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| 犬と歩けば・ふたたび 600 |
4月17日(火) 雨一時はれ
テロ発生。長崎伊藤市長背後から狙撃される。
ケアハウスの義姉から電話があった。暗い声で「通帳がない」という。あれこれ少し話しをしたが様子がおかしいので、直ぐに行くと答えた。実は金曜日にも同じように「通帳がない」と言ってきたのだが、丁度出かけるときだったので(事務所に聞いてみて。どうしてもなかったらまた、再発行して貰えるから大丈夫)と話して済ませていた。ケアハウスに着いたのは11時半だが、もう食事の時間だった。
義姉の部屋に入ると、ベッドの横には整理タンスからだしたのか、衣類が山になっていて、小引き出しや箱も積んであった。懸命に探していたのだ。取りあえず、いつものように掃除機をかけていると義姉は食堂から直ぐに戻ってきた。目には大きなクマができ、疲れた顔をしている。私は気が付かない振りをして、掃除機をかけ終わると(じゃあどれから調べようか)と明るく言って、小引き出しをひとつずつ点検しながら、いらない物は説明してゴミ箱に捨てた。生命保険会社からの通知も出て来たので、ついでに電話をかけて、来年満期になるが継続は出来るかと聞いた。85才までOKだという。義姉は以前、来年満期になったらもう、継続は出来ないと言って心配していたのを思い出したのだ。その事を伝える。そんなこんなで、しばらく私の作業を見ながらお喋りしていた義姉は、突然「あった」と、叫んだ。タオルや下着を入れてある、透明な4段の引き出しの一番上の箱の中。タオルの下に、国保の納付用紙を挟んだ通帳があった。私が来たときに納めて貰おうと思っていたのだと言った。
ついでなので、いらない書類・郵便の類の整理をして、引き出しも整理タンスも元
通りにして、掃除機をかけた。
朝の雨は止んでいたが風は冷たい。でも義姉を近くのスーパーへ誘って、苺や柏餅を買った。口数が多くなった義姉は(これっと思うような食べたいものがないかな?)と、スーパーの中を見てまわった。私が鯖の鮮度を気にすると、(大丈夫、鯖の目を見て。あれならしめ鯖で大丈夫)と太鼓判を押してくれた。 |
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| 2007年4月16日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 599 |
4月16日(月) 晴れのち雨
今日は雨も降って寒い。テレビの天気予報士は、1日で2ヶ月季節が戻ったと云っている。夕方食事の支度をしながらラジオを聞いていたら「免疫バンク」という、耳慣れない話しをしていた。早い話が、人間がばい菌だらけの世界で生きていて病気にかからないで済むのは、免疫力という強〜い味方がいて、ばい菌を防いでくれているからだという。ところが、加齢とともに免疫力も低下して行くので、いろんな病気にかかりやすくなる。それならば、自分の元気な免疫力を保存して置いて、免疫力が弱って病気になったら戻して病気を治すという考え方らしい。もともと自分のものだから拒否反応はなく、治療法も簡単(点滴で)。既に実施している医療機関もあって、その効果は42%(確か?)とか。だが採取した免疫液(細胞)の保存に、費用がかかりそうだ。お金の話しはなかったが、最終的には−190度で保存、5年間ぐらいは持つという。近い将来「免疫バンク」として、発足する見通しがあるという。
私にこの話しの真偽・効果はわからないが、これはこれで理解できなくもない。でも人間の身体は、他にも沢山の要件で動いているからなーと、思う。 |
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| 2007年4月15日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 598 |
4月15日(日) 晴れ
「今日はサムを連れて行けない」今朝、公園でサムちゃん達にあったとき、お母さんはそう言った。サムのお母さんは、差し支えがないと思う場合は仕事にサムを連れて行く。お母さんが仕事をしている間、雑木林か空き地で遊ばせておいたり昼食の時、施主との話しの種になったりするという。然し今日はお天気だが明日から雨になるので、今日中に除草剤を撒く必要がある。間違って除草剤がサムにかかるといけないので、連れて行けないという訳である。うんうんと私とサムは聞いていたが、ベルはノーテンキにあたりをきょろきょろ見ていた。
テレビで関口知宏の「中国鉄道大紀行」をやったので、見る。これは天空列車に乗った記録なので、7月の旅行に備えて予習というわけ。テレビの一行は、3月31日に空路でいきなりラサへはいった。ラサは高度3700bである。ホテルにチェックインすると、直ぐに酸素パックが渡されていた。しかしメンバーはかなり高山病にやられて、3日間動けなかったらしい。然し私たちは逆コースで北京に1泊、高度2200bの西寧では1日中観光して身体をならす。天空列車の一番高いところ(タングラ5231b)は、眠っている時間に通過の予定であるから、先ず大丈夫とは旅行会社の説明だった。とにかく高山病対策は、身体をゆっくりと動かす事に尽きるらしい。着衣を見てたら、半袖Tシャツから分厚いダウンまで。荷物は衣類が中心になりそうである。ところで今回の天空列車のツアーでは、あとひとり女性を募集していますが、どなたかご希望の方おいでになりませんか? |
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| 2007年4月14日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 597 |
4月14日(土) 晴れ
夕べ大雨が降って、今日は昼間暖かかった所為だろうか、公園の芝生広場に土筆があっちにもこっちにも、にょきにょきと顔を出していた。一つ二つ見つけるとあとは低い夕陽が影を作っていて幾つでも見つかった。私が摘んでいるとナナちゃんのお母さんがあら、あっちにもっと良いのが出ていたよと言って、たちまち片手に乗るくらい採ってくれた。私もおもしろ半分に採ったのは良いけれど、摘んだ土筆をどうしようかと迷った。以前一度だけ土筆を料理したことがあるが、手間がかかるほど食べてどうこう言うものではないとわかった。
ところで新聞屋さんに貰ったスーパー銭湯の入場券があったので、サムちゃんと出かけた。土曜の夜とあって、さすが家族連れで混んでいた。サムちゃんとスーパー銭湯に行くのは2度目だが、サムちゃんはお風呂に入るときもメガネを外さない。見えなくなるからと言うが、メガネをかけたってお風呂の中では湯気で見えなくなると思うが・・。それにサムちゃんは、着ていたものを脱ぐと胸からタオルをまっすぐに下げ、腕でタオルの上部をしっかりと押さえる。そしてそのまま浴室へしずしずと移動する。年配の人でもいまどきこのようなスタイルは珍しい。やっぱりおばあさまの育て方がちゃんとしていたんだと、感心する。私はお風呂で約1時間遊んでからでると、サムちゃんはもう冷や奴に枝豆で大ジョッキを傾けていた。そしてメガネを外して新聞を読んでいた。二人で小一時間飲んで食べてから、夜風に吹かれながら歩いてエマの家へ寄って、夕方摘んだ土筆を届けた。エマのお母さんはとても喜んでくれた。捨てなくて良かった。 |
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| 2007年4月13日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 596 |
4月13日(金) 晴れ
事務所の帰りに、いつものお婆ちゃんの野菜直売所へ寄った。私はルッコラ・蕾菜・野ふき・人参を買った。(野ふきはどうやって食べるのが美味しいの?)と、連れのAさんがおばあちゃんに聞いた。(きゃらぶきにしても良い)と言いながら、大きな箱からお弁当箱を出して開けて見せた。いつもならおかずの一品として入っているきゃらぶきが、残念ながら今日は入ってなかった。でも美味しそうな筍ご飯がしっかりと詰まっていた。(随分沢山入っていたわよね)とAさんも後から言った。やっぱり年を取っても、しっかりと食べるのが基本だねと頷き会った。目の前にいる94才というおばあちゃんは、私には不思議な感じがする。世間では私も結構高齢者なのに、このお婆ちゃんとの年齢差は永遠のような気がする。もう人間を超えた存在に見える。又来るからね。その時まで元気でねと言ってお婆ちゃんの少し曲がった背中をさすった。(はいはい、そんときゃね。オイシーイトマトをご馳走するから)と言ってくれた。
そうそう、夕飯に買ってきたルッコラを食べて思い出したのだが、月曜日に吉高の大桜を見に行った帰りに、タンポポの柔らかそうな葉っぱを摘んできて食べたのだが、ルッコラに似た味がした。 |
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| 2007年4月12日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 595 |
4月12日(木) 晴れ
「国民投票法案」委員会通過。
運動会で、綱引きは好きな競技だった。綱を掴んで座ると自然に(オーエス・オーエス)とかけ声がでる。なぜオーエスなのか知らないが、オーで力を整えエスで、一気に力を入れるこつは自然に覚えた。みんなの力が一点に集中したと感じるとき、綱はぐんぐんと気持ちよく手前に引ける。しかし一旦力が分散したときはもう、一気に前へ前へと引きずられて行く。あのときの無力感は、やるせない。今の社会状況は、あれよあれよと眺めるうちに、まさかまさかと思っている間に、どんどん悪くなっている。綱引きで一方的に引きずられている感じだ。
サムちゃん達と公園を散歩していたら、橋のたもとから子どもを叱る声が聞こえてきた。それがしつこくてなかなか終わらないし、言い方がきついのだ。子どもはと見ると10歳前後の男の子で、自転車に手をかけてジッと下を向いて傍には友達も何人かいる。子どもが可哀相になって、近くに寄ったらなんとかしてやれないものかと思った。暖かくなってから橋のたもとのベンチに座って日光浴をしているお婆ちゃんも「子どもの事だもの。しょうがないよ」と言って、やはり心配している。叱っているのは子どものお爺さんぐらいの位の年令で、サムのお母さんが(ああ、こんにちは)と声をかけた。知り合いらしい。それをきっかけに小言も漸く終わった。サムちゃんは心配していたお婆ちゃんに、(あの人はあの子のおじさんです。身内です。5時過ぎたからもう家に帰りなさいと言ってたんです)と説明した。私には(あの子のお父さんは54才で、つい2,3ヶ月前に心臓で急死したばかりだから、早く家に帰るようにとおじさんが叱っていた)と説明してくれた。(そして、お母さんはインド人なの。男の子の顔を見たでしょう?)とも。世間には、いろいろな事情を抱えた人が暮らしている。 |
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| 2007年4月11日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 594 |
4月11日(水) 曇り午後あめ
電話を取るといきなり(くっくっ)と笑い声がして(あたしよ)と、聞こえた。日曜日に一緒に上野動物園へお花見に行ったAさんである。今日もかなり出来上がっている様子。辛抱強く話しを聞いたら、彼女の家(向島3丁目)から東京駅に行くには、バスが一番便利だとわかった・・という発見を、私に知らせたかったと言った。
彼女は東京へ出て来てはや40年は経っていると思うが、まあそんなこともあるかも知れない。それに次の日曜日に同郷のなかま達と東京駅で待ち合わせて、熱海へ行くとか言っていたのを思い出した。
少し相手をしてから、電話を切った。30分ほどして今度はやはり動物園へ一緒に行ったBさんから電話があった。Aさんが電話してきて、冬瓜は今ならいるから直ぐに電話して年に1回だけじゃなくて、毎月1回ぐらいどこかへ出かけようと誘ってみてと言われて電話したという。Aさんは(Bさんは子どもも孫もいるけどね、あれで寂しいのよ。だからアタシ達で遊ぶのが本当に嬉しいのよ)なんて言ってたが、それは自分のことなんだなとわかった。酸吸さんから郵便が届いていた。川柳雑誌へ提出するのに、私たちの川柳会の選句をお願いしてあったのだ。返事の1枚が、なんだかごそごそするので裏返しをしてみたらなんと、頓服薬の空袋が半分くっついていた。
透明なその袋には、名前と昼食後という文字が見えた。選句できるほどお元気になったけど、やはりどこかで年老いたのかなぁーと、誠に複雑な気持ちになった。 |
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| 2007年4月10日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 593 |
4月10日(火) 曇ったり晴たり
サムに比べたら、ベルの前足は小さくて私の手の中にすっぽりと収まる。そして暖かい。
ベルはたっぷりと遊んで帰り、夕飯も食べ終わって小屋の中でゆったりとしている。
約2週間振りにサムちゃん達と市民の森に出かけた。森の中は青や白のすみれが花盛りで、木々の梢で新芽が揺らいでいた。道に散った花びらに気が付いて見上げると、高く高く山桜が花を付けていた。荒れた休耕田の枯れた葦の間で犬たちが遊んでいる間に、セリを摘んで夕飯の食卓にごま和えにして出した。公園もしばらくお休みしていた間に、例年のように鯉のぼりが小川を渡って12,3匹泳いでいたし、今年はバックネットにも4匹貼り付けてあった。芝生広場で土筆を探していると、(もうおわったよ。ほらこの間の雷が鳴った頃が一番盛りだった)とサムちゃんが教えてくれた。それでも7,8本見つけた。
サムちゃんが言うには、海がお腹の具合が悪く、見て貰ったら腸がただれているといわれて薬を貰ったとか。ところがその数日前、サムのお母さんとナナのお父さんは海が寄ってきたのでササミの大きいのを3枚あげたので、それが原因だとお母さんに言われたという。さらに(私は貧乏人でお金がないから、お姉ちゃんがお金を出して病院へ連れて行った)と言われたと、憮然とした。 |
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| 2007年4月9日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 593 |
498日(月) 曇ったり晴たり
昨日のつづき。かなり丸くなった背中に度の強いメガネを掛け、渥美清の運転手だったと騒いでいるじいちゃんの近くには、他の客もいたのだが誰も関心を示さない。第一私の連れのAさんもBさんもそっぽを向いて煙草を吸っている。そうそうこの二人は大酒飲みの上、ヘビースモーカーである。(二人ともこの癖は、職業病と言えなくもないが。)そんなわけで、唯一関心を示す私の所に出向いてきて話を続けた。ま、他にもお客さんがおりますけどねとかもったいを付けて、寅さん映画でよく知られた口上(結構毛だらけ猫灰だらけ・・)を、言って見せてくれた。とても上手いとは言えないが、花見時であるし拍手をした。するとまたまた話が続いた。彼は16年運転手を務めて、退職金を300万円貰ったという。受け渡し場所は靖国神社。
そこで待っていると寅さんこと渥美清がふらりとやってきて、(世話になったな。じゃこれ)と札束を渡してスッと消えたとか。何故靖国神社なのかと聞いてみた。
(ああ、あすこもね。何度もロケした思い出の場所なんです。)これからそこへ行くと仰る。私は特に寅さん映画のマニアではないから、どのシーンがどうだったなどど詳しくはない。しかし、先だってBSで繰り返して寅さん映画全編を放映したので、有名なのは見ている。靖国神社はなかった筈だがと、あれこれ思い出してみた。靖国神社と名前を出さないで使った可能性はあるが、寅さんと靖国神社は似合わない。だがマテよ。そうは言っても寅さんの生みの親は恥ずかしげもなく勲章を貰ったではないか。寅さんではない渥美清個人は靖国神社が好きだったのかも知れないなどと悩んでいると、(で、おじさんは運転手の前はなに商売だったの?)とAさんが聞いた。
(アタシはね、噺家。馬生についていたの)それを聞いて、成る程と合点した。お爺ちゃんの口元は左上にたった1本歯が見えるだけで、あとは歯茎だけの歯なしだった。 |
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| 2007年4月8日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 592 |
4月8日(日) 晴れ
昨日の朝、電話があった。(忘れていないでしょうね。明日よ。大丈夫ね。)と、向島のAさんから確認の電話があった。もう1人Bさんと3人で、年1回のお花見会をやっている。今年は上野動物園へ行こうと提案したところ、二人とも喜んで飛びついた。
Aさん家へ着いたのは10時前だったが、Bさんは9時には来ていたという。(うれしくって夕べ寝られなかったんだって)とAさんはにやにやした。墨提を歩きながら、浅草のデパ地下へ花見弁当を買いに寄る。墨提の桜は未だ残っていたが、屋台は解体作業をしていた。次はレガッタよとAさんは言う。下町にはつぎつぎと楽しみがある。
動物園に着いたのは11時半。入って直ぐに表門広場のベンチで、買ってきた弁当を拡げた。大きなテーブルの端にはひと組の男女が座っていたので、挨拶をして座った。ビール大好きのAさんは、500ccの缶ビールを3本買って来たので早速それを美味しそうに飲んだ。つまり持ち歩くのは重いので、早くお腹に入れてしまおうと言うわけ。すると先着の男性が(良いですね。私は病気で飲めないから)と、声を掛けてきた。いろいろと話してみると、アル中で身体をこわして、断酒して数ヶ月だという。女性は妻でやはり同じ病気だという。Aさんが(まあ、夫婦で何と付き合いの良いことか)と言うと、病気になってから知り合って結婚したのだという。私は何となく緊張して言葉が出なかった。私たちは屋根のあるベンチに座っていたのだが、近くの腰掛けに座ってやはり弁当を使っていた年寄りが、(私は16年渥美清の運転手をやっていた)と周りに聞こえる声で言っている。そしてその座っている場所は、寅さん映画の思い出の場所なのだという。寅さんがそこに座っていると左手(つまり入り口)からさくらの倍賞千恵子がやって来て(お兄ちゃん、急に電話で上野動物園にいるって言うから、急いで来て探したのよ。)と、言ったのだそうである。つづく。 |
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| 2007年4月7日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 591 |
4月7日(土) 晴れ・夜あめ
午前中は仲間と、年に一度の味噌の仕込みに行った。長い台を挟んで今日は12,3人のおばさん達が集まっていたと思う。いや、小さな男の子を連れた若いお母さんを1人見た。4,5才の彼ははじめ、ちょろちょろ走り回っていたが邪魔だと叱られてからは、椅子を並べた上に寝ころんでふてくされていた。その子に3回、落ちてくる袖をたくり上げて貰った。彼は2回まではただ、長袖を上の方にずらせただけだったが、3回目にはちゃんと折り返してくれた。他の人達がみんな帰って、店の人2人と私たち3人は手を動かしながら世間話をした。味噌作りは店の人があらかじめ大きなボールの中に用意してくれた塩と麹を混ぜ合わせ、更に大豆のゆで汁・大豆を茹でて潰した物を混ぜる作業なのだが、それだけで手の甲がツルツルになった。で、私たちの話題は当然、大豆の茹で汁となった。店の人は「とうず」を知っているかと聞いた。とうずは大豆のゆで汁に麹や大根などの野菜を漬け込んで発酵させ、その汁を調味料として使う。郷土の味であるから、馴染んだ人はとても美味しいと言うが(私も一度だけ試したことがあるが)今風な味ではない。所で大豆のゆで汁は貰いに来る人にはあげるが、大半は捨てるという。私たちはイソフラボン(広告で知っているだけ)が入っているのだから、お風呂に使えば美肌間違いなしと提案した。 |
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| 2007年4月6日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 590 |
4月6日(木) 曇りのち晴れ
昨日からパソコンのネットが繋がらない。今朝サポートセンターへ電話で相談して、ルーターとパソコンをつないでいるケーブルを取り替えてみた。話は前後になるが、わが家は光通信に乗り換えたとき、ルーターで2台のパソコンに分けた。1階にある私のパソコンは繋がらないが、2階の家人のは何ともないのだ。そこで私のパソコンとルーターを繋いでいるケーブルを疑った。然し、ケーブルを新しいのと変えても繋がらない。またサポートセンターのお姉さんに(運良く同じ人に当たった)相談すると、私のはウインドウズ98でルーター用の口を新しく開けたと思うので、パソコン側の押し込み口に問題がありそうだと言う。近くの量販店で相談したら、持参すれば見てやるという。見て貰うとやはり(パソコン側に問題がある。繋がったり切れたりの状態であるが、これ以上は手を出せない。メーカー品ではないので修理にも出せない)と、冷たくいう。わかった。やむなく新しいのを購入した。この際デスクトップも液晶のを買った。5年ぐらい使えば仕方がないですねと言うと店員は、いやあ7年は使っていますよなーんて、誉めてくれた。
覚悟を決めて少しずつデータを移そうと接続して電源を入れてみた。・・ララどうしたわけか、繋がったのだ。気の変わらないうちに日記を書いて送ってしまおうという魂胆です。これからしばらく、お休みの日はパソコントラブルだと思って下さい。 |
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| 2007年4月4日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 589 |
4月4日(水) 曇りのち雨・夕方雷
夕方、いきなりの雷雨で、ベルも尻尾を巻いて小屋に入ってしまった。東京千鳥ヶ淵では満開の桜に、雪が降ったという。
いつもの床屋に行くと、おかみがなんとなく華やいで見えた。どうしてだろうともう一度眺めると、髪型が昔はやったボブスタイルになって化粧もかわった。それを言うとダンスのデモンストレーションに出るので髪を伸ばしているからだと言った。種目はラテンできわどい振り付けがあると言ったが、実演して見せてはくれなかった。
発表会は夏なので、夏休みで1日ぐらい店も休めるから良いが、問題は費用だと言う。チケット1枚2万円だと思っていたが3万円で、5枚は買うように言われている。うちのお客さんでダンスの先生がいるから聞いてみたら、振り付け代とか講師謝礼とか最低32万円だって言うの。衣装代もかかるのではと、私。そうなの。だからね、お兄ちゃん(フーンいつの間にかダンスの先生を、お兄ちゃんと呼ぶようになったのだ。)に言ってあげたの。32万円って言えば、ざっと100人散髪しなくちゃならないって。そしたらそれを言われると弱いって。お兄ちゃんも元床屋だから。私は顔そりの最中だから、無言。この間大会があってね、お兄ちゃんが優勝しちゃったの。その時のビデオがあるけど、ああメガネを掛けないと見えないか。(とは私の事であるが、別に私は見たいとは思わないのだが。)顔そりとカットが終わって、私はメガネを掛けた。次の人が待っていたが、女将はセットしてあるビデオのスイッチを入れて、お兄ちゃんのダンスを見せてくれた。さすが足が長くて恰好がいいわねと言った。まあ、チップ代わりだ。そうなの180はあると思うと言った。 |
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| 2007年4月3日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 588 |
4月3日(火) 雨
毎月第一火曜日は、川柳句会の日。先日のお花見でのことがあるからか、歯なし元歯医者のAさんはぐっとうち解けた感じで、シワだらけの口でおかしな事(文字にするのははばかれる)を言って笑わせてくれた。記憶力は抜群なのだ。私が笑っていると春菜ちゃんが(なになに)と聞いてくるので、教えてまた二人で笑う。するとその隣のやほちゃんがまたまた(なになに)と聞くので、笑いがどんどんと伝染していった。楽しく句会が終わるときになって、昨年入ったBさんが突然「私はこんなに一生懸命やっているのに、どうして1句も選ばれないのか」と、気色ばんで叫んだ。近くにいたやほちゃんは(Bさんは句会の途中からずっと、ぶるぶる震えていた)と言った。ちえこさんは(あら、あたしなんかしょっちゅうよ)といなしていたが、講師はそうはいかない。なんとむべちゃんや春菜ちゃんに(どう思いますか?)などと振った。それまでゲラゲラ笑っていた二人は緊張し、言葉を選んで感想を述べた。二人とも具体的で、暖かく思いやりのある助言だった。私は頭を下げて、講師と視線が合わないようにしていた。
句会が終わってから例によってラーメンを食べながら、私たちはあれこれとBさんの事を話しあった。結論は(更年期かなにかで)精神状態が不安定になっているのだろうで、一致した。この所真夏日だったり、今日のように寒かったりで陽気がおかしい。そのせいか私の句は「とぶ」「うきうき」とも、天に選ばれた。
◎持ちかえて 母の爪きる 昼下がり ◎へそくりで 掛けた保険の 満期来る |
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| 2007年4月2日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 587 |
4月2日(月) くもり
家人も幾つものサークルに関わっているので、いろいろなお年寄りから電話が架かってくる。然し私の交友関係の方が、年令が若い。電話を取った時、そのお一人だろうと思ったら酸吸さんだった。全然声が違うし、話し方も何時もと違う。内容は明日の句会に参加しようと思っていたが、行けないと知らせてきたのだった。睡眠薬のせいか(ステロイド剤の副作用で、眠れないので使用)頭がボンヤリとして、互選句を見ても言葉が浮かばない。歩く訓練をしているのだが、足が上がらないので、やはり今回は無理だと悔しそうに言った。川柳が好きで川柳が生き甲斐で、自前の句会をここまで育てあげたのに関われない悔しさは痛いほどわかるから、軽く慰めなんて言えなかった。何時までも待っているからとだけ返事をした。
メールを開けたら、しばらくお目にかからなくて、どうしたかなと思っていたAさんからで、入院されていたという。昨日の花見に病後に参加したAさんのこともある。なんだか私の周りが大きく変化している。
『この秋は何で年寄る雲に鳥 芭蕉』
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| 2007年4月1日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 586 |
4月1日(日) 晴れのちくもり
今日は小さなウソを付いても良い日、エイプリルフールである。でもこの頃はちっとも流行らない。政治屋のうそ、お菓子やのウソ、原子力発電所事故のうそと世の中にウソが溢れているから、影が薄くなって当然という訳か。
いつもの佐倉城趾公園で、私たちのお花見会を開いた。桜は夕べの雨に洗われて、満開の見頃。花の下も大小宴会が花盛りだった。1時頃、退院して1週間ぐらいのAさんが現れたので、みんなは驚いた。勿論アルコール類は御法度の筈で、花見に来ても飲めないのでは、参加しないと思っていた。いや本当のことを言えば、飲む飲まないよりも体調がどうなのか、後遺症はどの程度か分からない私たちは、ただ心配していた。でも胡座をかいて座り込んだAさんは黒ビールを取った。Aさん曰く、医者はアルコール類はダメだとは言わなかった。ただ何かを食べてから飲むようにと注意されたというのだ。私たちにその真偽のほどは分からないが、取りあえず飲んで貰った。Aさんは入院中に「言語訓練」を受けたが、訓練士は30才ちょっとのそれは美人で、二人きりで過ごした時間はとても充実していたとにやにや思い出し笑いをしていた。 |
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| 2007年3月31日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 585 |
3月31日(土) 晴れ・夜雨・強風
旅行の説明会が、今日だった事をすっかり忘れていた。例の中国の「天空列車−西寧・ラサ間の列車に乗って」チベットまで行く旅である。そんなわけだから勿論書類一式は持っていなかったが、郵便局のATMに走って5万円の申込金だけは払った。
旅行会社の人が説明し、受付の手続きをしてその後飲み屋に場所を替えて、顔合わせがあった。この仲間は1980年に中国が門戸を開放した後1983年にはじめて中国を旅行して以来、ほぼ2年毎に中国各地を歩いている。私は1995年に、一度参加したことがある。その事を言うと、何人かの方が私を覚えていて下さった。何故かというとその時一行の中で私1人が伸びてしまい、その為に参加した山峡船下りの間中熱を出して寝ていたからである。それ以来中国は何となく苦手となったが、今回のこの企画には是非載りたい。年令から見て最後のチャンスと応募したのだが、参加者の顔ぶれを見てびっくりした。70代と思われる方が、幾人もいらっしゃったからである。お元気な人は元気なのだ。参加者は、女性13人男性7人の総勢20人である。前回のことがちらちら頭をかすめて弱気になるが、ええいなるようにしかならないと、自分を励ました。 |
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| 2007年3月30日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 585 |
3月30日(金) 雨・晴れ
川柳句会合同のお花見会で、浅草・隅田川河畔へ出かけた。8時を過ぎる頃、雨はひどい本降りとなってきたが、浜離宮へ到着したときにはすっかり晴れ上がった。5656会館で昼食の後、自由行動となる。何となく村上の仲間が連れ立って仲見世を通って土産を買い、吾妻橋に戻って河畔の桜を眺めながらそぞろ歩いた。雨に洗われた満開のさくらはういういしい。折から春休みで、人出も満開。(あれは鴬かしらメジロかしら)桜の木を見上げて、春菜ちゃんが言うので、みんなで梢を見上げた。小鳥が2羽せっせと花の茎の部分をかみ切っては落としている。メジロよと、でもなんであんな所を囓るのかしらと誰かが言った。ハラハラと落ちてくる桜を手に受けて、その軸部分を舐めてみた。意外や意外、とっても甘いのである。ねえねえ、ほらほらとみんなにも舐めさせると予想以上の甘さにみんな驚いた。それならと、たみこさんが満開の花をひとつ摘んで舐めてみたが、ちっとも甘くないと言う。うーん、きっと小鳥は甘い花を見分けているんだと、みんなで納得する。仲間内で一番の高齢者は83才のAさんだが、身体の動きはしっかりされている。歯のない歯医者のBさんは、見ているとどうも足下がおぼつかない。人混みで、一寸押されたりしたら倒れてしまいそうな歩き方である。右足がまっすぐ前に出ないのである。私はBさんの右腕をとって、歩いた。Bさんは(ムニャムニャ・・の歌詞に花びらが散るって所があります)と言う。良く聞いてみると「港が見える丘」(♪あなたと二人で来た丘は港が見える丘 色あせたさくらただひとつ 寂しく咲いていた 舟の汽笛むせび泣き ちらりほらりとはなびら あなたと私に降りかかる 春の午後でした)である。腕を組んで歩きながら、二人で唄った。2番も唄った。次ぎに流行ったのは山本リンダでしょうと言うので、今度は(ウーララ、ウーララウーラウラヨ・・)を唄い、ピンキーとキラーズ(わっすれられないのお・・)ひばりの(悲しい酒)も唄った。Bさんは、せりふの部分もしっかりと覚えているのである。帰りのバスの中で千恵子さんが笑いながら(二人を見ていてAさんが俺の方が年上だと思うけどな、と言っていたわ )と教えてくれた。次回はAさんと腕を組まねばならないらしい。 |
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| 2007年3月29日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 584 |
3月29日(木) 晴れ・強風
千葉の泉自然公園へ仲間とお花見に行ってきた家人に、花はどんな具合だったかと聞いたら、到着時は2分咲きで帰るときは3分位になった。カタクリの花は満開だったと言った。日中は気温が上がってTシャツでも暑いくらいだったが、一日中強い風が吹き荒れた。締め切った家の中にいても、喉にエヘン虫がついてイガイガした。
夕方の公園であったサムのお母さんはしきりとあくびをしていた。珍しい事である。
どうしたのか聞いてみたら、小学校を卒業した男の子の孫がやって来て、二晩泊まっていったとのこと。別に何も特別なことはしなかったんだけれど、なんだか気疲れしちゃってと、また大きなあくびをかみしめた。サムははじめ、この孫ちゃんの家に貰われてきたのでこの坊やとは幼なじみというわけで、再会をとても喜んでいたという。最初はもう、くっついて離れなかったとか。それが夜になっても帰らない事が分かると、様子が変わって来た。サムのお母さんが孫ちゃんと話をしたり、食事や布団の世話などをしているとやきもちを焼いて、いちいち間に割って入ってくる。ある時サムは、自分のおもちゃ箱からボールを持ってきて孫ちゃんにあげた。ボールで遊んでお母さんとは話をするなと言うことだったと、サムのお母さんは笑った。そんなわけでお迎えを待たないで、そうそうに送り届けてきたと言った。サムもストレスが溜まっているから、ベルと遊びなさいなんて言われてもサムは、いつにもましてお母さんの側にくっついて離れなかった。 |
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| 2007年3月28日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 583 |
3月28日(水) 晴れ
千葉市の図書館は今度、自宅のパソコンから本の予約を入れることが出来ると聞いた。
ならば早速やってみようと昨日、いつもの図書館で申し出ると、仮のパスワードをくれた。自宅で仮のパスワードを使って自分のパスワードと取り替えるようにと、教えられた。帰宅して自分のパスワードを登録して、本の予約を入れようと思ったがこれが出来ない。
あれこれ試したが、ダメ。今日また図書館へ行って予約の方法を聞いてみたら、図書館内のパソコンでは出来るが、自宅からの予約は4月に入ってからだという。そう言うことなら、早く言ってよ。改めて注意書きを見たがその事は載っていなかったが、借りた本を返さない人は4月から予約や貸し出しはしないと書いてあった。なるほど。
画材屋がバーゲン中なので、キャンバスと筆などを買いに行った。ついでに足りない絵の具もと思って選んでいると、(今度フランス製のも入れました)と店主が言った。(いやあ、私は上手くないから・・)と断ると、シャガールも使っていた絵の具ですよと畳み込む。色によって値段は様々だが、私の欲しかった「ターコイズブルー」は3割引で千円しないと言うので、1本だけ買った。これを使ったら、少しはいい絵が描けそうな気がした。 |
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| 2007年3月27日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 582 |
3月27日(火) 晴れ
今日の夕方、ベルと一緒に公園の開花状況を見てまわった。花島観音下では、どの樹も幾つか花を付けた。菜の花畑は花数が少なくなったが、未だきれいに咲いている。向こうからチャーミーがお父さんとやって来て、(こんどのよ、どようによ、ウチの町会でよ、ここで花見やんだって)と教えてくれた。きっとその頃は丁度良いでしょうねと返事をした。私たちが話をしている間にチャーミーは、猫の餌を見つけて食べていた。ここは野良猫の集合場所で、(私が見ただけでも20匹は下らないと思う)餌をやりに来るおじさんおばさんが何人もいる。(食べ残さないようにやれっていうんだけんど)と、チャーミーのお父さんは憤慨する。ここんとこまた仔猫が何匹も生まれたという。キャットフードは油濃くて味付けも犬のエサよりも濃いのだそうで、(身体によくねえだから、猫の餌は食べちゃいけないよ)とチャーミーを座らせて、言い聞かせている。(チャーミーは俺の言うことわかるんだよ)振り向いて、私に言う。私は勿論ですと答えた。公園傍の橋の下から猫の声が聞こえて、べると同時に覗いてみたら、大きな猫が2匹も繋がれていた。飼い主は縛られたくなくて自由な生活をしているのに、猫の自由は制限するのだ。 |
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| 2007年3月26日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 581 |
3月26日(月) 晴れ
昨日「能登沖大地震」あり。震源地近くに志賀原発があったことは、すごーく厭な感じがする。バケツの中で起きた東海村の事故でさえ、あれだけの騒ぎとなったのであるから、原子力発電所の事故となると一体どれだけの被害があるのだろうか。専門家の話を聞いていると、日本は構造的に地震が多い・どこでも起こるという。原発廃止は世界的な動きであるが、日本はそんな動きは見えない。何時ものように、大きな犠牲を払ってからでないと、原発廃止に動いていかないのだろうか?こんな事を言うと直ぐに(お前だって、毎日大きなエネルギーを使っているではないか。もう昔の生活には帰れない)と、反論される。然し社会全体の仕組みを、省エネ型に変えて行くと言うぐらいは、私でも思いつく。
勿論被災された人々、特に高齢者や過疎地には同情するし、国や県は直ぐに救援活動を開始してほしいのは言うまでもない。 |
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| 2007年3月25日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 580 |
3月25日(日) 雨のち曇り
サムちゃんに、今日は用事があるとは言われていた。しかし今までは、どんな用事でもサムの散歩の時間に食い込むことはなかったから、電話をかけずに寄ってみた。
もう帰っている筈だと思ったから。ベルが思いっきり甘ったるく鼻で鳴くと、サムが窓を開けてこちらを見たが、サムの様子でお母さんが留守なのが分かった。念のために呼び鈴を押してみたが、やはりいない。サムは窓から顔を出して、しきりに左右を見てお母さんを探した。仕方がないのでサムに事情を話して(サムは、私たちの言うことがわかるのだ)又来るねごめんねと言った。ベルと公園の池に近づくと、聞き慣れない鳥の声がした。丁度教師が体操の時間など生徒を並ばせる時に使う笛のように、甲高い声だ。知らない鳥が来ているのかと池の中を良く眺めたが、いつものように鴨とオシドリしかいない。でもどこかで聞いたことがあるようであれこれ思い出してみたら、キャサリン・ペップバーンの「黄昏」だった。舞台が入り江近くの別荘で、そこからあの鳥の声が聞こえていた。でもあれは海で、確か鳥の名前を「あび」と読んでいたから違うのかも知れない。
雨上がりの遊歩道は人影も少なく、ベルを放してやっても私の周りをうろうろするだけだった。 |
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| 2007年3月24日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 579 |
3月24日(土) 曇りのち雨
ひと雨あって、草花特に菜の花が鮮やかになった。花島観音下の花見川沿いの菜の花畑は、もうひと月以上も楽しませてくれている。坂の上から蛇行する黄色の帯を眺めてよし、近くによって見ても良しとサム、サクラと散歩する。然しここは野良猫の集合場所なので、サムとベルの関心はもっぱら猫の動向である。サクラはと見ると、菜の花畑に鼻を突っ込んで口を動かしている。(そうなの、サクラは菜の花も大好きなの)サクラのお母さんは一寸恥ずかしそうに言った。(へえーそうなの。じゃあサクラお腹一杯食べて良いよ)サムのお母さんはそう言って、菜の花を右手で何本か引き抜いて、サクラにやった。(あら、だめよ。せっかく咲いているのに。これでもサクラは遠慮がちに食べているんだから)とサクラのお母さん。(ウチの庭に植えてある葉ボタンも、狙われちゃったの)という。どうして黒ラブは生野菜が好きなんだろう?いつだったか犬仲間で筍掘りに行ったとき、サクラはほりたての筍を美味しそうに食べていた。そのせいかどうか分からないが、サクラは(オーバー)というかけ声で、公園の梅の幹が分かれしている所を飛べる。サムのお母さんはサムにもやらせようと思って号令をかけるが、サムは??と首を傾げる。お母さんはじれったがって自分でまたいで見せたが、サムは梅の木をぐるりと廻ってお母さんの所へ行った。 |
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| 2007年3月23日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 578 |
3月23日(金) 晴れ
ただ券を貰ったので、Aさんと幕張メッセで開催中の「日本フラワー&ガーデンショウ」に出かけた。盆栽などのコーナーもあったが、殆ど新しい品種の花が展示されている。特に入り口近くのガーベラの色数の多さに圧倒された。感心して会場内を見てまわると、どういう訳かラーメンや梅干し、それにマッサージ機も売っている。
軽食コーナーは休憩所にある。そうそう絨毯も売っていた。でまあ私たちとしては勿論ラーメンの試食をする。一口で食べたAさんは(どう?美味しくないね。)とあっさり言って、隣の店の梅干しに移った。ここの梅干しは美味しいので、戻ってもう1個貰う。Aさんに(ほら、お茶もあるわよ)と促されて、昆布茶を飲んだ。紙コップの中に残った昆布の切れ端も爪楊枝で取り出して食べたが柔らかくて美味しかった。
かれこれ2時間遊んで、いつものようにJA直売所と畑の中のお婆ちゃんの店で野菜を沢山買い込んで帰った。車で移動して、屋内会場だったのに、家へ帰ったら顔がちくちく頭痛がした。多分花粉がどっさりと飛んでいたに違いない。 |
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| 2007年3月22日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 577 |
3月22日(木) 晴れ・午後強風
定期検診のあと「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」を見ようと、上野に廻った。混雑を覚悟して行ったが、意外とスムースだった。本館でチケットを切られてすぐに、空港のような身体チェックがあり、そのまま行列が始まっていた。私の後ろに並んだ夫婦の夫の方が、「モナリザの時と同じだな」と言った。行列は、目玉の「受胎告知」の前で高低差のある3列の屏風畳みとなっている。少しずつ近づきながら3回見ることが出来る。本物の「受胎告知」は、鮮やかな色彩が意外だった。ガードマンが何人もいて、厳重な警備であるのは言うまでもない。尖った声がしたので振り向くと「あそこの男はさっきからちっとも動かない。ガードマンがちゃんと注意しろ」と言っていた。声の主はさっき、私の後ろに並んでいたご老人である。
本館の展示はこれ1点だけ。第2会場は平成館へと行かされてそこで又、チケットの確認があった。意外だったのは「春の庭園開放期間」とかで、博物館後ろの庭園にはじめて入った。池の両端に立っているふたかかえもある太いしだれ柳が、ほぼ満開だった。庭園のあちこちで「絵を描く会?」の高齢者達が、せっせと筆を走らせていた。
上野公園の桜並木はもう、ロープも張り巡らされてお花見の準備は完了。しかし肝心のサクラはためらっているのか、準備中なのか蕾である。でもお天気は良いしで何組も「つぼみの宴」を開いていた。 |
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| 2007年3月21日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 576 |
3月21日(水)春分の日 晴れ
サムちゃん達と今日もセリ摘みを兼ねて、市民の森下の休耕田へ行った。迎えに行くと、サムは窓から顔を出して私たちを待っていた。サムが飛び出してきてしばらく経って、お母さんが出て来た。赤い顔をして足取りもゆっくりとしている。お彼岸でご主人の友達が来てくれたので、少し飲んだと言った。
休耕田は枯れ草で、歩くたびに足下がぱりぱりと音がする。近くのサクラも呼んで、3匹は走り回り、私たちはせっせとセリ摘みをする。枯れ草に守られて育ったセリは、未だ柔らかくて香りがよい。サムちゃんに(もうそろそろ行きましょうか)と促されても、まだまだもう少しと、粘った。
都知事選には17人が立候補するという。公私混同、傲慢、独善、公金濫用石原知事を落とすためには作戦が必要となる。対立候補が多くなれば票が分散して現職が有利になるのは素人でも分かる。むかし「統一戦線」《とういつせんせん【統一戦線】諸党派・諸団体が独自の主張を保ちながら,共通の敵対勢力に共同して対抗する闘いの形態。共同戦線。三省堂
『ハイブリッド新辞林』 》 と言うことがさかんに言われたが、あれはもう死語になってしまったのだろうか。自分だけが正しいと頑なに主張するのは、利敵行為になるとおもうけれどね。 |
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| 2007年3月20日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 575 |
3月20日(火) 晴れ
はるのうららの隅田川に架かる橋は、東京湾河口から勝どき橋、佃大橋、永代橋、清洲橋、新大橋、両国橋、蔵前橋、厩橋、駒形橋、言問橋、その次ぎにX型の桜橋となる。
勝どき橋より下流(?)の日の出桟橋と吾妻橋間を遊覧船が繋いでいて、舟の中から両岸の桜を見上げるのもよろしい。なおこの舟はアルコール類も持ち込みOKで、紙コップも売っている。何故そんなことを知っているかと言うと、かつてここを仲間の花見場所としていた頃、花見の後は言問橋たもとの料理屋で花見の宴を開いていた。
所が飲兵衛達が会費に関係なく幾らでも飲むので、会計担当の私はいつもはらはらしていた。そこで舟の中で持ち込んだ安いお酒で酔っぱらわせてから店に行こうと、目論んだのである。その効果はと言うと、これがあまりなかったのである。
所で今日、東京都心で「開花宣言」が出されたというので、この桜橋の近くに住む友達に電話で桜の様子を聞いて見ると「幾らか咲いている木もあるし、屋台の準備もできているけれどまだまだそんな雰囲気じゃない」という。まあ桜はともかく遊びにいらっしゃいよおー、しばらく会っていないじゃないのと、誘われた。この桜橋の真ん中に、桜の木が植えられていたこともあったがいつの間にかなくなり、モニュメントに代わってしまった。風が強かったらしい。川は風の通り道であり、火の通り道でもあった。だから3月10日の東京大空襲で川に逃れた人々が、水の中にいて火に襲われたと聞いた。 |
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| 2007年3月19日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 574 |
3月19日(月) 晴れ・曇り
昨日墓参りに行って、姉に会った。暮れにやはりここであっているのだが、その顔のしわの豪華絢爛さに驚いた。何時の間に姉はこんなにシワだらけの顔になったんだろうかと、つくづくと眺めた。姉は私の視線に気づいて(なに?なに?どうかしてる)と聞いたので、(いや、歯を治しているって聞いたから)と行って誤魔化した。
姉の顔だけが老けたのではなく、勿論私自身の顔だって10代、20代、30代とどんどん変わってきた。毎日の変化には気づかず、(ある日気が付いたらこうなっていた)とおどろく。顔は見て分かる変化だが、見えなくても心だって変化しているに違いないと思った。自分が自分らしいと思っている内容だって、変わっているはずだ。となると人間は心身共にどんどんと変わる、お化けと言うことになる。
なんてつまらない事を考えたのは、今朝のニュースで新しいプラネタリュウムの事を聞いたからだ。今月24日からオープンする「葛飾・郷土と天文の博物館」
http://www.city.katsushika.lg.jp/museum/index.html(東京葛飾区)で、「宇宙の果てまでの旅」を見せてくれると言うのだ。これは是非とも見に行かなくちゃ。 |
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| 2007年3月18日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 573 |
3月18日(日) 晴れ・強風
お彼岸で、義姉を連れて墓参りに出かけた。暖冬が一転し、今頃になって寒さがやってきた。今日も風が冷たいので、連れ出して風邪でも引かれても困ると思ったが、気分転換になるだろうから車の中にいてもいいと思って誘った。帰りは回転寿司に寄ってお昼を食べ、スーパーに寄って買い物をした。例によって、トイレットペーパーが一つもなかったのである。義姉はあれこれと物色し、干しぶどうとチーズの詰め合わせも買った。義姉の部屋に戻り、荷物を出して帰ろうと思って気が付いた。なんだかベットがぺちゃんこなのだ。見てみるとカバーだけで掛け布団がない。尋ねると(今日は掛け布団をしまった)と言うのだが、訳がわからない。でも深く問いつめることはせず聞き流した。その時私がベッドをちゃんと直してくれば良かったのだが忘れて、家に帰ってから思い出した。本人に聞いても混乱するだろうと考えて、事務所に電話して頼んだ。
家に帰るとなんだか私も疲れて、夕方までボンヤリとして過ごす。4時になってベルが催促するので、サムちゃんを誘って散歩に出かけた。今日は市民の森の下にある休耕田で、サムとベルは枯れ草の間を追いかけっこして遊んだ。人間は枯れ草が盛り上がった所を開けてみると、セリがそこそこに育っていたので、摘んで楽しんだ。 |
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| 2007年3月17日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 572 |
3月17日(土) 曇りのち雨
マグノリアさんから、メールが来た。主旨は「日興コーディアルグループは上場廃止を逃れられたし、某大臣は不明瞭会計にもかかわらず居座っているのに(それらに比べたら小物の)ホリエモンの実刑は重すぎるのではないか。刑罰適用の不公平さを強く感じる。」と言うことだろうと思う。
法治国家であるのなら、その根幹の法律の運用は公平であるのが当然で、巨悪を見逃している司法に、私も不信と憤りを感じる。然し同じ理屈で、大物を見逃したからと言って、小物の不正も見逃せ或いは軽くしろという理屈には頷けない。
特にホリエモンは、2年近く前だったかNHKが「格差社会」の特集番組を組んだとき、あの(ザ・アール社長・奥谷禮子)等と出演して、「金は力・金儲けがどうして悪い」などと発言して格差社会を容認した。その後マスコミは(世界一の時価総額を)と繰り返すホリエモンを度々テレビに映し出し、まるで時代のヒーローの様に祭り上げ、会社買収も株式分割も知らない庶民(儲けられない人)は、まるでわが無能をせせら嗤われるような気になった。
一方『“出過ぎたくい”でもあったホリエモンが、「額に汗して働く人が憤慨するような事案を摘発したい」という検察幹部の発言が独り歩きし「異端者追放」の雰囲気がマスコミを含め社会に広がった。−東京新聞』のであればやはり、今回の判決は法律を恣意的に曲げたと言うべきだと思う。
「ホワイトカラーエグゼンプション問題」で、格差社会を推進しているのは経団連・キャノン社長・御手洗氏を代表とする富裕層であると言うことがハッキリとした今、所詮ホリエモンは利用されて捨てられたのかと思う。 |
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| 2007年3月15日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 571 |
3月15日(木)曇り
お彼岸の準備のためケアハウスの義姉を見舞った。この頃1人では出来なくなったのに気が付いたからである。部屋に尋ねると、テレビが付いていたが直ぐに消して私と、買い物に出かけた。スーパーで買い物するときは、いきいきとしてとても楽しそうである。私にも欲しい物は買って上げるという。サンマが1匹47円で売っていた。解凍物だろうがそれにしても安い。私は圧力鍋で煮ると言ったら、義姉は開いて塩をして干しても美味しいという。福島県浜通出身の義姉は、魚の扱いは誠に上手である。開いたサンマに、塩をふるのか塩水につけるのかと聞くと、少し考えてから塩の量にも寄るが10分ぐらいで塩を洗い流して、風に当て生乾きぐらいがいいと言った。
ホームを退出するとき、寮母さんに呼び止められて義姉の国保の領収書を渡された。本人に返すと、これはなんだと日に3回ぐらい聞きに来る。もの忘れが一段とひどくなったという。お風呂と洗濯時間が分からなくなったことは前回言われた。でも秋頃は部屋の中でただボンヤリしていたのが、この頃はテレビを付けて見ているから落ち着いたのではないかと聞き返すと、確かにそうだがテレビが付いていても見ているかどうかは分からない。付けたまま、出かけるし寝てしまって廻りの部屋から苦情が来るという。夜中にも誰かが部屋を覗いていると、事務所にコールがかかるので昨日心療内科を受診したとも言われた。さっき私がこの頃病院は行っているのかと聞いたら、薬は事務所で取ってきてくれし行ってないと聞いたばかりだったので少しショック。(あの、ではどうしたらいいのでしょうか?このままここに居られますか)と寮母さんに聞いてみた。(まあ、1人で買い物に出かけて、帰ってこられない様になったら考えなくてはなりませんが、まあ今のところはなんとか大丈夫です。)と、言って貰った。しかし、「今のところ」という時間はどの位の長さなのだろうかと考えて、気が重かった。そしてその先はどうなって行くのだろうか、とあれこれ考えた。この先シナリオのない展開に、私はついて行けるだろうかと心配は一気にふくらんだ。深呼吸を一つして、なるようにしかならないと、自分に言い聞かせた。 |
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| 2007年3月14日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 570 |
3月14日(水)晴れ
ニュースで、300円・500円・千円だのと春闘の回答額を聞くと、まだまだデフレが続いているんだなあと思う。いざなぎ超えの好景気ってどこの話だろう。
午後は会議。胃が痛む。冷たい風の中をベルは元気で、走り廻った。 |
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| 2007年3月13日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 569 |
3月13日(火)晴れ
毎年桜祭りをする団地内の桜並木はもう、4,5本の桜が咲いていた。今日もサムちゃん達と犬の散歩に出かけた。今日は市民の森へ行こうとやって来たのだが、もう染井吉野が咲いていると感心して桜の木を見上げていると、(それは彼岸桜です)とすれ違った人が訂正した。(へぇー彼岸桜は花の色がもっと濃いと思っていたけど)とつぶやいたら(いえ、ここのは色が薄いんです。私はあそこの1階の一番端に住んでいます。)と言う。その人が通り過ぎてから、サムちゃんはえへへと嗤って(あの人は前に犬仲間に遊びに来たことがある人。だからサムもベルも知っている)と教えてくれた。(ま、ここに住んでいる人がそう言うんだからそう言うことにしましょう)と言った。それで私も特に異存はない。
犬連れで散歩しているときに、犬のいる家の前を通ることがある。大抵の犬は吠え立てるが、サムは知らん顔をして通り過ぎる。問題はベルである。2,3回吼えられるのは聞き流すが、それ以上になるとそちらに向かって猛烈に吼え出すのだ。それだけでなく、後ろ足で立ち上がって威嚇するのだ。さんしたのくせに鼻っ柱だけは強いのである。更に花見川沿いの公園は、野良猫の集落となっている。昨日も餌をやりに来た女性が、公園の水道で皿を10枚以上も洗っていた。だから猫の匂いが強いのだろうが、上から降りてくると、1メートル置きぐらいにベルは垣根の間から鼻を出して、様子を伺うのである。何時だったかここでサムとベルは猫を追いかけたことがあったが、勿論あっけなく逃げられた |
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| 2007年3月12日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 568 |
3月12日(月)曇り・晴れ
月曜日は事務所の当番日で、相棒のAさんの車に乗って出かけた。車の中でお喋りをする。宮城県出身のAさんは、唐辛子の事を「なんばん」と呼ぶ。テレビで、青森県五所川原の人が「唐辛子」のことを「なんば」と言っていたと私が云うと、ああそれは寒いからよと答えた。青森県は寒いから、なるべく口を開けないよう言葉も短く省略する。かくして(なんばん)は(なんば)となったに違いないと申し述べた。ええー、ほんとう?と疑いながらもどこかでそんな話を聞いたことがあったなと、頭の中のファイルを探してみた。でも地球温暖化で、青森県も暖かくなったら(呼び方も)もとへ戻るかというのは、へりくつです。はい。
夕方サムちゃん達と、未整備の公園用地(雑木林)へ出かけた。ここは何時行っても人気がないが、今日はじめて、隣接する竹林の中で落ち葉をかき集めて掃除している人を見た。(ほらあの人は定年したばかりの年格好でしょう)とサムちゃんは言った。彼女の実家近くでも、最近は定年になって暇が出来た人達が、再び農業を始めたケースが多いと言う。だから休耕田が少なくなって、私たちが毎年行っていたせり摘みなどをする場所が少なくなったという。でもクレソンは水路に生えているから大丈夫と言うけれど、保存は利かないし、そんなに沢山食べられるものではない。しかしどういう訳か、鳥達はクレソンが大好きらしい。採ってきたクレソンを外の水道のバケツに入れておくと、いろんな鳥たちがせっせとやって来てはついばんでいた。 |
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| 2007年3月11日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 567 |
3月11日(日)曇り一時雨・晴れ
先日の句会に、酸吸さんから私たち女性8人へのお返しのジャムを持参したとき、ムベちゃんが(ああどうしよう)と困っていた。どうしたのかと訳を聞いてみると、「川柳の会」から酸吸さんにお見舞いを出すのを忘れていたという。なるほどムベちゃんは副会長という立場だからねと、と納得していると、傍で聞いていたAさんが言った。(あのねえ〜わたしはこう思うンだけれど)と、柔らかい関西弁で話し出した。酸吸さんにお見舞いを出すと言うことは、この会の前例となる。一方この会は中高年者ばかりで、みんながどこか痛かったり、病気を持っている。だからそれにいちいち対応していたのでは、瞬く間に会の財政が破綻するから、止めといた方がいいのとちがう?私はAさんの達観を感心して聞いていた。ま、酸吸さんと気持ちは通じたからねと、ムベちゃんも納得してあっけなく決まった。世間にはまま、こういうキチンとした女性がいる。また彼女に、句誌の校正をやって貰うようになってから、間違いが殆ど無くなった。彼女は、単に原文と比べて見て入力違いをチェックするだけではなくて、どう見ても内容がおかしい或いは漢字の使い方がおかしいと思ったときは、作者に直接聞いてみるという手間ひまを掛けていたのだった。そこそこの出来なら、早く済ませてしまおうという能率主義がこびりついている私は、大いに反省した次第である。 |
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| 2007年3月10日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 566 |
3月10日(土)晴れ
今日は油絵教室の課外授業で、千葉市展の見学をした。私たち仲間6人の作品4点は、同じコーナーに固まっていたので、そこで記念写真を撮った。仲間のTさんの作品はどの特別賞にもひけをとらないできばえだと思うが、入賞しないのは何故だろうか?先生に、次回の教室で聞いてみよう。先生の解説を聞きながら、洋画を中心に日本画も見たが、目新しい作品はなかったように思う。常連がいつものテーマをいつものように描いている、無難な作品が多い。多分参加者は中高年で占められているのだろうか?停滞、閉塞の時代が反映しているのか。4月から必ず復帰すると言っていた仲間が、仕事の都合で難しくなったという。
見学後お茶をしながらAさんの愚痴を聞く。親1人子1人のAさんは退職後、娘夫婦と同居するために関西から転居してきたのだが、それが失敗だったと繰り返した。
一人暮らしの方がどんなに暢気で自由であったかと強調するが、こちらはふんふんと聞くしか能がない。やはり一人暮らしのBさんは、近畿地方に住む二人の娘や息子に頼まれて孫の子守に出かけるので、次回お稽古は休むという。「孫に会えると思うと、楽しみなの」と言われると、そうねとしか言いようがない。 |
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| 2007年3月9日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 565 |
3月9日(金)曇り
酸吸さんが退院してから1週間余りの今日、メールが届いた。退院したと言っても、パソコンのある2階へは未だ行けないだろうと思っていたので、驚いた。入院中酸吸さんから6通のハガキを頂いたが、必ず入院○日目と記入されていた。「退院の目途立たず44日目」なんていうのもあった。今日届いたメールには(外来で、リハビリはまあまあだが薬が1錠少なくなった)と喜んでいる様子が書いてあった。おまけに水曜日にジャムのお礼のハガキを出し、その余白に添えた私の句の添削までしてくれた。
(ジャム食べて夫と過ごそう午後のお茶)⇒(ジャム食べて夫忘れる午後のお茶)うーん、なるほど。私も負けずに(足腰はまだ動けません)とあったので、(足腰が弱った分だけ口達者)と書いてやった。酸吸さん私の句が独り立ちできるまで、くたばらないで。 |
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| 2007年3月8日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 564 |
3月8日(木)晴れ
夕方も花粉が多いので、この所ベルの散歩はずっと家人に任せていた。今日は久しぶりで、サムちゃん家へ寄った。あらかじめ電話をしておいたのだが、べるを走らせて行くと1階の窓からサムが顔を出して待っていた。私たちを見つけるとサムは、直ぐに窓から離れた。ベルちゃん達が来るよとサムに話したら、サムは自分で窓を開けて外を眺め、私たちを待っていたという。犬でもこちらの言うこと、わかるんですねと、サムのお母さんは言った。
ところで先日、何の説明もなく一方的に「奥谷禮子氏」の事を書いて、マグノリアさんにどんな人か分からなかったと言われてしまった。マグノリアさんはネットで直ぐに調べて下さって、ふんなるほど冬瓜があったまに来るような人物であるとご理解頂きました。ところで編集長が、彼女について説明した文章をここに(無断で)載せさせ頂きます。
「週間東洋経済(1月9日号)に掲載された奥谷禮子氏の発言の要旨」
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奥谷禮子氏は、人材派遣業大手の「ザ・アール代表取締役社長」であり、労働政策審議会労働条件分科会委員を務めている。同氏は「週間東洋経済(1月9日号)」に掲載されたホワイトカラー・エグゼンプション(労働時間規制の適用除外)導入への提言記事の中で、労働者の収入格差や過労死問題などについて、下記のような見解を示しました。
☆労働者の収入格差の問題について
『自己管理しつつ自分で能力開発をしていけないような人たちは、ハッキリ言って、それなりの処遇でしかない。格差社会と言いますけれど、格差なんて当然出てきます。仕方がないでしょう、能力には差があるのだから。結果平等ではなく機会平等へと社会を変えてきたのは私たちですよ。下流社会だの何だの、言葉遊びですよ。そう言って甘やかすのはいかがなものか、ということです』と、奥谷氏は労働者の収入格差を肯定(是認)しています。
☆過労死問題について
『さらなる長時間労働、過労死を招くという反発がありますが、だいたい経営者は、過労死するまで働けなんて言いませんからね。過労死を含めて、これは自己管理だと私は思います。ボクシングの選手と一緒。ベストコンディションでどう戦うかは、全部自分で管理して挑むわけでしょう。自分でつらいなら、休みたいと自己主張すればいいのに、そんなことは言えない、とヘンな自己規制をしてしまって、周囲に促されないと休みも取れない。揚げ句、会社が悪い、上司が悪いと他人のせい。ハッキリ言って、何でもお上に決めてもらわないとできないという、今までの風土がおかしい』と、過労死は労働者の自己管理(責任)の問題であると主張しています。
☆休日労働や労働基準監督署などについて
『たとえば祝日もいっさいなくすべきです。24時間365日を自主的に判断して、まとめて働いたらまとめて休むというように、個別に決めていく社会に変わっていくべきだと思いますよ。同様に労働基準監督署も不要です。個別企業の労使が契約で決めていけばいいこと。「残業が多すぎる、不当だ」と思えば、労働者が訴えれば民法で済むことじゃないですか。労使間でパッと解決できるような裁判所をつくればいいわけですよ』と、現行の労働基準法を真っ向から否定する独自の案を披露しました。 |
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| 2007年3月7日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 563 |
3月7日(水)晴れ
朝8時を過ぎた頃ガタガタと音がして、ファックスがマジックで書かれた自由奔放・伸びやかな文字を吐きだした。昨日句会が終わってから5時間も6時間も喋ったのに、春菜ちゃんからだ。春菜さんから来るファックスはいつも曲がって、中途半端に2枚となる。「昨日のしっぽちゃんは、いつものようなキレがなかったので寂しかった(少し)」と、書いてあった。確かに昨日は少しも乗れないで、惨敗だったが、私自身はこういうときもあるさと、気にしていない。あとで電話しますとも書いてある。
今は花粉症の最盛期で、この時期はいつも数日体調が悪くなる。勿論薬は飲んだり付けたりしていてなお、である。頭痛・喉のいがいが・舌がぴりぴり・顔面がちくちくして赤くなる・全身が怠いとまあ、こんな調子である。なるべく規則正しい生活をして、花粉の季節が過ぎるのをただひたすら待つ。ところで酸吸さんのホワイトデーのお返しは、新宿高野パーラーのジャム2本セットだった。句会が終わってラーメンを食べたとき、それぞれが開けてみたら、キウイジャムがベースで後は苺・ブルーベリー・オレンジなどと組み合わせてあった。昨年暮れにみんなで酸吸さんをお見舞いしたときは、わざわざ某デパートから高級チョコレートをより寄せておいて、私たちにご馳走してくれた。やはり持てる男の条件は、細々と気の付くことだねぇなどとおばさんスズメたちはさえずったのでありました。 |
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| 2007年3月6日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 562 |
3月6日(火)曇り・雨
「あたしねえ、この年になって新しいことを勉強するのが、とっても面白いの。特にこうやってみんなとお喋りして、いろんな事覚えるのがね。今年は川柳をもっとやろうと思って、2つばかり(習い事)整理したの」句会の後、ムベちゃんは瞳をきらきらさせながら身を乗り出して語った。春菜ちゃんも5つか6つの句会に入ったという。春菜ちゃんはまったく新しい形で句会を進めているA会へ行こうとさかんに私に勧める。A句会へB会長と出かけたとき、句会の後の懇親会でお酒を薦められたB会長は「車ですから」と断ったという。では会長の代わりに一緒に行った春菜さんが代わりに飲むよう勧められたとき、春菜さんはなんと言ったか。「お酒を飲むと私はどうなるかわかりません。特にA会長と子弟関係を壊してまで、一線を越える勇気がありません」。一瞬の間を置いて、あたりは爆笑の嵐に包まれたという。春菜ちゃんは自分が完全に三枚目であると自他共に自覚していて、こんな事を言ったのだ。こんな風に私たちは句会が終わった12時から、喫茶店を2軒はしごして、夕方6時まで喋り続けたのである。 |
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| 2007年3月5日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 561 |
3月5日(月)晴れ・強い南風
一日中、暖かい強風が吹き荒れた。こういう日は花粉症患者にとって最悪なので、家の中でジッとしていた。いや、明日に迫った川柳句会の宿題が出来ないで、唸っていた。(ああ、スランプだ)と思って、自分で照れた。そんなに一生懸命にやっては居ないのだ。
ところで、とうとうマグノリアさん家にも「振り込めサギ」が触手を伸ばしてきたという。幸いマグノリアさんの機転で難は逃れたものの、気持ちの良いものではない。
千葉県警の者だと名乗る男が、終始落ち着いてクールに喋った点が、ツイ信用してしまうポイントだったらしい。私もお向かいの(Aちゃん誘拐事件)に関わったことがあるので、あのドキドキを覚えている。後から考えてみれば、おかしいに決まっているのに、のせられちゃうのよね。一方
犯人側を想像する。場所はアパートの1室かレンタカーの中か。その筋のブローカーから買った資料をもとに、仲間の1人が電話をかける。傍にはペットボトルが置いてある。マグノリアさん家に電話が架かったのは朝の時間だったと言うから、先ず経験のある犯人が(手本として)やって見せたのかも知れない。相手の反応を確かめながら、話の筋を進めて行くのは緊張か快感か?
話が金額まで進まなかったのは、犯人が稚拙だったのかマグノリアさんの勘が冴えていたからか。当たり前だが、こんな事は若い者がやる事じゃあない。かつてグリコ森永事件の時に、幼児の声で録音された脅迫状が公開されたが、あれは背筋が凍るように恐ろしかった。 |
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| 2007年3月4日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 560 |
3月4日(日)晴れ
集会後の二次会は、近くの居酒屋でと言うのがいつものパターンなのだが、3千円会費では大抵足が出る。おまけに目と舌の肥えた女性陣を満足させない。そこで今回は近くの集会場を借りて、スーパーへ仕入れにはしった。お総菜・野菜・果物・漬け物・つまみ類・煮物・お寿司・甘味類と、文字通り山のように数ある商品の中から今、何が美味しくて格安なのかをぴたりと見つけ出すAさんBさんの能力には、いつも舌を巻く。特にAさんは、スーパーへ行く途中でもう、八百屋の店先で新種のみかんを見つけて(あら、これ甘いんですって。珍しいわね。)と買い込んだ。Bさんの「ねえ、今日は帰り電車なのよ。大丈夫?」という声かけに(そうね。)と言いながら、目は次ぎにアスパラを捉えて(あら、こんな新鮮なのが安いわ。これね、肉巻きにすると美味しいのよ。)と言ってこれも買った。Bさんは(そんなに買うの)と非難がましく言うが、Aさんは(そうなのよ)と軽く流してホホホと、笑った。
AさんBさんの実力は、みんなにたらふく食べさせて残った品々を、(必要な人に)パック詰めして持って返させるのである。その為に必要なパック・輪ゴム・ビニール袋は買い物の時に用意するという手回しの良さである。例えば「お総菜買い物検定」なんて言うのがあったら、優秀賞間違いなし。帰りの電車の中でお喋りしているときAさんは、急にガサゴソと荷物をかき回して、夕方買ったアスパラを1束ずつBさんと私に差し出した。なんだか行商列車に乗ったみたいで少し恥ずかしかったが、Aさんの笑顔に釣られて有り難く頂いた。 |
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| 2007年3月3日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 559 |
3月3日(土)晴れ
第32回「職場の安全と健康を守る県民集会」を開催。「ホワイトカラーエグゼンプションとはなにか」のパネルディスカッションを聞いた。夫を過労死で喪ったAさんの報告が極めて問題点をついていたので、一部引用(無断で)させて頂きます。
『ホワイトカラーエグゼンプション=過労死促進法では、ホワイトカラーの労働時間管理がなくなると言われています。仕事内容に合わせて勤務時間を自分で決められる、もしその通りだとしたら働く人にとって夢のような仕組みです。然し、夫の場合を考えてみると、仕事内容・納期・出張スケジュール・部下の人数等すべて決定権がない中で、与えられた納期で製品を完成させることが課せられており、自分で労働時間を管理することは不可能でした。・』そして過労死ではないかと問う妻に会社は「過労死ではない。管理職なのに自己管理が悪かったのだ」と回答した。
私たちは耳障りの良い言葉に騙されないためには、具体的な事例に置き換えて見るのが良いと思う。例えば「努力する者と努力しない者に格差が付くのは当然」と、奥谷禮子は言うが(真面目に努力して、優秀と認められ働き過ぎて過労死した途端、)自己責任だと、突き放すのはあんたではないか。「もっともっと働きたいという若者がいる」と奥谷禮子は言うが、一体どこにそんなヤツがいるのか教えて欲しい。第一、若者はなかなか正社員になれない。なったとしても、キーボードで打鍵作業中右手をマウスまで移動する時間が惜しいという様な過密労働をしていて、もっともっと仕事をしたいとどこの誰が言ったのか。手指を痛めてドクターストップがかかっても、休ませないのはアンタではないか。奥谷禮子は、ボクサーの様に体調を自己管理せよと言うが、ボクシングの試合でさえドクターストップがかかれば、中止するがアンタは倒れるまで止めさせない。これが事実である。 |
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| 2007年3月2日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 558 |
3月2日(金)晴れ
午前中は酸吸さんを訪問。午後は義姉を見舞った。この前行ったのは、例のスーパーから納豆が消えた事件があった頃だから、ひと月振りである。今日も暖かくて、道沿いに辛夷の花がふくらんでいるのを見た。去年あたりから、何か用事があるときは直前に言わないと、忘れてしまうしパニックになると事務所から注意を受けているので、今日は電話の予告なしで義姉を訪ねた。「あら、久しぶりね」と、出迎えた義姉は髪は(染めていないのか)大分白くなっていたが、今までよりもしっかりとした顔つきをしていた。室内はカーテンを殆ど引いて、灯りは消してあるので薄暗いが、テレビがついていた。(最近は消してあった)トイレットペーパーもしっかり積んである。(今までは、なくなっていた)
今日の訪問は新年度入居料決定のため、前年の収入状況などの申告書類を作ってホームに提出するため、資料を見せて貰いに来たのである。大事な物をしまってある小引き出しを2つ出してくれたが、殆どはいらない物ばかりで説明して処分して貰う。介護保険料の通知書はあったが、国保のは見つからなかった。収入は老齢・遺族年金をあわせて70万で、最低限度(150万)を下回るので(国保の通知書)はなくても同じだから良いと言われる。私の年金も最低限度を下回る。
冷蔵庫を開けてみたら、いつもの品物(漬け物とか甘い物、果物)が全くなくて、焼酎が2本だけ。何があったのだろう。40年もC型肝炎を患っている義姉に、アルコールは御法度なのは本人が一番知っている。室内をざっと掃除機をかけて、仏様のお花と飲み水がないからと買い物に誘った。
ホームの玄関に、桃の花が水色の水盤に見事にいけてあった。私がきれいねと眺めていると「お花の先生がいるのよ。・・こういうところではね、きれいだって誉める人とふん、大した腕じゃあないってけなす人といるのよ。」と説明したくれた。スーパーでのお金の支払い方を見ても、お札と半端の小銭を出して、おつりを貰っていた。
薬が変わったのだろうか。前回までとは確かに状況が違ってしっかりとしている。然し入浴と洗濯は介助がいる様になった。老化というのはこんな風に一律一様ではないのだと、教えて貰った。 |
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| 2007年3月1日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 557 |
3月1日(木)晴れ
今年は暖冬だったが、やはり3月と聞くとホッと緊張が解ける様な気がする。
夕方川柳の酸吸先生が、今日退院したと電話をくれた。意外にしっかりとした大きな声だった。去年の暮れに救急車で入院して以来である。実は3、4日前に貰った手紙で、退院のことは聞いていた。手紙には見舞いに行ったなかま達へのお返しを、私から渡して欲しいと書いてあったが、封筒の中には何にも入っていない。はて読み違えかと思って、繰り返し読んでみたが同じ事である。6日が句会なのでそれまでに品物が届かないようだったら、おかしな話だが、催促してみようかと心づもりしていた。
ところが向こうから、品物を自宅まで取りに来て欲しいと切り出してくれたので、ホッとする。ハイハイあす、頂きに行きますと返事をした。昨日春菜さんにこの事を話したら、お返しの品を句会の会場まで運ぶのに、私の家まで車で取りに来てくれると言う。「でもね春菜さん、私たちはひとり百円ずつしか出してないよ」と言ったら春菜さんは、あ、そうだったと言ってアハハと笑った。 |
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| 2007年2月28日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 556 |
2月28日(水)晴れ・冷たい風
とうとう雪が降らないで、この冬が終わった。雪なし冬の始まりだろうか。
今日も書類作成のお手伝いをした。プログラマーのAさんは(キーボードやマウスが固くて使いづらいということもあったが)、パソコン上の様々な操作はすべてキーボード上で済ませるという。何故なら右手をマウスにまで移動する時間が勿体ないのだという。酷使すれば機械だって壊れるし、人間は身体だけでなく心も一緒に壊れる。ただただ仕事に支障のないようにとだけ繰り返す上司。指が痛いのなら、鉛筆を口にくわえて仕事をしたらとうそぶく仕事を押しつける同僚。(痛いのならパソコンにさわらなくてもいいよ。他の人を代わりに出すから)と言ってくれた上司もいたが、結局誰も来なかった。痛む手をかばいながら仕事を続けたAさんは、とうとう手指が固まって動かなくなった。痛みで目が覚めたり痛くて眠れない夜も続いた。それでも会社は休みをくれないと言うので、Aさんは退職せざるを得なかった。こういう状況をどう表現したらいいのでしょうか?と、困惑しているAさんに聞かれた。私は「頭なでなで蹴っ飛ばす」と教えた。電話で話していたのでお顔は見えなかったが、ビックリしている雰囲気は分かった。 |
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| 2007年2月27日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 555 |
2月27日(火)晴れ
公園に4本並んでいる河津桜の、右2本はもう満開も過ぎているが、左の2本は蕾がふくらんでこれからという風情である。サムちゃんが私と一緒に帰ると言うと、ナナのお父さんが(あれ、もう帰るの)と、聞いた。(今日は大分、ゴミを燃やしたからお風呂にはいんなくちゃ)と、煤で黒くなった顔で返事をした。一応顔だけは洗ったんだけどね、頚に汚れた筋が出来ていると言いながら、顔を捻って見せてくれた。
(お風呂はね、飲む前に入った方が良いよ)と、ナナちゃんのお父さんの声が後ろから追いかけてきた。サムちゃんはへへと笑って(お風呂を作るのに、この時期1時間はかかるから)と、口の中でもぐもぐ言っているから私は(そうなるとやっぱり待っている間に出来上がっちゃう?)と、続けた。ナナちゃんのお父さんは、すべてお見通しだ。
サムちゃんは「Kくんのお母さんがパート先をクビになったのはね、口ばっかりで働かなかったかららしい」と、昨日のニュースの続きを教えてくれた。Kくんのお母さんの親しい人が心配して来ていたので、その人に真相を聞いたのだという。(多分、もう疲れて身体が動かなかったのよ。)と私は感想を言った。週3回のパートをそれでは食べて行けないからと毎日にして貰ったのは良かったが、それからは疲れたくたびれたって愚痴っていたもの。 |
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| 2007年2月26日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 554 |
2月26日(月)晴れ
昨日も今日も、雪でも落ちてきそうな冷たい風が吹いていた。公園の河津桜が満開になって、そこだけ春がきている。でもこれが本来の2月の気温なのだ。
昨日は、娘達のお供で上野動物園へ出かけた。今日は一日中書類作りをしている。
今朝、「余所の伝統ある句会で、はじめて(天・地・人)の地に選ばれた」と、春菜さんから電話が架かって来た。「口紅を付けて正論吐いてみる」がそれだという。
(凄いね、春菜ちゃん。上手い。うん、これは私の好みだよ。)と誉めた。電話の向こうで春菜ちゃんは、そおお〜と照れながらも喜んだ。今まで春菜さんの川柳の範囲は(ボランティアとか介護とか夫の愛情とか)だった。それが一気にそこから抜けた様な気がすると言ったら、自分でもそんな気がすると言った。ついでにご当地川柳の、様々な情報を入れてくれる。ところで宿題は出したかと聞かれて、すっかり忘れていた事を思い出した。 |
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| 2007年2月24日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 553 |
2月24日(土)晴れ
毎日飽きもせずにへらへらとつまらないことを書き殴っているのに、たまにこういう日がある。つまりパソコンの前に座っても、書くことがなーんにも思い浮かばないのだ。
そんな日は体調が悪いか、その日に経験したことをどう飲み込んだらいいのか分からない時である。今日は後者が原因である。若い人が傷ついている。若くて能力があって、誠実に仕事に取り組んでいるのに、会社の上司や先輩は誠実さにつけ込んで、機械以上に無茶な働かせ方をする。そのうえセクハラまでする。青ざめて肩を落とす若い人を前に、私は憤りで胸がつまる。言葉をなくす。在職中、会社は彼女が幾ら頼んでも病気を労災扱いにしなかった。然し、1年半かけて彼女は労災申請の準備をした。まだまだ先は見えない。然し彼女は今日、正面を見て(わたし、今度のことを乗り越えようと思います。)と、言い切った。それを聞いた途端(青春っていいなあー)と、彼女の顔を惚れ惚れと眺めた。 |
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| 2007年2月23日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 552 |
2月23日(金)雨
チケットを買って入った途端、「オルセー美術館展」入り口までは25分待ちだと言って、並ばされてしまった。満員電車内状態で暗いから、単行本を拡げることも出来ない。大した用事でもないのに、マグノリアさんへメールを打って10分程稼いだが、後はすることもない。いや、真後ろ二人の女性のお喋りがうるさくて、集中できないのだ。話の様子から定年後のご夫婦と、妻の女友達の3人連れらしい。男性がトイレから帰って、その細君が替わって出かけるとき友人に「この人は無口で話し下手だから、気を使わなくても良い」と言い置きした。ところがである。細君が行ってしまった途端、無口の筈の夫君が自分は毎日、どんなに妻に気を使って支えているかと言うことを喋りだした。一旦話し出したらもう、止まらないという様子である。友人はやっと口を挟む隙を見つけて、(あら病気って、どこが悪いんですか)と聞いた。
それに勢い付いて夫君は更に熱心に話し続けた。はっきり言って愚痴である。誰かに聞いて貰いたくて、うずうずしていたのだ。私も「そんなことは、二人で話し合えば済むことであ〜る」思わず振り返って、言ってやりたくなった。その時、入り口の方へ大きく列が動いて話はそこまでしか聞けなかった。 |
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| 2007年2月22日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 551 |
2月22日(木)晴れ
月に一度の通院日で、銀座へ出た。主治医に、7月に去年開通したチベットラサへの「天空列車」に乗りに行きたいけれど、大丈夫かと相談した。少し高めの血圧と年令の事を相談したつもりだった。「気を付けないと危ないよ」直ぐに先生は答えた。
「スギウラ・コウヘイって人知っている?この人はブータンの切手をデザインしたくらいで、よく行っていたんだけれど、奥さんを連れてったら死んじゃった」なんて言う。死にたくはないが、何に気を付けたらいいのかと重ねて尋ねたら、血圧は大丈夫だけど持っていった方が良い薬なんか調べておくね。」と言ってくださった。多分先生はご自分も行きたいのだ。
診察が終わってもまだ日は高い。銀座4丁目の交差点には(英語を話している)外国人観光客が10人ぐらい固まっていて、さかんに写真を撮っていた。こちらは、歩きながら映画と上野の美術館のどちらを選ぼうかと迷う。映画の上映時間には少し間がある。「オルセー美術館展」は4月8日までだから、今頃は中だるみで空いているだろうと見当を付けて、上野に決めた。行ってみてわかった。みんな考えることは同じなのだ。チケットを買って都立美術館へ入ったら、長蛇の列が出来ていた。ハンドマイクを手にした係員が、ここが最後尾ですと声を枯らしていた。列に並ぶと横からも後ろからも「もっと空いていると思った」と言っている声が聞こえて来た。 |
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| 2007年2月21日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 550 |
2月21日(水)晴れ
天気が良かったので、朝のウチに自転車の修理を頼みに行った。実は雪祭りに行った帰りに、自転車の鍵をなくしてそのままになっていたのだ。帰りの飛行機に乗るとき、ケータイと自転車の鍵は小さな皿にのせて空港の検問を通ったのだから、あの時まではあった。だが、いざ乗ろうと思ったらいくら探してもない。自宅の駅に着いたのは深夜で、雨も降っていた。でどうしたかと言うと、鍵がかかって動かない前輪を持ち上げて、自宅まで運んで帰ったのだ。自宅到着時刻は12時半。私は雨と汗でぐったりしたが、気分は悪くなかった。翌日まで待てば良かったのにと家人にも言われたが、何故年甲斐もなくそんなことをしたのか。あの時は自覚しなかったが、この所こんな風にまったく自覚なしに物の置き場を忘れたり、紛失したりする自分が、やりきれなかったのだ。
店を開けたばかりの自転車屋にはもう、孫の自転車を買いに着たお爺ちゃんが一人いて、店員とあれこれ相談しながら物色していた。もう1人の感じの良い青年が、直ぐに出来ますと言って、展示自転車を眺めている間に直してくれた。新しい鍵とライトも取り替えブレーキの掛かり具合を調整して、荷縄も買って2228円だった。私は待っている間に、いろんな自転車のベルを鳴らしてその音を聞き比べて遊んだ。私は本当は自転車屋さんになりたかったんだと思った。 |
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| 2007年2月20日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 549 |
2月20日(火)雨
昨日、野菜直売所のお婆ちゃんから貰った辛み大根を、今朝皮をむいて大根下ろしにした。大根と言っても、形も大きさも普通のカブと同じである。所がおろしてみると、きれいな黄緑色の大根下ろしなったではないか。味も辛くない。まあ葉物野菜は食卓の上でも緑色だからそんなに驚くこともないが、それでも新鮮な感じだった。
今日は雨で、ボンヤリとテレビを見ていた。どのチャンネルか忘れたが、人間は鼻の穴が2つあるが、片方ずつ使っているのだという実験を見せてくれた。長年人間をやっているが、今まで鼻の穴は2つ一緒に使っているとばかり信じて疑わなかった。
起きているとき、寝ているときの実験装置も見せてくれた。起きているときはマスク状の物を付けて、息が通過すると鼻の穴の前の黄色い装置が螺旋状に動く(床屋の看板みたいに)のだ。確かに片方しか動いていない。寝ているときは、緑色の光が点滅した。これには本当に感心した。一方、この頃の新聞は、腹の立つことばかり。昨日、毎日朝刊の1面は、宇和島徳州会病院・万波医師が行った臓器移植の調査結果が載った。NHKニュースでも繰り返し放送されたので、イヤでも耳に入って来たが、万波医師の行為はナントカに反しているとか、文書が整っていないとかの説明だけだったので、(医者ってお役人だっけ?)と思った。患者にとって病気を治してくれるのが医者であって、地位と名誉しか興味がない医者は必要ない。
続いてお役所の裏金問題。どうして新聞は「税金の横領」と、内容を正しく現す言葉を使わないのか?
億単位の横領事件は、トップの首が飛ぶのが世間相場だよ。 |
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| 2007年2月20日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 548 |
2月19日(月)雨水 はれ
夕方、ベルを連れて公園から帰るとき、南西の空には美人画の眉のような細い月と宵の明星が輝いていた。月と星の距離は、遠くはないが近くもない。どうしてもそれ以上縮まらない距離を月と星は嘆いているのか、ホッとしているのか。
仲間のAさんは、息子さんが家に連れてきた友達はみんな、精一杯ご馳走したりして歓迎している。その中のひとりB君は「近くのコンビニで買った物ですが・・」とか言いながら、来るたびに一寸した手みやげを持参するのだという。Aさんは、B君も安月給なのは分かっているので散財させるのが気の毒で、そんな気遣いは無用と息子を通して何遍も断った。するとB君は「ばーちゃんが、よその家へ行くときは必ず何か持って行くのが礼儀だと教えられた」と言ったという。それを聞いて私は、思わず「かわいいねぇ〜」と言ってしまった。「ね、そうでしょ」Aさんも、一寸得意そうに言った。私たちは、孫をそんな風に育てた「ばあーちゃん」は、一体どんな人だろうかと想像した。
帰りに私たちは、いつものように93才のお婆ちゃんが店番をしている野菜直売所へ寄った。店は開いているが、お婆ちゃんの姿が見えない。店の廻りをぐるりと探したら、近くの畑で鍬を振るっていた。今日は地下足袋である。お婆ちゃん子を自称するAさんは、(凄い、元気だねぇ。お婆ちゃんの漬け物はとっても美味しいよ)と誉めた。それはいつものことなのだが、お婆ちゃんは余程気分が良かったと見え私たちに「辛み大根」を、3本ずつサービスしてくれた。 |
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| 2007年2月18日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 547 |
2月18日(日) 雨のちはれ
昨夜からの大雨も、天気予報通り午後3時過ぎには上がって、陽も差してきた。約束通り3時半にサムちゃん家へ迎えに行ったら、赤い顔で出て来た。2匹と二人で花島大橋を渡って、川沿いの遊歩道を行く。雨上がりの所為か、殆ど散歩やランニングの人に会わないので、2匹を放してやる。こういうときサムとベルは離れないで一緒の行動をする。2匹は崖を登ってみたり、笹藪の中を川近くまで降りて白鷺を眺めたりと楽しそうに遊んでいた。サムちゃんは「実は孫達が来てね」と、愚痴めいたことを歩きながら話した。その時に昼酒を飲んだから、かなり赤いでしょうという。私はうんうんと言って話を聞きながら、目で犬たちを追っていた。雨でどこもきれいに洗われて埃もなく、菜の花畑が一段と鮮やかに見える。いつもの公園へ着いたときには、5時のチャイムが鳴り終わっていた。夕日が、雲の縁を赤く染めて隠れると、満開の梅の花が薄闇の中から浮かんで見えてきた。みんなよりも一足先に帰ろうとしたとき、エマがお父さんとやって来て「おお、丁度よかった。このまえのやつ」と言って、ビニール袋を差し出した。エマのお母さんもときどきサムちゃんに差し入れしてくれるのだ。帰る途中でサムちゃんが、エマちゃんに貰ったばかりの(大根カレー)を私に食べますかと聞く。前に貰って食べたが、どうもサムちゃんの口には合わないらしい。私は喜んで頂いて夕飯に食べた。「スープカレー」とでも言うのかしら、でも美味しいただいた。 |
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| 2007年2月17日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 546 |
2月17日(土) 曇りのち雨
昨日の夕方、JR船橋駅前でビラまきをした。3月3日に開催を予定している「はたらくものの健康と安全を考える県民集会」の参加を呼びかけるチラシである。今回は特に「ホワイトカラーエグゼンプション−過労死促進法」を中心に宣伝。アスベストの宣伝もあった。5時半から12人(女性5名、男性7名)1時間の配布で、約320枚がはけた。やってみてわかったのだが、歩きながらケータイを操作している人が本当に多い。チラシの受け取りも良くない。然し、ハンドマイクでの話の内容は、聞かれているという感触があった。演説者は聴いていた通行人の1人に、「ストライキでもやった方が良い」と言われたという。先の見えない不満と苛々が、出口を求めてふくらんでいるなどというのは、大げさだろうか?
先日約1年振りに出かけた駅前ビルの中にある歯医者では、テナントがすっかり変わっていた。5階の最上階は今までの歯医者と、ダンススクールが大きくなっていた。4階と2階は全フロアーが空き室で、3階はサラ金が5社、1階がコンビニだった。 |
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| 2007年2月16日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 545 |
2月16日(金) 晴れ
札幌雪祭りと旭山動物園ツアーその4
ペンギンのお散歩の次は白熊を見る。トイレに入っている間に行列は50mもの長さになっていた。白熊もその後に見たアザラシもそうだが、ここの動物たちはトンネルの上から下から、また水の中に飛び込んだり水の中でターンしたりと、見ている人間にも楽しそうな様子が伝わってくる。見られている緊張感はなくて、活き活きしている。彼らはそうして遊びながら、(なになに?何しているの)とでもいうように、人間を見ていた。
腹時計がお昼を知らせて、食堂に入った。あらかじめ添乗員に言われていたとおり、中は通路にまで人で溢れていた。食券を買って出し、マグノリアさんがその場で出来上がりを待つ。その間に私は座席を探した。空席はない。みんなが空席を探して目を泳がせている。私は食堂内をざっと見て、テーブルの隅で向かい合ってラーメンを食べている夫婦に目を付けた。彼らならば、間もなく食べ終わるだろうと目星を付けてその近くに立った。空いたらすかさず、着席しようという魂胆である。少しして、私の後ろにおばさんが立った。そしてそのおばさんは少しずつ私を押してくるのである。そのままの状態でいたら、私は夫婦の横から外れてしまう。そこでようやく、後ろのおばさんの意図を察した。私は真横で、ラーメンを食べている夫の方に声をかけた。食事中申し訳ないが・・と前置きして、食べ終わったらそのテーブルを私たちに使わせてくれないかと、丁寧に頼んだ。ラーメンの汁をごくりと飲んで、お腹がふくれたのでおおようになったのかその男性は、気持ちよく了承してくれた。これもまた団塊世代と思われるご夫婦は、自分たちの使ってテーブルをティッシュできれいに拭いてから、どうぞと言って立ち去った。勿論私は有り難く座らせて貰った。その時後ろのおばさんの連れが来たらしい。おばさんは「ふん、先に声をかけて予約しちゃうズルイ人がいる」と、甲高い尖った声でわめいた。私の事である。作戦勝ちと言って貰いたいなと、思った。
(写真はマグノリアさん撮影)
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| 2007年2月15日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 544 |
2月15日(木) くもり
札幌雪祭りと旭山動物園ツアーその3
旭山動物園は、旭山の中腹にひっそりと息づいている小さな動物園だった。ましてこの時期、動物園は雪に覆われていた。開館時間も10時半から3時半までで、見られる動物も限られている。以前は冬の期間は休園していたのだ。そこに全国からツアー客が観光バスでやってくる。私たちのツアーも見学時間は約2時間。マグノリアさんは、見るのはペンギンのお散歩と、白熊にアザラシときっぱり言った。それにトイレと昼食も入る。私は絶対に土産物屋で写真集か絵はがきを買うと宣言した。それのどこも行列である。先ずは11時に出発のペンギンのお散歩を見る。既に予定のコースには人垣がずらりと出来ていて、ずっと先の方にやっと隙間を見つけて並んだ。係の人が、フラッシュは絶対にダメ、足下の赤線から中に入ってはいけないと繰り返しハンドマイクで言って歩く。この日の散歩参加のペンギンは14わ。前後の護衛の人間も同じくらいいる。まっすぐ前を見て歩くのや、脇見をするものといろんなヤツガいるがペンギンのおぼつかないよちよち歩きは、意外と早い。バックは出来るのだろうかなどと考えた。
(写真はマグノリアさん撮影)
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| 2007年2月14日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 543 |
2月14日(水) くもり
札幌雪祭りと旭山動物園ツアーその2
マグノリアさんは、いつも私を激励してくれている。日記を読んでくださって、肝心の旭山動物園は何時書くのと聞かれた。実は今回のツアーで自分の老化を確認する事件が2つあって、思い出すのが億劫なのである。でもマグノリアさんは旅行中から「今回の日記には何から書く?イナバウアー事件?それとも席取り合戦から?」と楽しみにされていた。 1泊ツアーの宿は大雪山中腹にある天人峡温泉で、バスは札幌から3時間近く走る。バスの中で私たちの前に座ったのは団塊の世代と思われる年頃のご夫婦だった。バスが走り出して間もなく、前の座席の女性が振り返って「少し倒して良いですか」と声をかけてきた。あらかじめ添乗員から注意があったのだ。痩せてアイラインをくっきりと入れた人だった。勿論私は「どうぞ」と返事をした。ところがである。亭主の方はマグノリアさんにはなんの断りもなく、大きな顔をして二人で最大限に椅子を倒した。観光バス・イナバウアーである。車中でそんなことをしているのは他にいない。私たちは窮屈な思いをジッと耐えた。しかし、遠くまで来た甲斐があって天人峡温泉は100%源泉かけ流し湯でたっぷりと広く、身体が芯から温まった。雪が舞い落ちる野天風呂の中で、インドネシアから観光に来たという女性とも知り合った。
さて翌朝出発となって、バスの座席を見て愕然となった。私たちの前が又、あのイナバウアー夫婦である。機会をみて添乗員にクレームを付けようと、決めた。 |
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| 2007年2月13日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 542 |
2月13日(火) 晴れたり曇ったり
約1年振りで歯医者へ行った。昨日、旅先で買ってきた晒し飴を舐めていたらなかなか溶けないので、奥歯で噛んだ。そうしたら飴の奴が、腹いせに歯にくっついて離れない。気持ちが悪いから無理にはがそうとしたら、虫歯の被せ物の方が外れてしまった。晒し飴にしてやられたが、こちらも飲み込んでやったから引き分けである。
さて休みが明けた今朝、かかりつけの歯医者に電話をかけて予約を頼んだら、5時過ぎならキャンセルがあるからOKだと言った。時間前に受付へ行くと、去年来たときにいた女性ではなかった。色白のおっとりとしたお嬢さんだった。いつものソファに座ったが何となく居心地が悪い。治療は、とれたのをまた被せただけだから直に済んだ。治療の椅子に座ったときに、気が付いた。いつもの椅子と違う。何よりもBGM代わりのラジオのチャンネルが違う。ここは何時来ても、TBSで大澤有理が喋っていたのだ。なんだかとても淋しかった。歯医者にいうと「もう、私の意見は通らなくなったんだよ」と、俯いた。今かかっているのはFMでしょう?とたたみかけると、そうだと返事をした。これでわかった。受付でお金を払うときに、「お嬢さんですか?」と尋ねたら果たして、そうだと応えた。先生は娘さんに気を使っているのだ。先生と娘さん、それに私の3人しかいなかったので、せめて私が治療に来るときだけは「のんびりワイド」にして下さいと頼んだ。 |
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| 2007年2月12日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 541 |
2月12日(月) 晴れ 気温10℃
ただ券があるからと誘われて、上野の博物館へ出かけた。「中国国家博物館名品展」という。あのお国は(白髪三千丈)なんて言葉があるからねと予想して行ったが、美しい土器、楽しい青銅器があって来て良かったと思った。特に大人が一抱えもある大きさの青銅器の鍋(正式の名前は忘れた−多分ちゃんと見もしなかった。)の蓋の部分に、その時代のお祭り風景がそっくり再現されているものが、特に興味深かった。中央の家には祭祀を指揮する人達がいる。物売りの女達は端に座っているし、勿論男や子どもの姿もある。馬に乗った人まで居る。板に首と手足をくくりつけられた男(生贄)もいる。1p位の人間は、全部で128人(確か?)いると説明書きがあった。これは1人で作ったのかしらと、Aさんの意見を聞いた。彼女は(こーんなに沢山の人やものは1人じゃできないわ。きっと何人もで作ったのよ)と言った。うんと言って聞いたが、私は(おたく)の人が1人でこつこつと作ったに違いないと想像した。Xさんの年令や服装や顔つきなどを想像したが、まったくわからなかった。 |
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| 2007年2月11日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 540 |
2月11日(日) 晴れ 気温10℃
サムちゃん達と犬遠足に行った。黒ラブのサクラ親子も白の乗用車で参加。サムちゃんは1年振りだと言った。目的地は佐倉城趾公園の穴場。正面に向かって右裾を廻った第3駐車場に車を入れた。お堀には鴨が群れている。花見川公園のよりも大きいわねとサクラのお母さんが言う。そこから旧い門をくぐると、周りはぐるりと土塁が廻った窪地になっている。廻りの林で冷たい風は遮られて、中はぽかぽかと暖かい。白花タンポポが咲いていた。小さなすみれも一つ見つけた。何より日当たりの良い場所の桜が、ふくらんでいる。河津桜だろうか、蕾の先がバラ色に染まっている蕾を見つけた。3匹の犬たちは走り回ったり絡んだりして、しばらく遊んだ。サムちゃんはご自慢のカメラを持ってきていて、さかんに犬たちを写している。また、サムと並んで写真を撮った。来年の年賀状用だという。 しばらくそこで遊んでから本丸跡を廻り、梅林を見に行く。途中の三渓亭という建物で、今日は日曜日なのでお茶を飲ませてくれるといったら、サクラのお母さんが是非頂きたいわと言う。こちらは犬連れなので断られるかも知れないが、ともかく庭の方から入って声をかけた。座敷には5,6人の先客があり、廊下で良ければOKだとの返事。こちらは座敷に上がらない、廊下の方が好都合である。結構な誂えの庭の真ん中に竹の杭が打ってある。そこに3匹のリードを繋いで、私たちは廊下に腰掛けた。桃色の梅をかたどった和菓子に濃い茶で、400円。座敷では少女がお手前を習っている。ベルだけが興奮して吼え続けた。お茶を運んできた和服の女性に(うるさくて申し訳ありません)と謝ると、(いえ、犬も吼える声も自然の一部です。構いません)と応えてくれた。それを聞いてサムちゃんが「A先生はおいでになっていますか」と、尋ねた。やりとりを聞いているとサムちゃんは、小さいときから石舟派という流派で茶の湯を習っていたことがわかって、ビックリした。そうサムちゃんは、おばあさまにおひい様として育てられたのだ。 |
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| 2007年2月10日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 539 |
2月10日(土) 晴れ 気温10℃
8,9日と、マグノリアさんと一緒に札幌雪祭りのツアーに参加した。ご多分に漏れず札幌でも雪不足だと言うことで、雪像も氷像も何となく薄汚れてくたびれて見えた。
マグノリアさんは、雪像氷像の前にズラリと並んだ広告が気になると言った。
ツアー一行が会場に到着して解散となるや、私たちは真っ先にかねてより目を付けていた寿司屋を目指した。ビルの地下にあるその寿司屋を意外と簡単に見つけ、ランチを頼んだ。一口では収まりきれない大きさの握りが10個に味噌汁が付いて、840円。見たときは半分ぐらいしか食べられないと思ったが、二人とも完食。お茶をのみながら、お互いに満足の笑みをこぼす。味噌汁の具は海草だが、ワカメよりも歯ごたえがあり昆布よりも柔らかく、香りも独特である。それがなんというものか店で聞きそびれたが、デパ地下を眺めていて「さんご草」というものだとわかった。
腹ごしらえをしてから氷像雪像の見物を始めたが、マグノリアさんは肉まんの湯気とかスープカレーの看板、元祖ラーメンの呼び込みの方に関心が移り気味である。
ま、その点は私も意義はなくて、デパ地下に降りていった。暇な試食販売のおばさんが、私の靴の滑り止めが珍しいと寄ってきたので、前回のツアーで添乗員から買ったと説明する。(私は店内では靴から外して手に提げていた。)生ラーメンの玉を売っていたおばさんが、私たちに発泡スチロールのカップに塩ラーメンを作って、サービスしてくれた。お礼を言って、次はコーヒーが飲みたいねなどとマグノリアさんが希望するので、コーヒー店を探す。コーヒー豆を売っているコーナーに二人分のベンチがあり、そこで好きな豆を150円で飲ませてくれるという看板をいち早くキャッチ。喫茶店の所在を尋ねているマグノリアさんを制して、ここで良いと大声できっぱり言った。店番のお姉さんは私たちの希望通りのコーヒーを、丁寧に入れてくれ世間話をする。私たちが千葉からツアー客だというと、彼女は(父が船橋にいる)と応えた。 |
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| 2007年2月7日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 538 |
2月7日(水) 晴れ 気温10℃
昼頃、マグノリアさんと明日からの旅行の打ち合わせをして、午後は近くの畑の人から頂いた見事な大根を煮た。サムちゃんの在宅をケータイで確かめてから、大根の煮付けと白菜の漬け物を持ってサムちゃん家へ行ったが、返事だけ聞こえてなかなか出てこない。勿論サムはベルの甘ったれた呼び声に、すっ飛んで出て来た。少し間があってサムちゃんのお母さんが、真っ赤な顔をしておぼつかない足取りで出た来た。
かなり出来上がっている。サムちゃんが言うには、今日もかなり暖かくて、仕事をしていたら汗をかいてしまったので、帰宅してシャワーを浴びた。ついでに、冷えたり使いすぎたりすると痛む左手首を温めるために、湯船に浸かった。痛みを取るには20分は暖めなくてはならないが、その間暇である。飽きてしまうので空いている方の手で、暇つぶしに湯船に浸かりながら飲んでいたのだそうである。ま、元気だから出来ることで結構毛だらけ猫灰だらけ。2人と2匹で、ぶらぶらと市民の森へ歩いていった。森の中ではいつもの所にいつものように自由人が、読書に励んでいた。かなりの読書量に違いない。頭から真っ黒なヤッケのような物を被っている。ベルは、近くまで行って不思議そうに眺めていた。森を抜け坂上に来た時、サムちゃんが(オー
)と歓声を挙げた。満開の菜の花畑が川沿いにくねって100m位続いている。菜の花畑の近くに降りて行って人間達が楽しんでいると、橋の上をりょうちゃん親子がやってくるのが見えた。サムのお母さんは、なんども大声で(リョウ・リョウ)と呼んだ。未だ多少のアルコールが残っているらしい。 |
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| 2007年2月6日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 537 |
2月6日(火) 晴れ 気温10℃
今朝洋服ダンスを覗いて、ダウンコートがクリーニング屋の袋を被ったままになっているのに気が付いた。今日は月に1度の句会で出かけたが、桜が散り始めた頃の暖かさだった。さて、句会で初めて選者という体験をした。春菜さんや酸吸さんからいろいろとアドバイスして貰っていたが、もう頭の中は真っ白。一句ずつ吟味する余裕など全くなく、唯自分の好みで選んで行った。私に与えられた題は「握る」。トップの天にはTちゃんの(待っている 母の手握り 又くるね)を選んだ。地には歯なし歯医者Tさんの(勘違い 炬燵で母の 手を握り)。Tちゃんは初めて天に選ばれたと、とても喜んでいた。いつも地味なTちゃんを選んで、私もなんだか嬉しかった。
終わってからはいつものラーメン屋で、あれこれと川柳談議。その間にTちゃんが、あっと思う間に大きなハート形に紙を切り抜き、みんなで酸吸さんへのお見舞いを寄せ書きした。1人百円ずつ出してチョコレートを買い、この寄せ書きを付けて春菜ちゃんが届けることになった。笑って喋って、喋って笑って、春菜ちゃんは1時間半かけて自宅まで歩くと帰って行った。 |
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| 2007年2月5日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 536 |
2月5日(月) 晴れ 気温6℃
思いがけず夕方、酸吸さんから電話があった。明日は句会なので、気が揉めるのだろう。電話だから姿は見えないのだが、声は張りのあるしっかりとしたいつもの声である。お見舞いのハガキのお礼と、川柳も少し旨くなったとリップサービスしてくれた。病気の話をしたときは、先が見えないようで声が沈んだが、気が付かない振りをした。
今日は事務所の帰りにいつものJA農産物販売所へ寄ったら、ふきのとうがあった。大小あわせて15個入って130円だった。体調が戻ったら、天ぷらで食べたい。
実は昨日、佐倉の街中を歩いていて小さな段差につまずいて、左足首を捻った。まあ、それはよくあることなのだが、その時の自分の恰好の悪さに落ち込んだ。足首を捻っただけなのに反射神経が動かないで、変な恰好で両手をついておまけに右膝をすりむいた。我ながら無様な恰好だった。やっぱり確実に身体が老化しているのかと思ったら、手足の痛みよりも心がこたえた。
帰宅するとどっと疲れが出て、ああでもないこうでもないと堂々めぐりに同じ事を考えて、寝付かれなかった。その上今朝は起きられず、半日ごろごろとしてから、約束があったので事務所に連れて行って貰った。でもふきのとうを見ていると、なんだか明日は明るいような気がしてきた。 |
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| 2007年2月4日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 535 |
2月4日(日)立春 晴れ 気温8℃
印旛村の農産物直売所で、ふきのとうが売っていた。まだ大人の中指ほどの大きさである。思わず手を伸ばすと、同行のAさんに(ここは鮮度の落ちたのも売っているから気を付けて)と注意された。パックの日付を見たら、なるほど1月31日となっているから5日間も店ざらしになっているわけで、買うのは止めた。でも1月中にふきのとうが出るのは、やはりこの冬は暖かいのだ。風は強いが良いお天気なので、ここで「海苔弁」とつみれ汁を買ってベンチで食べた。食べているとおそろいの黄色のベストを着けた「○○歩く会」の面々がぞろぞろとやって来たので、デザートのソフトクリームと焼き芋は手に持って退散して、車の中で食べた。Aさんはつみれ汁の大を注文したので、(珍しく)お腹がいっぱいで焼き芋は食べられないと言った。
実はそれから佐倉市美術館へ、活動写真を見に行った。出し物は「チャップリンの消防士」と「カリガリ博士」で、弁士とピアノ伴奏付きで入館料400円で見られるという。弁士の語りは滑らかでなかなかのもの。明るくなって弁士が意外と若い(多分20代)なのに驚いた。ピアノの伴奏もスマートで洗練されているのにこれもビックリ。初体験をして大いに脳の活性化をした。 |
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| 2007年2月3日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 534 |
2月3日(土)節分 晴れ 気温5℃
(あれじゃあ、くたびれた鬼だって逃げていかないよなあ)。家人のしょぼくれた「鬼わぁーそと、福わぁーうち」の声を聞きながら思ったが、勿論黙っていた。家人が現役の頃は帰りが遅かったので、むすめ達か私が豆をまいた。私たちは大声で景気よく一気に撒いては、バタバタと戸を閉めた。わが家は入り口や窓が多い。(2箇所もやればいい)と声をかけたが、家人はそれぞれの入り口や窓を丹念に豆をまいて歩いている。妙に律儀なのだ。下が終わったら、二階へ上がってやっている。明日は、ベルがこぼれたマメをせっせと拾うのもいつものことである。終わってから家人は、マメを湯に浮かべて、後ろを向いて掬って食べるという変なことも、必ずやる。
冬が来たのかどうかも定かでない程の暖冬だったが、年が明けて私の花粉症はしっかりと始まったし、節分や明日の立春は1年の時間の中での句読点みたいで、良い。
一つの区切りは、しぜんに次へと視線を促してくれる。
今日はお絵かきの日で、楽しみに出かけた。去年はグループ展をやらなかったが、グループ展はお金もかかるので、市展を利用させて貰おうと言うことになった。つまり会員みんなが市展に参加して展示して貰おうという魂胆である。まあ、私たちのグループの作品が一箇所に集まると言うわけにはいかないが、てまひまが省けるというAさんの知恵である。それに市展は、落選が殆ど無いという聞き込みもあるから。私は初参加で、Bさんに搬入をお願いした。 |
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| 2007年2月2日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 533 |
2月2日(金)晴れ 気温8℃
昨日、近くにスーパーと回転寿司がオープンした。スーパーは去年倒産した後に、別の店が入った。回転寿司は中古車店の跡地に出来て、駐車スペースは広い。「そうだな。今は駐車場がないとだめだよ」と犬仲間のハナのお父さんが言った。「そう、それに今度の規則が出来てから、アタシは団地の中へは買い物に行かなくなったもの」と、サムちゃん。「(団地の中で)買い物したら、金額に拘わらず駐車代をタダにしてくれたらいいのに、2千円に10円位足りなかったら駐車場のハンコを押して貰えなかった」と言うのはワンタのお母さん。「だから、それからはもう行かない。
余所で買い物する」これでは団地内の商店街は寂れる一方である。一方、スーパーと回転寿司はどちらも開店初日の昨日は、大変な混雑振りだった。「だからねえ、スーパーAへ行ったの。Aでも対抗して、ケチャップが98円で、お一人様4本までって広告が出ていたから。」ワンタのお母さんの話によると、その店に出向いてみたら広告は謝りで、1人1本だと言われた。そこで引き下がっては主婦ではない。広告を見てわざわざ出かけてきたので、せめて2本売ってくれと交渉したら、本部と打ち合わせた後OKが出たが、レジで又一悶着。レジを納得させてやっと98円のケチャップを2本買ったと言う。聞いている方が、くたびれた。 |
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| 2007年2月1日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 532 |
2月1日(木)晴れ 気温10℃
明後日は節分で、例年だと寒さが一番厳しい時期だが、この暖かさ。花島観音下の公園では、もう菜の花畑が満開で、その上を風がそよぎ渡っている。4月の感覚である。今朝のテレビでも、寒い冬には海面近くに上がってくるタコが、今年はサッパリとれない。海の中はもう春の海だと、漁師が網の繕いをしながらこぼしていた。
第一木曜は「唄う会」のお稽古で、いきいきセンターへ自転車で出かけた。今月の17日はセンターの祭で、各同好会が日頃の練習の発表をすることになっている。
我々の会も当然参加するが、私は都合で出られないと申し出た。本当のことを言うと、当日女性は、黒のスカートに白のブラウスを着用することになっているが、私は寒くてとてもスカートなんか着る気にならないのだ。でもこういう不心得者は私だけと見え、47名の会員は殆ど参加するので影響なんかない。所で、発表会でアンコールが出たときの用意に、「千の風になって」を練習した。今日で2回目だが、今流行っているこの歌は、始めて歌詞を読んだとき、好きになれなかった。(私のお墓の前で・・)という歌詞が、引っかかって好きになれなかったが、覚えやすいメロディで、繰り返し唱っているウチに、まあまあ気に入った。自転車に乗りながら、帰り道で唄った。ウチへ帰ってからも唄った。家人が迷惑そうな顔をしているので、教えてやると言ったら、俺は1年も前から歌の由来は知っているという。ふん、歌は歌わなくちゃ知っていることにならないんだわいと、言ってやった。 |
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| 2007年1月28日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 531 |
1月28日(金)晴れ 気温8℃
一日中、好きな中南米音楽を聴きながら、せっせと宿題の筆を進めた。ラジオの中南米音楽番組は廃止になってしまったので、録音してあったのを聞いた。マリアテレサ・マルケス(アルゼンチンの歌手)特集というのを選んだ。今までに繰り返し聞いたテープである。所が今回はDJの説明に、何かが耳にひっかかった。DJの竹村氏は次の曲は「ラ・チョンガ」と説明しておいて、ちょんがーは日本語で独身男性を意味するが、もとは朝鮮語である。朝鮮語では髪型のことも言ったようだが、スペイン語の辞書を引くと、三つ編みとか束髪という意味が出てくるが、偶然の一致か面白いと言ったのである。
チョンガーを広辞苑で引くと(朝鮮語Ch'onggakの転)@朝鮮の丁年過ぎの独身男子の蔑称、もと髪型の名称で丁年未満の男子は結髪せず冠を着けず、髪を後ろに編み下げる風習があった。A俗に。独身の男・・とある。若者は流行スタイルに敏感である。若い男性の三つ編みスタイルは、その呼び方と共にスペイン、南米へと伝わって行ったのだろうか?こんな風に想像をしたのは、今年になって大野晋氏の日本語の起源についての本を読んだ影響である。インターネットがなくても、食べ物や流行は世界を駆けめぐっているらしい。 |
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| 2007年1月25日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 530 |
1月25日(木)晴れ 気温6℃
労働災害事件の損害賠償裁判の判決を聞きに、東京地裁へ出かけた。ひどい判決だった。棄却の判決を聞いた後、弁護士は取ってきた判決文の抜粋を読んだが、それを聞いて足下が崩れて行くような感じがした。この間経営者の利益だけを考えた「ホワイトカラーエグゼンプション法」が、すんなりと国会に上程されそうになった時も、今回と同じような絶望感を感じた。この社会はもう、バランス感覚なんかなくしていると思う。
判決文は中央右に座っている裁判官が書くと聞いたが、あの若い裁判官は、文献や条文をつなぎ合わせただけの下手な答案は書けたが、人間(原告・被告)をこれっぽちも見ていないと思う。百歩譲って、そのあたりの立証が弱かったとも言えるが。原告のAさんがまた、傷ついたのではないかと心配だった。しかし傷つきながらも闘う彼女の姿に、私は圧倒される。 |
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| 2007年1月24日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 529 |
1月24日(水)晴れ 気温8℃
夕べ、甥っ子のお嫁さんから電話があったという。私は気の置けない川柳の仲間達と、5時間近くお喋りの花を咲かせていて、帰宅は遅かった。それに彼女と対で話をしたことがあったろうかと考えていると、(朝早くからスミマセン)と電話がきた。
どうしたのと聞いてみると、「離婚したいのだが」という。一気に眠気が覚めた。ふんふんと話しを聞く。彼女の話はもっともである。でもこちらも一応おばさんなので、甥っ子に話を聞いてみるので、それまでハンコを押すのは待って欲しいと頼んだ。彼女は、今まで親にも話していなかったが聞いて貰って良かったと、意外にスッキリした声で承知した。
原因は女性関係で、ツールはやっぱりケータイである。ケータイの特徴は即時性にある。「あれ?」という一寸した思い違いが、ケータイによって火を付けられて「恋」と勘違いしてしまう。多分こういう事例が多いのではないか?始まりも終わりも早い。だから数多くこなす、てな事になっているのではないだろうか?
例えば手紙だとあれこれと迷って書く。返事を待つ時間がある。音楽でもスポーツでも、「間合い」が大事なことは、多くの人が認めている。「間合い」を楽しまない恋は、勿体ない話だと思う。 |
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| 2007年1月23日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 528 |
1月23日(火)晴れ 気温8℃
川柳の仲間で新年会を兼ねた、飲み会をした。となりに座ったムベちゃんの手指にふと、目が留まった。手のひらは私のよりもひとまわり小さいが、5本の指の節々が算盤玉のようにふくらんでいた。それよりも先に目に付いたのは、右手の人差し指の第一関節が内側に曲がっていた。ああ、母の手に似ているなと思った。私の母の手指も(人差し指だったか、中指だったか)第一関節が大きく曲がっていた。母はそれは手内職の所為だと言っていた。子どもが小さかった頃、縫い物はへらが狂うので(子ども達が騒ぎ廻るので、へらを使って付けた寸法が、間違う)、は縫い物(母の説明では、和服は季節毎にほどいて洗い縫い直すが、その時にもとの1反の布地の様につなぎ合わせる仕事)を散々やったのでいつの間にか手指が曲がってしまったと言っていた。は縫い物の話をする時母は、決まっておかしそうに思い出して笑った。ある時、どうしても細長い紅絹の布が1枚足りない。探しあぐねた夕方、遊びほうけた息子が海から帰ってきてわかった。足りない紅絹の布は、「赤ふん」として今日1日役目をしてきたのだった。
私は懐かしくて、思わずムベちゃんの手を取って撫でていた。「力仕事をしたからよ」と、ムベちゃんは言った。「馬連ってね、意外に力がいるものなの。父親が長く煩っていたから、一本になってこの手で生活費を稼ぎ出していたのよ。」ムベちゃんは珍しい女性の摺り師(木版を摺る職人)だった。「手は宝」母の口癖も思い出した。 |
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| 2007年1月16日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 521 |
1月16日(火) 晴れ 気温8℃
今日も晴れて穏やかな1日だった。
心がロックされているのか、見ても聞いても心に残ったことはない。
さっき夕飯を食べているとき、男性から電話があった。ここの所男性で電話が架かってくるのは川柳のまことさんだけ。迷わず親しげに電話の向こうに呼びかけた。電話の向こうでは、一瞬ひるんで「弁護士のAです」と言った。しまったあ、と思ったときは遅かった。失礼を謝った。過労死の事で昨日、弁護士事務所にFAXを入れて置いたのだったがまさか、自宅へ連絡が来るとは思わなかった。でも誠実なA先生は早速連絡をくれたのだった。今年も、過労死問題との付き合いが始まる。
そう言えば夕方7時のニュースで、「国民の理解が得られないので、ホワイトカラーエグゼンプションの今国会上程を断念する」と安倍首相さんが言ってたが、政府は小出しにして様子をみているのである。これで安心は出来ない。 |
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| 2007年1月15日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 520 |
1月15日(月) 晴れ 気温6℃
月曜日は事務所当番の日である。相棒のAさんは水を貰いにヨーカドーへ行ったきり帰ってこない。車で行ったので、よもやとは思ったが心配になって、ケータイの番号を探しているところに、身体中にいろんな食べ物の匂いを付け、満足そうな顔で帰ってきた。
(たまには私のおごり)と言って、昼飯を買ってきてくれた。献立は、細巻き(納豆とマグロ)、めかぶの三杯酢、タコの唐揚げ、キャベツと海老のサラダ、苺大福。今は貴重品の納豆巻きがおいしかったし、唐揚げのたこが柔らかい。これはビールのつまみに良いと思った。どれも口当たり良く出来ていて、苺の酸味とあんこが口の中で微妙に混ざりあう苺大福のデザートまで付いていた。
帰りはいつものJAに、掘り出し物を見つけに寄った。私は1個120円のリンゴが4個だと450円。バナナ6本付いたのが100円(皮が少し黒ずんでいる。7本で100円のをみつけAさんに譲ったら、どうせ食べるのは私だけだと言って買わなかった。)白菜漬け150円(前回もおいしかったが、量が増えて150は安いとAさんは2袋買った。)ネギ120円(太い洗いネギ4本)サニーレタス70円、小松菜110円(湯がいたら、甘くて美味しかった。)合計が丁度千円だった。レジで顔見知りの店員さんに、ピッタリ賞はないのと冗談を言ったら、車に買った野菜を積み込んでいるときに追いかけてきて、JAが出しているイノシシ親子の貯金箱を一つずつくれた。 |
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| 2007年1月14日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 519 |
1月14日(日) 晴れ 気温7,9℃
良く晴れて、穏やかな日和。あれこれと家の中の雑用をする。何事もないように、時が刻まれて行く残酷さを味わっている。
午後、ホームの義姉から「銀行預金通帳を知らないか」と、電話がかかった。暮れに、記帳のために預かったが、お墓参りに行ったときテレビの前に置いて返したと、説明する。少し様子がおかしいと感じたので、直ぐにホームへ行った。受付で名簿に記入していると、顔見知りの寮母さんが「あの、お通帳の事ですか?」と聞く。この2,3日気にしているが、銀行の人に預けてあるのだという。義姉の部屋に行くと、さっき私に電話してきたことを忘れていた。少しお喋りをしながら、冷蔵庫を覗くといつも飲んでいるお茶がない。トイレにはペーパーもない。確か暮れに、青いいるかの模様の入ったトイレットペーパーをワンパッケージ買って、トイレの隅に置いておいた。1月足らずで使い切る量ではない。部屋の中をあちこち探したが見つからず、ついでに買ってこようと、散歩を兼ねて買い物に連れ出した。働き者だった義姉はスーパーが好きだ。日曜日で混んでいたが、(たいして食べたいものもなくなったね)とか言いながら、野菜、魚、練り物と丁寧に見て歩いてお花、お茶、ミカンを買った。いつも買っている「爽健美茶」は、昨日売りだしだったとかで、1本もなかった。ついでにテレビで「痩せる」と宣伝したとかで、納豆の棚も空っぽだった。
どこかのおじさんが「テレビの宣伝って凄いね」と言ったので、頷いた。1時間ほど付き合うと、義姉はサッパリとした顔になった。 |
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| 2007年1月13日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 518 |
1月13日(土) 晴れ 気温7,9℃
「私たちはどう生き、どう闘うか」週刊金曜日の2007年展望鼎談のテーマはこれ。参加は奥村宏、野田彰、山口二郎の各氏。期待を持って読んだが、やはり即効薬はないらしい。政党も労働組合もジャーナリズムも期待できない現在、個々人の踏ん張りに期待しないと何も生まれない、展望も開けないという結論だった。
朝の公園、芝生広場には少し霜柱が立ったが、あまり寒くはない。この冬は未だ、吐息が白くなったのを見ていない。良いお天気だったが、1日中家の中で作業をしながら電話(メール)を待っていた。 |
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| 2007年1月12日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 517 |
1月12日(金) 晴れ 気温8℃
朝のウチに、最後に届いた年賀状の返事5枚を書いて、郵便局のポストへ持って行った。郵便局の警備員のおじさんがポストに並んで立っていたので、おじさんの顔を見て(へへ、未だ年賀状)と言いながら、はがきを袋から出した。おじさんもにやりとして私のハガキを受け取り、丁寧にポストに入れてくれた。
家人が数日前からぐずぐず云っていたがとうとう昨日、腰が痛くて動けないと言うので私のかかりつけの鍼灸院へ運んだ。待合室で話を聞いていると、いろいろと泣き言を言っていたのに、家へ帰るとがらりと態度を変え、こちらの注意など聞く耳持たぬと頑張る。痛いのはこちらじゃないからいいけど、爺さんの頑固というのは掃いて捨てるしかないね。所がおかしいのは同じ事でも友達が言うと、素直に聞くのだ。ひと晩経って、調子はどうかと尋ねると(同じだ。変わらない)と文句を言いながら、机に向かって仕事を始めた。良くなっているじゃん!!昨日は身体の向きを変えるだけで、ひいひい言ってくせに。
なんだか気持ちが落ち着かず、何もしないで1日が終わった。 |
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| 2007年1月11日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 516 |
1月11日(木) 晴れ 気温8℃
6週間振りに、主治医に会いに行く。人間ドックの検査結果を見て貰い、早めに花粉症の薬も貰う。話が一段落すると「ホワイトカラーエグゼンプション、やってる?」と先生に聞かれた。先生はさすが元新聞記者だけある。(やっていますよ)と答えて、すこしその話もした。毎年1月はそうなのだが、待合室にカレンダーやカップ、中古のCDなんかが置いてあって欲しい人はどうぞとあったので、受付の女性に断ってCDを1枚貰った。 薬局に寄ってから、4丁目へ歩いた。銀座は人通りが多い。1人の銀ブラである。銀座三越の玄関近くには「ブルーフォックス」(多分)を着た女性が、人待ち顔に立っていた。和光のショウウインドウはイノシシがテーマだった。この頃、和光のショウウインドウはドキドキしないなと思った。こちらの感度が弱くなったのかも知れない。時間が良かったので、銀座シネスイッチによって「王の男」を見た。 |
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| 2007年1月10日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 515 |
1月10日(水) 晴れ 気温9℃
今朝出かける前に洗濯物を干していたら、ベルが吼えて玄関のチャイムが鳴った。
洗濯したソックスを手に持ったまま、急いで玄関へ出てみたら女性が二人立っていた。いつもの人とは違う顔ぶれである。「お忙しいところをすみません。こういう世の中です。先日の成人式でもいろんな事がありましたね。」と言いながらバッグの中から冊子を取り出そうとしている。(成人式よりも、防衛庁が防衛省になったことの方が大変なのではありませんか?)と返事をした。親同伴の成人式も笑っちゃうが、防衛庁が防衛省への昇格は、若い人には直接徴兵制へと繋がる。若い人だけの問題ではない。息子や娘は、戦場へ送り出すために、大事に育てたのではない。大柄な女性はこちらの返事を期待していなかったらしく、一寸身をひいてこちらを眺めて「そんなこともお考えなのですね」と言った。(私たちは皆さんに、聖書の言葉をお伝えしています)と潤んだ声で言いながら、冊子を出した。(頂いても読みませんから結構です)と断った。彼女たちには、暮らしの匂いが感じられない。 |
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| 2007年1月9日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 514 |
1月9日(火) 晴れ 気温7℃
川柳の初句会で、家を8時過ぎに出かけた。酸吸さんが欠席なので、春菜さんが選者の1人に指名される。彼女は、顔は引きつり身体はぎごちなく動き、声も震えていた。ある入選句を「・・イハイと願う・・」と読んで、みんな意味がわからず首を傾げたが、作者が黙っていたので新年から変わった句を読むと思っていた。 終わってからみんなで、いつもの490円のラーメンを食べながら、その話題になり原文をみたら「位い」だった。でも先生の句を、選外にしなくて良かったとみんなで慰めた。
昼食後、酸吸さんの入院している病院へお見舞いに行く。途中でお花でも買っていこうと相談したのだが、花屋が見つからないうちに病院へ着いてしまい、病院内にも花屋がなかった。仕方がないので手ぶらで9人がぞろぞろと、酸吸さんの病室に入っていった。
酸吸さんは顔色が格段に良くなっていた。「ステロイド剤」が、効いているのだという。私がお見舞いのお花が買えなかったので、昨日誕生日だった酸吸さんに歌でもうたおうかと、冗談を言った。でも長居は遠慮してそこそこにして引き上げようとしたら、Yさんがどうしても唄いたいと言うのだ。じゃあ小さい声でねとみんなで「ハッピバースデーサンキュウ」を唄った。終わるとすかさず酸吸さんが「サンキュウ」と言ったのは言うまでもないが、酸吸夫人が(何よりのプレゼントです。)と、喜んでくれた。私たちは気分良く病院を後にして、春菜ちゃん家で夜までお喋りをして遊んだ。 |
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| 2007年1月8日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 513 |
1月8日(月)成人の日 晴れ 気温8℃
「ヤブが4日間も家出して、痩せて帰ってきた。」久しぶりに出かけた公園で、サムちゃんが教えてくれた。飼い主が出かけるたびに、ステラの所でヤブ(ステラのお父さんが藪の中で拾った犬)を預かっている。預かったステラのお父さんは、ヤブが居なくなったとき見つからなくても良いと言ったとか。何故なら、ヤブの飼い主はもうヤブを飼いたくないらしいから。犬仲間はみんな、ヤブは人間達の話を聞いて家出したのだと思った。
数ヶ月前に倒産した小型スーパーの後に、駅前のスーパーの支店が入るってと、ハナコのお父さんが言った。地域の噂話は、犬仲間から聞くのが一番早い。そうそう今日の新聞折り込みに、履歴書の付いた広告が入っていたと話を繋げたのはサムちゃん。やはり倒産した中古車屋の後に作っているのは、回転寿司と焼き肉屋だという。
(今月末が開店らしいけど、どう、もう大分できた?)といきなりこちらに話題が振られてきた。犬仲間では私が一番ここに近いからである。公園へ来るときその前を通ってきたのに、関心がないから見もしないしわからない。(さあね、大分出来てきた様だけど・・)と言葉を濁しておいた。今日は風がなかったが、5時を過ぎると公園は急に冷え込んできた。 |
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| 2007年1月7日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 512 |
1月7日(日)晴れ・強風 気温9℃
夕方になると、西からの強風が冷たかった。これはお山に大雪を降らせてきた風に違いない。それにしても目と鼻の具合がおかしい。元旦からの風邪は治ったはずで・・と考えてみると、もしかしたらもう「花粉症」が始まったのかも知れない。そう思いついて去年の使い残しの薬を探していると、ドライブ帰りの仲間がふたりお土産を持って寄ってくれた。おばさんも、3人寄ればけたたましい。一気にお喋りがはじけた。話は経済格差から、金持ち優遇制度、銀行はサラ金に融資して儲けている等々政治経済の話から介護、子育てまで多岐に亘る。家人は話しについて行けないのか入れないのか、いつの間にかこそこそといなくなった。Aさんは、(いま考えれば親ばかで笑っちゃうんだけど)と言いながら、父親は4人の娘さんをいつも(俺に似てほんとに可愛い)と口癖のように言っていた事。また母親は、4人の娘を決して比べたりしなかったと話した。私たちはそれは一番の子育てねと納得しあった。そして正月からニュースを賑わしている(妹殺し)の話題となり、殺人を犯してしまった兄に、私たちの同情が集まった。 |
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| 2007年1月6日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 511 |
1月6日(土)雨 気温9℃
朝から雨。風雨が強まるという天気予報の中を、絵のお稽古に出かけた。遠くから通って来るMさん、Iさんはお休みで今日の生徒は5人。それでなくても生徒は減るばかりで、とうとう今までの月謝では先生への謝礼は捻出できず、かといって小遣い額が決められているから値上げは無理という仲間の意見で、先月先生に月謝の引き下げを申し込んだ。私たちはみな先生の指導の的確さと、人柄の良さに入れ込んでいるから何としても今まで通り指導を受けたい。先生は快諾され、貰わなくても良いと言ってくださったが、そんなわけには行かない。私も会員を増やそうと思って、母親の介護のために会を離れたSさんに電話してみた。暮れに欠礼の知らせを頂き、その中に介護が終わったことが書かれてあった。気持ちが落ち着いたらもう一度如何ですかとお誘いすると、(実は、母に続いて飼い犬が死んだのです)と電話の向こうで言った。あれこれ聞いてみると、どうも未だに心の整理が付かないのは、飼い犬のせいと思われた。ご本人がその事に気が付いているかどうかはわからない。でもお絵かき仲間で遊びに行くときは誘ってくださいと、言われた。 |
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| 2007年1月5日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 510 |
1月5日(金)晴れ・曇り 気温9℃
どういう訳だか先月は忘年会が終わってからが忙しくて、年賀状を作っている暇がなかった。そこで戴いた分だけ、急いでプリントして送った。中には川柳の雅号だけで届いたのもあった。酸吸さんからは、(猪の次ぎに元気な○○しっぽ)とあった。
○○には私の名字が入る。そこで私は(酸吸さんイノシシ前をホイサッサ)と、返した。相聞歌のようで楽しい。
所で、先月はお絵かきのお稽古を休んだから、まるまる1ヶ月の時間があったのに何も出来ていない。そんなわけで今日はまるまる1日、明日持って行く絵の制作にかかった。天気予報では生憎、明日は風雨が強まるという。雨の時は、カンバスの描いている方を上にして運ぶのだと先生から教わった。油絵の具が、水分をはじいてくれるという仕掛けらしい。 |
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| 2007年1月4日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 509 |
1月4日(木)晴れ・曇り 気温9℃
「ご馳走様でした。」と言って、姉娘も帰っていった。たった1週間の賑わいだったが、残されてみるとどうしようもなく淋しかった。もう以前のような老人二人だけの暮らしには戻れないような気がした。音楽をかけてみるとこれがまた哀しくて、余計に落ち込む曲だった。
某新聞(機関紙)が今日付一面で「偽装請負・サービス残業などの無法を一掃し、雇用と地域経済を守る全国集会」を開催すると出ていた。内容を読むと、今一番の問題となっている「ホワイトカラーエグゼンプション」が中心課題だと思えるが、看板を見た限りではハッキリとしない。「ホワイトカラーエグゼンプション」については、知らない人が7割もいるという現在、この取扱は納得できない。長ったらしくて、馴染みにくい横文字だけれど、キチンと知らせて欲しいとおもう。
それに本当にその気があるのなら、同じ目的を持った所(団体・個人)と大同団結して運動を進めるのが有利なことは、シロートだって分かる。
新年からなんともスッキリせず、鬱陶しい事である。 |
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| 2007年1月3日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 508 |
1月3日(水) 曇り 気温9℃
この年令になって戴く年賀状は、ああしたいこうしたいという夢や希望よりも、現状報告が多い。高校時代からの友人Tさんのは(カミさんが車椅子生活になって、息子の協力を得て、一人前の主夫となった)というものだった。Tさんとも、もう何年も会っていないが何時だったか「男の子3人(確か?)を育てながらバイクをぶっ飛ばして働いている」と嬉しそうにカミさん自慢をしていたのを覚えている。10代のある時期、夢や憧れを語り合った仲間が、こうして営々と日々を暮らしているのだとしみじみ思った。
帰省している娘に、(為末って陸上選手知っている)と聞かれた。名前は聞いたことがあるがと答えると、彼は子ども達に陸上競技を広めるための活動もしていると、教えてくれた。砲丸投げや棒高跳びの選手と一緒に、子ども達に一流選手の動きを見せたり教えたりしているのだそうだ。本物にふれた子ども達の目が輝くのは、言うまでもない。ネットで検索して(やっぱり、こういうところが便利)為末 大氏の活動の一端を知った。私も少し元気を貰った。 |
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| 2007年1月2日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 507 |
1月2日(火) うす曇り 気温9℃
正月早々風邪をひいた。夕べ夜中に喉が痛くて目が覚めた。朝起きてから寒気がして涙目、鼻水、くしゃみの揃い踏みとなった。やむなく1日中、家の中でぐだぐだしていた。姉娘が、私たちにお年玉といって、ユニクロのフリース衣類をくれた。家人にはレモンイエローのタートルネックシャツと、緑に青のチェックのベスト。私には空色とオレンジのやはりタートルネックシャツと若草色のジャンパー。オレンジと若草色は今年の流行色だとか。家人は(派手かな)なんて言いながら、その場で着て見せた。そしてこっそりと、(何時もお金がないって言ってるのに、大丈夫だろうか?)と聞いて来た。フリースのシャツは、確か680円と広告が入っていたので、大丈夫でしょうと答えた。 |
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| 2007年1月1日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 506 |
1月1日(月) 晴れのち曇り 気温9℃
元旦 私は、あの一夜明けるとものみなすべてが違って見えたお正月を知る、最後の世代かも知れない。街中を飾った門松。お正月しか食べられないお餅やお雑煮やご馳走。お正月に買って貰う新しい下着や晴れ着。あの人このひとから貰えるお年玉で、一気にお金持ちの気分が味わえたお正月。お年玉で子どもは、自分の好きなものが買えた正月。遊び惚けても夜更かしも公認のお正月。火鉢で餅を焼くのはもっぱら子どもの仕事で、餅はお雑煮のほか、あんこやきなこをつけて、1人で7つも8つも食べたものである。いま考えるとどうしてあんなに食べられたのか不思議に思う。私の育った庶民の家庭でも、お雑煮を食べた後は兄妹が並んで、父がいっぱいやりながら読む百人一首のカルタ取りで遊んだ。皮肉なことに、食べ物やそのたの物が豊かになったために、お正月の特殊性が失われた。ハレとケ、非日常と日常の境が曖昧になってしまった。
そして今日、夕べ帰って来た姉娘と午後からスーパー銭湯へ行った。ついでにアカスリをやって貰った。日本語の上手な韓国人のおばさんにのせられて、オイルマッサージというのもやった。彼女は「お正月だからね」と言った。お正月だから普段やらない贅沢(私には)も、良いんじゃないかと言うわけ。お正月で忙しいかと聞くと、昨日はとても忙しかったという。今日、大晦日に忙しいのは床屋や美容院に代わって、アカスリ屋らしい。 |
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| 2006年12月31日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 505 |
12月31日(日) 晴れ 気温10℃
おとついの午後、駅へむすめ達を迎えに行った。電車が到着して乗客がどっと改札を通り抜けてから、赤ん坊をオンブしてユニクロの大きなビニール袋いっぱいの荷物を左手に提げ、右手は長靴を履いた小さな男の子と手を繋いだ姿が見えた。冷たい風が吹き抜けているのに、背中の赤ん坊は帽子も被らず彼女の上着を掛けただけ。格差社会のプアーに見えるなと思った。少し陽に焼けたようだ。毎日自転車で長男を養護学校に送り届けてから、職場へ通勤しているという。でも元気そうで、頬のあたりが少しふっくらしたようだ。ある時養護学校の先生と街中で会ったら、その先生は近寄ってきて(Iちゃんは今日、こんな事が出来たんですよ〜)と、教えてくれたと目を潤ませていた。それにねと彼女は続けた。次男のKは夜寝るとき、「ちっち(自分のこと)はね、あっくん(母親のこと)が、だーい好きなんだよ。だからね、大好きな苺の夢を見ておねんねしてね。」と囁いてくれるのだそうである。ま、それでも年頃になると彼女の方が良くなるんだろうねと半畳を入れた。娘は(大丈夫、息子を恋人にしないから)と、ムキになった。
さて、私も来年は(冬瓜はね、○○の事が大好きなんだよ)と、惜しみなく言うことにしよう。○○って誰かって?それわぁー・・ねえ。
今年も又、ホームページの秋山編集長には大変お世話になり、有り難うございました。
来年も又、よろしくお願い致します。 |
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| 2006年12月30日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 504 |
12月30日(土) 晴れ 気温10℃
昨日の午後娘が子どもを二人連れてやって来た。途端に暮らしのペースがローからトップにきりかわり、家人共々きりきり舞をしている。3人の子どもを育てながら働いている娘に、せめても少しの休息の時間をあげたいと、娘や子ども達の好きな献立を用意し、布団は日に干して湯たんぽをいれ、子ども達の洗濯をし、子どもの遊び相手をしとフル回転のサービスを続けている。そのせいか、せいぜい半年に1回位しかやって来ない子ども達も私たちに馴染んで、甘え遊ぶようになった。然し2日目の今晩、トトロを見終わったとき上の子は(おうちへ帰りたい)なんて言うではないか。がっかりしたが(そうだね、お兄ちゃんとお父さんの所に帰りたいよね)と言った。娘が(もうひとつお泊まりしたらね)と諭すと、3才の彼はこっくりと頷いた。
夜、昨日所在を探していたBから1年振りに電話があった。やはり娘さんの住んでいるアメリカに行っていたとのこと。彼女は高校の同窓生グループと俳句をやっているといった。たまには会おうと言われそうねと答えながら、過去を振り向いている余裕なんか無いなと考えた。 |
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| 2006年12月29日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 503 |
12月29日(金) 晴れ 気温10℃
冷たい北風が雲を吹き飛ばして、遠くに12月の晴れた空があった。朝、ケアハウスに義姉を迎えに行って、墓参りをした。義姉はしきりと(この頃もの忘れがひどくて)と、かこち、忘れていることがあったら言って頂戴と繰り返した。運転手役の家人は、(まあ、年を取ると誰でも多かれ少なかれありますから)と言って慰めた。帰宅すると留守電が5回も入っていた。追いかけるように又電話が鳴って、高校時代の友人Aから、今朝かつての仲間が亡くなったと知らせてきた。淋しいねと言うと、うん、だけどしょうがないことなんだろうなとAは答えた。所でBと連絡が取れないがとAが言った。BはAの元彼女である。そう言えばとこちらもBと音信不通だったことを思い出した。去年の暮れに、引っ越すからと電話があったきり年賀状も来ず、そのままになっていた。因みにCにBの連絡先を聞いてみたら、Cは私が知らないなら誰も知らないと言った。Cと少し話をして、私の関係はみな、故人とは浅い付き合いだった事を思い出して、他の人に連絡するのを止めた。リタイヤーしてからはなおのこと、形だけの付き合いは体力が言うことを聞かない |
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| 2006年12月28日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 502 |
12月28日(木) 晴れ 気温12℃
明日は娘が子ども連れでやってくるというので、朝から玄関の掃除にかかる。玄関は(ちょっと)の積もりで置いた、品物の山が出来ている。これらをあちこちに隠して、玄関をあけなければならない。でも始まったばかりで「事務所納め」に出かけた。家人には(なるべく早く帰るから・・)とか一応言い訳した。事務所には相談される方もお一人来ていて、1時頃に近くのファミレスで仲間と食事をしながら、あれこれ話をした。世の中、庶民の暮らしが地滑り的に崩れているが、どうも怒りの声が聞こえてこない。怒りだけではなく、好きとか嫌いとか生の感情が希薄になっているのではないだろうか?感情をむき出しにする事はいけないことだという、社会的制約がきつくなっているのかも知れない。どっちにしろ、他人には無関心関わらない、関わりたくないという状況がある。
先日(25日)市役所から通知が来ていたので、何年ぶりかで「骨密度」の検査を受けた。今までの検査ではいつも同年齢の80%位で「骨粗鬆症」と診断され、カルシュウム剤を飲んだり、注射を受けたりしたが一向に状況は好転しなかったので、治療は一切止めた。半年ほど前、雑誌でゼラチンを3ヶ月食べたら骨密度が上がったという記事を読み、これなら出来そうだと、コーヒーゼリーを作って、毎食食べるようにした。今回の結果は同年齢の118%、成人時平均100%であった。以前と今回の検査個体(私)の変わった点を思い出してみると1,測量部位(右肘→右踝)2,体重の増加3,ゼリーの摂取である。いや骨密度が超音波骨評価と呼び方も変わっているし、基準値が下がったのかもしれない。でもとにかく気分は良い。 |
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| 2006年12月27日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 501 |
12月27日(水) 晴れ 気温13℃
8時ピッタリに義姉から電話があった。用件は「何か頼んだことはなかったか?」であるが、こちらにその覚えはなく、金曜日のお墓参りにはいつものように迎えに行くからと言って、電話は終わった。然し声の様子、話の仕方が先日会ったときとは明らかに違っていて、気になった。うわついてざらざらした声、視点が定まらないような話し方なのだ。
10時近くまで待って事務所に電話をして、義姉の様子を伺った。一番に言われたことは「もの忘れが一段と進んだ」だった。そうだろうと思うが、具体的なイメージが湧かないでいると「介助が必要なので−1人で髪を洗えなくなったのは聞いていた−午前中に入浴して貰うのだがその事を忘れて、午後になると又入ろうとする」と言われた。「で、他の方に、私午前中に入ったかしら?と聞いている」とだめ押しされて、なんだか義姉の不安が分かったようで胸が詰まった。「お金の管理もそろそろ1人では無理ではないか」とも言われたが、私からは言えない。でもちゃんと話をして、本人に理解して貰っていろいろと進めている積もりだと言うと「ご本人は分からなくても、その場をやり過ごすために返事をすることがあるので、その点は注意して下さい」と、教えて貰った。また、どうも部屋の掃除がしていないと思うが、手を出して良いかどうかと聞いた。義姉はきゅっきゅっと癇性に隅々まで掃除をしたひとなので、これも言い出せない一つなのだ。寮母さんは、他の方もおうちの人がやって来て掃除をしている事があるし、義姉は手を出しても嫌がらないので構わないのではないかとの返事だった。更にテレビを見なくなったのも、それだけ意欲がなくなってきた証拠らしい。先日テレビで、認知症は病気であると放映していたが、義姉もこういう状態になるのは初めてで不安だろうし、私としても初めての経験で付き合い方が分からない。どうすることが一番良いのか、勉強しなくちゃ。 |
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