事な金色に染まり、冷たい北風に映画のワンシーンの様に黄葉した葉が舞っていた。
句会は9時半からであるが、いつものように9時少し前には着いた。その時間にはいつも何人も来ているのだが、今日は誰も居ない。9時になったので2階に上がると、薄暗い廊下のベンチにTさんがしょんぼりと座っていた。挨拶をして湯沸かし室へ行くとTさんが後から付いて来た。私がお湯を沸かしたり、茶碗を出して洗ったりしているそばに立ってじっと見ている。黙っているのもなんなので(今回の題は難しかったですね)と、手を動かしながら話しかけると、待ってましたとばかり喋りだした。
なんせ前歯が4本ないから空気が漏れるし、早口だから聞き取りづらい。自分はいつも思いついたことをメモしておく。例えばと、もぐもぐ唱えたが、内容は(結構毛だらけ猫はいだらけ)の類である。(そのうちに、本当にシラミに囲まれたらどうしようと思うと緊張して寝られなくなる)と仰る。何で私が爺ちゃんのそんな話しを聞かなくちゃならないんだと、腹の中で舌打ちしていると、やっと春菜ちゃんが(しっぽちゃん、ここにいたのぉ〜)と上がってきて救われた。  午後から団地内の寿司屋で忘年会をするために移動。今朝歩いてきた道を、落ち葉に足を取られないように注意して歩く。Kさんに奥さんの容態を伺った。抗癌剤を打っているが先が見えない。彼女は菩薩と夜叉の間を行ったり来たりしている。そんな様子を川柳にしたのもありますが、私は病気の妻は読めませんと語った。
2007年12月3日(月)
犬と歩けば・ふたたび 787
12月3日(月) 雨のち晴

 朝から雨、の予報が少しずれたが、夕方になると晴れた。雨があがると同時に急に気温が下がったらしい。公園では地表近くに霧が出て、入口では芝生広場で遊んでいる筈の犬仲間の姿が見えなかった。少し遅れていったので、今日はみんなもう帰ったのかと迷っていると霧の中からリョウのお母さんの声と、ワンタが吼える声が聞こえてきた。ベルと一緒に近づくと「もう少し冷えたら霧が晴れるから」とサムちゃんがいう。「でも吐息が白いから、結構寒くなっているのね」とワンタのお母さん。サムちゃん家のお風呂が壊れて、取り替え工事があったので今日は休みだったと言った。
朝から下駄箱と洗濯機を片付けて待っていたが工事の人たちがなかなかやって来ない。だから布団も1時間くらい干したと言う。新しい風呂桶は今までのよりも大型になる、誰かは足を伸ばして寝て入るとか言ってたので期待していた。今まではしゃがんで湯に浸かる大きさだったが、新しいのはしゃがんだ足を少し、何pか前に出して入る大きさだった。でも完全自動で、スイッチを入れてから45分で出来る。シャワーも付いて勿論追い炊きも出来る。新しくなって毎月家賃に2千円が上乗せ、敷金が6千円の上乗せになった。でも新しいお風呂は良い。直ぐに入ったから、湯冷めしないように沢山着てきたと、コートを開けて見せてくれた。
2007年12月2日(日)
犬と歩けば・ふたたび 787
12月2日(日) 晴れのち曇り

 弱冠30歳で過労死した夫に、裁判でやっと業務上を認めさせた妻は「夫に『もう頑張らなくていいよ、ゆっくり眠って』と伝えたい」と、呼びかけたとか。それが何才であろうと残された者の思いは切ないが、若い人はやはり痛ましい。トヨタ自動車は妻の「「生産台数だけでなく、従業員のことを考えるという意味でも世界一の会社になって」という呼び掛けに、しっかりと答えて欲しい。
 過労死を労災申請する場合、労働時間の算出に苦労する。今回のトヨタ自動車内野さんの場合、直前1ヶ月の時間外労働数は原告155時間、労働基準監督署52時間、裁判所106時間だった。何故こんなに大きな違いが出来るかと言うと、その場にいれば逃れられない、やらざるを得ない仕事を会社は、労働者の自発的活動であり業務ではない、従って時間外労働ではないという。(勿論、トヨタは残業代も払わない。)今回の裁判所の判断で画期的な点は《「創意くふう提案」や「QCサークル活動」などを、労災認定の際には「業務」と判断する考えを示した。》であると評価されている。大きな1歩の前進だが、過労死被災者を全面救済するために一体、あとどの位の人柱を立てなければならないのか?
2007年12月1日(土)
犬と歩けば・ふたたび 786
12月1日(土) 晴れ

 ものみな値上げの12月が始まった。お絵かき仲間は口々に、夕べのうちにガソリンを入れたと言った。ウチは忘れた。
 役人が仕事をする上で(前例がある、あった)と言うことは、決定的な要因となる・・らしい。そこで例の守屋さんが「証人喚問」で、さりげなく(久間先生・額賀先生)と名前を出したのは、2人の先輩もやっていることだと言いたかったのではないだろうか?然も、もっと大がかりで。自分がやっと食い込んだのは、新興のちっぽけな会社だが、先輩先生方のお相手は天下の財閥。なんせ国防予算は4兆8千億円。焼き肉奢って貰ったぐらいなんなのさ。毎週ゴルフぐらいなんなのさ。ブランドのアクセサリーぐらいなんなのさって、守屋夫人は憤慨しているだろうね。つまみ食いされた国民は、闇の世界の桁が大きすぎてぴんと来ない。せいぜいおねだり妻に八つ当たりする位の理解しかできないのが哀しいね。テレビもそのあたりを心得ていて、せっせとワイドショーで流して本命の方に目が行かないように手伝っている。
 所でガソリンの値段がどうしてこんなに上がりっぱなしになるのか?と、お絵かき仲間の話題となった。(アラブの王様が儲けているんでしょ?)と、素朴な質問をしたのは私。(そうではなくて、マネーゲームの対象になっているからだ)と、Aさん。(油は大元は3つから出て行きますが、それから仲買が200位入ってまた3つに戻る。その200業者を経由する度に値段が上がる。それをブラッディ・ラインと言います。)ブラッディとはどういう意味かと聞いたら、血のと言う意味だと教えてくれた。うーんなんだかこれも胡散臭い闇の世界だ。(実際に使う一般の人のことを、もう少し考えてくれないのかね)と言ったのは、元校長のBさん。(それはないですね)と即座にAさんは答えた。(彼等は金儲けしか考えていません。)元大商社マンで、実際にその仕事をしていたというAさんの話に一同、口をつぐんだ。もはや物の値段は生産費とか、需要と供給の関係で決まる時代ではなくなっていたのだ。マネーゲームは地球の温暖化問題と同じように、止めさせる方法を考えなくては人類は破滅するのではないだろうか。
2007年11月30日(金)
犬と歩けば・ふたたび 785
11月30日(金) 曇り

 夕方から船橋市職員組合の「労安30周年記念レセプション」に出席して、懐かしいあれこれのお顔に出会った。7月のチベット旅行で一緒だった人にも2人お目にかかった。人間の目や耳の感覚は不思議だ。30年前にあった人が、私をつくづくと眺めて(昔とちっとも変わらない)と仰った。その様子から単にお世辞とも思えなくて、本当にそう思っている様子である。自分では外見も中味もすっかり年老いたことは自覚している。相手の方も、お元気そうだが矢張りお年は隠せない。多分こういう場面なので、昔の感覚で私をご覧になっているに違いない。だから私も、若かった昔の私に見えるのだと思う。本当に人の感覚は不思議だ。群衆の中から、自分の親しい人はあっけなく見つけ出す。恋人の呼びかけは聞こえるから不思議だ。
 私と同じ頃、同じ職業病に罹った元保母さんが、退職後恩返しをしたいと思って自分の体調に一番良く効いた「カイロプラティック施術」を勉強して、知り合いに無料でやってあげているという話しを聞いた。彼女に私たちの活動の協力を求めると、二つ返事で協力を約束してくれた。
 どんなことでもやって貰って当たり前と思う人と、助けて貰ったから恩返しをしたいと思う人とに別れる。その動機付けは何だろう。
2007年11月29日(木)
犬と歩けば・ふたたび 784
11月29日(木) 曇り

 昨夜のラジオで、長野県から奄美大島・加計呂麻島までの蝶々(なんとかしじみだったと思う)の渡りを確認したと言っていた。身近なところに不思議はある。また、今日夕方のテレビでは、幼虫で越冬する(おおむらさき)を、保護する人と共に放映していた。夜になると1p5oの幼虫が、何時間もかかって木を降りて来て落ち葉の裏に潜り込むのだ。蝶々達は、自分の居場所を知っている。よく見るとおおむらさきの幼虫の頭はウサギのように長い耳(?)と、目のような物が付いていて可愛い。背中には2つの突起が4,5対ついていた。それをジッと見守るお爺ちゃんは(おおむらさきはね、幼虫で冬を越さなくっちゃならないから大変なんです)と、自分の孫のような口ぶりで言った。
 私の今日の居場所は炬燵。井上ひさしの「宮沢賢治に聞く」「小町算と布盗人算」を読んだ。
2007年11月28日(水)
犬と歩けば・ふたたび 783
11月28日(水) 曇り

 NHKの朝ドラ「ちりとてちん」を楽しみに見ている。科白が耳に残るし、音楽がしゃれている。おまけにやりとりがおかしくって、声をあげて笑ってしまう。でも今朝はウルウルしてしまった。
  人は不公平を背負って生まれてくる。努力しなくても何でも上手に出来て、人の目に付くしその場を盛り上げる−今の言葉で言うと(オーラがある)人がいる。同性で同い年、然も同性同名の2人はみんなにA子、B子と呼ばれる。何でも良くできるA子に対して飽きっぽくてドジなB子の2人のお話である。一念発起したB子は自分を変えようとして、小浜から大阪へやって来てあれこれの後、落語家というみちを見つける。やっと入門も許されて、B子が修行している場へA子がずかずかと侵入してくる。A子には悪気はない。A子は(いい人)だから、意地悪してやろうという自覚がない。ないから一層始末に負えないのだ。ついにB子は爆発する。「どこにでも居場所のあるA子が、私がやっと見つけたたったひとつの居場所に、おもしろ半分にズカズカ入ってこないで!」と叫ぶ。私はそうだそうだと叫びながら、B子と一緒に涙を拭った。塞いでいるB子にお茶を注いでくれる師匠に、また有り難うと言いながら(勿論、心の中で)涙を拭った。「心が暖こうなったら、あの子に謝りなさい」と諭す師匠にまたまたぐっとこみあげてきた。
ああ、大阪で作った朝ドラはどうしてこう面白いのだろう。東京のは建前とお説教だけだね。
2007年11月27日(火)
犬と歩けば・ふたたび 782
11月27日(火) 曇り

 マグノリアさんと天満敦子を聞きに行った。場所は新宿の次、初台の駅から続いている木の香りも漂う素敵なホール(東京オペラシティコンサートホール)だった。
チェコ・プラハ管弦楽団との共演で、彼女は客寄せなのはわかるが、それはそれで楽しかった。ホルンを吹いている迫力満点のオバサン。真っ白い顎髭のチェロ弾きお爺ちゃん。40人余の楽団員皆さんそれぞれに、チェコとスロバキアの分離独立など大きなドラマがあっただろうと想像したが、みんな優しいお顔をしていた。
 所で天満敦子の音を聞いていると、どうしてかわからないが文句なく自由になれる。神様がいると言われても素直に信じられる気分になる。来月もチケットを買ってあるので、また2人で聞きに行く。
 所でマグノリアさんに(ニワトリの前向きの顔は出来たか?)と聞かれた。それが苦労している所なんです。どうしてもウルトラマンの顔になっちゃうと言ったら、四街道当たりに養鶏場があるのではと教えてくれた。
2007年11月26日(月)
犬と歩けば・ふたたび 781
11月26日(月) 晴れときどき曇り

 午前中は川柳句会の宿題を捻った。お題は「反省」。明日が宿題の〆切だが、なかなか浮かばない。諦めて、正面を向いたニワトリの顔を描くことにする。何故ニワトリの顔なんか描くことになったか?
 私たちのお絵かきグループは、自分で決めたテーマで自由に書いても良い。自由だがそれぞれに好みがあって、仏像ばかり描く人・自分が取った写真を基に神社仏閣が好きな人・写真集の日本の風景、特に雪景色が好きな人、ピースボート乗船時に映した旅の思い出を描く人、イメージを絵にする人と様々である。私は日常生活の中で目に留まった写真を基に、後は行き当たりばったりでいろいろな物を付け足して1枚の絵にすることが多い。 ひと月ほど前、サムのお母さんが(実家へ行ってきた)と、畑の隣との境目に植えてあったという見事な「鶏頭の花」を、根から抜いたままの状態で持ってきてくれた。花は大人の握り拳よりも大きく、丈は1メートルはあった。
その花を一目見て、その存在感に圧倒され、そのまま植木鉢に入れて2週間ほど眺めた。そのふてぶてしいまでの色や形を書きたいと思って、3週間目になると茎半分を切って花瓶に入れた。1月経つと花に似合わない繊細に紅葉始めていた葉が、乾燥して変色し丸まってきたが、新聞紙に包んで先生にこれを書きたいと見せた。家で一応描いてみたら余白に、ニワトリのとさか(鶏冠)を描き込みたくなって、立派な鶏冠をケイトウの花と競わせた。さて続きはどうしようか。残った余白にひよこを描いたり卵を描いたりしたが気に入らない。そこで先生に相談すると(もう1匹ニワトリを描いてはどうでしょう?正面を向いているところ)と助言してくれた。とまあここまでは良かったのだが、近頃ニワトリなんて近くで見ない。図書館で調べても他の鳥類についてはわんさと資料があるが、ニワトリはない。子どもの図書に「ニワトリの飼い方」と言う本があって辛うじてそれを借りてきたが、ニワトリは横向きが一般的である。勿論雄の立派な鶏冠がを映すためである。遥か昔を思い出して、ニワトリの顔を思い出そうとしたが、無理だった。第一ニワトリは、卵を産んだかどうかが関心事で、顔なんてつくづくと眺めたことがない。さて困った。
2007年11月25日(日)
犬と歩けば・ふたたび 780
11月25日(日) 晴れ

 「昨日は45分には出ていて、5時には林の上に見えました」とサムちゃんが言うので、もう少し待って見ることにした。
今日は穏やかに晴れて温かく、夕方になっても風がなくて寒さを感じなかった。珍しく黒ラブの「団十郎」もやって来て、犬仲間が芝生広場で月の出を待った。5時15分になっても未だ登ってこない。「誰かケータイ持っている人、お月様に電話してどうなっているか聞いてくれない」というとエマのお父さんが「ハイよー。デモ電話番号は何番だい?」と応えてくれた。じゃあと、場所を替えてみたが見えない。体育館の方からリュックを背負ってやって来た人が私たちの話しを聞いて、「ああ、向こうでは見えましたよ」と、嬉しい事を教えてくれた。サムちゃん達と急いで移動すると見えた見えた。林の梢近くに、大きなオレンジ色のお月様が登って来るところだった。「昨日よりも(月の出が)30分遅れかな」と、サムちゃんが言うと、「潮回りもよ、30分から40分ずつ遅れるんだよ」とチャーミーのお爺ちゃん。そう言えばお爺ちゃんは元漁師だったと聞いた。しばらく眺めてから、団地の商店街でお刺身を買って帰るというチャーミー達と一緒に帰ることにした。まん丸いお月様は、坂の上で、団地の棟の間で、自宅近くでは(感じではずっと北の方角に)見えた。何度も見て、トクしたような気分になった。
2007年11月24日(土)
犬と歩けば・ふたたび 779
11月24日(土)満月 晴れ

 昨日の夕方、サムちゃん達と公園を散歩しているとき、林の梢に登ったばかりの美しい月を見た。月の出入りは見慣れているけれど、先日の月周回衛星「がぐや」から送られてきた地球の出入り映像は感激だったねと、話し合った。広場で犬仲間に会うとチャーミーのお爺ちゃんは「ほらよ、あそこでよ。ウサギが餅ついてるだよ」と、お月様を指さした。「あらよく見て、今は餅つき器を使っているのよ」と混ぜっ返すと、チャーミーのお爺ちゃんはお月様のようなまん丸い顔の目尻を下げて、うふふふと笑った。 
 今日は相談会だったが、最近相談に見えてもこちらの話しを聞かず一方的に自分の言いたいことだけを喋り、会話が成り立たない人にぶつかる。相手の窮状を考えると焦る気持ちもわかるが、自分の耳に優しいことしか受け付けない。それでも続けて何回か通って頂くと、互いに信頼関係も出来てそこから話しがすすむと言うケースもあるが、せっぱ詰まって居る人ほど追いつめられないと、相談に見えないからこちらも困る。今日見えた方は2年前にも一度お目にかかった。その時いろいろとお話を伺って、健康を回復する為に毎日の生活の立て直しが必要、朝起きて夜寝る・食事は朝昼夜と3回取る事から始めてはとアドバイスすると、(そうします。毎月報告に来ます)と言ったが、来なかった。そして今日、受付時間を過ぎてやって来てあれもこれもとまくし立てた。
2007年11月23日(金)
犬と歩けば・ふたたび 778
11月23日(金)勤労感謝日 晴れ

 先週の公民館祭りで、ハーモニカとウクレレのサークルに(皆さんとご一緒に)と、「千の風になって」を歌わせられた。今、テレビで秋川雅史が歌っている。今まで彼を見るたびに誰かに似ていると思うのだが、誰だか思い出せなかったがわかった。彼は昔、歴史の教科書で見たフランスのルイ16世に似ていたのだ。
まあ、そんなことはどうでも良いのだが、床屋へ行くと(連休はヒマだ)とこぼされた。先月からここも、美容院と同じように仰向けになって洗髪して貰うようになったが、私は今まで通りが良いと言った。美容院は完全に頭が下がるが、床屋のは斜めに寄り掛かる感じが不安定なのだ。おかみは私もその方がやりやすいと云って、今まで通り前にかがんで洗髪して貰った。(お爺ちゃんが何人か、前にこごめないの。もう少し前に出てと言っても出られなくて、洗髪の度に床が水浸しになっちゃったの。それでもま、いいかって思っていたんだけれど、業者がこれを売り込みに来たから・・)と、おかみは説明した。新しい設備投資も必要なのだ。今日は珍しくダンスの話しはなくて、「万能細胞」の話しになった。クローン人間もそんな遠くではないが、そんな時代に生きていたくないで話しは一致した。
2007年11月22日(木)
犬と歩けば・ふたたび 777
11月22日(木) 晴れ

 11月にしては珍しく寒波がやって来て、東北地方では大雪になっているとニュースが伝えている。郵便局へ行った帰りに空を見上げると、青い空はどこまでも高く風に吹き飛ばされたのか小さな雲ひとつなかった。これが11月の空だと思った。平均気温というのは前10年間の気温の平均だそうだから、どんどん高くなっていて自分の過去の実感とはかけ離れている。私の11月のイメージは、コートにマフラーそして指先がかじかむ−だ。
 夕方、懲りずに自転車でベルを公園まで走らせた。「ベル早いね。すごいね」と声をかけると、チラと上目遣いにこちらを見てから一層加速して走る。丁度公園の入口でサム達と出会った。落ち葉のこの季節は仕事が大変でしょうと聞いてみると、風の日は風が仕事を手伝ってくれるので、1時間の仕事が半分で終わる。一方公園の傍などではやはり落ち葉で1時間の仕事が2時間になってしまうと言った。4時半になると公園には犬仲間だけとなり、みんなで残照の中の富士山を眺めた。エマのお母さんが漬け物を持参して、みんなに味見させてくれる。(で、サムちゃん家には炬燵はあるの?)とエマのお母さんが聞いた。(一応、炬燵櫓に布団は掛けてあるけど・・・)と言って、サムのお母さんはニヤニヤした。炬燵の熱源はサムなのだ。
2007年11月21日(水)
犬と歩けば・ふたたび 776
11月21日(水) 晴れときどき曇り

 夕方サムちゃん達を迎えに行くと、いつものように窓から外を見ていたサムは、いち早く私たちに気が付いて飛び出してきた。後から出て来たお母さんはなんだか赤い顔をして、口も軽い。帰宅してお茶代わりに何か飲んだらしい。(昨日ライターに灯油を補給した。で、着火するか試してみたら手のひらに油が残っていて、手のひらにボッと火がついた。それを見たサムは驚いて飛んできて、お母さんの背中を両前足で引っ掻いて、大丈夫かと心配した)と、語った。うーん、親の取り込み中にさっさと逃げてしまったベルと、なんたる違い。公園へ行く途中で、ポンをつれたナナちゃんのお母さんと出会った。この頃ベルはぽんに喧嘩を売らなくなったので、一緒に歩いた。ナナちゃんのお母さんは、夕べ猫におねしょされたので布団を干してきたと言う。いつも猫たち(白と黒)の被害に遭わないように、掛け布団の上に灰色のビニールをかけて寝ているが、夕べは猫たちはその裏をかいて、枕元にやられたと云って笑った。更に、ナナのお父さんは「そんな恰好で寝ているのは、テレビで見る死体置き場と同じだ。ドロボーが入ってきたら、ビックリする」と文句を言うといって、大口を開けて空に向かって豪快に笑った。ナナちゃんのお母さんは、この9月に娘さん家族がイギリスから里帰りしてからすっかり明るくなった。
2007年11月20日(火)
犬と歩けば・ふたたび 775
11月20日(火) 晴れ

 姉娘は、引っ越しの度にいらなくなった物をドサッと実家に送り届けてくる。それが溜まって2階の1室は物置状態となっている。しかしそこに、私が絵を描くスペースが欲しいと思った。10年も放ってあるのだから、必要な物はないと思うが一応確認を取ったら殊勝にも(よろしくお願いします)なぁーんていうではないか。それではと取りかかったが、半端な量ではない。気が狂いそうなほどいろんな物が、ホコリまみれでデンと座っている。サット見てプライベートな物は細かくちぎって、ゴミ袋にいれる。ノート類、他の書類、本、雑誌、文房具と仕分けしながらかたづける。毎日やっているわけではないが、2週間経ってやっと半分ぐらいこなしたろうか?今日も午後を片付けに費やした。例によってかさばった水色の書類封筒が出て来た。中味を開けると、不採用通知と返却された履歴書がやまと出て来た。ドキドキして日付を見た。娘は卒業後、初めて就職した会社を退職したが、未だ自分の行く先も見えず、新しい就職先も決まらずにイライラしていた頃だ。その時私は何をしていたかと思いだしてみた。なんにもしなかった。金もコネもない親は、見て見ぬふりをしているしかなかった。そのあと就職した会社では、秋の季節の変わり目になると(毎年10月の末頃)全身にジンマシンを発症し、腫れあがった顔をスカーフで隠して医者に駆けつけた。結局そこも退社して、今は培ったノウハウで何かをやっているらしいが、私にはよく理解できない。でも今はジンマシンを発症することもないし、体調を崩して転がり込んでくることもなくなった。娘が何のために不採用通知を纏めて取ってあったのかわからないが、私は全部を細かく裂いて捨てた。終わったことだと。
2007年11月19日(月)
犬と歩けば・ふたたび 774
11月19日(月) 晴れ

 昨日はお絵かきでお世話になっている公民館で「公民館祭り」があり、そこに参加した。この公民館では各種40もの講座やサークルが活発に活動して、その半数21が作品の展示や発表を行った。特に昨日の午後は、ウクレレやハワイアンダンスサークルが合同で、唄や踊りや演奏を2時間に渡って繰り広げた。華やかな衣装を身にまとって、(中には後期高齢者とお見受けする方も)それは楽しそうに歌い踊るのに圧倒された。見ているだけの私は途中で居眠りをしてしまったが、是非彼女たちを見習いたいと思った。何たって楽しんだ方が、笑った方が良い。
 帰ったら、ケアハウスの義姉から留守電が入っていた。この所なんやかんやで1月ほど行かなかったので、気になっていた所だった。直ぐに電話をすると、用件は忘れたが事務所に電話して欲しいという。事務所に電話すると、(通帳が見つからない)とパニクッテいるという。事務所では(今日は担当者がひとりなので、明日一緒に探しましょうと言ってください)と言うので、義姉にその様に伝え私も1日か2日の内に行くからと電話で伝えた。その時は納得したと思った。だが今朝また電話が架かって、通帳を預かっていないかと聞くので同じ事を説明して、私は明日行くと答えた。
 今日は1日中車を使うと言っていた家人が、午後2時過ぎに帰宅したので、急遽義姉を訪ねた。事務所に立ち寄ると「通帳」はベッドの布団の下にあったと報告を受けた。一緒に探している時、義姉は何度も「何を探しているんだっけ?」と聞いたらしい。でもその他は特に困ることはありませんと言ってくれたので、私は深々と頭を下げてお礼を言った。何よりもここにいられなくなれば(隣の施設に入れたとしても)月々の経費が6万円は増えるのだ。
 義姉のベッドは私の心配したとおり、シーツはこの前私が取り替えた時のまま。室内は24時間空調されているが、かけ布団も夏バージョンのまま。私が行動を始めると義姉は、まだ寒くないだの自分でやるだのと云うが、それを信じてはいけない。早速持参したボアの敷きマットと替え、枕カバーも新しいのと取り替えて、羽毛の掛け布団を出して整えた。部屋中掃除機をかけ、トイレも掃除した。やはりトイレットペーパーがない。ティッシュもない。お茶とお花もない。買い物に誘ったが、寒いので止めとくというので、義姉が出した財布を持って買い物をしてきた。仕事が終わって(じゃあ又来るからね)と言うと、なんだか寂しそうな顔をしたので、思わず抱きしめていた。義姉は嬉しそうに(ウン、大丈夫、大丈夫)と言った。
2007年11月18日(日)
犬と歩けば・ふたたび 773
11月18日(日)木枯らし1号 晴れ

 今朝は霜が降りた。公園で遊ぶ犬たちも人も、吐息が白い。芝生広場の木立の切れ間から花見川を覗くと、真っ白な雲がいつもの景色を隠していた。川霧が出たのだ。
ベルは(犬たちにチーズを一かけずつくれる)チーズオバサンを見つけて駆け寄った。ヤツは要領が良い。駆け寄ると、おばさんの前にちょこんとお座りをして、オバサンの顔を見上げて待つ。オバサンは、思わずポケットからチーズを出してしまう。
チーズオバサンは坂を登ってきたお爺さんに「どこまで行ってきたの?」と声をかけた。着ぶくれて赤い顔をしたお爺ちゃんは歩きながら「ああ、死んだ方が楽だ。」と答える。「ヤダヤダ、そんなこと言わないで。どこを廻ってきたの?」「ぐるっと」なんてやりとりをしていた。
 犬仲間には、私の怪我が事細かに、すっかり知れ渡っていた。
帰り道、サムちゃんが新聞を取り替えたと言った。サービスにお風呂券を呉れると言うから(私の貰った券も合わせて)みんなで行きましょうと言う。勿論OKと答えた。(この頃の読売新聞は)とサムちゃんが言う。(他との連合もあって、政府の広報誌の色彩が強すぎる。朝日は社会党色が強いし、だから毎日にした。)と説明した。私はお風呂券をサービスしてくれるから毎日にしたんだと思ったが、自民党支持のサムちゃんにして確かな理由があったのだ。
2007年11月17日(土)
犬と歩けば・ふたたび 772
11月17日(土) 晴れ

 わが家の室内温度は、午前午後とも12℃だった。ベルは南側の縁側に丸まって、時折上目遣いに私の方を見た。私の頬の傷はもうズキズキしなくなったが、今日も1日閉じこもる。マグノリアさんが軽井沢の美味しいパンを届けてくれた。
 赤福・比内鶏・吉兆・防衛省汚職とテレビワイドショーのネタは尽きないが、三田佳子を引っ張り出してきてレポーターが(えらそうに)ああだこうだと質問したのは我慢がならなかった。彼女は有名人と言っても、息子はもう大人である。彼女をテレビカメラの前に引き据えて詫びさせる権限なんて、一体誰がもっているのか。困り果てている親に対して、更にむち打つ権利をテレビが持つのだろうか?息子は、コンビニでの様子がおかしかったので、通報されたという。彼が行くべき所は病院であって、断じて警察ではない。警察に取り締まられて、処分されるべきなのは売人や元締めである。チャンネルを替えても、どこも同じ映像を流していた。苦々しい思いでスイッチを切った。 
2007年11月16日(金)
犬と歩けば・ふたたび 771
11月16日(金) 晴れ

 「そのくらいの怪我で済んで良かったね。もう自転車での犬の散歩は危ないよ。」昨日の事件を知ったAさんが、お見舞いの電話をくれてこういった。返事は出来なかったが、一日中その事を考えていた。つまり自分の「老い」をどの時点で受け入れるか、いや受け入れられるかと言う問題である。私にしてみれば「未だ出来る。昨日はたまたま体調が悪かった所為もある」と、思いたいのだ。骨折もしなかったし・・とあれこれ言い訳ばかり思いつく。昨日、自分のことで精一杯だったが、向かいの奥さんは誰かの腕にすがって犬の散歩から帰ってきたところだった。病気が進んで、ひとりでの散歩が無理になったのかとちらりと頭をよぎったが、思い出してみると多分そうだろうと思う。
 これまでも、曲がり角は突然やって来た。今度もそうなのだろうと思う。
先日聞いた、ラジオ深夜便での話しを思い出す。年齢を重ねると(例えば果物がそうであるように)熟してくる場合と、(乾涸らびた鏡餅のように)頑固になる場合がある。熟すと大勢の人が寄って来るが、一方乾涸らびた鏡餅は表面はひび割れて、水に浸けておいてもなかなか柔らかくならない。その違いはどうして起きるのかが、テーマだった。
体調が戻るまで、取りあえず数日は散歩に行けないが、なるべく自転車は使わないこと(そう言えば、雨の日に傘をさして自転車に乗りベルを散歩させたこともある。)を、意識することにしよう。
2007年11月15日(木)
犬と歩けば・ふたたび 770
11月15日(木) 晴れ

 朝起きたら喉が痛くて寒気がした。肩(風門)と腰にホカロンを張ったが未だゾクゾクするので、炬燵に入ってテレビを見た。前防衛事務次官守屋の証人喚問がある。
見終わって大したものだと感心した。休憩なしで2時間半、入れ替わり立ち替わりの質問をぬらりくらりとかわして、胸を張ってわざとゆっくり歩いて退廷していった。
おまけにやりとりの中、2回に渡って(私の所為で一般隊員が悪く思われるのが辛い。自分はどんな処分も受けるが、一生懸命にやっている一般隊員を認めて欲しい。)と発言して、まるで自分は悲劇のヒーローみたいな言い方をしていた。国民と一般隊員を食い物にしてきた最たる人間は、守屋さんあなただと思うけどね。
  家人はニュースの印刷だ、配達だとどこかへ行っている。夕方になって仕方がないのでベルの散歩に出た。右手でハンドル、左手でベルのリードを持って広い歩道の左側を走らせた。回転寿司の先で向こうから歩いてきたコーギーを見つけると、ベルはいきなり自転車の前をその犬の方へ走った。ベルを自転車の前輪で引きそうになったので、私は急ブレーキをかけた。自転車はつんのめって倒れ、私は左側に顔から落ちていった。その間、手に持っていたリードが外れベルが逃げた。私は左頬と左膝の挫傷を負ったが、直ぐに自転車を建て直しベルを探した。ビックリしてこちらを眺めていたベルは、千載一遇のチャンスと悟ったらしく逃げた。ヤツは5,6m離れて動く。私は諦めて家に帰った。後からおってきたベルは50m離れた角に座ってこちらの様子を見ていて、決して家に戻ろうとはしない。私はサムちゃんに電話をかけて応援を頼んだ。サムちゃん達がウチに付くまでの間にベルがいなくなった。ベルが消えた方からやって来た中学生や向かいの奥さんに犬を見なかったかと聞いたが、知らないと言う。サムちゃん達が来てくれて、一緒にベルを探すとなんと、事件現場(自転車が倒れた回転寿司)の隣の空き地に座っていた。犬を連れた2組が(あの犬どうしたのでしょうね)と、見ているところだった。私たちが行くとク−ンク−ンと鳴いたので、(ああ、探しに来たんですね)とかいいならが帰った。さて、サムのお母さんが呼んでも警戒して近くに寄ろうとしない。勿論私の事はもっと警戒する。サムのお母さんが私に隠れてくれと言うので、回転寿司の中庭に隠れた。5分も立たないうちにサムちゃんの呼ぶ声が聞こえて、戻るとベルはしっかりリードを掴まれていた。
 サムのお母さんの話では、空き地でサムと少し遊ばせておやつを出すと今度は近寄ってきた。私が隠れたので、ベルは私のいた方を覗いた瞬間、御用となった。
 サムのお母さんは私の顔を見たとき(他に怪我はありませんか?大丈夫ですか?)と聞いてくれた。家人は(遅くなっても帰ったら、俺が行くと言っただろう)とだけで、私の怪我についての言及はなかった。アンタが寝たきりになっても、おむつなんか替えてやらないぞ。
2007年11月14日(水)
犬と歩けば・ふたたび 769
11月14日(水) 晴れ

 今朝、公園の植え込みの奥でベルとサムを遊ばせていたら、ベルの吐息が白く見えた。あれと思って息を吐いてみると、矢張り白くなった。そこで芝生広場でやってみたら、もう白くはならなかった。
 とうとう今年は裏の家から渋柿が届かなかった。余所では豊作と言っているところもあるのに、秋になっても裏の家の柿の木に実は付かなかった。ここ10年以上毎年頂いているが、こんな年は初めて。でも11月になってもこんなに暖かな陽気では、美味しい干し柿は出来ない。・・と、自分を慰める。
 夕方サムちゃん家へ(ロールキャベツ)を2個届けた。公園でエマちゃんのお母さんが矢張りサムちゃんにと言って、混ぜご飯(フライドポテトとゆかりをご飯に混ぜたもの)を持ってきた。さむのお母さんは帰り道で焼酎を買って、今夜はこれでOKだと言った。※所で私がAさんから伺った(はらこめし)の作り方に、説明不十分な点がありました。ご飯は新鮭の煮汁で炊く。鮭の皮と骨は取って、炊きあがったご飯と混ぜ上にいくらを乗せる・・でした。Aさんゴメンね。
2007年11月13日(火)
犬と歩けば・ふたたび 768
11月13日(火) 快晴

 夕方の公園で、美人画の眉毛のような月を見てサムのお母さんは「市川 右太衛門みたいだ」と言った。言わずと知れた(旗本退屈男の眉間の刀傷)の事を言っている。市川 右太衛門は北大路欣也の父親と言っても、既に北大路欣也すら過去の人になっているのかも知れない。
7時のテレビニュースで、その月の周りを廻っている月探査衛星が映した地球の姿を見た。
少しいびつな球形で、上は南極、茶色に見えるのはオーストラリアそれに白く見えるのは雲だという。今は何でも茶の間で、テレビ映像で見せてくれるから驚かなかったが、35万q彼方の映像と聞くとやはりすごいなあと思う。それに月の向こうに昇ったり沈んだりする地球は、なんだかひとりぼっちで寂しそうだった。ちっぽけな地球が健気に動いているように見えた。こういう映像を見ると、地球の上で殺し合いなんかやっている場合じゃない、人間ばかりが楽をして地球を壊してはいけないと文句なく伝わってくる。
2007年11月12日(月)
犬と歩けば・ふたたび 767
11月12日(月) 快晴

 立冬も過ぎて、部屋の奥まで日射しが届くようになった。
今朝のラジオは、今年の生産者米価(1俵60s・1万4千円)が余りにも低く、農業離れに一層拍車がかかり、里山の風景がなくなるだろうと学者の危機感を伝えていた。(田舎の風景を見ると、誰でも安らぐ。田舎の風景が荒れることは、人の心も荒れること。)聞き手のアナウンサーが、金儲けに走ってお金では買えないものをなくしてしまったんですねと、確認した。
  久しぶりに事務所に出る。帰りはいつものように農産物直売所へ寄った。パンジーやビオラの苗を選ぶ。Aさんの大好きな漬け物があった。菊の花もある。もう食用菜の花もあった。でもこの時期は里芋が一番美味しいとAさんは言う。里芋の頭(?)の部分が赤くなったのは古くて、美味しくないと言うが、私にそこの所の区別はつかない。でも食べたくなって、ほりたての里芋も買った。話しの中で「はらこめし」の作り方を教わった。@前の晩いくらの醤油漬けを用意する。(いくらはバラバラにして、酒1味醂1醤油2の割合の中に浸ける−Aさん家の分量)A分量の米に鮭を1切れ(両面をさっと焼いても良い)のせて炊き、炊けたら骨を取り、ほぐしてご飯と混ぜ込む。Bさけごはんの上にいくらの醤油漬けをのせる。
書いてみただけで口の中に唾液が溜まる。是非チャレンジしてみたい。
2007年11月11日(日)
犬と歩けば・ふたたび 766
11月11日(日) 曇り

 寒くはないが、一日中どんよりと曇った晩秋の1日だった。約束通り午前中に、ガス会社の人が暖房機の取り付けにやって来た。今までのよりも高さで6割、厚さが半分、扱い方は一層簡単になっている。今までのも未だ使えると家人は抵抗したが、もう10年以上使っていて器具のあちこちが錆びている。多分他の部分も可なり劣化しているに違いないので、思い切って取り替えることにした。値段も前の半分以下だった。家人は(水を入れなくて良いんですか?)と質問した。前のは器具の下の部分に水を入れるようになっていた。ガス会社の人は(良いんです。ガスは燃えるときに水が出ますから)と答えた。前の器具だってガスを燃やしていたのだが、深くは聞かない。家人は不満そうな顔をしていたが、無視。先日急に寒くなった日に炬燵は出したので、これで冬の準備は出来た。
 ラジオで「サルと人の共生を求めて」を聞いた。50年間猿の研究をして「野生の猿にボスはいない」という発見をした、井澤 紘生帝京科学大学教授の話しである。
猿の群れにボスがいるのは必ず人間が「餌付け」をしている動物園やなんとか山である。餌付けだから食料に限度があり、餌の獲得を巡って競争が起きる。そして力の強いものが有利となりボスが出来る。一方野生では食料は山のあちこちに散らばっているから、めいめいが好きな場所で好きなだけ食べる。旨いマズイは自分の味覚で決めるから、ブランド名でダマされることもないのだろうというのは、私の感想。
2007年11月9日(金)
犬と歩けば・ふたたび 765
11月9日(金) 曇りのち雨

 先日、わが家の近くで続けて3軒空き巣の被害があった。それを受けて町会のこの地区独自に毎週末の金曜日、土曜日に地区内パトロールをすることに決まった・・らしかった。
というのは、その事は回覧が廻って来て知ったのだが、回覧では同時にパトロール要員の募集をしていた。曰く70歳未満の健康な男性とあった。わが家へ回覧が廻ってきたときには未だ、ひとりの参加者もいなくて、家人が応募した。しばらくして同じ回覧が廻ってきて、今度は(女性も可)とあった。
 サテ今日は地区パトロール初日、夜の8時少し前、家人は(雨も降っていたため)上下白のヤッケを着て、蛍光布が付いた帽子を被って出ていった。8時40分頃帰ってきたので、何人ぐらい集まったのかと聞いた。家人はニヤニヤしながら、今晩参加したのはAさんBさんと数え上げながら(みんな奥さんだったよ)言った。結局参加者は5人で、おじさんは家人だけ。地区内を廻っただけにしては随分と時間がかかったのではないかと問うと、5人で(こんな所に隠れているかも知れない)とか言いながら、いちいち各家の植え込みにまで懐中電灯を照らして覗いたからだと言った。他にも(振り込めサギ)や、怪しい個別訪問などおばさん達の話しを聞いて、家人は結構楽しんだらしい。
ま、明日朝には(冬瓜のウチは奥さんが強い、或いは旦那さんが優しい)と、噂が広まっているに違いない。
2007年11月5日(月)
犬と歩けば・ふたたび 764
11月5日(月) 晴れのち曇り

 出かけようとしたとき、チャイムが鳴った。出てみると、コートを着て痩せた年配の女性が立っていて(あら、今日はご主人じゃないんですか?)と言った。「互助会」つまり葬儀社の月掛けの勧誘である。(いつもご主人とお話ししているんですが)と始まって、なんとか葬は幾らだとか場所がどうだとかぺらぺら喋る。まあ、向こうは喋るのが仕事ではある。しばらく黙って聞いた後、(主人がその気にならないのなら、その様にします)と言った。髪がくちゃくちゃなその人は(まあ、お宅は御主人の意見で物事を決定するんですか!)と、甲高い声でわめいた。(そんは筈はないでしょ)と言外にハッキリと示し、こちらをなじるような顔つきである。誰がどう決めようと大きなお世話である。(ええ、そうなんです。)こちらもぬけぬけと言ってやった。
 夕方、この間キャンセルしたベルの(フィラリヤ)薬を貰いに、病院へ寄った。6時少し前だが既に日はとっぷりと暮れていて、待合室に誰も居なかった。ベルが診察台に乗ると11,2sと出た。食欲の秋で、一気に11sの壁を越えてしまった。サムちゃんからおやつを貰いすぎた所為だ。支払いを済ませると、領収書と一緒に子犬カレンダーを貰った。来年の元旦は火曜日だった。
2007年11月4日(日)
犬と歩けば・ふたたび 763
11月4日(日) 晴れ

 障子を2枚貼り替えた。去年張り替えなかった分である。まだ糊の乾かない障子を、ソッと元の場所に納めて、しばし見とれた。真っ白な障子紙が部屋の模様を一変させた。新しい障子紙を通ってくる光は、諦めを希望に変えるようにさえ思えた。子どもの頃、母の障子張りを見ていた。私が拾ってきた黄・紅葉した銀杏や紅葉の葉を、母は引き手の所に張り込んだ。また、一番下の角の1ますは猫の出入り用に障子紙を暖簾のように細工した。
あの頃は、人の暮らしが外の世界と繋がっていた。
 交通事故に遭って、記憶装置が壊された人の話をラジオ深夜便で聞いた。その人は(とにかく何でもさわってみた。汚い物でも)と言った。そうやって人間の五感を蘇らせる事が記憶することに繋がって行くのだとしたら、昨今流行っている「脳トレ」はなんだろう。頭を働かせるよりも、さわったり、嗅いだり、見たりした方が脳の刺激となるのかも知れない。また、車の整備工場で働いていたらしいその人は、(憶えられないので)仕事の手順を逐一書き出し、それを見ながら仕事を進めたので、工場内で一番キチンとした仕事をするようになったと笑った。彼は、とにかく未来に希望を持つことで、ひとつ1つ出来ることを増やしてきたと語った。
2007年11月3日(土)
犬と歩けば・ふたたび 762
11月3日(土)文化の日 曇り

 今日11月3日は、(晴れ)の天気の特異日である。祭日がみんな第○月曜日にされる中で、文化の日が11月3日であるのはなんだか落ち着く。然し基はと言えば、今日は明治天皇の誕生日を記念した明治節が基になっているのだから、動かせなかったのかも知れない。昭和天皇誕生日はみどりの日となったが、では間の大正天皇の誕生日はどうなっているのか・と、ちらりと頭をかすめる。
 土曜日はいつも「永六輔の土曜ワイド」を聞くが、今日はその番組の中で「NHK放送禁止民謡」と言うのを聞いた。ゲストに肺がんを克服した民謡歌手の斉藤京子さんが出演して、(鴨緑江節)という歌があると話し始めた。因みに鴨緑江と言うのは、白頭山に源を発し、北朝鮮と中国の国境を流れて黄海に注ぐ河である。(NHKはこれは北朝鮮の歌であるからいけないと言って歌わせてくれない。しかし研究者によるとこの歌は和歌山県の吉野川流域から、北朝鮮に出稼ぎに行った人達が作って歌った望郷の歌である。私がブラジルに行って歌った時は皆さんが涙を流して聞いてくれた。これは日本の歌なんです)と解説したあと、彼女は(じゃ良いですね。歌っても良いですね)と繰り返し念を押してから、ご亭主の三味線伴奏で歌い始めた。聞いてみたら、素人の私には聞き慣れている他の日本民謡とはどこも違わなかった。「放送禁止歌」とは他にどんなのがあるのだろうか?これは是非聞いてみたい。
2007年11月2日(金)
犬と歩けば・ふたたび 761
11月2日(金) 雨

 「各家庭に最低3個の火災報知器の設置が法律で決まったから、町会で斡旋する」と回覧が廻ってきたのは半年ほど前。町会で数を纏めれば安くなると言う。私の地区は、今日業者が廻るので自宅で待機するようにとのお達しがあった。ウチには3時頃やって来て、台所・階段・居間に取り付けた。台所は65℃以上の熱を感知した場合、階段と居間は煙を感知した場合音が出る。代金は12,000円。狼少年と同じで、あれば危ないコレが危ないと危機感を煽られて買わされているような気がする。
  ベルは毎月末にフィラリヤ予防と虫さされ予防の薬を貰いに行くが、先月末は2回寄ったが混んでいたので帰り、今日又散歩の帰りに(待合室に誰も居ないのを確かめて)寄った。所が、受付を終わって診察室を覗くと低くした診察台の上に大きな黒ラブが横たわっていた。傍に中年の夫婦が付き添っている。(前足は麻痺して立てず、どんな餌も食べない)と聞こえてくる話の内容では、かなり深刻な状態である。もう2日尿が出ていないので、カテーテル処置をすることになった。処置が始まると付き添っていた夫の方が、スッと外へ出て行った。黒ラブは何とも言えない悲鳴をあげる。その度にベルもびくっと反応した。黒ラブが悲鳴をあげるたびにお母さんは声を掛けて励ましている。(ここはさわっても普通は痛くない所なんですが、ここまで痛いとなるとかなり進んでます)と医者が言う。あんまり悲鳴をあげるので、付き添いの夫が戻ってきた。私も悲鳴を聞くのに耐えられなくなり(スミマセン、また来ます)と声を掛けて、ベルを抱えて逃げ出した。
2007年11月1日(木)
犬と歩けば・ふたたび 760
 11月1日(木) 曇りのち雨

  「先付け」「むき餅」「むき餡」などという、その意味を聞けば納得の言葉を作り出した伊勢名物「赤福餅」の会長さんのお顔をテレビで拝見した。その品の良いお顔は、横長で餡に三筋の付いた赤福餅に良く似ていた。
所で今回の事件で「エノキアン協会」という言葉にも初めてお目にかかった。
「(株)赤福」は「エノキアン協会」会員であるという。ナンダなんだと調べてみた。こういうときのパソコンは、全く頼もしい。
先ず(エノキアン)とはエノクに住む人達という意味で、エノクとは旧約聖書に出てくる世界初の都市の名前だという。またエノクはノアの大洪水の前の家長の名前でもあり更に、「始まり」との意味もある。エノキアン協会は、このエノクの歴史と伝統、繁栄にちなんで名づけられたと解説あり。所在地は、フランスのパリで設立は1981年。入会条件は
@200年の社史があること
A創業者が明確で、同族会社
B財務的に健全であること
現在の会員はイタリア15社、フランス10社、ドイツ4社、日本4社、スイス2社、オランダ、スペイン、北アイルランド、ベルギー各1社、9カ国計39社。日本の加盟会社は
@月桂冠酒造(創業1637年)
A法師(創業718年)世界で最も古い温泉旅館として、ギネス登録。(知らなかった!)
B赤福(創業1707年)
C岡谷鋼機(創業1669年)
毎年総会を行っていると言うが、何をやっているんだろうか?
2007年10月31日(水)
犬と歩けば・ふたたび 759
10月31日(水) 晴れ
 今「ホームレス中学生」と言う本が、発売2ヶ月で75万部のベストセラーだという。私もテレビで著者の田村裕さんを見た。彼が吉本興業のお笑い「麒麟」のひとり だと言うことはその時に知った。ご存じの方も多いだろうが、彼には兄姉があり5年 生の時病気で母を亡くし、中学2年の1学期が終わった日に父親は失踪した。それか ら近所の人や友達の親達が走り回って、夏休みの終わりには姉妹3人で暮らせるよう になるまでの間、公園の滑り台に寝泊まりして(ホームレス)生活をせざるを得な かった。「自分の幸せのハードルは他の人より低い。家に帰ればお風呂のお湯が出 る。あったかいご飯が食べられる。小さな事ですが、すごい幸せな気持ちになれる」 と彼は言う。同じような科白をチベットへ行ったときにも聞いた。現地ガイドのニマ さんは(チベット人は満足度が低い)と言ったのだ。たった10日間余のチベット滞 在から帰国した後、私は蛇口を捻れば水が出ることが嬉しかったし感動した。いった い幸せのハードルとか満足度が低いというのはどういう事だろうか?高い方がいいの か?それは欲望と言い換えられないか?もっと便利にもっと美味しいものをもっと安 くと追求した私たちの社会が今、ウソと偽物で揺れている。「ホームレス中学生」が 売れているのは、(幸せとはなにか)をもう一度考えるきっかけになっているのか、 単に物珍しさなのか。
2007年10月30日(火)
犬と歩けば・ふたたび 758
10月30日(火) 晴れ
 夕方風がヒンヤリしたので、今夜は煮込みうどんにした。里芋、大根、人参、ゴボウ、椎茸、しめじに、残っていたなすに豚肉、薄揚げと手当たり次第に刻んで煮た。 思ったより量が増えてしまったので、半分はあすの朝味噌を入れてけんちん汁にす る。
 いつだったか仲間とのお喋りが、料理の話しになった。その時編集長が得意料理は 肉じゃがとカレーだと言った。ま、そこまでは良くあるというか、良く聞く話しであ る。所が、(私はジャガイモを2種類−煮くずれるのと煮くずれないもの−使いま す)と言われて、私たちはカンドーした。主婦が食事の支度をする場合、毎日のこと なので殆ど(慣れ)で作る。性質の違うジャガイモを2種類使うというのは、考えた 料理である。
 川柳の紀の治さんは、病気の妻に少しでも美味しいものを食べさせようと料理教室に通っている。編集長の肉じゃがは豚肉を使うと言ったが、紀の治さんが料理教室で 習った肉じゃがは挽肉を使うと言った。紀の治さんは(先ずジャガイモは洗って皮を 剥き、同じ大きさに切りそろえる・・)と、歌でも歌うように調理の方法をすらすら とソラで言って見せた。私はそれを聞いていて、大柄の紀の治さんが台所で、眼鏡を ずらして小さなジャガイモの皮を剥いている様子を想像すると、涙がこぼれそうに なった。
2007年10月28日(日)
犬と歩けば・ふたたび 757
10月28日(日) 晴れ

 台風一過。朝から気持ちよく晴れ上がった今日の夕方、サムちゃん達を誘って市民 の森へ出かけた。3時過ぎにサムちゃんに電話したら、今上がったばかりだからお茶を一杯飲んで4時ならOKだと言った。ベルにその事を伝えたが待ちきれないベルは、ガラス戸の向こうからこちらをジッと見つめるばかりである。こんなにも見つめ られる経験はとんとないのでこちらも落ち着かず、3時40分になった時出かけた。  森の道は一面のドングリで埋まっていた。激しく水が流れた跡も見つけた。サムと ベルはいつものように走り回って遊んでいたが、私たちは滑らないように足下に注意 して歩いた。半分ほど歩いた時、いつもの道がわからなくなった。(このあたりだと 思いますが)とサムのお母さんは下草の中をぐんぐん歩いて行く。私も急いで付いていったが、いきなり視界は下に広がっていた。道はない。私たちは道に迷ったのだ。 いつも来ている、それもちっぽけな、団地に近い森の中で道に迷うなんて、そんなことあり得ない。そう何度も思ったが、目の前に道がないのは現実である。道に迷ったら、戻るのが原則。戻って、いつもとは違う道を遠回りして、やっと出口へ続くいつもの道を見つけた。森を抜けたとき、私たちはどうしてあんな間違いをしたのかと思 い返してみたが、わからなかった。
森にはいるとき4時のチャイムがなったが、公園に着いたときは5時のチャイムが鳴った。芝生広場で、サムちゃんが(ホラホラ見えます)と呼ぶので行ってみると、 冠雪した富士山が意外な大きさで夕焼けの中に見えていた。朝よりもきれいに見えるとか話しをしていると、ナナちゃん、チャーミーのお爺ちゃん、もも、ハナコなどが やってきた。ヒメのお爺ちゃんは(富士山があんなに大きく見えるはずがない)と言 い張った。ハナコの親父は(そうだよ。あれは筑波山だ)とからかう。わいわいがやがや、みんなで暗くなるまで富士山を眺めた。
2007年10月26日(金)
犬と歩けば・ふたたび 756
10月26日(金) 雨

 この時期、ベルは耳のてっぺんから尻尾の先まで草の実をいっぱい付けて戻ってく る。先日は顔中に付いていて、犬相が変わって思わず笑った。同じように遊んでもサ ムは、きれいなままである。小さな種ならば2、3日もすれば自然と落ちてしまう が、ひっつき虫などが付いていると大事だ。どんどん絡まって仕舞うから、早めに見 つけて取り外さなければならない。だからベルが帰ってきたら、捕まえて身体中をま さぐる。 ベルをこちょこちょしながら「ベルは犬臭いねえ」と言うと「アンタも人間くさいね え」と言いたそうにこちらを見返した。人間も口臭とか足とかいろいろな臭いがある が、町で(ビオレUだと思うが)ボデイソープの臭いがする若い女性とすれ違う事が ある。頂いたのがあって私もボディソープを使っているが、先週の「週刊金曜日」に (あれは危ないから使うな・買うな)という特集記事が出ていた。要約するとボデイ ソープには台所洗剤と同じ成分(ラウレス硫酸Na)が、含まれている。薬用に至っ ては刺激が強く、全身を殺菌してしまう。皮膚には無害な常在菌が存在しているが、 それは一種のバリアーの役目もして外部からの病原菌の侵入を防いでいる。それを殺 菌成分で減少させてしまうとかえって、水虫やインキンなどの感染が起こりやすくな る・・と言うのだ。ではどうすれば良いのかというと、石けん(肌の弱い人は無添加 の)が良いとか。さてと、どうするか。
2007年10月25日(木)
犬と歩けば・ふたたび 755
10月25日(木) 晴れ

 暦の上の満月は明日だが、買い物の帰りに美しい秋の月を眺めた。先日サムちゃんに(どうして十三夜が明月なの?満月の方が良いと思うけどね)と聞かれたので(多分、好みの問題だと思う。)と答えた。今夜の月はまさに、月に群雲である。更に ホームズ彗星というのが、ひと晩で40万倍の明るさになったのは初めての現象であると、テレビニュースで科学者が興奮していた。宇宙は不思議に満ちている。
 昨日は快方に向かったと思った風邪が、今日はまた戻ってきた。仕方がないので家の中でぶらぶらしていたら、新聞の集金が来て話し込んでいった。今月初め上海に遊びに行って、その帰りに上海の友人一家(妻と娘)を連れて帰ったという。その友人とは「宗教史」を研究している大学の教授で、50歳のお祝いに大学から日本への往復航空券を貰ったという。あのお国で宗教の研究が出来るんですかと尋ねたら、孔子とか孟子のことだという。また、50歳は満年齢でなく、数えであるという。さて一 家を箱根に案内し温泉宿に宿泊となった。日本宿は浴衣が出る。浴衣で畳に座ると彼女たちは正座が出来ない。胡座に近い恰好になるので、(日本人の彼にとって)下半身が誠に見苦しい恰好となった。注意はしたが、身に付いた習慣でなおらない。困ったもんですと言うので、そうですかとは言ったが本気には出来ない。彼女たちを注意するのでなくて、事情を話してテーブルを出して貰えば済む話し。わざとそうしな かったのではないの?
2007年10月24日(水)
犬と歩けば・ふたたび 754
10月24日(水) 晴れ

 しばらくぶりにサムちゃん達を誘って、市民の森へ行った。森の中は透明な光が満ちあふれて、静かだった。(この頃は公園も静かなものです)とサムのお母さんは話し始めた。『朝だってサムとモモぐらいしか来ない。ハナは遅いから、帰る頃にやってくる。そうしたらハナの親父は(サムとモモは俺の悪口を言ってるから、今度四阿にビデオテープを仕掛けておく)って、言っているんだそうです。もうこうなると妄想としか言いようがない。でもね、私も大ポカをやっちゃいましてね』俯いて足下を見ながらため息をついた。
話しはこうだ。先日の夕方、サムちゃん達は公園の散歩が終わって帰ろうとしたら、いつもの所に置いたはずの車がない。その時点で(盗まれた)と思って警察に連絡し、戻って犬仲間に一緒に探して貰った。警察がやって来ても自分の車の番号も思い出せない。車を置いた場所の前にある病院名が出ない。なんやかんや騒いでいて、サムちゃん家へ見に行った仲間から「駐車場に車がある」と連絡があり、半信半疑で戻ったら確かにあった。警察には平謝りに謝ったら、簡単に(あ、そうですか)と言って帰ったから、こういう事は良くあることらしい。然しその日のことは、仕事に関しては細かく思い出せるが、公園へ歩いていったことは全く覚えがない。その事がとても恐怖で、その晩は眠れなかった。今まではひとり暮らしでもサムがいるから良いと思っていたが、61歳でこんなになってしまい傍で注意してくれる人が誰も居ないのが、恐ろしいと繰り返した。
ナナちゃんのお父さんは(多かれ少なかれ誰だってありますよ)と優しく慰めてくれたと言うが、私も(お互いさま、あんまり気にしない方が良い)と慰めにもならないことを言った。
私が未だ20代の頃、同窓会にお呼びした恩師が「君たちはまだ若いからわからないと思うが、老いと言うのもはある日突然やってくる。人はその事の前に愕然として立ちつくす」と話していたのを思いだした。私も何度立ちつくす事になるのだろうか。
2007年10月21日(日)
犬と歩けば・ふたたび 753 
10月21日(日) 晴れ

 怠けていても、油絵のお稽古を10年も続けているとそれなりにキャンバスは堪る。キャンバス地だけ切りとって、枠だけ雨ざらしにしておいたのも何枚かある。新入りのAさんが、キャンバスは高価なので自分で布を張って作りたいと言った。先生は切れ端があるがと仰るので、枠は私が用意しますと言った。さてそう言って雨ざらしにして置いた枠をきれいにして乾燥させ、キャンバス地を止めていた釘を抜こうとしたがコレがなかなか抜けない。木枠は桐か杉で柔らかく、釘が錆び付いている所為もある。仲間に聞くと専用の釘抜きがあるというので、買った。685円だった。こつも教えた貰った。そうして昨日F8とF10を2枚持参した。 さて今日は天気予報の通り、朝から気持ちの良い秋晴れが拡がってそれなりに予定を組んでいたが、台所で目に付いた換気扇カバーを取り替える作業で、ちと手間取った。2階の掃除をしているときに、部屋の隅に重ねてあるキャンバスが目に付いた。よくもこんな絵を一生懸命書いていた物だという代物である。取りあえず1枚だけ剥がして、明日のゴミ出しと一緒に処分しようと思って取りかかった。キャンバス地は枠の一周の平均34,5個の釘で留めてある。取りかかると結局F30からF6迄12枚のキャンバスを剥がしていた。絶好の行楽日和もこうして1日が終わった。
2007年10月20日(土)
犬と歩けば・ふたたび 752 
10月20日(土) 晴れ

 スイッチを入れたら、永六輔の「土曜ワイド」に、大橋巨泉が出ていた。例の政府高官前守谷事務次官が言ったという「倫理規定が出来てから、接待は受けていない」という発言を話題にしていた。規則がなければ何だってやって良いのか。政治家に矜持(自信と誇り、プライド)はないのか。人気絶頂の頃、久米宏はコマーシャルに出なかった。コマーシャルに出ると何千万という出演料が貰えるのに久米宏は、ニュースステーションの司会をしているので会社から金は貰えないと言ってでなかった。一方みのもんたは、コマーシャルに出ている。(人によって好き嫌いはあるが)自分は、久米宏はエライと思う・・と、そんな話しをしていた。
 昼からはお絵かき。Tさんの土産、温泉まんじゅうを食べながらみんなでお茶を飲んだ。やっぱり守谷元事務次官の話(偽名でゴルフに行ったのは確信犯だ。妻はプロ級の腕前だそうだ)となった。  
 来月は会場をお借りしている公民館の文化祭がある。私たちも出品するよう要請された。
2007年10月18日(木)
犬と歩けば・ふたたび 751 
10月18日(木) 晴れ

 マグノリアさんとお茶を飲んだ。話しはやっぱり(体重を如何に減らすか)に、なってしまう。火曜日に川柳のヨネちゃんから、(お腹が出たよ。ちょっと肥ったんじゃない)と、気にしていることを言われたばかりである。所で、マグノリアさんの担当医が(昼食時に空腹になる程度の朝食をとるように・痩せるには空腹を実感することが大事である)と教えてくれたと聞いて、なーるほどと感心した。
 最近空腹を感じたことがあったか?空腹を覚えて食卓に着いているか?と、振り返って見た。すると私の場合、1日3回の食事は習慣であり1日の生活のけじめである。あのお腹の減る歌のように、(かあちゃん、かあちゃん、お腹と背中がくっつくよ)なーんて思ったことはとんとない。例えあったにしても、反射的にそのへんにある物をつまんで空腹は即座に解消している。外食するときでも、お腹が空いてと言うよりも、ここの○○は美味しいと評判だから食べる・グルメの本に載っていたから食べるのであって、胃袋でなくて頭の要求で食べていることが多い。
 食欲の秋は、自分の胃袋に良く聞いて、胃袋の要求に素直になろうと思う。
2007年10月17日(水)
犬と歩けば・ふたたび 750 
10月17日(水) 晴れときどき曇り

 昼カラオケで「涙そうそう」を、がなった。然し、夜のコンサートで同じ曲を、ストラディヴァリウスの音で聞くとは思いも寄らなかった。
  先日、天満敦子の事を書いたら、マグノリアさんが今日のコンサートを見つけてくれた。彼女の圧倒的なテクニック・音量にマグノリアさんは、ヴァイオリンと言うよりもチェロに近い音だと言った。私も全く同感、しかしヴァイオリン特有の高い繊細な音も自在に操る。演奏会が終わってからCDを買うとサインしてくれるというので、列に並んだ。彼女のアーモンド型の眼は黒目勝ちだった。彼女の前に立ったとき私は固まってしまった。顔もこわばって、お願いしますも有り難うも言えないで次の人に押されてすごすごとその場を立ち去った。
曲目は第1部                               第2部
バッハ;アダージョ                           涙そうそう
ヴィターリ:シャコンヌ                       見上げてご覧夜の星を
クライスラー:愛の悲しみ                     夏の思い出
シューマン:トロイメライ                     この道・城ヶ島の雨
バッハ:G線上のアリア                       北の宿から
ラフマニノフ;ヴォカリーズ                   過ぎ去りし日々
サラサーテ;ツィゴイネルワイゼン             望郷のバラード
2007年10月16日(火)
犬と歩けば・ふたたび 749 
10月16日(火) 曇りのち雨

 夕方の下り電車は下校の生徒などで混んでいたが、降りるひとつ前の駅で座れた。
つり革に掴まって立っていたとき、右斜め前に座っている人が指を動かして何かやっているのは気が付いていたが、それよりも痩せて顔色の悪い人だなという印象の方が強かった。指先を動かして病気の事でも忘れようとしているのか・・漠然とそんなことを考えたような気がする。私の前に座っていた若い男性が降りて私が代わりにその座席に座って直ぐ、左側のその女性が(コレ、あげましょうか)と黄色の紙で折った物を目の前に付きだした。ム?ムムム・・・?突然のことで驚いたが、よく見ると鶴のような箱のようなものが出来ていた。私の知らない折り紙である。これはなんだと聞くと入れ物で、簡単だからウチへ帰ったら作り直してみると良いと言う。それが始まりで孫にせがまれて折り紙をはじめたこと。次々要求されるので、本を何冊も買って研究している。などと聞きもしないことまでべらべらと喋った。さっきの印象とは少し違って、笑顔も見えた。お喋りが続いている内に電車は駅に到着したから、私はホッとした。気が付いて見たら、私の手には折り紙が残っていた。変な人だなあ。デモもしかしてこの折り紙は家に戻ったときには、1万円札に替わっているかも知れないと、バックに仕舞った。
2007年10月14日(日)
犬と歩けば・ふたたび 747 
10月14日(日) 曇り晴れ

「草の絮ただよふ昼の寝台車 横山白虹」
2日前、毎日読んでいる俳句のサイト(増殖する俳句歳時記)に上記の様な俳句が載った。私は(絮)という文字が読めなかった。初めてお目にかかったような気がする。この年で・・である。早速辞書で調べると、読み方はジョ或いはわた。意味は@(名詞)繊維の長いもの(新しいもの)を綿といい、短いもの(古いもの)を絮と言う。A(動詞)「ジョす」で、綿を入れるという意味の動詞になるB(名詞)綿花で作ったわたC(名詞)草木の種子に付いている綿毛D(形容詞)長々と続くさま この(絮)という言葉に出会って私は、すぐに母の布団直しを思い出した。
毎年初夏になると母は、冬中使った布団のがわを剥いで布団屋へ綿を「打ち直し」に出した。今では「打ち直し」と言う言葉も死語に近いと思うが、(古くて固くなった綿を再生してふんわりさせること)である。ひと月も経つと「打ち直し綿」は畳まれて、ハトロン紙に包まれ戻ってきた。新しいハトロン紙は、さわるとぱりぱりと音を立てるが、煎餅布団の綿は、打ち直すと目方が減り黒ずんで帰ってきた。どうして黒くなるのか知らないが打ち直す度に黒くなり、ふんわりとはしなくなった。一方綿を打ち直しに出している間に母は、布団がわを洗濯して破れた所につぎを当てたり、或いは新しい布団がわを用意したりしておく。夏のある日母は手ぬぐいを被りマスクをし、割烹着を付けて「今日は布団の綿入れ」と宣言する。暑いのに一室を〆切り、部屋中に新聞をしき並べて、何枚もの布団に綿を入れた。終わる頃には部屋中に綿埃が飛び散った。
  今にしてやっとわかった。子どもの頃わが家の布団は、綿入れでなくて(ジョ)入れだったのだ。また母の作業は(ジョ入れ)だったのだ。
余談だが、出来立ての布団は夏に不向きである。ふわふわとして身体にまとわりつくせいか暑い。風がヒンヤリとして来た頃に、母の作り直した布団に潜り込んだ様な気がする。
2007年10月13日(土)
犬と歩けば・ふたたび 746 
10月13日(土) 晴れときどき曇り

 「今日よ、千葉幼稚園の運動会があるだよ」今朝公園であったとき、チャーミーのお爺ちゃんが近づいてきて言った。「そいで行くだよ」と嬉しそうにニコニコしている。「俺んとこの孫がよ、来ても良いけどおっきい声ださねえでくれってんだ。そしてよ、目と目があったら小さく手をふってくれろって」と言いながら、実演して見せてくれた。然し、私を見つめて小さく手を振って貰っても困る。(それはお楽しみですねぇ)とか言って調子を合わせた。でもそのごもあっちこっちへ行って、同じ事をやっていた。
 ベルを自転車に乗せて帰ると、隣の家の若夫婦と警察官が真剣に話しをしていた。
近寄って(どうしたのですか)と聞くと、夕べ車上荒らしがあってトラックの荷台に積んであった仕事用の工具がすっかり盗まれたという。若いダンナは呆然として突っ立っている。結構重いものなんですけどね、見慣れない車か音に気が付かなかったかと聞かれたが、ハッキリしない。音がしたようでもありしなかったようでもある。とにかく家の前の道路が開通したら途端に、空き巣や車上荒らしが始まった。ベルは夜は反対側の奥まったところの犬小屋で寝ているから、気が付かなかったのか。吼えなかった。しばらくしてさっきの警察官がやって来て、又同じ事を聞かれた。
  昼頃筋向かいの奥さんが枝豆を持ってやって来て、また車上荒らしと空き巣の話をして(恐いわねえ)と言って帰った。
2007年10月12日(金)
犬と歩けば・ふたたび 745 
 10月12日(金) 晴れときどき曇り

(全部の指を曲げる事が今月の目標でした。) 先月末、Aさんからのメールにはこう書いてあった。キーボードを叩き続けてついに両手指が硬直し、さわると火がついたように痛んでもなお休ませてくれなかった会社。やむなく退職して、労災申請したのが3月1日。その後労働基準監督署からはなしのつぶてで、なんの連絡もなく7月後半に連絡すると(今週中に聞き取り−労働基準監督署の担当官が直接本人から仕事のこと等を聞く−をすると回答があったがまた、そのまま2ヶ月が経過した。先月末、突然(担当が代わった。新担当者から連絡が行く。・聞き取りはなし)との電話連絡。更にそれから2週間。新担当者からの連絡も無く、もうこれ以上放って置かれては困る。たまりかねて今日、私はAさんと労働基準監督署に押しかけて新担当者に面会を申し出た。新担当者は労災課長だったが、(われわれは忙しいンだから予約なしの面会は困る。)と、居丈高に言った。さらに、Aさんが血を吐く思いで作成した書類を指先で弾きながら(我々はあなたのような病気の人に、このような書類を作らせるのは申し訳ないと思っている)と言った。前日この課長が(ほんとうに手指の痛い人が100頁もの書類を作れるのか・・)と、批判的に言っていると聞いていた私は、(それならばなぜ、作らなくても済むようにちゃんと聞き取りをしてくれなかったのだ)と、反論した。課長はこちらを見て(アンタはなに、随分挑戦的じゃないか。)とスゴんだ。脅かされて引っ込んでいてはオバサンをやっていられない。久しぶりに労働基準監督署で大きな声を出した。それを見てたAさんが(どちらも止めて下さい)と泣いて訴えたので、思わず課長も私も引っ込んだ。公務員が人員削減で必要な所にも人手が足りず忙しいのはわかっている。わかっているからジッと待っていた。
遅れている事にそれなりの説明があれば、こちらも納得する。後で同行、記録していたBさんは、あの謝罪は本当だったと思うと言った。先入観があった私の誤解だったらしい。それからは、課長もAさんの話しを熱心に聞いてくれたので、私も満足した。何よりも・・とBさんが言った。(Aさんのまっすぐで一生懸命な人柄が、相手に伝わった事が良かった。)と。
2007年10月11日(木)
犬と歩けば・ふたたび 744 
10月11日(木) 晴れときどき曇り

 駅前に出たついでに、化粧水を買おうといつもの店に寄った。ここは会員になると定価の25%引きで買える。私はちょくちょく来るところではないが、この半年ぐらい今までとは違う人が店にいたので、顔なじみの若い人はもう辞めてしまったのかと思っていた。所が今日はその彼女がいたのだ。しばらくと声を掛けて話しの合間にその事を言うと、(たまたま、私の居ない時間帯にいらした)と答えた。彼女は(ティファニィの香水なんですけど)と言いながら、ケースの中から小さな試供品を取り出した。(男性用なんです。一寸臭いがきついんですけれど)と言って呉れた。そして(ダンナさんか−息子さんにあげて下さい)と、付け加えた。注意して聞いていたが、(恋人とか彼)とは言わなかった。でも一寸言いよどんだのはそう言おうとしたのかなとか、全くそんな気配は見えないから素直に言ったのだとか、憶測してみた。
早速指先に付けてみたら、成る程きつい臭いで、日本人向けではないと思った。こんなのを付けたら、ベルが近寄ってこないか怪しんで吼えると思う。そう言えば大分前に犬仲間のひとりから「犬用の香水」と言うのを犬仲間みんなが貰った。何でも時価で買えば1個5千円はすると言うので、貰った犬仲間は恐縮したが、販売した会社は倒産して、売れ残った品だと説明された。みんな貰ったが、その後誰ひとりその話題をする者はなかった。わが家もずっとしまってあって、ある時処分した。
2007年10月10日(水)
犬と歩けば・ふたたび 743 
10月10日(水) 晴れ

 今日はホントの体育の日で、やっぱり晴れた。街中どこもかしこも木犀の香りが爽やかに漂っている。「昼間は半袖で仕事をしました」とサムのお母さんは言ったけど、動くと暑い位だった。今日はみんな(サムとベル)で刈り取りの終わった田圃を廻った。ススキが一斉にほを出していた。よく見ると白、赤、灰色、茶と色も形も違う。私はジュズコダマと覚えた草も、黒と白の実をつけて田圃のほとりに固まってなっていた。赤まんまや白まんま、カラスウリももう真っ赤な実をつけていた。糸トンボの連結を3つも見つけた。あたりを眺め気に入った草花なんかを摘んでいると、みんなより遅れ気味になる。サムのお母さんは、そんな私をタバコの煙を吐き出しながら横目で見ている。その顔には(私の行動は全く理解できない)と書いてある。サムのお母さんにとって雑草は、排除し片付けなければならない物である。農道の途中に10b近いトンネルがあって、入り口に金属製蓋付きの大きな箱が置いてあった。
そう、映画や絵本で宝物が入っているあの形の箱である。サムのお母さんが近づいて蓋を開けたら、中はゴミが入っていた。蓋を閉めながら笑って、「死体でも入っているかと思った」と言ったので、すかざす「私は宝ものが入っていないかと思った」と返した。  道が曲がっていて、先を行くみんなが見えなくなったと気が付いたとき、ふっとベルが戻ってきて私を確認すると又、サム達の方へ走っていった。
2007年10月8日(月)
犬と歩けば・ふたたび 742 
10月8日(月)体育の日 雨

 朝から、1日中静かな雨が降り続いた。先日のグループ展を見に来てくれた友人知人に礼状を書き、寝ころんで本を読む。音楽はこの頃(天満 敦子)に凝っている。
NHKが毎週火曜日の「中南米とカリブの音楽」の時間をなくして、太田宏美が鼻声で下らないお喋りをするガキの時間にしてしまった。中立公平を旨とし、受信料を取っているNHKがマイナーな音楽の時間を削ってしまったのは、全く不当である。
今まで取り溜めたテープも繰り返して聞いているので、伸びてきた。
きっかけは何だったか忘れたが、耳に残った音が天満敦子だった。今までヴァイオリンの演奏は敷居が高かったが、彼女の音はまるきり違う。どう違うかというと、肝っ玉母さんの様におおらかで気持ちが良くてねむってしまいそう。とにかく心地良いのだ。で、どんな女性かというと、飲兵衛なのだという。15歳で飲み始めて、日本酒をひと晩で一升空けることもあるという。何故15歳かというと、その時のヴァイオリンの先生が飲兵衛で、稽古の時に水の代わりに飲ませたという。井上光晴と交流があり、外国留学経験なしで、芸大はトップで卒業。ふーん、やはりこういう人が天才と言われるのかも知れない。
2007年10月6日(土)
犬と歩けば・ふたたび 741 
10月6日(土) 晴れ

 この数日関わっているのだが、午前中は労働基準監督署に提出する書類を作った。
過労死を証明するために、故人の手帳を何度もひっくり返して書き込みを写し取り、どんな仕事をどの様に行っていたのか探る作業である。手帳は自分の為のメモであるから、読み取れない文字も多いし内容もわからないことが多い。こういう作業は今までにも何度か経験したが、今回の手帳は特別の臭いがする。持ち主はひどい汗かきだったと妻は言っているので、汗の臭いだろうか?イヤそれだけではない。機械油の臭いも混ざっていると思う。木屑の臭いもするような気がする。手帳は何処に入れてあったのだろうか。胸のポケットか、ズボンか?ともかく手帳の角が反っている。今年からパソコンへの入力は眼鏡をかけ、手許の資料を読むときは眼鏡が邪魔なので能率は悪いし、何よりも疲れる。半日かけてやっと出来上がった。
  午後はお絵かきの日で、公民館へ出かけた。10年もやっていてサッパリ上手くはならないが、何よりも楽しい時間である。お茶休憩のお喋りも楽しい。現在の会員はたった8人で、ここでも会計を担当している私は、毎月先生への謝礼にハラハラする。今年から一方的に謝礼を下げて貰った。アトひとりか2人入ってくれたら、月謝も元に戻せるし幾らか余裕も出来る。先日グループ展が終わったばかりだが、もう次ぎの展覧会の相談をした。
2007年10月5日(金)
犬と歩けば・ふたたび 740 
10月5日(金) 晴れ
  昨日(正社員になれなくてもがいている若者たち)を見た感想を書いたら、早速マグノリアさんから意見を頂いた。面白いアイディアだと思うので、転載させて頂きます。

『私もあの番組見てて愕然とした。前に総務や経理が大連にアウトソーイングされている番組の話したじゃない?それよりひどい状態を見せつけられたね。おまけに悪いんだけど、彼等のやっている仕事って安いから成り立つので、電話の勧誘なんてただ他社の客を引き抜くか、より便利を売りに高い商品を買わせるだけのことでそんなに意味のある仕事ではないのが、尚悲しい。大連に渡った二人は甘い言葉に夢を託したけれど、どうなんだろう?
なんだか、企業が一石三鳥ぐらいに利用した“いい鴨”に見えちゃった。本当にこんな世の中でいいんだろうか?お風呂の中でね、かんがえたんだ夕張なんて人がいないんでしょう。外食産業の「わたみ」あたりが資本だして彼らを雇って、農業(小麦を生産)をしてもらうの。家付きで=30歳でも60まで30年間あるから、りっぱなお百姓さんになると思うよ。そしてその作物を使ってレストランで使ったり、老人ホームでの食事に利用すれば、いいと思わない?それこそ、第3セクターで税金をつぎこんだっていいし、そういう若者9万だっけ?一都市5000人づつ引き受けたって18でいいんだよ、四国や九州だって土地はいっぱいあると思う。
日本の食料の自給力もアップするしね。ア、ァ、あたしが資産家だったらやったのにね、残念。マグノリア』
2007年10月4日(木)
犬と歩けば・ふたたび 7389 
10月4日(木) 晴れ

 夕飯を食べながらテレビ「クローズアップ現代」を見た。テーマは「就職氷河期(1993年〜2003年)世代中国で再挑戦」。
正社員として就職できなかったA子さんB男さんは、なんとか正社員への足がかりを掴もうとして、中国へ渡る。そして日本企業が安い人件費を求めて中国大連に進出した会社に1年契約で就職した。地元中国人は、より賃金の高い方に流れてしまってその補充に、日本から既に350人もの「出稼ぎ」が働いているという。賃金の安いところへ行くこういうのは、なんと呼ぶのだろうか。仕事はどちらも、日本国内への電話の勧誘。時給は350円、年収は約60万円。特典(?)としてアパートの家賃は会社が半額負担で、無料で中国語の授業を受けられる。レベルアップして正社員への足がかりを掴もうと努力している2人だが、3ヶ月経ってA子さんは中国語初給程度の3級試験に失敗する。中国企業の面接を受けたB男さんは、中国にいても日本語で日本国内への仕事をしていたのでは、中国社会で働いたというキャリアにはならないと言われる。一方国内ではこの時期に就職できた人は何処でも人材が不足していて、引っ張りだこの状態だ(勧誘を受けたある人は、年収800万を要求)とテレビは見せた。
  少し前、新聞の川柳欄に(パソコンと英語が出来て普通の人)と言うのが載っていたが、それにくわえて(頭が良くて健康で美男美女おまけに親は金持ち)で当たり前、なんて何となく思っている風潮がないだろうか?解説者が(自己責任なんて事は、断じてA子さんB男さんに通用しない)と言ってたのがせめてもの救いだが、老人家庭の夕飯は暗ーい雰囲気となった。
2007年10月3日(水)
犬と歩けば・ふたたび 738
10月3日(水) 曇り
 (今日は、川向こうの公園へ行ってみましょう)とサムのお母さんの提案で、歩いて花見川大橋を渡る。犬たちは、未だ造成中の道路や公園の中に入って走り回り、ベルはわざわざ泥水を舐めている。しばらく遊んで花島橋へ行くとりょうくん達に出会って、みんなで花島観音下の緑地公園へ移動。橋を渡りながらりょうちゃんのお母さんが(橋の下の住人が病院へ入院したら、そこに空き巣が入ったんだって)と目を丸くして教えてくれた。(盗られるような物があるのかしら)とサムちゃんが聞いた。
3頭が緑地公園の一番奥で遊んでいたとき、何を思ったかベルはここの四阿で暮らしている若いホームレスの所へ飛んでいって、彼の正面に座ってジッと顔を見上げている。なにか貰えると思ったに違いない。しばらくそうして、何も貰えないとわかって戻ってきた。みんなで帰るとき、りょうの落とし物を持ったままお母さんは、ゴミ箱の前を通り過ぎた。りょうのお母さんはニコニコしながら(ほら、あのホームレスがゴミ箱を漁るから、これは捨てられないの)と言った。私はそんな心遣いを感心して聞いた。でも花見でもない今の時期に、こんなはずれの公園に食べ物が捨てられているとは思えなかった。
りょう達と別れて、池を渡りきったとき今度はベン達に出会った。サムのお母さんは(これから散歩?)と聞きながら、ベンのお母さんを鋭く一瞥して小さな包みを見つけると(持ってくの)と詰問した。ベンのお母さんはバツが悪そうに小さな声で(そう)とだけ言って、離れていった。その後ろ姿を見ながら(さっきのホームレスに弁当を届けているのよ)と言い(この頃おむすびは食べてくれない、なんて言っている)と続けた。こちらはなんとも言えずにただ、ふうんとか息を吐く。(生活保護とれないかしらって、相談に来た)とぶっきらぼうに言う。複雑な人間関係に目眩がしそうだ。
2007年10月2日(火)
犬と歩けば・ふたたび 737
10月2日(火) 曇りのち晴れ

 大根がどうかなと思ったが、アラが安かったのでぶり大根を煮た。夕飯に食べたら、大根もとても美味しかった。
 今日は月に1度の句会。先日催促されて送った互選句は、題が「テープ」だった。
△紙テープ猫と遊んで逃げてゆくは3票入って、選者さんも(きれいな句です)と誉めてくれた。△伸びきったゴム取り替える独り者の方が自信作だったが、誰も入れてはくれなかった。こんな事なら、自分で入れるんだったと後悔した。ゴムは(ゴムテープ)の事だが、みんなは(ゴムひも)だと思ったと言う。伸びきったゴムのイメージは、下着やジャージーの事である。今時の下着やジャージーはみな、ウエストに太いゴムが付いているから、伸びたゴムを取り替えるなどという作業はほとんど無い。然しわが家にはげんとして存在するのである。洗濯物をしまうときに(こんなに伸びているから捨てる)と宣言すると家人は(とんでもない。その、くうーたくたになったのが良いんだ)という。(履きやすいから、わざわざとってあるんだ)と抜かす。こんな事で議論したって始まらないから、実力行使でボロの籠に放り込んで置くといつの間にかまた、洗濯物を干す時に出てくるのだ。ゴムが伸びきって長くなった分を、縛って短くしたりしてある。(もうこの年になってどこかで行き倒れたとき、そんなパンツ履いてたら恥ずかしいよ)と注意するが、聞く耳持たずである。やむなく私が、しぶしぶとゴムテープを取り替えるという図式となるのである。あれ?今日は、秋について書くつもりだったが・・。
2007年10月1日(月)
犬と歩けば・ふたたび 736
10月1日(月) 曇り・小雨

 用事が立て込んで、半月ぐらい公園へ行かなかった。今日サムちゃん達と市民の森を抜けて公園へ行き、久しぶりに犬仲間にあった。25日には、りょうくんのお母さんが茹で落花生をエマの家では焼き鳥とおにぎり、サムのお母さんは缶チューハイなんか持ち寄って、勿論犬たちも一緒に楽しくお月見をしたらしい。(コタの家はもう1年近く行ってないけど、持ち寄りなら安くできるからね)とサムのお母さんは言う。(でも、Kのお母さんもこの頃飲みに行った話しはさっぱり聞かないし、お月見の時も全く飲まなかった。経済的に飲まないのか体調が悪くて飲めないのか・・)と心配した。私も最近Kのお母さんの顔色が悪いのに気が付いている。
 公園の下の四阿を追い出されて上に移住したホームレスが2人から3人に増えた。
花島橋の下に住んでいるホームレスが入院した。その人は元タクシー運転手だったと教えてくれた。タクシーも売上がないと首にされちゃうらしいと言うから、小泉の時に無茶苦茶な規制緩和をやったからだと言ってやった。車が多くなって乗る人が少なくなれば、1台あたりの売上が少なくなって当然。又ガソリンが値上げすると言うが、ミャンマーの大規模デモも値上げがきっかけとなった。「沖縄集団自決に日本軍の関与はなかった」とする教科書の書き換え問題で、昨日沖縄では11万人の抗議集会があった。夜のニュースで政府は、「書き換えの訂正」を示唆していたが、日本だって沖縄から本土に拡がる可能性はある・・といいな。
2007年9月30日(日)
犬と歩けば・ふたたび 735
9月30日(日) 雨

 グループ展最終日は、朝から生憎の雨だった。その中を10時頃には昔の仲間Aさんが、電車バスを乗り継いでやって来てくれた。私と同年の彼女と会うのは何年ぶりだろうか?5年は経っていると思うが、すっかり白髪になったがお顔の色つやは以前よりも良くなっていた。双方の二人の親の介護にくわえて、飼い犬の介護も終わったと言った。勿論熱心に誘ってみたが、今は家庭菜園が面白くて・・とやんわり断られた。
グループ展の会場には私たち会員の関係者だけでなくて、「順路」と矢印があるお陰で、一般の入場者にも見て頂けた。然し矢張り雨は雨で、入場は少ない。全面ガラスの向こうに降りしきる雨を見ているのは飽きなかった。その中をモップを持った人が忙しそうに行き来している。あちこちにバケツが沢山おいてあって、掃除中かと思ったが、そのバケツは雨漏りを受けるためだと云うことに気が付いた。(やっと工事が始まったんですけどね、ホラ、屋根がギザギザだからね)雨漏りがし易いのだと、清掃担当者が言った。
  夕方5時を過ぎてバタバタと片付けて、美術館入り口のレストランで打ち上げ会を開催。飲みながら酔いながら楽しく話しをした。元中学校長のTさんが「先生の指導はひとりひとりに的確で鋭い。どうしてそんな素晴らしい指導が出来るのか?」Mさんも「それに先生に誉めて頂くととても嬉しい。」私も「日展に入るよりも、先生に誉めてもらった方が嬉しい」と続けたら、いつも落ち着き払っている元教師のBさんが、「そうよ、日展だって二科展だってどうしたあんな作品がっていうのが入っている」と叫んだのには驚いた。ビールと日本酒を少々戴いたというBさんは、完全に酔っぱらっていたのだ。かくして秋の夜は更けて行った。
2007年9月29日(土)
犬と歩けば・ふたたび 734
9月29日(土) 曇り・雨

 昨日「ラ・マンチャの男」に誘ってくれたAさんは、7,8年前から囲碁を楽しんでいる。で今年から初心者講座を終了した人達の相手をしているという。全く囲碁そのものもその世界も知らない私は、(彼女も他人様に教えるくらい上手になったのだ)と理解したがそうではないという。彼女は下手で未だ6級だと言ったが、私はそれがどの位の位置かも知らない。そうしたら初級・9級から始まって数字が少なくなるほど上になり、1級の上が段で、つまり有段者になると教えられた。成る程これが、段違い(格段の差があること)という言葉の始まりかなどと想像する。ある程度うまくなった人は、さらなる上を目指して、自分より上級者と対局して少しでも腕を磨こうとする。プロにお金を払って、指導を受ける。と言うわけで初めて間もないひとは、相手探しに苦労する。彼女自身そう言う経験をしたので、少しでも役に立ちたいと初心者の相手役を買って出たと言った。毎週7,8人の仲間が待っていてくれるので、彼女にも励みになっている口ぶりだった。
「囲碁はね、人生よ」とAさんは笑う。「囲碁はね人柄がまんま出るから、対局してみてこの人なら付き合おうかって判断出来る」とも言った。12年前彼女は生死をさまよう大病をして、その後も後遺症や鬱に悩まされてきた。退院してきたとき職場の仲間が、独身の彼女が社会から孤立するのを心配して、囲碁を教えに通って来てくれたという。囲碁を覚えれば対局の相手を求めて、戸外に出かけるだろう、そうなれば他人との付き合いも始まるだろうという、優しい深謀遠慮だった。それが見事に当たった。今では彼女は他人に頼りにされている。自分が受けた優しさを、見事に他人に返している。
2007年9月28日(金)
犬と歩けば・ふたたび 733
9月28日(金) 晴れ

 午後から渋谷に出かけたが、真夏並の暑さだった。
数年前、韓国映画で自閉症児を扱った「マラソン」というのがあった。その時主人公を演じた(チョ・スンウ)が、今度は舞台で「ラ・マンチャの男」を演じるから見に行こうと誘われた。一緒に行くことになっていた相手がキャンセルしたので、代金はいらないという。おまけにS席である。行かない理由はない。誘ってくれたAさんは、昔からお芝居や舞台が大好きであるが、私は今一つのれない。「ラ・マンチャの男」は、かつて日本で大当たりの芝居だったが私は見ていない。
さて、字幕付き「ラ・マンチャの男」はどうだったかというと、韓流映画と同じように(純粋さと圧倒的なエネルギー)が溢れていた。舞台に緊張感があって役者は演技だけでなく、唄もとても上手い。鏡やヒマワリを使った演出がドキリとさせた。力強い音を出すオーケストラが、更に舞台を盛り上げる。終わり頃、舞台の後幕が開いてオーケストラの団員が見えたが、指揮は女性だった。Aさんは俳優が歌う場面ではオーケストラが必ず一拍空けて、歌うひとに余裕を与えたといっていたが、私にはそんなに細かいことはわからなかった。更にAさんは日本の芝居はすべて平均主義だから面白くないんだとも言っていた。久しぶりに見応えがあり感動した舞台だった。そうそう「マラソン」で、丸ぽちゃの男の子を演じたチョ・スンウは頬が痩け、ひとまわりも二回りも細くなっていた。
2007年9月27日(木)
犬と歩けば・ふたたび 732
9月27日(木) 曇り一時雨れ

 午前中は定例の通院日で、午後からグループ展会場へと廻った。思いがけない方が来て頂いて、嬉しい。マグノリアさんは身びいきも良いところ(冬瓜のがいっちばーん良かった)なんて言って、喜ばせてくれる。うきうきしていたら、川柳のまこと会長から「宿題の〆切が2日前だったが出ていない。どうしたのか。提出する積もりなら、即刻送れ」と電話で催促された。私は川柳大会が終わった時点で、句会の事はすっぱりと忘れていたのだ。「ス・スミマセン」と平身低頭して謝り、急いで3句作って送った。
 所で今日帰宅すると、薄暗くなった道端で近所の人達がひそひそという雰囲気で立ち話をしていた。何時にない様子でおかしいなと思いながら家に入ると、家人が待ちかまえていたように(AさんとBさんの家に空き巣が入ったそうだ)と言った。Aさん宅はわが家の2軒先でBさん宅はその筋向かいである。(うーん、やっぱりね。空き巣もちゃんと選んでいるね。どちらも金持ちに見えるもの。ウチは大丈夫よ。)と言うと「そうじゃない。犬がいるからだ」なんて、ベルを持ち上げる。空き巣はCさん家で見つかり、逃げたとか。空き巣とかドロボウは(草木もねむる丑三つ時)に跳梁跋扈するのかと思ったらナント、Aさんちには午後6時から7時の間に入られたという。台所のガラス戸を切って侵入したらしく、そのときドロさんは怪我をしたらしく救急絆創膏も失敬していったとか。余裕あるドロボーだねぇ。
2007年9月26日(水)
犬と歩けば・ふたたび 731
9月26日(水) 晴れ 

 今日からグループ展の開始。当番のトップバッターで、9時半から5時まで会場に詰めた。10時頃小学生の一団ががやがやとやって来たかと思うと、4,5人のグループに別れて館内を声を立てながら飛び回った。何をしているかと思って胸からぶら下げているカードを見せて貰ったら、幾つもの花の名前が書いてあった。子ども達はその花を見つけたら○を付ける、然もそれはビンゴになっているという。中には(○○クン、どうしてちゃんとやらないの)と、同級生を叱責しているおしゃまな女の子もいて、多分お母さんそっくりな物言いをしているんだろうなと、笑えた。そのうち間違って展覧会場にもなだれ込んできたグループが1枚の絵を見て「こわーい」「おっかなーい」と言って逃げていった。それはそのう、私が描いたサッカー選手の絵である。私はワールドカップの時に、新聞に載っていた選手の写真を見て、生きることの厳しさ執念を感じて描いたのだが、子ども達に「コワーイ」と言われるとは想像外であった。
また展覧会場は屋上庭園への入り口になっているのだが、気が付かない人達が殆どで、私はその案内役も勤めた。そこからは前庭が一望でき素晴らしい眺めなのである。お昼近くなると関係者以外にも、立ち寄って下さるひとが結構いて、その感想を聞くのも楽しかった。(房総の海は黒潮だから、もっと黒っぽい色をしている。波ももっと大きい)(藤の花はきれいだけど小さい。でもこの人はきっと神経質ね。)(ああ、笠森観音だ。行ったことある)(この林の絵は、風を感じて好きだ)(夜の絵はやっぱり猫ね。犬は寝ちゃうもの)(この手はどうなってんの?)(貰うとしたら、これがいいかなぁ)(今度の仏像は上手くなったねえ)このサークルは何処でやっていて、先生の指導は月謝は?と聞いておいて、入会してくれるかなと期待を持つと、でもその日は都合が悪いなんて仰る人もいた。結構話しかけられるので、お終いの頃には(声がかれてるよ)と言われた。
2007年9月25日(火)
犬と歩けば・ふたたび 730
9月25日(火) 中秋の月 晴れ・くもり

 油絵仲間のグループ展の準備に、花の美術館へ出かけた。今日は休館日で誰も居ない庭を歩いて行くと、様々な花がきれいに咲いていた。子どもの頃読んだ「秘密の花園」へ、迷い込んだような錯覚を覚える。足下で「ニャー」と声がして振り返ると、白とグレーのブチ猫が石の上に手足を伸ばして寝ころんでいた。
ここの展示室は小さいが(と言うより通路の一部である)、申込みで使用料が無料である。知人友人に来て戴くには交通の便が悪く申し訳ないが、サークル10周年のグループ展をここで開催することに決めた。飾ってみると先生の賛助作品も含めて、21点が上手く納まった。見慣れたあの作品この作品も額に入れて飾ってみると、ウン素晴らしい。格段に上手く見えるから不思議。作業が終わってみんなで記念写真を撮った。
帰るとき裏庭に廻ると、園芸業者のトラックがずらっと並んでいた。トラックから降ろした荷物が並んでいたが、様々な草花がみんなポット植になっている。とすると、さっき見た花の植え込みはみな、このポットの花を植え込んだものだったのだ。きれいね、素敵ねと言って眺めた花壇は、お札を埋め込んだようなもの・・なんて考えない方が良いね。
2007年9月24日(月)
犬と歩けば・ふたたび 729
9月24日(月) 曇り

 「老年男女のみなさん、本日はお集まり頂きまして有り難うございました。」昨日の川柳大会は、司会者のこんな呼びかけて始まった。勿論会場は笑いや苦笑が起こった。確かに、どう若作りをしていても50代前に見えるひとは一人もいない。選者のひとりで、現役の教師と言う方が一番若い部類ではなかったか?然も彼は、壇上から150人近い参加者を前に話しをしていて、中で一番熱心に彼の話を聞いていたからと終了後春菜さんに近寄ってきて、名刺をくれたそうな。春菜さんは口を尖らして(どーしてかねえ?)と、でも嬉しそうに名刺を眺めた。然も春菜さんは当日の役割が、いきなり受け付けに変更されていた。(どうして?聞いてない)といぶかしがったので、(勿論、春菜ちゃんがバッチリお化粧してきたからよ。)と、冷やかした。
懇親会で座が動き出すと、私の隣に(女性の嫌われ者)Kが(次からは二人選をやるからさ)とか言いながら、滑り込んできた。私の反対隣りには、去年の懇親会でKにお尻を触られて以来誰よりもKを嫌っているやほちゃんがいて、素早く私の横に彼女のバッグを置いて(これ以上近寄らないで)と、宣言した。Kは70代後半だと聞いているが、そんなことをされても動じない。しばらくぐちゃぐちゃと息の漏れる口で一方的に話しをして、やっと放れた。今回、70代の総理が選ばれたが、今日の大会を支えてのは70代の男性だった。女性陣が口を揃えて(若い頃はもてたでしょうねぇ)と誉める、AさんBさんCさんなどみな70代である。然も、今ももててる。
うーん、老人という言葉の中味は大幅に変化している。
2007年9月23日(日)
犬と歩けば・ふたたび 728
9月23日(日) 晴れ

 今日は川柳大会で、裏方は会場に9時半集合。大会、懇親会、反省会、お茶会とこなして帰宅は23時だった。居酒屋の懇親会で私たち女性5人は、紀の治さんを囲んだ。みんなとびきり優しくて、どこかおかしみのある紀の治さんの句のファンである。話しは紀の治さんの生い立ちへと及んだ。8歳の時、満州から引き上げてきたこと。父親は現地で亡くし、33歳の母親は8歳、4歳、0歳と3人の子どもを連れての引き上げだったこと。長男の紀の治さんだけ父親の実家山口へ預けられ、6年生になって母親の元に引き取られた事。母親の実家は、3姉妹がみんな戦争未亡人だったと聞いて、はるなさんは(ええっ、3姉妹がみんな戦争未亡人だなんて、あの時代はそんなこともあったの?あったのね)と驚いて声をあげた。転校第一日目は、白襟の付いた紺サージの学生服にランドセル、皮の編み上げ靴という出で立ちで登校したところ浮いてしまい、次の日からは普段着で、弁当は風呂敷に包んで腰に巻くという、級友と同じ恰好にして登校したこと。更に70歳になったとき、現地で同窓会が持たれて、その時クラスメートは(紀の治さんが登校第1日目の音楽の時間に習った曲−多分「朝」という題名)をみんなが歌ってくれたと言った。私たちは思わず(♪さぎりきーゆる 港へのー♪)と歌い出した。唱っているウチに涙が勝手にたまった。
2007年9月22日(土)
犬と歩けば・ふたたび 727
 9月22日(土) 晴れ

 夕方も5時半を過ぎると、急にあたりが暗くなってくる。サムのお母さんと斜面に座って涼しい風を受けながら、刻々と移り変わる夕焼けの空を眺めていた。サムのお母さんは今日も暑くて全身汗だくになったので、3時半に仕事を上がってシャワーを浴びたから、公園へは車で来たと言った。車に乗せられたサムは面白くなくて、車の中で助手席から後へ行ったり体を掻いたりとささやかな抵抗をしたと言って笑った。
その時いきなり誰かが顔を寄せてきて、次の瞬間べろりと頬を舐められた。サムだ。
自分のことを噂しているのがわかったらしい。犬仲間は、涼しくなるのは明日だ否明後日だと、天気予報合戦をしている。
 犬たちが遊んだ後、それぞれにおやつを貰ってお開きとなった。ベルはいつも帰りは自転車の前籠に乗せてくるのだが、自転車の傍に行くとベルは(私がベルを抱きかかえ易いように)足を揃えてジッとして待つ。また、降りるときは狭い籠の中で立ち上がって、これ又私が抱きかかえて降ろしやすいような姿勢で、待ってくれる。更に抱きかかえて籠から出すときは、足を縮こめて籠にぶつからないよう気を使ってくれる。そして後ろ足が地面に付くと、ングとか安心してつぶやく。今日もまた1日が過ぎた。
2007年9月21日(金)
犬と歩けば・ふたたび 726
9月21日(金) 晴れ

 歯医者は今日でお終い、(しばらく様子を見ましょう)と言うことになった。結局原因はわからないが、(年齢相応に)ガタが来ていると医者は言った。
今日も暑かった。札幌で31℃だったとか。この陽気では雑草は幾らでも伸びる。
(みんなは明日から3連休だけど、私は大忙し)だと、サムのお母さんはぼやいた。
さむちゃん家から公園まで歩いても10分位だが、何時もサムと一緒に車でやってくる。それがこの暑さで、サムが車に乗りたがらないから歩きで来たと言った。すると傍にいたチャーミーのお爺ちゃんが(そじゃねだよ)と言った。(今、ガソリンが高いかんよ、悪いと思って遠慮したんだよ)(サムがよ、口んきければよそう言ってるよ)成る程とみんなが笑った。 所で久しぶりにバクダットバーニング(バグダード在住のイラク女性、リバーベンド=30歳ぐらい=がライブで綴る戦争・政治・占領を話題にしたブログ)を、開けてみた。4月からずっと止まっていたので、身の上に何事かがあったのではないかと危惧していた。所が9月6日付けで、書き込みが再開していた。内容を読むと、7月初旬に家族4人でシリアへ脱出に成功したらしい。ブログを再開できたのは、どこかに落ち着けたのだと思う。彼女のレポートで、イラン国内の庶民の暮らしが、車両爆弾や民兵や殺し屋集団によって日々命の危険と背中合わせに生きている様子がよくわかった。同じアジアの向こう端でこんな事が行われているのに、マスコミは殆ど報道しないし私も暢気なことを云っている。申し訳ないという気持ちがするが、ではどうしたらいいか?
2007年9月20日(木)
犬と歩けば・ふたたび 725
 9月20日(木)彼岸入り 晴れ

 ここん所のテレビは、自民党PR月間或いは自民党キャンペーン週間の様である。
公共放送を使って、総裁候補の二人が全国を宣伝に歩いている。宣伝だけでなく、消費税率を上げるとか、自衛隊の給油は大事だとかさりげなく既定事実の様に織り込んでいるから、あくどい。総理総裁がいきなり仕事と責任をほっぽり出した責任もお詫びも、その後始末もろくになくて、いい気なものである。のせるマスコミが悪いのか、のせられる国民がふがいないのか。国民は甘く見られているのは確か。
  今日の夕刊に「自殺予兆診療で報酬増」の見出しが一面に踊っていた。新しいことをやっているぞという、猪岐新厚労省大臣の人気取り、思いつきだろうがとんでもない。
内容は紙面で確認して頂くとして、こんな事が行われたなら@今でも超多忙な精神科医の過労死が出る。A対象医師の報酬増ではなく、診療報酬の引き上げが根本的な解決に繋がる・・と思う。「家庭団らん法」と一緒に、さっさと引っ込めて貰いたい。
 夕方、公園の帰りにサムちゃんのお母さんは、99で玉子を買った。6個で104円。(炒り卵が食べたくなって・・醤油味が利いた炒り卵がね。)と言った。お彼岸になったのに、明日も真夏日の予報が出ている。
2007年9月17日(月)
犬と歩けば・ふたたび 724
9月17日(月) 敬老の日 晴れ

 公園の下から上の芝生広場に行く山道をベルと歩いていたら、道の真ん中にぴかぴかのドングリがひとつ立っていた。なんだかそこで待っていてくれた様ではないか。
昔から、茶柱だって朝立つと縁起が良いと言った。ましてドングリである。迷わずに拾って持ち帰った。家人は「フン、上から落っこちたとき、土に刺さったんだろう」と言う。
 今日は「老人の日」だという。だから、老人になれなかった人達の事を考える。
その人達に、谷川俊太郎の詩を捧げる。

 時 刻
あなたは 2匹の
うずくまる猫を憶えていて
私はすり減った石の
階段を覚えている

もう決して戻ってはこないという
その事でその日は永遠に近づき
それが私たちを傷つける

夢よりももっととらえ難い1日
その日と同じように今日
雲が動き陽がかげる

どんなに愛しても足りなかった
2007年9月16日(日)
犬と歩けば・ふたたび 723
9月16日(日) 晴れ

 印旛沼のほとりに、安くてとびきり美味しいウナギ屋があるから、食べに行こうと誘われた。勿論二つ返事でAさんに連れて行って貰った。Bさんとの待ち合わせ場所には銀杏並木がある。Aさんと見上げたら、銀杏が鈴なりに付いていた。風が吹くたびに幾つか落ちてきて拾った。勿論臭い。ビニールでもないかとバックの中を探したが、古い封筒が見つかりそれに入れた。4,5個もあれば二人分の茶碗蒸しに足りる。所が、地面を見ていると他の銀杏も見えてきて、拾うと封筒もいっぱいになった。そこへBさんが到着して、シカジカカクカク訳を話すと(あら、車の中になんかあったわ)と戻り、45g入りの大きくて真っ赤なゴミ袋を持ってきた。私たちはそこへ20個位の銀杏をいれてなお、探した。通りがかりのおじさんが2個拾って持ってきてくれたが、(おばさんでも)少し恥ずかしかった。
  所で成田市船形の(宗吾街道直訴道だろうか)道路を挟んで、2軒のウナギ屋があった。1軒は、構えも立派なお食事どころでもう1軒はしもたやふうの冴えない食堂である。私たちが到着したのは12時5分前であるが、この冴えない方には長蛇の列が出来ていた。
私たちは丁度1時間待って、テーブルにたどり着いた。店内は4人がけのテーブルが4つあるだけで、客がさばけない訳がわかった。肝吸いと胡瓜の浅漬けがついた鰻重の上が1,380円で、まずますの味だった。
2007年9月15日(土)
犬と歩けば・ふたたび 722
9月15日(土) 晴れ

 全員が60歳以上の我々は、誰もその言葉がわからなかった。私なんか(日本語だとなんていうの?)なんて聞いちゃった。
 私たちの油絵サークルは、今年丁度10年目にあたる。そこで今月末に、花の美術館で「グループ展」を開催することになった。花の美術館は、交通の便が悪くて部屋は狭いが、無料で貸して貰える。今日は各自、出展する作品を持ち寄って、題名を申告した。その時、最近入ったばかりで一番お若いAさんが「オウマガトキ」と言ったのだ。
 仲間うちで最初から残っているのは私も含めて3人だが、そもそも市民講座修了後にこの講座を発足させるきっかけを作ったBさんは2年前に病気になり、離脱せざるを得なかった。AさんはBさんの所へ通っている看護士さんで、Bさんに紹介されて仲間に加わったのだ。Aさんが辞書を引いて見せてくれてやっと「オウマガトキ」が「逢魔が時」であり、夕方を意味する言葉であると理解した。パソコンで検索すると、「逢魔が時」はオカルト系で幾つも見つかった。若い人達には、おなじみの言葉なのだろうか?
 所でAさんが「逢魔が時」と名付けた絵は、誰もない畑の向こうに夕焼けの空が拡がっている。それを1匹の白猫が見ているという構図で、なんとなく不気味な感じがしなくもない。他に仏像ばかり描いているCさん、風景が得意なDさん、写実派のEさん、重々しいFさん、ピースボートに乗船したとき撮り溜めた写真を元に描いているGさん、風景でも人物でも緑が素敵なHさんと、様々に個性がある。(絵を描いているときの、無心の時間が最高!)とは、みんなの一致した意見である。
2007年9月14日(金)
犬と歩けば・ふたたび 721
9月14日(金) 晴れ

 今日はまた、蒸し暑さが戻った。冷蔵庫の麦茶に、新しいパックを足しておこうと思ったら使い切ってもうなかった。確か8月に入ってから、60袋入りを買った。今更ながらにこの夏の暑さを思った。
 夕方、サムちゃん達が公園へやって来たのは、いつもより遅かった。サムのお母さんは、ずっとニュースを見ていたと言い訳した。(福田さんに決まりそうね)と言ったら、不機嫌に(そうなったら、また昔の自民党に戻っちゃう)とつぶやいた。サムちゃんのお母さんは年会費1万円なりを払って、麻生氏の後援会に入っているとか。
所で数日前、海のお母さんが疲れているという話しをしたとき、無年金だから大変だと思うと言って、(私もこの所厳しくなってきて、今年は未だ1回もコタの家へ食べに行っていない)と付け加えた。昔(存在が意識を決定する)なんて読んだが、(存在が意識を決定する事もある)と言うのが正しいと思う。サムのお母さんは3Kの低賃金で働いているが、こと政治となるとカッチカチちの自民党支持になる。自民党支持でご自分の矜持を保っているのかも知れない。意外に自民党は貧困層が支え、共産党は生活にゆとりのある人が支持していたりして・・・。
2007年9月12日(水)
犬と歩けば・ふたたび 720
9月12日(水) 雨のち曇り

 最近テレビで「どうしてキレルのか」なんて番組をやっていたと思うが、まさか総理大臣までキレちゃうとはホントにオドロキである。私たちはその程度の総理大臣しか持っていなかったともいえる。家人は、病気説にのって「心身症だな」とか言っている。サムちゃんは(小沢さんは会談を申し込まれていないなんて言うけれど、非公式に何度も言っている。阿部さんは教科書問題も国民投票法もちゃんとやることはやっているのに)と、同情しきりである。
 朝刊に「ホワイトカラーエグゼンプションを家庭団らん法とネーミングを変えろ」と、舛添厚労大臣が述べて制度導入をはかっていると出ていた。大臣は(残業代が出なかったら早く帰宅する動機付けになる)と言うのがその理由。彼は「サービス残業」なんて言葉を知らないんだ。法案を成立させるために「パパ早く帰ろう法案」「バカな課長の下で仕事をするのはやめよう法案」などの呼び変えも提案したとか。
「バカな厚労大臣の下で国民でいるのはやめよう法案」でも出したいね。総理と一緒に、舛添厚労大臣も止めて貰いたい。
  夕方公園の帰りに、自転車の前籠にベルを入れて信号待ちをしていた。(あれ?あれ?)と言いながら知らないおばさんが、自転車の前籠の廻りをグルリと廻って(ぬいぐるみじゃないんだ)と言った。(ハイ、このとおり生きています。)と言って、ベルの顔が見えるように向けてやった。そのおばさんはベルの顔をのぞき込みながら(ふわふわしているからぬいぐるみかと思ってね。アラ、犬にも器量の善し悪しってあるのね。アンタは可愛いわね。)と言ってくれた。私が生んだわけでもないが、悪い気はしなかった。
2007年9月10日(月)
犬と歩けば・ふたたび 719
 9月10日(月) 晴れ・曇りのち雨

 夕べは遅くまでかかって栗の皮をむき、今朝栗ご飯を炊いた。夜は小芋を煮た。14個入って、150円だった。この時期になると蔵王の麓で育った仲間のAさんはいつも、芋煮会の話しをする。聞いている私は、みんなで大きな鍋を囲んでお喋りをしながら飲み、小芋やネギ・蒟蒻・牛肉をふうふう良いながら食べている様子を想像する。美味しそうな匂いまでしてくる。Aさんの話しが一寸得意そうに聞こえるのは、芋煮会を知らない私のひがみかも知れない。
 夕食時に家人は、野菜室に入れっぱなしになっていたスイカを切った。この夏家人が家庭菜園で収穫した、たったひとつのスイカである。大きさはソフトボール位で重さは360g。もっと大きいのもあったが、食べ頃になるとカラスが食べてしまったと云った。家人は、あんまり小さくてカラスも食べ残したスイカをひとつだけ持ち帰ったが、捨てるわけにも行かず、そのまま冷蔵庫に入れておいた。ひと月近く、そのままにしておいたと思う。切ってみると中味はオレンジ色になっていて、結構甘い。然し小さなスイカに、普通サイズの種が沢山付いていたからま、食べられるところは少なかった。でもしっかりとスイカの味はがした。雨が止むと、急に風が冷たくなった。
2007年9月9日(日)
犬と歩けば・ふたたび 718
9月9日(日) 晴れ

 なんやかや用事とぶつかって、今月末に開催される川柳大会準備会に一度も参加しなかった。今日が最後だと言うし、何より私が振り当てられた係は、私とヨネさんだけと聞いて万障繰り合わせて参加した。
参加してみたら、去年の準備会とは様変わりしていた。第一に参加者が少ない。大会を成功させようという熱気が感じられない。タガがゆるんだまま、どうにもならないという雰囲気で、細かな事だけが論じ合われた。(カリスマがいなくなっちゃったからね)と春菜さんが言った。(病院でも家にでも、とにかく酸吸さんがいるというのと、もういないというのは、こんなに違うのね)とAさんも言った。でもまあ、所詮遊びの会であるから目くじらを立てる程のこともない。
 夕方帰宅すると、ベルが犬小屋からいそいと出て来て、散歩に連れてってと鼻を鳴らした。家人は家にいたはずでおかしいとは思ったが、急いで準備をした。ふとテーブルの上を見たら、「ベルの散歩スミ」と書き置きがあった。
2007年9月8日(土)
犬と歩けば・ふたたび 717
9月8日(土)晴れ

 台風は日本列島に沿って北上し、オホーツク海に抜けたと言う。今日は真夏日にもどった様な暑さだった。昨日今日で私の顎から首のアセモが復活した。(ゴミの量は多かったけれど)と、サムのお母さんはにこにこ顔で言った。(風が掃除してくれたお陰で、吹きだまりのゴミを片づけるだけでいいから楽だった。)
 公園でステラ達とあった。身体が弱った大型犬のステラは、乳母車を改造した車に乗せられて、お父さんがゆっくりとおしている。乳母車にはタオルも2本掛けてある。勿論モモとウニも一緒にちょろちょろ付いて歩いている。近くによって(ステラは頑張っていますね)と声を掛けたら(食欲があるから、大丈夫)と、お父さんは答えた。サムのお母さんは(足の所の床ずれ見た?犬でも人間と同じように床ずれが出来るんですね)と言う。大分前から弱っていたステラは、今年の夏の暑さが応えたンだろうとか話した。サムのお母さんが、ウチもどこかで乳母車の古いのを貰っておこうかなんて言い出す。サムが動けなくなったら、オンブも出来ないし、私1人で抱えることも出来ないからと言う。リュウのお母さんが(大型犬は11歳だともう、老衰なんだって)とあっさり言ったのを、サムは大型犬ではないが、辛そうに聞いている。ベルより3ヶ月若いサムは来年1月で7歳になる。未だ10年は大丈夫よ。私の口が、勝手に動いた。
2007年9月7日(金)
犬と歩けば・ふたたび 716
9月7日(金) 強風・雨のち晴れ

 「ベルがさ、犬小屋の中でひっくり返って口まであんぐり開けて寝ているから、どうかしちゃったかと思って覗いたら、鼾かいて寝ていた」家人はおかしそうに云った。所がベルのマイホームは中古で、ドアーがない。夕べの台風では風が強いから、中まで雨が吹き込んでしまう。急いで裏口を片づけて家の中に入れた。これで安心と人間は思ったが、ベルは悪戯をして物置にでも押し込められたとでも思っている様子である。前足をキチンと揃えてお座りして、餌も禄に食べない。暗くしたら漸く手足を伸ばしたが、緊張している様子が伝わってきた。
  雨も上がった今日の夕方、サムちゃん達と市民の森へ入った。梢は未だ大きく風に揺れていた。小枝やどうしてと思うような大きい枝までが折れて、散乱していた。大きくてまあるいのや細長いの、小さいのもみんな未だ袴をつけたまま緑色でぴかぴかのドングリが、いっぱい落ちていた。いつもよりも森の香りが強い。おまけにミンミンやジージー、オーシンツクツクにカナカナまで混ざって蝉が今年最後の大合唱を繰り広げている。そんな山道を、サムとベルは駆け登り降りしているのを見てサムのお母さんは、サムが走り回るのは久しぶりだと言って目尻を下げた。
 公園へ寄って犬仲間と会ってから帰ったが、帰り道ではチロチロと虫の音を聞い
た。
2007年9月6日(木)
犬と歩けば・ふたたび 715
9月6日(木) 雨(台風9号)

 大型の台風が、いきなり首都圏上陸を伺っている。蒸し暑い南風が道路を吹き抜け、街路樹を揺らし片づけ忘れたゴミ箱を転がして遊んでいる。夕方ベルの散歩から帰った時、家人は拾ったと言って、中粒のぷっくりとした栗を2粒ポケットから出した。今年は栗が店頭に並ぶのが遅い。八百屋の兄ちゃんに聞いたら、(この間初めて入荷したんだけど、今日はない)と言われた。2粒の栗は急いで剥いて刻み、ご飯を炊いている途中の炊飯器の中に放り込んだ。
 そんな時Aさんから電話があった。受話器を取って彼女の声を一言聞いただけで、彼女のせっぱ詰まった緊張感を感じた。彼女は夫の過労死を、労災申請中である。労働基準監督署の調査が進むに連れて、あれもこれも不安の材料となる。当たり前の事である。聞きたいことがあって、担当者に電話したのだが今日も明日も明後日も不在と言われた。明日の午後は−時間はハッキリしないが−午後ならいるかもしれないと言われた。取りあえず、明日の午後また電話してみるつもりだが、しつこいと思われないだろうか心証を悪くするのではないかという質問である。彼女はいつもBさんに至れり尽くせりのケアを受けていてなお、不安なのである。
 夫の急逝でさえショックなのに、夫の名誉やこれからの生活を考えて労災申請に踏み切ったとき、遺族(多くは妻)は「立証責任」というとんでもない大きな問題を抱えることになる。『企業は、従業員またはその遺族から労災申請或いは損害賠償のため、企業が保有する該当従業員の記録を請求された場合は、すべて開示しなければならない』という法律が欲しい。
2007年9月5日(水)
犬と歩けば・ふたたび 714
9月5日(水) 雨

 台風が近づいている。明け方から何度も突然土砂降りの雨が降った。ガスの検針人が来たときも、宅急便が来たときも郵便屋さんが来たときもそんな時だった。(この雨じゃあもう上がろうかと思うと、止むんだから・・)夕方公園であったサムのお母さんは言った。大きな雨と言っても雨ぐらいでは仕事は止められない。雨の合間の公園にはサムちゃん達しかいなかった。犬たちを放してやっても、まとわりついて放れない。まあ蒸し暑いせいもある。公園を半周した頃また雨が落ちてきたので、ベルを自転車の前籠に乗せて急いで帰った。処方して貰った痛み止め、化膿止めと胃薬で歯痛は大分落ち着いてきた。その代わり胃とお腹の痛みが強くなって、今日もビデオと本を読んで過ごした。お腹の痛い時に良く本なんか読んでいられると疑う向きもあるだろうがどうして、週刊誌並みのゴシップは、気を紛らわせる最上の手段である。然も取り上げているのは紫式部と藤原道長という、歴史上の大スターである。なんという本かというと大野晋著「源氏物語」。私はあの源氏物語を読もうと思ったわけではなくて、日本語のタミール語起源説を唱える大野晋氏の本が面白くて追っかけていたのである。これがあたった。源氏物語の仕組みはどうなっているのか。想定読者は何処か。紫式部とはどんな女性でどんな人生経験をしたか。時の最高権力者道長とどんな関係があって、それは何時どんな原因で壊れたか・・を、生々しく推理してある。
その推理の仕方も学者らしく、紫式部日記のある時期を境に肯定的否定的形容詞・形容動詞の数を数え上げてその論証としている。道長にとって、紫式部は多くの女の1人でしかなく、利用され(遊ばれて)捨てられた紫式部のうめき声を拾っている。そしてこの経験が後の源氏物語にどう反映していったか迄、推理してある。へーえ、源氏物語って、そう言う本だったのと、今頃知った。
2007年9月4日(火)
犬と歩けば・ふたたび 713
9月4日(火) 晴れ夜雨

 昨日の内に出かける用意はしてあったのだが、今朝起きてみるとそんな体調ではないと自覚して、川柳句会を休んだ。投句は春菜さんにFAXで送った。春菜さんはみんなに(顔が2倍くらいにぱんぱんに腫れたなんて、見てきた様に)大げさに言ったらしい。正さんが(結構歯をグリグリ削るのは面白いからね、その辺の医者に行かないで大きな病院に行った方が良い)と、訳のわからない事を言ったとか。正さんが現役の歯医者でも絶対にかかりたくないな。
 そんなわけで、寝ころんでビデオ「善き人のためのソナタ」を見た。既にマグノリアさんが映画欄で書かれているように、東ドイツでのお話である。24時間監視盗聴されている劇作家が、西側の新聞に東側の実情を曝露(自殺者が余りに多いので統計数の発表を止めたこと。また自殺者を自己殺害者と呼び、犯罪者の印象を与えた)する。その事がばれそうになるが、盗聴していたシタージ(国家保安省)の役人に救われるというお話である。一種のおとぎ話かなと思ったが、ハッピーエンドはホッとする。
2007年9月3日(月)
犬と歩けば・ふたたび 712
9月3日(月) 晴れ

 1週間痛み止めを飲み続けて我慢し、やっと来ました診察日。なのに歯医者は(腫れているから手はつけられない。バッファリンでは利かないから)と言って、3日分の痛み止め・化膿止め・胃薬を処方してくれた。上の1本の歯根部が炎症を起こしているのだそうで、今頃は夏の疲れが出てくる時期だから理由もわからずにそんなことがあるのだという。とにかく継続して観察すると言う。私はもう上も下も胃もみんな痛い。腫れて垂れ下がった頬をソッとかばいながら、(私は夏だけでなくて、人生にも疲れていますから)と言った。先生はニヤリとして、(ますます元気に見えるよ)と言ったが、受付の先生のお嬢さん(色白でおっとりとしていて全く父親に似ていない)は、顔をあげてビックリしてこちらを見ていた。そう、そこに1年も座っていれば、お嬢様も良い人生経験を積むことが出来ると思う。とにかく1週間も痛みを我慢したのに未だ続くのかと落ち込んだが、薬局のお姉さんが親切にしてくれたので、少し気が晴れた。
 世の中は、私の歯痛よりも悪化している。(ナニ、また農水省か?)なんて科白は日本中津津浦々で言われたと思う。それに今晩の与謝野長官の記者会見も、不思議だった。記者が、総理が大臣を指名する前に(大臣候補政治家と金の関係に付いての調査はどうなっているかを)健康診断は誰がやるんですかねという言い方で質問した。しばらくして長官は「医者でしょう」と、答えたのだ。与謝野長官も全く「危機管理」が出来ていないと、おばさんだって思うね。
2007年9月1日(土)
犬と歩けば・ふたたび 710
 9月1日(土) 曇り

 昨日、ウチの近くにビデオ屋がオープンした。ベルのかかりつけ医者の並びである。夕方寄ってみたら未だ大にぎわいで、入会申込みも順番待ちである。10人位いる受付の人も申し込む人も若い人ばかりで、私は際だって高齢者である。つまり当てにされていない客層なのだ。私の番になり、ジャニーズ系の色白で軟弱なアンちゃんが次々と早口でマニアル通りに口上を述べる。私は既にイメージトレーニングは出来ているから(要するに何回か経験している・・)なんなく彼のテンポについて行く。
隣りに座って手続きしている若い男性と大差はない・・と思う。仮のカードを貰って、2階の貸し出しフロアーに上がった。去年の初冬、行きつけのビデオ屋が撤退したあと、ビデオ屋を覗くのは久しぶりである。見たかったのがあるある。最近マグノリアさんの「映画欄」で見た、(善き人の為のソナタ)も見たい。さて借りる時になってハタと困った。貸し出しは全部DVDなのだが、わが家にはビデオデッキしかない。よくしたもので、受付の横にちゃんと「広告の品・DVDプレーヤー」が山と積まれている。3,800円。値段はよし。だが持って帰って自分で接続出来るだろうかと、不安がよぎる。見本品の後を見たら、電源の線が1本と黄色・白・赤と塗り分けられたジャックがまとめて1本あった。多分私にも出来るだろうと見当が付いた。それでも心配でお金を払うときに、丸顔の少年に尋ねた。彼は笑って、説明書もあるがそれでもわからなかったら電話をくれれば教えると言ってくれた。ま、年寄り向けのリップサービスである。ま、そんなこんなでわが家もDVDが見られるようになった。
2007年8月31日(金)
犬と歩けば・ふたたび 709
8月31日(金) 曇り一時雨

 歯が痛む。火曜日に歯医者へ行ったときは、かみ合わせでぶつかるところを少し削って後は写真を撮った。後で腫れてくるかも知れないとは言ったが、痛むとは言わなかった。親切に、痛んだらいつでも来いと言ってくれたが、歯医者もこの週末は夏休みである。
サムのお母さんは、ほっぺたに梅干しひとつ入っているようだという。自分ではそれほどとは思わないが、幾らか腫れている。家人は、腫れてはいないが全体が垂れ下がっているという。フン、何を抜かすかこのじじいめ。余程目が悪くなったのに気が付かないのだ。
 口の中が熱っぽいので冷えたヨーグルトを食べていたら、向こうからベルが物欲しそうな顔で見ている。ひとさじ手に乗せて鼻先へ出した。ベルはこちらの顔を見ながら、注意深く舌の先でチッとつついて味見をして、次は迷わず舐め取った。ベルの舌は温かいのに、こんな冷たいものをよく食べるなと感心しながら二人で食べた。さすがのベルもこの夏の暑さで、すっかり食欲が落ちて餌を食べなくなった。然し、フィラリヤの薬とのみ取り薬を付けて貰うのに病院へ行って体重を量ったら、わずかだが先月よりも増えていた。(そうなのよ、べる。私もせっせと食べないようにするけれど、どういう訳か体重は減るどころか増えちゃうのよね)と、教えてやった。
2007年8月30日(木)
犬と歩けば・ふたたび 708
8月30日(木) 曇り一時雨

 ワイドショーで賑やかな「朝青龍問題」。今は故郷での温泉療法(?)に入ったと言うから、治療の効果も上がるだろう。所で私は、今回の騒ぎでひとつ疑問があった。そもそもの発端、夏巡業休場届に添付した「診断書−左肘靱帯損傷と腰部の疲労骨折」は誰がどんな経緯で書いたのかという謎である。新聞の特集記事(8/29毎日朝刊)を注意深く読んでみた。それには相撲診療所吉田博之所長・担当高木洲一郎医師・平石貴久医師・本田昌毅医師・協会指定精神科医今坂康志医師と5人名前が出てくるが、その事にはふれていない。週刊誌などでは、既に発表されているかも知れないが・・。
 所で今日、電車の中で丸山才一のエッセイを読んでいたら、「相撲と和歌」という下りがあった。そもそも相撲は宮廷行事であり和歌と縁が深いという。その説明があった後、相撲の年寄り名が(春日野・九重・宮城野・片男波・放駒)などと優美なのはその名残であると推測している。更に今後も外国人力士が増えることが予想されるが、問題は日本的な美意識を何処まで教えることが出来るかが大事であると言っている。具体的には黒澤明小津安二郎の映画を見せたり、歌舞伎や寄席に行くとか百人一首のカルタ取りをやるのも良いと言う。そうかも知れないが、一般日本人もなかなか出来ないことをやろうと云うのは大変ですね。外国人力士さん。
2007年8月29日(水)
犬と歩けば・ふたたび 707
8月29日(水) 曇り

 昨日の昼過ぎ「千葉市役所福祉課ですが、えー○○さんいますか」と電話が架かってきたとき、区役所の福祉課だろうに変だなと、違和感があった。まして家人の名前が違う。何度も間違えてこちらから助け船を出したら、そうですなんて言う。電話を掛けてきた相手の名前を聞いたら「えーと、石川です」と答えた。更に何の用件かと尋ねたら「本人に直接話す」という。話し方が乱暴で、公務員とは思えない。電話を家人に代わってから、私は近くで話しの内容を聞いていた。後から聞いた電話の内容は「昨秋73,800円の還付金通知を出したが未だ請求が来ていない。もう請求期限は切れているが登録番号を記入してくれたら未だ、間に合う」と言ったらしい。それから登録番号とはなんだとかやりとりがあった後、先方は「ケータイ電話で云々」と言うので家人が、ケータイは持っていないと答えた途端、一方的に電話が切れたという。これは老人家庭を狙った「振り込めサギ」に違いない。然も、おとりの金額から言って、こちらの年収が少ないことも調べ済みである。年金一覧表が流出しているに違いない。
 直ぐに千葉市役所にこれこれこういう電話があったと連絡したら、最近同じような事例の報告が数件あったと言う。書いていて今思いついたのだが、市役所は「光化学スモック」のお知らせのように、「只今、花見川区で市役所福祉課を騙った振り込めサギがありました。皆さん注意して下さい」と放送を流してはどうだろうか?
2007年8月28日(火)
犬と歩けば・ふたたび 706
8月28日(火) 晴れ

 夕方の公園に着いたのは、5時半頃だった。サムのお母さんが(飲む?)と言って缶チューハイを差し出したが、(歯医者に行ってきたばかり)と言って、断った。あれ、なんだかもう酔っぱらっているかな?と思ってあたりを見回したら、ナナちゃんのお父さんも海のお母さんもそんな感じだ。たまにしか来ないワンタのお母さんも芝の上に座って(なんだかこういうのもいいわねぇー。うん、こんな一寸した事でも楽しい)と、殆どわめいていた。それにサムのお母さんは自慢の一眼レフカメラを首から下げて、合間に犬たちを撮影している。そう言えば数日前、犬仲間で夕方から月食が始まるから月見をしながらみんなでいっぱいやろうという話しが出ていた。然しその後、生憎と曇りか雨になると予報が出たので、その話しは流れたのかと思っていた。(雲の切れ目から見えるかも知れないよ。これからだよー)とサムちゃんはわめいている。ハナちゃんにりょうくん、エマちゃんご夫婦もやって来て、一層賑やかになった。犬たちはふんだんにおやつや餌を貰えて、どうしたんだろうかと(多分)思っているに違いない。涼しい風も少し吹いてきてベルは、もうじき3歳になるピーグル犬ワンタを散々追いかけ回した。ワンタがお腹を出して参ったサインを出しているのに、攻撃を止めないベルを見てサムが飛んできて制止した。サムはナナちゃんのお父さんの膝の中に入って甘えていても、ちゃーんとあたりの様子は見ているのだ。
私は帰りに獣医へ寄る都合があったので早々に切り上げたが、みんなはどうしたことだろうか?
2007年8月26日(日)
犬と歩けば・ふたたび 705
8月26日(日) 晴れ

 昼間、新聞の集金が来た。このお爺ちゃんは元は新聞の拡張員をやっていたのだが、この春頃から集金担当になった。前の人が入院してしまったからだと言った。今日も暑い。拭う汗を見て、思わず麦茶を1杯差し出した。以前は拡張員と言っても、強面の凄味があるわけではなく、色白で丸い鼻に愛嬌があって何となく憎めない。麦茶を飲みながら世間話をした。彼はこのあたりの200軒を担当していると言った。
そのうち2軒は(亭主が留守だとか、銀行へ行っていないとか言い訳して)どうしても払ってくれない。新聞は3ヶ月不払いが続いたら配達を止め、同業他社にもその情報を流すとか。
 所で旅行は何処でしたかと、聞かれた。チベットから帰ってしばらく、玄関先に旅行カバンを置いたままにしてあったのを見ていたらしい。《「イワタニ」という会社をご存じでしょうか?私はそこにいたのです。北米と東南アジアは随分廻りました。》じゃあ英語はぺらぺらですねと問うたら、まあ、それは商売道具ですからと答えた。「イワタニ」で直ぐに思い出すのは鍋料理で使うガスボンベだが、関連商品はエネルギーから食料品まである。ここにも戦後日本の経済発展を支えた企業戦士がいたのだ。然も東南アジアへ武器ではなく、生活関連用品を売り込みに歩いたのだ。経団連だったか日経連だったかの役員が、外国で商売をするのに憲法9条がとても役に立ったと発言していたのを思い出した。
2007年8月24日(金)
犬と歩けば・ふたたび 704
8月24日(金) 晴れ

 午前中は爽やかな風も吹いたが、ベルは食欲がなくぐだぁーっと伸びている。でも食欲がないのは他の犬たちも同じようで、サムちゃんの親も、りょうもナナも私もカリカリを沢山公園に持ってきた。犬たちは公園に集まると一転、いつもの犬たちになるのだ。サムなんか家では見向きもしなかったドッグフードの袋の中に頭を入れて食べた。そんなわけで犬たちは、餌を持った人の廻りにグルリと並んで座り、次々と餌を貰って食べた。そんな取り込み中でも、仲間ではない犬が近くを通ると、ベルは真っ先に威嚇して吼えた。
  帰り道サムちゃんが寄ってきて、ボソボソと言った。仕事で使う除草剤が、住民との間で問題となり全社的に使用禁止となった。駐車場の清掃は数年前は1台分百円だったが現在は90円に下げられた。そして今日は、除草剤が使えないので6台分のスペース(金額に治すと90円×6=540円  )を手作業で除草するのに2人で1時間半かかったという。時給になおすと540÷3=180円となる。やっていられないとぼやくのも、もっともである。どんな仕組みで誰がピンハネしているのか。
2007年8月23日(木)
犬と歩けば・ふたたび 703
8月23日(木) 朝雨のち晴れ

 朝刊に高校野球決勝戦、佐賀北の副島がまさに逆転満塁ホームランを打った、決定的瞬間の写真が載ってた。両眼は高く上がったボールをしっかりと追い、口は大きく開いている。防具が邪魔してハッキリと確認は出来ないが、捕手も審判も口を開けて同じようにボールを目で追っている。ネット裏の観客も。もっとよく見ようとこの新聞のホームページを開けたが、この写真は掲載されていなかった。他に数紙を調べてみたが、このような写真はなかった。凄い写真を撮ったものだ。
 スーパーで脂ののった大ぶりの新サンマが1匹150円 だった。夕飯に生姜とにんにくのおろしを添えて刺身で食べると、口の中で甘く解けた。昔からイワシとサンマは庶民の味方だ。勿論塩焼きで大根下ろしとたべてもいいし、圧力鍋で煮ても良い。だか勝手なもので調理法を変えても、3日続くと飽きる。昔々、サンマが豊漁で超安値になると、母は塩と重しを利かせてサンマのぬか漬けを大量に作り、冬になると食卓に乗せた。ぺったんこになったサンマに付いたヌカは洗い落として焼き、焼けた身はほぐしてご飯に乗せてお茶漬けにして食べる。これは毎日食べても飽きなかった。塩と糠の作用で、もうサンマの匂いはなく、味は鮭よりも深くて美味しい。この味が懐かしくて時々物産展などで買ってみるが、変に甘くて(お袋の味とはほど遠く)がっかりするだけ。あと数日で栗も店頭に並ぶだろうか。そうしたら、まずは栗ご飯にする。夕べから朝に掛けて、久しぶりに雨が降った。雨雲が去った空は白っぽくて、秋を思わせた。
2007年8月22日(水)
犬と歩けば・ふたたび 702
8月22日(水) 晴れ

 朝のゴミ出しが終わって一息ついていると電話が鳴った。ごろりと寝返りを打って受話器を取ると(ヘヘ、はるなでぇーす。)と、元気な声が聞こえた来た。(ボランティアの会議があるんだけどさ、もう暑くって行きたくないから、一寸しっぽちゃんの声聞こうかナーと思って電話しちゃった。)しばらく彼女とお喋りをする。この数日、お腹と胃が痛むので治療の予約を取ってから、読みかけの本を取り出した。ベ平連小田実氏の「中流の復興」で、今年の6月10日発行だから、多分彼の最後の本だと思う。話し言葉でわかりやすい。幾つも成る程と思うことがあった。例えば『選挙は民主主義実現の手だてのひとつで、デモもストライキもあればビラを撒くこともある。住民訴訟という手だてもあって民主主義は機能する。』と選挙だけが民主主義を実現する手段ではないと指摘する。日本は先進国としての知識や技術を原爆の小型化など軍需産業に使わず、炊飯器やインスタントラーメンなど平和産業で経済発展を遂げたのは素晴らしい。とにかく「正義の戦争なんてない」。大勢の市民が殺された戦争を経験して(戦争はもうこりごり)という声が「平和憲法」を作ったので、今後日本の進む道はこれしかない。第一テロに備えて軍備を強化すると言っても、油も食料もなくて先の戦争に負けたが、現在はどうか?矢張り食料自給率は下がる一方、石油は外国から輸入している現実に変わりはない−戦争はできない−に、全く納得した。
2007年8月21日(火)
犬と歩けば・ふたたび 701
8月21日(月) 晴れ

 夕方5時半過ぎて公園に行くと、海が落ち着かない様子で芝生広場の端っこに座っていた。そこへいきなりベルが、どーんとぶつかっていったから驚いた海は巨体を揺すって逃げた。毎日暑さでへたっているはずのベルが、公園へ来ると俄然元気になる。食欲も出る。他の犬たちも同じで、ベルに食べさせようと持参したドッグフードを、ナナちゃん、いちごちゃん、ハナにグルメのサムまでが食べた。ベルの3倍はある海が、あわてふためいている様子を見て犬仲間は笑ったが、気の毒なのは海。先年に続いて今年もまた鼻の頭を刺されたという。(こんなに何匹も犬がいるのに、どうして海だけが刺されるのかねぇ)とサムちゃんは言う。海は地蜂のいる芝生広場に来るのが厭なのだが、お母さんは犬仲間とお喋りがしたいので何が何でも連れてこようとする。そう言えばこの前海が地蜂に刺された夏も、暑い夏だった。ネットで調べたら、地蜂は黒スズメバチの事であると書いてあった。更に蜂の子料理はこの地蜂が材料で、炒めたり佃煮風に煮たり、ご飯に炊き込めば「蜂の子ご飯」となるという。聞いただけで喉のあたりがちくちくいがいがしてきた。
 夕方の公園は、強すぎる西風が吹いた。6時半になってやっとサムちゃんは腰を上げて一緒に帰る。もうあたりは夕闇が迫っている。大分日が短くなった。

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