| 2010年4月19日(月) |
| 犬と歩けば・出発 100 |
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2010年4月19日(月) 晴れ
さむいさむいと言っている内にも、公園は着々と新緑に衣替えをしている。染井吉野は終わったが、八重桜が咲き始めた。緑色の花の「御衣黄」や「鬱金」も今が盛り。「御衣黄」は緑色そのものだが、「鬱金」の方は黄色に近い。
川柳仲間3人が、同じ仲間の家に行ってお茶のみをした。彼女は夫を亡くして、今は2世帯住宅に立て直した家に1人で住んでいる。(いずれ息子が家族で帰ってくる予定)
そこで夫を看護した5年間の辛い話を聞いた。夫の発病と同時に自分も発病し、病気を抱えながら看護を続けたこと。夫の入院先からは3ヶ月ごとに退院を迫られたことが、(受け入れ先も見つからず)本当に困った事。最後に受け入れてくれたのは、医師も看護師も足りない放っておかれるだけの病院で、苦情を申し出ると「文句は小泉(首相)に言いなさい。こういう制度をつくったのはあの人だから。それがイヤなら自分で介護しなさい」と言われたとか。個人的には良心的な医師や看護師もいたが、あちこちの病院の酷い実態を知らされた。
その彼女が、昨日東京の集会へ行ってきたという。なんの集会かと聞くと、「外国人に選挙権を与えない集会」だという。「櫻井良子さんやたちあがれ日本の党首も来ていた」。私たち3人はへえーとあっけにとられて、「外国人の選挙権問題よりも、3ヶ月で転院させる仕組みに反対する集会に行った方が良いんじゃない」と水を向けた。「いや、今日本は大変なのよ。この法律を通したら、日本は中国や韓国に乗っ取られちゃうんだから。現に小さな島なんか韓国に買い取られちゃっているんだから」と痩せて顔色の悪い彼女が、それはスゴイ剣幕なのだ。一体これはなんなのだろう。先の、弱者が弱者を侮蔑するSさんの発言、そして今日の自分の抱えている問題を棚に上げて(現実を見ない)ずるずるとデマに引き込まれている現象は。
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| 2010年4月18日(日) |
| 犬と歩けば・出発 99 |
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2010年4月18日(日) 晴れ
劇団民芸の「そしてナイチンゲールは歌う・・」を見に、新宿の紀伊国屋サザンシアターへ出かけた。急用で行けなくなった友人から、チケットを貰ったのだ。確かここの劇場へ来るのは3回目ぐらいだと思うが、くる度に街の様子が変わっていて迷う。新宿の街は何でこんなに人がいるんだと思うぐらい、混雑している。その殆どが若者だ。今流行っているんだろうか?老若男女を問わず、長いスカーフを首に巻いている人を多く見かけた。
白人の女の子とすれ違った。レースのいっぱい付いた白のブラウスに黒の短パン、ブーツという格好良さ。でもでっかいなー。私なんか彼女の肩はおろか、腰の少し上までしかない。
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| 2010年4月17日(土) |
| 犬と歩けば・出発 98 |
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2010年4月17日(土) 雪のち曇り
天気予報は聞いていたが、今朝の雪には驚いた。
午前中は麹屋で味噌を仕込む予定があったので、車を出せるか心配だった。
幸い10時頃には、霙から替わった雨も止んだ。
私が到着したときにはもう、味噌を仕込む作業台に、12,3人がせっせと塩切り作業(麹をほぐし塩と混ぜる)をしていた。私の隣には向かい合って青年が2人エプロンをかけて、お喋りしながら手を動かしていた。話の中で「入社10年目」と言っていたから、30歳ぐらいだろうか?勤続10年の特別休暇が10日間取れるので、どこへ行こうかという相談をしていた。サイパン、いやグアムとか話しているので、(ふん、そこが歴史的にどんな所か知っているのかい?たまには国内をじっくり廻ってみる・・なんて、気持ちにならないのかね)と、腹の中で思った。私の腹の内を見透かして様に「沖縄も良いけどサー運賃が高いんだよねー」と来た。(うん、そうなんだよね)と、相づちを打つ。「それによー、沖縄は食い物が高けーんだよ」(うーん。・・・)
塩切り作業が終わると、ゆでてつぶした大豆が来て、それを塩切り麹に混ぜる。「おっ、これは結構大変だな。でもオレとしてはさっきの塩混ぜをもう少しやりたかったな」なんて、おばさん達を前にして軟弱なことを仰る。
私の向かいで作業をしている女性は、初めてだとか仰っていたが、両手首を揃えて大豆のミンチの中に押し込んでいる顔つきに、一寸見とれてしまった。
後は持参した樽に詰め込んで、仕上げ作業は店の人にやって貰った。
こうして今年も無事に、味噌の仕込みが終わった。
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| 2010年4月16日(金) |
| 犬と歩けば・出発 97 |
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2010年4月16日(金) 雨
知人は隅田川にかかるX橋(桜橋)の近くで、小さな店を営んでいる。
この桜橋は今から15年くらい前までは、橋の中央に土を置いて、細い櫻の木が1本植えてあった。でも無理があったのか、今では同じ場所に三角錐のモニュメントが置いてある。
その知人から電話があった。聞くところによると墨堤の櫻はもう散ったが、ピンクの濃い柄の部分が残って、桜並木はぼーっと桜色に霞んでいるという。
また、スカイツリー人気のおかげで、雨が多かったにも拘わらす、花見の客は多かったらしい。然し知人は「スカイツリー」に余り興味はないという。
去年まではこの時期、彼女(A)からは花見の誘いの電話が架かっていた。それが去年、Aさんはもう一人の知人Bさんと一寸した言葉の行き違いで、仲違いしてしまった。AさんもBさんも地方の出身者で、それぞれに大変な苦労をしてきている。病気を抱えながらもBさんは、ヘルパーの仕事の行き帰りにAさん家へ立ち寄っては、一寸した息抜きをしてゆく。余り友達もいないAさんは、Bさんを家の中にあげお茶を振る舞ってもてなしていた。
親しくなるにつれてBさんは、Aさんに愚痴をこぼすようになった。「アタシだってねえ、アタシだって人に言えないけれど大きな問題を抱えているのよ」とAさんは電話の向こうで叫んだ。気の強いAさんは愚痴はこぼせない。それだけにくどくど娘達の愚痴をこぼすBさんが、鬱陶しい。正確に言えば羨ましいのだ。然し、仲違いして以来さっぱりと顔を見せなくなったBさんが心配になって、私に電話を掛けてきたのだ。私は「心配なら、自分で電話掛けたら?」と、冷たく言ってやった。
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| 2010年4月15日(木) |
| 犬と歩けば・出発 96 |
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2010年4月15日(木) 雨
雨の天気予報がよく当たる。そして寒い。冬と春が日替わりでやってくるこのところの陽気に身体がついて行けず、午後からは炬燵に入ってごろごろとして過ごした。
というのも、夕べから今日の午前中は忙しかった。今年は兄の13回忌に当たる。子供のいない兄夫婦の、残された義姉に替わって私が段取りをする羽目になっている。私たち姉弟も大半が代替わりをして、甥や姪に依頼して法事に出て貰う。所が、長姉の息子(つまり甥−と言っても私と3歳しか違わない)が肺がんで闘病中なのである。法事の日程は彼の都合に合わせることにした。彼は再検査の結果が4月2日に出て、その結果でこれからの治療方針も決まるので、日程はそれまで待ってほしいという。勿論それでいいと返事をしたのだが、2日を過ぎてもいっこうに連絡がない。だからといってこちらから問い合わせるのも憚られて、不安と心配で落ち着かない日々を過ごしていた。
それが、夕べ電話があった。あれこれの話を聞いて、彼の示した1週間の期間の中で、(現役もいるので)土日に絞った。3時間ほどあちこちへ電話を掛けまくり、最終的にお寺にも連絡して日にちを決めた。
電話をかけ終わったときに、家人に電話が繋がらないと苦情が来たが、仕方がない。それから改めで法事の通知の下書きを作った。
今日の午前中は文書の印刷発送と、向こうの都合で来られないのはわかっているが、一応連絡しておいた方が良いと思われる所へ、電話で話を通した。
そんなことで、変に疲れた。迷ったが、ホームの義姉に連絡して、義姉の親しい3カ所への連絡を頼んだ。出来ただろうか?
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| 2010年4月14日(水) |
| 犬と歩けば・出発 95 |
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2010年4月14日(水) 晴れ
昨日、今日の晴れ間を狙って、旧印旛村の「吉高の大櫻」へ今年最後のお花見に出かけた。大櫻は今朝の新聞にも載ったとかで、ここ数年通っているウチで、一番の大賑わいだった。折しも櫻も満開で見頃。根本に植えられている黄色の菜の花、ムラサキハナナの青が、山桜のうす桃色を引き立てている。
私たちはサクラ見物の他に、茶屋で名物を食べるのも楽しみにしている。筍ご飯、筍汁、草餅の入ったお汁粉、味噌おでんにゆで玉子とまあ、みーんなクリアーした。突き合わせの古漬けタクワンが美味しいと2人分食べた人もいた。
満腹になったら今度は買い物。畑の中に座っておばあさん達が取り立ての野菜を売っている。去年、この大櫻の持ち主の家のおばあさんから、野菜を買った。おっとりとしたおばあさんで、私たちは売り物にならないという形の悪い野菜を貰って帰った。今年は姿が見えず、違うオバサンがいた。Aさんが聞いて見たら、亡くなったという答えだった。茶屋の中で農産物を売っていたおばあさんも、いなくなっていた。どちらもお嫁さんに代替わりをしていた。
まさしく、中国の昔の歌人が歌ったとおりだ。
年年歳歳花相似 年年歳歳花あい似たり
歳歳年年人不同 歳歳年年人同じからず
『毎年美しい花は同じように咲くが、この花を見る人々は毎年変わっているのだ。』
帰りにおばあさんから大根を買った。(野菜売りも茶屋でも、大櫻の廻りで働いているのはみんな女性だった。)そこから見る大櫻も良いアングルだったので、そこから櫻をバックにして、仲間達の写真を取った。大根売りのおばあさんに写真を取っても良いかと尋ねると良いという返事。カメラを向けると(日よけ帽子を取った方が良いか?)などと聞かれた。
所がどういう風の吹き回しかおばあさんは、私に写真代だといって、大根でも梅干しでも持って行ってくれというのだ。大根は買ったから入らないといっても、しつこくいうので廻りの客が気にしてこちらを見る。ではと93歳のおばあさんから、100円の大根を1本貰った。写真は来年持ってくるから元気でいてねと言って、別れてきた。
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| 2010年4月13日(火) |
| 犬と歩けば・出発 94 |
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2010年4月13日(火) 晴れ
やっと晴れた。
昨日、雨の中220qを走った家人は、へとへとという様子でそのまま炬燵に入って眠ってしまった。自分が考えている半分ぐらいしか体力は残っていないのだ。月に1回と言っても、この先どの位姉を見舞うことが出来るのだろうか?
今日は私がケアハウスへ義姉を見舞った。
実はケアハウスの近くに大手食品会社の実験農場があって、そこが1年近くも周囲を高い塀で囲まれていたが、それが今日は取り払われていた。「へーい?」と落ちを付けるつもりではない。ここは旧軍隊が廃棄した毒ガス弾が多数見つかって、その処理をしていたのだ。調査を終えてその結果を住民に説明したという記事を読んだばかり。勿論國は、安全だという報告をしたのだが、記事には「敗戦末期、日本陸軍は信管(起爆装置)を抜いたガス爆弾をこの地域へ打ち込んで処理した」という目撃者談も載っていた。
今回は、先日見つけた義姉用の靴を持参した。義姉の靴のサイズは21.5。今履いている靴はもうつま先に穴が開いているが、以前買った黒の靴は気に入らないと見えて履かない。今回見つけた靴のサイズは22。茶色でサイドにメッシュが入っていて、おしゃれな靴だ。おまけに軽い。これなら気に入るだろうと思い、買った。大きかったら靴底を敷けば何とかなるだろう。
やはり義姉はこの靴を一目見て「良いね」と気に入って直ぐに履いた。サイズも丁度良いと言う。で、この靴を履いて、手をつないでスーパーへ買い出しに行った。
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| 2010年4月12日(月) |
| 犬と歩けば・出発 93 |
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2010年4月12日(月)雨
3月4月って、こんなに雨が多かっただろうか?
天気予報通り、朝から雨だった。その雨の中を、館山まで約220q往復した。 勿論物見遊山ではない。家人が保証人になっている実姉の入っている特養から、このところ立て続けに「様子がおかしい」と連絡があった。極めつきは先週末に「食事を拒否」という連絡だった。自室に引きこもり状態で、食堂に出てこないと言うのだ。それを聞いた家人はすぐさま「行きます」と返事をした。 行く前に家人は、同じ市内に住む実兄に連絡すると、実兄も一緒に行くという。姉弟と言っても家人の姉は86歳、兄は80歳。近くに住んでいるからと、世話を焼ける状態ではない。そんなわけで、末子の家人が片道100qを飛ばして駆けつけることになる。家人は凄く心配して、これまでの経過や特養の話などをまとめて、文書にしたりしている。
私が保証人になっている義姉の様子がおかしくなった時は、殆ど無関心だったのにと、少し面白くなかったが、まあそれは仕方のないことだと思い直して家を7時前に出発した。
10年近く前に交通事故で瀕死の重傷を負った義姉は、医者が寝たきり間違いなしという判断を覆して、シルバーカーでなんとか歩行できるが、視力はぼんやりと明るさが見えるだけという。それでも私の事はわかって「お揃いで今日はなあに?」と聞いた。きちんと着替えて、2人部屋のベッドサイトに座っていた。面会室へと移動して3、40分5人であれこれ話し合った。ま1,2本人だけがこだわっている点もあったが、声ははっきりとして、会話は成立していた。家人が勢い込んでいつから具合が悪くなったのか聞いてゆくと、それまでは義姉の通院にはいちいちこちらから出かけて連れて行っていたのが、制度が変わり、ホームがやってくれるようになり、家人が行かなくなってからだとわかった。義姉はきっと寂しかったのだ。
地元にいる弟はしきりに「心の持ち方だ」と精神論を説いていた。
帰り道、また月に1回ぐらい連れ出してやるのが特効薬だと思うと感想を言うと、家人はしきりに頷いていた。
それにしても寒い1日だった。
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| 2010年4月11日(日) |
| 犬と歩けば・出発 92 |
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2010年4月11日(日)晴れ時々曇り
とうとうキャベツ1個が、350円になった。2週間前に畑の中の産直店で買ったときは150円だった。大きなみずみずしい春キャベツがあまり美味しそうだったので、(取り立てだから長持ちするよ)と言葉の後押しもあって、2個も買った。あれこれと使って、直に二つとも食べてしまった。次に買ったときは、大きさも色つやも劣っていて250円だった。それが直ぐにこの値段。第一この頃、八百屋に余り野菜が並んでいない。この春はまだピースご飯を食べていないので、グリーンピースはないのかと聞くと八百屋の親父は「鹿児島はすっかりダメなんだ」と、苦々しく言った。
今日は23℃まで気温が上がったが、明日は10℃も下がりまた雨が続くという。この天候不順には、農家も消費者も泣かされる。
でも今日、犬仲間から筍を2本とウドを貰った。筍は初物。早速筍ご飯にしよう。
井上ひさしさん逝去。知り合いが亡くなったような、淋しい気がする。 |
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| 2010年4月10日(土) |
| 犬と歩けば・出発 91 |
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2010年4月10日(土) 薄曇り
「毎年の4月号だけ勢揃い」は、「スタート」の題での私の句。
私たちの「歌う会」にも、新しい11人の仲間が入った。ひとりずつ自己紹介があって、「よろしくお願いします。」の挨拶が殆どだったが、お一人だけ違った挨拶をされた方があった。
「私は新参者なのに、一番前の真ん中という席に決めて頂きました。私は難聴者なので、先生にご配慮いただきました。また、他の方とお話をしているときに、何度も聞き返すことがあると思いますが、そういう事情ですので、どうぞよろしくお願いいたします。」とまあ、こんな趣旨だった。勿論みんなは承知の拍手で応えた。
それを聞いてなるほどと感心した。高齢者のグループではそれぞれが心身ともに、様々な事情を抱えている。それを抱え込まないで、こんな風にさらりと事情を話して理解を求めれば、余計な問題は起こらないで済むのだ。
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| 2010年4月9日(金) |
| 犬と歩けば・出発 90 |
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2010年4月9日(金) 晴れ
年1回の地域合同川柳句会があった。親睦が主な目的で、お仕舞いにはフォークダンスまでやらされた。端から見ていたら、平均年齢が70歳に近い人々のフォークダンスなんて気持ちが悪いだろうと思うが、やってみるとこれが結構楽しかった。
夕方、今日もベルと連れだってお花見をした。池の傍の2本のしだれ櫻も今が盛り。でも他の櫻はもう、散り始めていた。夕方になると急速に冷えてくる。「これじゃあ、持ち寄って夜桜見物しようか?なんて気にならない」と、サムのお母さんが言う。サムは相変わらす、しっぽやお腹や足を掻いている。どれどれと見せて貰ったら、お腹の柔らかいところが一面真っ赤になっている。手も足もみんなそうらしい。「薬は飲ませているんだけど・・」と親は言う。「アレルギーではないのか」と聞いたが、医者は虫さされの2次感染という見立てだとか。うーん、サムは気の毒だ。
エマ、サム、ベルの3組と応援団1人の4人3匹で帰ってくるとき、いきなりサムのお母さんが「郵政の契約社員を正社員にするのはけしからん。国民がやたら民社党を応援するからそういうことになるんだ」なんてわめきだした。これには私も黙っていられないから反論した。「同じ仕事をしていても、正社員か契約かで賃金も待遇も違うのが、第一の問題である。職の安定こそ、社会の安定に繋がる。」。サム「契約の人たちはいったんは首を切られた人だから、契約で良い。正社員にしたらお金が足りなくなって、足りない分は税金を投入することになる」と、ここでエマのお母さんが「正社員になって、それなりの物をいただければ、そこから税金を払う」と、反論した。サム「そうは思わない。主義主張の問題だ。」とまあ、けんけんがくがくのまま、分かれ道へ来てしまってお開きとなった。
サムちゃんはもう選挙を意識しているのだ。 |
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| 2010年4月8日(木) |
| 犬と歩けば・出発 89 |
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2010年4月8日(木)花祭り 晴れ
夕方、サムちゃん達と団地内や公園内の櫻を見て廻った。散り始めている木も2,3本あったが、殆どの櫻は今が盛りと咲き誇っていた。櫻を彩る黄色の菜の花、白の雪柳が美しい。今日はお天気だったが、花見をしていたグループを1組だけ見た。じっとしていると、風がとても冷たいのだ。
所でサムはまた、身体が痒くなる病気が再燃して、今は朝晩3錠ずつ薬を飲んでいるという。毎日のことで、これが結構大変だとお母さんがこぼした。
薬を飲ませる手順はまず、サムの口の奥に錠剤を入れて口をふさぎ、ゴックンをやらせる。のどの動きを確認してから、ハムや焼き鳥をあげる。勿論喜んで食べるがふと見ると、口の端からちゃーんと薬がこぼれ落ちている。という事の繰り返しなんだとか。
大野晋著「日本語練習帳」を読んでいたら、外国語(例えば英語では)1人称はアイ、2人称はユー、3人称はヒー(シー)しかないが、それに比べて日本語は、一人称(私、わたくし、あたし、あたい、わたい、わし、あっし、おれ、手前、拙者・・)二人称(あなた、あんた、こなた、君、汝、おまえ、貴様、おぬし・・)3人称(彼、彼女、奴、そいつ、あいつ、ごじん・・)とまあ、どっさりある。何故かと言うことも書いて在ったがそれは省略して、外国語では「ののしる言葉」が実に豊富だが、日本語では数が少なくとても貧弱だとあった。そういえば子供の頃友達と喧嘩したときにの罵り言葉は「ばーかーかーばあちんどんや、おまえのかあさんおおでべそ、おまえも一緒におおでべそ」と言うのが定番だった。英語や仏語の罵り言葉ってどんなのだろうか?
もう少し、勉強しておけば良かった。
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| 2010年4月7日(水) |
| 犬と歩けば・出発 88 |
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2010年4月7日(水) 曇りのち雨
お天気は昨日だけ。今日はまた雨と寒さが戻った。
昨日のお花見で聞いた話。
Aさんは新聞広告で見つけた「都内櫻巡りバスツアー」東京駅発着で、2,980円というのに、参加した。所が行ってみてびっくり。参加者は関東一円から集まって、25台のバスはチェックもせずにどんどんと客を飲み込んだ。25台のバスもかき集めらしくいろんな会社のマークが付いていた。時は4月3日、花の見頃で、雨もなし。どこへ行っても人混みで、はぐれないように前の人に付いて歩くのが精一杯。花に酔う前に人に酔った。築地市場で1時間の自由時間があって、その間にめいめい昼食を取るのだが、どこもいっぱいで直ぐには入れない。彼女たちは40分並んで食べたのは5分。けちらないで最初から昼食付(2,000円)きにしておけば良かったと、大きなため息をついた。そんな話を、私たちも聞いただけで疲れた。
所で天気予報では杉花粉は少なくなって、これからはひのきだという。杉だろうと檜だろうが、私にはまだまだ「花粉症の全身症状」が続いている。誰だ?歳を取ると、花粉症は楽になるなんて言ったのは?歳を取ってもちっとも軽減しない。(・・それだけお若い)なんておだてはもう、通用しないよ!!
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| 2010年4月6日(火) |
| 犬と歩けば・出発 87 |
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2010年4月6日(火) 晴れ
久しぶりにお天気が戻ってきた。いつものように句会が終わってから、近くの公園で女性だけのお花見を開催した。食べ物は持ち寄りだが、各種おにぎり、漬け物、パン、果物、菓子類にお茶とめいめいお腹いっぱいに食べ、残りは分けて持ち帰った。去年は同じ場所で4月7日だったが、その時はもう散り急ぐ花びらが雪のように降りかかって来たから、今日満開を少し過ぎたことしの櫻が、そんなに早いとは思えない。
毎月の句会ではそんなにお喋りは出来ないから、今日は親睦も兼ねたお喋り会だ。Aさんのおにぎりは(自家製の)櫻花塩漬け(ピンク)と湯がいた菜の花(黄緑)そして白ごまが入っていて彩りがきれいで、食べても美味しい。去年は確かつくしのごま和えを持ってきてくれた。Aさんは「これ15万円もするの」と言って、髪を触った。薬の副作用で髪が抜け落ち、美容院では髪をいじるのを怖がり、カツラを勧められたからだと言った。
今日の句会の題は「旅行」・「仏壇に投げキッスして旅の空」
句会ではAさんの句とは知らずに私は2票も入れた。花見の席で彼女が解説した所に依ると、彼女の亡夫は、晩年にパーキンソン氏病を煩った。まじめ人間の夫をなんとか笑わせようと、病院から帰るときには投げキッスをしたという。堅物の夫は、恥ずかしそうにでも嬉しそうな顔をしていたのを思い出して、作句したと言った。ちなみに私の句は1票ずつしか入らなかった。
△留守番を残し今度もバスツアー
△バスツアートイレ必ず店の奥
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| 2010年4月5日(月) |
| 犬と歩けば・出発 86 |
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2010年4月5日(月) 雨
夕べのテレビ「龍馬伝」で、吉田東洋が暗殺されるとは思わなかった。あんなに凄みのある役者がもう見られないのは、寂しい。楽しみがまたひとつ減った。
今日は1日中冷たい雨が降っていたが、関東各地はどこでも櫻が満開で、名所の人出は凄いらしい。東京・井の頭公園近くに住んでいる友人は「あダメ、ダメ。公園の近くに行っただけでもうお酒くさくて、トイレくさくて、ゴミの山で・・」と言った。「私たちはもう、体力がなくて耐えられないけれど、でも、それが良くて来る人もいると思う」と私は応えた。
永六輔の土曜ワイドに出演した「いなかっぺい」が、「弘前の桜祭りにサーカスが来なくなって淋しい」と言っていた。だいいちお祭りなんて、少し怪しげで、そこで売っている食べ物も必ず誰かがお腹を壊しそうな代物である。会場はきちんと整理されて、保健所が定期的に見回りに来るような感じのは「お祭り」ではないと言っていたが、全く同感。
今日の花見は中止になったが、明日はまた川柳句会の花見がある。
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| 2010年4月4日(日) |
| 犬と歩けば・出発 85 |
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2010年4月4日(日) 曇り
花冷えの1日だった。
家人の趣味仲間で、よく電話してくるAさんがいた。電話を取り次ぐだけだが話しぶりがとても感じが良い。深く伸びのあるテノールも耳に心地が良い。あるときツイ「言いお声ですねえ」と言ってしまった。電話の向こうでAさんは照れていたが、その後Aさんは合唱を熱心にされているとわかったから、私の耳も悪くはなかったのだ。
そのAさん達が、同じ講師の3つのグループ合同で合唱発表会をするというので、チケットを2枚頂いた。そこで今日、千葉市民会館へ出かけた。
総勢97名の2時間半にわたる演奏は(平均年齢が73歳と聞けば)私ならば、あんなに沢山の歌を覚えきれないし凄いなあと、感心するばかり。舞台に上がった方々はお揃いのドレスも3回着替えて、先ず健康、そしてそこそこのお金と時間のゆとりに恵まれている幸せな人たちなのだ。老後の過ごし方の、ひとつのお手本である。
市民会館へ行くまでに、いろいろな物を見た。京成千葉駅前では街頭宣伝車がずらりと並び、その前に3,40人のお兄さん達がこれまたお揃いの服、不機嫌な顔で立ち並んでいた。ボリュームを限界まで上げた演説は、小沢一郎を攻撃していた。その異様な雰囲気に街行く人々は、そそくさとよけて通っている。私も恐ろしくて、足を急いだ。
開場まで時間があったので、亥鼻公園へ寄ったのだがその帰り、千葉神社では白無垢姿の花嫁さんに出会って喜んだのもつかの間、印内町栄町は、その寂れ方が、まるで外国の街を彷徨っているようで、滅入った。
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| 2010年4月3日(土) |
| 犬と歩けば・出発 84 |
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2010年4月3日(金) 晴れ
雨風の後、町中が一斉に桜色に染まった。町中を歩くと、意外なところに櫻の木を見つける。いつもの休日よりも人出が多いような気がする。
スーパーに買い物に出かけた。「広告の品」と赤い札が付いたうどんと焼きそばが並んでいた。うどんはだいぶ少なくなっていたが、隣の焼きそばは山と積まれたまま。値札を見たらうどんは98円で焼きそばは198円とある。よく見るとうどんは定価148円の所98円、焼きそばは同じく定価148円の所198円となっている。明らかに値段の付け間違いだと考えて、店員を呼んで見て貰った。いったん引っ込んだ店員は、「申し訳ございません」と言いながら戻ってきた。春だものね、うっかりミスはあるよ。大臣経験者が隣の人の分まで投票しちゃう、おかしな陽気だもの。
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| 2010年4月2日(金) |
| 犬と歩けば・出発 83 |
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2010年4月2日(木) 暴風雨
今日の千葉市内は、瞬間風速36mを記録したという。電車も飛行機も止まり、アクアラインも通行止めというこの日、家人は仲間20余名と隅田川屋形船のお花見に出かけて行った。夕方になっても帰ってこないので、船でもひっくり帰ったかと思っていると、ご機嫌で帰ってきた。雨も風もたいしたことはなくて、他にも船は2,3出ていたが、がらがらだったと言った。世間の相場としてはそうだと思うが、何事も例外はある。
夕方の公園は、櫻が見頃になっていた。曇りでも公園が明るく見える。桜並木も桜色に多少の違いがあって、それがまた美しい。しだれ桜も、源平というのか1本の木で紅白の花が付いているのもある。紅葉の新緑が櫻に彩りを添えている。珍しく人のいない公園をサムちゃん達とゆっくり見て廻った。
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| 2010年4月2日(金) |
| 犬と歩けば・出発 82 |
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2010年4月1日(木) 晴れ・強風
結局、地デジ対応アンテナは今日、我が家の屋根に据えられた。
前回は雨で、今日は大風。大丈夫かとあやしんだが、工事にやって来た人は「普通はこの風ではアンテナ工事はやらないが、仕事が押せ押せで断るのも一仕事」だと言って、長い梯子を2階の屋根に掛けて仕事を始めた。設置工事が終わると、用意したお茶はおろか手も洗わずに戻っていった。今日中にもう1軒位廻るのだろうか?
そして代金は2万7千円也だった。内容は新アンテナと工事代金で2万5千円。ケーブルが標準よりも4m余計にかかったので(@500円×4=2千円)で、合計が2万7千円だった。
初めの見積もりは5万円だった。ネットでこの工事を調べてみたら、戸建ては4万5千円が標準だとあった。内容が今ひとつ理解できないので、見積もりに来た人(今日、工事をしてくれた人)に聞いて見た。
『基本のアンテナ代金と設置工事費セットが2万5千円で、他にケーブルが余分にかかった場合はその代金が追加になる。他にブースターが、2万円前後。ブースターというのは電波の強弱を調整するキッドである。 今の東京タワーからでている電波は弱いが、新しいツリータワーになると強くなる。従って受信する側で、電波の強弱を調整する必要がある。また、ブースターには2種類あって@電波を強くするA自動的に強弱の調整をする。』とまあこんな説明だった。
売る方は当然Aを勧めるだろうが、今後電波が強くなるのならいらないと言うこともあるのではないか?と判断して、ブースターは断った。実際に地デジが始まって不都合だったらその時、取り付けるつもりだというと、電気屋さんは「では念のためにアナログのアンテナを残して置きましょうか」と聞いてくれた。後日、それだけの撤去作業は2千百円だと聞いてそうして貰った。
そして今、我が家のテレビは新しいアンテナで、快適な映像を見せてくれている。ちなみに家人は、映像がきれいなのは地デジだからではなくて、アンテナが未だゴミもほこりも付いていない新しいからダと言う。
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| 2010年3月31日(水) |
| 犬と歩けば・出発 81 |
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2010年3月31日(水) 晴れ
今朝、ベルがフニャフニャと甘ったれた声をだしているのでそちらを見たら「今日は来られるかな?」と、サムのお母さんがベルに話しかけていた。
サムのお母さんは寅さんと同じで、まっすぐにやってこない。それから門扉をガタガタと開けて入ってきた。
しばらく公園へ行かないとサムのお母さんは、こうやって誘いに来るのだ。今回は、園芸用土が入っていたビニール袋にどっさりとセリを入れて持ってきてくれた。
外の水道の前に椅子を出して座り込み、たっぷりと1時間掛けて貰ったセリを枯れ葉やゴミ他の植物からより分けた。日差しが暖かで、外での水仕事も苦にならない。洗い上げたセリは4等分して、ご近所に分けた。
夕方、サムちゃん達と公園内の櫻開花状況を見て廻った。河津桜や辛夷は殆ど終わり、今満開なのは寒桜。しだれ櫻や染井吉野は3分咲きで、川沿いの公園はもうロープが張られて花見客を待っている。菜の花や雪柳が櫻に彩りを添えている。こうしてしばらくの間は、毎日花見を楽しめる。
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| 2010年3月30日(火) |
| 犬と歩けば・出発 80 |
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2010年3月26日(金) 晴れ
先週の金曜日、次男の卒園式を済ませてから娘は、4歳の三男を連れて緊急避難してきた。過労にこの所続く寒さで体調を崩したのだ。
来たときと同じように慌ただしく帰って行った今は、まるで私自身が4泊5日の外国旅行をしたような満足感と、疲れに浸っている。
家にいる間中、治療に行く以外一歩も外に出ず、ただ横になったり寝てばかりいた娘は、帰るときになってもさほど顔色は冴えず良くなったとは思えない。それでも明日からまた、出勤するという。この数日間娘を見てきた私には、彼女が働ける状態ではないと思うのだが、それは本人が決めることで、ただ、少しでもおかしいと思ったら直ぐに休むようにと、強く言った。仕事なんて、自分がいなくても廻ってゆく。世界中の大企業の中枢が集まっていたというあのニューヨークセンタービルが炎上しても、それが原因で世界経済が混乱したとは聞かなかった。パソコンや帳簿よりも命が一番大事だと教えてくれていると言った。
家庭に子どもがひとりいると言うことは、魔法を掛けられているみたいだった。1日3回の食事時、散歩、買い物、テレビ、お風呂とまあこうまで暮らしが賑やかになる。4歳の彼は食事の時「ねえ、ねえ、なますはないの?」と聞く。正月に作るあのなますかと娘に聞くとそうだという。年の割に酒飲みみたいな物が好きなんだと思いながら、大根と人参で作った。彼の感想は「甘くもちゅっぱくもなくって、おいちくない。それに昆布が入っていない。大根の切り方も細すぎる。」だった。実は幼児が食べるなますは余り酢を利かせてはまずいだろうと、加減した。そうしたら曖昧な味になってしまったので、慌てて醤油を少し垂らしておいたのだ。味覚に年の差なんてなかったのだ。
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| 2010年3月25日(木) |
| 犬と歩けば・出発 79 |
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2010年3月25日(木) 雨
様子を見ていたが雨脚は弱くならないので、思い切ってベルと夕方の散歩に出かけた。ベルにはサムのおさがりのコートを着せ、信号で立ち止まったときには相合い傘、ベルが用足しをするときは傘を差し掛けてやった。
月曜日には未だ、辛夷や雪柳の白い花が目立っていたが3日後の今日はもう、桜並木はうっすらと桜色にけぶっていた。意外だったのは、晴れた日は目立たない苔が、たっぷりと雨をすって若草色に輝いていた。今風に言えば私だけの「プライベイトビュー」てな事になるのかな?雨の日の散歩もまた良し。
もちろん公園に犬たちは来ていない。坂を下りてゆくとき、ナナチャン達に出会った。ナナチャンはビニールの風呂敷を身体に巻き付けて、所々を洗濯ばさみで止めてある。「この間の税金の件、どうしましたか?」とお母さんに声を掛けると、郵便局に相談に行ったと答えた。そして納得したらしい。「でもさ、ぽんと一千五百万貰う人と、ウチらみたいにこつこつと20年も掛けて二百五十万の満期を待って居る人と同じに税金取られるのは、法律がおかしいって言ってやった。」とさばさばと言った。
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| 2010年3月24日(水) |
| 犬と歩けば・出発 78 |
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2010年3月24日(水) 雨
夕方、イヤに寒いので室温を見たら9℃しかない。未だ出しっぱなしのストーブを、迷うことなく付けた。
21日にテレビを買って、今朝約束通り設置業者から来宅の時間を通知する電話があったのは8時10分。20代前半のお兄さんが2人やって来たのは、9時10分だった。それがマニュアルなのか、2人ともマスクをしていた。犯人が変装している映画の一場面を想像した。
電話を掛けてきた時間が早かったので、出勤は何時頃か?帰宅時間は?休みは取れるかなどと余計なことを矢継ぎ早に尋ねた。彼らの自宅は埼玉県で、家を出るのは朝6時頃、帰りは毎日10時過ぎになる。休みも余り取れないという答えだった。「過労死パターンだ」と頭の隅で、チカチカ点滅する。つい「」世の中には過労死なんてものもあるから、気をつけて」・・なーんて余計なことを、言ってしまった。
手短に作業を終えて書類を作り、仕事を済ませた彼らを見て、つくづくこの半世紀で「男性像」が替わったと感じだ。一言で言えば従来私の持っていた男性像に比べて見かけや雰囲気が「中性化」した。付き合いはないから、中身は分からない。イヤ、社会が変わったからこういう形になったのかも知れない。「女だから・・してはいけない。・・するべきだ」という社会的な縛りがゆるめられてきたと同時に「男だから・・」という社会的拘束もゆるんだのかな?
それならば、男性にとっても喜ばしい事だ。
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| 2010年3月23日(火) |
| 犬と歩けば・出発 77 |
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2010年3月23日(火) 曇り
ああこんな風にして世の中が替わってゆくのだと、テレビ画面を見つめた。昨夜放送された「放送記念日特集・激動のマスメディア。テレビ・新聞の未来を徹底生討論」を見ての感想だ。
今若者を中心にして、ニュースは新聞・テレビでなくてネットで見ている人が増えているという。その分新聞の購読者は減り、テレビの視聴率は下がり続けている。新聞・テレビは景気の悪化による広告収入の減少もあって、その経営難・存在意義を問われている。では新聞・テレビが生き残るためにはどう変革しなければならないか、という事がテーマとして話し合われた。
参加した新聞テレビ側代表は、新聞協会会長、民放会長にNHK副会長というお歴々。一方ネット側は若い社長。それに評論家と大学教授。
討論を聞いている限り、新聞テレビ側は現状を少しも理解していない。今までの権威の上にあぐらをかいて、結局何とかなるとタカを括っている。じれたネット会社社長は、「ネットでニュースを見ている若い人は、新聞・テレビと言っても通じません。外国人だと思ってください」と発言して揺さぶったが、はたして少しは響いたかどうか。
政権が替わって、記者会見には「記者クラブ」という大手特権メディア以外も参加できる事になったと聞いていたが、ネットを通じて国民も、直接大臣に質問している映像には驚いた。それは、ネットの担当者(従来の記者ではないと、ネットの社長が説明した)が視聴者から寄せられたのメールのうち、一番支持の多かったメールを「代読します」と言って、外務大臣に読み上げていたのだ。
問題点が十分に検討されたわけではないが、IT評論家が「誰もが直接に議論をするのは、民主主義の原点である」と、語っていた。
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| 2010年3月22日(月) |
| 犬と歩けば・出発 76 |
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2010年3月22日(月) 晴れ
ムードというか成り行きで、テレビを注文した。この3連休が「今期最後の大安売り」というダイレクトメールやチラシの精神的圧迫もあったが、我が家のアナログテレビはしっかりはっきりと写り、音だって確かだ。だがBSの音が出なくなり移らなくなってから1年以上経つ。BSアンテナを設置してくれた電気屋さんは、いなくなってしまった。その前に付き合っていた電気屋さんも廃業した。つきあいのある電気屋さんだと修理も気軽に頼めるが、量販店だとそうはいかない。そんなわけでBSはずっと映らない状態が続いた。だからといって特別に不便だと言うわけではない。テレビだって見るのはニュースが主で、私は手を動かしながらラジオを聞くことが多い。でも、不通のまんまというのは、気持ちのどこかで引っかかっていたのだ。
で、家人と二人して近くの量販店へ出かけてテレビを選び、設置するときにBSも見て貰いたいと申し出た。返事は「設置」と「調整」とは業者が違うという。従ってやってくる日時も当然別々だという。ほらね、街の電気屋さんならそんなことは言わない。一度で済ませてくれる。でも今は街の電気屋さんはいないのだから、ハイと従うしかないのだ。ついでに気になっていた、風呂場の換気扇(この頃ガラガラと大きな音がする。しばらく取り替えたことが無いのであるいは寿命かとも思う。)を見てもらえるかと聞いて見た。店員はまたまた「一寸お待ちください」と裏に駆け込んでしばらくして戻ってくると「新しいのを設置する事は出来るが、具合を見るのはやっていません。」と言った。
エコとしつこく叫ばれる世の中になって久しいが、衣類は破れても、つぎをあてる事はしないで新しいのを買い、家庭電器類も修理より買い換えの時代になったのだ。街の電器やさんが復活して、本当のエコも始まる。
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| 2010年3月21日(日) |
| 犬と歩けば・出発 75 |
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2010年3月21日(日) 晴れ・強風
揺れと風の音で目が覚めた。これはなんだ!ウチがつぶれそうだと思い、急いでラジオを付けた。未だ深夜便をやっているから5時前だ。風の息は大きく小さくでなくて、大きくますます大きくなって、これから先が見えないから恐ろしい。ウチは風が直接当たるから、こんなに揺れるんだろうかなどと考えた。眠れないので、起きたが未だ暗い。しばらくうろうろして、結局また布団に潜った。
朝のニュースで、千葉市は風速38mだったと聞いた。そうか、あれが風速38mかとしっかりと記憶したが、もうゴメンだ。
サムちゃんは昨秋の入院騒ぎで、娘さん家族にお世話になったからと、みんなで伊豆へ出かけた。今日、公園でハナちゃんのお父さんにあったら、サムは留守番で、散歩は(団地の)階段の人に頼んで行ったらしいと言うので、帰りに寄ってみたが、サムの気配はなかった。やはり一緒に行ったのだろうか?
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| 2010年3月20日(土) |
| 犬と歩けば・出発 74 |
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2010年3月20日(土) 晴れ・強風
今日は、先生の都合で「歌う会」が午前中にあり、午後からはいつもの通り油絵のお稽古だった。
歌う会で何年ぶりかに「仰げば尊し」を歌った。いや、去年もこの時期に歌ったかも知れないが、どっぷりと過去に浸って良い気分だった。
過去と言えば今、高校の後輩達が音頭を取って、この夏、稲葉先生の米寿のお祝いをやろうと準備に躍起になっている。稲葉先生とは、かつて千葉高校の名物物理教師であり、川鉄公害訴訟(あおぞら裁判)の原告400名を束ねて戦いを勝利に導いた原告団長でもある。
何故、名物教師かと言えば、その授業のユニークさ内容の濃さにおいて多くの若者の心をとらえ、影響を受けた生徒は数知れない。
また先生は生活態度も質実剛健というのか、名誉とか財産などには全く関心がない。理学系に進んだ生徒も多いが、最近先生から送られてきた(先生はまた、きわめて筆まめ)エッセイの写しによると「東京新聞社説主幹は私の生徒である」と誇らしげに書いてあった。「米寿を祝う会」は、卒業後も先生とつながりを持っている人が対象とあり、私にもアクセスしてきた。だから単なる同窓会ではなくて、いわば先生のファンクラブ総会というべき性質だと思える。
「会」では文集も作るとかで、原稿を募集している。内容は「先生とのごく個人的な思い出」をテーマとすべしと注文が付いていて、私も一文を送った。
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| 2010年3月19日(金) |
| 犬と歩けば・出発 73 |
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2010年3月19日(金) 晴れ
水耕栽培で咲き終わったヒヤヒンスの球根を庭の隅に植えておいたら、毎年この時期になると青紫とピンクの花を付ける。雨が続くので切り取って花瓶に挿したら、玄関とトイレに良い香りを漂わせてくれている。
天気はよいが、杉花粉は真っ盛りでなるべく外には出たくない。で、明日が油絵のお稽古の日なので、終日絵を描いたが遅々として進まない。
腸閉塞で緊急入院した友人が、退院したと知らせて来た。手術後、もう10年以上経過しているのに、未だに後遺症で悩んでいる彼女に同情する。
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| 2010年3月18日(木) |
| 犬と歩けば・出発 72 |
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2010年3月18日(木)彼岸の入り 晴れ夜雨
義姉を連れて墓参りに行き、帰りはいつものように回転寿司に寄った。私たちが入るのと入れ替わりに、10人ばかりの老人達が帰るところだった。車いすの人も何人かいて、老人ホームかなんかからやって来たような感じだった。 新鮮な魚介類をたっぷりと楽しんで帰るとき、義姉はトイレに入ったがなかなか出てこない。様子を見に行こうかと思っているところに「水が止まらない」と言いながら出てきた。慌ててトイレに行ってみたらウオッシュレットの水が出しっぱなしで床一面が水浸しだった。水を止め便座などの水は拭き取ったが、床にたまった水はモップでもないと処置できない。戻ってレジの人に事情を説明して謝った。
義姉をケアハウスに送り届けて帰宅すると、もうそれだけで今日は疲れた。然し、昨日農産物直売店で矢車草の苗を買ってしまった。2株で100円。苗は丈が20p、乾麺の束くらいの株に育っている。当然根も長く伸びているので、土の入っていた菊鉢に元肥を入れ植え付けた。この菊鉢は以前私が3本仕立て、5本仕立ての菊を作った時に使った物だが久しぶりに動かしたら重くて、腰を痛めそうだ。今日はここまでにして夕飯は、買ってきたおはぎと、ホワイトシチューで。
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| 2010年3月17日(水) |
| 犬と歩けば・出発 71 |
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2010年3月17日(水)晴れ
うわ顎の奥の差し歯が取れてから5ヶ月余り経って今日、ようやく新しい差し歯が付いた。その歯が取れたときには、口の中で「ジャリ」という何かが砕ける嫌な感じがあった。見て貰うとやはり歯茎の一部にひびが入っていて、医師はその部分を取り除いたが、それからが長かった。ほぼ週一の割合で通っていたのだが、毎回その部分の様子を見るだけだった。時々「私としても、どうしたら良いかあれこれ考えているんです」と医師は言う。私は「入れ歯は嫌。そうしなければならないのなら、その歯は入れなくても良い」と希望を言って、それ以外ならば先生を信頼して、先生の言うとおりにしますとも付け加え指示通り通い続けた。そして今日、「ずっと様子を見てきて痛みも腫れも無いので、ああいう状態では普通入れ歯になるのですが、まああるウチはなるべくそれを使った方が良いと思うので、今まで通りの処置をしました。」と説明があった。私は希望通りになったので、深くお辞儀をして礼を言った。
今日は寒くて、そのせいか町中も人通りが少なかった。
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| 2010年3月16日(火) |
| 犬と歩けば・出発 70 |
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2010年3月16日(火)晴れ・強風
このあたりは今朝17℃もあって、5月の気温だったとか。日中はどんどん気温が上がって、初夏の陽気になった所もあったという。
私は毎日血圧を計っているが、今朝はポーンと血圧が上がった。常識で考えたら暖かくなると血圧は下がるのだが、人間の身体の動きは繊細なのだ。こんなに寒暖の差があると、高齢者は体調を崩す人が多いだろうと思う。
夕方、日曜日に緊急入院したAさんから電話があった。実は月曜日に彼女と1泊旅行へ出かける予定だった。彼女との旅行のキャンセルは2月、3月と続いた。勿論彼女は恐縮しきっている。でも私は彼女の病気は承知しているし、誰に迷惑を掛けたわけではない。旅館にはキャンセル料を払えば済むことだ。お互いに70歳も近くなったし、おまけに病気持ちでは若いときのように格好を付けることは土台、無理な話。勿論わざとやるわけでは無いが、歳には勝てない事を素直に認めよう。他の人たちにも認めて貰おうと話し合った。簡単に言えば、高齢者の不良になろうと確認したが、まあ今までお互いに良い子・良い人で来たから「常識」が邪魔になってどこまでやれるかなあ。
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| 2010年3月15日(月) |
| 犬と歩けば・出発 69 |
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2010年3月15日(月)曇り・強風
公園の河津桜は葉桜に移りつつある。代わってそこだけ雪洞の明かりが点いたように、辛夷が咲き始めた。
今日も強風で花粉たっぷりの中を、ベルを連れて公園へ出かけた。
風をよけて水路のある下の公園へ行くと、久しぶりにNさん達にあった。Nさんはいつものようにパート先の飼い犬を散歩させている。ヨーロッパ系男性と結婚してイギリスに暮らしているNさんの娘さんの2人の子供を「可愛い盛りでしょうね」と、半ば挨拶代わりに聞いた。いつだったか里帰りしていた孫を、それはそれはなめるようにかわいがっていたのを見ていたから。それが意外にも「それがねえ、10月に帰ってくるって言うのよ。」と素っ気ない返事。内心驚いていると「家賃も払えなくなったからって、帰ってきたら同居したいっていうのよ」と、追い打ちをかけてきた。難聴気味のNさんは、それでなくても話し声が大きいのだが、興奮気味で一段と声が高い。そんなプライベートな事をと思わずあたりを見廻した。Nさんの青い目の婿さんは確か、IT関係のお仕事と聞いていたが、不況は世界的なのだと実感した。
言葉の問題もあり、同居は絶対にいやというNさんの話にしばらく付き合った。その間ベルは、おとなしくお座りをして待って居た。
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| 2010年3月14日(日) |
| 犬と歩けば・出発 68 |
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2010年3月14日(日)晴れ
電話をしてから、ケアハウスの義姉の所へ掃除に行った。長兄の葬儀のお返しも持参した。
義姉の部屋に入ると、ベランダに敷物が干してあった。驚く私に義姉は、いつも私がそうするからと答えた。「痴呆症」と診断されている義姉は何でもすぐに忘れるが、こんな風に新しいことも覚えて行動できるのだと驚いた。今日は調子が良いのか、私がシーツを取り替えたりするのをまめに手伝ってくれた。
あれこれの連絡事項や、親類の情報なども話した。うんうんと聞いているが、話し終わった時には「なんだっけ?」と聞いてくる。それはそれで良い。義姉の気が済むまで、なるべく丁寧に何回も話を繰り返す。
いつものようにスーパーに買い物にも行っりして、私が帰るときに義姉は、満足そうな顔をしていた。
このところ電車での「人身事故」のニュースが多い。少し前までは、中央線が人身事故で電車がよく遅延するのが知られていたが、最近では中央線に限らなくなり、人身事故のニュースを聞かない日は無いように思える。
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| 2010年3月13日(土) |
| 犬と歩けば・出発 67 |
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2010年3月13日(土)晴れ・強風
今日は「お絵かきサークル」の課外授業で、千葉市展の見学をした。審査員から一般公募の絵まで、100位の作品が展示されている。私は仲間のTさんの絵が、賞の対象にならなかったのが理解できない。Tさんの絵は品があって好きだ。今回初めて落選したKさんは「今回落ちたのは14人だけだったと言うのを、肝に銘じている。」と言ったが、私ならば審査員に見る目がなかったと、相手の所為にすると思う。
皇居の廻りを走ると言って出かけた家人が昼過ぎて返って来て「年齢別で優勝しちゃったよ」何て言うではないか。「でも70歳代は二人だけだったけれど」とも。で、B5サイズの表彰状を貰ったと見せた。賞品はなし。「抽選でテレビなんか当たった人もいた」と聞いて、そっちが良かったのにと思わずつぶやいてから「でも優勝は優勝」なんて慌てて取り繕った。
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| 2010年3月12日(金) |
| 犬と歩けば・出発 66 |
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2010年3月12日(金)晴れ
公園の河津桜は満開の見頃となった。入り口を入ればすぐに、一番奥のピンクの固まりが見えた。春が始まったのだ。
公園へは2週間振りぐらいに出かけた。雨や霙や寒さが続いたのと、何よりも花粉の季節が始まった所為である。家人はベルを連れて公園へは行かないし、ベルはメールも電話も出来ないから、友達に会いたがっているのは分かっていた。今日も風が吹いて花粉が多いのは分かっていたが、ベルのために決心して出かけた。
公園ではサムが待って居た。入り口でエマちゃんともあった。リュウが来てハナにチャーミーまで集まった。豆柴のチャーミーは週に1回、老人ホームへボランティアに行っているという。ベルはみんなが集まった芝生の斜面を闇雲にぐるぐると走り回った。もう嬉しくってどうして良いか分からないという様子。
犬たちをよそにして、人間達のお喋りの花も咲いた。
何でも今朝、サムちゃん達がいつものように公園へやって来たら、大勢の人が(サムちゃんは60人だと言ったが、ハナのお父さんは150人位はいたよと横から口を出した)芝生ひろばに集まって、太陽と樹木を拝んでいた。突然の異様な集団の出現に、サムは頭を低くして警戒し、ナナチャンは怖がって後ずさりしたという。いつも東屋に集まってお喋りするじいさん達も、早々に引き上げたとか。それは一体何の集団だったのかと誰かが聞いたら、「統一協会」と答えたという。それが若い人が多くてね。ああ、桜田淳子が合同結婚式やったあれね?あらま、こんな近くにそんなのがいるの?等々喧々がくがくと話がオウム真理教の話にまで及び、冷たい風がますます強くなって我慢出来なくなるまで続いた。
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| 2010年3月11日(木) |
| 犬と歩けば・出発 65 |
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2010年3月11日(木)晴れ
昨日友達が、私の絵を見てお昼ご飯でもどうか?と聞いてきた。彼女は昨秋夫を亡くし、葬儀に参列して以来会っていなかったのでこちらとしても気になっていたから、二つ返事で承知した。
展覧会場の上にあるレストランは高い割に味もサービスもいまいちで、第一この期間は混んでいるから止めた。
歩いていると昼食の旗がひらめいていて、勤め人とおぼしき人たちが3人ばかりそっちへ歩いて行くので、後に付いていった。夜は飲み屋のランチで、昼食は5,6種類あってどれも650円均一とある。後から混んでくると悪いと思って、カウンター席に座った。(私たちの後に来客はなかった)
座るなり彼女は「あなたに見せようと思って、確かに入れてきたんだけれど・・」と言いながら、バックの中をかき混ぜていたが小さなビニール袋を二つ取り出した。一つは黒い砂利のようなものが入っていた。胆嚢を手術したときに、中から取りだしたもので、最初はべたべたしていたが乾いてこんな風になったとか。袋の上から触ってみたが、砂利の感触で臭いはない。で特に感想を述べるほどの情報もなかったので、黙って返した。
もう一つの袋には「棚でも釣ったの?」と聞いたが、長さ5センチぐらいの蝶番とネジ釘が7本入っていた。彼女は左手首を見せて、骨折したときにここに入っていたのよと説明した。この金具は彼女の体内に4ヶ月間滞在していたと言うので、きっと自分の一部みたいで捨てられないのだ。
いつだったか私が自転車で犬を走らせていると言ったので、これは私への忠告なのだ。きっと。
私たちは「彼女の身から出た、砂利と金具」を眺めながら、「マグロの頬肉の付け焼き定食」を食べた。
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| 2010年3月10日(水) |
| 犬と歩けば・出発 64 |
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2010年3月10日(水)晴れ時々曇り
3月10日。風は冷たく吹いて、天気予報のお兄さんお姉さんが言ったほど気温は上がらなかった。東京大空襲から65年目のニュースがいろいろとあった。そしてさほど話題にはされないが、今年は60年安保から50年目で改訂の年でもある。そしてそれ等はそのまま、自分の生きてきた人生と全く重なる。 今日も花粉が多いので、家の中で暮らした。午前中は「歌う会」の新年度書類作成のための、パソコン作業。午後は先日無料で貰ってきた和服をほどいて洗い、アイロンをかけた。汚れのない所を選んで、小物入れを作る予定だ。こんな仕事が結構楽しい。夜は「相棒」を見た。今日が最終回。残念。
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| 2010年3月9日(火) |
| 犬と歩けば・出発 63 |
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2010年3月9日(火)曇りのち雨、夜みぞれ
夕べ、アカデミー賞授賞式を見て驚いた。
我々中高年は、その動物的・自然的・時間経過による体型の変化によって、服を選ぶ時は「お腹を隠す」デザインが最優先される。
然るに女性初の「監督賞」を受賞したキャスリン・ビグロー監督の晴れ姿に、びっくりした。あれは「ソワレ」という夜会服なのか、堂々とした体型にぴったりとしたグレーのドレスである。
トップ(上半身)はレースが大きな胸を包んでいるが、これには驚かない。日本にだって「叶姉妹」というオバケがいて、見慣れている。問題は下ぶくれのお腹とお尻をぴったりと包んでいるボトム(下半身)の部分だ。これではでっかいお腹とお尻を強調しているとしか思えない。いやそうなのだ。
やっぱり「アカデミー監督賞」を取るくらいの人はすごいなあ。その圧倒的存在感に、もう目まいしちゃう。肉食系女性は世界的傾向なのだろうか?
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| 2010年3月8日(月) |
| 犬と歩けば・出発 62 |
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2010年3月8日(月)晴れ
土曜の夜「仕事で近くまで来たから」と言って、姉娘がやって来た。このところ出張も続いたとかで、いかにも疲れた様子だった。
大人が一人増えたからと言って特にどうこうはないのだが、一人暮らしではなかなか食べられないものを食べさせたいとか、ゆっくり寝かしてあげたいと思うと、何となくせわしない。それでも二晩泊まるとかなり疲れもとれたらしく、顔色も良くなって帰って行った。ウチに来てからもパソコンは動かしっぱなし、時々は電話で連絡しているのを見ていると、こちらも一緒に疲れた。
娘は帰宅してから電話してきて、週に1日はパソコンから離れるようにしたいとは言っていたが、是非ともそうして貰いたいと願う。
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| 2010年3月7日(日) |
| 犬と歩けば・出発 61 |
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2010年3月7日(日)雨
お召、紬、紗など中古品とはいえ、正絹の和服である。中にはしつけがかかったままの新品もあった。
冷たい小雨の降る中、私たちパッチワークの仲間4人で、和服のバーゲンへ出かけた。場所は呉服屋。亭主は「本当は高いものを売りたいんだけど」などとこぼすが、(あんなのはみんな箪笥1棹3千円とか、5千円のただみたいな値段で買ってくるのよ)と、事情通は話す。踊りをやっている先生はお稽古用の和服を、私たちはほどいて洋服にリフォームするために物色しにやって来たのだ。若い親子連れや女性が、女将に晴れ着を見繕って貰っている。足袋・襦袢から晴れ着に帯びまで揃えても、新品に比べたら超格安値段だ。私も昔、母が作ってくれた絵羽織や大島紬が箪笥に眠っている。それらが、1万円以下の値段で売っていたのにはショックだった。縫い物の先生はざっと全部見てから、1枚百円の着物の山の前に座り込んで、あれこれ10枚もの和服を選んだ。さすが色柄とも申し分がない品ばかり。袖丈の短い文は出すという。和服を10枚買って千円なり。和服をほどいて貰うと代金は1枚3千円だとか。
ものの価値観がめちゃくちゃになって、めまいがしそうだ。売れ残った百円の着物の行き先は、ゴミ焼却場んだろうか?
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| 2010年3月6日(土) |
| 犬と歩けば・出発 60 |
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2010年3月6日(土)雨
気温が20℃近くまで上がった昨日とは一転して今日は雨。明日、明後日は雪になるかという忙しいお天気模様だ。
午後からのお絵かきに、見学者が一人やって来た。今年は是非、会員が一人は増えないと、経済的にピンチだ。丁度お茶の時間だったので、みんなでお茶やお菓子を勧めたがさて、次回は来てくれるだろうか?
所で、市展には過去続けて入選していたA氏が今年始めて外し、その落胆振りに声を掛けるのもはばかられる。Aさんは半年ほど体調を崩していたから、そのせいだと思う。
近代絵画の父と賞賛されるセザンヌは、17回連続して落選したと言うから、入選なんてそんなものかと思えば良いのかも知れないが、応募金5千円も出して落選するのはやはり悔しいのは十分にわかる。
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| 2010年3月5日(金) |
| 犬と歩けば・出発 59 |
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2010年3月5日(金)晴れ
青々とした根三つ葉が八百屋で目に付いた。1束180円。さっと湯がいて鰹節をかけて食べたら、口の中に春が広がった。
珍しく朝から良いお天気だが、花粉がどっとまき散らされているに違いないから、今日は蟄居と決め、明日のお稽古日に備えてせっせと絵筆を動かした。
昼頃川柳仲間のAさんから電話があって、出てきてお茶をしないかという。一瞬、大気を黄色に染めて飛ぶ花粉が気になったがそれはそれ、ハイハイと二つ返事で承知した。駅でAさんの車に拾って貰ってBさんも迎えに行き、3人で素晴らしく雰囲気の良い喫茶店の、それもインテリアに凝った個室で時間にせかされることもなくゆっくりとお喋りを楽しんだ。
さてこの季節、出かけるにはファッションよりも花粉対策が第一となる。セーターの上には花粉が付きにくいようにウインドウヤッケを着て、帽子は目深にかぶり、マスクは使い捨てを2枚重ねて付けた。
夕方家に帰った時、玄関先で付けたものを脱いで、バサバサと払う。マスクも取るとなんと2枚のはずが3枚になっていた。うーん、Bさんも花粉症だと言ってマスクを付けていたから、テーブルの上に残っていた彼女のマスクも、私が付けちゃったに違いない。電話して確かめると「バッグの中にしまったと思ってた」なーんて、彼女も暢気に答えた。私の惚けは、なんでも自分のものに見える(欲惚け)の種類らしい。さーて困った。いや、周りの人が困るに違いない。
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| 2010年3月4日(木) |
| 犬と歩けば・出発 58 |
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2010年3月4日(木)曇り
定例通院日で銀座に出たついでに、上野に寄って展覧会を2つ廻った。
一つは国立博物館平成館で開催中の長谷川等伯展だが、彼の代表作「松林図屏風」を見るのは初めてではない。去年の「巨匠対決展」でも出展されていて見た。何回見ても、すばらしいものは素晴らしくて圧倒される。
一方縦横10m×6mの大涅槃図を見たのは初めてで、展示室の一番上から掲示されてもなお下の部分は床面に余っていた。見ていた若いカップルが「ただただ大きいだけでも感動する」と感嘆の声をあげていた。私はたまたまオペラグラスを持っていたので、隅の方を注意してみたが(当たり前だが)大画面の隅々にまで緊張感が張り詰めていた。夕刊でこの展覧会を見た映画監督の細田守氏は、「地味で実直な同郷北陸人気質として、絢爛豪華な「楓図」は性分に合わないが仕事としてやったのではないか」と言っているが、その意見には同意しかねる。「松林図屏風」だけが等伯ではなくて、精緻と豪放が一体となって等伯の全体像を示していると思う。
午後からは雨の天気予報だったので、国立博物館からすぐに都立美術館の「ボルゲーゼ美術館展」に行く。こちらの会場は、階段を2回も登らされる過酷な展示。殆ど興味を引かれるものはなく、ざっと廻った。それでも両方で2時間。足が疲れた。
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| 2010年3月3日(水) |
| 犬と歩けば・出発 57 |
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2010年3月3日(水)ひな祭り 晴れ
今日はひな祭り。我々女性も、自ら楽しむ。仲間で美味しいものを食べて、見頃の河津桜を見物し、さらにお茶もしてからいつものようにお喋りを楽しみながら手仕事に励んだ。公園内を散歩していた時は汗ばむほどだったのが急速に冷え込み、夕方はいつもの冷たい風となっていた。
電車を待っていたとき、高校生の4,5人のグループがいて、ボスのような男の子(細身で、どっちかと言えば可愛らしい顔をしている)が、一人の男子にいちゃもんをつけている。「ただ触るだけだよお。」なんて良いながら相手の頭に手を伸ばしている。相手は嫌がっているからいじめだ。「やめな!」と言いたかったが、声が出なかった。細身とは言え私よりも背が高い。上から殴りかかられたら、かわす方法を知らない。
かつてオウム真理教の駅前での布教が華やかだった頃、私の実姉はつかつかとそばへ寄っていって「あんた達、そんなことしていて良いことないよ。早く親元へ帰りなさい」と忠告したと言う。それを聞いてびっくりした私は、(そんなことしたら殺されちゃうから、止めた方が良い)と忠告したが姉は「だってさ、見ていられないんだもの」と答えた。やっぱり姉は小国民、肝が据わっているんだ。ああ、ダメな妹だ。
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| 2010年3月2日(火) |
| 犬と歩けば・出発 56 |
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2010年3月2日(火)曇り
またまた雪模様の寒い1日だった。このところ激しい寒暖の差がある日が続いていて、比較的元気な家人も体調がおかしいとか言って、炬燵に入ってうつらうつらしている事が多い。向かいの、ごれぞ元気印のAさんも、パターゴルフで転び背中を打ったとかで、用事があって覗いたら「ようやく歩けるようになった」としょんぼりしていた。 お隣の奥さんも入院中だと言うし、このあたりも高齢化社会を絵に描いたような有様だ。
でも今日は川柳句会があって、昼食は(鳥取から出てきた紀の治さんを囲んで)わいわいやった。そこでみんなでツアーを組んで鳥取へ出かけようという話が出た。今年はちょうど6月に、川柳の全国大会が鳥取で開催される。私たちはみな、せいぜい市民大会しか出たことがないが、口実だからそれはそれでいいのだ。一番の動機は、仲間で、一人暮らしで大病の後いまいち回復のはかばかしくないBさんが暮れに、やはり紀の治さんとお喋りをしたときに「鳥取は行ったことがないので、行きたい」と漏らしたのが、数人の仲間の胸に残っていた事だ。仲間達もそれぞれに病を持っている身なので、Bさんの願いを自分のこととして受け止めた。
所で、川柳仲間には鉄道マニア「鉄男君」がいる。で、彼がそれぞれの体調と財布の具合を考えた鳥取までのルートを幾つか考えて、鳥取で集合しようと言うことまで決まった。今のところ参加者は6名ぐらいだが。さて今後どんな風に展開してゆくのか?
今日の私の入選句・題「うっかり」
△高速のスタンドへ妻置き忘れ
△食べ放題入れ歯は家に置き忘れ
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| 2010年3月1日(月) |
| 犬と歩けば・出発 55 |
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2010年3月1日(日)晴れ
3月になった。暖かくはなったが、日差しが少ないせいか野菜は少なくてが高い。キャベツは2軒見たが、190円と198円だった。
オリンピックも終わった。オリンピックの度に、新しいスポーツ種目にお目にかかる。今回は女子チームが活躍したスピードスケト団体追い抜き(パシェット)もそのひとつだった。
午後歯医者に行ったら、「ご主人は午前中の予約だったが、忘れるなんて始めてで珍しい」と言われた。「申し訳ありません」と謝って、「やっぱり歳なんですね。」と言い訳した。すると先生は「年のせいにするのは止めましょう。歳はみんな同じだから」と言ってくれた。家に帰ってから家人に伝えると、今まで2週間置きだったからツイ同じだと思い込んでしまったとのこと。ま、私も他人の事は言えないけれど。
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| 2010年2月28日(日) |
| 犬と歩けば・出発 54 |
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2010年2月28日(日)雨、みぞれ、曇りのち晴れ
夕べからの雨が、昼前にはみぞれになった。友人から電話があって、いま雪が混っていると言おうと外を見たら、もう雪は消えていた。夕方ベルの散歩に出かける頃は、なんと日が差していた。なんとも忙しい1日だった。
それにしてもチリ大地震の津波の早いこと、太平洋をたったの1日で渡って日本にまでやって来た。千葉県鴨川で川が逆流する映像を見て、地球は繋がっているんだと感動のような気持ちだった。これは波状段波という現象だとか。
所で友人は東京郊外のマンション3階に住んでいるが、先日異臭騒ぎがあって消防車、救急車にパトカーが包囲し(と友人は言った)、前の国道は一時閉鎖される事態が起きたとか。住人達が手分けして臭いの元を探るべく、一部屋ずつ(勿論部屋の外から)臭いをかいで廻って、ここだと言う部屋が見つかった。その4階部屋は、住人が2週間留守にしている。消防署の職員がベランダからガラスを割って室内に入って、臭いの元を探したが不明。 振り出しに戻って探索は続いた。
結局、2階で一人暮らしのおばあさんが煮豆をしていて焦がし、その煙が換気扇を通じて上へ行ったのが、異臭の原因だとわかった。「でもね、何回も自分の部屋を点検してくれって放送があったのよ。それにマンションの廻りがあんなに騒ぎだったのに、わからなかったのかしら?」と、友人が言う。(歳を取るってそういうことなのかもね。自分の世界にはいちゃったら、一切外界の音は聞こえないのかも知れない。人ごとじゃあない)と話した。「このマンションも年寄りの一人暮らしが増えたから、今後は第三者が確認する方法をとらないと、同じ事が起きる」と、友人が言った。
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| 2010年2月27日(土) |
| 犬と歩けば・出発 53 |
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2010年2月27日(土)雨ときどき曇り
2,3日季節外れのぽかぽか陽気が続いたが、今日はまた気温が下がり始めている。でも我が家の梅も、ポップコーンがはじけた様に満開だ。
今日は「愛唱歌を歌う会」で雨の中を出かけた。
先生は今の内に「冬の歌」を歌いましょうと、まず「冬の夜」(♪とーもしびいちーいかく)「冬景色」(♪さぎりきーゆる)「雪」(♪ゆーうきやこんこ)「「四季の雨」(♪ふるともみいえーじはーるーのああめ)と歌い進んだ。
先生は作詞・作曲者のエピソードや、作られた背景などをさりげなく説明して楽しませてくれる。所が今日歌った歌はみな、作詞者・作曲者不詳とある。他にも「かたつむり」「池の鯉」「人形」「鯉のぼり」「海」「われは海の子」「虫の声」など誰でも知っているような歌がやはり作者不詳なのだ。どれも明治から大正時代に作られた歌で、そう古くない時代なのにどうして作者不詳なのか疑問に思って調べたことがあった。
ある本に「その時代は、複数の人たちの合作だったので作者不詳とした」とあって、理解はしたが納得は出来なかった。
数日前テレビで、フォーク歌手「高田 渡」(彼の代表曲“自衛隊に入ろう”は、自衛隊のイラク派遣に抗議)の特集を見た。その中で彼は「いつか自分の作った歌を、みんなが誰が作ったかも知らずに、良い歌だと歌ってくれたら、こんなに嬉しいことはない」と語っていた。それを聴いてやっと、そうなのか、そうだったのかと「作者不詳の愛唱歌」を納得した。
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| 2010年2月26日(金) |
| 犬と歩けば・出発 52 |
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2010年2月26日(金)曇り
浅田真央ちゃん残念だったね。あなたのあの笑顔が見たかった。
別に親類縁者というわけでもないのに、テレビを付けっぱなしにして朝から落ち着かなかった。それなのに1月ほど前に初めてパソコンを入れた友人が、今日に限ってパソコンのメールを始めた。業者に教わりながら私を相手にメールの授受の練習をするものだから、「出したの着いた?とか、あなたが送ってくれたのが着いてない」で、ひっきりなしに電話がかかってくる。結局、彼女が自分のアドレスのジーをジェーと発音したから、こちらから発信しても届かない。教えた私のアドレスは、入力間違いで届かなかった。そんなこんなで電話は10時頃始まって、ぎりぎり最終組が始まるところでめでたく開通して一件落着となった。
女子フィギアスケートを見ていてつくづく思うのだが、女の子のお尻って本当に可愛い。こんなことを言うと「どんくさいおばはん」と言われるが、誰でもあんな時があったのだと思うと、いいなー。
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| 2010年2月25日(木) |
| 犬と歩けば・出発 51 |
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2010年2月25日(木)晴れ
映画館を出たのが3時。帰り道にあるホテルのパン屋が、袋詰めにして入り口で売っていた。まず目に付いた私の好きなプリッシオを取る。もう1品と思って、どれがおすすめかと店番のコックさんに聞いた。すると私の手元を見て、それはバターがたっぷりと入っていて重いから、余り身体に良くない何て言うではないか!とっさに60を過ぎればもう、身体に良いものよりも食べたいものを食べると答え、60代後半なのにまるで60代になったばかりの言い方をして、見栄を張った自分に内心照れた。「それをいっちゃあおしまいよ」と、コックさんも帰してよこした。じゃあどれがいいのと聞くと、「これなんか身体に良いね、味も素っ気もないけど」と色の濃いテーブルパンを勧める。「せっかく食べるのに、食べ応えのあるのが良い」と粘ると2種類のチーズが入っていると言うパンを勧められて買った。結局それと全粒パンを買った。
人間の中には、計り知れないスケールを持った人物が時々現れる様だ。
今、冬期オリンピックのまっただ中だが、「競技で勝つためには実力以上のものを出さないと勝てない」そして「実力以上のものを出すためには、ひらめきが必要である」さらにそのひらめきを得るためには・・と、南アフリカ大統領ネルソン・マンデラはナショナルチームのキャプテンに話をする。
南アフリカが悪名高い黒人差別政策を撤廃せざるをえなくなり、27年間獄中につながれていたネルソン・マンデラが大統領に選ばれたとき、(他の多くの国々のように)暴動が起きてもおかしくなかったはずだ。彼は暗殺されても、世界は別に驚かなかったと思う。然しそれらを乗り越えて彼は国民宥和政策を、ラグビーナショナルチームを優勝させることで計った。そこを取り上げたのがクリント・イーストウッド監督の映画「インビクタス・負けざるものたち」だ。それがわかって観ていても、6万2千人の大観衆の中での試合は圧巻で、手に汗を握ってしまう。
映画の宣伝コピイ『とにかく、これまで自分たち黒人を迫害してきた白人を赦すこと。恨みや憎しみからは何も生まれない。それが、今後の平和に、国の統一につながると、マンデラはことあるごとに説いていく。その崇高な意志は、見るものを静かに感動させるばかり。』
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| 2010年2月24日(水) |
| 犬と歩けば・出発 50 |
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2010年2月24日(水)晴れ
暖かい1日だった。夕方の公園でサムちゃん達に会うと、未だコートを着ていた。「いやね、仕事をしているときは汗をかいちゃうので中はこんなです。」と胸元を広げて中に着ている綿シャツを見せてくれた。別に見たくはないのだけれど。ついでにまた、ずるずると紐をたぐり上げて「今度はこんなのにしました。百均っていろんなものがありますね。」名刺入れを引っ張り出した。
「会社に病気のことが知れるとまずいので、これに入れました」名刺入れを開けると、ピンクのフェルトにビーズで(おまもり)と縫い取りした袋を取り出して見せた。ここに狭心症の舌下錠と、亡夫が孫にあげた500円玉がはいっているとか。フェルトのお守り入れは孫ちゃんの手作りで、心からのプレゼントだ。暖かいから胸の痛みもこのところないと言うが、12月にカテーテルをしたばかりだから用心第一だ。
サムちゃん達と下の公園の池を巡り、川沿いの公園まで足を伸ばしたが、拳の蕾も未だ、赤ちゃんの小指の先ぐらいだった。
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| 2010年2月23日(火) |
| 犬と歩けば・出発 49 |
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2010年2月23日(火)晴れ曇り
ツイ見てしまうオリンピック。前回もそうだったが、カーリングの日本代表メンバーって美人揃いです。外国相手だとどうも、身体の大きさで負けてしまうような悔しさがある。でもあの石を投げたとき、瞬きをしないで見つめる眼は、どの選手も魅力的だ。所でふと考えた。テレビは女子の中継ばかりするけど、カーリングって男子の部はないのかって。家人は無責任に、ないと言う。早速調べてみたら、やっぱりあった。日本は男子の代表がないのか?
暖かさに比例して、公園も人の出が多い。遠慮して公園の隅の方で犬たちを遊ばせていたら、女子中学生が寄ってきて例の「チョーカワイー」を連発してケータイで写真を撮りまくっていた。暖かいと花粉が飛び回る。サムは今日もお母さんの目を盗んで、しっぽを掻いていた。それを見てお母さんは「もう1週間分は飲んじゃったんだけどね、また薬をもらいに行かなくちゃしょうがないかな?」と、つぶやいていた。エマちゃんのお母さんも明日耳鼻科で薬を貰ってくると言った。
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| 2010年2月22日(月) |
| 犬と歩けば・出発 48 |
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2010年2月22日(月)晴れ曇り
今朝のラジオで、今年も超就職氷河期だという話を聞いた。そこで特に問題なのは、働く意志も能力もあって就職できない学生が、問題は自分にあるという考え方をして自分を追い込む心の病であると、指摘していた。でも景気はすぐに好転する様子もないし、どうしたらいいのでしょうというアナウンサーの問いかけに、この大学の先生は「うーん、私にも・・」としか言わなかった。 思い出されるのは「秋葉原の無差別殺人事件」をはじめ、次々に起こった若者の無差別殺人事件だ。今こそ政治よ、動け!
夕方の公園では珍しくリョウ、エマ、イチゴ、サムにベルと、犬のお母さん達が集まった。エマのお母さんがパン屋で貰ったという食パンの耳をどっさり持ってきた。今日のパンだから未だ香りが良い。サムのお母さんは「私は好きではないのであんまり食べないが、お腹がすいているせいか美味しい」とか言うし、人間と犬たちとで分け合って食べた。話題は勿論オリンピック。女子フィギュアスケートになると、それぞれひいきがあって喧々がくがく。おしまいは(でもさ、みんなここまで来たんだから誰が優勝したって良いじゃない?)とイチゴのお母さんの広い心が納めた。
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| 2010年2月21日(日) |
| 犬と歩けば・出発 47 |
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2010年2月21日(日)晴れ曇り
サムちゃん達を誘って、市民の森へ出かけた。森の中は芽吹きにはまだ遠く、静かだった。時折高い梢から小鳥の声が聞こえたが、姿は見えない。サムのお母さんは、寅さんが懐からお守りを出すような仕草で、懐中の紐をたぐって小さな箱を取り出して見せた。中身はニトロの舌下錠で、6回分が入っていた。とうとうサムちゃんも医者から携帯を指示されたのだ。使用上の注意点や、救急車を呼ぶタイミングなどを私に説明した。「でも救急車が到着したときには、発作が治まるって事もあるから、オオカミ少年にならないかって先生に聞いたら、それでも呼びなさいと言われた。」「昔、団地の中でちょいちょい救急車を呼ぶ人がいて、ほらあの人はまたすぐ帰ってくるなーんて、廻りで噂することが多かったけれど、自分がそうなるとは思わなかった」と言って、苦笑した。 森の中も結構アップダウンがあるので、なるべく緩斜面を登るようにした。「先生に、私はこの子(サム)に助けられたんです。サムを残して死ねないから、頑張っているのです。」とも言ったという。そのサムが一寸高い場所にある水道の前で止まって、こちらを振り返った。水が飲みたいらしい。「あ、良いから」私はサムのお母さんを制して、水道まで駆け上がった。所が私が水を出してやってもサムは、待って居るお母さんの方を気にして飲もうとしない。やむなくお母さんがやっこらさと登ってきたら、(安心したのか)水を飲み始めた。これだものねとあきれると、お母さんは嬉しそうににやりと笑った。
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| 2010年2月20日(土) |
| 犬と歩けば・出発 46 |
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2010年2月20日(土)晴れ
この時期、真っ白な蕪が甘みがあり柔らかでとても美味しい。値段も一束(中くらいのが3個で)120円ぐらい。漬け物でも煮物でもすぐ食べられて重宝している。
今日の午前は歌う会、午後は油絵と忙しい1日だった。
お茶を飲みながらの雑談はやはり、オリンピックのこと。そして國母選手の服装問題に付いてだった。「そもそもあのスポーツをやる人たちは、ああいう感じの人が集まっている」「彼は賞金を難病対策に寄付している」「あのヘヤースタイルは、洗髪はどうするのか?」「監督やコーチが一言注意できなかったのか?」などなど意見が出たが「自分のスタイルにこだわるのは構わないが、少なくとも日本選手団の制服を着ている間は『公人』であるから、然るべき態度は求められる」というAさんの意見で一応の決着を見た。
所で春先から私たち油絵仲間に、一寸した異変が起きた。
実は千葉市展覧会に応募した私たちの内、なんと2人も落選したのだ。二人ともこれまでずっと続けて入選していたのにである。出せば入る、落ちることなんか絶対にないとタカを括っていたのが、いけなかったのか?
然し、次はグループ展そして秋の県展へとがんばろうと、お互いに励まし合った。
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| 2010年2月19日(金) |
| 犬と歩けば・出発 45 |
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2010年2月19日(金)雨水 曇り
毎日、跳んだりはねたり・・するのを見ているだけなのに、見終わるとがっくりと疲れている。炬燵に入って見ている方も、オリンピック選手と一緒に、演技しているのだ。これで痩せられたら良いのだが・・そんな美味しい話はないか。
NHKがインタビューしたジャンプと男子フィギアの選手は揃って、(ある限界を超えたときに特別な感覚の時間を経験する)と言っていた。マラソンでよく言う「ランナーズハイ」と同じようなものなのだろうか?それがあるからアスリート達は過酷な訓練を続けられるのだろうか?
今年は手作りで男女一対のおひな様を飾った。雨水の今日は飾るのに縁起が良い日だと言うので、ひなあられとお花を買いに行った。
パンやの一角にある花屋で、お金を払おうと思ったが店員がいない。奥に声を掛けたり、しばらく待ったが応答なし。さてどうしたものかと思案を始めたとき「係の人を呼んできますね」と後ろの方から声を掛けられた。こちらを見ていたのか、菓子売り場の若い店員だった。彼も奥を覗いたがいない。「お手洗いに行ったのかも知れません」と言いながら、花束を包んでくれた。さらにパン屋ので良いですかと、包んだ花束を入れビニール袋に入れてくれた。
こういう若い男性(私のイメージではホストクラブにはこういう人種がいるのではないか)と接触したのはこれで2度目。私にはまったく新しい「男性像」だ。物言いやあたりが私のイメージにある女性でも男性でもない。これが「草食系男子」と言うものかも知れない。
感じが悪い応対ではないが、無重力空間にいるような不思議な感覚が残った。
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| 2010年2月18日(木) |
| 犬と歩けば・出発 44 |
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2010年2月18日(木) 雪のち曇り
夕べから今朝まで雪が降った。この分なら夕方の公園で、ベルに雪遊びをさせてやれると期待していたが、その後の雨であっけなく、雪は消えた。
犬のサムに、毎日3錠飲ませている薬は、抗ヒスタミン剤だという。私も今年は、1月20日から抗ヒスタミン剤を飲んでいる。サムはお母さんの目を盗んで、しっぽを掻いている。お互いにつらい春先だ。
「今週の前半はタンパク質、後半は炭水化物」なーんて、家人は一流選手並みの事を言う。今度の日曜日に何年ぶりかで「青梅マラソン30q」に参加するための、食事調整だ。今までも熱心にジョギング大会に参加していた頃は同じ事を唱えていたが、だからどうだったという結果は聞いたことがない。
でもま、「いわしの頭も信心から」と言うし、別に逆らわず聞いておく。
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| 2010年2月17日(水) |
| 犬と歩けば・出発 43 |
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2010年2月17日(水) 曇り
毎日寒さが続いているというのに、公園の池はちっとも氷らないのだ。2年だか3年前の冬は、そんなに寒さを感じなかったのに、その上に子供が乗って遊ぶほどの氷が、池に張ったのだ。池では水鳥たちだけがやかましく、元気に泳いでいる。
「大きなのが出ていましたよ」と言ってサムのお母さんが、ふきのとうが出たところへ、案内してくれた。そこは竹藪の中で日当たりも良く、フェンス近くなので犬猫も入ってこない場所。本当に特別注文したような大きなふきのとうが10個もとれた。天ぷらにして塩で食べた。ほろ苦い早春の味がした。
サムちゃんのお孫さん達はそれぞれ進路が決まったという。そろそろ卒業式の時期がやってくる。ともかく今年は、「学費滞納で卒業式に出席させない」なんて事態が起こらないように願う。予算案のウチ「高校無償化法案」だけでもさっさと通してほしい。という私の意見に、珍しくサムちゃんも「それは誰も反対しないでしょう」と言って賛成した。
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| 2010年2月16日(火) |
| 犬と歩けば・出発 42 |
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2010年2月16日(火) 曇り
今日の最高気温は5度。夕方の公園は雲が低く垂れ込めて、雪が今にも落ちてきそうな様子だった。サムのしっぽの一部が赤くなって、本人がとても気にするので病院へ連れてったら、春先に起こりやすい皮膚病とかで、注射や薬代も混ぜて全部で8千円かかったとか。去年まではなかった事で、やはり歳のせいかとお母さんは気にしていた。
「事実は小説よりも奇なり」をうたい文句にしたのは、かつてのNHKラジオの司会者・高橋敬三だが、どちらを向いても不景気の中、毎日いろんな事が起きている。今開催中のオリンピック参加選手の服装問題とか、線路に落ちた酔っぱらいを救った話、首相の弟が兄貴をちくった話などで、ほっとはしてもぱっと明るくなるような話はない。
箱根へ行くはずだった友人から、留守電が入っていた。かけ直すと、晴れ晴れとした声で、返事があった。そして実はあの旅行の直前、病院で「膵臓ガンの疑い」と言われ、もし確定したら二度と私と旅行が出来なくなると思い詰め、何が何でも行かなくちゃと、自分の中で切羽詰まっていたと言った。今日その結果が出て、めでたく疑いが晴れた。一度大病をすると、何年たっても再発、転移におびえなくてはならないのは仕方のないことか。
「今度はね、2泊で予定しよう」彼女は、歌うように言った。
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| 2010年2月15日(月) |
| 犬と歩けば・出発 41 |
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2010年2月15日(月) 曇りのち雨
今日このあたりの最高気温は6度。寒いはず。おまけにお昼頃から雨風も加わった。こんな日は家に閉じこもるに限る。
本当は今日、友達と箱根へ出かける予定だった。彼女は前から宮ノ下の富士屋ホテルに泊まりたいと言っていたが、2月3月は特別サービス期間だから申し込んだと言った。暇な私が連れである。富士屋ホテルでは宿泊客に「館内ツアー」というサービスをしているので「チャップリンが泊まった部屋も見られるかもね」と、彼女は楽しみにしていた。さて、出発を翌日に控えて昨日電話すると、美容院から帰ったばかりだと言うが、声の調子がおかしい。問い詰めてみると、体調がいまいちで医者に相談したらゴーサインが出たが、身体が動かない。然し自分が決めたことで、ホテルも予約してあるから、多少のことがあっても行かなくてはいけないと思い込んでいたのだ。そんな馬鹿なあー。外せない仕事で行くわけではないし、体調が悪くては行っても楽しくない。今回はキャンセルして、体調が良くなったら行こう。キャンセルの連絡は私がするからと言うと、明らかに電話の向こうでほっとしていた。
ホテルに連絡して、キャンセル料は幾らかと聞いたら前日だから20パーセントで、請求書を送るという。キャンセルの理由を話して、是非近いうちにお邪魔したいとか喋っていたら、「そういうご事情でしたら、今回に限りキャンセル料は結構でございます」なーんて嬉しいことを言うではないか。即「ありがとうございます。助かります」と言って、電話を切った。
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| 2010年2月14日(日) |
| 犬と歩けば・出発 40 |
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2010年2月14日(日) 晴れ
久しぶりのお天気だったが、やはり風は冷たい。
オリンピックが始まり、つい目がそちらに行ってしまう。鍛え抜かれたアスリート達を見ていると、スゴイなと思う。
人間の持つ計り知れない能力にうなったのは、先日盲目のピアニスト・辻井伸行を見たときだった。それはNHKテレビ「辻井伸行 コンクール優勝までの全記録」で、再放送らしい。
このコンクールは、世界中の若手ピアニストの登竜門で、選考過程が3週間・21日という過酷なもの。そのうち最終選考には6人が残った。そしてその6人には、オーケストラと競演が出来るというご褒美が付いていた。勿論そのオーケストラとの競演も採点にはいる。
それまではピアノの独奏だったが、オーケストラとの競演となると、オーケストラの指揮者に従わねばならない。曲の始まり、きっかけを辻井君にどう伝えるかで、指揮者は戸惑っている様子。通訳を介して意思疎通を図ろうとするが、旨く行かない。
そのうち辻井君は「(指揮者の)息で、きっかけをつかむ」と言い出した。指揮者は半信半疑でタクトを振ると、見事一致した。でも指揮者は信じかねてもう一度、もう一度と4回試したがただの1度も狂わなかった。そこでようやく指揮者は納得して、OKを出し、彼のオーケストラとの競演は成功した。
それでまあ彼は見事「優勝」する訳なのだが、音楽に暗い私は、自分の目で見ていたにも拘わらず信じられなかった。そして今日、何気なく聞いていたラジオで、音楽家が「身体の動きと息は同じですから・・」と言ったのを聞いた。調べたら「現代の音楽−演奏家に聞く・松原勝也」という番組だった。
辻井伸行君の言ったことやったことは本当に本当だったのだ。人間の能力って信じられない位大きいらしい。
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| 2010年2月13日(土) |
| 犬と歩けば・出発 39 |
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2010年2月13日(土) 小雪のち雨
今朝、公園の芝生ひろばは真っ白になったと言うが、日中雨になった所為もあって夕方には跡形もなかった。然しお湿りがあったので、河津桜は確実に花数を増やしていた。
今日は、サムとベルとワン太しかいない。ベルはワン太にちょっかいを掛けている。それが度重なると、サムがベルを牽制する。そんなことをして遊ばせていると、公園管理事務所の人が来て車いす用トイレに鍵を掛けた。
なおも様子を見ていると、トイレの前に黄色い柵を置いてさらに「夜間は使えません」という張り紙を貼った。サムちゃんが「ああしておいて、写真を撮ります」と言ったが、なるほど係の人はその通りにした。
なんでも夜間にホームレスが数人で入って、おむつ取り替え用のベッドの上でたき火をしてぼや騒ぎがあったからと、サムちゃんは説明してくれたが、寒さが続く中追い出す方も追い出される方も、切ない話だ。
今日は千葉市展の搬入で、千葉市美術館へ出かけた。油絵の一般公募受付は、長い列になって順番を待っていた。日本画とか書道、写真など他の部門はすぐに受け付けている。もっとも油絵部門も、会員とか理事なんてひと達はVIP待遇だからすぐ受け付けてもらえる。順番を待っている間、他人の作品をちらりと覗くと、みんな自分よりも数段上手に見えて、だんだん自信がなくなってくる。それに、ここも高齢者ばかりだった。
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| 2010年2月12日(金) |
| 犬と歩けば・出発 38 |
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2010年2月12日(金) 雨ときどき曇り
いろいろと話してから彼女は「でも、いとしいわよー」と言った。
(いとしい)とか(なごり惜しい)なんて言葉はこの頃は余り使われないが、しみじみと心情が伝わってくる素敵な日本語だと思う。久しぶりに聞いた。
さてなんに対して愛しいかと言えば、二日前に彼女のウチに引き取られてきた「盲目でてんかん持ちの猫」のことだ。なんと幸運な「猫」だろう。幸運な猫の話を聞かせて貰うこちらも、心が和み何か良いことでもありそうな気がしてくる。
一昨日はコートが邪魔になった気温だったのに、また翌日から寒さが続いている。夕べも午後9時を過ぎた頃から、雨がざらざらとみぞれの音に変わった。今晩も雪の予報が出ている。公園でサムちゃんが胸の痛みを訴えたたり、こちらも思い当たる節もないのに体調が芳しくないのは、やはり人体は天候気温に左右されるものかと改めて思い至っている。編集長も「極楽の湯」で養生され、少しは改善されたでしょうか? こんな句を見つけました。
△美人の湯なのにオバケが浮いている 加藤友三郎
お大事に。
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| 2010年2月11日(木) |
| 犬と歩けば・出発 37 |
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2010年2月11日(木) 曇りのち雨
夕べから、いつ雪になってもおかしくない冷え込みが続いている。
川沿いの公園を散歩していたら、全身真っ白な太った猫が松の根方で爪を研いでいた。ベルは他の猫に気を取られてそっぽを向いていたから、気づかなかった。しっぽも長いその猫は私たちに気がつくと爪を研ぐのを止めて、こっちの様子を伺っている。私は白猫を刺激しないように、少し遠回りで猫の前を通り過ぎた。然し、10m位離れても猫は、依然として緊張を解かない。私たちが角を曲がるときに振り向いて見たが、未だ様子を伺っていた。
仲間のAさんの家に、新しい猫がやってきたという。その猫はてんかん持ちで、目が見えないとか。ハンデがある所為か、普段仲間の猫たちにもいじめられているのを見かねて、Aさんの娘さんが引きって来たという。「それがね片方は眼球がないし、もう片方の白濁している眼球はいつもぐるぐる動いている」そうだ。前からいる2匹の猫は、1日目は全く近づこうとしなかったが、2日目になると1匹はちょっかいを出すようになった。所が残りの1匹は、怖がって隠れてしまい、出てこないという。ここで私は、猫も相手の顔を見て、その美醜を判断するのだと言うことを教えて貰った。当たり前か?
その猫を引き取ることに頑強に反対し、来てからも「どうしよう」と困惑していたAさんは、2日目の今日は「ま、顔は可愛いとは言えないけどね、もう私には慣れたし、身体の格好が前の猫(お気に入り)によく似ている」なんて言い始めたから、時間の問題だと思う。然し何年もゲージの中だけで暮らしてきた盲目の猫が、家の空間になれるのにどの位かかるのだろうか?
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| 2010年2月10日(水) |
| 犬と歩けば・出発 36 |
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2010年2月10日(水) 曇り
昨日は暖かくて、寝るときも毛布を剥いだ位だった。それが今朝は曇って、雪でも落ちてきそうな寒さだ。
そんな中を約束していたので、吉永小百合と鶴瓶の「おとうと」を見に行った。話の筋は想像が付くし、フフンその位では泣かないよと思って出かけた。映画館を入ったら、後ろの方から私を、川柳の雅号で呼ぶ人がいるではないか?何事かとあたりを見回したら、あらま、句会で選者を務めて頂いているFさんがニコニコしてこちらを見ていた。奥様とおぼしい人と一緒だ。世間は狭い。 ところで映画が始まって、「今時、こんな規模の薬局じゃあやってゆけないよ」「こんな男、交際中に分かんなかったのかねえ」と、半畳を入れながら見ていたが、いつの間にか涙が溢れていた。
特にターミナルケアの問題で、行き倒れた一文無しの弟が「みどりの会」という民間の施設にたまたま入れて(拾われて)、最後の日々を人間らしく扱われて過ごせたときは、(本当に良かったね)と、声を掛けてあげたい位だった。また、みどりの会のスタッフにお礼を言いたくなった。
私が知らないだけで、同じような仕組みが東京にもあるのかもしれないが、みどりの会が大阪にあるという設定は、とても納得がいった。
私のささやかな経験からも、関西(大阪)は本音で動くし、関東(東京)はどうも建前が幅をきかしていると感じていたから。うん、見て良かった。
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| 2010年2月9日(火) |
| 犬と歩けば・出発 35 |
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2010年2月 9日(火) 晴れ
昨日17年振りに電話がかかってきたTさん達との、思い出話。
まん丸い顔のTさんは、心底開けっぴろげで明るい女性だった。あの頃彼女は20代後半だったろうと思うが、「台湾で男にだまされてお金をみんな巻き上げられた。恥ずかしくっていられないので、お母さんがしばらく行ってきなさいと言うので、日本にやってきた」と言った。
流ちょうな日本語を操る韓国人のKさんは、親戚が日本にいるとか。彼女はきちんと技術を身につけて帰りたい気持ちがあるのは、熱心な勉強態度でわかった。まだ韓流映画もない頃で、韓国人の日常作法など教えて貰った。例えば、女性が片膝を立てて座るのは、韓国では普通のことであるとか、部屋を借りるとき、韓国には敷金・礼金などはないと言うことも。・・
二人は口を揃えて「初めて日本に来て、見た、どこでも布団が干してある(異様な)光景に驚いた」と言っていた。
ところで台湾人のTさんと韓国人のKさんが話をするときは、日本語でする。当たり前だが、見ていて不思議な感じがした。私がしゃっくりをしたとき、Tさんが笑ってそれは日本語でなんというのかと聞いた。「しゃっくり」と答えると、TさんKさんがそれぞれ台湾語と韓国語で言い合って笑ったが、私には聞き取れなかった。この期間台湾語と韓国語の単語を幾つか教えて貰ったが、みんな忘れた。
台湾出身のTさんは日本に暮らしているのがわかったが、Kさんは国にかえったろうか?
「もう、おばあさんになった」と言ったら、向こうの電話口から「わかい、わかい」と、Tさんの元気な声が叫んでいた。
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| 2010年2月8日(月) |
| 犬と歩けば・出発 34 |
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2010年2月 8日(月) 晴れ
夕方、公園へ着いたらサムちゃんが「河津桜が咲いた」と言った。今朝、気がついたのだそうだ。数日、風や雨で犬仲間も揃わなかったが、今日は6頭が揃った。公園に人気がなくなるのを待って、みんなでほころび始めた河津桜を見に行った。10本ぐらい植えられているうちの、2本だけが枝先に3つ、4つの花が見えた。あとの蕾も大きくふくらんで数日中には咲きそうだ。
「花が咲くと、なんだか嬉しいね」と、犬たちに餌だけくれるAさんがいたので言うと「そう、そうね」と、ニコニコした。
時にはこんなこともある。歯医者に行っている間に、私の過去から電話がかかってきた。昔々、千葉と市川の洋裁学校へ1年ずつ通ったことがある。市川の洋裁学校ーと言っても、塾のような規模の小さいところで、生徒に韓国、中国からの就学生が10人近くいた。語学研修と言ってもその実、就労が目的の人が殆どで、いったん書類が整えばもう学校へ来なくなると言うので、学校側も(日本人以外は)1年分前払いで授業料を納めなければ受け付けないと言うようなことをやって、彼女たちの反感を買っていた。このとき親しくした韓国、台湾の人がいた。勿論私より10も20も若い人たちである。卒業してからも台湾出身のTさんが日本人男性と結婚して、子供が生まれたと知らせて来たときには、お祝いにTさんを訪ねたこともあった。そのTさんから電話があったのだ。折り返し電話をしたら、一気に時間が飛んでお互い昔に戻ってお喋りした。誕生祝いに行った娘さんは今年高校3年になるという。なんと17年振りの会話だ。Tさん家族は、景気が悪くて狭いところに引っ越しをした。その時に昔の電話番号を書いたノートが出てきたので、何人かに電話してみたが番号が変わっていて繋がらなかった。私だけが繋がったと言う訳らしい。でもね、とTさんは訛りのある言葉で言った。もう1年も前に電話番号はわかっていたのだけれど、迷って今まで延び延びになったと付け加えた。
「暖かくなって、桜が咲いたら、二人の住まいの真ん中で会いましょうね」とTさんは言って、電話を切った。
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| 2010年2月7日(日) |
| 犬と歩けば・出発 33 |
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2010年2月 7日(日) 晴れ・強風
毎日、寒いさむいと書いているが、来週は本当に暖かくなるのだろうか?
午後ラジオを聞いていたら、ゲストに元NHK記者の池上彰さんが出ていた。彼はNHKで子供向けにわかりやすいニュース解説をしていたが、退職後、最近は民放で若手タレント相手にニュース解説をして、好評だ。著作も沢山ある。その池上さんが今のぎくしゃくした日米関係を憂いて、こんなときにライシャワー大使(60年安保改定時の、日本大使)の様な人がいたら、どんなにか良かったと言い、大使は日本在任中に襲われ輸血をしたとき、「私の身体の中に日本人の血が入りました」と言ったという、エピソードを披露した。
然しそれには後日談があって、その時代は今の様な献血制度はまだなく、その輸血された血はいわゆる「黄色い血」だった。そのためライシャワー大使は後年、肝臓病を発症することとなった。
私のケアハウスにいる義姉も、若い頃怪我で輸血したのが原因でC型肝炎を発症し、今に至っている。
その後整備された献血制度が、どんなに多くの人たちの命や健康を支えているか、計り知れないと思う。
秋山さんの手記をご覧になった多くの人たちが、これからも献血を続けようという気持ちになっていただけたのは、この制度を続けるために、決定的なことだと思う。
秋山さんは、本当に大事な仕事をされたと思う。
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| 2010年2月6日(土) |
| 犬と歩けば・出発 32 |
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2010年2月 6日(土) 晴れ
いひゃあー、毎日寒い。日差しはあったが、風があるだけ昨日よりももっと寒かった。然しあちこちの椿は咲いているし、梅の花も咲き始めている。季節は確実に動いている。
肺炎で入院していた同僚が復職してくると、サムちゃんが言った。あと1日病院へ来るのが遅かったら、命はなかったって言われたんですってと言うが、サムちゃん達の仕事は外仕事。慣れているとはいえ、この寒さが一番キツイ時期復職するのは大変だろうと想像する。でも、解雇されなくて良かったと考えるのか。70歳を過ぎたら解雇されないかと、サムちゃんは今から心配している。
うたごえ運動の華やかだった頃流行った歌に、「しあわせの唄」というのがあった。♪しーあわせはおーいらの願い、しーごとはとってもくるしいがぁ、なぁーがれる、あーせにみーらいをこめて、あーかるい社会をつーくること♪
自分が歳を取ってみて、こんな社会になるとはね。あまちゃんだったなあ。
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| 2010年2月5日(金) |
| 犬と歩けば・出発 31 |
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2010年2月 5日(金) 晴れ
夕方の散歩の帰りに、動物病院へ寄った。窓にブラインドが下ろされているので早じまいかと思って覗くと、先日ベルが爪をはがして来たときに見た、新米の女性獣医師がいた。で、院長は今日不在で、私も獣医師免許はあるが、未だ経験不足であるが、私で良ければ対応するとおっしゃる。いつもの予防注射をお願いしたいと言うと、それなら私でも十分に対応できるとにっこりした。 そんな前置きの後、ベルを診察台に乗せると、いつもと少し様子が違った。お座りをしてしまい、顔なじみの看護婦さんが体温計を入れようと思っても、決してお尻を上げない。やむなく女医さんがベルの腰を抱えて持ち上げた。聴診器を当て、目と耳を覗き口の中を調べようとしたが、頑として口を開けない。先生はベルの唇だけ持ち上げ、右の犬歯の先が少し欠けていると見せられ、堅い食べ物に注意するように言われた。さていよいよ注射をする段階になると、ベルはがたがた震えている。いつもは、なんだかわからないうちに終わってしまうのに、顔も緊張してこわばっている。診察台の上のベルをしっかり抱きかかえてやるが、注射1本でもなかなか手間取っている。やっと終わって急いで診察台からおろして、お試し用のビスケットをやる。ベルもやっと緊張を解いて食べていると、先生が聴診器を持って出てきて「スミマセンが心臓の音を聞かせてください」という。待合室のせいか今度は、余裕を持っていじられていた。9種混合の予防注射で、9,450円を払った。麗々しい注射証明書と、シャンプーセットを貰って帰った。
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| 2010年2月4日(木) |
| 犬と歩けば・出発 30 |
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2010年2月 4日(水)立春 晴れ
今日は立春。日差しは伸びたと思うが、寒さが続いている。
今朝、味噌汁の具にしようと思って、段ボールからジャガイモを取り出したら、もう芽が伸び始めていた。「イヤー律儀だね」と声をかけたらジャガイモは照れて下を向いた。
昨日まで新聞もテレビも「35歳の女」をこれでもかと連呼していたが、今日は「小沢幹事長不起訴」と「朝青龍引退」が取って代わった。」
夕方ベルと一緒に下の公園に行ったら、高い梢から「ツーツーツー」と珍しい鳴き声が聞こえてきて、双眼鏡で見ている人がいた。
池では鴨が泳いでいる。その中の2羽が向かい合って、互い違いにピョコピョコと頭をすくめている。そのユーモラスな仕草を眺めていたら、いつの間にか双眼鏡を首からぶら下げたさっきの人も来ていて、「あれは婚活ですよ。」「でも今頃やっているのはよほど持てないんだ。もう時期的には終わっているから」と、教えてくれた。
続いて隣の池の橋を渡っているとき、何かが水面から飛び立った。目で追うと夕暮れの中にひときわ瑠璃色が輝く、カワセミだった。この池にカワセミがくるという話は聞いていたが、見たのは初めてだった。後ろから双眼鏡のおじさんもやってきたので、指さして教えると「ああ、こんな時に限って、カメラを忘れてくるんだ」と悔しがった。しばらく眺めていると、思いがけない敏捷さで飛んでいった。
この池は睡蓮や蓮も植わっていて、特にきれいな池ではない。管理事務所では池の中の鯉や亀、水鳥などに餌をやってはいけないと広報しているが、投げ入れる人は後を絶たない。然し、こんな小さな濁った池にまでカワセミやアオサギがやってくるところを見れば、野鳥って以外とたくましいらしい。
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| 2010年2月3日(水) |
| 犬と歩けば・出発 29 |
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2010年2月 3日(水)節分 曇り
スーパーの店先に、太巻き寿司が山盛りになって売られている。なんのことかと思ったら、今日は節分で「恵方巻き」とやらを食べるのだそうである。
ご近所からはあまり豆まきの声を聞かないが、我が家では今年も家人が「豆まき」をやった。そして家人は、残った豆をお茶に浮かばせ、ふやかしてから食べるという変な習慣を持っている。ともかく(歳の数)プラス1個の豆を食べたら、消化不良でお腹を壊す確率は非常に高いので、3粒食べてごまかした。 ところで今日は朝から川柳の宿題に取り組んだ。互選句のテーマは「友情」。いろいろな句集を当たってみたら、ぴったりの句に出会った。
△友情の証にカツラ取ってみせ 森野 球磨(静岡) むーん、参ったあ。
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| 2010年2月2日(火) |
| 犬と歩けば・出発 28 |
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2010年2月 2日(火) 雪のち曇り
夕べいつの間にか雨音がしなくなったのは、午後8時頃だったろうか?夜中に2回戸外を見たが、休みなく雪が舞っていた。
「紀の治さんが雪を連れてきたんでしょう?」とからかったが、今日は川柳句会。駅までの道路が、溶けかかった雪と氷で難儀したが、降りたり乗ったりでともかく自転車で駅までたどり着いた。
今月もまた、紀の治さんは雪の鳥取からやってきた。句会が終わってから10人がガストに移動してお昼を食べながら、お喋りして笑った。
そこで3時間ほど過ごしてお開きにしたが、Yさんが「紀の治さんが時間があるって言うから、私のウチでコーヒーを飲まないか?」と誘われて、同行。Yさんは定年後喫茶店をやっていて、コーヒーの味は確かだ。然し70代後半と80代の3人の男性に囲まれて、話題はもっぱら病気のこと。まあ高齢者男性の生態の一部分を覗いたが、面白くも何ともない。それよりもバスを待っている間、隣に並んでいた女子高生がいきなりスカートの下にはいていたジャージーを脱ぎ始めたのには驚いた。ハイソックスは穿いているが、太ももむき出しのミニスカートだ。そのミニスカートの下から、ピンクの毛糸のパンツがちらりと見えた。こちらが覗いたのではない。向こうが見せたのだ。ああちゃんと冷え対策はしてあるなと、オバサンは安堵した。
今日の句会で互選句の題は「起きる」
△赤ん坊起きて家中動き出す(私の句)は、11票を集めてトップだった。
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| 2010年2月1日(月) |
| 犬と歩けば・出発 27 |
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2010年2月 1日(月) 曇りのち雨
今朝は霜柱もなく割と暖かい朝だったが、雨が降り始めたらだんだんと寒くなって来た。予報通り明日の未明には雪になるのだろうか?
あっけなく月が変わって、市展搬入まで2週間となった。私も朝からせっせと筆を運ぶ。今回は小物を多く書き込んでいるので、描いても描いても進んだ気がしない。
ところで10年以上も続けていると、描いた絵の処分に困る。私はその多くをはがして捨てた。カンバスの木組みだけは残して、新しく買った場合と値段の差はあまりないが、画材屋へ持って行き張り替えて貰う。仲間のAさんはもう3枚を、画題の場所に寄贈して飾って貰っていると言った。1枚目は旅行で立ち寄った、京都大原の漬物屋さん。その店先を描いている。2枚目は、宮城県の母校小学校の校長室に、歴代校長の顔写真の間に飾って貰ったとか。これはふるさとの山(名前は忘れた)を描いたもの。3枚目は農婦を描いたもので、写真を撮影した木津川村が引き取ったとか。ふーん、元商社マンAさんの実力を見る思いである。
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| 2010年1月31日(日) |
| 犬と歩けば・出発 26 |
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2010年1月 31日(日) 曇り時々晴れ
ロビーで少し待って居ると、食堂から出てきた義姉は私を認め、足を止め上体を少し後ろに引いて、確認するように私を眺めるとニコニコして近づいて来た。着ているものは同じだが、ちゃんとお化粧をしている。元気そうだった。
義姉の部屋に戻っていつものように、シーツやタオルを取り替え、部屋やトイレの掃除をしながら先日あった長兄の葬儀の様子を話した。そこで仕入れた親類縁者の消息も話した。義姉はねっしんに「あ、そぉー」とか「あらまあ」とか言いながら聞いていた。私が動いているので、義姉は自主的にガラス戸を拭いた。掃除も終わって持参した葬式のお返しを渡す。いらないから持って帰って使ってと言うのを、とにかく一度開けてみてと言うと、丁寧に包装紙をはがして、中の小箱を取り出す。「あれ?これなんだっけ?」「お葬式のお返し「誰の?」「ほら、一番上の・・」「あ、そう」、中身はお茶と海苔と梅干しが入っている。「梅干しは使うでしょ?冷蔵庫に入れておくね」「そうして。えーと誰のなんだっけ?」と、自分でも笑いながら繰り返す。「お葬式のお返し」と繰り返す。
その後、お喋りをしながら小一時間、いつものようにスーパーへ買い物に行った。ケアハウスや道で挨拶する人は義姉の新しい知人だろうか、私には初めての顔だった。義姉は少しの冗談にもよく笑うし、会話には殆ど差し支えがない。ないが、物忘れが一段と激しくなったと思う。
暖かな日曜日だった。公園の混雑を避けて夕方、サムちゃん達と、川向こうの公園へ出かけた。今日の花見川には、見慣れない黒白の水鳥が群れている。ベルは欄干の間からいちいち鼻先を出しては、何かを見ている。遊歩道に入るとベルは、サムと一緒に笹藪の中に入って遊んだ。
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| 2010年1月30日(土) |
| 犬と歩けば・出発 25 |
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2010年1月 30日(土) 曇りのち晴れ
来月13日の千葉市展搬入日を控えて、今日の油絵のお稽古はみんな熱が入った。私もあと少しと言うところまで漕ぎ着けた。
またお茶を飲みながらみんなで、今年度の行事予定を相談する。今年は県展に応募する予定の人も増えたので、例年9月に花の美術館で開催しているグループ展を、今年は早めにしようと言う事で一致した。なんせ今まで事務方を一手に引き受けていた副会長のAさんが、暮れに突然の退会を申し出て引き継ぎもなかったから、会長だけに任せないでみんなで相談して進めるしかない。
帰宅して夕食の支度にかかった。カキフライを揚げようとして、小麦粉を収納してある棚(乾物類を入れてある)を開けて、絶句した。そんなところに、昨日買ってきたレンコンがビニール袋に入ったまま並んでいたのだ。
実は昨日ポテトサラダを作っていて、レンコンも入れようとして探したがどうしても見つからなかった。買ったつもりで買わなかったのかとも考えたが、買ったレンコンの形や大きさ(小さめだが重く、のぞいてみたら穴の中は真っ白)をしっかりと覚えているから買ったのは間違いがない。然しこれだけ探しても見つからないのだから、無意識のうちにどこかに落としたと、結論して諦めたのだった。乾物類の棚に収納したのは間違いなく私自身だが、勿論全く記憶にない。こういう形の間違いが頻発するようになれば、アブナイ。冷蔵庫にスリッパと言うことにならなければ良いのだが・・。
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| 2010年1月29日(金) |
| 犬と歩けば・出発 24 |
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2010年1月 29日(金) 曇り一時雨
仲間達と、イチゴ狩りをかねてドライブを楽しんだ。数日後にはもう2月だが、未だ春の気配は遠くわずかに紅梅の木を1本見つけただけだった。
それでもおばさん達はお喋りすることが山ほどあるから、退屈はしない。
新鮮な魚介類が安くて美味しい店で舌鼓を打ち、道の駅で買い物をした。ドライバーのAさんはここの「生モツ」がお気に入り。よそで売っているのは大抵湯がいたもので、煮込んでみると味が全然違うのだとか。それぞれに買い物をしてから、イチゴ農園を目指す。ここのイチゴはまず香りが高く、口に入れると蜂蜜をかけたような甘みが広がる。「うーんこれはおいしい」Bさんは全身でおいしさを表現した。そうそうここの売店の横に大きなミモザの木があって、去年は1枝ずつ貰ったのだが、今年ももう、うすく色づき始めていた。
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| 2010年1月28日(木) |
| 犬と歩けば・出発 23 |
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2010年1月 28日(木) 曇り一時雨
予報通り午後に雨が降ったら、まるで気が変わったように空っ風が止んだ。
でも夕方、公園から帰るときベルは、続いてクシャミを3回した。犬だって「はっ、はっ、はぁーくしょん」という感じだ。さてはベルも花粉症に罹ったのか? 今日は公園に海が来ていた。今の飼い主・娘さんの仕事の都合だそうで、しばらくの間木曜日は公園に散歩に来ると、海のお母さんは言った。今日集まった犬はサム、ベル、海、ハナコ、エマの5頭。海以外の3頭が、いつものようにサムを追いかけて遊んだが、直にサムはお母さんの所へ逃げ帰ってきた。「そうかそうかご苦労さん。もう歳だもの心臓ぱくぱくだよな」と言って、サムお母さんはおやつをあげた。他の犬たちも貰って思い思いの場所で、おやつを食べる。その間、ベルは何気なく海に近寄って、いきなり体当たりを食わせた。海は驚いて飛び上がったが、そこへ第二弾の体当たりを食わせる。ったくベルは、しょうがないやつだ。海はベルの体重の3倍はあるので。そのたびにベルも反動で跳ね返るのだ。一体ベルはどういうつもりなんだろうか?他の犬たちは、なんの反応も示さない。帰り道、ベルが猫を見つけると、海、サムと続いて3匹で追いかけた。海は前足を痛めていると言うが、走りを見た限りではそんな心配は少しもなかった。勿論猫は束になっても老犬なんど相手にしない。さっさと逃げていった。
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| 2010年1月27日(水) |
| 犬と歩けば・出発 22 |
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2010年1月 27日(水) 晴れ
寒いから、今夜もうどんにした。老人家族はカロリーは低くて良いが、脳の健康には「和食と少しのお肉」と聞いているから、夕べは野菜をいっぱい入れたけんちんうどんで、今夜は具沢山のカレーうどん。後片付けも簡単で良い。
友人が(大変だあ)とメールをよこした。何でもデパートで「鹿児島県旨いもの展」をやっていたのでのぞいた。会場で売り子にキビナゴのお刺身を勧められて、(いつもはそんな事はしないのだが)ツイ口に入れてしまった。
ところで彼女は、慢性逆流性胃炎はガムを噛むと具合が良いからと、この頃いつもガムを噛んでいる。で、そのことを忘れてガムとキビナゴを一緒に飲み込んでしまったという。私は彼女の慌て振りを想像して思わず「ギャハハ」と笑って、「事実は小説より奇なり」なんて返事をした。
彼女は大手術を受けてから、常に腸閉塞を気にして生活している。それが中心となって、暮らしが廻っているともいえる。それを思い出して、笑ったことに後ろめたさを感じて、電話をした。2,3ヶ月に1回はそのために病院へ運ばれている彼女は意外と落ち着いていて、「腸が動くようにいろんな体操やマッサージもやったわよ」と言ったので、少し安心した。
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| 2010年1月26日(火) |
| 犬と歩けば・出発 21 |
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2010年1月 26日(火) 晴れ
今朝のラジオでは「底冷えに注意してください」と言った。お昼頃のラジオはもっと親切に「足下を暖かく」と助言した。昨日よりも風があるだけ寒い。比較的暖かかった昨日、芝居好きの友人に誘われて、俳優座劇場へ出かけた。私は初めて行く場所だ。約束の時間よりも早めに付いたので、あたりをうろついた。高速道路の向こう側に例の「森ビル」が聳えている。あそこは2年前に暮れのツアーで、登った。他にもビルはあるが私にはわからない。いやあ、人出の多いこと。圧倒的に食べ物屋が多い。然し1本道を入ったら冬枯れとはいえ桜が植わったそこそこの広さ、どう見ても学校跡だ。落ち合った友人がそこは小学校跡で、最近まで小さな店舗が並んでいたと言うが、今は高い塀に囲まれている。マンションでも建つのだろうか?
お昼は、870円のカキの乗ったソバを食べた。山手線に乗ってきたという友人は暗い顔をして言った。「電車に乗ったらいるのよね」(なにが?)「ほら、見ればわかるでしょ?」(見てないしわからない)「大きな荷物持って乗ってきて、座るとすぐに眠り始めたの。それが若い人よ。」(・・・)「この寒さだもの、夜は眠れなくてずっと歩いているから、昼間は寝ておくのよ」と、ここまで聞いてやっとホームレスのことだと、理解した。「でね、アタシは何をしてあげられる?お金を少しカンパしたってそれで解決するってもんじゃあないでしょ?」「お芝居なんか観るの、なんか悪くてさ」と言われても、彼女に招待された私はもっと身の置き所がない。
先日テレビクローズアップ現代で「助けを求められない30代」という放映があった。その時、ホームレスの援助活動をしている人が「自助努力という意味は、助けてあげないと言う意味に使われている」と発言していたのが、心に残っている。
「この間、おからチーズケーキが美味しくないって言ってたから」。お芝居がはねてから、彼女の案内で美味しいケーキ屋で金色と青のすてきなカップでお茶を飲んだ。私にはびっくりするような値段なのだか、これが結構入っていた。
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| 2010年1月25日(月) |
| 犬と歩けば・出発 20 |
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2010年1月 25日(月) 晴れ
編集長の旅行に合わせて、私も2日ほど日記をさぼった。
我が家の飼い犬ベルが、右前足の(親指?)の爪をはがした。何でも散歩の時に、すれ違った犬と吠え合ったので、家人は慌ててリードを引っ張った拍子に爪がどこかに引っかかったらしい。爪のあったところが、赤いマッチ棒状のものが出ている。病院へ連れて行ったら先生は、もう出血もしていないし・・と一寸思案した後、「化膿しないように抗生物質を打っておきましょう」と言った。普段使わないはがれた爪は、なんのためにあるのかと聞いて見たら、犬がオオカミだった頃の名残りだと教えてくれた。「オオカミが岩を上るときにはこの爪を使うんですよ。この頃は生まれてすぐに切り取る場合もあります。」
そんな訳で、数日公園を休んだのち、サムちゃんにこれこれこうだったと事の次第を話した。「あれあれ、ワン太も爪をはがした」と言った。ピーグル犬のワン太は、いつもお父さんが公園に連れてきては18mという長いリードをつけて、ボール投げをして遊ばせている。何かの弾みにやはり(親指?)の爪を引っかけて抜け、反対側に向いてしまった。青くなったお父さんはワン太をつれて病院に駆け込むと、病院ではその爪を切り取る処置をした。勿論ワン太はもの凄く泣いたし、出血もした。しかし付き添いのお父さんの方が、脂汗をかいて震えて見ていたんだってと、にんまりしながら教えてくれた。ま、話はどんどん大きくなるから、どこまでが本当かわからないが、その気持ちはわかる。ベルが注射を1本されるだけで、私はそっぽを向いていたのだから。
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| 2010年1月22日(金) |
| 犬と歩けば・出発 19 |
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2010年1月 22日(金) 晴れ
久しぶりに、読み終えて心が満足した本に出会った。
「優しさとしての文化」木津川 計著。
チャップリンは「人生に必要なものは勇気と希望、そして少しのお金」と言ったが、著者はそこに「笑い」を加える。思うに任せない人生だから、泣くよりも笑おう。笑う門には福来たるというではないかと呼びかける。
2002年に出た本で、内容は「寅さん・山田洋次」「鉄腕アトム・手塚治虫」「サザエさん・長谷川町子」「漫才・秋田実」「松竹新喜劇・藤山寛美」「詩歌・20世紀の日本人を感動させた歌」これらがなぜ国民的ヒーローとなったのかを詳しく分析する。そしてその共通点は(家族揃って安心して楽しめる)、そしてキーワードは(優しさ)と結ぶ。
現代漫才の興隆の元を築いた吉本興業の秋田実は、笑いの平和主義というべき誰も傷つけない気遣いと、ヒューマンな漫才を書き続けた。しかし彼の死後、東西で起こった漫才ブームは、東京(ツービート)大阪(紳助・竜介)を先頭にして、強い者が弱い者を笑う強者の笑いで、秋田実の平和主義を粉砕し、以後、世代を超えた共通の娯楽は消えた。
著者は、日本では伝統的に「笑い」が軽視されている事実も指摘する。「能」と「狂言」の関係を見るまでもなく、日本では何故か「悲劇」は上位で「喜劇」が下位に位置づけられているのは、何も演劇だけではない。私は川柳を楽しんでいるが何となく俳句の方が上位だという、空気がある。さらに川柳句会でも笑える内容の作品は、なかなか選ばれない。
大阪では「泣いている暇があったら笑え」と言うらしいが、笑いは人を元気にする。その笑いは弱者に寄り添った、優しい笑いでなくてはならない。
だから、サンマにスダチ、富士に月見草と言うように(優しさには優しさ)という文化を創ろう。子どもも大人も文化で育つ。文化には大きな力がある。(優しさには優しさ)(ほほえみにはほほえみ)という言葉が無理なくあふれる地上を目指そうと、結んでいる。
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| 2010年1月21日(木) |
| 犬と歩けば・出発 18 |
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2010年1月 21日(木) 晴れ
通院日で銀座に出た。今日は手袋をつけている人を見なかったし、午後になるとコートを抱えて歩いている人を数人見かけた。その位に暖かかった。
私もついでだから上野に出て、国立博物館までせっせと歩いたら、暑くなった。
私の目当ては「国宝・土偶展」。
土偶の発生は、縄文時代草創期(約13,000年前)にまでさかのぼるという。
今までに発掘された1万8千点のうち、国宝に指定された物はわずかに3点でそのすべてが一同に展示されるというのが、今回の「ウリ」。
その3点とは@「縄文のビーナス」縄文時代中期(前3000〜前2000)A「中空土偶」縄文時代後期(前2000〜前1000)B 「
合掌土偶」縄文時代後期(前2000〜前1000)。教科書に載ってよく知られている、あのゴーグルをつけたような土偶は、重要文化財だが国宝ではなかった。
土偶は小さいし、地味だしそんなに期待はしていなかったが、大間違い。第一小さな会場だが、老若男女様々な人が実に熱心にご覧になっている。へえ、これが4,5千年も前の人が作った物かとその形の美しさに驚く。細かな手仕事に感嘆する。@「縄文のビーナス」なんて、指で触れたら暖かいのではないかと思える。A「中空土偶」なんて、しらけた名前の土偶はバストから上、おへそから下には細かい模様がつけてある。これがホントの元祖へそだしルックだ。私は「縄文のスーパーモデル」と呼びたい。B「合掌土偶」は髷を結って、頬には入れ墨(だと思う)がある。腰を下ろして座った格好は、お産ではないかとの説明もあった。そうそう土偶は女性が殆どだとか。横座りして赤ちゃんを抱いている土偶には、数千年の時を超えて共感するし、上がり目下がり目ユーモラスな表情に見ていて心が和んだ。 また、祭祀に使ったのだろうか、耳だけ、鼻だけ、口だけの土偶は初めて見た。
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| 2010年1月20日(水) |
| 犬と歩けば・出発 17 |
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2010年1月 20日(水) 晴れ
ある集会に参加したら、昼食にお弁当が出た。398円とシールが貼ってあるが、値段の割に美味しい。ご飯も少し柔らかめだったが、ごまも振ってありみんないただいた。そんなとき、隣のご婦人がふっとため息をつくのに気づいた。「ご飯が食べきれないわ」とおっしゃる。そうしてらその隣のご婦人も「そうね。おかずはともかくご飯はどうしても残せなくて・・」と続けた。それから隣のご婦人達の、戦前戦後の幼少期の食生活をお聞きする羽目となった。
私は信州の山の中で、7人兄妹で育ちました。特にお祖母さんのしつけが厳しかったのですね。お米という字は、八十八回手間がかかっているからって言われて残したりなんか絶対出来なかったのです。一番食べたのはカボチャ。お米が少なくて粉ものが多かったですね。ほらいまでもあるおやき。−あれは今、お土産では高級品ですよ。−と私。あなた、お肉なんて年に1,2回食べれば良い方でね。でもね、そんなものばかり食べていても人間て大丈夫なんですね。一番上が92歳ですが、みんな揃っています。
もう一人のご婦人は、ウチは父親が早くに亡くなりましてね、母親と長女の私が(さてこれからどうやって生きていこうと・・)苦労しました。
そういうわけで、お弁当の残り物の始末に困っていらっしゃる。お持ち帰りになったら如何ですか?と提案した。私は外食して残ったときは、いつも包んで貰って持ち帰ります。家には犬も亭主も待って居ますから・・とは言わなかった。冗談が通じるかどうか定かでない。
私の歳を気になさるので教えると、まあー私も60代に戻りたいわとおっしゃる。そりゃ、80代と比べたら若いが、しょっちゅう物をなくしたり、壊したりしている自分に、この頃うんざりしているのだ。60代はね、まだ孫をみていましたよ。4人の孫全部見ましたから。今はみんな20代となりましたが。なんて追い打ちをかける。すごーい。私には出来ない。昔の女は強い。恐れ入谷の鬼子母神だ。
80歳を過ぎてもなお、集会には参加し、時にはご亭主と映画をご覧になる。堂々たる「女の一生」だと、おそれいった。
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| 2010年1月19日(火) |
| 犬と歩けば・出発 16 |
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2010年1月 19日(火) 晴れ
NHKテレビ「ためしてガッテン」前回の番組で、初対面の女性はすぐに打ち解けておしゃべりを始めるが、男性はそうならない。それはその部分の脳が男性よりも女性の方が大きいからだと結論づけていた。
昨日の「きみまろツアー」は赤坂プリンスホテルでのランチバイキングが付いていた。千葉から出発したバス5台は、10時半にホテルのランチ会場に到着した。バス1台45名だから5台で225名、少なくとも2百名が大広間のテーブルに着席した。料理は部屋の3方、壁に沿って並んでいて、ツアー客はそこに殺到したのだが、ドレッシングやソースのたぐいばかりで肝心のサラダや料理は菜っ葉、パスタ、ご飯、(多分朝食の残りの)焼き魚や揚げ物、チャーハン、百円ケーキを切り分けたようなスイーツ、コーヒー、紅茶といった素っ気ないもので、さすがホテルの味といえるようなものはひとつもなかった。おまけに絶対量が少ない。
バスに乗る前にはトイレを済ませて置くよう、添乗員から指示されていた。しかもトイレの場所まで限定されているから、トイレにもあっけなく長蛇の列が出来た。順番を待つ間もおばさんたちはお喋りを止めない。パンがなかった。お寿司もなかった。どれも量が少なく、すぐに片付けられたと口々に昼食の不満を述べている。私が「(量が少ないのは)皆さんの健康を思って」と半畳を入れると、「パンフレットには豪華ランチバイキングと書いてあった」と反応があった。「料理は少し、トイレは満員、赤プリもうごめん」と誰かが結論を言って、一同どっとわいた。
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| 2010年1月18日(月) |
| 犬と歩けば・出発 15 |
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2010年1月 18日(月) 晴れ
人が思いっきり笑うと、頭の中がリセットされるらしい。頭の中が、空っぽになった様なすっきりとした感じがした。
仲間たちと「きみまろスーパーライブ」に行った。会場の元渋谷公会堂は、クラブツーリズムが貸し切って、バス44台と個人客で埋まった。勿論その殆どが中高年のオバサン。きみまろのライブとは、ご存じのように落語や漫才のようなストーリーはなく、オバサン族観察帳を舞台で再現したようなもの。
だからしゃべる内容や仕草は事実・本当のことなのだが、それが面白く可笑しい。そこから掘り下げて人間とは、人生とは何かというようなことまで追いかけず、その言葉や仕草に反応した瞬間だけが可笑しくて大笑いして、後には何も残らない。何をあんなに笑ったのかと考えても思い出せない。でも1時間たっぷりと笑ったから良いやと、後味は悪くない。そして頭の中が軽くなった。 きみまろのこの笑いは何だろう?対象をオバサンに絞った、お笑い業界の隙間産業なのかもしれない。
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| 2010年1月17日(日) |
| 犬と歩けば・出発 14 |
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2010年1月 17日(日) 晴れ
「いきいきセンターまつり」に参加出演して、仲間たちと3曲合唱した。
会場は2部屋をぶち抜いて半分にパイプ椅子を置いただけなので、観客・出演者・出演予定者でごった返した。合唱参加に当たり、服装は白いブラウスに黒のスカートかパンツと指定されていたが、今日も寒い。カイロを貼ったりセーターを着込んだりしたが、会場で待って居る間に今度は暑くなってきて、急いで脱いだ。コーラスの仲間たちの多くが他の出し物−大正琴、体操、ハーモニカ−などにも出演していた。
私たちの合唱は、何カ所か揃わなかったり、歌い違いもあったが、全員揃って参加できたので、まあまあ良かった。そして昼の部の最後だったので、押しつけアンコールで会場の人たちと「ふるさと」も歌って好評だった・・と思う。
しかし出演も観客もみな、高齢者というのは何となくおかしな感じがした。
夕方の散歩で団地の中央商店街を通ったとき、サムお母さんは「どうですか、日曜日だというのにこの様子は」と言って振り返った。シャッター街と化した中央商店街は人影もまばらで、余計に寒々と見えた。
肺炎で入院した同僚の仕事は時間に縛られ、清掃対象の管理人や住人に監視されるやりにくい仕事だとこぼした。公園では久しぶりに海とお母さんに出会った。ベルはなにげに海に近寄るとまた、体当たりを食わせたが、今回は海が上手にかわした。
「今日は海が居るので元気そうに見えるが、この間は本当に疲れ切って見えた。一人の方が良いという人もいるけれど、私は話し相手がいないのは我慢出来ない」とまたまたこぼした。
夕日がオレンジ色に輝いて、エマのお父さんが「きれいだねー」と感嘆の声をあげた。
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| 2010年1月16日(土) |
| 犬と歩けば・出発 13 |
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2010年1月 16日(土) 晴れ
今週はずっと寒さが続いている。去年は1月6日から抗ヒスタミン剤を飲んだが、この寒さで今年の花粉症の発症は遅れている。
お絵かきの仲間で一昨年暮れにALSで亡くなったAさん宅を、仲間で訪ねた。仏壇の横に、はがき大の海の絵があった。「これはもう、指がほとんど動かなくなってから描いたものです。」いくらか頬もふっくらとされた奥さんが、説明してくれた。
普通、この病気の確定診断には2年ぐらいかかると言うが、Aさんはあれこれネットで調べては医療関係の友人に確認をとって、早くから自覚を持っていたという。とにかく病気に対して前向きでしたと、奥さんは言った。友達にも状況をきちんと知らせたので、大学の友人たちが「守る会」を作ってなにかにと励ましてくれた。また身体が使えなくなっても、それを補う機器類は何でも積極的に使った。パソコンも、補助器具でかなり長く使った。だが病気が進行しても「呼吸器は使わない」決心は、一度も揺るがなかった。「使えば寿命が延びるのがわかっているのに」と、これだけは今でも納得がいかないという風に、奥さんは俯いた。
冷静に自分の状況を把握して、最善の施策を選んで実行した生き方に、みんなで感嘆した。
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| 2010年1月15日(金) |
| 犬と歩けば・出発 12 |
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2010年1月 15日(金) 晴れ
2年前までよく通っていた畑の中の野菜直売所へ、久しぶり寄ってみた。
やはりもうお婆ちゃんは居なくて、店はお嫁さんが仕切っていた。お嫁さんと言っても私と同じ年代、かなりのお年だ。お婆ちゃんはお元気ですかと聞くと、元気で今は97歳半で、あと2年一寸で百歳になると答えが返って来た。本人はもう、百歳だって言ってるけどね。おつりを間違えるようになったから店には出られなくなったけれど、あの人は頑張り屋だから元気なのとも言った。
直売所のお婆さんは、92歳で蓄膿症の手術をしたと言うくらいお元気。
一寸萎びたりいびつな野菜でも、このくらいの方が旨いとか身体に良いとか舌の廻り具合は抜群で、話をしている内にいつも(歳には勝てないから買おうか)という気持ちにされていた。
勘定にしても、こちらであらかじめ計算してもそれには乗らないで、必ず自分で一つ一つ算盤勘定して居た。私たちは一度もおつりの間違いはなかった。
お爺さん、お婆さんは精神的に練れている、枯れていると思いがちだが、自分がその立場になってみてあたりを見回すと、それは間違いだとはっきりわかる。無気力を枯れているとか練れていると勘違いしている場合が多い。
身体と同じで、精神も硬直し、融通が利かなくなる。ただの分からず屋・いわゆる頑固になっても本人にその自覚はないだけ廻りが振り回される事となる。
さて心身ともに柔軟性を保つには、どうしたらいいのか?
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| 2010年1月14日(木) |
| 犬と歩けば・出発 11 |
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2010年1月 14日(木) 晴れ
お山の向こうは大雪とか。昨日も今日も冷たい1日だった。
私の長兄が88歳でなくなり、お通夜とお葬式があった。私は男3人、女4人の7人兄弟の末っ子で、兄たちはすべて亡くなり姉妹だけが残った。4人の内葬式に出られる元気があるのは上から2番目と末子の2人だけ。参列する顔ぶれも、甥姪の時代となった。式場で姉は、祭壇に近い方の席を嫌がった。何となくわかるので、私が座った。
お通夜にしろ、告別式にしろ飲食を伴うのはなぜだろうか?外国の葬式でも同じような習慣があるのだろうか?
というのは今日、火葬場の待ち時間に昼食のもてなしがあって、その時私は姉と「今日のお刺身は、夕べ出たのよりも美味しい」「そうね、見かけは良いけど夕べのは、お正月の残り物って、感じだった」なんて、おしゃべりをしたのだ。生死を分けるのは食べる、食べられるということなのか・・と考えた。
そんな話ばかりしていたのではない。私は年が離れすぎているので、特に兄妹という意識が薄いが、姉はあれこれ思い出して(世話になったのに、すぐ忘れちゃって)と言って、すすり泣いた。(歳をとらなくちゃわからないことがある)ともしみじみ言った。夕焼けも寒そうだった。
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| 2010年1月13日(水) |
| 犬と歩けば・出発 10 |
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2010年1月 13日(水) 曇りのち晴れ
今朝、郵便局へ行こうと外へ出たら、ほんの少し雪が舞った。
さて、今年は身辺整理の年と決めた。我が家には用済みのパソコンが2台ある。ご存じのように今は買い換えても、電気店では引き取ってくれない。直接メーカーへ連絡して、処分して貰ってくださいと言うばかり。こんな仕組みはひどい。不法投棄を増やすばかりだと思うが、何とかしなくてはならない。
私の使っていたモニターはソニー製だとわかったので、インターネットで所定に従って申し込み、ビニール袋に入れて業者に引き取りに来て貰った。確か3,800円だったと思う。一方、パソコン本体の製造者がはっきりしないので、そのままにしてあった。先頃家人のパソコンも使えなくなった。家人はそれを6畳間の真ん中にその他の(ゴミ)と一緒に放置している。この部屋は数年前畳替えをして以来、家人のゴミ置き場と化してしまった。
あれこれをぐっと飲み込んで、パソコンの処分をしてくれるところを探した。まあー、あっけなく見つかった。しかもパソコンは無料、ただだという。それでも2軒ほど料金を比べて、安い方に電話で頼んだ。
処分するもの。パソコン本体2,ブラウン管型モニター1.キーボード2
費用内訳 回収料金(輸送費)3千円、処分最低料金4千円と税金。とここでふと、記憶装置を壊してくれるサービスを思い出して金額を尋ねると、1台4千円だという。家人がそんなのオレがやるから良いという。私は家人の言葉を『パソコンの箱を開けるのはいつになるかわからない。従って現状維持が続く』 と翻訳して聞く。で、それもお願いして合計15,750円で契約した。日曜の夜電話して、業者は火曜日に来てくれた。私は留守でみられなかったが、HDDをどうやって壊したのかと家人に聞いたら、「手動で穴を開けた」という。ただ部品が自分が考えていたものとは違って、奥の箱のようなものだったと言う。 ま、これでゴミがひとつ処分できた。
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| 2010年1月12日(火) |
| 犬と歩けば・出発 9 |
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2010年1月 12日(火) 曇りのち雨
昨日の続き。渋谷は、私にとって外国のような街に変貌していた。
映画を見終わってから、友人はぶらぶらと町中を見物しようというので、映画館横のスペイン坂と名付けられた道を下る。友人は「ここは修学旅行のコース」と説明してくれる。なるほど見慣れない若い人の群れで、道はごった返している。何が見慣れないかというと、その髪型、メイク、服装だ。成人式当日ということもあって、振り袖姿も何人かは見かけたが、こちらは同じように白いショールを纏って、裾捌きが出来ないのでつんつんとおかしな格好で歩いているのがむしろ、見慣れた風景だった。
寒いので暖かいものでも飲もうと喫茶店に入った。勿論ここも若い人ばかり。チーズケーキセットを頼んだら、なんだかボソボソしておからの味がする。こういうものはかつて、「代用品」と呼ばれた代物だ。子供の頃に(身体に良いもの)ばかり食べさせられたから、本物の甘いケーキが食べたいんだと愚痴ると友人は 健康志向の豆乳やおから入りが、若い人のトレンドだという。
また商店はどこも「冬物セール」の最中で、何軒かに入ってみたが全く場違いの感じがして、早々に退散した。
外に出てほっとして道を歩いていたら、クリップボードを抱えたお兄さんに声をかけられた。「レミオロメンって知っていますか?」と聞かれた。友人は即座に知らないと答える。彼女はクラシック派なのだ。私が「知ってる。紅白に出たでしょう」と答えると、どんな曲を知っているかと、たたみかける。「粉雪」というと「すごい!」と、劇画のように目から星を飛ばした。で、何歳ですかと聞く。女性に歳をきくか!友人はむっとする。敵は我々を女性なんてこれっぽっちも思っていないんだよ。こっちだって、孫みたいな坊やを男性とは思っていないからおあいこだ。歳を言うと、さらにスゴイを連発した。なおも何か聞きたそうだったが友人が「急ぎますから」と、追っ払った。
これで渋谷探訪は切り上げて、マイケル・ムーア監督が「ディズニーランドか?」と言ったという、銀座へ移動した。
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| 2010年1月11日(月) |
| 犬と歩けば・出発 8 |
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2010年1月 11日(月)成人の日 晴れ
渋谷へ出かけたのは何年振りだろうか?
友人に誘われて、映画を見に出かけた。映画を見に渋谷まで出かけることはあまりないので、映画のはしごをした。1作目はデンマーク映画「誰がために」原題は「フラメンとシトロン」。映画のチラシ広告には『(ただ、“生きるため”なら降伏を、だが。“存在する”ためには戦いを)1944年ナチスドイツ占領下のデンマーク。過酷な運命に翻弄されながらもナチスに凛然と立ち向かったフラメンとシトロン。65年の時を経て今明かされる哀切なる実話』とある。事情通の友人の話によれば、今までデンマークではこの種の映画は作られなかったが、あちらでもチェンジというか情報公開の機運が高まって「デンマークにおける抵抗運動」の実態が明らかにされ、映画化となったという。シネマライズという映画館は、急な階段をずっと降りた所が入り口だった。チケット売り場はその降り口にあったと言うが、もぎりのお姉さんは大変だからここで払ってくれればいいと、(証明書も出さないのに)素直に千円札1枚(シルバー料金)を受け取った。次は同じシネマライズでも階段をどんどん上った所で「牛の鈴音」という韓国のドキュメンタリー映画。78歳の農夫と40歳の農耕牛との暮らしを追ったもので特にストーリーはない。ないがこれが人の暮らしというものはどんなものかを教えてくれ、農夫と牛、小言ばかり言っているおばあさんにぐいぐい引きつけられてゆく。友人の話によると韓国では「牛の鈴音現象」というのが起きて、都会に出てきている若者の多くが急に田舎の親に電話をしたり里帰りするようになったとか。久しぶりに映画を堪能して満足だった。
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| 2010年1月10日(日) |
| 犬と歩けば・出発 7 |
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2010年1月 10日(日) 晴れ
今年の目標は身辺整理。とにかく、今まで何年も思っていただけで、いっこうに進まなかった片付けを最重要課題とする、と声を大にして自分に宣言する。去年たいした理由もなく腰を痛めた。少しでも体力の残っている内に、ゴミは捨てようと決意を新たにした。暮れの小掃除に続いてガス漏れでの片付け、そして今日も半日整理したが、一見した所、今までと少しも変わって見えない。むしろ紐でくくった本や書類の束があちこちに積み上げられて、目障りだ。
日暮れて道遠し。ヤレヤレ。
夕方の散歩は、サム親子と花見大橋を渡って遊歩道を歩いた。暖かかった昨日とは打って変わって、乾いた冷たい風が体温を奪ってゆく。川には鴨の親子が航跡を残して川面を滑ってゆく。ベルは欄干の間から鼻先を出しては、何度も川面を眺めている。西の空を真っ赤に染めた夕日が、黄金色に輝いていた。その時ふと、シベリヤに抑留された人たちもこんな夕日をみたのではないかと思った。
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| 2010年1月9日(土) |
| 犬と歩けば・出発 6 |
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2010年1月 9日(土) 晴れ
来週の日曜日・17日のプラザ祭りでの合唱発表会を控えて、最後の練習日だった。先生が気合いが入っていると感心したほど、みんなで立ちっぱなしで練習した。本番のように2列に並んで歌うのだが、私の隣の女性は、初めてなので今から足が震えていると言う。でも声には張りがありつやつや肌だ。おまけにいつもにこにこしている。それを言うと(でも、私は昭和一桁なんですよ)と答えた。ふーん、女性の年齢はわからない。その人の生き方が、出るのだろうか?ところで私は出し物3曲の内、ちゃんと覚えたのは1曲だけ。他の2曲はそのときになってみないとわからない。だいたいは覚えているのだが、集中力の欠如というか、覚えようという意志不足かいつになったも頭に入らないのだ。最後に先生が、「練習の成果を上手に発表するのが第一の目的ではなくて、合唱を楽しんでいる様子を発表するのですから、おっかない顔をしないでください」と言ってくれたので、それに寄りかかるとする。
夕方の公園はわりと暖かで人出が多く、池の近くでサム親子と出会った。サムちゃんの会社では70歳の人が肺炎で入院したのでクビになったという。70歳以上は特別に面談してから雇用されるし、70歳以下でも会社に迷惑をかけるようなこと(例えば救急車を呼ぶような事態)があると、解雇だと言った。そういう話を聞くと、ベルが無遠慮におやつを貰うのがすまなくなる。私もサムにやってはいるのだが。
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| 2010年1月8日(金) |
| 犬と歩けば・出発 5 |
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2010年1月8日(金) 晴れ
昨日公園に着いたときは確か4時半だったが、バラバラとヘリコプターがうるさく飛び回っていた。ドーン・ドーンと地面を揺るがすような音もする。「自衛隊の演習だよ。昨日もやっていた」「なんだかこの頃多いね」と犬仲間で話した。ここは習志野自衛隊基地が近いので、パラシュート訓練などはよく見かける。話はそれるが、NHKテレビで始まった「坂の上の雲」の主人公の一人、秋山好古の遺族が、遺品のはがきを公開したと新聞に載っていた。見ると、宛先が習志野だった。
ところでパラシュート音を聞いて、(クーデターでも起きなければいいが)と、真剣に思った。政権が交代し、普天間基地問題も揺れている今、あながち妄想とも言い切れない。
おまけに昨日は、ガス検針のお姉さん(去年の3月まではずっとオバサンが担当だった。)が、メーターの信号が点滅していてガス漏れの疑いがある。これこれこういう動作をしてなお、点滅が続くようだったらここへ連絡するようにと勧告してくれたので、そうした。最初にやって来た人は「ガス漏れである」と、確定して帰った。赤色ランプをつけたバンでやってきた次の人たちは、ガス漏れの場所の確定と修理をしてくれた。
さて我が家は2階も含めて各室にガスを通してあるが、2階は一度も使ったことがなくガスの口は家具に隠れている。ガス漏れの検査とあっては致し方ない。急遽、大掃除のアンコールとなった。2時間ほどたった頃、原因はガス本官と判明して2階のガス口探しは不要となったが、家具を動かしたりしてそのころはもうへとへとだった。
ガス屋さんは、強制ではないがと前置きして、経年劣化したガス本管の取り替えを勧め、その担当へ連絡をするからと言い置いて帰った。
やれやれ年明け早々、お金がかかることとなった。
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| 2010年1月7日(木) |
| 犬と歩けば・出発 4 |
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2010年1月7日(木) 晴れ
冷たい風の1日だった。公園では夕焼けの中に富士山のシルエットがくっきりと浮かび上がっていた。人の絶えた芝生広場で、サムとベル・エマの3頭が縦横無尽に走って遊んでいる。サムのお母さんが寄ってきて、「私がここで心筋梗塞で倒れた場合、サムを家へ連れて行ってくれますか?」と言う。家の中に入れておいてくれれば、娘さんが引き取りに来るまで、(団地の)階段の人が二人で見てくれることになっていると続けた。勿論承知したが、なるべくそのような事態にならないようお願いした。
チャーミーがくると、ナナのお母さんは「貰った」とお礼を言った。ナナのお母さんは「アフリカの子供たちにワクチンを」とかのキャンペーンで、プルタグだかキャップだかを集めている。初めは公園内の空き缶から拾っていたが、そのうち声がけしていろいろな人にも協力して貰い、今では不燃物の収集日に団地内も廻っているとか。ハナのお父さんの声が聞こえた。「そんなこと言ってもよ、ユニセフの役員は出張する時にはファーストクラスに乗っていくんだってよ。」「何でそんなことするのよ。送金すれば良いじゃないの。」「それがよ。他にも用事があるんじゃないかい。電話をかけると百円寄付するなんて言うのはすっごく集まるんだってよ。そんな金を使うんだってよ。テレビで言ってたよ。」「四百個集めてワクチン1本だって言うのよ。それだけ集めるのはスーパーの袋にいっぱい集めなくちゃならないから、大変なのよ。」当然ナナのお母さんは憤慨している。どうしても飛行機に乗らなくちゃならないんなら、なぜエコノミーにしないのか、なぜ石原東京都知事のようなことをするのかとご立腹である。
ユニセフは、(どこで住所氏名を調べたのか)私の所にもネームシールを送りつけて寄付を強要してきた。そのままにしておいたら、今度は「国境なし医師団」という名前で来た。それに「今すぐ、出来るだけたくさんの送金を」と書いてあったのに、余計神経を逆なでされた。勿論パス。ささやかな年金暮らしでも必要なお金なら出すが、ムードだけで大切なお金は1銭だって出せない。
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| 2010年1月6日(水) |
| 犬と歩けば・出発 3 |
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2010年1月6日(水) 晴れ
「年をとると目尻やほっぺたとか、いろんなとこが垂れ下がるけど、瞼も筋肉が弱くなって、目が開けられなくなっやうのね」友人のAさんは、電話口でそういって笑った。それはドライアイでしょといったが、違うのとまた笑った。
私よりひとつ年下のAさんは、暮れにパソコンを始めた。一人暮らしの彼女は、年始年末の囲碁の相手を、パソコンに求めたのだ。そして予想通りやみつきになり、寝るのは毎晩午前2時とか。体調も悪くなり、瞼も開かなくなったと言う。「だから手で瞼を開けたのよ」と言って、また笑った。 つられてこちらも笑いながら、(ハテ私はこの頃よく笑う)と気が付いた。仕事に追われ疲れきっていたときは、笑うことなど忘れていた。
笑うことは免疫が上がって身体に良いと言われている。
もう10年以上も前のこと 、緊急の
大手術を受けお正月で一時帰宅していた彼女は、免疫をあげようとまなじりを決して落語のCDを聞いていた。しかし生死の定まらない状況では、落語も漫才も彼女を笑わせることは出来なかった。そして今、電話の向こうから聞こえてくる彼女の笑い声を、感慨深く聞いた。
今年は思いっきり笑おう。たくさん笑おう。昔から、笑う門には福来たると言うからね。
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| 2010年1月5日(火) |
| 犬と歩けば・出発 2 |
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2010年1月5日(火) 晴れ
今年の初川柳句会と新年会があって、雪の降る山陰・米子から紀の治さんもやってきた。やほちゃんがいつものように細々と気を遣って、あれこれ聞いている。道路が溶けては氷り氷っては溶けてアイスバーンとなるので、歩きにくいという。千葉から行ったのではそうだろうなと思う。いつだかの冬に秋田へ行ったことがあった。道路は積もった雪とアイスバーンとで、歩くのに閉口している私を尻目に土地の人は、ぐんぐんどんどんと歩いて行く。驚いたことにそんな道を自転車に乗っている人もいた。今は変わっているだろうが。・・
紀の治さんは地元で3カ所の句会に入会したが、作句の違いに戸惑っているという。例えば「春」という題が出ると、関東では(題を読み込まない)というのが主流だが、関西では(読み込む)という不文律がある。
今日の私の句。題は「嬉しい」△台所亭主に譲り朝寝坊▲嫁がせて嬉し戻ってまた嬉し。△は関東風▲は関西風というわけ。ついでに「華やぐ」△ルミナリエあかりひとつをポケットに△カメレオンも舌を巻いてる若作り△森光子90歳の放浪記
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| 2010年1月4日(月) |
| 犬と歩けば・出発 1 |
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2010年1月4日(月) 晴れ
夕方、ベルと散歩の途中交差点で信号待ちをしていたら、おばさんたちがアラアラと立ち止まってお喋りを始めた。「正月中ずっと働いたから、みんなが帰った今日はすっかりくたびれた」と話し合っている。いずこも同じだ。
さて、日記の題名を出発とした。
昨秋続いた歯の故障が、加齢の現実を見せつけられ、これが気持ちにひどく応えた。しかし、加齢は逃げることも拒否することもできない。着地点は不明だが、ギアチェンジしてこちらから迎え入れるしかないかと、思い至った。
とまあ、そんなこんなで「未知の世界への出発」の意味を込めて、出発としました。
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