| 2006年12月26日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 500 |
12月26日(火) 雨・夕方から大雨 気温10℃
大雨の中を川柳仲間が7人揃って、酸吸さんをお見舞いした。誰かが「びじょがびじょぬれ」なんて詰まらないシャレを言った。私たちは応接間に通されたが、酸吸さんは続きのダイニングキッチンの椅子に座ったまま動かない。思わず(酸吸さんこっちへ来て)と、ソファの真ん中を指さしたら「そこまで行けないんだ」と言う。せいぜい2歩の距離である。絶句している私に「どうも自分が考えているよりも状態が悪いらしい」と続けて、木曜日に救急車で入院しする予定だと言った。実は部屋に入って、急に小さくなってしまった酸吸さんに会ったとき、胸が詰まった。先日お邪魔したのは一体何時だったかと数えて見た。1月は経っていない。2,3週間前だったか。いやたった6日前だ。でも春菜ちゃんとか、かずこさんとかよねちゃんとかやほこさんとかとにかくみんなが(でも寒い間の辛抱よ)とか(暖かくなれば)とか(お花見が良いんじゃない)とか言って、その場を盛り上げて呉れた。酸吸さんも乗せられたのかはじめのうちこそ、苦しそうな様子だったが、だんだんと話に熱が入って来て、いつもの酸吸さんになった。私たちは革張りのゆったりとしたソファを捨て、酸吸さんの足下に座布団を敷いて座り込んだ。事前にせいぜい5分位ねと申し合わせてあったにも拘わらず、私たちは80分もお邪魔した。私は記念写真を撮るつもりでカメラを用意したが、とうとう言い出せなかった。 |
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| 2006年12月25日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 499 |
12月25日(月) 晴れ 気温9℃
仕事の相棒のAさんは23日の土曜日、仲間3人と連れだって遊びに出かけたが、どこも混雑していて人に当たって疲れただけだったと、ぼやいた。横浜の中華街は食事をしたくても、どこも並んでいて待たねばならなかったし、お台場なんてもう若いアベックばっかり。帰って娘に言ったら、おばさんが行く所じゃあないって言われた。あそうそう中華街ではBさんが、お婆ちゃん達にベストを買った。それを聞いてやっぱりと思った。80代の実母とその妹を介護をしているBさんは、常にその事が頭から離れないのだ。いやその事で彼女がストレスを感じているとかと言う話ではない。例えば、母親が出先で目に付いた子ども用品を買うのに似ている。Bさんの実母はこの春転んだことがきっかけで、寝たきりになってしまったが、頭はハッキリとしている。一方妹の方は、身体はしっかりしているが、認知症が進んでいるとか。お料理も上手なBさんは、今までは手料理でクリスマスパーテーを開いていたが、忙しかった今年は寝たきりの実母を車いすに乗せて、2人をファミレスのクリスマスパーテーに連れ出したところ、二人ともとても喜んだと言う。
寝たきりのお婆ちゃんと、認知症のお婆ちゃんをファミレスのパーテーに連れ出す、というBさんのアイディアと行動に、胸を衝かれた。Bさんと二人のお婆ちゃんの深い信頼と絆は、Bさんの子どもの頃から築かれたのに違いない。 |
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| 2006年12月24日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 498 |
12月24日(日) 晴れ 気温9℃
夕べ1時間置きに2度、ケアハウスの義姉から電話があった。義姉にはクリスマスプレゼントに、喋る犬のぬいぐるみをネットで見つけて送って置いたので、2回ともそのお礼である。ここ2週間ばかり行っていなかったので、義姉を訪ねた。ついでにカレンダーを3種類持参して、部屋のあちこちに貼った。毎日見て元気を貰ってと、トイレにはヘップバーンのとびきりチャーミングな笑顔を貼った。ハイなのか義姉はご機嫌で声を出して笑う。いつものように二人でスーパーへお花や水を買いに出かけた。戸外は風もなく師走だとは思えない暖かさ。義姉は気持ちがいいねと空を眺めた。買い物が終わると(何か食べていこう)と、私を誘う。それは良いけど、ホームに連絡しなくちゃと心配する私に言い被せて、(良いの、いいの時間までに行かなきゃそれでわかるんだから)と、回転寿司の方に歩き出した。クリスマスの日曜日なのに、店内は親子3人の客がひと組だけ。1年振りだと喜んでいた義姉は、どういう訳か目の前を通り過ぎて行く鮨に手が出ない。どうして良いか分からず、戸惑っている様子。やむなく私が義姉の好きそうなのを取って、前に置くいた。先ず中トロ、白魚、あなご、太刀魚、あんきも、大トロ、酢がきに蟹汁。食べながら兄の思い出話をした。帰りに事務所を覗いたが、誰も居なかった。 |
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| 2006年12月23日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 497 |
12月23日(土) 晴れ 気温10℃
朝から台所の掃除に取りかかる。ガスレンジは買い換えたばかりだから、その敷物を取り替える。周りもついでに掃除。次は難関の換気扇。カバー、羽根、枠と順に外した。老人二人家族で、揚げ物の回数も月に1回位なのに、やはり油汚れがべったりと付いている。食器洗い洗剤を付けて見たが、汚れの落ち具合ははかばかしくない。
次ぎにぬらした網状の布巾に重曹をたっぷりと付けて擦ってみると、アレマ。不思議なようにどんどん汚れが落ちた。私はここに引っ越して来てからずっと同じ換気扇を使っているが、こんなにきれいに掃除できたのは初めてである。
一服してメールを開けたら、例の「過労死促進法ーホワイトカラーエグゼンプション」が(労働側の合意なしで結論へ)とのニュース(共同通信)が届いていた。(就業規則での変更は一方的)と全国の労働契約法、法学者35人が反対しているというニュースもあった。この法律には、いち早く「過労死家族の会」が導入反対の声をあげ、いろいろの行動も起こしている。その様子も伝えていたが、その中に前の過労死家族の会会長大森さんの名前も見つけた。秋田に住んでいる大森さんは会議の度に東京まで出かけて来られたのだが、その時漬け物やら何やらをどっさりとお土産に持ってきて下さるとは、同じ会員のWさんから聞いた話しである。その大森さんの部分を記事から抜粋させて頂く。
「10年前、二男=当時(29)=を心筋梗塞(こうそく)で亡くした大森光子(おおもり・みつこ)さん(69)=秋田県在住=は、二男が亡くなって初めて労基法を読み、週40時間の労働時間規制を知った。「企業がこの法律を守っていれば、息子は死ななくてよかっただろう。新制度を入れたら、どんなに働いても自己責任にされ、労災認定も難しくなる」と訴えた。」 |
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| 2006年12月22日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 496 |
12月22日(金) 曇り 気温10℃
昨日の「ホワイトカラーエグゼンプション」関係のニュースについては、早速千葉職対連ホームページ管理人の秋山さんから「労働者側委員が賛成したのではなくて・・」と、詳しい説明を送って頂いた。共同通信ニュースも「自民党雇用・生活調査会会長の川崎二郎前厚生労働相が世論見て慎重判断」と、含みのある報道をしている。
私たちは「要求で一致して」反対運動を大きくしていかなければならないところだが、すんなりといかないのが悩ましいところである。
一方、酸吸さんのお見舞いについては、年末のこの時期に急に決まった話にもかかわらず、行きたいと返事をしてきた仲間が6人もいた。(一人は引っ越しの最中)先日、会長と二人で自宅にお邪魔したとき、治療法がないという酸吸さんの病気に(肺に繋がる経絡をさすってみたら?)と、私のかかりつけの鍼灸師から教わった話をした。酸吸さんは「親切な言葉へ藁もすがり付き」と、メールを下さった。私は「酸吸さんやつれてなおさらいい男」と返し、火曜日に酸吸さんの川柳の教え子達何人かと自宅へお邪魔してもよろしいかと聞いた。酸吸さんから「嬉しい日指折り数えて待つ枕」と帰ってきた。 |
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| 2006年12月21日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 495 |
12月21日(木) 曇りときどき晴れ 気温10℃
21時50分頃、日記を書きながらNHKテレビニュースを聞いていた。すると例の「ホワイトカラーエグゼンプション−過労死促進法」を審議していた労働側委員が、導入を認めた・・と、聞こえた。驚いて画面を見たが、そのニュースは終わって次に変わっていた。ネットであちこちの速報を見たが、そのニュースは見つからない。認めたくはないが、ありそうなことだと思った。 |
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| 2006年12月20日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 494 |
12月20日(水) 曇り 気温8℃
サムに顔を舐められた時、オロナイン軟膏の臭いがした。それを言うと、サムのお母さんはニコニコして、この時期仕事で手ががさがさになるので洗った後に付けるのだが、付けると直ぐにサムが飛んできて、顔も手もすっかり舐め取ってしまうと嬉しそうに言う。サムのお母さんは今日、マツキヨでオロナイン軟膏を3箱買ってきたばかりだと言った。一冬3箱で足りるのだそうである。去年まで確か5百幾らだったのに、今年は6百幾らになっていた。でもね、ポイントが3千円分も溜まっていたので、ついでにサムのおやつと風邪薬を買ったら5千幾らだったけど、支払いは2千幾らで済んだ。それに又ポイントが900円分付いたし、手帳も貰ったとご機嫌である。でもご機嫌なのは、今日は会社の忘年会で大分飲まされたせいかもしれない。いつになくお喋りで次から次と、話が切れない。 そこへエマのお父さんがやって来て「これ」と言って、造花のようなのを見せた。大きさは丁度大人の握り拳ほど。サムちゃんは「あれ、これが?こんなのだった?」と、感想を述べた。私はエマのお母さんの油絵個展に送った花束電報だと、教えられた。サムちゃんは私の傍に来て、「あれね、5千円もしたのよ。いろいろと勧められてね。文字の分も入れたら6千円だ。」と、小さな声でぼやいた。彼女は祝電の他に立派な花束(5千円分の)が届くと思っていたのだ。「でもまあ、サムのためだから仕方がない」と言って、サムを撫でた。 |
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| 2006年12月19日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 493 |
12月19日(火) 晴れ 気温10℃
酸吸さんに呼ばれて、私たちの川柳会会長と自宅にお邪魔した。本当は喫茶店で約束してあったが、体調が悪くて出かけられないという。玄関に出て来た奥さんは、今日はパジャマで申し訳ありませんと断った。酸吸さんは暖房と加湿の効いた居間のソファーに沈み込むように座っていた。あの事もこの事もと、急いて急いて話そうとされる。酸吸さんの川柳の先生からお元気な声で電話が架かってきたのが金曜日。それなのに日曜に亡くなったと知らせがあり、月曜に投句が届いたとテーブルの上の封書を指さした。酸吸さんの顔が歪んだ。句会ではいつも、ユーモアをまじえて楽しく生徒とやりとりをしている酸吸さんしか知らない。私は目のやり場に困った。
奥さんが、結婚式に参列するため1晩空けなければならず、夕飯が心配だと仰る。
他に人がいないのなら、私が仲間とやって来て夕飯のお世話をしましょうと申し出た。帰宅して直ぐに仲間に連絡して、取りあえず一人の仲間と約束した。所が、夕方奥さんから(申し訳ないが、本人は玄関のベルがなっても出られないので、お断りして欲しい。大丈夫なんとかなるからと言っている)と、連絡があった。私は納得せざるを得なかった。 |
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| 2006年12月18日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 492 |
12月18日(月) 晴れ 気温10℃
今朝Aさんが迎えに来てくれたのは、9時前。今日は二人で、弁護士に送る書類を整え、発送まで済ませてしまおうという予定があった。後から聞いた話しではAさんは洗濯物も干さず(前回は無理して干してきたら、雨にあった)、信じられないが朝食は抜いて来たという。所が意外にも手間取って、取りあえず食事をしようと手を休めたのは1時半を過ぎていた。多分Aさんは、目が回っていたに違いない。
事務所の帰りはいつものJAに寄って、品定めをしながら買い物をして楽しんだ。
ほうれん草、小松菜、サラダほうれん草、ルッコラ、レタス、からし菜、サラダからし菜、キャベツ、と葉物が新鮮で安い。どれも1束100円かそれ以下。青々として立派な大根も80円から。前回買った野菜が未だあると言いながら、Aさんも私も買った。それでも(お婆ちゃんの店)にも寄った。一寸ね、顔見ていこうとAさんは言い、この間買った沢庵は、私には美味しかったと言った。今風な味ではないの。一寸酸っぱくて。でもそれが昔食べた味でね、私には美味しかったと昔の故郷を見るように、遠くを眺めた。
Aさんがお婆ちゃんに、白菜の漬け物はないのかと尋ねると、去年は樽に漬けて樽は返して貰うという約束で10樽売ったが樽は一つも帰らず、結局漬け物代は一銭も貰えなかったと言い、Aさんはうなだれて聞いていた。 |
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| 2006年12月17日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 491 |
12月17日(日) 晴れ 気温12℃
午後の3時を過ぎたばかりなのに、ベルがうるさく散歩をせがむ。はじめは放って置いたが、ツイそっちを見ると、ガラス戸越しにジッとこっちを見ているヤツと視線が合ってしまう。ヤツはおでこをガラス戸にくっつけている。でまあ、早めに出て早く帰ればいいかと思い、出かけた。ヤツは何となくしてやったりという雰囲気で、いそいそと歩く。
暖かな日曜で、人出の多い公園を避けて、下の公園から花島観音を廻った。更に橋を渡って花見川遊歩道へ入る。橋の上では、欄干の間から鼻を突き出して下を見ているので、真似をすると下の住まいの一部が見えた。1匹の肥った白猫は紐に繋がれている。傍にも1匹茶トラがいた。立派なゲージもある。家主は公園の水道で、フライパンを洗っているのを見てきたばかりである。お留守とは言え、他人様の住まいをあまりじろじろ見るのは失礼である。リードを引っ張ってベルを元に戻す。遊歩道をのんびり歩いていると、ロンに出会った。(あ、ベルなら大丈夫だ)と言いながら、ロンのお母さんが近づいて来た。未だ3才のロンは、何度か犬仲間にやって来たのだが、どういう訳か海が追い回していじめるのだ。それでロンは来なくなってしまった。ロンのお母さんは、子犬の時遊んだ犬とは絡んで遊ぶと言う。犬が犬仲間に入るには先ず、飼い主が人間のグループに入り慣れることが必要なのかなぁーと思う。 |
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| 2006年12月16日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 490 |
12月16日(土) 気温12℃
今年最後の「相談会」と忘年会。忘年会は町内会館をお借りして、食べ物・飲み物一切は近くのコンビニで調達。残り物はみんなで分けて持ち帰る。10代のお嬢さんの参加があって、みんな一寸嬉しい気分になった。で、私は自己紹介の時になんだか急に歌いたい気分になって、「アザミの歌」を唄った。1番しか唄わないのに、誰もアンコールとは言わなかった。でも続いて「秋田音頭」や「郵便馬車の御者だった?」が、出た。感想を聞かれたお嬢さんは「ジェネレーションギャップを感じる」と言った。多分別世界の人達の歌と聞こえたのだろうか。
「秋田音頭」を唄ったAさんは、私たちの機関紙に随筆「島めぐり」を連載してくれている。「いやー、どうもダメだねえ。この頃ちっとも感動しなくなってね。」と、同じ事を私に3回も言った。Aさんは、過去に訪ねた島の感想を、絵や文字にして4,5枚の記録として残しておくのだが、それを読み返しても感動はおろか、どんな島だったかも思い出せないと、愚痴った。私がもう一度訪ねてみたら?と勧めると、Aさんはイヤダメだよという。同じ本でも、年を取ってから又読み返すと、違う場所に魅力を覚えたり感動するのと同じだと思うと付け加えた。Aさんは少し気分を取り直したが、(でもやっぱり雨の日はダメだ。)と言った。二次会でカラオケを探したがどこも満員で、1〜2時間待ちだというので、諦めて帰った。 |
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| 2006年12月15日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 489 |
12月15日(金) 気温12℃
夕方の公園で、5時になったから帰ろうかとそわそわし始めたとき、サムちゃんが(あれ、日が長くなったんじゃない?)と言った。そこに居合わせた犬仲間はあたりを見回して、頷いた。つい数日前まで、4時半になると真っ暗だったのだ。それが今日は、低く厚い雲の切れ間に残照があった。(朝もね、ついこの間まで6時半では車のライトを付けないと、真っ暗で先が見えなかったけど、今朝は明るかった)と言う。
それにしても暖かい。師走半ばとは思えない。私が仕事を始めたときは、落ち葉の始末が終われば、少しの間楽できたんだけれど今は落ち葉が終わらないうちにもう新芽が出ていると、サムちゃんはぼやく。「地球温暖化」と言うことが言われ初めて久しい。アルプスでも雪が極端に少なくなっていて、スキー場が閉鎖するところも出て来たと、昨日のニュースが言ってた。気候に限らず経済だって、とっくに地球規模になっている。なのに、地球上の各国が「愛国心」を振りまいたらどうなるか?愛国心とはつまり、自分だけ良ければ良いと言う事。国同士のエゴがぶつかり合うと、戦争になる。つまり「愛国心」とは戦争の原因である。安倍内閣はもとよりその事はご存じで、防衛庁の防衛省への昇格も決めた。「愛国心」を強要する「改定教育基本法」が、決まった。賛成したのは自民党と公明党である。 |
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| 2006年12月14日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 488 |
12月14日(木)
今朝、公園は霧に包まれていたが暖かくて、春先の霞の様だった。公園へベルを走らせているとき、あのお爺ちゃんと出会って会釈して通り過ぎた。信号待ちをしているとお爺ちゃんが追いかけてきたので、ベルはいつものようにお爺ちゃんの前にお座りをして、おやつを貰えるかと期待を込めて顔を見上げた。お爺ちゃんはよしよし、今あげるからと言って、ジャンパーのポケットを探した。右のポケットをかき回し、次ぎに左のポケットも探して飴を2,3個取り出した。ベルに飴はどうかなぁと思って見ていると、これは奥さんにと言いながら私に飴を一つ呉れた。それからズボンのポケットに手を入れて、ティッシュや他の何かを取り出して最後に(あった)と言って、ビニール袋を引っ張り出した。(婆さんが、あったらあげるようにって)と、ビニール袋の中から、おやつを2,3個取り出してベルに呉れた。私は丁寧にお礼を言って、未練がましくしているベルを、公園へ引っ張っていった。
お昼から、一大決心をして冷蔵庫内の掃除をした。この前の掃除は確か夏だった。
誰が買い込んだか知らないが、たった二人家族なのに、冷蔵庫の中にはいろんな物が呆れるほど詰まっていた。取り出して並べると台所は足の踏み場もない。一品ずつ検証して、思い切って捨てる。捨てる。いい加減うんざりした頃、ベルが甘ったれ声を出した。サムちゃん達がやって来たのだ。これ幸いと、仕事を中断した。 |
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| 2006年12月13日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 487 |
12月13日(水)晴れのち雨 気温10℃
新しいメガネに替えて今日で4日目。サムが気が付いたようで、メガネを拭こうとしたら、サムのよだれがしっかりと付いていた。人間は未だ誰も気が付かない。
今朝、公園までベルを走らせて行くと、少し着すぎたかなと感じたが、ジッとしていると寒い。Kのお母さんはベンチに座り込んで誰かと熱心に話し込んでいる。いつもは、親と距離を置いて座っているKが、傍にぴったりとくっついて座っている。犬は飼い主の気持ちの変化に敏感だ。Kは、この所塞いでいるお母さんが心配で仕方がないのだ。昨日エマのお父さんは、散歩中の人と喧嘩をしたからしばらくやって来ないと思うと、サムちゃんが教えてくれた。
前にも書いたことがあるが、イラク・バクダット在住の若い女性が、身の回りに起きている事を書いて世界中に発信している。独裁と言われたサダム・フセイン下では24年間に30万人が殺されたが、アメリカがやって来てこの3年間に60万人が殺されているという。
ぜひ一度彼女のブログ・・バクダット・バーニング
(http://www.geocities.jp/riverbendblog/)を、ご覧下さい。 |
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| 2006年12月12日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 486 |
12月12日(火)曇り 気温7℃
事務所の帰り、いつものJAで野菜を沢山買ったが、畑の中のお婆ちゃんの野菜直売所へも寄った。Aさんはアタシは婆ちゃん子だからと言って、野菜はともかくお婆ちゃんの顔を見たり話をするのが楽しいらしい。ホラ見て、こんなに立派で新鮮なキャベツが100円よ。Aさんはキャベツを持って、惚れ惚れと眺める。お婆ちゃんも(みんなが、甘くて美味しいって言ってくれる)と、胸を張る。焦げ茶色の新しいエプロンを着ていたが、お婆ちゃんのお顔は白っぽくて、何となくいつもより冴えないように思った。風邪なんかひかないでねと肩をさすると、(アンタにさすって貰うと元気が出る)と言う。だから私よりも若くて元気の塊のAさんにも撫でて貰う。私たちもお婆ちゃんから、元気で長生きのエキスを貰う。それにしても自分の30年後は、こんな風に元気でいられるなんてイメージは、まったく湧かない。でもWHOの研究者は2030年には日本人女性の平均年令は88才を超えると予想しているのだそうである。となると、このお婆ちゃんのように90才代の人なんかゴロゴロいるような社会になる。うへー、その方がもっと想像できない。 |
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| 2006年12月11日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 485 |
12月11日(月)晴れ 気温10℃
夕方、公園の林ではギャーギャーと百舌の鳴き声が騒がしい。今日も暖かくて空は晴れ上がり、手足を思いっきり伸ばしたい日和だったが、やはり冬なんだと思った。
公園の入り口で顔なじみのお爺ちゃんと出会った。このお爺ちゃんは4年前、病後の身体を奥さんに連れられ、杖で身体を支えてやっと公園内を散歩していた。少し歩いては犬たちの所へ寄ってきて、おやつをあげたり頭を撫でたりして休憩していた。
その頃からベルはぶりっこして、おやつにありついていたのだった。今日もお爺ちゃんの前にキチンと座って、顔を見上げた。お爺ちゃんは(ごめん、今日は何にも持ってないんだよ。)と、頭を撫でた。私は(今日はカラオケですか?)と、社交辞令を言った。カラオケの他にどんなサークルがあるのか知らない。お爺ちゃんは(いや、そうぎ)と答えた。ええっ、葬儀?ここでは葬儀はやらないはずだけどと思いながら、聞き返した。やはり(そうぎ)と、答える。思わず頭を傾げると、お爺ちゃんはゆっくりと(しょうぎ)と、言った。あ、そうか。それならわかる。お爺ちゃんは前歯がないので、声が抜けたのだ。 |
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| 2006年12月10日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 484 |
12月10日(日)晴れ 気温10℃
犬仲間・エマちゃんのお母さんは画家で、個展の御案内を頂いたので出かけた。電車の中で、4月以降音信不通の姉娘からメールが入った。今日は家に帰ろうと思うが、どこにいるのかという。娘を待つ間に、何年ぶりかで日本橋三越の店内を眺めて歩いた。店内は華やかで豪華、まるでよその世界へ来た心地がする。客も金持ちのようなご婦人が、ゆったりと歩いている。あれもインテリアというのか、水槽の中に植え込みが作ってある。何気なく値段を見たら、80万円、120万円と付いているので目眩がした。こういうものの値段は、私の想像の範囲外。でも見ていると、中年の男性があれこれと品定めをして、買っていたのだ。やって来た娘は店内を見回して(フーン、この時期の日曜日のこの時間に、これだけしか人出がないとはねえ)と、品定めをした。遅い食事をしてから、ここへ来たのだからと、ザッハトルテを注文した。いざ運ばれて目の前へ置かれると(体重を増やさぬように)と検診の注意を思い出した。「これみんな食べると太りますよね」つい、ウエイトレスのお姉さんに言った。(いやあそんなことありません。私を見て下さい。お客さんは、私よりも痩せていますよ。)なんて言うのだ。へえ、三越本店のウエイトレスさんて、こんなに気さくだったんだと見上げたら、すっぴんで健康そうなお嬢さんだった。 |
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| 2006年12月9日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 483 |
12月9日(土)雨 気温10℃
一日中雨が降り続いて、寒い1日だった。
今日八街あたりを通ったら、人参は大きな袋入りで380円、道の駅で白菜は、大きな重い株が2つで280円、青々とした葉つきの太った大根は1本80円だった。
同行のAさんはニコニコして元気な大根を持ち上げ、ウチにも未だあるけれど買わずにはいられないと言って買った。消費者としては新鮮で安い品物は嬉しいが、暖冬でキャベツや大根が畑で遺棄されているというニュースを聞いているし、複雑な気持ちになる。
道の駅で安い干し柿を見つけた。9個入って520円である。普通干し柿は、1個100円はする。ひっくり返して生産地を見たら印旛村と記載されていたが、不思議に思って近くの店員に聞いてみた。彼女はもう一度商品の説明を見て、あこれは中国製です。ホラここに原産地中国と書いてありますと仰る。なるほど指さされたところに小さく、そう書いてあった。干し柿の製造地が印旛村なのである。となりのパッケージの違う干し柿は6個で520円。やはり印旛村と書いてあるが、原産地は中国とは書いてない。でも日本とも記入してないでしょ?とくだんの店員さんは言った。
表示法というのがあって、いろいろなんです。だからよーく注意してみないと。売る方と買う方の知恵比べねと、私たちは笑った。 |
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| 2006年12月8日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 482 |
12月8日(金)曇り 気温8℃
そう言えば2,3日前、土つきの細い芋が4本入ったビニール袋が、玄関前に置いてあった。今日夕方の公園でサムちゃんに会ったとき、お礼を言った。でもその芋はリュウのお母さんが持ってきたもので、その芋を巡って犬仲間に騒動が持ち上がっていた。リュウのお母さんは去年も、犬仲間みんなに配ってとぬた袋(お米が30s入る袋)いっぱいの芋を持ってきたのだが、その時はハナのお父さんが受け取ってみんなには配らず、自分で処分してしまったという。今年はたまたまサムちゃんが受け取ったので、みんなに分けた。その時私はいなかったので、余った分を届けてくれたという経過だった。かねがねハナのお父さんにはその手の噂が絶えず、苦々しく思っていたサムちゃんは、ついAさんにその事を言ったらAさんはハナのお父さんに告げ口したという。でハナのお父さんは、サムちゃんに逆捩じをくわせたという。(だからね、今日はみんなの近くに来ないで離れていたでしょう?)と、サムちゃんは言った。ハナのお父さんは、筍やアサリも独り占めしてはせっせと田舎へ送り、田舎からいろんなものを送って貰うのだという。でもAさんをそそのかしたのはKのお母さんだという。ま、どうでも良いけど、黙って聞いた。 |
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| 2006年12月7日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 481 |
12月7日(木)曇り 気温8℃
そろそろ今月のニュースを作ろうかという頃になると、決まってパソコンの調子が悪くなる。今回は文字が横に寝てしまうのだ。(横書きとは違う)私は機械を相手に怒鳴る。(ったくどうしてなのよぉ〜)(いい加減にしなさいよぉ〜)等々。こちらがいくらわめこうが、騒ごうがそれで態度を変える相手ではない。非情なのだ。非情と言えば小泉さん。彼は今頃どうしているのかしらね。せっせと心のおもむくところ気の済むまで靖国に参拝しているんだろうか?小泉さんを周りの者は非情と呼んだが、彼自身はどう思っているんだろうか。案外自分は普通或いは心の優しい人だと、思っているのかも知れない。イヤ違うな。あのタイプは、自分は英雄だと思っているに違いないね。
気分転換に久しぶりに「唱う会」に出席。先生がクリスマスソングを幾つか持ってきて、「赤鼻のトナカイ」と「ホワイトクリスマス」を唱った。爺さん婆さんが「まっかなおはなのぉ〜」と唱っているところを見たら、多分ぞっとするだろうと思うが、自分たちには見えないから暢気に唱っている。来年の発表会の出し物も決まっていた。「わすれな草をあなたに」「花〜すべての人の心に花を」「アザミの歌」の3曲である。「花」も「アザミの歌」も先生の弾く出だしの伴奏がきれいで、ツイ聞き惚れてしまうからいつも出遅れる。皆さんに迷惑をかけると申し訳ないので、そっぽを向いて小さな声を出している。 |
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| 2006年12月6日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 480 |
12月6日(水)曇り 気温?℃
昨夜は、ウン十年ぶりに日比谷野外音楽堂の集会に出かけた。なんと厚労省が8時間労働制をぶっ壊そうとしている「ホワイトカラーエグゼンプション」導入に反対を表明するためである。呼びかけに連合、全労連、全労協の労働団体、政党では民主党(メッセージだけ)社会民主党、共産党が答えたにもかかわらず、参加者が(大会発表)1500人とは淋しい。まったく淋しい。各代表の決意表明の最後に「東京過労死家族の会」のNさんが登場すると会場に緊張が走った。みんなの注目が壇上のNさんに集まった。カメラマンがバラバラッと舞台下に走り寄った。私もよたよたっと混じって、毅然と訴えるNさんを撮った。(今日、その写真をお送りしたら、うれしいわと、言ってくださった) デモに移る前(私はこういうのは初めてで、教わったとおりにやります)と言って団結ガンバローをやった青年は、フリーターだという。会場には外国人(お顔で判断した)の参加もあった。この日を出発にして、この運動が拡がり「過労死促進法」が、廃案になることを願う。 |
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| 2006年12月5日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 479 |
12月5日(火)晴れ 気温?℃
月に1度の川柳句会で、8時過ぎには家を出た。終わってから忘年会もある。更に2次会もある。仲間に会えると思うと、足が速くなった。
ご自分で「私は川柳が作りたいと思わなくなったから、大分具合が悪いんだと思う」とメールを頂いてあったので、酸吸さんが来られるかどうかみんなで心配した。
だから公民館の入り口に酸吸さんの笑顔が見えたとき、私たちは駆け寄って喜んだ。
いつものように、宿題「やれやれ」の講評が始まった。今回は良い句がなかったね。題が悪かったのか・・と言いながら、(朝起きて何もせぬのに夜になり)・・かったるいね。中味がない。(壁一つ隣の家のけんかやむ)・・物好きだね。てな調子で私たちを笑わせながら、読み解いて行く。今回から暖房も入って乾燥した所為か、度々咳き込んだ。私たちはハラハラしながらも、ただ見守る事しか出来ない。
私は断って、会場の様子を写真に撮った。酸吸さんが参加できなかった忘年会(じゅんごさんが南京玉すだれを披露)も、写真にとってメールで送った。こういうときにメールは、本当に便利だ。折り返し酸吸さんから返事が来た。(ぼけシャシンこんなに温い気持ちくれ)ぼけは、余計だと思うよ酸吸さん。 |
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| 2006年12月4日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 478 |
12月4日(月)晴れ 気温7.8℃
お絵かきの仲間に阪神大震災を経験された人がいて、その方のお話をみんなでお茶をしながら聞いた。震災直後、彼女も一人暮らしのお母さんを探して街中を歩き回ったが、(後から考えて)悲惨な現場を見ても感覚が麻痺しているのか、なんとも感じなかったと言う。その一方で、あんな大きな地震を経験したのだから、もう一寸の地震は恐くないでしょ?と聞かれると、いいや今の方が少しの揺れでも恐いと答えた。
更に初めのうちこそ、みんなで協力し合ったが、時間が経つに連れてやはり力の強いものが先に出て、弱者は端に追いやられた。知恵遅れの親子は、はじかれて(と彼女は言った)電気、水道、ガスのない壊れた市営住宅に追いやられ、気が付いたときには二人とも亡くなっていたと言った。更に復興の段階になると、ハッキリと経済的に豊かな地域から元通りになって行く一方、いつまでも壊れたままで放置されている地域があった。人生観に変化があったかと尋ねたら、目の前で一瞬にして町全体が壊れるのを見ちゃって、ものに対する執着がなくなったと答えた。彼女は退職後、ピースボートに乗って世界一周をして、こちらに転居されたという経緯からも、その事が伺われるのかなと感じた。 |
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| 2006年12月3日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 477 |
12月3日(日)曇りのち晴れ 気温10℃
ベルはまったく厭なヤツだ。毎日身体中をにょごにょごと撫でて、変わったことがないか様子を見る。その時は目尻を下げ、んぐんぐとか鼻を鳴らして、ごろんと寝ころんで直ぐにお腹を出す。でもそれだけでは毛が絡んで毛玉が出来るので、ブラッシングが必要なのだが、ヤツはブラッシングが大嫌い。ブラシを見ただけでこここそと隠れる。そこをむんずと捕まえておいて、そろそろと(あまり刺激しないように)ブラシをかけるのだが、「ヒエー」と大げさな鳴き声をあげる。まるで虐待でもしているような叫び声を上げるのだ。で、こちらもつい、手がゆるんでしまう。その間にヤツは犬小屋か、縁の下に逃げ込んでしまう。
朝のウチは冷えたが、昼頃お日様が出てくると風もなく暖かな日和となった。昼から、頼まれたシクラメンの鉢を届けにケアハウスに義姉を尋ねた。前回義姉を訪ねて帰るときに、トイレットペーパーが切れているのに気が付いた。もう一度スーパーへ行って買ってくると言うと、後で自分で買いに行くからいいと言われた経過があった。で、あの後買いに行ったかと尋ねると、未だだという。スーパーはゆっくり歩いても5分とかからない。それならば一緒に買い物に行こうと誘った。外へ出ると、風は少し冷たいがいい気持ちだねと、義姉は穏やかに言った。 |
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| 2006年12月2日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 476 |
12月2日(土)晴れ 気温9℃
昨日電灯を買いに行った時の事。8帖前後の広さには72Wと言うのが標準らしい。カサは八角形の曇り硝子で、角に二本ずつ焦げ茶色の線が入ったのが気に入ったが、在庫がないという。店員は丸形やいっそこんなのはどうですかと天井にピッタリと付ける型のを紹介してくれた。でもそれでは部屋の隅に、光が届き難いでしょうと聞いてみた。店員は待ってましたとばかり、膝を叩いてこちらへどうぞと誘導して天井を指さした。(これは新発売で、ご覧の通り中の蛍光灯も四角です。)上を眺めるとなるほど四角いカバーの中には1本の蛍光灯がロの字になって入っていた。従来はこういう場合、直線の蛍光灯が何本か入っていた。確かに技術の進歩かも知れないが、でもそれがどうした位にしか思えなかった。然し天井に張り付ける型は、吊り下げ型よりも埃り汚れの掃除がし易い。これにしてみようかと家人に同意を求めると、いやさっきの方が良いと言う。私は一寸した変化を楽しみたいのだが、家人は保守的なのである。ふん、お互い女房や亭主はなかなか替えられないけれど、電灯の笠を替えるぐらい何よと腹の中で思ったが、黙っていた。
結局、木造(桐だという)に和紙という今までと殆ど同じのを買って帰った。 |
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| 2006年12月1日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 475 |
12月1日(金)晴れ 気温10℃
朝、気温が下がった割りには、日中は穏やかな暖かい師走の入りだった。
朝から宿題にかかっていたのだが、ついでがあって電気屋へ出かけてガスレンジと電灯を買った。どちらもガタが来ていて、大分前から取り替えようと思っていてぐずぐずと過ぎていた。帰ってきて直ぐに、ゴムホースとレンジを新しいのと取り替える。
作業は直ぐに終わったが、さて古いのは粗大ゴミとして連絡しなければならないと思って、なんとなく眺めた。五徳を取って、確かトッププレートは外せた筈と思って動かしたら、簡単に外れた。開けてみるとやはり、グリルの部分は焼けて半分崩れかかっていた。やはりもう寿命で、事故を起こさなくて良かったと安心した。改めてみるとあちこちねじ釘で留めてある。それを見たら、モダンタイムスのチャップリンの様になんだかねじ釘を外したくなって(チャップリンは、ネジを締めた)、ドライバーで緩めると案外簡単に外れるではないか。あちこち外して大きな部品を外すと、下にはひとまわり小さいけれど、未だぴかぴかのねじ釘が出て来た。それも外す。
じゃんじゃん、どんどん外す。すると複雑に絡み合っていた部品も、あっけなく外れる。森という印を見つけた。多分森さんが最終検査をやったのだろう。森さんはどんな人だろう?グレーの作業衣にキャップ、安全靴も履いて、立ち作業なのかな。年令は幾つくらいかなどど想像しながら、どんどん細かい部品に解体していった。30分もかからなかったと思うが、トッププレートと枠を残してレンジはバラバラになった。壊れた部品もあったが、ぴかぴかのねじ釘や新品同様の部品も幾つもあって、このまま捨てるのは申し訳ない気がした。人間ならば、脳死かななんてチラッと考える。
夕方外に出てみると、最後まで残ったトッププレートと枠は4つに折りたたまれ、不燃ゴミの袋2つに収まっていた。 |
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| 2006年11月30日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 474 |
11月30日(木)曇り・雨のち晴れ 気温14℃
公園へやって来たサムは、しきりと草を食べていた。お母さんはそれを見て(胸焼けがしている)と、説明した。サムを連れて実家の畑へ行ったとき、近所の農家に立ち寄ると必ずお茶が出る。お茶菓子は白菜の漬け物か、蒸かしたサツマイモ。しつこく勧められてサムは、白菜の漬け物は食べないが蒸かし芋を結構食べたから、きっと胸焼けがしたと言った。
今日は月に1回の通院日で、銀座に出かけた。せっかくだからミキモト本社前の大きなクリスマスツリーや、和光のディスプレイを見物。でも街は少しもクリスマス気分ではないと感じた。今月も又、開館40周年記念名品展を見るために、出光美術館へ寄った。今日は空いていて、すんなりと9階に上がれたが、チケットを買うのは私ぐらい。見ていると殆どの人は招待券で入るか、入場引換券を出していた。一体皆さん、どういうところでただ券を貰うのかな?教えて欲しい。出展品の中に芭蕉の自筆だという例の「古池や・・」の短冊があったが、想像していたよりもずっと小さかった。展示品の中では肉筆浮世絵が、美しくて印象に残った。書画骨董の他に会場外にルオーが、何枚かあった。選りすぐりの傑作だと注釈してあるが、私の好みではない。型にはまって窮屈な絵だと、感じてしまう |
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| 2006年11月29日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 473 |
11月29日(水)晴れ 気温14℃
今日は4日振りに気持ち良く晴れ上がったので、義姉を見舞った。コタのウチで、穴子を握って折り詰めにして貰い、お土産にした。いつものように少しお喋りをして、スーパーへ買い物に行った。義姉は目を輝かせてあれこれと品定めをしている。
ホームのお友達にも会った。お花(カサブランカ、かすみ草、グロサリオ)富有柿、ミカン、ラ・フランス、こなすの漬け物、創建美茶などを買って、ホームへ戻った。
受付であった仲間の人はお花を一瞥して「あら、高い花を買ったのね」と言った。やれやれ、女の園は賑やかだ。
もう12月になるというのに、公園へ歩いていったら汗ばんだ。この頃は、私でさえ抵抗なく何とかの水を買って飲む。然し今の子ども達は、お風呂の中で石けん箱のふたを使って水道水を飲まないのかしらと、思う。あれは美味しかった。何となく石けんの匂いがするのさえ、味を引き立てたのではないかしらと思った。ならば夢よもう一度と、試してみたら、これが美味しい。石けん箱はもう使わないから、水道の蛇口へ手を当てて飲んでみた。ああ、この味、この匂い。最近はお風呂に入るたびに、この密かな楽しみを味わっている。 |
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| 2006年11月28日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 472 |
11月28日(火)曇り 気温14℃
今朝の公園で3匹が出会ったので、揃って散歩していたとき(よぉー、よー、この人の名前なんて言うんだっけ?)突然、チャーミーのお父さんに聞かれた。なんで急にそんなこと言い出すのかと疑問に思いながら、サムちゃんの名字を教えてあげた。
するとチャーミーのお父さんは(あのよ、Yさんの息子さんがよ。こっちへ行きたいって言ってるよ。)と、サムのお母さんに言った。チャーミーのお父さんは酒焼けで、赤ら顔である。サムのお母さんは嬉しそうにアハハと笑って、Yさんの息子さんだってと繰り返した。Yサンの息子はそっちへ行きたいのか、そうかと言いながら、私たちは道からそれて、木立の中に入った。誰が見てもサムとお母さんはお互いに、相手を思いやっているのがよくわかる。もーちろんと力を入れてサムちゃんのお母さんは、倅よりもサムがずっと大事だと言う。
帰りに公園の入り口でメイちゃん達に出会った。メイちゃんのお母さんは「何をしたいのかハッキリと言いなさいよ。アンタと10年付き合っているけど、何がしたいのかちっともわかんない」とメイに言っていた。人間もそうだけど動物ならなおさら、こちらから相手が何を要求しているのか想像しないと、わからないんだと思った。つまりそれが、愛情って事かな。 |
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| 2006年11月27日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 471 |
11月27日(月)雨・一時曇り 気温13℃
夕方の公園でサムちゃんに会ったとき、なんだか顔が赤いように見えた。仕事は昼までだったと言った。首と肩の痛みが、暖めると具合良いが、連続して貼っていてかぶれが心配で、貼らないと痛むと顔をしかめた。こういうときに一人暮らしは、精神的に参るね。私がどうにかなったら、サムはどうなっちゃうんだろうと心配でねとしみじみ言う。今までと同じ暮らししているのに、どうして急に痛くなっちゃうんだろうと聞かれたが、こちらも返事に困る。同じ階段の人に聞いたらね、と急ににやにやして、ほらみんなアタシより10才ぐらい年上だから、それが年ってもんよと言われたと言う。こちらも同感だったが、口にしなかっただけだ。同じように見える毎日が、すこしずつ変化しているのだが、実感するのは難しい。毎日見ている自分の顔は同じように見えるが、写真は時間もしっかりと掴んでいるから、こんな筈はないと別人のように見える。
事務所の帰りにいつものJA直売店に寄ってあれこれ買った後で、Aさんが、レジの傍をみて目を輝かせた。そこにはりんごが山積みとなっていて、コープのビニール袋に詰め放題で1200円だという。Aさんは「あら、これ安いじゃない。面白そうだ。やってみよう。リンゴは身体に良いのよ」とか言い訳しながら、腕まくりした。
10個位入るかしらというと、顔なじみのおばさんがアタシは23個入れたと答えた。Aさんは美味しそうなのねと、品定めをしながらナント、28個詰め込んだ。私は見ているだけで、14個のリンゴを600円で買った。今、そのリンゴを並べて眺めている。うーん、良い香りである。 |
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| 2006年11月26日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 470 |
11月26日(日)晴 気温9,9℃
今年も暖冬と言うことで、今朝の冷え込みも特別ではなかったが、公園の芝生広場のベンチに青色テントを被って寝るのは、寒かろうと思った。せめて屋根のある四阿の中の方が、幾らか違うだろうにと思うが、ここの公園にも自由人の人数が増えてきたので、それなりの苦労があるのかも知れない。何時頃寝たか知れないがとにかく、夕べ我々が帰るときにはいなかったとサムちゃんは言い、未だ寝ているからと、犬たちを離れた場所で遊ばせていた。所が海とベルが気が付いて、こんもりと盛り上がったテントに吼えだした。私は慌ててベルを制止したが、吼えるのを止めない。とうとう起こしてしまった。こちらはベルを叱ったり、謝ったりと大忙しだった。犬たちを連れて公園をぐるりと廻った。芝生広場とグランドを挟んで反対側の四阿には、公園のゴミ箱を持ち出して段ボールを沢山燃やした跡があった。あたりには飲食したごみが散乱している。いつもバイクで乗り付けるガキどもだな、これだけ燃やしたらかなり火柱も上がるだろうとサムちゃんは、出会った近所の人達に(夕べ消防車が来たか?)と聞いて廻った。そこを過ぎるとサムちゃんが、近寄ってきてトントンと私の左肩をつつき、振り返ると後ろを指さした。おじさんが自分の犬の落とし物を、小枝の先で端へ寄せていた。如何にも隠しているという風情なのだが、なかなか上手く行かない。近寄ってビニール袋をあげましょうかと声を掛けたが、聞こえないふりをしている。3度目でやっと「ああ、頂きましょう」と手を出した。あの犬はいつも来るのよと、サムちゃんは言った。意外に自分の行動って、他人に知られている |
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| 2006年11月25日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 469 |
11月25日(土)晴 気温9,8℃
今朝、初めて室内温度計が10度を割った。畑にはうっすらと霜も降りたようだが、思ったほどには寒くない。公園で会ったサムちゃんは今朝、目が覚めたら右肩が痛くて首が廻らないと言う。私の家近くの鍼灸院へ行こうかと思うと相談されたので、それなら私の行っているところの方が安いのでそこを紹介しようかと答えた。普通、鍼治療の初診は5,6千円かかると教えた。そんなに高いのかと驚いたので、保険の利く接骨院はどうかとかあれこれ話した。今朝は24時間営業の店で温湿布を買ってきて(クーポンが溜まっていたのでそれを使って、千円のが550円で買えたという)貼ったら大分具合が良いので、木曜日まで待ってかかりつけの医者に行ってみると言うことで、落ち着いた。サムちゃんも2,3年前まではしょっちゅう、犬を連れての遠出に出かけたが、この頃は怪我や故障が増えて、さっぱりそんな誘いがなくなった。それにウチなんかの会社でも契約期限切れって事で、結構解雇される人が多いと愚痴った。数年前までは3Kの仕事で希望者が少なかったのに、今ではどんどん増えているから一寸でも文句を言うと、クビになると言った。所で、肩の痛いところだけど、もしかしてサムが一晩中乗っているなんて事はないの?と聞いてみたら、うーんそう言えばサムは左肩に頭が、右肩には前足を乗せて寝ていると言った。 |
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| 2006年11月24日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 468 |
11月24日(金)晴 気温12℃
必要があって、千葉市の無料法律相談へ出かけた。2時の予約だが1時半に着いて、職員に案内されたソファーに座ろうとしたら、声を掛けられた。自分の隣を指さしてここに座れと言う。素直な私はお婆ちゃんのとなりに座った。こちらもばあさんだが、彼女は77才だと言ったから勘弁して貰う。こちらが座るのを待って、「こんな事ってありますか?銀行が勝手にヒトの預金を引き出して使って、通帳も破って捨てたと言って返してくれない。」とまくし立てた。「この銀行とは20年も付き合ってきたのに、ちゃんとネクタイしめて、背広着た銀行員がね、4人も4日間毎日ウチへやって来て、どんどんとを叩いたりウチの周りをぐるぐる回って中を覗いたりして、それはもう恐かった」「丁度暑いときだったけど、締め切ってテレビもクーラーもつけないでジッとしていた。体重が10キロ以上も痩せてしまった。」前後の関係がわからないけど、子どものいないご夫婦は公務員として定年まで働き、まとまったお金を手にした。子どもの学費がかからなかった事もあるけどね、節約して暮らしてきたのだと言った。背負ってきた黒のリュックを見せて、(これも安物なの。なくすといけないから帰りのモノレール代190円はここ、電車賃150円はこっちに入れてある)と、教えてくれた。警察に訴えてパトロールをして貰ったり、近所の人があんまりひどいと言って一緒に銀行に掛け合ってくれたが、痴呆だのボケだのと言われてラチがあかないので、ここへやって来たとか。おじいさんは病院に入院している。
私は、失礼だけどホントの話ですかと、聞いてしまった。家人も「うそだろう」と言った。彼女の話を半分にしても、銀行は彼女の納得を得ないで事を進め、誤解を拡げたのは事実だろう。最後に「テレビなんかで見たことあるけど、こんな目に遭うのは私で沢山。お金かかっても良いから、さっきの弁護士さんに頼んできっちりさせる」と、仰っていた。 |
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| 2006年11月23日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 467 |
11月23日(木)晴 気温?℃
5時起きして、Iちゃんが通っている養護学校の学習発表会に出かけた。娘家族は、最前列右端に陣取っている。私たちもそこに紛れ込んだ。マットの座席と椅子席は直ぐにいっぱいになった。Iちゃんは「おおきなかぶ」のおじいさん役で、茶のパンツにサスペンダーを着け、長靴を履いていた。ホントはかぶり物もあるのだが、どうしてもそれはつけられなかったと聞く。とにかく彼は例の(うんとこしょ、どっこいしょ)を何遍もくりかえし(彼の声は確認できなかったが)、最後まで出来た。中一クラスの出し物はピーターパン。一気に人数も多くなって(26名だったか)せりふや歌も少し入って賑やかだ。拍手も沢山貰った。中学部が急に生徒数が増えるのは、各学校から送り込まれてくるからだと、娘が解説した。(小学校1年の1学期途中でも、転校してくる子がいるのよ。せめて学期末まで面倒見たらって言いたい)と彼女は怒る。(そこへ行くとここの先生は、どんな子でも受け入れる、その子の良いところを見つけようと情熱を持って接してくれる。授業もね、いつでも参観OKなのよ。)昨年障害児学級での児童虐待が新聞で報道されてから、むすめ達はあれこれと悩み、引っ越しまでしてIちゃんが楽しめる場所として、結局養護学校を選んだが、良かったねと私も心から安心した。 |
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| 2006年11月22日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 466 |
11月22日(水)晴 気温13℃
珍しい人からケータイメールが来た。何事かと思ったらクロスワードパズルを解いているが、言葉が出てこないから教えて欲しいと言う内容だった。なるほど、彼女は現在入院中で、暇なんである。返事を出すと直ぐに有り難うと帰ってきた。一時ケータイの電磁波が問題となったが、あれはどうなったんだろう?
床屋へ出かけた。私の座るのを待って女将は、(ダンスがちっとも上手くならない。)と愚痴った。昨日もダンスホールへ行ったのだが、上手な人ばかりで気後れがしたと言う。まあまあとなだめる。それから眼科へ行った。この数ヶ月(いや、1年近くかも知れない)目が疲れて、夕方になると頭痛がした。一度眼科へ行こうと考え初めてから数ヶ月、やっと腰を上げた。医師の見立ては、今のメガネが合わない、強すぎると言うのだ。ならばと丁度良い度数を処方して貰って、その足で眼鏡屋に行ってメガネを注文した。遠近別々に作ったので、並のを注文したが結構な金額となったが、これで頭痛や眼精疲労肩こりから解放されるのならば、仕方ない。 |
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| 2006年11月21日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 465 |
11月21日(火)晴 気温14℃
朝7時を少し過ぎた頃、お母さんと忙しくやってきたワンタは、お母さんがまたあたふたと帰ろうとしたが、逃げ回って帰りたがらない。(ママ、お仕事でしょ)と言い聞かせても、どこ吹く風と遊び回って掴まらない。(大丈夫、どんどん帰れば後から追いかけてくるから)とサムちゃんに言われて、それでも心配そうに後ろを気にしながら公園の出口へ急ぐ。急ぎながら(もっと早く来れば良いんだけれどね、お弁当を3つ作って夕飯の仕度をしてるとどうしてもこの時間になちゃう)と、私たちに言い訳した。やはりワンタは追いかけてきて、お母さんと戻って行った。後ろ姿を見ながらサムちゃんは、(今日は早番だから・・)と言った。サムちゃんも結構おばさんで、他人の細かいことまでちゃんと承知している。この前家人が館山の帰りに、高速で車の調子がおかしくなって姉崎の修理工場へ置いて来たことを、探られてしまった。サムちゃんは直ぐにナナのお父さん(自動車整備工)に、いろいろと聞いて原因を探っていた。(この頃ね、海のお母さんの様子がおかしいのよ)私に近寄って耳打ちした。(あんなにお喋り好きの人が昨日もね、公園で海を抱いたままジッとしてたの。ナナチャンのお父さんが、なんかあるんじゃないかって心配してね) |
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| 2006年11月20日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 464 |
11月20日(月)雨一時晴 気温13℃
夜半から今朝にかけてひどい降りだった。そのくせお昼には青空がひろがり、冷たい風が吹いてきた。干し柿日和だなあと思っていたら、裏の家から今年も渋柿が届いた。以心伝心と言うヤツらしい。珍しく家にいた家人は喜んで、貰った柿を両手に提げて体重計に乗ると、10s一寸あった。因みに家人の体重は50,4sだった。
午後は、夫を交通事故でなくした友人を見舞う。49日も済んで思ったよりも落ち着いていたが、どう声を掛けようかと思案していたら、彼女の方から「散骨しようと思うの」と話しかけてきた。「いつも、(海に)撒いてくれって言ってたから・・」。専門の業者がいるのだと言った。千葉県の海でも散骨出来る場所が何カ所かあって、船を1台チャーターするとかなりな金額になるが、幾つかの家族と一緒にすると10万円位で済むらしいと続けた。彼女は近くの海でも良いと考えたが、息子さんが故人が良く釣りに行っていた南房総の海が良いというのだそうで、まあ海は続いているからねえと答えた。でも散骨でも少しは残しておくのでしょうと尋ねると、どうして残すの?と反対に質問された。そう言えば彼女は昔からかなりクールな所があったなと、思い出した。彼女はこちらの困惑を見て(ちょっと冷たいかな)と笑った。 |
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| 2006年11月19日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 463 |
11月19日(日)雨 気温13℃
一昨日ケアハウスへ義姉を訪ねた。朝のウチにお弁当を持って行くと知らせてあったが、カーテンが半分閉まった室内で、テレビもつけずにボンヤリとしていた。それでもコタの所で作ってもらった弁当を喜んで食べた。あれこれ話をしている内に、冗談に声をあげて笑った。相変わらず花瓶には花がない。いつも後で買ってくるからと言い訳するが、天気が良いので休んだらスーパーへお花とパックのお茶を買いに行こうと誘った。いつも飲んでいるお茶も切れていた。その時電話が架かって来ると(今お客さんが来ていて忙しいから今日はダメ)と断って、何でも人に用事をさせようとするんだからと、怒ったような言い方をした。事情を聞いてみると、事務所では部屋から出ない義姉を気遣って、あれこれと用事を作って誘ってくれているらしい。
風もなく小春日和で、ゆっくりと歩いても5分でスーパーへ行ける。義姉は楽しそうに歩いている。入り口で本日特売の「チョコパイ」が目について、どうしてもねとか言いながら籠に入れる。店内で同じハウスの仲間と出会った。まず、花売り場でかすみ草、黄色のユリ、赤いガーベラを選んだ。義姉は、それらをまとめて眺めてうんと納得。それから果物売り場に廻ってみかん、洋梨を買う。野菜売り場では白菜が2玉で198円とあり、やすいねなど品定めをしながら、見て歩く。魚売り場では(この頃は前のようにお刺身を食べたいとは思わなくなった)と、ウインドウを覗きながら言った。これも薬の副作用なのか。部屋に戻ると疲れたと言ったが、気分は良さそう。毎日1回は外に出てねと言うと、素直に頷いた。私も2週に1回ぐらいは来なくてはいけないなぁと反省。 |
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| 2006年11月17日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 461 |
11月17日(金)晴れ 気温13℃
柏の労働基準監督署へ労災申請の同行。これから申請予定のお二人も参加。
五木・椎葉村を訪ねて6
宮崎から海岸線に沿った10号線を北上、美々津という美しい港町を通った。ここには江戸時代伝統的建物保存群の町並み、日本海軍発祥の地、更に古くは神武天皇お船出の地という。川を渡ると道の駅「日向」があったので立ち寄る。隣接してレジャー施設サンパークに「お船出の湯」という日帰り湯があったので、椎葉村の帰りに寄った。湯船の中から日向灘が見えた。一緒に浸かっていた30代の女性に声を掛けると、彼女は小林からお爺ちゃんの見舞いに来た帰りだという。ここは神武天皇お船出の地と言って、あそこに見える岩の間は今も漁師さん達はあそこを通らないそうですと、教えてくれた。で、神武天皇はここからどこへ行ったのですかと聞いてみた。彼女はハッとして、そう言えばどこへ行ったんでしょうね?と慌てた。湯船から上がった彼女は中年の女性を連れてきて、姉は宮交(多分宮崎交通)の観光バスガイドだったと説明して、(神武天皇はさ、お船出の地からどこへいったんだか?)と、聞いてくれた。(どこさ行ったって?うちさ帰ったんじゃないの?それとも江戸へ帰ったのかな?・・もう20年も前のこと、忘れた)と、元ガイドさんは答えた。私は笑いを隠すために、そっぽを向いた。 |
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| 2006年11月16日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 460 |
11月16日(水)晴れ 気温13℃
昨日は夕方少し雨が降った。早めに公園へ出かけ、小さな流れのある下の公園へ行く。ツタやうるしのような紅葉はないが、黄色や赤茶色に染まった林はもうその半分が落葉していた。合間に見えている空は重く、秋の終わりを教えていた。オシドリや鴨が元気に池の水をかき回している。ポケットのドッグフードを水鳥たちに投げたら、ぼちゃんと音がして鯉が食い逃げしていった。
五木・椎葉村を訪ねて5 椎葉村メインストリートの山側に小さなスペースがあったので、私たちはそこでお昼を食べていた。その休憩所の横には急な坂があって、そこを園芸用の緑色の支柱を杖代わりにして中高年の女性が降りてきた。すこしためらってから、どこから来たかと私たちに声を掛けた。痩せて顔色が悪く、着ぶくれていた。話をしてみると彼女も平家祭を見るのは初めてだとか。宮崎市内からこの4月にご亭主の転勤について来たと言った。ここは社宅で(と顎で指し示した家は、山側で日当たり抜群、大きな家である)土日には宮崎市内の自宅に3時間かけて帰ると言ったが、私たちには逃げ帰ると聞こえた。マグノリアさんが、任期はどの位かと尋ねたら、2年、やっと半年過ぎたと吐き捨てるように言った。彼女と別れてから、一体あの人のご亭主はどんな職業かと不思議がると「銀行員じゃない?」とマグノリアさんはきっぱり言った。「ここは役場と郵便局に銀行しかないもの。」これから宮崎市内で行われるゴルフ大会を懐かしがって、新しい場所になじめない彼女が痛ましかった。私たちは「夜は、寂しいだろうね」と、顔を見合わせた。 |
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| 2006年11月15日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 459 |
11月15日(水)晴れ 気温18℃
暖かい。ベルはサムの後を追いかけて草むらに入り、出て来たときには鼻から尻尾まで草の実をいっぱいにつけてきた。今朝も芝生広場から真っ白な富士山が見えた。
五木・椎葉村を訪ねて4 昨日行った五木村では幾つか集落は見たが、商店とか郵便局は見なかったが(私が見落としたのかもしれない)ガソリンスタンドはあった。そうそうマグノリアさんが運転しながら2回も、猿を見つけた。ホントに猿の顔って赤いねぇーと感心していた。でもここであった猿は、穏やかな顔をしていた。棲みやすいのだろうか。
一方ここ、椎葉村では「鶴富屋敷」の前までの百メートル近くに渡って、両側に商店街があった。なにより役場・郵便局・診療所・銀行が揃っている。メインストリートと言うべきだろう。道幅は仲見世通りほどで、曲がっておりかつ上り下りがある。
その道沿いに、商店の無いところに作った舞台が3ヶ所あって、パイプ椅子を出したり飾り付けをしたりと、人々が忙しく立ち働いていた。今日から平家祭が始まるせいか、ぼつぼつ観光客も出て活気がある。椎葉村は五木村の倍の人口だ。見学料200円を払って、鶴富屋敷を見学する。私が何より驚いたのは、もうおとぎ話の世界だと思っていた鶴富姫の子孫が延々と続き、現在は32代目で旅館を経営していると聞いたことだった。行ってみて実感したのだが、こんなに人里離れたところで良くもマア、人々が800年も生き延びてきたという事実に圧倒された。ぼけっとしていると地元テレビのレポーターにつかまった。そのレポーターから、お祭りは台風被害で2年続けて中止となり、今年やっと再開に漕ぎ着けたと聞いた。マグノリアさんは(皆さんよく頑張りましたね)と言ってくださいと頼まれ、その通りマイクの前で喋ったそうである。ま、ささやかな御協力である。 |
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| 2006年11月14日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 457 |
11月14日(火)晴れ 気温14℃
五木・椎葉村を訪ねて3
マグノリアさんは、毎日5時半には愛犬ハナちゃんを散歩に連れて行くから早起きである。それならと2日目はホテルを7時に出発、きょうは椎葉村へと向かった。静かで、立派な2車線道路を山に向かって走る。山地に入る前に、道の駅へ寄って諸々の準備をする。川に沿ってぐんぐん山奥へ入る。温泉もある。どこまでも良い道ねえと話しているといきなり工事でストップ。道路が大きく−1車線分−削り取られている。そこからは何カ所もそんな場所があり、山が迫って来るに連れて無惨な山崩れの現場が次々と視界に飛び込んできた。山崩れと言うよりも、山が半分抉られていると言った方がピッタリする。そう言えば確か去年台風が繰り返し襲って、かなりの被害が出たというニュースをぼんやり思い出した。これも後から聞いた話だが、2年連続で台風に襲われてその被害は約280億。未だに22世帯が仮設住宅に住んでいるという。道はとっくに、すれ違いが難しい山道になっていた。工事中のこの狭い山道は然し、かなりの交通量である。慣れていると言っても、軽自動車が結構なスピードで走る。道路沿いに自動車修理工場も2軒、ガソリンスタンドもあった。と言うことはえっ、タンクローリーも入ってくるの?と話し合っていたら、帰り道で本当にタンクローリーと出会った。 |
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| 2006年11月13日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 456 |
11月13日(月)晴れ 気温12℃
五木・椎葉村を訪ねて2
1日目は、宮崎市に到着してレンタカーで出発したのが10時20分。マグノリアさんは高速をとばして人吉インターから国道445を北上した。案内では人吉I・Cから50分とあったが、私たちにはたっぷり5時間と感じられた。険阻な山の地形に沿った細い道を、初めて乗るレンタカーを操ってくねくねと登るのは、そばで見ているだけの私も心身共に疲れた。それでも道の駅までは良かった。そこからもみじ祭の地図を貰って、2ヶ所の吊り橋を目標に車を進めると、関東平野を見慣れている目には驚きの急斜面に家があった。(翌日、立ち寄り湯で一緒になった人から聞いた話しでは、ダムを作ったためにそこに住んでいた人達は、山の上の方に移り住んだとう。)狭い暗い道はどこまでも終わりがなかった。それでもぐるりと一回りして、小学校2つとへきち保育所の看板がかかった場所を1つ通り過ぎたが、子どもの声はひとつも聞かれなかった。どこもかしこも静寂だった。五木村は人口1,527人、うち65才以上は588人。06年の出生は7人、転入36人,転出55人。大吊り橋には観光バスも2台止まって、中高年の観光客で賑わっていた。私たちはこれ幸いと、観光バスの後に付いて山を下りた。途中、峠の茶屋で買った地鶏炊き込み弁当・500円は、美味しかった。ついでに言うと、空の青、渓谷を流れる水の青に映える紅葉の美しさは、空気の美味しさと共に忘れられない。 |
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| 2006年11月12日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 455 |
11月12日(日)晴れ 気温15℃
マグノリアさんと2泊3日の旅から帰ったら、ここは晩秋の空と風が吹いていた。
あんな様子だと知っていて、誘ったのじゃないと言い訳すると、マグノリアさんはわかってると言って笑ってくれたが、思いがけず冒険旅行となった。
かねがね九州の秘境と言われる平家の落人部落を訪ねたいと思っていて、今年の紅葉はそこで見たいというと、マグノリアさんはわかったと二つ返事で承知してくれた。
彼女はいつも手早く、完璧な準備をしてくれるのに甘えて、オンブに抱っこ私はなーんにもしなかった。だから五木村が熊本県で、椎葉村が宮崎県だと言うことさえ知らずに出かけた。
往復航空機とホテル代がセットになった格安チケットを買い、現地はレンタカーで廻った。レンタカーは、マグノリアさんの次回マイカー候補の軽。1日目は羽田発7時50分、2日目はホテルを7時、3日目は6時20分の出発だった。朝食は1日目お昼を兼ねてラーメン、2日目はコンビニのおにぎりとお茶を買って車の中で、3日目はモスバーカー。夕食は1日目は峠の茶屋で買ってきた地鶏の炊き込み弁当と缶ビール、2日目はファミレスでうどん。旅では行った先でどんな珍味・美味に出くわすかも知れないので、満腹にしないのが原則。ま、沢山の量を食べられなくなっただけの話。今はどこでも道の駅が出来ているので必ず寄って、美味しいものを物色した。五木村では厚い皮の中は本当に栗を潰したアンが入ったまんじゅう、椎葉村ではだんごと言っても、楕円形、肉厚の葉に包まれたまんじゅうなどは特に美味しかったし、試食はみんな試した。最後に寄った飫肥の町では、私だけが焼酎の試飲をしてマグノリアさんが買った。どれも香りが良くて美味しかったので、買わなかった。毎夜私が一人で飲んでしまうのがわかっていたから。 |
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| 2006年11月9日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 454 |
11月9日(木)晴れ 気温?℃
やはり11月ともなると晴れた日は、公園の芝生広場から朝夕富士山が眺められるようになった。ハナちゃんのお父さんは富士山を望みながら(今朝のテレビでやってた富士山はきれいだったよなあ)と、感嘆している。何となく納得できないが、深く考えないことにする。コタのお母さんに会うと(ベルちゃんのお友達という人が来てくれた)と言った。ハテ誰だろうかと考えて、男の人?女の人と聞くと、ペアーだと言うから、ああそれは編集長ご夫妻かと見当が付いた。(もう、きのこ鍋はお終いなんですよね)と聞かれたという。編集長に会ったとき尋ねた見たら、ご近所の人と4人でお出かけだったとか。その話を聞いてAさんは、アタシ達は食べたのよねと言った。確か先月、Aさんからコタのウチへ、友達とお昼を食べに行きたいので、電話番号を教えてと言われた事があった。(昼定食にキノコ鍋が付いていてね、美味しかったわよ。でもその中に茄子がが入っていて、友達が茄子の煮たのは食べられないと言ったの。私は茄子は毒消しだって知っていたから、女将に聞いてみたの。そしたらやはりそうで、例えば刺身に紫蘇の葉を付けるようなものだって教えてくれた。そしたらそう言うことならって、友達も食べたわ。)と、Aさんはいつものように私を家へ送る車の中で、話してくれた。ふーん、茄子が毒消しとはまたまた初耳である。これからAさんを先生と呼ばねばならない。 |
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| 2006年11月8日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 453 |
11月8日(水)晴れ 気温?℃
ふと気になってケアハウスに電話した。義姉の様子を聞くためである。一番気になるのは食事が、ちゃんととれているかと言うことだ。この夏は、(一緒に帰省したときも)殆ど食が進まなかった。意欲がなくなって先月行ったときは、テレビもつけないでボンヤリと座っていた。外食に誘っても、又今度と言ってのってこない。
2、3日前、1日だけ食べられないという日がありましたが、あとはちゃんと食べられていますと、職員は応えた。夏頃のように落ち着かない様子はないかと聞いたら、落ち着きましたと言って、先月末何日か落ち着かなくて、何回も事務所へ降りてきたことがあります。でも同じ階の人と一緒に買い物にも出かけていますし、と言って職員は思い出したように、食事の時自分で買ってきたお刺身を持ってきたので、自分の部屋で食べるのは良いけれど食堂に持ってきてはいけないとお話ししました、と言った。実は6月頃、食中毒の関係で、食堂に生ものを持ってきてはいけないとお話ししたことがありましたが、もうその事は忘れてしまったようですと続けた。洗濯機の使用が順番制になって、混乱していることは聞いていたが、その話は初耳である。義姉からは聞いていない。義姉の混乱の原因がわかったと思った。浜育ちの義姉は何よりも魚が好きで、よくこりこりとした歯ごたえのあるお刺身が食べたいといっていた。
その事を禁止されたと、思いこんで混乱したのだ。心療内科にはかかっているが、私はどうしたらいいのか。 |
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| 2006年11月7日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 452 |
11月7日(火)晴れ・強風・立冬 気温16℃
朝から公民館の2階会議室で川柳の講評を聞いていたが、あまりの強い風音に窓の外を見たら、欅の梢がタコの足のように折り曲がって揺れていた。
私たちの川柳の先生・酸吸さんの体調がかなり悪いとあちこちから聞いていたので、もしかしたら今日は来られないかと心配していたが、Hさんと公民館前で立ち話をしていた時に、ゆっくりと向こうから歩いてきたのを見て、私たちは飛び上がって喜んだ。Hさんは駆け寄って抱きつこうとしたが、酸素の管が邪魔をした。私は(よく、野球選手がやるように)右手の平を酸吸の左手の平と、トンとぶつけた。酸吸さんは酸素吸入管を替えたから、大分楽になったと言ったが、講評の間に酸素を新しいのと取り替えた。こんな事は初めてだ。でもとにかく酸吸さんはもてる。女性だけではなく男性からも持てる。酸吸さんの為なら一肌脱ぐと言う人達が沢山いる。(医者はね、これまでよりも倍強い薬を使いましょう。効くかどうかはわからないが、副作用はあるって、言うんだ。)私たちが酸吸さんと川柳を楽しめる時間は限られている。 |
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| 2006年11月6日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 451 |
11月6日(月)曇り 気温16℃
今日は事務所の当番日。午後からは編集長もやって来てお喋りをした。編集長の所では(ホームページに写真が載っているが)瓢箪が大小22個も収穫できたとか。これをどう演出しようかと、編集長はあれこれ楽しい思案中だそうです。
私は毎年今頃、裏の家から渋柿を貰って干し柿を作っているが、今年は未だ木になったままである。ま、気温が高い今、皮をむいて干したら直ぐにもカビが生えてしまいそうである。柿の渋抜き方法は干し柿や焼酎を使う方法以外に、囲炉裏の上・天井に近い位置に渋柿を置いて熟成させていたなんてAさんは教えてくれた。つまりいぶり柿、スモーク柿というわけだが、なんとも美味しそう。そうそう去年、固くなった干し柿は良く揉んで熟成させると、更に美味しくなると教えてくれたのもAさんだった。話の中でAさんと編集長が「さわし柿」なんて言葉を使っていた。この年になって初めて耳にする言葉である。聞き返すと「へえー知らないの?」とつれない返事。
仕方がないので、帰宅して辞書を引くと・・ さわ・す【醂す】(動五)湯や焼酎(しようちゆう)につけて柿の実の渋を抜く。「柿を―・す」三省堂
『ハイブリッド新辞林』・・とある。なるほどさわし柿とは渋を抜いた柿のことを言うのだと知ったが、果たして今ではどの位の人が使っているのだろうか? |
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| 2006年11月5日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 450 |
11月5日(日)曇り 気温16℃
夕方4時半の公園は、あたりが夕闇に包まれるに連れて、それまで遊んでいた人達はすっとはいたようにいなくなった。それを待っていたように林の蔭からまんまるいお月様が登ってきた。「ああ、ここでいっぱいやったらさぞ美味しいだろうに」とサムちゃんが、黄色いお月様を眺めてため息をついた。今日は八街のお祭りで、親戚に呼ばれて行ったが、サムを連れ車で行ったので勧められてもお酒を飲むことが出来なかったと、残念がった。サムちゃんの親戚の家では、子どもや孫達がこの三連休にやって来た時、持たせる為にと、大根やキャベツなどを沢山用意してあったが、子どもや孫達はそれぞれに用事で来られずそっくり余った。でそれを貰ってきたからと、サムちゃんは犬仲間に分けた。市場に出したらと言ったんだけどねえ、買いに来てくれるなら良いけど市場に出すのは大変だからと言ったという。農作物は大事に育てても、換金するのは難しいのだ。
11月だというのにまだ、虫の音が聞こえる。「ねえねえ、次の日曜にビール工場へ飲みに行こう」サムちゃんは、みんなに声を掛けていた。 |
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| 2006年11月4日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 449 |
11月4日(土)曇り 気温16℃
「拉致に関係した北朝鮮の女工作員を国際指名手配」。昨日から、この手のニュースが氾濫している。NHKは、早速例の政府命令を実行したらしい。皇族関係ニュース、これは既にやっているから次は、防衛庁関係ニュースが多く出回ることになる。
所でここひと月ほどは「いじめ−いじめが原因の子どもの自殺」が、毎日のようにニュースとなっている。この問題は以前からあるのでニュースとは言えないと思うのだが、一向に後を絶たない事が、ニュースとなるらしい。「いじめ」はレイプとその構造が似ている。レイプの加害者は、被害者の家族をはじめ知人知り合いが殆どである。被害者は、なまじ知っている人が加害者なので被害を申し立てにくい。申し立てても、加害者に悪気はなかったとか、まさかあの人がそんな事をするわけがないとか第三者によってうやむやにされる、隠される事が殆どだ。それでも抗議を続けると被害者に落ち度がある、と言うような理屈にすり替えられる。これでは被害者が子どもならば死にたくもなろうというもの。
いじめが後を絶たない原因は先ず、事実が隠されるからだ。今朝の毎日トップには「文科省がいじめはゼロと発表していた7年間に、少なくともいじめによる自殺は16件あった」と、報道している。原因究明はともかく、被害者を守るには取りあえず、原因となる対象や場所へ近づけない事しかないと思う。 |
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| 2006年11月3日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 448 |
11月3日(金)晴れ 気温17℃
今朝、公園でコタのお母さんが(今年はもう、御前山にキノコを仕入れに行かなくても良くなった)と言ったので、そうか、キノコ料理の季節は終わってしまったのかと、思い至った。今年はとうとう天然キノコ鍋を食べ損なった。一度義姉を誘ったのだが(今は良い)と気のない返事だったので、そのままになってしまった。最近、義姉は旅行も食べ物にも興味を示さなくなった。どうしたものか。
所で今日はパラグァイ音楽を聴きに出かけた。中南米音楽にはまっている私は、一度アルパなる楽器の生演奏を聴いてみたいと思っていたが、思いがけずライブのチケットが手に入った。会場は喫茶店で、トークは(あの、チリ日本大使館人質事件の時人質の一人だった人がゲストらしかったが)殆ど聞き取れなかった。然し、ギターを伴奏にしたアルパの音色は素晴らしかった。一緒に行ったAさんは「たった2つの楽器で演奏しているとは思えない。」と音量・音質の豊かさに驚いていた。張りと伸びのある歌声も魅力的で、私たちは惜しみない拍手をした。だがこの会場は(ま、20代の人も見かけるが)どうもかなりの年配者ばかり、然もある程度知り合いのような雰囲気で、私たちは場違いな感じもした。 |
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| 2006年11月2日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 447 |
11月2日(木) 曇り 気温17℃
夫の「過労自死」の責任を企業に求めた裁判の結審が、東京地裁であった。提訴から2年半。突然の配偶者の死という事実だけでも十分打ちのめされているのに、待ったなしで生活の立て直しをたった1人で負わされ、更に夫の無念を晴らす為に頑張った彼女は、端から見ているだけでも大変な状況だった。しかし結審後、支援者の集会で落ち着いて話をする彼女を、惚れ惚れと眺めた。悩み迷いながらも、誇りを守って進もうとする人は、魅力的だ。
さて「アルペンルート紅葉狩り」の続き。
私たちが宇奈月で降られた雨は、室堂では雪になったらしい。2日目は、バスで行くところはどこも青空が高く高く拡がっていた。トロリーバスやロープウエイ、ケーブルカーなどでアルプスを越えた。雪を被った山と紅葉が次々と現れ、その度に(わーきれい、すごーい)と周りで歓声が上がったが、姉は無言だった。高い空に向かって深呼吸しながら黒部ダムのほとりを歩いた時、姉は(こういう景色を見たのは初めて)とつぶやいた。今年はダムが出来て丁度50年目になるというが、険峻な大自然の中のダムの大きさに、素直に人間の営みの凄さに感動する。湖畔に、ダム建設中に事故で亡くなった人達の実名が刻み込まれた鎮魂碑があった。ざっと数えても150名は下らない。実名であることが、読む者に重く響いてくるのはどうしてなのか?姉は(みんな若い人達だってでしょうに)と言いながら、献金をして手を合わせた。それを見ていたのか、知らないおじさんが「ご遺族の方ですか?」と、声を掛けてきた。なるほど姉の年令を推測すればそう思えると、納得した。 |
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| 2006年11月1日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 446 |
11月1日(水) 晴れ 気温17℃
今朝も霧の中から太陽が昇ってきたが、暖かくて直ぐに晴れた。
先月末、紅葉が見たくて「紅葉のアルペンルート1泊2日」のツアーに参加した。ツアーのバスは千葉、津田沼、松戸で43名の客を乗せ、富山県の宇奈月へ直行。津田沼発8時10分で、宇奈月へは13時半に着いた。ドライバーさんは、なかなかの腕前である。同行した姉は、ツアーを申し込むときにドライバーを指定することも出来ると言うので、ホント?と疑いながらドライバーの名前をメモした。しかし最近はメモして置いても、何のためにメモしたのか忘れるので(まして男性の名前である)、しっかりとツアーの時のドライバーと注釈を付けておく。 ホテルの朝食で同じテーブルになった女性は、東京発8時20分の新幹線で来たのにどうして到着がバスと同じ時間になるのか、それに帰着はとても遅くなると不満気だった。更に彼女たちのツアーは、約7千円も高価なのだ。こうして我々おばさん達は何処でも情報の交換をするから、企画する方も楽ではないと姉は旅行会社に同情する。1日目のハイライト黒部のトロッコ列車の帰途は、したたかな雨にあってしまった。薄着の姉が風邪でもひいては大変と心配したが、その事は姉に自分の高齢を意識させてしまったようで不快だった様子。相手の立場も考えて、どの程度かかわるかが難しいところである。 |
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| 2006年10月24日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 445 |
10月24日(火) 大雨・風
「政府、拉致重点放送:NHKへの放送命令 」なんてテレビで見たとき、あれ?いつの間にNHKは国営放送に変わったのかなんて一瞬考えた。テレビに出て来た片山前総務大臣は、私だってNHKに3回拉致問題を重点的に取り上げるようにと言ったが、命令なんてしなくても(ちゃんとこちらの意図を解して)放送してくれたと証言していた。なるほど政府は、他の問題についてもこういう風にNHKを操作しているんだと、白状したようなもの。こんな風に、事態は法律をはるかに越えて進んでしまっている。或いは後追いで、悪い法律を作ろうとしている。働かされすぎが原因の過労死や過労自死が後を絶たない現在、厚生労働省は労働時間規制を一部撤廃する法律を成立させようとしている。ホワイトカラー・イグゼン
プションとかなんとか横文字で煙に巻いておいて、ナントカドリンク剤のコピイのように《1日25時間働く、大いに結構》という法律を作ろうとしている。そんな法律が出来れば、過労死や過労自死の増加に拍車をかけるだけ。これに過労死家族の会などが反対し、連合会長や厚生労働省に要請活動を行い、その様子は今夜7時のNHKニュースのお終いの方で放送された。要請文を厚生労働省側に手渡していたのは、このホームページの管理人である。爆弾や鉄砲を使わなくてももう、国内に死者は出ている。年間3万人もの自死者も続いている。こういう事態はなんなのか? |
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| 2006年10月22日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 444 |
10月22日(日) 晴のち雨
昼前は秋晴れで気持ちの良いお天気、仲間のAさんと片道2時間弱のドライブを楽しんだ。と言っても労災申請に関する仕事で出かけたので、私が運転したわけではないのに、帰ってからすっかり疲れた。 |
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| 2006年10月21日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 443 |
10月21日(土) 晴
ベルが垣根に沿って生えた草を食べていると、裏の子が通った。土曜日なのに登校?と思いつつ、(いってらっしゃーい)と声を掛けた。男ばかり3人兄弟の一番上、5年生くらいになったのだろうか。その長い足が目立つ後ろ姿を眺めて思わず、背が伸びたねぇーとつぶやいた。彼は振り返って、下がり気味の目尻を一層下げてニッコリと笑顔を向けてくれた。今の子ども達は男女ともに足が長い。戦後の食糧難の時代に育った胴長短足の我々から見たら、羨ましい事限りない。やはり豊富な食料で育ったからなんだろうかと、ひがみたくなる。
人間の体格や顔つきは、住んでいる風土や食べ物に大いに関係があるらしい。いや、私は行ったことがないが、米国のニューヨークは人種のるつぼ、いちいち何国人なんて言わないと誰かに聞いたことがあるが、彼らは同じニューヨークに住んで違う顔をしているのはどうしたわけか。訳がわからなくなった。
姉は「この頃ねえ、アタシの顔お父さん(亭主)とそっくりになったって娘が言うのよ。厭だわ、あんな顔。だって他人だもの似る筈がないでしょって、いうの」と、お冠である。触らぬ神にたたりなし。にやにやして拝聴するだけにした。 |
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| 2006年10月20日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 442 |
10月20日(金) 晴
「昨日はね、アタシが休みでさ、主婦やっちゃったよ」とナナちゃんのお母さんはひとごとにいって、アハハと豪快に笑った。お父さんが帰ってきたとき、「ご飯にしますか?お風呂にしますか」なんて言っちゃったと、また笑った。ナナちゃんのお母さんはパート先の仕事が総てに優先するから、お父さんはいつも店屋物か外食、それも間に合わないことがしょっちゅうなのは、犬仲間がみんな知っている。サムちゃんでさえ、あれじゃあお父さんが怒るのも無理ないわーと言ってる。
ナナちゃんのお母さんが、(ん?ちょっと)とサムちゃんの襟元を見た。耳の下の所だけ毛が長いんじゃないという。ナナちゃんのお母さんは元理容師さんだから目に付くらしい。私なんかほぼ毎日あっていて、少しも気が付かない。ああ、自分でカットしているからそこだけ残ったとサムちゃん。ナナちゃんのお母さんは、うん今度ハサミを持ってきてカットしてあげると言った。三月に一度美容院でカットとパーマをすると、1万円でおつりが千円ちょっとだから、後は自分でカットしていると言った。私は床屋でカットと顔すりアンド顔マッサージがついて4千円だというと、(あら、じゃあ長い間には、随分金額が違うわよ。得しているわねー)いつの間にかやってきたメイのお母さんが、決めつけた。 |
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| 2006年10月19日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 441 |
10月19日(木) 晴
今朝は少しの間、霧がかかったようだ。朝日が昇るとぐんぐん気温が上がって、7時前にはすっかり見えなくなったが、芝生がじっとりと濡れていた。ナナちゃんのお母さんは、今朝早くにナナとポンの2匹を連れてきて歩き回ったらホラ見て、と言って足を上げた。もうびしょびしょ、靴の中までぐしゃぐしゃになったといって、笑った。ナナちゃんのお母さんは犬2匹のリードを持ち、小さな袋を持ちながら煙草を吸うという芸当をやっている。今日は又、この秋始めて灯油売りの車もやってきた。確か1450円とか言っていたようだ。こうして秋は深まって行くのだが、私は今日は何日ぶりかで半袖を着た。
公園に通う道の途中に、バスの車庫があるのだが、そこの事務所前に「テロ対策特別警戒中」なんて新しい看板が建った。ネットでニュースを見ているサムちゃんは「国民の6割が(北朝鮮にたいして)強行策を支持している」と、勝ち誇ったように言う。既に臨戦態勢の気分。国連は、インドやパキスタンが核実験をしたときは黙っていて、何故北朝鮮だけに騒ぐのかなんて問いかけてみても、気持ちが高揚していて「とにかく北朝鮮は悪い」の一点張りである。 |
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| 2006年10月18日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 440 |
10月18日(水) 晴
うちで使っている、電動ポットの具合が悪くなった。お湯を注ごうと思ってロック解除を押しても解除できず、従ってお湯が出てこない。焦って押し続けると、頼みもしないのに温度選択ランプが付いてしまう。ああもうと頭に来ながら、もう7,8年いや10年は使ったから仕方がないかと諦めかけた。何回か格闘しているウチに、ロック解除ボタンの真ん中ではなく、左上の端を押すとロック解除が出来ることがわかった。しかし相手も曲者、毎回そうとは限らない。左横が解除ポイントになることもある。こうなるとなんだかこのポットが個性を持った存在に思えてきた。でどうして左にこだわるのかとポットに聞いてみたら、別に理由はなく強いて言えば左利きだからと言う。左が好きなんだと思ったと言うと、今頃左派と言ってどんな意味があるのかと、逆に聞かれた。話題を変えて、年を聞いたら人間の年に換算すると私と同じぐらいだという。なるほど私もこのポットと同じぐらい不具合が出て来ているのかと思うと、分かり易い。
サムちゃんが「北朝鮮は2回目の核実験をするらしいですね。ほらあの人が来ているから」と、話しかけてきた。「ライス・コンドリーサ?ふん意地悪そうな顔して、のし上がるのにどれだけの人をけ落としたことか」「でも、IQが凄くて、黒人で元奴隷が、アメリカのトップに登り詰めたのだから大したものだ」という。IQとはなんだ、誰のために働いているのかと反論したが、犬たちに邪魔された。 |
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| 2006年10月17日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 439 |
10月17日(火) 晴
昨日の夕方、6時過ぎに近くのスーパーへ買い物に行くと、刺身にもなる新鮮な秋刀魚が1匹100円で売っていた。大根はあるし3匹ビニール袋に入れて、隣のコーナーに行くと、なにやら調理場の男性に注文している女の人がいた。色白でほっそりしたその女性は、私が見てもふんわりと柔らかな感じで声までも優しい。思わずジェーン・アンドリュースが扮したメリー・ポピンズを思い出した。そこの売り場で大振りの金目鯛がナント、880円で売っていたのである。メリー・ポピンズは調理場の人に半身をお刺身に、後の半分は煮魚にと、捌いて貰っていたのである。私も同じように注文した。但し私は頭も貰って行くと言うと、メリー・ポピンズは、(あらそれなら私の分の頭もどうぞお持ち下さい。ね、良いわよね)と、調理場の奥に声を掛けた。そしてこちらを向いて、(あの人ね、今まで千葉の生協にいた人なの。今度こっちへ移ってきたの。それにしてもホントに安いわね。金目鯛のお煮付けは本当に美味しいの)と、笑顔で言った。この人は幸せなんだろうな、他人とケンカなんかしたことないんだろうな、溢れる幸せを他人にも分けてあげたくてしょうがないんだろうなと、思いながらそうですねと、答えた。 |
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| 2006年10月16日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 438 |
10月16日(月) 晴
事務所の帰りに、Aさんと畑の中の野菜直売所へ寄った。久しぶりだから・・お婆ちゃんは元気かしらとAさんは気を揉む。例の93才の看板娘のことである。今日は良く晴れて日射しは暑い。直売所には先客が一人いた。キュウリが6本入っているビニール袋を何度も右手で目の前にかざして眺めては、一人暮らしにはこれじゃあ多いンだけどと、つぶやいている。キュウリは一袋200円だから、よっぽど半分ずつ分けましょうかと声を掛けようと思ったが、きっかけが掴めなかった。本当に聞こえないのかそこの所は定かでないが、看板娘は知らんぷりしている。二人は何か話し始めた。私たちにはお二人とも、同じ位のお年に見えるが、お客の方は看板娘をお婆ちゃんと呼んでいる。さて、じゃあ客の方は一体幾つ位だろうかとAさんは悩む。看板娘が93才だから、お客は89才と私が言うと、いやあもっと若いんじゃない。それに年が近かったら、さん付けでよぶでしょうと言う。憎まれっ子世にはばかると言うから、私が80才になったときを想像してみる。きっと90才の人と同じに見られるのは、納得いかないだろうと思う。うん。 |
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| 2006年10月15日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 437 |
10月15日(日) 晴
国連で、北朝鮮制裁決議採決。こんな風に戦争って始まるのか、と思う。廻りにはいつもの秋の風景がある。若い総理大臣だけが「日本の安全のために、世界の安全のために・・」と絶叫していた。
夕方の空一面に、鰯雲が浮かんでいた。だるまさんがころんだと唱えて振り仰ぐたびに、鰯雲のオレンジ色が薄くなり、暗い闇に飲まれて行った。
駅前に間口が一間ばかりの流行らない食べ物屋があった。そこがつぶれた後に、なにやらびらびらきんきらして、特別な香りがする店がオープンした。ああ、今の若い人はこういう店で身につけるものを買うんだなと思った。
一番近いスーパーが潰れてしまったので、新しく開店した店に行った時、一寸目に付く帽子を被った人に会った。その人も自転車を出して店から帰るところだったので、(素敵なお帽子ですね)と声を掛けた。(良く、そう言われるんですよ)ゆっくりと自転車をこちらに廻しながら、その人は答えた。年回りは50代後半と言うところ。(これはタイに行ったときに買ったんです。)と言うその帽子は、様々な(多分タイシルク)小布を正方形にして縫い合わせたもの(つまりパッチワーク)で作ってある。とても使い勝手が良く、駅前でも売っていると教えてくれた。タイでは1200円で買ったが、日本では1500円で売っているからそんなに違わない。ほら駅前の・・と言うわけであのびらきんの店だとわかった。今日は、自分のためにタイシルクの帽子を買った。 |
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| 2006年10月14日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 436 |
10月14日(土) 晴
夕方、りょうくんのお母さんがまた、熱々の焼き芋を持ってきて犬仲間に配った。
実家へ行って自分が掘ってきたお芋だとか。甘味が強くて、ホクホクだ。ベルは多少熱くてもへっちゃら、大好きで焦げた皮も一緒に食べる。ま、ベルに限らず、この犬仲間でお芋を食べない犬はいない。みんなは思い思いに芝生広場のあちこちで、自分の犬と焼き芋を食べた。久しぶりにやってきた、コーギーのサクラのお母さんは、お芋を貰って(ついてるぅー)と叫んで食べている間にサクラは、(サラ金のコマーシャルに出てくる)小型犬のイチゴを追いかけた。それをきっかけにして他の犬たちも一斉にイチゴを追いかけてとり囲んだ。危機一髪、そこを危うく髭のお父さんが腕を伸ばして救い出した。勿論サクラは叱られたが、あまり散歩に出して貰えないので、ストレスが溜まっているんだとみんなが言った。たまたまベルは離れていて、リードも私が掴んでいたので、参加しなかったのでホッと胸を撫で降す。もう暗くなってきたから帰ろうと言うと、サムちゃんは今日は来るのが遅かったからもう少し遊びたいという。何回かせっついて、やっと帰る事にした。
今日は昨日の夕方よりも少し寒い。昨日まであんなに大げさに鳴いていた虫の声も、すっかりトーンダウンしてしまった。 |
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| 2006年10月13日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 435 |
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10月13日(金) 晴
夕方は曇りになった。一面灰色の空に、オレンジ色の夕日が大きく浮かんでいた。急に気温が下がってきて、上着なしでは寒かった。みんなの出足が遅くて、芝生広場には未だ誰も来ていない。下の池にでも廻ってこようと思ったが、ベルは行きたくないとごろんと転がって身体で抵抗した。無理にリードを引っ張ると、身体を引きずられながら上目遣いでこちらを睨むのである。厭なヤツだ。仕方がないので芝生に戻る。もう夕闇が迫っているが、未だ歩いている人もいる。何処からかハーモニカの音が聞こえて来た。ここは良くいろんな楽器を練習している人がいる。大声で唱う人もいる。でも何となく聞いたような音だが・・そんなはずはないと、音のする方をしばらく眺めて見たら、ナントやはり編集長だった。その時はもうサムちゃんを始め、常連が続々集まって来たので、2,3の犬を紹介した。編集長はいきなりわん太に顔中をなめ回されて、ハハハと嬉しがっていた。でもわん太はオスですよ、残念ね。5時半近くになって帰り始めたら、エマのお父さんが追いかけてきて、サムちゃんに(預かりもの。汁をこぼさないでって)と言って包みを渡した。わん太のお母さんは(おでんかしら?今度私も1人分ぐらい、持ってくるね)と言う。今日は私も栗ご飯をお裾分けに持ってきていたので、サムちゃんは(今日は買い物しないでいいや)とニコニコして帰った。
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| 2006年10月12日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 434 |
10月12日(木) 快晴
運転免許証の書き換えに行った。視力検査は上下左右の空きを4つぐらい答えて、あっさりとOKになった。係のお姉さんにメガネを外しても0.5以上ありますかと聞かれたので、最近はかっていないのでわからないと答えた。なんでそんなことを聞かれたのかと考えて、思い当たった。私よりも二人前の女性が視力検査の時、及び腰になって途中からメガネを外して検査を受けていたのだ。私も検査の時にメガネを外した方が、もっと良く見えたのかも知れない。
夕方ベルを連れて公園に行く途中、道路沿いの緑地帯でアユと出会った。久しぶりにあったゴールデンのアユは、明らかにお腹周りが大きくなっている。少し肥った?と言うと、そうなの、狸親父犬になっちゃったと、アユのお姉ちゃんは身をよじった。ベルよりも格段に大きなアユの顔は、鼻先が半分白髪になっていたが、その事は黙っていた。アユのお姉ちゃんに(どうしたの?風邪引いてるね?)と話を続けた。
(そうなの熱も出て、もう3週間もこんな状態で・・やっぱり年には勝てないわ)(年なんて言うと、アタシの立場がなくなるぅ〜)と返すと、ひえーと言って笑った。アユのお姉ちゃんは、サムちゃんの息子さんと同い年だとか。今度開店した近くのスーパーに正社員で就職できたが、この間サムちゃんに会ったとき、自分は牛乳やアイスの担当だけれど、どうやったらお客さんを増やせるかしらねぇと相談されたという。職場は寒いのだ。別れるとき、風邪は疲れだから気を付けてねと言ったら、はい有り難うございますと言ってアユを連れて反対方向へ歩いて行った。 |
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| 2006年10月11日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 433 |
10月11日(水) 快晴
サムちゃんが公園のトイレに入った。芝生広場の南側正面に出来たピンクのトイレである。出来たとき○ちゃんのお母さんは(あんな見晴らしの良いところにトイレなんか作って。おまけにピンクなんてけばけばしい色でまぁー呆れちゃう。市役所に電話してやる)と息巻いたトイレだ。若い子が中で煙草を吸ったり、自由人の雨の時の避難所なんかになっている。でも今では公園のトイレは、みんなの目に付く様な場所が良いんだと、わかる。サムのお母さんがトイレに向かったとき、サムは珍しく私の手からカリカリを食べていたが、お母さんの様子を横目で見て直ぐに後を追いかけて、真ん中の車いす様トイレに一緒に入った。どうしたわけかその後、ハナちゃん、チャーミー、ももなどがトイレの前に集まってきた。トイレから出て来たサムちゃん達が驚いたのは勿論で、それを見て私たちは大いに笑った。
先月、今年3回目の韓国観光をしてきた友人に、どうだったかと聞いてみた。良かったと言って、同行した友人がホテルのタオルなんかが使えないので、大変だったという。JTBで五つ星ホテルを予約していったのだが、同行の友人は汚いと言ってタオルなどの備品が使えない。韓国料理も食べられない。更に、韓国を未だに植民地的蔑視で見ている母親に毎晩電話して、無事を報告したという。そんな人が何故、韓国へ行ったのかと不思議がると、韓国が好きだからという。私にはなんだかまったく理解できないが、さぞかし生きにくいだろうなとお察しする。 |
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| 2006年10月10日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 432 |
10月10日(火) 快晴
明るい空は高く晴れ上がり風は爽やかで、かすかに木犀の香りがした。
ベルは、縁側の隅に置きっぱなしになっている古いセーターを(自分で)コンクリートの上に拡げ、その上に寝ころんで日射しを浴びていた。もうコンクリートが、冷たく感じるらしい。
「夕刊と号外が一緒に来た」とサムちゃんが言った。北朝鮮の核実験の事である。「でも、本当かどうかまだわからないらしいけど」この間のテポドン騒ぎの後すぐに米軍は、飛んできたミサイルを空中で撃ち落とすナントカを、沖縄に配備した。それになぞらえると、今度のことで防衛庁の防衛省への昇格はすんなりと決まるだろうし、日本も相応の対抗力をという声を一気に高めようと言う狙いはみえみえだ。北朝鮮の行動は、アメリカに恰好の口実を与えている。ホントは金北朝鮮とブッシュアメリカはツウツウだとしか思えない。私たちの孫の時代は、徴兵制がしかれて兵隊に取られるのが心配だと答えた。でもサムちゃんは韓国やアメリカは徴兵制があるのでしょうと、徴兵制を認めているような言い方だった。 |
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| 2006年10月9日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 431 |
10月9日(月)体育の日 晴れ
どうも北海道には縁がない。今年7月に「釧路湿原をネイチャーガイドと歩く旅」を申し込んだときは、参加申込人数が少ないといって、申し込んだツアーがキャンセルになったし、早々と紅葉を楽しもうとしたら今回は(台風で)飛行機が飛べなかった。正確には内容が大幅に変更になるので、キャンセルも可と言うことだった。然し1日目の予定は中止、ホテルの到着は午後9時で食事も簡単なものしか出来ないというので、姉と相談して止めることにした。しかし、天気は上々せっかく都心に出て来たことだし、このまま帰るのは勿体ない気がして、銀座か浅草、或いは動物園でも寄って見ようかと姉に聞いた。姉は少し考えて、何処へも寄らないでまっすぐ家に帰ると言う。それに帰りもリムジンバスに乗りたいと言う。来るときはバスの中から頂上にわずか冠雪した富士山が見えた。(羽田空港はしばらく振りだったから、空港見学だったと思えば良いから。毎日家にばっかりいるので、丁度良い気分転換になった)と、姉は慰めてくれた。
私などは毎日が日曜日みたいなものなのに、家に帰ってみるとなんだか特別な休暇を貰ったような気がするからおかしい。早速今夜は、マグノリアさんと映画に出かけた。 |
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| 2006年10月8日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 430 |
10月8日(日) 晴れ
「今のNTTは親切だねえ」と、サムちゃんが言う。何でも内孫が1才になるが何も言ってこないので、ぬいぐるみ付きの祝電を打ったとか。そしたらNTTから連絡があって、留守だと言ってきた。息子のケータイ番号を教えてやると又電話が架かってきて、9日にお帰りだそうですので、その日に再配達するがそれでどうだろうかと聞くので、こちらが送ったことが相手にわかればいいので、それで良いと言った。それにしても息子はだめだねえ、つまんないねえと繰り返した。息子さんは母親には黙って、連休に多分奥さんの実家へ行ったのだと思う。じゃあ、お孫さんの1才の誕生日を祝って、コタのウチでいっぱいやりましょうと誘うと、サムちゃんはその場で電話して予約した。こちらも旅行に行きはぐれて、何となく中途半端な気分なのだ。
コタの所は、朝から昼過ぎまで仕出しが多くて忙しく、コタの散歩も他人に頼んで自分たちは食事もロクにしていないと言った。奥にひと組客がいた。私たちは3千円コースを頼んだが、サムちゃんは飲むだけで料理はサッパリ食べないから、一品料理にしなさい。食べたいものを作るからという。私には天然きのこ鍋も付けてくれ、サムちゃんは結構あれこれ出して貰ったが料理代は千円しか取らなかった。大ジョッキに2杯のビールを飲んだサムちゃんはご機嫌で、私たちは明るいお月様を眺めながら帰った。 |
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| 2006年10月7日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 429 |
10月7日(土) 晴れ
出かけていたので、夕方の散歩に出かける時間が遅くなった。ベルのリードを掴んで自転車を走らせたのはもう、5時半を廻っていた。角のガソリンスタンドを右に廻ると、まん丸い大きなお月様が目に飛び込んできた。そうか昨日は十五夜だったかと思い出した。公園に着くとあたりは薄暗くなっていたが、犬なかま達は未だ遊んでいた。芝生広場からはまだ、林の向こうにしかお月様が見えなくて、みんなであっちが良いとかこっちが良いと言い合いながら首を伸ばして探していた。珍しくハナちゃんのお母さんが来ていて「昨日は雨だったけど、月見だんごは買ったわよ」「ああ、そっちじゃないそっちは電気,街灯。お月さんはこっち」なんてステラのお父さんと話をしている。
6時半、家に帰り着いた頃には、お月様はすっかり空高く登っていた。今日は暑いくらいの陽気だったのに、旅行会社の添乗員から「北海道は明日、明後日とも風雨が強い。従って雨具は合羽のようなものが望ましい。気温は14,5度である」と連絡があり、がっかり。同行する姉に電話すると、(明日だけでしょ?どうにかなるわよ)と返事。さすが、空襲警報がなっても防空壕に入るのを拒否した姉、ま雨なら知床の雨を見物してきます。テナわけで、明日から10日までお休みします。 |
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| 2006年10月6日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 428 |
10月6日(金) 風雨強
「今日は仕事にならないからお休み」だといって、サムちゃんからせっせとベル達の写真が送られてきた。サムちゃんはくわえ煙草でパソコンの前に座り、画面をあれこれと操作し、足下にはサムが蹲って居眠りをしている様子が見える。その度に着いたかと電話が架かってくる。写真が1枚添付と4枚添付が2件届いたと返事をすると、いや3件送った筈だからもう1件はどうしたかと聞かれても、答えようがない。
先頃、タヒチ島在住の日本人女性作家が、飼い猫が生んだ仔猫を次々と崖から捨てて殺していた事が話題になった。釈明文を読むと何でも彼女は人間関係を作るのが苦手で、猫に愛情の対象を求めている。更に避妊手術は自分が厭だから猫にもやらせない。こちらの意見は別として、ここまではわかる。それがどうして一気に、仔猫殺しにとなるのかわからない。彼女はドラえもんロボットを飼えば、一気に問題解決すると思うけどね。良くできてるよ。最近のロボットは。話し相手にもなってくれるらしい。
一方、消費者金融17社が借り手にかけた生命保険で、05年には300億円も受け取っていると言う。5万2千件のうち2割は自殺だというから、サラ金は人間を崖っぷちから突き落としている事になる。仔猫の件では動物愛護団体が騒いでいるらしいが、人間はだれも騒がない。 |
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| 2006年10月5日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 428 |
10月5日(木) 雨
朝のウチはまだ大丈夫だったが、夕方になるとひどい降りになった。この頃サムは、雨の時は散歩に出たがらないとお母さんはこぼした。それに毎月体重が100cずつ減っているのも心配の種である。夏から合計で400グラムも減ったと肩を落とす。獣医はもう少し絞っても良いと言っているらしいから心配はないと思うが、それを言ってもお母さんは納得しない。
図書館から借りてきた本の貸し出し期限も近くなったので、終日読書。田辺聖子「道頓堀の雨に別れて以来なり」川柳作家・岸本水府とその時代というまあ、川柳(特に番傘という)の歴史をちょいとお勉強の積もりだが、最近はとみに読むのが遅くて理解力も減退。でもこんなエピソードが挟まれていて、目が覚めた。この水府という人が戦後になって出版した自伝の中に出ている話だそうで、地元新聞の記者をしていた昭和5年、新帝(昭和天皇)を奉じて摂・河・泉の大演習があった。最終地八尾の御野立所のとなりに記者団のたまりが作られ、水府は咫尺の間に(しせき【咫尺】(1)距離の近いこと。(2)貴人に接近すること。三省堂
『ハイブリッド新辞林』)軍服姿の陛下にまみえた。以下同書333頁『陛下は煙草の箱をお手に、おそばの山県有朋にすすめられる。山県は左の手をポケットに入れたまま右手で一本とったという』お聖さんは「当時の山県には、天皇さえ持ち駒のひとつの様に映っていたに違いない」とコメントしてある。 |
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| 2006年10月4日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 427 |
10月4日(水) 曇りときどき晴れ
「川柳は 17文字の 輪で遊び」は、私たちの酸吸先生の句。昨日は月に一度の句会で遊んだ。句会が跳ねてからみんなで、Hチャンの恋物語をえんえんと聞いた。
そのさわり。Hちゃんの実家は、ある地方都市で学生相手の下宿屋を営んでいた。一人娘のHちゃんは身長161pで、当時としては長身の方。そう言うこともあって、毎日バスケットに明け暮れて、表と裏もわからない程に日焼けした健康優良児だったそうな。所が18才になったある日、突如下宿学生の1人に一目惚れをしてしまった。その頃は合ゴンなんて言葉はなくて、名曲喫茶をたまり場にして7,8人のグループ交際であった。でも彼女の、彼をひたすら見つめる眼差しは、口ほどにものを言い、ある時仲間がそれぞれ理由を付けていなくなった・・つまり二人きりの時間をセットしてくれたのだった。(うれしかったわ)当時を懐かしんで、可愛い声でHチャンは言った。さて、二人きりになったものの、何をどう切り出して良いかわからない。でね、(こんなロマンチックな夜は、お月様もとても小さく見えますね
)って言ったら、彼は(いや、僕には大きく見えますよ)って言うじゃない。もう頭の中が真っ白になって、そのまま(じゃあサヨウナラ)って言ってバスに乗ってウチへ帰ったの。その晩からまったくご飯が食べられなくなってしまったのよ。自分じゃわからなかったんだけど、どんどん痩せていって母が(このままじゃ死んでしまうから、頼むから食べて頂戴)って言うんだけど、喉に通らないんだから仕方がないでしょ。一気に10sも痩せたの。うんうん、それからどうしたのと、膝を進めて聞いた。 |
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| 2006年10月3日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 426 |
10月3日(火) 曇り
青森市に在住の古い知り合いIさんから、75才と、結婚50年の記念に川柳句集を出したので、少し捌いて欲しいと依頼があった。かつて銀行産業労働組合が一大勢力を誇っていた頃、同じ地方銀行の仲間として知り合い、未だにお付き合いがある。
去年はまた、ねぶた祭見物の案内役をお願いして、お世話になったばかりである。ここは一肌脱がねばならない。もともとIさんは博識多彩な方で、今でもラージボール(卓球)の現役として活躍しておられる。昔は楽器も奏でていたのは知っていたが、川柳も遊んでいるとは知らなかった。「世相川柳」とあるが、津軽語ゆえの誤解もあって楽しい。
「リンゴ泥 スケベーといわれ 憤慨す」スケベーは津軽語では(酸っぱいでしょう)の意味とか。
所で、請求書を同封して直接こちらに送って欲しいと依頼したところ「あの、宛先はご主人でなくて良いでしょうか?」と遠慮がちに言うではないか。あれ、なんなのこれと、絶句した。確かにIさんは家人とも親交があるが、ねぶた祭に出かけたのも私、今現在こうして話しをしているのも私なのに、何故そこへ家人が出てこなくてはならないのか。「はい、私宛にお願いします」と言って、電話を切って考えた。経験豊富、発想の柔軟さで尊敬するIさんだがやはり、時代の制約からは逃れられないのだと思い至った。 |
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| 2006年10月2日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 425 |
10月2日(月) 雨のち曇り
天気予報よりも早く、雨は午後早くに止んだ。べるの散歩の帰りに、近くのスーパーで買い物をするつもりで寄った。入り口に5,6人の人だかりが出来ているが、店内は暗いしなんだか様子がおかしい。入り口に貼り紙があって、みんなはそれを見ている。こちらはベルを連れているので近くに寄れないが、貼り紙は「通告書」と書いてある様だ。何ですか?どうしたんですか?と声を掛けたら、前の方で貼り紙を読んでいた人が振り返って、「倒産ですって」と答えて振り向いた。同じ地域にお住まいの方である。その方も驚いて「倒産って言っても、いきなりねえ。だって昨日も買い物に来たのに」と、呆然としていた。 3月ほど前、近くにコープの大型店が開店したのでその当時或いは・・と懸念していたが、一時客足は減ったものの、直ぐに今までと同じ位に戻った。私も、1回は覗いてみたが、あまり代わり映えのしないコープよりも、買い慣れた今までのスーパーに戻っていた。スーパーにしては小規模であか抜けない、庶民的なこの店が好きだった。
まあ素人が外から見ただけではわからない影響が、あったのだろう。
私の家から5分以内で行ける範囲に、スーパーは4件ある。10分以内だと更に2件。10分少しだと更に2件ある。おっと99も2件ある。これだけあっても、よく利用するのは2軒だけ。近くの団地内商店街が、寂れる訳だ。 |
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| 2006年10月1日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 424 |
10月1日(日) 晴れのち曇りのち雨
一昨日だったか、Hのお父さんが(今度、医療費が上がるでしょ)とMのお母さんに言った。(そうなの1ヶ月で6万円も上がるのよ。今まで18万円だったのが、24万円になる。どうしましょ)と、Mのお母さんは答えた。Mのお母さんは母親を近くの病院に預けている。なんでそんなに上がるのと誰かが聞く。部屋代とか光熱費とか・・。「年寄りはお金持ちだから、年寄りから取るんでしょ。」と海のお母さん。
(でもそれは一部で、そう言う人もいるって話だと思う)と誰かが反論すると海のお母さんは気色ばんで言う。(だってホラ、あの若い子にだまし取られた年寄りなんか、2千万も持っていたっていうし。)それを聞いて、自分も金持ちの年寄りだと思っているのかな〜と、不思議に思った。後日Nさんにその話しをしたら、『年寄り』だとは思っていないのだ、と言われて納得した。とにかく病気にならないことだと誰かが結論をいうと、誰だってなりたくて病気にかかる訳じゃあないと反論があって、議論はまた振り出しに戻った。「とにかくね、公明党が悪いのよ。公明党がもっとしっかりしないから、こんな法律が通っちゃうのよ。」とサムちゃんが言うから、私も言ってやった。「そもそも、自民党がこの法律を出したんじゃあない」サムちゃんはあっさりと「それはそうだ」と認めた。 |
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| 2006年9月30日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 423 |
9月30日(土) 晴れのち曇り
夕べ高校時代からの友人Iさんから電話があって、太鼓の音楽集団「鼓童」を聞きに行かないかと誘われた。何でもご夫婦で行くつもりだったが、ご主人は急に仕事が入って行かれなくなったとか。チケット代は半額で良いという。音楽会は前から2列目で、太鼓の音がズンズンと響いてきた。終わってから食事に。Iさんは昨日が誕生日だったというので、二人で乾杯。でもねえ、アタシ達がこんな年になるなんて夢にも思わなかったわねぇと笑った。それにしても、年を取らなくては分からない事ってあるわねぇ。母がこの年の時は、身体がこんな風だったなんて、想像もつかなかったものねと頷き会う。私の母は入院生活が長かったから、ああ人間てこんな風になって行くのかっていろいろと教えられたわと、Iさんは遠くを見て言った。私にしても同居していた母が亡くなるとき最後まで見届けたが、その時(死ぬのってこんなふうなんだな。恐くないんだな)と思った。そして別室に戻ったとき姉が、まったく同じ事を口に出して言ったのだった。そして親が子どもに教える一番大事なことは、このことかも知れないと思った。
所でIさんは、10月からフラメンコのお稽古を始めるつもりだと打ち明けた。もう年だなんて言わないで、新しい事を始めるなんて取っても素敵だ。発表会には花束を持って駆けつけるねと、約束した。 |
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| 2006年9月29日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 422 |
9月29日(金) 晴れのち曇り
昼間は動くと汗ばむ陽気だった。なのにサムのお母さんはなんだか寒いと言って、ジャンバーを余計に羽織った。夏の疲れが出る頃だから気を付けてと言った。夕べはちゃんと布団を出してかけたら、うちのぼっちゃまがその上にどかんと乗って重しになってくれているので、寝返ると掛け布団から外れてしまうと言ってまた笑った。
公園で犬たちを遊ばせていると、サムちゃーんと声を掛けながら早足で近づいてくるおばさんがいた。やってくるなり、(気持ち悪いのよー、ホラあそこ、自転車乗っている人。知らん振りしてもずーっと付いてくるの)と、指を差した。(あ、あれ。ハナコのお父さんの知っている人。昔一緒に働いていた人だって。)(最初はね、日の暮れるのが大分早くなりましたねっていうので、そうですねって返事をしたの。それから何回歩いているのかとか、誰と歩いているかなんて聞いて、一緒に歩きましょうっていうの。気持ち悪いから聞こえないふりしてどんどん歩くんだけど、あっちは自転車だから直ぐに追いつくでしょ?恐くなってサムちゃーんって呼んだの)(この前も誰かを追っかけ廻したって言ってたね)と、誰かが言った。サムちゃんがハナちゃんのお父さんに顛末を放して聞かせた。(そぉかねー、大体あの人はねもう70才をずっと越しているよ。昔は大人しくってね、誰も友達が居なくて、何時も1人でぽつんといたんだけどな。この頃やっと目覚めたかなぁー)と言ったが案外そうかも知れない。私も気持ちは30代だものね。 |
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| 2006年9月28日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 421 |
9月28日(木) 快晴
長雨が続いた後の青空は、高く澄んでいた。
月に1度の通院日で銀座に出たついでに、美術展を2つはしごした。大した時間歩いたわけでもないのに、家に帰ると日焼けした顔がほてってしょうがない。パックの使い残しを探して顔に貼り付けた。これは化粧水を含ませた立楕円形の白紙に目、鼻、口の部分が切りとってある。これを顔に付けたまま、縁側でのさばっているベルを呼んだ。呼ばれて振り向いたベルは、一瞬ぎくっとしてから瞬きもせずにこちらの顔を凝視した。上目遣いに首だけを伸ばしてこちらを見ている。何だろう、どうしたんだろうと、クエッションマークが飛び交っているのがわかる。あんまり見つめられたので、照れくさくなってパックを剥がすと、心なしかベルはホッとしたようだった。
所で出光美術館では、目下開催中の、宗達・光琳・抱一の「国宝・風神雷神図屏風」とその複写を見てきた。私が出掛けるくらいだから、会場に入る前の1Fのエレベーター前から行列が出来て、警備員が人混みを整理していた。やっとチケット売り場が近くなったとき、品の良いご婦人に(あの、割引券をお持ちですか?)と、声をかけられた。お持ちでない私は、助かりますと丁寧に礼を言って割引券を貰った。こちらのお礼の言い方が良かったのかそのご夫人は(あの、200円の割引なんです)と、言い訳した。勿論招待券なら言うことないが、他人の親切が嬉しい。
展覧会場で宗達の絵の前では山のような人混みが一時も崩れない。係の人が度々(前の人は少しずつ動いてください)と、声をかけて動かそうと躍起である。光琳・抱一の絵の前はみんな歩いて通り過ぎるだけ、空いているのだ。やっぱり庶民の目は確かだ。宗達の「風神雷神図」は力強くて、品がある。そして何よりユーモラスな表情は、一度見たら忘れられない。勿論光琳・抱一も悪くはないのだが、本物と並べられては顔色なしか。 |
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| 2006年9月27日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 420 |
9月27日(水) 晴れ
今朝公園で会ったナナのお母さんは、少し青ざめて疲れ切った顔をしていた。
夕べは千葉県全域に大雨洪水注意報がでて、雷鳴轟きバケツの水をひっくり返したようなという形容詞がピッタリの、土砂降りだった。(10時半頃、隣のうちの人から電話が架かって来たの。ヨーカドーの帰りに車がエンストして動かないからって。お父さんはもう、酔っぱらって寝てたけど起こして、行ったの。)結局、牽引出来なくて、4人で雨の中を駐車場まで押して行き、今朝雨が止んで明るくなった5時に再び車を取りに行ったのだという。全身ずぶぬれで、お風呂に入り直してもなかなか暖まらなかったと言った。ましてそれからも目が冴えて眠れず、ウトウトしたのは1時間半だったらしい。夕方の公園でやはり疲れた顔のナナのお父さんが説明した。(隣のうちはね、閉店間際の店を何軒か廻って買い物をするんですよ。)ふーんと聞いていた一同は感心する。(で、親父は教習所で教官をやっているんですよ)と言って、にやりとした。一同はまた同じようにへえーと言って、呆れた。
5時50分になったので、帰ることにした。暗くなったあたりからは、虫の大合奏が聞こえてきた。1匹や2匹ではないにしても、この音があの小さな虫の羽根を擦り合わせた音だとは思えないと言ったらサムのお母さんは、今日は昼間も雨が降ったので虫たちは濡れている羽根を早く乾かそうとして擦っているんだと教えてくれた。聞いたときはなるほどと思ったが、後から考えたらなんだか怪しい。 |
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| 2006年9月25日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 419 |
9月25日(月) 晴れ
夕方の公園は風が吹いて、心地が良い。サムのお母さんは、風邪声だった。(うちのおぼっちゃまのせい)とサムを見て笑った。夜中にちゃーんと窓を開けてくれて、寒いなあと気が付いたけれど、未だ掛け布団は出してなかったので面倒でそのままジッとしてたら、風邪ひいちゃった。ご本人は寒くなれば毛布に潜り込んでくると言った。サムはサッシの窓を開けることが出来るが、閉めることはしない。
でもここんとこ急に寒くなった所為で雑草が伸びないから、仕事が楽だといって肩の力を抜いた。たまにやってくる小学生の女の子が、(ねえ、ねえおじさん。トラックに乗ってたでしょ)と声をかけたが、そばにナナちゃんのお父さんもいたので、ナナちゃんのお父さんに声をかけたのだと思った。然し彼女はサムのお母さんの顔を見ている。サムのお母さんも自分のことだと察して、(何時?何処で?)と聞く。二人の女の子は(犬におやつをあげたい)と言って、ナナのお父さんからおやつを貰った。
犬たちにおやつをあげたり追いかけたりして遊んでいたが、エマは嫌がって遠くへ逃げたがベルはしつこいと女の子達に向かって吼えた。それを見てサムのお母さんは(ほぉーベルはやっぱりオスなんだ)なんて妙に感心していた。5時半を過ぎるときれいな夕焼けが色を失っていった。 |
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| 2006年9月24日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 418 |
9月24日(日) 晴れ
八千代市川柳大会に、スタッフとして参加。2回準備会に参加したが、殆ど初めての人達と気持ちよく、まったくスムースに仕事が出来たことが快かった。
ねえねえと、お弁当係のYさんが傍に来て(私たちが仕事していたらね、Mさんがやってきて俺が見てるから弁当食べてきて良いよ、だって)と一寸顎を引いて目玉をぐるりと廻し驚いて見せた。(そうそう、そうなの。優しいのよ)とBさん。でもウチではどうかしらね。今度奥さんに聞いてみようかしら。でもね、男の人って外面がいいのよ。そうかもね、奥さんに聞いたら驚いたりして。でもさ、一緒に仕事していて気持ちいいわよねと、私たちの仲間のMさんの株が一気に上がった。所で、今年始めて参加者に弁当を配る役目を仰せつかった仲間のYさんとBさんは115個の弁当を間違いなく参加者に配り、のこった5個は、会計担当者と相談して、半値で公民館の中で売ってしまうと言う芸当をやって、先輩を驚かせた。これぞ状況判断、実行力に富んだ女の底力である。所で困ったのはあの酒癖、女癖の悪いK爺さんである。慰労会でまたまた、自分と息子の学歴を自慢し、私たちの仲間に抱きついたり、お尻をさわってりしたと当然彼女たちは大憤慨である。どうやって懲らしめてやろうかと思案中である。 |
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| 2006年9月22日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 417 |
9月22日(金) 曇りときどき晴れ
床屋に行くと、女将が縁なしメガネをかけていた。(老眼、遠近両用なの)と言って、メガネの鼻止めを動かして見せて(ほら、こうやるといちいち外さなくてもいいの)と言った。今朝一番でやって来たお爺ちゃんが「メガネをかけているのを初めて見た」と言うから、今まではコンタクトだったと言ったの。だって老眼だって言うのイヤだから。
数日前の夜、出前を待っていたら、前にこの店で働いていた女性が入り口に立っていて、どうしたのかと聴いたら、黙って又しばらくそこに座り込んでしまったという。彼女は、この店から千円カットの店に移ったのだが、そこも客が増えないので、店主に他所を捜して欲しいと言われたという。いつもは彼女を仕事が遅いの、時間にルーズだのと言っている女将だが、客が少ないのはアンタの所為じゃないよ、もう少し気楽にしたほうがいいと言って慰め、一緒に出前を食べて返したと言う。ウチのダンナも一緒だったからあんまり話せなかったらしいけど、どうも出会い系サイトでいいようにされたらしいのと、顔を曇らせた。 |
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| 2006年9月21日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 416 |
9月21日(木) 晴れ
今日はなんと言っても「君が代・日の丸裁判」が、東京地裁で明確に「強制は違憲」の判決を勝ち取った事が、嬉しい。毎日のニュースは厭なことばかりで、窒息しそうな思いをしているが、久しぶりに爽やかな風に吹かれた心地がする。さらに難波裁判長は《
「通達や都教委の一連の指導は、教職員に対し、一方的な一定の理論や観念を生徒に教え込むことを強制することに等しく、教育基本法10条1項で定めた『不当な支配』に該当し違法」》と、胸の空くような判断である。
話しは変わるが、先日マグノリアさんに誘われて映画「出口のない海」を見てきた。既にマグノリアさんが映画欄に書いていらっしゃるが、私は今回のことでその映画の一場面を思い出した。人間魚雷回天の乗組員4人は、潜水艦の中で出撃命令を待っている。ある時、この潜水艦が敵の爆撃機に見つかって、深くもぐってジッと時を稼いでいた。敵に見つからないように、各種機器は使えない。艦内の温度は上がり、酸素も薄くなってくる。もうこれ以上我慢が出来ないと言うとき、炊事係が各人にカボスを半分ずつ配給する。乗組員は小さなカボスを、干天の慈雨のように喜ぶ。
・・しかし大勢は変わらず、主人公は回天に乗って戦死する。
今回の真っ当な判決も、大きな動きの中で一時の「かぼす」となって欲しくないと、切実に思った。 |
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| 2006年9月20日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 415 |
9月20日(水) 晴れ
「どっからこの香りがしてくるのかしらね」ナナちゃんのお母さんがグルリと首を廻して、あたりを見た。昨日まで気が付かなかったが、甘い木犀の香りである。よく見ると直ぐそこに、小さな白い花を付けた銀木犀と黄色の金木犀があった。「ああ、もうこんな季節になったんだわ。まったく早いわねぇ」とため息混じりに言った。
サムのお母さんが、実家で採ったという栗を20個ほどくれた。毎年9月10日頃には落ちてくる栗が、今年は遅くて今なのだという。その栗の木はもう50年以上経っていて、幹の太さは大人が1人では抱えきれないくらいなのだが(と言いながら両腕で丸を作って見せてくれた)、大分腐ってきたと言った。でも雑草だけはいつもよりも元気で、仕事が忙しいとぼやく。公園の芝生広場では相変わらず3才と4才のりゅうとエマが走って遊ぶと、この頃そこへベルも加わるようになった。サムに遊ぼうとちょっかいをかけても、サムは動かないのだ。サムはわん太とかべんなど若い犬たちがじゃれつくと相手になってやるが、ゴロゴロとひっくり返るだけで走らない。
それでもあまりしつこいとお母さんの所に逃げ帰る。そこそこ遊んで6時前に公園を出ても、家に帰り着く頃にはすっかり暗くなる。季節は急ぎ足で変わっている。 |
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| 2006年9月19日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 414 |
9月19日(火) 晴れ一時雨
お彼岸には1日早いが、兄の祥月命日なのでお墓参りに出かけた。義姉を迎えに行くと、こちらの顔を見るなり(アタシ、認知症が始まっているらしいの)と言った。
落ち着いて淡々とした言い方で、先月とは物言いも態度も明らかに違う。そう言えばホームの職員に、月末に心療内科を受診して貰うので承知して欲しいと言われていた。きっと受診して治療を受けているのだと判断した。お墓で姉夫婦と会って、しばらくみんなでお喋りをした。いつも墓参りの帰りにはどこかによって食事をするのだが、生憎と今日は私が午後に予定があったのでそのまま、ホームへ送り届けたら丁度昼食の時間だった。
ホームの職員と話しがしたかったが忙しそうなので諦め、夜になって電話した。今日の義姉の様子を報告して、先日の心療内科受診の結果を聴いた。ホームの職員が言うには、心療内科受診の前に脳の検査をした。前脳が萎縮していて、血栓の跡も数カ所見られる。それが原因の抑鬱症だろうとの診断で、薬の服用を始めたと言った。薬の名前を聞いたが忘れた。やはり薬が効いたのだ。持病や職員が気が付いた事での報告もあった。家族が見ているよりもずっと注意深くて、適切な対応をしてくれている。私は電話の向こうの見えない相手に深々と頭を下げて、礼を言った。こういうところなら、私も入っても良いなと思った。 |
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| 2006年9月18日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 413 |
9月18日(月)敬老の日 晴れ一時雨
川柳大会の実行委員会でのこと。勿論私たちは末席に控えて座っていた。私の隣がムベさんで、そのとなりに好々爺と言いたいような人が座っていた。彼は色白でほっぺが赤く、カールした白髪が少し残り、白地にブルーの格子柄のシャツを着て、ニコニコしながらみんなの話しを聞いていた。会議もそろそろ大詰めで、司会が「次は駐車場の確保」と叫ぶと、はいと元気な声で返事をして「去年通り、やります」とはきはきと答えた。そして具体的な問題点を幾つか出した。やりとりを見ていて(えっ、あのお年で駐車場係?)と驚いた。多分お年は80才前後。その様子から責任ある仕事もやって来たであろうと思われるのに、下働きを嬉々として引き受けている姿が心に残った。
一方我らがサークルのKさんは、(駐車場係氏と)大体同じお年だと思われるが、酒癖が悪い。女性にシモネタを繰り返す。出身校を自慢する。等々で、蛇蝎のごとく女性陣に嫌われているが、その事の自覚もないようだ。
同じぐらいの時間を生きてきて、この違いはどこから来るのだろうかと考える。 |
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| 2006年9月17日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 412 |
9月17日(日)晴れのち雨
美味しいものでも食べに行こうと、仲間のNさんがドライブに誘ってくれた。台風は佐世保に上陸したが、このあたりは午前中未だ晴れていた。佐倉から八街へと向かう。何処の田圃も稲刈りはもう済んで、畑では落花生の掘り起こし作業をしていた。
草の匂いが車内に入ってくる。(いま、里芋が美味しいわね)とNさんが運転しながらいう。こちらはたちまち、ほっこりねっとりした里芋の食感を思い出して、今日は絶対に新里芋を買って帰ると宣言した。里芋の細い茎は、味噌汁に入れると美味しいのよと続ける。アクはないのかと問うと、それはね煮えるまで絶対に鍋の蓋を開けないことなの、などと他愛のないお喋りを続けた。途中でTさんの車に乗り換える。Tさんは85才の実母と83才の叔母さんのお世話をしながら働いている。最近骨折した実母は、入院がきっかけで寝たきりとなった。叔母さんの方は体は動くが、痴呆症が進んでいるという。大変ねと同情すると(今は良いおむつがあるの。夜も1回で朝まで大丈夫なのよ。こうやってちょい、こっちをちょいで今は簡単に出来るのよ)と、手を動かして見せながら説明する。今朝は、おむつを取り替えながら母に頬ずりしちゃった。ついでに叔母さんにも頬ずりしちゃったと、笑顔でこともなげに言った。それを聞いた私はショックだった。私は(自分が体調を崩していたこともあるが)母にそんなに優しくしてあげなかったと、後悔が胸を衝いた。
叔母さんは山のような乾いた洗濯物を、ひとつひとつ丁寧に畳んでくれるので、とても助かるとTさんは言う。Tさんの実母と叔母さんは、Tさんに優しくされているという実感と信頼をしっかりと感じ取っている。お二人は幸せで、Tさんは、ただただ凄い。 |
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| 2006年9月16日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 411 |
9月16日(土)晴れ
九州は大雨で被害が出ている。申し訳ないが、今朝の公園は2日続きのお天気でヒンヤリとした風が心地よい。彼岸花に似た白、黄色、ピンクのコリウスが斜面にまとまって咲いていて見頃である。これはね、中国原産なんですってとサムちゃんが教えてくれた。でも台風が来ているから、明日は雨だと言った。珍しくやって来たメイのお母さんが「フン、台風なんか北朝鮮の方へ行けばいいのよ」と、言下に切って捨てた。「でもさ、むこうで被害が出たらかわいそうじゃない。それでなくても食料がすくないんだってから」とナナちゃんのお母さん。「なによ、悪いことばっかりしているんじゃない。日本人を拉致したりしてさ」「でもね、日本人も随分と沢山向こうに渡っているみたいだから」「そんなの自分で行ったんだからいいのよ」
はじめは台風が北朝鮮に行った方が良いと何となく言っていた人も、「でもエリートじゃない人達は、ひどい暮らしですってね」なんて言い始めた。
マスコミの力は偉大なり、である。 |
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| 2006年9月15日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 410 |
9月15日(金)晴れ
雨が続いた所為で、公園にもいろいろなキノコが見つかる。この夏義姉の帰省に付き合って泊まった宿屋は、秋になったら松茸狩りが出来ると言った。女将の話によると毎年山の権利を入札で買うのだそうで、真ん中の一番良いところを買った時は3百万円代だったとか。去年は端っこが当たって、端は誰でも入りやすいから盗まれる事が多くてダメらしい。山の松茸は、何処に何本とちゃんと把握しておいてお客の様子を見て、直ぐに見つかる場所、なかなか見つからない場所とへ案内する。ま、自分で採った松茸は(多分、高価でも)放さないと女将はほくそ笑む。松茸以外は自由に採って貰うが、採ったのは一度見せて貰って、こちらで毒キノコが混ざっていないかを判断するという。それがね、姿形がそっくりのキノコが、並んで生えていて片方は毒キノコなんですよ。おかしなものですねと車を運転しながら言った。私がここへ嫁に来て間もない頃、川向こうの(なるほど宿の前を小川が流れている)たばこ屋のおばさんが、キノコ採りに行くから大きな袋を持っておいでって誘ってくれたんです。
だからほらスーパーの大きなビニール袋を持って、着いていったら、はんとにまあ辺り一面ハツタケだらけで直ぐに袋が一杯になったんです。(そ、あれは味噌汁に入れると美味しいの、義姉がぽつりと言った)で、場所をしっかり覚えながら帰ってきて、翌日直ぐに姉と二人で出かけたんですね。そうしたら、途中から道がわから無くなって、杉林の中って暗くって恐いんです。もうぐるぐるまわって、道に迷った時は上へ行かなきゃいけないのに、家は川のそばだからと沢があったので沢に沿って降りたら道は無くなるし、ホントに恐かった。何時間もかかってガードレールの白いのが見えたときは、泣きました。お盆正月意外なら宿賃も安くなりますから、ぜひ松茸狩りにおいで下さいと誘われた。 |
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| 2006年9月14日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 409 |
9月14日(木)雨のち曇り
秋の長雨の季節に入った。この数日は毎日5℃ずつ気温が下がっていると、天気予報のお兄さんが言っていた。ストレス解消にミステリを読んでいたら、主人公が(ブエナビスタ・ソシアルクラブ)のCDで、チャンチャンを聞くという場面が出て来た。(ピーター・ロビンスン作エミリの不在)2年前までNHKFMで「中南米カリブの音楽」という番組があって、毎週欠かさず録音して聞いていた。所が番組改悪で大人の時間はカットされ、舌っ足らずのおおたひろみをはじめガキっぽい番組ばかりになってしまった。番組DJの竹村淳も、売れる音楽や売り込みに金を使える音楽だけがはびこる音楽のグローバル化は、地方の音楽や理解されにくいけれど良い音楽などを押しつぶすと懸念していたが、NHKは率先してそれをやったのだ。試しにアマゾンやヤフーで中南米音楽を捜してみても、なかなか見つからない。
昨日サムちゃんが寄ってきて「悠久」って、どんな場合に使うのかと、聞いてきた。ゆったりと末永くと言われても、よくわからないという。(悠久の大河)なんて使うのではないかと答えたら、なるほどそれならわかると言った。赤ん坊が生まれて血筋だ系図だなんて騒いでいるが、何十万年前まで溯って作れば、みんなアフリカに足跡(化石がパリの歴史博物館にある)を残したあの女性(名前がついているのだが忘れた。)に行き着くはず。 |
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| 2006年9月13日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 408 |
9月13日(水)雨
家にいてもいろんな人がやってくる。保険勧誘員より、身なりも物腰も良いのはエホバの証人の勧誘員(伝道員というのかも知れない。こんど聞いて見よう)。でもいきなりこの社会についてどう思うか、聖書についてどう思うかなんて聞いてきてこちらを面くわせる。いつも走っているのは佐川急便の宅配人。私も昔、子育てしながら働いていたときは、(いつも走っている人)と呼ばれたらしいから、彼らの先輩だ。
佐川急便は「3年働けば家が建ち、5年働けば死んじゃう」って誰かが言っていた。
しかし安い給料で3年で過労死した人を知っている。
私の母の時代はまだ、「ことわざ」が生活の指針として生きていた。その一つに「稼ぐに追いつく貧乏なし」というのがあった。一生懸命真面目に働けば、貧乏から抜けられる。だから真面目にこつこつと働きなさいという勤勉のすすめである。所が21世紀の今、「ワーキングプアー」という言葉が大手を振っている。ワーキングプアーとは、働いていながら生活保護とほぼ同等の年収しかない世帯や個人だという。
そしてワーキングプアー層は増えているという。
今、総裁選がたけなわだが、候補者は個人の能力や努力で格差が付くのは当たり前だと公言してはばからない。「稼ぐに追いつく貧乏なし」がどうして「貧乏に追いつく稼ぎなし」になったのか。 |
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| 2006年9月12日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 407 |
9月12日(火)雨
こぬか雨の降る夕方の公園に人影はなく、久しぶりに犬たちの貸し切りとなった。
いつも雨が降るとやって来ないりゅうまでがやってきて、常連はほぼ揃った。どういう訳かベルは、芝生の上を縦横に走り廻り、海に体当たりを2回食らわせ、エマとりゅうをおいかけて遊んだ。(ど、どうしんんだベル)とサムのお母さんは驚いて、(ホラ、サムもみんなと走っておいで)とサムを促すが、サムはお母さんにピッタリと張り付いて、動こうとしない。日曜日は真夏が戻ったような暑さだったが、今日は肌寒い。雨を避けて木下に逃げ込んだ人間達は、今晩は暖かいうどんかお蕎麦が良いわねとかお喋りに余念がない。、サムのお母さんが公園の隅に植わっている柿の実が食べ頃だというので、採りに行った。大きな柿の木は小さな実が鈴なりで、枝が地面にまで届いている。公園入り口の柿の木は、もう全部実が採られてしまったと言う。
赤く熟れているのはもう中味がぐちゃぐちゃで、未だ青い様なのが結構甘い。烏がせっせと食べているらしい。柿の枝を引っ張るたびに雨がばさばさと落ちてきた。二人で幾つか採ってみんなの所に持って行くと、りゅうのお母さんは(あらま、プラムよりも小さな柿だねえ)と言って受け取った。 |
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| 2006年9月11日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 406 |
9月11日(月)晴れのち曇り
現役の明治生まれにあった。
いつもの事務所通いは、帰りにJAの直売所に寄って、新鮮で安い品物を物色するのを楽しみにしている。所が少し前から、通勤路をちょいと替えた。帰りは大通りを避けて、畑の中を通ってみた。その2回目だったか、運転しながらNさんがめざとく(あれは野菜の直売所じゃないの)と見つけて、畑の中の小屋へ寄った。なるほどお客さんも数人いた。私たちは既にJAでいつも通りの野菜を買ったにもかかわらず、西瓜やルッコラ、トマトなどを買った。Nさんはキュウリの古漬けを(気に入るかどうか、持って行って食べてみなさいよ)と、タダで貰っていた。(アタシねこういう古漬けが好きなのよ)と、顔をくちゃくちゃにして喜んだ。今日はその2回目。店は開いているが、客もこの間の店番のお祖母ちゃんもいない。二人で外に出て眺めると、畑の中にシルバーカーを押して歩いているお祖母ちゃんがこちらを見ているので、手を振って合図した。
今日も表面が黒い西瓜がひとつあったので、西瓜好きのNさんは買った。するとお祖母ちゃんは包丁を持ってきて、西瓜を割って中を確かめろという。Nさんは切ってしまったら家に持って帰るまで痛んでしまうので、確かめなくて良い。ダメだったらそれで諦めるからというと、お祖母ちゃんは変なのだったら言ってくれたら良いのと取り替えるからと、くどくど説明した。Nさんもじゃ、アタシの顔を良く覚えていてねなんて付き合っていた。所でお幾つですかと私は聞いた。自分の年から考えても80代だと踏んでいたが、なんと94才だと答えた。更に何年生まれですかと聞いたら(明治45年)だと言い、(あのね、年を取って一番大事なのは健康だよ)と言い足した。まったくもってその通りと、元気で長生きのお祖母ちゃんにあやかろうかとその腕をさすってみたら、やはり枯れ枝の様に意外な細さだった。 |
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| 2006年9月10日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 405 |
9月10日(日)晴れ
「ねええ、昨日タダシさんに会ったの」 今日は午後1時からみっちり3時間「川柳大会」の最終打ち合わせがあって、終わると私たち3人は喫茶店へ直行した。クーラーの効いた店内に入り椅子に座ると、ムベさんはこう切り出した。「へええ」と私たちは同じ事を言って身を乗り出した。「それがね、銀行の駐車場に車を置いて買い物して帰ってきたら、フェンスに沿ってよろよろ歩いている人がいるの。アブナイと思って足下を見たら、直ぐにほら、冬瓜さんが言ってたチャップリンの靴が目に入ったの。どうしようかと思ったんだけど、どこかへ行く途中なら車に乗せてあげようと思って、戻って声をかけたの。」うんうんと私たちは先を促した。「そしたら腰痛で3,4日寝込んで、どんな具合かと思って外に出て来たところだって言うのよ」「で、私は元歯医者でとかなんとか、聞きもしないのにべらべら喋るの。」「昨日も暑かったから、どこかへお送りしましょうかって聞いたらね、ハイハイ、何処へでもついて行きます。私は暇だからっていうの。」けっけっと私たちは笑って、何処ってどこへ行きたかったのかしらと、顔を見合わせた。「デパートへ行くと、試食販売のおばさんが見本をすすめるので、そんな時はニッと口を開けてみせて、乳歯が抜けたばかりで永久歯は未だ生えてきませんて言うと、大概のおばさんは呆れた顔をする、なんて言うのよ。」で、ムベさんにも口を開けて見せてくれたと聞いて、私たちは吹き出した。気が付いたら炎天下で、フェンス越しに40分も立ち話してたというムベさんは、どこかで面白がっていたんだと思う。 |
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| 2006年9月9日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 404 |
9月9日(土)曇り
数日前から、またパソコンの状態が悪い。フォントが明朝とゴチックしか使えなくなった。今までもそろそろ仕事に取りかかろうと思うと、その気配を察したようにあちこち故障が始まった。何回も経験したことだから、大体何処をさわったらいいと言う予想は付く。然しそれは賭みたいなもので、まあ10回のうち9回は状態を余計に悪くしてしまい、押っ取り刀で専門家を頼むのがオチだ。だから〆切が目前に迫ったこの期に及んで、自分でいじるのは避けたい。所があまり経験のない人は、器械の調子が悪くて出来ないと言っても「ガンバレ」ばなんとかなるだろうと、考えてしまう。だって先月はあんなにちゃんとやれたのだものという。所で「句誌」の編集である。校正は終わったが、先月使ったフォントが出てこない。そう説明しても、捜せば出てくるのではないかという。こちらもいろいろやっているのだ。そうしているうちに他の不具合も出て来た。2日間かかりっきりでやったのだ。腕も肩もこちこちだ。
「これ以上は出来ない。校正もレイアウトも終わっているから、そちらのパソコンでフォントだけ替えて欲しい」と言って、送ってやった。しっかり、きっぱり断った。
1日経って今、私は大分元気になったのだと思う。自分の経験を振り返ってみて、体調の良くない時ほど仕事が断れないで抱えてしまい、その事がますます状態を悪くするという悪循環にはまってしまうようだ。夜になって向こうから、すっかり済んだという連絡があった。 |
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| 2006年9月8日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 403 |
9月8日(金)曇り
夕方の公園は風もなく蒸して暑い。りゅうのお母さんが布製の大きな赤い袋を持って、坂を登ってきた。「お芋を焼いてきたんだけど。買ったのなの。」と言って、15センチぐらいの長さに、アルミホイルで包んだ焼き芋をどっさりと見せた。ハイハイとサムのお母さんが全部受け取り、みんなに1本ずつ配って歩く。直ぐにサムとベルが近寄ってきたのでベンチに座って銀紙をむくと、熱々の焼き芋が出て来た。皮には焦げ目が付いて、未だ熱い。一口食べるとまあ、ほくほくして甘味が強くて美味しい。火傷しそうなのに、サムとべるが催促するので、すこしづつ芋を欠いてやるとサムは鼻を横に向けたが、ベルは美味しそうに食べもっととせがむ。そんなこんなで1本は瞬く間に平らげた。とても美味しかったと礼を言うと、(未だ実家の芋じゃあないのよ。今年は稲刈りを先にやったので芋は未だそのまんま。欲しけりゃあ、自分で掘って持ってけっていうの。)と説明してくれた。サムのお母さんは一通り配って余ったからと、もう1本私にくれた。それもベルと食べたらもう、お腹が一杯になった。夕飯はいらない。そうなの私もね、これが夕飯なのとりゅうのお母さんが横から言った。空一面に薄い雲が被っているのか、今日は白っぽいオレンジのお日様が林の向こうに隠れるところだった。 |
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| 2006年9月7日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 402 |
9月7日(木)曇り
元気を貰いに、「歌う会」の例会に出かけた。まずは「赤とんぼ」を何回か練習してから先生は、一寸したエピソードを話した。(三木露風さんは交通事故で12月29日にお亡くなりになりました。山田耕筰さんが亡くなったのは、ちょうどその1年後の同じ日だそうです。)私の後ろに座ったおばさんが、「マアー随分と押し詰まってからなのね。」と感想を漏らすのが聞こえてきた。
労災申請の準備をしているAさんに、会社の担当者に電話して書類の写しを貰ってくださいと頼んだら、電話の向こうでAさんは「なんて言ったらいいでしょうか?
私って、強く言われたりすると、おどおどしちゃうんです。」と言った。まったくその通りで、小さな会社といえども組織対個人では対等ではない。その為に労働組合が必要なのだが、今では日本中労働組合はほぼ全滅、Aさんの夫が在籍した会社にもない。また彼女は「会社に電話したら、夫と親しかった人が電話に出たのにアンタだあれ?みたいな扱いをされた」と、泣きついてきた。労災申請に伴う立証責任と言われる証拠集めは、遺族はこんな辛い思いを何遍も味わわなくてはならない。でも小さな子どもを3人抱えた彼女は、きっと逞しく強くなる。今までの経験からそう確信する。
巷では、男が生まれたから(生まれるとわかってから)女帝論議は、一気に消えた。
男女同権だのナンダのと言っても、日本の民主主義はこんなものだった。しかし、女性は鍛えられて強くなる。 |
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| 2006年9月6日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 401 |
9月6日(水)晴れのち雨
なんだかお役人があまりのひどさに辞任したとかなんとか、ニュースで言っていたのでなんの事かと思えば、例のサラ金と保険会社がぐるになって、弱い者から徹底的に絞り上げようとする法律を国(金融庁)が出して来たというのだ。多重債務者を無くすために、金利の上限を、年利20%(それまでは29パーセントを選んでも良い)にしようと言うことで始まったのに、金融庁が出した結果は全くの尻抜け。借りる期間が半年や1年の短期や借入金額が30万から50万の少額の場合は、今まで通り29パーセントの高金利でも良いという。そのわけは、業者の経営を守るためと本当に借りたい人が借りられなくなるのは困るだろうという、優しいお気遣い。またサラ金業者は借り手の客全員に生命保険をかけていたが本人は知らない場合も多く、勿論本人の為ではなくサラ金会社がとりっぱぐれのないようにである。おまけに保険会社も契約数が伸びる。昨年1年間に、サラ金10社が受け取った件数は約4万件。そのうち約10%から20%が自殺とみられると新聞(毎日)に書いてあった。封建時代の権力者は、庶民を「生かさぬように殺さぬように」したと云うが、命まで取られる現代はそれよりも恐ろしい時代だ。
更に自衛隊が機関砲を10発も誤射して、民家の近くにも落ちたらしいというニュースがあった。国民の命を守れない政府の姿をさらけ出すこれらの重大なニュースを隠すために、「予定日」を今日にしたのではないか?
テポドンよりも身近なところに危険はあった事を、私たちは知った。 |
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