| 2012年7月15日(日) |
| 犬と歩けば・出発 836 |
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2012年 7月15日(日)曇り晴れ
昨日の夕方は公園で、油蝉とカナカナの声を聞いた。今日は祭り太鼓の音が聞こえてくる。夏が来た。
親は「しつけ」と言って、虐待する。教師は「指導」と言って体罰を加える。クラスメートは「遊び」と言って、いじめを繰り返す。
どんな言い方をしようが、どれも「暴力」だ。
市民社会では「暴力」は、法律に基づいて処罰される。最近、親権を一時停止しても、子どもを救う様に法律が変えられた。
学校も特別な場所(治外法権)であって、良いはずがない。いじめる方は(学校内ならば何をしても、クラスメートも教師も見て見ぬ降りをするのを知っているから)いじめはエスカレートしてゆく。学校内も一般社会並みに法律が適用されれば、いじめにかなり効果があると思う。
スーパーや本屋で暴力が行われれば、それを見た誰かが110番通報するのは、当たり前のことだから。
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| 2012年7月14日(土) |
| 犬と歩けば・出発 835 |
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2012年 7月14日(土)曇り小雨
ヨガの稽古で、割り座が出来ない。
お婆さん座りとも言われる、正坐の足を両脇にずらしてお尻を落とした恰好だ。数年前、膝が痛かったときから、正坐を避けて来たからだとおもう。
友人は、内転勤が弱っていると、将来おむつを替えて貰うとき、とても痛い思いをするから、鍛えておけと言う。
生涯歩ける事が願いでヨガを始めたが、何が起こるか分からないし・・。
「生き抜いて何が可笑しい紙おむつ」(私の句ではない)
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| 2012年7月13日(金) |
| 犬と歩けば・出発 834 |
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2012年 7月13日(金)曇り小雨
体重130sのパンダのシンシンが、130gの赤ちゃんを産んだ。親の千分の一という超未熟児だ。人間に換算すると、体重50sのお母さんに50gの赤ちゃんと言う計算になる。
パンダの赤ちゃんは授乳期に半分が、離乳期にそのまた半分が死亡するという。
シンシンの赤ちゃんはたった6日の命だったが、生まれてくる命の不思議さ、死んでゆく命の不思議さを改めて教えてくれた。
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| 2012年7月12日(木) |
| 犬と歩けば・出発 833 |
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2012年 7月12日(木)小雨
証明写真を撮って貰いに、写真館を尋ねた。写真館へ入るなんて、何十年ぶりのこと。でも、写真館の中の何となく幸せな雰囲気は、ちっとも変わっていなかった。
私が撮って貰ったのは書類に添付する証明写真だが、若いお兄さんが10回ほどシャッターを切った。それを画面に2枚ずつ映して見せ、私はそのどちらかを選び続けて、最後の1枚を選び出した。
少し待って出来た写真をよくよく見ると、そこには母がいた。母がいて、私自身がいない。不思議な感じがした。
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| 2012年7月11日(水) |
| 犬と歩けば・出発 832 |
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2012年 7月11日(水)晴れ
「ただ今お使いの電気料金が、4割お安くなります。」東電の関連会社だという所から、電話売り込みがあった。ん?東電は権利だと言って「電気料値上げ」をしたそばから、「4割安くなる」なんてアタシの事をバカにしているんじゃないの?第一 世の中、そんなに美味しい話はない。話を聞いているウチにからくりが見えた。(つまり、そういう器具を買えって事ね。)と突っ込むと「ええ、まあ、すぐって事ではありませんが」と答えた。
つまり東電は、電気料金は値上げ、それを呼び水に「夜間の安い(?)電気料金を使う器具」を買わせようという魂胆なのだ。フン
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| 2012年7月10日(火) |
| 犬と歩けば・出発 831 |
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2012年 7月10日(火)晴れ
夕方、宅急便が届いた。
送り主も受取人も私。但し、私には全く覚えがないのだ。
品物の生産者へ電話して事情を話したが、向こうでも分からない。
一応、再度調べて連絡をくれると言ったが・・。
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| 2012年7月9日(月) |
| 犬と歩けば・出発 830 |
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2012年 7月 9日(月)晴れ
「一応4人分として食事を作るんだけれど・・」油絵仲間のAさんは、こう切り出した。彼女は、男子中学生の孫を(一人)預かっている。「僕はこれで満腹という訳じゃないよ」と言われると、痩せ過ぎのAさんはため息をつく。
でもそれだけ食べてくれたら、気持ち良いだろうな。
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| 2012年7月8日(日) |
| 犬と歩けば・出発 829 |
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2012年 7月 8日(日)曇りのち雨
お寺で、新盆の説明会があった。
盆飾りやお参りの仕方、お経をあげて貰う順番の他に「祠堂金」という10万単位の寄付のお願いだ。東京都が「樹木葬」という、管理費を取らない墓地の募集をしたら、応募が殺到して案内パンフが不足したと言うが、私も欲しい。
終わって墓地へ廻ったら、さっき一番前の端に座って、ぶつぶつ言っていたお婆さんも来ていた。彼女は近寄ってきて「あの通りにやらなくちゃいけないんでしょうかね」と、噛みつくように言う。話を聞くと、彼女の住まいは3.11地震の液状化で(隣の家よりも軽いが)家が傾き、未だにそのままで暮らしているという。
住職とは、墓地を求めてから10年余りの付き合いがあるが、魂とか心とか精神的な話は聞いたことがないなあと、思い出した。
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| 2012年7月7日(土) |
| 犬と歩けば・出発 828 |
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2012年 7月 7日(土)雨
「○△店が、閉店セールやっている」と、油絵の仲間が教えてくれた。以前、7階のビルすべてが趣味の材料、道具を売っていたユザワヤも、すっかり小さくなった。
高齢者人口は毎年増え続けて24パーセントにもなり、それだけ趣味人口も多くなったと思われるのに、この事態だ。
高齢者は、なるべくお金をかけないで遊んでいるのだろうか?それとも不景気の、ひとつの顔なのだろうか?
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| 2012年7月6日(金) |
| 犬と歩けば・出発 827 |
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2012年 7月 6日(金)曇りのち雨
夕方、ベルを連れて少し雨が降っている公園へ行った。
芝生広場は、粉砂糖をまぶしたように真っ白なシロツメクサが満開だった。ベルはその中にうずくまって寛いでいる。目の高さに、未だ余り赤くない赤とんぼが、乱舞していた。もう間もなく、山の涼しい場所に移動するのだろうが、このあたりでは何処へ行くんだろうか?
帰り道、もう終わりかけている捻り草(焼き鳥の串のような茎に、濃いピンクの小さな花が螺旋状に巻き付いている。右巻き、左巻きあり)を、何本か摘んだ。
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| 2012年7月5日(木) |
| 犬と歩けば・出発 826 |
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2012年 7月 5日(木)曇り
定例の通院日で銀座に出たついでに、フェルメールセンター銀座で複製(リ・クリエイトと呼ぶらしい)37点を見てから、日比谷で映画を見てきた。
のびのびと、贅沢な気分を味わった1日だった。
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| 2012年7月4日(水) |
| 犬と歩けば・出発 825 |
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2012年 7月 4日(水)曇りのち晴れ
毎晩、TBSラジオ10時からの「DIG」が面白い。
今知りたい話題について、専門家(正真正銘の)を呼んで懇切丁寧に解説してくれる。
夕べは、1日から始まった「自然エネルギー買い取り問題」だった。
送電線はいわばエネルギーの公道で、私企業が独占しているのは不自然であり、いずれエネルギー先進国のように、この部門も独立せざるを得なくなる。
そのことはまた、政治の仕組みも変える、と言う話が興味深かった。
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| 2012年7月3日(火) |
| 犬と歩けば・出発 824 |
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2012年 7月 3日(火)曇り一時雨
「除染」は確かに大事だけれど、毎日降り注いでいる放射線は、何時になったら止められるのだろうか?
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| 2012年7月2日(月) |
| 犬と歩けば・出発 823 |
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2012年 7月 2日(月)曇りのち晴れ
「小学生には夢見せたい」という投書が朝刊に載っていた。投稿したのが、13歳の少女だと分かって笑った。
現在の私には、5年10年の差なんてなんの差し支えもないが、いつ頃からこんな風になったのだろうか?
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| 2012年7月1日(日) |
| 犬と歩けば・出発 822 |
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2012年 7月 1日(日)曇りのち雨
世界の贅肉の三分の一は、アメリカだって、新聞に出ていた。フライドチキンとコーラを食べさせられ、病気になっても保険はなし。ほんとーに凄い国だね、アメリカは。
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| 2012年6月30日(土) |
| 犬と歩けば・出発 821 |
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2012年 6月30日(土)曇り
夕べ「大飯原発再稼働反対」デモが、首相官邸を取り囲んだとラジオで聞いた。
集会は、ツイッターとかフェイスブックで伝わり、集まった人々の数は、前回の金曜日(22日)は4万5千人、そして今回はナント15万人。そしてその要求は様々、多岐にわたっていたと今日のラジオで聞いた。
既に、「あじさい革命」などど囁かれているとか。時代は大きくうねっているらしい。
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| 2012年6月29日(金) |
| 犬と歩けば・出発 820 |
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2012年 6月29日(金)晴れ
北海道で33mの津波予報が出た。
33mの津波なんて想像も付かないが、地質学の見知を基にした数字だという。
その数字は、2千年以上をさかのぼっている。
いやあ、凄い時代になった。物事を有史以来、地球的規模で考える時代に突入してしまったらしい。
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| 2012年6月28日(木) |
| 犬と歩けば・出発 819 |
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2012年 6月28日(木)曇り
歯医者に行くと、いつもはお婆さんが占拠している待合室に、珍しくお爺さんがいた。
医師に「お爺さんはみんな、歯が丈夫なんですか?」と、聞いて見た。
「いや、絶対数の問題。私の患者さんの8割はお婆さん」だと教えてくれた。
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| 2012年6月27日(水) |
| 犬と歩けば・出発 818 |
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2012年 6月27日(水)曇り
歳を取ると言うこと。1日にひとつの事しか出来なくなる。
今日は午前中、ヨガのお稽古に行った。約1時間で、ちょくちょく給水する。ひとつひとつはたいした型ではないし、無理なことは決してやらない。それでも終わると、お風呂上がりのように身体がほっぽと温まる。
帰宅して昼食が済むと眠くなる。この頃はヨガに関係なく、昼寝をするようになった。
今日も気が付いたらもう、ベルが向こうから覗いている。夕方の散歩の時間だ。
こんな風に、1日が夢を見ているようにあっけなく、通り過ぎてゆく。
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| 2012年6月26日(火) |
| 犬と歩けば・出発 817 |
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2012年 6月26日(火)晴れ
ネットに「まいにちパンダ」というサイトがある。
シンシンとリーリーの可愛い写真と添えられた一言が楽しくて、毎日楽しみに見ている。そこへ今日の「おめでたのニュース」だ。もう孫が生まれてくるような待ち遠しさだ。
なのにNHKニュースでは「想像妊娠もあります。」なんて言って、折角のニュースに水をぶっかけていた。
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| 2012年6月25日(月) |
| 犬と歩けば・出発 816 |
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2012年 6月25日(月)晴れ・曇り
亭主が(足が痛い)と言う。
これが小さな子どもなら、怪我でなければ「成長痛」かな?と察しが付く。然し、爺さんだと(お互いに「歳を取る」のは初めてだし)まるで原因が想像できない。原因が分からないと本人は不安になるし、歩行に差し支えがあると、精神的にも落ち込む。
で、あちこちの病院でレントゲン写真を撮ったり、マッサージ鍼灸に頼ったりしながら、「足痛」という、老化を受け入れてゆくのだろうと、見ている。
勿論、他人事ではなくて、明日は我が身だ。
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| 2012年6月24日(日) |
| 犬と歩けば・出発 815 |
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2012年 6月24日(日)晴れ・曇り
テレビで「知らざれる大英博物館」を見た。
大英博物館は憧れのひとつ。(行ってみたいなあ。・・・入場料は無料なんだって・・)と、つぶやくと家人は「でも行くまでの交通費がかかるだろう」と、一言。
そういうことじゃあなくてえ「公共物に対する考え方が、我が国と大きく違う」と言うことを言いたかったのだ、私は。
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| 2012年6月23日(土) |
| 犬と歩けば・出発 814 |
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2012年 6月23日(土)曇り
今日は、沖縄戦が終了した「慰霊の日」。NHK19時のニュースで放送しないのかと思ったら、「卵子の劣化」の後で、4番目ぐらいにやった。
「他人の痛みは3年でも我慢出来る」と言うが、私達はもう60年以上も沖縄に、7割の基地も押しつけている。
地方に犠牲を押しつけて中央が繁栄する図式は、今回の福島も同じだと(後ろめたさを感じながら)気が付く。
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| 2012年6月22日(金) |
| 犬と歩けば・出発 813 |
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2012年 6月22日(金)雨のち曇り
消費税を上げる為だけの野田政権は、自民党民主支店と見ればわかりやすい。
新宿へ「アフタヌーンコンサート」を聞きに行った。ミラノ室内合奏団が演奏する「バロック音楽」とか。曲名は小難しいが、いずれも耳になじんだ曲ばかりだった。何故か?同行の友人の説明によると、韓流映画・ドラマはこれらの音楽が背景に使われている事が多いからだとか。納得した。
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| 2012年6月21日(木) |
| 犬と歩けば・出発 812 |
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2012年 6月21日(木)曇り・雨
急に蒸し暑くなったので、床屋へ出掛けた。
先週までは暇だったが、今週から急に忙しくなったと言う。みんな感じることは同じらしい。
私が座るのを待って、女主人は話し始めた。
来月、通っているダンス教室の周年記念パーテイがあって、彼女はデモンストレーションを踊ることになった。付いては他のダンス教室の先生をパートナーとして選んだところ、彼も乗り気で目立つ(アルゼンチンタンゴ)に決めたとか。
さて練習が始まるとコーチの彼は、殴る蹴る、更に彼女を睨み舌打ちをして立ち去るのだという。彼女はカットの手を休めて、実演して見せてくれる。「一寸待った。それって本当に暴力振るうの?」と呆れると、頷いた。「それって、アブナイ人ではないの?」と更に尋ねると彼女は、(私がなかなか上手くならないからで、一生懸命教えてくれているのだと思う)と、弁解する。
彼女は更に、15万円で新調したドレスも色だか形だかがダメだと言われた、などど続けたが、バカらしくてもう聞かなかった。
所で私の髪は、いつもよりずっと短くなっていた。
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| 2012年6月20日(水) |
| 犬と歩けば・出発 811 |
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2012年 6月20日(木)晴れ・強風
新しい言葉に遭遇した。
ヨガ教室の若いお母さんのひとりが、「髪を切って、デジタルパーマをかけた」と言う。ムム・・デジタルパーマとは初めて聞く言葉。一体それはなんぞや?こちらが目を白黒させていると、ご当人は「乾くとウエーブが出るのがデジタルパーマで、濡れるとウエーブが出るのが今までのーマ」と説明した。
もう一つ腑に落ちないので、パソコンに教えて貰った。それによるとデジタルパーマというのは商標で、形状記憶パーマという呼び名が正しいらしい。
こういう時に妙なショックを覚えるのも、世の中の流行から外れた所に居るからなのだろうね。
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| 2012年6月19日(火) |
| 犬と歩けば・出発 810 |
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2012年 6月19日(火)曇りのち雨
午後から台風の雨が降ると言うので、早めに買い物にでた。
レジ待ちで、何となく前の人を眺めた。痩せて背中が丸くなっているが、眼光は鋭く洒落た帽子を被っている。
彼は、鉄火巻きと明太子それにサクランボを買った。サクランボは奥さんへのお土産だろうか?
商品を袋詰めして自転車を出すと、先ほどの彼がシニアカーを押して信号を待って居た。年齢は80代だろうか?
生きて行くって、結構大変な事だ。
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| 2012年6月18日(月) |
| 犬と歩けば・出発 809 |
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2012年 6月18日(月)晴れ
余震が続いている。夕べも結構大きくガタガタと来た。
震源地は何処だ?と、耳を大きくする。銚子沖と聞けばやはりと思い、宮城や福島沖と聞けば反射的に緊張する。
不安や緊張を隠して、一見何事もなかったように、世の中は進んでいる。
私の作った句「専門家が安心と言うから恐い」
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| 2012年6月17日(日) |
| 犬と歩けば・出発 808 |
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2012年 6月17日(日)晴れ
油絵仲間のAさんは、「第九を歌う会」会員だが、今年はオーケストラも入って「レクイエム」を歌うというので、Bさんと連れだって会場へ駆けつけた。
百名近い合唱者の親類縁者(多分)で、千五百席はぼ満席。Bさんと私は、(たまたまそこが空いていたから)最前列中央に陣取った。
私達からAさんはよく見えるけど、きっとAさんは私達の事は見えないわよねと、話し合った。
夜、Aさんからお礼のメールがあった。「・・一番前にいるのだもの、どぎまぎしていっぱい歌詞を忘れちゃった。・・」
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| 2012年6月16日(土) |
| 犬と歩けば・出発 807 |
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2012年 6月16日(土)雨
シトシトと降ったり止んだり、いつも通り梅雨の一日だった。
油絵の稽古日で、出掛けた。
仲間のAさんはこの夏、傘寿と15年の画業の区切りとして個展を開く。お目出度いことである。Aさんと初めからの仲間であるBさんと私は、(2人展をしようか?)なんて話をしているウチにBさんは昨夏、急逝してしまった。
一方、1月に心臓弁置換手術をしたCさんは、(私はそんなに長生きできないから、無理だなあ〜)なんてぼやくから、つい(じゃあ、私達は喜寿に2人展をやろう)なんて言ってしまった。
(でも美人薄命って言うから、私はそれまで持たないかもね)と、付け加えて置いた。(^o^)
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| 2012年6月15日(金) |
| 犬と歩けば・出発 806 |
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2012年 6月15日(金)晴れ
朝飯が済むと、家人は(一寸ひと休み)とか言って、横になる。
ベルは濡れ縁の下にもぐって、何かを凝視している。金魚は私が近づくと(餌を貰えると思って)水面に集まってくる。
予定のない日の、高齢者2人家族の一日は、こんな風に始まる。
65歳以上の高齢者数は2千9百万人で過去最高、日本国人口の23%を占めていると夕刊に載っていた。
だから今日も葬儀屋から「一口、お入りになりませんか」なんて勧誘の電話が架かって来たのだ。
高齢者が多くなろうと、私達は日々を生きてゆくしかない。
出来ればなるべく体調は良く、楽しく。
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| 2012年6月14日(木) |
| 犬と歩けば・出発 805 |
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2012年 6月14日(木)曇りのち晴れ
マグノリアさんとイラン映画「別離」(千葉劇場)を観た。
先日観たイギリス映画「ジェーン・エア」と言い、今回の「別離」と言い、濃い内容で映画の楽しさを十分満足させてくれた。
「別離」は、二組の家族とそれを取り巻く人々が、夫婦間の倫理問題、介護のあり方、子どもの教育、更に格差社会の現実、信仰を巡ってと複雑に絡み合い交差するドラマの進行に、一時も目を逸らせなかった。またイランの現代社会が、こんなにも訴訟社会だと知って驚いた。
私もマグノリアさんも、大人よりも二人の子どもが強く印象に残った点で、一致した。
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| 2012年6月13日(水) |
| 犬と歩けば・出発 804 |
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2012年 6月13日(水)曇り
梅雨寒というのか、今日も風が冷たい。
歯医者の帰りに電気屋へ寄って、LED電球を見た。
去年、サークル蛍光灯を取り替えたときの値段は1万2千円だった。同じ様なものがLEDだと、6万円の値段が付いていた。これ1ヶ所では済まないし、一寸手が出ない。
我が家ではカーペットと炬燵を使うので、冬場の電気料金がぐっと増える。
家庭電気の消費量は、照明と電気器具の割合はどうなっているのだろうか?
高価なLED電球に替えて、それだけのメリットは本当にあるのだろうか?
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| 2012年6月12日(火) |
| 犬と歩けば・出発 803 |
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2012年 6月12日(火)曇りのち雨
寒い。今日はカーディガンを出して羽織った。
ご近所の家庭菜園から、ジャガイモと玉葱を戴いたので、肉じゃがにした。
薄く切ってサラダでも食べられる玉葱は、煮るととろりと甘く、たわしで洗って、薄皮を付けたままの新じゃがは、もっちりとした食感が美味しい。
「放射能は大丈夫か?」ちらりと頭の端をよぎったが、あえて振り払った。
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| 2012年6月11日(月) |
| 犬と歩けば・出発 802 |
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2012年 6月11日(月)曇り
昨日、水槽の掃除をした。この前は1月なので、5ヶ月ぶりだ。
玄関の靴箱に乗せている約30Lの小さな水槽だが、水が入っているのでなかなか重い。だから水槽はそのままにして動かさず、電源を切って、ポンプで水を半分ほど汲み出す。それから温水器やぶくぶく、飾り物や水草などを取り出していよいよ熱帯魚を取り出す。
ついでに数も調べようと思って、(一列に並んでぇー)と号令をかけたが、従ってくれない。やむなく網に5匹ずつ入れて数えてみたら、なんと大きいのが60匹もいる。小さい奴はおおよそ10匹位を掬って数えたら、これも60匹はいる。
去年7月に30匹貰ってきたのだが、どうしてこんなに増えちゃったのだろうか?
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| 2012年6月10日(日) |
| 犬と歩けば・出発 801 |
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2012年 6月10日(日)晴れ
某通信社の世論調査の対象となった。
一週間ほど前に、封書でお願いがあった。それによると選挙人名簿からアットランダムに3千人をピックアップしたとか。
昨日雨の中を、学生のバイトらしい若者が訪ねてきた。若者は少し緊張している。こちらも小さく身構える。質問内容は「外交」と「皇室関係」と知らされていた。
その具体的質問事項と答えを書いた冊子を渡されて、彼が質問事項を読み、こちらが番号を答えるという具合である。
答えは大体5種類以上あって、こちらの考えに近いものを選べたと思う。あまり迷うこともなかったから、10分ぐらいで済んだ。
人生で新しい経験をひとつした。
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| 2012年6月9日(土) |
| 犬と歩けば・出発 800 |
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2012年 6月 9日(土)雨
歌のお稽古日だった。
32人全員が、60歳以上だと言うことは分かっている。平均年齢は私の年齢よりも、たしか5歳ぐらい上。私も老化を経験するのは初めてなので、先輩たちの話を聞いて参考にしている。
今日は「自分が年寄りだと自覚するのは、何歳ぐらいか?」と未だ50代の先生が質問したが、これは年齢に関係なく「孫が出来たとき」で、皆が一致した。
素早く「でも他人には、おばあちゃんと言って貰いたくない」と横やりが入って、一同笑いながら納得した。
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| 2012年6月8日(金) |
| 犬と歩けば・出発 799 |
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2012年 6月 8日(金)曇り
テレビドラマ「相棒」は好きで、いまでも再放送を見ている。
だから何となく(捜査一課長)なんて呼び名にも、親近感を持っていた。
でも現実はちがうね。夕べ(ほぼ逆転判決となった)「東電OL殺人事件」を捜査した元捜査一課長がテレビに出て来て、(いまでも犯人だと確信している)と言い放ち、その理由は(刑事の勘)だという。これじゃあ幾らでも冤罪が出来るわけだ。
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| 2012年6月7日(木) |
| 犬と歩けば・出発 798 |
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2012年 6月 7日(木)晴れ
5月の薔薇も過ぎて、紫陽花が目に付くようになった。去年は(大震災後で)櫻も、薔薇も目に入らなかった事を思うと、世間は幾らか落ち着いて来たのだろうか?イヤ、私自身を含めて世間は、早くも「大震災後」を忘れつつあるらしい。
その証拠に、原子力安全保安院がやすやすと「美浜原発2号機の、40年を過ぎての運転」を許可した。私達国民はなめられているのだ。とっくに分かっているけれど。
罪は償わなければならないが、「青春の蹉跌」と言うにはあまりにもその代償が大きい、元オームの若き信者達。老けてやつれた彼らを見ると、青春なんてほんの一時なんだと、なんだか胸が痛んだ。
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| 2012年6月6日(水) |
| 犬と歩けば・出発 797 |
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2012年 6月 6日(水)雨・曇り
台風が過ぎて、冷たい風が吹いている。おかしなお天気ですねといつもの歯医者でいうと先生は、金星が太陽を通過したからだよと答えた。こちらも、津波、日食とこれだけ天変地異が続いたらもうこれは、元号を変えた方がいいんじゃないかと、お返しした。
信州への旅D
戦没画学生達の遺作を集めた「無言館」の建物は打ちっ放しのコンクリートで、墓地に入るような気持ちでその小さな入り口をくぐった。彼たちの遺作や遺品を見て廻り、22,3歳で死なねばならなかった若者達の無念さと、死を強要した権力の恐ろしさに緊張する。戸外へ出てほっと息をつくと、新緑がまぶしかった。
今回の旅で美味しかったのは上田の蕎麦と岩魚の刺身、くるみおはぎ。Aは楽しみにしていた鯉料理(鯉の洗い、旨煮、鯉コク)が、見た目も味も変わっていたと、がっかりしていた。
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| 2012年6月5日(火) |
| 犬と歩けば・出発 796 |
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2012年 6月 5日(火)曇り
上田から別所温泉に向かうには、上田電鉄別所線に乗る。
Aが母親と乗車したときは丸窓の一両だったというが、今回は2両で学生も乗っていた。そう大学前という駅も新設されていた。それでも、2両の電車は、田植えの終わった田圃の中をのんびりと30分走って終点に着いた。
別所温泉駅は女性の(駅員?)が、矢絣の着物に紫の袴、ヒール靴という「ハイカラ」さんの恰好で我々観光客を出迎えてくれた。
然し2日目、無言館へ向かうにはバスに乗る。別所温泉と塩田平の観光地を巡るシャトルバスは、電車と違って細い道をぐんぐんと山に向かって登って行き、途中畑の端に咲いている草花が目を楽しませてくれる。
前光寺で降り、ここの名物「くるみおはぎ」を戴いた。
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| 2012年6月4日(月) |
| 犬と歩けば・出発 795 |
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2012年 6月 4日(月)晴れ
信州への旅B
B旅館と並んで愛染川沿いに、石湯と大師湯の2つがある。石湯は信玄の隠し湯、大師湯は北向き観音を造営中に大師がたびたび入ったので、この名があるという。この北向き観音の境内に桂の大木があり、名を愛染かつらという。今から千年前、大地震があって人々が逃げ惑ったときに、観音様はこの桂の木の上に人々を集めて助けたという。と来れば、イヤでも去年の東日本大震災を連想する。
2つの湯は入浴料150円で、6時から22時まで。覗いてみたら、どちらも入り口みにおばあさんが座っていて(こちらもばあさんだが)「10時までだけれど、それより早めに入って下さい」と言われた。残念ながら、入浴の機会はなくした。
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| 2012年6月3日(日) |
| 犬と歩けば・出発 794 |
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2012年 6月 3日(日)曇り
信州の旅A
Aに聞かされていた別所温泉のB旅館は、とにかく庭が広くツツジの群生は見事だという。そこでわざわざ旅館にツツジの見頃を問い合わせて、日程を組んだ。
ところがである。玄関脇に一寸した植え込みはあるが、庭とはとても言えない。通された部屋から観るツツジの植え込みに花は殆ど咲いていない。かといって咲き終わった花柄もない。手入れがされていないので、花付きが悪いと解釈するのが妥当らしい。
最近の宣伝には、「千と千尋の神隠し」に登場する「湯屋」のモデルとなったとある。成る程少し離れてみると、アニメに出てくる湯屋の建物にそっくり。然し建物の中は至る所に階段や段差があり、高齢者にはキツイ。おまけに寒い。私達は夕方になると、暖房を入れて部屋を暖めた。
Aは、これが年月が経ったと言うことなのねと、自分の胸に言い聞かせていた。
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| 2012年6月2日(土) |
| 犬と歩けば・出発 793 |
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2012年 6月 2日(土)晴れ
信州へ@ 佐久平はどこも、満開のアカシヤが風に揺れていた。
友人のAと、信州の旅に出た。Aは20年前に母親と旅をした「別所温泉」のツツジを求めて。私は長年の希望だった「無言館」(戦没美術学生の遺作を集めた美術館)訪問が目的だった。
私達は上田市街、北向き観音等別所温泉界隈、無言館を含む塩田平の寺社、布引観音を含む小諸市街地などをうろつき、佐久平を経由して東京に帰着した。
私達はごった返す駅構内でお茶を飲みながらつくづくと、「東京って特殊な場所だね」と頷きあった。私達が通り過ぎた町々は、とにかく人がいなくて静まりかえっていた。
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| 2012年5月29日(火) |
| 犬と歩けば・出発 792 |
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2012年 5月29日(火)晴れ後曇り
夕方、べるの散歩で公園に着いた頃、一気に真っ黒な雲が拡がり、風も冷たくなったので急いで帰ってきた。いつもならもっと遊びたがって帰るのに抵抗するベルも、言って聞かせた所為か私に会わせて足を急がせた。
すれ違った人に「この犬は、言葉が分かるのですか?」ときかれたが、勿論そんなことはなく、幾つかの指示命令語(お座り、お手、待てetc)に反応するだけ。あとは私の態度をよく見ていて、それに対応するようだ。、そうそうおやつをせがむときは、前足でちょいちょいと私にサインを送ってくる事もある。
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| 2012年5月28日(月) |
| 犬と歩けば・出発 791 |
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2012年 5月28日(月)晴れ
夕べ一緒に焼き肉を食べていた友人が「お宅には日の丸ある?」なんて聞いてきた。いきなり何よと思いながら、ないと答えた。
すると、日の丸(国旗)の扱い方で罰すると言う法案が、近く国会に提出されると言う記事を読んだという。因みに彼女は、時間をかけて新聞の隅々まで読むのを日課としている。私達の知らない間に、何でそんな動きがあるのかと思ってと、続けた。
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| 2012年5月27日(日) |
| 犬と歩けば・出発 790 |
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2012年 5月27日(日)晴れ
外出先から帰って顔を洗い、タオルを使ったら、あらま、ベルの臭いがする。
また家人がベルのタオルを間違えたのだ。
今日は1日吉祥寺で、遊んだ。あそこは、何だってあんなに若い人達が集まっているのだろうか?私の普段の暮らしの中には、あんなに若い人達は居ないから、何か不思議な気がした。
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| 2012年5月26日(土) |
| 犬と歩けば・出発 789 |
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2012年 5月26日(土)晴れ
近くのパン屋で、ケーキの食べ放題があった。
マグノリアさんに連絡すると、二つ返事で駆けつけた。私もエントリーは無理だが、応援くらいならと、物見高く出掛けた。
さて「食べ放題」は制限時間60分で千二百円。三百円台のケーキを、4個クリアーしないと元は取れない。マグノリアさんは3個までなら自信があるが、4個となると時間が足りないという。こういう場合は、友達とお喋りしながら食べるとすいすい入るらしいが、残念ながら私では相手が勤まらない。
でまあ、食べ放題は諦めて一つだけ選んで食べた。
所でどんな人が挑戦しているのか会場を覗いて見たが、特に混雑というわけでもなく、若い人達の姿も見えなかった。
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| 2012年5月25日(金) |
| 犬と歩けば・出発 788 |
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2012年 5月25日(金)曇り
梅雨の走りでもないだろうが、お天気が続かない。
名張毒ぶどう酒事件の再審請求は、裁判所が証拠に基づかず推論で「死刑」を支持した。これは司法制度を否定した、リンチではないか?
ラジオで聞いた時、怒りで身体が震えた。
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| 2012年5月24日(木) |
| 犬と歩けば・出発 787 |
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2012年 5月24日(木)晴れ
「独り者の弟は、病気を持っているので、電話が繋がらないと心配。ケータイを持ってくれると良いのだけれど、手続きを面倒くさがって、(契約に)行かない」と、友人はこぼす。そういえば、家人の契約の時は私がついて行った。
それが世の中全体の傾向なのか分からないが、ケータイのあの事務所内の人達は、まるで外国人の様に話が通じない。第一に早口、第二に、訳の分からない単語を、ぽんぽんという。第三に向こうのマニアル通りにしか、話を進めない。
よって私は、自分の要求を短く簡単に話して、あとは必死にそこから話がそれないようにする。それでもいつの間にか、ポイントが付くからと、なんだか契約をさせられていた。
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| 2012年5月23日(水) |
| 犬と歩けば・出発 786 |
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2012年 5月23日(水)晴れ
築地の朝日新聞東京本社2階に、小振りな音楽ホールがある。そこで昼間「ランチタイムコンサート」というのが100回以上も続いていて、友人と出掛けた。
今回は、新国立劇場オペラ研修所研修生による「オペラツアー」というタイトルで、女性7名、男性4名があれこれを聞かせてくれた。
観客は殆どがシニアだが、まあ我々はせめて聞くことで新人を応援しようと思う。
午後上野に廻ったついでに、パンダに会おうと動物園へ着いたのが4時5分。動物園は4時で、閉門していた。残念。
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| 2012年5月22日(火) |
| 犬と歩けば・出発 785 |
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2012年 5月22日(火)雨
予報通り今日は雨となったが、昨日でなくてホントに良かった。昨日の金環日食を、どれだけ沢山の子ども達が観たかと想像するだけで、ちょっぴり未来が明るく見える。
雨の中を「民生委員です」という、私と同年代の男性が訪ねてきて、「ご家族、お変わりはありませんか?」と聞いた。我が家もウオッチ対象の、高齢者家族になったらしい。
「猿と何とかは高いところが好き」と言うが、スカイツリーは騒ぎすぎる。あれもこれもみーんなスカイツリーにあやかろうなんて、虫が良すぎる。
「スカイツリー平たく言えば電波塔」冬瓜
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| 2012年5月21日(月) |
| 犬と歩けば・出発 784 |
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2012年 5月21日(月)金環日食 曇り
日食。理屈をしらなくっても、大人も子どもも観れば何故か凄いと思う。
どうして感動するのだろう。多分、宇宙のドラマを地球上にいる自分が見ている、自分も宇宙に参加しているという感覚が、感動させるのだろうか?
もっと言えば、宇宙にたったひとつの「いのち」に、感動しているに違いない。
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| 2012年5月20日(日) |
| 犬と歩けば・出発 783 |
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2012年 5月20日(日)晴れ
73歳の日本人女性が、エヴェレスト登頂成功のニュース。やっぱり女性は強い。
このニュースを聞いて、なんだか急に元気になったのは家人。この数年、あっちが痛い、こっちが悪いとぐちゃぐちゃ言っていたのに、今日は長距離介護で館山まで行ってきた後、走りに出掛けた。まあ、いつまで持つか分からないけれど。
金環日食の明日の天気予報は、曇り。それにしても私達が子どもの頃は、ガラスのかけらにろうそくのススを付けて、観たよねと、同年代の人と話し合った。時代が変わったと言えばそれまでだが、なんだか人体実験をされた様な気持ちがしないでもない。
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| 2012年5月19日(土) |
| 犬と歩けば・出発 782 |
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2012年 5月19日(土)晴れ
今朝のニュースで知った川の汚染による断水は、少しずつ範囲が拡がって居るようなので、私もポリタンクや大鍋、味噌桶などに水道水を溜めた。
夜のニュースでは、断水も次第に解除の方向と伝えて居たが、汚染の原因は調査中とだけしか言わなかった。
原因が分からないと、不安だけがふくらんでゆく。
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| 2012年5月18日(金) |
| 犬と歩けば・出発 781 |
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2012年 5月18日(金)晴れ曇り
家人は、地域の史跡などを歩くグループに参加している。
今日は、今月末催行行事の下見に付き合った。本来部外者の私が立ち会うべきではないが、聞こえてくる話から類推すると、役員も高齢化によりやり手がなくて、やむなく家人が引き受けているらしい。家人もひとりでは自信がないので、こちらに振ってきたのだ。ここのところ私も遊び続けているので、まあここらで得点しておくのも良いかなと打算して、ついて行った。
今回は、成田以東地域の神社仏閣だが、地元にこんな立派なものがあったかと、認識を新たにした。もちろんどの神社仏閣にも人影はなく、新緑だけがまぶしかった。
それは良いのだが、食事する場所やトイレを探すのに歩いて、疲れた。
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| 2012年5月17日(木) |
| 犬と歩けば・出発 780 |
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2012年 5月17日(木)晴れ
今日も晴れたが、空の青さはやはり弘前にかなわない。
「でも、ごちゃごちゃしている所に帰って来て、ほっとした」と笑うのはマグノリアさん。今日は二人で映画「テルマエ・ロマエ」を観た。
笑うと、元気が出てくる事もあるから。
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| 2012年5月16日(水) |
| 犬と歩けば・出発 779 |
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2012年 5月16日(水)五月晴れ
急に気温は上がったが、風が爽やかで気持ちの良い五月晴れの一日となった。
さて、東電の値上げに対抗しようと、ない知恵を絞っている。
節電の参考にしようと「シェイプアップカルテ」なるものに申し込んで、先日やっと(郵便で)パスワードが送られてきた。で、いよいよ「診断」して貰おうと思ったら、今度はIDも必要だという。えぇーそんなこと聞いてない。じゃあIDはどうするのだ!とまあ、こんな調子。
やっぱり電力会社を選べないのが、一番の問題点だ。「独占」を許している限り、東電はやりたい放題、消費者はやられっぱなしなのだ。
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| 2012年5月15日(火) |
| 犬と歩けば・出発 778 |
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2012年 5月15日(火) 雨
A 弘前旅行の続き。
福知山のホテル火災は、帰りの新幹線の中で知った。
私達の泊まったビジネスホテルも、駅前でアクセスの良さはあるものの14階建ての細長いビルで、非常階段も誘導灯も目に付かず、お互いに不安を感じて居たことがわかった。
2日目の朝。私達は人影もまばらな弘前公園で、青い山脈と白く輝く岩木山を眺めて、何度も深呼吸をした。園内の染井吉野は散っていたが、しだれ桜は花が残っていたし、八重桜や鬱金櫻などは見頃だった。何よりも雨に洗われた見事な松の大木が、美しかった。
次は「リンゴ公園」へ廻り、5分咲きのリンゴの花に囲まれ、ここから遠く岩木山まで続くリンゴ畑を遠望した。おりからイベントの開催中で、ねぷたの太鼓演奏や津軽三味線の演奏などあり、中でも「お山(岩木山)参り」の行列は、初めて目にした。高い高い幟を立て、鐘太鼓を鳴らしながら「さーいぎ、さいぎ。ごっさんさいぎ〜」と呪文のように謡いながら進むのは、それ自体が勤行なのではないか。
私達は行く先々で「アップルパイ」を試食した。当たり前だが味は様々で、時代なのか甘すぎるのはなかった。私達はオーソドックスな味が気に入った。現地で美味しい食べ物屋の情報を聞いて出掛けてみたが、今回の旅ではこれと言った品に出会わなかったのは、残念だった。もう少し時間に余裕があれば、見つけられたかも知れないが。
今ではもう行き来も絶えたが、私は母の実家が弘前市内にあり、何度か訪れている。来る度に駅舎などが新しくなっている分、活気を失って行くように見える。一番の繁華街、土手町だってシャッターが目立つ。
また来て見たいような、もう来たくないような思いを交錯させて、帰りの新幹線に乗った。新青森から上野まで、約3時間半の近さになった。
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| 2012年5月14日(月) |
| 犬と歩けば・出発 777 |
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2012年 5月14日(月) 晴れ
マグノリアさんと、一泊二日で弘前周辺を廻ってきた。 リンゴの木にリンゴがなっているのを初めて見たとき、マグノリアさんは感激したと言うが、私もリンゴの花がバラの香りがする事に、感動した。 1日目は風雨強く震え上がったが、二日目は五月晴れの弘前公園から岩木山を眺めて貰えて、私はいたく満足だった。
1日目は青森美術館と棟方志功美術館を廻り、夜は「シャンソン酒場」へと繰り込んだ。ここは漣さんという女性が、ウン十年続けているカウンターを入れても20席ほどの小さい酒場で、8時半からのステージに合わせて私達が入ったときには未だ、カウンターに2人しか居なかった。このご夫婦は秋田からツーデーマーチという行事に参加していると言ったが、50代の妻の方はここの常連らしかった。
彼女は「妹が市原に住んでいるが、冬なのに戸外に布団を干していた」と、やや憤慨・あきれた・信じられない風に仰る。私達はそのことを理解出来ず、戸惑っているウチにふと、Aさんを思い出した。秋田出身のAさんは常々「秋田はさあ、どんよりと曇った空が半年以上も続く」とため息混じりに語っていたのを思い出したのだ。 また広島からおいでになったという女性も、ここの常連らしかった。その人とも、何年も前に広島を訪れた時の記憶をたぐって、あれこれお話をした。
そうこうしているうちに漣さんがいきなりぬっと顔を出したときには、あっと声をあげそうになった。妖怪か化け物でも出たのかと思ったのだ。
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| 2012年5月11日(金) |
| 犬と歩けば・出発 776 |
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2012年 5月11日(金) 晴れ
公園の芝生広場をぐるりと囲む林の一点に、数人が三脚を立てて何かを狙っている。
近寄って尋ねると、コゲラの子どもが2羽顔を出しているという。ファインダーを覗かせて貰うと、成る程下から3,4メートルの巣穴から可愛い顔がこっちを見ていた。ネットでコゲラの声を聞くと、そういう声はいつも聞いていた。
こんな街中でも、未だ顔を知らない鳥が住んでいるらしい。
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| 2012年5月10日(木) |
| 犬と歩けば・出発 775 |
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2012年 5月10日(木) 晴れのち雨
東京へ出たついでに、「セザンヌ展」を見た。
セザンヌは、画家への登竜門となる展覧会に17回も落選しているが、時流に乗らないセザンヌの画風を見て納得した。
しかし、セザンヌはそれで絵を辞めたわけでなく、ピカソなど次の時代の画家達に大きな影響を与えた。
本当に絵を描く事が好きだったのだ。
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| 2012年5月9日(水) |
| 犬と歩けば・出発 774 |
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2012年 5月 9日(水) 晴れのち曇り
今日も夕方になって、雨が降り出した。6日の竜巻以来、お天気の急変にびくびくしている。
午後、油絵の仲間3人で、江戸川文化センターへ、伊藤若沖の講演会を聞きに行った。教えてくれたのは、江戸川区に住んでいるAさん。かつて小岩駅近くに住んでいた彼女は、この地域は地元とよそ者の区別がはっきりとしていて、住みにくかった。同じ区内でも新しく移った団地は、全国各地から集まった人々なので、住みやすいと言う。
私自身、縄張りを主張したい気持ちって、いろんな場面で出てくるけれど、どうしてなんだろうか?
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| 2012年5月8日(火) |
| 犬と歩けば・出発 773 |
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2012年 5月 8日(火) 晴れのち曇り
夏に向かって、電力不足の宣伝が目に付く。
老夫婦2人の我が家でも、こまめに電気は消すようにしているが、さてあと何処を節電できるかと考えて、久しぶりに領収書を眺めて見た。読ませたくないらしくまあ細かな文字で、色々と書いてある。メガネを外したりかけたりしながら読んでわかったことは、@太陽光促進付加金A燃料費調整額が、料金に入っていた。勿論消費税も。
なにか節電の方法はないかと東電のHPを見たら、会員になれば、同規模の家庭との比較をサービスしてくれるという。早速申し込むと、受付番号は17億番台だった。
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| 2012年5月7日(月) |
| 犬と歩けば・出発 772 |
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2012年 5月 7日(月) 晴れ
プレバブ小屋が土台を残して、どこかに飛んでいった。自転車がくにゃりと、ジャングルジムに張り付いている。車はひっくり返っている。つぶれた住宅、折れ曲がった電柱と、昨日の竜巻の被害を見て、驚いている。
風速50メートルと言うのは、こういうことらしい。これでも六段階の下から2番目(F2)だとか。
竜巻なんて「オズの魔法使い」のことで、温暖で自然が優しい日本では、関係がないと思っていた。
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| 2012年5月6日(日) |
| 犬と歩けば・出発 771 |
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2012年 5月 6日(日) 晴れ
「後ろの列、左から二人目の酒焼けした男、料理教室で一緒だ。」と家人。私も舞台上に、知り合いを見つけた。
大雨、突風、竜巻と散々な連休の最終日、家人の知人の「合唱祭」へ出掛けた。
この地域21のサークルが集まって「震災支援チャリティーコンサート」を開催するからと、一昨日誘いの電話があった。この方は家人がリタイヤー後、趣味の会で出会った人で、電話が架かってくると深い声と落ち着いた話し口に、私も好感を持った。で、「Aさんが出演されるなら、万障繰り合わせて行かなくちゃ」などとつい、リップサービスした結果、出掛ける羽目となった。
4時間座り続けたのは辛かったが、高齢者はそれぞれこんな風に楽しんでいるのがわかった。
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| 2012年5月5日(土) |
| 犬と歩けば・出発 770 |
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2012年 5月 5日(土) 晴れ
こどもの日。やっと五月晴れとなった。
3,11以降、5月5日は子ども達に謝罪する日になったと思う。
我々大人達は、孫子の代まで「放射能の負の遺産」を残してしまったのだから。
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| 2012年5月4日(金) |
| 犬と歩けば・出発 769 |
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2012年 5月 4日(金) 晴れのち雨
今日は、朝ドラ「カーネーション」再放送の後編。
息子を2人とも戦争で殺されて、心身共に傷つき寝込んでしまった母親が、やはり戦争で人生を狂わされ、どん底に落ちた料亭「吉田屋」の若女将奈津と話をしているうちに、自分自身も立ち直ってゆく過程は、しみじみと納得出来る。
母親役の濱田マリは、何かが乗り移っている様に上手い。
ドラマを見る楽しみを満足させてくれた。
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| 2012年5月3日(木) |
| 犬と歩けば・出発 768 |
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2012年 5月 3日(木) 暴風雨
4月から始まったNHKの朝ドラは、良い子が努力して成功する物語で、筋は読めてるし役者も下手。家人は時計代わりに見ているが、前作「カーネーション」を思い出すと情けない。
すると今朝、再放送をやっているではないか!特にあの場面、あのセリフを期待して見ていた。
幼なじみの「へたれの勘助」が日中戦争に招集され、精神崩壊PTSDになり返される。糸子はそんな勘助を元気づけようと荒療治して、勘助が自殺未遂したとき、勘助の母親は鬼気迫る表情で「世の中ちゅうのはな、皆があんたみたいに強いわけちゃうんや。あんたの図太さは毒や」と迫り、絶交を言い渡される。
この場面は、思い出すだけでも、どきどきする。
所が、どうしたわけだろう。その場面はカットされていた。
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| 2012年5月2日(水) |
| 犬と歩けば・出発 767 |
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2012年 5月 2日(水) 曇りのち雨
家人は月1回の「料理教室」で、エビフライを1匹、アサリ入りマリネ少々をパックに入れて持ち帰った。エビフライはなかなか良くあがっているというと、それは○○さんがあげたと答える。このマリネも美味しい、ドレッシングは何を混ぜたのかと質問すると、ごそごそレシピを探してきて、ここに書いてあると言う。
これじゃあ、何年通っても身につかないわけだ。
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| 2012年5月1日(火) |
| 犬と歩けば・出発 766 |
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2012年 5月 1日(火) 晴れ一時曇り
川柳句会。私の自信作は、ボツになった。題「飾る」△つけまつげ電車が揺れて難工事△百科事典飾られたまま粗大ゴミ△飾りすぎみんなが避ける同窓会
前回、ご夫婦で歩き遍路旅に出掛けて欠席だったYちゃんが、25日間、51番まで歩き通して帰って来た。ガストでお昼を食べながら、みんなでYちゃんの話に聞き入った。
「毎日、毎日お金を使うだけの生活って、素敵だったあ」とYちゃんの第一声に、私達は湧いた。それまでの暮らしの地域的、人的繋がりを断って、死装束を着ての遍路旅の毎日は、恍惚感を伴ったあの世の経験であると、Yちゃんの先輩格Oさんの説明だった。
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| 2012年4月30日(月) |
| 犬と歩けば・出発 765 |
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2012年 4月30日(月) 晴れ
世の中は大型連休。すっかり若葉に包まれたいつもの公園に、普段見慣れない人達が大勢楽しんでいた。ベルも私も毎日が日曜日みたいなものだから、こういう時は邪魔にならないように、隅の方を歩く。
ま、ベルはいつでも端っこを物色しながら歩いて居るけれど。
竹林はいつにもまして筍がニョキニョキ頭を出しているが、殆ど掘り採られた跡はない。薬味にしようと我が家の三つ葉を採ったときも、放射線は大丈夫かなと躊躇した。
この先もずっと、こんな心配するのだ。
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| 2012年4月29日(日) |
| 犬と歩けば・出発 764 |
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2012年 4月29日(日) 晴れ
夕飯を食べていたときに、また地震があった。これは震度3と、身体が勝手に覚えてしまった。
東海・福島原発から異常の報告はないとテレビは言うが、政府や東電が本当のことは言わないのは、この1年で学習済みだ。
この地震も3,11の余震だと言うが、際限のないいじめを受けているようで、だんだん萎縮してしまう。
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| 2012年4月28日(土) |
| 犬と歩けば・出発 763 |
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2012年 4月28日(土) 晴れ
まるで、ベルばらの「オスカル」を思わせる女性指揮者、西本智美を聞きに行った。
今回はイケメンのピアノ弾き、アレキサンダーなんとやらも客演するから、顔がよく見えるような前の席を取ったと、友達が言った。
若きアレキサンダー君は、小さな顔に手も足も長ぁくて、ポーカーフェイスというのか殆ど表情を変えずに、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を弾いた。
友達は、出だしは緊張しているようだったから、お終いまでちゃんと弾けるか心配だったなんて、母親みたいなことを口走った。
前で見ていると、チェロを支える一本足が、何度も滑って苦労していた女性チェロ弾きや、お終い近く指揮棒を飛ばしてしまった指揮者。それを拾って式台へのせる、第2バイオリンなどが見えて、別の面白さもあった。
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| 2012年4月27日(金) |
| 犬と歩けば・出発 762 |
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2012年 4月27日(金) 晴れ
かつて地球上には、450sもある鳥がいたという。その鳥の卵は長径が31p、重さは約9sと推定され、身体のどこの部分にあったかが問題で・・と、古今東西あらゆる動物の死骸を集めてその形態、生態を研究しているという先生が、楽しそうに話を続けた。夕方の台所で夕飯の支度をしながら、ラジオでその話を面白く聞いていた。
と、アナウンサーが(一体その研究は、なんの役に立つのか?何が面白くてそんな研究をしているのか?)と質問した。
その先生(東大教授)は、胸の空くような答えをした。
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| 2012年4月26日(木) |
| 犬と歩けば・出発 761 |
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2012年 4月26日(木) 曇り一時雨
少し郊外へ出たら、水の張られた田圃を何枚か見た。
今年も、そろそろ田植えが近づいて来たのだ。
家人の母親は、農家の嫁として重労働に耐えた結果、晩年腰は直角に曲がっていたが、80歳を過ぎても畑仕事をしていた。或る時、(もう、ゆっくりしても良いのではありませんか?)と言ってみたら、(もう60年もやって来たのだもの、春になれば土を耕して、種を蒔きたくなる。雑草も抜きたくなる。そうしないでは居られない)と、答えた。私は、浅はかなことを言ったと、恥じた。
今、第一次産業と言われる農業、漁業、林業の仕事を、したくても出来ない人達の、やるせなさを思わずには居られない。
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| 2012年4月25日(水) |
| 犬と歩けば・出発 760 |
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2012年 4月25日(水) 晴れ
公園では、八重桜や緑色の櫻の鬱金や御衣黄も満開で、ベルとのんびり見物していたら、(しばらくねー)と声がした。見上げると、ナナのお母さんがニコニコしていた。(あっちの池ねえ、オタマジャクシがうじゃうじゃいるから、それからその先は筍がニョキニョキだから、見てってよねー)
成る程、池の中の橋に区切られた半分は、オタマジャクシが佃煮にするほど泳いでいた。かえるのウイルスが流行ったとかで、ここ数年はさっぱり蛙を見なかったし、聞かなかった。
今年また蛙の合唱が聞かれると思うと、単純に嬉しい。
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| 2012年4月24日(火) |
| 犬と歩けば・出発 759 |
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2012年 4月24日(火) 晴れ
「きゃりーぱみゅぱみゅ」ラジオでその単語を聞いた時には、初めて聞いた外国語のように、全く意味が想像できなかった。
調べて、タレントの芸名だと知った。『本名:竹村桐子 たけむらきりこ19才。正式芸名:きゃろらいんちゃろんぷろっぷきゃりーぱみゅぱみゅ』
3,11以来、私達は魔法をかけられて、悪夢の中に居るのではないだろうか?(きゃりーぱみゅぱみゅ)なんて、魔女の呪文に違いない。
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| 2012年4月23日(月) |
| 犬と歩けば・出発 758 |
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2012年 4月23日(月) 雨
朱鷺の雛が孵ったとはニュースではあるけれど、テロップで流すほどの事件だろうか?
今日から「ヨガ教室」が、近くの高齢者福祉センターで始まった。30名の受講生のうち、3人だけがおじいさんだった。
以前、歌う会を一緒に立ち上げた人も参加していて、親戚が震災地にいるという話を聞いた。東北の人は我慢強くて騒がないが、今でも状況は殆ど変わらず、大変な思いをしている人達がいると言って、涙ぐんだ。こういう話は、聞かされる方も辛い。
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| 2012年4月22日(日) |
| 犬と歩けば・出発 757 |
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2012年 4月22日(日) 曇り一時雨
本を読んでいたら、おにぎりが出て来て食べたくなったので、お昼はご飯を炊いて、鮭と梅干しのおにぎりを作った。普段は軽く一膳しか食べない家人は、2個(2膳分)食べた。炊きたてご飯のおにぎりは、本当に美味しい。
お米が少なくなったので、夕方コープへ買いに行ったら、お薦めは北海道産、アサリは三重産とある。千葉県は、地産地消をもじって(千産千消)なんて言ってたんだけれどね。
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| 2012年4月21日(土) |
| 犬と歩けば・出発 756 |
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2012年 4月21日(土) 晴れ
晴れたが、少し寒い。
編集長たちは、花の下でハーモニカ演奏をされたと記してあったが、友達は花の下で囲碁対局をしたという。
但し、ハーモニカ演奏と違って囲碁は、座ってじっとしているからか、寒くて途中で室内へ逃げ込んだという。
でも私達はみんな、本当に櫻が好きなんだと今更思う。
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| 2012年4月20日(金) |
| 犬と歩けば・出発 755 |
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2012年 4月20日(金) 晴れ
夕べから今日1日かかって、(遠い「山びこ」)を読んだ。
60代以上の人ならすぐに思い出せる、あの「やまびこ学校」をテーマに、戦後日本の農業と教育がバブル期へと進むに連れて、荒廃・破壊されていった様子を書いた、佐野真一のノンフィクションである。
山びこ学校の先生無着成恭と43人の生徒の、その後の人生を丹念に追いかけた物語である。無着成恭の生き方、やり方には賛否があるらしいが、彼が子ども達に繰り返し教えた事。@いつも力を合わせていこうAかげでこそこそしないでいこうB働くことが好きになろう
3つとも、現代ではすっかり色あせ、忘れられた「希望」になってしまったが、再生は出来ないだろうか?
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| 2012年4月19日(木) |
| 犬と歩けば・出発 754 |
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2012年 4月19日(木) 晴れ
ベルを連れて公園に散歩に行くと、ベルはいそいそとベンチに座って、私を待つ。
春の午後、花に囲まれて語り合おうと言うわけでは勿論ない。私が、ポケットやバッグから出す「おやつ」が、目的だ。
そうしていると今日も、学校帰りの小学生の女の子から「この犬、可愛いですね」と言われたので、慌てて涙やけの目元を拭いてやった。
帰って夕方の餌に、新キャベツを茹でて刻んだのを載せてやったら、器用にキャベツだけを出してから、食べた。
夕方からまた、冷たい北風が吹き始めた。
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| 2012年4月18日(水) |
| 犬と歩けば・出発 753 |
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2012年 4月18日(水) 晴れ
句会から帰って遅い昼ご飯を食べている家人に、何気なく「吉高の櫻を見に行こうか」と言ったら、(ウン)と答えた。私の誘いに乗るなんて、どこか体調が悪いのかも知れない。もう葉桜だから・・と、遠回しに断ると、俺は未だ一度も行ったことがないというので、出掛けた。
駐車場から畑の中を歩いて行くと、向こうから来た人が「今年は椎茸は出来ないんだな」と、山積みにされたほだ木を見ながら言う。連れの女性も「椎茸だけじゃなくて、野菜もダメよ」と、念を押す。いつもの「峠の茶屋」では、「筍は九州産です」と、大書してあった。
一本櫻は、いつものように美しかったが、なんだか哀しかった。
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| 2012年4月17日(火) |
| 犬と歩けば・出発 752 |
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2012年 4月17日(火) 晴れ・夜風雨
夕方から、お天気が急変すると予報があったので、早めに散歩に出掛けた。
染井吉野が終わって、根元から8本に枝分かれした2本の山桜が、大きな樹形を作って今が満開だ。この木はせいぜい4,50年だから、まだ2,3百年は大丈夫。
百年後、この山桜はどんな景色を見るのだろうか?
福島第一原発4号機に残されている1535本の燃料棒が入ったプールは、未だに崩壊の不安にさらされているが、あまりマスコミでは取り上げられていない。
『4号機で燃料棒が溶けた場合は、半径170q圏は強制移住、東京など250q圏でも避難地域となると、原子力委員会・近藤駿介委員長が昨年3月に纏めていた。』とは今日の東京新聞朝刊。
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| 2012年4月16日(月) |
| 犬と歩けば・出発 751 |
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2012年 4月16日(月) 晴れのち曇り
「あらら割れ目まで、見えちゃってる」と言う友達を、近くに引っ張り寄せた。
友達はすれ違った女性の服装を言っているのだ。
昨日は、目黒界隈をほっつき歩いて、透けた薄手の生地のスカートを履いている人を、何人か見かけた。子ども連れの人も見た。
2枚重ねでプリーツが沢山入ったロングスカートでも、下着までばっちり見える。
我々の年代では、家の外でああいう恰好をするのは、理解出来ないのだ。
もしかしたら、あれも「情報公開」のひとつなのだろうか?
マグノリアさんに教えて貰った、爆笑傑作「スイシンジャー」を、是非ご覧下さい。お薦めです→ http://www.youtube.com/watch?v=0AcQJE_R0iw
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| 2012年4月16日(月) |
| 犬と歩けば・出発 750 |
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2012年 4月15日(日) 晴れ
「練炭殺害事件」で、(カナエギャル)という造語が登場しているのだという。
新聞の報道写真によると、成る程傍聴券を求めて大勢の若い女性が並んでいる。女性達がなぜ、これほど被告への関心を持つのか、私には想像が付かない。
これから出る週刊誌を読み漁らねばならない。
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| 2012年4月14日(土) |
| 犬と歩けば・出発 749 |
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2012年 4月14日(土)雨
「専門家が 安全というからこわい」は、私の駄作(リズム感が悪い)。
夕べ政府は、大飯原発の再稼働を承認。
ついては(内閣が安全認めなお恐い)と、進化させる。
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| 2012年4月13日(金) |
| 犬と歩けば・出発 748 |
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2012年 4月13日(金)晴れ
「数字は神聖なものです。ウソの数字だったなんて、本当に驚いた」とは、AIJ年金消失問題で国会に証人喚問された、元社保庁の役人石山某氏の言葉。彼は習志野市在住だとか!
同じく浅川社長は、「虚偽実績勧誘」はあったが、だますつもりはなかった?どちらも目まいがしそうな言い訳だ。
でもテレビのバラエティー番組よりも、ずっと面白い。
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| 2012年4月12日(木) |
| 犬と歩けば・出発 747 |
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2012年 4月12日(木)晴れ
「春入学好きで東大遠慮する」は、先月「入学」の題で私が作った句。
秋入学にすることで、「世界の東大生たれ」と学長が入学式で訓辞したとニュースで知った。なにかずれて居るような気がするけれどね。
日本中を放射能汚染にさらしている「原子力村の住人」は、圧倒的に東大出身者だし、何百億もばくちで負けたあのなまっちろい、表情のない顔をした人も確か、東大卒なんじゃあない?
せめて学長には、お金で学問を売り飛ばさないプライドを持て、位は言って欲しかった。
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| 2012年4月11日(水) |
| 犬と歩けば・出発 746 |
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2012年 4月11日(水)雨
「欠席と書いて理由を考える」と言う川柳がある。
節目の歳の所為か、去年あたりからやたらと各種の案内状が届く。高い会費や義理は、迷わず欠席とする。意味はわかるが出席したくない場合は、会費をカンパする。
同窓会は、理由を考えて欠席とする。所詮、同窓会に来る人は成功者で、そんな人達と話をしたって、自慢話を聞かされるだけ。欠席と書いて返送しても、電話の勧誘があったので、弱々しい声を出して病気だと言ったら、やっと引き下がってくれた。
過去を懐かしむよりも、今やりたいことが大事だ。
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| 2012年4月10日(火) |
| 犬と歩けば・出発 745 |
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2012年 4月10日(火)晴れ
昨日今日とお花見日和が続き、相手と場所を変えながら「お花見」に、浮かれている。
今日のお終いは、川柳仲間と居酒屋へ繰り込んだまでは良かったが、Aちゃんが生あくびをしたと思ったら、顔が青ざめ汗をかきだした。私達はびっくりして休ませていると、女将が冷たいおしぼりを持ってきて、後ろ首を冷やした。「一時的に血圧が上がるから、こうして冷やせば落ち着く。こういう人を、沢山見てきたから・・」などと、冷静に言う。「タクシーを呼んであげるから、あなたたちも勘定を済ませて帰んなさい」と言うのを、しばらくしてAちゃんがすっかり落ち着いたと言うまで、粘った。それからひとり暮らしのAちゃんを自宅まで送った。
Aちゃんは合同句会の幹事で頑張ったから、疲れが出たのだ。すっかり良くなったら今度は、快気祝いをやろう。
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| 2012年4月9日(月) |
| 犬と歩けば・出発 744 |
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2012年 4月 9日(月)晴れ
今朝はあちこちで新一年生と、付き添いの親子に出会った。
着飾って一寸緊張した様子は、毎年繰り返される同じ風景だ。然し、出勤前のホステスさんのように派手なお母さんもいた。
例えば、黒のぴったりした上着、白黒の太い縞模様の布でプリーツが沢山入ったミニスカート、銀ラメ入りの茶色のストッキングは、フリルの付いたガーターベルトが膝上で止めてあり、15センチぐらいはありそうなヒールだった。顔とヘヤースタイルは見る前に、通り過ぎてしまった。
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| 2012年4月8日(日) |
| 犬と歩けば・出発 743 |
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2012年 4月 8日(日)晴れ
今日はお釈迦様の誕生日で、「花祭り」。なんとも美しい名前だが、明治時代に浄土真宗のお坊さんが付けた名前だと言う。(清水鉄男「新・増殖する歳時記」より)
仏教との付き合いは「お葬式」位だが、この半年の間に2人のお坊さんと出会い話を聞く機会があって、同じ仏教でも宗派によってかなり差があることがわかった。
考え方の違いは、仏事にかかる金額(お布施とは言っても、金額を明示して来る。)となって、現れる。
今では「花祭り」を、素敵なネーミング何だけれどねぇと、考えてしまう。
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| 2012年4月7日(土) |
| 犬と歩けば・出発 742 |
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2012年 4月 7日(土)晴れ・曇り・雨
東京地方は満開だと気象庁は言うが、このあたりは未だ8分咲き。いつまでもぐずぐずしていて、「ぱっと咲いてぱっと散る」従来の櫻の咲きパターンには、当てはまらない。
おまけに地震と放射能の不安がつきまとって、花が咲いても気持ちが晴れない。
それでも日々の暮らしは廻って、油絵サークルのお茶飲み会でも、卒業やら入学やらの話題がでる。
先日ウチに1人で泊まりに来たオチビも、恐くて1人ではトイレに行けないが、1年生になった。
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| 2012年4月6日(金) |
| 犬と歩けば・出発 741 |
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2012年 4月 6日(金)晴れ
夕飯の支度に台所で包丁を持ったら、左手首が痛む。
これという心当たりはないが、パソコンを叩くのも不自由だ。
歌う会の仲間で、同じ部分を湿布している人がいて、どうしたかと聞いたら「整形外科へ行ったが、老化現象だと言われた」と言っていた。さあてどうしたものか?
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| 2012年4月5日(木) |
| 犬と歩けば・出発 740 |
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2012年 4月 5日(木)晴れ
ケアハウスに行って、義姉の最終事務処理をしてきた。
兄が亡くなってひとり暮らしをしたのは、約1年。ひとり暮らしはもう無理だと、医師に勧められてグループホーム、老人保健施設そしてケアハウスと、此処が3ヶ所目だった。
50人が入所している此処は、職員9名が交代で面倒を見ている。義姉は毎日お世話になっていたわけで、職員さんは(ある意味)私よりも関係が深かったのだ。
顔見知りの職員さん達が、「急なことで、私達も驚きました。」と言って、名残を惜しんでくれた。
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| 2012年4月4日(水) |
| 犬と歩けば・出発 739 |
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2012年 4月 4日(水)晴れ・曇り
今日は地域句会連合の親睦会で、柄井川柳の墓参と清澄庭園へ吟行に出掛けた。
幹事句会は私達で、本当は去年の予定を、東日本大震災で1年延期しての催行である。
清澄庭園内で昼食の後、句会。
私の句△今日もまたシニア客かと池の鯉△平成の新芽揃って龍宝寺(川柳の辞世の句「木枯らしや跡で芽を吹け川柳」にひっかけたもの)
それにしても、仕事をひとつし終えたという安堵だけの、うきうきどきどきのないバス旅行だった。
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| 2012年4月3日(火) |
| 犬と歩けば・出発 738 |
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2012年 4月 3日(火)晴れのち曇り・雨
今日は川柳句会。仲間のAさんに、こんな話を聞いた。Aさんがあるところの自己紹介で、川柳をやっていると言ったところ、1句披露して欲しいと頼まれた。とっさに自分の句は思い出せず、私の句「ばあちゃんの第一希望ピンコロリ」を紹介した所、大いに受けた。
然し、今日の句会は振るわなかった。
宿題「入学」△春入学好きで東大遠慮する3票△維新塾皆で入れば恐くない4票 また「ブレーキ」は全ボツ「手作り」は△帽子編む筈の毛糸があくびする だけが抜けた。○手作りチョコ上手くできたら自分用○パティシエの指の先から誕生日など、ボツになった。
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| 2012年4月2日(月) |
| 犬と歩けば・出発 737 |
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2012年 4月 2日(月)晴れ
夕べのラジオで、登山家の田部井淳子さんが、女性のドレスの3要素という話をした。聞き手の吉永小百合も心当たりがないらしく(勿論、当方もない)、何でしょうか?と問い返した。
それはと、あの早口で@大きく開けるA透けるBきらきら光ると、さらさら答えた。
何でも登山仲間でシャンソンを習い、18ヶ月後に発表会を開いた時のドレスの話だという。聞きに来てくれた人には、ご馳走付き、耳栓・アイマスク付きと言うから是非、招待して欲しい。(^o^)
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| 2012年4月1日(日) |
| 犬と歩けば・出発 736 |
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2012年 4月 1日(日)晴れ
「この地区の町内パトロールは、今年度より中止とする」旨の回覧が回ってきた。
「小学生の登下校時の見守り」として始まったパトロールも、この地区に小学生がいなくなって久しい。その上、高齢者は体力的に、わずかの現役組は休みを取らねばならず、それぞれが大きな負担となっていたのだ。
それを前年度の役員が意見をとりまとめて、中止へと持ってきた。
やむを得ないという事だが、町会の運営も変わらざるを得ないのだろう。
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| 2012年3月31日(土) |
| 犬と歩けば・出発 735 |
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2012年 3月31日(土)曇り雨・強風
昨日今日と、風速27mとかの凄い風が吹き荒れている。その所為か家に籠もっていても(多分花粉症で)、頭痛や気持ちの悪い状態が続いている。
小さなお客さんは6時に起きて、ベルと朝の散歩を1時間したあとは、ずっとテレビ・ビデオの前に座り込んで、私が撮りためたアニメを見続けている。
彼は緊迫した画面になると、左の袖口をかじるから、シャツはぼろぼろになっている。見ている時は、話しかけても聞こえない。9時間近くも集中できるのが、羨ましい。
「疲れを知らない子ども」なのだ。
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| 2012年3月30日(金) |
| 犬と歩けば・出発 734 |
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2012年 3月30日(金)晴れ・強風
この4月から小学校に入る小さなお客さんが、やって来た。
昼食を用意しておいたら、テーブルの上を一別した彼は、送ってきた母親に(うちじゃあこんな料理、絶対に出ないね)と言った。(じゃあ、お父さんに言っておきなさい)とは、母親の答え。仕事の都合上彼の家では、父親が夕飯の支度をするらしい。
いや、この家は4男の断乳も、父親が面倒見たという。時代が違うのだ!
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| 2012年3月29日(木) |
| 犬と歩けば・出発 733 |
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2012年 3月29日(木)晴れ
お天気と暖かさに恵まれて、家人は歩く会の仲間たちと下町界隈(スカイツリー)へ、出掛けて行った。
3時過ぎに帰宅した家人は、開口一番「イヤー参った」と言う。
何でも参加者のお一人が、突然足腰が立たなくなり、仲間たちがかわりばんこに両脇から支えて、ようやく昼食予定場所まで連れて行ったとか。
数年前も家人は「史跡を訪ねて」で、関宿へ出掛けたときに歩けない人が出て、少ないバスの時間に合わせるために、その人をバス停まで負ぶったという経緯がある。
どちらも80歳代の男性で、普段は元気でウオーキングもされているとか。
私達も来月初めに、吟行を予定している。他人事ではない。
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| 2012年3月28日(水) |
| 犬と歩けば・出発 732 |
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2012年 3月28日(水)晴れ曇り
去年の今頃は、計画停電が続いたうえに、近くの浄水場の汚泥から放射線が検出されたというニュースに、私達は一層緊張した。
1年経ってもまた「汚染水が漏れていた」と、原子力安全・保安院は他人事のようにしゃあしゃあと、喋る。更に大飯原発では「活断層は連動しても安全」と、評価したという。
友人が電話の向こうで「電気が足りなくなったらなったで、良いわよ。不便だって我慢する。もう放射能に怯えるのはまっぴら」と叫んだ。全く同感だ。
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| 2012年3月27日(火) |
| 犬と歩けば・出発 731 |
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2012年 3月27日(火)晴れ曇り
マグノリアさんは、イケメンコーラスグループ「イル・ディーヴォ」のリサイタルに行ってから、ずーっと気分が飛びっぱなしである。
私も聞かせて貰っているが、心がときめくというまでにはならない。こんなに色っぽい音楽を聴いても、(そうか)なんて思うだけでは、私もとうとう干からびたかと観念した。
数日前、ラジオで「レオナード・コーエン」をワンフレーズ聞いて、胸がきゅんとなった。直ぐにCDを注文して、暇さえあれば聞いている。歌なのか詩を読んでいるのかはたまたお経なのか、ともかく、75歳の人生を生きてきた深い声なのだ。
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| 2012年3月26日(月) |
| 犬と歩けば・出発 730 |
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2012年 3月26日(月)晴れ曇り
この1か月間、友人と(どこかへ旅行しよう)と何遍も言い合いながら、とうとうどこへも行けなかった。お互いに気楽な者同士で、誰にも気兼ねは入らない。友人は腸閉塞という病気を抱えているが、今まで遊んでいる時には発症したことがない。
今までは友人が行きたいコースを決めるか、私が調べて決めていたが、今回ばかりはお互いに(行きたい気持ちはあるが)身体が動かないのだ。
これはもうはっきりと「トシのセイ」だと思う。
ま、今年は寒さが続いた事も出掛けるブレーキになったと思が、来月こそ、あちこち出掛けたい。
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| 2012年3月25日(日) |
| 犬と歩けば・出発 729 |
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2012年 3月25日(日)晴れ曇り
公園の辛夷の蕾もふくらんできたが、未だあたたかいという陽気ではない。
でも日曜日の公園は、子ども達の声が響いていた。駆け回る子ども達を見て、外遊びが出来ないでいる福島の子ども達を、思い出す。
「1年経っても、何にも変わらないものね」昨日の歌う会で、そんな話題が出た。
先の見えない避難所暮らしをしている人々が、30万人以上もいる今現在、この人達の暮らしの立て直しこそ、政治の緊急課題であるはず。
とうに政府も東電も信用はしていないが、「税と福祉の一体改革」とわめいている総理大臣は、なんとかならないだろうか?
日夜それだけを聞かされていると、そんな気になっちゃうから困る。
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| 2012年3月24日(土) |
| 犬と歩けば・出発 728 |
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2012年 3月24日(土)雨
止んだかと思えばまた、しとしとと音もなく冷たい雨が降り続いた。
春の雨と言っても、どの位放射能が混じっているか気になって、とても浮かれた気分にはなれない。
それでも、ベルと散歩に出掛けた頃には夕日が射して、地面に長い陰を落とした。公園の梅は満開を迎え、河津桜はやっと5分咲き。知らない人と、やっと咲きましたねと言い交わした。
家近くまで帰り着いたとき、雨戸を閉めているおばあさんと目が合ったので、ゆっくりと会釈した。するとおばあさんは雨戸を繰る手を休めて、両手を膝に揃えて深々とお辞儀をした。なんだか小津安二郎の映画の一場面を見たようだった。
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| 2012年3月23日(金) |
| 犬と歩けば・出発 727 |
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2012年 3月23日(金)曇りのち雨
月刊雑誌「旅」が、今月で幕を閉じた。
貧しかった頃は、「旅」を買って読むだけで、半分行った気持ちになった。然し、今は「旅」は特別な娯楽ではなくなった。その気になれば、世界中どこへでも(割合安全に)行く事が出来る。行きたい場所の情報は、ネットで手軽に取れる。その分、ロマンも憧れも薄まってしまった。「旅」はその役割を終えたのだと、自分を納得させる。
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| 2012年3月22日(木) |
| 犬と歩けば・出発 726 |
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2012年 3月22日(木)晴れ
マグノリアさんに誘われて、映画を見てきた。「フラメンコ・フラメンコ」
超一流ダンサーの圧倒的なダンスと歌に、圧倒されっぱなしだった。
それよりもマグノリアさんが「シルバー2枚」と言って入場券を買うのを見て、胸が突かれた。マグノリアさんが、シルバーになるなんて絶対にないと思っていた。
マグノリアさんは未だ新米のシルバーだから免許証を見せたが、私は顔パスでOKだった。
映画「JSA」を見た映画館で知り合ってから、もうこんなに時間が経ってしまったのかという驚きに、うろたえた。
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| 2012年3月21日(水) |
| 犬と歩けば・出発 725 |
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2012年 3月21日(水)晴れ・強風
趣味の会の仲間に、老人会への加入を勧められた友人は(イヤよ。年寄りばっかりだもの)と断った。(あれ?あんたも老人じゃあないの?)と逆襲されたと、笑って言った。
あの百歳タレント金さん銀さんも、稼いだお金は(老後に備えて)貯金したと言う。
老人かどうかは、他人様に決めて貰うのではなく、自分で決めるものらしい。犬と歩けば・出発 724
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| 2012年3月20日(火) |
| 犬と歩けば・出発 724 |
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2012年 3月20日(火)晴れ
先日、友人が開催中の市展の絵を見てくれるというので、出掛けた。去年は始まって直ぐに、大震災の影響で中止となった。
今回の私の作品は「一時帰宅」。さて入り口近くの入賞作品から見てゆく。初めはゆっくりあれこれ言いながら鑑賞していった。半ばを過ぎても私の絵が出てこない。ガラス張りの向こうに陳列されている講師クラスの作品を見た頃には、もう目も足も疲れたが、未だ私の作品はない。不安になってきたが、入選通知は貰っている。お終いかと思うと、次の部屋がありそこの目立たない場所に私の「一時帰宅」が、あった。しばらくそこに佇んでいたが、誰も気にしてくれなかった。友人は、「メッセージが強すぎたかもね」と慰めてくれた。でも私は気に入っている作品だ。
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| 2012年3月19日(月) |
| 犬と歩けば・出発 723 |
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2012年 3月19日(月)晴れのち曇り 強風
「マスクした 教師の増える 卒業式 牛田 裕子」言うまでもなく、卒業式に生徒ではなくて(教師の口パク)を監視していたという大阪の校長の事である。その大阪維新の会が作った教育方針は、かつてサッチャー政権が作ったそれを手本にしたという。
ご本家ではとっくに破産していると言うが、それでは「鉄の女とはいかなるものだったか?」と期待を込めて、映画「マーガレット・サッチャー鉄の女の涙」を見て、がっかりした。確かに痴呆症を患っている老女を演じた女優の演技は、素晴らしい。然し、病気の前と後とを較べるシーンが多すぎる。まるで(ビホー、アフター)映画の様だ。
彼女自身は中身のない、操り人形ではなかったか?本当の主役は、彼女を首相に変身させた数名の側近だったのではないか?
彼女の進めた格差社会に対して、国民の非難が激しくなってきたとき、タイミング良くフォークランド紛争が起きて、国民の関心はそちらに傾き愛国心が燃え上がり、サッチャーはうまく非難をかわす事が出来た。日本でも同じ様な図式にならないと良いのだが。
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| 2012年3月18日(日) |
| 犬と歩けば・出発 722 |
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2012年 3月18日(日)曇りのち雨
公園の河津桜がやっと咲き出した。
去年の今日は、15日に始まった計画停電の4日目。炬燵の中に湯たんぽを入れて、背中を丸めていた。ガソリンスタンドも、コープも行列が出来ていた。取りあえずは足りていたのに、私も月末にやってくる乳幼児の為に、何回も並んで水を買った。
この1年で、日本でも様々な実用可能なエネルギーの存在を知った。
@地熱(その設備は日本の技術が、世界の7割)A水流発電(スクリューの形からマグロと呼ばれている。小さくてもとにかく水流があれば、発電できる)B海水からマグネシウムを取り出してエネルギーにする(海水は無尽蔵)Cミドリムシからバイオ燃料D海草からエタノール(アメリカのベンチャー企業だが、日本人がやっている)Eメタンハイドレードとまあ、これだけあれば何とかなりそう。
「エネルギー転換は、精神的心理的転換でもある」と識者は言う。つまり「革命」って事かな?
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| 2012年3月17日(土) |
| 犬と歩けば・出発 721 |
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2012年 3月17日(土) 雨
朝からずっと雨。先生は急な仕事で、お休み。
その所為か油絵サークルも、今日の出席はたったの4名だった。それでもお喋りしたり、絵を描いたりと楽しく土曜の午後を過ごした。
その話題は「自分の墓」。いずれにしても「家」単位で代々引き継がれるという形式ではなくて、子どもに負担を掛けないようにと、既に集合墓が用意してあるという。私達は、そんな話が自然に出来る年齢なのだ。
でも暖かくなったらお花見に行こう、ブルーベリー摘みに行こうと少しだけ心も弾ませた。
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| 2012年3月16日(金) |
| 犬と歩けば・出発 720 |
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2012年 3月16日(金) 晴れ
明日からお彼岸。お彼岸で帰って来た兄と一緒に帰って行ける様に、今日義姉の49日法要と納骨をお願いした。住職は良い顔はしなかったが、ついでに義姉が身近に置いていた兄の骨も、義姉の骨壺に入れてやった。
これでひとつ、肩の荷が降りた。
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| 2012年3月15日(木) |
| 犬と歩けば・出発 719 |
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2012年 3月15日(木) 晴れ・強風
このところ余震が続いていたが、夕べの地震は大きかった。
通院日で出掛けるので、昨日マグノリアさんが届けてくれた携帯用ラジオと懐中電灯を、バッグに入れた。お守りのつもりだが、(帰宅困難になった場合はと)半分本気だ。病院の受付でラジオとライトを見せびらかしたら、「懐中電灯は私も持ち歩いていますが、そのラジオ良いですね。」と言われ、一寸良い気分た。
夕方ラジオを聞いていたら、災害用グッズは売れているが、その時どうするのか、ちゃんと決めて置くほうが大事なんだと言っていた。
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| 2012年3月14日(水) |
| 犬と歩けば・出発 718 |
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2012年 3月14日(水) 晴れ
孤独死とか孤立死の定義は何だろう。数日前女性タレントが亡くなって、マスコミは孤独死と騒いだ。「独身で生きてればね、1人で死ぬのも覚悟のうちよ。それをなんだってあんなに騒ぐのよ。」と、独身の友人は怒る。
私達にすり込まれている臨終の場というのは、親類縁者がぐるりと囲んで見送ると言うもの。社会が変わった今、もうそれはないと思うが、時代にあったイメージも、まだはっきりとしていない。
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| 2012年3月13日(火) |
| 犬と歩けば・出発 717 |
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2012年 3月13日(火) 晴れ
東京の友人が、市展に出ている私の作品を見てくれるというので、揃って出掛けた。
久しぶり(と言ってもせいぜい1ヶ月)に会った友人は、開口一番「その顔、どうしたの?」ときた。藪から棒にそんなことを言われても、こちらは返答の仕様もない。美容整形を受けた記憶はないし、せいぜい花粉症で目をこすったから、はれぼったく見えるのかなと、思っていた。
「まるっきり顔が変わっちゃった。そこもここも皺がなかったのに」と言いながら、額や口の周りを指さす。「その目、どしてそんなに引っ込んじゃったの?」と、畳みかける。ハハーン、私の顔が、一気にしわくちゃになって老け込んだらしい。でも、本人にはまるっきり自覚がない。
「そうね、この年で葬式をしきるのはきつかったのよね」友人はひとりで納得した。
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| 2012年3月12日(月) |
| 犬と歩けば・出発 716 |
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2012年 3月12日(月) 晴れ
女子高生がケータイの写真を覗いて(かわゆーい)(かっこいい)とか(足長あ〜)とか騒いでいる。どんなイケメンかと思いきや、映し出された画面には「牛」が次々と映し出された。
彼女たちは仙台亘理にある「宮城農業高校」の生徒達、人呼んで「牛ガール」達だとか。
この学校も、飼育中の牛、豚、鶏を始め田畑が大きな被害を受けたという。
私も牛が好きで関心があるので、牛ガール達にとても親しみを覚え、何の根拠もなく女子高生が元気だから、この先も大丈夫かな何て思った。
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| 2012年3月11日(日) |
| 犬と歩けば・出発 715 |
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2012年 3月11日(日) 曇り
近くのスーパーで「東北フェアー」のチラシが入って来た。
見たら秋田の「金萬」がある。秋田の人ならお馴染みの、小型白あんの饅頭だが、とうとう全国区になったかと半分淋しいような気持ちで、それでも懐かしくて買いに出掛けた。所が売り出しコーナーにはない。もう売り切れたかと、それでも諦めきれないで、2度3度とコーナーの廻りを廻って探した。
「買うと食べちゃうし、食べると肥るし・・」明らかに私に聞かせるような声が、隣から聞こえて来てそっちを見た。同年配の女性が、助けを求めるようにこっちを見ている。「私、ゆべしが好きでね・・でも肥るし。」「一旦離れてまた戻って来たんですけど・・」と踏ん切りが付かないらしい。(冷凍しておいたらどうですか?)「でもあると気になるし・・」(買わないとそれもまたストレスになるから)「主人は絶対甘い物は食べないし」相手になれないとそこを離れた。
「金萬」は他の商品の陰にひと箱見つけて、早速賞味した。味はまあまあだが、あの口を入れたときの杉の香りは、しなかった
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| 2012年3月10日(土) |
| 犬と歩けば・出発 714 |
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2012年 3月10日(土) 小雨
今日の未明にまた、地震があった。
夕べテレビで、南相馬に残った若者達のドキュメントを見た。
成人したばかりの彼、彼女は、自分たちは「モルモット」だと言い、(結婚しても子どもは持たない)(未来はない)と、言葉を吐いた。
大震災から1年、また「絆」の大合唱が始まっている。何のために誰と「絆」を結ぶのか、私達はもう一度しっかりとその内容を確認したい。
原発労働に関わらざるを得ない人、放射能汚染地域に住んでいる人・強制退去で彷徨っている人達を見えないふりして、なんの「絆」だろうか?この人達が先ず全面に押し出され、支えられなければならない。
間違っても、国の経済復興に利用されてはならない。
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| 2012年3月9日(金) |
| 犬と歩けば・出発 713 |
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2012年 3月 9日(金)雨
麹屋へ、手前味噌を仕込みに行った。
味噌は、分量の塩と麹を混ぜ合わせ(塩切り)、更に茹でてつぶした大豆を混ぜて樽に詰めるという簡単な作業だ。後は麹菌に任せ、好みの熟成段階になったら食べる。
大きな台を、十数人のおばさん達が囲んで作業に当たった。
(初めて樽を開けたときの香りがたまらない)というのが、一致した感想だ。ここでのワンセットは出来上がりが、約12sである。これで1年間足りるかという話になった。美味しいとツイ他人にやってしまうから足りないという人と、そういう経験から他人にはやらないという二つに分かれた。
我が家も高齢者2人家族だが、12sでは1年間の使用に不足する。で今年は2セット申し込んだが、1人でするにはこれがなかなかの重労働なのだ。結局私が一番後になり、手伝って貰ってやっと2樽を仕込んだ。
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| 2012年3月8日(木) |
| 犬と歩けば・出発 712 |
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2012年 3月 8日(木) 小雨
何となく元気が出ないまま、また佐野真一の本を読んでくらした。
今回は「新忘れられた日本人」。戦前戦後の時代にアナキスト、やくざ、テロリストとして(有名ではないが)きわめてユニークに生きた50人を取り上げている。
行間からは雑音と共に、人間の血や汗、糞尿の臭いまで感じられた。
著者は高度経済成長には農業の荒廃と教育の均一化が必要だったと書いてあるが、納得するには更に読み進めねばならない。
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| 2012年3月7日(水) |
| 犬と歩けば・出発 711 |
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2012年 3月 7日(水) 曇り
川柳の民ちゃんは太っ腹で頭の回転も良く、うちの句会のみならず地域の句会連合の会計やら細々とした仕事を、何年もこなしてくれている。それが昨日の句会で会ったとき、煮詰まったような顔をしていた。疲れているのだ。民ちゃんも川柳の他、ハーモニカ、ダンス、中国語、絵手紙と多彩な趣味を持って忙しい。そうそう忘れちゃいけないのは、大きな手術の後の定期的な通院もある。それがたまたま今日は空いているというので誘って、スーパー銭湯で「アカスリ」をして貰い、亀楽で美味しい昼食をいただき、帰りは梅も河津桜も咲いていなかったが、公園を巡りながら駅まで歩いた。
「アカスリ」は初体験と言いながら、満更でもなさそうで「1日、ミニハイキングだった」と笑顔で帰って行った。
これでばあさんも、春へ脱皮してダッシュ!
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| 2012年3月6日(火) |
| 犬と歩けば・出発 710 |
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2012年 3月 6日(火) 雨のち晴れ
昨日あたりから、一気にたがが外れたような疲れを感じ始めたので、今朝は億劫だったが雨の中を思い切って出掛けた。今日は月に1回の句会だ。みんなに会えば、お喋りをすれば、それで気持ちも晴れるし元気になれる。
今日の句会の成績は、芳しくなかった。
抜けたのは「びくびく」の3句。
△古稀過ぎて長寿気にする貯金残
△検査値にお相撲さんもいじめられ
△専門家が安全と言うから怖い
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| 2012年3月5日(月) |
| 犬と歩けば・出発 709 |
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2012年 3月 5日(月) 雨
この数日で、佐野 真一「津波と原発」を読んだ。
面白く読み進んで、深く教えられた。
彼は、同じ極限の重労働で「炭鉱労働と原発労働の違いは何か?」と繰り返し問う。
炭鉱労働は辛さを忘れるための破れかぶれであっても「炭坑節」を生み、それは瞬く間に全国に拡がった。更に言えば最近山本作兵衛の炭鉱画が世界記憶遺産に選ばれた。
一方「原発労働者」と聞いて、何となく後ろめたい感じがついて回るのは何故か?
限界の20シーベルトまで使われて、後はお払い箱。「文化」とは無関係だ。
私達は原発の電気は大いに使うが、それに携わる原発労働がどんな物か、原発労働者がどんな待遇で働いているか全くの無関心だった。
そのことが(彼は知的怠慢という)、今回の原発事故を引き起こしたと断じる。
原発問題は、このところを知ることから始まると思う。
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| 2012年3月4日(日) |
| 犬と歩けば・出発 708 |
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2012年 3月 4日(日) 曇り
昨日のAさんの心臓手術の話で、天皇のバイパス手術の話もでた。
執刀したのが在野の実力者で、記者会見に並んだ「権威ある医師達」とは全く顔付きが違っているのが、興味深かった。
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| 2012年3月3日(土) |
| 犬と歩けば・出発 707 |
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2012年 3月 3日(土) 晴れ
心臓弁の取り替え手術で、ひと月一寸油絵サークルを休んでいたAさんが、今日復帰した。Aさんが持参してくれた桜餅とお茶で、Aさんの退院を祝ってみんなで乾杯する。
さらにAさんがご自分の心臓手術を黒板で図解説明するのを一同熱心に聞いた。そんなこんなで、半分はお茶を飲みながらの雑談で、今日も楽しいひとときを過ごした。
私は新入りのBさんと共に、水彩画の手ほどきを受けているが、木製の台に画用紙を水張りするところから始まり、これが結構難しいのだ。
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| 2012年3月2日(金) |
| 犬と歩けば・出発 706 |
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2012年 3月 2日(金) 曇りのち雨
義姉がお世話になるはずだった特養で幾つかの手続きをしている時、50代の男性が興奮して入って来て大声でわめいた。「申し込んで1年半にもなるのに、どうして未だ入れないのか?」と、彼は言う。93歳の父親と2人暮らしの彼(仮にAさん)は、働かなくては食えないが、動けない父親におむつをして(Aさんは糞まみれにしてと言った)家に置いてある。それが転んで大腿骨を折った。病院から帰ったらどうするのだ。2人で飢え死にするか、親を殺さなくちゃなんない。ああ、尊属殺人だかなんだかでもやるよ。・・応対している女性は小さな声で(現在420人待ちです。介護度が変わりましたからこちらも検討し直しますが、特養は何カ所か同時に申し込まれて良いのです。)と説明して、区内の特養を二つあげた。それを聞いてAさんは、この足でその二つに申し込みに行くから、確かな場所を教えてくれと気を取り直した。
Aさんが帰って、私も肩の力を抜いた。
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| 2012年3月1日(木) |
| 犬と歩けば・出発 705 |
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2012年 3月 1日(木) 晴れ
待ち遠しい3月は、地震と共にやって来た。
義姉が急逝して、私が喪主として葬儀をした。そんなときがやって来る事はわかっていたが、やはりその時になって驚き慌てた。
幾らか落ち着いた今、そのことはもうずっと以前のことのように思える。たった10日前の事なのに。
まだまだ仕事は残っているが、なるべくいつもの暮らしに戻そうと、努力を始めた。
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| 2012年2月20日(月) |
| 犬と歩けば・出発 704 |
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2012年 2月20日(月) 晴れ
聞いて見ると、私の周りでも「ハーモニカ」経験者は多い。小学生の時みたいにブカブカ楽しく吹いている内は良いと言う。でもね、舌を動かしてハーモニカの穴(何て言うのだろうか?)を2つ3つ一度に塞いでおいて、音も出すのよ、こうなるともうダメだわ・・と仰る。編集長の日記を読んでいると、第一関門はそのことらしい。そこの所を“てとりしたとり”教えて貰えるのだから、生徒のみなさんが無欠席で参加しているのは、わかるなあ。
川柳で遊んでいる都合上、新しい言葉にはそこそこ気を付けている。最近「斑目」は(でたらめ)と読むのだと知った。川柳の上を行く人がいるんだ!
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| 2012年2月19日(日) |
| 犬と歩けば・出発 703 |
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2012年 2月19日(日) 晴れ
久しぶりに牛のアッシュとモーちゃんに会うため、千葉市動物公園へ行った。2匹とも老けた。相変わらずモーちゃんはアッシュを嘗めまくっている。以前はしおらしくしていたアッシュも今は、地面にゆったりとうずくまり、当然というような顔付きをしていた。隣の白馬の、美しい体型にも見とれた。
日本中の動物園の2箇所しかいないと言う蒙古野馬の「トメ吉」は、なんと誕生月日が、私と同じだった。
うちのベルや金魚もそうだが、動物って見ていて飽きない。
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| 2012年2月18日(土) |
| 犬と歩けば・出発 702 |
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2012年 2月18日(土) 晴れ
夕べ夜半に雪が降ったようで、今朝はまぶしい銀世界だった。まだまだ寒さが続いている。
友人のAさんが、今まではいていたズボンが長くなったとこぼす。「そうなのよ、私も裾でひと折は上げている」何て答えて、お互いの老化を慰め合う。他にも食べ物をこぼす、つまずく、物を落とすと若い頃、高齢者のそれを見て眉をひそめた同じことを、自分がやっている事に気がついたときのショック。自尊心を少しずつ小さくしてそれらの現象と折り合いを付けねば、やっていけないことなど話は尽きない。でもこうやって愚痴をこぼしあっていれば、ストレスも多少は減るかも?
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| 2012年2月17日(金) |
| 犬と歩けば・出発 701 |
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2012年 2月17日(金) 晴れ
先週、新宿の高島屋へ寄ったら、1階入り口付近に若い人達の人垣が出来ていた。みんなケータイカメラをかざしている。
何事かと人をかき分けて出てみたら、若い女性が1人座っていた。連れの友人が「一緒に写真を撮ると、お金を取られる」という。成る程傍には番人がいる。そして「アンドロイド」と名前があった。うつむき加減に座った彼女は、瞼を動かし、首を動かして居る。神様でもロボットでも、人間は、自分が作ったものは自分の姿に似せるものらしい。
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| 2012年2月16日(木) |
| 犬と歩けば・出発 700 |
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2012年 2月16日(木) 曇り雨
人生の曲がり角はいつも、いきなりやってくるように見える。
義姉を「特養」にお願いすることにした。今までのような自由が大幅に制限されて、生活の質が低下することに抵抗があった。
しかし義姉の体調を第一に考えると、この選択肢に落ち着いた。昨日「特養」で会ってきた義姉が、意外に落ち着いて居たことも決めた理由のひとつだ。
そう心に決めた後、訳もなく淋しかった。
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| 2012年2月15日(水) |
| 犬と歩けば・出発 699 |
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2012年 2月15日(水) 曇り
今日は少し暖かかったせいか、隣の家の泰山木の梢で「ツッピン、ツッピン」と小鳥のさえずりを聞いた。
覚悟はしていたものの、実は昨日義姉が緊急入所した「特別養護老人ホーム(特養)」に行って、ショックを受けた。
入居者の生活スペースは、大きな重い防火扉(?)の向こう側にあった。今の言葉で言えば、今までとは生活の質が全く違うのだ。
友人は、本人はわからないんだから私が余計な気を揉むことはないという。何しろ特養にいれば、スタッフが揃っていて安全安心だと言う。それはそうなんだろうが。
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| 2012年2月14日(火) |
| 犬と歩けば・出発 698 |
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2012年 2月14日(火) 雨
昨日ケアハウスの義姉は、特養に短期入所したと連絡があった。
特に持病も治療する程ではないが、全体的に弱っているという事で、自立が条件のケアハウスにはなじまなくなったと言うことだ。
場所が変わって、また混乱しているのではないかと心配しながら面会に行った。
看護士に今までの病状や他の事情を聞かれ、事務所が契約書類の準備をしている間に、面会に行った。義姉は談話室(?)で、他の入所者数名と静かに「韓流」のテレビを見ていた。日曜日よりもずっと元気そうで、食堂まで散歩し話も少しした。
事務所に戻って5,6通もの書類にざっと目を通し、署名をした。
私の時は、誰がこの事務処理をするのだろうか?
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| 2012年2月13日(月) |
| 犬と歩けば・出発 697 |
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2012年 2月13日(月) 曇り
この数日、「福島原発2号機の炉内温度がまた上がった」というニュースを聞く度に、震え上がる。(また爆発して、今度はここまでも大量の放射能が飛んでくるのではないか?)と、想像するからだ。
東電は客観的証拠もなく「温度計が壊れているからで、安全だ」と言い続けている。それをまたNHKが広報しているから、心理的に例の「正常バイヤス」がかかって、NHKが繰り返して言ってるんだから大丈夫なんだろうと、希望的観測にすがってしまう。これまでに東電や政府に散々嘘をつかれて来たのにだ。なんて私はダメなヤツだ。
然し、東電や政府は「この数値は間違いかも知れないが、最悪の場合も考慮して、幾つかの対処方法を取りました。」って言うのが、本来の姿だと思うけれどね。
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| 2012年2月12日(日) |
| 犬と歩けば・出発 696 |
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2012年 2月12日(日) 晴れ
終日、ケアハウスの義姉と過ごした。
金曜日の夕方、ケアハウスから「義姉を1人にしておけないが、土日は職員も1人と手薄になるので、来て見てくれないか」と連絡があった。
土曜日は先約があって断ったが、今日は出掛けた。
気がついたことは@以外と男性が多いA人間の老い方は様々Bここは「待つ」ことがすべて。
さて、私の終の棲家はどこになるやら。
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| 2012年2月11日(土) |
| 犬と歩けば・出発 695 |
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2012年 2月11日(土) 晴れ
誘われて、民芸の「静かな落日」を観た。
民芸は割合観ているが、余り好きではなかった。然し今回は違った。
作家・広津和郎とその娘桃子との暮らしを淡々と描いたもので、副題は「広津家三代」とある。勿論、広津和郎が、戦後最大のえん罪「松川事件」に関わったことは、大きな出来事であるが、それを声高に叫ぶわけでもなく、静かに毎日が動いてゆく。
何より脚本が素晴らしく、上手い役者が揃ったから鬼に金棒。今日は「全席売り切れ」の張り紙が、誇らしげに貼られていた。良い芝居には、客も入るのだ。
「どんなことがあってもめげずに、忍耐強く、執念深く、みだりに悲観もせず、楽観もせず、生き通してゆく」広津和郎「散文精神について」1936年
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| 2012年2月10日(金) |
| 犬と歩けば・出発 694 |
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2012年 2月10日(金) 晴れ
「電気料金が3割お安くなります。」と言う電話の売り込みは、これで2回目だ。給湯器をガスから電気に取り替えろと言う。
1回目は給湯器を取り替えたばかりだからと、断った。そして今日、(安くなるったって、電力会社は電気料を値上げするって言ってるのに、わざわざ電気に替えるつもりはない)と断った。
大震災・原発事故の後なのに、世の中「節電」と騒いでいるのに、何もなかったように「電気を使え、使え」と騒いでいる所もあるのだ
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| 2012年2月9日(木) |
| 犬と歩けば・出発 693 |
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2012年 2月 9日(木) 晴れ
久しぶりにマグノリアさんに会ってお喋りをしたら、この冬の暖房は、石油ストーブを出して使っていると仰る。
それも鍋を乗せて、色々な煮物も出来て、大変重宝しているとか。
私の年代は、火鉢や炬燵或いは囲炉裏など、家の中に火がある暮らしを覚えて居るから、それを聞いて一気に気分は昔に戻った。
いつもヤカンからは湯気が出ていて、いつの間にか焼き芋が乗っていて、縫い物をしながら母は時々鍋の中を覗いて見ていた。
暖房能力は今のストーブの方が勝っているかも知れないが、昔のストーブは目と胃と心も満たしてくれた。
もう一度そんな贅沢な暮らし(?)がしてみた〜い。
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| 2012年2月8日(水) |
| 犬と歩けば・出発 692 |
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2012年 2月 8日(水) 曇り
昨日の句会で、休み時間にAさんが寄ってきて(またここ−公民館−で救急車に乗った)と言う。例の老人の脱水症だ。同じ事を2回も続けるなんて、Aさんらしくない。3度目には帰って来られなくなるよと悪口を叩いたが、(いや、俺はもう片足突っ込んでいるから良いんだ)などと、ふて腐れたことを言う。本人は良くても、周りが困ると思っていると、それを察したように(館長が俺の顔を見るとうるさいんだ)と言った。
友人に聞いて見ると、囲碁の一局は約2時間でその間は中座したくないとか。何故なら相手に石を動かされることもあるからだという。へえー遊んでいて、そんなずるするのと驚くと友人は、そうやっている現場を目撃したことがあるという。だからトイレが近い老人も、水分補給を控えるのだとか。遊ぶのも命がけだあ。
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| 2012年2月7日(火) |
| 犬と歩けば・出発 691 |
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2012年 2月 7日(火) 雨・風
今日は句会。今回は余り振るわなかった。抜けた(選ばれた)のは3句だけ。
△節分 勿体ない豆を拾いに戻る鬼
△めろめろ 被災地をテレビで見てはもらい泣き
△朗らか 朗らかな妻だへそくり増えてるな
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| 2012年2月6日(月) |
| 犬と歩けば・出発 690 |
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2012年 2月 6日(月) 雨
立春を過ぎても、公園の梅林の蕾は固い。
夕方の散歩の帰りに、予防注射を受けに病院へ寄った。
診察室から猫を抱いた老夫婦が出て来て、獣医師に「注射でなくて、餌に混ぜる粒とか粉薬はないか?」と聞いている。女性の獣医師は「試してみるのは構わないが、食欲がない現状では無理に飲ませても吐き出してしまう恐れがある。今は注射で症状の改善を計るのが大事」だと答えていた。それでも納得出来ない飼い主は「糖尿病って、人間だって完治はむつかしいんでしょ?」と食い下がる。
今は犬猫も糖尿病が、多いらしい。喜ぶから、好かれるからツイ餌をやりたい気持ちは、勿論わかる。でも野良猫にまで糖尿病が拡がっているというのは、どうもねえ。
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| 2012年2月5日(日) |
| 犬と歩けば・出発 689 |
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2012年 2月 5日(日) 晴れ
比較的暖かかったので、ケアハウスに義姉を見舞った。事務所でオブラートもと言われて、ドラッグストアとスーパーの2軒を廻る。義姉は穏やかで機嫌が良く、ドラッグストアーでは化粧品も買った。前回は小さなペットボトルの水を買ったが今回は、大きな方が割安だと言って大きい水を買ったので、持ち帰った私がすっかり疲れた。
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| 2012年2月4日(土) |
| 犬と歩けば・出発 688 |
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2012年 2月 4日(土)立春 晴れ
「バーチャルアイドル“初音ミク”
」。
今朝のテレビ番組で解説を聞くまで、全く知らなかった。
16歳の「初音ミク」は、ネット上で多くの人達(延べ11万人)によって完成されたこと。彼女の歌は世界中でヒットしていること。生オーケストラ伴奏で歌う「彼女」の演奏会には、多くのファンが押しかけていること。
どうも良くわからないが、人間も「疑似餌」にかかっているような収まりの悪い気分だ。
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| 2012年2月3日(金) |
| 犬と歩けば・出発 687 |
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2012年 2月 3日(金)節分 晴れ
やっと節分。何時も通り、家人が丁寧に「豆まき」をして、気分だけ豆を食べた。年の数なんて食べたら、とんでもないことになる。
油絵サークルの仲間Aさんが、心臓弁取り替え手術を受けた。心臓の手術については編集長に、日本の医療技術の高さを聞いていたので余り心配もしなかったが、手術の翌日の午後、Aさん本人から「今集中治療室から、病棟へ戻った」と元気な声で電話が架かって来たのには驚いた。更に入院11日目の今日、退院すると昨日メールがあった。(現代の医療技術って)ホントに凄いんだ。
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| 2012年2月2日(木) |
| 犬と歩けば・出発 686 |
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2012年 2月 2日(木) 晴れ・強風
この2,3日、行動の確認がいい加減だと自覚せざるを得ない場面を幾つか経験している。友人にこぼすと、「花粉症の薬をのんでいるからでしょう」とかいって、慰めてくれた。然し、薬の所為かぼけの所為か、とにかく大きな失敗をしてしまった。
魚を、11匹も死なせてしまった。エアーフィルターを取り替えたのは一昨日。その時はナントもなかった。夕べ、水槽に風呂敷を掛けようとしたら、水面に魚たちが集まっていた。人が近づくと魚は集まってくるから、気にしなかった。然し、日中水槽を少し動かしたから、多分その時にエアーポンプの管が外れて、水槽内が酸欠になっていたのだ。エアーポンプの音だけ聞いて、あぶくを確認しなかった。
死んだのは、成魚から、中、チビまでいろいろ。緊張感を持たねば。
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| 2012年2月1日(水) |
| 犬と歩けば・出発 685 |
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2012年 2月 1日(水) 晴れ・強風
いつもの歯医者に行く。向かい風になると、自転車のハンドルが取られそうになった。
患者は1人もいないし、先生の姿も見えないので声を掛けると、「いらっしゃいませ」とか言いながら受付後ろのドアが開いて、医者が出て来た。
強風の話が花粉症になり、放射能へと続き「一体東電のあの態度は何だろうね」と、声を荒げる。「恥知らずというか、もう面の皮は鉄製だね」こちらは口を開けているので、あーとかうーとか言うだけが精一杯だ。更に腐敗の根っこは現在の官僚体制にあると糾弾し、官僚の好待遇にも矛先は向けられた。「でもね、これを変えるというのは・・なかなか出来ない」
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| 2012年1月31日(火) |
| 犬と歩けば・出発 684 |
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2012年 1月31日(火) 晴れ
1月尽。「ねえ、なにやってるう?暇でしょう!」と、友人から電話が架かってくる。とんでもない。市展搬入を前にしたこの時期、忙しいのだ。油絵も趣味だとは言え市展、県展、グループ展と年3回の展覧会に出品するのは、私にとって結構大変なのだ。
絵を描くには先ず、何を描くか決めなければならない。私はその時その時で、描きたいと思った物を描いてきたが、今は震災から気持ちが離れない。でも震災の何をどう描こうかとなると、これが難しい。被災地にはツアーでたった1回行ったきり。写真を取る間もない、駆け足で廻っただけ。ああでもない、こうでもないと毎日、呻吟している。
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| 2012年1月30日(月) |
| 犬と歩けば・出発 683 |
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2012年 1月30日(月) 晴れ
寒くて葉物が高い。長ネギが1本65円、小松菜は(束ではなくて、袋に少々入って)180円。
夕べのテレビで、力が強くて知能も勝っていたネアンデルタール人が、どうしてホモサピエンスに結果として負けたのか?彼らは強いが故に孤立して、仲間たちとの連携を大事にしなかったからだと言っていた。
なんだか今はやりの「絆」を連想させて、すっきりと受け入れられないが、かといって私が強固な反論を持っている筈もない。
なんとなく「偶然」でそうなったのではないかと、勝手に思っている。
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| 2012年1月29日(日) |
| 犬と歩けば・出発 682 |
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2012年 1月29日(日) 晴れ・強風
冷たい風が強く吹いた1日だった。さぞお山の向こうでは大雪が降っていることだろう。
家に籠もって借りてきた絵本、ベン・シャーン絵アーサー・ビナード文の「ここが家だ ベンシャーンの第五福竜丸」を読んだ。この絵本を知ったとき、外国人それも(加害者側の)アメリカ人が、事件を絵本にした事にショックを受けた。そしてあの時、漁労長の久保山愛吉さんは、自分たちが軍事機密に遭遇してしまったこと、そのことで自分たちが攻撃目標にされかねないと気がついて、焼津に帰るまで助けを求めるなど、無線連絡は一切しなかったと言う内容にもショックを受けた。
今日まで、そういう内容は全く知らなかった。
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| 2012年1月28日(土) |
| 犬と歩けば・出発 681 |
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2012年 1月28日(土) 晴れ
今朝目が覚めたとき、目やにで瞼がくっついた感じだった。
とうとう今年も、私の花粉症の季節が始まった。
花粉の次は、黄砂が降る。将来、その次は偏西風に乗って、「中国大陸から放射能がやってくる」何て事は、余りにリアル過ぎるから、想像するだけでも恐ろしい。
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| 2012年1月27日(金) |
| 犬と歩けば・出発 680 |
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2012年 1月27日(金) 晴れ
天気予報が、日中は比較的暖かくなると言っていたので、ケアハウスの義姉を見舞った。先日電話で様子を聞いたとき「寒いのに買い物に出掛けたがり、止めると怒り出す」と聞いていた。今までは穏和な人なのにと、気になっていた。
昼食が終わった頃を見計らって行き、誘うと義姉はうきうきと承知した。
いつものように楽しみながら、あれこれ買った。「買ってきた物は、直ぐに全部食べちゃう」と事務所でも言われたが、他に楽しみはないし、毎日ではないからと見過ごす。
気持ちよく帰って事務所の前を通ると、「お話がありますので、お帰りの時にお立ち寄り下さい」と言われ、一気に緊張した。
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| 2012年1月26日(木) |
| 犬と歩けば・出発 679 |
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2012年 1月26日(木) 晴れ
今日は風があって、昨日よりも寒かった。
正月用に買った長ネギが1本残っていたので、薬味にしようと立てに包丁を入れると、中には青い新芽が育っていた。
それにもう目がむずむずする。こんなに寒くても杉花粉が飛び始めたらしい。
節分・立春まであと十日を切った。日々、季節は進んでいるということか。
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| 2012年1月25日(水) |
| 犬と歩けば・出発 678 |
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2012年 1月25日(水) 晴れ
寒さが続いている。夕方の散歩の時に、ベルは畑の隅に残った雪を味見していた。
小学2年生ぐらいのぽっちゃりした女の子がベルに近寄ってきて、可愛いと行って頭を撫でた。(なんか手がいっぱいあって、小顔・・ウフフ)と、感想を述べた。小顔だなんて、今の子どもだなあと、感心した。
散歩の行きで1回、帰りは3回合計4回も救急車とすれ違った。他人事じゃあないと、自分の歳を唱えて自戒する。
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| 2012年1月24日(火) |
| 犬と歩けば・出発 677 |
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2012年 1月24日(火) 曇り時々晴れ
このあたりでも夕べ雪となって、夕方公園に行くと雪だるまの残骸が幾つか転がっていた。ベルは雪だるま近くによっても特別の興味は示さず、マーキングしただけだった。
東日本大震災発生以来、政府・東電の嘘っぱち対応にはあきれかえっているが、今回の「昨夏の電力供給力が9.2%不足するという試算の他に、6%の余裕があるという試算もあった」には、のけぞった。不足する計算には太陽光発電など再生可能エネルギーは入れず、「平均的な家庭」は大型エアコン2.6台が動いて、留守でもペットのために3分の一が動いているなんて計算をしていたと言う。(東京新聞)
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| 2012年1月23日(月) |
| 犬と歩けば・出発 676 |
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2012年 1月23日(月) 曇り晴れのち雨
熱帯魚を飼って初めての冬。水槽は玄関の下駄箱の上に置いてあり、夜間は冷える。朝夕の餌やりの時に、水温を確認しているが、夜間はどうしたものかと考えて、取りあえず段ボールで囲い、その上から風呂敷を被せている。
これがどの位の効果があるかわからないが、ないよりはましだろうと思う。水槽の中は何時も26℃。松藻が増えたので思い切って少なくしたら、今度は小さな三つ葉マークの浮き草が水面にどんどん増えている。水槽の中は福島原発の影響は殆どなく(調べた訳ではないが)、魚たちは相変わらず元気だ。
春になったら、何か違う生き物を水槽に入れようか、など考えて居る。
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| 2012年1月22日(日) |
| 犬と歩けば・出発 675 |
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2012年 1月22日(日) 雨
この春、娘の三男Aちゃんが小学校に入学する。
Aちゃんは未熟児で生まれて、身体が小さいまま声だけは大きくてお喋りだ。然しあのAちゃんが大きな重いランドセルを背負う姿を想像すると、可哀想になる。
あるところで、電子書籍で使える教科書が出来たと知った。前から知的障害児にも、電子書籍の教科書は有効だと聞いていたが、これなら毎日通学時に持参する文具は、画期的に減る。
本格的に導入を検討する所はないだろうか?
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| 2012年1月21日(土) |
| 犬と歩けば・出発 674 |
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2012年 1月21日(土) 雨・霙
由紀さおりの「1969」というCDが、世界中でヒットしているという。その中にも入って居る「パフ」を、彼女の歌で聞いた。
この曲はいつでも私を、高校3年生の1学期の終わりの日へと、瞬間移動させてくれる。
明日から夏休みという放課後、仲間4、5人でAちゃん家へ遊びに寄った。Aちゃんのお母さんは駄菓子屋をやっていて、店先でみんなはアイスキャンデーをご馳走になった。Aちゃんのお父さんは戦死して、Aちゃんと弟はしばらく親戚に預けられていたと、友人に聞いた。 いつも背伸びしていたAちゃんは、新しいレコードがあると言ってみんなに聞かせてくれたのが、PPM(ピーター・ポール&マリー)のレコードだった。その中の「パフ」が私の心に残った。
その後Aちゃんは、夫の交通事故死や保証人になって家を追い出されたり、宗教にのめり込んで行ったりして、いつしか疎遠となった。然し「パフ」を聞く度に、あの夏の午後のまぶしい緑や、仲間たちの屈託のない笑い顔が目に浮かぶ。
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| 2012年1月20日(金) |
| 犬と歩けば・出発 673 |
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2012年 1月20日(金) 雨・霙
霙の中を、お通夜に参列した。
読経が住んでお説教となった。昨秋の姉の葬儀の時と同じ宗旨のお坊さんだったが、その内容はまるで違っていた。姉の時の40代のお坊さんは、「一体葬式ってなんの為にするのでしょうか?」などと尖った話だったが、今日のお坊さんは、よいしょ話というか、全く空疎な言葉の羅列だった。
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| 2012年1月19日(木) |
| 犬と歩けば・出発 672 |
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2012年 1月19日(木) 晴れ
通院日で東京に出た。電車に乗ったが、今日は座れない。で、やむなくあたりのつり下がり広告などを、眺めていて気がついた。おなじみ本木くんとりえちゃんの「伊右衛門茶」の広告。いやあ、りえちゃんの顔が長くなった。おでこと特に顎が長くなった。
大河ドラマ「おごう」に出演していたときにもあれ?顔が変わったなと思ったが、やっぱりそうだった。
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| 2012年1月18日(水) |
| 犬と歩けば・出発 671 |
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2012年 1月18日(水) 晴れ
毎朝の楽しみは「カーネーション」。
優等生が1人も出てこないから好きだと言った人もあるが、私は美容師の八重子さんが好きだ。主人公の糸子のガッツには口あんぐりで、余り近寄りたくない人だ。
そこへ行くと八重子さんは我々と等身大で、ごく普通に健気に生きている。
八重子さんも糸子も自分の好きな仕事を持って、子どもや家族を食べさせるために、必死で然し楽しそうに働いている。いきいきと胸を張って生きている。
そうだこのドラマには、こうあるべきとかこうすべきなどと建前や押しつけがなくて、皆本音で生きているから魅力的なのだ。
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| 2012年1月17日(火) |
| 犬と歩けば・出発 670 |
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| 2012年1月16日(月) |
| 犬と歩けば・出発 669 |
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2012年 1月16日(月) 曇り
今日も寒かった。その上乾燥が続いて、鼻や喉がおかしい。雪でも落ちてきそうな空模様で、ベルを早々に犬小屋に戻した。
年明け早々、お絵かき仲間のAさんが(大動脈弁置換手術)の為入院となった。大きな病気を抱える友人も風邪が長引くと言って、不安がっている。
私は昨秋、植え損なった絹さやの苗を、プランターに植えた。
こんな日に何をやっているかとベルは、犬小屋から出て来て私の仕事を見物していた。
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| 2012年1月15日(日) |
| 犬と歩けば・出発 668 |
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2012年 1月15日(日) 晴れ
年1回、高齢者福祉利用施設「いきいきセンター」で発表会があった。
私達の同好会は32名だが、このところの寒さと乾燥で風邪にかかり、4名のドタキャンがあった。発表は「ばあや訪ねて、冬の星座、心の瞳」の3曲。最後の歌で危ないところが一箇所あったが、まあまあなんとか切り抜けた。
会の最高齢は84歳。平均年齢は(多分)72,3歳だから、みんなと一緒に歌えるだけで良しとしなくちゃね。
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| 2012年1月14日(土) |
| 犬と歩けば・出発 667 |
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2012年 1月14日(土) 晴れ
ラジオで「世界の天気と気温」を聞くのが好きだ。ソウルや北京は近い感じがするが、大陸性気候というのか意外に寒くて氷点下だ。ローマはまあまあ東京と同じぐらいだが、パリ、ベルリンと北に上がると寒くなり、モスクワはもう気温の数字を聞くだけでも震え上がる。一転シンガポールは32度とか言われても、にわかに信じがたい。
そしてここに70億の人間が、暑いの寒いのと言って暮らしているのか。
70億人が全部、ひとりひとり違うなんて、凄いことだと思う。
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| 2012年1月13日(金) |
| 犬と歩けば・出発 666 |
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2012年 1月13日(金) 晴れ
「ちょうは」
「この間、ちょうはしてたでしょう?」電車内で隣に座った女性の言葉が、耳に引っかかった。年の頃は、20代前半の社会人と覚しき様子。
ん?チョウハ?ちょうはって何だろうと考えて見たが、皆目見当が付かない。で、耳をダンボにして続く会話を聞いた。そして得た回答は、ちょうは超、はは走で、超特急で走るという意味らしい。
で、最初の会話は「先日乗換駅で、Aさんが乗り換えホームへ全速力で走っているのを見たよ」という意味らしい。
つい最近まで「ダッシュ」という言葉が使われていたのと、同じ意味らしいが、どんなきっかけで、変化したのだろうか?
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| 2012年1月12日(木) |
| 犬と歩けば・出発 665 |
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2012年 1月12日(木) 晴れ(千葉市冬日)
町内防犯パトロールに出掛ける支度をしていたら、ガタガタと来た。ケータイが騒ぐ。テレビを点けると、震源地は福島第一原発の近く。今年は元日の震度4から始まったが、何となく落ち着かず不安だ。
同じ地域に住んで居ると言っても路が一筋違うと殆ど通らないから、改めて歩いてみると大きくなった庭木と、人気のない静かさだけが目立つ。
同行のAさんは近所の動向をよくご存じで、(この家は奥さんが病院に入っている)(この家は若夫婦が出て行って、年寄りが2人)(ここだけは息子さん夫婦が同居)などど説明してくれる。学校帰りの小学生が数人やって来たが、この地区を通り過ぎて行った。
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| 2012年1月11日(水) |
| 犬と歩けば・出発 664 |
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2012年 1月11日(水) 晴れ
寒い日が続いている。風邪気味でもありこういう日の高齢者は、家に閉じ籠もろうと決心した。が、ふと先月は床屋に行き損なった事を思い出して、多分連休だろうと電話をしてみたら、やっていて何時でもOKと言うではないか!でついふらふらと髪のカットに出掛けた。本当は寒いので、カットなんかしたくなかったのに。
帰りは鯛焼きと、昨日遠距離介護に出掛けた家人が引き受けてきた、クッションのカバー作りに必要な品を買った。
ついでに図書館へ寄って、リクエストの本とCDを受け取った。
昼食を食べながらテレビを見ていたら、あらま「歯医者の予約」時間となったので、またまた自転車に乗って出掛けた。
低い灰色の雲が空を覆って、風が一段と冷たくなっていた。
そんなこんなで、寒い街中をうろついた1日であった。
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| 2012年1月10日(火) |
| 犬と歩けば・出発 663 |
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2012年 1月10日(火) 晴れ 霜・薄氷
初川柳句会があって、終了後は新年会となった。
ゴム長を短くした様な靴を履いて、米子から紀の治さんも駆けつけた。
新年会の席で近くに寄ってきたBさんは、私の顔を見てしきりに「淋しいねえ。淋しいねえ」と繰り返すが、何の事やら思い当たらない。80代半ばのお爺さんにそんな繰り言を言われても、実感がありすぎてこちらは思わず引いてしまう。
そこへ行くと、同じ80代でも女性講師は「年老いてピンクの錠剤飲んでます」と言い切る。やっぱり女性かなあ。
私の抜けた句
「新年」△赤いヒール玄関に増えお正月△癖文字が無事を知らせるお正月「はればれ」△一歩二歩歩いて親も子も拍手△箱根路をたすきつなげて拭う汗△孫達も帰りこれからお正月
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| 2012年1月9日(月) |
| 犬と歩けば・出発 662 |
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2012年 1月 9日(月) 晴れ
今年ほど地味で冴えないお正月は、初めて経験する。3日に渋谷に出掛けたが、地元では言うに及ばず、晴れ着というか和服を着た人にはついぞお目にかからなかった。
去年5年日記を言うのを貰って、メモ代わりに付けている。
2年目の今年は、去年と較べられるから面白い。日記をくれた友人が「アタシ、去年と同じ物を食べている」とあきれているが、私も去年とほぼ同じ様な事をしている。
これは「平穏無事」なのか「進歩がない」のか、うーんどちらだろうか?
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| 2012年1月8日(日) |
| 犬と歩けば・出発 661 |
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2012年 1月 8日(日) 晴れ
「雨ニモマケズ・風ニモマケヌ」で始まるご存じ宮沢賢治の詩は「丈夫ナ身体ヲモチ」と続く。37歳で早世した賢治は、どんなにか「丈夫な身体を」願って居た事だろう。
むざむざと馬齢を重ねた私も、加齢現象はやむを得ないが、これからも自律した生活を過ごしたいと、念じている。付いては風邪を引かない、転ばないが今年の第一目標としたいと思ったが、夕べから喉と頭が痛む。
事ほど作用に、生きていくことはままにならないものである。
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| 2011年12月29日(木) |
| 犬と歩けば・出発 660 |
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2011年12月 29日(木) 晴れ
川柳作家でもある高校の国語教師が、こんな本もどうですか?と我々高齢者に紹介している本があった。「△日本人の知らない日本語△日本人でも知らない!?外国人の大疑問△ダーリンは外国人・外国人の彼と結婚したらどうなるの?△めづめづ和文化研究所・京都」で、コミックエッセイというジャンルの本だという。 日本語を学ぶ外国人と、我々とのギャップが文句なく笑える。笑っている内に、へえー日本語って結構面白いなんて思わせてくれる。ネットの中古本でほぼ定価に近い物から、1円までの4冊を買った。どれも綺麗で値段の違いは帯があるかないかだけだった。
(来年7日までお休みします。)
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| 2011年12月28日(水) |
| 犬と歩けば・出発 659 |
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2011年12月 28日(水) 晴れ
夕方の散歩に出掛けたら、公園のグランドは、今朝の霜が溶けずにそのまま白く地面に絵を描いていた。
義姉は昨日退院できた。
今日ハウスに行ってみると、暖房も付けない室内で、じっとしていた。正月用に義姉の好きなかすみ草と赤いバラを生けると、振り向いて(綺麗だね)と言った。
私があれこれ用事をしていると(良いお天気だ事)とつぶやいた。いつものように、散歩を兼ねてスーパーまで行きたいらしいが、今日はとても寒いから、温かくなったら行こうねと言ったが理解したかどうかは不明だ。
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| 2011年12月27日(火) |
| 犬と歩けば・出発 658 |
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2011年12月 27日(火) 晴れ
「良いお年を・・」。街の中でこのセリフが飛び交う様になった。
歯医者の待合室で同じ町会のAさんと出会って、近所の情報を交換した。ほぼ同時に入居した私達のこの地域は、年齢も近い。それが40年近く経ち、住人は軒並み高齢化した。亡くなったり、病気で寝込んでいる人、マンションへ転居した人も珍しくない。
受付カウンターの向こうで聞いていた先生は「ここで見ているとね、ご主人が亡くなっても8,9割の奥さんは元気になるね。元気になって遊び歩いているよ。」と身を乗り出して、口に手を当て声を小さくして言った。「そうですね。年金も自由に使えるし」私も釣られて、小さな声で言ってイヒヒと笑った。「大体男ってね、仕事がなくなると犬か猫みたいに、奥さんの周りをうろうろくっついているから厭がられるんだ」なんて先生、それって先生の事?
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| 2011年12月26日(月) |
| 犬と歩けば・出発 657 |
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2011年12月 26日(月) 晴れ
義姉の病室の向かいは「特浴室」とプレートがかかり、廊下を越えて病室内まで湯気が入って来ていた。患者をクレーンのような物に乗せたまま、浴槽に浸けるらしい。
朝から入浴させて貰ったらしく、義姉は私が訪ねた10時頃には、高血圧の人独特の高いびきをかいて熟睡していた。起こすのもためらわれて、やはり暇そうな反対側のベッドに寝ているおばあちゃんと、世間話をした。
山形県生まれの彼女は、戦前洋裁の仕事をしていた19歳の時、徴用されて「風船爆弾」の風船を作っていたという。「女も徴用されたのよ」と強調した。その風船は大きくて、酸素の入り口から出入りが出来たと言った。その場所(仕事場)はどこだったかと尋ねたが、その記憶はもうなかった。
そのうちにバタバタと何人かが出入りして、それぞれのベッドにテーブルを出したり、ビニールの大きなエプロンを掛けさせたりし始めた。「お昼は11時なんです」と教えてくれる看護師がいた。未だ10時半だ。でもそれを潮に私は病室から出た。仕事の邪魔をしてはいけない。
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| 2011年12月25日(日) |
| 犬と歩けば・出発 656 |
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2011年12月 25日(日) 晴れ夕方小雪ちらつく
細々と幾つかの仕事をこなして、夕方ベルと散歩に出たときは雹か小雪かちらついて、ベルの背中にも白い模様が付いた。
病院の義姉は今日、病棟内を徘徊して看護師さんに叱られていた。
現状がわからず不安なのだ。一緒に病棟内を散歩する。応接セットとテレビが置いてあるコーナーを見つけて、休んだ。歌手が出て来て歌っている。(ええと、誰だっけ?)と私。「小柳ルミ子」と義姉!
「歩いていたって、先生に言わなくちゃ。歩けるんだから、直ぐに出られますよ」と、看護師さんは言ってくれたのだが・・。
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| 2011年12月24日(土) |
| 犬と歩けば・出発 655 |
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2011年12月 24日(土) 曇り
2011年は、なかなか終わらない。
昼頃、ケータイにケアハウスから電話が架かった。
義姉が入院したという。意識ははっきりしている。月曜日に入院手続きをして欲しいと言う。一刻を争う状態ではないらしいが、状況がはっきりしないので、家人が帰宅するのを待って、病院へ出掛けた。
この病院は掛かり付けで、何回も入院もしているが、今まで知らなかった病棟へ案内された。8人部屋で6人が入っている。義姉は夕食の最中だった。介助もなく1人で食べて、瞬く間に完食した。義姉がパジャマの上に羽織ったカーディガンの背中に、病院名と病棟そして本人の名前が書かれた大きめのガムテープの様な物が貼られていて、状況がそんなに急変したのかと、胸を突かれた。
その間、私は看護師から義姉との関係を聞かれ、連絡先も3箇所申告した。更に看護師は1枚の書類を持参して、私に署名を迫った。内容を読むと、看護上必要な場合の拘束を了承すると言う内容だった。現在のベッドの柵とか、ミトン、つなぎの服とか言われるが、どんな物か全く想像が付かない。ついでに汚れ物の洗濯方法(病院に委託するか自宅に持ち帰るか)を聞かれた。これは前の質問と関連するらしい。病院にお願いしたいと言うと、料金が発生しますと言った。今まで義姉が暴れたなどと言うことは一度も聞いたことがない。病状の説明はなく、事務手続きが先行するので、私も不安だ。月曜日の10時半に医師との面会が予約されていた。
義姉は私と落ち着いて話が出来たが、自分の状況を理解は出来なかった。小さな声で「ここよりも前の方がいいねえ」というので、「良くなればまた帰れるから」と教えた。
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| 2011年12月23日(金) |
| 犬と歩けば・出発 654 |
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2011年12月 23日(金) 曇り
クリスマス寒波到来とかで、寒い。
昨日は外出したので、今日は家で休む。とはいえ歳末なので、テレビで教わった方法でお風呂場とトイレの掃除をした。いずれもお酢や重曹、クエン酸を使ったテク。先に重曹を振りかけ、後からクエン酸もかけてかき混ぜて泡を立て、しばらく置いておくという方法は今までで一番綺麗になった。
出掛けていた家人が午後帰って来て、明日の無料廃品回収に出すと言って、物置をかき回していたが目当ての品は見つからず、出した品が物置に入りきらない内に暗くなった。
そんなこんなで暮れの1日は終わった。
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| 2011年12月22日(木) |
| 犬と歩けば・出発 653 |
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2011年12月 22日(木) 曇り
空はどんよりと曇り冷たい風が吹いて、いかにも師走らしい1日だった。
油絵の先生の、個展へ出掛けた。場所は街の中心にあるキボールの2階画廊だから、ついでに7階のプラネタリュームにも寄った。
丁度20日から「はやぶさ」の上映が始まっていた。寒い師走のウイークデイで、200席の所観客は20人も居なかったと思う。然し男子中学生のグループがいて、今日は終業式だったかと気がついた。
さて、昨年7年の歳月を超えて無事地球に帰還した(本体は大気圏で燃え尽きた)ハヤブサの物語は、今までに幾つかのエピソードを聞いていても、目で見て耳で聞くとまた、心が震えた。
ハヤブサがその岩石を採取に行ったイトカワは、大型タンカーほどの大きさしかなくてしかも、不細工な芋のような形をしている。ハヤブサが日本の生みの親の指令を聞きながら、多くの「想定外事件」を乗り越えて懸命に努力している姿はもう、人格を感じてしまう。人間の力ってすごいな、日本人の技術って本当に素晴らしいと思いながら一方で、同じ日本人が何故福島のような愚かな事故を起こしたのかと、またまた堂々巡りとなった。
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| 2011年12月21日(水) |
| 犬と歩けば・出発 652 |
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2011年12月 21日(水) 晴れ
町会役員のなり手がない。とうとうこの地域にも高齢化の弊害が出て来た。
今の役員さんも、引っ越してきて2年目に持ち回りで町会役員となった。
次年度の当番となると、独居老人や入院中また奥さんに先立たれて体調を崩している人と、やれそうな人はいない
また役員になると「夜回り」や「防犯パトロール」に参加出来る人も少ないので、穴埋めをするために何回も出る羽目になる。
さあて、他所ではどんな工夫をしているのだろうか?
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| 2011年12月20日(火) |
| 犬と歩けば・出発 651 |
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2011年12月 20日(火) 晴れ
揚逸(ヤン・イー)の「時が滲む朝」を読んだ。
3年前に、中国人が芥川賞を取った事で話題となった本だ。その時は読まなかったが、野村進著「島国チャイニーズ」でヤン・イーの事を知って読む気になった。
内容は、天安門事件での民主化勢力の青春と挫折で、日本でも安保闘争を巡る同じ様な経験があるので、読んでいて身につまされる思いがした。
また、尾崎豊の歌「I LOVE YOU」が主人公の若者の心を揺さぶったと知って、意外な感じがした。日本で60年代の挫折の歌と言えば「上を向いて歩こう」だと思っていたら、あれは失恋の歌だと友人に教えられた。
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| 2011年12月19日(月) |
| 犬と歩けば・出発 650 |
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2011年12月 19日(月) 晴れ
「まずホワイトをたっぷり取りましょう」私達の油絵の先生は、口癖のようにこう仰る。とうとうホワイトがなくなったので、画材屋へ出掛けた。
他にも筆に溶き油、そして(自分へのプレゼントとして)フランス製の油絵の具を7本買った。画材屋に居るときは、どんな傑作でも描けそうな気がして、いろいろと物色しているときが、なによりも楽しい。
所で北朝鮮最高権力者の急逝には驚いた。テレビ・ラジオでは健康に問題はなかったと、繰り返していたので、或いはアラブの春が極東まで及んできて、暗殺かな?と勘ぐったりしたが、どうもそれはないらしい。やっぱり大中国が控えているものね。
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| 2011年12月18日(日) |
| 犬と歩けば・出発 649 |
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2011年12月 18日(日) 晴れ
ラジオを付けたら、日曜喫茶室に慶大教授・フランス文学者・芥川賞作家荻野アンナが出演していた。今まではユニークな人で面白いと思っていたが、原発では失望した。
彼女はアルバ社(フランス最大の原子力会社)の営業ウーマンかも知れない。
次に録画しておいた「100年インタビュー内橋克人」://www.nhk.or.jp/hyakunen-i/
を見た。
新しい言葉が幾つも出て来て難しかったが、先の見えない日本の状況がどうしてこうなったか、またこの先の解決方法(国民の生きる道)はどういう方向があるのか少しわかって、一寸安心した。
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| 2011年12月17日(土) |
| 犬と歩けば・出発 648 |
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2011年12月 17日(土) 晴れ
晴れたが、昨日から冷たい風の吹く一日だった。
所で今日は、油絵の会でささやかな忘年会を持った。
私が準備した蜜柑の他、10種類位の菓子類を見て家人は「年寄りがそんなに甘い物ばかり食べると、身体に良くない」とか言ったが、聞こえなかった事にしてやった。なんたって、一年中甘い物を探しては食べているのは、家人その人だからだ。それにしても家人は肥らないし、糖尿病にもならないのが不思議だ。
何よりも嬉しいのは、今月入りたての新人2人を交えての、楽しいお喋りが出来たことだった。その熱心な新人が先生に「絵を習うのに、どうしてデッサンから始めるのか?」と質問した。そうそうそういえばそうだが、今まで疑問に思わなかったと私達一同は、構えて先生の答えを待った。
「そうですね。絵を描く頭の回路部分を動きやすくしてやる為です。ですからデッサンとは限らず、粘土で形を作るのも良いし、色々なやり方があります。」との回答に、一同深く納得した。
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| 2011年12月16日(金) |
| 犬と歩けば・出発 647 |
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2011年12月 16日(金) 晴れ
「種類によっては、胎生で生まれることもあります。」金魚屋の女将は、一寸頭を後ろに引いて言った。(魚で生まれるって事ですか?卵じゃなくて)恐る恐る聞くと、直立不動のまま「そうです」と答えた。
昨日は温かかったので、水槽の水を取り替えようと思い、予備の水槽を買いに行った。 熱帯魚飼育新米の私はあれこれ尋ね、話を聞いただけで水槽は買わないで帰って来た。
今まで毎月水槽の中は良く洗い、水は全部取り替え砂利も新しいのと取り替えて来たのだが、これが一仕事なのだ。それが、魚の環境を変えるから水槽に苔が付いても構わないのだと言われて、嬉しくなった。
それにしても未だに、チビが次々と増えている。水藻に卵らしい物は見えないから、やっぱりあのお腹の大きなお母さんから生まれていたのだ。 |
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| 2011年12月15日(木) |
| 犬と歩けば・出発 646 |
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2011年12月 15日(木) 晴れ
朝から暖かなので、食器棚を半分ほど掃除した。一気にやる元気はない事を、自覚してのこと。何て言うと、やはり言い訳に聞こえるが、ま致し方ない。
川柳作家新家完司のブログで、この句と出会い大笑いした。
「スクワットしたらオナラが出てしまう 松山市 神野きっこ」
高齢者の骨折特に大腿骨骨折は、寝たきりへの一直線寝だから何としても避けたい。女優の森光子や黒柳徹子もスクワットに励んでいると言っている。私も思い出した時だけ、まねごとをする。
因みに選者の評は「なるほど、筋肉の動きがそのような不本意な作用をもたらすのだろう。だが、そのことで大切な体操を止めるのは残念。これからは誰もいないところで遠慮なくやろう。」
他にも高齢者の実態を写生した、こんな句がある。
「生き抜いて何がおかしい紙おむつ 中野 憲夫」
「麒麟老い検尿カップ持たされる 奥山 晴生」
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| 2011年12月14日(水) |
| 犬と歩けば・出発 645 |
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2011年12月 14日(水) 雨のち曇り
メールがあって、またまた川柳仲間のAさんが一悶着起こした様だ。
またまたというのは、ついひと月前も舌禍で辞めるという人がでたばかりなのだ。Aさんのこれまでの様子を見ていると、難聴の悪化でいらついているのか、或いは認知症の初期症状なのか、いずれにしても病気が潜んでいるように思える。
然し、他人が言えることではない。明日は我が身と思うと、やりきれない。
月曜日にあった元気なおばあさん達は、何だろう?
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| 2011年12月13日(火) |
| 犬と歩けば・出発 644 |
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2011年12月 13日(火) 晴れ
女優という仕事と生き方を選んだ人達を間近に見て、しきりに感心していたら友人は(あの人達、恋愛だって凄いんだから)と力を込めて言う。(心臓がドキドキしすぎて、爆発するんじゃあないかって思いをしたんですって!想像できる?)フンフンと私。
(それに不倫とかそんなことはお構いなしよ)そうなんだろうなと想像しつつ、我々小市民がいかに規則とか他人の目とかにがんじがらめにされて生きているという事を、教えてくれる。
それにしても、84歳のAさんが被ったマニッシュな中折れ帽の恰好の良い事。
(どうして小野ヨーコは、あんなに胸を見せる恰好するんだろう?)と言う友人も、私も所詮は門外漢だ。
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| 2011年12月12日(月) |
| 犬と歩けば・出発 643 |
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2011年12月 12日(月) 晴れ
三越劇場で民芸の芝居「思案橋」を見た。
三越本店は飾り付けこそクリスマモードではあるが、クリスマスソングが流れているわけでもなく、月曜日とはいえクリスマス前のこの時期にして客足は今イチ。
お芝居がはねてから、準主役の女優さんや見に来ていた前進座など、現役の女優さん4人と食事をしながらお喋りをする、という初めての体験をした。
芸歴50年60年という人達ばかりで、84歳がお二人いた。
「80歳を過ぎるとね、一気に体力が落ちるわよ。セリフがなかなか覚えられなくてね」なんてにこにこしながら言い放つが、どうしてどうしてその立ち姿のりんとした美しさは、50代にしか見えない。その秘訣を伺うと、韓流イケメングループの踊りにあわせて、テレビの前で一緒に踊るのだとか。
何ものにもとらわれない自由な感じが伝わってくるのに、揺るぎのない存在感もあるのだ。
こういう種類の人間に、私は初めて出会った。
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| 2011年12月11日(日) |
| 犬と歩けば・出発 642 |
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2011年12月 11日(日) 晴れ
今朝も冷え込んだが、日中の日差しは温かかった。
家人は、鉢植えの幾つかを屋内に取り込んだ。ついでに大きくなりすぎた月桂樹を半分、途中から切った。
これは私が自分の還暦を祝して植えた苗木があっという間に大きくなり、切っても切っても枝葉が茂って、今では少々もてあまし気味である。更に今年の7月8月の台風の風に煽られて、大きくなった木は我が家のちゃちな塀を揺すった。
以前やはり塀近くに植えられた櫻の木が、塀を倒したことがあるので、家人は「大きく切る」と宣言。まあ私もやむなしと承知した。
月桂樹は割合に柔らかい木で、切るのにはさほど困らないが、その後の繁った枝葉の処理が大変なのだ。
家人がB4の紙に月桂樹という文字を書いて、これで良いかと尋ねた。
後から見たら、切り下ろした木に「月桂樹です。ご入り用の方はどうぞお持ち下さい。」と書いた紙を付けてあった。
成る程と感心したが、どの位効果があるのだろうか?
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| 2011年12月10日(土) |
| 犬と歩けば・出発 641 |
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2011年12月 10日(土) 満月(皆既月食)晴れ
夕方、ベルと一緒に散歩から帰ってくる頃には、驚くほど明るい月が私達の後ろから昇って来た。
今日は満月。しかも月食が、肉眼でも見られるという。この満月に向かって吠えれば、震災で亡くなった多くの人達が帰るというのなら、吠えもしよう。
震災後、新聞テレビではガレキという言葉を多用し、私も不用意にその言葉を使っていた。然し、あれは亡くなった人の一部が混ざっているかも知れない、そこに住んでいた人達の暮らしのあれこれが混ざっているから、残骸であって断じてガレキではないという、意見を読んだ。読んで心から納得して、自分も不用意に使ったことを後悔した。
岩波国語辞典によれば
「ガレキ・瓦礫」@かわらと小石。かわら。コンクリートのかけら、石ころなどの集まり。A役にたたないもの。価値のないつまらないもの、その集まり。
「ざんがい・残骸」@役に立たないほどに破壊されて残っている物。A殺されて捨て置かれた死体。
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| 2011年12月9日(金) |
| 犬と歩けば・出発 640 |
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2011年12月 9日(金) 雨のち曇り
福島第一原発所長が病に倒れたとき、東電の第一報は「今回の事故とは関係がない」だった。その時は未だ病名は発表されていなかったが、(そんなこと言うなら、ガンだな)と推測するのは簡単だった。
そして今日、病名が発表されてまた東電は「被爆が原因なら発病までに5年かかるが、前所長は未だ1年だから被爆が原因ではない」と、発表したという。
東電や国に対しての怒りや憤りは数々あるが、今回も全く非人道的(通称ろくでなし)言動だ。
今日の編集長の書き込みにもあるように、限界は常に破られている。
3.11以来、前所長の8ヶ月は前代未聞の事故の当事者、責任者としてどれほどの過酷な状況下で働いていたか、ただのオバサンにも察しが付く。わかりきったことだが、東電は責任を取りたくないのだ。
現場から遠くに居た最高責任者の前社長は、退職金まで貰って辞めたと言うのに。
後世の人達に何故東電の責任を見逃したのかと言われないように、しっかりと監視しなくては。
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| 2011年12月8日(木) |
| 犬と歩けば・出発 639 |
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2011年12月 8日(木) 曇りのち雨
やっぱり昼から、冷たい雨になった。
昨日は晴れたが、その前の火曜日もやはり雨だった。
あの日の夕方、べるを散歩に連れ出すと、帰りは雨の上に暮れかかっていた。
緑地帯を歩いていたとき、気配を感じて右肩後ろを振り返った。高齢の男性がこちらを見ていた。えっと思って、もう一度見直すともう誰もいなかった。
あれは誰だろうと気になった。私の親族ではない。
一晩考えてこの夏急逝された油絵仲間のAさんだと、断定した。それにしても何の用事だろうか?生前は気持ちよく仲良くして、ちゃんとお別れもしたのにと気になった。
夕方帰宅した家人が、道の駅でお花を沢山買ってきたのでそれを持って、翌日Aさん宅を訪ねた。
顔見知りのA夫人はすっかりやつれて、一回りも二回りも小さくなっていた。
A夫人は、一言いう度に涙が溢れた。子ども達の前では泣かないんですけどね、と言いながら泣いた。 しばらくA夫人の話相手をして、沢山泣いて貰った。
私は歯医者の予約もあったので、頃合いで失礼した。思いっきり泣くことで少しでも気持ちが晴れるのなら、膝でも肩でも貸すのは、おやすいご用だ。
帰り道、そうかAさんは私に、A夫人を慰めて欲しかったんだと合点した。
私は心も体も軽くなった様に感じた。
見えなくても、あるものはあるらしい。放射線みたいにね。
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| 2011年12月7日(水) |
| 犬と歩けば・出発 638 |
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2011年12月 7日(水) 晴れ
「初句会八千代の酒が待ち遠し」鳥取は米子市の紀の治さんからメールが来た。
昨日の句会報告の返事だ。
紀の治さんは年内あと3つ句会があって、来年は千葉県まで飛んできて(文字通り)ここの句会が初句会となるという。
ひと月に最低80句は作るという紀の治さんの句は、自然体で好もしい。お酒に関するテーマが、やはり一番多い。
生まれ育った土地とはいえ、高齢になってからの1人住まい。然し作句が、寂しさを感じている暇を与えないらしい。お元気なのが嬉しい。
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| 2011年12月6日(火) |
| 犬と歩けば・出発 637 |
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2011年12月 6日(火) 曇りのち雨
第一火曜日は句会。Sさんと駅で待ち合わせて、会場の公民館まで約20分を歩いた。この道は幹線道路に平行した団地内の道で、緑が多くて四季折々の景色が楽しい。
金色に輝く銀杏並木が、「第三の男」のラストシーンを思い出す。それを言うとSさんは「第三の男」なんて映画は知らないと言う。
彼女はギターも習っているから、練習したことはないかと聞いて見たが、それもないと言う。彼女とは6,7歳しか違わないが、興味がなければ知らないこともあるのだろう。 句会の互選で、題は「希望」。△ばあちゃんの第一希望ピンコロリが11票でトップになった。また「るんるん」では△てっぺんを上手く隠せた今朝の櫛も天にぬかれた。
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| 2011年12月5日(月) |
| 犬と歩けば・出発 636 |
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2011年12月 5日(月)晴れ
目医者に行った。目に歯に足の劣化は、高齢者の避けて通れない道。
免許書換で視力が心配なので眼科へ行ったのが9月。1ヶ月後に来るようにと言われていたが、免許更新が済んでしまうと、腰が重くなった。
加齢黄班変性の疑いと言われていたことも、ブレーキのひとつだ。
でも来年に持ち越すのもイヤだなあ、・・と迷いつつ、決行した。
月曜になのに、思いの外空いていた。眼圧、視力、視野検査の後、瞳孔を拡げる薬を付けられて医師の診察となった。
結果は右目の視力低下は、白内障が進んだ事による物と思われ、他に病気の所見はない。経過観察のために3ヶ月後、櫻の咲く頃再検査と言うことで、解放された。
白内障手術の執行猶予は、いつ頃までなんだろうか?
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| 2011年12月4日(日) |
| 犬と歩けば・出発 635 |
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2011年12月 4日(日)晴れ
風はあったが、良く晴れて温かい1日だった。
家の障子を6枚張り替えた。
新しい障子を立てると、家の中が急にまぶしく見えた。
白い障子の明るさは、新雪の白さの様に神々しい感じがする。
夏にチビが来た時、嘗めた指先で障子にさわり、穴が空いたところをそのまま指先でつまんで引っ張った。面白くなったチビは、次々と引っ張って、大人が気がついたときには結構な大きさになっていた。以来穴が空いたまま、とうとう12月になった。
今朝ふと気が向いて、穴の空いた障子1枚だけの張り替えをしようと思ったが、結果的に6枚を張り替えた。後の2枚は、去年張り替えたから、良しとする。
ついでにガラスも6枚だけ拭いて、綺麗にした。
一寸良い気分。
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| 2011年12月3日(土) |
| 犬と歩けば・出発 634 |
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2011年12月 3日(土)大雨のち曇り
お絵かきに、新しい仲間がひとり加わった。
Aさんのご近所の方で、定年後植栽や野菜作りの講座に出ていたという。絵に興味はあるものの、実際描いてみるのは中学校以来だと仰る。
Aさんがみるみる上達するのを見ていて、自分もやりたくなったらしい。でも油絵は近づきがたいので、まず水彩画から始めたいというご希望。
今日は先生の個人教授で、鉛筆の削り方持ち方から説明を受けていた。
私達も何となく新鮮な気持ちで、それぞれに絵を描きながら先生のお話を聞いていた。
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| 2011年12月2日(金) |
| 犬と歩けば・出発 633 |
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2011年12月 2日(金)雨のち曇り
今日も、歯医者に行く。「あれ以来、地震が多いよね」と先生が話しかけてくる。当然フクシマ原発に話は及ぶ。「私が思うにはね。埋めちゃえば良いと思うんだよ。日本は深−く穴を掘る技術があるからね。4つとも全部、埋めちゃえば良いんだよ。」(でも、コンクリートで上から蓋をする方が安上がりだとか、きっとそんな話が出てくると思う)「(処理に)何万年もかかるんだから、そんなこと言ってられない」(大体、安全対策費をケチったから、こうなったんだもの)とまあ、ここで私の診療時間は終わった。
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| 2011年12月1日(木) |
| 犬と歩けば・出発 632 |
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2011年12月 1日(木)雨のち曇り
今年もとうとう12月になった。
夕方ベルと散歩に出たら、ミニスカートからはみ出た太ももをピンクに染めて、自転車を漕いでいる女子高生とすれ違った。
昨日は東京に出たら、暑くて上着が邪魔だった。こういう陽気に高齢者は、身体がついて行けない。我が家でも家人が風邪気味だが、これは旅行の疲れだ。
犬と熱帯魚は食欲旺盛、元気一杯。ひと月前ぐらいに生まれた熱帯魚は、大きさはともかく、すっかり大人の体型となった。一方、ちいさなチビもいるから、次々と生まれているらしい。とにかくこれ以上増えては困るので、餌を入れる度に藻をかき回してチビ達を追い出しているが、チビを食べている成魚は見たことがない。餌をたっぷりと入れているからね。
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| 2011年11月30日(水) |
| 犬と歩けば・出発 631 |
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2011年11月30日(水)晴れ
11月が終わる。辛いことが続いている日本に、また一つ沖縄防衛局長の「不適切発言」が追い打ちを掛けている。「不適切発言」なんていかにも胡散臭い言い回しだが、庶民をよりやるせなくしているのは、その内容が沖縄防衛局長本人の、そして日本政府の本音を表していると誰もが感じるからだ。
当分彼には、普天間基地を始め、沖縄県内に住んで貰ってはどうだろうか?
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| 2011年11月29日(火) |
| 犬と歩けば・出発 630 |
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2011年11月29日(火)曇り
市民ジョギング大会に参加した家人が、8位に入賞したと気分を良くして帰宅した。
過去に3位入賞と言うので、聞いたら参加したのは3人だった事がある。そこで思わず「え?何人参加して?」聞いてしまったが、今回は70歳以上の部と言うことで80人位はいたらしい。
1年余り体調不良で走れなかった事もあったので、ことのほか嬉しそうだ。
午後ケアハウスに義姉を訪ねた。先日電話でも様子を聞いたが、義姉は落ち着いて居て、今のところ施設から退所要請もないので、ほっとしている。
今日は2種類の爪切りを持参して、手足の爪を切った。高齢者の爪は硬くてもろい。足の親指は巻き爪になっているので、切るのが難しい。
またタオルケットは洗濯に持ち帰り、羽毛布団を出した。財布に小遣いを補充していつものように散歩がてら買い物に出る。おむつを買う必要があったので、ドラッグストアとスーパーの2軒を一時間余り掛けて、廻った。
「普段こんなに歩かないからね」と言いながらも義姉は満足そうにして、私の差し出したコップの水をごくごくと飲んだ。
「今度来るときは、来年のカレンダー持ってくるね」と言って、別れた。
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| 2011年11月28日(月) |
| 犬と歩けば・出発 629 |
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2011年11月28日(月)曇り
今日は「グループ展」の後始末をした。
毎年秋に開催してきたグループ展も、去年は選に漏れて今年の2月にずれ込んだ。
だから今年は2回も開催したことになる。
来年度は久しぶりに2,3名の増員が見込まれるから、もっと賑やかになるはず。
会場は無料でお借りできる千葉市の施設だが、2月と今回ではその対応ががらりと変わった。職員の数も減って忙しいのか、職員がなんとなくいらだっている。いままでやってくれていた、HP上の紹介もなくなった。
この施設の身売りの話も聞くが、多くの趣味を楽しむ会にはうれしくない話だ。
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| 2011年11月27日(日) |
| 犬と歩けば・出発 628 |
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2011年11月27日(日)晴れ
第8回グループ展が終わった。
終了間際やって来た女性3人組が、お喋りしていたら石巻の人達だとわかった。
親子らしいお2人は、たまたまこの近くの親戚宅へ遊びに来ていて震災を免れたが、自宅は流されたと言った。もうひとかたは、あの日、バス旅行で鳴子温泉に行っていて助かったがやはり自宅は流されて、未だに帰ってこない親戚もいるとか。私とAさんは、現地へ行ってきました、何にもない街を見てきましたと言った。
この人達の表情からは何も読み取れなかったが、今どうされているのか、何となく聞くのが憚られた。聞いたところで、何もしてあげられない無力感が先にあった。
それぞれが出来ることをと言われても、なんだろうなあ?
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| 2011年11月26日(土) |
| 犬と歩けば・出発 627 |
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2011年11月26日(土)晴れ
今日は「おばあさんの歌う会」の日。先生は開口一番「皆さんに助言頂ければ・・」と、話し出した。先生は会場まで車で来られるが、今朝その運転中に突然頭痛が始まり、やがて針金で縛られるような痛みに変わり、やっと会場まで来たという。
それでなくても喋りたいおばあさん達は、それぞれに自分の体験や経験を話し出したからもう、教室の中は大騒ぎ。直ぐに医者へ直行しろだの、今日は休講にしてはとか、喧しいことしきり。
落ち着いた級長格のAさんが、(ここは高齢者施設なので、看護師が常駐している)すっくと立って看護士の所に相談に行き、連れてきた。先生は救護室で血圧を計って貰って、少し話をしてから戻って来た。「少しでも異常を感じたら、直ぐに中止」を条件に、いつものように講座が始まり、時間通りに終わった。
先生は50代。体調の不具合が、加齢によるものか病気なのか迷う年代へと入ってきたのだ。
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| 2011年11月25日(金) |
| 犬と歩けば・出発 626 |
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2011年11月25日(金)晴れ
熱帯魚の餌を買いに行って、ついでに熱帯魚はいつ頃、何回ぐらい産卵するものなのか尋ねて見た。女主人は目を一寸宙に浮かせて、夏の初め頃3,4回と教えてくれた。私は、急に増えたウチのチビどもの話をした。
この店で松藻を買って水槽に入れたのは、10月28日とわかっている。その2週間後の11月11日に水槽の掃除をしたときに、20匹ぐらいのチビを数えたのだ。
私の話を聞いた女主人は笑って、(その松藻に卵が付いていたんですよ)と、言った。そして誘導されるままに店の裏に出ると、そこには大がかりな水槽があって、沢山の観賞魚や水草が生えていた。
(ほらね、ここで水草に卵がついたんですよ。同じように、入れた覚えがないのに、水槽にエビがいるって言ってきたお客さんも居るけど、それも卵が付いていったんですよ)
私は納得して、「あの松藻は、お土産付きだったんですね」と答えた。
それにしても、真っ白に白粉を塗ったあの女主人の顔は、どこか魚
顔に似ていた。
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| 2011年11月24日(木) |
| 犬と歩けば・出発 625 |
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2011年11月24日(木)晴れ
さて私達お絵かきグループのAさんは8月に急逝され、じり貧だった会員数がまたも減ることになった。
困るのは会計を担当している私だ。前回は、一方的に講師謝礼を値下げして、なんとかやりくりしてきた。今回はどうした物かと思案投げ首していた所、Aさんの奥さんから一寸纏まった金額のカンパをいただいた。
会長や古参のBさん達は多すぎると言い、お返ししようかなどと言っている。私は慌てて、いやいやお返ししても受け取るはずがない、大事に使わせて頂こうとAさんの絶筆作品「弥勒菩薩」に手を合わせ、Aさん有難うと拝んだ。
私も意外と、現金に弱いのかも知れない。(笑い)
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| 2011年11月23日(水) |
| 犬と歩けば・出発 624 |
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2011年11月23日(水)晴れ
グループ展2日目。祭日でお天気も良く、会場の花の美術館近くでは、国際マラソン大会やサッカーの試合もあるとかで、朝から賑やかだ。
私の個人的な友人知人も次々と顔を出してくれた。もう、こういう時にしか会わない人もいて、有難く嬉しい。
祭日の特別企画として、午前午後2回、アイリッシュハープの伴奏で合唱と独唱があった。私は感心して聞いていたが、耳の肥えた友人はこういった。「ボイストレーナーについて、きちんと練習すれば、たいていの人はそこそこ声が出て綺麗に歌えるようになる。然し、他人に感動を与えることが出来るかと言うと、話は全く違ってくる」
成る程。話はそのままお絵かきにも、通じる。感動とまでは行かなくても、心に引っかかるような絵を目指したい。
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| 2011年11月22日(火) |
| 犬と歩けば・出発 623 |
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2011年11月22日(火)晴れ
グループ展始まる。
会場の千葉市花の美術館は、注意してみると未だあちこちに地震の被害跡が残っているが、今はクリスマスに向けて華やかに飾られている。
平日にも拘わらず、そこそこの人出があった。
「来たわよー」ニコニコしながら朝一番でやって来たのは、同級生のIさん。
お喋りしているウチに、空が一面にわかに曇って来たら「あら、布団干して来ちゃった」と言って、そそくさと帰っていった。他にも誰に聞いたのか川柳仲間のYさん達や、歌う会でいつも隣に座って居るNさんがご夫婦でと、結構賑やかだった。
明日も私の当番だが、祭日で人出がありそうだ。
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| 2011年11月21日(月) |
| 犬と歩けば・出発 622 |
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2011年11月21日(月)晴れ
明日からのグループ展に向けて、作品搬入と飾り付けを行った。
今回は大きな作品が多いせいか、会場が充実して見える。
大きな作品が多いのは、今年の「千葉市展」が3.11の地震により始まって直ぐ中止になったので、会員の多くがその作品を出したためである。8月に亡くなったKさんの作品も勿論、飾った。飾ったが、良くあるように黒いリボンを付けるのは、仲間たちの総意で止めた。そうすると、なんだかKさんを仲間はずれにするような気がしたから。
会場の「花の美術館」はクリスマスの飾り付けも終わり、すっかりクリスマスムードだ。
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| 2011年11月20日(日) |
| 犬と歩けば・出発 621 |
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2011年11月20日(日)晴れのち雨
夕方、近くに買い物に出て夕立にあった。日中も汗ばむ、おかしな陽気だった。
環境省は18日、あの西山(元)審議官−福島第一原発事故の最初から原子力安全・保安院の顔として、連日テレビ出演しながら職場では女性と遊んでいて、9月に懲戒処分を受けたばかり−を、福島除染チーム次長に発令したという。
福島市に赴任して、福島県内の除染業務を担当するという。
西山さん、あんたは除染される方なのよ。
こんな人を送り込むなんて国は、地元をバカにしているんじゃないかい?
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| 2011年11月19日(土) |
| 犬と歩けば・出発 620 |
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2011年11月19日(土)雨
午前中は歌う会、午後は油絵があった。
歌う会は来年1月15日の発表会で、3曲を披露する。なかなか覚えられない私達に、先生はしゃかりきっているが、私達は歌うことを楽しんでいる。
休み時間、両隣の仲間に私達油絵サークルのグループ展の話をして、誘った。
左隣のAさんはずっと油絵をやりたかったと言い、いまのお稽古(彫金)の始末が済んだら、参加したいと言ってくれた。ヤッホーと口笛でも吹きたい気分だった。
更に油絵サークルでもBさんが、定年近い職場の友人が私達のサークルに加わりたいと言っている。然し、全くの初心者だから、水彩から始めたいと希望しているがどうだろうかと、先生に聞いた。先生は「良いですよ、水彩でも、アクリルでも、粘土でも」と、即答した。
今まで生徒が減るばかりで気を揉んでいたが、来年は良い年になりそうだ。
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| 2011年11月18日(金) |
| 犬と歩けば・出発 619 |
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2011年11月18日(金)雨のち曇り
川柳は創作だから、期待や願望も入って、正解はない。多くの人が定年後に始めた遊びのひとつだ。然し、抜かれた抜かれない(作品が選ばれた、選ばれない)の、男性(高齢者)の嫉妬心の強さしつこさに(昨日のもめ事で聞いて)オドロキあきれた。
「男社会も同じなんだわねえ」話し合いの帰りにAさんは、そう言ってため息をついた。
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| 2011年11月17日(木) |
| 犬と歩けば・出発 618 |
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2011年11月17日(木)晴れ
川柳仲間に一寸したもめ事があって、午後かり出された。話し合いが終わってお喋りになったとき、川柳歴が先輩のAさんが「ウチの奥さん、年上だって知ってるよね」と、私達に聞いた。私は知らなかったがBさんは「あら、ご本人がそう仰ったから知っているわよ」と、答えた。Aさんは「それがね、7歳も年上なんだ。だからもう80歳でね、大変だよ。私達は凄く若くて結婚したから、こんなことになるとは思わなかった」と、続けた。Aさんは冗談めかして話していたが、その実態はさぞ大変だろうと慮って、誰も突っ込んだ話は聞かなかった。
若い2人もやがては老いる、と言うことを知ってはいるが、時間とは残酷だ。発 617
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| 2011年11月16日(水) |
| 犬と歩けば・出発 617 |
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2011年11月16日(水)薄曇り
朝から木枯らしが吹いて、寒かった。検診で8時半までに病院に入る都合があって、出掛ける時にこの冬初めて手袋を付けた。
一方熱帯魚の水槽は、蓋を開けると熱気と生臭い臭いがする。いちいち数えたわけではないが、まだ身体が透き通って小さな目とピンクのお腹だけのチビ(シラス干し状態)が、次々と現れている。チビたちは殆ど水藻の中に隠れているが、少し大きくなると藻から出たり深くもぐったりしている。餌を追って水藻の間に成魚が入って来た時など、実にすばしっこく逃げる。そこで私は考えた。(独立独歩、そうやって大きくなれ)と、チビ用の囲いは水槽に入れないことにした。
いや、そうしないと、水槽を幾ら大きくしても足りないから・。
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| 2011年11月15日(火) |
| 犬と歩けば・出発 616 |
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2011年11月15日(火)
その4
家へ帰って、あの景色は何だったろうかと繰り返し考える。
夢だったか、勿論そうではない。 私が2日掛けて足早に廻ったのは、被災地の半分にもならない。被害地の圧倒的な広さ大きさに、押しつぶされる思いがする。
同行のAさんが繰り返し「なんいもない!」と悲鳴を上げていたように、いわば更地。
地震だけで津波の被害の無かった阪神大震災と較べたら(何もない)のが、実感なのだろう。
ここで生まれ育ち、暮らしていた人達には、あの家あの路地、あのスーパー、ポスト、駅も建物も、景色は自分や、家族友達との思い出でもある。家や仕事と同時に、思い出も一気になくしてしまうとはどういうことなのか?思い巡らすだけでも、痛ましい。
一方家があっても帰れないのが、福島の放射線汚染地域。 今回行けなかった福島は、更に問題が複雑で深刻だ。「日本が第3の原発を自分の頭の上で爆発させてしまった」と言われる福島原発は(思いたくはないが)深刻な状況が続いているらしい。
最後に、私に出来ることは何かを考える。一つは忘れないこと、二つ目は何かの形で、これからもずっと被災地と繋がって行くこと、だろうか?
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| 2011年11月14日(月) |
| 犬と歩けば・出発 615 |
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2011年11月14日(月)晴れ
その4
2日目のお昼は、車内で弁当という忙しさだったが、わずかな休憩の合間に、人生初めての食べ物に3つ、出会った。
その1つめは「松島こうれん」。
雪のように白い、3p角ぐらいの大きさ。見た目では飴なのか菓子なのか想像が付かない。勧められるままに口に入れると、口溶けの良さと存在感が意外だった。言ってしまえば煎餅なのだが、この店はこれだけしか置いていない。これで23代も続いているという。
2つ目は「すっとぎ」。
なまこ型で薄く切ってある大きさ形は、「かきもち」と全く同じ。材料は(うるち米粉・大豆粉)とある。試食はなく、レジは立て込んで集合時間には間に合わない。で、ぽっちゃりガイドさんに聞いて見ると、(ああ、それは普通に食べられています)と答えた。
3つめは青トマトの漬け物。
これは買えた。出汁と塩に漬けてあると言うが、つまんだあとビニール袋のチャックをしておくとどんどん発酵するのか、ふくらんだ。ピクルスではないしぬか漬け、塩漬けの味でもない。帰宅して2回ほどつまんだら、飽きた。
初めてではないが「なんばんみそ」。これは味噌に砂
、唐辛子のほか、くるみ・ごま・しそ・かつお削り節なども入って、美味しい。
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| 2011年11月13日(日) |
| 犬と歩けば・出発 614 |
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2011年11月13日(日)晴れ
その3
バスで45号線を移動中、山のわずかな平地に並んでいる「仮設住宅」をたびたび見た。それは説明されなくてもわかった。立地はやむを得ないとしても、見ただけで気持ちが滅入るような色と形、あれじゃあ夏は暑いし冬は寒いに違いなく、せいぜい小屋。
“ゆうとくん”とても「住宅」なんて呼べる代物ではない。神戸の時もこれと同じだったかとAさんに聞いたら、黙ったまま深く頷いた。
丸ぽちゃのガイドさんが言った。「頑張ろうと思っても、毎朝なーんも無くなったこの景色を見ると、気持ちが折れる」って言う人もいます。
観光地も回った。
松島湾観光船に乗ったのだが、案内放送は(多分)大震災前のものをそのまま流していた。今の乗船客が知りたいのは、「震災でどうだったのか」だが、その説明が全くない。わずかに売店のオバサンが口頭で説明をしていたが、私達の所まで聞こえなかった。
また瑞巌寺でも山門から150mも水が来て、300名位の避難所となった話は、他所で聞いた。
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| 2011年11月12日(土) |
| 犬と歩けば・出発 613 |
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2011年11月12日(土)晴れ
その2
「それでも、漁師さん達は海を恨んではいないそうです」岩手内陸出身だというぽっちゃり型のガイドさんは、そう繰り返した。
釜石大観音からは地元のボランティアガイドさんが二人付いて、釜石湾口の防波堤の素晴らしさを、解説図を用いて説明した。然しギネスブック登録のその防波堤さえ壊して、津波は街を襲った。
このあたりで一番被害の酷かった所へと、案内された。
ここも建物の残骸が幾つかあるだけで何もない。海近くに並んだ小学校、中学校の生徒達が、いち早く保育所の子ども達の手も引いて、1キロ近くの道を山に逃げ、無事だったと繰り返し語った。一方、震災直前、3月3日に避難訓練があった。何故ならその日は、明治大津波があった日だった。勿論みんな山へ逃げるのが本当なのだが、足の弱い高齢者を考えて、避難訓練先を「防災センター」にした。今見ると、形は残っていたが、2階建てのちゃちな建物だった。所が3月11日、多くの高齢者は高台ではなくここへ逃げ込んで、多くの人が命を落としたという。
案内人は、二つのエピソードを語っただけだった。
ツアーの参加者同士で、ここは何の跡でしょうね?とか、線路はないけど駅のホームのような感じですねえとか言い合いながら見て廻り、帰宅後ネットで探して山田線鵜住居(うのすまい)駅前跡だったと、わかった。
案内人とはいえ、現地の人達は未だ、大震災を客観的に見られる状態ではないらしいのだ。
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| 2011年11月11日(金) |
| 犬と歩けば・出発 612 |
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2011年11月11日(金) 雨
「なにごともなかったように海は凪ぎ」
峠を越える度に現れる入り江は、晩秋の日差しに輝いて美しかった。
1泊2日で、東日本大震災被災地見学ツアーに行ってきた。と言っても、ほんの一部分だ。仙台から南三陸町へ出て、海岸線に沿った45号線を北上して宮古まで行き、盛岡から東京へ戻るという行程だった。
3.11以来、数々のテレビ映像、新聞写真、ユーチューブで震災を見て、知っているつもりだったが、やはり現実に圧倒された。バスが陸前高田市街だった所に入った途端、いきなり胸を突かれた。同行のAさんは俯いて涙を拭っていた。ナンニモなかった。海が見えないほど商店や人家が建て込んでいたと言われても、土台だけを残して戦争の爆撃跡はこんな風かと思われる景色だった。歌手千昌夫の派手なビルだけが、ぽつんと残骸をさらしていた。この日、有名になった高田松原の生き残り「一本松」付近では、今年最後の大がかりな遺体捜索が行われていたと、帰ってから知った。
リアス式海岸に沿ってバスは進み、入り江と市街地が出てくる度に同じ様な景色が繰り返されて、感情をロックしないと自分が立っていられない焦りを感じた。
同行のAさんは阪神大震災の経験者で、毎日ガレキを踏んで歩き生活していたが、あの時は全く何にも感じなかったと述懐した。
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| 2011年11月8日(火) |
| 犬と歩けば・出発 611 |
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2011年11月 8日(火)立冬 曇りときどき晴れ
温かい立冬だった。4時頃べると散歩に出たら、草むらの中から虫の音が聞こえている。それもコロコロ、チュクチュク、ギーギーなど何種類もいた。
スーパーで、犬仲間のチロちゃんのお父さんとあった。リタイヤーで単身赴任先から帰ってきたお父さんは、お母さんの代わりに買い物をしているらしい。雑談して別れた後、直ぐに戻って来て「そうそうチロがね、長寿で表彰された」と、嬉しそうに言った。
チロは19歳と2ヶ月だという。何という種類か知らないが、チロは白と茶の斑で、縮れっ毛の中型犬だ。小さな耳は立っていて、優しい目をしている。後ろ足がダメで、もう戸外の散歩は出来ないが、家の中で元気にしているという。凄いねえ。ベルもあやかりたいが、人間も一緒に老化しているからどうかしらねえ。
(明日から出掛けますので、2日間お休みします。)
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| 2011年11月7日(月) |
| 犬と歩けば・出発 610 |
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2011年11月 7日(月) 晴れ
「あれ、小さいのがいるな」と気づいてはいたが、今日よおーく水槽を見つめて、この子達は最近生まれた熱帯魚だと確信した。
7月に水槽ごと熱帯魚をいただいて来たが、里親宅では6月頃水槽の中に小さな仕切りがあって、そこに今年生まれだという稚魚が沢山いた。成魚と一緒にしておくと食べられてしまうので、家庭内別居をさせると聞いた。
それで、何となく繁殖は年1回だと思っていた。
ウチの水槽を空っぽにして洗ったのは先月17日だが、その時はいなかった。28日に松藻を買ってきて、水槽に入れた。松藻が狭い水槽内に拡がり過ぎているので、昨日その一部を括った。今朝、水槽の表面に松藻でしきられた部分が出来て、そこに縫い針の先のように小さな魚が、つんつんと泳いでいた。7,8匹いや、10匹近く数えられた。
なんとなく嬉しくってちょくちょく覗いたが待てよ、この子達がみんな大きくなったら、この水槽では間に合わなくなる。いやー困った。
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| 2011年11月6日(日) |
| 犬と歩けば・出発 609 |
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2011年11月 6日(日) 雨
天気予報通り、雨になった。
お絵かきで使わせて頂いている公民館の文化祭も、この雨で人出は今イチ。発表の部の最後は、ハーモニカクラブの演奏だった。曲目に「千葉メドレー」など目新しさもあるが、曲の厚みというかやはりカラオケハーモニカ演奏の方に、耳が伸びる。
さて、県展も今日が最終で搬出となった。来年はまた、ここに展示して貰えるのか選外となるか、館内は一種うきうきとした騒々しさに満ちていた。
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| 2011年11月5日(土) |
| 犬と歩けば・出発 608 |
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2011年11月 5日(土) 薄曇り
湿気が多くて、気温もひと月戻ったような蒸し暑い一日だった。ベルも体調が悪いのか、ドッグフードが少し戻してあったが、元気に散歩はしてきた。
例年ならば裏の家から渋柿がやって来て、とっくに皮をむいて干してある時期なのだ。然し千年周期で起こる地震もある、地球のことだ。数年の変調など、蚊のクシャミぐらいだろうか?
でまあ今日は、お世話になっている公民館文化祭のお手伝いを、少しさせて頂いたが、これはこれで楽しかった。
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| 2011年11月4日(金) |
| 犬と歩けば・出発 607 |
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2011年11月 4日(金) 薄曇り
東京在住の友人が、わざわざ県展の私の絵を見にやって来てくれた。
いや、千葉市美術館で開催中の「酒井抱一と江戸琳派展」を見るついでに、私の絵も見に来てくれたと言う方が正しい。
私としても、最大級の歓迎をする。美術館でたっぷりと日本画を見てもう歩けないと言う友人を、近くのキボールまで引っ張り、久しぶりでしょうとプラネタリュウム見学を押しつけた。美術館内で9千歩も歩いた、もう眠っちゃうとわめいていた友人も、首が痛いとか言いながらも結構楽しんでいた。
市内のホテルまではタクシーに乗ったが、軽口を叩いて疲れを紛らわせてくれた運転手さんは、その間遠回りして距離数を稼がれたと思う。
それでも友人は楽しそうにしていたから、まあいいか。
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| 2011年11月3日(木) |
| 犬と歩けば・出発 606 |
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2011年11月 3日(木) 晴れ
この頃ベルは、散歩の途中でベンチがあるとちゃっかり座って、おやつを待つ。おやつを貰うと、そのまま寝そべって一息つけようとする。そこで先を急がせようとする私と、駆け引きが始まる。ベルは私の出方を上目遣いで見ている。こちらも素知らぬふりをして、ベルを置いてゆくふりをする。慌てて立ち上がるベル、すかさずリードを引く私。仕舞ったという風に慌ててまた、座り直すべる・・という景色だ。
なんでもないこんな暮らしが繰り返されて歳を重ねて行ければ、それはもう結構毛だらけ猫灰だらけに違いない。
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| 2011年11月2日(水) |
| 犬と歩けば・出発 605 |
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2011年11月 2日(水) 晴れ
11月になると、母の菊料理を思い出す。
青森県弘前の出身だった母は、菊の花を良く食卓に載せた。菊の花を食べる食習慣があった上、何よりもその辺に咲いている菊をつんだのだから、お金はかからないのが最大の動機だったと思う。
調理もいたって素朴で簡単、花びらを湯通しして三杯酢を掛けたもの、味噌汁、そして和え物にも混ぜた。薄く小さな花びらも、噛むと(しゃきっ)と独特の食感があり、なにより香りがあった。
思い出して、久しぶりに白和えを作った。母の白和えは必ず柿と蒟蒻が入って居た。その他の具材は毎回違う。思えば母の白和えは残り物を集めた、再生料理だったと思う。
それに豆腐で和えるので、結構お腹もふくれる。いまにして思えば白和えは、母の貧乏人の子沢山家庭のやりくり料理だったと思い至った。
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| 2011年11月1日(火) |
| 犬と歩けば・出発 604 |
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2011年11月 1日(火) 晴れ
定例句会が終わって午後、ケアハウスの義姉にサングラスを届けた。
日曜日に行ったとき事務所の人に、義姉はサングラスがないといって時々パニックになるので、探して欲しいと言われた。探したがやはり見つからない。その代わり、鼻ネジが紛失してそのまま使われていないサングラスが見つかったので、それを持ち帰った。
度の入っていない縁なしサングラスは、1カ所小さく欠けているところがあるが、お洒落なツルが付いている。プラスチックのサングラスは千円ぐらいの安いのもあったが、直して貰って届けた。
呼ばれて、事務所で話を聞いた。
今日はお風呂の日でわかったのだが、右半身に(倒れてぶつかったと思われる)
打撲跡が3,4つあった。そこで今後の処遇を今、上の方で話し合っていると、言う。
前にも(そろそろ退所の時期)と、言われているから、それはそれで仕方がないが、新しい環境になればまた、必ず病気が進むのが心配だ。
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| 2011年10月31日(月) |
| 犬と歩けば・出発 603 |
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2011年10月31日(月) 晴れ
10月が終わる。重い10月だった。
差し歯が外れて歯医者に行った。単に外れただけではなくて、噛んだとき「グシャ」と言うような嫌な感じがして、歯の一部分も欠けた。その感じがいかにも「クライシス−歯の崩壊」で、気持ちがへこんだ。
歯医者は「まだ良い方」とか言って慰めてくれた。先生もこの頃、歯の治療に通っているので、患者の気持ちがわかるのだろうか?
外れた1本の歯の影響は意外に大きくて、食べ物を口に入れたときにどこで噛もうかと迷うというと、歯医者はあっさり「大丈夫、直ぐに慣れる」と言い放った。「上下で何本しかない人も、上手に噛んで食べています」と言うけれど・・。
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| 2011年10月30日(日) |
| 犬と歩けば・出発 602 |
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2011年10月30日(日) 曇り
10月も押し詰まった今日、ケアハウスに義姉を見舞った。
義姉は見た目は落ち着いて、夏頃よりもずっと元気そうだが、時々あれがないこれがないとパニックになると事務所の話だった。
いつものように散歩を兼ねてスーパーへ買い物に行ったり、溜まった書類の整理をしたりして義姉と一緒に過ごした。
帰ろうと駐車場に戻ると、なんだか私を呼ぶ声が聞こえる。あたりを見廻すと、3階の廊下の窓から義姉が私を呼びながら手を振っていた。私もそれに応えて、手を振った。
いつまでもきりがないので車を出したが、急に「生きているって淋しいな」という思いがこみ上げてきて、鼻の奥がツンとした。風が少し冷たい晩秋の午後だった。
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| 2011年10月29日(土) |
| 犬と歩けば・出発 601 |
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2011年10月29日(土) 晴れ
どこへ行っても「TPP」が話題になる。お絵かきの茶飲み話でも、この話が出た。
一方、まもなく世界人口が70億人になるという。今では1日で20万人が増えているのだという。私の若い頃の2倍になっている。
とすれば、考え方も社会の仕組みも、変えなければうまく廻っていかないと思う。
ただ今は未だ、その考え方も、仕組みも見えてきていないから不安が募る。
では、私に出来ることはなんだろう?
編集長が、私の絵をアップして下さいました。有難うございます。
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| 2011年10月28日(金) |
| 犬と歩けば・出発 600 |
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2011年10月28日(金) 晴れ
久しぶりに面白いニュースがあった。
野球は殆ど音痴状態だが、ニュースでソフトボールの選手が、プロ野球のドラフト会議で指名されたと聞いた。
彼、大嶋匠は本当にソフトボールしかやってこなかったと言うから、今後どういう風に成長するのか、それだけでも楽しみだ。
他にも難病のベーチェット病抱えながらも「育成選手」に指名された柴田章、韓国高校生の宋相勲(ソン・サンフン)と、どれもドラマがありそう。
なかには野球がやりたいのか、おじさんにくっつきたいのかおかしなヤツもいるけど、そんなのは場外でやって欲しいね。
あれ?野球ファンみたいなこと、言っちゃった。
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| 2011年10月27日(木) |
| 犬と歩けば・出発 599 |
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2011年10月27日(木) 晴れ
今頃になって、葬儀前後の疲れが出て来て、ぼんやりぐたーとしている。
そんな今朝「乗せて連れて行くから、県展へ行こう」と、高校時代の友人から電話があった。
先ず友人の家でたっぷりとお喋りをしてから、県美術館へ行くと、初日の所為か駐車場はいっぱいだったが、たいして待たずに入れた。当たり前のことだが、作品の質はぴんからきりまででピンにやっと引っかかった私は、ため息が出るばかり。
美術館内で定食を食べてから、花の美術館へ廻る。
秋の空はあくまで高く高く晴れ渡り、少し冷たい風が吹いて誠に気持ちが良い。美術館の内外には未だあちこちに大震災の跡が見受けられた。
館内外をすっかり見て歩いて、駐車場に戻ろうとしたとき、秋の日差しにキラキラ光る海が見えて、2人ともそのまま海岸へでる。「波の音は久しぶりに聞いたわ」と友人は、笑った。言われてその方角を望むと、スカイツリーが見えた。
彼女の家に戻って、またまたお喋りをしていると、夕方になった。
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| 2011年10月26日(水) |
| 犬と歩けば・出発 598 |
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2011年10月26日(水)木枯らし1号 晴れ
友人から電話があった。
街で見た、柿渋染めの素敵なスカーフが気に入ったが、スカーフは山ほどあるし、値段は少し高価なので、買おうか買うまいかと迷っていると言うのが、話の内容。
彼女の気持ちは既に買う方に傾いているが、後押しをして貰いたくて電話してきたのだ。
と言っても、それらしい理由を付けてやらないと気に入らないと思う。
そこで、古いスカーフの何枚かは、誰かにあげたりバザーに出して、ここしばらく救急車のお世話になっていないから、努力している自分へのご褒美として買ってはどうか?と、提案した。
やっぱり、(そうね、じゃあこれから行って買ってくる)と安心したように答えた。
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| 2011年10月25日(火) |
| 犬と歩けば・出発 597 |
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2011年10月25日(火) 晴れ
高校の同級生から電話があって、お喋りをした。彼女は2年前に、夫を送っている。
先月誕生日を迎えた彼女は、子、孫が集まってお祝いをしてくれ、全員で記念写真を撮ったが、そのついでに自分の葬儀用の写真も撮って貰ったのだと言った。私は「そういう人はきっと、長生きするね」と返事をしておいた。私は(いつものことだけれど)なんの用意も、準備もしていないなあと思った。
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| 2011年10月24日(月) |
| 犬と歩けば・出発 596 |
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2011年10月24日(月) 曇りのち晴れ
実姉に葬式の「お返し」を届けたときのこと。
お喋りをしているウチに私は、足を伸ばし両腕を後ろ斜めに伸ばして身体を支え、腰を伸ばすような恰好をしていた。すかさず実姉は「あら、アタシも良くそういう恰好をするけど、それは背筋が弱っているのよ」と、指摘する。
私達兄弟は女性だけ3人残ったが、私が末子で実姉とは8歳違う。それでも「この次は、誰かしらね。意外と、アタシなんかが残ったりして・・」などとしゃあしゃあと言い放す。
背中は丸くなり、すっかり小さくなった実姉だが未だに虫歯は1本もなく、すっかり揃っている。歯の丈夫な人は呆けないと言うが、友人の母親は80歳を過ぎても、雷おこしが大好きでカリカリと食べていたと言うが、ぼけと徘徊で随分家族をきりきり舞いさせたのを知っているが、黙っていた。
まあ、ぼやきながらも現役の主婦役をこなしている実姉の迫力には負ける。
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| 2011年10月23日(日) |
| 犬と歩けば・出発 595 |
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2011年10月23日(日) 雨のち曇り
娘の3番目の息子Sちゃんは、一月以上も前から我が家にやってくるのを楽しみにしていたが、私も昨日は体調が悪くて、今日にして貰った。
折良く今日は近くの公園で区民祭りが行われたので、Sちゃんに精一杯のサービスをした。
Sちゃんは私に、ピンクと紫のハートが付いているお皿に、苺が22個も乗った誕生日ケーキ・・の絵を、プレゼントしてくれた。
疲れたが、賑やかで嬉しい誕生日だった。
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| 2011年10月22日(土) |
| 犬と歩けば・出発 594 |
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2011年10月22日(土) 雨のち曇り
またまた昨日の続き。
通夜の席には、プリントと青表紙の薄い本が配られていた。
プリントは法名(浄土真宗なので戒名をこう呼ぶ)の由来を、冊子はお経の一部だった。お坊さんは開口一番「一体お葬式は何のためにやるのでしょうね」と呼びかけた。こんなことを言うお坊さんは初めてで、驚いた。
彼は、45歳でゼネコンのサラリーマンだったと聞いた。
雑談で「日本には8万ものお寺があるが、仏教徒はきわめて少ない」「あるものは大事にしなくてはいけないが、わざわざ石塔を建てる必要はない」等々、過激だが庶民サイドとすればいちいち納得出来る話ばかりだった。
さて、はじめの僧侶の問いかけは、死という人間の厳粛な事実を前にして、生きている我々は「生かされている意味を改めて考え、自分の生き方を見つめなおすきっかけ」と言いたかったと思う。僧侶は2日間にわたってこの話を繰り返し、あれこれの例を引いて説法した。然し僧侶の熱意の割りには、聞いている我々衆生には殆ど理解されなかった。特に喪主を務めた長男にとって。
葬儀の翌日から長男は、亡母と弟が住んでいた家に押しかけて自分の相続を主張し、弟の追い出しを計っている。
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| 2011年10月21日(金) |
| 犬と歩けば・出発 593 |
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2011年10月21日(金) 曇り
今朝の編集長の書き込みにクスンと笑いを誘われながらも、深く感動しました。そして昨秋、娘のパートナーから送られて来たメールの言葉を思い出した。
自閉症という障害を持って生まれてきた息子の10年目の誕生日に当たって「息子には、小さな出来事に小さく深く感動する気持ちを教わり、そして皆さんには支えていただいているおかげで、素朴な暮らしの毎日をいただいて、幸せです。」
さて昨日の続き。13年前兄を送ったときも大学病院だったが、こんなにギスギスした関係はなかった。
平常の時ならば、医療にも寿命にも限界があることなどすんなりと理解出来るが、それがいざ自分の問題となると難しい。先進国日本の医療ならば、もっと何とかなるはず。それをしないのは医療の方の意地悪ではないかと、見てしまう。医療の方でも納得出来なければ、他所へどうぞとなる。
この間のやりとりを見ていて、患者として編集長の態度に改めて感服した。
第一に完全に自分の病気を理解して、その治療のメリットデメリットを把握し、自分のなすべき事をする。
医師と患者との関係は対等である。更に(多分、医師との面談を通して)自分をゆだねるに足りる医師であるかの技量を見極めて、信頼が置けると判断した場合は、全面的にゆだねる。信頼された方の医師も、それに応えようとする(多分)
然しこの当たり前と思う3点を実現するのは、至難の技であることは、(病院と関わりを持ったことがあれば)誰にもすぐに思い当たる。
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| 2011年10月20日(木) |
| 犬と歩けば・出発 592 |
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2011年10月20日(木) 曇り
姉が逝った。
先週木曜日に緊急入院したので、私は連絡して姉や娘達を会わせた。その時はまだ話が出来た。姉のお気に入りだった娘は手を握ったまま、3時間も相手をしたと言った。
その晩からモルヒネが増えて意識は混濁し、昏睡状態となった。不仲な長男家族はとうとう来なかった。
結局月曜日の未明に息を引き取り、通夜・告別式も済んだ。様々な問題に直面して重い1週間だった。
まず医療の問題。姉が入院したのは大学病院だが、患者と医療の間にすきま風が吹いているような感じがした。もっと言えば、信頼感が欠けているとも言える。
なんたってその書類の多さ、細かさに驚いた。臨終間際の姉に、いつどんな処置を誰がしたか、細かくプリントアウトされた書類が個室内の目に付く所に置いてある。また心臓が止まった時点で、して貰いたい処置と、拒否する処置をあらかじめ患者家族が選んでチェックを入れてある。
「それはね、裁判対策よ。医者の説明を録音するなんて今では普通の事。だから病院はピリピリしてるのよ。」と、友人は解説した。
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| 2011年10月12日(水) |
| 犬と歩けば・出発 591 |
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2011年10月12日(水) 薄曇り
3月の大震災の時、茨城県東海第二原発も「あわや福島と同じ事が!」という事態だったとは、知らなかった。
東海村の村上村長が「原発事故担当大臣に廃炉を要望」の、朝刊記事を見て知った。
大震災時に東海第二原発も外部電源はすべて使えなくなり、3つある非常用発電設備も5、4mの津波で1基は浸水し、残りの2基が70cm残してかろうじて難を逃れたという。
東海村も住民の暮らしは大きく原発に依存している。それでもなお故郷を失わないために村長は決断したという。
東海第二原発、稼働して37年。30キロ内人口100万人超。都心まで110q。恐ろしい数字だ。
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| 2011年10月11日(火) |
| 犬と歩けば・出発 590 |
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2011年10月11日(火) 薄曇り
このところ、宙ぶらりんな時間を過ごしている。
病んでいる実姉が9月まで保たないと言われ、今日に至っている。
息子が訪問看護を利用して、自宅で看病している。
発病からこれまでの1年半は入退院を繰り返していたがその経験からか、姉はもう絶対に入院はイヤだと言い、それでもと勧めると泣くのだという。
そして今、緩和ケアで訪問してくる医師は再び、入院を勧めたという。多分、自宅の看護ではもう、限界があると医師は判断したのだと思う。
医師は自宅でなくなった場合、自分は死亡診断書は書けないと言い、警察が介入すると説明したという。また、入退院を繰り返した大学病院も、(今なら入院できるが)緊急入院は出来ないと説明されたとか。
その緩和ケアの医師は2日前(入院させたら、2,3日しか持たないなあ)と、言っていたと言うのにだ。
入院すれば勿論お金の問題もあるが、植物状態で1ヶ月延命出来たとして、それで良いのだろうかと、相談された。
一方訪問してくる看護師は、自宅介護を勧めその場合には更に、あれこれのグッズ(ウオーターベッドとかウオッシュレットキッド、洗髪用具等)購入を勧めるという。
甥は誰もが、(病人を利用して)自分の利益を計っているのではないかと、疑心暗鬼になっている。
病人が自宅療養を希望して、甥がその気持ちを大切にし看護を続ける気持ちがあるならば、自宅介護を続けるのが良いのではないかと、伝えた。
自宅で死ぬって、こんなにも難しい事だと知った。
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| 2011年10月10日(月) |
| 犬と歩けば・出発 589 |
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2011年10月10日(月) 晴れ
Aさんが数えてみると、編集長と会うのは1年半ぶりだった。
更に今日は編集長の結婚記念日とも重なって、私達は美味しいキノコ鍋を食べ、他愛のないお喋りで秋のひとときを楽しんだ。
私は何度も同じ事を言ったのだが、確かに編集長の発音は前にあったときよりも聞きやすい。以前のそう、7割から8割は戻っているのではないか?
更に(いつものことだが)編集長の顔色は良いし、身体的な変化はないのでつい、大手術後だと言うことを忘れてしまう。帰りも女性達でお喋りをしながらずんずん歩いてふと振り返ると、少し遅れてゆっくりと歩いている編集長に気がつき、あそうだった、100メートル歩くのがやっとなんだと思い出した。
失礼しました。美味しいものを食べて、幸せな気分に浸った1日だった。
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| 2011年10月9日(日) |
| 犬と歩けば・出発 588 |
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2011年10月 9日(日)十三夜 晴れ一時曇り
雲間からときどき十三夜の月が見える。
2日前までは、街中や公園ではもうむせるほどの木犀の香りがしていた。
梨も幸水、豊水と続き、食味がざらつく新高となった。果物はりんごと柿が売り場を占めるようになった。
熱帯魚は近寄ると餌を欲しがって群れ、ベルは日向で手足を伸ばして居眠り家人は留守、私は寝転んで本を読んだ。
こうしてこの秋も、深まっている。
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| 2011年10月8日(土) |
| 犬と歩けば・出発 587 |
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2011年10月 8日(土)晴れ
今年のノーベル平和賞に、アフリカ・アラブの女性活動家3人が選ばれたのは、嬉しい限り。でも最近のニュースを見るまで、21世紀の今日、アラブ首長国連邦では、女性が車の運転をしただけで罰せられる・それもむち打ちの刑だ何て、知らなかった。
そういう状況下で、女性が平和や権利の為に活動する大変さを想像する。
市民プラザの「歌う会」へ出掛けた。この施設は60歳以上の市民が利用できる。
休み時間に、各種サークルの名簿を見ていたら「いきがい活動」というのがあった。
仲間に、このサークルの活動内容を聞くと「アタシが参加したときはね、みんなが集まるとリーダーの人が今日は何をやりましょうか?って聞くの。で、トランプとか、折り紙なんていうとそれをやるだけ。1回だけで辞めたわ」と教えてくれた。成る程。
それは「暇つぶし」であって、「生きがい」とは言わないと思うな。
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| 2011年10月7日(金) |
| 犬と歩けば・出発 586 |
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2011年10月 7日(金)晴れ
昨日の続き
阿部はこの場所を一度も離れたことがないツーズーに、都会の話を聞かせてやる。「(空を飛んでる飛行機を指さして)飛行機は、大きいものだと4,5百人も乗っている」(うそだあ)「都会のビルディングは100階もある」(そんな事嘘だあ)「地面の下を電車が走っている」(やだあ、嘘に決まっている)ツーズーはニコニコしながら楽しそうに、阿倍の話を聞く。また信心深いツーズーは、せっせとチベット仏教のお寺にお参りしている。然し阿部に「ポタラ宮殿と上海のどっちに行きたい?」と聞かれると、すんなり(上海)とニコニコしながら答える。
阿部は(多分、彼女に自分の身の上を重ねて見たのだと思う)ツーズーに、なんとか上海を見せてやりたいと思い、スタッフに交渉する。
然し、彼女の親族(叔父さん)が、上海行きを許可しなかった。
さて長江が無事に上海で海と出会い、阿倍の仕事は終わった。
然しカメラはいそいそと空港へ出掛ける阿部を追いかけていた。
ツーズーが両親と飛行機に乗って、上海へやって来たのだ。
シーズーは摩天楼を見上げて目を丸くし、またビルの100階から街を見下ろした。
更に混んでいる地下鉄に乗ると、そこには同年配だが(渋谷にいるような風俗の)多分彼女が見たこともない女性達を見る。一寸場違いな民族衣装のツーズーは然し、悪びれることなく(緊張していたが)しっかり顔を上げていた。
3ヶ月後。シャングリラのツーズーから手紙が来る。その手紙にはかつては音楽家を夢見たが、今では自分の生まれ育った土地で民宿を開きたい。その夢が叶った時には、阿部を招待すると書いてあった。
やせっぽちのツーズーのたくましさに、心温まる思いがした。
今日、県展入選の通知が来た。今回は東北大震災をテーマに、牛を主人公にした絵を描いた。描かずにはいられない気持ちで描いたのだが、多分こういう絵は県展になじまないと思っていたので、今回の入選はとても嬉しい。
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| 2011年10月6日(木) |
| 犬と歩けば・出発 585 |
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2011年10月 6日(木)晴れ
アメリカはニューヨーク、ウオール街で連日若い人のデモが続いていると言うニュースに、60年安保を隅っこの方で経験した私には、やっぱり世の中は変化するんだという、深い感慨を覚える。
3日連続で、「長江 天と地の大紀行」というテレビ番組をみた。
私は長江に巨大ダムが出来る前に行ったことがあり、その変化に興味があった。
番組は阿部力という中国生まれ、9歳で日本に帰化したという俳優28歳(中国語がペラペラ)がレポーターを務めた。
この番組は長江とその地域に住む人々の暮らしを伝えるのが趣旨であったが、思いがけず旅の途中で出会った少女の物語がサブストーリーとして心に残った。
シャングリラという場所で、農業の合間に観光客に写真のモデルとして働いている18歳の少数民族の彼女の名前はツーズー。やせっぽちでせいぜい12,3歳ぐらいにしか見えないが、民族衣装を着て一緒に写真を取らせて5元を貰う。彼女は小学4年で退学せざるを得なかったが今、妹の中学進学のためにモデルをして稼いでる。ツーズーは青春と言う言葉を少女にしたら、間違いなくこういう顔になる。昔「青春の輝き」という映画に出ていたナタリーウッドがやはり、こういう風に輝いていた。
その彼女にレポーターの阿部が、いっぺんで心を奪われた。ツーズーを前にしたときの彼の目つき態度は、仕事を忘れていた。続く
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| 2011年10月5日(水) |
| 犬と歩けば・出発 584 |
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2011年10月 5日(水)雨
天気予報通り、朝から雨。我が家では夕べから炬燵にした。
私は良くラジオを聞く。例のAC(公共広告機構)が夕方安全運転を喚起して、短いコメントの後に「安全運転をお願いします。」と入るのだが、この声が気持ち悪い。
一寸聞いたところでは男の子?らしいのだが、しゃがれ声で可愛くもなく、ゾンビの声ではとも聞こえる。
震災後に繰り返し見せられた広告と言い、どうしてACは素敵なコマーシャルが作れないのかね?
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| 2011年10月4日(火) |
| 犬と歩けば・出発 583 |
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2011年10月 4日(火)晴れ
川柳句会があって、「かんかん」の題では3句が抜けた。
△忘れないかんかん照りの15日△前よりも老けて出て来た美容院
△踏切の土手に燃えてる曼珠沙華
2番目の美容院の句は、仲間たちの爆笑を誘った。
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| 2011年10月3日(月) |
| 犬と歩けば・出発 582 |
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2011年10月 3日(月)晴れ
「欠席と書いて理由を考える」どこかで読んだ誰かの句だが、同じ経験をしている人は結構いるんだと思った。
これも歳を重ねたという証拠の一つだが、近年「△周年記念会とかレセプション」という類のお誘いが来るが、殆どお断りしている。
第一昔の人と会っても面白い話はない。せいぜい「昔は良かった」風な話をするだけだ。そして病気のこと、子や孫のことと話題は決まっている。
更に会費やご祝儀が年金生活者に負担となるなんて、お金持ちや上から目線のお歴々には思いも付かないのだろう。
然し見たい聞きたいという時には、多少無理をしてでも出掛ける。つまり支払う対価に見合うものを選んでいるのであって、単にけちのへそ曲がりではない。
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| 2011年10月2日(日) |
| 犬と歩けば・出発 581 |
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2011年10月 2日(土) 曇り
裏の家の1年生がベルに遊びに来た。夏休みが終わって彼女は、一気に背が伸びた。
入り口の向こうで見ているので、(入っておいで〜)と呼び入れると、「今日は冷たい風が吹いて寒いですね。」なんて言うのだ。
そして、です、ます口調と来る。彼女はよその人に気を遣うのだろうか?
彼女の上には兄が3人にて、朝から母親の怒鳴り声が聞こえてくる。然し男の子って優しいのか、彼たちの口答えは聞いたことがない。たまに末娘の彼女のわめき声が聞こえる位なのだ。
一方、今は高校と大学生になった向かいの家の子ども達は、そんな言葉ではなかった。そのお喋りや態度から、私よりも自分の母親に気を遣っているように見えたのだが・・。
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| 2011年10月2日(日) |
| 犬と歩けば・出発 580 |
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2011年10月 1日(金) 曇り
免許の書換に、免許センターへ出掛けた。建物の階段が、地面に沈んでいる。ここも地震で液状化の被害にあったらしい。
いつものように混んでいるのは覚悟していったが、申し込み書交付と証紙を買う窓口はみんなと一緒に並んだが、その先は高齢者用の別口があって空いている。
直ぐに視力検査をして、後は新しい免許証が出来るのを待った。
待合のベンチには先客が1人いるだけ。先客のおじいちゃんが「あのー、失礼ですが高齢者ですか?」と聞いてきた。知り合いのAさんに似ているので、愛想良く返事をした。「お若く見える」とかお世辞を言って貰って、あれこれ雑談をした。私の新しい免許の期限は5年だ。「私のは3年ですがねえ、3年なんて3回息をする間ですよ」という。なんだか納得が出来た。
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| 2011年9月30日(金) |
| 犬と歩けば・出発 579 |
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2011年9月30日(金) 9月尽 晴れ 強風
先日向かいの家の葬儀で受付を任された5人が、精進落としに招かれた。
私以外の4人は、奥さん(喪主)のグランドゴルフ仲間だ
話の内容から察して、皆さん私よりも年長らしい。然し週3回、もう何年も続けていらっしゃる皆さんはお元気で、飲み食いかつ喋りとどんどんヒートアップしている。
付き合いで私も2曲ばかり歌ったが、6時から始まって9時半を過ぎた頃にはあくびをかみ殺していた。それを察した喪主に断って、居酒屋のママの車で送ってもらった。
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| 2011年9月29日(木) |
| 犬と歩けば・出発 578 |
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2011年9月29日(木) 晴れ
新しい靴を持って、ケアハウスに義姉を訪ねた。義姉の足のサイズは21,5で、いつも靴探しに苦労する。いわゆる高齢者用の(履きやすい靴)は、2足買ってあるが履かない。デザインが気に入らないのだ。未だにかかとがほつれてきた夏用の靴を履いているので、気にしていた。先日駅前の靴屋の奥に小さなサイズがあるのがわかった。デザインも洒落ている。色は黒ではなく、ブロンズを選んだ。義姉は早速履いてみて、「良いね」と言った。
義姉はこの夏、本当に弱ったが、涼しくなって持ち直したようだ。また近くのスーパーへ、散歩がてら買い物に行けるようになって、甘いお菓子類を沢山買い込んだ。空気が乾いて気持ちの良い散歩をしながらお喋りをした。義姉は何回も「アタシは幾つになったの?へえーそんな歳なの」と言っては、笑った。
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| 2011年9月28日(水) |
| 犬と歩けば・出発 577 |
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2011年9月28日(水) 曇りときどき晴れ
編集長は淡々と入院手術の予定をこなして、退院も前倒しの気配とか。喜ばしい事である。従って、こちらの歓迎準備も整えることにする。
そういうわけで、いつもの料理屋へ「キノコ鍋」はいつ頃から始まるかと、聞いて見た。まあ、そんな答えも予想しないでもなかったが、今年は、いつも天然キノコを仕入れに行く栃木群馬などが、放射能の影響で天然キノコは売ってはならないとのお達しが出ているという。だから今、長野の方で入手先を探している所だという。10月になったらまた電話入れてくれない?という返事だった。難しいけれど、ダメだと言うことではない。
期待を持って、来月また聞いて見ることにする。
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| 2011年9月27日(火) |
| 犬と歩けば・出発 576 |
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2011年9月27日(火) 曇りのち晴れ
今朝、出掛けようと思ったら長袖だけでは寒くて、あわててカーディガンを探して重ね着した。
それに熱帯魚だ。冬になると餌は余り食べなくなると聞いてはいたがまだ9月、いつものように餌をやっていて昨日気づいた。水草の上や水槽のジャリの上に、食べ残しが積もっている!これはまずいと、水草を取りだし水底に積もった食べ残しを吸い取ったら、水槽の中が余計に汚くなった。しかし気温が低くて、全部の水を取り替える訳にはいかないし、だいいちその準備もない。
大鍋はあるが、魚ごとガスに乗せて温める訳にもいかない。
熱帯魚初心者として、これから次々と問題が起こりそうだ。
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| 2011年9月26日(月) |
| 犬と歩けば・出発 575 |
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2011年9月26日(月) 曇りのち雨
「重宝でカードなるべく使わない」昨日の句会で落選となった私の句。
でも、先月末お絵かき仲間の通夜にお花を贈ったときネットで依頼して、ついカード払いとしてしまった。と言うよりも、カードでしか受け付けないやり方だった。その後、直接頼める方法が分かって、電話でキャンセルした。先方からも、キャンセル確認のメールが届いて安心していた。
所が、引き落とし明細が来て、そこにちゃんとキャンセル分が引き落とす予定となっている。驚いて先方にメールを入れた。(ここは電話番号を明記していない。全部メールのやりとりでする)
連休が終わって、やっと先方から電話が架かって来た。返金するというが、支払日は来月初めで、未だ引き落としたわけではない。(返却伝票を切れば、取り消してくれるそうですよ)と、カード会社から聞いた方法を教えてやった。
しばらくして今度は取り消し伝票を出したので、本当に取り消されたか私に確認して欲しいと、言ってきた。その結果も私が先方に連絡して欲しいという。
頼みを聞いて、カード会社に2回電話して、結局データが届くのは1週間から10日もかかり、引き落とし日に間に合うかどうかも不明ということが分かった。私はミスをした会社とカード会社の間に立って、連絡を取った。これは本来顧客である私のするべき事ではない。然し「個人情報」とかがネックで、会社同士が直接連絡を取り合えないと言う。
やっぱりカードは、使わない方が良いと思いながら、未だ手元に何枚かある。
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| 2011年9月25日(日) |
| 犬と歩けば・出発 574 |
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2011年9月25日(日) 晴れ
今日は八千代川柳大会があった。
私は、「ぺこぺこ」の題で、トップを貰った。
「誰に謝ってんの地球汚して」と言うのがその句。選んでくれた選者は現役の高校国語教師で、文句なく嬉しい。
「もっとも」という題の私の句「嘘つきが集まって原子力 ムラ」は、あえなく落選。でもこれが一番の自信作だった。
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| 2011年9月24日(土) |
| 犬と歩けば・出発 573 |
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2011年9月24日(土) 晴れ
琴奨菊が今日12番勝って、事実上大関昇進を決めた。
良いニュースのなかった相撲界にも、震災後の日本にも久しぶりに嬉しいニュースだ。
今日はおばあさんの歌う会。3連休の中日とあってもみんな暇人で、ほぼ全員参加だった。
2時間たっぷりと唄って、すっきりとして帰った。
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| 2011年9月23日(金) |
| 犬と歩けば・出発 572 |
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2011年9月23日(金) 曇り
今朝起きてから、慌てて長袖に着替えた。
玄関にいる熱帯魚も、風が通ると寒いかなと考えたが、未だヒーターは入れてない。
曇りがちだが、爽やかな秋の1日だった。
今日は予定もなく、ビデオをみたり新聞をゆっくりと読んだ。
日曜日が私の参加している地域の川柳大会なのだが、宿題が未だ出来ていない。作句のネタ探しのつもりだったが、記事の内容にのめり込んでしまった
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| 2011年9月22日(木) |
| 犬と歩けば・出発 571 |
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2011年9月22日(木) 晴れのち曇り
台風が、今年の夏を連れ去った。
今日の通院日はフルに、動いた。築地で佃煮とメープルシロップを買い、シネスイッチ銀座で映画「人生ここにあり」を見て、日本橋高島屋で犬塚勉展、本八幡の陶器屋で吹きガラスのコップを買い、本八幡駅の伊勢丹Qで出汁とまあ、5カ所も寄った。イヤ病院へ行ったのだから、合計6カ所となる。本当は上野へも寄って「国宝展」も見たかったのだが、荷物が重いので止めた。
家人は、(こうなごとクルミの佃煮)が好きだ。これが築地の場外市場で買うとかなり安いので、ついでがあったときには1s買ってくる。今回は、味が良かったので(鰹の佃煮)と、メープルシロップも買ってしまったので、尚更重かった。
犬と歩けば・出発 570 |
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| 2011年9月21日(水) |
| 犬と歩けば・出発 570 |
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2011年9月21日(水) 台風15号
お昼頃区役所のスピーカーが、何か言っている。まさかここも避難しろと言っているのではないだろうと、耳を澄ました。すると、大和田排水機場が放水するので、花見川には絶対に近づくなという、警告だった。
寄るなと言われると、寄ってみたいのが人情。いつもの川がどんな顔を見せているのか見たい気持ちが少しあった。(昔だったら、行ったね。)
夕方、台風が近づいて風が強くなった。痩せすぎの家人は、風に飛ばされる心配があるので、重心が低く重い私がベルを散歩に連れ出した。ベルにもコートを着せ、完全武装で出掛けたが、100bぐらい行ったところで透明なビニール傘は、骨が折れてぐちゃぐちゃになった。ベルは抵抗したが、散歩はショートカットで済ませた。
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| 2011年9月20日(火) |
| 犬と歩けば・出発 569 |
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2011年9月20日(火) 雨
「なんだかだるいねえ」と、友人と長電話する。台風が近づいて10℃も気温が下がっている。
まるで台風の渦に巻き込まれたような感じだ。
人口200万人の名古屋市で、100万人に避難勧告や指示が出ている。そんなに沢山の人達は、どこに避難するのだろうか?
当地の避難場所は確か、小学校だが、そんなに安全とは思えない。むしろ自宅の方が川からも離れているし安全だと思うが、今度確かめておこう。
テレビは大相撲中継も中止して、台風情報を流している。
台風が日本列島を通過する明日1日、被害の少ないことを祈るばかりだ。
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| 2011年9月19日(月) |
| 犬と歩けば・出発 568 |
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2011年9月19日(月) 晴れのち曇り
夕べのNHKテレビで、国際宇宙ステーションからの生中継画像には、文句なく心が躍った。
地球が漆黒の宇宙空間と接する数百kmの空間を、「宇宙の渚」と仮に名付けて、そこで起きている様々の現象を、宇宙飛行士の古川さんが宇宙ステーションで撮影して送ってくれた映像である。
@雷が起こると、上空に対しても放電現象が起きてそれをスプライト(妖精)と呼ぶ。−まるで仕掛け花火だ。
A地球を包む大気が、夜になると光る大気光−こんなにもかすかな危ういもので、地球は守られているというオドロキ
B地球の上空から眺める流れ星は、まるで地球に刺さっているようにみえる。
Cそしてオーロラ。上から見下ろすオーロラは地球の極に戴く、光の冠のように見えた。
ゲストの一人が「地球って、こんなにも宇宙を関わっていたんだ」とつぶやいていたが、宇宙飛行士でなくてもあの映像を見れば、地球の存在は奇跡としか思えない。
私は「地球ってお金では買えないんだ」と、思った。(画像はネットで見られます。nhk宇宙の渚で検索)
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| 2011年9月18日(日) |
| 犬と歩けば・出発 567 |
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2011年9月18日(日) 晴れ
今日も暑い。
朝から熱帯魚の水を取り替えた。冬になったらこの作業は大変だろうと想像したが、掃除が終わって綺麗になると、見ている人間の方がさっぱりとした。ついでに人口調査をする。メス16匹、オス21匹だった。今年生まれも、体格はほぼ大人並みとなった。来年、このうちの何匹が産卵するのか分からないが、これ以上増えたら大変なことになる。
犬仲間のAさんは、餌に赤虫を与えているという。ふーん、たまには動物性タンパク質も与えたほうがいいのかと思って、熱帯魚の里親に聞いた。
すると「あら、人間だって熱帯魚だって同じよ。はじめっから良いものを食べさせちゃうとそれに慣れちゃうから、メダカの餌で良いのよ」ときっぱり。どこかでほっとしながらまた、メダカの餌を買って来た。
今度のメーカーは、宇宙に連れて行ったメダカの餌を開発したと、高らかにうたっていた。
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| 2011年9月17日(土) |
| 犬と歩けば・出発 566 |
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2011年9月17日(土) 朝のウチ雨のち晴れ
編集長は実に楽しそうですね。大人も子どもも楽しいことに打ち込んでいるときは、疲れなんて感じないもの。
でも高齢になると、遊んでいても疲れると言うことがこの頃、分かった。
今日は私も一番の楽しみの日で、油絵サークルがあった。毎年11月はじめにはお借りしている公民館の文化祭があるし、震災で半年ほど休館していた「花の美術館」が9月からオープンして、私達は11月下旬に展示室使用のくじに当たり、グループ展が開催できる事になった。
そんなわけで、11月には2回も作品の展示があり、私達は制作に追われることになったのだ。
私は3.11以来、震災をテーマにした絵を描いてきたが、どうもそれにこだわっていると気分的に疲れ、気持ちが沈んで仕舞うので今日は、新しいテーマに取り組んだ。
ただ心配なのは、Kさんが亡くなってから目に見えてTさんの元気がなくなったことだ。
みんなでお茶をしながら、Kさんの思い出話やあれこれのお喋りでも、楽しい時間を過ごした。
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| 2011年9月16日(金) |
| 犬と歩けば・出発 565 |
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2011年9月16日(金) 晴れ
お彼岸も近いのに、毎日暑さが続いている。
節電の緩和も話題になってきたのでもうそろそろと思っていたが、今日ベルと一緒に公園に行ったら、やはり大きな音を立てて水が流れていた。水路の掃除を兼ねて強く流しているのかも知れないが、水を呑もうと近づいたベルが、思わず前足を引っ込めるほどの勢いだった。
近くのスーパーへ買い物に行ったら、来月14日でポイントサービスは終了というチラシを配っていた。これまでも何回かポイントサービスの垣根が高くなっていたが、とうとうサービスそのものがお仕舞いとなる。
買う方も、1円2円に敏感だが、売る方も状況は厳しいらしい。
それなのに新しいスーパーが、近く開店の予定だ。
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| 2011年9月15日(木) |
| 犬と歩けば・出発 564 |
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2011年9月15日(木) 晴れ
気温が30℃を超えると、さずがに暑い。
戸外でホースを伸ばしてベルを洗った。ホースの水が跳ね返って、その熱さに驚いた。ホースの中に残っていた水は熱湯近い温度になっていた。ベルは何とも言わなかったが、慌てて中止し水が冷たくなったのを確かめて、洗い始めた。
手足や耳の裏側も洗って、乾いたタオルで拭き上げてすっかり綺麗になった。
お詫びも兼ねて、チーズを半分あげた。ベルはチーズには満足したようだった。
久しぶりにコープに「三陸産わかめ」が並んだので、迷わず買って味噌汁にした。やっぱり三陸のわかめは肉厚で柔らかくて、美味しい。
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| 2011年9月14日(水) |
| 犬と歩けば・出発 563 |
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2011年9月14日(水) 晴れ
鉢呂前経済産業相の「うつった」発言にあきれて、辞任は当然だと思った。
然し後任は「ただちには健康に影響はありません」と言い続けたあの枝野さんで、これもどうかなと思っていたら、早速「原発再稼働に産業経済相が前向き」のベタ記事が朝刊に載った。
一方鉢呂前経済産業相は「脱原発」を目ざし、かつ「TPP」には慎重な態度だったという。となると鉢呂前経済産業相は何者かにはめられ、野田首相の人選は何者かによって、訂正させられたというふうにも、見えてくる。
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| 2011年9月13日(火) |
| 犬と歩けば・出発 562 |
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2011年9月13日(火) 晴れ
夕べはこの秋初めての、栗ご飯を炊いた。
先日の新聞記事に「南相馬の栗は、出荷停止」と載っていたが、これから実りの秋、東北山里の人達の無念さを思わずにはいられない。
一方、今朝の毎日朝刊に「原子力の安全神話を作ってきた政界・官僚・経済界・学者・マスコミの(いわゆる)W原子力むらWが今も権威と力を保っている現実をどう理解したらいいだろう(沢田正)」という文章が載っていたが、違和感を持った。
そんなことはないでしょう。3.11以来原子力ムラは、連日批判されてきたのだから、少しは弱体化したでしょうと考えて居た。
所が、東電は殆ど真っ黒に塗りつぶした「緊急時運転操作手順書」を衆院科学技術イノベーション推進特別委員会(なんて長ったらしい名前だ!)に提出したと、ネットのニュースで見た。
なんでも知的財産や核物質防衛上の問題として、そんなことが許されるらしいが、知的財産や核物質防衛は人の命や子ども達の明日よりも大事なんだろうか?原子力むら健在は、本当だった。
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| 2011年9月12日(月) |
| 犬と歩けば・出発 561 |
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2011年9月12日(月) 中秋の明月 晴れ
午後の6時頃、友人と二人で新宿高島屋12階のテラスから月の出を眺めていた。
ビル群の中からぬきんでているのは、スカイツリーだ。その上には薄い藍色の空が拡がり、未だ明るさも十分ではない満月が登っていた。
視線を転じて下を見ると、意外に小さな緑の固まりは新宿御苑。道路にはもう車の光の帯が長く繋がり、流れていた。
再び目を上げてお月様を見ると、もう大分高く登って輝きも増していた。
お互いに万全ではない体調や、事情を抱えているが、都会の片隅でこんな風に時間を過ごすのもいいかと、しばらくそんな風にしていた。
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| 2011年9月11日(日) |
| 犬と歩けば・出発 560 |
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2011年9月11日(日) 曇り・雨・晴れ
裏の家のアイちゃんが、友達を連れてベルに会いに来た。
「べるって本当に可愛いわね」とかお世辞を言ってくれる。それに1年生なのに、有難うございますとか、嬉しいですとか二人ともいちいち丁寧語を使うのだが、今時の子どもの傾向なのだろうか?
昨日から大震災(3.11)とニューヨーク貿易センタービル(9.11)の特集番組がつづいているが、悲惨な映像は私的にもう受け入れる余地がない。
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| 2011年9月10日(土) |
| 犬と歩けば・出発 559 |
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2011年9月10日(土) 晴れ
川柳句会から戻った家人が「今日はドジョウの勢揃いだった」と言った。今日は、私も歌の日で、先生が「ドジョウに関係する歌を最初に歌いましょう」とか言って、「どんぐろころころ」と「どじょっこのうた」を歌った。出身地だからといって、新首相に人気や、期待があるわけではない。仕事をしないうちから「放射能がうつる」なんて暴言を吐いて、風評被害を助長する新大臣がいるのだから、残念ながら期待は持てない。
歌仲間のAさんは「大臣は仮設住宅に来て、泊まってみればいいのよ。そうしたらどんなに暑いのか分かるから。それに冬だって、あそこの冬はここと違って半端じゃないからね」と、口を尖らせていた。「家も仕事も家族もなくて、本当に気の毒なんだから」とそこまで言って、涙ぐんでいた。
宮城県出身のAさんは石巻に親戚がいらっしゃるとか。
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| 2011年9月9日(金) |
| 犬と歩けば・出発 558 |
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2011年9月 9日(金) 晴れ
中秋の明月(9月12日)が近い。お月様が輝きだした頃、お向かいのおばあちゃんが「もうたべちゃったあ?」と言いながら、炊きたてのお赤飯を届けてくれた。何か良い事あったのと聞いたら、「いやなんだか食べたくなったから・・」という。有難く夕飯に戴いた。
昨日は初めてパッチワークというものを経験した。15枚の端切れを縫い合わせて長方形にするのに、夜遅くまでかかってしまった。
そんなわけで今日は1日ぼーとして過ごした。
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| 2011年9月8日(木) |
| 犬と歩けば・出発 557 |
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2011年9月 8日(木) 晴れ
ナデシコジャパンが、引き分けで第3試合が終わった。
ナデシコだって良かったが、それ以上に北朝鮮の「勝ちたい」という強い思いがビシビシと伝わって来るゲームだった。
昨日、モーニングショウで「高校生の援助交際の実態」なるものを流していた。その中でコメンテーターが、「援交って、結局は売春でしょ?言葉を言い換えて本質を誤魔化すのは良くない」と発言していた。
そういえば原発関連ニュースでは、「放射性物質」或いはセシウム、ストロンチウムなどとよく分からない言葉を使っている。今回の福島第一原発事故までは確か、放射性物質でなくて「死の灰」と言っていたはずだ。
【死の灰】核爆発や原子炉内の核反応によって生じる放射性微粒子の通称。ストロンチウム 90 やセシウム 137 の核種を含み,永く残留して生物に放射線障害を引き起こす。三省堂 『ハイブリッド新辞林』
身近に事後が起きてみると、死の灰という言葉は確かに強すぎて引きたくなる。然し、放射性物質と言い替えても、その危険性が少なくなるわけではない。 |
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| 2011年9月7日(水) |
| 犬と歩けば・出発 556 |
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2011年9月 7日(水) 晴れ
台風12号の大雨で、山津浪が起きた紀伊半島・十津川村は、去年油絵サークルの仲間たちと旅したところだ。
南北に細長い奈良県の五条から和歌山県・新宮まで国道168を延々6時間掛けて、路線バスが走っている。
私達は十津川村で村営宿泊施設・昴に泊まって、其処に2泊してレンタカーで観光して歩いた。と言っても目的は、果無部落(はてなしぶらく)在住の絵のモデルになったおばあちゃんに会うことだった。
車の通る道路はあったが、山をぐるぐると登り詰めたところにおばあちゃんの家はあって、(娘さん夫婦が定年になって、下から上がってきて一緒に暮らしているとはいえ)私達は人里離れた場所でどうやって生活出来るのかと、不思議に思った。おばあちゃん達に言わせれば、私達の疑問が不思議らしい。毎日の買い物は下の店に、少し大きなものは田辺や新宮に行けばいいんであって、なんの不自由もないのだ。
然し、台風12号の豪雨でヅタヅタに切断された道路を見ていると、どうしているかと気になる。
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| 2011年9月6日(火) |
| 犬と歩けば・出発 555 |
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2011年9月 6日(火) 晴れ・曇り
今日は川柳句会。
選者のしゅんさんに、(この頃冬瓜らしい句がないねえ)と言われていたが、今日は久しぶりと言って1句抜いて(選んで)くれた。
お題は「キラキラ」△老人の入れ歯も狙う金高値。
他のお題「乱す」△ときめいた心臓いまは不整脈△あの日から暮らし棘さすシーベルト
お開きとなって、10人でいつものガストに寄って食事。
食事時なのに、店内はいつもの三分の一ぐらいの客しかいなかった。やはり食中毒事件が効いているのだ。
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| 2011年9月5日(月) |
| 犬と歩けば・出発 554 |
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2011年9月 5日(月) 晴れ・曇り・雨
ケアハウスに義姉を見舞った。
電話で事務所の人に聞いていたよりも元気な様子だったが、表情は乏しかった。
スーパーへ買い物に誘ってみたら、行くと言う。7月、8月は誘っても断っていたから、幾らか体調は良いのだと思う。
所で今日の義姉は、スカートを履いていた。黒いレースのロングスカートだ。
施設に入るようになって初めてのスカート姿に、びっくりした。ウエストはゴムで、触ってみるとウエストは緩いと言うほどではないのだが、スカーフでウエストを縛っている。うーん、また何か理由がありそうだが、今は不明。
帰りに施設長に呼ばれた。今日、行く事は電話の時に言ってあった。
開口一番「そろそろ退所を考える時になりました。」と切り出された。病状が悪化して、自立型のケアハウスにあわなくなってきていることは、5月に入院したときから考えて居たことだ。今後の選択肢はあまりないこと。お金の負担もあるが、その時はそれでも移って貰いたいと言うことだった。理由としてはその方が病気を沢山抱えた義姉が、経験豊富な看護士に介護して貰えるという。
いろいろと問題はあるが私としては、「移る先を探して下さい」と言われなくて、良かったと思っている。
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| 2011年9月4日(日) |
| 犬と歩けば・出発 553 |
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2011年9月 4日(日) 晴れ・曇り
家人は「アイス」が好きだ。
家庭用のアイスパックを買って冷凍庫に入れておくと、ちゃーんと嗅ぎつけて食べている。いつもチェックをしているのだろう。そんなに好きなら、自分で好みのを買ってくれば良さそうなものだが、それはしない。
家人はすごく痩せているし、(昔ほどではないが)今も走っているので、糖尿病になる心配もない。
「あ、これは2点だ」アイスを食べ終わった、家人が言う。どれどれと見たら、アイスのスティックの部分に2点と焼き印があった。「さっき食べたのは1点だった」何て言いながら、どこからか出してきた。私も食べたが、焼き印なんて気にもしなかった。「何点溜めれば良いのかな」と言うから、アイスの箱に書いてあるんじゃないかと、教えた。
しばらくして私がその話題は忘れた頃、「50点だって」とアイスの箱を見ながら言った。「そんなに食べたら、お腹壊すでしょ」と私に叱られても「何と引き替えてくれるのかな?」と、粘っている。「え、ランチボックス?そんなのいらないや」と独り言を言っていた。
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| 2011年9月3日(土) |
| 犬と歩けば・出発 552 |
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2011年9月 3日(土) 晴れ・曇り一時土砂降り
夕方の5時頃、お絵かきが終わってみんなで片付けをしていたら、公民館の2階の窓から虹が見えた。
それも続いて2つも懸かった。初めのは下の空に、次のは空高く大きく懸かった。
七色の虹を見ると、何となく良い事があるような気がするが、四国中国地方では大雨の被害が出ている。
被害者の方達は口を揃えて、「災害で避難するなんて、他人事だと思ってた。まさか自分が被災するなんて思ってなかった」と言う。自分の身に起こらなければ、私も同じ思いだ。
「福島第一原発に近い産地の新米について、放射性物質が検出されなくても飼わないという女性既婚者の割合」は、関東で3割(34,9%)関西で4割(44,7%)という、調査結果が夕刊に載っていた。
これは庶民が、国や東電の各種発表は信用できないと、言っているんだと思う。
国が言うように「直ちに健康に被害はない」かも知れないが、それはまた「X年後に健康被害がありますよ」と言ってるとも聞こえるのだ。
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| 2011年9月2日(金) |
| 犬と歩けば・出発 551 |
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2011年9月 2日(金) 晴れ・曇り一時土砂降り
もう9月になった。
急に思いつ1て、日本橋のブリジストン美術館まで「青木繁展」を観に行った。
地下鉄に乗って行くのだが、つい「こんなところで地震にあったらどうしよう」と考える。若いときには考えなかったが、都会というのは怖いものが沢山あるから、体力も弱ったらなるべく近づかない方が良いと思う。
所で、美術展を見て青木繁の恋人・福田たねの事を知りたくなった。あの時代(明治中期)に、画家になろうと栃木から出て来た女性というのは、どんな育ちでどんな人生を送ったのか?会場での説明では(美人で気が強い)としか書かれていないが、青木繁との子どもをひとり音楽家に育てている。
福田蘭童と言って、笛吹童子の主題歌(ヒャラーリ・ヒャラリーコ・ヒャリーコ・ヒャラレーロ)を作曲した人だ。これから研究する女性も出てくると思う。
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| 2011年9月1日(木) |
| 犬と歩けば・出発 550 |
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2011年9月 1日(木) 曇り一時雨
台風12号の雨空を伺いながら、ベルと散歩に出掛けた。
いつもなら8月になると見られる赤とんぼは、去年も今年も見ていない。公園の小川に群がる黒
くてお腹の所だけ白いコシアケトンボも、今年は節電で小川の水を止めたのでいない。
それでも目を上げると、斜面に真っ赤な彼岸花が、黄色の彼岸花が咲いていた。
公園まではとっとと歩いていたベルも、蒸し暑さが効いたのかやたらに座り込んで休みたがる。
いや、あちこち様子を伺っているので友達を探しているのかも知れない。
このお天気では誰も出てくる様子はなく、納得しないベルをおやつで釣って、帰った。
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| 2011年8月31日(水) |
| 犬と歩けば・出発 549 |
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2011年8月31日(水) 晴れ
初めて「楽屋」と言うものを、見物した。
友人がボランティアで教えている囲碁の生徒さんに、前進座の昔の女優さんがいた。83歳の彼女は現役を退いて、もっぱら後輩の演技指導に当たっていたが、80周年記念公演「夢千代日記」の準主役が病欠となり、代役を引き受けたのだ。そのことだけでも、彼女の年齢を考えて私達はびっくりした。
そして初日の今日。私達(彼女の囲碁仲間と私)は、新国立中劇場に駆けつけた。流石に経験を積んだ女優の面目躍如で、彼女に大きな拍手が送られた。私は彼女の立ち居振る舞いの美しさに、感動した。昔は普通にあった日常の動作だ。
公演終了後私達は、案内役(?)に連れられて1階部分の楽屋に降りると成る程、大部屋から3人部屋、その奥はのれんに名前を染め抜いた個室が続いて、彼女の楽屋はその一番奥にあった。ここはお風呂まで付いているとか。テレビやドラマで見るのと同じねえとか言いながら、見物した。
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| 2011年8月30日(火) |
| 犬と歩けば・出発 548 |
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2011年8月30日(火) 晴れ
今朝の朝ドラ「お日さま」で、主人公夫婦が(戦後初めて)飴を食べるシーンがあった。そうそうと、それを見て私も思い出した。
初めてキャラメルを食べたときの事は、能く覚えている。
今でもキャラメルは1個づつ油紙に包まれているが、昔のキャラメルは、夏は溶けたのだ。
近所のキャラメル工場に勤めているおじさんが、溶けたキャラメルを一斗缶で貰ってきて、それを近所の子ども達に分けてくれた。水飴のように箸の先に絡め取って。
キャラメルはそれまで食べたさらし飴やニッキ飴、きなこ飴のどれとも違う、西洋の味がしした。
更にチョコレートキャラメルを食べたのはずっと後、小学校に上がって高学年になってからだったと思う。
村岡花子訳で「赤毛のアン」を読んだとき、孤児のアンが初めてチョコレートキャラメルを食べて感動する場面に、自分を重ねたものだった。
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| 2011年8月29日(月) |
| 犬と歩けば・出発 547 |
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2011年8月29日(月) 晴れ
水槽ごと頂いてきた熱帯魚(ネオンテトラ)は、1週間か十日置きに下三分の一位ずつ、水の交換はしてきた。然し約2ヶ月経って、水槽の汚れが目立つ。そこで2,3日前からくみ置いた水もそろそろ良かろうかと、朝から水槽の掃除にかかった。
実は熱帯魚は飼った事がなくて、貰ってきてからネットで「飼育法」なんてのを読んだが、私にはマニアック過ぎてついて行けなかった。
でまあ、昔金魚を飼った経験を思い出しながら、自分流でやることにした。
先ず水槽内のテトラを、ネットで掬ってバケツに移しながら人口調査を実施。調査に多少抵抗するのもいたが、38匹と判明。なお今回、雌雄の別は調査員の未熟により不明。次回に持ち越す。
次に水槽内のエアーポンプや水温計、大きな石や水草などを取りだす。次はいよいよ水をかき出し、底のジャリを取りだして洗った。ここがテトラのトイレになっていた。
部品を全部洗い終わって、出したのとは逆の順序で構成して行く。
先ず砂利を敷く。これは重いのと、扱い安くするために三分の一にした。水草も多いような気がしたが、多い分はおひたしにして食べる訳にもいかないので、そのまま戻した。エアーの管が一カ所ねじれていたのもなおした。
見た目はこれですっきり、さっぱりとしたが、テトラたちのいごこちはどうなのだろうか?壁を突っついているヤツもいるから、(あら、ここに生えていた苔がないわー)なんて言っているのかも知れない。
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| 2011年8月28日(日) |
| 犬と歩けば・出発 546 |
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2011年8月28日(日) 晴れ
熱帯魚の為に、バケツを3つ並べて日向水を作っている。
そこへ今日、シオカラトンボがやってきていた。どこから来てどこへ帰るのか、彼らの超能力には脱帽だ。
朝昼の気温差がはっきりしてきたので、金魚屋へ寄ってヒーターを買った。
今はサーモスタット機能も付いて、26℃を保つという。
店内をあれこれ見て廻ると、鮮やかな青い魚がジャム瓶ぐらいの大きさの中で、1匹泳いでいた。
見とれていると、それは魚で肺呼吸をするので水槽にぶくぶくは入らないと、背中の方から店主が教えてくれた。
結局、直ぐには入らないものも買ってしまった。
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| 2011年8月27日(土) |
| 犬と歩けば・出発 545 |
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2011年8月27日(土) 曇り
夕方からズドーン・ズドーンと腹に響くような音が聞こえて来た。印旛沼が東京湾へと流れ出る「新川」の花火大会だ。でも肝心の花火は見えないから、テレビで中継している花火大会の画面をみる。
花火師というのは試しが出来ないのに、どうしてイメージ通りの花火が作れるんだろうかと、不思議でならない。
今日は「歌う会」で、「ばあや訪ねて」(NHKラジオ昭和22年川田正子)という歌を唄った。
前回唄ったのは小学生の時だったか、或いは中学生になっても歌ったことがあったか、そんなにも古い話だ。でも、歌い始めるとすらすらと歌えてしまうから不思議なものだ。昔のことは能く覚えている証拠だ。
私の隣のAさんが、最前列左端に座って居るBさんの顔付きがこの頃変わってきたと不思議がる。
Bさんは最近カツラを被ったことで、なんとなく自信が持てたんではないかと、想像した。
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| 2011年8月26日(金) |
| 犬と歩けば・出発 544 |
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2011年8月26日(金) ときどき土砂降り雨
ベルが激しく吠え立てた。出てみると大きな男がふんぞり返って、立っていた。漫画のクレヨン新ちゃんのようなおかっぱ。ショッキングピンクのTシャツに黒のジャーシーズボン。右手指には不似合いのかまぼこが光って居る。
まん丸の顔は日に焼けて、まん丸い目におちょぼ口。怖いけれど可愛いとも思える顔だ。おちょぼ口が一斉にはじけて、機関銃を発射したようにしゃべり出した。「自分は、不要品回収に廻っている。回収と言っても買い取る。壊れた指輪切れたネックレスなど貴金属などはないか?」と言う。ハハーン、今はやりの押し込み金叩き買いだなと理解した。「今、隣の奥さんにも話をしてきたのだけれど、こう言うのは来ませんか?」何を抜かすか、隣の奥さんはこの冬亡くなったばかりだ。「向こうの奥さんにも買わせて貰ったんですが、良く来るって言ってましたよ」だあれ?Aさん、Bさん。みんなしたたかなオバサンばかりだ。でも追い詰めて、開き直られたら困る。(ああ、残念だけれどウチは貴金属なんて金目の物はなんにもないのよ)と、恨めしげに言って追っ払った。
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| 2011年8月25日(木) |
| 犬と歩けば・出発 543 |
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2011年8月25日(木) 雨のち曇り
土曜日に見舞ったお絵かき仲間のKさんが、昨夜急逝した。
サークルが始まった最初からの仲間は、KさんTさんと私の3人だけが残った。
取り急ぎTさんと2人で自宅を訪問して、Kさんに会った。
奥さんの話によると、入院して大部屋にいたときは冗談を言って、みんなを笑わせていたとか。
車が大好きだったKさんは、私達を車に乗せて気安くどこにでも連れて行ってくれた。
楽しい時間は、あっけなく過ぎてしまうのだ。
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| 2011年8月24日(水) |
| 犬と歩けば・出発 542 |
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2011年8月24日(水) 晴れ・雨
北海道から新米が届いた。去年初めて頂いてとても美味しかった「ひめぴりか」だ。
今年のは「ひめぴりかブレンド」米で、おぼろづきが2割混じっている。「ひめぴりか」が有名になって、品薄になったのかも知れない。
それにしても、北海道からお米が送られて来て、それが嬉しい時代になったのだ。
それにもう一つ、例年なら先ず千葉県市原市の甥から新米が送られてくるのだ。それが今年は、放射能残留検査で手間取っていると、先日の電話で言っていた。
ならば千葉県の北部、いや東北の産地の苦悩を思うと、新米だと言って浮かれていられない。
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| 2011年8月23日(火) |
| 犬と歩けば・出発 541 |
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2011年8月23日(火) 晴れ
真夏の日差しと共に、朝から一斉に蝉の鳴き声も戻った。8月だからやむを得ないか。
午後からドコモの事務所に出掛けた。8月分の利用料が、一気にいつもの4倍もになっていた。考えられるのはメールで送られて来た写真だが、それもいつもより特に多いと言うわけではない。そこで事情を聞きに行った。
原因はやはり7月25日に送られて来た、写真が原因だった。
その日1回目は写真が2枚、2回目は容量が大きすぎて受け取れなかったがそれでもそのパケット代だけで、1万3千円にもなっていた。今のケータイ写真は精度がデジカメ並に良くなって、その分パケット代が嵩むという。成る程そのケータイ写真をA4に伸ばしてプリントしたが、鮮明に出た。
これで原因は分かったが、事後処理と今後の対策である。受付嬢が言うには「月々一定額を支払えば、限度以上(この場合パケット代で4千円)の請求はない。」「今その制度に入れば、7月から入っていたと言うことになって、8月分請求はそのままだが、9月分で差額を返却する」と言うのだ。
私に異議はなく、その場でその制度に入った。電話だけでなく、出掛けて行って良かった。
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| 2011年8月22日(月) |
| 犬と歩けば・出発 540 |
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2011年8月22日(月) 雨のち曇り 室温22℃
市役所から「検診の補助券」が送られて来た。
その中に「歯科検診券」があり、市内の提携病院で受診するようにとあった。
私は隣の市との境に住んでいる。30数年来の掛かり付け医は、隣の行政区域となる。役所に電話して尋ねると、「当市の券を使用できるのは、あくまで当市内に限ります」と、予想したとおりの回答だった。
もう少し、柔軟な利用を認めてくれても良いと思うね。
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| 2011年8月21日(日) |
| 犬と歩けば・出発 539 |
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2011年8月21日(日) 雨 室温22度
今日も涼しい。夕方洗い物をしていたら、水道水が温かく感じられた。
最近ベストセラー「ミレニアム3部作」を読んだ。天才ハッカーが、そのすご腕で国家権力に打ち勝ち、或いは不正蓄財したところから巨額の資金を抜き取ってしまうという痛快な小説だった。小説の中の彼、彼女らハッカーのテクニックが、どれだけ現実的なのか私には分からないが、一旦ネットに載った情報は裸なのだと言うことが、よく分かった。
最近ハッカーがもてはやされているというニュースも、その証明になると思う。
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| 2011年8月20日(土) |
| 犬と歩けば・出発 538 |
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2011年8月20日(土) 曇り
油絵のお稽古が終わってから、近くの病院に入院している仲間のAさんを見舞った。
奥さんの話では「痩せてしまったので誰にも会いたくない」という話だったがその翌日、本人から電話が架かって来た。「応急手術も終わり病名も確定し、個室に入れたので来て貰っても良い」とのこと。それならと早速翌日(つまり今日)5時過ぎになるとメールして、出掛けたのだった。
Aさんは、すっかり精神的に参っていた。でも病気と上手く付き合いながら、あれこれと楽しんでいる私の友人達の話を聞かせた。
そして長年腸閉塞と付き合っている友人から聞いた話も聞かせた。
点滴だけでも命に別状ないが、精神的に参る。口から食べ物を入れないと気持ちが安定しないと。(だからね、食べ物を口の中で噛んで、呑み込めなかったら吐き出せばいいのよ)と、教えた。
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| 2011年8月19日(金) |
| 犬と歩けば・出発 537 |
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2011年8月19日(金) 雨
Aさんに連れられて、JA農産物直売店「しょいかご」行った。お盆も終わり、折からの雨の所為か店内は閑散としている。Aさんは「漬け物、漬け物」と、何よりも漬け物を探す。私も水なす4ヶ150円、白瓜の漬け物150円などを買った。Aさんは里芋も見つけた。新いもはお尻が白くて、初々しい。Aさんは衣かつぎにするという。私は、口の中でねっとりとした口当たりと甘さを想像しながら、けんちん汁にしようと思った。
昨日の室温34℃に較べて、今日は26℃。麦茶よりも熱いほうじ茶、冷えたビールよりも日本酒(いちいちうるさく清酒と言い換えた人もいた。)に手が伸びるが、この急激な気温差に身体が追いつかない。
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| 2011年8月18日(木) |
| 犬と歩けば・出発 536 |
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2011年8月18日(木) 晴れ
一旦良くなったアセモが、またぶり返した。昼頃、頭痛がして気持ちも悪くなった。
これは例の「熱中症」に違いないと、体温を測ったがいつもと同じ。
然し安全策を採って、午後の外出は止めた。
夕方自転車で買い物に出ると、向かいのおばあちゃんがリュックを背負ってもこもこ歩いている。「これから夜遊びー?」と声を掛けたら「えへへ、薬屋」と返事があった。
交差点を渡った向こう側は一寸した坂になっている。一気に登り切れずにもたもたしていたら、自転車に追突された。危うくバランスを取って倒れるのは免れたが、やはりこういう時はもう、一旦自転車から降りなくてはいけないんだと、肝に銘じた。ぶつかってきた若い女性は「大丈夫ですかあ〜」と言いながら、行ってしまった。
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| 2011年8月17日(水) |
| 犬と歩けば・出発 535 |
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2011年8月17日(水) 晴れ
昨日姉娘が帰って、やっと今年のお盆も終わった。
この暑さもあと1日だと天気予報は言ってるが、本当だろうか?
2学期ももうすぐ始まるが、未だにむき出しの原子炉からは、毎日どの位の量の放射線が出ているのか?またそれは、どこに降り積もっているのか心配だ。
熱帯魚の水を取り替えたり、玄関先の雑草を少し抜いたりして暑い1日を過ごした。
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| 2011年8月17日(水) |
| 犬と歩けば・出発 534 |
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2011年8月16日(火) 晴れ
毎日炒られる様な暑さだ。
舗装された道路、コンクリートの建物などが気温を押し上げていると、歯の治療に行って先生と話した。
ベルの居る廻りは、朝、昼と水まきをしてついでにベルのお腹も冷やしてやる。
所で今(午後9時台)の電力使用状況は、75%と表示されている。が、しばし待てよ。この数字って、東電が発表した数字を鵜呑みにしているだけであって、誰かが検証した数字ではない。
福島原発が津波で壊され、発電不能に陥った後計画停電というのがあった。未だ寒い頃で、炬燵の中に湯たんぽを入れて真っ暗な中でじっとしていた。
でもあの時も東京は停電にはならなかったし、ネオンサインも消えなかった。そして今、節電節電と連呼しながら、東北電力へ融通するほどの余裕を見せている。となるとやっぱりあの数字は眉につばを付けて見なければならないらしい。
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| 2011年8月15日(月) |
| 犬と歩けば・出発 533 |
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2011年8月15日(月) 晴れ
夕べは旧暦7月15日の満月。盆の月と言うらしい。数日前からふくらみ始めていた「月下美人」は、昇る月に会わせてゆっくりと開花し始め、その高貴な香りをあたりに漂わせている。
実はこの前にも「月下美人」は咲いて、家人は躍起になってTちゃんに見せたがったがTちゃんは、一向に興味を示さなかった。
帰省中の姉娘は、(満月に手のひらを向けて願うと、手相が替わる−生命線が伸びる)とか、言う。そうかいと私は素直に応じて、両腕を満月に突き出して手のひらをお月様に向けた。そして(どうぞ、長生きしてもおむつを使わないで済むように。)と、唱えた。娘は(そこまで細かく聞いてくれるかしら?)と笑ったが、(イヤ、願いは具体的な方が神様もやりやすいと思うよ。)と返事した。静かな真夏の夜だった。
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| 2011年8月14日(日) |
| 犬と歩けば・出発 532 |
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2011年8月14日(日) 晴れ
Tちゃんと入れ違いにやって来た姉娘と、スーパー銭湯へ出掛けた。
脱衣場でのこと。風呂から上がった2つか3つの子がよちよちとやって来て、お母さんのお尻を見てその足に抱きついた。抱きつかれたお母さんが振り向いて、幼子と目があった。わーどうしよう、人違いだったらしい。オバサンはニコニコとしたが、幼児は照れくさそうに下を向いた。その事件に気がついた周りの人達に、微笑みが拡がった。
私達は、新人なのか力尽くの「アカスリ」をして貰って、それでもさっぱりとして、余熱が残る街へ出た。
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| 2011年8月13日(土) |
| 犬と歩けば・出発 531 |
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2011年8月13日(土)お盆 晴れ
朝のウチに墓参りに行った。ついでにお寺によって、お施餓鬼会の申し込みをする。
愛想良く応対に出て来た住職の奥様は、色白の美人だ。でもぽっちゃりしていたのが、少しイヤかなり痩せたようである。
帰って姉に言うと「そうなのよ。それに歳を取ってから痩せると、顔ばかりしわくちゃになるんだわ」と答えた。
やっぱり歳を取ると言うことは、そういうことなんだと自分のお腹を見て、思った。
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| 2011年8月12日(金) |
| 犬と歩けば・出発 530 |
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2011年8月12日(金)酷暑 晴れ
「おばあちゃんが付いて行くのは、絶対にイヤ?」私は(絶対というわけではないけれど・・)という答えを期待して、2年生のTちゃんにこうたずねた。
一寸譲歩したら、そこが大人のずるさでこじ開けようという算段だった。
乗り換えなしと言っても、32駅1時間20分の初めての1人旅。私が1人で電車に乗ったのは3年生の時。あの時代よりも今の方が遙かに危険に満ちている。それにテレビ・ビデオを見ている以外はしょっちゅうゴム鞠のようにはじけて動いているTちゃんが、果たして車内でじっとしていられるかも心配だ。
私の問いかけに、Tちゃんは大きく頷いた。私ははっきりと拒絶されたのだ。ため息をひとつついて、気持ちを切り替えた。
万一の事故(電車の遅れや故障、切符をなくした時、駅でお父さんと会えなかった場合)を想定して対処方法を教え、彼の名刺(迷子札)を作って、小銭と一緒に持たせた。
Tちゃんの大きな黒のリュックには、着替えやパジャマの他にグローブが2個とボール(爺ちゃんとキャッチボールをするため)、漫画本その他が入って居る。126pのTちゃんが背負うと、リュックが歩いているようだが勿論そんなことは言わない。始発の電車に乗せ、彼に促されて私は電車を降りた。顔がこわばるのが、自分でも分かった。発車時間をメールで父親に送った。
それから1時間半後、「会えました」と、父親からメールを受け取ったとき「Tちゃんばんさーい」と、返信した。
この夏、彼は「少年時代」の階段をひとつ登った。
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| 2011年8月11日(木) |
| 犬と歩けば・出発 529 |
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2011年8月11日(木)酷暑 晴れ
この暑さに元気はつらつ、食欲もりもりなのは熱帯魚だけ。水槽の水温は気温に連動して、今日は34℃もある。
我が家の居心地はそんなに良いのか、Tちゃんはもう一つ延泊となったから、千葉市のきぼーるで1日遊んだ。
8,9,10階の展示体験器具は、説明書きを読んだだけでは操作方法も分からないが、係員やボランティアのお爺さん達が上手くサポートしてくれる。理屈なんか一切抜きで、Tちゃんは力一杯押したり、引っ張ったり、叩いて音がするのが好きなようだった。
お昼は1階のスーパーで弁当を買って食べ、午後はゆったりとプラネタリュームを見物した。
丸半日、Tちゃんの丸いお尻を追いかけていたが、ぜーんぜん疲れなかった。
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| 2011年8月10日(水) |
| 犬と歩けば・出発 528 |
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2011年8月10日(水)
晴れ
昨日の午後、2年生のTちゃんが母親に送られてやって来た。彼は我が家に1人で2泊し、帰りは三鷹まで1人で帰る予定。
さあて、じじばばとはナント気楽な立ち位置だろうか。うるさいことや厭がられることは一切言わない。彼の希望は120%叶えてあげる。テレビ・ビデオは見放題。食事は食べたいものだけ食べればいい。勿論宿題がどうのなんて言わない。ビデオ屋では「たびたび来るのは面倒だから、もっと借りなさい」とあおる。
不安になったのか夕べは、ビデオを見てて9時になったら「もう寝なくちゃ」と、自主的にお風呂に入って寝た。お風呂からすっぽんぽんで出て来た彼は、こそこそと自分のリュックの陰に回り込んで、パンツをはき寝間着を着ていたが、私は気がつかない振りをしていた。
3月に家族で来た時は、平気で裸で兄弟と走り回っていたのに。
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| 2011年8月9日(火) |
| 犬と歩けば・出発 527 |
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2011年8月9日(火)長崎原爆忌 晴れ
「欠食児童」と言う言葉は今、どの位の人達に理解されるのだろうか?
俳句のサイトで、かつて欠食児童であった作者のこんな述懐があった。
「私も学校に弁当を持っていけない子だった。弁当の時間に何人かの「欠食児童」といっしょに校庭に出て、ただぼんやりしていた時間は忘れられない。大人になってからのクラス会で、そんなぼくらに自分の弁当をわけるべきかどうかと悩んでくれていた友人がいたことを知った。「でも、オレは分けないことにした。きみらのプライドが傷つくと思ったからね」。こう聞かされたとき、私は思わず落涙した。お前はなんて優しくて偉い奴なんだ…。傷ついていたのは、欠食児童の側だけではなかったのだと、深く得心したのだった。(清水哲男)」
私のクラスにも、欠食児童はいた。イヤ彼はタクワンを長いまま持ってきて、机の蓋(昔の机は、蓋が開閉できた)に隠して食べていたから、完全な欠食児童とは言えないかも知れない。私だって持参した弁当は、とてもとても弁当と言える代物ではなかったが、それでもお昼の弁当の時間になると彼を意識して辛かった。
過食の時代と言われて久しい。その分、無くしたものはなんだろう?
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| 2011年8月8日(月) |
| 犬と歩けば・出発 526 |
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2011年8月8日(月)
10時頃にはもう、室内気温は32℃に上がっていた。
とにかく暑くて、サルスベリが真っ赤に咲いていて、テレビラジオから高校野球が聞こえてくるいつもの夏で、何となくほっとしている。
サルスベリは別名「くすぐりの木」といって、その幹をくすぐると枝先に咲いた花が揺れるという。勿論ウソだとは分かっているが、公園へ行ったときにあのつるつるした幹を指先でくすぐってみた。エマのお母さんに「何してるの?」と聞かれたが、「んー、ちょっと」と答えて誤魔化した。勿論、花は揺れなかった。
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| 2011年8月7日(日) |
| 犬と歩けば・出発 525 |
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2011年8月7日(日) 晴れ
ケアハウスに義姉を見舞った。
「(義姉は)どういう訳か、午後になると居室の冷房を切ってしまうので、午後はなるべく食堂に呼んで作業をして貰っている」と、事務所で聞いていた。
作業と行っても、ちぎり絵など手先の遊びだ。先日設置したテレビの様子が気になると、家人も付いて来た。この頃は、義姉の近親者の足がすっかり遠のいている。義姉は家人を見ると、嬉しそうにした。
義姉の体力を考えて、お彼岸になったら幾らか暑さも収まるだろうから、お盆の墓参りは私達だけで行ってくると、話をした。義姉は「そうだね、連れて行かれるかも知れないからね」と言って納得した・・と思う。
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| 2011年8月6日(土) |
| 犬と歩けば・出発 524 |
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2011年8月6日(土) 晴れ 66回目広島原爆忌
8月第一土曜日。久しぶりに最高気温は30℃を超えて暑く、夕方になるとあちこちから笛太鼓の音が聞こえている。
昨日、歯医者で経過を見て貰った。改めて今回の歯痛の原因説明を受け、私は「痛みは骨身にしみたから、これからは注意する」と、答えた。
「それがさあ」と先生は笑いながら「何度もやっちゃうんだよね」と言った。大きい原因のひとつは老化で、目も鼻も耳も歯も弱っている。所が各人、気持ちは若いときと同じ、生活習慣もほぼ変わらない。だから気持ちと身体のギャップが同じ失敗を繰り返すというのだ。
ま、先生は多くの患者を診てきた経験からそういうのだろうから、こちらとしては一言もない。「これから10年20年、入歯なしで頑張るのだろうから、せいぜい気をつけて」と、釘を刺された。
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| 2011年8月5日(金) |
| 犬と歩けば・出発 523 |
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2011年8月5日(金) 晴れ一時雨
夕方、ベルと散歩に出ようとしたら、それまで晴れていた空は一転にわかにかき曇り、ゴロゴロ雷鳴が鳴り渡り、今でもざーっと降り始める気配。しばらく様子を見ていたが、思い切って出掛けたのが5時頃だった。
閉館間際の図書館に寄ってから公園へ向かって歩いていると、虹が見えた。大空にかかった綺麗な虹を見ると、訳もなく嬉しい。希望とまで行かなくても、何か良いことがあるように思える。
然し考えはやはり、被災地へと戻る。例えば福島の双葉町、浪江町など人々が強制避難したゴーストタウンにも虹は架かることがあるだろう。もしそれを誰かが見た時、やはり希望のシンボルと感じることが出来るのだろうか?
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| 2011年8月4日(木) |
| 犬と歩けば・出発 522 |
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2011年8月4日(木) 晴れ
いやあうっかりして「週刊金曜日」7月8日号「放射能はどこに落ちた」を見落としていた。そこには火山学者が、火山灰分布研究を応用して作った「放射能汚染マップ」が載っていた。それは福島第一原発を中心にして、海を背にして「雲形定規」を置いた様な形をしている。200q離れた千葉県東葛もすっぽりと入っている。何よりも八千代市も入って居るではないか。八千代市に接している私の住んでいるここも、放射能雲が通過したと考えて間違いない。
千葉県東葛地方が汚染されたのは、3月21日から23日で、この3日間は強い雨が降っていたとか。放射能を含んだ空気が北からやって来て、南からやって来た湿った空気とぶつかって雨になったらしい。雨の中、ベルを連れて散歩に出たよ。どうしよう、べる。
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| 2011年8月3日(水) |
| 犬と歩けば・出発 521 |
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2011年8月3日(水) 晴れ一時雨
今朝「具合どう?」と、歯医者の先生から電話があった。夜中の1時に痛み止めを飲んだが、朝のその時点ではまだまだズキンズキンと痛みがあった。
明日の木曜は、歯医者は休み。そのこともあって、朝一番で診て貰い、口腔外科の紹介状も貰った。
所でこの1週間は痛みで身体を硬くしていたせいか、首や肩などが凝っていて辛い。掛かり付けの鍼灸院へ電話して相談したら、発熱さえなければ大丈夫という返事で、治療を受けた。
夕方になって、痛み止めを飲むのを忘れていた。未だ腫れた感じはあるが、軽い。これでは明日、大学病院へ行く必要もない。丁度薬が効く頃だったか、鍼灸が効いたか、とにかくやっと痛みから解放された。
診療が終わった頃を見計らって、歯医者へ電話して状況報告したら先生は「安心して明日休める」と、言った。
私の今回の歯痛は、歯根膜が損傷して歯周が腫れたのが原因だという。もっと中まで痛めると、貌の形が変わるほど腫れるという。
初診時に「何か固いものを噛まなかったか?」と聞かれたが、その時はありませんと答えた。
私の場合は被せた歯だったが、健康な歯でもこういう事は良くあるという。原因は、何か固いものを噛んだのがきっかけだという。痛みから解放されて、落ち着いて考えて見ると、心当たりがあった。
前日の昼食会の時、ザリッと口の中で違和感があった。自分の歯の一部でも欠けたかと思ったが、そっと捨てた。そうだ、あの晩から痛みが始まったのだ。
やれやれ痛い、授業料だった。
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| 2011年8月2日(火) |
| 犬と歩けば・出発 520 |
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2011年8月2日(火) 曇りのち晴れ
今日は定例川柳句会。今月は2人選の選者当番だ。
今月の句会は暑気払いも兼ねていたので、どうしても昨日までに治したかったのだが、痛みは続くよどこまでも・・状態で、残念ながら飲み会は欠席せざるを得なかった。
久しぶりに紀の治さんも鳥取からやって来た。お土産は、銘菓「因幡の白兎」。
紀の治さんと2人選をして、私の句を2句ぬいてくれた。1句は天に取ってくれ、ご褒美に残った「因幡の白兎」を2個貰った。
題「乱暴」
天 1本の松が意地見せ大津波
秀 詫び状も入れずに捨てる核のゴミ
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| 2011年8月1日(月) |
| 犬と歩けば・出発 519 |
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2011年8月1日(月) 曇り
8月になった。
日が暮れてからの室内気温は24℃で、風が通ると涼しすぎる。熱いほうじ茶でも飲みたくなる。
金曜日にレントゲンを撮ったし、今日の治療で何らかの処置をしてくれて、歯痛ともお別れだと思って歯医者へ行った。所が「痛みのあるウチは対処しにくい。あと少し様子を見る」と言うことで、又抗生物質と痛み止め更に胃薬を貰った。かみ合わせを更に削られたことと、精神的ショックで前よりも痛くなって、帰って来た。
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| 2011年7月31日(日) |
| 犬と歩けば・出発 518 |
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2011年7月31日(日) 曇り
歯が痛いと言ってるのに、友達はあれこれと電話を続ける。気を紛らわしてくれようとしているのだから、むげにも切れない。
そのうちに彼女の友人の話となった。その二人の友人は、80歳代でずっと女優を続けて来られた方達である。もうすぐ84歳になられるAさんは、4年ぐらい舞台から遠ざかっていたと言うが、声がかかってこの8月から舞台に立つことを決意して、今は必死にセリフを覚えている所だという。
一方のBさん(同年齢)も12月からの公演に向かって、立ち居振る舞いを美しくするために日本舞踊を習い始めたと言った。
年齢もさることながら、真に自律した女性を間近で見るのは、話を聞くだけでも、私もまぶしい様な心持ちになる。
早く歯痛を治そうっと。
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| 2011年7月30日(土) |
| 犬と歩けば・出発 517 |
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2011年7月30日(土) 曇りのち雨
2晩に渡ったNHKテレビ「未解決事件・グリコ森永事件は」、面白かった。素直に見れば、未解決となった最大の原因は「官僚組織」である事が分る。何より捜査のトップが、自分の意見は絶対で聞く耳持たず、失敗は部下に押しつける、あんなノー天気じゃあ解決するわけがないと良く分かった。
所で「検察特捜班の証拠ねつ造検事」も、大阪だった。官僚の腐敗はもう30年も前から始まっていたらしい。
所でこの事件に関する私の疑問。
@何故この事件は、大阪で起きたか?
A何故グリコの社長が誘拐されたか?
B何故食品会社が選ばれたのか? この点に言及していないのは、残念だった。
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| 2011年7月29日(金) |
| 犬と歩けば・出発 516 |
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2011年7月29日(金) 曇りときどき雨
「それで、今ここで大きな地震が起きたら、どうしたら良いの?」
昨日の仲間たちとのお喋りの時に、聞いて見た。
「避難指定場所へ行くんじゃない?」「防災頭巾を被って」と誰かが答えた。「でも今回、避難場所で遭難した人達が結構いたでしょ?」それに今までは(ぐらっと来たら、先ず火を消す)と言われてきたが、そうでもなくなったらしい。
3月11日の自分の行動を振り返ると、全く危機意識がなくて、あんなに揺れたのになんとか時間通り歯医者に行こうとしていた。
今こそ、新しい避難指針が欲しい。避難場所の見直しをして欲しい。避難訓練もしてほしいと思う。
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| 2011年7月28日(木) |
| 犬と歩けば・出発 515 |
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2011年7月28日(木) 雨のち曇り
暑気払いを兼ねて、仲間たちと美味しい昼食会をした。みな満腹、満腹とお腹をさすりながらも、甘い物は別腹と場所を変え、あんみつやらかき氷も頂く。これだけ美味しい物を詰め込んでは、舌の回りも絶好調冴え渡る。
車の免許書き換えに行ったAさんは、コンビニで撮った写真の写りがあまりにもひどく、この先5年間もそれを使うと思うとムムム・・と嘆いた。
いやいやウチの亭主だってとBさん。せっかく2千円出して証明写真を撮ってもらい、一番良く撮れたのを持参したのに、免許センターではそこで撮ったじじむさい写真を使われたと落ち込んでいると。
まあ私も覚えがあるが、自分の顔はなかなか見る機会がないので、一番印象の良い顔を「自覚−うぬぼれ」している。所が光学器械と言う奴は、これっぽっちの斟酌も配慮もしてくれない冷酷な奴だ。
いや、本当に残酷なのは時間であると、わかってはいるが。
話題はあちらこちらと、熱帯魚の尾ひれのように移り変わって、最後はやはり震災の話へと戻って来た。
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| 2011年7月27日(水) |
| 犬と歩けば・出発 514 |
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2011年7月27日(月) 雨のち曇り
向かいの奥さんが回覧板と一緒に、沖縄から届いたばかりだと言ってマンゴーを1個持ってきてくれた。マンゴーは私にとって高値の花、いや果物で、自分から買って食べようと気持ちは起こらない。馴染みが薄いし、第一高価だ。 頂いた国内産のマンゴーは色つやが良くて、300グラムもある。皮もすっと剥けて、安物は筋ばかり残るが、冷やした果肉は口の中で溶けるようだった。
マンゴーでなくても、美味しい物が手に入ったときはみんなに分けたくなる。まして老人2人暮らしともなると、頂いた食べ物が多いと感じた時は、ご近所にお裾分けする。
だが待てよ、これからは気安くお裾分けなんか出来なくなるのではないかと思った。
まして相手のお宅に小さなお子さんがいる場合、放射線の有無を確かめた物でなくてはあげられないし、貰った方も不安だと思う。
小出裕章先生は、「汚染された物は大人が食べ、綺麗な物を子ども達に」と、言っているが、本当にそういう事態になってきたらしい。
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| 2011年7月26日(火) |
| 犬と歩けば・出発 513 |
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2011年7月26日(日) 曇り一時晴れ
一体いまの電気製品は、使うものに優しくない。
例えばテレビ。アンテナと電源を接続してもそれでOKとはならない。初期設定とやらを打ち込んだが、6と8チャンネルが上手く映らない。取りあえず義姉にはそれで我慢して貰った。
今日の午後、ケアハウスの義姉を訪ねた。そこで義姉がテレビが映らないと言って、混乱しているのが分かった。私も地デジ移行は気にしていたが、事務所からなんの連絡もなかったし、つい忘れていた。一言連絡して欲しかったとの言葉を呑み込んで、とって返して電気屋へ直行。殆どのテレビが予約で選択肢もなく、持ち帰りできるのを選んだ。取り付けも、頼めば少なくとも数日はかかる。係の人にやり方を教わって、新しいテレビを持ってケアハウスに戻った。なれている人には簡単な操作も、説明書を見ながら家人が(たまたま他の用事で付いて来た)設定した。
そのうち事務所の人も「どうですか?」なんてやって来たが、うまくいかない。ハウスは夕食の時間になったので、そこまでとして帰って来た。
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| 2011年7月25日(月) |
| 犬と歩けば・出発 512 |
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2011年7月25日(月) 晴れ
中国の列車事故。先頭の事故車両は(湿地なので)埋めて上から土をかけたと責任者が説明しているニュースを聞いて、笑って仕舞った。
東シナ海の中国海軍の動きもそうなんだけれど、やることがどうしてこんなに荒っぽいのか?なにかひどく焦っている様に見える。
でもま、他所のことはいい。原発がねえ〜。原発の冷温停止は順調で、放射線の放出量も当初の200万分の1になったと聞かされて、そんなに大量の放射線が降っていたのかと、今更驚く。
水素爆発の後、ぞろぞろと帰国した外国人を大げさだと思ったが、何てことはない。私達は知らなかった、知らされなかったのだ。
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| 2011年7月24日(日) |
| 犬と歩けば・出発 511 |
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2011年7月24日(日) 晴れ
今日7月25日正午で、アナログテレビは見られなくなった。
で、NHKのお兄ちゃんは「どうぞご近所、お知り合いでデジタル化を進めて下さい」だって。
ちょいと兄ちゃん、誰にもの言ってんの?デジタル化なんて、こちらが頼んだ訳じゃあないのよ。
上から目線の物言いは、もしかしてあんた松本龍の親戚?え、それはNHKの体質だって?ならさ、新しい時代に沿って体質も変わらなくっちゃ。
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| 2011年7月23日(土) |
| 犬と歩けば・出発 510 |
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2011年7月23日(土) 晴れ
昨日に続き、今日も避暑地にいるような涼しさだ。
熱帯魚の水温も、31℃から一気に24℃にまで下がってしまった。
今日は咳のために「歌う会」は休んで、休養する。
引き続き「新宿鮫」を読む。新聞も読む。捜査一課長が捜索先に情報を流したり、同僚の就職先としていたりなんてもう、現実と小説の境目がなくなっている。
現実と小説の状況は殆ど同じだが、「新宿署の鮫島」や「特命係の杉下右京」などという人物はもはや組織には(絶対に)いない人物だから、小説・物語になるのだ。
現実社会に置いて、少数意見が尊重された試しはないからせめて「お話の世界で」彼らの存在を浮き立たせ、結局は読者のガス抜きをするのだろうか。
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| 2011年7月22日(金) |
| 犬と歩けば・出発 509 |
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2011年7月22日(金) 晴れ
猛暑が続いて、窓を全開にして寝ていたら喉が痛くなった。地下鉄の出口を間違えて、真っ昼間の都心を彷徨って大汗を掻き、直後にクーラーの効いた建物の中で冷やされた。
それがきっかけで咳き込む様になったが、数日温和しくしていれば、そのうち治ると思っていた。
所がなかなか快方に向かわない。そんな時友人に「老人性低温肺炎もあるよ」と言われて、やっと自分が老人だと言うことに気がついた。体力が落ちているのだ。治りにくくなっているのだ。
具合の悪いときには、近場が一番。掛かり付けではないが、近くの町医者へ行った。
先生は息子に代替わりしていた。聴診器で音を聞いた限りでは肺炎ではないと聞いて、安心した。
3日分の薬を処方して貰った。何より近くて待たないのが良い。
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| 2011年7月21日(木) |
| 犬と歩けば・出発 508 |
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2011年7月21日(木) 晴れ
夕方の室温は24℃。今朝は寒くて目が覚めた。
喉が痛んで咳が出るので、今日は家の中でごろごろして、テレビなど見て過ごしたが、国会中継を見ていたら腹が立って、余計に具合が悪くなった。
で、図書館から借りてあった「新宿鮫」の1冊目を読んだ。勿論面白い。
高齢者は(転ぶな風邪引くな)だ。早く治したい。
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| 2011年7月20日(水) |
| 犬と歩けば・出発 507 |
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2011年7月20日(水) 台風6号接近
台風が近づいているせいか、この二日間は最高気温が30℃を下回って、暑さにあえいでいた身体が、ほっとしている。
隣の家の女の子が、ベルの所に遊びに来た。
ベルは犬小屋に入っていたので、ベルを呼び出し女の子を呼び入れた。
このあたりは先週末から夏休みの筈なのに、彼女はピンクの手提げを持っている。
どこかへ行くのかと聞いたら、補習に行くと言う。
彼女は確かこの春小学校へ入学したばかりの1年生だ。
聞き違いかと思い聞き返すと「3題間違ったから補習に行くの」と、繰り返した。
なにやら訳が分からず彼女を送り出すと、外でお母さんが待っていた。
やっぱり彼女の言うとおり、学校へ補習を受けに行くのだろうか?1年生がねえ。
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| 2011年7月19日(火) |
| 犬と歩けば・出発 506 |
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2011年7月19日(火) 台風6号接近
孫のAちゃんが先日1歳になった。プレゼントは何が良いだろうねと、2年生のお兄ちゃんに相談したら、車が気に入っているから木製の車なんかが良いと思うと、教えてくれた。
昨日吉祥寺に出掛ける予定があったので、友人におもちゃ屋へ連れて行って欲しいと頼んでおいた。
おもちゃ屋というのは、大人も夢中にさせる魔法があるらしい。友人は、下見に行ってきたと言って、あれが良いこれが良いと店内を引っ張り回す。
木製の車も大きさ、色、型、車種、人の有無とバリエーションに飛んでいる。
Aちゃんの顔を思い浮かべながらあれこれ迷い、1,2歳児の手にあった大きさの、赤い車を選んだ。
大きさ5,6pのハーモニカは、両端の3穴を一緒に吹くと和音が出るという。わさびおろしの様な形のものは、吹くとハミングしているような音がする。小さな縦笛に似たのは、少しテクニックがいるが、フルートの原型と言われていると、店員の説明を聞いて、兄ちゃん達にとそれも一緒に送った。
友人が私にも選ばせてと言ったが、11月は2人分選ぶからその時にと、お預けにした。
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| 2011年7月18日(月) |
| 犬と歩けば・出発 505 |
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2011年7月18日(月)海の日 晴れ
目が覚めた時には、0対0で前半戦を終わったところだった。散歩に出掛ける支度をしている時には同点となった。出掛けるといつもは未だ静かな住宅街で、サッカー中継の音が聞こえて来た。
散歩の帰り、家が近くになって「すごーい」という歓声が聞こえてきて、ああナデシコジャパンが勝ったなと知った。
友人と話し合ったのだが、なでしこジャパンのメンバーは、沢キャプテンを初めとして、昔の日本人女性の顔付きをしている。
今の若い女性達は美人だが、みんな同じ様な美人だ。然し私達が子どもの頃の日本人女性の顔付きは素朴で、個性的だった。私達には懐かしい顔立ちだ。
それにしてもと、友人は言った。彼女たちの年収は、一番多いのが沢選手で3百万、他の選手達は殆どが百万位でみんなバイトや派遣でやっと生活しているらしいと教えてくれた。男子選手とのあまりの差に、友人は怒っている。
取りあえず、奇跡を起こしたのだから選手達にボーナスを奮発して貰いたいねと、語り合った。
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| 2011年7月17日(日) |
| 犬と歩けば・出発 504 |
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2011年7月17日(日) 晴れ
5時を過ぎると、ベルが鼻を鳴らして散歩を催促する。
でもこの暑さ。思い切って公園までの往復に、ベルを自転車の前篭に入れて運んだ。
久しぶりに自転車の前篭に乗ったベルは、行きは不安そうに緊張して乗っていたが、帰りはすっかり寛いでいた。
ベルは、公園のクローバーの上に寝転がり、腹ばいになって遊ぶ。と言うよりも、日干しとなったミミズを草の中から見つけ出して、食べている。普段足りないタンパク質を、補充しているらしい。
帰りたがらないベルの隙を突いてこちらも、残った冬毛を抜く。そんなことをしていて6時半を過ぎたら、ようやく日差しも弱くなったので、おやつでベルを釣って、自転車に乗せて帰った。
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| 2011年7月16日(土) |
| 犬と歩けば・出発 503 |
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2011年7月16日(土) 晴れ
いやー今日も暑かった。
油絵の会に、夕べ遅くに中国から帰国したというAさんがお土産持参で参加した。
四川省の奥、7千メートル級のミニコヤンカ山とブルーポピーを見に行ったのだとか。
Aさんは(現地の生活水準の落差に)カルチャーショックを受けたと、繰り返していた。
衣食住の貧しさとか、トイレに始まる生活習慣の違いなど、目には見えず静かに降り積もる放射線の恐怖に較べたら可愛いものと、聞いていて思った。
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| 2011年7月15日(金) |
| 犬と歩けば・出発 502 |
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2011年7月15日(金) 晴れ
友人と有楽町の映画館で「でんでら」を観た。館内は、「お山」へ捨てられそうな年代の女性ばかりで、4割ぐらいの入り。
この映画のテーマは「姥捨てへの反逆」で、ノーメイクの女優ばかり50人も出ているのが見どころと聞いていた。
友人はこの映画の監督は「楢山節考」を作った監督の息子で、その続編を作ったのだと教えてくれた。
さて私の感想だが、全編雪深い中でのロケは、さぞ大変だったろうと「女優根性」を観る思いがしたが、如何せんボロを纏っても浅丘ルリ子のぱっちりとした眼は老女に似合わない。熊に食い取られた手足や、血がドバー、老女を襲うカラスの群れ等々の場面が強烈すぎて、結果として「老女対宿無し熊」のアクション映画としての印象が残った。
折角、熟年女優を50人も集めたのなら、それぞれにせいぜいおしゃれをさせて、「年の功」と「色気」で世の中をたぶらかせるストーリーにしたら、面白かっただろうにと、話し合った。
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| 2011年7月14日(木) |
| 犬と歩けば・出発 501 |
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2011年7月14日(木) 晴れ
約束の時間に10分ほど遅れて到着すると、いきなり「全身汗臭いよ」と言われた。そうなのだ。約束は出光美術館で11時だった。日比谷駅に着いたのは10時半。所が事前に調べておいたB2の出口がなく、Aばかりなのだ。美術館は初めてではないので、見当をつけて歩き出した。所がどうしたわけか目的地の反対方向へ進んで仕舞い、交番で確かめて引き返したら今度はやり過ごしてしまったのだ。こうして都会の炎天下を30分も歩き回って、ようやく現地へたどり着いた時には、上着も汗でぐっしょりになり汗臭いと言われて仕舞った次第。帰宅して、歩数計を見たらなんと、21,881歩と表示されていた。よくもまあ熱中症にならなかったものだ。
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| 2011年7月13日(水) |
| 犬と歩けば・出発 500 |
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2011年7月13日(水) 晴れ
夕方ベルの散歩から帰ってきた家人は、興奮気味に「凄かったんだ」という。何が凄かったかというと、公務員住宅の横を通ったとき、遊んでいた2匹の猫がいきなりベルに襲いかかって来たとか。
ベルがちょっかいを出したわけではない。慌ててリードを引いて足早にその場を逃げたら、なおも追いかけてきて「俺も膝あたりを引っかかれた」と、憮然とした。
で、ベルはと聞くと傷は付けられなかったが、毛は抜けたと言った。
ベルはどんな様子だったかと重ねて聞くと、なんだか事態が飲み込めなくてキョトンとしていたとか。
ふーん、天変地異が起きて、猫までおかしくなっちゃったか。
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| 2011年7月12日(火) |
| 犬と歩けば・出発 499 |
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2011年7月12日(火) 晴れ
仲間たちと「もも狩り」に出掛けた。と言っても本当は交通費を払っての「買い物ツアー」の様な中身だった。滞在時間はせいぜい3,40分で5,6カ所も廻ったが中でも「ハーブ園」のお金の巻き上げ方に、感心した。
ハーブ園ではまず案内人が園内を案内すると言って、突っ込みとぼけを一人でこなし客の笑いを誘いながら何種類かのハーブの蘊蓄を披露して、客の気持ちを完全に掴む。そこで建物内に入って、さっきの続きで商品の説明をする。そして「本来は1本1575円を、今日に限って2割引の1260円とする。」と言って客の気を引く。(前回も聞いて、ここが巧みだと思うのだが)どうして1500円を1200円に値引きするかをくどくど説明されると聞いている方は、これは千円になるなと言う気になる。誰かが千円というと、どっと賛意が起こる。ここで案内人はさも困った様子を見せて、一度は突っぱねるが皆様だけのサービスと恩を着せて、では税金分は貰いますと言って1050円で落とす。そこで客は我先にとばかり、群がって買う。
私にはその商品は千円でも高いと思うのだが、普段は沈着冷静、値段にシビアなおばさん達が、手玉に取られるのを見ていると、恐ろしい様な気持ちがした。
実は数年前も、ももがりツアーでここに寄ったのだが、1575円を1050円にして買わせる手法・セリフは殆ど同じだった。
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| 2011年7月11日(月) |
| 犬と歩けば・出発 498 |
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2011年7月11日(月) 晴れ
昨日の続き。
花火が大好きだった山下清には、(火薬を爆弾なんかにしないで、全部花火を作れば戦争なんて起こらない)というコメントもあった。
「軍隊は暴力を振るわれ、戦場へ送られて殺される」と徴兵検査をひどく怯えていた清を、母親は28歳で無理に受けさせたという。結果は(幸いというか)不合格で、軍隊には取られなかった。
展示物の中に横浜で何か写生をしている清の写真があった。近くに立つ小林圭樹との間にいる和服のお婆さんは、多分清の母親だろうと思うが、腰掛けている清と同じ身長の、小柄な人である。
ついでに思い出すのは三国廉太郎の母親だ。
母親は、徴兵忌避して逃げ回っている息子を、警察へ密告したと言う。
「時代の社会的強制」があったと思うが、几帳面な文字の並ぶ母親へのハガキを見ると、何か切ない。
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| 2011年7月10日(日) |
| 犬と歩けば・出発 497 |
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2011年7月10日(日) 晴れ
「山下清展」の最終日に間に合った。開館15分前に県立美術館に駆けつけたがもう、駐車場の半分は埋まっていた。
展覧会の内容も観客の人数も、都心の一流美術館並だった。何よりも高齢者と中学生以下は無料という、太っ腹。
私の肩越しに覗いた女性が「わあー、この絵昔見た事あるあるう〜」と、声をあげ「小学生の時」と続けた。
そう、見たことがある絵も、初めてのも資料を合わせて189点もの展示だ。
実は夕べのテレビで、有名な「長岡の花火」他数点は修復されたと聞いて、急に行く気になった。
修復された貼り絵は、文句なく色彩が美しい。今回初めて見た「東海道53次」の版画は、構成も良く白黒の画面が美しい。どれも画面全体に手抜きがなく、緊張感に満ちている。
さらに「放浪日記」のコメントが、楽しい。例えば東海道の御油では「お金を払っても泊まりたい良いところ」。また四日市では「石油からガソリンを作っている。それで儲かる人は臭いや煙りがきにならないんだろうな」。
京都に近づいてくると「どうしてこんなに淋しい町になるのかな?駅前にパチンコや一軒もない。みんな京都を目指して、急ぐのかな?でも放浪していた時、ここはご飯を貰いやすかったし、話も良く聞いてくれる人達がいた」など。続く。
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| 2011年7月9日(土) |
| 犬と歩けば・出発 496 |
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2011年7月 9日(土) 晴れ 梅雨明け
あちっ。いきなりの真夏日で、ベルは地べたにお腹をくっつけたまま動かない。「歌う会」から帰って私も、午後からは昼寝。そんなとき電話が鳴って起こされた。葬儀社からだ。葬儀費用の一部を前もって支払っておくと、色々な特典があるというので、数年前に一口入った。今度は「二口目サービス」期間だから、もう一口どうかという誘いだった。「(入る)予定はない」と断ると、電話の向こうはいきなり慌てて「勿論そうです。そうです。未だお若いですものね」と言って、電話を切った。何か勘違いしているんじゃあない?
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| 2011年7月8日(金) |
| 犬と歩けば・出発 495 |
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2011年7月 8日(金) 晴れ曇り
この頃特に、いつもの日常が逃げて行く。
いつものように、いつもの所に置いた物がない、見つからないのはどういう訳だろうか?
いつものことをいつものようにやっている(つもり)なのに、違う結果に慌てて見直すと、いつものようにはやっていないのだ。どうしてだろうか?
注意力散漫だと言えば一言で片付くのだが、大体今までだって毎日、同じ事の繰り返しに、いちいち注意なんかしていなかった。
然し現実を直視すれば、私という人間も又「経年劣化」を起こしていると認めざるを得ない。ひとつひとつの事を、丁寧に時間をかけてやることが、ミスを少なくする事だろうと思う。とっくにてきぱきとは行かなくなっているが。
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| 2011年7月7日(木) |
| 犬と歩けば・出発 494 |
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2011年7月 7日(木) 雨のち曇り
(見えないけど あるんだよ)は、「エイシー」のコマーシャルで有名になった金子みすずの詩の一節。
今、問題になっている九州電力の「八百長メール問題」。
その実「まさかあ」と思った人よりも、「やっぱり」と思った人の方がおおかったのではないか?
このたぐいの事件は、表に出てこなかっただけのことで、ざらにある。
その責任の一端は、事実を知りながら報道しなかったマスコミにあると思う。
つい最近でも、文化人が呼びかけた7月2日の反原発集会は、東京で2万人も集まったのに、大手新聞社はたったの一行も載せなかった。
こうして新聞は、ますます自分の首を絞めている。
でも明らかになって報道されたのは、勿論大歓迎だ。
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| 2011年7月6日(水) |
| 犬と歩けば・出発 493 |
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2011年7月 6日(水) 晴れ
前から話はあったのだが、入れ物も用意してくれて熱帯魚を頂いてきた。
一月ほど前、手芸の先生のお宅へ伺ったとき水槽の中の一角に、生まれたばかりで、目玉だけの稚魚が元気に泳いでいた。一緒にしておくと食べられちゃうと言う。そんな赤ちゃんも、大人で赤と青のしっぽをひらひらさせながら泳いでいる姿も、見飽きなかった。だから先生が「あげましょうか」と言ったとき、迷わず「下さい」と頼んでしまった。
金魚は飼ったことがあるが、熱帯魚はない。帰宅後急いでポンプやその他教わってきた部品をホームセンターで買ってき、設置した。
ぶくぶくするポンプを動かすと、魚たちが驚いて大騒ぎする。未だ水量も少ないので、明日水を増やしてから動かすことにして、スイッチは切った。
魚たちの様子を見ていると、なんとなくお腹が空いている様子なので、餌を撒いた。餌はメダカの餌で良いと教わった。最初は食べないが、お腹が空くと食べるようになるからとも。
でまあ、節電で夜になると照明も落とした。
お互いに慣れるまで、少し時間がかかりそうだが、楽しみだ
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| 2011年7月5日(火) |
| 犬と歩けば・出発 492 |
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2011年7月 5日(火) 晴れ
東京へ出掛けて、午後10時過ぎに帰った。
今日は、句会の仲間ともマグノリアさんも「松本復興大臣」の話題で、持ちきりだったから、帰宅後ネットでざっとニュースを見た。
毎日、東京、朝日、読売、日経とニュース欄を見たが、どういう訳か「朝日」だけは全く「松本問題」が見あたらない。そんな筈はないだろうとなおも探したら、5日付け「社説」に書いてあった。
まさかと思うが、朝日は「これはオフレコだ。書いた社はそれまでだからな」という、松本復興相の脅迫に屈したのだろうか?
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| 2011年7月4日(月) |
| 犬と歩けば・出発 491 |
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2011年7月 4日(月) 晴れ
歯医者に行った。先生と「専門家とは何か」を話し合った。原発事故を通して、「専門家とは信用できない人」という認識が定着したと私。「専門的な知識を持っている人でしょ」と先生。「でも、本当のことを言わない」と私。
「会社からお金を貰っている人、或いは広告塔かな?」と歯医者。「じゃあ、演技者だ」と私。
勿論、歯医者にお喋りに言ったのではない。30年ぐらい前に差し歯にした歯が、ぐらぐらしているので通っているのだが、痛みはなく抜けるのを待って居る経過観察だけなので、お互いに気楽なのだ。
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| 2011年7月3日(日) |
| 犬と歩けば・出発 490 |
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2011年 7月 3日(日) 晴れ
月が替わり、ケアハウスの義姉を見舞った。
義姉は食堂で、4人の仲間とテーブルを囲んで、ちぎり絵制作の真っ最中だった。
向かいの人は朝顔、義姉は金魚の下絵が描いてある紙に、色紙をちぎって貼り付ける。頭と指先を使う作業だ。
そこを離れて、義姉の様子を説明して貰う。少しの時間でも座って居ると、身体がぐらぐら揺れる。病院の待合室では居眠りをする。その度に疲れているかと尋ねるが、ノーと答える。自覚はないが、病気はすすんでいると思われる。季節による着衣の選択が出来なくなったので、冬物は持ち帰って欲しいなどなどを言われた。
義姉の部屋で、片付けをする。前回もニット類は仕舞って、薄手のブラウスを4,5枚目に付く所に出しておいたのだ。冬物をと思ったが、持ち帰ってしまうともう冬には必要がなくなるような気がして、止めた。単に面倒だったかも知れない。シーツも夏用に取り替える。あちこち置いてある書類を調べて、不要な物とそうでない物を仕分ける。肺がん検査の結果表もあった。転移を疑って調べたのだろうか?結果はマイナス。
しばらくして「疲れた、疲れた」と言いながら帰って来た。「ちょこちょこと、いろんな事をやらせる」と不満そう。あれこれ喋って、今日は疲れているようだからとスーパーへの散歩は次回にした。
私しか頼る人はいないと言うので、大丈夫だと言ってハグしたら、エレベーターの所まで見送りに来た。
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| 2011年7月2日(土) |
| 犬と歩けば・出発 489 |
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2011年 7月 2日(土) 晴れ
「震災にいつもの幸せ教えられ」女川中学の生徒が作った句だという。
本当に私達は(気がつかないだけで)、日々繰り返される平凡な暮らしに、安心や安全、信頼を支えられているのだ。
編集長は3週間の怪我とかで、誠にお気の毒である。と、他人のことだと思っていたら、私も転んだ。普通に歩いていて。それも続けて2回も。
私の転び方は「ふにゃり」或いは「くたっ」で、誠に情けない無様な転び方である。すれ違いのオバサンに「大丈夫ですか?」と、大声を出され、ああ、他人から見たらそういう歳なんだと、へこんだ。
転んだ原因は、歳の他に思い当たる節がある。実はこの時履いていた靴は、去年の夏「チョイと洒落ているから買ったんだけど、履きずらいのよ」と言う、川柳の民ちゃんから貰ったのだ。民ちゃんと私は好みが一致する。私は喜んで、黒のメッシュの靴を履いた。成る程靴の前の部分が(多分メッシュのせいで)不安定だ。かかとも7cmぐらい高さがある。でも去年は転ぶようなことはなかった。
今年はもう履けないなあと思案している。 |
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| 2011年7月1日(金) |
| 犬と歩けば・出発 488 |
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2011年 7月 1日(金) 曇り・晴れのち雨
昨日の夕刊2面に、横文字の広告が載った。最初は見逃していたが、13面に載った「2面のユネスコの広告は、世界統一原稿のため原文のまま掲載しております」に気がついて、何だろうと思いひっくり返して見たのだ。
真ん中の「$27,000」ばかり眼について、細かい横文字を理解する人は、どの位いるのだろうか?一般に理解出来ない広告を載せるメリットは何か?一方的に、英語を世界統一語と決めつけているのも、不愉快だ。
広告は紙面の6分の1を占有しているが、結構な値段だと思う。
日本では大震災孤児も千人以上出ている今、そのお金を奨学金に廻す方が、誰もが納得する時期にかなった有効な使い方だと思うが、どうだろうか?
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| 2011年6月30日(木) |
| 犬と歩けば・出発 487 |
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2011年 6月30日(木) 晴れのち雨
昨日に続く今日も猛暑で、ベルを洗った。軍手をはめお風呂の残り湯で、丁寧に洗った。タオルで拭き取り虫除けの薬を付けて、「ハイお仕舞い」と言うとベルは、大きなため息をついた。ご褒美にチーズを半分やる。
玄関で、家人が宅急便のお兄さんと何かやりとりしている。昨日の夕方一度来たが、本人を確認して渡すから私ではダメだと言って帰った。
で今日又来たわけだが、本人だという家人に身分証明書の提示を求め、更にその番号を控えさして欲しいと要求したという。家人は拒否して、持ち帰って貰った。勿論、私だってそうしていたね。
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| 2011年6月29日(水) |
| 犬と歩けば・出発 486 |
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2011年 6月29日(水) 晴れ
「近所のAさんちの前の家さあ」と家人は言った。何でもそのうちの玄関上にも、我が家と同じ様な金属製の筒があって、そこからウチと同じ様な小鳥が出入りしていたとの事。
へえー。図鑑によると「ひがら」は4〜9月に山の林にすみ、ひなを育てますと描いてあるが、これは(学研低学年の鳥の図鑑)1974年の資料だから小鳥の世界も変わったのだろう。
第一、私達がここへ引っ越してきた当時あった雑木林はどこも、宅地になってしまった。あの当時普通に見られたしっぽの青が綺麗な尾長や、キツツキの仲間のあかげらは、とっくに見られなくなった。
所で我が家のひがらは、朝になるとまた親が虫を加えてやって来てツッピン、ツッピンと啼いている。家人は、親が虫を加えたまま、また巣から出て来たという。その後も親鳥は近くで、ギャギャと言うような聞き慣れない声で大騒ぎしているのに、昨日まで聞こえていた、雛たちの声が聞こえないのだ。
巣立ちをしたものか、或いはこの猛暑で管の中で焼き鳥になってしまったのか気はもめるが、確かめようがない。
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| 2011年6月29日(水) |
| 犬と歩けば・出発 485 |
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2011年 6月28日(火) 晴れ
我が家に小鳥が巣を作った。2階の張り出しベランダを支えている、1辺が5センチぐらいで四角い金属の筒の中にである。覗いて見ることが出来ないが、ピイピイチイチイと賑やかな声が聞こえてくる。親はそのツッピン、ツッピンという鳴き声と、白黒の体色を図鑑で調べると、「ひがら」とある。両親だろうか2羽で、せっせと青虫なんかを運んでくる。
さて、涼しかった昨日までは良かったが、今日は真夏の暑さである。早く飛び立たないと、金属の筒の中で文字通り「焼き鳥」になっちゃうのではないかと、応援団としては気がもめる。
そして夕方、家人は水でも置いてやろうかと、ひがらが巣に入る前の足場として使っている近くの榎に、プラスチック製のコップを小枝にかけて水を入れた。更に洞には(ウチでなった)びわを押し込んだ。
そうしたら親は警戒したのか、さっぱり戻ってこなくなった。
さて、どうしたものだろうか?
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| 2011年6月27日(月) |
| 犬と歩けば・出発 484 |
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2011年 6月27日(月)雨
前に、千葉市動物公園の2匹の牛を描いた事がある。
その時、牛と人間の7千年にわたる関わりを知った。それ以来、どういう訳か牛が気になる。
そこへ今度の大震災と原発で、牛に限らず家畜たちは「餓死か安楽死」の二者択一を迫られた。幾ら何でもそれはないだろうとは思っても有効なアイディアや力がある訳ではなく、無為に過ごしてきた。
所が今日のテレビニュースで、獣医師達が牛たちを放射線下で飼育して、データをとる為の牧場を作ろうという計画があると、伝えていた。名前は「希望牧場」だという。名前は気に入らないが、少しほっとした。とにかく生かすという選択肢が出来たのが、嬉しい。でも3ヶ月経った今、どの位の牛が生き延びているのだろうか?
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| 2011年6月26日(日) |
| 犬と歩けば・出発 483 |
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2011年 6月26日(日)曇り雨
例年5,6月は体調が悪い。でも去年の今頃は、仲間たちと鳥取川柳大会へ参加ついでに、天橋立や湯村温泉・鳥取砂丘で遊んだのだ。
今年のこの体調不良はやはり震災鬱だと思う。
撮り溜めてあったビデオ「エイリアン1,2」を見た。主演のシガニー・ウイルビーが好きなのだ。何百年先のこの話も、事件のきっかけは「会社の利益を計ろうとした」事から始まるという、全く今現在と変わらない構図で、うんざりする。もう笑うしかない。第2部で、エイリアンと戦うのが筋肉もりもり、マッチョな男女。宇宙空間で殴り合いなんて出来るのか、宇宙にいる古川さんに聞いて見たい。
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| 2011年6月25日(土) |
| 犬と歩けば・出発 482 |
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2011年 6月25日(土)曇り
大概の仲間は、幾つかの趣味を持っている。川柳の仲間がギターの発表会をするというので、幾人かで公民館へ駆けつけた。
この地域の3つのギターサークルの発表会と言うことだったが、演奏している方の緊張もさることながら、聞いている方だってたどたどしい演奏に疲れた。
演奏の音よりも、終わったときのため息の音の方をマイクは大きく拾った。
だから第二部で先生、指導者の演奏になると安心して眠くなった。
帰りは同じ句会の仲間で、開いたばかりの居酒屋で楽しく語らった。
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| 2011年6月24日(金) |
| 犬と歩けば・出発 481 |
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2011年 6月24日(金)晴れ
ラジオ深夜便で「大人の旅ガイド」を聞いた。
そこで九州小倉の美味しい食べ物として紹介されたのが、ぬか床入り魚の煮付け。小倉ではイワシやサバなどを煮る時に、ぬか床(ぬかみそのぬか床)を入れて煮る調理法があるという。
「のど自慢」の司会で全国を廻り、まあ大抵のことなら知っていると自負しているらしい宮川アナウンサーも、知らなかったとシャッポを脱いだ。
折良く今は「梅雨イワシ」の旬で、値段も安い。早速試してみた。5匹のイワシをいつも通りショウガを利かせ、醤油・酒・砂糖更に、大さじ1位のぬか床を入れて煮た。
食べてみると全くぬか臭さはなく、味はコクが出てまろやかな感じに仕上がった。なあーるほど。
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| 2011年6月23日(木) |
| 犬と歩けば・出発 480 |
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2011年 6月23日(木)晴れ
朝からまた岩手県沖で、震度5の地震があった。
さらに今日は沖縄慰霊の日。式典が行われる平和記念公園は、犠牲者の名前が刻まれている「平和の礎」を見たいと言って何年か前、マグノリアさんに連れて行って貰ったことがあるが、2月なのに暑くて、暑くてという思い出の方が強くて、申し訳ない気がする。
所でこういう式典で良く聞かれる「亡くなった人達の尊い犠牲の上に今の日本の繁栄がある・・」という下りを聞くといつも、なんだかその人達を自分が踏んづけているような申し訳ない気がする。
然し今日、管総理の口からそのセリフを聞いた時、本当にそうなんだろうかと疑問に思った。
大体亡くなった沖縄の人達は、「尊い犠牲」になろうと思ってはいなかったし、第一沖縄の人達が「戦争」を始めたのでもない。私にしたってその頃は乳幼児である。
沖縄から遠くにいる戦争を始めた人達が、殺したのだ。
また戦後の日本を作ったのは、世界から「ワーカーホリック」と揶揄され「カロウシ」を世界の言葉にした庶民である。
更に、では指導者・権力者が「沖縄戦」を尊い犠牲だったと反省して何かを学び、そのことを生かしたかと言えば、ノーだ。なぜなら戦後60年、未だに沖縄に70%の米軍基地を置いて、沖縄を踏んづけているのだから。(この件に関しては本土の私達の責任も、免れないが。)だから私達は、権力者の言う曖昧な言葉に、雰囲気で釣られて誤魔化されてはいけない。とまあこんな結論となった。
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| 2011年6月22日(水) |
| 犬と歩けば・出発 479 |
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2011年 6月22日(水)夏至 晴れ
いきなりの真夏日となった。午後は家の中にいても汗ばむほどだが、割合涼しい風があった。急激な気温上昇の変化は(特に高齢者に)熱中症の危険があると言うから、家の中で温和しくしていた。
濡れ縁の下で伸びているベルが、威嚇するように吠えた。ガスの検針員が来たのだ。
お詫びがてら1日に何歩ぐらい歩くのか聞いて見ると、以外に華奢な彼女は「さあー」と言って汗を拭った。特に計ってはいないと前置きして、朝は8時半から休憩なしで、4時半まで歩き続けると答えた。成る程、それじゃあ太れないわけだと納得して、ご苦労様ですと言って見送った。
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| 2011年6月21日(火) |
| 犬と歩けば・出発 478 |
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2011年 6月21日(火)曇り一時晴れ
先月二階天井の雨漏りによるシミを治してくれた内装屋さんが、やって来た。
いつまで経っても、修理代を取りに来ないので、なんなら振り込むからと電話をかけたら(じゃあ明日行きます)といった。
内装屋さんはやって来ると、前回洗濯機の下の水漏れによる床がふくれている所を、しっかりと修理してくれた。
みんなで(と言っても、我が家の2人と3人だが)お昼ご飯を食べながらお喋りをした。内装屋さんは「川鉄は自前の発電所を持っていてそれで賄っているが、余った電気は東電が買ってくれないんだそうだ」と教えてくれた。成る程こうやって東電は、独占を守ってきたわけだ。
内装屋さんにはもう一つ、玄関に網戸の取り付けを頼んである。「注文だと高くなるから、出来合で丁度良いのを見つけたら又来る」と言って帰った。勘定は、全部終わってからで良いと言う。
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| 2011年6月20日(月) |
| 犬と歩けば・出発 477 |
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2011年 6月20日(月)曇り一時雨
いつまで経っても先の見えない原発問題が、国中を憂鬱にしている。
ラジオで「3.11を経験した私達は、生活の復興・再建を目指す今こそ幸福とはなにかと考えてみよう」という対談(毎日新聞近藤勝重×社会学者宮台信司)を聞いた。
かつて3.11以前の日本は、国民所得が世界トップクラスだったのにも拘わらず、幸福度はずっと下位でブータンなどに遠く及ばなかった。
何故か?人間は何を持って幸福と感じるのかと問い、それは日々の暮らしであると例を挙げて説明する。
そして私達の「幸福感」は、繰り返される日常に支えられていると、結論する。
私は、とても納得が行った。その幸福感に基づいた復興・再建を目指そうと言っている。
ここで聞ける→宮台真司・近藤勝重3・11以降の幸福論http://www.tbs.co.jp/radio/dc/fri/)
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| 2011年6月19日(日) |
| 犬と歩けば・出発 476 |
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2011年 6月19日(日)曇り一時晴れ
薄日が射す所を選んでベルは、絞った雑巾を拡げるように手足を伸ばしている。鼻先は乾いて白っぽく見える。はっきりとしない陽気に、ベルも又体調が今イチらしい
家庭菜園で採れたというジャガイモを頂いた。表面の泥を落とそうと水道の下でそっとこすると、他愛なく皮がむけた。新タマネギに油揚げを少し足して味噌汁の具にしたら、新ジャガイモは口の中で溶けた。
ヤフーオークションに、いわき市の罹災証明が出たと、朝刊に載っていた。今度の大震災では日本人の行儀の良さに世界中から賞賛の声が上がったと言うが、素直に喜ぶことは出来ない。
組織的、計画的にやれば義捐金の詐取なんて、易しいだろうと思う。
いやいや、義捐金と生活費をすり替える上には上があるもので。
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| 2011年6月18日(土) |
| 犬と歩けば・出発 475 |
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2011年 6月18日(土)曇りのち雨
「やっぱりもう凄いです。」今日は油絵のお稽古日。岩手県某市の役場事務の手伝いから帰って来た先生に、被災地の実情をお聞きした。帰って来てから半月は経つのに、話し始めると先生は興奮冷めやらぬ様子で、聞いている私達にも気持ちの高ぶりが伝染した。
一度現地へ行ってみて下さいと、先生は勧める。然し私達はボランティア出来るほど若くはないし、野次馬で見に行くみたいなのは気が引けると答えた。「いやいや、そうではありません。行って現地の品物をじゃんじゃん買ってくるというボランティアもあるのです。それだけでも応援してくれたと喜ばれます。」と仰る。
そんな訳で今日はお土産の菓子類を食べながら、殆どをお喋りで過ごした。
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| 2011年6月17日(金) |
| 犬と歩けば・出発 474 |
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2011年 6月17日(金)雨のち曇り
「80代の夫婦が無理心中」と夕刊に出ていた。
大震災で自宅が壊れ、寝たきりの妻と共に親戚宅に身を寄せていたとか。
自分の姿が重なる。もっとも読みたくないニュースだ。
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| 2011年6月16日(木) |
| 犬と歩けば・出発 473 |
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2011年 6月16日(木)曇り雨
テレビドラマ「相棒」が好きだ。シリーズ9の杉浦右京の相棒は、右京の監視が役目だという設定である。所が現実はもっとすすんでいる。
毎日朝刊に「東京大学工学部原子力工学科1期生」という特集記事が載った。
60年の学科創設以来ここは、国の原発政策を進める人材を、排出し続けている。
この1期生15人の中にただ1人「反原発」で発言してきたAさんは、研究室では無視され(後日、研究室の1人からAを干せという指示があったと囁かれた)、電力会社から研修に来た医師からは、後日「偵察していた」と打ち明けられたという。更に東京大学では17年間助手のままだった。
一方、原子力委員会の「専門家」は、「巨大地震を実際には起こりえないと決めつけた集団的思考停止があった」と、認めたと新聞は伝えたいる。
庶民は「集団的思考停止」なんてもったいぶった言葉は使わない。「イエスマン」或いは「おべっか使い」の集まりだったと認めたと、読む。
Aさんとは立命館大学名誉教授安斎育郎さんという方です。
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| 2011年6月15日(水) |
| 犬と歩けば・出発 472 |
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2011年 6月15日(水)晴れ
夕べのラジオで、福島第一原発で何が起きたのか、順を追っておさらいしたのを聞いた。
3月11日地震発生。その時点で原子炉(後で分かったが)も損傷を受けた。地震で停電し、津波で非常用電源も流されたので、冷却装置はストップして原子炉は空だき状態になった。
(しばらくしてから)東電は首相官邸に連絡、冷却装置を動かすために電源車を要請。国は全国から電源車を81台集めて、送った。中にはヘリコプターで輸送したものもあった。然し、福島第一原発は旧式なので、型が会わないとか、ケーブルが届かないなどの理由で81台すべての電源車と繋がらなかった。その作業だけでも8時間を浪費。
空だき状態はすすんで爆発の危機が迫り、原子炉の蓋をあける(ベント作業)事になった。然し、マニュアルには中央司令室の○○ボタンを押せば良いとだけ書いてある。停電だからボタンを押しても動かない。手動での方法が分からず、マニュアルや設計書を初めから読んで、ベントのやり方を探ったがすでに遅し、開けた1時間後に水素爆発が起きてしまった。続いて幸いにもバッテリーで冷却装置が動いていたものも、(バッテリーは数時間で切れるのが分かっているにも拘わらず)何にもしないで(出来ないで)続いて、爆発。
とまあ、こんな話を聞いていたら、日本は科学技術の先進国だと思っていた気持ちが折れた。
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| 2011年6月14日(火) |
| 犬と歩けば・出発 471 |
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2011年 6月14日(火)曇り
イタリアの国民投票風景を、テレビで見た。
さすが芸術の国というか、投票用紙が鮮やかな赤・緑・黄・グレーの4色だった。それにしても脱原発の選択が、国民の意思で示されたのは素晴らしい。
日本では(鉄の三角形といわれる)一部自民党議員・東電・官僚が原発を推進している・・と識者は言うし、そうだろうと思う。
「3月は甘納豆のうふふふふ」というのは俳句だそうだ。
その作者の坪内稔典氏の本を読んで、やっと松尾芭蕉のあの句「古池や・・」のどこが良いのかが、分かった。それまでは(蛙と言えば鳴き声)と決まっていたのだが、芭蕉が初めて(蛙→飛び込む音)と視点をずらせたことが、斬新だったというのだ。今更分かっても遅すぎる気がしないではないが、悪い気はしない。えっ、そんな事常識だというあなたはすごい。
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| 2011年6月13日(月) |
| 犬と歩けば・出発 470 |
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2011年 6月13日(月)雨のち晴れ
昨日の続き。絵本作家の佐野洋子が心理学者の河合隼雄と下記の様な話をしたことが書いてある。「私が何か言うと男の人が後ろに飛び退くように感じることがある」「それはあなたが本当のことを言うからです。みんな本当のことは嫌いなのです。本当のことを言ってはいけません」
何となく私にも思い当たる事があって笑えた。
だから今回の大震災についても東電・政府は、なかなか本当の事を言わないし、新聞テレビに載せない画像も沢山あるのだ。
いやいや何よりも女性達に見せたくないのだ。女性はわりと耐性があるし、乗り越えようとする。脱原発運動が燃えさかっては困るのだ。
11日のデモの映像には、女・子どもの参加が目立っていた。
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| 2011年6月12日(日) |
| 犬と歩けば・出発 469 |
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2011年 6月12日(日)晴れ
絵本作家・佐野洋子の雑文集(エッセイ)を読む。彼女は「100万回生きた猫」の作者で、勿論私はこの絵本が好きだ。
彼女は昨秋亡くなったが、晩年しきりに桁外れの物忘れの事を書いている。確かに同じ話が、何回も出てくる。(私も同じで、他人のことはいえないか・・)
一体、痴呆症というのは遺伝するのだろうか。93歳まで生きた彼女の母親は、最後の10年間は痴呆症だったと書いているから、当然そのことを意識したと思う。
ともかく彼女の話は切り口が斬新で、きっぱりさっぱりしていて痛快だ。源氏物語よりも枕草子が好きだというのも、頷ける。彼女の高校時代、新任の女性教師が朗々と枕草子を歌い上げた様子を、心を込めて書いてある。
私と言えば古文の授業はちいちゃくなったお爺さん教師で、奥の細道の一節を読まされた。最後の部分「・・馬の鼻向けす」を読んだとき、(うまではない、んまだ)と発音を訂正され、出来るまで立ったまま何度もやらされた苦い思い出だけだ。
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| 2011年6月11日(土) |
| 犬と歩けば・出発 468 |
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2011年 6月11日(土)雨のち晴れ
今日は「おばあちゃんの歌う会」。雨の中、ほぼ全員の30名が出席した。「あたし達って、みんな暇なのねえー」と誰かが言って、みんなが笑った。
隣の席のAさんに「何となく気持ちが鬱陶しくない?」と聞いて見た。Aさんはいつもきちんとお化粧して、ニコニコとして座って居る。「そうよね、原発。何時になってもあれが解決しないものね」と、身を乗り出して答えた。やっぱりみんなそうなんだ。
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| 2011年6月10日(金) |
| 犬と歩けば・出発 467 |
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2011年 6月10日(金)曇り
そろそろ学校ではプールでの授業が始まる。所が放射能汚染地域の学校では屋外プールの水は汚染水だから、水を抜くことも出来ないという。
退院して丁度1週間となるので、好きなかすみ草と百合を持って、義姉を見舞った。室内の掃除はヘルパーさんに頼んでいるが、あれこれの用事がある。義姉の顔色を見て、とても散歩など誘えないと判断したから、それを済ませて帰ろうとしたら「もう帰っちゃうの?」と言う。こんなことを言うのは、初めてだ。ではといつものようにスーパーまで歩いて、義姉はお菓子類と缶ビールを1本買った。あと何回歩いて行けるだろうか?
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| 2011年6月9日(木) |
| 犬と歩けば・出発 466 |
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2011年 6月 9日(木)曇り
我が家は、幕張海岸から直線距離で15qぐらい陸地に入っている。毎年今頃になるとそうなのだが今日、家で潮の香りを嗅いだ。でもいつものように、心は浮き立たない。
大震災発生当時は、自分の日常をいつもの様に続けることが被災地への応援にもなると考えたが、3ヶ月を経過しても一向に先の見えない今、それで良いのかと気持ちが揺らいでいる。
福島県伊達市では、中学生以下の子ども達に、放射線線量計を携帯させる事態にまでなった。放射線は、体内に入ってからでは遅い。誰かが言っていたようにここはもう、「学童疎開」しかないのではないだろうか?
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| 2011年6月8日(水) |
| 犬と歩けば・出発 465 |
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2011年 6月 8日(水)曇り
イワシが安かった。8匹で298円。今回はフライにして2人で食べたが、半分残った。この頃は何を作っても残ることが多い。ぶり大根(昨日の夕飯)も、肉じゃが(一昨日)も未だ残っている。
夕方の天気予報と一緒に、各地の放射能測定値も報告される時代となってしまった。見たり聞いたり出来ないけれども、存在する放射能。放射能は器械でその量を測れる。
同じように見えないけれども存在するのが「気」ですと、東洋医学の師は言う。「気」は、日本語の中に様々存在する。まず元気、気になる、気がつく、気を回すとまあ、結構ある。
疲労困憊、頭痛までするので治療に行った。頭痛も取れて身体が軽くなり、先生と「気」の話になった。「気」がなくなって体調が悪くなることを「気の毒」また、回復して楽になると「気楽」と言うと教えて貰った。
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| 2011年6月7日(火) |
| 犬と歩けば・出発 464 |
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2011年 6月 7日(火)曇り
月に1回の、川柳句会があった。震災から3ヶ月。その大きさ深刻さが次第に私達に浸透したらしく、震災関連句が多かった。
昨日歯医者と話していて気がついたのだが、今回の「東日本大震災」は「平成大震災」とした方がより「国難」として私達が意識しやすいと思うがどうだろうか?
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| 2011年6月6日(月) |
| 犬と歩けば・出発 463 |
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2011年 6月 6日(月)晴れ
午前中歯医者に行った。珍しく、客がいない。こちらも経過観察だけだから直ぐに済んだ。で世間話をしているウチに、話題はやはり大震災となる。
先生曰く「この国は、国民に優しくない。」。例えば医療の面でも最低の治療は誰でも受けられるというのが望ましいし、やろうと思えば、日本は資金もノウハウもあって出来るし、世界には例えばイギリスのような国でもやっている。では何故やらないかというと、アメリカの真似をしたからだと結論づける。一部の大企業や金持ちにばかり優遇しているからだという。私ではない歯医者の先生が言ったのだ。へえーと私は驚いた。昔、選挙で歯科医師会推薦の自民党候補への推薦署名を、ここの窓口で頼まれたことがある。時代は変わる。
「孤立して餓死した人が10人は下らないというよ。仮設住宅なんか作る必要はない。本格的町作りを始めて、それには地元業者を使い被災者に働いて貰えばいい。その間、旅館なりホテルなり一地域を丸ごと借り上げて(たとえが鬼怒川温泉全部とか)、住んで貰う。国難と受け止めれば、このくらいやっていい。」とまあ、次の患者が来ても話は止まらなかった。
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| 2011年6月5日(日) |
| 犬と歩けば・出発 462 |
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2011年 6月 5日(日)晴れ
井の頭公園内の動物園で、日本で一番長生きの象・ハナコさんに会った。
彼女は1947年生まれだと説明書があり、どういう訳か鼻だけが黄色く変色している。丁度食事の時間で、鼻先で草を掴んで口元へ運ぼうと努力しているのだが、結局数本しか掴めない。
でもしっかりと足で立っているし、友人は思ったほど痩せていないと、安心していた。「でも過去に飼育員とあわなくて暴れて、足枷をはめられたこともあるのよ。相性って大事なのよ。」とも言った。
さらに友人は「ダンゴムシにも心があるんですってよ」なんていうから(第一心ってなにさ)と聞き返すと、「それは人間側から見た解釈よ」と答える。私にはダンゴムシは、突かれれば丸くなるとしか思えないが、友人はそうではない対応は様々だという。
この動物園では「ニワトリ」を見たし、園内で捕獲したという「青大将」も見た。
梅雨の晴れ間で、家族連れで大変賑わっていた。
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| 2011年6月4日(土) |
| 犬と歩けば・出発 461 |
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2011年 6月 4日(土)晴れ
第一土曜日は、油絵のお稽古。仲間のAさんは仙台が実家で、周辺に住まわれている5人のご兄弟を、2日かけて訪ねて来られたという。
どんなだったと聞いても、仙台市街地は静かというか活気がなく、どこへいっても同じ様な「がれきの」景色だったとかで、言葉が少ない。
それが国会の権力闘争に話が及ぶと、一転して政府の無策を糾弾した。「一体あんな避難所生活を、2ヶ月も続けたら人間どうなると思います?」と言って絶句した。
やはり見ると聞くとでは大違いだったのだ。
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| 2011年6月3日(金) |
| 犬と歩けば・出発 460 |
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2011年 6月 3日(金)曇りのち晴れ
義姉の退院日。精算を済ませると薬剤師が出て来て、どっさり薬をくれた。10種類はある。しかもその一つ一つの飲み方が毎食後だったり、朝晩だったりと違う。それにいつもの薬だって5,6種類はある。ケアハウスに帰ると職員さんは直ぐに、いつもの目薬が足りないと気がついてくれた。すごーい。
今までは退院した日は義姉の言う所の、「コリコリするような」新鮮なお寿司をご馳走して来た。所が今日は、「食べたくない」と下を向く。連絡するとケアハウスは断っておいた昼食はOKと、言ってくれたので戻ると、職員さんや仲間に声を掛けられて、完食した。
これから義姉の変化は、数ヶ月単位となりそうだ。
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| 2011年6月2日(木) |
| 犬と歩けば・出発 459 |
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2011年 6月 2日(木) 雨
義姉は、ようやく明日退院できることになった。早く落ち着きたいと言っていた義姉だが、明日の退院を告げると「退院したらどこに行くの?」と聞かれた。時々義姉のテンポについて行けなくなる。
帰るときにハグをしようとして気がついた。義姉の右腕に何か付いている。袖をめくってみたら、点滴用の(シャトルというのかな?)細い管が付いた針が刺したままになっていた。直ぐに申し出て抜いて貰った。昨日も一昨日も気がつかなかったが、可哀想なことをした。
今回も義姉は入院した日と手術当日以外は、私服で通した。それは「自分はどこも悪くない。従ってここに入れておかれるのは不当である」と言う、意思表示であると理解したから、こちらからはなにも言わなかった。
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| 2011年6月1日(水) |
| 犬と歩けば・出発 458 |
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2011年 6月 1日(水) 曇り
夏へと暦は変わったが、寒い。
冷蔵庫が空っぽになったので買い物に出掛けたが、どれを見ても入るようで入らないようで少しも考えが纏まらない。結局見た目が美味しそうだったのでお弁当を買って、夕飯は味噌汁だけ作った。どうも食事の支度をするのが億劫なのだ。もしかしたらこれは「痴呆症」の兆候かも知れない。受診した方が良いかなとか考えた。
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| 2011年5月31日(火) |
| 犬と歩けば・出発 457 |
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2011年 5月 31日(火) 曇り・晴れ
珍しいニュースがあった。
先日追突事故があって、加害者のトラック運転手の雇用主が逮捕されたという内容だ。
何で珍しいのかというと、逮捕したのが労働基準監督署(同じ署でも警察署ではない)で、労働基準法違反がその容疑内容。何でも1か月400時間余も労働させていたという。
このニュースはラジオで聞いたので、新聞やネットを探してみたが(私には)見つからなかった。
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| 2011年5月30日(月) |
| 犬と歩けば・出発 456 |
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2011年 5月 30日(月) 曇り
義姉は点滴も取れて、回復は順調だ。
足の爪を切ってやっていると看護師が呼びに来た。今日は担当医に呼ばれている。義姉は一瞬表情を変えて「まさかガンだなんて言われるんじゃないだろうね」という。
担当医からこれまでの治療経過と、これからの見通しを丁寧に説明された。
C型肝炎からの肝がんで始めて手術をしたのは7年前。特に自覚症状もなく、これまで過ごしてきたが、これからはそうはいかないらしい。他の病気が4つも5つもある。
「今週中に退院できるって」と義姉に伝えると、「だってどこも悪くないし、毎日退屈でしょうがない」と、口を尖らせた。
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| 2011年5月29日(日) |
| 犬と歩けば・出発 455 |
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2011年 5月 29日(日) 雨
「放射性廃棄物を取りあえず埋めておこうというのは、私たち子どもに核爆弾入りの国土をプレゼントしているのとなんら変わりないではないか・・」今日の毎日朝刊に載った、女子中学生の投書である。そして「今の大人は脱原発で正しい判断をして欲しい」結んでいる。
彼女の意見を援用すれば、今の「先進国の」大人達は、核爆弾入りの地球を未来へプレゼントとしていることになる。東電幹部や「専門家」に読ませたい。
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| 2011年5月28日(土) |
| 犬と歩けば・出発 454 |
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2011年 5月 28日(土) 雨
今年はもう梅雨に入ったとか。先週の土曜日は良いお天気だったが、今日運動会を予定していた所は気の毒だ。孫ちゃんの運動会に準備万端整えて待って居たが、明日も雨らしい・・と、マグノリアさんはメールをくれた。
さて午前中はお婆さんの歌う会で、この頃になると毎年「夏は来ぬ」を歌う。先生はこの歌に出てくる卯の花」と「おうち」の実物を持参して、みんなに見せてくれた。いつも隣に座るAさんは、「ほら△交番におうちの大きな木があるのよ。隣のツタヤから手を伸ばせば、一枝取れるわよ。」とみんなに教えていた。
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| 2011年5月27日(金) |
| 犬と歩けば・出発 453 |
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2011年 5月 27日(金) 曇り
今日もナースステーションで記帳していると、受付の女性に声を掛けられた。親族で毎日来ているならいちいち記帳しなくても良いと言うのだ。内心「えっそれで良いの?」とは思ったが、お心遣いを有難く頂戴することにした。
午前中は眼科を受診した。このところ特に文字が読みにくいのだ。秋には免許の書き換えもある。先の土曜日、サークルの仲間が白内障手術の予約をしたと言うのを聞いて、受診を決意した。
視力検査と瞳孔を開いてよく見て貰ったが、視力に変わりはなく(むしろ前回より少し良くなっていると言った)白内障もその兆候が見られる程度という診断だった。日にちを変えてもう一度眼鏡の調整をすれば、良くなるかも知れないと言う。(変わらないかも知れない)すっかり手術の予約を勧められると思い込んでいたので、安心したようながっかりしたような気分で帰った。
帰宅後も瞳は未だまぶしいので、病院まで家人が運転してくれた。術後のやつれた義姉を見て、家人はショックを受けていた。
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| 2011年5月26日(木) |
| 犬と歩けば・出発 452 |
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2011年 5月 26日(木) 曇り
今朝は寝込みを川柳のAさんに襲われた。和歌山の田舎から送ってきたからと、大きな夏みかんと庭に咲いたシャクヤクの花を届けてくれた。
次は定例の通院日で診察室に座ると、(なんだか眠たそうだね)と言われたがその通りで、頭も身体もボーっとしている。
病院の帰りに築地本願寺の前を通ると、副住職に長男が生まれたので記帳を受け付けていると呼びかけている。フン、宗教がそんな上から目線で良いのかねえと思ったが、イヤ待てよ、居丈高に権威主義を振りまいた方が信者はすがりやすいのかなとも考え直す。どちらにしても、関わり合いのないことで、場外市場で目当てのものを買って、帰宅。
午後は義姉の病院へ。手術というかカテーテル治療は無事に終わって、午後4時頃病室に帰ってきた。患部は肝臓なので術後は絶対安静なのだが、直ぐに起き上がろうとする。私がいると気が散るのかと思い、そうそうに退出した。
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| 2011年5月25日(水) |
| 犬と歩けば・出発 451 |
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2011年 5月 25日(水) 晴れ
今朝もまた「人身事故のためにダイヤが乱れています」と言うニュースを聞いた。数年前まではもっぱら、中央線に偏っていたが今ではどこでもありだ。
震災後、今更「絆」の大切さを説いているが、せめて愚痴をきいてやれる余裕があったら、少しは減らせるのではないだろうか?
いや、夕べのニュースではレストランや居酒屋での「孤食」が流行っていると言ってたから、そんなに単純ではないのかも知れない。
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| 2011年5月24日(火) |
| 犬と歩けば・出発 450 |
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2011年 5月 24日(火) 雨のち晴れ
今朝、義姉を入院させる頃は雨がひどくて、その上季節が逆戻りしたように寒かった。
私なんかは考えもしなかったが、このお天気の変化に必要なエネルギーは、日本中に注ぐ太陽エネルギーの0.2%だという。所が日本が消費しているエネルギーはその0.4%。しかしこれは20年前の数字だから、現在は更に大きくなっていると、推測できる。
一体私達は、自然の変化を起こすエネルギー以上の量を使って良いのだろうか、というのが著者の問いかけである。
またスリーマイル島のメルトダウン事故で、(3年後だったと思う)冷却した炉心内にカメラを入れて、どうなっているか見たところ、なにかもやもやしていてはっきりと映らない。調べてみたら、高放射能の炉内に藻類が発生し、増殖していたためとわかった。とまあ、こんなエピソードは、図書館で借りられる京都大学原子炉研究所・小出裕章氏の本で読んだ。
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| 2011年5月23日(月) |
| 犬と歩けば・出発 449 |
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2011年 5月 23日(月) 晴れのち雨
義姉の明日の入院を控えて、買い足したあれこれを持参してケアハウスに見舞った。
先日は「入院なんて聞いていない」と不機嫌だったが、それなりに入院に必要な品を、キャリーバックに詰めてあった。
今回見つけた、夏向きのレーシーなデザインの茶色い靴は、一目見て「ウンいいわ」と気に入った様子。繕ったズボンも丁度良かった。
支度が終わって、いつものスーパーまで散歩した。
店の中を何回か廻って、宝焼酎、ウメッシュをそれぞれ1缶と、かりんとうにシベリヤ(カステラの間に羊羹をはさんだもの)を購入。(残ったら捨てても良いから)と口を出すと「そんな、勿体ない。腹の中にすてるわ」と、切り替えされた。
明日また来るからとハグすると、嬉しそうに「フフ、悪いね」と言った。
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| 2011年5月23日(月) |
| 犬と歩けば・出発 448 |
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2011年 5月 22日(日) 晴れのち雨
ベルは乗り気ではなかったが、ひと月振りにシャンプーした。強い日差しと夕べからの強風で、たちまち乾いた。虫除けの薬を付け、ついでにフィラリヤの薬も飲ませた。去年まではクッキーのようなのだったが、今年から錠剤とした。値段が格段に安いのだ。焼き豚の残りに包んで口元へ運ぶと、ちろりちろりと舌先で嘗めてみるだけ。こちらがじれて無理に口の中に押し込んで、口を上に向け呑み込ませた。
午後は預かってきた義姉のズボンの繕いをする。眼が弱くなって解くのに肩が凝るが、ほころびを縫いゴムを取り替えた。これでまだしばらく使える。なによりも義姉のお気に入りなのだ。
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| 2011年5月21日(土) |
| 犬と歩けば・出発 447 |
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2011年 5月 21日(土) 晴れ
日差しは暑いくらいだが風は乾いて気持ちが良く、「さつきばれー」と、大声で触れ歩きたくなるような、気持ちの良い1日だった。油絵のお稽古日。
車で通ると、町のあちこちで運動会も行われていたが、お絵かき仲間Aさんの孫ちゃんが通っている小学校は、校庭が半分液状化で使えず運動会は中止になったという。2ヶ月経って、まだまだ震災の影響は続いている。「それにしても2ヶ月経って、未だに体育館暮らしをしている人がいるなんて、一体政府はなにをやっているんだ」お絵かき仲間のお茶のみ話は、そのことでみんなが怒る。「東電を始め、各企業の保養所を開放すれば、体育館ぐらしなどさせないで済むのではないか」という意見に対し、「イヤ、そういうところがあっても、地元から離れたくないと言って、体育館に留まる人もいるとか」と、反論する人もいた。先の見えない復興に、みんないらいらを募らせている。
私達のサークルに、今日から若い仲間が1人加わった。
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| 2011年5月20日(金) |
| 犬と歩けば・出発 446 |
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2011年 5月 20日(金) 晴れ
用事があって、油絵サークルの仲間に電話したが不通。折り返しかかって来たが、話をしているウチに現在入院中だとわかった。「入院は趣味だから」なんて、鼻歌まじりだ。重大な病気ではなく向こうも暇らしくて、病状や治療の様子をぐだぐだと説明してくれる。いったん切ったがまたかかってきて、土日は一時帰宅させて貰うから明日のお稽古には出席すると連絡してきた。
そのうち自宅と病院の区別もなくなるかもね−。
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| 2011年5月19日(木) |
| 犬と歩けば・出発 445 |
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2011年 5月 19日(木) 晴れ
日差しは真夏だった。
床屋でお喋りをしていて気がついたら、すっかり短い刈り上げになっていた。娘の言う「養老院カット」と言う奴だが、省エネでこの夏を乗り切るにはま、いいか。
床屋の女将は、ダンスを始めてから顔のリニューアル工事を続けている。今度は歯並び。「この年になって、歯列矯正を始めたの」と言って口を開けて見せてくれた。別に見たくはないが、見るふりをした。それが結構痛いのだそうだ。彼女も50代後半、歯茎が痩せてくる頃になってあんな輪っかを付けて、悪影響はないのかしら。「私の歯って大きい方だと思う?」となおも追いかけてくる。思わず正直に(ウン)と言ったら「やっぱりなー」と俯いた。いけなかったらしい。
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| 2011年5月18日(水) |
| 犬と歩けば・出発 444 |
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2011年 5月 18日(水) 晴れ
NHKテレビの「写楽は誰か?」は面白かった。200年にわたって詮索されてきたその正体は、ギリシャで発見された肉筆画がきっかけとなって、ほぼ阿波のお殿様お抱え能楽師(といっても、ちょい役)斉藤十郎兵衛と、確定された。何故本名を名乗れなかったか?当時は特に身分制度の締め付けが厳しくて、痩せても武士たる者、絵師などと名乗れなかったのだろうという。
名前は(言葉を入れ替えて遊ぶ、アナグラム)さい−とう−じゅう−ろべえから、とう−じゅう−さい(東洲斎)となり、以前から斉藤十郎兵衛説はあっったらしい。
これでひとつすっきりとしたが欲を言えば、邪馬台国の所在もはっきりさせてほしい。
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| 2011年5月17日(火) |
| 犬と歩けば・出発 443 |
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2011年 5月 17日(火) 曇り・雨
家人が館山から「館山産わかめ」を、持ち帰った。見た目も茶色でいまいち食欲をそそらない。味噌汁に入れてみたが、肉薄で味もいまいちだった。
コープで韓国産わかめを買った。こちらは見た目、黒々として「三陸産」に近い。やはり味噌汁にいれると、館山産よりは良いが肉薄で味もいまひとつ。やはり三陸産わかめが一番美味しい。
ユッケの食中毒も原発事故も原因は同じ、コストカット。安全にお金をかけず手抜きをした結果だ。
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| 2011年5月16日(月) |
| 犬と歩けば・出発 442 |
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2011年 5月 16日(月) 曇り
「又やったのよ、土曜日に。イレウス」青い顔をして友人は言った。ポカリスエットしか飲んでいないと言うから、見た目にも身体に力がない。最近彼女は、「腸閉塞」と言わずに「イレウス」と言う。「腸閉塞」は彼女にとって、語感が生々しすぎるのだろう。
とにかく2人で、国立劇場の前進座80周年記念公演を見物した。「唐茄子屋」は軽妙で笑えたし、「秋葉権現廻船噺(あきばごんげんかいせんばなし)」の日本駄右衛門の絢爛豪華すぎる衣装や振りにすっかり魅せられた。
帰りは彼女のために、日比谷公園内の松本楼で2種類のスープを頼んだ。公園の若葉が眼にまぶしい。公園内のバラを見ながら、帰った。
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| 2011年5月15日(日) |
| 犬と歩けば・出発 441 |
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2011年 5月 15日(日) 晴れ
ケアハウスに着いたのは未だ10時前だった。事務所に人がいないので、義姉の部屋を訪ねる。やはり一段と痩せた。ズボンが緩くなったからと言って、スカーフをベルトの代用にしている。他にもズボンはあるが、取り替えようとはしない。今回、ズボンのゴムを取り替えてあげるからと脱がせ、他のと取り替えさせた。持参した新しい靴と、財布を出して使い方を教えた。新しい財布は肩から提げる為に2種類の紐を用意して、選んで貰った。じゃらじゃらと古い財布に付いていた沢山の根付けも移した。
それから散歩がてらに、近くのスーパーへ誘った。手を繋ぐと義姉の手が冷たい。あたりの景色を眺めながらゆっくりと、歩いた。
スーパー内では珍しく、店内あちこちで試食販売をしている。漬け物、サラダ、和え物、餃子、春巻き、蒸しパン。私達はそのぜーんぶを試食した。義姉は特に表情を変えなかったが、美味しいねと確認すると「ウン」とだけ言った。所で入院については「聞いてない」と、硬い表情を崩さなかった。
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| 2011年5月14日(土) |
| 犬と歩けば・出発 440 |
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2011年 5月 14日(土) 晴れ
やっと内装屋さんが来てくれて、雨漏りによる二階天井の汚れが綺麗になった。
汚れに気がついてから4,5年も経つ。屋根は直ぐに修理して貰ったのだが、物置兼画室として私が使っている部屋で特に差し支えはないのでそのままにしておいた。
所が去年の秋ふとしたついでに、前にも何度かお世話になっている内装屋さんへ連絡して来て貰った。だが彼は「なにもかも1人でやらなくてはならないから忙しくて、少し後になる」と言う。別にこちらはいつでも良いのだが、言い方が気になってなおも聞いたら、数年前に奥さんを亡くしていた。お子さんはいないがおしどり夫婦で、仕事の時も一緒にやって来ていた。今年はもう7回忌というのに自分の口から未だ、そのことを言えないのだ。
それが去年の9月頃。年末に顔を出して、年明け一番に来ると言い置いて帰ったがそのまんま今日まで時が過ぎた。心臓カテーテルも複数回受けていると聞いていたので、もしかしてと心配しながら連絡を待っていた。
それが10日ほど前、ベルが吠えるので覗くと、彼が家の廻りをうろうろしていた。声を掛けられないのだ。まあまあお上がりなさいと請じ入れて、話を聞いた。すると年明けから腰痛に加えて、腕が上がらなくなり、仕事が出来なくなったと言う。(ならば電話の一本でもと言いたいのをこらえて)話を聞いて、治療費の安い鍼灸所を紹介した。彼は続けて治療に2回通って、雨も上がった今日、職人ひとり連れて来てくれた。この職人も独り身らしく、圧力鍋を買って、最初は扱いが難しかったが便利だなどと話をした。
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| 2011年5月13日(金) |
| 犬と歩けば・出発 439 |
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2011年 5月 13日(金) 曇り
吉祥寺で、ジェームス三木脚本の「族譜」という芝居を見た。100年前の韓国併合による「創氏改名」や「皇民化政策」を描いたもの。
帰りにデパートへ寄って、義姉の為に財布を捜した。先日ケアハウスに電話して義姉の様子を聞いたとき、「この頃、支払いの度に財布がないと言ってくる」と言われたので、財布に紐を付けて首から提げるようにしようと考え、軽くて紐通しの付いたのを探した。所がこれがなかなか見つからず、4軒目で父の日プレゼントコーナーでほぼ予想通りの財布を見つけた。ただし、色は地味でデザインがいまいちだが、取りあえずこれを買った。6千円近かった。
福島原発1号機がメルトダウンしていたと聞いても、やっぱりと思うだけ。60年代の古い技術で作られ、しかも経年劣化していたポンコツだったのだ。
何とかこれ以上の放射能漏れが防げるように、技術者諸氏の検討を祈るばかりだ。
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| 2011年5月12日(木) |
| 犬と歩けば・出発 438 |
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2011年 5月 12日(木) 雨
どうも初めからおかしな話だと思った。
ひと月ほど前、もう20数年は会っていない元職場のAさんが、私の絵を見たいが見せてくれるだろうかという電話が家人にあったという。なにを今更と思った。若い頃の私は金平糖のように尖っていた。そんな私をAさんは「オメーは、諸刃の刃だ」と罵って、お互い喧嘩別れしたままなのだ
「誰れがAなんかにみせてやるもんかあ」とは思ったが、イヤ待てよ、ここで断ってそのまま死なれたりしたら後味が悪いと思って、(玄関にかけてあるから、見るぐらい構わない)と返事して良いと、家人に言い置いた。
それから様子がおかしくなった。いつの間にか「元職場の同窓会」を開く方向へ事が進んで、出欠の文書まで来た。 一体「絵を見たい」は口実だったのか。
元金平糖も、今では大分角も欠けすり減って丸くなったが、知らない間に事を運ばれるのは不愉快である。過ぎ去った昔のことをあれこれ言うつもりはないが、だからといって昔の仲間たちにあって単に「なつかしい」などと言ってしれっと出来るほど呆けてもいないし、傷が癒えてる訳でもない。
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| 2011年5月11日(水) |
| 犬と歩けば・出発 437 |
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2011年 5月 11日(水)雨
今日は1日中雨で気温は3月下旬並とか。昨日よりも10℃以上も低い。乱高下する気温に身体がついていかないからか、帰省した娘の置き土産か私達も風邪気味だ。特に家人は咳まで出て大儀そうにしている。
そんな状態で昨日、家人はまた館山まで遠距離介護に出掛けた。
朝の7時頃に出掛けて夜、さすがに疲れて帰って来た。珍しく「どうでも良いようなことを、4時間あまりもお喋りしていて、その間、咳を我慢するのが大変だった」と愚痴を言った。
今回は病院の後、兄弟の所に寄ってお喋りをしたらしい。それを聞いて私は反射的に「そんな用事なら、タクシーを使ってくれれば良いのに。わざわざ片道100qもかけて呼ぶこともないだろうに」と、言ってしまった。でも言ってはいけないことだ。家人は「まあ、それがしたかったんだろうけど」と取り繕った。兄姉というのは、何時になっても末っ子は若いと思い込んでいる節がある。いつまで無理が利くかが問題である。
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| 2011年5月10日(火) |
| 犬と歩けば・出発 436 |
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2011年 5月 10日(火)曇りのち雨
連休のため、今月は1週遅れで川柳句会があった。互いの投票で秀句を決める互選句の題は「義理」。句は「作品」であるから、フィクションでも構わない。私はこんな1句を作った。「義理の兄何人もいた若い頃」
所で互選句は、講師が1句ずつ講評をしてくれる。で、前記の私の句を読んだ81歳の講師は、ハタと迷っておられる。(若い頃には義理のお兄さんが何人もおられたというのですから、今は亡くなって少なくなったんでしょうか?)ガクッと来た私が説明しようとしたとき、Aさんが代わりに説明してくれた。「先生、本当の義理のお兄さんではなくて、次々と代えるデイトの相手を、他人には義理の兄だと言い繕っているんですよ。」
これには2票しか入らなかった。また3分間で作句する3分吟の題は「顔」。
私の句「なによりもあなたの笑顔共通語」が3席に入り、詰め替え用液体石けんを商品に貰った。
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| 2011年5月9日(月) |
| 犬と歩けば・出発 435 |
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2011年 5月 9日(月) 晴れ
「ねえ、ねえ。おばあちゃんが給食の時はさ−、牛乳はパックだった?ビンだった?」娘の次男は台所に入ってきてこう言った。彼は今年2年生になった。去年の夏休み頃は、未だ新しい環境に慣れないのか少し痩せて、心配していた。
世代を超えて、彼が私と共通の話題を提供してくれたことに文句なく嬉しかったが、何となく照れくさくもあった。私の小学生の頃の給食は、脱脂粉乳と言って自宅から持ち寄ったカップに入れて貰ったが、とてもまずかったと答えた。彼の給食はビン牛乳で、なかなか飲み干せないとのこと。隣の部屋から「頼めば、牛乳を抜いてもらえるよー」と、母親から声がかかった。
「牛乳は背が伸びるっていうから、飲んだ方が良いんじゃない?」と言うと、「ウン、なるべく完食したいと思ってさ」と応えながら、台所を出て行った。
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| 2011年5月8日(日) |
| 犬と歩けば・出発 434 |
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2011年 5月 8日(日) 晴れ
昨日姉娘が帰って、今年の連休は終わった。
一時家族は9人にもふくれあがり、その食事作りに追われた。でも台所をのぞきに来た子どもに、調理中のひと品を味見させるのは、楽しい。
今朝は家人も出掛けて、ひとり掃除機をかけていると、部屋の隅々に未だ子ども達の笑い声が残っていた。
今朝、ベルと散歩中すれ違ったバスの側面に「日本を信じよう」のステッカーが貼られていた。この言葉は一見美しくて、空っぽだ。
今のこの日本を作った政治家・権力者を、これからも信じるほど庶民は、お人好しではない。 |
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| 2011年4月29日(金) |
| 犬と歩けば・出発 433 |
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2011年 4月29日(金) 晴れ
もとよりべるに異存はないから、夕方の散歩は少し遠回りしてみる。花見川大橋の袂に、大きな看板がある。その看板はホテルの名前と、千葉北警察署ウラとだけしか書いてない。電話番号もない。ラブホテルと警察はどんな関係があるのだろうかとかどんな効果を狙ったのかとか、散歩しながらずっと考えたがわからなかった。
夕飯は、英国王子の結婚式ライブを見ながらたべた。どうしたって花嫁は、あの可憐なダイアナさんと較べてしまう。それにダイアナさんを王妃の座から追い落とした、父親と義母は参列しているのだろうかなどと詮索もする。所詮は狸と狐の化かし合い。あらま28歳の王子様はもう、頭頂部分が薄いのねえとか言いながら、お茶漬けをかき込んだ。これだから庶民は止められない。
明日から(世間並みに)、連休とさせていただきまーす。
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| 2011年4月28日(木) |
| 犬と歩けば・出発 432 |
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2011年 4月28日(木) 晴れ・強風
体調を崩してから1年。家人はそう1年半振りぐらいに、明日のジョギング大会参加のために出かけて行った。この間、参加を予定していてドタキャンしたことが何回かあるから、まあ明日帰って来て見ないことにはわからない。
でも、久しぶりに温泉地での宿泊で、少しは気分も変わるんじゃあないかと思っている。
家人を見ていて、人間というものは、身体が弱ると気持ちも弱るものであると、つくづくと納得した。そんなことわかりきったことだと言われるかも知れないが、知ることと納得することは違う。
そして何より、そのことは自分を映す鏡なのだ。
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| 2011年4月27日(水) |
| 犬と歩けば・出発 431 |
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2011年 4月27日(水) 晴れのち曇り
最新式カメラで「伊藤若沖」(江戸時代の絵師・特に鶏の絵が得意)の絵を写し取り、様々な研究をしているというテレビ番組を見た。そのひとつ、若沖が描いた金色の「鳳凰」には、金色(金泥)は使われていなかった、と言うことがわかったとか。白色と黄土色それに少しの黒色を使うと、人間の脳は「金色」と認識するのだそうで、若沖がそれを知っていて使ったのなら凄いと、テレビに登場した学者・専門家はしきりに感心していた。それを家人に自慢すると「金があるのに何で使わないんだ」という。なんの根拠もなく「お金がなかったからでしょ」と応えたが、当たらずとも遠からず、以外とそんなことが理由ではないかと思う。
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| 2011年4月26日(火) |
| 犬と歩けば・出発 430 |
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2011年 4月26日(火) 晴れのち曇り
夕べテレビから流れてきた元キャンディーズ・スーちゃんの独白は、聞き手の心臓をつかみ取る、人間として逃げられない迫力と切実さがあった。第一死を直前にした人の声など(肉親ならともかく)聞く機会など滅多にない。まして、テレビの人気者である。聞き慣れた元気で弾むような声ではないが、その内容ははっきりとして明快だった。
続くニュースで登場してきた東電社長の人品が、ひどく劣って見えた。
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| 2011年4月25日(月) |
| 犬と歩けば・出発 429 |
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2011年 4月25日(月) 晴れのち曇り
10日程前に市民の森へ「ひとりしずか」を探しに行ったが、見つからなかった。今日、改めてベルと森へ入った。この前はなかった鳴子百合が咲き出していたがやはり、ヒトリシズカは見つからなかった。ここは何種類かの山野草が自生しているのだが、今年はその殆どにお目にかからない。どうしたのだろうか?
団地を抜けて公園に戻ると、その道筋にはどこも八重桜が絢爛豪華、美味しそう(桜餅を連想)に咲いていた。散歩中に友達からメールが来たので、ベルの写真を付けて、返事をしたら「かわいい」と言ってきた。そう、ベルはすれ違う人にも、そういわれる。
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| 2011年4月24日(日) |
| 犬と歩けば・出発 428 |
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2011年 4月24日(日) 晴れ
朝のウチ、マグノリアさんに連れられて道の駅「しょいかご」へ、買い出しに出掛けた。彼女は新しい食材をどんどんと取り入れ、自分のアレンジで調理するのに感心する。例えば山菜の「うるい」はさっと洗っただけで味噌マヨネーズを付けて食べたら美味しかったと、教えてくれた。
日曜日の「しょいかご」は、いつも通り賑わっていた。
午後は気温が上がってきたので、お風呂場でベルを洗って虫除けの薬を付けた。べるは迷惑そうな顔をしていたが、洗った後はお日様に身体を伸ばし、足先などを嘗めていた。
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| 2011年4月23日(土) |
| 犬と歩けば・出発 427 |
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2011年 4月23日(土) 強雨
ひとり暮らしの友人は、節電で先月は電気代が半分だったという。でも今日は寒いし、こんなときに又発作を起こして病院へ運ばれる事態となったら、余計に迷惑を掛けるから、今日はストーブを使おうと思っているといった。
世の中が節電の折大きな声では言えないが、家人は時々ホットカーペットと炬燵に泊まり込んでいる。布団に寝られないとき(避難所)の訓練だと、言い訳をする。
秋の終わりに、売れ残りの絹さやの苗を買ってプランターに植えて置いた。それが先週あたりから、次々と実を結んで食卓の彩りに重宝している。花だけでなく、実を付けてくれるものはとても嬉しいし、気持ちも豊かにしてくれる。
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| 2011年4月22日(金) |
| 犬と歩けば・出発 426 |
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2011年 4月22日(金)曇り
今日1日、新宿で遊んだ。八重桜が盛りの新宿御苑内の櫻を見て歩くウチ、これは鬱金、御衣桁、観山、一関などと名前も当てられるようになった。また「スルガダイニオイ」という、清々しい香りの櫻に出会って、連れと繰り返し香りを深く吸い込んだ。幾つになっても新しい経験は、嬉しい。
園内は学生・生徒を始め大勢の人々で賑わっていたが、頭のどこかでこの平和な景色と東北の瓦礫の景色を比べている。
夕方から「ザ・ニュースペーパー」を見に、雑居ビルの地下2階、穴蔵の様なスペースに身体を小さくして座った。背もたれのない小さな椅子が隙間なく80客並べられているが、満席だった。ここでは束の間、心置きなく大笑いした。
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| 2011年4月21日(木) |
| 犬と歩けば・出発 425 |
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2011年 4月21日(木)晴れ
花冷えというのか、朝晩寒さが戻っている。急激な気温の変化に、老朽化している身体がついて行けない。体育館で避難生活している人達の疲れを思うと、理不尽に日常の暮らしを奪われた憤りは、共感出来る。
原発事故での避難所を訪れた首相に、「早く原発を納めて欲しい。私達がここでどんな気持ちで暮らしているのか、(指導者は)一度ここで暮らして体験してみて欲しい」と詰め寄った女性の発言は、NHKではこの部分が削除されていた。
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| 2011年4月20日(水) |
| 犬と歩けば・出発 424 |
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2011年 4月20日(水)晴れ
ユーチューブで被災地の映像をみた。テレビでは決して流さない映像だ。
見た後、体調が悪くなった。これはもう「共感疲労」の範囲を超えていると思う。
毎晩決まったように地震がある。
何とも宙ぶらりんで不安定で落ち着かないねと、歯医者で治療を受けながら話した。「大きいのが来るよ」と、ここでも聞いた。今朝は、宗教の勧誘も来た。
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| 2011年4月19日(火) |
| 犬と歩けば・出発 423 |
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2011年 4月19日(火) 雨 曇り 晴れ
大震災の義捐金は、町会で回覧が回ってきたし、他の団体でもさせて貰った。
然しそれらは赤十字とか大きな所へ集まっているが、なかなか必要な末端へ流れて行かないと報道されている。それに既成の団体は、透明でなく何となくうさんくさい感じがする。
マグノリアさんはネットで、犬や猫の救援活動をしている団体を探し出してそこへ送金したという。私も福島県飯舘村のホームページに、こちらの気持ちを書き込んだ。書き込んだものの、大混乱のさなかである。まず返事は来ないだろうと諦めて、他の方法を探し始めた頃に返事が来た。返事を貰っただけで嬉しかったが、気が変わらないうちに、振り込ませて貰った。然し、振り込んだ農協の支所も退避勧告内にある。どうなるのだろうか?
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| 2011年4月18日(月) |
| 犬と歩けば・出発 422 |
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2011年 4月18日(月) 曇り
仲間たちと今年も吉高の大櫻を見に行った。この樹齢3百年の一本山桜は、先週の金曜日15日が満開だと調べてあったが、もう少し花が残っていると思ったが、半分は紅色の葉桜となっていた。
然し私達の楽しみは眼福だけではなくて、筍ご飯や草餅にもある。林の中で仲間たちと美味しいご飯を食べた。
更に私には宿題があった。去年ここに来た時、仲間を撮したついでに、野菜を売っていたお婆さんも撮った。それに気づいた彼女は、固辞する私に写真代だと言って大根を1本押しつけ、写真は来年届けてくれれば良いからと言った。
以来、ずっとそのことが重荷になっていて、今日は是非とも届けたいと思った。「お年からいって、もういないんじゃない?」というひともいたが、今年もちゃんと商売していたのである。お嫁さんと覚しき人と2人で野菜や農産物を売っていて、お婆さんは今年95歳になると教えてくれた。孫夫婦がお婆ちゃんを海外旅行へ連れて行くのだとか。
写真を届けるととても喜んでくれて、何でも好きな商品を持って行ってくれと言われたが、今年は逃げた。「来年もおいで」と叫ぶ言葉が、背中に追いかけてきた。
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| 2011年4月17日(日) |
| 犬と歩けば・出発 421 |
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2011年 4月17日(日) 晴れ
ケアハウスに義姉を見舞った。事務所に連絡して様子を尋ねたら、最近財布を無くしたという。行って見ると、以前使っていた財布の中に小銭が少しだけはいっていた。先月財布の中に1万5千円、予備に2万円置いて来たのだ。本人に、財布の中が空だという自覚はない。その上、このところの地震のストレスも全くない。お天気が良く暖かかったのでスーパーに誘うと、お腹が空いたからと言って、菓子類の他にカボチャとサツマイモの天ぷらを買った。未だ午後の1時半だ。だんだんと遠くの世界へ向かっている。
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| 2011年4月16日(土) |
| 犬と歩けば・出発 420 |
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2011年 4月16日(土) 晴れ
このところの体調不良、鬱っぽい気分も、どうやら「共感疲労」と言うものらしいとわかった。
然しわかったからと言って、症状が消えるわけではない。
所で最近、銘柄にこだわらなければ、割と納豆が手に入りやすくなった。
今日は神奈川県伊勢原市の「大山納豆」というのがスーパーで、熊本県宇土市「元気納豆」を八百屋で買った。これには(九州本仕込み・あまかたれ付き)というコピーがついている。明朝が楽しみだ。
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| 2011年4月15日(金) |
| 犬と歩けば・出発 419 |
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2011年 4月15日(金) 晴れ・強風
身内が被災にあって現地へ行ってきた人が、櫻を見ても桜色に見えないと言ってたという。私にしてからが、このところ血圧が高めだ。
こういうのを「共感疲労」と言うらしい。「共感疲労」とはなにか?
被災していない人にも「共感疲労」という苦しみがあるとして、ダイヤモンド社のサイトに『香山リカ「こころの復興」で大事なこと』と言うのが載っている。ポイントは4つ。
1、共感疲労を起こすと、冷静に話を聞けなくなる
2,他人事として捉える「分離」のメカニズムで心の平衡を保つ
3,震災への受け止め方は人それぞれ。反応の仕方も人それぞれでいい
4,自分のことを自分で支えること。これがいま被災地への最大の支援となる
結論
いま被災地以外の人がもっとも大切なことは、自分で自分を保つこと、自分のことを自分で支えることです。それによって、世の中の多くの資源が被災者へとつながるので、それが、最大の支援になるのです。そのためには、社会としてある行動を強制せずに、それぞれの人が無理なく過ごせるような情況が大切です。
納得。
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| 2011年4月14日(木) |
| 犬と歩けば・出発 418 |
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2011年 4月14日(木) 晴れ
電車が止まることもなく、東京から無事に帰宅できた。通勤している人は、毎日どんな気持ちで電車や地下鉄に乗っているのだろう?
病院から上野に廻って「レンブラント展」を見た。途中、アンテナショップの前で、「群馬県昭和村 安全 美味しいやさい」のチラシが入った、ほうれん草とこんにゃくのセットを通行人に無料で配っていた。お揃いのジャンパーを着て呼びかけている人達の必死さが、伝わって来る。
JR上野駅周辺では、何組も義援金を呼びかけていたが、呼び声の割りに通行人の反応がいまいち。
桜並木は盛りも過ぎて、花びらが散り急いでいた。何組かシートを拡げて宴会をやっていたが、唄を歌うわけでもなく静か。大道芸人も一組いたが、そこでも音楽を流すわけでもなく、すべてが一枚の風景画の中の景色のように見えた。花見時には似合わない強い日差しだけが、ギラギラしていた。
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| 2011年4月13日(水) |
| 犬と歩けば・出発 417 |
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2011年 4月13日(水) 晴れ
今朝、朝食の支度をしていたら目まいがした。吐き気もあったので血圧を計ると、いつもより上が30下が20も高い。安静にしていたら、午後には20ずつ下がったが、上がまだ10程高い。
電話を架けてきた仲間が、病気持ちの飼い猫がこのところ立て続けに発作を起こしていると言うから、私も「木の芽時」と、地震のストレスかなあと思った。
明日は通院日で、東京へ出掛けなくてはならないから、万一のことを考えていつもより余分に現金を用意した。友人は、帰宅出来なくなったら、市役所やデパートなど公共機関へ行くと泊めてくれるらしいと教えてくれた。更に電車の中やエレベーターの中に長時間缶詰にされた時の準備に、おむつ型パンツの着用を勧めてくれた。
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| 2011年4月13日(水) |
| 犬と歩けば・出発 416 |
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2011年 4月12日(火) 晴れ
今日も、余震と言うには大きすぎる地震があった。そこで考えた。
私が子供の頃は未だ、掃除機の代わりに座敷箒で室内のゴミを吐き出していたが、座敷箒は他にも優れた使い道があった。
つまり家に嫌な客や長居をする客がやってくると、箒を逆さまにして手ぬぐいを被せて見えないところに立てる。するとその客は、早々に立ち退くというおまじないグッズでもあったのだ。実際私も姉に言われてやったことがある。以後、その客がやってくると言われなくても、自主的に箒を立てた。(その結果についてはどうだったか、はっきりと記憶はないが・・。)
そこで今回の、とんでもないお客さんである。一度ならず何度もやって来る。
学者先生や専門家にはそれぞれ働いて貰うとして、ここはひとつ、私もひと肌脱がねばなるまい。そこで箒・・(は、ないからモップで代用)を立て、手ぬぐいを被せてみようと思う。
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| 2011年4月11日(月) |
| 犬と歩けば・出発 415 |
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2011年 4月11日(月) 晴れのち雨
吉祥寺に住む友人の案内で、井の頭公園で花見を楽しんだ。
その帰り乗換駅で、不思議な人を見た。杖を使い、ゆっくりとホームを歩いているその老人は、身の丈がせいぜい150p位。人品あやしからず色白で、布袋様のように頬が垂れ下がっている。リュックを背負っていたが、目の前を通り過ぎるとき見たら、なんとそれは(どう見ても)大人の紙おむつだった。なんてものを見てしまったんだろうと、その時は思ったが、もう一度私鉄に乗り換えた頃には忘れていた。
そして乗った快速特急が走り出して直ぐに、震源地福島・震度6の地震と出会って緊急停車した。
車内は意外と冷静で落ち着いていたが、再び走り出すまで私は、たっぷりと不安を味わった。あの老人と出会ったことは、単に偶然だったんだろうか?
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| 2011年4月10日(日) |
| 犬と歩けば・出発 414 |
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2011年 4月10日(日) 晴れ
犬仲間がウチの近くのビデオ屋に来たからと、ウドを届けてくれた。酢味噌和えにしようとコープへわかめを買いに行った。いつもは山ほど置いてある「三陸産わかめ」はなかったが、宮城産表示のわかめが2パックあったので、ひとつ買った。
家人は、「宮城産?あぶないんじゃあないか」などとぬかす。何を言うか、それが風評被害だと、夕飯にたっぷり盛りつけてやった。もしかしたら頭髪が生えてくるかも知れない。
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| 2011年4月9日(土) |
| 犬と歩けば・出発 413 |
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2011年 4月 9日(土) 曇り・強風
直也へ
なおぷー どこにいるの?
みんな 直也をまってるよ!!
早く帰って来て下さい。
みんな 直也の事が大好きで、大好きだから
早く 会いたいです。
直也がいないと、さみしくて、すごく悲しいです。
子供達にも パパがいないとダメなんだよ!
私も 直也がいないとダメだよ。
だって、私達、家族だもん。
だから、ずっと一緒にいたい。
早く 帰って来て下さい。
早く 会いたいです。
お願いします。
カリンより
昨日の夕刊に、写真が載っていた。ひっくり返った車に貼り付けてあった、家族のメッセージ。これを読んで、ご飯に涙がぼろぼろこぼれ落ちた。
いままた書き写して見ると、やはり大粒の涙がこぼれた。
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| 2011年4月8日(金) |
| 犬と歩けば・出発 412 |
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2011年 4月 8日(金) 晴れ・強風
大震災から1ヶ月。夕べの大きすぎる余震にも驚いた。
泥舟から逃げ出すように、外国人がどんどん帰国しているという。
先日ETV特集「原発災害の地にて〜対談玄侑宗久 吉岡忍 (4/10再放送)」を聞いた。福島県三春町の僧侶でもある作家はこんなことを言った。「よくお葬式の時にも言ってきたのですが、こんなに沢山の方が亡くなって、(もし、死に甲斐というものがあるならば、それは残った者が変わることじゃあないかと)」
では、どう変われば良いのか?それは利権や効率や高収益の為ではなく、人間らしい暮らしを求めて行く事だろう。
ニュースでは、10年振りに定休日を復活するというデパートの話をしていた。
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| 2011年4月7日(木) |
| 犬と歩けば・出発 411 |
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2011年 4月 7日(木) 晴れ・強風
花島公園の櫻は今日、ほぼ満開となったが、花見川沿いの櫻はせいぜい7分咲きだ。
大相撲の八百長問題は、容疑者(どうやって選んだか不明)を20名リストアップし、19名を「自主的に」退職させて幕にするつもりらしい。
こういうやり方は全く納得出来ないし、問題が解決したとも思わない。
相撲協会というのは、どこを向いて動いているのか?
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| 2011年4月6日(水) |
| 犬と歩けば・出発 410 |
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2011年 4月 6日(水) 晴れ
先日NHKテレビで、原発事故で退去命令を受けた住民のインタビューがあった。男女とも50代とお見受けした。男性は「(原発が来て)確かに町は良くなったし、出稼ぎもしないで済むようになった。原発で働いていて、反対とは言えなかった。」と答えた。一方女性の方は「確かに私も30代の頃は原発で働いたこともある。然し、いま生活が根こそぎ壊されて、この状態はなんなの?この虚しさはなんなの?」と、叫んでいた。
今後の復旧復興に当たっては、是非半分は女性の声が反映されねばならないと思う。フランスからやって来た原子力の最高責任者が、美人で迫力のある女性だったと、驚いてばかりいられない。
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| 2011年4月5日(火) |
| 犬と歩けば・出発 409 |
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2011年 4月 5日(火) 晴れ
川柳句会があった。例年4月の例会の後は、女性限定お花見を団地内で開催してきたが、今年の櫻は未だやっと3分咲きで風も冷たく、お流れとなった。
昨夏、家の中に居て「熱中症」になったAさんが、「例会後のガストでの昼食会は参加出来ない」と言いに来た。編集会議も無理だと思うと付け加える。この寒さでまた体調が悪いのかと思っていたら、そうじゃないのとBさんが側から言った。「奥さんの具合が悪いのよ。ほんというとね、かなりキツーイ奥さんなんだけれど、この地震で地震恐怖症になってAさんが側についてないと不安で仕方がないんだって。」成る程それでわかった。そんなに怖い奥さんでも、頼られるのは嬉しいらしい。何となくうきうきしたいた。お題「とろとろ」私の選ばれた句
△ローカル線徐行で見せる景勝地
△自転車も半分食べた液状化
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| 2011年4月4日(月) |
| 犬と歩けば・出発 408 |
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2011年 4月 4日(月) 晴れ
歯医者で、私が治療用の椅子に座るのを待っていたかのように、先生がしゃべり出した。「何でもかんでも直ぐに停電なんて(けしからん)。まず、停電しないようにあらゆる努力をするべきだ。例えば自販機。あれはもの凄く電気を食うんだ。それにコンビニでも買えるし、スーパーで買えば安い。」剣幕に驚いて、「どうもすみません。東電の社長に代わって謝罪します」と、かわした。
その後、10時半頃だったが、駅前スーパーに寄ったらなんと「納豆」が並んでいる。4種類も。あっけにとられて眺めていると、知らない人に「あらま、納豆があるわ。久しぶりですねえ」と、声を掛けられた。すこしお喋りして震災以来始めて、納豆を1パック買った。
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| 2011年4月3日(日) |
| 犬と歩けば・出発 407 |
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2011年 4月 3日(日) 曇り
気分転換に買い物を兼ねて、友人と2人で郊外へドライブに出掛けた。車窓から辛夷の白や緋寒櫻の緋色が目につく。時には柔らかな柳の新緑も見えるが、やはりいつもの4月のように気分が浮き立つことがない。幹線道路側に出来た新しいパン屋に立ち寄った。ここはコーヒーだけではなく、スープ類も無料で飲める。然しここでも「お試し用」が、無かった。前回(震災の前)立ち寄ったときは、うるさいほどあれこれパンやケーキの試食をさせられたのだ。「やはり粉を始め材料が値上がりしているから」だと、連れは推測した。試食の分が災害地へ廻っているのなら勿論、異論はない。でもオバサンの楽しみが減った。
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| 2011年4月2日(土) |
| 犬と歩けば・出発 406 |
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2011年 4月 2日(土) 晴れ
毎朝、毎日テレビニュースは「最悪の事態が続いています。」と伝えているが、(最悪の事態)と言うのが具体的にイメージできないからか、なんだか最悪慣れして、平気な顔をして暮らしている。「異常」が「平常」になるって、どういう事態が起こるのか?
お絵かき仲間が1ヶ月振りに集まって、お茶飲みをした。話題は勿論「東日本震災」だが、テレビに登場する面々の中で(感じ悪ーい)で一致したのは、安全保安院氏。あの顔を見ただけでムカムカする、と言ったのはいつも冷静なAさん。それにしても復旧、復興の指揮命令組織図がはっきりしない。Bさんは「みんなが責任を取るのを厭がっているからだ」と言うが、総理大臣じゃあないの?
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| 2011年4月1日(金) |
| 犬と歩けば・出発 405 |
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2011年 4月 1日(金) 晴れ
もの、皆あらたまる4月となったが、世間は沈んだまま。ましてこの数日は風が吹き荒れて、花粉が猛威をふるっている。 家に閉じこもって、本を読んだ。
然し「突然、衣食住仕事などすべてを失ったら、自分はどうするか」などと、思いは振り出しに戻って、読書は一向にすすまない。水でも買いにスーパーにでも並んだ方が、気が紛れる。
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| 2011年3月31日(木) |
| 犬と歩けば・出発 404 |
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2011年 3月 31日(木) 晴れのち曇り
夕方のテレビニュースを聞いていて、耳を疑った。今回の原発事故が未だ収拾の目途も立たず、住民は強制退去、海の高濃度汚染がつぎつぎと報告される中で、日本原燃の社長が記者会見して、今まで通り原子力政策を進めると明言していたのだ。
ウイキペディアに寄れば日本原燃は、核燃料サイクルの商業利用を目的に設立された日本の国策会社と、説明されている。更にこの会社の代表者名を見て驚いた。代表取締役社長 川井吉彦 会長 清水正孝(東京電力社長)とある。更に検索して見るとこの東電の社長は「コストカッター」と呼ばれている。今回の事故に際しても直ぐに【原発の事故において「自然の脅威によるもの(天災)」であれば東京電力に損害賠償義務はない。】と発言していたとあった。
金儲けマシーンだね。拝顔したいが、入院しているんだってね。
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| 2011年3月30日(水) |
| 犬と歩けば・出発 403 |
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2011年 3月 30日(水) 晴れ
毎年春先の恒例行事で、ベルを「狂犬病」の予防注射に病院へ連れて行った。今日は病院の待合室に入るとベルはひどく怯えて、おやつをやっても口から吐き出す始末。ベルが診察台に乗っている間、身体を触って落ち着かせていたがその間、しみじみとベルの顔を眺めて「老けた」と思った。病院の受付に置いてあった犬と人間の年齢対応表を見ると、この秋11歳になるベルは、人間の年齢に換算すると還暦となるらしい。先生は丁寧に心臓の音を聞くと、「咳が出ないか、ようく注意してください」と言った。ベルの心臓音について、私の掛かり付けの鍼灸師に相談したら(前足の小指の付け根の肉球を、嫌がらない程度にマッサージしてください)と教えてくれたので、気がつくと実行している。
予防注射と登録、ついでにフィラリヤの検査もやって貰って、6,350円だった。
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| 2011年3月29日(火) |
| 犬と歩けば・出発 402 |
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2011年 3月 29日(火) 晴れ
治療所でばったりと出会ったマグノリアさんは「体中ガチガチに凝っていて、一度じゃ取れないって言われちゃった。」と言った。
先の見えない宙ぶらりんの状態に、みんながストレスを抱えている。それでも、形だけでもいつも通りに暮らして、なんとか平常心を取り戻そうとしている。久しぶりだからと2人でお喋りして、JAで買い物をした。
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| 2011年3月28日(月) |
| 犬と歩けば・出発 401 |
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2011年 3月 28日(月) 晴れ
先が見えない。火元の原発がいつ鎮火するのか予測さえ出ない現在では、我々住民は右往左往するばかりだ。Aさんは「心が折れちゃう」と言うが、その通りだと思う。
昨日、日曜日の午前10時半頃、この地域でも水道局の広報が柏井浄水場の放射能汚染を知らせ、母子手帳を提示すれば水と交換するとアナウンスしていた。それを聞いて町は、人々の不安と不快が混ざってざわついた。買い物に出ていた私は、まるでホラー映画の一場面に紛れ混んでいるような錯覚を覚えた。
買い物に出たのは、娘の家族が泊まりに来ると連絡があったからで、水の売り場を覗いて見ると、0.5Lパックが一人6本までとある。見たことのないマークなので手にとって良くみると、原産地はアラブ首長国連邦とある。
この水が遠い砂漠の国の物か、或いは商取引場のマジックかわからないが、買うのは止めた。
11歳から8ヶ月の息子4人を引き連れた娘家族が賑やかにやって来て、今朝の停電前に帰って行った。
乳児のミルク用水を心配したのだが、保育所に通っている赤ん坊は離乳食と母乳で、ミルクは飲んでいなかった。母乳にしても心の栄養でくっついている感じで、私が作って置いた甘酒をあきれるほど小さな口で食べた。
それにしても福島の緊急避難をさせられた人達、乳児や小さな子どもの親の苦労を思い、辛い。
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