日記の履歴 E
第 6 集 犬と歩けば・ふたたび 301〜400 2006.5.9〜2006.9.5


2006年9月6日(水)
犬と歩けば・ふたたび 400
9月5日(火)晴れ

 月に一度の川柳会があった。いつも私の左となりに座る、歯なしの歯医者・ただしさんは今日はお休み。何でも月に1,2回起きるぎっくり腰が、丁度(と先生は付け加えた)今朝起こったのだとか。さては宿題が出来なかったのか、などとおばさん達は早速噂した。
  今回は夏休みで帰郷された人達のお土産が、広島の最中、長野のゆべし、大阪の煎餅と揃って、はるなさんは「マー嬉しい」と目をまん丸にした。
今回の互選句(会員が投票で選ぶ)の題は「台風」。選者の酸吸さんが、今回は良いのがなかったと感想を述べてから一句ずつ講評した。投票はこの講評前にするのだが、ナント私の句「孫台風 去ってふところ 秋の風」が最高点を獲得して、商品(県の川柳雑誌と500円の図書券)を貰った。孫と台風のイメージは月並みで、他にも同意句がいくつかあった。右隣のはるなさんは「私、主人と体重が10キロも違うの。で昨日又聞いてみたら12キロになってた」と、おかしそうに言う。「多い」とは言わず「違う」と言うところに、彼女の苦心がある。所で彼女の句「強い風 気丈な妻が すがりつく」は「強い風 気丈な妻に すがりつく」の方が良いのではないかと選者がいうと、一同爆笑した。私は彼女にソッと「強い風 気丈な妻が 抱き寄せる」ではと耳打ちすると、はるなさんはのけ反って笑った。
2006年9月4日(月)
犬と歩けば・ふたたび 399
9月4日(月)晴れ

 夕方、ベルのふにゃふにゃ甘ったれた声が聞こえてきたと思ったら、サムとお母さんがやって来た。りょうちゃんのお母さんがブドウ狩りに行ったお土産だとか、見事な巨峰を一房届けてくれた。それでサムのお母さんは、ネ、ネ、終わった?と私に聞く。
  土曜日の飲み会の時、みんながどうしてもっと飲まないのかと聞くので、これからまだ一仕事があると答えたら、何の仕事だとたたみかけてきた。だから労災でなくなった人の申請書類を作ると答え、小さな子どもが3人も遺されたものどうしたって労災をとらなくてはならないと言った。海のお母さんも夫に急死されたとき、二人の子どもは未だ小学生と中学生で、その時はどうやって生きて行こうかと、成田山の占いに相談に行ったとか、わずかな保険金が下りたら早速借金を申し込みに来た人がいたとか、苦労を話した。
今日、海のお母さんは、私の仕事が終わったかしらと心配していたので、ベルのお母さんならちゃんとやるよってこたえておいたけどと、サムちゃんは言った。でもやはり心配で私に確認したのだ。
  夕方7時のニュースにまた、宮里愛が出ていた。NHKはしょっちゅう彼女を出す。放送権の濫用だ。
2006年9月3日(日)
犬と歩けば・ふたたび 398
9月3日(日)晴れ

 今日もナナちゃんのお父さんは、散歩の帰りにひとつかみの草を摘んだ。マメですねえと声をかけたら、いやね、うちへ帰ると玄関先で猫たちが待ってるんですよと笑った。白黒二匹の猫が三つ指ついて、ナナちゃんのお父さんを待っている姿を想像した。私にもそんな猫がいたら、バケツ一杯の草をお土産に持って帰る。
一昨日から、過労死したドライバーAさんの、労災申請に添える労働時間表を作っている。仲間のDさんは数ヶ月をかけて、タコメーターから200日分の時間割りを解明し、表に作った。それをああだこうだと、意見を言ったらDさんはむくれてそっぽを向いてしまった。そこで仕方なく、見やすいように自分でレイアウト仕直し作業を始めてわかった。細かくて大変な仕事なのだ。こういう仕事は数字に強くて目も良い若い人の仕事なのだが、周りにいないのだから仕方がない。今日も1日中ディスプレイとにらめっこをしていたらもう、肩も首もこっちこちになったが仕事は進まない。
夕べはサムちゃんに、飲みに行こうと誘われた。こちらは取りかかっている仕事があるので渋ると、ご主人の祥月命日で1人で家に居たくない気分だというので付き合った。コタの家で美味しいものを食べ、ビール好きのサムちゃんはジョッキを3杯あけてかなり酔っぱらった。それでも帰る道でパトカーが止まって人だかりがしていたら(あ、事故だ)と嬉しそうに走って見に行った。
2006年9月2日(土)
犬と歩けば・ふたたび 397
9月2日(土)晴れ

 マグノリアさん有り難う。阿倍官房長官→安倍官房長官の間違いでした。
例の違法駐車の取り締まりがきつくなってから、今まで駐車場も兼ねていた近くの京成線八千代台駅前通は「あれ?この空きようは、早朝かはたまた盆か正月か」と錯覚するほどである。じゃあ今までのあの車は何処に行ったのか。
 「あれが出来てから商店街の売上が3%落ちたんだって」とサムのお母さんは言う。「そうよね。アタシだって車止められないから、ここんところ肉屋に行ってないもの」とも。
でもサッパリ広々とした駅前通を眺めて、複雑な気持ちである。お上のお達しが、こんなにも短期間に下々に浸透する国って、どうなんだろう。キチンとしているとも言えるし、ここまで管理が行き届いているという見方も出来る。国民背番号制に、監視カメラもあちこちに付いている。横町の奥で、うっかり立ち小便も出来ない。(勿論私がするのではなく、もののたとえである)知らないうちにじわじわと既成事実を作られて、気が付いたらこの通り。なにかいやな感じ。昔の言葉で言うと、ファシズムというのではないのだろうか?
2006年9月1日(金)
犬と歩けば・ふたたび 396
9月1日(木)曇りのち雨

 夕方ラジオを付けたら『阿倍官房長官は「再度チャレンジする機会を作る」を政策に掲げています。』と、テレビと同じ内容を流していた。NHKは阿倍総理を先取りして、もう提灯持ちしている。これでも家人は、私に隠れて金を払っている。
 昨日床屋で聞いた、究極のお肌つやつや若返り方法。
日本は火傷の治療方法が進んでいて、その皮膚の再生法を美容に転用したものだと彼女は講釈した。先ず口の中の粘液をとって、その中のコラーゲンを培養する。それを本人の顔に移植する。以後移植されたコラーゲンの細胞は生き(再生)続けるから、それから先は一生お肌つやつやとなる仕掛け。お客さんで医療関係の仕事をしている人に話したら、あり得ると言ってくれたとも。でもねー、新陳代謝が鈍くなるのが老化だから、そんなにうまくいくかナァーと思ったが、夢を壊すなんて野暮なことはしたくないから、黙って聞いていた。殆ど独り言の彼女の話は続く。美容整形は保険の対象外だから、きっとその手術は高いに違いない。宝くじが当たるまで待てない。わざと顔に火傷して、その治療をやって貰おうかしらと言うに及んでおもわず、それは止めた方が良いと理容椅子に座ったまま声をあげた。火傷の程度が、その移植をする程ではないって事になったら、やばいよと叫んだ。
2006年8月31日(木)
犬と歩けば・ふたたび 395
8月31日(木)晴れ

 小さな用事が次々とあって、遊ばないうちに8月が終わった。で取りあえず、旅に出たつもりになろうと思った。なにそれは簡単なことで、そこいらにゴロゴロして手当たり次第に何かを食べながら、思いっきり推理小説を読む、とこれだけの話。
  床屋に行くと待ってましたとばかり、あれこれ話しかけられて居眠りする暇もない。ダンスのレッスンは初心者コースが終わって、チケットを買っての練習になったとか。チケットは100枚で5万円。1回30分の稽古にチケットが7枚いる。例の若いイケメン男のコーチは、相変わらずじっとこちらの目を見つめるのだそうで、(そんな風に見つめられたら、胸キュンになっちゃう)と言ったら、黙っていたとか。ま、相手はそれがお仕事だからねと思ったが、黙って聞く。(まああれだけでは生活できないから、パトロンがいるのだろうね。発表会の時、確実にパートナーになって貰うには、よそでいろいろ話しを聞くと、どうもお金を積むらしい。)と、手は休めずに話しが続く。こちらもウトウトしながら聞いているのだが、(ま、一寸ぐらいならパトロンになっても良いかな?)と聞こえて目が覚めた。(遊ばせて貰っていると思えば、パチンコと同じだから)と自分を納得させるように言っているが、勿論こちらは聞き流す。コメントの仕様はない。ベルやサムもジッとこちらの顔を見つめることがある。顔を舐めてもくれる。でも煮干しかなんかで済む。で、満足度は同じだと思うけど?違いますか?やっぱり。
2006年8月30日(水)
犬と歩けば・ふたたび 394
8月30日(水)晴れ一時雨

 「犬も猫もなぁーんにも持っていないけど、ちゃんと生きてる。人間はものを持ちすぎだ」なんて誰かが言ってたけれど、確かに、猫がケータイで今夜の集会場所を打ち合わせている・・なんて所はお目にかからない。 
  玄関を掃除していて、ベルの物が入った段ボールが邪魔になった。いつの間にかいろんなものが増えている。各種ボールが5,6個。首輪が2つ。犬用の香水(これは大分前に犬仲間のみんなが、純ちゃんのお父さんから貰った。なんでもお母さんの勤め先で作っていたが、売れなくて余ったので持ち帰ったとか。ベルはこの手のものは嫌いだし、結構高い値段が付いているので直ぐに捨てるわけにも行かず、そのままになっていた。)リードが3本。訓練用の長いのもある。ブラシが2本。ビニール袋多数。ボロ布。別にサムに貰ったレインコートもある。さてどれから処分しようかと考えると、これが結構難しい。結局、処分するのはこの次でいいや、なんて先送りとなった。
 夕方フィラリヤの薬と虫除けを貰いに、ベルを病院に連れて行った。体重は10.9sで11sに迫っている。一時1日1食にしたのだが、「夏は体力を消耗するので沢山食べさせる」と言うヤツがいて、直ぐに朝晩の2回に戻った。食欲の秋も待っている。狐顔のベルは、狸になってしまう。ま、それもいいか。
2006年8月29日(火)
犬と歩けば・ふたたび 393
8月29日(火)晴れ

 先週あたりから疲れが溜まったなと感じていたが、土曜日に一仕事終えたら伸びてしまった。でも今回はわりと立ち直りが早くて、今日の午後はまあまあ起きていられるようになった。
 いつも事務所へ行くときは、ドアツウドアで送迎をしてくれるNさんが「この間貰った山椒の苗木ね、あれ丸坊主になっちゃった」と言った。種がこぼれて育ったのを、何時だったか家人がNさんに差し上げたのだ。「青虫が沢山付いてね。みんな食べちゃったの。」そう、それは良くあることだが、虫に食べられた後はどういう訳か、またちゃんと生えてくる。「娘が見てね。二令幼虫(これで良いのか辞書を引いたが、わからなかった)が二匹に、四令幼虫が2匹いるって言うの」いやー詳しいのねと驚くと、小さいときから虫が大好きなのだという。せっせと葉っぱを食べて肥った青虫(と言っても黄緑色)は、頭とお尻の両方に目の様な黒い点が付いているが、お尻には尖った角みたいのがある。さわったりつついたりして怒らせると、そこから臭い臭いを出すのだが、娘さんは(普段から可愛がっているから、私にはそんな事はしない)と仰ったとか。フーン「虫愛づる姫」は脈々と時代を経て、21世紀にもしっかりと存在していたかと、嬉しかった。
2006年8月26日(土)
犬と歩けば・ふたたび 392
8月26日(土)晴れ

 昨日、テレビで映画「父と暮らせば」を見た。まるで舞台中継を見るような映画だった。原爆で生き残った娘(宮沢りえ)は、生き残ったことに罪悪感を感じて決して自分は幸せになってはいけないと、頑なに心を閉ざしている。それを心配して原爆でなくなった父親(原田 芳雄)が幽霊となって現れ、娘の恋を成就させようとあれこれ画策する話しである。娘は語る。同級生の中で一番美人で頭の良かったAさんは、たまたま用事で道を歩いていたとき、ぴかにあった。卒業して直ぐに結婚したBさんは、子どもに乳を含ませたまま息絶えた。電話交換手になったC子さんは最後まで仕事場を離れまいと同僚と声をかけながら、建物の中で・・と続ける。1万2千度の熱で焼かれ、一瞬にして表面が溶けて後無数の矢が突き刺さったようになった原爆瓦、人体に突き刺さったガラス片、粘土細工を潰したように変形したビン。一口に被害とか悲劇と言ってもそれは、ひとつひとつ具体的な事実の集まりであり、そうやって庶民の暮らしは奪われたのだと言うメッセージが伝わってきた。勿論科白ではAさんではなくて(単に私が忘れただけ)キチンと姓名で話しているし、その方がスッと気持ちに入ってくる。
 この頃個人情報の尊重とかいって本名を使わず、やたらAさんBさんというのは、それだけよそよそしい他人事だと思わせる策略が、潜んでいるのではないかなどと勘ぐった。
2006年8月25日(金)
犬と歩けば・ふたたび 391
8月25日(金)晴れのち曇り

 昨日は月に一度の通院日だったが早く終わったので、映画館へ寄った。いま話題の「太陽」が見たかった。一番端のシートに座っていると、後からやって来たおばあちゃんの二人連れが(あら、ここが空いている)と言ってとなりに座った。座るなりお喋りが始まり、イヤでも耳に入って来た。《Aさんはこの頃具合が悪いらしくて、サッパリ出歩かなくなった。そうよ、病院から出て来たばかしで、もう治ったてんでいきなり市役所まで歩いていくなんて無茶よ。Bさんはアタシより若いのにね、ケータイメールをやらないんだって。アタシはね、買ったとこへせっせと通って教えて貰ったわ。あのばーさん、又来たかって思われたけどね、孫に1回や2回教えて貰っても、わかんないもの。でも覚えておいて良かった、子ども達に連絡するのに便利で安いもの。Cさんはあたしゃワープロが出来るからっていうけど、ワープロとは違うし、80代になってからだと大変だものね。》所でこの映画は、昭和天皇の8月15日前後数日間の話しである。尾形イッセーの天皇が「あっ、そー」と言うと、即、笑ったのは隣の二人連れだった。昭和も遠くなりにけり、なんだと思い至った。
2006年8月24日(木)
犬と歩けば・ふたたび 390
8月24日(木)晴れ

 夕方公園から帰るときに、虫の音が耳に付くようになった。スーパーでの秋刀魚は2匹で480円と未だ少し高い。でもイワシならぷりぷり肥った刺身用のが、5匹で380円だった。家に帰って捌いてみると、イワシはふくらんだお腹に脂肪のかたまりが詰まっていた。イワシのメタボリック症候群か、なんて考えた。イワシの半分は酢の物にして残りは煮付けた。かくして食物連鎖により、イワシのメタボリック症候群は私のお腹に移行してくる。
  実姉が「旅行はどうだった?」と電話で聞いてきた。帰りはダイヤの混乱にあって、義姉のトイレが近いのが困ったと言った。「あらそぉー。それはねパンパースをはけばいいのよ」と言うから、そんなこと言えないと答えた。「じゃあ私が言うわ。
私もはくから一緒にはこうって」とあっさりと言う。私は、笑いたいような泣きたいような気持ちになって、いつもながら実姉の優しさを隠した実際的な解決方法に唸った。
2006年8月23日(水)
犬と歩けば・ふたたび 389
8月23日(水)晴れ

 急ぎの仕事があって、事務所へ5人集まった。お昼ご飯を食べながらの雑談は、勿論高校野球の決勝戦から始まった。話題はスポーツのあれこれと飛んだが、世界的に活躍するスポーツ選手の外国語獲得能力の高さ、中田のイタリア語、アイちゃんの中国語そして外国勢力士の日本語のうまさに感心して、言葉を獲得するのはその土地で生活する力そのものなんだろうと話し合った。「それにしてもジーコ監督は一言も日本語を喋らなかったね」と私が言ったら「なに、飲み屋かなんかでは結構日本語を使っていたかも知れないよ」と、いつもユニークな見方をするAさんが即座に反論した。彼の言い分はこうだ。ジーコに限らず前のトルシエにしても、彼らは権力を持った管理・監督・指導者として君臨するのだから、一方的に申し伝えればいいのであって、迷いや後悔など伝わらない方が良い。だから通訳を使えば充分であって、仮に幾つかの日本語を覚えたとしても決して仕事では使わない。かつて日本は植民地に対して現地の言葉ではなく、日本語を強制したのと同じ構図である。フーンと、我々一同は半信半疑、さもありなんと絶句したのであります。
2006年8月22日(火)
犬と歩けば・ふたたび 388
8月22日(火)晴れ

 高校野球関連ニュースを読んでいて、「ベッカムカプセル」と言う言葉を見つけた。なんでも酸素濃度の高いカプセルの中に入って、体内に酸素を多く体内に取り入れて、疲労を回復させるマシンだそうだ。ベッカムさまご愛用とかで一躍有名になったという。そう言えば確かに試合前、両投手のインタビューに苫小牧の田中は「疲れが残っているが気力で頑張る」と言っていたが、早実の斉藤は爽やかに「疲れはない」と語った。
 「あと数年のウチに、酸素がコンビニで今の水やお茶などと同じように、1本5,6百円で売られる様になる。」と、誰かから聞いたのは最近だ。マサかとは思ったが、ありそうな話で、黙って聞いていたがやはり本当なのか。素人としては、習慣性とか将来的に副作用がないか、などと心配になる。何より人間存在の基本的要素である水や空気が商品になる事が恐ろしい。私のかかりつけの東洋医学の先生は、深呼吸をすすめる。吐くことに重点を置いて、7つ吐いて3つ吸うを30回、それを1日3回すすめる。まあ、運動選手とは比較にならないだろうが、1つの示唆にならないだろうか?
 先日行った福島の小さな湯治場にそよそよと吹いてくる海風は、本当に気持ちよく美味しかった。でもあの風は単に、酸素の量が多かっただけとは思えない。
2006年8月21日(月)
犬と歩けば・ふたたび 387
8月21日(月)晴れ

 夕方の公園に、ヒンヤリとした風が吹いてきた。ベルと私が着いた時には、犬仲間の常連はひとしきり高校野球談義が終わった所らしく、とどめを刺すようにりゅうのお母さんが(もうプロ野球なんて、見たくないね)と言っていた。 私を見るとサムが近寄ってきた。水が飲みたいのだ。いつものようにビニール袋に水を汲んで飲ませると、サムは(お礼は良いからと断っても)私にキスをした。他の犬にも水を飲ませていると、一旦お母さんの所へ帰って行ったサムがまた戻ってきて、今度は顔中を舐めた。逃げ廻る私を、サムのお母さんはにやにやして見ているだけ。
 6時になったので、サム達と帰る。他の人達は未だもう少しと、芝生に腰を下ろして涼んでいる。さっき、サムは私があげた煮干しを食べたと教えると、サムのお母さんは(じゃあ食欲が出て来たかな)と言って喜んだ。(いや、サムは肥ったと思う。
お母さんが美味しいチーズやササミなんか沢山あげるから、ほらお腹に随分肉が付いた)(でも食欲が無くなったとき、200g少なくなったからチーズやササミだけでなく、人間用の牛肉を買って食べさせた)と、小さな声でもそもそと言った。(サムは家族以上だから)と付け加えた。それはわかるけどねーと、私は呆れて黙った。
2006年8月20日(日)
犬と歩けば・ふたたび 386
8月20日(日)晴れ

 高校野球の決勝戦を見てから、ベルを連れて公園へ行った。(うーん、今日は多い。14匹来てる。)夕方の公園で、誰かが集まった犬たちを数えて言った。昨日ほどの暑さはないが、ジージー・オーシンツクツク・カナカナと何種類かの蝉たちも残り少ない夏を、大いに鳴いている。鼻をつまんだようなミーンミンミンの声は聞こえないようだ。久しぶりにチロちゃんがお父さんと娘さん夫婦とやって来た。遅い夏休みで、単身赴任先から帰って来たとか。チロちゃんのお父さんがベルを呼んだが、ベルは知らんぷりしてお姉ちゃんの方へ行ってしまったので、(なんだベル、お前は相変わらず女好きだなあ)なんて言われた。サムのお母さんが憮然としてやって来て、ハナコのオヤジとやり合ったと言う。なんでも(サムのお母さんは、犬におやつをあげすぎる。べんの親が大きいのを貰うから困ると言っていた)と言うので、アタシは寄ってくる犬にはみんなあげたい。貰いたくない犬は、近寄らなければいいんだと、言ってやった。その通りだと思うと私。ったくあの人は、女みたいにぐちゃぐちゃあちこち言って歩くんだからと、さくらのお母さん。私たちは、なんだか日暮れが早くなったみたいねと西の空を眺めながら、帰った。
2006年8月19日(土)
犬と歩けば・ふたたび 385
8月19日(土)晴れ・夕立・雷

 今日はフェーン現象が起きたとかで、やけに暑かった。汗がアゴの下に溜まって汗疹になるので、アイスノンをタオルにまいて首から下げた。
 一昨日、ボンヤリしているとカレンダーの書き込みを見て家人が、今日は歌の稽古だろうと言う。そう言えば先月は2回とも休んでしまったが、都合のつく人だけおまけのお稽古があると聞いていた。場所は犬の散歩に行く公園だから、近い。ま、気分転換になるかなと出かけた。いつものお稽古とは離れて、懐メロが6曲。(この広い野原いっぱい)(ブルー・シャトウ)(君といつまでも)(見上げてごらん夜の星を)(世界は二人のために)(亜麻色の髪の乙女)会長(男性)のリクエストだと言うが、私の好みではない。(ブルー・シャトウ)なんて、どうしても耳に残っていて・・♪森(とんがらし)、泉(にんにく)、かっこまぁれ(てんぷら)♪・・となってしまう。会長はよくよく音楽好きだと見えて、歌詞カードも見ないで意気揚々と歌っている。
 但し、(この広い野原いっぱい)の4番歌詞、“何もかもあげるから、手紙を書いて”は好き。今年も大事な人に、3通の暑中見舞いを出した。
2006年8月18日(金)
犬と歩けば・ふたたび 384
8月18日(金)晴れ

 いつもの公園でビニール袋に水を汲んでいると、サムが駆け寄ってきた。一番に水を飲んだのはサムとベル。いつものように一緒に鼻先を入れて飲む。白犬のりょうちゃんが2番手で待っていたが、サムが離れるとどこからかこれも白犬のモモがやってきて割り込んだ。りょうちゃんが飲み終わる頃にはエマが着た。遠巻きにナナちゃんが見ていたので、水を替えて近くに持って行くと、ちろちろと舌の先でお上品に飲んだ。となりにポンがいて飲みたそうに首を伸ばしたので、差し出したが一寸ためらって後ろを向いてしまった。近くにベルがいるからだ。本気で喧嘩したら、ベルの二倍もあるポンは、絶対にベルなんかぶっ飛ばしてしまうと思うのだが、何となくベルが苦手なのだ。ナナちゃんのお母さんに水の入ったビニール袋を渡してベルを遠ざけると、やはりポンは水を飲んだ。次は海。神経質な海は先ずビニール袋の周りの臭いを嗅ぐ。とそこへまたりょうちゃんがやって来て、割り込む。涼ちゃんが飲み終えると、今度は前置きはなしにして海は水を飲んだ。サムが水を飲んでいるとき、お腹のあたりが肥った様だと思った。サムのお母さんにサムの様子はどうかと聞いたら、車に乗りたがらないので大事をとって、どこにも連れて行かないで、家の中で静養させている。また、チーズとかササミとか栄養のあるものを食べさせていると言った。
運動しないでおいしいものばかり食べていたら、肥るのは犬でも当たり前だと思ったが、黙っていた。サムを中心に生活が廻っているサムのお母さんに、とてもそんなこと言えない。
2006年8月17日(木)
犬と歩けば・ふたたび 383
8月17日(木)雨・晴れ・曇り

 8月11号「週刊金曜日」に「金正日が愛したプリンセス天功インタビュー・今まで語られなかった将軍様とその家族」と言うのが載っていた。金正日のむすめ達は一般国民のようにチマチョゴリは着ず、髪はショートカットやパーマにヘヤーダイ。メイクもしてちびTシャツにジーンズという原宿にいる女の子達と同じ恰好をしているとか、ある時期天功さん自身が拉致の恐怖に怯え、いつも身体中に目一杯の宝石を付けていたのは、拉致された場合の買収用だったとか話している。さずが映画好きと思わせる、金正日のエピソードにこんな事がある。2000年の南北首脳会談の時の事。朝鮮半島は儒教の国なので年上の人に会うときは礼儀がある。(と、天功さんは仰る)金大中大統領は金総書記よりも年上なので、最高の儀礼で迎えなくてはならないが、将軍様なので国民の手前それはチトマズイ。でどうしたか。金大中大統領が飛行機から出てタラップの上に立つと、そこには金日成主席の写真が目の前に見えるようになっていた。(余程大きな写真が飾ってあったのか?)そこで金大中大統領は思わず年上の金日成主席にお辞儀をした。然し金日成主席の写真の前に設置されたテレビカメラは、まるで金大中大統領がタラップの下で待っている金総書記に頭を下げた様に写し世界中に流したという。どちらが頭を下げるか下になるかは大きな問題らしいと、天功さんは仰る。
2006年8月16日(水)
犬と歩けば・ふたたび 382
8月16日(水)晴れ

 義姉の墓参に付き合った。14日に立って今日帰ったのだが、行きも帰りも架線事故による電車、列車の遅延、休止にぶつかった。
14日、出がけに都内の大規模停電の一報を聞いたとき、実は、ロンドンヒースロー空港のテロに続く、世界同時テロの一環か?などと考えたが、何のことはないまたしても安全を無視した効率主義の事故だった。良くも悪くも今の日本の社会にそんな元気は残っていなかった。私たちは充分に時間にゆとりを持って出かけたので、定刻に発車する列車に間に合った。帰りの今日は、東北電力の架線がJRの架線に接触したとかで、駅での説明は運行の予想はまったく付かないの、一点張り。取りあえずやって来た特急に乗ったものの途中で打ち切り。次にやってくる特急を待っているウチに人が溢れてきた。何としても義姉のシートは確保したいので、駅に掛け合ったが「発車時間を過ぎているので、売れない。どうしても座りたいなら並んでとるしかない」と、つれない返事。特急よりも各駅の方が座席が確保しやすいと判断して、各駅停車を選んだ。そんなわけで、予定では2時間余りで済むところを、4時間かかった。ハラハラする私を見て、義姉は気の毒がった。
2006年8月13日(日)
犬と歩けば・ふたたび 382
8月13日(日)晴れのち曇り

 夕方の公園でサムちゃんに会ったとき、明日から出かけると伝えた。数日公園へ行かないと、心配して様子を見に来るのだ。簡単に事情を説明した。
義姉は丁度20年前に脳梗塞を起こして、右半身に軽い麻痺が残った。3年前も又、大きな発作があったが、その度に何とか回復してきた。然し自覚のない小さな梗塞は度々起きているのではないだろうか?そして今、なんだかおかしい、どうも変だ普通ではないと自覚している。そう言うのって、きついでしょうね。話しを聞いて、サムのお母さんは言ったが、同感。程度の差はあっても、年を取れば誰の身の上にも起こる。日にち・時間が曖昧になる。記憶が混乱する。自分がそういう事態に置かれたら・・と想像はしたくないが、そうならない保証はなにもない。
 夕方、義姉から電話があって(明日、よろしくお願いします)と落ち着いた声で言った。
2006年8月12日(土)
犬と歩けば・ふたたび 381
8月12日(土)曇りのち一時雨・雷

 いままで、義姉から電話が架かってくるのは、幾ら早くても7時過ぎだった。所が今朝は5時半にベルがなった。昨日も5回も電話があった。なんとか安心させようと、いろいろ言ってみたが不安で仕方がないらしい。
早めにケアハウスに迎えに行くと、事務所で呼び止められた。近頃、義姉の様子がかなり不安定なので、心療内科を予約した。こちらで職員が付き添って行くが、了承してくれるかという。事務所にも何度も日にちの確認に言っているらしいのだ。予定があるときは本人には言わないで、事務所にだけ言って、本人には前日か当日知らせるようにと言われた。 お盆の墓参りには、娘と子ども達も同行した。本堂に寄ると住職の奥さんが出て来て、思いがけず大病で5ヶ月も寝たきりだったが、漸く病名が確定して自分にあった薬を捜しているところだとか話してくれた。そうそうお姉さんは今朝5時過ぎに見えましたよ。右の頬が気の毒なくらい腫れていましたといって、右手の平で半球を作って右の頬に当ててみせた。歯医者へ行って留守だったが、実姉の所にも寄った。行きは田舎なんか行かないと言っていた義姉も、帰りには行く気になった。
2006年8月11日(金)
犬と歩けば・ふたたび 380
8月11日(金)   曇り

 夕べ遅くに、娘が3人の息子を連れてやって来た。勿論彼女のパートナーも一緒である。半年ぶりにあった一番上の息子は6才で、ジャーニーズ系の眉目秀麗な少年になっていた。
 然し残念なことに、今のところ彼には言葉がない。自閉症と診断されている。2番目は3才になったばかりだが、二人分と思うほどの、お喋りである。まん丸で熱くて、エネルギーの固まりである。3番目は8ヶ月。多分娘の過労が原因で、入院して養生 したが予定よりも1月半早く生まれた。初めて彼にあったのは、大学病院の大きなベットの上だった。24時間呼吸と心拍数をチェックするコードを付けられた小さな小さな赤ん坊だった。
 さて上の二人を連れてアンデルセン公園へ遊びに行くからと、3番目の乳児を置いて行かれた。彼は母乳を飲んでいる。喉が渇いたようだったら、コップで水を飲ませればいいと言って、あとは赤ちゃん煎餅というのを置いていった。
  幾ら過去に経験があると言っても昔のことで、赤ん坊の世話は新人に等しい。色白 の小さな彼は、抱っこやオンブで身体を接触していると安心するのか大人しいことがわかった。ではオンブをしようと思ったが、やたらボタンやスナップがあっておんぶひもの使い方がわからない。家人と二人でああでもないこうでもないとひねくり回してナントかオンブした。メロンの実を潰した汁をスプーンで口元に運ぶと、二口は舐めたが後は口を結んだ。次男の為にブルーベリージャムを煮て、味見をして貰うと口の周りを真っ赤にして美味しそうに舐めた。赤ちゃん煎餅は味がなかろうと、堅焼き煎餅を持たせたらしばらく舐めていたがその後で喉が乾いたらしく、コップの水を驚くほど飲んだ。このことは娘に内緒にしておく。驚いたのは紙おむつである。前に黄色の線3本あって、それが青く変わったら濡れて取り替え時だというのだ。所がさわってみてもちっとも濡れている感じがしないのだ。大人用のもそうなんだろうかと考えた。
2006年8月10日(木)
犬と歩けば・ふたたび 379
8月10日(木) 台風一過・晴れ

 いつもの公園に着いたのは6時35分。車があったので、近くにサム達が居るだろうと目を泳がせると、木の間からサムのお母さんのブルーの仕事着が見えた。名前を呼んでベルがサムをハッキリ見えるところまで連れて行ってから、リードを放してやると勿論、ベルはすっ飛んで行った。2匹で空の駐車場で遊んで居たが、サムがピット耳を立てて動かなくなった。これはまずい。猫でも居るのではないかと大急ぎで、ベルのリードを掴んだら、現れたのはピースだった。やあやあしばらくとサムのお母さんは、喜んで近寄っていった。どこからかピースのお父さんも現れて、「サムとベルに会えるよというたら、あちこち臭いを嗅いでおった」と言った。白と薄茶で長毛のピースは、そぶりも優雅で「お嬢様」というにふさわしい。おやつも私が差し出した煮干しは、舌の先で一寸舐めただけで、お父さんのクッキーを召し上がる。食欲が落ちているサムも、喜んでそのクッキーを食べたので、早速それはどこで売っているのかとサムのお母さんは聞いた。ベルも勿論大好き。クッキーを貰うためにお座りをして、尻尾は千切れんばかりに振り、お尻も振ってツイ待ちきれなくなって立ち上がってせがむ。飼い主に似るのだろうか?
2006年8月9日(水)
犬と歩けば・ふたたび 378
8月9日(水) 台風7号通過・雨のち曇り

 今日は義姉に振り回された1日だった。朝早く電話が来て、嬉しそうな声で(泊まるのは12日だったよね)と言う。昨日、帰郷するのはお盆の混雑が過ぎてからにしようねと、本人と話し合ったばかりである。その事を言うと、急に声が萎んだ。あんまりがっかりしている様子なので、念のためにとネットで指定券の発売状況をみたら、ナントお盆中でも空きがあるではないか。早速駅へ出かけ、14日昼の指定券と往復切符を買って、その事を義姉に連絡した。義姉は一人暮らしの実姉の所に泊まるからと、直ぐに電話を入れたらしいがまたまた、今度はひどく興奮して(それどころじゃないよ。実姉はずっと前に死んじゃったらしいよ)と言ってきた。ええっ?でも実姉さんの所に電話したんでしょ?それで話しをしたんでしょ?じゃあ誰と話しをしたの?と聞いたが、もうひどく混乱している。電話番号を聞いて電話を架けると、義姉には姪、実姉の娘さんが出て、彼女の母親(義姉の実姉)は体調が悪く彼女は毎日、介護に通っていると言うことだった。でも来てくれれば会えるという。やれやれ。ネットをあちこち叩いて、やっと宿も見つけた。義姉にその事を伝えると、そうそうそこに温泉があるとか落ち着いて答えた。どうも老化とというのは、一寸した変化にもついて行けなくなるらしい。
2006年8月8日(火)
犬と歩けば・ふたたび 377
8月8日(火) 雨のち曇り

 雨が降って今朝は涼しい。身体中の緊張が解ける。久しぶりに温度計を覗いたら、26℃だった。朝のウチにホームへ行って、義姉とお盆のお墓参りの打ち合わせをする。テレビの下に新しいカレンダーが貼ってあった。例の洗濯の時間割である。「こういうところは規則・規則ばっかりでね、アタシなんか頭悪いからわかんなくなっちゃう」と義姉はいらだった。混乱させる人が居るからと理由は聞いたが、義姉の気持ちもわかる。規則を強めるのではない解決方法はないものかと、考える。お盆が過ぎたら、義姉の父母のお墓参りに田舎へ行こうかと持ちかけたら、意外にも(そうね)と、のってきた。田舎には義姉の実姉がいる。(電話を架けておこうかな)と、もうその気になった。
 帰ると家人へ電話があった。「年金者組合のAです」と言うが、その人は確か年金者組合を辞めたと聞いていたが、帰り次第電話させますと答えた。家人が話しを聞いたところ、税金の事だという。あんまり高くなったので、区役所に聞きに行ったが係の人はけんもほろろ(Aさんが言ったという)で、よくわからなかった。そこで年金者組合新聞の配達や集金で顔見知りの家人へ、問い合わせて来たらしい。
2006年8月7日(月)
犬と歩けば・ふたたび 376
8月7日(月) 晴れ

 夕方の公園で犬仲間にあったとき、外仕事のサムのお母さんは今日、腕時計が熱く焼けて付けていられなかったと言った。でも身体は暑さには慣れたから平気だと言う。所が、サムの方が夏バテで、食欲をなくしてしまった。ぐったりしているサムを見て、近所の人がお見舞いにきてくれたらしい。サムのお母さんは心配で、早速サムを病院へ連れて行ったら、体重は200g減っているがそれだけで何ともない。タダの夏バテだと言われたがそれでも薬や何かを貰わなくては気が済まない。お腹の薬(2千円)と1個240円の缶詰を10個買った。待合室にいると、豆柴のチャーミーがやって来た。何でもアレルギーだとかで、首の下が赤く腫れている。待合室のバスケットにドッグフードやキャットフードの試供品が置いてあって、自由にお持ち下さいと書いてある。サムのお母さんは、老犬用(と、厭そうな顔をして言った)のドッグフードをとって開封したらなんと、チャーミーとサムは奪い合って食べたので、見ていた看護士(と言うのかどうか)のお姉さんが大丈夫ですねと、お腹の薬を引き取ってくれたから、2千円助かったとお母さんは喜んでいた。私は、団地のお祭りで、サムにいろんなものを食べさせたのが、原因ではないかと思ったが、黙っていた。今日はもう、サムとベルはおやつを奪い合って食べていた。
2006年8月6日(日)
犬と歩けば・ふたたび 375
8月6日(日) 晴れ

 朝からがんがん暑かった。8月になって、やっと真夏がやって来た。然し去年、9月の広島の暑さはこんなものではなかった。だいいち熱気と共に光が多くて、まぶしい。あの時、労働基準監督署の前で撮った写真は、みんなが目をそばめて写っている。
 なんだか、ずいぶん前の事のように思い出すが、去年の2月に初めて広島へ出かけた。時効を目前にした労災申請書類の、内容を補強してくれる証人を捜しに行ったのだった。瀬戸内海に面した広島はここよりも暖かいと想像して行ったのだが、どうして、街中には風花が散って底冷えがし、人影もまばらだった。1人2人だったらそれだけで気持ちも萎んでしまいそうな、景色だった。然し私たちは5人連れで現地に知人もいたので、ナントか期待と不安を紛らわせた。美味しいものを食べて元気も補給したが、この時は無我夢中、まなじりを決して街中を走り回った。
 それから半年後の9月に広島を再訪したときは、労災認定作業の進行状況の確認の為だけだったから、(良い感触を得て)それが済んでしまうと気持ちにゆとりがあった。
2回とも同じホテルに泊まったのだが、歩いて数分の場所に原爆資料館があった。
然し今、遥かに広島を思うとき、浮かんでくるのは新旧の路面電車(まさおさんは、ドイツ製の最新型もありますと胸を張った。)と、やわらかな広島弁だ。テレビで見た今日の広島も、暑そうだった。
2006年8月5日(土)
犬と歩けば・ふたたび 374
8月5日(土) 晴れ

 昨日いつもの床屋に行った。ここの所毎晩遅かったので、散髪台に座ると直ぐにウトウトしていたが、シャンプーで目が覚めると、女将は遠慮しながら話しかけてきた。パチンコが好きで、はじめの頃は万単位で儲かっていたがこの頃は負けることが多くなり、トータルするとやはりマイナスになるのでそろそろ足を洗おうと思っていたところ、友達にダンスに誘われたという。(ホラ、あのダンスしたり、お酒を飲んだりするところ)と言われたが、心当たりが無く曖昧に返事をした。理容師組合で女性部長をやったときにサークルでダンスを習ったことがあるが、久しぶりにやってみたらまるで踊れない。で、友達が個人レッスンを受けた方が良いと、(ホラ、あの駅のそばのビルの5階と彼女は言った。)紹介してくれた。(ああ、あそこなら知っている。5階の一番奥がウチのかかりつけの歯医者だから)と私も答えた。(そこへ行ってみたらね、先生は若い男なの。25才だって。いい男ではないけどまあ、若いから可愛いかな?その先生がね、話しをするときは、ジッとこちらの目を見つめるの。で、見つめられて照れている自分に、照れちゃうの)フンフンとしか言い様はない。(それでね、もっとうまくなりたいからもうひとつサークルに入ろうかと思って)身体を動かすことは、練習量が多い方が覚えるわよねと返事をしたら(じゃあ思い切ってもうひとつ入っちゃおうかな)と嬉しそうに言った。
2006年8月4日(金)
犬と歩けば・ふたたび 374
8月4日(金) 晴れ

 「今月の目標。まさおとよしおの区別がつけられるようにする。」先日の句会でいつもの席に着席してつぶやいたら、隣の春菜さんがくくっと笑った。まことさんが、男の料理教室の仲間のまさおさんとよしおさんを誘ってきてくれてからもう半年になるが、お二人の印象は極めて似ていて、区別が付かない。だいいち名前が似ている。
中肉中背と言いたいが、ま、色白で小太りの風貌も似ている。声や話し方もそんなに 違いはない。リタイヤー組とお見受けするがまだまだお元気である。先月の句会で早めに出て来た春菜さんが、元気な声で「まさおさん、おはよう」と声をかけたら「違いますよ。いい加減に覚えて下さい」と言われたとか。暑気払いの席で近くに座ったので、いろいろ身上調査した。まさおさんは広島、よしおさんは山形のご出身であると伺った。誰かが、ウチでも料理をしているかと聞いた。するとまさおさんが、広島にはお母さんが一人暮らしをしているので、帰省したときはお母さんのために料理を作ると言った。帰るときには数日分を作って、冷蔵庫や冷凍庫にしまってくると、すこし恥ずかしそうなお顔をしながら言った。女性陣は皆感心して、一斉に「ほぉー」 と声を出した。その話しを聞いて私は、喉の奥がきゅっと詰まって、涙が出そうに なった。これで、しっかりとまさおさんは覚えた。
2006年8月3日(木)
犬と歩けば・ふたたび 373
8月3日(木) 晴れ

 また朝の7時過ぎに義姉から電話があった。
いきなり、暗い声で「なんだかアタシが一番悪いんだって。」と言った。よくよく聞 いてみたら、ケアハウスの職員が、義姉のことを施設の中で一番悪い人だと言ったので、その事で食事も喉を通らず、夜も寝られなかったというのだ。直ぐに事情を聞いてみるからと言って電話を一旦切った。その手でハウスの事務室に電話を架けて、事情を聞いた。職員は(ああ、あのことだと思います)と言って説明してくれた。ハウスでは、5,6台の洗濯機と乾燥機の並んだ洗濯室があって、入所者は無料でいつでも自由に使える。所が最近勝手に使用中の他人の洗濯機や乾燥機を開ける人が居るので、各自の使用時間を決めたという。義姉はいつも入浴の後に洗濯をしていたが、昨日は洗濯の割当時間が入浴前の午前中だったという。職員はその事を本人に知らせたと言ったが、義姉はいつものとおり入浴後に洗濯機を使ったので、注意されたのだ。
義姉は何を注意されたのか理解が出来なかった。こちらからも説明するが、もう一度説明してあげて欲しいと頼んだ。職員の言葉使いの何かが、義姉を混乱させたらしいがそれはわからなかった。とにかく本人に直ぐに連絡して事情を話し、職員が謝っていたと伝えたら納得した。
2006年8月2日(水)
犬と歩けば・ふたたび 372
8月2日(水) 晴れ

 昨日は月に一度の句会だったが、私はひどい目にあった。ひとつはふたりの女の闘いにノーテンキな私が巻き込まれたのだ。どちらも、相手はどんな言い方をしたのかと、私を突き上げた。双方の話しを聞いているウチに、ふたりの女性はAさんという男性を巡って確執があるのだと言うことがわかった。その事がまったく関係のない事で、火花を散らし私に降りかかって来たのだ。災難はどこに転がっているかわからない。もうひとつは年令による意識のコントロールが利かなくなりつつある人ー手っ取り早く言えば認知症が進んでいるBさんに、八つ当たりされたのだ。昨日は句会が終わってから、近くの寿司屋で暑気払いをした。みんなが家では飲まして貰えないのではないかと言っているが、Bさんはハナから清酒を飲み酔うほどに出身校を自慢し女に持てたことを自慢するのはいつものパターンで、女性達は後ろを向いて(フン、サイテー)と言っていた。後からみんなで、今日の句会で思うような成績がとれなかったから、余計に荒れたのではないかと話し合った。たまたまBさんの視線の先に、私が座っていただけのことで、「どうなんだ、どう思うんだ」と絡まれた。勿論周りの人達がいろいろと言ったが、自分に都合の悪いことは一切耳に入らない。お終いに歯なしの歯医者のTさんが、きっちりとBさんを批判したので、「あらー、見かけでTさんの方が耄碌していると思ったのに・・」なんてHさんが口をあんぐりした。「ねえ、今度からお酒が出るときには、3時間位寝るように薬をいれちゃおう」と言ったのはYさん。
2006年8月1日(火)
犬と歩けば・ ふたたび371
8月1日(火) 晴れ

 テレビで、始まったばかりの映画を楽しんでいたとき、電話が鳴った。腹の中で舌打ちしながら電話に出ると、サムのお母さんだった。電話の向こうでなにかぼそぼそと言った。ぼつんぼつんと単語を投げつけるような話しで、何のことかよくわからない。何度か聞き返して、漸く飲み込めた事情はこんな事だった。この間のホームレス親子がまた戻ってきて、こんどは南側の四阿に住んでいる。サムちゃんが4年生だと思った女の子は実は、20才だった。先日雨の降る日サムちゃんは、親はともかく子どもが可哀相だからと、公園事務所や警察に保護して欲しいと連絡したが、その事をホームレスの親子は恨んでいる。だからその親子が寝泊まりしている四阿の近くを通るときは、刺されないようにしろとハナチャンのお父さんに言われて、その事が面白くない。腹の虫が収まらなくて、こちらに電話してきた事がわかった。あれこれと話しを聞いて、しばらくハナちゃんのお父さんを避けたらどうかと提案したら、でもサムがハナコと遊ぶからそう言うわけにも行かないという。うーん困ったねえと相槌を打っていたら、懸かってきたときと同じように突然、ああスミマセン、じゃあオヤスミナサイと言って電話が切れた。
2006年7月31日(月)
犬と歩けば・ふたたび 370
7月31日(月) 晴れ

 朝ご飯を食べているとき−7時15分ごろ−ケアハウスの義姉から電話があった。
社会保険庁から郵便が来たが、内容がわからないので都合の良いときに来て貰いたいと言う。朝早くから悪いねと付け加えた。先日までの気持ちの不安定は見えず、落ち着いていた。用事が終わった夕方6時頃、義姉を訪ねると(あれ、なんの用だっけ?)と言った。
  イスラエルが、レバノンの子ども達を殺している。空爆されたカナという村に、2千発の爆弾が落とされたという。イスラエルの兵隊を2人誘拐したのは勿論、レバノンの子ども達ではないが、イスラエルは報復と称して圧倒的な軍事力を駆使して、無差別爆撃を繰り返している。コンドリーザ・ライス国務長官は新しい出発のために(イスラエルの他国への爆撃は)必要なことだと言っているとか。
  以前アメリカからユニセフの募金が来たが、ユニセフがこの事態をどうするか見て、私も態度を決めようと思う。
 日本のどこかで「イスラエルは直ぐに戦争を止めろ」の、デモは起きているのだろうか。
2006年7月30日(日)
犬と歩けば・ふたたび 369
7月30日(日) 晴れ

 仕事が一段落して、句会が近いのに川柳の宿題が出来ていないことに気が付いた。
宿題の題は「ほたる」だが、なんにも言葉が浮かばない。
 昨日仕事が終わって、いつもの飲み屋でお腹を満たした6時過ぎ、私たち3人はAさんに車で送ってもらった。印旛沼のほとり、青々と育つ稲田の上を渡ってくる風は心地よく、飲んだくれたBさんは気持ちよく寝込んでいる。でもときどきハッと目を覚ましては「ここはどこだ?千葉にもこんな所があるのか」なんて、ほにゃほにゃ言いながら外の景色を眺めていた。みんなで食事をしたとき、飲兵衛のBさんは勝手に高い酒を注文して自分だけ飲んだから、かなり割得くしている。「はは、今日は2本も口開けの清酒に当たった。これは縁起が良いからサマージャンボでも買わなくちゃ」なんて、勝手なことをいっている。ま、良いけどね。宝くじが当たったらみんなに奢ってよ。
 運転中のAさんに、“ねえ蛍のことだけどねぇ”と話しかける。この前、蛍を捕まえて長ネギの葉の中に入れて持ち帰るって教えてくれたでしょう?何匹ぐらい入れたの?ネギの葉の中はべとべとしているんじゃない?と矢継ぎ早に、質問する。“うーん、小さい時だからハッキリとは覚えていないけどね”とAさんは困惑する。“でもね、中で蛍が光っていた”と言った。聞いてみないとわからないものだ。小さな女の子が、しっかりと掴んだ長ネギの真ん中あたりが、ぽっぽっと黄色く光っている光景は、思い浮かべるだけでこちらの心もなごんでくる。愛媛県出身のCさんは、麦わらで虫かごを編んだという。それも初耳だ。
2006年7月29日(土)
犬と歩けば・ふたたび 368
7月29日(土) 晴れよる雨

 「私は大人だから・・。でも子ども達が未だ、お父さんの突然死を受け入れられなくてね。・・・何かひとつ願いが叶えられるとしたら、何が良いかと聞かれてね、お父さんが生き返って欲しいって言うんです。」夫の突然の死から1年。子ども達だけでなく、妻の彼女もまだ悲しみ、苦しみのるつぼの中にいることは誰の目にも明らかだ。労災申請に向けて、相談に乗っていたAさんの瞳にたちまち涙が膨れあがった。
Aさんの夫も過労死で、周りでダメだと言われながらも労災申請をして、勝ち取った経緯がある。(ああ、思い出しちゃった)と言いながらAさんは、バックの中をかき回してタオルを探した。Aさんの涙は大粒で、土砂降りだから、ハンカチでは足りない。(あなたも私と同じ思いをしているかと思うと・・・)と、嗚咽した。それを見て、こちらも涙があふれてきた。妻や子ども達が焼け付くような思いで、父親を渇望している姿は、沢山見てきた。
過労死や過労自死が一向に減らず、無権利無力な妻や子が残されている現在は、そう戦時中と同じではないか。
 私に魔法が使えたら、あの人この子、みーんなにお父さんを帰してあげたい。そして笑顔の花を、たくさーん、いっぱーい、どこもかしこも咲かせる。
2006年7月28日(金)
犬と歩けば・ふたたび 367
7月28日(金) 晴れ

 近くのスーパーで、歩き始めた末のお嬢チャンを連れた裏の家の若いお母さんに出会った。「スミマセン。夏休みで子ども達がうるさくて。」と、謝り「でもアタシの声が一番うるさいかも知れませんね」と、笑った。今時、子どもの歓声なんて、ざらに聞けるものではない。小学生の男の子が3人と、小さな娘さんが1人の4人もいたら、お母さんの声も自然と大きくなると言うものだ。
一方、この頃度々テレビで見かけるあの人は、如何にも意地悪そうな顔をしている。人間としての大事な、優しさとかためらいとか思いやりなどというものがまったく感じられない。白か黒かオンとオフのデジタル人間。いや出来損ないのサイボーグと言った方が良いかも知れない。あの人とは、コンドリーザ・ライス国務長官の事。よく見ると、研なお子に似ているような気もするが、やはりこれっぽっちの可愛さもない。今の地位に登り詰めるために、何人も何十人ものライバルをけ落としてきた顔なのか。
 母親は音楽教師だったと言うが、情操教育に失敗したのだろうか?北朝鮮を非難しながら、市民を殺し続けているイスラエルを支援して廻るコンドリーザ・ライス。
2006年7月27日(木)
犬と歩けば・ふたたび 366
7月27日(木) 薄曇り

 今朝の公園では、ジージーと油蝉が騒がしく鳴いていた。梅雨明けはもう、直ぐらしい。サッカー2002年世界大会の時、これからは「ベッカム八百屋」と改名すると宣言したのりやすい八百屋に寄った。ロクに品物がなくて、切り花ばかりが場所を塞いでいる。「なんだかさみしいねぇー」と店内を見回した。レジ台に腰をかけて、足をぶらぶらさせていた店のオヤジは振り向いて、今血圧計っていたんだと、手首に巻いて計る小さな血圧計を見せた。そして「そんなこと言ったってねえ、品物がないのはウチだけじゃないんだよ。だいいち市場に品物がないんだもの。ちっとばかりあるとさ、もう奪い合いだよ。」と言い訳した。この長雨では仕方のないこと。もやしでも食べるとしよう。
2006年7月26日(水)
犬と歩けば・ふたたび 365
7月26日(水) 晴れ

 朝からこんなに晴れたのは、いったい何日ぶりだろうか。今朝は、水色の朝顔の花も沢山咲いた。直ぐに「ベルを洗おう」と決めた。さっきまで南側に出せと催促していたベルは、私が近づくと、こそこそと犬小屋に隠れてしまった。ヤツはこちらの気持ちや意志を見抜いている。それを引っ張り出して、お風呂場に連れて行く。赤い首輪を外して、先ず顔を拭いてから(この頃、目元に、目やにか何かの跡が付いて、それが老けてみせるので、気にして拭いている)耳に水が入らないように蓋をしてシャワーをかける。お腹に背中と洗って、ふさふさとした尻尾は、犬用シャンプーを付けてタオルでも洗うようにバケツの中でもみ洗いした。足も洗う。タオルで拭いて表に出してやると、コンクリートの上にゆったりと長く伸びた。 
 夕方、今月分のフィラリヤの薬を貰いに、病院へ行った。待合室で隣に座ったおばさんが、幾つかとか大人しいわねと聞いたのは良いけれど、あんまり長くベルを見つめているので、気持ちが悪かった。ベルの体重は10,75sで、先月よりも300g減った。
2006年7月25日(火)
犬と歩けば・ふたたび 364
7月25日(火) 雨のち曇り

 義姉の、介護認定更新に立ち会った。
義姉の部屋に行く前、ケアハウスの事務所に声をかけてお礼を言うと、顔なじみのAさんが出て来て「これからは何かあるときには、本人に知らせないようにしましょう」と言った。事務所へも、何度も「外出するなって何の事か」と聞きに来たそうである。日常生活では、お風呂にもちゃんと入っている、ゴミの始末も出来る、食事もキチンととれていて、変わったことはないが季節的に不安定になっているのかも知れないと言った。
「認定員?」のBさんは、約束の時間より5分前にやってきた。自分の名前、生年月日、年令、今いるところなど聞かれてすらすらと答えていた義姉は、自分の部屋番号でつまずいて、大きく動揺した。どういう訳か、Bさんは何回かそこにこだわって尋ねているので、私は間を取るために立ち上がって冷蔵庫を開け、義姉に麦茶はどれかと聞いた。義姉はお醤油とジュースを間違わないようにと言い、Bさんは何もしてくれるなと言った。そこで話題が変わり先へ進んだ。Bさんが帰った後、義姉は(ああ、やっとこれで終わった)と、大きく息を吐いた。テレビの横に「25日は面会があるので、外出しないで下さい」と、正楷書体のような立派な文字で大きく書いた紙があった。(なあーに、これ)と尋ねると(なんだかぁ)と言う。ああ、義姉の不安の基はこれだったかも知れないと思った。もう、済んだから処分するねと言って、ゴミ箱に捨てた。ああ、やっと済んだと、義姉は又言った。
2006年7月24日(月)
犬と歩けば・ふたたび 363
7月24日(月) 雨ときどき曇り

 今年の梅雨は長い。長いもののたとえに使われる牛のよだれや金魚のふんなんか、お呼びでないね。「旨い具合に芽が出て、5,6pに伸びてきたなと思ったらこの長雨。みんな溶けちゃった」何かの種をまいたサムちゃんが、こういって悔しがる。各地に大雨の被害が出ている。今朝の公園にやって来たのはさむ、ナナとベルだけ。ナナちゃんのお母さんは、芝生の上をのぞき込んで「ホラ、ここにもそこにも四つ葉のクローバーがあるんだよね」と言いながら歩いている。「ダメダメ採っちゃ。自分で採った人にしか御利益はないんだってから」サムのお母さんが、柄でもないことを言って、ナナちゃんのお母さんの手許を制止した。
 「あの親子、また、戻ってきたの」と公園の四阿を見て、サムちゃんが言った。
「あの娘はタバコを吸っていたって。どうも小学生ではないらしい」。犬たちの後を追って四阿へ行くと、娘さんが母親の髪を梳かしていた。母親も今日はフードを被っていない。四阿の中には、何人かが雨宿りをしていて件の親子にあれこれと聞いていた。願いが叶うなら、あの親子にこそ四つ葉のクローバーを摘ませたい。 
2006年7月23日(日)
犬と歩けば・ふたたび 362
7月23日(日) 曇り

 サムちゃんから、ケータイで連絡が入った。りゅうのお母さんの実家のプラムが実ったが、私の分として1パック注文しておいた。もっと必要なら、今夜のウチに連絡すれば間に合うと言った。直ぐにAさんを思い出して、送りたいと思った。先日久し振りに電話で話をしたとき、入退院を繰り返していると聞いたばかりだ。季節のものでも食べて、元気になって貰おうとそこまで考えて、去年もそう思ってプラムを送った事を思い出した。あの時はしばらくして電話があって、丁度入院中で食べ損なったと言ったのだ。彼女の夫と母が美味しかったと食べてしまったと言った。どうして病院に持ってきてくれなかったかと、文句を言ったのよと言っていたのだ。彼女は、義母から始まって実父、実母ともう十数年も介護を続けて過労がたたり、身体がボロボロになってしまった。介護している彼女が入退院を繰り返すようになっても実母は、施設に入るのを拒んでいるとか。本人が厭だと言っているものを、入れるわけにも行かないしねと力無く言った。私の方が先にまいちゃいそうよとわざと軽く付け加えた。Aさんは人一倍優しい人だが、体力には限界がある。同い年の私にはよくわかる。解決の糸口が見つからないまま1年が経ち、私は又プラムを届ける。
2006年7月22日(土)
犬と歩けば・ふたたび 361
7月22日(土) 曇り

 体調が悪くてゴロゴロしていると、こんな時に限ってエステの宣伝の電話なんかが入る。「小顔になるって?一体それがナンダって言うのよ」と怒鳴りたいのをこらえて、無愛想に断る。だからといって他にやることもないから「一体何故、この時期に発表されたのか」なんて、天井を眺めて考える。例の「昭和天皇の不快感」の事である。 このメモとやらが公表されたら、まるで黄門様の印籠のように、ははぁ恐れ入りましたとひれ伏した人、しない人。どっちもどっちだけれど、これ以上首相の靖国参拝を許して、アジア各国の反感を買いたくない意図が働いているのは、ハッキリしている。でもその為に何故天皇を持ち出してくるのか。憲法で天皇の政治的活動は禁じられている。この国は主権は国民にあると明記されている。「憲法9条を守ろう」という運動は勿論結構であるが、憲法1条はもっと議論されて良いと思う。「菊タブー」があると言うなら、「将軍様」の国は、笑えない。
2006年7月21日(金)
犬と歩けば・ふたたび 360
7月21日(金) 雨のち曇り

 千葉市シルバー人材センターが主催のパソコン講座に応募したら当選し、参加した。夏休みになった専門学校が会場となって、昨日から述べ15日間の講習が受けられる。昨日は休んで、今日は始まる10分前に会場に入ったら私が最後で、みんなはもう熱心にキーボードを操作していた。会費は1570円。座席は決まっていて私は真ん中の前から2人目、映画館なら指定席。ざっと見たところ20人ぐらいで、男性は4,5人。先生は中年の女性で、私にどこかでお目に掛かったことがあると言ったが、そんなはずはないと答えた。私の印象が、平均的なおばさん像だということだ。
先生の他にお姉さんアシスタント(ここの学生)が3人、お爺ちゃんアシスタントが2人いた。昨日休んだと云うことでお姉さんアシスタントが直ぐに来てくれ、昨日の課題をざっと教えてくれたが幸い、初日の課程は理解していた。今日もワードのお稽古で、表の入った文章作成だが、私には新しい発見が幾つかあった。右隣の女性に何回か声をかけられたが、アシスタントの仕事を奪ってはいけないと思って聞こえない振りをしていたがそれでもしつこく呼ばれて、3回ほど見てあげた。細面のその方はなんと秋田弁だった。帰ってから家人にその事を言うと「秋田弁とは限らない、津軽弁だったかも知れない」なんて、イヤにくどくど言う。私は話せないが、津軽弁と秋田弁を聞き分けることは出来る。「うるさーい。秋田弁をシャベル人の世話を焼くのはうんざりなのぉ〜」と、怒鳴った。
2006年7月20日(木)
犬と歩けば・ふたたび 359
7月20日(木) 曇り

 梅雨の末期は大雨になることが多いが、今年は各地で被害が出ている。
夕べ夜中に気分が悪くて目が覚め、朝になっても回復しなかったので今日の予定は取りやめて、1日中寝ていた。
 今日又、ケアハウスの義姉から電話が架かって来て、何かあるのではなかったかと聞いてきた。連続3日目である。今日は(あら、アタシ、日にちがわかんなくなっちゃったのかしら)と言った。本人は私以上に不安だろうと思うが、私も初めてのことで、どうして良いかわからない。いよいよ不安になって、ケアハウスの事務所に電話して事情を説明し、普段の様子に何か変わったことはないかと尋ねた。そして新しい対処をしなければならないかと相談したが、結論はもうすこし様子を見てからと言うことになった。
2006年7月19日(水)
犬と歩けば・ふたたび 358
7月19日(水) 雨のち曇り

 近くに生協の大型スーパーが開店した。 もう人混みで買い物をする体力はないから、未だ遠慮している。そんなわけで、いつものスーパーへ買い物に行った。競争して安いものがあるはずだという読みもある。あった。中型の西瓜が580円で出ていた。多分半値近いのではないかと、それだけで買う気になった。物色していると「お尻のマークが小さいのが、いいんだよ」と3,4年生ぐらいの男の子がお母さんに教えている。お母さんはうんうんとか聞いているので、話に割り込んだ。「あら、そうなの。じゃあこんなのはどお?」と言うとお母さんはこちらを向いて笑った。男の子は恥ずかしそうな顔をしたが、少し背伸びして、こちらの手許を覗いた。こんな訳で、年寄りふたりの家族には多すぎるのに、西瓜を1個買ってしまった。
  夕方又、ホームの義姉から電話があった。25日の介護保険の更新の件である。
「明日何かが来るから、待っているようにと書いてあるんだけど」という。実は昨日も9時半に電話が架かってきて、「(私に)未だ来ないの」と、腹を立てている様子だった。昨日あれほど丁寧に説明したのに、一体義姉に何があったのだろうか?何かが起こりつつあるのだろうかと不安を隠して、もう一度それは25日の事で、今日は未だ19日だと教えた。義姉はあっさりと「あら、そうだった」と、照れた。淋しいのかと思って食事は食べられたかとか、何か食べたいものがあるかとか、先日贈った義姉の大好物の「貝焼き」の味はどうだったかなどしばらく話しをした。さて、どうしたものだろうか。
2006年7月18日(火)
犬と歩けば・ふたたび 357
7月18日(火) 雨

 雨が降り続く。天気予報の画面は、かさのマークで埋まっている。しかも数日前の猛暑が嘘のように、昨日から涼しい。半袖のTシャツで公園へやって来たナナのお母さんは寒い寒いと繰り返していた。「今日でもう4日目」四阿の方を見て、サムのお母さんは言った。「親はともかくよ、子どもがいるんだから。子どもだけはなんとかしてやらなくっちゃ。福祉に連絡するとか。」公園の四阿に、小さなバッグをひとつ持った子ども連れの夫婦が住みついたらしい。サムちゃんのリサーチによれば、女の子は4年生で母親をママと呼ぶ。語尾に「・・だべ、だっぺ」が付く。海のお母さんといろいろと話していて、この団地の人ではないと結論が出たようである。サムとベルが四阿に近づいたので、私たちも追いかけて行きついでに「何かお役に立てることはありませんか?」と声をかけた。母親はヤッケのフードを目深に被り、袖は通さずにぶらぶらさせている。黒くよごれた顔がかすかに歪んだ。「お嬢ちゃん、大丈夫?」と、今度は娘に声をかけるとはにかんだような顔をして、母親を見た。4年生にしては大柄である。サムちゃんは帰りに、公園の管理室によって四阿の親子の世話を頼んだ。「ああ、警察に連絡して保護して貰うのが一番手っ取り早いけど、なんとかするって言ったから」
2006年7月17日(月)
犬と歩けば・ふたたび 356
7月17日(月) 雨

 頼んでおいた原稿が揃って、朝からニュース作りでパソコンの前に座り続けている。
記事がないときは写真で誤魔化す、と言うのが安直なわが編集方針である。今は大概の人がデジカメを持っているから、撮った写真を送ってもらう。写真を見てあれこれと選んでいるウチにあれま、Aさんもこの所ぐっと老けた。Bさんも白髪が増えたね。やだぁー、Cさんは私と同い年なのにこうなの?じゃあやっぱり私も他人が見たら、こんな風に見えているんだ・・と、個人的な感慨で仕事が進まない。 この頃では「アンチエイジング」なんて言葉もうろついている。ヤフーで「アンチエイジング」を検索したらま、出てくるわ出てくるわ。(アンチエイジングの先進国では、美容整形することがステータスだ)なんておばさん達を脅迫しているのもある。
昔、母は「こんな筈ではなかった」と嘆いていたが、体力が落ちる→苦もなく出来ていたことが出来なくなると言うことは、若かった私にはまったく理解も実感も出来なかった。体力が落ちたシワだらけの自分を受け入れ、上手に使い廻すのが、婆ちゃんの知恵ってことかなぁ。
2006年7月16日(日)
犬と歩けば・ふたたび 354
7月16日(日) 晴れ・曇り

 昨日に続き、今日も暑かった。マグノリアさんと銀座で待ち合わせしたのだが、約束の時間よりも早く、近くのコーヒーショップでばったりと出会った。ま、おばさんの考えることは同じだと言うことらしい。汗を引っ込めてから、ほこ天の銀座通りを銀ブラした。早くもバーゲンが始まっている店もあり、マグノリアさんの案内で新しい財布を買いに高そうな店に入った。店内では初め服が目について、あれこれ品定めをしてから財布売り場へ廻る。三つ折りで、持った時に手の中に収まり、小銭入れもぱちんと捻るがま口式になった思い通りのデザインのがあった。おまけに半額セールで、そのデザインは3つだけ残っていて店員は「使いやすいですよ」と、こちらの気持ちを後押しする。結局私はベビーピンク、マグノリアさんはオレンジのを買った。
同じビル地下の輸入品店で、バーゲンで6万円の靴を眺めた。「着て楽しいもの」がコンセプトだというフランス直輸入店では、熱帯魚のような服のあれこれも見物した。「伊東屋」は、満員でパス。明治屋で世界の食材のあれこれを見物し、ちょっぴり試食もして楽しむ。マグノリアさんは「いわさわ」で、連れ合いの仕事用バッグを物色し、甘党の彼のために、あんみつを3パック土産に買った。
2006年7月15日(土)
犬と歩けば・ふたたび 354
7月15日(土) 晴れ

 「この頃私が一番癒されるのは、クラシックを聞いている時だね。特にマーラーの5番が良い。」と言いながらAさんは口三味線(ではない、口オーケストラ)で歌いながら、大げさに両手を挙げて揺すった。かなり酔っている。既に仲間達は、二次会からカラオケへと移動していったが、Aさんはまだお酒が残っていると1人座を動こうとしない。店の人は散らかったテーブルの上をかたし始めていたが、会長とふたりでAさんの話しに付き合った。「この頃女房がね、ぐでんぐでんに酔っぱらって帰ることが少ないけど、みんなが誘ってくれないのかって、かえって心配してさ」なんて事を申している。
Aさんに年を尋ねると「私は加山雄三と同い年」と仰るが、人間、酔うにも体力が必要なのだと思う。Aさんがお酒に弱くなったなぁと感じたのはもう、十数年も前のことだが、ご本人にその自覚があるかどうかは疑わしい。然しその事はそっくりこちらにも跳ね返ってくることで、思いは複雑である。たまにはとことん飲もうなんて誘われても、こちらは総会後の書類やお金を預かっているので、紛失しないように緊張してバックを首から下げている。自分でもあんまり素っ気ない断り方をして、言ってしまってから少し反省した。
2006年7月14日(金)
犬と歩けば・ふたたび 353
7月14日(金) 晴れ・雨(夕立)

 義姉に介護保険の更新を頼まれていたのを思い出して、区役所に出かけた。期限の30日前までに手続きを済まるようにと書いてあったので、忘れるといけないと思って他の用事をキャンセルして済ませた。期限の迫っている介護保険証は区役所に返し、新しい保険証が交付されるまで使える仮の証明書を貰ったので、その足で義姉に届ける事にした。
ケアハウスに着いたのが4時半で、丁度夕飯時と重なってしまった。エレベーターの入り口で義姉と出会ったので、部屋で待っているからゆっくりしてきてといった。義姉の部屋に入ったときは涼しかったが、直ぐに寒くなった。クーラーの設定温度が16℃になっているので、26℃にして相撲中継を見ていると、事務所から電話が架かってきた。(食欲が無いからと言って、夕飯に殆ど手を付けないで帰ってしまったから、お部屋でなにか食べるよう言ってください)と言う。私が間が悪い時間に来たので、それが気になったのだろうと謝った。電話を置くと同時に義姉が部屋に入ってきた。(なぁーんもしてないんだもの、お腹なんか空かない)と義姉は済ましている。痩せてもいないし、元気そう。冷蔵庫の中には、果物やプリン、アイス、煎餅などいろいろ入っているから、間食していてお腹が空かないのかも知れない。1時間ほどお喋りして帰った。8時頃義姉から電話があって、やはり介護認定の時は来て欲しいと言うのでわかったと、返事をすると安心した。
2006年7月14日(金)
犬と歩けば・ふたたび 352
7月13日(木) 曇り・晴れ・雨

 稲葉先生から大型の封書が届いた。稲葉先生は千葉市南部の公害病認定患者と市民
が、鉄鋼独占のひとつ川崎製鉄を相手に損害賠償と汚染物質排出の差し止めを求めて、裁判闘争を闘ったときの原告団団長である。千葉地裁で画期的な勝利判決を勝ち取ってからもう、19年が経つ。どうして先生と呼ぶかというと、文字通り私の高校時代の物理の先生だったのだ。毎日自宅の軒先で観測し続けた大気汚染のデータは、その当時他にはなく、裁判で威力を発揮したと聞いている。先生は市販の教科書を使わず、ご自分で作ったプリントを元に授業したが、その言葉が難しくて生徒達はしばしば煙に巻かれてキョトンとしていると、先生はそれを見て楽しんでいるようだった。後年、先生に憧れて地球物理学者になったと言う若者に出会ったことがある。
  所で先生の用件は、「公害闘争30年」のアルバムが出来たので、川鉄訴訟関係をコピーして送るので見て欲しい、それに支援のお礼だった。・・(9頁には私が全国被害者の音頭をとって吼えている写真がのっています。この時のように吼えたのは私としては空前絶後のことで・・)とあるとおり、大きな口を開け右手の握り拳を高々と上げている写真も載っていた。なるほどいつも沈着冷静、大きな声ひとつ聞いた覚えのない先生の、意外な一面である。人間は闘うべき時には、しっかりと闘えと教えているのだ。別にジダンの事を言っているわけではないが。
2006年7月12日(水)
犬と歩けば・ふたたび 352
7月12日(水) うす曇り

 やはり自治体廻りのお話。
きのう仕事を終えて帰り道、「多古の道の駅ーあじさい館」の近くに来たのは午後5時40分頃だったと思う。運転役のAさんが気を利かして「寄っていくかい?」と聞いてくれた。今日は(時間調整もあって)私たちは既にJA富里の農産物直売所と、やはり道の駅で「オライはすぬま」の2ヶ所に寄ってきたのだ。JA富里はさすが西瓜の本場で、珍しい西瓜が売られていた。大きな瓜かと思う、レモンイエロー色でラグビーボール大の西瓜は、切ってみると中味は真っ赤なんだそうである。「あら、珍しいんじゃない?値段も高くないから買ってみようかな」と同行のBさんは、早速のお買いあげである。黒い西瓜はもう珍しくない。普通の赤と緑の縞々西瓜の値段は、やはり幾らか安いと思う。2個入りの箱詰めが良く売れていた。一方、私たちには懐かしい、まくわうりが売っているではないか!直ぐに1個(100円)買って、包丁を借り皮をむいて3等分して(おお、この味、この味)とか言いながら3人で食べた。瓜の中心部で種のあるところが、ひときわ甘い。香川県出身のAさんは、その部分を「ずく」と言った。
  「オライはすぬま」では(なまモツ)が1キロでタレも付いて500円。Bさんは前回に続いてゲット。「しょうがめし」というのも美味しそうで買った。と、それらは代表で、まあいろいろと買い込んだ。なのにである。迷わず「あじさい館」に立ち寄った。もう沢山買ったから、見るだけねと言って。店内に入って、生ものの半額セールをやっているのを見て、前言はあっさりと取り消さた。「多古米の鮹めし」というのが300円が150円で、これがまぁーうまかった。
2006年7月11日(火)
犬と歩けば・ふたたび 351
7月11日(火) 晴れのち曇り一時雨

 今日で、私たちが担当した自治体廻りは済んだ。のべ何q走ったかと、車を動かしてくれたAさんに尋ねたら、820q、1日約200qだと答えた。なるほど疲れたわけだと納得した。総会前のこの時期、県内各自治体を廻って賛助金をお願いしているが、それだけが目的ではなく、私たちの活動の理解と宣伝も兼ねているのだが、やはりまったく賛助金が貰えない日は、余計に疲れを感じた。
  私たちのグループは、AさんとBさんそれに私の3人だった。Bさんと私はお昼は美味しいものを食べようとか、時間が余ったら道の駅で安くて良いものを見つけようなんて、半分物見遊山気分で始めた。所が、あれは、始めて3ヶ所目の自治体だったと思う。ぬらりくらりと逃げ回る担当者に、Aさんと私が手を焼いていると、Bさんが一歩前に出て一気にしゃべり出した。「私の夫は過労死しました。まったくなんにも解らない私は、この組織に出会って救われました」それを聞いて、応対に出ていた男女ふたりの担当者が、ハッとショックを受けたのが見て取れた。それは「過労死」と言う言葉は知っていたが、実際に目で見たのは始めてという驚きだったと思う。Aさんと私も、いきなりそんなことを喋ったBさんに驚いていた。そんな出来すぎた芝居のような打ち合わせなど、まったくしていなかったのは云うまでもない。
2006年7月10日(月)
犬と歩けば・ふたたび 350
7月10日(月) 曇りのち晴れ

 今日も自治体を4つ廻った。それは地域性なのかどうか、どこも同じように礼儀正しくて、大人しくて、活気がなかった。一方先日訪問した同じように小さな自治体は、礼儀正しくて、丁寧で、きっちりと意見と意志を持っていた。村や町は行政の末端ではなくて、先端であると言ったのは沖縄の或村長と聞いたが、私たち住民もその視点は大切だと思う。
  私たちを運んでいるAさんの車はカーナビがない。3人の勘で車を走らせる。今日も近道をするつもりで入った道は、どんどん田圃の中に入って行ってしまった。当然道は細くなり、一寸でも運転を誤れば左側は田圃か、右側の沼地に落ちるという羽目になった。あぜ道が交差する所で、農作業をしているお祖母ちゃんに隣町の役所の方角を聞いた。手を休めて腰を伸ばしたお祖母ちゃんは「さあてね。私はここで生まれてここで育って、ずっとここで暮らしてきたんだけどさ、役場がどっちさにあるかわかんないの」と言って苦笑いをした。私たちも、先の見えない農道に入り込んだノータリンで、お祖母ちゃんを笑うことは出来ない。丁寧にお礼を言って前進した。驚いたことにその時後続車がピッタリと着いてきているのに気が付いたから、もうバックする事は絶望である。次の農道が別れたところでその車は、なんとスピードをあげて行ってしまった。左折した私たちは、更に細く曲がりくねった道を行くことになった。なんとか普通の道にたどり着いたときは、本当に嬉しく生還した思いだった。
2006年7月9日(日)
犬と歩けば・ふたたび 349
7月9日(日) 曇りのち雨

 夕方の公園を、芝生広場に向かってベルと登っていった。サムのお母さんとナナのお父さん、ジュンちゃんのお父さんが芝生に腰掛けて、なにやら話しながら笑っていた。サムはこちらに気が付くと、サット立ち上がって寄ってきて私の顔をなめ回した。そこまではいつものことなのだが、私が腰掛けてもまだ左前足を私の腕に掛けてジッとこちらの顔を見つめ、膝の中に入ってきてすっぽりと収り済ましている。少し離れてベルは、それをしばらく見ていたが、頭からサムにぶつかってきた。「あ、ベルがやきもち焼いてる」サムのお母さんはそう言ってにやにやした。そうやって、サムとベルはいつもの遊びになって、芝生の上を走り回った。そのうち雨が大粒になってきて、それぞれに引き上げた。家に帰ると焼き芋の臭いがした。今頃なんでと聞くと家人は、ベルに食べさせるのだという。ベルはこの2日間、便秘しているからだという。ベルは犬で、人間じゃあないんだと教えてやった。
 夕方、スーパーに買い物に行って、ついしめ鯖に手が伸びた。目が欲しかったのだ。夕飯に食べてみると、塩味だけが強くて身もぱさぱさとして美味しくなかった。
切り身の真ん中は真っ赤で、とろりと甘いしめ鯖は自分で作るしかないか。
2006年7月8日(土)
犬と歩けば・ふたたび 348
7月8日(土) 晴れ・曇り

 夕方の公園で、カナカナと鳴く蝉の声を聞いた。今年初めてだというと、腰にぶら下げた蚊取り線香のケースに、遊んでいた犬たちがぶつかって分解してしまったので、直しているサムちゃんは、そおおと興味なさそうに返事をした。そう言えば今朝、ウチの空色の朝顔もひとつだけ初めて咲いた。西の空から黒い雲がふくらんできて今日も又、一雨来そうな気配である。サクのお母さんが、何回電話しても繋がらないと言って公園へやって来た。そんな筈はないと、ケータイを取り出して見たサムのお母さんは「電源が切れていた」と驚き、どうもこの二日間は静かだと思ったとぼやいた。
  昨日A市へ出かけたとき、同行のBさんが「市役所の建物の近くに資料館があって、そこに焼き玉エンジンが展示してあるんだ」というので、この日は他に予定がなかったので寄って見ることにした。焼き玉エンジンなんて言われても、何のことか解らない。昔聞いたポンポンポンと音を立てながら走る漁船のことかな、位の想像しか出来なかった。機械屋のBさんには興味深いらしく、ネットで探し当てたが動かして見せてくれるのは日曜日だけだと残念そうに言って、その機械の入っている箱の蓋をさわって見ていた。ここは「青べか物語」当時の町の様子が再現されている。ある家に「やんめ大安売り」と書かれた紙が貼ってあったので、どういう意味かと尋ねた。
「その当時の浦安だけの風習でしてね」と、係の女性は嬉しそうに説明してくれた。

             
2006年7月7日(金)
犬と歩けば・ふたたび 347
7月7日(金) 晴れ・雨・曇り

 今日も女性3人で、近隣の自治体訪問を続けた。昨日訪問したA市は、数年前まで賛助金を寄せてくれ、相談会開催案内も広報誌に載せてくれていたが、今はそのどちらも止めている。応対に出た担当者は紋切り型に「この様なご時世で、支出の見直しがあり、予算がありません」「当市では法律相談も行政相談もやっている(から、あなた達は必要ない)」と言った。私たちは単なる事故や怪我以外の、今一番多い過労死や過労自死問題を労働基準監督署に申請する場合、その手続きを被災者が理解するにはとても30分や1時間の相談では解決しないのだと言った。「立証責任は被災者が負う」という約束が、どんなに遺族を苦しめているかを、この担当者は知らないが彼等が悪いのではない。やはり労災被災者は、まったくの社会的弱者なんだと改めて実感しながら、過労死の申請をする時には(先ず、被災者の胸の内をとことん聞く。
被災者を励ましながらあれこれの説明、資料の収集、同僚からの聞き取り、書類の作成、検討)という作業を繰り返し行いながら詰めて行くので、準備だけにも半年から1年はかかるのだと説明した。勿論それからは労働基準監督署とのやりとりがある。
すると今度は、あなた達は法人でもNPOでもないタダの集まりではないかと言う。
組織のかたちがどうであれ、32年間1回の休みもなく毎月無料相談を続けて来た実績があるし、それは社会に必要があったからだと説明したがわかったとは言わなかった。
 北朝鮮のいきなりのミサイル発射。国連安保理にかけるのは結構。ついでにイスラエルのパレスチナへのミサイル発射も問題に入れて。
2006年7月6日(木)
犬と歩けば・ふたたび 346
7月6日(木) 晴れ・雨・曇り

 7月に入り、私たちの総会が近づいて、みんなが慌ただしく動いている。私たちの活動は市民と行政の間を埋める活動なので、役員が手分けして県内の各自治体へ私たちの活動の理解と、賛助金を頼んで歩いている。車で県内を走ってみると、改めて千葉県ってこんな所だったかと思い直す。昨日は雨の中、利根川沿いを行った。建物ばかり大きくて、仕事の疎通のまったく悪いところ。平成の大合併にも取り残された小さな町で、こちらの話しを良く聞き、出来ることは直ぐに協力すると約束してくれた暖かみのある職員がいるところと、いろいろである。ところで役得はある。東庄町でお昼になったがあたりに商店も見つからず、さてお昼ご飯はどうしようかと迷ったとき、生け垣から黄色の目立つ看板が出ていた。「たべた?」と書いてある。腹ぺこの私たちは看板に誘われて、細い道を構わず入っていった。するとそこは川を望む開けた場所で、天然物のウナギやしじみ料理を出す店があった。私たちは養殖のうな丼ランチ(1280円)を頼むと、これから作りますから時間がかかりますという。みんなで蒲焼きの香りで口の中につばを貯めながら、待った。待った甲斐はあった。しじみ汁の美味しかったこと。まったりとした垂れに包まれた蒲焼きの美味しかったこと。夕方になってもお腹は空かず、気持ちまでゆったりとした。
2006年7月5日(水)
犬と歩けば・ふたたび 344
7月5日(水) 雨のちくもり

 「南蛮がね、3本なったの」Aさんは嬉しそうに話し出した。聞き慣れない言葉に、思わず耳をそばだてたが、ああ唐辛子の事だなと理解した。因みに私は「とんがらし」という。辞書を引いてみるとやはり同じものだったが、この植物がナス科だったとは初めて知った。 Aさんと私の事務所がよいの帰りには、大抵JAショップへ寄って新鮮な野菜類を買う。JAだから野菜ばかりでなく、野菜や花の種や苗、土から肥料までいろいろと売っている。2、3週間前に私たちは、ここでとんがらしの苗を買った。隅っこに置いてあった売れ残りで、1本84円が半額になっていたのだ。
私も他の苗と一緒に1本買った。「置いておくと赤くなっちゃうから採ってね、細かく刻んで味噌と混ぜて辛子味噌にしたの。紫蘇もあったから入れてね。そのまま野菜なんかに付けて食べても良いし、一寸焼いてから食べても美味しいの。」Aさんの話しを聞いているだけで、口の中には唾が溜まる。「あそこで買ったなすも美味しかったわね。皮も柔らかくてね。刻んで軽く塩で揉んで、やはり紫蘇なんかも入れて、漬け物風にして食べた。」Aさんはこうして、旬のものを生かして食べているからお元気なんだなと、明るい笑顔をもう一度見た。
2006年7月4日(火)
犬と歩けば・ふたたび 343
7月4日(火) 晴れ一時雨

 身から出たさびだが、うっとおしい細々とした用事が続く。この4月から、千葉市の国民健康保険証は個人別で、名刺ほどの大きさになった。従来の家族単位の大きな保険証の時は、家に置いて必要なときだけ持ち出していたが、小さくなってからは財布に入れて持ち歩いていた。だから財布をなくしたときに、保険証も一緒に紛失してしまった。今日、役所の窓口へ行ってその旨届けると、2,3日で再発行するが、紛失した分の保険証を無効にすることは出来ない。もしそれが不正に使われることがあったらその時は、警察へ届け出ろという。拾われた保険証がサラ金で利用されるのを心配しているのに、そういう事態が起きなければ問題にしない。まして自分たちがタッチする事ではないという考え方は、いかにもお役所的ではないかと、腹を立てたがさてどうしようかと思案している。続いて図書館の貸し出しカードもなくしたので、届けた。これはその場で仮のカードを発行してくれ、2週間経ったらまた同じ手続きで正式の再発行となると教えてくれた。
  でも午前中は月に一度の川柳会で、涙を流して笑った。終わってからも女性6人でラーメンやで2時間半も粘って、また笑った。
2006年7月3日(月)
犬と歩けば・ふたたび 342
7月3日(月) 晴れ一時雨

 ええっ、まさか?やっぱりと言う思いが同時に起こった。東京電力からいきなり「当社では、お客様の宅内に石綿(アスベスト)を含有したアンペアブレーカあて板を設置しております」という通知が来た。更にこれは飛散性がなく、これまでどおり使用しても問題はないが(心配だろうから)取り替えてやると言う内容だ。このブレーカーはもう20年以上使っている。多分、家庭内にある製品道具類で、石綿が使われているのは(私が知らないだけで)もっと沢山あると思う。
有吉佐和子の小説「複合汚染(1975年)」が、言葉として流行ったのはもう30年も前の事だが、それが実態として姿を現し始めたのかも知れない。この所連続して起きている、子どもが家族を焼き殺してしまう事件もその一つと考えるのは、飛躍過ぎるだろうか。  今日、仲間のAさんに聞いた言葉「あぶらっこ」。Aさんは蔵王麓の出身で、言葉の意味は、いつも年長者にくっついて歩いている幼子のことだという。千葉で言う「みそっかす」に似ている言葉らしい。ついでにAさんが子どもの頃は、捕まえた蛍はふくらんだ長ネギの葉の中に入れて持ち帰ったという。
2006年7月2日(日)
犬と歩けば・ふたたび 341
7月2日(日) 晴れ一時雨

 土曜日曜と人並みに寝不足だ。
数日前までサッカー世界大会と言っても、全く興味はなかった。
金曜日に新聞の切り抜きをしていて、1枚の写真をみた。サッカーの選手がボールを追っている写真なのだが、飛んでいるボールを見つめてカッと見開いた2つのまなこと、グッと指先にまで力の入った手を見たとき、似ていると思った。写楽の、有名なあの大首絵そっくりだと思った。人間はこんなにも大きく目を開けられるんだと思うと、にわかにこの選手に対する興味がわいた。この選手はアルゼンチンのFWテベスだとわかり、金曜日深夜のアルゼンチン対ドイツ戦を聞いた。はじめは他のことをやりながらラジオを聞いていたが、中継のアナウンサーがドイツ寄りの放送をするので、面白くなかった。さわりだけと思って聞き始めたがそうはいかず、PK戦になるとテレビを付けた。日曜の早朝にブラジル対フランス戦も見た。
 お昼にパン屋に行って、夕方また買い物に行こうと思ったら財布が見あたらない。
だいいち財布を入れてあった小さな買い物袋がないのだ。パン屋でおつりを貰って財布にしまった所までは覚えているが、その後の記憶はサッパリない。パン屋と自宅までの間で落としたとしか考えられない。交番に紛失届を出して、このまま呆けちゃうのかなと自分の注意力散漫に落ち込んだ。
2006年7月1日(土)
犬と歩けば・ふたたび 340
7月1日(土) 曇り一時雨

 昨夜、10時過ぎに姉から電話が架かってきた。前にあげた蜂蜜が美味しかったと言ったが、それが用件ではなかった。「あのね、何となくたまにはアンタに会いたいと思ってね。お喋りがしたくてね。」白内障の手術の後は、メガネがなくても済むようになったこと、町会の役が廻ってきたこと、近所の人の病気、西瓜の苗を植えたが、日照不足でサッパリ大きくならないこと、子どもの頃食べた酸っぱい味が忘れられなくてスモモを植えたこと、ケアハウスの義姉のこと、そうそうと言って急に声を落とし、同居の高校生の孫にガールフレンドがやってくるようになったと言った。サクランボとかケーキとかね、若い子の喜びそうなものを買っておくのと一寸、嬉しそうだった。
  極めてローカルな千葉職対連も、会員Aさんの物心200パーセントの援助でHPが立ち上がり、一気に全国区となり開設1年を迎えた。おまけにAさんには管理人まで引き受けて頂いている。Aさんはいつもニコニコ、お元気そうな外見につい騙されてしまうが、実は大きな病気を抱えている。Aさんを見ていると、その命の強さに感動する。
 秋山さん、お誕生日おめでとうございます。
2006年6月30日(金)
犬と歩けば・ふたたび 339
6月30日(金) 晴れ

 お昼にパンを買いに行った。レジに並んで待っているとき、レジの前に食パンの耳だけが入った袋が置いてあるのに気が付いた。食パンを買った時にカットを頼むと、必ず耳はどうしますかときかれる。その時いらないと答えた人の分だ。普通の食パンと胚芽パンのと二つあった。パンの耳と言ってもあれは、おこげの部分で美味しい。
これはサービスに置いてあるので、断ればタダで貰える。声をかけようかと思ったその時、隣のレジに並んだお母さんの声が聞こえた。「あら、このパンの耳にチーズを塗ったのは、お母さんだ〜い好きなの」と小さな息子に言って聞かせている。その声を聞いて直ぐに、彼女に譲ることに決めた。あんなに期待にふくらんだ声を聞かせて貰ったのは、久しぶりだったから。
 午後からいつもの床屋に行く。賞味期限の話しになって、どちらもちっとも気にしないで意見が一致した。「ウチのダンナはね、インスタントラーメンを水から煮て、べとべとになったから賞味期限が来ていたんだって言うのよ。自分の調理方法が間違っているのに」と言った彼女の言い方は、どうもちょっと意地悪さを感じた。中高年夫婦の危機が多いと聞くけれど、そう言われてもコメントのしようがなくて黙りを決めた。
2006年6月29日(木)
犬と歩けば・ふたたび 338
6月29日(木) 晴れ

 隣のウチとの隙間に植わっている梅の木の、葉陰が動いた。何だろうと目を凝らして見たら、小鳥が何かくわえていた。ああ、うす茶色でもくもくしているのはベルの抜け毛かと納得した。この梅の木の下が、昼間のベルの居場所なのだ。スズメじゃあないみたいというと家人はムクだろう、また二階の戸袋の中に運び込んで巣を作るつもりだなと言った。 今月は特別で第3木曜日の今日も、歌う会があった。大体座る席が決まっていて、私は一番前の左端なのだが既にふさがっていた。顔見知りのAさんも今日はいない。仕方なく左から2番目にすわる。後からやって来た左端の人は、初めてお目に掛かる炭団に目鼻のようなおばさんだったが、歌い出して驚いた。声量の豊かなことと、声の美しいことと言ったら、うっとりと聞き惚れてしまう。休み時間にその事を言って(ソプラノではないのですか?)と聞くと、そうなのだが先生にアルトに回って欲しいと頼まれたのだそうだ。うーん、先生は下手くそばかりのアルトにてこ入れしたのだ。でも彼女のお陰で今日は、アルトを歌うのが易しかった。
「さくら貝の歌」を歌ったとき先生は、この歌は作曲者が早世した恋人を偲んで作ったもので、彼女の名前の一字を取って自分のペンネームにしたというエピソードを披露した。先生が思い入れたっぷりに話した所為もあるのだろうか、驚いたことに会場のあちこちから(そこまで思われたら良いわねぇー)という声が、ため息と共に聞こえて来たのだ。そんなのストーカージャン、きもわるーいと思ったが勿論黙っていたね。
2006年6月28日(水)
犬と歩けば・ふたたび 337
6月28日(水) 晴れ

 事務所でAさんと話しをしたら、「俺ん所にも来たよ。それって直接アメリカから来ているんじゃないかい。」と言われたが、私はそんなことも確認していなかった。
先日、いきなりユニセフ本部から茶色の封書が来た。募金の依頼で、中にパーソナルラベルが10枚入っていた。何故私の所に来たのか?住所をどうやって調べたのかと言う疑問がチラリと頭をかすめたが、私の頭の回路はこう動いた。ユニセフ→黒柳徹子やアグネスチャン→良いことをやっている→私もそれなりの協力をしなければ。しかし、元来ケチな性分で、パーソナルラベルが10枚で3千円は高いと思った。何故3千円かと言うと、本文とは別に「例えば3000円で458人の子どもの命を救う方法があります。」という目立つメモが付いているのだ。なにもカンパで高いも安いもないのだが、いきなりものを送りつけてきて3千円と言うのは押し売りではないかと、気持ちの抵抗があってぐずぐずしていた。「募金をやるにしたって、どうして日本の支部でやらないんだ?住民基本台帳がアメリカと繋がっていて、アメリカで俺たちの個人情報を操作していると思ったら、その点だけでもう俺はイヤだね」とAさんは言ったが、否定は仕切れない。うーん、これは慎重にしなければ。
2006年6月27日(火)
犬と歩けば・ふたたび 336
6月27日(火) 晴れ

 昼間は晴れて一気に真夏の陽気だったが、夕方の公園は涼しい風が吹いて、犬も人間も気持ちが良い。人間達は芝生に腰を下ろしてお喋りに余念がない。よく見ると芝生のあちこちにピンクのねじり草が盛りだ。犬たちは舌を出して、ぐったりと座り込んでいる。ベルは芝生の上をやたらに転げ回った。その隙を衝いて、私はせっせとベルの冬毛を引き抜いた。 5時半を過ぎると海親子が帰っていったので、その後ろ姿に早いねと言ったらすかさずサムちゃんが「飲み会・送別会だって」と、教えてくれた。なんでも、海のお母さんが働いていた郵便の集配所が合理化・統合により廃止されるとか。それで職場が遠くなるので、車で通勤できる人だけという名目(?)で、再雇用されたのは4,5人で他の人達は解雇されたのだとか。小泉の郵政民営化の具体的な姿のひとつだ。
 帰るとき、リードを付けようとして、ベルの後ろ首にダニを見つけた。そろそろ今月も獣医へ行って、フィラリヤのビスケットと虫取り薬を付けて貰おうと考えていた矢先だったのでその足で、病院へ寄った。今日の体重は11,2s。あらアタシと同じで、大分増えちゃったと言うと先生は、そうですかと返事をしてくれたので思わず見直すと、うーん先生のお腹もますますご立派だった。
2006年6月26日(月)
犬と歩けば・ふたたび 335
6月26日(月) うす曇り

 犬は人間の3,4倍の速さで老化するという。だからしっかり遊んで、あくせく働いている時間なんかないのだな。ベルは。昨日久しぶりにあった(アユ)の事を書いたら、鵜の目さんから次のような川柳を頂いた。「ドッグランリードの先も白髪かな  鵜の目」  今日はイワシが安かった。中型のが7匹で280円。梅雨時のイワシは、焼いて大根下ろしをたっぷりと添えて食べるととても美味しいのだが、横着して煮た。でもこれも美味しかった。去年あたりからイワシがとても高くなって、われわれ庶民の口から遠ざかっていたので、嬉しい。
 昨日の朝刊に「また体内被ばくか」と小さな記事があった。青森県六ヶ所村使用済み核燃料再処理工場での事故である。被災者が19才と言うのが、痛々しい。彼は協力会社(下請け会社とどう違うのか?)の作業員で、放射能溶液の濃度を調べていたと言うが、具体的な事故の状況が書いていない。作業服と鼻の粘膜から放射能が検出されたという。
又「使用済み核燃料を蓄えたプール」へ、近くの三沢米軍基地の戦闘機が墜落したらどうなるかという事故のシミュレーションもある。原子力発電が、こういう犠牲やアブナサの上に成り立っていると思うとやはり、原子力発電所はいらない。
2006年6月25日(日)
犬と歩けば・ふたたび 334
6月25日(日) うす曇り

 日中はたまにちらちらと雨が降って、夕方も風はなく蒸し暑い。芝生の上の犬たちはみんな口を開けて、舌をだらりと垂らしていた。珍しく大型犬のアユが来ていた。
しばらく見ない間にアユのほっぺは垂れ下がり、背中にも白髪が目に付く。つい(アラー・・)と言ってしまうとアユのお姉ちゃんは「ハイそうです。アユはしっかり爺さん犬になりました」と切り口上で言った。余計なことを言ってしまったと、反省する。
 一昨日の昼頃、ケアハウスの義姉から電話があった。冷蔵庫の下の方が冷たくならないと言う。なんだか浮かない声だ。数日前、所用で館山に出かけた家人が買って来たかすみ草、トルコ桔梗、紅花などを届けたばかりである。前にも電気がつかないと言ってきたとき、ケアハウスの職員によくある事なので私たちに言ってくださいと言われたのだが、多分私とお喋りがしたいのだろうと思って、出かけた。しばらくあれこれお喋りをしてから冷蔵庫を見た。なるほど、冷凍室のアイスキャンデーが溶けかかっていたがロックアイスは凍っている。多分ドアーがキチンと閉じられていなかったのではないかと言うと、義姉は明るく(そうかもね)と返事をした。ついでに冷蔵庫の掃除をして、これでダメだったら電気屋さんに来て貰うと言い置いて帰った。翌朝、大きな声で(大丈夫、なおった)と電話が架かってきた。
2006年6月24日(土)
犬と歩けば・ふたたび 333
6月24日(土) 晴れ 

 来月の総会を控えて今日、会計担当の私は会計監査を受けた。その時、パソコンがもう2週間も不通だとぼやく私に、監査役のAさんはパソコンの故障は車の故障に似ていると言った。なるほど、普段は便利に使いながらそのありがたみを忘れ、使えなくなると粗大ゴミの役立たずとして文句を言う。この間パソコンの前に座る時間だけのんびり出来たわけだが、あちこちからの連絡が滞ってそんなことも言っていられなくなった。よし、他人任せにしないでこうなったら自分でやるっきゃない!と固く決意をした。先ずパソコンのトラブルを理解することから始めようと、本を買ってきたのが昨夜。今日、帰宅したのが20時40分で、直ぐにプロバイダーのサポートセンター電話をしたらナント・・9時5分前(つまり、終了5分前)につながり、終了時間をオーバーしたが、本当の解決ではないが取りあえず繋がった。今回の事で、自分はパソコンディスプレイの前に座らないと、日記を書く気にはならないと言うことが解った。書かなくても全く気にならないが、そうやってどんどんと日にちは過ぎて行くのだと思うと、メモして置いた方が良いかなと思った。水曜日、仲間のBさんがこんな話しをしてくれた。Bさんが子どもの頃、この時期になると姉妹で早起きして近くの川に行き、羽化したばかりで未だ飛べないトンボを捕まえて自分の胸に飾り、友達とその数を競い合った。それからそのトンボは近くの木の葉にそっと返し、とんで行くのを眺めたのだという。私は夢見心地でその景色を想像した。
2006年6月18日(日)
犬と歩けば・ふたたび 332
6月18日(日) 雨 

 散歩が嫌いで、公園にやって来ても直ぐに抱かれたがるコロン。どれどれとサムのお母さんが傍にしゃがむともう、コロンは人間が抱き取りやすいように身体を寄せた。ホラね。ホントだと言って、サムのお母さんは感心した。「ホラ、秋田のあの小学生殺しの容疑者、ひどい女だねぇ。あれは絶対に自分の子どもも殺しているよ。」コロンのお母さんは勝手にしゃべり出した。「号外が出たんだってよ。あの容疑者の父親が出たところが、アタシと同じ所なのよ。秋田が有名になるのは嬉しいけど、こんな事で有名になるのはねぇ。」「あの女の元のダンナというのがね、アタシの同級生のお姉さんの子どもなんだって」それって、ほとんど関係がないと言うことだと思うけどと小さくつぶやくと、耳ざとく聞きつけたサムのお母さんは(田舎ってそういう所なの。どこの誰とかのナントカがどうしたって、続くわけ)と言った。なおもコロンのお母さんは、元のダンナが母親がどうこうとか言い続けていたが、聞いていて辛い。コロンのお母さんは、パーソナルワイドショー演じている。テレビのワイドショーは、一体何を伝えようとしているのか。「他人の不幸は蜜の味」で視聴率を稼ぎ、もっと大事なことから目をそらさせている。
2006年6月17日(土)
犬と歩けば・ふたたび 331
6月17日(土) 雨 

 油絵のお稽古日だが、今日は先生は講習に出かけていていない。ロートルが4人だけ。あれこれと話題が飛んだ。Aさんに「プラド美術館展で何が良かった?」と聞いてみた。Aさんは筆を止めて一寸考えたが、渋い顔をして「どんな絵があったっけ?
この頃さ、見たその時は良いと思うんだけど直ぐに忘れちゃうんだよ」と言った。私はAさんのうろたえたような表情を盗み見て、ドキンとした。Aさんは私をからかっているとも試しているとも見えない。本気なのだ。元中学校長のAさんは端整で力強い風景画がお得意で、今でも筆はますます冴えている。でも年を取るというのはこういう事なのかと、自分に置き換えて考えた。そうなのか。ではどうしたらいいのか。
先日、東洋治療院の先生が脳の老化防止に効くと言った、イチョウの葉を煎じて飲むか。でもそうすると骨のためには馬の骨粉、足のために○、目のために△、お肌のために×と、薬やサプリメントが食事代わりとなってしまいそうだ。それはイヤだ。せめて炊きたてご飯の香りを嗅いで、生卵を割り入れて醤油をかけ廻し、大急ぎでご飯と混ぜ合わせて口の中に放り込む。そんな楽しみは残しておきたい。呆けたらその時はその時・・と、今は思うのだが。
2006年6月15日(木)
犬と歩けば・ふたたび 330
6月15日(木) 曇りにち雨   7時気温?℃

 夜半からバケツをひっくり返したような雨が、昼前まで続いた。今朝もあの雨の中を、サムも海も公園へやって来たのだという。古い雨合羽はやっぱりダメだ。「下着まで濡れちゃった。」と、サムのお母さんが言うと、海のお母さんも仕事先まで自転車で行ったがやはり同じように濡れてしまったと言った。
  海が珍しく、私が持っている(カリカリ=ドッグフード)をよく食べた。犬のおやつは値段も高いが、よく見ると原材料が解らなくて不安だから、煮干しかドッグフードにしている。海のお母さんはお返しにベルにおやつをくれたが、気が引ける。無年金で疲れる疲れると言いながら働いたお金で買ったおやつだと思うと、貰えないと考えているのにベルは前足を掛けてお代わりをねだっているではないか。おまけに何を思ったか、デーンとまた海に体当たりをくわせた。恩知らずのベルだ。
  夕方の公園の芝生には、沢山のムクドリが餌をついばんでいた。さあ6時過ぎたから帰ろうとサムのお母さんが声をかけた。
2006年6月14日(水)
犬と歩けば・ふたたび 329
6月14日(水) 曇り   7時気温?℃

 ベルが脱走した。夕方、散歩に行くのにリードを付けるとき、ベルは猫を見つけて一瞬の隙を付いて追いかけて行った。さあそれからが掴まらない。おやつを見せようが猫なで声で呼ぼうが(逆効果だったかな?)こちらの手が届く範囲には決して近寄ってこない。最近では呼べば帰ってくるし、アイコンタクトを取ってから動いていたのですっかり安心していた矢先である。丁度帰ってきた家人が呼ぶと、人参畑の中に逃げ込んで座り込んだ。今日は農家の人が農作業にやって来ているので、気がきではない。思い切って自転車に乗り、「ゆくよ〜」と声をかけて走り出すと、案の定後ろから付いてきた。いつもの道をヤツは道草を楽しみながら、自転車の後を付いてきたが交差点に懸かったとき信号が赤になった。私は止まらざるを得ない。後ろからやって来たベルは私を避けるように前に出て横断歩道を渡ってしまった。が、私がこちら側に止まっているので又引き返して来て、道路の真ん中に座り込んだ。勿論交差点を通過する車は驚いてクラクションを鳴らしたり、徐行したりしてくれたが、後ろからバスがやって来た。ああ、もうここまでかと目をつぶった。バスが通り過ぎた後、ヤツの二つのまなこが見えた。
  もうひとつの信号を越えたとき、ヤツは振り向いてこちらを見ると公園へ駆け込んでいった。私は遠くから「サムちゃーん、ベルを捕まえて」と何回も叫んだ。
 掴まったベルは、喉が渇いているのに私が怒っているのを察して、そっぽを向いて飲もうとしなかった。私は腹が立って腹が立ってベルの鼻に水をひっかけて怒鳴った。するとサムがやって来て、私の顔を何度も舐めた。サムのお母さんは「うん、うん俺の友達だからあんまり叱らないでって行ってるのか?」なんてにやにやした。
2006年6月13日(火)
犬と歩けば・ふたたび 328
6月13日(火) 曇り   7時気温?℃

 サムのお母さんが珍しくベンチに座って、ゆっくりと紫煙を上げていた。ナナちゃんを見習って、ベルにもボール運びをやらせた。始めの何回かは、私が放ったボールを追いかけて、口にくわえて戻ってきたが、そのうちおやつのくれそうな人の所へボールを運ぶようになった。先ずはナナちゃんのお父さん。海のお母さんは近くへ寄っただけでりょうくんのお母さん、そしてサムのお母さんと次々渡り歩いている。
止めさせようと私もサムのお母さんの所へ行って、となりに座った。「ナナちゃんのお父さんの傍でタバコを吸っちゃあ悪いと思って」なんていきなり言われた。事情はこうだった。前からナナちゃんのお父さんは血圧が高くて薬を飲んでいたが、酒・タバコ・カレーに醤油をかけるなどの生活習慣が直らず、医者に見放されたのだとか。
お母さんが躍起になって今度こそタバコを止めさせようと、今日で禁煙3日目なのだそうである。うんうんと話しを聞く。海のお母さんが今までのように元気がないけどどうしたのかと尋ねたら、新しい仕事がきついみたいという。慣れない仕事のうえ、前は週3日だったのが、週5日になったのだ。
2006年6月12日(月)
犬と歩けば・ふたたび 327

612日(月) 曇り  7時気温

 久しぶりに歯医者に行った。診察券を見たら前回は去年の9月に受診しているから9ヶ月ぶりとなる。診察券には3月ごろ検診と記入してあったが、行かなかった。彼女の後釜は受け付けと助手にそれぞれ若い女性が座っていた。治療は今日1回で済んで、次は半年後でいいといった。今までは私が治療台に座ると、Aさんも私の口の中を覗き込んで先生となにやら話をし、私も加わって冗談を言い合った。若い助手は緊張して少し離れてたち、先生はつまらなそうに一人でさっさと仕事をした。他に痛いところはありませんかと聞かれた時、年をとって鈍くなったせいかこの頃はあまり痛みもかんじませんと答えたら、いつものようにふふっと笑った。

 歯医者の帰りに、近くのスーパーに寄った。定価148円の納豆が98円で売っていたので、3つかごに入れた。するとこの納豆の試食販売をしていた女性が寄ってきて、ぜひ味見をしけ欲しいと味見用の小さなパックが乗ったお盆を目の前に差し出した。この納豆の味は知っているので買ったのだが、刻んだ水菜に乗った納豆は如何にも美味しそうだったのでつい手を出して口に入れた。一口噛んで「あっ」と叫ぶと、販売員が何事かと驚いて振り向いた。「今、歯医者からでてきたばかりなの」というと、あらまあと一拍おいて「でも食べちゃったんだからしょうがないわね」といった。それもそうだと納得して飲み込んだ。

2006年6月11日(日)
犬と歩けば・ふたたび 326

611日(日) 雨 7時気温21

 昼ごろ聞きなれない男の声で電話があった。いきなり「A子さんはいらっしゃいますか?」なーんてこちらの名前をいうではないか。ん?ん、ん?なんだこの電話は。今のアタシにA子さんなんて呼ばれるような男関係はないぞ。なんかこちらをたぶらかそうとする怪しげな電話に違いないと結論した。で、気色ばんで「どちらさまですか?」と言ってやった。すると電話の向こうでは急にしぼんだ声で「ああ、Bです」と答えるではないか。「なぁーんだBさん?しっぽですよ」と一転、優しい声で返事をした。最初っから川柳のと前ぶれしてくれたら、お互いに誤解しないですんだのに。・・・でもまあ、たまには男性から名前で呼ばれるのも悪くはないかなぁーなんて、チラリと考えはしたけどね。

 雨の中、午後から駅前の公民館へ秋の川柳大会実行委員会へ、参加した。といっても私たち村上川柳会から3人の新米が、手伝いにかり出されたのだ。いつも陽気なCさんが塞いでいる。どうしたのかとみていると、昨日年金の振り込み通知書が届いたが、その金額が当てにしていた額よりも5万円も少なくてこれからどうしようと途方に暮れているという。仲間のMさんと一緒に、年金証書の金額はどうなっているのとかあれこれ話しているうちに、落ち着いてきた。あした、社会保険庁に聞いてみると言った。

2006年6月10日(土)
犬と歩けば・ふたたび 325
6月10日(土) 曇り   7時気温?℃

 午後からお茶の水に用事があるついでに、上野へ「プラド展」を見に行った。会場に着いたのは10時過ぎ。土曜日でもあり混雑を覚悟していたが、予想した程ではなくほぼ満足して見た。一緒に行ったAさんが(この絵もよく見るわね)と感心ていたが、エル・グレコ、ゴヤ始め有名な絵画がこれもあれもと81点、絢爛豪華内容充実の展覧会である。私のお目当てはベラスケス。5点あった。400年近い時を越えてなお、力強く輝いてあたりを払っていた。「道化師」の前でこっそり深呼吸して、元気を貰った。これで入場料の元は取った。いや、このチケットは「週刊金曜日」の抽選に応募してあたったものだからタダだった。だから「ラス・メニーナス」がなくて残念なんて言えない。1点だけだが、ブリューゲルもあった。泥臭くて皮肉屋のブリューゲルも大好きな画家だ。展覧会の開催期間も7月2日まで延期されたという。
  お昼は静養軒でハヤシライスでも食べようかと相談していたが、意外に時間を取られて会場近くの立ち食い蕎麦屋で、ゴボウ天ぷらソバを350円で食べた。Aさんはミニカレー付きソバセット480円。目の前でオヤジが長ネギを4本揃えて(薬味様に)薄切りを始めた。良く切れる包丁ですねと声をかけると、照れながら(いや、器械でカットしたものでも良いんだけどね、年になるとこの方が旨いような気がしてね)と言い、後ろのビニール袋から飴を出して私たちに二つずつくれた。
2006年6月9日(金)
犬と歩けば・ふたたび 324
6月9日(金) 雨   7時気温21℃

 鍼灸治療院の待合室の棚に、薬草と書かれたビニール袋が2つ置いてあった。ひとつはいろんな種類の乾燥した植物が入っていて、漢方薬の臭いがする。もうひとつの袋にはやはり乾燥した葉が入っているが、色や形がドクダミに似ている。ドクダミは臭いはきついが今の季節、庭の隅とか空き地に十字形の白い花を咲かせている。先生に聞くと、それは公孫樹だという。イチョウの葉を洗って陰干ししたもので、煎じて飲むとか。薬効を尋ねると呆け防止だという。それを聞いて本当に効くなら(自分も飲まねばならないか?)と、しばし考えた。
  実は昨夜会議があって、私は担当書類を提出した。1年間の活動をまとめたものだが、パソコンで管理しているので、集計はらくちん。ほほいのほいと書類は出来上がった。所が仲間から注意、訂正が次々と出されて、こんなはずではなかったと頭を抱えた。言われる内容はいちいちもっともなことなのだが、今までしたことのない単純ミスばかりなのだ。いつもなら、直ぐに訂正するのだが、昨夜はその気力もなく放っておいた。
 でまあ、今日になって改めて調べてみたら、訂正の半分は去年もそうなっていてただ、去年は事前の会議にかけなかったからだとわかって、少しホッとした。
 それにミスが続けば、もう私にませておけないと仲間が判断するだろうと考えて、イチョウの葉の煎じ薬は先に伸ばした。アンチエイジングより自然にまかせる。
2006年6月8日(木)
犬と歩けば・ふたたび 323
6月8日(木) 曇り   7時気温20℃

 「(済州島から)帰ってから囲碁に行ったら、先生に勝っちゃったの。今まで一度も勝てなかったのよ。」Aが、弾んだ声で電話を架けてきた。
10年前、Aが大病して仕事も辞めざるを得なかったとき、その時の職場の仲間が一人暮らしのAが引きこもりになるのを心配して、彼女に囲碁を教えた。公民館の囲碁クラブにでも入って、他人と交わる機会を持つようにとの配慮からである。
 済州島のホテルでテレビを付けると、朝から夜遅くまで囲碁ばっかり放送しているチャンネルがあって、Aはそれを見てああだこうだと説明してくれたが、私は不案内でサッパリわからなかった。でもAはふんふんとか、なるほどねと言って見ていた。
囲碁は世界共通の言語でもある。「今まではね、いつも勝ちたい勝ちたいと思ってやってのよ。それがね、ああ楽しんでやれば良いんだと思ったのよ」と、Aは続けた。負けた先生は、一皮剥けたねといって誉めてくれたという。土産に買った骨粗鬆症に効果があると言う「馬の骨粉」は、腸に溜まるといけないので飲むのを少なめにしておくとも言った。私も買ったが、日本国内でもありそうだったなと後悔した。1瓶1万1千円もしたのだ。
2006年6月7日(水)
犬と歩けば・ふたたび 322
6月7日(水) 曇り一時雨   7時気温21℃

 夕方の6時半。私は大きな欅の下のベンチに座って、未だ白っぽい月を眺めていた。気持ちの良い風が吹き通り、あたりは未だ午の明るさが残っている。足元に座ったサムとベルは、ただ一心にサムのお母さんが入っていったスーパーの入り口を見つめている。公園の帰りにさむのお母さんが「今日はアジフライが食べたい」と言って、いつも買う肉屋は休みなのでスーパーで買い物をする間、私が2匹のお守りをすることになった。
近くに自転車を止めたご婦人が、わざわざ犬たちに近寄ってきて「良いお顔をしていますね」と言った。「はい、この犬はとても可愛がられているのです」と返事をすると、「こちらの犬も良いお顔をしています」と、ベルまでついでに誉められた。本人はそんなことにちっとも構わず、飼い主が傍にいるのに、サムのお母さんを気にして何度も首を伸ばして見ていた。
 私たちが市民の森を廻って公園へ行ったら、犬仲間は口々にサムのお母さんに大丈夫だったかと聞いていた。何でも昨日は生あくびばかりしていたので、みんなが何処か悪いのではないかと心配したというのだ。「この所チェーンソーを使った作業が多かったので疲れたんだと思う。今日は昼過ぎに仕事を上がって昼寝をしたら、大分良い」と答えていた。寒暖の差が大きく気候が定まらないので、体調を崩している人が多い。
2006年6月4日(日)
犬と歩けば・ふたたび 321
6月4日(日) 曇りのち晴れ   7時気温20℃

 私は騒ぎが起きてから駆けつけた。公園でベルを遊ばせているときは、こちらも目の端でちらちらとヤツの居所を確認してはいるのだが、またしても一瞬の出来事だった。
昨日の夕方、少し寒かったせいか駐車取り締まりが厳しくなったせいか、6時過ぎると公園で遊んでいた人達は潮が引くようにいなくなった。そこで犬仲間はいつもの芝生広場で犬たちを遊ばせていた。珍しく黒ラブの団十郎がお父さんお母さんと一緒に来ていた。過保護の団十郎は、親の足元に大人しく座っていて、お母さんは海のお母さんとお喋りに忙しい。ベルは端の方でサムやりょうくんと絡んだり仔猫ぐらいの大きさのイチゴを追いかけたり、私が投げるボールを追いかけて遊んでいたのだ。
海はいつものように群れから離れて一匹、(お地蔵さん)の様にジッと座って遠くを眺めていたのが、どういう訳かひょいと団十郎に近寄って行き後ろから乗ったのだという。団十郎はオスだが本人は超大人しくて目を白黒させるだけ。お父さんお母さんもどうしたものかとながめるだけ。その時、疾風のようにベルが飛んでいって体重が3.3倍もある海に体当たりをした。それも2度3度とぶつかっていった。勿論海は驚いて悲鳴をあげながら、逃げた。その時近くにいた海のお母さんにぶつかってお母さんはバランスを崩し、芝生の上にひっくり返った。駆けつけた私は平謝りに謝ったが、海のお母さんは照れたように笑って、大丈夫よと言った。勿論私はその場でベルを叱り、昔っから(他人の恋路を邪魔するヤツは馬に蹴られて死んじまえ)って言うのだと言って聞かせた。それを聞いてナナのお父さんがにやにや笑って「ほらベル」とおやつをくれた。
2006年6月3日(土)
犬と歩けば・ふたたび 320
6月3日(土) 曇り   7時気温21℃

 昨日「週刊金曜日」で、アベシン(阿部晋三)をイケメンとして熱を上げる女性達がいるという記事を読んだ。今朝のニュースで、2010年には人口の2割が60才以上になると聞いた。それで、こんな妄想が浮かんだ。
 私はアベシン総理のブレーンの1人となって、アベシン総理の主要政策の要、徴兵制をどう進めるか。「国防の推進と年金の効率化」についての政策提言をする。
@60才以上の徴兵制
女性の出産率は下がるばかりなので、将来を考え子どもや若者は大事にしなくてはならない。よって若者を徴兵することは避けたい。今や地球規模でリサイクルの時代である。60才以上を徴兵の対象としたい。この年代は意外と協調性に富み御しやすい。体力はハイテクで補う。都合良く戦死してくれれば、年金を払わなくて済む。
A中高年女性の活用
勿論女性も徴兵の対象である。アベシン総理がにっこり笑って、(日本のため私のため最後の花を咲かせて下さい)とあらゆるツールを使って呼びかける。前線を志願した女性には、アベシン総理似顔絵付き携帯ストラップ、或いはお守りをプレゼントする。
B徴兵を拒否した60才以上には、年金支給を中止する。
  ここまで書いてきて、なんだか実現しそうで続けるのがイヤになった。中高年女性よ、韓流にうつつを抜かすならせめて、本当のイケメンを見る目を養って貰いたいね。
2006年6月2日(金)
犬と歩けば・ふたたび 319
6月2日(金) 曇り   7時気温23℃

 若者が両親を殺害して、自分も自殺するという痛ましい事件が続いて起こった。そのうち1件は隣の市で起きたことで、犬仲間でも噂になった。サムのお母さんは滅多に起きないことが、ちょいちょい起きていると言ったが、今日床屋へ行ったらやはりその話が出て、客は「自分の家で起きないよう気を付けなくちゃ」と言っていたとか。
 所で私の行く床屋は八千代台駅の近くだが、ジェット機の轟音にビックリした。自衛隊習志野駐屯地が近い。丁度、ここの上空がターンする飛行コースになっているらしと女将は顔を剃りながら言った。毎日じゃないし、飛行コースもときどき変わるからと言うが、訓練だからか何分おきに同じ音が襲ってきた。4,5年前はもっと音がひどくて、ガラス戸がびりびり響いた。今回もそう今日で連続3日目になると言うではないか。私たちは、沖縄はどんなかしらねぇとそのひどさに思いをはせた。
 女将に「ほらそこらに生えている葛の葉って、食べてみたことある?」と聞かれたが、ないと答えた。床屋さんは犬2匹とウサギを1羽飼っているが、そのウサギに葛の葉を食べさせたらあまり美味しそうに食べるので、自分も囓ってみたらほのかに甘味が感じられたという。それで女将は葛の葉を−例えば青汁のような−健康食品かサプリメントに出来ないかと言うのだ。うーん凄いアイディアかも知れない。帰宅して家人にその話しをしたら、「フン、うさぎはなんだってうまそうに食べるんだ」と馬鹿にした。
2006年6月1日(木)
犬と歩けば・ふたたび 318
6月1日(木) 晴れ   7時気温23℃

 毎月第1木曜日は(歌う会)である。遠慮なく声を出して、すっきりサッパリストレス解消の日だ。先生は、近頃の小学生は歌えない、楽器はいろいろ習っていても自分の声を出して歌えない子が多くなったという。音楽とは、自分で声を出すことが総ての基本であると言う話しは、そうかと納得した。そう言えば−近くに子どもが少ない所為もあるが−最近子どもの鼻歌を聞かない。あれは本当に可愛い。

済州島E
 ツアー客を空港まで送ってくれた別のガイドのキムさんは「アリラン」を歌ってくれ、日本の歌では天童よしみの珍島物語が好きだと言った。例の「海がわれるのよぉ〜」という歌詞は、南北に分断された韓国の事も意味していると説明した。韓国約5千万人のうち、1千万人は離散家族である。最近は年3回、南北離散家族の面会があるがその時に、わんわん泣くのは南の人達で、北の人は無表情で泣かないと言う。どうしてでしょうねと言われても困るが、察しは付く。
 付き合いで出かけて、たった5日間滞在しただけの済州島だが、好きになっていた。大きな映画館があるし、本屋も小さいのがちょこちょこある。市場は近いし食べ物は安い。言葉は解らないし、文字も読めないが、ここに住んでも良いなと言う気分になっていた。
 ここで人々の普段の暮らしぶりを見て、当たり前だと思っていた自分の日々の暮らしが、いつもどこかに力が入っていると、気が付いた。
2006年5月31日(水)
犬と歩けば・ふたたび 317
5月31日(水) 晴れ一時曇り   7時気温22℃

 ナナちゃんは大人しいから、他の犬たちがプロレスごっこして遊んでいる時も我関せずで、お父さんとボール運びをして遊んでいる。使うのは空気の抜けたドッジボールで、それだとあまり遠くへ飛ばないし、くわえるにも丁度具合が良いのだ。今朝はお母さんと遊んでいた。ナナちゃんがボールをくわえて戻って来て、お母さんの足元に置いた。その時どこかからベルがやって来て、わざわざそのボールにオシッコをひっかけて何事もなかったように立ち去った。私は慌てそのボールを拭き取りお母さんに謝った。ナナちゃんのお母さんは(一寸、高いものにやってみたかったのよ。)と鷹揚に見逃してくれたが、飼い主としては冷や汗をかいた。

済州島D
 旅の最終日は、郵便局へ出かけた。
Aはこれまでに、瓶詰めの「五味茶」「馬の骨粉」それに絵本など重い土産を買ったが、ホテルでは壊れ物の宅急便は扱えないと断られたのだ。
 私はホテルのフロントで、(今日はキム部長は非番なのかいなかった)タクシーの運転手に「郵便局まで」と言って欲しいと頼んだ。この旅行の間、韓国語を習い始めて半年のAは、電子辞書を片手に何でも自分で試していた。しかしそれは時としてゼスチャーよりも、物事を複雑にする場合が多かった。Aが魚にこだわって魚料理屋を探すのに、1時間もうろうろと歩き回りついには、熱海にいたことがあるという日本語のわかる兄ちゃんに出会い、連れて行って貰った事もあった。Aは不満そうだったが、夕べのこともあるので黙っていた。タクシーで着いた郵便局は、街中をぶらぶらしたときに一度来ていた。郵便局の担当者とはお互いに(宅急便を日本へ出したい)という事は分かり合えたが、それ以上はちんぷんかんぷん。他にも4,5人出て来てすったもんだの挙げ句、別棟の建物に行った。そこで綺麗に梱包して貰ってから元の建物に戻り、無事送ることが出来た。梱包代480円、送料3,600円。荷物は2日後に東京のAの自宅に届いた。
2006年5月30日(火)
犬と歩けば・ふたたび 316
5月30日(火) 晴れ   7時気温22℃

 朝7時を過ぎると、いつもの公園に急にまぶしい日射しが差してきた。ほら、今日はこれから暑くなりそうだよと、ナナちゃんのお母さんが言った。クリーニング店で働いているので、これからは厳しい季節になる。アタシなんかね、頭っから水かぶっちゃうのと続ける。でもね、きつすぎる冷房の中に座っているのもイヤよと、ワン太のお母さんは顔をしかめた。ワン太のお母さんは疲れが取れないので、朝のお弁当作りを止めてその時間寝ている事にしたら幾らか身体が楽になったと言った。

済州島D
 病院には次々と病人がやって来た。救急車で60代のおじさんが運ばれてきた。二つ折りにした手提げを、ぎゅっと握りしめた妻が傍に付いている。若い医師がふたりと看護士が取り囲んでてきぱき処置をした。ペンライトで瞳孔を調べ、脈をとり体温を計り靴を脱がせ、注射をしその間ずっと何か呼びかけていた。言葉は解らないがその調子は、知り合いのおじさんへ呼びかけているようだった。レントゲンを撮り終わったAが、(あらイヤだ。葬儀屋が来ている。)と顔をしかめた。安さんが振り返って(違います。家族が亡くなったのです。と教えてくれた。そのおじさんは(多分普段着の上に)黄色い木綿布製の烏帽子のような小さな帽子を被り、同色の帯を締め、同色の脚絆を付けて会計窓口近くにうろうろと立っていた。近くの妻らしい女性は、シーツのような白布をスカートのように腰に巻いていた。2、3才の子どもが母親に連れられてきた。(ああ、あの子もレントゲンを撮るのね。子どもの腸閉塞は恐いから)とまたAが言った。パソコンの画面を見ていたさっきとは違う医師がやって来て、骨折はない。患部に添え木をして固定をするから、後は冷やすようにと言った。Aは大げさになるからテーピングだけで良いと、頑張った。すると最初診てくれた医師が、Aの足首を太めの包帯を、まるで十二単の襟元のようにキチンと綺麗に巻いてくれた。私は若い医師に深々と頭を下げて礼を言った。その医師も同じように返礼してくれた。治療費は日本円で約5千円。私たちは心身共にホッとして、帰りのタクシーに乗った。ねえ、さっき待合室でアタシにおならをひっかけたでしょうとAを突っついたら、そうよと済ました。
2006年5月29日(月)
犬と歩けば・ふたたび 315
5月29日(月) 曇り   7時気温22℃

済州島C
 異変が起きたのは「マッサージ」が終わったときだった。日本人客が6人並んでマッサージを受けていたがうち1人はおじいさんで、そのおじいさんが「いてっ!いててっ!ホントに痛いよ」と騒ぐので、みんなくすくす笑っていた。Aもその1人だったのだが、マッサージ台から降りた途端、足首が痛くて足が付けないと騒いだ。
スタッフの1人が大きな湿布薬を貼ってくれたので、取りあえず他の人達と一緒にホテルに送ってもらった。
 私たちが今日島の中央にそびえ立つハルラ山に登った時、Aは足首を捻ったらしいが、その時は痛みもなくたいしたことはなかったと言った。然しその後、暖めてマッサージをしたので痛みが急激に出て来たらしい。ホテルに戻ってからも痛みは増すばかりらしく、Aはだんだん青ざめていった。一方私たちを空港に迎えに来てくれたガイドの安さんがホテルの部屋に駆けつけてくれ、病院へ行きますかと言ってくれたのですかざす頼んだ。

 タクシーで病院に駆けつけたときは既に9時半を廻っていたが、医師も看護師も未だ忙しく立ち働いていた。何処の国の看護師も同じようにきつい顔をしているなと思った。バツが悪いのか病院慣れしているAは(どうせ夜間は研修医しかいない)なんて、言っている。病院の入り口を入ったフロアが、待合室、診察室、治療室、病室そして会計までも兼ねている。明日帰国予定なので、Aと二人合わせて1万5千円位のオウンしか持ち合わせがない。足りなかったらどうしようかと心配していると、安さんが(私もカードを持ってきたから、大丈夫です。)言ってくれた。少し待ってスポーツ選手のようなガッチリした身体の若い医者が、Aの足をさわりいろいろな角度に捻ってみて、最後に踵を叩いた。骨は大丈夫だと思うが念のためにレントゲンを撮ってみると言った。Aは安さんに、自分は多量の薬を飲んでいて副作用が恐いので、痛み止めの薬も注射もしないで欲しいと訴えた。レントゲン室には通訳の為に安さんも入った。
2006年5月28日(日)
犬と歩けば・ふたたび 314
5月28日(日) 雨のち晴   7時気温?℃
  済州島B
 車は10分足らず走って竜頭岩に到着したとき、大柄の男性が現れた。陽焼けしたまあるい顔の目尻を精一杯下げて、ここからは私が御案内しますと云った。事情がわからず私たちは面食らったが、とりあえず新しい運転手は恐くも危ない感じもしなかったのでそんなものかと承知した。こうして出会ったキムさんに、2日間かけて島内観光のお世話になった。私たちは富士山麓に似た景色の中を走り、旧跡名所や今流行の韓流映画のロケ地を廻った。民族村の中では「チャングム」撮影の場所に、実物大のスチール写真があった。友人のAは(ここはチャングムが向こうから走ってきたところだわ。ここで洗濯をしたのね。ここで逢い引きしたんだわ。)と、目をぎらぎらさせて見て廻った。「オールイン」の撮影現場は、観光バスが何台も止まっている盛況ぶり。岬の突端で風が強く、観光客は帽子を押さえたり前屈みになって歩いている。「前はねえ、ここは釣りやる人しか来なかったんだけど、空っぽの教会が出来てからこの通り」と、テレビはニュースとスポーツしか見ないと言うキムさんは笑う。
案内はするが、話の内容は知らないし興味もないらしいのは私も同じ。(イ・ビョンホンのラブシーンは凄かったのよ。 ソン・ヘギョとホントにやっちゃったんだから。)とAは1人で興奮して口走っていた。

 済州島B
 運転手のキムさんは、自分は50才だがお客さん達は若いと持ち上げた。気をよくしたAがキムさんの生まれはと聞くと、ここJEJU島に、先祖代々750年住み続けていると胸を張った。耽羅国(キムさんは、はんらくにと発音した)と言うらしい。でも戦争で負けちゃったからねと、淋しそうに言う。然し2年に1度、小学校の校庭を借りて一族を集め、先祖の墓掃除をするのだと言う。また、大阪生野区と横浜に親戚がいると言ったが、ご自身は一度も日本へは行ったことがない。では日本語は何処で習ったのかとたたみかけると、テープで、と答えた。私たちはその努力と苦労を悟って、黙った。
  昼食の時、キムさんはサザエの蓋をスプーンの柄で上手に開けてくれた。後でAは、その事(キムさんが自分のスプーンを使ったこと)を失礼だとなじった。Aの友人のBなら、黙っていなかったとキイキイわめくのでこちらも、そんな人(Bさん)とは付き合いたくないねと言い返したら、黙った。
 2回目にキムさんの車に乗ったときAはかなり柔軟になって、自分から韓国で生まれたと話しかけた。キムさんは在日と勘違いして、親戚は韓国の何処にいるのかと尋ねた。Aは両親とも日本人で戦前韓国で教師をして、韓国の子どもに日本語を教えていた−つまり当時の日本国策を植民地で実行していた−と、遠回しに言うと、キムさんは「わかった。わかった」と大きな声で返事をした。
2006年5月27日(土)
犬と歩けば・ふたたび 313
5月27日(土) 雨   7時気温?℃
  済州島A
 松尾芭蕉と張り合うつもりはさらさら無いが、恥ずかし気もなく言えば、人生は旅に似ていると思った。期限がある、旅行中に気に入った場所を再訪しようと思い、出来るに違いないと思われるのだが、殆どの場合戻ることはない。出会う人もまた同じ。
  個人タクシー運転手・キムさんとの出会いも、偶然だった。済州島2日目。友人Aさんの体調を見ていたので、私たちがフロントへ「日本語の出来るタクシーを」と、頼んだのは10時になっていた。因みにタクシーは1日で1万ウオン、日本円で1万2千円。韓流ドラマにはまっているAさんは、フロント係のイケメンを冬ソナに出ていた金部長に似ていると言うので、それから私たちは彼を金部長と呼んだ。金部長を演じているなんとかという役者は、社会に対していろんなメッセージを発信していてどうのこうのと、Aさんにひとくさり聞かされた。その金部長が申し訳なさそうに「運転手は幾らでもいるが、日本語の出来る人はもうみんな出払っていない。今日は8千ウオンにするので、日本語の出来ない運転手で我慢して欲しい。そのかわり、明日は日本語の出来る運転手を予約しておく」と言った。金部長にそう言われては是非もなく、Aさんは鷹揚に(まあ、どこまで分かり合えるか試してみるのも面白いわ)なんて、鷹揚なところを見せている。ふん、良いとこ見せて後で泣いたって知らないよと、腹の中で土衝いた。
2006年5月26日(金)
犬と歩けば・ふたたび 312
5月26日(金) 曇り  7時気温?℃

 7時半になったから帰ろうと公園を出て小学校の裏門まで来ると、ボランティアのおばさんの黄色い旗を頭に被って遊んでいる女の子がいた。「ダメじゃないの、ここまで来て教室に入いんなくっちゃ」とサムのお母さんがニコニコしながら注意した。
女の子は返事の代わりに(サムのおじさん!昨日、車で走っていたでしょ。)と言って(サムはどうしてサムって名前にしたの?)と聞いた。サムのお母さんが一寸言いよどんでいたので私が「サムはハンサムだからサムにしたのよ」と横から口を出した。

 済州島@
 友人のお供で、韓国・済州島へ出かけた。5日間の滞在で、風もなく穏やかだったのは1日だけ。風が強く、天気は目まぐるしく変わった。ここは中央にハルラ山と呼ばれる1900mの休火山を中心にした、人口50万人の観光と漁業の静かな島だった。
島内はいたるところに「トラルバン」と呼ばれる、ユーモラスな恰好の軽石製おじさんが建っていた。右のトラルバンの鼻を触ると健康になり左は頭が良くなるとか、まあ、日本の(おびんずるさま)と同じようなものらしい。また、水瓶を背負った女性の像もあちこちで見かけた。済州島に多いものは1女、2黒豚、3馬だとかで、水くみは女の仕事だったと言うが、その苛酷さが忘れられないのか或いは水の大切さを教える為なのか。現在の済州島でも、市場やあちこちの港で働く女性(海女)を沢山見かけた。
 私たちの1日は、朝起きてから友人の体調を見て、その日の予定を決めた。順調に観光を進めていたが4日目の夜、救急病院へ駆け込む事態もあった。
2006年5月20日(土)
犬と歩けば・ふたたび 311
5月20日(土) 曇り雨  7時気温?℃

 朝刊に「一夫多妻」被告に有罪・「自己中心、酌量余地なし」と3段抜きの見出しが付いていた。例の占いのアシスタント募集で若い女性を集め、同居人を11人にまで増やしうち9人と順に結婚したという、あの人のことだ。でもこの関連記事を読むと、どうしても書いている人が羨ましがって居るように思えるのは、私だけだろうか。裁判長は「女性の収入で安楽な生活を送ることなどをもくろんだ。自己中心的で酌量の余地はない」と述べたとか。そうかなと思う。こういう生活スタイルは「ひも」と呼ばれて、昔からあった。
他にもおおっぴらに堂々と、税金で生活している人達−天下りのお役人とか、皇室費とか−が、いる。
  明日から、水曜日まで出張のためお休みします。
2006年5月19日(金)
犬と歩けば・ふたたび 310
5月19日(金) 雨  7時気温?℃

 サムのお母さんは、とうとう左腕を添え木で固定された。右腕を骨折した時に手当てして貰った医師に相談したら、手術なら10日固定なら7日使えないと言われ、短期の方を選んだと言った。それに今なら上着を着ているので、外では首からつり下げなければ、怪我を隠せるからだと言う。信頼している医師に相談して見通しが付いたせいか、サムのお母さんは明るくなった。ホッとしたのだと思う。でも添え木で固定した左腕の上に、サムは自分の前足を載せる。ダメよと言って降ろすと、直ぐに反対の足を載せる。お母さんは痛いんだから少し離れなさいと言うが、余計にまとわりついてゆく。人間の子どもと全く同じだ。お母さんはそんなサムを「うん、まあーいいや」と、寛大だ。
そんなサムのお母さんが、Aのお母さんがご機嫌だと言う。退職以来、やっとそこそこの仕事が見つかったから、気持ちも落ちついたらしい。しかし無年金に変わりなく、そこも働けなくなったら・・とまあ、不安や心配は少し先送りしただけ。でもまあここはひとつ、なるようになると、開き直るしきゃないね。あまり心配すると、精神状態や胃がやられるから。
2006年5月18日(木)
犬と歩けば・ふたたび 309
5月18日(木) 雨  7時気温?℃

 雨の中、バスに乗っていきいきセンターへ歌のお稽古に行った。バスの乗客は3人だけだったが、若い運転手さんは大きな声で丁寧な言葉使いだった。途中バス停に止まったときおばさんが、バスの中を覗いて運転手さんに向い「これ、草野車庫へ行くかしら?」と聞いた。運転手さんは「これはいきいきセンター行きです」と答え、一拍あっておばさんはもう一度草の車庫へ行くかと尋ねた。運転手さんももう一度「これはいきいきセンター止まりです」と答えた。また間があって鼻白んだおばさんは「そう、そこから先へは行かないのね」とつぶやいて、引っ込んだ。この頃コンビニでもファーストフードでも(いらっしゃいませ、こんにちは)と愛想良く客に声掛けをしてくるが、気持ちにまで届く言葉は少ない。向こうに悪気がないのはわかるが、下手すると慇懃無礼でむかつく事さえある。
 歌のお稽古は(夕べのテレビでやっていたとかで)リンゴの唄に始まり、波浮の港、さくら、茶摘みなどを歌い、新しい練習曲は「アザミの歌」だった。外が雨で余計に陰気臭い。終わりは口直しにスイング調の「グッデイ・グッバイ」。今日はお休みが多くて35,6人の出席だったが、それでも年令を合計すれば多分2000年を越えていたと思う。
2006年5月17日(水)
犬と歩けば・ふたたび 308
5月17日(水) 曇りのち雨  7時気温?℃

 7時過ぎの公園にワン太が来たとき、ワン太のお母さんはもう会社の制服を着た上にウインドウヤッケを羽織っていた。サムのお母さんはどれどれなんて言って、名札をのぞき込んでいた。犬仲間は、犬の名前で呼び合っているので、飼い主の名前を知らないことが殆どだ。ワン太のお母さんは昨日も今朝も8時出勤で、帰りは22時だという。(もうくたくたで朝起きれない。主人は怒って、こんな遅くなるんなら泊まってこい。身体をこわすにきまってるって怒鳴る。)といって、顔をしかめた。みんながそれぞれに{でも正社員でしょう」とか「残業代はちゃんと貰っているの」「休憩は?」「夕飯はいつ食べるの」聞いた。「パートなら時間だからお先に失礼って、帰れるんだけどね」とナナちゃんのお母さんが言うと「ううん、パートの人も9時までやっている。12時迄やっている人も居るし、とても自分だけ帰れない」と、殆ど泣きべそ状態だ。繁忙期でもないのに凄く忙しくて、みんなでこれだけやっても少しも未処理が減らないと言う。それなら人が足りないのよと言った私を、一寸ビックリしたように見たが(ああ、夕飯の献立なんか考えられない。又ウナギにしよう)と言いながら、そそくさと帰って行った。
2006年5月16日(火)
犬と歩けば・ふたたび 307
5月16日(火) 雨  7時気温?℃

 順番の紙を指先につまんで、郵便局の椅子にボンヤリ座って待っていると、上体をのけ反って精米をいれた透明のビニール袋を運んできた女性は、私が座っている隣へその米をドンと置いた。驚いて思わず顔を見上げると彼女は、一寸ばつが悪そうにニッと笑った。そしてそこから小荷物の窓口へ運んで、口が開いているゆうパックの段ボール箱に入れた。見たところ10キロぐらいあるが、いまどき精米を一体何処へ送るのかと気になった。国内か国外か?国外にしても主要都市では米ぐらいは売っていそうである。国内ならなおさら。離島でも人が住んでいるところでは、お米はあると思う。新米の季節ではないし、では特別の銘柄米か?そこまでこだわるのなら何故、玄米で送らないのか。受け取るのは家族か知人か・・などと次々疑問が浮かぶが、傍に行って送付先を確かめる度胸もない。
後から入ってきた人に、見覚えがあった。しばらく考えて以前、町会役員を一緒にやったことがある人だったとわかったが、すっかり容貌が変わっていた。然も彼女の気持ちはどこかに飛んでいて、目は開いているが何にも見えていない様子で、声をかけられなかった。 
2006年5月15日(月)
犬と歩けば・ふたたび 306
5月15日(月) 晴れ  7時気温?℃

 私たちがお借りしている事務所は、病院だった建物の元ふたり部屋の病室だった所である。部屋にはその当時のカーテンレールや設備の一部が、そのまま残っている。
他の団体グループも入っているので、印刷室がある。そこは医療機器の操作室だったところだ。印刷機も、一筋縄では動かない代物で、先月丁度印刷しているときに、メンテナンスの人が来たのであちこちの不具合を言った。彼は器械を開けてみて(この器械は、既に420万枚を印刷しており、標準量の2倍も使っている。余程上手に使って居るのだろうが、もう限界だ。)といい、不具合は当然だと修理してくれなかった。で、居候としては今月も又、そのくたびれた器械のご機嫌を取っていると、知らないおじさんが入ってきていきなり「紙折り機を買おうと思うのだけれど」と、話しかけてきた。紙を二つ折り三つ折りにする機器も大分前から使えないのは知っていた。たまにしか使わないが、応分の負担はしなければと、大体の値段とその配分を聞いたら(30万ぐらいで、勿論三分の一ずつ)という。とんでもないと即座に断った。そのおじさんはにこにこ笑いながら(それじゃあ、使用料をとるよ。鍵をかけて意地悪するよ)と言ったが、手折りすると真顔で断った。でもウチの会長や仲間に話しはしておきますと云うと、イヤお宅のZさんに言ったら、アンタが会計の責任者だからアンタに言ってくれって言われたんだよだって。
2006年5月14日(日)
犬と歩けば・ふたたび 305
5月14日(日) 晴れ  7時気温?℃

 マグノリアさんがドライブに行ったと、お土産を届けてくれた。ナント1個90gもある最中だ。夕飯の後、半分だけと思って食べ始めたが、やっぱり1個全部たべてしまった。(甘い物は頭の疲れに良い)なんて砂糖のコマーシャルを思い出して、自分を少し慰める。そしてマグノリアさんが言った「外国と比べたらやはり、日本は良い」というのは正しいと思った。近くの喫茶店でお茶をした時、私は格差社会の中で押しつぶされた人やそうなりつつある人を例に出して現状を愚痴ったら、彼女は(でも外国と比べたら、日本は良い)と言ったのだ。私はいささか違和感を覚えて、彼女が電車に乗ったとき見聞した、人々の余裕のなさを言ったとき、それでもやはり日本の方が良いかと尋ねたら、重ねて「良い」と言った。
 そのまま別れて、その事は小さな固まりとなって心の片隅に残っていたが今、最中を食べたら一気にしこりは氷解してしまったのだ。つまり昔(私の子どもの頃)は、最中1個なんて贅沢で絶対食べられなかったから、食べられる現在の方が良いという結論だ。だが自分の節操のなさに、恥じ入る。私の理屈なんて、この程度のものだったのだ。
2006年5月13日(土)
犬と歩けば・ふたたび 304
5月13日(土) 雨  7時気温?℃

 柏の相談会が終わって駅まで歩き、電車に乗ったとき車内に残った暖かさにホッとした。朝から細かい雨が休みなく降り続いて、寒い1日だった。然し電車から見る景色はどこもかしこも新緑がまぶしく雨に濡れていた。桜が散ってからの野山の変化はまるで、魔法使いのおばあさんが「ビブデバブデブー」と呪文を唱えながら魔法の杖を振り回したような劇的な変化で、いつもの公園もすっぽりと緑に包まれた。昨日あたり桜の下にはサクランボが梅の下には未熟な青梅まで落ちていた。わが家の周りにもトカゲやヤモリを見るようになったがしかし、青虫毛虫の類は未だ見かけない。やはりこの冬の寒さのせいだろうか。 一番目につく青虫は、アゲハチョウの幼虫だ。
子どもの指ぐらいの太さがあり体長は4,5p。緑色で斜めに筋がある。体の端に黒い点が二つ付いて居て目のように見えるが、そこはお尻らしい。小さな角が生えていて、小枝の先で突っついたりすると、体をそりくさい臭いを出す。この頃の青虫は凄い食欲で、小さなミカンや山椒の木は葉を食べ尽くされてしまう。然し、自然は良くできたもので、毛虫に食べられた後は、直に又葉が出てくる。その後青虫は黒っぽい色に変わるともう食べなくなり、動かなくなる。仲間のAさんはそうした虫の変化を、今はもう社会人になった娘さんが子どもの頃よく教えて貰ったという。そしてそのお嬢さんは、いつも青虫と仲良くしているので自分に対しては威嚇や臭いを出さないと、Aさんに言ったけどどうかしらねとこちらに振ってきた。私は、Aさんのお嬢さんが羨ましかった。
2006年5月12日(金)
犬と歩けば・ふたたび 303
5月12日(金) 腫れ  7時気温?℃

 夕方の公園からサム達と帰るとき、香りがして目を泳がせると、薄紫の桐の花が今年も満開だった。この桐の木は公園が整備される前からそこにあって、根元の青い花を付ける紫陽花と共に残された。(うーん、建物とよくあいますね)とサムのお母さんは頭を少し後ろに引いて眺めた。サムのお母さんは2日仕事を休んだが左手首の腫れは引かず、痛みも我慢の限度でとうとう医者で痛み止めの注射を打って貰ったら、大分楽になったと腕を見せた。それがねとにやにやした。痛いから、医者なら何でも良いから早く注射してくれって云ったらね、皮膚科の医者だと言ったけどそれでも良いからって、注射をして貰ったと言った。ネットで調べると手首の痛みは15分ぐらいの手術で簡単に治るって出て居るんだけど・・と、迷っているらしい。私は人間の身体は部品交換みたいなことはやらない方が良いと思うと言ったが、言いながら他人事だからそんなことが言えるとのだと思って、お終いの方は言葉をあいまいにした。
たいした仕事もしていない私も、この数年はあれこれ不調だ。まして重労働しているさむのお母さんは、今まで元気印で働いてきても少しずつ身体が言うことを聞かなくなっているのを実感しているだろうと思う。この先はどうするかなんて重すぎて話題に出来ない。もう一度夕暮れの中に咲いている、薄紫の桐の花でも眺めようか。
2006年5月11日(木)
犬と歩けば・ふたたび 302
5月11日(木) 雨のちはれ  7時気温?℃

 月に1回の通院日で、雨の中を銀座に出かけた。朝のニュースで、JR京浜東北線の蒲田−大船間が不通と聞いていたが、私鉄で路線も違うので大丈夫だろうと思ったが、早めに家を出た。しかし、予想は甘かった。京浜急行に相互乗り入れしているので、混乱は京成線にも波及して、電車の間引きや遅れがあったのだ。
 とにかく受診して薬を貰い、少し時間があったので「博士の愛した数式」を見に、ギンレイへ出かけた。ギンレイは来るたびに、どこかが少し綺麗になっている。今日はロビーの待合い椅子が一部、真っ赤なビロードに変わっていた。中の椅子が綺麗になったのは大分前だが、私と並んで座ったペアー(リタイアーした年令とお見受けした)は、着席するとおじさんの方がすぐに弁当をとり出した。見るともなく見たら、そのコンビニ弁当の蓋に黄色に赤字でハッキリと「半額」と書かれたシールが貼ってあった。おじさんが蓋を開け、ふたりはニコニコしながら2,3口ずつ交互に食べている。昨日の床屋の女将が「ふん、ダンナと同じ部屋にいるのだってイヤね」と、言ったのとは大違い。なんとも仲むつまじい光景である。当然ご夫婦だと思って見ていたがそのうち、だがマテよ何か違うなと思えてきた。仲が良くても悪くてもある、夫婦のなれ合いみたいなものが感じられないのだ。じゃあ、隣のふたりはナンダ。どんな関係か?−ま、どうでもいいや。
2006年5月10日(水)
犬と歩けば・ふたたび 301
5月10日(水) 雨のちはれ  7時気温?℃

 床屋は、昔も今も噂話のキーステイション。
女将が若い男性客に年を聞かれたと言う。正直に答えるのもしゃくだが、嘘もつきたくない。で、どう答えようかと思案して「1から100の間で四捨五入すれば百」と答えたという。ひとつでも若く見られたい小細工なのはわかるが、彼女は50代半ばだから、すんなりそう言った方が百という響きよりも印象が良かったのではなかったかと思ったが、黙っていた。でね、亭主のこと話したら「ええっ、旦那さんいるんですか?」って言うのよ。私が云った年令よりも若いと思ったのかしらねと、聞かれた。まあ、世間は持ちつ持たれつ。厳しい浮世を直視するのが常に正しいとは言えない。その若者はお年寄りのリハビリを仕事としていると聞いたので(そうよ、そうよ。年寄りばっかり見ているんだものうんと若く見えたんじゃない?仕事をしている人は、生き生きしているし)とまあ、へらへらと応じた。女将はすんなり「そうかしらね」と返事をした。少し間が開いて「でも若い男も面倒だし、ひとりがいちばんいい。」とつぶやいた。来年から法律が変わって専業主婦にも年金が半分貰える様になるから、熟年離婚が増えるわよとは、彼女の弁だ。

〔犬と歩けば・ふたたび〕トップページに戻る