| 2005年9月18日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 100 |
9月18日(日)十五夜 晴れ 7時気温24℃
夕べ、マグノリアさんと千葉県文化会館へ「都はるみショー」を聞きに行った。彼女の素敵な和服を見るのも、楽しみだった。帰りがけマグノリアさんに誘われて、居酒屋へ寄ってカウンターに腰掛けると、「どお、はるみちゃんからパワーもらった?」と、尋ねられたがうーんと返事に詰まった。初めてステージで見た彼女は、比較的元気な方だとは思うがま、年相応の女性だった。彼女は風邪でもひいているんじゃないかとマグノリアさんは言ったが、若い頃のあの張りのある声は望めない気がした。然しテレビで見る時よりも、リラックスして歌っているように聞こえた。また(一旦辞めてまた始めた我が儘な私)と弁解していたが、私たちはその事はもう必要ない、むしろいろいろと葛藤のあった彼女の方が、いい。そしてもっとジャンルの違った唄を歌った方が良いねで、意見が一致した。 初めて彼女に会って、今までイメージしていた都はるみとは大分ズレがあることがわかり、期待したパワーは貰えなかったが、その分マグノリアさんから貰った。なんだか近頃彼女は元気なのだ。彼女は私より10才年下なのだが、この頃とてもまぶしく見える。
電車を待つ間に眺めた中秋の月も、美しく輝いていた。今夜は十五夜です。
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| 2005年9月17日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 99 |
9月17日(土) 晴れ 7時気温21℃
先日、生命保険の申込書を記入していて、名前の書体が行書体風になったら、保険の勧誘員はそれはダメだと言って新しい用紙に書き直しさせられた。印鑑を押したら逆さまだったので、それに×点を付けて隣りに押しなおしたらそれもダメでまた、新しい用紙に書き直しだというのである。印鑑は鮮明であれば良いはず。名前も書き慣れているからそうなるので、それがダメなら最初から自署なんかさせるな!紙もムダになる。
いい加減頭に来ていたとき、今度は職業欄に「無職」と書き入れたら、保険の勧誘員は慌てて(無職じゃなくて、主婦と記入して)と言った。私は主婦は職業ではない、と突っ張ったが知人の勧誘員は困ってうろうろするし、たまたまそこに居合わせた仲間のAさん(最近まで、生命保険会社に勤めていた)が、そう書かないと書類が通らないのよというので、しぶしぶ職業欄に「主婦」と記入した。
広辞苑でも、職業は生計を立てるための仕事と説明している。保険会社はどこでも、主婦を職業と認定しているのか。また広辞苑では主婦を、主人の妻で、一家を切り盛りしている婦人と説明している。だいたい私は一家や家事を切り盛りなんか絶対にしていない。威張ってはいるがそう言う意味でも私は絶対に主婦ではないのであーる。わかったか社長。
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| 2005年9月16日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 98 |
9月16日(金) 晴れ 7時気温22℃
1年振りに、幕張の病院へ行った。10日程前、右手親指に小さく湿疹が出来た。
水泡が見えて痒いので、水虫と判断して近くのマツキヨで2千何百円かの薬を買って、せっせと塗ったが治らない。塗り方が悪いのかと、薬を塗った上をガーゼで丁寧にカバーしたが、湿疹はひろがり悪化するばかり。やむなく病院へ出かけた。医師は私の指先を見て「あ、これはかぶれたんですね。」という。かぶれるなんて心当たりがない。何にかぶれたのかと聞くと、私の塗っていた薬だという。ひえー、そんなあと思いながらも、では元々は何だったのかと重ねて聞いたら、一寸した湿疹だったろうと言う返事。ちゃんと病院へ来れば、高い薬で症状を悪化させることもないと、有り難いお小言を貰って一件落着した。
夕方公園へ行くと、サムのお母さんが真っ白な三角巾を肩から下げて、左腕をかばって座っていた。驚いて近寄ると、一寸顔をゆがめて階段から落ちたといった。左腕の骨にひびが入り、右足の裂傷で4針縫ったと言う。ますます驚いて、仕事中の事故かと尋ねるといや家の階段だという。そんなこと言ってもさむちゃん家は1階で、あの階段はせいぜい4,5段しかないはずと考えていると、さむのお母さんは首をすくめて小さい声で、3段目から落ちたといった。事故は、いつでも思いがけないものなのだ。
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| 2005年9月15日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 97 |
9月15日(木) 雨、曇り 7時気温26℃
夜半の雨で、一気にヒンヤリとした秋風に変わった。昨日のようにうだるような暑さの日には、遠い人を思い出す事はないが、こんな日には何となく物憂い気分になる。体感気温と記憶装置がリンクしているのか。なんて思いついたのは昨日、鍼灸マッサージの治療に行った時、先生とマグノリアさんが(人間の臓器にも記憶がある)なんて話をしているのを聞いていたからだ。所で、今朝顔を洗うとき、指先が頬につっかえた。身体が何となく重い。もしやと恐る恐る体重計に乗ったら・・メランコリックな秋が、一気に肥える秋となった。2泊3日の食べ寝る喋る旅行の結果がしっかりと現れたのだ。どうしようと思い悩みつつ、新米は美味しいなんて云いながら、朝ご飯はしっかりと食べてしまった。お昼は飲み物だけにしようと、決意を新たにする。
さて昨日の続き。姉に、腰の痛みはどうかと聞いた。(うーん、マッサージに通っていたのだけどねえ、止めた)と意外な返事だった。あんまり安い(1回150円)んで悪いし、先生にやって貰うと気持ちいいけどね、込んでいる時は助手がやるんだけど、力ばかり入れて少しも気持ちよくないのよ。それに助手のお姉さんに疲れるでしょ?って聞いたら、指が痛くて1本ずつ絆創膏貼ってやっているんですって。それ聞いたら、あんなに若いのに可哀相になったから、もう行かないのよ。
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| 2005年9月14日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 96 |
9月14日(水) 晴れ 7時気温28℃
箱根山を越えた風が関東地方に乾いた熱い風を送ったとかで、東京は33℃を記録。
千葉でも、昨日に続いて今日も真夏の暑さだった。
私たちが蓮台寺温泉に滞在した3日間も、暑かった。最も私たちは余り外には出ないで、温泉に浸かり、思う存分お喋りして後は眠った。
姉は2週間毎に近くの町医者に血圧の薬を貰いに行くのだが、それが億劫になってきたと愚痴った。郊外の新興住宅地の建設とほぼ同時に開業したその医院は、一時大いに繁盛したが今は子どもも少なくなり、先生も年を取り休業することが多くなったので、少なくなった患者は余計に、新しくできた病院へと移ってしまった。姉は義理堅くそこに通っているが、カルテは薄っぺらでこのくらいしかないのよと、親指と人差し指ですき間を作って見せた。病院へ行くと姉が座るのを待ちかねてその年老いた先生(80才は過ぎているらしい)は、あれこれと愚痴をこぼし始める。姉は、先生は聞いて貰う人がいないのだから自分が聞いてやらねばと思って真剣に耳を傾けるが、毎回話は1時間を越え、気分が落ち込んで帰るという。検診で採血するとその後腕が腫れあがる。話はともかく注射は危ないよと忠告したが、そんなこと姉はとっくにわかっているのは話を聞いていてわかった。 |
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| 2005年9月13日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 95 |
9月13日(火) 晴れ 7時気温?℃
義姉と姉を連れて、2泊3日の温泉旅行へ行ってきた。
姉は娘にどこに泊まるのかと聞かれて、お寺と答えて置いたと云う。姉はとぼけているのかボケ始めたのかときどき判断に迷う。「ほら、下田の蓮台寺温泉って云ったでしょう?」と云ったが「あら、そうだった?」と済ましている。まあこちらも、駅名にもなっている「蓮台寺」がどうして現存しないのか不思議で、後から土地の人に尋ねた。
とにかく「100%源泉掛け流し」のうたい文句の通り湯量は豊富で、湯ノ華小路沿いの民家の蛇口からは温泉が出っぱなしになっていたし、私たちが泊まった宿には趣向を凝らした浴槽が9ヶ所もあって、私たちは3日間でその内の7ヶ所に入った。
帰宅して、久しぶりにベルと公園に出かけた。元自民党運動員のサムのお母さんに、どうして自民党にあんなに票が入ったのかと尋ねると、民主党は日常活動が弱いのではと答え「花見川区で3万も入りましたよ。4万ですが1万は公明党の票ですから」と続けた。ああ、自民党が過半数を取ったから、まず消費税が上がるわとため息をつくと、いや、小泉さんの内はやらないでしょうという。小泉の任期は残りわずかだってことみんな知っているのに・・。 |
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| 2005年9月10日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 94 |
9月10日(土) 晴れ 7時気温?℃
昨日、ほぼ予定通り用事は済んだので、私たちは広島の「原爆資料館」に行った。
土曜日のせいか、思ったよりも入館者がおおぜいいて、外国人もたくさん目についた。私達の前後を熱心に見て歩いていた中年の男性は、ドイツ人のグループだったし、私がどこから来たの?と、声をかけた10歳前後の可愛い女の子は(カナダ)と答えた。
圧倒的な事実の重さに私たちの仲間はみな、押し黙って「原爆資料館」を出た。
館内に展示してあった、平和式典で読まれた小学生の誓いのことば(多分・・題は覚えていない。)の内容が不満だと私が沈黙を破った。そこには・・戦争を始めるのは人間です。人間の心です。・・とあった。この小学生が自分で考えたのだろうか。誰かが教えたのだろうか。戦争は自分だけがもっともっと儲けようと考える人間が始めるのだ。その事をちゃんと教えてこなかったから、警察予備隊で始まった軍隊が今、本格稼働するようになってしまったのだと吠えた。黙って聞いていた皮肉屋のAさんは、地蔵さんの頭が溶けたのがあったでしょと云う。地蔵さんでも被害を受けたのだから、神も仏もないわけで信じる者は救われないんだよと続けた。
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| 2005年9月9日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 93 |
9月9日(金) 晴れ 7時気温28.0℃
大事な用事が出来て、空路広島に飛んだ。
ロビーで出発を待っているとき、仲間のAさんは先日日本人の野口さんも乗ったアメリカのスペースシャトルの話をした。スペースシャトルは、天候が悪くてよその基地へ到着したので、機体は別の飛行機に載せられて出発地まで戻ったという。私もなんとなくその映像は見た気がして、つまりオンブしたような恰好でと聞いてみたら、嗤いながらそうなんだと答えた。ああいう技術が進んだら、事故で墜落しそうになった旅客機を助けられるようになるかもとBさん。相手が迷走していると難しいかも。でも空中給油も出来るんだからなんとかなるかも、などど楽しくお喋りを続けた。
私はふと、飛行機は一体幾つぐらいの部品で組み立てられているのだろうかと思った。航空会社に勤務してたBさんは全部ではないが、取り替え用の部品としては(つまり消耗品か?)約10万個だと教えてくれた。ヒエーッと私は驚いた。なにかで自動車は約2万7千とか聞いたが、やっぱり飛行機は桁違いだ、凄い。
私なんかせいぜい100個のジグソーパズルが完成したらそれでもう大満足だが、10万個もの部品を組み立てて本物の飛行機を作る人は、どんなに嬉しいだろうなと想像した。ええっ、そんなの較べるなって?
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| 2005年9月8日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 92 |
9月8日(木) 晴れ 7時気温28.0℃
「つぶれたビデオ屋の後に、自然食品のパン屋が出来るらしい。」貰ったチラシを見せて、家人が云った。開店で割引券を持って行くと、食パンが100円で買えるという。
夕方家に帰ると、食パン、餅1袋、味付け海苔があった。10時、2時、5時に出かけてその都度100円で買ったのだという。(家人のこういうへんてこなマメさは、理解できないのだ。)大した品物ではないが、どう考えてもあやしいおかしい催眠眠商法ではないかというと、家人はむっとして2階に引っ込んだ。
忘れた頃に印刷した紙を何枚も持って「やっぱり、おかしいみたいだ」と云って降りてきた。ネットであちこち検索してみたらぴったり同じ事が出て来て、どうもおじいさんが引っかかるらしいとも云った。他の人の経験を読むと、これは催眠商法ではないという。客は、高いとわかっていて買うのだそうである。暗示に掛ける必要はないと言い切る。なぜならば、100円商品を買って貰う間に「セミナー」とやらで、客と信頼関係を結ぶのだそうである。
然し1店舗の開店は3ヶ月だと云うから、その「信頼」も3ヶ月の期限付きらしい。
でも今朝の朝刊トップ記事にあった、儲けを増やすために保険金を支払わない大手
保険会社よりも可愛いのかな。
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| 2005年9月7日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 91 |
9月7日(水)曇り晴れときどき雨・台風14号移動中 7時気温28.0℃
日没は6時だって。5時過ぎて犬仲間が公園に集まって来ると、サムのお母さんが言った。みんな傘を持参していた。低い空一面に、大きな黒い雲がどんどんと北の方へ流れて行く様子は、まるでパノラマを見ているようだった。
「これって凄いねぇー、こーんなに、こーんなに大きくて、これって日本海の台風に引っ張られているんだよね」りゅうのお母さんは、流れる雲を眺めながら両手を空に向かってあげ、大きく振り回した。傍で見ていて、ああこれは「トトロのメイだな」と思った。そう言えば、りゅうのお母さんはメイに似ている。お顔は空豆のかたちをしている。メイが老けるとこうなるんだ。
所でサムのお母さんは、サムが走っているところを撮りたくて、大枚をはたいて新しいカメラを買ったのに、近頃サムはさっぱり走らないのだ。「それによー、サムはこのあたりすっかり白髪になったもんな」なんてハナのお父さんは、サムの身体を撫でながら意地悪を言う。サムのお母さんは渋い顔をしながら(そこは小さい頃、ハーネスを付けた後)と、言い訳をする。6時のチャイムを聞いて帰る頃は、西の空いっぱいにオレンジ色のスカーフを何枚も流したような大きな夕焼けだったが、30分後家に着く頃はすっぽりと暗闇に包まれた。 |
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| 2005年9月6日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 89 |
9月6日(火)雨・台風14号通過中 7時気温25.0℃
大型台風14号は、九州では1日で東京の1年分の雨を降らせたと言う。「1500oって云うと、1メートル50pかい?
」と、みのもんたは確かめていたが、聞いてるこちらも驚いた。プールの水の深さと同じである。
それにしてものたのたして、しゃっきりと進まない台風で、たいして被害はないこちらも鬱陶しい。ほら、こういうところがもう効率主義に毒されているのだ。
昨日スーパーで、キャベツが1個百円で売っていたが、私は4,5日前に八百屋で1個65円というのを買った。流し台に放って置いたら、下の方が痛んできたので「ザワークラウト」と言うのを作った。レシピはネットで探した。キャベツは1センチ幅にザクザクきり、ベーコンも同じように切って軽く炒めてからコンゾメと一緒に4,5分煮る。お酢と塩で味付けし、仕上げにレモン汁を掛ける。詰まりは「キャベツのさっと煮」である。然し「ザワークラウト」となんて云うと、(お料理)と言う気がする。どうだ。今日はドイツ料理を作った。なんて自慢はしないけど。 |
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| 2005年9月5日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 88 |
9月5日(月)曇り 7時気温27.0℃
リクエストを出したのは何時だったか忘れた。多分半年前、いやもっと前だったような気がするが、図書館から突然届いたと言う連絡があって、借りてきた。「ダヴィンチ・コード」上下2巻である。他人事の気楽さもあるが、面白かった。他人事というのはキリストに関する極めてショッキングな事が書かれているので、キリスト教徒の皆さんは受け入れがたいだろうと無宗教の私が想像するのである。更に強烈なのはそのショッキングな推理が、全くの与太話とは思えない作者のうんちくなのだ。
私がショックだったのは、教科書にも載っている有名なレオナルド・ダ・ヴィンチの絵「最後の晩餐」の中に、女性が描かれていたという事実だった。えーそんなはずはない、(女性に見えなくもない)ぐらいだろうと思って、付録の「最後の晩餐」を見たが、・・女性だった。10年ほど前、私は現地で本物を見ている。あの時はオペラグラスも持参して見たが、女性などいなかった。
疑り深い私は、これは本のトリックなのだと考えて、図書館へ走って、ダヴィンチの画集を開いたら、女性がいた。家に戻ってパソコンでNHKが作ったCGを探して見たら、より鮮明にキリストの隣りに女性がいた。
見てても見えなかったのは私1人ではなくて、世界中の人もそうだったらしいが、仕掛けたヤツは凄い。 |
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| 2005年9月4日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 87 |
9月4日(日)雨、曇り夕方晴れ 7時気温28.0℃
3時を過ぎた頃「田圃の方へ行ってみませんか?」とサム親子が迎えに来た。車はコタの家の駐車場に入れて、花見川大橋から川沿いの道に降りていった。稲刈りの済んだ田圃は良い匂いがする。新しい畳の匂いでしょとサムのお母さんは言ったが、まそうとも言える。刈り取った稲をざがけして、天日干しをしている。あれは自家用とサムちゃんは云う。藤に似たくずの花、オレンジ色のきすげ、今年初めてススキも見つけて2本折り取った。(足元気を付けて下さいよ。雑草で見えなくても急に崖になっていることがあるから)とサムのお母さんに注意された。ススキをこんなに早く見つけたのは珍しい。毎年早くても15日過ぎだ。一方、今年は栗の出が遅い。いつもの年なら、9月に入る前に八百屋に出てくるが、今年は未だなのだ。稲刈りの済んでいない田圃はオレンジ色のネットが張ってあるが、案山子の数も多い。(昔は綿を詰めて、へへののもへじって顔を描いたもんですが)と云われて、案山子の顔をのぞいたがのっぺらぼーだった。案山子ってホントに利くんですか?と聞いてみたら、いやどうでしょうねぇーと頼りない返事。でも案山子の着てるものは、昔よりずっと良い物を着ていると白いシャツとチェックのスカートをはいている案山子を見て、感心していた。
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| 2005年9月3日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 86 |
9月3日(土)晴れ 7時気温28.0℃
月2回のお稽古日。いつもAさんが早く来て、机や椅子を並べて準備してくれている。たまには私もと思って早めに出かけたが、既にAさんは到着していた。2人で教室の準備をしながら、残暑の話をする。また台風が近づいているらしい。それにしてもアメリカの台風はひどかったねと、Aさん。救援が遅いですよねと、昨日のマグノリアさんの話を思い出しながら言った。 軍隊だってなんだってどうして早く助けに行かないのかしらと、彼女は怒っていた。私もそうよね、ロサンジェルスの大地震の時には対応も早いし、物質的だけでなく精神的なケアまで手厚い援助だったのにどうしてかしらと云った。
あそこはなんでしょ、黒人や貧乏人ばかりの所なんでしょとAさん。思いがけない展開に慌てて(へえー、今でもそんなのって残っているんですか?)と尋ねると、ええーまぁねぇーと曖昧な返事か帰ってきた。
アメリカ政府は、救援の遅れとイラクに駐留している米軍兵士で、今回被害に遭った地域出身者の帰国を認めたというが、早急な対策は聞こえてこない。こんな時でも小泉の親分は「自助努力」とでも云うのだろうか。
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| 2005年9月2日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 85 |
9月2日(金)晴れ 7時気温27.0℃
マグノリアさんと「アジア海洋映画祭イン幕張」というのへ行って、ベトナムの映画を見てきた。今日も彼女の送迎付きである。私は千葉の裁判所に用事で行っていたので、そこまで迎えに来てくれた。帰りは自転車が預けてあるので駅まで送ってもらい、買い物をして家に帰る途中で、ケータイが鳴った。いつもなら放っておくのだが、あまり何時までも鳴り続けているので、自転車を止めて電話に出た。ああいましたかといきなり云われた。サムちゃんのお母さんである。今、自転車に乗って家に帰る途中だと云ったが、ああそうですかと云ってどんどん話を進めている。かなりメートルが上がっていて、聞いている方にはさっぱり話の中身がわからない。諦めて自転車を押して歩きながら、もう一度聞き直すと(メールで写真を送りたいが、私のアドレスガわからないので送って欲しい)と言うことだった。サムちゃんのお母さんはパソコンに写真を詰めすぎて、もう何度もパソコンを壊している。その度に必要な外の物もぜーんぶ無くしている。
この間ニコンの新しいカメラを買ったので、それで撮ったのを送りたいのだ。小さい写真をぐーんと大きくしても、ピントは驚くほどシャープなのだそうで、A4の写真を送って良いかと云われたが、ご遠慮願った。 |
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| 2005年9月1日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 84 |
9月1日(木)晴れ薄曇り 7時気温25.0℃
市民の森で、出来立てのドングリを3つ拾った。黄緑色で、丸いのと細長いので、おしゃれなベージュ色の袴もちゃんとついていた。私がこういうのを喜んで拾うと、サムのお母さんは(フン)と横目で見る。彼女にとって道に落ちている物は掃除すべき労働の対象なのである。いつもの公園へ戻って、リョウのお母さんにひとつあげたら、マアと言って大事そうに胸のポケットへしまった。
この頃また海の様子がおかしい。仲間から1匹だけ離れて、そわそわとして落ち着かないのだ。以前は(みんなにお地蔵さんと言われたくらい)ゆったりと座って動かなかった。それを云うとサムのお母さんは、犬の態度がおかしいのは人間に問題があるから。この頃海のお母さんは身体の具合が悪そうだと言った。私もそれは気が付いていた。海のお母さんは、なんだか急に老けたな、どうも顔色が悪いなと思っていたのだ。
選挙の宣伝カーが、やかましく走り回っている。公明党と云うのはとSさんが云う。昔は社会党や共産党と同じようなことを云っていたのに、今は自民党と同じになった。それだけ世の中が豊かになったからなのかねえ。
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| 2005年8月31日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 83 |
8月31日(水)曇り 7時気温25.0℃
マリリン・モンローの映画「お暑いのがお好き」は、私の好きな映画のひとつである。
見せ場は幾つもあるが、女装したジャック・レモンがバラの花を一輪口にくわえて大金持ちの爺さんとラ・クンパルシータを踊る場面は、何回見ても楽しい。プロポーズされたジャックレモンが、実は・・と告白するとその大金持ちは(愛さえあれば外のことはどうでも良い)と答える・・。
映画は禁酒時代のアメリカ第2の都市シカゴが舞台で、失業中の楽士ジャック・レモンとトニー・カーティスは、ふとしたことでギャング・アル・カポネの「聖バレンタインデーの虐殺」を目撃してしまい、ギャングの追跡を逃れてフロリダに逃げ込む所から始まる。
所でこの暗黒街のボス・アルカポネは「株」には一切手を出さなかったそうである。
アメリカでノーベル賞受賞経済学者を2人抱え、なんだか理論を駆使して、絶対に儲かると言って客を集めた株式投資会社が破産したのはまだそんな昔のことではないから、カポネは賢かったと言える。 今朝のテレビで、「女性の投資熱が盛ん」と放送していた。昔バブルの頃も「子どもの株式投資」なんて放送して、株を煽っていた。 |
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| 2005年8月30日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 82 |
8月30日(火)晴れのち曇り・夜雨 7時気温25.0℃
(べるう、ひさしぶりだねえー)と言いながら、赤いほっぺの女の子が近寄ってきた。(ベルの顔って、狐みたいで、とっても可愛い)と、言ってくれたのだが、しばし喜んで良いのかどうかと迷う。「コテの顔は笑っているように見えるね」とサムのお母さんは言う。私はそうそうと急いで相槌を打つ。茶芝のコテツは正面から見ると、口角が上がっていて笑っているように見えるのだ。アルカイックスマイルのようで、なんだか不気味な感じがする時もある。
団十郎のお母さんが、この夏お父さんと一緒に上高地へ行って来たと話をしていた。勿論団十郎も一緒である。それがいつの間にか、では秋になったらみんなで行こうと云うことになった。そのペンションまで車で行って、そこからペンションのバスに乗り換える。犬は河童橋まで連れて行けるのだそうである。(なーべる、いこうなー)とサムのお母さんは、大いに乗り気である。所が、初めに言い出したハナちゃんのお父さんは、いろいろと予定があるから行かないという。サムのお母さんは横目で見ながら(近くになったら、きっと一緒に行くって言うわよ)と、予言した。 |
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| 2005年8月29日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 81 |
8月29日(月)晴れ 7時気温25.0℃
夕方、ベルを連れてフィラリヤの薬を貰いに犬猫病院へ行った。ベルは、診察台に載せられると緊張して小刻みに震えている。診察台がそのまま体重計にもなっていて、今月は10,05s。2ヶ月で500cの減量に成功した。ベルは緊張しながらも上目遣いに先生の後ろの方を見ている。ベルの視線の先を追って、ああ新しいお姉さんねと言うと、そう研修生と先生はちらりと後ろを見て答えた。ベルの減量はうまくいったが、先生も私も人間の方はこんなに上手く減量できない。どうしてだろう。
病院から公園へ廻って、久しぶりに犬仲間と遊んだ。サムちゃんの孫ちゃんが又遊びに来ていて、サムとベルが追いかけている。りょうちゃん、ハナちゃんも来ていつものように絡み合っている。それを見ていたら、夏太りしたハナちゃんやリョウなどと較べるとベルがとても痩せているようで気になった。
ハナちゃんは一時痩せたけどまた肥ったねとリョウのお母さんが言うと、ハナちゃんのお父さんはいいや、冬毛が出て来たんだと言い張った。
帰りにスーパーでまた、犬用のビスケットとジャーキーを買ってしまった。
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| 2005年8月28日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 80 |
8月28日(日)曇り 7時気温26.0℃
鯖にあたった。昔から鯖は「鯖の生き腐れ」と言われて傷みやすい魚だと言うことは知っていたが、食べてあたったのは初めてだ。最も同じものを食べた家人は何ともなかったのだからまあ、体調が悪かったとも言える。スーパーの魚売り場で、秋刀魚と鯖を見た。新秋刀魚も美味しいが、食べたばかりなのでしめ鯖が食べたいと思って鯖を買った。勿論しめ鯖OKと表示してある生きの良い物だ。私の作り方は三枚に下ろした鯖を塩でくるむというか塩に埋める。そのまま1,2時間置いてから、塩を洗い流して生のお酢に浸けるというごく簡単なもの。でもこれを切ってみると廻りが白く、中は赤くて口の中に入れるととろりと柔らかく、酢と甘味が具合良く混ざり合って何とも美味しい。で・・今回初めてあたった。食後、丁度3時間経ったところで最初の兆候が現れた。急いで正露丸を飲んで、まあ12時間も経てば回復するだろうと踏んでいたが、その倍かかった。
お腹が差し込むので何も出来ない。仕方なくラジオを聞いて過ごした。「夏休み子ども科学電話相談室」という、私も好きな番組だ。小さな子が(当たり前だが)その土地の言葉で話すのを聞いて、こんなにもゆたかに言葉が生きているんだとうきうきした。面白かった質問。「田圃にいる白鷺はどうして日焼けしないか?」 |
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| 2005年8月27日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 79 |
8月27日(土)晴れのち曇り 7時気温29.0℃
昨日、スーパーの野菜売り場でキャベツの値段を見たら、1個198円だった。
ニュースで、今年は天候に恵まれキャベツが出来すぎたので、価格暴落を防ぐために1万3千トンのキャベツの処分を決めたと聞いた。それでもっと安いかと思っていたので意外だった。ニュースでは既に7千トンのキャベツを処分した、とも言っていた。合計2万トンのキャベツは、例えば東京ドームに入れたらどの位の量になるのだろうか?
昨日の友人Aさんの話。彼女は東京郊外のマンションで暮らしている。そこは1階入り口脇に入居者のポストが並んでいるのだが、(警察のご指導で)今度そこに監視カメラを設置することになったのだという。彼女が写ったテープは警察に提出するのかと質問したら、必要があれば理事会に諮ってそうすると言ったらしい。それでね、と彼女は続ける。選挙が始まるでしょ?今度からそのポストにチラシを入れると、入れた人は1回1100円支払うことになったのだと言った。その1100円ってなぁにと聞いた。チラシがいらない人は捨てるから、それを処分する管理人さんの手数料だってと彼女は答え、あっちもこっちも監視されてだんだん窮屈で住みにくくなって厭だとため息をついた。
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| 2005年8月26日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 78 |
8月26日(金)曇りのち晴れ 7時気温27.0℃
明け方の4時頃、急に風が止んだような気がしたが、あの時千葉市に台風11号が上陸したのではなかったか?わが家では、プランターのミニトマトの木が倒れた。
古い友人Aから久しぶりに電話があって、1時間余りお喋りに付き合った。
彼女の友人Bは小泉を見ていると、自分そっくりだと言うのだそうである。
Bさんは、自分は強迫性障害であり、いったんこうと思った事はナントしても(自分でもマズイなと感じても)そっちへ突っ走らないではいられなくて、やってしまうとのだと説明したと言う。姉弟とうまくいかなくなったのも、自分のそんな態度が原因だとBさんはわかっているという。ふーん、厄介な病気だねと言いながら、私自身も思い当たる事がある。家から出かけたとき、ふとガスを消し忘れたのではないかと思い出すと、不安でたまらなくなる事がある。Aも(アタシもそうよ。新幹線に乗ってから途中下車して家に帰って確認したこともある)と言う。だから強迫性障害と言うのはそんなに珍しい事ではないと思う。Bさんは(医者は絶対にわかっているはず。)と言い、Aさんは(まわりの人は困っているんじゃない?)と言ったが、私はそれを利用している人達がいるのかも知れないと考えた。
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| 2005年8月25日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 77 |
8月25日(木)雨・台風11号接近 7時気温26.0℃
夜に向かってだんだんと風雨が強くなると言うので、4時半頃ベルと公園へ出かけた。こんな日は人出がないので、公園を遠慮なく使えるチャンスだから休むわけにはいかない。道路に平行している緑地帯で、サラちゃんに会った。サラちゃんはオレンジに茶色い縁取りのしゃれたレインコートを着ていた。ベルもサムのお下がりで黄色のレインコートがあるが、走って遊んでいるウチに手足の部分が脱げたり、伸びて絡まったりして具合が悪いので、この頃は着せない。
迷子犬の親は見つかったかと、サラのお母さんに尋ねた。(それがね、実はあの犬は罠に挟まれてたの。トラばさみにね。)と意外なことを言い出した。サラちゃん家の近くに国有地があるが、そこを何人かが勝手に家庭菜園などに利用していて、罠はそこに仕掛けられていたのだという。ゲージを持って駆けつけたお巡りさんは、田舎ならまだしも街中でこんな罠を仕掛けた事件は初めてだ。夏休み中だし、子どもがかからなくて良かったと言ったそうである。さて当の若い柴犬は利口で、警察のゲージの目を押し広げて脱走し、現在は見つけてくれた人の所に保護されている、と言うことだった |
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| 2005年8月24日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 76 |
8月24日(火) 7時気温26.0℃
今日はお施餓鬼会と言うことで、お寺へ出かけた。
行きのバスの中で、お花を抱えている人に声を掛けたらやはり行き先は同じだった。いつの間にかバスの路線が変わっていて、降りた停留所は今までの路よりずっと遠い。
法要の始まる時間だったが、先にお墓の掃除をしますと言うと、その方も私もそうですと仰った。私は、姉に勧められたので兄妹で墓があると言うと、その方はやはりと頷いて、私も3つ分あるのでこんなに沢山のお花がいるのだと、手元を見せて説明してくれた。
来ないと思っていたが、本堂の人波の中に姉の小さな背中が見えた。向こうが先に気づいて、隣りに座るよう手招きをする。まわりの人が寄せて開けてくれた小さな空間に割って入った。私が座るとすぐに姉は「今年は、お搭婆の数が少ない。人も少ないね」と囁いた。「やっぱり不景気なんだね」と話続ける。本人は小声のつもりが結構大きな声なので前に座った人が振り向いて、顔をしかめたが姉は全く意に介しない。
住職は(お寺に来て、少しでも安らぎを感じて貰えれば)などどお説教したが、こちらはお寺へ行けば幾ら取られるかと心配だ。 |
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| 2005年8月23日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 75 |
8月23日(月)晴れ夜雷と雨 7時気温29.5℃
朝から、ざわざわとした風が吹いている。大きな台風が二つも近づいているらしい。いつもなら必ず6時半に公園へやってくるサム達が今朝は見えない。多分つかれて寝坊したのよと、海のお母さんが一口煙草を吹かしてから言った。サムちゃん家は昨日、5年生の孫ちゃんが遊びにやって来て、一晩泊まったのだ。
海はアタシの頭の所に寝ているから、海のお腹がゴロゴロ鳴るのが耳について寝てられなくて早めに出て来たと、海くんのお母さんは言った。
(うん、そうだ。犬でもよ、いびきかいたり寝言言ったりうるさいんだよ。それに寝るとこもよ、廊下とか階段の下とか涼しいとこを探して寝んだよ)チャーミーのお爺ちゃんはまっすぐにこちらを向いて話をする。この赤ら顔のお爺ちゃんは昔からベルのファンで、ベルが遊んでいるのをじっと見ては(うん、べるは可愛い)と言って頷くのだ。
7時過ぎてみんなが集まった頃、真っ赤なネグリジェみたいなワンピースを着たハナのお母さんがやってきて「ねえ、ねえ、いま紫蘇ジュースに凝ってるのよ。飲んでみて」と、ポットに入った赤紫のジュースを持ってきて、みんなに振る舞った。私には甘すぎた。 |
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| 2005年8月22日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 74 |
8月22日(月)曇りときどき小雨 7時気温29.5℃
今日は当番で事務所の出勤日だった。然も、車での送迎付きであーる。
さて、時間になって昼食をどうしようかと相談した結果、チラシで見た「レストラン・まぁぶる」に行ってみようと決めた。ここは障害者福祉作業所が運営する施設だと説明があった。食堂は、元パチンコ屋の一部を区切ったスペースでわりと広い。テーブルと椅子の外に観葉植物も置いてある。見上げるとパチンコ屋の派手な作りがそのまま残っていて、妙な気分になる。入り口で食券を買ってテーブルに着くと、すぐに水(無料)を持ってきてくれた。Aさんと私はまぁぶる弁当(600円)、Bさんは日替わりランチ(500円)を注文した。600円のまぁぶる弁当は、重箱に4品お総菜が入ってご飯と味噌汁が付いていた。Bさんの日替わりランチはトンカツにご飯・味噌汁で、ご飯のお代わりは自由に出来る。そしてこれが文句なく、美味しかった。今月の1日に開店したばかりと言うのに、8割方の入りは頷けた。今度からお昼は絶対ここにする。
私たちが行ったときは、働いている人はお手伝いの人の方が多かった。然し(障害を持っていると思われる)彼らの、真剣に働いている様子と澄んだ瞳を見て、なんだか泣きたくなった。 |
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| 2005年8月21日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 73 |
8月21日(日)晴れ 7時気温29.8℃
トマトを糠味噌に漬けたらどんな味になるか?
サムのお母さんが自分で作ったなす、ピーマン、トマトを届けてくれた。ピーマン、トマトは葉や茎がついたままである。もうお終いなのかと聞いたら、仕事の帰りに寄ったのでひとつずつ取るのが面倒で、枝や茎ごととったのだと言った。
トマトの茎には未だ青い実も付いていたので、どうしたものかと考えて糠味噌に漬けてみた。約1日漬けてから取り出してみた。色の変化はない。肝心の味は・・ぬか臭くて青いトマト味が残っていてま、お薦めは出来ない。
昨日の八千代新川の花火大会は、今年で終わりだってと、りゅうのお母さんが言った。そう言えば佐倉の花火大会は今年からやんないんじゃない?中止になったってと、誰かが続けた。Aさんはウチの息子も娘もお盆だってずっと仕事で、夏休みなんか1日もなかったと言ってた。世の中まだまだじわっと、不景気が居座っている。景気が上向いているなんて、言ってる向きもあるが、そう言う人は人々の暮らしを見ないで、都合の良い数字ばっかり見てそんなこと言っているに違いない。 |
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| 2005年8月20日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 72 |
8月20日(土)晴れ 7時気温29.0℃
今日も暑かったが、夕方の公園は少し強い風が吹き抜けて気持ちが良い。でも家の中が埃だらけと、団十郎のお母さんはこぼした。
お日様が沈む頃になっても、ウオーキングをする人の数は一向に減らない。土曜日だからか犬たちも沢山集まって、久しぶりに会った飼い主達はお喋りに夢中だ。
見知らぬ犬が近づいてくると、先ずサムのお母さんがサムを押さえて、みんなも急いで紐に繋いだ。犬たちはなにかのきっかけで、まだ仲間だと認識していない犬を、みんなで襲いかかる危険があるからだ。
この頃、ドーベルマンをわざわざ犬たちが遊んでいるところに連れてくる娘さんがいる。アユのお姉ちゃんと話をしに来るというのだが、やはりその度に私たちは急いで犬を繋いだ。「でも1回ぐらいみんなと、あのドーベルマンを闘わせてみたいね」と、サムのお母さんに言ってみた。サムのお母さんは少し考えて「でも、最後に決着を付けるのはサムだから・・」と拒否した。そうだった。甘ったれのべたべたサムは、群れのリーダーだったのだ。然し場数を踏んでいるサムは、あのお上品なドーベルマンには勝てると思う。2番手のベルだってこの頃は、バッタを追いかけて足腰きたえているしね。 |
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| 2005年8月19日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 71 |
8月19日(金)晴れ 7時気温29.0℃
飯田橋ギンレイホールの入り口で、マグノリアさんと待ち合わせた。久しぶりにソフィア・ローレンが出ている映画があるので、見ようと話が決まった。ここへ来る途中、少し遅れると言う連絡は貰ってあったのでチケットを買って入り、外が見えるベンチに座った。入り口には、2人の女性が外を気にして立っていたが「あなたも、やはり待ち合わせですか」などとお喋りを始めた。1人は六本木からもう1人は大阪からやって来たが、上京したときにギンレイに寄るのが楽しみだと言っていた。
上映時間が近づいて、急に人の入りが多くなった。チケット窓口で、ここは60才以上の割引はないかと尋ねる声が聞こえてきた。その人は、売り子のありますという返事を貰うと(あらそう、良かったわ。じゃあ免許証を出すわね)と言ったが、いいえいりませんと断られた。なぜか聞いているこちらも一瞬どきっとした。規則で証明書の提示は不要なのか、相手を見ればわかるのかそこの所はこちらも大いに関心があったので、どんな人かと除いてみた。白の綿シャツ、黒で太めのサブリナパンツに真っ赤なサッシュベルトをしたお元気そうな女性だが、60才はとうの昔に過ぎたことは、わかった。
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| 2005年8月18日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 70 |
8月18日(木)晴れ 7時気温28.0℃
夕方、自転車に乗ってベルを公園へと走らせていると、後ろから(ベルうー)と名前を呼ばれて、私とベルは同時に振り向いた。ロンのお母さんが自転車の前籠に荷物を沢山積んで、後ろからやって来た。(走る後ろ姿が良く似てたから・・)と言った。そう、ふさふさとした巻尾を揺らしながら、拍子を取って走るベルの後ろ姿は可愛い。(と思っているのは飼い主だけかも。)ロンは黒芝の優しい目をした大人しい犬だ。だけどどういう訳か、ロンを見ると海は追いかけ回していじめるので、ロンはこの頃公園へ来なくなった。
公園の入り口でナナのお母さんとあった。今日でお盆休みが終わって明日から仕事が始まるので、半日ほど出かけて職場とトイレの掃除をしてきたのだという。勿論サービス残業である。所で迷子の柴犬をサラちゃんのお母さんが預かっているので、そんな話を聞いたらサラちゃん家へ連絡してと、頼まれた。
犬たちが集まっている所に行くと、ハナのお父さんが「○△さん家のクロはさ、もういらなくなったからって保健所へ連れてったんだけどね、可哀相になって4日目に迎えに行ったら4千円取られたんだってよ」とハナコにブラシを掛けながらいった。
そろそろ帰ろうかとみんなが腰を上げたとき、東の空からまあるいお月様が見下ろしていた。
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| 2005年8月17日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 69 |
8月17日(水)晴れ 7時気温26.0℃
「主人のお墓でまたXさんにあったの」仲間のAさんが、まっすぐ前を見ながらゆっくりと言葉を吐き出すように、言った。お盆を迎えるので、12日にお墓の掃除に行ったらそこでまた、X氏とばったりであったのだという。前にも同じ事を聞いたことがあった。どうしてかしらね、とAさんは独り言のようにつぶやいた。
Aさんの夫とX氏は20年来の親友で、同じ仕事をしていた。何時だったか、Aさんに1枚の写真見せて貰った事がある。どこかの公園で、2人の男性がネクタイの襟元を緩め、にこやかに笑ってこちらを向いているスナップ写真だった。(よーよー、上手く撮れよ)とでも声が聞こえ来そうな、和やかな良い写真だった。
所が5年前、Aさんの夫が過労で亡くなりAさんが「労災申請」を起こしたとき、X氏は会社側に立った。親友の妻を助けなかった。X氏のそんな態度だけでもAさんは胸がふさがる思いなのに、更にX氏は親友の親族を前に信じられない言動もしたのだと云う。
何を今更・・。Aさんの胸の内を思いながら、X氏の行動を理解しようとあれこれ考えたが、どれも月並みで納得できなかった。(でもさ、とにかく良い方に考えておこうよ)と、明るく答えた。
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| 2005年8月16日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 68 |
8月16日(火)雨、曇りのち晴れ 7時気温28.0℃
夕方、犬仲間と公園であったときの挨拶は「地震、どうだった?」だった。このあたりは、テレビでは震度3だと言うけれどそんなはずはない、あれは震度4ぐらいだとサムのお母さんは強調しみんなも頷いたが、別に確かな物差しがあるわけではなく、体感震度が近頃経験しない大きさだからというだけのこと。先月の通院日かかりつけの医者に、飲み残しの薬が2週間分あるから余分にいらないと言ったら、でも何があるかわからないからそのくらいの余裕は丁度良いと言われ、何となく納得してしまったが、近頃は地震が多い。
昨日まで子ども達の甲高い声があふれていた公園も、今日は潮が引いたようにまばらだ。それに乾いてヒンヤリとした風が通りすぎてゆき、蝉たちが鳴き立てる声がいっそう夏は終わったと言っているようだった。
土曜の夜に帰宅した娘は3晩3日滞在して、うち2日2晩はただただ眠ってやっとサッパリした顔になると、有り難うございましたとか言って帰っていった。
夕飯のテーブルには、また箸が2ぜんになった。
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| 2005年8月15日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 67 |
8月15日(月)はれ 7時気温28.0℃
「東南アジアの中で、自分の美しさを評価できない女性の割合は、日本が一番多いんだって」帰省中の娘が言った。へぇーと驚いて、では自分は美しいと思っている女性が一番多いのはどの国かと聞くと、うーん多分マレーシアだったかな?70から75パーセントの人が自分は美しいと思っている、との返事。では日本でそう思っている人はどの位いるのか重ねて尋ねた。彼女は「せいぜい20%台」と答えて、更に美しいと言われたのは何時かと言う問いにたいして、東南アジアの国では大抵数日前か多くても1週間前なのにたいして、日本では1年前とか言われたことがないという答えが多いと教えてくれた。うーん、何かわかる。今日は戦後60年目と言うけれど、この傾向は60年前とあまり変わっていないのではないか?であなたはどうかと娘に聞いたら「アタシは毎日、自分で自分に言ってる」と笑った。そうか誰かが言ってくれるのを待ってないで、自分で言うという手があった。
「鏡よ、鏡よ、鏡さん。世界で一番美しいのはだぁーれ?」白雪姫の義母も、鏡なんかを相手にすることなかったのだ。白雪姫の若さを羨むよりも、熟年の豊かさに自信を持てば義理の娘に毒リンゴを食べさせなくても良かったのだ。 |
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| 2005年8月14日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 66 |
8月14日(日)はれ 7時気温26.5℃
夕方、公園での散歩の帰りに焼き肉屋の前をとおると、珍しく駐車場が満杯だった。
お盆で子ども達が孫を連れて帰ってきているからと、サムのお母さんが言った。団地の商店街で、家族が増えたあの人この人達にあったと言った。街中は何となくのんびりしている一方、公園でもいつもとは違う顔ぶれがあって賑わっている。
そんなこと私は考えても見なかった。でも世間の人達は知っていたのだろうか?
ベルは基本的には左右どちらかの足を上げて、オシッコをする。でもカブトムシもオシッコをするときに後ろ足を上げるなんて、その写真を見たときは驚いて笑った。昆虫写真家海野和男さんの写真(HPー小諸日記8/13付け)には、マンガのようにオシッコが…となっているのまで、しっかりと写っていた。
たまたま帰省していた娘にその写真を見せると、(カブトムシはオシッコが足にかかるのが厭なのかしら?)と言ったが、私にもわからない。本人に確かめたいところである。では、蝉やクワガタはどうなのか?或いはありんこやもっと小さなのみもオシッコをするとき後ろ足を上げるのだろうか?
サムとベル。カブトムシとせみ、そしてアリやノミが一列に並んで後ろ足を上げている場面を想像する。・・みんなに化粧まわしをさせたら、そろい踏みになる。
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| 2005年8月13日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 65 |
8月13日(土)早朝豪雨のちうす曇り 7時気温28℃
夕べも夜中に雷がゴロゴロとなりぴかぴかっと光って、叩きつけるような雨となった。朝になっても雨が止まなかったら、墓参りの予定はどうしようかと夢の中で考えていた。幸い朝になると雨も小降りになって、義姉をケアハウスに迎えに行きお墓参りを済ませると、コタの家(日本料理屋)に寄った。義姉が美味しい穴子を食べたいというので、散歩で出合ったときにコタのお母さんに頼んでおいたのだ。
義姉はゆっくりと時間をかけて、煮物の小鉢を除いて綺麗に食べ「うーん、美味しかった」と言ってお茶をすすった。「満足、満足」とも言った。
この頃義姉の声が大きい。表情が豊かになった。良く笑うと気が付いていた。義姉は去年の2月から今年の4月まで、2ヶ所の介護老人保健施設に入っていたが、だんだんと生気がなくなって行くような気がした。4月にこのケアハウスに移ったが、しばらくの間「ここは方角が悪かった。話し相手がいない」と不満たらたらで、せっかく外出が自由に出来るようになったのに、部屋に引きこもってばかりいた。所が3月、4月と経って(元気になったね)と感心すると、(そう慣れたわ)とあっさりと言ってのけた。 |
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| 2005年8月12日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび 64 |
8月12日(金)雨のち曇り 7時気温27℃
午後の混雑を避けて、昼前に明日のお墓参りの買い物をした。
お盆と言ってもこの頃は飾り付けも簡単で、お供え物も小さくパックになって「お菓子セット」「果物セット」とか「野菜セット」で売られている。ナスとキュウリにきびがらで足をつけた牛馬は、スーパーでは見かけない。商品として不向きなのと、余り飾られなくなった所為だろうか。夏野菜をさいの目に切って、蓮の葉(里芋の葉で代用)に乗せたお供物もあった。ついでにお盆の祭壇は両脇に篠竹を立て、その間を縄で結びその縄にホオズキ、粟、稗など五穀をぶら下げた。(私が子どもの頃のわが家の場合)
先日義姉の所に、祭壇用としてお花と共に「お菓子セット」と「果物セット」を買って行った。そしてお墓参りの時は、飾ってある「セット」を流用しようと提案した。どうせお墓にはお花以外のお供物を置いてくる事は禁じられている。お参りが済んだらまた、持参したものはみんな持ち帰らなくてはいけないのだから。痛みやすい同じ品物を2回も買うのは馬鹿げていると思った。所が義姉は「いいや」と難色を示した。それはそれ、これはこれだというのだ。と言うわけで又、同じ品物を買ってきた。 |
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| 2005年8月11日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび 63 |
8月11日(木)晴れ 7時気温27℃
久しぶりにサム達と市民の森へ出かけた。木立の中の小径はヒンヤリと涼しい。酷暑だった去年に較べたら、今年は蝉穴が少ない気がする。サムのお母さんは、蝉はお盆が過ぎてから多くなると言う。蝉穴はまっすぐ、去年公園の芝生広場に大発生した地蜂の穴は斜めだった。穴の上に盛り上がった土が割れているのが蛇穴、あちこち土が盛り上がっている所はモグラと、さむのお母さんは説明してくれた。
観音様下の川沿いの公園では、コスモスが草丈1メートル位に育って、ピンクや白の花が幾つか咲き始めている。ここも相変わらず野良猫が多く、サムもベルも臭いを嗅ぎ廻り、ベンチの上でくつろいでいる黒猫を睨んで、鼻息荒く引き綱を目一杯に引っ張った。
橋の上まで来ると、人間も犬もオヤと同時に足を止めた。美味しそうーな匂いがするのだ。一体どこから?・・と、あたりを眺めるとナント、その良い匂いは橋の下からだった。
思わずみんなで橋の下をのぞき込むと、そこに定住している自由人がカセットコンロで焼き肉をしているところだった。一寸寄らせて貰おうか?私たちは顔を合わせた。 |
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| 2005年8月10日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび 62 |
8月10日(水)曇り晴れ土砂降り 7時気温28℃
夕方いつもの公園へ行くと、海だけ別のエリアに座っていた。海のお母さんは、みんなと一緒にいてお喋りをしている。外の犬たちに水を飲ませたついでに、水を持って(海どうしたの?)と近寄ると、海は私をついとかわして2,3メートル先に座り直した。
しばらくして犬たちがこのエリアに移ってきて遊び始めると、海は隅の方に避けていたがついに出て行った。何を思ったのがベルが凄い勢いで海を追いかけて往き、みんなの所に戻ってきたとき、後ろから海もついてきたので、りゅうのお母さんが(ベルが、海を連れ戻した)と、ふれた。
今日に限らず海は、公園では飼い主と距離をおいている。だからといって飼い主に無関心ではなく、お母さんがわざと隠れると巨体を揺すって必死で探し回る。案外シャイなのかも知れない。
一方サムはどうだ。今日も飼い主にピッタリと寄り添って座り、前足をお母さんの腕かなんかに載せて、うっとりとその顔を見つめている。お母さんが見つめ返して(ウンよしよし)なんて返事をするともう顔中舐めまくっている。
ベルはどうかって?そこそこかな。ある程度距離は置いているけど、呼んだらすぐに来るから。 |
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| 2005年8月9日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび 61 |
8月9日(火)朝曇りのち晴れ 7時気温28℃
ねぶた見物旅行の続き。祭の着付けをした居酒屋の女将が苦労したように、私たちの案内人Aさんのお腹は見事な太鼓腹である。あそこには美味しいお酒がたぁーんと詰まっているに違いない。3日間Aさんと同行した私たちは、そう確信した。
所がである。Aさんは現役のスポーツマンで、その分野で青森では文句なくトップレベル。全国でも首位を争っている。何か?。相撲ではない。ラージボール卓球である。私たちが到着した2日も練習日で、Aさんは(私のプレイをお見せしたかった)と残念がった。
Aさんの卓球クラブは70才代が中心で、80才代60才代が少し。週に2回の練習を続けている。練習後のいっぱいが何よりも楽しみらしい。
試合が近づくと、混合ダブルスでAさんと組むための売り込みが激しさを増し、Aさんは冷蔵庫に焼酎入れておいたよと耳打ちされたり、シャツをプレゼントされたりするが、そんな隠し事はすぐに知れて、仲間内で犯人捜しがまたやかましくなると笑った。
私も近くにいたら、是非Aさん争奪線に加わりたいが(卓球は出来ないが)ひとり気になる恋敵がいる。一人暮らしの彼女は、毎日を卓球、ダンスそして麻雀にうつつをぬかし自ら「青森の不良ババアーたあ、アタシの事よ」と大見得を切っている。彼女に勝てる自信はないが、彼女を目標にすることは出来る。10年後には、ああなりたい。 |
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| 2005年8月8日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび 60 |
8月8日(月) 晴れ 7時気温30℃
夕方の公園は南から涼しい風が吹いて来て、心地よかった。今日は犬たちも沢山集まり、追いかけっこをしたり芝生の上をゴロゴロと転がったり寝そべったりして遊んでいた。
人間達はお喋りに余念がない。
「人がいなくなったから、上で遊ぼう。ベルうー、おいでぇ」とサムのお母さんが呼んだ。ハナちゃん親子の傍にいたベルは、よばれて飛んで帰ってきた。この頃こんなシーンが何回か続いている。
いつでもそうだが、犬たちは遊びながらもちゃんと人間達の様子を見ている。特におやつの入っているポケットや袋の方に手が動いただけで、その人の所に一斉に集まる。所でハナちゃんは暑くて食欲がないが、公園に来ると食べるからとお父さんは言い訳してみんなが集まった所で、ハナコにだけ餌を与える。当然外の犬たちも寄っていくのだが、その度に追っ払われる。
「それがね、飼い主には見えないように叩いて追っ払うのよ」後からやって来たサクラのお母さんが憤然として言った。「飼い主まで馬鹿にされたような気がするわ」私もその事は気が付いていた。「バカ、お前じゃないんだよ」と叩かれたり、ひじ鉄を食らうとサムや外の犬たちはこそこそとその場を離れるが、・・ベルは離れない。
罵声を浴びようが、叩かれようがまたきちんと座り直してジッと待つのである。食い意地が張っているというかあきらめが悪いというか、お座りしてハナちゃんのお父さんの手元をじっと見ながらただ待っているのだ。そんなベルを、サムのお母さんは見ていられないのだ。
こんな些細なことで、飼い主達の関係も微妙に変化していく。帰り道で「今年は暑気払いの話がないでしょう?」とサムのお母さんが言った。
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| 2005年8月7日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび 59 |
8月7日(日)立秋 晴れ 7時気温30℃
連日暑さが続いているが、今日は朝から風があるので日陰では幾らか過ごしやすい。
昨日の続き。ねぶた見物の3日間、私たちを案内してくれたAさんは「ねぶた愛好会」の会長でもあるので、初日はたすきを掛け提灯を掲げてねぶたの先導役をしなくてはならない。居酒屋で軽く飲んで食べた後、女将に着付けをして貰うところを私たちに見せてくれた。先ず自分で白足袋を履く。次ぎにピンクの腰巻きを付けて貰う。
それから浴衣をグッとたくし上げて着て、いったん腰ひもで縛るが前裾を捌いて三角形に開けて、浴衣の余った分は腰で整える。その上を伊達巻き(伸縮性があって、ばりばりで止められる)を巻く。更に黄色のしごきを廻して結ぶのだが、大きく下腹の出ているAさんのお腹に痩せた女将の手が届かず、抱きついているような恰好になるが、ま何とかなった。この間に自分で豆絞りの手ぬぐいを頭に巻いて前で結んだ。
次はたすきがけなのだが、たすき布を拡げて肩をくるむようにして背中で蝶々結びにした。たすきは赤。更にながーい紐の付いたねぶた絵の小さな袋を肩から提げて腰でちょいと挟み、祭の仕度が出来た。うーん、様になっている。私たちは競ってシャッターを押した。
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| 2005年8月6日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび 58 |
8月6日(土)晴れ 7時気温30℃
昨日の続き。嶽温泉では「またぎ弁当」と言うのを食べたが、美味しかった。案内役のAさんは、このあたりは世界遺産に指定された白神山地の中にあり、西目屋はマタギの里でもあったと教えてくれた。「さっき断られたとこね、あそこも柴田と言うんですよ」とAさんは続ける。入浴を申し込んだら、満員だからと断られた旅館の事である。そこは湯治客が主で、私たちが入浴した温泉とはまたひと味違う風情があるという。そしてこのあたりに柴田姓が多いのは、柴田勝家の残党がここに逃げ込んだという伝説があるという話に、聞き耳を立てた。それにねとAさんの話は続いた。江戸時代、幕府は捕まえたキリシタンを津軽藩に預け、津軽藩は送られてきたキリシタンをここ西目屋に押し込めたのだという。へえーと驚いて、キリスト教の伝統は今でも続いているのかとAさんに尋ねた。「私は終戦の時12才だったが、終戦までは職業軍人が毎日学校に来て、厳しい軍事訓練があった。その軍人が8月15日を境にして、いきなりクリスチャンとなってそれまでとは正反対の事を言い出した。幾ら子どもとは言えそんな姿は、奇異に感じた。」そしてその職業軍人(もう一つの顔はクリスチャン)が、西目屋出身だったらしい。だったらしいというのは、Aさんの柔らかく穏やかな津軽弁を私は充分に聞き取り出来ず、話の流れから判断したためである。 |
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| 2005年8月5日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび57 |
8月5日(金)晴れ 7時気温29℃
圧倒的な人間のエネルギーがほとばしる上海に続いて、青森ねぶたと弘前ねぷたを見物してきた。これまた老いも若きも男も女も、同じ様にねぶた・ねぷた台風の中にいて、日ごとに勢力を大きくして廻りのものまで巻き込んでいた。
私はねぶた見物は2回目なのだが、家へ帰ってもぼんやりとして、なかなか日常生活に戻れないでいる。岩木山の麓・嶽温泉の日帰り湯で出合った女子大生2人は、夜行バスで千葉からやって来て、夕べは2時間バッチリ跳ね(ウン、サッパリした)と舌っ足らずな、甘えた声で言った。
一体あれは何なのだろうと、同行の仲間と話した。土地の人たちは、遠くから聞こえる笛太鼓の音に身体がじゃわめくと言う。腹巻き半纏に豆絞りの手ぬぐいをきりりと頭に結んで更に、小さな赤ちゃんを背負って、手振り鉦(ジャガラギ)で楽しげにリズムを取り、或いは笛を吹きながら練り歩いている若いお母さんを何人か見た時、じゃわめくの意味が少しわかったような気がした。
小学生は篠竹に穴を開けただけの素朴な笛、中高年の人は腰に下げた横笛用の袋も錦に塗りの立派な横笛で、おなじ旋律の音を出して鉦太鼓に合わせていた。
あれは遊びなのよね、遊びだからあんなに夢中になれるじゃない?私たちはもっともっと遊ばなくちゃいけないんだと納得しあった。 |
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| 2005年8月1日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび56 |
8月1日(月)晴れ 7時気温29℃
普通なら居る筈の朝と夜にもかけてみたが、繋がらない。12回13回と呼び出し音を聞いていると、どうして友人のご亭主まで家にいないのか不安が膨れあがってきて、慌てて受話器を置いた。
私の居ないときに友人から電話があって、病院に入院していると云ったが、どこの病院かは教えてくれなかったと家人は言い訳した。
「過労に決まっている」と、私は声に出して云った。彼女は姑、父、そして母とこの20年来介護を続けてきたのだ。1ヶ月ほど前電話で話をしたとき、声が小さく元気のないのが気になっていた。彼女が「私ね、もう母の長寿は願わないの」とつぶやくように言ったとき、彼女の疲労の深さと絶望を覗いた様な気がした。
昔、彼女と一緒に子ども会活動や自治体活動をやった。その頃の彼女は大きな声で良く話し、よく食べ、良く笑う人だった。きら星のような出身や地位、教養などこれっぽっちもにおわせず、細やかな心遣いをさりげなくする魅力的な女性だった。
私もそうだが、若く元気な時には、自分さえ頑張ればなんとかなると思い込んで突っ走る。やがて人ひとりの体力や努力には限界があることを知ったときには大抵、自分の身体も壊れてしまっている。
やりどころのない怒りが、又ひとつ胃袋の奥にたまった。
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| 2005年7月31日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび55 |
7月31日(日)曇り 7時気温29℃
マグノリアさんとソンコ・マージュを聞きに行った。アルゼンチンの世界的フォルクローレギター奏者のユパンキからその高い音楽性を認められて、愛用のギターと共にこの名前(ソンコ・マージュ−心の川という意味だとか)を、贈られたという。日本人名はある。
時間になると、ダークスーツを着た初老の男がギターを抱えて舞台中央に入ってきて、何の前触れもなくつま弾き始めた。その最初のフレーズを聞いただけで、胸が震えた。
いったいこんなに深く、幅広い音を出すのは本当にギターだろうかと疑った。
うっとりしようとすると、前の席の白髪頭が動いた。こちらが右に寄れば右に、ならばと左に寄れば左を塞ぐ。音楽に乗っている訳でなく、勝手に左右前後に揺れるのだ。我慢が限度を超えて、むらむらと殺意が湧いた。ええい、どうしてくれようか。
肩を押さえてさっと細引きを巻き付けるか、それとも左腕で抱えて右手ですぱっとやるか。はたまた必殺仕掛け人のように・・なんていろいろ妄想して、音に集中できない。仕方なく目をつぶって聞いた。
休憩時間になるのを待って、席を移った。マグノリアさんは、ハナから空いている席に移っていた。アンコールで「鳥の歌」を聞いたら、暖かい涙が落ちた。 |
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| 2005年7月30日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび54 |
7月30日(土)曇り 7時気温29℃
「行ってきマース」朝から元気な声が聞こえてきた。あれは裏の3兄弟の一番下の子の声だ。続いて「ママ、行ってきまーす」と何回か呼ぶ声が聞こえたが、一向に返事がない。若いママは、4番目に初めて出来た女の子に手がかかっているのだ。ここはひとつ私の出番である。「行ってらっしゃーい」と代返してやる。あれ?と言う感じで子どもの声が引っ込んだ。
朝早くサムのお母さんがやって来て、キュウリとなす・ピーマンを置いていった。彼女は、実家の畑に野菜を少し育てている。「台風が来たりして、少し行かなかったからチト大きくなりすぎた」と言い訳したが、なるほどキュウリは小さいヘチマぐらいある。地面に這わせたとかで、半分は黄色くなっていた。その立派なキュウリを見て、ヤー久しぶりねぇと声を掛けたくなった。私が子どもの頃のキュウリはみんな、こんなものだった。
こういう完熟したキュウリは、キュウリもみか味噌汁の具にする。まず皮をむいて、縦半分に切って中の種を取り出す。それを薄く切って塩で揉む。後は甘酢で和えるが、ちくわでもあれば薄く切って混ぜる。なすとピーマンは唐辛子を利かせて、味噌炒め。夕飯に間に合うように、サムちゃんちへ届けた。 |
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| 2005年7月29日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび53 |
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7月29日(木)
台風が館山を直撃するというので、夕方サム親子と早めの散歩に出かけた。(そう、これを書いているのは26日である。上海格安ツアーのお喋りが長すぎて、こういう事になってしまった。)今日はいつもの公園ではなく、公園用地として買収済みの林の中に入った。重なり合う木々の枝葉が、風や雨を和らげてくれるからとサムのお母さんの提案である。入り口の丈高く生い茂った雑草を掻き分けて入って行くと、そこは雨も風もふいに止んだような別世界だった。来る途中から息遣いも荒く、すっかり興奮しているベルは、リードを解いてやると全速力で走り回った。サムは落ち着いて用心深くあたりを歩いている。仕事で新しい場所に行った時、そこが安全だとわかるまでサムは、お母さんの後ろにピッタリとくっついて、決して前には出ないという話を聞いている。
雨が降っているのにしきりと蝉が鳴いていた。それもカナカナが多く、すぐ傍の大木の地面に近いところからも聞こえてきた。立ち止まっていると、サムのお母さんが煙草を吸っていてもヤブ蚊が押し寄せてきて、顔中が痒くなった。
夕刊は6者協議が北京で開幕したと報道していた。自分たちは持って良いが、お前はダメだというのはどうかしらね。まるでジャイアン(ドラえもん)の理屈だ。 |
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| 2005年7月28日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび52 |
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7月28日(木)
朝食が終わって茶碗を洗っている時にふと(この所ホームの義姉をほったらかしにしてある)と気が付いた。するとなんだか落ち着かなくて、また美味しい魚でも食べに行こうかと電話した。この間サムのお母さんから、(夕飯の仕度が面倒になって、コタの所へ行ったら生ウニを食べさせてくれた)と言う話を聞いていたので、その話をした。
義姉は、やっと念願の今の所に入ってから「ここは方角が悪い」とかいって、浮かない毎日である。ここは3度目のホームであるが、引っ越すたびに18万、12万、7万と毎月の支払いが安くなった。独立型なので外出は自由、お風呂の回数も増えた。不満の原因はなにか?いろいろと聞いてみると、後から入居した義姉はなかなか人間関係の中に入って行けなくて、ひとりぼっちらしいのだ。
ところで海辺で育った義姉は魚が大好きで、(ホームの食事には出ない)こりこりと歯ごたえのある刺身がたまらなく食べたくなる時があるという。そんな時は付き合う。そこで生ウニが食べられると誘ったら即座に、(生はねぇ。うちの方は貝焼きって焼いたのが良いのよ)といって、断られた。そう言えば昔、何回か貰って食べたことがある。「うにの貝焼き」と言って、この時期(5〜8月)が旬である。早朝の漁で捕れたての「むらさきうに」を、北寄貝の貝殻に山のように盛り合わせ、鉄板や釜に並べ焼き上げた珍味である。その磯の香りと独特の甘味は、私も覚えている。こういう時の強みはネットである。探し出して義姉に届けて貰った。翌日「残った分は冷凍しておけば大丈夫だから」と義姉から弾んだ声で、電話が架かってきた。まるで違う人かと思う様な変わり様である。故郷の味覚が取りあえず「うつ」を追い払ってくれたらしい。
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| 2005年7月27日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび51 |
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7月27日(水) (上海格安ツアー)Q
お互いに片言の英語で喋りまくり、彼女(ロリイ・サントス)は2人の子どもの名前と年齢を教え、更に2人の孫の写真まで見せてくれた。
ったくおばさんのやることは、世界中同じねえと、私たちは頷いた。
成田に到着した時、ロリイは私たちをそれぞれむんずと掴んで抱き寄せ、頬をぎゅっと押しつけてきた。うん、こんな挨拶もはじめてだった。
マグノリアさんが、日本で何が買いたいかと訪ねたら(洋服)と答え、レートを気にしていた。綺麗な空色のパンツスーツを着ていたロニイは、ファッションに興味があるらしい。
私は、南米在住の彼女がどうして旅行先を中国に選んだのか知りたかったが、表現できず聞けなかった。所が帰国してからその答えをマグノリアさんの夫から聞くことが出来た。
エクアドルは石油の輸出先として中国と深い関係があるので、そんな関係ではないかと。なるほどそう言えば、ロリイの夫は「なんとかかんとかペットロオーリアム」に勤務していると言ってた。
今回の格安ツアーでも多くの人達と出会ったが、一番印象的なのはやはり大中国・上海のあの熱気だろうか。まるで竜巻の中にでもいるようだった。
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| 2005年7月26日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび50 |
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7月26日(火) (上海格安ツアー)P
私たちは、やっと帰りの飛行機へ乗り込んだ。細長い機内はほぼ満席である。今回は中央のシートで、南米系の女性と、東洋系若い男性が一緒だった。
私は南米系の女性に声を掛けた。自分でもなんて言ったか忘れたが(ハロウ、アイアムジャパニーズいやジャポンかしら)だったような気がする。たった1人仲間から離れて寂しそうにしていた女性は、にっこり笑ってエクアドルからやって来たと言った。えっ?ええっ?エクアドルですってえー。私とマグノリアさんはそれを聞いてビックリ仰天した。
私はエクアドル人に、産まれてはじめて出会った。ねえ、エクアドルって南米のどこにあるの?私たちはこそこそと話し合った。
マグノリアさんが英語でいろいろ聞いたところでは、彼女はエクアドルの首都キトから20日間、47人の団体旅行でやって来た。目的地は中国の香港、北京、新京、上海それに日本だという。彼女の夫は、仕事で一緒に来られなかったと俯いて寂しそうに肩を落とした。次ぎに彼女は身を乗り出して、私たちに夫はいるのかと聞いた。マグノリアさんはあなたと同じだと答えていた。旅先で夫の不在を嘆いている彼女には、夫の不在を喜んでいる日本人おばさんは理解し難いらしい。
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| 2005年7月25日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび49 |
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7月25日(月) (上海格安ツアー)O
ツアー4日目は午前6時にチェックアウトして空港へ出発した。
亮さんは我々を送った後、今日の午後が休みで、明日の夕方はまた、新しい団体客を迎えると言った。馬さんに地下鉄の駅に続くあやしげな店で買った、ピンクの髪飾りをプレゼントした。
来たときと同じ東方中国航空は、9時5分発予定が40分遅れて出発したが、その間ずっといろいろな列に並んで待っていただけだった。(オリンピックを控えているんだから、もう少し乗客のサービスって事も考えなきゃね)と、マグノリアさんは言う。
スペイン語を声高に話す賑やかな一団がいて、その中にカルメンがいた。魅入られそうな大きな黒い瞳、鼻筋の通った高い鼻、輪郭のハッキリとした大きな唇。たっぷりとした黒髪は、まん中で分けて後ろでまとめてある。黒のTシャツにヒップボーンのジーンズからお腹がはみ出していた。彼女の仕草は、他人の視線を意識していた。
隣の列のダークスーツを着た背の高い男はジャン・レノだ。その後ろにいる人はギャングの下っ端というところ。なんて品定めをしていると、ギャングなんてとんでもないすっごおーく人の良さそうな顔しているおじさんだよとマグノリアさんは、見てきて笑う。
連絡もなしで、勝手に遅れている搭乗手続きがいきなり始まった。一寸見てくるねと、マグノリアさんは列を離れていた。躊躇したが、思い切って彼女の名前を大声で叫んだ。3回も。彼女は外国で何かあったら先ず、大声で叫ぶことだと言ったのだ。でも私の叫び声は虚しく空港の大きい建物に吸い込まれていって、何事も起こらなかった。
他の客が殆ど乗り込んだ頃、安いCD見つけたよと言いながらマグノリアさんが戻ってきた。
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| 2005年7月24日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび48 |
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7月24日(日) (上海格安ツアー)N
中国の鉄道の駅は全部がそうなっているのかわからないが、上海駅構内はチケットを持っていないと入れないらしく、駅前広場に沢山の人が群がっていた。
ここを歩いているとき、私は2人のおばさんに声を掛けられた。勿論言っていることはわからないが、きつい目つきで、押しつけるような迫力があった。私は亮さんに教わった通りハッキリ(ブーヨー)と言って断った。宿に戻ってビールを飲みながら、彼女たちは私に何の用があったのかと気になった。別に売りつけるようなものは何も持っていなかったし、拐かして売り飛ばすほどこちらは若くない。まして金持ちなんかには絶対に見えない。物売りと言えば私たちのバスが止まるたびに、どこからか物売りが集まってきて偽ブランドのサイフなどを(3つセンエン)と、呆れるほどのしつこさで繰り返した。しかし、彼らの表情はあっけらかんとして明るい。亮さんは(いらないときにははっきり断る。からかったりしたらいつまでも付いてくる。でも旅の想い出に遊ぶつもりなら付き合って)と言う。彼らに対する亮さんの暖かな眼差しに、なぜかホッとした。
「駅前にたむろしていた人たちの顔つき・・」マグノリアさんは、つかえた息を無理に吐き出すように言った。(まるで野良犬のような・・でしょう?)私も気が付いた。 |
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| 2005年7月23日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび47 |
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7月23日(土) (上海格安ツアー)M
上海の地下鉄は路線が二つだけで、料金は2元だった。切符を買うときはいつも、何気なく機械を操作しているが、これが意外と難しいと思ったのは釜山の地下鉄で切符を買ったときだった。どうしても機械が売ってくれないのである。近くを通りがかった人の助けでやっと買えたが、原因は行き先を指定してからコインを入れるだった。私たちはコインを入れてから、行き先ボタンを押していたのだ。
丁度夕方のラッシュと重なって車内は混んでいたが、不安は感じなかった。終点の上海駅までは4つ。次の停車駅で人がぞろぞろ降りて車内が少し空いたとき、マグノリアさんの近くに寄った。その時アラ、と言う気配がして座っていたおばさんが席を譲ってくれた。私に、である。勿論躊躇したが、好意に甘えた。譲ってくれたのは若い人ではなくて、50前後の向こうだっておばさんじゃないかと内心は穏やかではない。と言うことは、国際的に私がもはや若くはないと言うことが認定されたのだ。だからといって、何がどうと言うこともないが。
亮さんが言ってたラーメンも食べたかったが、お昼が遅かったせいか未だお腹は空いていないので、駅前で湯気を立てている肉まんを買った。1個1元、豆乳カップ1ぱい1元。コンビニで缶ビールを買うとこれが4,5元。私たち2人の夕飯はまんじょう4個、豆乳1杯、ビール2缶で合計14元(196円)だった。ちなみに昼食は330元。
何でもあり。これが中国なのだと納得した。
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| 2005年7月22日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび46 |
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7月22日(金) (上海格安ツアー)L
次は上海のユニクロ店に入った。値段がどういう設定になっているか知りたかった。
亮さんは、(上海は世界の工場です。勤労者の平均賃金は5万円くらい、地方へ行くと5千円くらい)と説明したが、マグノリアさんは中国は平均なんて言葉は無意味じゃないかしらという。繁華街の角地にある上海ユニクロは、店内のディスプレーも値段も日本と同じだった。
地下鉄入り口の標示に従って降りると、ショッピングセンターが見えた。最初に目を惹いたのは上品な中国茶器だった。白地に花模様、蓋付き茶碗に茶こしと、それを置く小皿、それらが1枚の長方形の皿に並んで載っていた。値段の100元を見て、2人ともショックを受けた。
実は私たちはお世話になっている鍼の先生にと、茶芸館で蓋が付いただけの茶碗を100元で買った。それも120元の値段が付いていたので、翡翠館では100元だったと言って、まけさせたのだ。しかしツアーの仲間が、それと同じ品物を予園で3つ100元で買ったと言った。更にここはお茶屋で、茶芸館の半分或いは三分の一の値段で茶葉を売っていた。
安いツアーには訳があるさ。自分のためにこの茶器と、生姜の砂糖漬けを買った。
次は上海の地下鉄を載ろうと、下に降りていった。
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| 2005年7月21日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび45 |
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7月21日(木) (上海格安ツアー)K
上海へ来てから初めての自由時間。新世界というショッピングモールで昼食にありつき、しゃれた店でマグノリアさんは布製ブックカバーを買った。どちらも値段は東京並み。さてどこへ行こうかと辺りを見回して、取りあえず地元のデパートが目に入ったのでそこを見物する。実は私は買いたい物があった。アシスタント兼カメラマンの馬さんは、バスの乗り降り時に私に手を貸してくれるのである。マグノリアさんにはしない。はじめは面食らっていたが、そのうち素直に支えて貰った。で彼女にお礼の気持ちを現したいと思い、考えて赤い髪飾りにした。映画「初恋の来た道」で主人公が貰ったような。
デパートの最上階まで行くと、衣類の特設売り場のような所があって、驚いたことにメーカーの派遣社員だろうか、しゃがんで壁により掛かりぐっすりと寝込んでいた。他にもしゃがんでケータイで喋っている店員がいた。ガラスケースの上に綺麗な髪飾りが売っていたが、どれも130元以上する。もっと安いのはないかと、マグノリアさんに英語で言って貰うと、女店員は別の若い女店員を連れてきた。彼女は流暢な英語でフランスからの輸入品だから高いと言った。
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| 2005年7月20日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび44 |
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7月20日(水) (上海格安ツアー)J
例の男性グループを置いてバスが発車しようとした時、残って探していた馬さんが一行を連れ戻った。次はなんとか美術館とか言ったが、テイのいい高級(値段の高い)土産物屋だった。さて今度こそ解散となるはずが、あれこれと希望が出てなかなかその場所が決まらない。既に時計は午後の2時。(亮ちゃんの親切は良いんだけど・・)マグノリアさんが、ぼやき始めた。おっと、危険信号だ。彼女はお腹が空くと途端に機嫌が悪くなる。ここは逆らわず、ひたすら近くの食堂を探そう。
彼女が事前にチェックしてきた薬膳料理店に入った。ビール2本にランチ2人分で330元、約4,620円である。お腹がいっぱいになって余裕を取り戻したマグノリアさんは、レシートをチェックしながら(あら、おしぼりもお茶も代金取られてる)と叫んだ。
(マレーシアなんかもそうだけどね)と続けたが、ケチな私は高いと思った。今夜はリニアモーターカーのオプションを申し込んだが、希望者が他に集まらずダメになったので、私たちは今夜いっぱい、自由時間となった。
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| 2005年7月19日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび43 |
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7月19日(火) (上海格安ツアー)I
ツアー3日目。初日に夜景を見た外灘の川底を横断する観光トンネルを、ケーブルカーの様な車に乗って対岸へ渡った。「皆さんは運が良いです。もうじきここは廃止されます。渋滞緩和のため、自動車専用道路になります。」と亮ちゃんは力説するが、マグノリアさんは(ま、こういう所は1回来ればもう良いからね)と、」冷静に判断した。そうここはがら空きだが、近くのテレビ搭の廻りは人だかりでいっぱいだった。
次ぎに地上420メートルの、上海グランドハイアットホテル88階展望台へ登った。そこから眺める上海市内の眺望よりも、吹き抜けになったビルの下の階を覗く方がずっと印象的だった。高いところが弱い私は膝が震えたが、もう一度良く覗くと今度は背中がぞくぞくとした。既にお昼の時間なのに亮ちゃんは構わす皆を茶芸館へ誘導した。そこで手ぐすね引いて待ちかまえていたやり手の売り子に、いろいろなお茶の説明を聞いて飲まされて、みんな暗示にかかったように高いお茶を買い求めた。マグノリアさんもあれこれ沢山買った。こういう所は必ず日本円が使える。次は上海の浅草・予園。もの凄い人混みで、面白そうな所が沢山あるのに見物はたったの20分位しかない。私たちはハーゲンダッツ(23,9元)を食べ、近くを一回りしただけ。例の男性グループは予定時間に戻らず、更に20分待っても帰らなかった。
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| 2005年7月18日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび42 |
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7月18日(月) (上海格安ツアー)H
ツアー2日目は、未だこれで終わらなかった。
2人ともベッドに横になってから、「冬瓜は寝ちゃったから、何にも聞かなくて良かったけど」と、マグノリアさんがぶつぶつ言い出した。「あの中国語のじいさんと、男グループのはげがバスの中で大きな声で喋り続けたのよ」「日本は中国にODAで沢山援助しているんだとか何とか。みんな黙って聞いていたけど、一体誰に聞かせようとしてんのかしら。亮ちゃんに言ったって始まらないでしょ?それにそんなに中国が不満なら、便乗して安いツアーに来るなって言うの。」「それにホラ、あの男グループは事あるごとに馬さん、馬さんてちょっかい出すでしょ。あれってセクハラすれすれだよ」そう、その事は私も不愉快に思っていた。添乗員の亮ちゃんが説明している時にわざと、(日本語が殆ど出来ない)馬さんの方が良いなー、馬さんだけいればいい、なんてチャチャを入れる。年若い亮ちゃんは(ハイハイわかりました。馬さんですね。)なんて逆らわないようにしていたが、彼の不快は読めた。こんな時、みんなの雰囲気を壊さないで、彼らにぎゃふんと言わせるにはどうしたらいいのか考えている内に、眠ってしまった。
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| 2005年7月17日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび41 |
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7月17日(日) (上海格安ツアー)G
夕食は、デパートの最上階レストランで「上海名物小籠包食べ放題」。
私たちのツアーは8人ずつ二つの円卓に座るのだが、メンバーは何となくはじめて一緒に座った顔ぶれに固定している。私たちは例の男性グループとは別だ。隣のテーブルに、いつの間にか若いお嬢さんが1人加わっていた。マグノリアさんがそれとなくリサーチしたところでは、ツアーに参加されているご夫婦の1人娘さんで、上海に留学されているとか。(それがね、小学校3年の時に三国志に夢中になって、それからずっと中国へ来たくて来たくてね)と、嬉しそうな困ったようなお母さんの話し声を聞いた。
さてテーブルの中央には湯気の立ったせいろが積み上げられて、ウエイトレスが食べ方の説明を始めた。日本語で。(先ず一口囓って、そこから中の汁を吸います。その後、お好みで黒酢を付けて食べます。)これが美味しくておいしくて、7個も食べた。マグノリアさんに幾つ食べたかと聞いたが、いちいち数えていないと答えた。多分10個ぐらいだ。隣のテーブルではインド人夫婦が、あっちではフランス人団体客が同じように上海名物小籠包を食べていた。 |
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| 2005年7月16日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび40 |
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7月16日(土) (上海格安ツアー)F
午後は上海郊外に明、清時代の建物や古い石橋が残る場所「朱家角」の観光をした。
ここは河沿いに9つの長い町並みが伸びて、支流をつなぐ石橋は36もあるという。
街の入り口には広い駐車場があって、亮さんは入場料か駐車料を払っていた。休日にはこの駐車場も満杯になると言うが、私たちが訪ねた日は他に数台の車があっただけ。薄日も射して蒸し暑く、コンクリートの照り返しがきつかった。
表通りには土産物屋が並び、勿論食べ物屋も多く賑わっていた。ここは(ちまき)が名物だとか、マグノリアさんは味見と言って一個買った。一方、曲がりくねった路地には間口半間の小さな土産物屋や屋台がまばらにあった。小さな古びた台に、手作りの置物を並べて売っている若者は、枯れた葦の葉のようなもので、長く白い指先を器用に動かして鳥や動物の形を編み上げていた。彼のいるところだけは時間が止まっている様に見え、もしかしたら仙人の仮の姿か、なーんて想像した。運河沿いに50b位歩く間に、2軒の家で麻雀に熱中する人達を見た。遊覧船が行き交う運河は土色に濁っていたが、洗濯をしているおばさんと食器を洗っている若いおばさんを見た。
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| 2005年7月15日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび39 |
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7月15日(金) (上海格安ツアー)E
「欧米式庭園が美しい」がうたい文句の「三井ガーデン」の由来を説明するのに亮さんは、イギリス人の悪行だけを強調する様な説明だった。奥歯に物を挟んだような歯切れの悪い説明だった。私たちはそこに、今回の反日運動の影響を感じ取った。日本がかかわる歴史的事件や事実にはさわらないという、(中国観光業者の)意志を感じた。
次の見学場所シルク館でマグノリアさんはショールを買った。日本円で4千円位。ここは真綿の布団から様々な衣類が、体育館のような広い売り場に並んでいて、次々と団体客が繰り込んできた。ブラウスを見ていたら、韓国人とインド系の人とぶつかった。
昼食はシルク館2階のレストランだったが、これ又品数が多かった。今回のテーマは「中国麺を楽しむ」だが、どうも中国の麺は粉っぽいと言うか日向臭くて日本人の口には合わないようだった。そう言えば今上海では日本のラーメンが売れていると、亮さんが言ってた。彼は日本のラーメンは麺が美味しい、特にスープが美味しいとべた褒めだった。日本でラーメンの麺を作った人ってエライねぇと、マグノリアさんが感心していた。中国語を話すAさんは、一月前に来たときはビール1本が20元だったのに、今日はもう25元になったと嘆いた。でもな、こんな安いツアーの受け入れ側は赤字だから、こういうところでバックマージンを取らないとやっていけないからなと言いながら、自分も納得させていた。
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| 2005年7月14日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび38 |
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7月14日(木) (上海格安ツアー)D
夜遅くたらふく食べた私たちは、上海駅のすぐ近くのホテルへ届けられた。
部屋の掃除は済んでベッドはきちんと整っている。お風呂は熱いお湯が出るし、トイレは水が流れる。文句はない。満足だ。20階から下を覗くと、0時を廻っているのに人通りが多い。上海も眠らない街なのか。
2日目は終日バスで観光。先ず孫文の別荘を見学した。50代の孫文と20代の妻宗慶齢の写真が飾ってあった。宗慶齢は爪先が鋭く尖った靴を履いている。「宗慶齢も纏足だったのかしら?」とマグノリアさんに聞いてみた。「違うと思うよ。宗家の三姉妹の映画で、3人が未だ子どもで遊び回るのシーンがあったと思う。彼女たちは西洋式に育てられたんじゃない?」と教えてくれた。見終わって彼女は「単に金持ちの別荘ね」とつぶやいた。革命という大義名分と指導者の贅沢な別荘との落差に、私たちはお互いに白々しい思いで、そこを出た。
「周公館」で亮さんは(中国では周首相はみんなに尊敬されています。毛沢東よりも好かれています)と、一段と声を高くした。彼も周恩来が好きなのだ。きっと。 |
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| 2005年7月13日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび37 |
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7月13日(水) (上海格安ツアー)C
さて予定では、到着後夕食を済ませてから夜景見物となっていたが、ライトアップは9時半までだとかで《外灘夜景鑑賞》を先に廻った。外灘(英語名:Bund(バンド)とは租界時代の上海の中心地と、新しい上海が一ヵ所に凝縮された上海一の観光スポットであるという説明だった。 然し既にライトアップは終わっていて、亮さんは(本当は川の向こうはニューヨーク、こちらはパリに見えるのです)と、説明してくれた。
現在、上海の人口は1600万人で、5年後には2200万人になると亮さんは胸を張って言う。日本でもかつて(大きいことは良いことだ)というコピーが流行ったが、さすが中国、桁が違う。現在でも、地域ごとにまる1日の停電があると言い、(1日ですからね、みんな頑張ります)とニコニコしているが、たった5年であと600万人も増えたら電力需要はどう賄うの?と、余計な心配をする。
夜景見物客目当てに、凧やぴかぴか光るおもちゃを売る人が沢山居たが、その人達ももう店じまいをしていた。
さて夕飯は「紅子鶏」(亮さんはこうしけいと発音)という名前の、5,6百席もある大きなレストランで、意外にも多種多様な料理が並んで格安ツアー客の我々としては、驚いて目を剥いた。中国語を話す年輩のAさんは(へエーたまげた。前に安いツアーで来た時は菜っ葉ばっかりで、肉なんか一切れも出なかった)と言ってのけぞった。 |
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| 2005年7月12日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび36 |
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7月12日(火) (上海格安ツアー)B
出迎えの人混みの中に、(夏休み!上海大満喫4日間)という看板を見つけた。色が白くてぽちゃぽちゃ大福の様な女の子が、両手で看板(と言っても、B4の白紙にマジックで横書きしたもの)を掴んで立っていた。こんにちは、よろしくお願いしますと声を掛けながら近寄って行くと、群衆の中に泳がせていた視線をこちらにぴたりと移し、驚いたように少し後ずさった。それと入れ替わるように男性が一歩前に出て来ていらっしゃいませ、お疲れ様でしたと流暢な日本語で答えた。2人は添乗員の殷亮さん(20代)とアシスタントの馬(20才前後)さんだった。
ここではじめてツアーの仲間と顔を合わせた。ご夫婦が4組み、私たち2人そして成田で見かけた(マグノリアさんが一緒になりたくないと言ってた)中年男性6人組合計16人が今回のツアー仲間だった。
空港からは迎えのバスで立派な高速道路をとばしたが、市内が近づくに連れて林立する超高層ビル群に圧倒された。ビルの形、向き、配置は自由奔放というか、支離滅裂やりたい放題というか見ていると気分が悪くなった。
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| 2005年7月11日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび35 |
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7月11日(月) (上海格安ツアー)A
それが予定通りの様に、飛行機は1時間近く遅れて離陸した。乗客は半分ぐらい。
上海に着いてから、レストランで夕食の予定になっているが、機内で飲み物に続いて6時頃食事が出た。肉か魚か選べる。それだけでもうマグノリアさんはうきうきしていた。
飛行機は順調に飛んで、降りる仕度を始めたときマグノリアさんは意外なことを言った。私が出がけに荷物の端に突っ込んできた「週刊金曜日」をみて、(それ出るときに引っかかるかもね。没収されるかも知れないよ。)と言うのである。目は笑っていないから、冗談とも思えない。まさか、そんなとは思ったが、たびたび東南アジアを旅行している彼女の言うことは無視出来ない。旅行のハナからごたごたに巻き込まれるのはゴメンだと思う反面、引っかかった時はどんな風かなと興味も湧いた。でともかく未だ読み残しがある方を二つに折って衣類の間に挟んで隠し、もう1冊はすぐにそれとわかるところに入れた。
後で添乗員の殷亮氏が素晴らしいと連発する上海新空港に降り立ち、その長いながーい通路を歩いている内に私の緊張はどこかに飛んでしまい、私たちは、あっけなく中国国内に押し出された。ええっ、どこにもなーんにも引っかからなかった。
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| 2005年7月10日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび34 |
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7月10日(日) (上海格安ツアー)@
「中国の反日運動を見に行こう。」とマグノリアさんに誘われた。
「今回の騒ぎで超、超お得なチケットが出たよ。上海3泊4日で39,800円。これは行かない手はない」という。彼女はネットを駆使して掘り出し物を見つける名人である。
渋る私に「だって、こういう時にこそ民間交流が大事だって言ったのはだぁれ?」と追い打ちをかける。
日常の生活から非日常に移るには体力的にすんなりといかないトシになっている。然し内容をみると、飛行時間は片道約3時間で時差は1時間。夕方出発してお昼に帰る実質2日間のゆっくりとした内容なので、これならば何とかなるだろうチャンスは逃したくないと思い、出かけることにした。
当日、受付カウンターの近くに5,6人の中年男性だけのグループがいて、声高に喋っていた。マグノリアさんは、「ああ言う人達とは一緒になりたくないな。日本人男性って東南アジアに行くと、とたんに横柄になるンだから。」と、横目で睨んだ。
受付で、今回のツアーは16人と聞いたが添乗はなく、どの人が仲間かもわからず中国東方航空に乗り込んだ。
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| 2005年7月9日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび33 |
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7月9日(土)
紫陽花見物に行ったとき、Sさんは黒色の野球帽が似合っていた。帽子には光る石でミーニーの模様が付いていた。「商品をね、定価で買うのは厭なの」とSさんは仰る。で、チラシで標示される値段を較べて、今日はA店のサラダ油がお買い得。来週いっぱいはB店のコーヒーが。さらに広告には1人何点までと規制していない時には、まとめ買いをする。お父さんが働いてきた(大切な)お金をやりくりするのは当然と仰るSさんに、脱帽した。主婦の鏡は健在だった。またSさんはやりくりだけでなく、ここぞと言うときにはどーんとお金を使うのだ。ディズニーランドの雰囲気がお好きで、良くおいでになると言う。でもあそこは入場料も、食べ物やグッズも結構高いのでは・・とおずおす尋ねると、行くたびに同じ商品の違うバージョンをお買いになると言うから、ディズニーランド内では価値観が変わるらしい。
マグノリアさんも、あそこの雰囲気は好きよと仰る。数年前町会の婦人部役員をしたとき、スタッフに慰労会をどこにしたいかと聞いたらやはり、ディズニーランドという希望だった。 ディズニーランドってなんだろう。あそこは年中花火が上がって、1年365日毎日がお祭りである。私たちはあそこで非日常を経験して来てまた、日々の暮らしに戻れるのか。健康的な息抜き、癒しの場らしい。
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| 2005年7月8日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび32 |
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7月8日(金)
女王のハナちゃんが、小雨に濡れて公園の隅にしょんぼりと座っている。
乱暴者のリリイと闘って勝ったと言うビッグニュースが、公園にやってくる犬仲間に驚きを持って拡がったのはついこの間のことだ。勝負は短時間で付いたらしい。でもハナちゃんはリリイの鼻先を引っ掻いて、血を出したとか出さなかったとか。リリイを連れていたのが、お父さんで良かった。お母さんの方ならすぐに損害賠償だとか言ってキイキイ騒いだだろうとか噂が流れた。2匹が出会い頭で喧嘩が始まったらしく、現場を見た者は少ない。(べるはさ、何にも知らないで下からとことこ上がってきて喧嘩を見たらビックリしてさ、大急ぎで逃げてったよ。)とハナのお父さんはおかしがった。
(ハナちゃんはどうしたの?)と声をかけるとお父さんは、(この2,3日ずっとブルーなんだよ。ロクに飯も食わないし)と、心配そうにハナを見た。お父さんがせっせと冬毛を梳いたので、スマートになって一段と女っぷりが上がったハナちゃんは、物憂げに遠くを見ている。(発情期ではないの?)と続けると、(うーん、でもハナは一年中発情期だよ。サムさえ見れば後ろに乗りたがる)と言う。ちなみにハナちゃんはメスでサムはオスである。帰り際サムのお母さんがみんなにおやつをあげた時、私はカリカリをポケットから出すと、ハナちゃんはもっともっととせがんで私が持っていた分を全部食べた。
ハナちゃんのブルーは単に、いつものドッグフードに飽きただけの事らしい。
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| 2005年7月7日(木) |
| 犬と歩けば・ふたたび31 |
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7月7日(木)
今年は空梅雨かと思えば、降り出すと一気にどーんと降る。
雨が小止みになるのを待って、ベルの散歩に出かけた。サムのお下がりのレインコートはビニールなので蒸すだろうと思い、私のTシャツのお古を着せた。白地に何種類もの犬がプリントしてある。頭と前足を通して、あまった分はお腹の所で縛った。なかなか似合ったが、公園まで走って行く途中で片肌が脱げてしまった。
公園のいつもの所で、ナナちゃんがワン太を追いかけていた。ナナちゃんは大人しくていつも1人静かに座っているか、お父さんかお母さんとボール投げで遊んでいる。決して自分から攻撃したり、騒ぎに加わることはない。「珍しいねぇー」と寄っていくと、ワン太がナナちゃんのボールを横取りしたので、ナナちゃんが取り返しているのだという。ナナちゃんは決して意気地なしではないのだ。いきなりベルがワン太を追いかけ始めた。まだ子どものワン太は、ベルに追いつかれそうになると反撃して向かって行く。そこへサムが入ると、ワン太はすかさずひっくり返ってお腹を見せる。ひっくり返りながらもベルが近寄ると、ワンワンと吠え立てる。するとサムはその前足でワン太をぴたりと押さえつける。サムのお母さんは「サムは俺のダチに手を出すなって言ってる」と解説するが、ワン太は瞬時にサムはボス、ベルはそのた大勢と見極めているのだ。
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| 2005年7月6日(水) |
| 犬と歩けば・ふたたび30 |
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7月6日(水) 午前7時-気温 .0℃
大雨の中を映画に行った。こちらは玄関先までマグノリアさんの送迎付きだから、どうと言うことはない。映画館のシートに座ってあたりを見回すと、結構な入りである。6、7割は埋まっている。ここは何回か来ているが、こんなに客が入っているのは珍しい。まして今日は朝から大雨である。思わず「みんな暇なんだねえ、ましてこんな日に」とつぶやくと、マグノリアさんはくくっと喉の奥で笑って「この映画は渋谷でもやっているんだけどねえ、評判で1回目から満席だそうよ」と教えてくれた。なるほど。
映画の題名は「ラベンダーの咲く庭で」、04年イギリス映画である。(マギー・スミスとジュディ・デンチが出ているから、それだけでもう見なくっちゃと思ってね)と、マグノリアさんは誘ってくれたのだが、見終わったときに2人とも感動が離れて行ってしまうのではないかと、明るくなっても身体を動かせずジッとしていた。
イギリスの片田舎、遺産と貯金で静かに暮らしている老姉妹の生活に、ひょんな事から傷ついたポーランド人若者が加わることになる。その事が2人の生活と心を揺さぶって・・。マグノリアさんは(ジュディ・デンチって本当にうまいね)と深くため息をついた。
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| 2005年7月5日(火) |
| 犬と歩けば・ふたたび29 |
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7月5日(火)晴れ 午前7時-気温24.0℃ 湿度%
スーパーが100円市なんて売り出しをしたときに、欲張って納豆を買い込んだ。去年は大豆が不作で値段が上がったと聞いていたが、納豆や豆腐の値段は変わらず、売り出しの時には3割以上も安くなる。どういうからくりなのか。前もって値段を決めて外国から持ってくるのだろう位まではわかる。
所で、案の定買い込んだ納豆は賞味期限が過ぎても残ってしまった。元々発酵食品だから多少古くなってもどうと言うことはないのだが、やはり食味が落ちる。でも捨てる気はない。ベルは食べるだろうか?とベルに食べさせることを考えた。
ベルの前に飼っていた犬のプルは、何でも食べた。夏には西瓜まで食べたがドッグフードは、余り好きではなかった。一方ベルは人間の食べ物よりも、ドッグフード系のおやつなんかが大好きだ。今の子どもが焼きおにぎりやおせんべいよりもスナック菓子の方が好きなのと同じだ。
空きっ腹にまずいものなしと言うから、夕方散歩から帰った後、残りご飯に納豆を混ぜでかき回し(勿論ネバネバになった)そこへ牛乳をかけて与えた。
ベルは一気に、ぜーんぶ、残らず食べた。
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| 2005年7月4日(月) |
| 犬と歩けば・ふたたび28 |
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7月4日(月) 午前7時-気温?.0℃
昨日のつづき
これには訳がある。ここは二級品を安く売っている店である。多分熟れすぎたのを持って来だが、すぐに冷やして食べたので美味しかったのだと思う。
所で、ベッカム八百屋では花卉類も置いてある。
見慣れない、丈が15センチぐらいの鉢植えを見つけて、(ガッキツ)と名札を読みながらこれはなにかと尋ねた。ガッキツとはどういう字を当てるのかと、聞いた。親父さんが答えて言うには、名前が分かんないから駅前の園芸店へ行って見たら、それと全く同じものがあって向こうでは400円で売ってたよ。うん。それで白い花が咲くんだってよ。(ここでは100円)
その日駅前のスーパーに魚を買いに寄ったとき、ふと(ガッキツ)の事を思い出して、花売り場へ廻ってみると確かに同じのがあったが、こちらは向こうよりも2p位丈が高い。確かに純白の小さな花も1つ点いて、濃厚な香りを漂わせている。しかしに名前を見て驚いた。こちらでは(ゲッキツ)と標示してある。これを見たベッカム八百屋は、百b歩いているウチにゲッキツがガッキツになってしまったらしい。
※ゲッキツ(辞書を引いたら月橘と出た。たまたま親父さんは、漢字を見て読み違えたのかもしらない) |
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| 2005年7月3日(日) |
| 犬と歩けば・ふたたび27 |
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7月3日(日) 午前7時-気温22.0℃ 湿度75%
電車に乗って出掛ける用事があるときには、有料の自転車置き場へ寄って自転車を預けてから駅まで百b位歩くが、その途中に「ベッカム八百屋」ある。
本当は○○青果店というのだが、数年前サッカーのベッカム選手が来日してベッカムフィーバーが起こったとき、ここの親父は新聞折り込みのチラシに(これからはベッカム青果店と改名する)と印刷して配ったのだった。ま、別に看板があるわけではないし自称だし、どこへ届け出る訳でもないと思うが、その名前をどの位使ったのかは知らない。今は使っていないのは確かだが、こちらは昔のことはちゃーんと覚えている。
この間、駅から自転車置き場に戻るとき、ベッカム八百屋の前を通った。歩きながら掘り出し物はないかと、素早く商品に目を走らせた。ん?この世のものとは思えない美味しさだって?またまた大げさなんだから。ウソに決まっていると思いながらもつい、店の中に入ってしまった。捻りはちまきしわがれ声の親父に声をかけると、(ホントだから、ウソ言わないよ)なんて何となく丸め込まれて、そのメロンを1個買った。780円。所がこれが本当に美味しかったのだ。 つづく
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| 2005年7月2日(土) |
| 犬と歩けば・ふたたび26 |
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7月2日(土)曇り 午前7時-気温26.0℃ 湿度85%
夕方5時頃また雨が強くなったせいか、公園に人影は殆どなかった。
いつもは公園トイレの後ろ斜面で犬たちを遊ばせるのだが、(殆ど散歩の人達が見えないのを幸いと)犬仲間は芝生広場に移った。雲は低くたれ込めているが、風も少し吹いて気持ちが良い。ツバメは白い腹を見せて、低く飛んでいた。「あれ、いつこんな看板が建ったの?」四阿の隣りの立派な看板に気が付いて、聞いてみた。「さあー朝には未だなかったから、昼間たてたんじゃあない?またまた肩身が狭くなるね」とりゅうのお母さんが返事をしてくれた。(犬の放し飼いは、条例で禁止されています。犬の糞は飼い主が持ち帰りましょう)と標示され、そのどちらにも嬉しそーな表情をした犬のイラストがついていた。今まであった放し飼いはダメよの看板は、小さなプラカードをそのまま地面にさしたようなヤツで、ベルはいつもそこにオシッコをひっかけていた。放し飼いダメの理由も(犬の嫌いな人もいるので)からぴしゃりと(条例)に変わった。それを眺めていてふと、犬の文字を夫に変えてみたらと考えた。「夫の放し飼いは条例で禁止されています」か。赤い糸から放されたらきっと、亭主達もあの犬のように嬉しそうに飛び回るんだろうな。
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| 2005年7月1日(金) |
| 犬と歩けば・ふたたび25 |
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7月1日(金)曇り 午前7時-気温25.0℃
千葉職対連にホームページが出来た。今日、2005年7月1日開設。
その為のお金も人材もなく、実現するはずがないと思っていたことが、あっけなく実現した。私たちがあれよあれよと驚いている間にAさんは、まるで手品で繰り出すようにあれもこれもみーんな1人でつくり上げたのだ。だからその日を自分の誕生日と重ね合わせても、ま文句は言えない。 「こんな素晴らしいHPが出来てみると」と仲間のDさんに云った。「今まで千葉職対連は田舎の個人商店みたいだったのが」「うんそうだよ、都会の株式会社みたいに立派に見える。」とDさんも身を乗り出す。「で、ウチのは音楽付きだよ。こんなのってあんまりないよ。Aさんのセンスが光ってる」Dさんはまるで自分のことのように、自慢する。しかし私は、Aさんが妻の留守に2日間不眠不休でHPを作り上げたのを知っているから、Aさんは過労死から奇跡的に助かって1級の身障者なのを知っているから、心臓が凍り付くような思いを何度もしている奥さんの心配も知っているから手放しで喜べない。複雑な気持ちだ。でもやっぱり、言わせて貰う。1回でいいから。「千葉職対連のHPが出来て、うれしーい」
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