| 2006年1月3日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 200 |
1月3日(火) 晴れ 7時気温8℃
夕べは冷え込んだらしく、今朝の道路は凍結していた。ベルを連れて自転車を走らせたが、角まで行って自転車から降りて家へ戻った。住宅地の道路がずっと凍っているのだ。スリップしたら、骨折しかねない。改めて、歩いて公園へ向かった。意外なほど朝の日射しは明るく、公園のせせらぎからは湯気が立ち上っていた。蓮池の方は全面凍結していた。いつも騒がしい鴨やオシドリたちが、どこへ行ったのが一わもいなかった。私が水鳥たちの心配をしているのにベルは、猫の匂いばっかり追いかけている。どこに行ったのか猫たちも、今朝は姿が見えなかった。
サムのお母さんは昨日が誕生日で、子ども達がお正月で集まって誕生祝いもしてくれたと嬉しそうに報告してくれた。プレゼントは何が良いかと聞かれて、サム用品か趣味の写真関係品がいいと言ったら、フレームやら最高級印画紙を贈ってくれたという。デモね、自分が還暦っていうと、なんだかすごーく歳を取ったみたいな気がするとこぼすので、ナァーにすぐに慣れるわよと、先輩の私は請け合った。 |
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| 2006年1月2日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 199 |
1月2日(月) 曇りのち雨 7時気温8℃
昨日今日と、陽も差さず寒い日が続いているので、珍しくベルは犬小屋にもぐったままクンともスンとも言わない。人間の方も同じようなもので、テレビで駅伝を見て寅さんを見てと、家の中でぐたぐたしている。
最近、いつも利用している公園の入り口近くにも、あのレンタルボックスが出来た。
あのコンテナを積み上げたボックスに気が付いたのは数年前だが、最近急に増えているような気がする。一体何が入っているんだろうかと、他人事ながら気になる。ねえ、あの中には何が一番多く入っているか、なんて統計はないのかしらねと、マグノリアさんに聞いてみた。彼女もわからないという。あれこれ詮索は出来るが、所詮は高級ゴミ箱ではないかと言うのが(何の裏付けもないが)私の、感想である。 |
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| 2006年1月1日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 198 |
1月1日(日) 曇り 7時気温6℃
元旦は何となくあたりが静かである。静寂を破ってサムのお母さんから電話が架かってきた。こちらが出るとのっけから(あれ、どこに架けてんの?)なんて言うではないか?さては、花島観音でしこたま御神酒をいただいてきたに違いない。そっちから架けてきた電話だと教えてあげると漸く、ベルではなくてベンの間違いだったと大笑いした。
さて川柳の宿題に取りかかる。お題は「新年」で、2句提出する。幾つか作って、帰省中の娘と家人に選んで貰った。@無年金また1年の綱渡りA掃除機を近くに置いて雑煮食べB小泉は凧より高く物価あげC初詣帰りに転び救急車D初詣やることないから出かけるかE羽子板も双六もなくテレビ見るF津軽塗り三が日だけ顔をだす私が内心気に入っていたのは@Aだったが、2人が選んだのはEFだった。いささかの不満を隠して、娘に選んだ理由を聞いた。逆に娘は何のために川柳を詠むのかと聞いてきたので、「ズバリ言って、自分がスッキリしたい」と答えた。それならそれで良いとは思うが、新年の題にしては暗く、縁起が悪い内容である。どうせなら楽しいものを作った方が、自分も他人も気分が良いのではないかと言う。参った。元旦から反省する。 |
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| 2005年12月31日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 197 |
12月31日(土)大晦日 晴れ 7時気温6℃
どういう訳か、この2日ばかり家人はせっせと家の掃除にとり組んでいる。かつて記憶にないことであるが、大事故や災害が多くあったこの1年、何があっても不思議ではない。言うまでもないが、私には何の異論も文句もない。願わくば今後も継続して欲しい。
夕方サム達と団地商店街を通ったとき、(とうとうあの八百屋もつぶれた。35年間有り難うございましたって書いてある)とサムのお母さんが言った。歳末の喧噪はなく、「お餅いりませんかぁー」の呼び声も虚しく聞こえる。団地商店街は出店を追い払っても、寂れるばかりである。公園の池の氷を見に行ったらチロちゃんのお父さんに会った。お休みで、単身赴任先から帰ってきたのだ。京都は(つもらないけど)毎朝雪が舞うという。大晦日、夕方の公園に集まったのは顔見知りの常連ばかり。
りょうちゃんのお母さんに「上新粉餅」と言うのをいただいた。東金が実家で、沢山作って持ってきたのだという。「ウン、それはよ。雑煮ん中入れて食べてもよ、持たれなくって良いんだ。俺もよあそこだから」チャーミーのお爺ちゃんがそばから口を出す。
幾らか日が延びてきたのが感じられる。方々で年末の挨拶を交わし、(もうちっとゆっくりしてもいいべ)と誘ってくれるのを断り、5時の鐘で嫌がるベルを自転車の前籠の乗せて帰宅した。 |
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| 2005年12月30日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 196 |
12月30日(金) 晴れ 7時気温6℃
昼前に墓参りを済ませて、幾つかのおせち料理作りにかかった。今年はコタの家(日本料理屋)に、正月用の弁当を頼んだと言ったら娘が(では、うちのいつものおせちは作らないのか)と言われたので、やむなく今年も作ることとした。
夕方、お正月用のお花を買いに出たついでに、近所のAさんのお見舞いのバラも選んだ。Aさんは正月6日に入院すると聞いていたので、その前にお見舞いを届けておきたかった。
Aさんは色白で豊満、棟方志功の描く天女にそっくりなのだ。Aさんに似合うのは深紅のバラしかないと思ったが、花屋でベビーピンクのバラを見て気持ちが変わった。
病を得て入院を待っているAさんには、こちらの方がふさわしいと思えた。色は決まった。本当は100本欲しいのだが、予算の関係で20本にする。でもやはり20本では淋しいなと迷っていると、花屋さんに花は小さくなるが、スプレー咲きのバラにしてはどうかと勧められた。同じ値段で良いという。なるほどそちらは20本でもずっとボリュームがある。それに優しい青のデンファレ(だったと思う)も2本入れて貰い、それは素敵な花束が出来た。帰り道にAさん家に寄ると、「あら、お見舞いに来てくれたの」と喜んだが、しこりが小さくなっているので手術は延期になったという。なるほどさわった感じは、前回のあのしこりはおたふく風邪だったのではないかと思うくらい小さくなっている。一気に身体の緊張が解け、良かったねえと叫んだ・・時に、Aさんのボンレスハムの様な強い腕でむんずと引き寄せられて、頬ずりをされていた。 |
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| 2005年12月29日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 195 |
12月29日(木) 晴れ 7時気温6℃
「薬研堀蚤の市」って言うのがあるらしいけど知っている?とマグノリアさんにメールをしたのは、秋の終わり頃だったと思う。すぐに調べてくれて、その時になったら行こうと約束した。そして蚤の市最終日の今日、2人でいそいそと出かけた。東日本橋駅B3出口を出ると、そこはもう出店が並び薬研堀不動院の幟がはためいていた。道の両側には、柳並木がまだ緑の葉を優しく揺らしている。私たちは、フーンここが柳橋なのねとお上りさん丸出しであたりを眺め、大好きな掘り出し物はないかとあの筋この道の出店に目を光らせた。でもま、最初はお不動様にお参りした。マグノリアさんは由来を読み上げ、江戸時代歳末になるとあちこちで市が開かれたが、ここ薬研堀の市が最後だったんだってと教えてくれた。ズラリと並んだ提灯に講談師の名前が多いのは、講談師と縁があるのだろうか。
全く予期しなかったのは、門前で曲芸が始まったことだった。三味線・太鼓の音にあわせて、番傘の上で金輪を転がす(金回りが良くなる)、茶碗、土瓶を使って次々と技を見せてくれた。最後は30p位の棒の上に水を入れた茶碗を乗せ、それを廻すと噴水のように綺麗に水が外へ飛び散った。おまけにどこに仕掛けてあったのか、紙吹雪までが舞った。目の前で天ぷらを揚げてくれる格安な定食を食べてから、日比谷に出て映画まで見た。

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| 2005年12月28日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 194 |
12月28日(水) 晴れ 7時気温6℃
夕べの公園で犬仲間の誰かが、小松菜が1わ250円になったと言ってたが、今日近くのスーパーで見ると298円になっていた。例年の年末よりも高いのは、やはりこの寒さが影響していると思う。わが家のお雑煮は小松菜を入れるが、仲間のNさん家はセリだという。蔵王の麓で育ったNさんのお母さんは、大根、人参、牛蒡を短冊に切って湯がき、それを一晩戸外へ出して凍らせる。お雑煮のつゆは醤油仕立てで、その中に凍みらせた野菜類に白子、お餅そして最後にセリを乗せるのだそうだ。なんとも美味しそうで、聞いただけで口の中につばが溜まってくる。一晩凍みらせた野菜はそれ自身の味が濃くなって然も、出汁も良く染み込んで一段と美味しくなったのではと思うが、歯ごたえはどうだったのだろうか。然し、山深い里でどうして鮮度の落ちやすい白子が使われたのか不思議に思って聞いてみると、分からないが多分、父が好きだったからではないかという返事だった。是非一度、お相伴に預かりたいものだ。Nさんは私に説明をしながら、ちゃぶ台を囲んでお雑煮を食べる兄弟姉妹や祖母、そして若かった父母の姿を思い出していたに違いない。 |
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| 2005年12月26日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 193 |
12月26日(月) 薄曇り 7時気温6℃
今日も公園の池は半分以上凍結しており、管理事務所はとうとう池に近づかないよ
うに黒と黄色のロープを張った。小さく残った水面で、鴨たちだけがお尻を振って元
気に泳ぎ回っている。
先だって家人が、公民館主催の「男性の料理教室」に当選したからエプロンと三角
巾、布巾に台布巾がいるというので、揃えてやった。布巾と台布巾は家にあるもの、
エプロンは500円で買った。エプロンぐらい作れるが、この頃たったの500円で
結構しゃれたものが買えるので、とても作る気にはならない。第一、布地を売ってい
る店が極めて少なくなり、探すのも大変である。頭に被る三角巾は「手ぬぐいを被る
から」と、本人が申し出るので、阿波踊りの手ぬぐい、下谷の朝顔市の手ぬぐい、志
賀高原で買った鳥の名前が列記してある手ぬぐいなど日本の伝統と文化の結晶を出し
てやった。所が何回目からか、「みんな白い三角巾を被っていて、手ぬぐいなんか
被っているのは俺だけだ。みんなと同じものが欲しい」と、言い出した。先生がダメ
だと言ったのかと聞いたら、そうではないがでも・・なんぞと、小学生みたいなこと
を抜かす。それなら良いではないか。古来日本では農夫、漁夫、木こり、大工、左官
などなど働く男子はすべからく捻りはちまきでアール。三角巾などというものよりも
日本手ぬぐいの方が、きっちりしっかりサッパリとして使い心地が良い。おまけに
しゃれた色柄で、目立って良いではないかとまくし立てたら、それきり黙ってしまっ
た。所が全6回の講座が終わって、来年から月1回の同好会に入ったという。だから
この機会に、白い三角巾が欲しいとまた言った。
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| 2005年12月25日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 192 |
12月25日(日) 晴れ 7時気温6℃
サムのお母さんは公園へやってくるといきなり、今日はピンポーンがなったら5時になったら帰ると誰カレなしに言った。理由はタダ用事があるからと言ったが、実は今夜息子さん夫婦に食事に呼ばれたのである。孫にやった出産祝が効いたのかなそれとも服を買ってあげたのが良かったのかなと言いながら、嬉しさを隠せない。不愉快な事があった後だし、1年の締めくくりには良かったねと思いながら、いつになくお喋りなサムのお母さんを見ていた。
仲間のTさんから美味しい手作りの「ピーナツ味噌」をいただいた。これは、殻を剥いた生落花生をゆっくりと時間をかけて油でからりと揚げるのだが、そのころ合いが難しい。なまっぽさを感じさせずかといって、焦がすことなく香ばしくあげるには気持ちに余裕がなくては出来ない。細やかな気遣いもいる。母の十八番料理のひとつだったが、気短な私には出来ない。所がTさんは、実母と叔母さん2人の介護をしながら、仕事をもっている忙しい人なのだ。こういう人がほんとに料理の達人と言うのだと思う。Tさんが、叔母さんが迷子になってもうひとり暮らしは無理だと思ったからウチへ引き取ったと、こともなげに話しをする様子を、私はただ感動で眺めた。彼女の人間としての大きさ、暖かさ、おおらかさに胸を揺さぶられた。
然しTさんは、良くあるように髪を振り乱して日々の生活に追いまくられていると言うのではない。自分も充分におしゃれを楽しみ、仲間と美味しいものも食べ歩き更に私たちの面倒まで見てくれる。旅行に行くと、お祖母ちゃん達へのお土産探しに頭を使う。
こういう人が、本当に世の中を住みよくするのだとつくづく思う。 |
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| 2005年12月24日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 191 |
12月24日(土) 晴れ 7時気温5℃
無事、義姉が退院した。ケアハウスの部屋に送り届け、あれこれ用事を済ませて家に帰ると「今年はもう何も予定はないんだ」という開放感がふつふつと身体中にわき上がってきた。実はあとふたつほど予定があるのだが、嬉しくってうれしくってさて何をしようかと考えた。絵を描こうかいや溜まっている本でも読もうと炬燵にもぐった。数頁読んだところで、良いお天気だしそうだサムを誘ってサクラの赤ちゃんを見に行こうと決めた。
黒ラブサクラの赤ちゃんはまだ40日だが、抱いてみるとずっしりとして重い。抱っこされるのが好きらしくて、胸に顔を付けてジッとしている。サクラのお母さんがお茶でもと言うのを断って、冬枯れの休耕田へ入ってサムとベルを遊ばせた。2匹は駆け上り下り、藪の中にもぐってと遊んだ。それを見ているだけで、こちらの気分も爽快になる。田圃から市民の森へ入ると後ろの方から犬の気配がして、私たちは緊張してそれぞれの犬を掴んだ。サムのお母さんが「サラ」と短く言って緊張を解いた。サラも放していた。サラのお母さんは私たちに近寄りながら、このあたりに犬を放すなって、放すと警察に通報するって書いた紙が貼ってあったから心配だという。私たちが気が付かなかったと言うと、それが凄いのよ、もうその文章を読むだけで変な人怪しい人なんじゃあないかって思えるような内容なのよと、懸命に説得した。暗に、この森に定住していつも本を読んでいるホームレスの人を言っているのだと分かった。
怪しそうな人が怪しいことをするのは当たり前だ。それに対処するこちらの準備はある。しかし、ヒルズ族とは行かないが、若くてしゃれた家に住み、学歴とお金がありそうな一見「良識のある市民」が、一方的に相手に非を求めて文書化し署名捺印を強要する方がずっと恐ろしいと、腹の中で抗議した。夕べサムは例のドーベルマンに、治療費を払った上、誓約書に署名捺印をさせられたと聞いたばかりだ。私は怒ったがサムはそれで事が済むのならと、不当な要求であると思いながらもそれに従ったのだ。サラはドーベルマンと親しいらしい。私たちの無言の怒りを感じてか、サラたちはすっと離れていった。 |
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| 2005年12月23日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 190 |
12月23日(金) 晴れ 7時気温4℃
仲間に誘われて、クリスマスの電飾見物に出かけた。
千葉市内のポートタワーが近づくにつれて車は多くなり、大きなツリーをかたどって色とりどりに電飾されたタワーが目に飛び込んできた。4,50年経っても、箸が転がってもおかしい少女時代が続いている3人の女性は、大げさに歓声をあげた。失うものは何もないこの年になると、感情表現もより率直になるのだ。良くおばさんはパワーは凄いと言われるが、それはこういう下地によるものである。7時10分からタワーのイルミネーションが付いたり消えたりとのショーがあり、続いて広場で冷たい風に震えながら、大道芸人の一寸した芸を見物した。
丸刈り頭でピエロ姿の芸人は、まだ若い。長袖シャツ1枚に半ズボンの衣装で、お手玉から始まって、玉乗り、テーブルの上や一輪車に乗って火のついたトーチをお手玉のように操る芸を次々と繰り出した。トーチに火を付けるとき、白の丈長のコートを着た助手が飛んできて手伝った。(あの子奥さんかしらね。恋人かしら?)と心配するTさん。(あの芸人さんに同情しているウチにそれが高じて同情婚、なんてね)フフフと笑った。(いや、あれは同じ事務所のマネージャーかなんかじゃないか?)と、まともで夢のない解説をしたのはDさんだった。 |
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| 2005年12月22日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 189 |
12月22日(木)冬至 晴れのち曇り・強風 7時気温6℃
昼頃、穏やかに晴れた冬の空が一転して低い雲に覆われ、ヒュー・ヒューと音を立てながら冷たい北風が吹き始めた。それまで縁側でのんびり寝ころんでいたベルも、自分の小屋に帰るのに異存はなかった。もがり笛・・もう何年も使っていない言葉を思い出した。子どもの頃は、冬になると炬燵にもぐって、ジッと戸外を吹き荒れる風の音を聞いていた。そしてその音は「もがりぶえ」というのだと、誰かに教えて貰った。テレビも電話もなかったあの頃は、一体何をして遊んでいたんだろうか思い出せないが、退屈はしなかった。 サークルの忘年会から4時過ぎに帰宅した家人は(いやぁー女性陣は元気で元気で・・)と、しきりに感心した。何でも24人が入れるカラオケの一部屋で、忘年会をしたのだがそこはジュースやお茶、珈琲、紅茶などが飲み放題(アルコール類はない)でひとり350円。しかも持ち込み自由なので、千円会費から食べ物飲み物を買って持参し、12時から始めた。女の人は歌うし踊るし、よく食べるしとにかく元気なんだと、家人は感心しまくっている。18時までOKだといって粘っているのだが、とても付き合いきれなくて帰って来たと言った。あれで店は大丈夫なんだろうかと、余計な心配もしていた。 |
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| 2005年12月21日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 188 |
12月21日(水) 薄曇り 7時気温6℃
左足首の捻挫した所に鍼を打って貰ったらかなり痛みが和らいだので、なんとか車(ウチはマニアル車)を動かして、義姉を病院へ迎えに行った。所が・・退院の予定で行ったら、それは本人の思いこみだったのだ。義姉は午前中は胃カメラを飲んだために朝食は抜きだったとかで、お昼の病院食は7分通り食べた。気分転換に、また10階へ行ってお茶をしようと誘ったら、甘い物が少し食べたいが血糖値が気になるという。それなら半分だけにしといたらと、納得させた。10階のレストランは昼時で混んでいたが、窓際に座れた。義姉は窓の外の同じ景色を眺めて、やっぱり気分がせいせいすると言った。隣のテーブルの人がなにやら美味しそうなのを食べているので、ウエイトレスにあれは何定食かと尋ねたら(人間ドッグを受けた人の特別食)だと教えてくれた。
義姉にアップルパイ、私に珈琲とゼリーを頼んだ。所が注文を運んできたウエイトレスはケーキセットと勘違いしたらしく、義姉の前に珈琲とケーキ、私にゼリーを配った。私は義姉が珈琲を飲んでいるのを見たことがないのだが、義姉はゆうゆうと砂糖を入れてかき回し、ミルクも足して珈琲を飲み、アップルパイを食べた。皮を少し残して。私もゆったりとゼリーを食べた。少し食べ過ぎたかなと義姉は満足げに言った。 |
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| 2005年12月20日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 187 |
12月20日(火) 晴れ 7時気温?℃
夕べ散歩の時、左足首を捻った。別にベルに引っ張られたわけでもなく、でこぼこ道でもない歩き慣れた場所で、気が付いたら空足を踏んでいた。痛みでしばらくジッとしていたら、ベルが不思議そうな顔でこちらを覗いた。これが自分(ベル)に関係があると思うと、ベルは実に済まなそうな顔をする。だからサムのお母さんは、サムが噛んだドーベルマンの飼い主に謝りに行くとき、サムに自分が謝っている姿を見せたくないと言っていたのだ。夕べの公園では犬仲間がケンケンガクガクやり合っていたが、こちらは足の痛みで話しに入らず早々に引き上げた。その時の話の中身はドーベルマンを襲ったのはサムだけではなかったので、知らんぷりしている人はズルイまた、今までこの公園で起きたトラブルでは治療費といえどもお金が動いたことはなかったので、その事の善し悪しと言うことらしい。私が頭に来ている「もう決してリードを放しませんという誓約書」を、あの若夫婦がサムからとる事は問題になっていないらしい。
数年前からの犬仲間と、ここは公共の公園だからと後から入ってきても平等の権利を犬社会に持ち込むアホな人間との軋轢。ああ、この冬は寒いわけだ。 |
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| 2005年12月19日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 186 |
12月19日(月) 晴れ・強風 7時気温?℃
きっぱりと冬が来たようだ。冷たいつむじ風が落ち葉を巻き上げながら通り過ぎる後を、ベルが追いかけた。風を避けて、公園の下の方へ行くと、向こうからやってくる豆柴がこちらを見て、近づこうと紐を引っ張っている。チャーミーだ。私がときどき煮干しの頭なんかをあげるので、覚えているのだ。片足に麻痺の残るチャーミーのお爺ちゃんは、チャーミーをつないだ紐を身体を反らせて掴んでいた。今日も池に氷が張っていましたかと訪ねると、おうよ、子供らがよ氷の上に乗っかって遊んでいるからよ、そんな事したらおっこって死んじゃうからって言ったんだけどよ、聞かねえんだ。あっちへ行くなら注意してやってくれと頼まれた。昨日の夕方は池の6割ぐらいが氷に被われていたが、今日は8割ぐらい。でっけーのがとれタァーと叫びながら3,4年生ぐらいの男の子が氷のかけらを両手にかざして、仲間に見せていた。同い年ぐらいの男子ばかり7,8人が池の中を覗いていたが、さずがに氷の上に乗っている子どもはいなかった。この寒い冬は、冬中続くのだろうか?公園の四阿には2人のホームレスが定住しているのだが、今日は姿が見えなかった。どこか暖かい場所が、見つかったんだろうか? |
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| 2005年12月18日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 185 |
12月18日(日) 晴れ・強風 7時気温?℃
一日中「北風小僧の貫太郎」が吹き荒れた。
用事があって金曜土曜と2日間義姉の見舞いを欠かしたので、今日は特別に義姉が食べたいと言ってたコタのウチの穴子の握りを土産にした。
義姉の見舞いはいつも、昼食時を狙って行った。病院の喫茶店で自分用にサンドイッチを買い、テーブルが5,6台にテレビと給水設備のあるフロアへ誘って、2人で食事をする。病院のベットサイドよりもそこの方が明るくて、ずっと気分が良い。
食事も進むというものだ。食事が終わってから、10階のレストランへ行って、窓際の席に座りデザートを頼む。一応看護士さんに、ジュースを飲んできても良いですか?とお伺いを立てるのだが、義姉はアイスクリームを注文する。ま、いいや、何か楽しみがなくちゃねと、大目に見る。遠くまで見渡せる景色を楽しみながら、「あのビルはどこだろうね」といつもと同じ話しをする。
フロアへ行くと、今日に限って先客が3人もテレビを見ながら食事をしていた。ひと目を気にして、部屋の隅に義姉を座らせて鮨折りを開け、私は義姉の病院食を食べた。義姉はひとつだけ残して、ああ美味しかったと顔を上げ、今日はアイスはいらないと言った。 |
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| 2005年12月16日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 184 |
12月16日(金) 晴れ 7時気温5℃
うちの飼い犬ベルは、居場所が2つある。ひとつは家の北向きに置かれた犬小屋と南側の縁側である。この犬小屋は前の犬・プル用に買ったから、もう築25年以上になる。夏生まれのプルは、どういう訳か小屋を嫌って、決して入ろうとはしなかった。その代わり、隣の家の女の子がプルの小屋に入って遊んでいた。その後、アヒルを2羽飼った時はアヒルのねぐらとなり、いなくなってからは草花の肥料入れに使ったりした。向かいの家に、小さな女の子と男の子が引っ越してくるとまた、彼らが小屋に出入りして遊んだ。驚くことに子どもが2人とも入ってしまうのだ。ベルが来たとき、いろんな匂いが付いていて嫌がるかなと思ったら、ヤツはなんの抵抗もなく入って、仰向けに寝ころんだり丸まったりしてくつろいだ。
日射しが恋しい頃になるとベルは、散歩と朝飯が済むと(ウ・ウ・ゥ・ワン)と偉そうに吠えて、南の縁側に連れて行けと催促する。未だ縁側に陽が当たらなくても、少々風が吹いていてもである。縁側にタオルか娘の古いセーターなんかを敷いておくとヤツは、自分の好きな場所に置き換えて、ゆったりとその上に横たわるのである。
とまあここまで話を引っ張ってきたが、今日も良いお天気でベルは縁側にゆったりと座っていた。私は近くに寄って(ベル、今から歌の練習をするからね)と言うと、ヤツは慌てて座り直して向こうを、向いてしまった。ム、ム、何という失敬なヤツと思ってよく見ると、耳だけはぴんと伸ばしてこちらを伺っているではないか。ベルはなかなかシャイなヤツだ。 |
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| 2005年12月15日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 183 |
12月15日(木) 晴ときどき曇り 7時気温5℃
暦の上では明日が満月らしいが、夕方5時近く、公園の東の空にはまん丸いお月様が上った。ほらほらあれが富士山と、海のお母さんは残照に浮かび上がった富士山のシルエットを指さした。私は両方を眺めて(月は東に富士西に)と言ってみた。(あのよ、美空ひばりの歌に月は東に日は西にってのが、あるよ)チャーミーのお爺ちゃんが不自由な足をかばいながら、近寄ってきて言った。そうなんですか、カラオケが得意なんですねと返事をすると、(そう、さっきまでやってた。俺は4時で上がったけど)と、公園の中の多目的ホールを指さした。サムのお母さんによると10人以上なら、カラオケルームが無料で借りられるのだそうで、朝の6時頃からの順番取りはその為らしい。タダで遊べるがやはりお金を払う店の方がマイクも良いしそれだけのことはあるとチャーミーのお爺ちゃん言う。(金払うっても、ビール1本で何時間も粘るんだけどよ)お爺ちゃん行きつけのカラオケスナックも、客がないので近々閉店するらしい。忘年会シーズンなのに、コタの家も夕べは誰も居なかったしね、景気回復なんてウソだねと私たちの意見が一致した。
今日付、隣の市の広報に、先生が私の川柳を載せてくれた。(始まりのもとを忘れた口喧嘩) |
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| 2005年12月14日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 182 |
12月14日(水) 晴のち 7時気温7℃
「“お互いさま”っていう考え方が無くなって来たんですね」と言うのが、私たちの結論だった。
サムがドーベルマンをやっちゃった(噛んだ)と聞いたのは確か、1週間ほど前だった。昨日、サムと一緒にドーベルマンの家に誤りに行ったが、相手(ドーベルマンの飼い主の奥さん=若い女性)の態度は硬く、今日の5時に公園で主人が会って話をすると言った。公園でどちらも犬を放しておいての事故である。約束通り5時に公園で話をした。相手は30代前半の縁なしメガネを掛けた男と、背のすらりとした黒のキャップにジャケット、ジーンズの妻だ。私もそばで聞いていたが、関係ない人が余計なことを言ったと言って更に問題をこじれさせてしまった。
帰宅後私はコタの家に電話をして「もう飲まずにはいられないけど、2人分座れるか?」と電話すると、今日は誰も居ないからどうぞと返事を貰った。
治療費を払うのは仕方ないとして、あの若い女がサムちゃんに「誓約書を書け」と言ったのが、悔しい。同じ公園で遊んでいる仲間が、何年も前のことを(サムは噛みつきの常習犯)とドーベルマンに言いつけたのが悔しいと言って、私は泣いた。他に客はいないから私は騒いだ。女将も大将も奥から出て来て、あれこれと意見を言ったが結論はお互いさまが通じなくなったんだ。何でも損害賠償の世の中になったんだと、淋しく頷きあった。
私は云いたいこと言ってかなりサッパリしたが、もしかして泣き上戸なのかも知れない。 |
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| 2005年12月13日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 181 |
12月13日(火) 晴のち曇り一時初雪 7時気温7℃
午後3時頃急に曇って来たので洗濯物を取り込もうと外に出たら、風が凍る様な冷たさだった。洗濯物をハンガーごと仕舞い急いでガラス戸を閉めたとき、ハラハラと雪が舞って来た。ヤッパリと独り言を言って少しの間初雪に見とれていたが、すぐに止んだ。
生協から注文した品と違うものが届いた。その時気が付けば良かったのだが、何せ届いたのが夕べの9時過ぎ。幾ら年末とはいえ配達の人が気の毒で、急いでハンコを押して返し、気を付けてお帰り下さいと言った。そして改めて品物を見たが「どんこ」にしては重すぎる。開けてみたらナント食用油だった。今日電話で連絡したら、改めて「どんこ」は発送するが、良かったら誤配された食用油も使ってくれと言う。
ええっ、貰っちゃって良いんですか?と念を押すと、よろしければどうぞという。こちらは異存はないし、全くよろしい。第一こんな忙しい時に返したりしたら、運送屋さんも配送センターも仕事が増えるばかりで、誰のトクにもならない。みんなのために貰っておこうと、決心した。然しマテよと、舌切り雀のおばあさんみたいに欲が出た。どうせ貰えるなら一万円札の詰まった箱が良いと電話口で言うと、向こうの人は(そうですね、今度間違えるときはその様に致します)と返して来た。誰とも知らない人と、ちょっぴり気持ちを通わせ楽しんだ。 |
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| 2005年12月12日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 180 |
12月12日(月) 晴れ 7時気温7℃
8時にケアハウスに義姉を迎えに行って、病院へ着いたのは8時45分。入院手続きをしてから、幾つか検査をした。ごご3時からの手術は30分で終わった。5時に主治医が病室へ来て、手術の説明とこれからの経過更に今後の見通しについて説明してくれた。義姉は手術前から、前回味わった痛みに怯えていたが、今回は更にのっけから痛かったと愚痴った。それは腫瘍の出来た場所の違い、前回は肝臓の奥深い場所で、今回は表面近くの神経に近いところだったからと医師は説明した。更に医師は私に、これからも経過観察を続けて、次ぎに出来たものも同じように取り除いていきましょうと説明してくれ、私はよろしくお願いしますと言って深々とお辞儀をした。しかし、あんなに痛がっている義姉には言えない。私も何をしたわけでもなく、ただ待機していた1日だったがとても疲れた。 |
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| 2005年12月11日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 179 |
12月11日(日) 晴れ 7時気温7℃
例の「構造計算書」の偽造問題で、連日「震度5で壊れるから自宅マンションから退去せよ」と、行政に命令され困惑している住民の様子が報道されている。他人事ながら、この寒空に寝耳に水の話で、さぞ大変だろうと同情していた。
所が、「震度5で倒壊する数字」など、まだ誰も分からない。「崩壊」の定義もハッキリしていないという記事を読んでびっくりした。話は多田英之氏という人で、「免震研究」の第一人者であるという。地震に備える方法は「耐震」「免震」「制震」と3つあって、首相官邸は「免震」構造になっているんだとか。へえー驚いた。
記事は更に国土交通省やゼネコンが頑丈に作る「耐震」にこだわり続け、揺れを吸収する「免震」を侮ってきた事が、今回起きた問題の背景であると結論付けている。
(以上週刊金曜日12/9)なるほどそう言うことだったと納得した。
国会中継を見ていると、やくざまがいの社長、懸命に責任転嫁を計る所長、とぼける役人、逃げ回る建築士とへたな芝居を見ているよりも余程面白くて、問題の本質がどこにあるのかなんて考えない。悪役に日頃の自分の鬱憤まではき出せば、すっきりもする。小泉がにんまりと言うわけだ。 |
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| 2005年12月10日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 178 |
12月10日(土) 晴れ 7時気温8℃
「上原彩子。若いけれど、なかなか良いのよ」と、娘が今度はピアノリサイタルに誘ってくれた。場所は鎌倉だからついでに円覚寺で名残の紅葉でも見て、漬物屋でお茶漬けを食べてとメールが来た。今朝、出かける準備をしているとケータイが鳴って、チケットは持ったかと確認された。娘は母親に似ると言うが、私はこんなにうるさかったかなと今頃反省した。でも私ももう世話を焼かれる年頃になったと、自覚しなくちゃね。
お天気も良く暖かくて、どうしてと思うほど鎌倉は混んでいた。今年は6月に、雨の中をかなり歩いて円覚寺に詣でたが、今日は北鎌倉の駅を降りたらすぐ近くだった。若い坊さんが長い挟む道具を使って、銀杏を拾っていた。私も探そうとしたら、頭上からボトンと4,5個まとまって落ちてきた。娘が時間がないというのに、14,5個ゲットした。上原彩子というピアニストは、背中を丸めてとぼとぼ、よちよちという恰好で舞台に出て来た。ピアノの前に座ると、しばらく放心したように天井なんか眺めていた。一体始まるのかと心配になった頃、いきなりひとつ音がしてそれからは彼女はピアノになって音を奏でた。ピアノでもこんな音がするんだと、驚いた。 |
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| 2005年12月9日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 177 |
12月9日(金) 晴れ 7時気温8℃
今朝はこの冬初めて、お向かいの家の屋根や車の屋根に真っ白く霜が降りた。
夕方4時過ぎに、出先からスーパーに買い物に寄って、ベルが待っているだろうと自転車を急ぎ走らせながら家への角を曲がった。公園の前でご近所のAさんと出会ったが、自転車に乗ったまま(元気?〜)と声を掛けて通り過ぎようとした。このあたり一番の元気者のAさんはまたおしゃれで、夏冬通してロングスカートがトレードマークである。んん?今日は真っ赤な半コートに、黒のパンツ姿、どこかお出かけだったのか、そんなことを考えた時、(サッチャーン、あたしガンになっちゃったのお〜)と叫ぶ声が背中を追いかけてきた。20年近くも合唱で鍛えている彼女の声は、張りがあってあたりに良くとおる。私は喉がつかえて心臓が止まった。そんなぁー、でもそんなこと近所中に聞こえるように叫ぶことでもないよと、震える手で自転車を廻し、Aさんの立っている所まで戻った。
「耳下腺ガンだって。ね、ここさわってみて。3センチですって」彼女は私を待って一気に喋った。いいのさわって?痛くないの?ほんとに大丈夫?と聞きながら、私はAさんの右耳の下をそおっと触った。色白で堅太りの彼女の頸に、得体の知れない固いものがしっかりと取り憑いていた。彼女はひとりで喋り続けたがふと途切れたとき、私はAさんを抱きしめていた。いやそうするつもりだったが、お互いにコートを着ている所為もあり私の腕が彼女の背中まで充分に抱えられなかったのだ。おまけに私の胸には大きなドッジボールが2つ押しつけられた。「ありがと」と彼女が小さく言ったとき、車のクラクションが鳴って我に返った。私の自転車が道をふさいでいたのだ。車の運転席に座った女性が、こちらを見て笑っていた。 |
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| 2005年12月8日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 176 |
12月8日(木) 晴れ 7時気温8℃
今日は朝から一日中忙しくて、帰宅したのは夜9時頃になった。家に義姉から留守電が入っていた。日曜日に食事をしたときは元気だったが、あの時とはまるで別人のように不安でおどおどした声で電話の向こうから何かを訴えているのだが、声は小さくて言葉もハッキリせず、意味が聞き取れない。電話をかけてきた時間はお昼頃だから、随分経っている。昼過ぎに帰宅した家人は先に聞いていて「何を言っているんだか分かんないんだよ」と言った。私は胸騒ぎを飲み込んで、(分からないなら、電話を入れて聞いてくれればいいのに)と腹の中で家人をなじった。家人が面倒を見ている自分の姉から電話かあると、100キロ近い道のりをすっ飛んで行くくせに、やはり他人には冷たいんだからと腹を立てながら、すぐ義姉に電話した。義姉に用事は何だったのか聞いたが、いやーなんだっか忘れたという。あれ少しおかしいなと思いながら、当たり障りのない話をしていると、実はテレビが急に映らなくなってねと言い始めたので、ああその事だったんだと理解した。いつも見ているテレビが、急に映らなくなって混乱したのだ。すぐに懇意にしている電気屋さんに連絡して、義姉の所に行って貰うように手配をして、折り返しその事をまた義姉に伝えると少し安心したようだった。ケアハウスの職員に、今度このことを伝えておかなければいけないなと考えた。 |
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| 2005年12月7日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 175 |
12月7日(水) 晴れ 7時気温8℃
暗くなってから家の門扉が、ガタガタと音を立てた。誰か来たらしいが、ベルが吠えない。門扉が音を立てるのは壊れているからだが、それが呼び鈴代わりにもなる。
出てみると筋向かいの奥さんが立っていて「ね、お宅リンゴある?今送ってきたばかりなの。」と言う。なにやら手には紙袋を下げて居るではないか。「ううん、ない。ない」と相手が言い終わらないうちに、大急ぎで言った。(実は、4,5個冷蔵庫に入っている)「そう良かった。新鮮で蜜がいっぱいなの」と聞いただけでもう口の中は、唾液がたまってくる。筋向かいの奥さんの実家は山形である。奥さんは山形美人の上に、きれい好きで家の中がきちんと整理されている。貰ったから誉めるわけではないが、台所なんか何にも置いてない。ヤカンさえ使い終えたら、洗って収納するのだ。本当にショールームのような台所があるのである。知らないのは私だけかも知れないが、こういうのが本当に「キッチン」と呼ぶのにふさわしい。かえりみてわが家の台所、これをなんと呼ぼう。鍋、ヤカンは言うに及ばず、洗ったままの食器類に、調理のとき余った大根の尻尾や半分の玉葱なんかまで賑やかに調理台の上を占拠している。ああ、もう人種が違うとしか思えない。 |
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| 2005年12月6日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 174 |
12月6日(火) 晴れ 7時気温8℃
今日は寒かった。遠い記憶の中にある寒さだった。バス停で待っていると、「雪、降るでしょうか」と声を掛けられた。少し東北訛りがあった。その人につられて空を見上げると、ねずみいろの厚い雲が低くたれ込め、ゆっくりと北の方に動いていた。
なるほど如何にも雪雲に見えた。「降ったら犬が喜びます」と返事をしてから、いや、子どもが喜ぶと言うべきだったと少し後悔した。でもと、サムのお母さんを思い出して、ひとり喉の奥で笑った。毎年冬になるとサムのお母さんは、(雪が降らないかなあ)と空を見上げてつぶやくのだ。雪なんか降ったら仕事に差し支えるでしょうと言うと、でもサムが喜ぶからと言うのだ。その事が私にも移っていたらしい。私に話しかけた人は、私の返事にお構いなく話し相手をしてくれると見込んだらしい。今○×病院の帰りだと言うことや、そもそもその病院へ行くことになった理由などを、詳しく喋り続けていた。私は適当に頷いている内にバスがやってきて、話はお終いとなった。
帰りのバスの中から、そこから大音響でも聞こえてきそうな鮮やかな夕陽を垣間見たが、雪は落ちてこなかった。 |
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| 2005年12月5日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 173 |
12月5日(月) 晴れ 7時気温9℃
夕べ雨が止んだ後、干し柿には最適の冷たい風が昼前まで吹いていた。「今朝はね、あそこんとこに富士山が見えたんだよ」夕方公園へ行くと、りゅうのお母さんが西の方を指さして言った。毎年冬になると、遠くのバックネットの左側に富士山が見える。今朝の風が一気に埃を取り払ってくれたらしい。
未だ5時のチャイムが鳴らないのに既に夕陽はなく、残照がすこしだけ残っていた。公園の地上近くはもう闇が忍び寄っていたが、ベルは数日ぶりの公園で嬉しかったらしく、右に左にとやたらと走り回っていた。サムのお母さんが「あ、お月さんが」と言うので頭を上げたら、南に三日月が近くの金星と競って、明るく輝いていた。それでもしばらく遊んで、私とサム達は帰ることにして公園の入り口近くへ来たとき、サムのお母さんは声を掛けられて振り向き(ああ、そこに猫がいるんですか?)などと返事をした。その人をベルが吠えたので、慌てて叱った。離れてから、(ホラ、下に住んでいるホームレスよ。
ベンのお母さんと親しいんだけど、この頃私にも挨拶してくるの。猫を湯タンポ代わりにしてて、散歩させてるのよ)と、教えてくれた。 |
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| 2005年12月4日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 172 |
12月4日(日) 曇りのち雨 7時気温9℃
夕べの天気予報では今日午前中の雨は20パーセントだったが、義姉を迎えに行く頃にはもう小さく落ち始めていた。犬仲間のコタの家に蟹を食べにいこうと予約したのは、未だ手術が決まる前で、その為に帰ってきた娘は、空気が乾きすぎているから丁度良い雨だと言った。今日の義姉は声も大きくて元気な様子だったが、本人は風邪をひいてどうも食欲がないと言う。原因は、予定されている手術だといって、あれはねぇー、本当に痛いんだよと顔をしかめて見せた。よく熾きた炭火の上に蟹の足や身を乗せて、肉がぷうーとふくらんだらもう食べ頃。蟹味噌を付けて食べる。生でも食べられると言われて試した娘は、甘味があって美味しいとご機嫌だ。前回穴子のうす作りが美味しいと言ったが、今が旬というカワハギのうす作りは薬味に肝タレを付けて食べたら、更に美味しかった。工夫をこらした前菜は目も舌も楽しませてくれたが、私は冬瓜のあんかけが嬉しかった。澄んだ葛の味は小さい頃風邪をひくと母が作ってくれた葛湯の、懐かしい味だった。コタのお母さんはこの料理が一番手間がかかっているのよと言った。
食欲がないはずの義姉はほぼ綺麗に食べて、サワラの西京焼き半分と、穴子とヤリイカの握り3つをお土産に詰めて貰って、(うん、風邪、治ったみたい)と晴れやかに言った。 |
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| 2005年12月3日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 171 |
12月3日(土) 晴れ 7時気温9℃
「しばらく放って置いたら、こんなに大きくなった」と、家人が伸びすぎた小松菜を家庭菜園からとってきた。ではキムチ鍋に入れて沢山食べようと、近くのスーパーにキムチを買いに出かけた。スーパーの漬け物売り場の棚に並んだ何種類かのキムチを較べてみたら、4,5百グラムで値段は大体4,5百円と言うところ。だが、下には山積みになったキムチパックが、メーカー処分価格・55円と表示してあった。誰だって、なんでどうしてこんな値段なのかと疑問を持つ。その一つを手にとって仔細に眺めたら、「原産地・中国」と表示してある。これで分かった。1ヶ月程前だったか、韓国で中国産キムチの白菜に回虫が付いていたとかで問題になっていたが、中国産キムチが日本にも入っていたのだ。日本でも輸入に際しては各種の検査があると思うが、なぜ問題にならなかったのだろうか?まあ、回虫が付いていたとしても煮てしまえば大丈夫、2つ買っても110円さと籠の中にキムチを2つ放り込んだ。だがマテよ。もしかしたら娘が久しぶりに戻ってくるかも知れない。そんなメールが入っていた。私たちだけなら構わないが、娘が帰ってくるとなると回虫入りキムチは止めておこうかと元に戻して、国産と大きく表示してあるキムチを1パック買った。 |
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| 2005年12月2日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 170 |
12月2日(金) 曇り 7時気温8℃
毎年、年末になると(喪中につき云々・・)という欠礼のハガキが、何枚か舞い込む。今日の郵便で高校時代の恩師I先生から白い四角い封筒が届いて、どきっとした。もしかしたらと考えて急いで封を開けたら、なんと先生ご夫妻のツーショットの写真が出て来た。(・・常々ご無沙汰していますので、80才の記念写真をお送りします。ご笑覧下さい・・)と添え書きがあった。写真館でとったものらしい。奥様は背筋をぴんと伸ばして、猫足の椅子に浅く腰掛けかすかに微笑んでいらっしゃる。その傍らにI先生は後ろ手に組んで、寄り添うように立っている。靴はピカピカに磨いてあるが、ズボンのシワが目立つのは如何にもI先生らしかった。なんとも嬉しい写真である。
物理のI先生は、その授業内容のユニークさや、胸の空くようなスッキリ、ハッキリした論旨、飾らない人柄で多くの多感な青少年のハートを掴んでいた。後年、企業の公害責任を追及した「あおぞら裁判」で原告団長をつとめ、(人としての生き方)についても見本を示した。写真を見ていたらたちまち気分は高校時代に戻り、「先生の奥さんはね、先生が大学生の時大学の図書館にいて、大恋愛で結婚したんだって」と、早口に喋っていた事情通の友人の上気した顔を思い出した。 |
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| 2005年12月1日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 169 |
12月1日(木) 晴れ 7時気温8℃
ウチの前をお母さんとリボンが通ったので、声を掛けた。リボンは垂れ耳だがやっぱり、左耳の先がなかった。昨日散歩の途中で家人がリボン達と出合って、事件について聞いてきた。その時は未だ耳に絆創膏が貼ってあったと言うが、今日はなかった。私はへんてこな四角形となったリボンの左耳を見ながら(痛かったでしょうし、女の子のチャームポイントなのにねえ。)と言った。
事件の概要はこうだ。リボンがいつものようにお父さんと散歩をしていたら、途中に新しい犬が繋がれていた。リボンが近寄って行くと、2匹は尻尾を振りながら匂いを嗅ぎあっていた。次の瞬間リボンの耳から鮮血がほとばしった。一体何が起きたのか状況は分からないまま、大量の出血にリボンのお父さんは驚き青ざめて獣医に走った。そこで左の耳の一部が、噛み切られていたことが判明したのだとか。獣医は「鼻の半分を食いちぎられて来る犬もいる」と言ったそうだが、勿論そんなことを聞いても慰めにはならない。だが耳はわりと鈍い所なので、痛みはそんなにないと言われて少しはホッとしたらしい。
リボンに噛みついた犬はいつも繋がれたままで、飼い主を見たことがない。未だ引っ越ししてきたばかりだと聞くが、あの犬はきっとストレスが溜まっていたんだと思う。こちらが加害者でなくて良かったとリボンの母さんは言った。 |
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| 2005年11月30日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 168 |
11月30日(水) 薄曇り 7時気温11℃
「大分具合が良くなったから、市立美術館でも行ってみようと思うのだけれど」と、高校時代の友人に誘われて出かけた。丁度千葉市立美術館では「ミラノ展」が開催中で、前から見に行きたいと思っていた。「ミラノ展」はレオナルド・ダ・ヴィンチの絵も素描が1枚あったし、千葉でこれだけのものが見られて、トクをしたような気になった。更に意外だったのは同時開催の「江戸絵画のたのしみ」。ボランティアの人の解説で、墨絵の豊かさを教えて貰った。渡辺崋山の絵も3枚あったし、北斎91才の鮒の肉筆画もあった。江戸時代の91才がこんなに生きの良い、艶めかしい鮒を書くなんて本当に凄いねと、私たちは驚いた。でもねと友達が言った。彼女の元職場の先輩は、80才を過ぎてもいろいろとお稽古に忙しく毎日を過ごしていて、老後になったらもう少しゆっくりしたいと言っているというのだ。私たちは笑ったがしかし、老後とはなんだろう。(100才、100才)で売り出したきんさんぎんさんは、テレビ出演料を「老後のために」貯金していたという。
お互いにこの数年、体調不良で悩んだけれど、先輩達はこんなにいきいきと「生きること」を楽しんでいる。私たちもぐたぐた言ってられないねと、大いに激励された。 |
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| 2005年11月29日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 167 |
11月29日(火) 薄曇り 7時気温15℃
昨日北風を注文したのに、夕べから今朝まで吹いたのは暖かい南風だった。今朝公園に集まった人間達は“暑い”なんて言っていた。然し風が吹いたので公園の一隅に枯葉の吹きだまりが出来て、その中を私たちはわざとガサゴソ音を立てて歩いたが、ベルは特に嬉しそうでもなかった。
夕方りょうのお母さんがやってくると、開口一番(今日は国会中継、見てたよ)と言った。ハナのお父さんが真っ先にその話にのって、「耐震偽造問題」の国会中継に話が弾んだ。ヒューザーのあの小嶋社長を始め個性のある役者が揃っていて、やはりニュースは最大の娯楽なのだ。みんな実に細かな事まで知っているが、小泉の郵政民営化が決まったせいで郵便局の振り込み料が一気に70円から100円に値上げする事は、一体何人が知っているのだろうか?言ってやろうと思ったが、そんな話が割り込む空きがなかった。
「ヒエー」犬たちに囲まれていたサムのお母さんが、珍しく悲鳴をあげた。どうしたかと振り返ると、サムのお母さんはにやにやしながら作業衣の右袖で唇を拭い(ぺろぺろ舐めるだけなら良いんだけど、エマちゃんは口の中に舌を入れてくるんだもの)と言って笑った。 |
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| 2005年11月28日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 166 |
11月28日(月) 晴れ 7時気温11℃
今年は裏年らしく、うらの家の柿の木はサッパリ実をつけなかった。おまけにこの季節はずれの暖かさで、その少ない柿の実もいつまでも枝に付いたままだった。いつもならば10月末か11月初めには、ちゃんとへたを十文字に残した渋柿をうらの家から貰っていたのだが、11月も終わりに来てしまったしで今年は貰えないと諦めていた。
ところが、ところが23日の夜、ついに届いたのである。ああ、生きていて良かったと狂喜乱舞した私は、夜なべで渋柿の皮をむいたのは当然であった。そして翌朝、いつものように、ベランダの物干しに皮をむいた柿をつるしそれを見上げたときは、何となく誇らしい気持ちにさえなっていた。
その日、私の家に立ち寄った千葉職対連HPの管理人A氏は、私の家の前を車でUターンしただけなのに素早くそれを見つけ、数までしっかりと把握していた。ったく油断も隙もないのである。然し無情にも柿を吊してからもずっと暖かい日が続き、風もない。このままでは、干し柿にならずに黴びてしまう。冷たい風よ吹け吹けと、祈る毎日である。
ところで、当然うらの家でも柿を干したが一見してその数は、家でいただいたのよりもずっと少ないのである。これはどうしたことだろう。 |
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| 2005年11月27日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 165 |
11月27日(日) 晴れ 7時気温11℃
義姉のいるケアハウスから手術日が決まったという電話が入ったのは、金曜日の夕方だった。義姉は2年半前、その時かかっていた町医者に肝臓癌を見つけて貰って、手術をした。その時にもう一つ影があると言われていたので、その事はあまり驚かなかったが、今回は本人から連絡がなかったのが気がかりだった。すぐに電話すると、後で連絡しようと思っていたところだと弁解した。昨日は終日用事で出かけたので、今日義姉の所へ出かけた。義姉は綿入れを着込んで、ぼんやりテレビを眺めていた。
この所よく眠れないし、ウトウトしても夫が夢に出てくる。なんだか食も進まないとこぼした。それはこの前痛い思いをした手術をもう一度やるんだもの、心配になって当たり前よ。今日は暖かくて風もないから、外に散歩に出てみようと誘ったが、行かないという。あれこれ話をして、一番高いアイスクリームを買ってあげるから、近くのスーパーまで行こうともう一度誘った。義姉は、一時血糖値が上がって甘い物は控えているが、アイスクリームは大好物なのだ。義姉はフフと嬉しそうに笑って、じゃあちょこっと行こうかなと今度は誘いに乗った。
スーパーまで5分足らずの道を野草を摘みながら歩き、義姉は仏壇に備えるリンゴと葡萄を、私は約束通り2種類のバニラアイスを買った。義姉は、やっぱり戸外の風は気持ちが良いねえと顔をあげて、初冬の香りを嗅いだ。
いつかと、帰りの車の中で考えた。私は心身共に弱った晩秋の午後を、どんな風に過ごすのだろうか? |
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| 2005年11月26日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 164 |
11月26日(土) 晴れ 7時気温8℃
「サクラが子ども産んだの知ってる?」とサムのお母さんに聞かれた。知らないけれどどのサクラかと聞き返した。サクラという名前の犬は、わりといる。この公園に来る私が知っている犬だけでも、コーギー、ミニチュアダックスフンド、黒ラブと3匹のサクラがいる。その中の黒ラブだという。「それがね、ほら娘さんの結婚式で取り込んでいた時に庭に出して置いたら、フェンスの下に穴を掘って侵入した白犬にやらちゃったんだって。」ウーンと、唸るしか返事の仕様がない。「ホラ、サクラのお母さんは去年から良いオスを見つけて、子どもをとるって言っていたでしょう?だからおろそうかどうか相当悩んでね、結局黒と灰色の2匹が産まれたのよ。でも黒と言っても、全身黒じゃなくて、胸が白いの」私はただ、フンフンと聞く。「いや凄いのはサクラの子犬のかわいがり方の凄いこと。何でも舐めとって綺麗にしちゃうから、ゲージの中はそりゃぁ綺麗なものよ。子どもを虐待する人間の母親に見せてやりたい。でも来年は、絶対に血統書付きのオスとかけるっていってた」サクラのお母さんは、サクラが血統書付きだから可愛いのだろうか?サムはサムだから可愛いし、ベルもベルだから可愛い。 |
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| 2005年11月25日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 163 |
11月25日(金) 晴れ 7時気温8℃
夜になって、本屋から注文しておいた本が入荷したと連絡があったので、出かけた。電話をかけてきたお兄さんはマニアル通りというのか、すらすらはきはきバカ丁寧に少しの淀みも感情も交えず一方的に喋った。彼が喋り終わったとき、あっけにとられて聞いていたこちらの方がため息を付いた。広い本屋の中は客も少なくがらんとしていたが、新刊書が積まれた店内は何となくうきうきする。特に用事もなくあちこちの棚を見て回り、来年の手帳を買った。レジにはお兄さんが2人いて、1人はすらすらはきはきバカ丁寧に電話をかけていた。出たついでに隣の(マツキヨ)に寄って、練り歯磨きとか目に付いた品を幾つか買った。ここのレジは若い男性で・・と、よく見るとなぁーんだ、つい最近まで鼻水を垂らしてこのあたりで遊んでいたAちゃんだった。そう言えばこの頃あまり見かけないと思っていたが、ちゃっかりレジで(ます。です。)なんて言ってる。澄まして、こちらを見ないようにしていた。
大相撲の結びで、琴欧州が朝青龍を土俵際で寄り切って勝った瞬間、座布団が土俵上に舞った。いつでも伸び盛りの若手が大きな壁を乗り越えて行く姿は、見物人を酔わせてくれる。 |
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| 2005年11月24日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 162 |
11月24日(木) 晴れ 7時気温8℃
夕方、泥の付いた長靴でどてどてと帰ってきた家人は、ひとつかみの小松菜を持ち上げて見せて、「誰かにやっても良いよ。もっとあるから」と言った。畳2枚位の家庭菜園を借りている家人は、そこで大根やサツマイモなんかを作って収穫の度に同じ事を言うが、今回はともかく、大根もサツマイモもとても他人様に差し上げられる様な代物ではない。でも、この世でこの作物を作れるのは自分しかいないという位に自信たっぷりに言うのは、あれはどういうつもりなのだろうか?
今日は事務所に出かけ、お昼は仲間3人でいつもの「マーブル」へ食事へ行った。
何となくウエイターのお兄さん達の動きが活発で「いらっしゃいませ。有り難うございます。」などの声が大きくなったと感じて、ハテ開店してからどの位経ったのかと指を折って数えた。8月9月10月を過ぎて今月末で4ヶ月。みんな、こんなに仕事に慣れたのだと思って、嬉しかった。勿論、見えない所で支えている人達の大きな力があるのは言うまでもない。 |
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| 2005年11月23日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 161 |
11月23日(水) 曇りのち晴れ 7時気温8℃
夕飯の片づけをしていたら、聞き覚えのあるメロディが耳に入った。テレビに目を遣るとあらま、一段と顔が丸ーるくなった夏川りみちゃんが、野暮ったい服を着て「涙そうそう」を歌っていたので、手を休めて一緒に歌った。彼女は声量があるし歌が上手い。
夕飯の片付けと言っても今夜は、親子丼、焼きビーフン、焼き餃子、豆大福それに味噌汁で、味噌汁以外は全部(チン)したもの。
公園でコタのお母さんに会うと、サムちゃんはと聞かれた。また娘さんの所からパンや弁当が沢山届いているという。コンビニの賞味期限切れの商品である。サムのお母さんが○さんにもあげて良いかと聞くと、いや他の人には声を掛けないでと言う。
今までにコタのお母さんは、何回か公園に商品の詰まった段ボールを2つも持ち込んでみんなに配っていたが、貰った後からなんやかや言う人がいたらしい。そんな訳でサムと私が帰りにコタの家に寄って貰って来たのが、今夜の夕飯となった。賞味期限は11月22日だった。サムのお母さんは今夜サムと牛丼をひとつずつ食べて、明日朝も食べて、チンして弁当に持って行くが、4日食べ続けると飽きると言った。パンは冷凍しておくと持つと教えてあげた。 |
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| 2005年11月22日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 160 |
11月22日(火) 晴れ 7時気温8℃
「ベンもワンタもコタの所へ行ったことがないって言うから、今日行ってきた」久しぶりに公園であったサムのお母さんが言った。「お昼のなんとか膳て言うのが1650円で、結構美味しかったよ。牡蠣の朴場味噌焼きなんてのもでた。飲んだのはアタシだけで、飲み代の方が料理よりも高かった」それを聞いて、やっぱりアレは高かったと改めて思った。 土曜日に用事で熱海に出かけ、日曜の昼に終わった。その後、熱海に来たら何が何でも三島でウナギを食べたいという食いしん坊のAさんにつられて、私たち9人はぞろぞろとそのウナギ屋を探して行った。やっとたどり着いたウナギ屋は店の外に5,6人待っていたが、私たちは予約してあったのですんなりと2階に案内された。メニューを見てあれこれ吟味をしていると、Aさんが(ここまで来たんだからこれしかないでしょう)と、一番高価なうな丼セットを選んだ。マグロとイカの刺身に肝吸いが付いて2、750円。確かに大どんぶりにウナギが1匹乗っていたが、養殖物。それに食べながら誰もマズイとは言わなかったが、美味しいとも言わなかった。その土地で自分の好みにあった、安くて美味しいものを見つけるのが、やはり旅先の楽しみのひとつだ。 |
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| 2005年11月18日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 159 |
11月18日(金) 晴れ 7時気温8℃
今朝は家の近くの畑に霜が降りていた。それで少し寒かったけれど、私の記憶では
10年ぐらい前までは11月15日になるときっぱりと寒くて凍えた。
この前ほうれん草が1把78円で安いと書いたが今日は、なんと1把27円だった。
生産農家は一体幾らで出荷したんだろう。社会が上手く廻るには、それにかかわる人達の生活が成り立つような適正値段と言うのがあるはず。そこを無視すると今朝のトップニュースにあったように、「震度5で倒壊の危険がある建物」が出来てしまう。
あす出かけるので床屋に行った。店が暇なので、今月から手伝いの女の子に辞めて貰ったと言って私と2人だけだった。私の髪をいじりながら「2年後にはホラ、ダンナの年金が半分貰える様になるから、離婚が増えるでしょうね。アタシも離婚しようかしら。だってね家の亭主なんにもやらないんだもの」と愚痴り始めた。まあまあどこでも同じ様なものだからと、一応牽制した。(洗濯だけは好きだからするの。でもね一寸やって時給幾らだなんて、恩着せがましく言うのよ)フーン、それは誉めて貰いくて催促しているのね。(バカバカしくて。アタシはそっぽ向いて何も言わないから)と、続いた。みんなでやれば恐くない。じゃあ2年後、仲間を集めて集団離婚でもする?」 |
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| 2005年11月17日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 158 |
11月17日(木) 晴れ 7時気温11℃
娘がバレエに招待してくれた。追加公演でやっと手に入れたプラチナチケットだという。なんだか分からないが、とにかく娘に誘われたものは原則断らない事にしているので、言われたとおり上野の東京文化会館へ出かけた。ここも久しぶりで、駅前はいつも通りに混雑していた。
さて公演は東京バレエ団の振り付けモーリス・ベンジャール「ギリシャの踊り」と言うので幕開けした。男女とも4,50人の群舞だが(あれはモダンダンスという範疇にはいるのかしら)面白かった。でも娘はこれからよという。シルヴィ・ギエムが出ているからこの値段になるのよと言う。最初は何が起こったのか解らなかった。真っ暗な舞台に2人の男女が立っていた。女性は下着の白いキャミソールに白のショーツ、男性は女性下着のコルセット(多分女性のキャミソールと一対のもの)を、付けていた。2人の踊りは限りなく優雅で力強く、エロチックだった。凄いものを見てしまった。
更に「ボレロ」は、舞台中央に設えた真っ赤な直径3メートルぐらいのテーブルの上で、15分間休みなく踊った。廻りには40人近い数の男性ダンサーがいたがそれは、ほんの刺身のつまの様なものだった。あれはまさしく女神よね、と感想をもらすと娘は、そうシャーマンかもねと言った。 |
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| 2005年11月16日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 157 |
11月16日(水) 晴れ 7時気温11℃
昨日はまったく久しぶりに、一気に600頁のハードカバーを読んだ。本の題名は「AV女優」。19才から23才のAV嬢42名から、その身の上話を聞き書きしたものである。きっかけは、先日の夕刊に「声をなくしたインタビュアー・永沢光雄」という記事が載っていた。その中で永沢氏は、(記者の質問)我が世の春だとばかり、ITだ、株だ、買収だと鼻息洗いヒルズ族について・・(おかしいでしょ。何かおかしい。サギでもなんでもないんだろうけど、サギやドロボー以上のうさんくささがある)と答えていた。まったく同感。それでこの人はどんな人かと調べて、代表作「AV女優」に行き着いた。
所でこの本の43人目に著者・永沢光雄が俎上に載っている。民族学者の大月隆寛と言う人が解説を兼ねて書いているのであるが、それは「声のいい男である」と始まっている。数年後の現実を思うと、皮肉な話だ。
さて本の中味はというとこれでもかこれでもかと、頭がくらくらするような凄まじい事柄のられつ。「貧困」と言う言葉の中身のひとつがここに語られていて、それは逃れようもない迫力で迫って来たので、途中で止めることが出来なかった。逆境としか言いようのない状況の中で、しっかりと生きていこうともがく彼女たちに注ぐ著者の眼差しは暖かく、そうなんだよなと、なんども相槌を打っていた。 |
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| 2005年11月15日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 156 |
11月15日(火) 曇り 7時気温12℃
夕方5時の公園はもう薄暗かった。今日は一日中曇が低くたれ込めていた所為もある。街灯がついたかと目をあげると、東の雲の切れ間からまん丸いお月様が顔を覗かせて、すぐに隠れた。公園に入るともう人影は見えなかったので、犬仲間が遊んでいる所へ行きたくて逸るベルを放してやった。仲間を目指してまっすぐに走っていったベルは、つと立ち止まって振り返った。そして私が後ろから付いてくるのを確認すると、また走り出した。
先月5才になったベルは、少しは落ち着いたらしい。
今朝は横揺れの地震があって、それから一日中テレビはあの方の結婚式の話題で持ちきりだった。インタビューされたおじいさんが開口一番「とにかくホットしました」と言ってるのを聞いて、嗤った。いろんな意味で、みんなの気持ちを代弁している。お母さんはあんなに美人なのにと思っていたが、昨日「結婚が決まってから、この頃綺麗になったね」と仲間が言ってたが本当だ。持参金が1億5千万とか。この税金はどうなのか?NHKの世論調査では、57%の国民が消費税値上げ止むなしだったと言うが、信じがたい。間接税は弱者に大きな負担をしいる。 |
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| 2005年11月14日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 155 |
11月14日(月) 曇り 7時気温12℃
こたつで居眠りをしていると、ベルに散歩の時間だと催促されて久しぶりに公園へ出かけた。昼間はそうでもなかったが、冷たい北風が吹いてあちこち枯葉が舞っている。
いつもの所でベルは、サムやハナちゃんと追いかけっこして遊んだ。2匹に散々追い回されてくたびれたサムは、植え込みの中に逃げ込んだ。ベルは外で待っていたが、お転婆ハナちゃんはサムを追いかけて植え込みの中に突っ込んでいった。それを見ていたハナちゃんのお父さんはすかさず(ハナちゃんダメダメ。サムこっちへ来い)と叫んで、そばにいた私に(枯れ枝に引っかかって怪我でもしたら大変だ)と言い訳したが、太めのハナちゃんに踏み荒らされるツツジの方が、可哀相だと思った。
先日亡くなったラフティのお母さんがやって来てしばらく犬たちを眺めてから、みんなにおやつを配った。いやしいベルは、前足をラフティのお母さんに掛けて立ち、もっともっととせがんだ。私が叱っても、いいのよなんて甘やかされている。
サムのお母さんとアユのお姉ちゃんが、ベンチに座ってしばらく話をしていたと思ったら、来年は戌年なので新年会をやろうという相談だった。今回の幹事はアユのお姉ちゃんとサクのお母さん若手2人が取りしきるという。早速コタのうちに電話を入れて、予約をしていた。 |
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| 2005年11月13日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 154 |
11月13日(日) 晴れ 7時気温13℃
ただ券があるからと誘われて、山種美術館へ出かけた。地下鉄の半蔵門で降りて直進し、内堀通りを九段坂上に向かって歩いた。休日の今日は車も人も少なく、夏には大きな木陰を作っただろうと思われる欅並木は、木の葉が茶色に変色していた。この前山種美術館へ行った時は、証券会社と同じ建物の中にあった。随分と前の事だ。
(松園と美しき女性たち)を見て小一時間過ごし、ついでに東京ステーションギャラリーも廻った。ここは「ベトナム近代絵画展」が開催中で、なんだか強烈な赤があふれていた。
赤煉瓦の壁がむき出しになったここの喫茶店に座ると、友人は上体を反って私の髪をしみじみと見て(そんなに白かった?そんなだっけ?)と言って今更のように驚いた。いまさらそんなことを言われても、どうしようもない。お互いに10代からの友達だが、ひとつずつ年を重ねてこうなったのだ。7年前に大病をした彼女はいつも腸閉塞を恐れているが、9月には病後初めての外国旅行に行って自信を付けた。今月も又行くと言う。(それにね、ハングルも習い始めたの。9月に初めて行ってあんなに親切にして貰ったから、どうしてもハングル語でお礼の手紙を書きたいと思って。)それは凄い、素晴らしい。必要に迫られるのが上達の最短距離と励ました。 |
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| 2005年11月12日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 153 |
11月12日(土) 晴れ 11時気温14℃
スーパーで買い物を終え帰ろうとしたとき、なにかが目の端に止まった。(Tさんに似ているけど、随分小さく萎んじゃったな。どの位会わなかったかしら?ええと、2年位かな)ここまで考えたとき向こうも気づいて(あらー・・)と言って、ニコニコしながら近寄って来て、そのまま30分ほど立ち話をした。
とにかく元気で明るい彼女とは10年前にイタリア旅行で知り合ってた。私がこの時参加したイタリア旅行の仲間は、それからも2年毎にイタリアへ行っている。(今年も15日間行ってきたわよ。半分はサルディニア島に滞在したの。)と旅行の話から、私が行ったときの仲間Aさんが亡くなったことなどあれこれの情報を伝えてくれた。
「帰国して家へ帰ったら、お父さんがなんだかしょぼんとしていて小さい声しか出なくなっちゃっのよ。当てにならないとは言え、まだ娘も一緒にいるしどうしたんだろうって心配したの。そしたらアナタ、(と言って、いつもの癖で私の肩をぽんとひとつ叩いた。)娘はロクに相手をしてくれないし、誰とも話をしなかったから、声が出なくなったんだって。」と言って笑った。彼女は頭の回転は素晴らしく良いし、口も良く廻る。自分で喋っては(うんうん)と自分で頷いて話を進めるので、私はなかなか口を挟めない。(アナタがお父さんの分も喋っちゃうからじゃないの?)とからかうと、彼女は真顔になって「ううん違う。今では元のように喋れるようになった」と、弁解した。 |
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| 2005年11月11日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 152 |
11月11日(金) 曇り 7時気温12℃
マグノリアさんがワハハ本舗(柴田理恵)の「伴内多羅子−7つの顔の女だぜ」に誘ってくれた。地下鉄を新宿御苑前で降りて5分、ビルの地下でパイプ椅子を並べた客席300足らずの劇場だった。駅から劇場までどの横町も個性的な飲み屋食べ物屋が軒を連ね、その間に古本屋とか米屋・材木屋などが混ざっている。この町をうろつくだけでも面白そうだねと、頷きあった。
さて出し物は自殺願望の青年に、なんとかして自殺を止めさせたい、生きる希望を持たせたいと家族始め廻りのものが悪戦苦闘する話で、その中でパンパースが小道具として使われていて、(自殺予防にパンパース)なんてコピイが浮かんだ。
自殺については私も一言あるがそれは忘れて、2人で舞台の進行に連れて無邪気に大笑いした。マグノリアさんは(涙が出るほど笑ったのは久しぶり)と言っていた。
総勢11人 の出演者だったが、どの人を見ても存在感があり本当に楽しそう。
(あんなにいきいきしている人たちを見たのは久しぶりだね)という、マグノリアさんに同感。この人たちを見たら、テレビに出ている役者は生気のないふぬけに思えた。 |
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| 2005年11月10日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 151 |
11月10日(木) 晴れ 7時気温14℃
既にお気づきだろうが、私はしょっちゅう間違う。先日もウルグアイの映画をパラグアイと書いた。海のないのがパラグアイ、海に面しているのがウルグアイと地図で確認して自分ではちゃんとウルグアイと書いたつもりでいたのだ。だからマグノリアさんに指摘されても、そんなはずはないなんて暢気に構えていた。
所が4日の金星の話は大笑い。実はあの星は、8月から大接近で話題の「火星」だったのだ。この時もHPを見て確認した・・つもりだった。もう(ボケが)始まったのかと、いやーな気がする。でもね、生きて行くには見栄がいる。妖しげな火星の赤い光を見てしまったので、それに惑わされているなんて思いたいな。
(自分が仲間はずれにされている)と感じるのは認知症の初期症状だと、介護施設で働いている人が教えてくれた。そうなのかと思う反面、その事でみんなが迷惑するのはやりきれない。自覚のないご本人を相手に、公的に対処しなければならない難しさ、やりきれなさは、ただただ深い疲労感ばかりが残るのは、自分がそうならないという保証がないせいでもある。 |
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| 2005年11月9日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 150 |
11月9日(水) 晴れ 7時気温14℃
あんまり良いお天気だったので、客用布団を干した。本当は先週末にむすめ達がやってくる予定だったが、娘は体調を崩して入院している。今度やってくるのはいつか分からないが、いつ来ても良いように毛布も枕もみんな干した。
お絵かきの仲間のAさんは、旅行先で撮ってきた写真を元に次々と作品をものにしている。どれも雑誌のグラビアの様に素敵な写真だ。どこで撮ったのかというと、船の上だという。みんなでよくよく聞いてみると、31才で娘をひとり残されて夫に先立たれたAさんは、働き続けてリタイアーしたとき自分へのご褒美として3ヶ月間の船旅・ピースボートに乗ったという。旅の様子をあれこれ聞いているウチに、BさんCさんがその気になった。私も少し気持ちが動いた。Bさんは私と同年配で既に夫はいないが、Cさんは年下でリタイアーした夫がいる。
2週間後のお稽古の時、AさんはBさんCさんに募集案内を持ってきてくれて、2人ともすっかりその気になっている。Cさんに夫に話したかと聞いてみたら、話して了解を貰ったと言った。(アタシがいないとせいせいするんですって)と付け加えたが、その言い方が気になった。
ま、他人様のこと。私がやきもきすることない。
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| 2005年11月8日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 149 |
11月8日(火) 晴れ 7時気温17℃
今日も日中は暖かくて、半袖Tシャツの若者が多かった。新鮮な野菜が安いと評判の駅前の八百屋で今日、ほうれん草が1わ78円だった。お一人様2わ迄の制限付きだったが。今までの常識で考えると、霜の降りる今頃から冷たく乾燥した冬は、葉物野菜の値段は高くなるのだ。勿論2わ買って、サット湯がいてお浸しにする。沢山あるから、(医者に野菜が足りないと言われたという)サムのお母さんにもお裾分けした。そう言えば今朝公園で、タンポポが柔らかな黄緑色の葉を伸ばしているのを見たし、夕方の散歩の途中で、ベルが寝ころんで動かなかった団地の芝生は、枯れた葉の下から緑色の新しい葉が覗いていた。どうも季節は長い春と長い夏それに短い秋の3つになってしまったらしい。なんて話をしていると(ねえ、ねえ。北海道は吹雪なんだってよ。テレビ見た?凄いねぇ)と言いながら、リョウのお母さんがやって来た。
色の白いリョウのお母さんは、何度見てもトトロの「メイ」に似ている。
朝刊トップ記事は、ペルーのフジモリ元大統領がチリで逮捕だった。5年もかくまってやった日本政府の常識は、世界の非常識ってことらしい。 |
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| 2005年11月7日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 148 |
11月7日(月) 晴れ 7時気温17℃
今日は立冬で冬が始まる目安となる日だが、公園まで自転車に乗ってベルを走らせて行くと、汗ばんで暑いと言いたいくらいの陽気だった。公園の落葉樹がどうしたものかと迷っている中で、入り口のハゼの木だけはきっぱりと紅く、見事に紅葉していた。
(俺はこの木のそばを通っただけで、かぶれちゃうんだ。うん、山にはこんなのがいっぱいあってよ。俺の友達で漆かきをしていたヤツがいるんだけど、あれやると木がよわっちゃうんだね。)ハゼの木に見とれていると、通りかかったひめのお爺ちゃんが話しかけてきた。お爺ちゃんのだんごをひとつずつくっつけた様な頬も紅い。酒焼けかも知れない。どちらのご出身かと伺うと、会津と答えてくれた。山深いところだ。
遊んでいるとすぐに暗くなる。5時のチャイムもなったので、公園から帰ることにした。サムちゃん達と団地の中を歩いていると、ころころと虫の声が聞こえてきた。
(あれ、これ鈴虫じゃありませんか?)(掃除をしているとね、未だ草むらの中にヤブ蚊がわんさといるので、今日は又蚊取り線香を腰に下げて仕事をしました。)とサムのお母さんが言った。ベルにフィラリヤの薬を貰いに行ったら、帰りに来年のカレンダーをくれた。 |
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| 2005年11月6日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 147 |
11月6日(日) 曇り 7時気温15℃
購読している新聞社が、毎月1回「毎日夫人」という小冊子をくれる。ちらちらめくってみたら、「家計相談」という頁があった。夫婦とも年金生活でとあるので、フンフンウチと同じだと読み進んだ。所がナンダこりゃ、夫婦で1ヶ月464千円もの収入があるという。毎月18万円も貯金してなお、15万円も余ると言う。彼らは一体何を相談したいんだ。大体新聞社は、どの層をターゲットにして発行しているのか。勿論こういう富裕層が相手で、わが家などはとっくに切り捨てられているのだ。
でもね、新聞さん。少なくともマスコミの使命は弱者の味方、弱者の声の代弁のハズ。少しは恥ずかしく感じてくれない?
定年が近づいたKのお母さんは、最近いらついているし、飲みに行くなんて声もサッパリ聞かない。彼女は無年金者なのだ。これからの生活が不安なのは当然だ。私も何となく相談されたが、なんの力にもなれなかった。彼女は早くに夫を亡くし、昼は勤め夜は内職と頑張って2人の娘を育て上げたが、自分の年金をかける余裕はなかった。こういう例を取り上げてくれないと、新聞止めるよ。ネットで読めるから。洗剤もいらない。 |
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| 2005年11月5日(土) |
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11月5日(土) 晴れ 7時気温15℃
川柳会で、句誌を作る役を振られた。ま、よそ様にお邪魔しているんだからそのくらいは仕方がないと思って引き受けたが、これが結構面倒な作業だった。校正してくれる人とFAXでやりとりしながら都合、3日かかった。校正してくれる先生も、こちらを厭きさせないよう(他人の句を詠むのはとても勉強になりますよ)なんて煽ててくれる。
おだてに乗った訳ではないが、仕事上仲間の作品を何回も読むウチに(愚痴)と(孫)のテーマが多いのに気づいた。愚痴が楽しいつぶやきに代わるには、どの位かかるのだろうか?よく知られている江戸時代の川柳に「役人の子はにぎにぎを良くおぼえ」というのがあるが、百年前も集まってこんな遊びをやっていたのかと想像すると、楽しい。
八百屋へ寄ったら、松茸が出ていた。大きめのが5本ぐらい入って値段は880円。でも時季はずれではないかと、近寄って見るとモロッコ産と表示があった。こういうのをグローバル化と言うんだろうか。この頃「地元で生産されたものを地元で消費する」という意味の「地産地消」が見直されているが、結局需要があるから入ってくるのだろうか。 |
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| 2005年11月4日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 145 |
11月4日(金) 晴れ 7時気温?℃
回覧板を隣へ廻すのに、夜の9時頃戸外へ出た。月は見えなかったが、東の空に金色の大きな星が懸かっている。いったいあれは誰だろうかと調べて見たら(こういう時、ネットはほんとに便利だ。)意外にも金星だった。金星は宵の明星・明けの明星というイメージがあるので、出番を間違えた役者のようだが、市街地の明るさにも負けない貫禄と美しさがある。今年は11月になっても少しも寒くないので、星空見物に最適である。
家に入る前に犬小屋を覗くと、ベルは仰向けになって寝ていた。その恰好のまま、頭だけ延ばしてこちらを見た。 |
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| 2005年11月3日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 144 |
11月3日(木) 晴れ 7時気温?℃
今朝は9時半から「歌う会」のお稽古が始まる。市主催のクラスは9月で終わり、今日から同好会へ入れてもらう事になった。新米の炊きたて御飯に生卵をかけて食べて、片道約5qの道を自転車で出かけた。
今までのクラスはせいぜい20人前後だったが、新しいサークルは一気に二倍の人数で、男性も4割ほどいた。それにしてもまあ高齢者ばかりだなあと、クラスを見渡して思う。こういう時には自分もそのひとりであることは忘れているが、なんなくこのグループにとけ込んだ。
「祭日にしては皆さん出席率が良いですね」と指導の先生は笑いながら言い「ああ、皆さんは毎日が日曜日でしたね。私は今日は出るのが大変でしたよ」と続けた。そう思っているウチがハナ。あっと思う間に時は過ぎ去る。童謡を2曲ほど歌って、稽古は始まった。次ぎに既に2部合唱で練習したらしい「Believe」になった。聞いたことはあるが、自分で歌うのは初めてである。「例えば君が傷ついて、くじけそうになったときは 必ず傍に僕がいて 支えてあげるよその肩を・・」とここまで歌ってきたときにはもう、涙があふれてきて声が出なかった。「世界中の希望を載せて この地球は回ってる」の所へくると、鼻水まで出て来た。「ああ、未来の扉を開けるとき 悲しみや苦しみが いつの日か 喜びに代わるだろう I Believe In Future 信じてる」そんなにうまくいくはずがないと、胸の内で歌詞に毒着きながら、ハンカチを出して涙を拭った。
休憩時間に先生がどうかしましたかと聞いてくれたが、突然夫や父親を失った人達のお顔を思い出して・・なんて言えなかった。 |
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| 2005年11月2日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 143 |
11月2日(水) 晴れ 7時気温?℃
朝からぼんやりしていると、ガス漏れ検査の人がやって来た。昨日は嬉しいニュースがあって、遅くまでパソコンメールをやっていて寝不足だった。
ガス漏れ検査の人は終始にこやかな笑顔で、柔らかな声やさしい言葉でお風呂場も台所もストーブも大丈夫だと保証してくれた。私は、目も鼻もまあるいお月様の様なその顔に見とれて、この人に似たタレントの名前を思い出そうとしたが、思い出せなかった。
検査の彼が帰ってから、ガスコンロの廻りが汚いのに気が付いて、掃除を始めた。検査は予告されていたので、事前にすべきなのであるが身体が動かなかった。
ガスコンロの掃除を始めたら、換気扇の汚れも気になって椅子の上に上がって換気扇を外した。その都度汚れは拭き取っているつもりなのに、どうしてこんなに汚れが溜まってしまうのかいつも不思議に思う。毎日気づかない程度の変化が重なって行くことが、生きていることなのかななんて、ちらりと思う。
ガラス戸の向こうから、ベルが上目遣いでこちらを覗いている。赤い秋の日射しが思いがけないほど部屋の奥まで差していた。窓ガラスも汚れていた。 |
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| 2005年11月1日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 142 |
11月1日(火) 晴れ 7時気温13℃
今朝は季節通りに冷えたが、まだ霜が降りるほどではなかった。公園まで自転車に乗ってベルを走らせて行くと、着いたときには暑いくらいだった。厚手のヤッケを着たサムのお母さんは、車のフロントガラスが凍ったと言った。
1年365日、毎日欠かさず3匹の犬の面倒を見ているモモ達のお父さんは、年に何回かやぶの世話もする。藪の中に捨てられていたからやぶと名付けて、(用事があるときはいつでも預かると言う条件で)知人に貰って貰ったという。しかし本人(やぶ)は、おれんとこが実家で、向こうに預けられているとおもってんだとお父さんは言う。こんなに犬たちを大事にするのは、実は訳ありらしい。お父さんが若い頃、野良犬を捕まえては1匹500円で売り飛ばし、そのお金で友達と安い酒を飲んだので、その時の罪滅ぼしだと誰かに言ったとか言わなかったとか。
今から60年前の1945年11月1日の新聞には「全国民飢餓脱出大会」と言う記事が載っているそうで、時の宰相が「貧乏人は麦を食え」と言って、国民の反発を買ったのはたかだか30年前のこと。今ではグルメが五穀米とか言うのを食べている。
犬も人間も肥満に悩んでいる現在は、お腹を空かしていたあの頃よりも良くなったのだろうかね、ベル。 |
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| 2005年10月31日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 141 |
10月31日(月) 曇り 7時気温17℃
マグノリアさんと飯田橋へ映画を見に行った。2本立てで、1本は「ウイスキー」というパラグアイの映画だった。ええとパラグアイはどこにあるんだっけ?ウルグアイって国もあったねなんて、失礼な事を言ったが、これがあたり、良い映画だった。
丁度お昼に映画館へ入ったので、映画を見ながらマグノリアさんが持ってきてくれたむらさきいもの蒸かしたのを食べ、持参したお茶を飲んだ。韓国映画JSAやおばあさんの家で小道具に使われた「チョコパイ」も持ってきてくれたので、食べた。庭になったというミカンも、持ってきてくれたので食べた。さらに、映画が終わってから駅の近くでタイ料理の店に入り、酢麺(酸っぱい・辛いラーメンの様なの)と五穀米のお粥のようなのを半分ずつ食べた。どちらも比較的安くて(580円)、美味しかった。
マグノリアさんは、いろんな美味しいものを沢山知っているのです。しかし、お腹をこわしたという話は一度も聞きません。
帰りラッシュ時の船橋駅で、下りのエスカレーターに盲導犬を連れた人が乗ろうとしていた。いったいどんな風に乗り込むのかと、興味を持って見ていた。その人達はエスカレーターに乗る列に並んで少しずつ前へ動き、エスカレーターが始まる直前で犬がぴたりと止まった。それが合図だったらしい。2人はきちんと乗り込んで、お終いの平らになったところでもう歩き始めた。2人の足元を見ていた私もホットして顔をあげると、前にいたおじさんがこちらを振り向いて、上手なもんですねえと感嘆の声をあげた。 |
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| 2005年10月30日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 140 |
10月30日(日) 曇り 7時気温18℃
久しぶりにサムちゃん達と、市民の森へ出かけた。今月は雨ばかり降ったので、足元はぬかるんでいた。それよりも、もう11月になるというのに雑木林に紅葉はなく、緑が青々としていて、あちらに1本こちらに1本と、葉が茶色に変色したクヌギや欅があるだけ。落ち葉も少しだった。でも林の中を駆け廻ったベルは顔や耳の先から尻尾は勿論両足まで、ビッシリと草のみを付けて、戻ってきた。 公園へ戻る道で、大輪のダリア3本と小菊をかかえているおじいさんと出合った。背中が少し丸い。綺麗ですね、でもダリアは夏の花かと思っていたというと、陽気があったかいんだよねと振り向いた。
公園に着くとKのお母さんが寄ってきて、年賀状を明日までに申し込むと抽選券が付くからどうかと聞かれたので、去年と同じだけ頼んだ。だがサムのお母さんは、アタシには年賀状のことは言ってこないと言う。彼女も去年も買ったのに、どうしてかと聞いたが分からないと言う。ときどきKのお母さんはサムチャンに意地悪する。八つ当たりをする。自分で抱えきれない不安やストレスをぶっつけている様に見える。
いろいろの事情は分かるが、全く身に覚えがないのにあたられる方はたまったものではなく、これ又ストレスを抱えることになる。 |
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| 2005年10月29日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 139 |
10月29日(土)雨 7時気温18℃
学校の女性事務員に簡単に事情を説明して、Aチャンは登校しているかどうか尋ねた。彼女はこちらをお母さんかお祖母さんかと聞いてきた。私は一瞬考えて祖母だと答えた。
出席簿では登校となっていますが、確かめますのでお待ち下さいと言うので幾らでも待つと答えた。本当に長く待たされて、今度は男性が出た。今、教室まで行って手を挙げさせて確認してきましたから大丈夫、ちゃんといますと言ってくれたが、でも本人の声を聞きたい、電話に出して貰えないかと頼んだ。男性事務員は今授業中で、1時半になったら終わるのでその時本人に電話させると言う。授業なんかより命の方が大事だと言いたいのを飲み込んだ。向こうは、こちらの気持ちなんてわからないんだ。あと15分か20分待たねばならない。35分になったときもう待てないと、今度はAチャンのお祖母さんが電話した。すると今日は授業参観でまだ終わっていないと言われたという。更に15分待って、しびれを切らして私が又電話した。今度電話に出た女性事務員に再度簡単に事情を説明すると、それはご心配でしょう、声を聞かなくてはねとてきぱきと対応してくれ、いきなりAチャンの声がした。確認して本当のお祖母ちゃんと電話を代わった。
Aちゃんやそのお母さんの話によると、今までも同じような事があってお金を振り込んでしまった人もいたので、学校から注意書きが廻っていたとか。それにしてもまさかウチに来るとはね、なんだか1年分も疲れたとAチャンのお祖母さんは座り込んだ。 |
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| 2005年10月28日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 138 |
10月28日(金) 晴 7時気温17℃
始めに聞いた話は、お向かいのAチャン(高一)が、その男の車の中に押し込められていると言うことだった。
今日の1時頃、自転車で自宅へ曲がる交差点まで来るとお向かいの奥さんが立っていた。声を掛けようとすると向こうから寄ってきて「ウチのAがね」と話し出した。青ざめ、こわばった様子はただならない雰囲気で、いったい何があったのかとこちらも一気に緊張した。それによると今、Aチャンから泣きながら電話がかかってきた。通学の途中、駅で男とぶつかって男の時計を壊してしまった。高い時計で弁償しろといわれていると言っているが、泣き声と雑音で良く聞き取れない。今どこにいるのかと聞くと、車の中と言ってそこで若い男と変わった。時計の弁償は幾らかと聞くと200万だという。男はすぐ払えないなら働いて返して貰う、四の五の言うと娘を売り飛ばすと凄んだという。そしてケータイの番号を教えろと要求されたが、本当に数日前壊れていたのでそう言うと嘘をつくなとわめいたが、そこで電話の子機は通話が出来なくなって切れたという。男は「安川」とか名乗ったが、そんなのウソよねと言った。電話番号は聞かなかったから、こちらから連絡は出来ない。Aチャンは男の車の中。どうする。先ず、警察へ連絡だ。お向かいの奥さんもそう思って、子機で犯人と話しながら交差点にある交番までかけてきたら交番は留守で、そこで私と出会ったのだった。
じゃあとにかくウチへ帰って電話しようと、私は自転車をとばして家に帰ると家人が帰っていたので(Aチャンが誘拐された。西警察の電話番号調べなきゃ)叫んで、お向かいの家に飛び込んだ。家人が(それなら110番だろう)と背中に答えたので、それもそうだと思った。お向かいの奥さんは(Aチャンのお母さんのパート先へ連絡しなくちゃ)と、家の中でうろうろしているので、(事態がハッキリするまで連絡するのを待って。心配させるだけだから)と答えて、ふと(学校に電話してみよう)と声に出して言った。本当に誘拐されているかどうか、学校に来ているかいないのか聞いてみようと提案した。 |
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| 2005年10月27日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 137 |
10月27日(木) 雨のち晴 7時気温17℃
例によって、ラジオのニュースでNHK経営委員が決まったと聞いた。本来NHKを外から監視する役割が経営委員で、12人いる。任期は3年だが、年末に任期満了となる4人が承認されたと言うことらしい。
全員非常勤の彼らは、月2回、各2時間の会議に参加するだけで、年間、会長は880万円、委員は700万円の報酬を貰う。だから委員の時給は15万円、委員長ともなれば時給18万円となると、今年の1月毎日新聞の投書欄に載った事がある。
NHKは、なぜこんなにベラボーな高給を支払うのか。口封じと言われても仕方ないと思う。また、衛星放送を導入するときは、(公共放送のNHKが見えにくい地域を無くすため)だったはず。ならば、受信料をNHKと衛星放送の二本立てにするのはおかしいという疑問にもNHKは答えていない。NHKが受信出来る装置を持てば、(見る、見ないに関係なく)受信料を払えと言う、放送法32条の検討もしないで、(受信料の公平な負担を)とだけ日夜連呼している。
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管理人からのお知らせです。
冬瓜さんたちの油絵の展覧会が終了しました。
ここに思い出のアルバムとして掲載させていただきます。
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| 2005年10月26日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 136 |
10月26日(水) 曇りのち雨 7時気温17℃
私たちの油絵サークルのグループ展が終わった。女性5人男性4人合計9人が出展し、見に来てくださった方々はその殆どが親類縁者であったのは言うまでもない。
特に男性リタイアー組の訪問者に、「会社の同僚、先輩、後輩」が多いのには驚いた。いったい彼らはいつまで「会社」の人間関係を引きずっているのだろうか。更に退職教師には教え子というのが加わって、さながら会場は即席同窓会の様だった。
一番最後に来て頂いたAさんの後輩は、お兄さんが信濃毎日新聞によんこま漫画を描いているとお話しされた。私は今回漫画に縁があって、ひょんな事から例のいるかの先生と2人で漫画喫茶へ行った。そこに行かないと先生お薦めの漫画が読めないので、行こうとは思っていたがあの日、先生が(あの角にあるから、じゃあこれから行ってみましょうか)と誘ってくれたので、ハイハイと二つ返事で出かけた。漫画喫茶は1時間300円で飲み物はお代わり自由。かなり広いフロアに書架が並び勿論その全部が漫画である。テーブルとソファが気ままに置いてあり、周囲の座席は20代から30代前半の男女で殆ど埋まっていた。図書館よりも静かだった。この値段でこの雰囲気なら安いですねと先生が言った。 翌日仲間のAさんは、2人で出かけてそれからどうしたと聞いてきた。Bさんは昨日先生が来て、待ってたわよと言った。別に約束はない。 |
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| 2005年10月25日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 135 |
10月25日(火) 晴れ 7時気温17℃
私が忙しくてしばらく公園へ行けなかったので、散歩の道筋が公園と分かると、ベルは懸命に走った。両足を揃えて飛ぶように走る。その時左右に揺れる尻尾が可愛い。ベル、早いねと声を掛けると、ちらりこちらを見上げて、いっそう得意そうに走る。自転車で片手運転をしながらこちらも、精一杯ペタルをこぎ続けた。これで転んだら、骨折入院→寝たきり→認知症へとまっしぐらだ。今日は無事公園に到着して、ベルはサムと茂みの中を走り廻って尻尾に枯れ草や小枝を付けてきた。海やワン太とも走った。サムは仔犬や雌犬に易しいから、どの犬もサムと遊びたがる。1才のワン太がサムに遊んで貰っているとハナちゃんがやって来て加わった。サムはハナちゃんが後ろから乗ろうが、首筋に噛みつこうがいつもさせたいままにしている。・・所が今日はどうしたのかいきなりサムが怒ってハナを突き飛ばした。しかし強気のハナコはなんと、サムに向かっていったのだ。いざとなると実力bPのサムはダテじゃあない。お母さんは慌ててサムの制止にかかった。その時ベルは、2匹の争いをチラリと横目で見て知らんぷり。ちびのベンを追いかけていた。
騒ぎが収まると、サムはお母さんの所にやって来て前足をお母さんの腕にかけて(俺が悪いんじゃないよ、ハナコがしつこいんだ)とでも言うように、お母さんの顔を見上げていた。お母さんはいつものように目尻を下げて(うん、よしよし、分かった分かった)とだけ言った。
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| 2005年10月24日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 134 |
10月24日(月) 晴れ 7時気温16℃
昨日の獣医O先生の話。
つい最近も、東京湾沿岸へクジラが打ち上げられたというニュースがあったが、そう言う話は珍しくない。然しクジラがなぜ陸を目指してしまうのかその理由は分からない。そこで先生はこんな内容のエッセーを書いた。
△解剖学的に、クジラには足の骨が残っている。その骨が、陸上での生活を思い出させてつい陸に向かってしまうのではないか?ではその骨を取り除いてしまえば、クジラは陸に向うこともなく、海中で穏やかに暮らすだろう。
また先生がまだ水族館でいるかの仕事をしていたときに、傷ついたカラスを見つけて手当をしたところ、そのカラスはすっかり先生になついて始終先生にくっ付いて園内を歩く様になった。ある朝いつもの時間になってもカラスが現れないので園内を探してみたら、カラスはいるかの水槽に死んで浮かんでいた。果たしてカラスに何があったのか。先生はこんな想像をした。
△いるかは水槽内で毎日、ジャンプしたり、端から端までちょんちょんと跳ねたりもぐったりして遊んでいるが、例のカラスはプールサイドでそれを見て、真似をして遊んでいた。一緒に遊んでいるうちに、気分はいるかになったカラスは、やりすぎて溺れてしまったのではないか。
漫画家は、このアイディアを借りて見事な話に仕上げ、先生はその反応の素早さと範囲の広さで漫画の威力を知ったと話した。
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| 2005年10月23日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 133 |
10月23日(日) 晴れ 7時気温18℃
私たちお絵かき仲間は、夕方からグループ展の会場で、持ち寄りのささやかなパーティを開いた。アルコールも入り座が賑やかになった頃ぶらりと入ってきた人は、なんだか私の鯨の絵の前から動かないなあと目の端で見ていたはが、画廊のオーナーが「X動物病院のO先生です。数年前まで、江ノ島水族館でいるかと泳いでいました」と紹介したのを聞いて驚いた。全身の血が引いていった。ナ、ナンダってエー。私が描いた鯨のディデールのウソがみんなばれちゃう。あーあ、悪いことは出来ない、こんなとこでこんな目に遭うとはなんたる身の不運と、天を仰いだ。なおもオーナーはこの絵を描いたのはあの人ですと、私をさした。万事休す。私はほろ酔いも覚めて、うなだれてO先生の前に立って叱られるのを待った。私たちの絵の先生もそうなんですよ、こういう事ってあるんですよねえと言って同情してくれた。しばらくしてどうも違うなと思って顔をあげるとO先生は(是非一度海に潜って、いるかと遊んでください。そして海の中のいるかを描いてください)と、熱心に私に呼びかけている。へ?と思っていると、(近くでいるかの鳴き声を聞いてください。多分宇宙遊泳したと同じように、世界観がガラリと変わります。)と説得を続けるではないか。あーあ、叱られるんじゃなかったのかと、身体中の力が抜けた。 |
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| 2005年10月22日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 132 |
10月22日(土) 終日降ったり止んだり 7時気温18℃
私たちの油絵グループの展覧会が、昨日から始まった。昨日も今日も友人達が来てくれた。マグノリアさんは・・
「くじら」と「りんご」の絵良かったよ。技術的なことは分からないけど、絵からエネルギーを感じる。他の人の絵はつまんない。・・なんて、ひいき丸出しで褒めてくれた。自分の実力は知っているが、お世辞でもやはり嬉しい。でも本当は、マグノリアさんは他の人の絵は、殆ど見なかったんだと思う。
保険会社(明治安田生命)が、5年間に52億円もの保険金不払いがあったと朝刊に出ていた。保険金の不当不払いは、儲けを増やすために経営方針としてとり組んだものだともいう。ならばこれは詐欺であって、単なる契約不履行ではない。だとしたら社長はじめ責任者は辞任して済むことでなくて、詐欺罪を問われなければならない。社長には不当不払い額を知らされていなかったと言うが、経営実態を知らない社長なんているのかね。ほんとに。
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| 2005年10月21日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 131 |
10月21日(金) 晴れ 7時気温18℃
高齢者は、転ぶな風邪ひくなという戒めがあるそうだが、気が付いたら風邪をひいていた。夕べは、咳き込んでなかなか寝付けなかった。いつものようにラジオを聞く余裕もなく、仕方がないので川柳の宿題でも考えることにした。
宿題は「始め、嬉しい、有り難う」で、それぞれ2句づつ作らねばならない。まずは一番易しそうな(嬉しい)を選んで、自分はどんなときに嬉しいかとあれこれのシチュエーションを考えてみる。これが意外と難しい。何か貰った時か、美味しいものを食べた時か、気に入ったものを買った時か?。いやいやそれでは余りにも卑しい。
もう少し良い恰好をしたいなんて考えていると、ますます目が冴えてくる。口の中で言ってみたり、布団から手のひらを出して、5・7・5と指を折ってみたりして、やっと一句出来た。
「へそのごま 3日がかりで やっと取れ」そんなことがそんなに嬉しいかと、問われれば、まー少し困るなあなんてなおも考えていて、3日という語句はダメだと先生が言っていたのを思い出した。3日は1日や2日という言葉にも変えられるので、(動く句)と言うのだそうである。そんなこんなで胃まで痛くなった。
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| 2005年10月20日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 130 |
10月20日(木) 晴れ 7時気温18℃
義姉を連れて、天然きのこ鍋を食べに行った。せんだってサムのお母さんとコタの家(日本料理屋)でこれを食べたとき、余りに美味しかったので予約しておいた。迎えに行くと義姉は、陽気が寒いときと暑い時様に2通りの服をコーディネイトしてハンガーに掛けてあり、どちらが良いかと私に尋ねた。昨日までの長雨がウソのように、今日は天高く晴れ上がって、風はあるがジッとしていると日射しは暑いくらいの陽気である。結局、長袖のブラウスに厚手のベストにパンツで、仕度は出来た。エレベーター前にたむろっていた4,5人のおばあちゃん達に(お出かけ?どこへ、娘さん?)などいろいろと身元調査されたが、義姉はいちいち返事をする。ご機嫌なのだ。
12時少し前にコタの家に着くと、露草色のようにきれいな青い土鍋がカセットコンロに乗せてあり、コタの親父さんが調理場から出て来て、鍋の中の茸をいちいち説明してくれる。ナメコ、くりたけ、シメジ、きしめじ、ししだけ、後は覚えていないが豚の三枚肉が二切れと、つくねが幾つか今回は豆腐の変わりに薄揚げ、赤ネギ(下の方10pぐらいが赤い長ネギ)が上に乗せてあった。私たちは早速出汁を注いで、カセットコンロの火を付けた。前回残っただし汁を貰って帰り、家で雑炊にしたらほっぺが落ちそうだったといったら、又持帰ると良いと言って余分に出汁を入れてくれた。天然きのこ鍋が美味しかったのは言うまでもないが、意外だったのは穴子のお刺身。寿司種になったとき口の中でとろける穴子が、しこしこと歯触りがあり甘味とうまみが口の中に拡がった。鯛のお刺身より美味しいと義姉と意見が一致した。食事が終わって、ケアハウスに送り届けると、義姉はああこれで又命が延びたと両手を拡げた。
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| 2005年10月19日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 129 |
10月19日(水) 曇り 7時気温18℃
久しぶりに床屋に行った。ここは4年近く通っているが、1年ほど前から女の子をひとり入れた。女主人は当初、千円カットの床屋に押されてすっかり客が減ったとぼやいていたが、常連がしっかりと付いているらしい。それに中高年の女性客がわりと多くて、先月なんか後から入ってきた男性客は、理容椅子が2つとも女性客が占領しているのを見て、ここはいつから美容院になったのだとか、騒いでいた。
所で先客がいたので、私の髪をカットし始めたのは助手だった。やはり助手は技術がもうひとつ。詰めが甘いというか、決め手に欠ける。シャンプーなんかもここと言うときに指先の力が足りない。すすぎが散漫。女主人はその事を承知していて、自分の手を動かしながらこちらの様子を見て、あれこれと注意する。付けっぱなしのテレビのニュースが首相の靖国参拝について、外国で厳しい反応が起きていると流していた。それを聞いたのか助手の女性は(別に小泉さんが靖国参拝したってどうって事ないと思いますよねー)と、私に同意を求めた。或いは単に話の種だったかも知れないが(例えば、ドイツの首相が、ヒットラーをお参りすることと同じ様なことだと思うけど)と返事をした。(ああ、そう言う事ね)と、彼女は言ってくれたが、分かってくれたかなあ。
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| 2005年10月18日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 128 |
10月18日(火) 雨 7時気温19℃
今日も一日中雨で、夕方の公園にはめずらしく散歩のひとはだあーれもいなかった。
集まった犬もサム、海、ベルの3匹だけ。(ほら、どこへ行っても良いよ。猫を追いかけておいで)と私たちは盛んにけしかけたが、ベルが嬉しそうに駆け回るだけで、海もサムも濡れた芝生に座り込んで、根が生えたように動かない。海のお母さんがボールを投げても海は、転がった先をチラリと見るだけ。しょうがないねぇと言いながらお母さんがボールを拾いに駆けると、のったりのったりと一緒にかけた。大型犬は5才から、普通の犬は7才から老化が始まるんですってと、週刊誌で読んだ話をすると(海はもう7才だもの)と言った。ベルとサムも、もうすぐ5才である。2年位前までは3匹がつるんであそんだものだけれどねぇと私たちは、顔を見合わせた。月日の流れは、如何ともなしがたい。まして犬には人間の数倍の速さで、時が過ぎて行く。最近では犬の呆け対策も大事だという。(夕べ厚い布団を出したらね、さっさと布団の中に潜り込んできたの。相変わらす窓は開けっ放しのままで)と、サムのお母さんは言うがそれは、まあ悪戯息子のやる事でしょうがないと言った調子だった。
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| 2005年10月17日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 127 |
10月17日(月) 雨 7時気温20℃
明治生まれの私の母は、父親が(女に教育はいらない)といって、小学校もロクに行けなかったと言っていた。要するにお金がなかったのだ。きっと。しかし彼女(私の母)は、そのときどきの事柄を「ことわざ」を使って適切に言い当てるのが上手かった。
例えば「他人(ひと)の痛みは3日でも我慢できる」と言うのがある。今日の小泉首相の靖国参拝ニュースを見て、この諺を思い出した。歴代日本の政治屋達は、中国をはじめ東南アジアの人達に60年も痛みを我慢させているのである。
更にNHK始めマスコミは、戦争責任者・重要戦争犯罪人をわざわざA級戦犯と言い換えている。戦争責任者や重要戦争犯罪人を祀っている靖国神社と言うよりもA級戦犯も祀っている靖国神社と言う方が耳障りが良く、耳元をするりと抜けて行く。何回も聞いているうちに、なんとなくA級戦犯も祀っている靖国神社を首相が参拝したからと言って、大した事ではない様に思えてくるから・・ヤバイのだ。もう一つ、今日の首相の参拝の意味を「首相の(純しん)な気持ちである」と、解説した取り巻きがいた。政治家に純真は褒め言葉ではないからこの「評論家」は、首相か国民のどちらかをからかったのだ。
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| 2005年10月16日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 126 |
10月16日(日) 雨 7時気温22℃
6月から始まった月1回の川柳教室が、5回目の今月で終わった。実は隣の市の公民館主催だったが、もし空席があったら入れて欲しいと頼んで、仲間にして貰った。
確か20人の定員が最初は22人ぐらいいたと思うが、最終回は10人の参加だった。
今後は同好会として継続しようと話し合ったが、講師として参加されたお二人は、(自分たちも今まで通り指導はするが、同じ会員として会費も払って参加する)と言って頂いたのには、驚いた。ま、社会通念として、講師にはせめて交通費ぐらいは出さねばならないと考えていたからで、それは他の方も同じだったらしく世話役を引き受けてくれた80代の男性は「北朝鮮みたいですな」と、感想を述べた。
常々、何十年やっても川柳では食えないと仰っていた70代の男性講師は、そこが川柳の良いところと言う。先生と言われる人でも、句会に出たときはきちんと参加費を払うのが常識であるという。へエー、こういう世界が未だあるんだと新鮮に感じた。
川柳は人生を楽しむ遊びのひとつ、のんびり長く続けようと自分の雅号を(しっぽ)と付けた。みんなの一番最後からついて行く、という意味である。 |
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| 2005年10月14日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 125 |
10月14日(金) 晴れ 7時気温19℃
夕方数日ぶりに公園へ出かけた。昼間は良いお天気だったが、夕方は曇って少し蒸した。いつもの場所でサム、リョウと遊んでいたが、突然ベルが走り出して小犬を追いかけた。この頃チコちゃんのお父さんが連れてくるアイフルの広告に出てくる白い犬だ。リョウも追いかけたがったが、お母さんに繋がれていたのでベルが1匹で追いかけた。
チコちゃんのお父さんは、みんなが遊んでいる傍のベンチにステ達のお父さんが座っていたので、お喋りがしたくて寄ってきたのだが、チコちゃんとアイフル犬は犬仲間ではない。だからベルが追いかけたのだが、チコちゃんのお父さんはベルを憎らしがって「この野郎」と言いながら何回かベルにケリを入れた。勿論私はベルを制止したが、まあケリを入れられて近寄らなくなればそれでも良いと思って、チコちゃんのお父さんを黙って見ていた。収まらないのはサムのお母さんで、向こうへ行って遊ぼうと人出がなくなった芝生広場へ移って遊んだ。ナナのお父さんがやってくると、サムのお母さんは一部始終を言いつけた。チコちゃんのお父さんは、2匹ともリードを付けないで散歩させている。しかし、他の犬が放れているのは怒る。自分の犬が追いかけるのは良いが、追いかけられるのは怒る。
「ベルは遊びたかっただけですよっていったら、すばしこくてケリを入れたけど逃げられたって言ってました」と、アユのお姉ちゃんが笑った。
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| 2005年10月13日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 124 |
10月13日(木) 晴れ 7時気温19℃
今朝マグノリアさんから貰ったメールは、江戸っ子の啖呵を聞く様でとても調子が良い文章だったので、ここにそのまま転載させて頂きました。内容は誘われたけれど行けなかった映画の内容はどうだったかと問い合わせの返事です。
『おはよ〜、昨日の映画最低だった。誰が出るのかもわからず市政だよりに無料招待出てたから、とりあえず申し込んだら当たったの。宝塚ジェンヌたちの映画だったの。へたっかすのつまらない映画。いつ抜け出そうか思っている間に寝ちゃってね、気がついたら2時間経ってた。
気持ちが消化不良起こしちゃったからシネマックスで映画観ようとしたんだけど、これがまたあいにく丁度始まる作品が無くて、とぼとぼSOGOUまで歩いてデパートでおいしいパンを買ってモノレールまで来たところで、例の血が足りないって言う赤十字の献血室の看板見ちゃって、それならまだ時間あるから献血しようと思って入ったの。
でもなかなか名前呼ばれなくてかれこれ40分たつのね、それで受付のチーフみたいなおじさんに聞いたらあと30分ぐらいかかるけど、よく分からないというのね、もうちょっと待ってみるかっと思って待ったんだけど、いっこうに呼ばれないのね。そのうちそのチーフが「急いでいるならやめても良い」って言うの。なんかばかばかしくなって、やらずに帰ってきちゃった。
あとでよ〜く考えたら結構人もいたのだけれど、その中に女子高生が5人お菓子食べながら携帯で遊んで待ってたのね、その彼女たちを問診するのに一人15分ぐらい先生かけてたのよ。先生も退屈で若い子相手に遊んじゃったのね。それにしても問診する先生がたった一人だから、献血するベットが8個ぐらいあってもがらがら、看護婦さんも10人以上いるんだけれど、手持ちぶたさ状態。献血する人もかなり待たされていたの。これって変じゃない?赤十字ってどういう経済状態なんだろうね、人件費の垂れ流しみたいな感じした。献血するのに2時間近くかかるんじゃ協力する人少なくなるよね。おまけにオバサン2人は、帰り際に糖分補給用においてあるお菓子をどっさりバックにしまっていた。ビックリしたよ・・・散々な、ついていない一日でした。
ps:運勢によると今週はハプニングを楽しむ余裕を持てとのことでしたー大当たり
!!
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| 2005年10月12日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 123 |
10月12日(水) 晴れ 7時気温20℃
お昼頃出かけるのに駅ビル内を歩いていたら、名前を呼ばれた。先日かかった歯医者さんと助手のAさんだった。ビルの中のレストランへ昼食を食べに来たらしい。Aさんは白衣の上にカーディガンを羽織っただけだが、先生は白衣、じゃなくて青衣を脱いで茶色いチェックのシャツにグレーのパンツ姿だったのですぐにはわからなかった。この歯医者の先生も、町で患者さんに出合ってもすぐに名前が思い出せないが、口の中を見せて貰えばすぐに思い出すと言ってた。
助手のAさんは今も患者の名前を呼ぶときはさん付けなので、気持ちが良い。
所でこの間ラジオを聞いていたら、「ヨン様と患者様」の違いについて杏林大学言語学者金田一某氏の話が面白かった。『ヨン様という呼び方はかつての(神様仏様お稲荷様)などの使い方と同じで、崇拝と親しみがこもっているが、患者様と言う呼び方は(病気になってくれて有り難う)というニュアンスが含まれている。そして取りあえず奉っておけば文句はないだろうという態度がミエミエで、かえって人間同士の距離を遠ざけている。』という内容だった。そうか「様」と呼ばれて何となく抵抗感があるのは、(病気になってくれて有り難う)と言われていたからナンダと納得して、笑ってしまった。
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| 2005年10月11日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 122 |
10月11日(火) 雨のち曇り 7時気温20℃
気が重くて、1日延ばしにしていた健康診断を受けてきた。2年振りである。
ベテランの看護士さんが、手慣れた手つきで採血しながら「雨があがりそうね・・・もう、上がって貰わないと洗濯物もこまるしね・・」などど話しかけてくれるが、こちらはそれどころではない。注射は嫌い、と言うより恐い・恐ろしいのだ。幾つになっても注射は慣れることがない。そっぽを向いたまま「ゴメン、緊張してて返事が出来ない」と、やっと言うと「どうして」と聞かれた。理屈じゃないんだこれは!鍼が刺さる時ちくんと痛いし、それにそらそんなに次々と血液を抜いているじゃないか。ハイ、終わりましたよと言われたときは、身体中がこちんこちんに固まっていた。今朝は絶食だったしよし、終わったら「マーブルで千円の定食を食べよう」と、気を逸らした。
あれこれあって結局終わったのは1時頃だったが、胃の検査で飲んだバリュウムが残っていて食欲はない。残念ながら、マーブルの千円の定食は次回にした。それにしてもこの間、何回「さま」と呼ばれたことだろう。その度に気持ちの隅で小さな違和感が緊張した。お終いに診察してくれた老医師の笑顔にやっとホッとして、苦手な検診がおわった。
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| 2005年10月10日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 121 |
10月10日(月) 雨 7時気温20℃
今日は10月10日、体育の日だ。体育の日は、10月10日である。この頃は記念日も第2月曜とか言うが、あれは記念日の住所不定みたいな感じがして馴染みにくいし、第一記念日にとって失礼だ。
7時かっきりに、ボンボンボーンという花火の音が2回鳴った。何となく元気なく聞こえたのは、どこかの運動会が中止になったお知らせだろうか?一日中しとしとと雨が降り続いて肌寒い1日だった。でもこういう日は公園に人出がないので、犬たちはリードから放して貰って伸び伸びと遊べる。珍しくロンがお母さんと来ていて、ベルを見て遊びたがった。遊ばせてあげたらというとロンのお母さんは、でも、ベルと追いかけっこするとすぐにサムがやってくるから・・、ロンはただ遊びたいだけなのにとつぶやいた。そうなのだ。サムが出張ると、犬たちは全員その後に付くから大事になってしまう。
この間のミニハイキングの写真を(参加者に)配ったら、みんな又行きたいと言うので、お天気になったら行きましょうとサムのお母さんが言った。じゃあ、稲刈りの終わった田圃の中を通って、神場公園に行こうと約束した。
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| 2005年10月9日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 120 |
10月9日(日) 曇りときどき雨 7時気温22℃
金曜日の夕方公園へ行くと、サムのお母さんが寄ってきて、息子に子どもが生まれたのでコタの家で祝杯を挙げると言った。今日は夕方まで目一杯仕事をしたのか、顔まで埃まみれだ。乾杯は相手がいた方が良い。丁度コタのお母さんも公園に来ていたので、料理の追加を注文した。(アレ、今日は休みなんじゃあないの?)とハナちゃんのお父さんが横から口を出す。こういうのを「急須」という。
コタの家(日本料理屋)は珍しく今日は予約がなく、明日の大口予約の為の仕込みがあるので店は休みだが、私たちの料理は作ってくれると言う。貸し切りというわけだ。
メインは野生キノコ鍋。お刺身、サワラの幽庵焼き、秋刀魚の味噌焼き、茸のしんじょ包み、茸の白和え、どれもピッタリの味に唸った。もうこれはお酒だねとビールを清酒に切り替える。コタのお父さん、お母さんも仕事の合間に話しに加わった。
私たちがしきりに美味しい旨いと感心するのを聞いてコタのお父さんは、でも料理は各人の好みがあるので、俺の味が気に入らない人もいると言った。この当たり前の話に感心した。全国展開の食べ物屋なんて所詮、経済効率を考えただけで、美味しいものを提供するなんて考えはこれっぽっちもないのだ。では世界展開の「食い物や」、アレはなんだろう?
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| 2005年10月8日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 119 |
10月8日(土) 曇りときどき雨 7時気温24℃
夜中に降り始めた雨は、明け方まで続いていたが7時頃には上がったので、いつものようにベルを連れて公園へ出かけた。然し着いた途端にまた、降り始めた。10月でも冷たい雨ではなくて、少し蒸し暑い。私は公園で太極拳をやっていた人達と大木の下に避難したが、いつもの場所で犬を遊ばせていた犬仲間は、トイレの中で雨宿りをしていた。低い雲がどんどん動いているが、なかなか雨は降り止まない。人間が動かないと、犬たちも何となく傍でうろうろしている。しばらくすると、ナナちゃんのお母さんが両腕で何本も傘を抱えてやって来て、みんなに配ってくれた。やっと動き出した人間と犬たちの中に、チロちゃんとお父さんを見つけて「しばらくですねぇー」と声を掛けたら、3連休で赴任先から帰って来たのだと言った。チロちゃんのお父さんは、パソコンの事をいろいろ教えて貰えるので、いなくなって不便している。サムのお母さんとHPの事なんかを教えて貰ってつい「今度はいつ帰ってくるのですか?」と聞いてしまった。「いえいえ良いんです。他人様のご亭主の予定を聞いて、どうこうするつもりではありません」と慌てて弁解したら、サムちゃんのお母さんが、にやにや笑った。
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| 2005年10月7日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 118 |
10月7日(金) 晴れのち曇り 7時気温20℃
公園の私たちが遊ぶスペースに、珍しくもも、ステラ、うにの3匹がやって来た。
ステラは何という種類なのか、ゴールデンよりもまた一回り大きな長毛の犬で、のっそりのっそりと歩く。(年だし、機敏に動けないのかも知れない。)近くによるとその大きな顔に驚くが、それよりもぼってりとした厚い毛布を着ている様な姿は、夏にはホント気の毒としか言いようがない。それに始終粘っこい涎を垂らしているので、お父さんは定期的にタオルで拭き取ってやる。(だからさ、水を飲ませる順番はウニ、もも、ステラって決めてあるんだ)とお父さんはいう。
同じ大型犬の先日死んだラスティの事を思い出して(なんだかんだと言ってもステラは頑張っているね)とつぶやくと、サムのお母さんは(だって粗食だもの)とさらりと言った。おやつだって、一枚をこれ以上細かく出来ないってまで刻んでから、3匹に分けてやるんだものと、続けた。そうなのだ。ベルは夏やせしたので、この頃制止しないで仲間からおやつを貰っていたら、あっという間にお腹に肉が付いてしまった。
飽食の時代に粗食は美徳なのだ。しかし、サムはペットではなく家族なので、そこの所が難しい。
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| 2005年10月6日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 117 |
10月6日(木) 曇り 7時気温21℃
(大分暗くなったから、もう帰ろうか)とサムのお母さんが言った頃には、一番星と細い細い三日月が西の空に低く輝いていた。
公園のいつもの所で遊んでいたベルが、いきなり芝生広場に向かって走り出した。
気が付くとサムも同じ方向へ走っている。公園の芝生広場ではもう4,5匹の犬たちが1匹の犬を追いかけていて、それに合流した。追いかけられている犬がきゃんきゃんと鳴きながら必死で逃げていた。たまにしか来ない柴犬のサンタだ。親たちが必死に制止しても、流れは止まらず、サンタのお母さんは(まあ、どうしましょう。どうしましょう。)とうろたえるばかりだったと言う。始まりはサンタとりゅうが出会い頭ににらみ合ったのが始まりだったという。大騒ぎの原因を作ったりゅうのお母さんは、大汗を拭きながら(みんなが加勢してくれるんで、いい気になってんのよ。こんな事するならもう連れてこないからね)と繰り返しこぼしたが、ご当人は蛙の面に・・済ましている。で最後にトイレに追い込んだのは誰?と誰かが聞いた。(サムとベルだよ)久しぶりにやって来た出戻りさんがいう。いや、サムは中まで行かなかったとコタのお母さんが言うと、なに、サムとベルはいつもつるんでいるもの一緒だよと、件の人がぴしゃりと押さえた。
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| 2005年10月5日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 116 |
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10月5日(水) 雨 7時気温22℃
「行ってきたわよ−。行って、良かったあ」韓国の、産まれた場所を初めて訪ねていった友人の、元気な声が電話口から聞こえてきた。
行く前は、現地の反日感情を意識して固まっていたのがウソのよう。「そう、みんな親切でねぇ」と、あのことこのことを一気に喋るので、聞く方は整理が付かず話の筋がわからない。彼女の両親は戦前、韓国・釜山郊外で学校の教師をしていて、彼女たちは現地で産まれ敗戦で日本に引き揚げて来た経過がある。
現地を訪ねて最初に、彼女の産まれた官舎と父親が校長をしていた学校は、朝鮮戦争で焼失し、その村の住民もその殆どが朝鮮戦争で亡くなったというショッキングな事実を知らされた。その話をしてくれたのは再建した今の学校長で、彼は60才でその村の出身者だが、幼い頃彼1人だけ預けられて祖父母・両親と兄弟・姉妹はみな日本で亡くなった。東京から(これから北海道の炭坑に行く)との連絡が最後だったと言った。自分に子どもはいないので、これで自分の一族は絶えるとも言った。現職校長の一家は出稼ぎで日本にやってきたのか、或いは朝鮮戦争の惨禍から逃れてきたのかいずれにしても重い話、それなのにあんなに親切にしてくれてと、友人はまた感激した。
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| 2005年10月4日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 115 |
10月4日(火) 雨のち曇り 7時気温22℃
午後からマグノリアさんと、ららぽーとへ映画を見に行った。ウイークデイだというのに若い人達が大勢ショッピングを楽しんでいるのに驚く。
開演まで時間があるので、飲み物を買って座るところを探すと、薄暗いフロアの隅に幾つか椅子と小さなテーブルが置いてあった。何人か座っていたが、そこに座ってみて壁際で居眠りをしている男性に気が付いた。テーブルの上に本を置いたまま、向こう側の椅子に足を乗せ腕組みをしたまま寝込んでいた。こんな所でこんな時間に居眠りしている男性に興味が湧いた。この人はどんな人生を送って来た(いる?)のだろうか?普段着よりも、くたびれた背広の方が落ち着くのかも知れない。定年かリストラか?まあ見た目から言えば定年が妥当と思える。合図をするとマグノリアさんもチラリと見て、(図書館の本、司馬遼太郎)と言った。彼は家の中に居場所がないのだろうな。愚痴を聞いてくれる仲間や友達もいないのかな?誰とも話したくないのかな?家族は口をきいてくれないのかも知れないなどと勝手に想像をふくらませた。 |
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| 2005年10月3日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 114 |
10月3日(月) 晴れ 7時気温23℃
昨日のように真夏並みの暑い日もあるが、街中に金木犀の香りが漂い始めた。
5時過ぎて公園へ行くと、なんだか様子がおかしい。ナナのお父さん、サムのお母さんなど何人かが、髪を振り乱した女性を囲んで話を聞いていた。 ゴールデンのラフティが死んで、お母さんが犬仲間に報告に来たのだった。ハンカチに包んできた遺影を拡げてみんなに見せ、涙ながらに最後の様子を繰り返しみんなに語った。
そしてラフティに食べさせようとして買ってあった餌やおやつを、ビニール袋いっぱい持ってきて、供養だからみんなで食べて欲しいと言いサムのお母さんがみんなに配って歩いた。同じゴールデンのアユは未使用の襟付き花柄のコートを貰った。後からやって来た小型犬のコタや柴犬のコテツも、小さいときにラフティによく遊んで貰ったと言って、残念がった。犬たちは今日はなんだかやたらにおやつを貰えるので、遊びよりも食べることに一生懸命だ。それを見ながらハナのお父さんは意地悪く(サムがいなくなったら、たいへんだよな。)と言った。でもすぐにまた小犬を飼えば、そっちの世話で(悲しみを)忘れられるってよと誰かが言ったが、サムのお母さんはチラリとサムに目を遣って力無く笑った。
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| 2005年10月2日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 113 |
10月2日(日) 晴れ 7時気温23℃
家から歩いて3分の所に、新しく病院が開設するという。大分前からチラシ広告があって、今日はその開所前の内覧会だから行ってみようと、珍しく家人が誘った。こちらは猛勉強(何かは内緒)中なので一応断ったが、興味もあったので出かけた。
交差点のこちらと向こうに、ダークスーツ姿の若い男性が何かを持ってかしこまって立っている。新しい病院の少し先はセレモニーホールなので、今日も葬儀があってその案内かと思って近くによって見ると、病院の広告を持っていた。
所で新しい病院は整形外科で、内容は先ず骨粗鬆症、腰痛、膝痛、肩こりと続いていく。ねらい目は中高年だとハッキリわかる。その他では風邪、花粉症、生活習慣病に水虫など皮膚科系。勿論健康診断や予防接種さらに往診もありだと書いてある。看板に関係なく、ほぼ何でもOK。高齢化社会の売れ筋にしっかりと目を据えた対応である。
いつから医術が算術になったのかと考えてみた。どうも患者を「患者様」と呼ぶようになってから病院がガラリと変わったような気がする。会場はおおくの人が詰めかけて、2階建てのさほど広くない病院は押すな押すなの盛況だった。帰りは、建築会社のチラシとペットボトルのお茶が1本、茶碗の5個セットが入ったお土産を貰った。
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| 2005年10月1日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 112 |
10月1日(土) 晴れ 7時気温20℃
今朝は目覚ましをかけておいて、2回目のコールでやっと起きて公園へ出かけた。
夕べ6時半公園集合と、サムのお母さんから連絡を貰っていた。
ベンチに捨てられていた真っ白な小型犬は、幸い病弱な老夫婦に引き取られたが、小型犬とは思えない大きな声でやたらに吠えまくるので、ご夫婦は肩身を狭くして犬仲間からは離れて遊ぶ様になった。また1才のピーグル犬のワン太も、じゃれまくるので犬仲間を遠慮している。いつも遠慮ばかりしているベン(ベンチに捨てられていたから)とワン太をサムのお母さんは、不憫に思って誘ったのだと思う。(ほら、私たちがいつも行く、あのコースなら人がいないから、放して自由に遊べるし、幾ら吠えても遠慮しなくても良いから)と、私に言った。そう言うわけでベンのご夫婦とそのご近所の5,6才の女の子とおばあちゃん、ワン太とそのお母さんそして私たちサムとベルの、人間7人犬4匹で早朝のミニハイキングが始まった。
いつもの公園からたいして離れてはいないのだけれど、木々の鬱蒼とした道を歩いたり、空き地で栗を拾ったりまた、立派な屋敷や古い神社などを眺めながら、(ここは昔の村中心)とサムのお母さんの解説を聞いて歩いている内に、付き添いの人間様の方がすっかり感心して(近くにいるのに、こんな所へ来たのは初めて)と喜んだ。
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| 2005年9月30日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 111 |
9月30日(金) 晴れ 7時気温19℃
夕方、サムちゃん達が車でやって来た。不自由な手をかばいながらナントか車を運転して仕事を始めている。久しぶりにアルコールを飲んだが、お彼岸に息子に勧められて飲んだときのように傷痕がづきづき痛まなかったから、大分良くなった。へへ、飲兵衛の鑑定方法ねと言って笑った。私たちはそのまま車に乗せて貰って公園へ行った。
公園にチャーミーが来ていて、お爺ちゃんは(ダメだった。今度は2月。その時はこれもよ、24才になるってから。)と、言った。お爺ちゃんが、チャーミーの子どもをとりたいと言い始めたのはこの春頃からだったが、先日同じちび柴のオスと合わせたがダメだったと言うニュースは、もう犬仲間に拡がっていた。犬の場合、メスが相手を選ぶという。(そうよ、人間と同じでよ、誰だって良いという訳じゃあない)チャーミーのお爺ちゃんは赤ら顔をにやにやさせてみんなに言った。オスと合わせた時ね、どうも廻りに見物人が多かったらしいとサムのお母さんが説明してくれた。それも犬が結婚するって言うんで、中学生が何人も見に来ていたらしい。まあ、性教育と言えばそうかも知れないけど、どうなのかしらね。 |
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| 2005年9月29日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 110 |
9月29日(木) 晴れ 7時気温19℃
いまごろ1個500gもある大きな梨を、採らせて貰った。シーズンの最後は新高という梨かと思ったら、豊水という種類だそうだが、木で熟した実は柔らかくてとても甘かった。(これなら歯なしでも食べられるなしだ。はぐらなしというべきか?)
この春、公民館活動で「健康のために歌う会」に入り、先日半年のカリキュラムが終わった。最後の日に簡単な茶話会をしたのだが、そこへ剥いた梨を沢山持ってきて下さった方がいて(まだ梨がありますから買いに来てください。おまけしますよ。)と、宣伝したのだ。美味しかったので、買いに行きますと約束していた。
お天気が良かったので住所を確認して出かけると、意外に近い。挨拶して入って行くと、私の同級生は外の人達と、苺の苗を植え付ける作業をしていた。係の人に梨を買いたいと話をしていると、同級生が追いかけてきて(歌う会で一緒でしたね)と言った。こちらを思い出したらしい。あれから会長さんや何人かが、来てくれたと話しながら、せっかくだからなっているのをお採りなさいと、ネットで囲んだ梨畑へ案内してくれたのだった。
同行した家人は(随分とお婆さんだな。合唱なんかやると思えない)とつぶやいた。
なんたる不当、差別発言。歌うのに年齢は関係ない。この頃、膝が痛い腰が痛いなんて言ってる爺さんはどこの誰だ。
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| 2005年9月28日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 109 |
9月28日(水) 曇り 7時気温20℃
今年は国勢調査の年とかで、ベルが吠えるので出てみると知らない女性が調査票を持ってきた。封筒も一緒にあったので「あら、今回は言わなくても(請求しなくても)くれるのね」と何気なく言った。するとその女性は一寸気色ばんで「そうなると(封筒に入れられると)、こちらで見ることは出来ませんから集計が出来なくなります。役所が集計することになります。」と、一気にまくし立てた。彼女の権力をかさにした物言いが、カンにさわった。何よそのえらそーな態度は。私は自分のプライバシーを、見ず知らずのアンタに見せるつもりなんか全くないし、どこで集計しようがこちらの知ったことではないとまあ腹で思った。更に5日に取りに来ると言うので、相手の二度手間を考えてもし不在にする場合はポストに入れておきますねと言うと、こちらの都合も聞かないで「否、直接取りに来ます」と切り口上に言った。個人情報がやかましく言われているこの頃、権力で強制的に個人情報を届けさせるというのはおかしな話だ。調査の意味はある程度理解するが、個人情報は最小限必要な範囲に留めるべきだと思う。90年の大規模調査の時に学歴欄は200万人が無回答とし、95年の時には配偶者の有無欄に50万人が同じく無回答だったという。私はいつものように、調査票を封筒に入れた。アメリカの国勢調査はダイレクトメールだとか。
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| 2005年9月27日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 108 |
9月27日(火) 曇り 7時気温21℃
サムとベルは同じ皿で一緒に餌も食べるし、水も飲む。
夕方の公園で、ベルがリョウと追いつ追われつして遊んでいると、エマがやって来てリョウと一緒に、ベルを追いかけ始めた。助けてくれーとベルが逃げ始めると(どこで見ていたのか)すかざすサムが駆けつけた。するとそれだけで、リョウとエマはベルを追いかけるのをぴたりと辞めた。ベルは、お母さんの傍に戻ったサムのお腹の下から2匹の様子を伺う。その様子がおかしいと、アユのお姉ちゃんは大笑いしながらカメラ、カメラと叫んだ。そこへハナちゃんのお父さんがやって来て(サムはいつもベルの加勢をするんだから、ベルが遊び始めたら繋いで置かなくっちゃダメだ)と、くどくど文句を言っていた。サムのお母さんはにやにや笑って聞いていたが、私が傍に行くと子供の喧嘩に親が出ると言った。昨日ハナちゃんは、隙を見てベルのボールを横取りすると、走っていって草の小さな茂みの中にボールを放した。そしてくるりと反対側を向いてそのボールの上にオシッコをかけた。遠くで見ていた私は(ハナちゃん、なんてことするの!)と駆け寄ったら、更にウンチまでして逃げていった。しかし一部始終を見ていたお父さんは、何にも言わなかったのだ。ハナちゃんのお父さん、サムに文句を言う前に、お姫様の躾をしたらどう? |
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| 2005年9月26日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 107 |
9月26日(月)晴れ 7時気温22℃
夕方の公園は、乾いた冷たい風が吹いて上着が欲しい位だった。サムのお母さんが手招きするので近寄ると、りょうのお母さんが焼き芋を2本持ってきてくれたので暖かい内に食べようと懐から銀紙に包んだ芋を1本くれた。2人で並んで腰掛け、食べ始めるとすぐ、サムにべる、リョウなど飛んできて前足を私たちの膝にかけて、せがんだ。リョウのお母さんは実家の東金から貰ってきた芋で、東金の芋は美味しくないと繰り返したが、どうしてどうしてほくほくと甘くて、これがホントの十三里だった。サムのお母さんは、怪我してから近所の人や犬仲間が、心配して次々とおかずや食べ物を運んでくれると言う。(ナンダよ。いい加減にしときなよ。あんまり親切にすると、きっとこの先半年も痛い痛いって言うから)花のお父さんは、みんなに意地悪く言う。怪我をしてからそろそろ2週間経つのに、向こうずねの傷は余り良くならず、未だに抜糸出来ないでいる。弁慶の泣き所と言うくらいだもの痛かったでしょうと聞くと、左手の方が痛いといって見せられたが左腕も未だに肘まで固定されていた。サムのお母さんはこんな状態で車を運転し、仕事を始めた。怪我は会社に内緒である。
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| 2005年9月25日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 106 |
9月25日(日) 雨ときどき曇り 7時気温23℃
初めて韓国・釜山に行ったときの私も変に反日感情を意識して、しゃちほこばっていた。マグノリアさんが見つけたいつもの格安ツアー(私たち2人だけ)だったが、現地の人の親切にふれてすぐに緊張が解けた。
先月友人が、お姉さんと2人で韓国へ行くと電話して来た。7年前大病をした彼女は、お母さんもおくって一区切りが出来たので、今の内に是非産まれた所を見てみたいと言う。釜山の近くで産まれた彼女が、敗戦で日本に引き揚げてきたのは3才の時で、日本に着くまで2回だか3回だか死に損ねたという話は何度も聞いていた。彼女の両親は、韓国で教師をしていたとか。今日の彼女の声は弾んでいた。(旅行社が調べたら、私の産まれた家も学校も残っいて今も学校として使っているんですって)と一気に言った。いやー凄いねエー、楽しみじゃないと答えると、でも中に入る訳にはいかないしと声を落とした。何で?どうして?せっかく行くのに、中を見せて貰えば良いじゃない?とたたみかけると、だって反日感情が・・、ここで教えていた校長の娘ですって言うのと口ごもった。きちんと説明して、相手がどう出るかやってみなさいよとけしかけた。又、来年も行くって訳にいかないでしょとだめ押しすると、彼女はすかさず、来年も行くわよときっぱりと言った。
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| 2005年9月23日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 105 |
9月23日(金) 曇りときどき晴 7時気温23℃
久しぶりに大相撲が面白い。新関脇の琴欧州が全勝で、珍しく2敗の横綱朝青龍と対決する。ここはやはり新関脇に勝たせたいのが、人情というものだ。家人にどっちが勝つか500円賭けようと言ったら、畳の上にごろごろ横になったままイヤダと言った。ったく、のりの悪い奴だ。この所、アキレス腱と膝が痛くて落ち込んでいるのだ。
ベルが、ウーウウッワンなんてヒステリックに吠えて、早く散歩に連れて行けと催促しているので、結びの一番を見るのを諦めて公園へ出かけた。3連休の初日の所為か、5時を過ぎても公園は子どもが沢山遊んでいた。蒸し暑いので池の中に入って遊んでいる子ども達もいるし、(何を取っているんだ)大人と一緒に蜻蛉池にたも網を入れている子どももいた。ナナちゃんのお父さんが、私の顔を見ると「サムちゃんは今日、息子さんが迎えに来てお墓参りに行きましたよ」と教えてくれた。「手が痛いんだもの、まだギヤの車の運転は無理よね」とナナちゃんのお母さんも、ぽん太を引っ張りながら続けた。
外の犬たちはみんな集まってきたが、ベルはもう一つもの足らなくてベンチに座ってあたりを眺めているので、ボール運びで遊ばせた。 |
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| 2005年9月22日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 104 |
9月22日(木) 晴れ 7時気温24℃
「この間のハッピイの話。あれ勘違いだったみたい。」サムのお母さんがにやにやしながら近寄って来て言った。この間の話というのは、公園へたまにしか来ないハッピイのお父さんとの話である。メスのハッピイはサムと仲が良いので、自然にハッピイのお父さんとサムのお母さんはわりと親しく話をする。
私がサムのお母さんから聞いた話は、ハッピイのお母さんが庭付き戸建ての家を借りていて、そこへ招待されたので一緒に遊びに行こう。庭はあんまり広くないし、草も伸びていると言うが犬たちが遊ぶんだから別に構いませんよね、だった。
次にその話は(昨日ハッピイが来て、私だけがこっそり言われたんですけどね)と、前置きして、(ハッピイのお母さんは借りた家で「ホームステイ」をやっているらしい。そこに私を招待してくれるって言うんです。なんか他の人に言ってはいけないような気がして。でもベルちゃんとは一緒に行きますからって言っておいた)と、なった。
私は、犬のホームステイって何あに?ペットホテルみたいなもの?それとも訓練なんかもやるの?と尋ねたがサムのお母さんはさーあと言って、首を捻るばかりだった。
それが今日「ホームステイ」は「ホームエステ」の勘違いだと判明したのだ。ハッピイのお父さんは、どうしてサムのお母さんをホームエステなんかに招待したんだろうかと、今度は私が首を捻った。サムのお母さんはいつもおじさんと間違えられているのだ。
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| 2005年9月21日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 103 |
9月21日(水) 曇り 7時気温25℃
歯医者に行った。前回は、去年の11月に検診をして貰った。その時、半年後に又来るように言われていたのを忘れ、この頃前歯に気になるところが出来て、電話で予約した。以前は予約もなかなか取れず、予約していてもかなり待たされたが、今はずっと楽になった。以前と比べたら、子どもの数は少なくなり歯医者の数は増えたのだから、当然というべきか。受け付け兼助手の女性がカウンターの向かうからこちらを覗いて「あら、お元気そうね。ちっとも変わらないわ」と、お世辞を言ってくれた。街中であってもこの厚化粧の女性はすぐわかる。然し、化粧品ではもはや頬のたるみをカバー出来なくなっている。それはこちらも同じだからわかるのだ。「いえ、いえAさんこそ何時までもお若くて」なんて、調子を合わせた。この歯医者とはここへ来てからずっと、家族中がお世話になったが、先生だって幾らかこちらを利用した。どんなに忙しいときでも私が治療用の椅子に座ると先生は、息子がちっとも勉強しないとか、ぐらぐらしている乳歯なんか自分で引っ張って抜いてやれば良いんだ、いちいち医者に電話して聞く事とじゃあないとか世間話を始めた。助手のこの女性も寄ってきて、一緒に笑った。先生は私の歯は診たところ大丈夫だと良いながら、上下全部の歯を順々に掴んで大げさに揺すって、なんだか前回よりもしっかりしているよと言った。人間が固いから・・私はすかさず混ぜっ返した。
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| 2005年9月20日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 102 |
9月20日(火) 晴れ 7時気温26℃
この頃散歩の時、ベルに景気よくおやつをあげている。
2年前から、家人は市の家庭菜園を借りて野菜作りのまねごとをしている。初年度は始まりが6月の終わりだったので、野菜の苗はもう店頭にはなかった。で家人はどうしたかというと、「歩く会」で郊外に行ったとき道端に捨てられていたサツマイモの茎を拾ってきて植えた。意外にもこれが秋にはそこそこの収量となって、あちこちに配っていた。 それからもあれこれ植えて、今年はミニトマト、なすやオクラなどは結構食べた。所が1週間前ほど前家人は、子どもの腕ぐらいの太さの大根を4,5本収穫してきて、台所のまな板の上にこれ見よがしに並べておいた。私に調理せよとの無言の圧力であるが、私はそのままにしておいた。その貧相な大根は沢山の黒いひび割れがあって、畑で抜いたときに処分されるべきものである。これまでもその様な野菜を持ち帰ったとき、私がこっそりと捨てるとテキは怒ったので、今回はそのままにしておいたのである。するとどうした風の吹き回しかテキはその大根を薄く輪切りにして茹で、冷凍室に保存した。そしてベルの餌の度に、それを小出しにして細かく刻んではベルの餌に混ぜ始めたのである。大根飯だ。テキ曰く「野菜は身体に良いんだ」。食後べるの餌皿を見ると、大根だけはしっかりと皿の隅により分けられ残されていた。
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| 2005年9月19日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 101 |
9月19日(月) 晴れ 7時気温27℃
少し早かったが、4時にサムちゃん家に迎えに行って2匹と2人で市民の森へ出かけた。
暑さが戻って、森の中は今年最後の蝉の大合唱が響いていた。サムのお母さんの怪我は大分良くなって、足の方は包帯が取れて絆創膏になった。この分なら明日あたり抜糸できると思うと言ったが、左腕はまだギブスがついたままで第一、包帯から覗いている指がまだ腫れている。23日には仕事に復帰したいと言っているが、痛めた左腕で車のギアが操作できるかが、一番の課題である。然し、今日は息子さんがやって来て初めてサムと一緒に車に乗せて墓掃除に連れて行ってくれた、お昼もウナギをご馳走してくれたと言った。当たり前のように淡々と言うのがかえって、息子に優しくして貰った彼女の嬉しさを物語っている。私がサムとベル2匹のリードを持って歩いたのだが、サムはお母さんが心配で心配で、終始その後ろにピッタリとくっついて歩いた。
夕べは6時15分にお月様が出て来たからと公園で犬仲間と待っていたが、6時27分になっても未だ十六夜のお月さんはお顔を見せてくれず、あたりがすっかりくらくなったので私たちは公園を後にした。
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