| 2010年8月28日(土) |
| 犬と歩けば・出発 200 |
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2010年8月29日(土) 晴れ
日が短くなった。日の出だってもう5時過ぎだ。
「今朝、Aさんご夫婦が散歩しているのに会って、挨拶した。」ベルの散歩から帰った家人がそう言うから、朝食の支度をしながらそれがどうしたという風に返事をした。「それがチャチャを連れていないんだよ。二人揃って歩いているのも初めて見たし。・・このところチャチャを見ていないからどうしたのかと思っていたし」とぶつぶつ言う。そういえばベルを連れてチャチャの家の前を通っても、いつものように吠えないなあと、思い出した。
「どうしたのかなあ、死んじゃったのかな。・・」と家人はつぶやいた。
チャチャはベルと同じで戸外で飼われている。ベルより身体は大きいが、1歳ぐらい若い。でもこの暑さだから、否定も仕切れない。ベルだってやっとという感じで毎日を過ごしている。
ラジオで「世界の天気」を放送するコーナーがある。聞いているとソウル、北京と最高気温はもう30度を下回っている。更にローマ、パリ、ロンドン、モスクワも同様で、大陸に秋の気配を感じる。マニラ、シンガポールだってそうだ。なのに日本に戻ると、とたんに最高気温が30度を超える。何とかしてくれえー。
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| 2010年8月27日(金) |
| 犬と歩けば・出発 199 |
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2010年8月27日(金) 晴れ
今日の昼食は夏野菜カレー。
食後少し経った頃、立ち上がろうとしたら軽く目まいがした。これは熱中症かも知れないと体温を測ったら36℃。
体温40℃以上で熱中症と言うらしいが、とにかく私も高齢者・熱中症の適齢期だ。冷房を効かして水分も補給。更にアイスノンを枕にして横になった。
しばらくそうしていたら、元に戻った。もう一度体温を測ってみたらナント、33℃台になっている。冷やしすぎだ。
今、思い返してみると、(毎日ごろごろ横になってテレビを見ているから)一時的に血圧が下がったのではないかと思う。
夕方涼しくなってからスーパーへ買い物に行ったら、新物だという里芋が出ていた。例年一番先に出てくる秋の食べ物は、栗なのだが。
それにしても先の見えないこの暑さは、ストレスが溜まる。
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| 2010年8月26日(木) |
| 犬と歩けば・出発 198 |
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2010年8月26日(木) 晴れ
戸籍上だけの長寿者が話題になっている。然し、本当に元気な長寿者もいる。友人が囲碁を教えている生徒さんは、90歳を過ぎて外国語を習い、トレーナーについてストレッチを続け、勿論美容院・エステも欠かさない。暑中見舞いには自分のポートレートを印刷して配布。70代にしか見えないと言われて喜んでいるという。今年の夏と同じで、ただ参りましたと言うほかない。
「赤ちゃんポスト」と言うのが熊本に出来て、もう3年経つという。この間に扱った件数は57件。外国と比べても、多くないという。これを始めた慈恵病院の特徴は、ただ捨て子を受け入れると言うだけでなく、24時間体制で電話相談窓口を開設して相談に乗る。(世の中には本当に偉い人達がいるものだ。)
開設当初は、賛否両論いろいろとあった。今でもあるに違いない。然し私は、先の事件(23歳の母親が、二人の幼児を部屋に置き去りにして−結果、殺してしまった。)のあと、時代がここまで変化して仕舞った以上、全国に「赤ちゃんポスト」を作るしかないと考える。しかも早急に。あの可愛い二人の命を無駄にしないためには、そうするしかないと思う。緊急避難的に「全国の児童相談所」を、その窓口にしたらどうか?
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| 2010年8月25日(水) |
| 犬と歩けば・出発 197 |
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2010年8月25日(水) 晴れ
この続く猛暑日には、もううんざり。一体よそのお宅はどんなものを召し上がっているのだろうか?
我が家はそうめん、そうめん時々冷や麦で胃に流し込んでいる。友達に聞くと、冷やし中華は勿論冷やしパスタなどというのもあるという。
実は昨日、鈴本からの帰り道。この数年音信不通だった友人を見つけたのだ。
横断歩道の向こう側に上の方を向いてボーっと立っていた。白くむくんだ顔は、自他共に才色兼備でならしたAさんとは思えなかった。声を掛けると、はっと我に返ったように振り返り、ああと言った。
久しぶりだねというと、8年振りと答えた。この間彼女は引っ越しを繰り返し、住所は連絡してこなかった。人生いろいろあるからと、無理に探さなかったが聞いて見ると意外と近くにいたのだ。当たり障りのない話を30分ほどした。
電話番号は交換したが、彼女からは架かってこないような気がした。
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| 2010年8月24日(火) |
| 犬と歩けば・出発 196 |
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2010年8月24日(火) 晴れ
猛暑の中、仲間たちと上野へ出かけた。
展覧会に上位入選した仲間の作品を鑑賞して、午後は鈴本で笑う予定だった。
所が参加したお一人、84歳の方が体調を崩して救急車で病院へ搬送される事態となって、役員の方々はご苦労をされたと思う。
そうでなくても今年の猛暑で、そろそろ夏の溜まった疲れが出てくる頃に加え、今日も東京の舗装道路からの照り返しは半端じゃなかった。
高齢者は気温30℃を超えたら、(基本的に)外出は控えなければいけないと、我が身に戒めた。
所で「鈴本演芸場」は、平日にも拘わらず満員だった。2,30代の人も結構いて、大声で笑っていた。漫才、落語に加えて手品、曲芸そしてパントマイムと盛りだくさん。傘の上を鞠や枡を転がせる芸は子供の頃から見ている芸だが、今見ても飽きない。総勢10人以上で、4時間近く楽しませてくれるのだから2,400円の入場料は高くないと思った。
落語がこれだけ若い人たちに受け入れられているのに、俳句・川柳の世界は年寄りばかりなのは、どうしてなのだろうとふと考えた。?
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| 2010年8月23日(月) |
| 犬と歩けば・出発 195 |
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2010年8月23日(月) 晴れ
暦の上では暑さが静まるという処暑の今日、とうとう午前中から冷房を入れた。
散歩に出かけたベルは、林の中の風の通る草の上で寝転んで動かなかった。
夕方水を撒いていると、粗大ゴミの廃品回収者がやって来た。
その軽トラはするすると近づいて来て、運転手が顔をだして「何かありませんか?」と言った。
一瞬、自分が粗大ゴミで回収されそうになったような錯覚を覚えた。アブナイ、アブナイ。
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| 2010年8月22日(日) |
| 犬と歩けば・出発 194 |
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2010年8月22日(日) 晴れ
猛暑がぶり返した。涼しい日が2日ほど続いた後だから、8月も20日を過ぎているから余計に暑さが恨めしい。
然し今夕、ベルの食欲は戻ったから、暑さもあとわずかなのかも知れない。
畳の上にごろりと横になった家人の、シャツの袖山が大きくほつれている。なにもこんなに古いシャツを着なくとも、他にもシャツはある。父の日に娘が買って寄越したユニクロの洒落たデザインのも或る筈だ。
だが、毎年この古いシャツが登場するのは、多分涼しくて着やすいのだ。薄手の麻布で薄茶色のこのシャツは、古いのなんのって、50年前のシャツである。何でも今は亡き、家人の姉の手縫いの一品だと言う。
修理のために手に取ってみると、縫い糸の生がなくなったか所々糸が切れている。然し実に丁寧な仕立てである。ロックミシンもなかった頃で、縫い代はすべて伏せ縫いという手法でくるんである。だから度重なる洗濯にも耐えてきたのだ。さらに5つボタンホールを見て感嘆した。きっちりと糸の長さを揃えた手製で、未だにしっかりとしている。
どこも破けてはいないし、繕えば未だ着られる。
一品ものの対極にあるユニクロは、いわば大量生産大量消費。デザインも豊富で何よりも安い。最近ではユニクロの商品に自分でビーズ刺繍をしたりリボンを付けたりと、他のユニクロ賞品との差別化をして着るのが流行っていると聞く。然し、ユニクロの商品は飽きるのだ。次のを買って貰うために、「飽きる」のも商品戦略の一つかも知れないが、いずれ大きな方向転換を迫られるのではないかと思う。
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| 2010年8月21日(土) |
| 犬と歩けば・出発 193 |
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2010年8月21日(土) 晴れ
いつもの新聞集金人がやって来た。今日は継続の依頼である。それも来年の分だ。でもまあ、暑い所を来てくれたので(こちらが頼んだわけではないが)応じた。所でその後、ご病人は如何ですかと尋ねた。
「あ、あれね、新潟に預けました」とさばさばした調子で言うではないか?
今までひとりで淋しいとか、帰っても猫しかいない。毎月の支払いが大変だ。或いは病人は泣いてばかりいて、どうしようもない・・等々さんざん愚痴っていたのが、この変わり様はなんだ。新潟に親戚がいて面倒でも見てくれることになったかと、考えた。
然しそうではなくて、(遠いが)新潟に安く看てくれる介護施設がやっと見つかったという。今まで自己負担が1日3千円だったが、千五百円で看てくれるから、月額9万円だったのが半分になると、心底ほっとしたように吐きだした。「ま、それでたまに面会に行ってやればね」と、晴れ晴れと言った。
彼だって80歳に近い年齢だと思う。ご自分もいつ介護される側に廻っても不思議でない。 明日は我が身。少し緊張して聞いた。
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| 2010年8月20日(金) |
| 犬と歩けば・出発 192 |
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2010年8月20日(金) 晴れ
特別に高校野球ファンと言うわけではないが、地元勢がこう勝ち進んでくると、にわか応援団のひとりとなってテレビにかじりつく。
今日の準決勝、成田高校は惜しかった。然しエースの中川君の丸顔にりりしい眉、そしてぱっちりした眼。これはもう巨人の星・星飛雄馬そのものだ。
水曜日、マグノリアさんの送迎付きでジプリの映画「借りぐらしのアリエッティ」を観た。油絵の先生も「ジプリの背景は抜群に美しい」と仰っていたが、確かに細部までこだわった美しい画面だった。
私は気がつかなかったが、切手がいろいろに変化する様子をきちんとかき分けていたとマグノリアさんが教えてくれた。
絵は美しかったが、はらはらドキドキするストーリー展開はなく、個性的なキャラクターもなく、大人しい作品だった。
トトロのメイやポニョの様なキャラクターが出て来たら、子供も喜ぶだろうに。
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| 2010年8月19日(木) |
| 犬と歩けば・出発 191 |
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2010年8月19日(木) 晴れ
天気予報が、今日の関東地方は暑さがゆるむと言った。なるほど今朝8時の室内温度は29.5度。30度を割るとこんなにも楽だと言う実感も束の間、昼過ぎにはあっけなく33度に上がった。
夕方のラジオでは「高齢者の熱中症対策」を放送していた。いろいろと言っていたが要するに、日中外へは出るな、節約しないでクーラーを付けろ。もう一つ、感覚が鈍くなっているから温度計を見て、着脱をしなさい・・かな?
誤解を恐れずに言えば、高齢者が長患いをすることなく熱中症でかたが付くなら、それはそれで悪いことではないと思うが・・。
夕飯は新米を炊いて食べた。美味しかった。向かいの息子家族が、お嫁さんの実家・福岡に帰って、咳が出るほど辛くて美味しい明太子を貰ったのがあった。家人は未だに「痛風」だから、私が独り占めする。
お米が切れて買いに行ったら丁度、新米が出ていたのだ。それも宮崎産。じゃあ買ってやらねばねと思ったが、5sで1,680円。生産農家には申し訳ない値段だった。確か今年は生産者米価が下がったのではなかったか。
そんなこんなで今日も1日過ぎたが、あとどの位この暑さが続くのだろうか?
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| 2010年8月18日(水) |
| 犬と歩けば・出発 190 |
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2010年8月18日(水) 晴れ
数日前、虫の音が聞こえ始めたと聞いたが、昼夜こんなに暑いのにまさかと聞き流していた。
所が今日の午後7時過ぎに畑の傍を通ったら、なんと虫の声が聞こえた。酷暑・異常な暑さと言い続けていてもやはり、暦は動いているのか。
夕方、いつもの床屋に行った。どういう訳か今日の客は全部女性だという。私は5時半の約束だったが、先客のまつげパーマに手間取り30分ほど遅れた。私が終わらないうちにまた電話が鳴ると、床屋のオーナーは「きっとあのオバサンよ」と、言った。
何でもその客は他人と顔を合わせるのがイヤで、その人の予約した時間の前後は客を入れるなと言うのだとか。そのくせ土日に来ることが多いと、吐き捨てるように言う。客商売はいろんな人がいるからねえと慰める。
さとちゃんとのデイト日記
一緒に行きたい言うので、墓参りに連れて行った。ちょこまかと掃除なんかも手伝ってくれるので、お爺さん達がいろいろ声を掛けてくれた。一人のお爺さんは(勿論、初対面で知らない人)「若い人がいるところは良いねえ、ウチなんかオレがいなくなったら無縁仏だよ」とか何とか、傍でぐずぐず愚痴を言っている。そんなこと言われたって、どうしようもないよ。おじさん。
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| 2010年8月17日(火) |
| 犬と歩けば・出発 189 |
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2010年8月17日(火) 晴れ
「東京はアチー」吉祥寺のマンションに住む友人が、悲鳴を寄越した。開けると外から熱風が入ってくると言う。ま、こちらも同じようなものだが、ベルのために今日は、3回ホースで水まきをした。夕方になると、なんとか今日1日を過ごしたという安堵感がある。
さて、さとちゃんとのデイト日記。
ビデオ屋の帰りはパン屋へ寄ってお茶をすることは、前に書いた。
1日目は出かけるときに雨模様だったので、黄色のコンパクト傘を持って出た。傘の軸を伸ばし、最後にもう一度力を入れて「カチン」と言わせると傘は開く。それが面白いのか、以来毎回持ってで掛け、ギラギラ天気の時は彼の日傘にした。
パン屋では好きなパンと飲み物を選び、喫茶スペースでお喋りしながらゆっくりと時間を掛けて食べる。
天井から飾り物が幾つか下がり、クーラーの風に揺れている。あれは何かと聞かれたので「足が8本ならイカで10本ならタコ」と答えた。「お婆ちゃんそれは反対ですよ。」すかさず声がした。「話を横聞きしてごめんね。タコは8本、イカが10本です。」細くてあごひげを生やしたお爺さんが立っていた。色白で着ているものまで白いシャツに白のズボンだからまるで仙人の様に見える。そういえばいつも角の椅子に一人で座っているのを、目の端に見ていた人だ。そうなのだ。タコの八っちゃんなのに、私もいい加減なことを言う。
「あのね、ぼくのおうち赤ちゃんが生まれたんだよ」さとちゃんはそのお爺さんに向かって、こう話しかけた。自分の席に戻ろうとしていたお爺さんは、思いがけない声がけに振り向いて嬉しそうにこういった。「そりゃ良かったね。でもママのおっぱいは赤ちゃんに取られちゃうね」
所が、身体は小さいが4歳半の彼は、むっとして気分を害したようだった。
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| 2010年8月16日(月) |
| 犬と歩けば・出発 188 |
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2010年8月16日(月) 晴れ
久しぶりにパソコンを開けて、AKIYAMA2571を開く。ムムッ、編集長は着実に体重を減らしている。既に4sは減量したはずだ。先日ウナギを食べに行ったときお目にかかったら、お腹がへこんでいた。一食抜いているかと尋ねたら、腹八分目だがそれはしていないと言ってたが信じられなかった。私もそのように努力しているつもりだが、どうしても体重のグラフは、右肩上がりになりたがるのだ。
今朝、姉娘も帰って、ヤッターマンのビデオはつたやに絵本は図書館に返して、お盆休みの行事は終わった。
妹娘は、先月出産した4男と4歳の3男を連れてやって来た。娘は私の体調を気遣って、市の産後ヘルパー制度を使うから来なくて良いと言ってくれたので、私は上高地で遊んできた。そういうわけでこの1週間ぐらいは頑張らねばならなかった。
私の仕事は主に食事の支度と3男・さとちゃんの相手だ。未熟児で生まれたさとちゃんは未だに身体は小さいが、大きな声で実に良く喋る。二人でほぼ毎日ビデオ屋に通い、その帰りにはパン屋へ寄ってお茶をした。
さとちゃんは今、ヤッターマンがお気に入りだ。ビデオ屋の棚の前に座り込んで、指先でビデオケースの角をちょいと手前に倒して、裏面を見ている。多分今まで見たことがあるかないか、或いはもう一度みたいのを探しているのだと思う。彼が十分に満足するまで私は、傍にいて他の棚を眺めたりしている。あたりは静かで、ゆっくりと時間が流れていた。
自分が子育ての最中はいつも「早くしなさい。」とばかり言っていたが、時間が十分にある今は、相手に会わせてゆっくりと待つことが出来る。ふと、こういう時間は私へのご褒美ではないかと思った。
みんなが帰って、体重を量ると少しばかり減っていた。みんなに食べさせるのが忙しくて、間食する暇がなかったのだと思う。やっぱり、食べ過ぎだったか。
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| 2010年8月8日(日) |
| 犬と歩けば・出発 187 |
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2010年8月8日(日) 晴れ
午後遅く雲が出て来て暑さが幾らか和らいだので、買ってあったシーツを届けにケアハウスに義姉を訪ねた。
手術から1ヶ月。すっかり顔色も良くなったが、傷跡を聞くと「え?なに?手術なんかしたのかい?」と言う返事。シーツやタオル類を取り替えていつものように部屋とトイレの掃除をした。クロークを開けると、前回取り替えて洗濯するはずだったシーツや枕カバーなどが出てきた。その後も取り替えたのかシーツは3枚あった。持ち帰って洗ってくるというと義姉は「悪いねえ」と、逆らわなかった。
数年前、マグノリアさんと安いツアーで、釜山に遊んだ。市場巡りをしていて日本人だわかると、わざわざ「日本語がわかるお婆さんがいる」と、電話で呼び出してくれた。またこの春、成田発上野行きの電車に乗っていて「ここは日暮里か?」と韓国人に尋ねられたことがあった。左手に持ったメモを見ると、日暮里で山手線に乗り換えるらしい。丁度私たちも同じだったので、教えた。別れるときその人は(奥さんと息子らしい人も一緒だった)両手で私のてを握って、お礼を言った。韓国で親切にして貰ったから、私も多少のお返しをしたつもりだった。
昨日のテレビニュースで、日韓のアンケート結果を伝えていた。それによると、日本人がすぐに思い浮かべる韓国人はの問いに、トップの答えは「よんさま」。反対に韓国人が思い浮かべる日本人のトップは「伊藤博文」だったという。意外だった。
今年は日韓併合から丁度百年に当たるという特別な事情があるから、そうなのか。
明日から1週間、夏休みします。
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| 2010年8月7日(土) |
| 犬と歩けば・出発 186 |
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2010年8月7日(土) 晴れ
夕方、橋の向こうのリョウちゃん家へ行った帰り、団地近くのスーパーへ寄った。ここは魚屋が本業だから生きの良いのが買えるが、量が多くて余り来たことがない。6時も過ぎて、客足はまばらだった。
店先の「広告の品」・貴味メロンを2個かごに入れた。来週やって来る、孫のちっちの好物なのだ。出始めの梨・幸水も4個で450円、デラウエラーも4房350円。これは未だに痛風が治らず、渋い顔をしている家人用。店内に入ると魚も肉も値引き札が付いていた。順番に見て廻り、切り身のケースに来た。ここにはさっきから大きな女性が腕組みしてケースの中を覗いたまま動かない。やむなく横から覗くと、トロかじきが4割ぐらい安くなっている。ざっと見廻して目的のパックに手を伸ばそうとした一瞬先に、くだんの女性が「これとこれっ」と言いながら私も目星を付けていたパックを持ち去った。そして「今晩の献立変更!」と傍にいた4,5年生ぐらいの坊やに高らかに宣言した。 彼女の熟考に敬意を表して、残り物のパックを選んだ。
美味しいトロカジキの煮付けを食べながら、あの親子も私たちと同じものを食べながら、4人でどんな話をしているのだろうと、想像した。
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| 2010年8月6日(金) |
| 犬と歩けば・出発 185 |
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2010年8月6日(金) 晴れ
今朝の朝ドラ「ゲゲゲの女房」。
新人作家に活躍の場を提供しているが、経営が苦しい漫画雑誌「ゼタ」。そこに大手から合併の話が持ち上がったが所詮は吸収合併、条件が折り合わずご破算となった。おまけにゼタ経営大黒柱の育子さんにまで三行半を突きつけられた編集長の奥田は、大いにあれる。合併話の経過を追って行くと、奥田は育子さんに「破談」を相談した節がない。
ゲゲゲの女房も妹も、育子さんの行動を冷たいとかわからないと嘆息する。
然し、育子さんが見限ったのは、口先では「相棒」と言いながら彼女の働きを正当に評価せず、内助の功・小間使いのようにしか認識できなかった奥田そのものである。
でもまあ、時代の制約というかあの頃は、対等に女性を評価出来る男性は少なかった。外では恰好良い事を言いながら、私生活では亭主関白、ワンマンという男性が多かった。それを女性達は「玄関までの民主主義」と言って揶揄したものだったが・・。
今ではかなり女性の社会進出が進み(議員数はまだ圧倒的に少ない)、育児が好きな「イクメン」という言葉まで使われていて、隔世の感がある。
女性が定年まで働くことが当たり前になるまでには、多くの「育子さん」がその道を切り拓いて行ったのだ。
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| 2010年8月5日(木) |
| 犬と歩けば・出発 184 |
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2010年8月5日(木) 晴れ
毎日暑い暑いと言っているけれど、今日は特に暑かった。
この暑さの中、穴の中でバーナーを使って仕事をしている人たちもいるのだ。
今日は出かける用事もなかったので、家でごろごろしながら録画してあった「おくりびと」を、遅ればせながら見た。
失業したチェリストは、日給2万円に目がくらんであの仕事に入っていったのだから、そこの所を突っ込んで喜劇調に話を進めて行ったら、もっとリアルで面白い映画になったと思う。
そういう展開は韓国ドラマがとても上手いと思う。
それが途中から、変に「意義」とか「建前」なんかを持ち出すから、つまんなくなる。あれを外国賞に選んだというナントカ賞は、たいしたことないね。
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| 2010年8月4日(水) |
| 犬と歩けば・出発 183 |
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2010年8月4日(水) 晴れ
昨日は句会だった。句会でやほちゃんに「ゴーヤの佃煮」よねちゃんに「太いキュウリ2本」民ちゃんに靴(リサイクル)を貰った。そして今日は、手芸の先生からTシャツと上っ張り(リサイクルもの)を頂いた。
なんだろう?私は(ちょうだい、ちょうだい)オーラが出ているのかな?
連日の暑さに、一番心配なのはふさふさの毛皮を着ているベルのことだ。
朝晩、犬小屋の廻りに十分散水し、水分補給につとめている。水は食器に入れておいても飲まないので、冷たい牛乳を私の手のひらに乗せてなめさせている。牛乳は犬にいけないと言われたいるが、ベルはお腹を壊したりしないので、幾らかでも栄養があると考えて飲ませている。
テレビニュースで見たら、カルガモの母さんは日中、羽を広げて子ガモの日よけになってコンクリの上にじっと立っていた。けなげさに泣けちゃう。
この時間、窓から濃厚な香りが漂ってきた。純白の月下美人が、花開いたのだ。夜間は昆虫も飛ばないと思うが、どうしてたった一晩だけ咲くのかしら?
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| 2010年8月3日(火) |
| 犬と歩けば・出発 182 |
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2010年8月3日(火) 晴れ
公園の小川に、赤とんぼが飛んでいた。
今日もまたじりじりと焼け付くような暑さだった。私たちの年代では実感とは行かないが、暑さと戦争・敗戦がリンクする。
今夜の「クローズアップ現代 戦場からのラブレター」を見た。
手紙に綴られた生の言葉が切ない。日にち薬というものの、当事者には戦場からの手紙を手にする度、60年の歳月はないと同じ一気にあの時にワープする様子を伝えていた。
私たちには、戦争とはどういうものかを教えてくれた。
妻から戦場の夫へ届かず、返送された手紙の一部。「・・なにをする時もあなたに玉が当たりませんようにと、祈っています。日本の被害が少ないようにと祈っています。中国の被害も少ないようにと祈っています。そして何よりもこの手紙があなたに届くように願っています。」
理不尽に戦場へかり出された多くの人たちの思いを今に生かす方法は一つ、「二度と戦争はしない」しかないと、改めて思った。
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| 2010年8月2日(月) |
| 犬と歩けば・出発 181 |
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2010年8月2日(月) 晴れ
私たちが十津川村に入った初日、バス通りに沿って3つの郵便局を見つけた。山の中で郵便局を見つけたとたん(ああ、やっぱりここにも人の暮らしがあるな)と、ほっとしたような気持ちになった。やっぱり「効率」だけで郵便局を云々してはいけないと思った。
バスは、有名な「谷瀬の吊り橋」近くで20分の休憩を取る。往きはその時間300b近い吊り橋を往復して写真など撮ったが、帰りは近くの郵便局から木造のはがきを買って、自宅へ送った。
さらにこの人口4千人の村に、県立十津川高校があった。中学校さえ1つに統廃合するというのに、不思議な話である。Aさんのリサーチによると、生徒は殆ど県外から来ていて寄宿生。平成26年には創立150年を迎える伝統校なので、廃校にする積もりはなく、村からもなにがしかの援助をしているという。
帰りのバスには、地元の人たちが何人か乗り降りした。みんな病院へ通う人たちで、降りるとき運転手に「○時○分のバスにのりますから」なんて会話を聞くと、どうも誰それさんは何曜日に何科を受診するまでご存じのようだ。
帰りの新幹線の中ではAさんがそつなく、地酒やワインおつまみを数種類用意しての宴会となって、まだ全部なくならないうちに列車は東京駅へ滑り込んだ。
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| 2010年8月1日(日) |
| 犬と歩けば・出発 180 |
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2010年8月1日(日) 晴れ
村役場やその第3セクター「昴」とはAさんが事前に入念な連絡をしていたせいか暖かく歓迎され、夕飯には二晩ともビール大瓶が5本ずつ、村から提供された。それに骨酒なども頼み、気の置けない仲間5人(女性3男性2)はよくのみ食べそして喋った。
その夜から降り始めた雨は、朝になっても止まずとうとう終日雨に叩かれた。
それでもレンタカーを頼んであったから午前中は瀞峡を船で観光し、ますます激しくなる雨の中を熊野大社へ詣でた。
さて午後からはこの旅行の目的、お婆ちゃん家を訪ねた。場所の説明は宿で地図を見ながら十分説明を受けた・・筈だったが、山道を車1台がやっと通れるだけ広げた狭く曲がりくねった道、見通しの利かない大雨で迷った。イヤ、道が沢山あって迷ったわけではない。細い山道はまるで蚊取り線香のようにぐるぐると山を巻いて登って行き、とうとう行き止まりの印に突き当たった。
何とか方向転換出来るだけの角地を見つけ、煙突から煙が立っているから誰か人がいるだろと探し当てた家で、「お婆ちゃん家」を尋ねたら、「ここから下った2軒目。大きなカーブのすぐ左」とAさんは聞いたと言うが、私たちにはどれもみんな大きなカーブでしかも、隣の家までの感覚が大きくずれていて探し当てるまでなお、2軒のお宅で聞いた。
この果無部落は全戸が7軒だと言うから、半分近くの家の戸を叩いた事になる。雨の中の訪問客の話題はすでに、部落中に知れ渡っていることだろう。
こういう例は他にも沢山ある様だが、熊野古道の細道はお婆ちゃん家の前を横切り、すぐ下3畳ほど滴形の畑の真ん中を通っていた。畑にはやせ細った丈の低いトウモロコシがまばらに生えていた。未だ実が付いていない。さらにもう少し下るとそこにももう1軒家があって、そこのお婆ちゃんも写真のモデルになったという。
さて87歳というお目当てのお婆ちゃんは、写真通りの優しい笑顔でお嫁さんと迎えてくれた。以前はお爺さんもポスターのモデルになったが、今では足が悪くて動けず施設に入っており、息子さん夫婦との3人暮らしだとか。
お嫁さんは開口一番「どうしてこんなところが(世界遺産に?)・・と言うのが、私らの率直な感想です」と当惑したように言った。「なーんもないでしょう?・・でも世界遺産とかになってから人が随分と来るんですわ」。でも夕焼けだけは美しいと思うと付け加えた。果無の名前の由来は「山々が・・果てしなく続く」という意味だと言う説明に、一同納得した。私たちにしてみたら、こういう場所でどうやって暮らして行くのかが不思議だった。
お嫁さんにしてみたら私たちのそんな質問が逆に以外らしく、コンビニこそないが生活用品は下へ降りれば買えるし、たまには田辺市や新宮市へ行ってまとめ買いをしてくるからなんの不自由も感じないらしかった。
帰りがけにトイレを借りたCさんは「水洗でしかもウオッシュレットだった」と驚き、私たちは帰り道でゴミの収集場も見つけた。
現役時代、外国でも仕事をしたことのあるCさんは「日本の暮らしというのは、こんな山奥でも平均化してきているのか」と、感慨深げだった。
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| 2010年7月31日(土) |
| 犬と歩けば・出発 179 |
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2010年7月31日(土) 晴れ
奈良県十津川村果無(はてなし)部落へ行って、世界遺産ポスターのモデルになったお婆ちゃんに会ってきた。覚悟はしていたが、遠かった。
自宅近く私鉄駅の6時発電車に乗った。新幹線のぞみで新大阪まで行き、4回乗り換えを繰り返し奈良県の五条(前回大阪と書いたのは誤り)へ12時過ぎに到着。大和八木から来る13時6分のバスを待つ間に、昼食。柿の葉寿司と和菓子の店の昼定食(1.050円))は、美味しかった。
そこから山道をバスで揺られること3時間。体中が痛くなり廻りの険峻な景色にも驚かなくなった頃、ようやく宿(源泉掛け流しの宿・昴)に着いた。
同行のBさんが「ここやったら名古屋から下って、新宮廻りの方が近いんやないかん思うて調べてみたけど、やはりAさんのこのコースの方が早かったわ」と言った。
バスは五条市内を過ぎるとすぐにぐんぐんと山道を登り、あっけなく谷川は遙か眼下になった。山の斜面、あれあんな所に(まるでハイジの山小屋の様な景色と誰かが言った)家が2,3軒ずつ張り付いている。
バスの車内放送が「十津川村が永らく陸の孤島だと言われたのは、この天辻峠があったからです」と説明。昭和34年にここに新しくトンネルが出来て、奈良県最南端の村十津川は都へ近くなった。然し、翌日果無部落のお婆ちゃんを訪ねたときお嫁さんは、まとめ買いは田辺か新宮へ行くと話していた。
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| 2010年7月27日(火) |
| 犬と歩けば・出発 178 |
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2010年7月27日(火) 晴れ
明日から2泊3日の予定で、奈良県十津川村を訪ねる。
この旅行のきっかけは、油絵仲間Aさんが新聞に掲載された「日本の景色100選」に取り上げられた十津川村の山の畑で働くお婆ちゃんの写真を、絵にした事から始まる。Aさんは、出来上がった絵を十津川村に送り、「もしモデルさんがわかり、彼女の了解が得られれば飾って欲しい」と書き送ったとか。
十津川村は、日本で一番広い村。然し4千人足らずの人口の所為か、村役場では難なくモデルさんを見つけて了解を取り、早速その絵を村役場に飾った。そして村の観光課はその経過をAさんに伝え「是非モデルのお婆ちゃんに会いに来て欲しい」と、言ってきたと言う。その話を聞いた油絵仲間は「そういうことなら、ゆかざあなるまい」と話が纏まって、5人が出かけることになった・・という次第である。
宿泊場所もレンタカーもみな、村営かそれに関係している。
さて、行くとなると十津川村は遠い。大阪五条からこれまた日本一長い路線バスに乗って3時間かかるらしい。ちなみにこのバスは6時間走って新宮まで行く。天気予報は生憎29,30日は雨模様と出ていて残念だが、雨もまたよし。行ってきます。
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| 2010年7月26日(月) |
| 犬と歩けば・出発 177 |
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2010年7月26日(月) 晴れのち曇り
今朝も未だ、涼しさが残っていた。退院以来行っていないので、思い切ってケアハウスに義姉を見舞う事にした。
電話で(これから行く)と知らせると、義姉の声は変に静かで、違和感を覚えた。
会ってみると義姉は入院で痩せたまま、顔色も悪かった。何より部屋の入り口近くに「大人用紙パンツ」がふた山も置いてある。これは何かと尋ねると「なんだろうね」と開けて見ている。本当にそれが何かわかっていない様子だ。
いつものようにシーツやカバー類を取り替える。前回私が支度していったのとは違う寝具類で、ここでも小さな違和感を持った。掃除や片付けが終わって、トイレットペーパーを買い足さねば、次回私が来るまで足りなくなる心配があるので、私だけで買いに行こうとしたが、義姉は一緒に行きたがった。この暑さの中でと躊躇したが、遠いところではないし雲も出てきたので、思い切っていつものように手をつないで出かけた。
帰りに事務所に寄って、義姉の変化の子細を聞いた。退院以来、多分夜間に失禁するらしいが本人にその自覚がなく、紙パンツを勧めると素直に従ったという。様子を見ながら、外すこともありとの説明。私は深々と頭を下げてお礼を言った。
入院する度に、その部分は改善されても全体状況が悪くなる。
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| 2010年7月25日(日) |
| 犬と歩けば・出発 176 |
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2010年7月25日(日) 晴れ夜雨
この酷暑が続く毎日を、体調の芳しくない高齢者家族はどう過ごしているかというと、私と犬は早寝早起き。家人は結構遅くまで起きているらしい。
5時頃には起きて、犬の散歩・掃除・洗濯・朝食を済ませて一服。9時頃までに一寸した用事や仕事を済ませ、あとはただただ暑さをやり過ごすためにテレビを見たり、本を読んだりしてごろごろしている。私は犬の体調が心配だ。
お盆休みに娘家族がやってくるというので、今日はクーラーを掃除して試運転を行った。私がこんなことをするから雨が降るなあと思ったら、夜になって本当に降った。おかげで大分し涼しくなった。
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| 2010年7月24日(土) |
| 犬と歩けば・出発 175 |
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2010年7月24日(土) 晴れ
「じゃあ、いってくるねえ」朝、向かいの家からAさんの張りのある声があたりに響く。「前にもう1人乗れる?」とか声を残して、迎えの車に乗って出かけた。
本当に、よく遊ぶ人は元気だ。今年は1月にパークゴルフの最中滑って背中を痛めたと言うが、みごとに復活してせっせと出歩いている。ま、元気だから出かけられるという事もあるだろうが、仲間たちとわいわいがやがや楽しんだ方がとく。
連日の暑さでベルも私も青息吐息。ベルが伸びている廻りを、朝・昼と水を撒いて涼しくする工夫をしているが、本人は黙っているので効果のほどはわからない。
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| 2010年7月23日(金) |
| 犬と歩けば・出発 174 |
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2010年7月23日(金) 晴れ
暑いと、おかしな事が気になる。
歯磨きをしていて「歯磨き粉」の買い置きがなくなったので、明日にでも買い足ししなくてはと考えた。その時、今は粉ではなくて、チューブに入った「練り歯磨き粉」状態なのに、今でも「歯磨き粉」と言うのかしら?と気になって、検索してみた。
すると殆どの商品名は「○○ハミガキ」となって、粉が抜けていることがわかり、なるほどと納得した。
所で、私は本当の「歯磨き粉」を使ったことがある。丸い缶に入っていて確か「スモカ歯磨き粉」と書いあったと思う。歯磨き粉を歯ブラシに付けるには一寸したこつがある。まず歯ブラシを濡らしてから、缶の中に歯ブラシの先を入れて「歯磨き粉」を付けるのである。だから歯磨き粉が残り半分位になると、水分で粉が固まってしまうのだ。
そしてこのスモカ歯磨き粉とセットで思い出すのは、夏休みのラジオ体操である。あの頃は夏休みに入ると、毎朝学校まで出かけてラジオ体操をして、首から提げたカードにハンコを一つ押して貰って帰った。どうして夏休みのラジオ体操とリンクするのか定かでないが、ラジオ体操に出かける前に歯磨きをするように母にやかましく言われたのかも知れない。
この「スモカハミガキ」は、ドラッグストアーでも目にしなくなったが、懐かしくてついでに検索して見たら、・・あった。生き残っていたのだ。
今度ドラッグストアーで探してみようと思う。
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| 2010年7月22日(木) |
| 犬と歩けば・出発 173 |
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2010年7月22日(木)晴れ
北朝鮮テロ実行犯が、拉致家族に面会するために来日。
横田めぐみさんのご両親を見るのは切ない。特に口べたなお父さんは、見るだけでその悲しみではち切れそうな胸の内を必死にこらえているのがわかって、こちらも泣けてくる。
この事件に関して、官舎をラブホテルにした政府高官は、どれだけ真剣に取り組んでいるのだろうか?
さらに政府そのものが、もし北朝鮮から帰国の道筋を作れば、かつて帰国事業で日本から北朝鮮へ渡った人たちが、家族親類を引き連れて帰ってくるような事態になるとまずいと考えて、わざと引き延ばしうやむやにしているのではないか、なんて勘ぐって仕舞う。
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| 2010年7月21日(水) |
| 犬と歩けば・出発 172 |
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2010年7月21日(水)晴れ
「真夏の夜の夢」
家の中にいるだけでサウナ状態。拭ってもぬぐっても額や首筋から汗が落ちる。あんまり暑い所為か頭が可笑しくなって「9、11の犯人達は、冷房の効いた部屋で計画を練ったのか?」なんて考えた。
9,11のことは未だにわからない事ばかり。ブッシュはビンラビンが犯人だと言ったが、「大量破壊兵器があると」言ってイラクを攻撃したが見つからなかったことを思い出せば、それも怪しい。
ビルの中は勿論、町中が監視カメラで溢れている時代に、世界一の軍事大国が、その中枢の国防省を易々と攻撃されるなんて、考えられない。自作自演ならばわかるけど、そんなことスパイ小説の世界だし・・。
また最近韓国潜水艦が撃沈された事件もわからない。あそこは今までも小競り合いが起きていたと言うし、当然攻撃されることも想定内にあったに違いないから、対抗手段も持っていたに違いない。それなのに撃沈したと言うことは、対抗手段は役に立たない性能だったと言うことになるんじゃないかな?(断るまでもなく、北朝鮮を擁護しているわけではありません。念のため)
元に戻って、9,11を計画した犯人達は、どんな部屋で何人ぐらいが拘わってどの位の期間を掛けたのだろうか?そしてその資金は?
ああ、こんなことを考えてもやっぱり暑〜い。
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| 2010年7月20日(火) |
| 犬と歩けば・出発 171 |
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2010年7月20日(火)晴れ
こんなに暑い時には思い切って出かけて仕舞えば良いのだが、家にいるとなんにもやる気が起きず、ごろごろしている。
冷蔵庫から麦茶を出して飲んでいると、地面に腹ばっていたベルがよってきて「オレも飲みたい」と言う。麦茶なんて飲むかなと思ったが、左手を窪ませてそこに冷たい麦茶をつぎ、ベルの鼻先に持って行くと飲んだ。初めはちろりと舌の先で確かめたが、あとは何度もおかわりをして飲んだ。
夕方、公園の芝生ひろばに行くと、ベルは芝生の中で何かを探しては食べている。うっかり地面に出てきて干物になってしまったミミズだ。タンパク質だから良いかなと放っておく。
ハナコのお父さんにベルの食欲を聞かれた。少し変わったものなら食べるが、ドッグフードは残すと、答えた。「普通そうだよね。豆柴の小太郎なんか全然食べないで、やつれちゃってんの。そこへ行くとハナコは全く食欲はおちないんだよね」と言いながら、ますます太って芝生に背中をこすりつけているハナコを眺めた。
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| 2010年7月19日(月) |
| 犬と歩けば・出発 170 |
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2010年7月19日(月)晴れ
旅先で出会ったネイチャーガイドをしている女性の生き方に、感銘を受けたことは昨日書いた。私の若い頃は、女性は就職しても2,3年で退職するのがま「普通」だったが、ようやく女性だけの25歳定年制や30歳定年制に対する問題意識がはっきりするようになって、あちこちで裁判が起こされていた。 それに理想の結婚相手を聞かれたときは、「私をぐいぐいと引っ張ってくれる人」と答えるのが、模範解答だった。現に友人がそう言っているのを目撃したことがある。
それから約半世紀たって、女性も定年まで働くのは当たり前。男女とも独身は珍しくない。
「女三界に家なし」(三界は仏教用語で全世界のこと)(女は幼い時は親に従い,嫁に行っては夫に従い,老いては子に従わなければならないとされるから,一生の間,安住の場所がない三省堂 『ハイブリッド新辞林』)の樋口一葉の時代から見たら、女性にとっては大きな進歩だ。
あの時代でも、自分の好きなことを仕事に選んだ幸せな人もいただろうが、私などは自分の口は自分で養うのが最大の目的であったから、仕事の内容まで選べなかった。だから自分が好きだからと言う理由で、男性の仕事と言われていた分野の仕事に就いているなんて夢のよう、・・実は羨ましかったのだ。
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| 2010年7月18日(日) |
| 犬と歩けば・出発 169 |
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2010年7月18日(日)晴れ
暑い。ベルも地面を掘ってお腹をべたりと付けている。夕方になるとどこからか、盆踊りの音が聞こえてきた。真夏・夏休みモードに突入。
上高地へB
2日目は、ネイチャーガイドが付いてのハイキングだった。2班に分かれて私たちは5人で、女性のガイド(レイさん)だった。
梓川右岸道から河童橋を渡って、小梨平までを3時間も掛けて歩くなんてまどろっこしいと思ったが、どうしてどうして足下の植物、川の様子・山のことなど話は尽きず3時間でも足りないくらいだった。雨が少し降っていたので、上高地ビジターセンターの軒先で、レイさんは自分が背負っていたリュックの中からポット、茶碗、茶筅にお盆まで取りだして、参加者に抹茶を振る舞ってくれた。
レイさんは30歳前後と思われる、お顔も身体もしっかりした美人だった。ガイドの仕事がなくなる冬は「林業」だと仰る。「林業?」と私が聞きとがめると、樹木の枝打ち、チェンソーを使って樹木の伐採や間伐材の切り出しとその運搬などと説明してくれた。
女性の仕事や暮らし方が、こんなにも広がっているのだと言うことに感慨を持って、「よほどお山が好きなんでしょうね」と吐いた。
「ええ、好きです。山から離れたくありません。」とニコニコして答えた。
河童橋で解散となって、私たち5人は橋近くのロッジで(有名な)アップルパイを食べた。帰りは梓川左岸道を帰ろうと言うことになって、ご主人が78歳・膝が痛むという奥方、それにお会いする度に頭のてっぺんから足の先まで派手な衣装に脱皮して来る老婦人は、しっかりと雨具を装備している私たち2人をすがるような目つきで見る。
やむなく私たちは3人を案内して、宿へ戻った。
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| 2010年7月17日(土) |
| 犬と歩けば・出発 168 |
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2010年7月17日(土)晴れ
上高地へA
旅行する時の手荷物は少なく。 私の場合2泊3日の国内旅行は、小さなリュックとポシェットと決めてある。殆ど着の身着のまま状態だ。
然し今回は違った。高級ホテルのフルコースディナーだと聞いて、びびった。前例を破ってスーツを入れた。
さて当日、スカートをはいて思わず「くっ苦しい」と叫んで、スカートのチャックを外して貰った。このロングスカートは、キャミソールが付いたデザインだから、余分なものの付いた胃を一気に締め上げたのだった。こんなものを無理して着ていては、ご馳走の入る余地はないし呼吸だって困難になる。座っているだけで気持ちが悪くなるに違いない。
お腹に余分な脂肪がたっぷりと集まっているのは自覚していたが、胃までコンなだったとは、ちとショックだった。試着しなかったのかと聞かれたが、自分の服が入らないなんて、これっぽちも疑わなかったのだ。
相棒がウエストがゴムのロングスカートを貸してくれて、私のスカートは自分が来て見たいと言う。私のスカートは大きいくらいで、彼女には良く似合った。彼女が気に入ったらしいので、翌日の彼女の誕生日プレゼントにすることにした。何か自分でもすごく安直な気がしたが、何よりも彼女が大変気に入ってくれているのが大事だと、自分を納得させた。
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| 2010年7月16日(金) |
| 犬と歩けば・出発 167 |
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2010年7月16日(金)晴れ
上高地へ@
薪を焚く香りで目覚めるというのは、悪くない。
ホテル中央ロビーに大きな囲炉裏があり、それに被せる円錐形の煙突が吹き抜けの3階まで伸びている。
今の時期は暖を取るためではないだろうが、朝、白樺の丸太を少しの時間燃やす。その香りが客室内に漂ってくる。然し相棒は(そうかしら?)というから、そんな程度だ。
3日間とも雨の上高地だったが、コースを変えて2人で良く歩いた。肝臓の数値が高くて検査中の相棒は、気持ちが良いのでツイ歩いてしまったと言う。
穂高連山の稜線は厚い雲に隠れていたが、山襞に沿って殆ど直下する名もない滝を見ることが出来た。
嘉門次小屋や、明神池へは土砂崩れや増水で通行止めになっていたが、それでも梓川右岸左岸には幾通りもの道があるし、大正池も今まで見た中で一番多くの水があった。池には水鳥が多く遊んでいて、おしどり達は人間を少しも懼れないで近くまで見物にやって来た。
雨が小止みになると、いろんな小鳥のさえずりが聞こえた。少しでも日が差すと、木道沿いの山野草に小さな蜂たちが群がっている。
16年前の丁度今頃、カッパ橋より少し上流の小梨平キャンプ場のテントに泊まり、朝に夕に涸沢の雄姿を目前に眺めて過ごした事があった。あの時は雨が上がるのを待って、前穂高奥穂高へと登った。
そんなことは夢だったように穂高の山々は、そこに屹立していた。
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| 2010年7月12日(月) |
| 犬と歩けば・出発 166 |
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2010年7月12日(月)強風 曇り・雨
古い書類を見ていたら、還暦を過ぎてから次々と「体調が悪い」という記録が出てきた。同じ年頃になった友人も、「あの頃調子が悪いって言ってたから、わたしのも歳の所為なんだ」と、私を引き合いに出して、納得している。
ずっと元気印で通してきた家人も、古希を過ぎたとたん不調が続いていて鬱っぽい。百年二百年で人間の身体が変わるわけはなく、還暦とか古希と言うのは先人の込めた意味があると思う。
テレビの相撲中継がなくなって、淋しい。家人は6時半からのダイジェスト版を楽しみに見ている。
競輪・競馬、なんとかくじでもうけている國は、相撲協会の賭博問題で、国民から楽しみを奪うな。
大雨注意報の中、明日から2泊3日の予定で上高地へ出かけます。但し、今日は入山禁止だったとか。もしかしたら明日も上高地には入れないで、松本で足止めという事態もありでの出発です。
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| 2010年7月11日(日) |
| 犬と歩けば・出発 165 |
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2010年7月11日(日)参議院選挙 曇り・雨
先日、池上さんのテレビ番組で、世界の選挙の投票方法の説明があった。
私たちが当たり前だと思っていた、選挙人が選ぶ人の名前を書き入れる「自書方式」と言うのは世界で唯一日本だけと聞いて、驚いた。
日本は昔から「読み書き算盤」と教育に熱心で、識字率が高いからだと喜んでばかりいられない。いろいろな問題にほっかむりしているのではないだろうか?
午後は洗濯物をケアハウスに届けた。調子はどうかと尋ねたら義姉は、「なんだかすっかり分かんなくなっちゃった。」と戸惑っている。私は持って行った洗濯物、タオル・パジャマ・ズボン・シャツ・パンツ・靴下を「これをいつもの所へ仕舞ってね。」と言って、畳の上に並べた。
木曜日に退院してきたとき、夏のズボンと履き替えて貰ったが、また前のズボンをはいている。しかも左上の方が汚れていて、ウエストは安全ピンで止めってある。別のを探して履き替えて貰い、修理と洗濯の為に持ち帰った。
退院後なので、スーパーへの散歩は止めた。
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| 2010年7月10日(土) |
| 犬と歩けば・出発 164 |
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2010年7月10日(土) 晴れ
「健康第一・よろしくおねがいします。」と書かれた短冊があった。
毎月第2,4は「歌の会」で、地域の「いきいきプラザ」へ出かけた。
ここは60歳以上の人だけが利用できる市の施設だ。先日の七夕飾りが未だそのままになっていたので、短冊を幾つか読んで見たら上記のがあった。
勿論他にも、いろいろとあったが(よろしくお願いします)が付いていたのはこれだけ。そういえば私たち(特に高齢者)は、何かにつけて(よろしくお願いします)を付けるなと、納得しつつ笑ってしまった。
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| 2010年7月9日(金) |
| 犬と歩けば・出発 163 |
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2010年7月9日(金) 曇りのち雨
「余計な事はしない方が良いんじゃない?」と友人に叱られた。昨日の義姉の扱いのことだ。「アタシだって喜ぶから、母の好きだったお寿司や川魚を運んで食べさせたわよ。」「所が或る時、お寿司を喉に詰まらせて大騒ぎになったの。それでも懲りないで、天然物の鮎の塩焼きだって言うから届けて食べさせたら、今度は小骨が引っかかってまたまた大騒ぎに。」「大体そんなにバクバク食べるって言うのはもう、限度がわからなくなっていることだし、義姉と言ったって他人でしょ?喉に詰まらせて責任取れって言われたらどうするの」と手厳しい。
(他に楽しみもないし、食べるぐらいはと思って・・)とおずおず反論すると、「それは殆ど自己満足」と、留めをさされた。
確かに義姉は錠剤を飲むのに手こずっている。
生物としての人間が、自然に衰えて行く課程というのを殆ど知らない。その対応もわからない。と言うことがわかった。
まして自分の老いについては認めたくない欲目が邪魔して、もっとわからない。
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| 2010年7月8日(木) |
| 犬と歩けば・出発 162 |
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2010年7月8日(木) 晴れ
ケアハウスから連絡があって、予定通り今日の退院を知らされた。
義姉は発熱を繰り返していたので、当然入院は長引くと覚悟していた所だった。
連絡では10時にと言うことだったが早めに行くと、義姉はだるそうにまだベッドに横になっている。額に手を当てると確かに熱は下がったようだ。私を見ると一気にうわずった声でしゃべり出したが、全く意味不明。うんうんと相づちだけは打つと、終いには(可笑しくってさあ)とか言ってニヤニヤしていた。
荷物をまとめる。持ってきたはずのないコップが1つ、バスタオルが1枚残った。バスタオルは病院のらしいが、コップは入院したときに冷蔵庫を貸してあげた方のものらしい。義姉は冷蔵庫に入っていたその人の何かも食べてしまったと言った。慌てて謝り、コップも返した。
義姉は病院のご飯が固くてまずかったと言い、何か美味しいものが食べたいという。
10階の食堂の海鮮丼か、四街道まで出て何回か行った和食屋を提示したが、どうもあそこのは今ひとつだねえと良い返事をしない。
やむなくコタの所に電話して、穴子があるかどうか聞いて事情を話すと、気持ちよくOKしてくれた。
さて義姉を寝かせておいて会計で精算を済ませ、ケアハウスに荷物を持ち帰り整理、部屋に風を通して掃除機を掛けた。持ち帰る洗濯物や、ゴミも分けた。義姉の注文で、クロークから衣類も選んで持った。事務所に寄って経過を説明してから病院へとって返し、ナースステーションに挨拶をして車に乗せた。
義姉は本当に病人かと思うほどよく食べた。私には昼の定食を頼んで置いたのだが、その前菜もテーマ料理(茶巾絞りの冷製−これが口当たりが良くて美味しい)も先に手を付けて食べてしまったので、慌ててもう1人前追加した。
鰹のたたきが美味しいという。好物の穴子の握りは5個全部食べた。(多かったらご飯残して、穴子だけ食べたらいい)と親方の気遣いなどは無用だった。
医師の説明は聞けなかったが、退院証明書には「ほぼ治癒」に丸が付いていた。
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| 2010年7月7日(水) |
| 犬と歩けば・出発 161 |
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2010年7月7日(水) 雨
昨日の句会に紀の治さんがやって来たので、今日は鳥取へ出かけた仲間たちと一緒にお昼ご飯を食べた。勿論楽しかった旅の思い出もあれこれ語り合ったが、昨日の句会に話が集中した。
講師扱いのAさんの作句に「イクメン」という言葉が出てきた。私たちはこの言葉になじみがなく、「イケメン」の間違いじゃあないかとか言った。
ちなみにイクメンをグーグルで調べると、こう出てくる。
「育児に積極的に参加する男性のこと。容姿端麗な男性を表すイケメンということばを文字ってつくられたことば。育児休業給付金制度は母親、父親いずれでも支給されるようになっており、男性による育児休業取得率は2008年で1.56%となっており、低水準にある。しかし2007年は0.5%であったことに比べ、3倍になっており、イクメンが増加傾向にあることを示している。」
で、Aさんは「皆さんは新聞をちゃんと読んでいないからわからないんです。」と、の賜った。Aさんの毒舌は今に始まったことではないが、一同またかとうんざりムードが一気に広がった。
「あの人は、教えてあげるとか言いながら実は自分の自慢をしているだけだから、みんな聞かないんだよ」と言った人も。
相手に届かない言葉ほどむなしいものはない。
川柳も独りよがりではなく、一読了解、聞いただけですぐに内容がわかる句を作ろうと、立派に落ちが付いた。
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| 2010年7月6日(火) |
| 犬と歩けば・出発 160 |
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2010年7月6日(火) 曇りときどき雨・晴れ
今日は句会。今月もまた、米子から紀の治さんがやって来た。やっぱり島根県は遠い。
さて今日は初めて「席題」と言うのを経験した。参加者が集まった時点で「課題」が出され、制限時間内で作句して提出する。今日の場合、課題は「知恵」制限時間は30分で2つ作って提出するというものだった。
私の作品。
△官僚の悪知恵さばく仕分け人(3票)
△残り物集めて母の松花堂
(11票)
だが、課題「知る」と「ぶんぶん」は、全ボツだった。ちなみにボツ句。
「知る」 △知らんふりするのも辛い親の役
△知ったかぶりメンバーを見てしゃべり出す
△ワイドショー梯子でにわか事情通
「ぶんぶん」
△ ぶんぶんと娘にばかりうるさい蚊
△コマうなるいいとこ来ると親が呼ぶ
△リズム取るベースに合わす今日の昼
午後からはいつものように義姉を病院へ見舞った。
いったん収まった熱がまた出て、横になっていた。
やって来た看護士に、退院の予定(8日)を尋ねたが、ニコニコして(聞いておきます)と言ったきりだった。忙しそうでとりつく暇がないという感じ。
今回は主治医に一度も会っていない。水と牛乳を買い足して冷蔵庫に入れ、不安を抱えて帰って来た。
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| 2010年7月5日(月) |
| 犬と歩けば・出発 159 |
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2010年7月5日(月) 曇りときどき雨・晴れ
「いやそんなことはないよ」と本人は否定したが、義姉は夕べ少し熱を出したようだ。今日は10階の食堂に誘って、義姉の好きな「クリームソーダ」を注文した。ここの食堂はとにかく見晴らしが良い。ぐるりと地平線が見える。入院するとここにやってくるが、そのたびに景色の中に家やマンションが増えている。
「ああ、気持ちが清々する」義姉はあたりを見渡しそうつぶやいては、ソーダ水を飲んだ。義姉のクリームソーダの食べ方は、ソーダ水を飲んでからアイスクリームを食べる。私は三角のコップの中で、アイスクリームとソーダ水をよく混ぜて飲む。そんなことはどうでも良いが、3時の閉店まで30分ほどそこで過ごした。1階の売店では週刊誌と黒飴、和菓子2個を買った。昨日買ったミルクソフトキャラメルが未だあると言ったが、遠慮がちにこれが良いという。甘味の棚では迷ったあげく、5個入りのミニあんパンを選んだが(あれば食べちゃうと本人も言っているので)止めさせて、和菓子2個にした。
ケアハウスが見える4階のロビーに戻って休んでいると、看護師さんが検温にやって来た。35.5℃だが本人は普段は35℃だという。それを潮に病室に戻り、私は帰ってきた。
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| 2010年7月4日(日) |
| 犬と歩けば・出発 158 |
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2010年7月4日(土) 曇りときどき晴れ
10日ばかりの入院だから、身の回りの物だってたいした事はない。然し、行く度にそれらの品が、違う場所に隠されている・・気がするのだ。まるで私はからかわれているような気がするが、義姉にそんなつもりはないのはわかっている。 今日も枕の上に掛けていたバスタオルを取り替えようとして、新しいのを探したがどうしても見つからない。諦めてベッドを直していた時にふと見たら、ベッドと壁の間に引っかかっていた。大きいからキャリーバッグに入れておいた筈だ。
でもとにかく義姉の術後は順調で、お風呂はまだだが普通食に戻った。
今日も私服でベッドに寝ていたが、起こして1階の売店へ連れて行った。足が少しふらついている。水と牛乳、和菓子それにアイスクリームを2個買った。
アイスクリームは、4階のロビーで2人で食べた。それからゆっくりと病院内を歩いた。
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| 2010年7月3日(土) |
| 犬と歩けば・出発 157 |
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2010年7月3日(金) 曇りときどき晴れ
「自分が楽しいと思う事をやっている時は、免疫力が上がる。」と何かで読んだが、その態で行けば今日は大いに免疫力が上がったことになる。
今日はお絵かきの日だった。絵を描く事も、仲間達とのお喋りも、先生の講評も、どれもこれもみーんな楽しい。
今月末には、奈良県の十津川村への遠足も決まった。
何故十津川村か。仲間のAさんが、日本の景色百選に入った十津川村のお婆ちゃんを撮った写真を見て、油絵にした。出来上がった絵は家に置いておくと邪魔になるので、十津川村に送った。所が十津川村から意外な反応があって、その油絵を村役場に飾った写真や、モデルとなったおばあさんと家族の写真などと一緒に、是非十津川村においで下さいと手紙が来たのだ。
「それは行かなくっちゃ」とみんなの気持ちが一つになって、十津川村遠足が決まった。日本一長い路線バスに乗ると言うのも嬉しい。企画、立案はすべてAさんがやってくれている。
楽しんだ後は、頭は軽くなり肩こりも取れている。
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| 2010年7月2日(金) |
| 犬と歩けば・出発 156 |
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2010年7月2日(木) 晴れのち曇り
思いがけず、初めての経験をした。
今日も病院へ義姉を見舞った。家人も顔を出そうかな?と付いて来た。
義姉はまた、私服でベッドに寝ていた。術後24時間でもうそんなに動けるんだと、驚き喜んだ。勿論顔色も、昨日の術後よりずっと良い。
何か欲しい物はと尋ねると、お茶はあるが水が飲みたいという。それでは一緒に1階の売店へ買いに行こうと誘った。
すれ違った看護士さんに「これから8階で、七夕祭りの演芸会があります。おいでになりませんか?」と、声を掛けられた。そういえばそんなポスターをエレベーターの中で見た。水を買うのは後で良い。
どこでも病室内というのは、重い空気と緊張感が支配しているが、8階のフロアに降りたって、そこの雰囲気が全く違っているのに違和感を感じた。ヒリヒリするような静かで透明、そんな感じがする。そして「緩和病棟」という表示を見た時、一瞬ひるんだ。ここの病院にそういう場所があるとは聞いていたが、今まで全く無縁に過ごしてきた。
ナースステーションの前のフロアには、七夕飾り、赤い毛氈を引いた「舞台代わり」と幾つかの座り心地の良さそうな椅子とテーブルがセットされ、車いすの人も含めてもう10人ほどが集まっていた。義姉を前の椅子に座らせ、私たちはその後ろに陣取った。
これから「銭太鼓」という演芸が始まるという。病棟で太鼓なんか叩くのかしら?と不思議に思っていると、出てきた7人の演者は両手に短い筒のような者を持っていた。本来はその筒の中に銭−今は5円玉が7個−を入れて、筒を振ったり叩いたりしてリズムを取る鳥取地方の民族楽器だと説明された。
男性2人女性5人の演者は、沖縄の「エイサー」の時のような支度だ。
彼らは座ったままテープの音に従って、その筒を振り或いは叩き、合いの手を入れた。曲目は花笠音頭、きよしのずんどこ節、千葉市親子三代祭り、河内音頭で演者は汗がしたたっている。私も精一杯手拍子を取り、かけ声を掛けて参加した。 さらに参加者全員に、フルーツの盛り合わせとイチゴのショートケーキが配られた。付き添いだからと言って断ったが、くれた。
義姉は結構楽しんだ様子だった。私たちは頂いたケーキを、ラップに包んで持ち帰った。「ぴんぴんころりはみんなの希望」つくづくと思った。
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| 2010年7月1日(木) |
| 犬と歩けば・出発 155 |
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2010年7月1日(水) 晴れ
7月になった。これで編集長も60代の仲間入り。還暦って、寿命が延びた現在でも、やはり意味があると思う。
義姉の手術(足の付け根から管を患部にまで伸ばして、直接薬を入れる−入院計画書にはアンギオと書いてあった。)は、14時からと言われていたので13時40分頃に行くと、もう手術室へ運ばれた後だった。今まではラジウム波で焼き切る療法だったので、施術時間も30分ぐらいだった。
今回は新しい方法で時間もかかるというので、心配だった。
結局病室に帰ってくるまで2時間かかったが、義姉は直に気がついて私を呼んだ。
熱が出る事もあると書いてあったので、額に手を当てると「暖かい」と言った。
看護師がまめに出入りして、チェックをしている。
義姉の顔を見て話しもしたのでほっとして、帰る事にした。
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| 2010年6月30日(水) |
| 犬と歩けば・出発 154 |
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2010年6月30日(水) 曇りのち晴れ
ついこの間まで「オフサイド」の意味も知らなかったにわかサッカーファンの私も、夕べは「日本対パラグアイ戦」を聞いた。
付けっぱなしにしていたラジオで聞いていたが、だんだんと引き込まれて仕舞いには緊張して耳を傾けた。
サッカー音痴の私も、それなりの素晴らしさを味わい、満足した試合だった。
午後から晴れて真っ青な空に積雲が広がり、夏が来た。今まで気がつかなかったが、大きなネムノキはもう赤い花をいっぱいに付けていた。
病院へ義姉を見舞うと、私服でベットに横になってテレビを見ていた。パジャマはベッドの上に置いてある。相変わらず自分の置かれている状況が理解できていない様だ。手術前日の準備は未だ始まっていない。
「なに?切るのかね。」「どこが悪いんだって?」と、義姉はいつもの質問を繰り返す。もう10回以上は説明した同じ事を繰り返し、明日は手術が始まる前に来るからと約束した。
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| 2010年6月29日(火) |
| 犬と歩けば・出発 153 |
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2010年6月29日(火) 雨・曇り
予報が外れて朝から雨になった。今日は義姉の入院日。3カ所で朝の渋滞に掴まったが、それでも予定の5分前、8時25分にはケアハウスに着いた。
ケアハウスから目と鼻の先の病院へは、9時半に入院窓口に出頭すべしと、お達しを受けていた。
時間は十分あるので、ざっと部屋の掃除をした。寝具類のカバーはみんな取り替えて、汚れ物は一纏めにして車に放り込んだ。
さて病院に到着したのは9時15分。少し待ったが、受付ではてきぱきと手続きをしてくれ、沢山の書類の入った箱を持たされて、4階のナースステーションに行くように指示された。前回も4階だった。
4階の看護士に案内されて、病室へ入った。あれこれの説明を受けていると「あっ、すいません。すぐに出しますから」と、女性が割り込んできた。筋向かいのベッドの付き添いらしい。冷蔵庫を置くとスペースが狭くなるので、義姉のベッド付きの冷蔵庫を使っていたらしい。そしてその場で看護士と冷蔵庫の交渉を始めた。聞いていると、冷蔵庫は修理に出していてすぐに余分はないとか言っている。「冷蔵庫が来るまで、使っていて良いですよ。但し良い物があれば食べちゃいますよ」と口を挟むと、双方がほっとしたように振り返った。
パジャマも持ってきたが、1日50円で借りられ、毎日取り替えてくれるというので、それにした。売店で必要な物を揃えて帰ると、義姉はパジャマに着替えてベッドに横になっていた。未だ10時。寝るのは早いと義姉を起こして、4階の中をぐるりと見物して歩く。すれ違った掃除のオバサンに「あら、前にもいらっしゃったことありますよね」と、声を掛けられた。勿論義姉は覚えていないが、悪い気はしないようだ。来客用の窓の広いロビーからは、義姉のケアハウスがすぐそこに見える。患者の休憩室にも行った。ここだとただでテレビが見られるし、ベッドで寝ているよりも気分が良いと教えた。
冷蔵庫を貸している付き添いさんが近寄ってきて、どこかお悪いのですかと聞く。まあ、悪いから入院したわけだが、明後日手術だと答えた。彼女は待ってましたとばかり「手術できる人は良いですよね。治って帰れるんですから」と言い、どうしようもなく重い話を聞かされた。
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| 2010年6月28日(月) |
| 犬と歩けば・出発 152 |
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2010年6月28日(月) 晴れ
今日は蒸し暑かった。4月5月と低温気味だったから、これが梅雨時の陽気だと思うと、何となくほっとさえする。
毎日、テレビで流されているお相撲さんの「野球賭博問題」。
家人は川柳仲間から、昔・大鵬の化粧まわしには暴力団の名前が入ったのもあったと聞いてきた。大鵬の娘さんは渦中の人、大嶽親方夫人だ。
だからどうだと言うつもりはない。然し、一律に白か黒かと言うような決着の付け方には、首をかしげたくなる。
胴元など本当の巨悪には厳罰を課しながら、柔軟な対応が出来ないものだろうか?
今まで事あるごとに繰り返して来たように、日本中が「にわか正しい人」になって、或る対象をバッシングするのはもう止めたい。
あーこんなことを言っている自分は、本当に歳を取ったのだ。若いときは、バッシングの急先鋒にいて「諸刃の刃」だと言われたこともあったのだから。
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| 2010年6月27日(日) |
| 犬と歩けば・出発 151 |
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2010年6月27日(日) 晴れ
「お腹なんか減っちゃあいないんですけどね、ゴハンゴハンってうるさいもんですから・・」ケアハウスのエレベーターの中で一緒になったおばあさんは、シルバーカーに掴まりながらも、大きな声で言った。彼女は1階の食堂へ行く途中だ。 ケアハウスの昼食は11時半。その時間に義姉を食事に連れ出した。
2週間遅れの義姉の入院は、明後日に迫っている。10日間の予定だが美味しいものでも食べて元気を出して貰おうと言う積もり。ついでに通風でろくな物しか食べていない家人も(痩せた)なんて言ってるから、誘うと珍しく乗って来たので3人で昼食会だ。
場所は、いつものKを予約しておいた。「大して食べられなくなった」が口癖の義姉が、完食。私よりも食べた。
腹ごなしに、歩けるというので目の前の公園内を手をつないでゆっくりと散歩した。折から紫陽花が見頃で、緑のトンネルを通って、池まで行くと睡蓮や蓮のつぼみも見えた。義姉は「色が鮮やかだねえ、気持ちが良いねえ」を連発した。
義姉は自分の病状を理解できない。だから何で入院手術が必要なのだかもわからない。これまで3回も手術していることも忘れている。然し、かかりつけの医者は信頼しているから、先生が言うことだから間違いはないだろう位の理解だ。
姉にとって藪から棒の入院が決まってから、毎日のように「今日が入院ではなかったか?」と事務所や私の所に聞いてくる。今日だって私に「今日入院するはず」なんて言った。
手術も心配だが、無事に10日間過ごせるか、不安だ。
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| 2010年6月26日(土) |
| 犬と歩けば・出発 150 |
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2010年6月26日(土) 曇り雨
家人は4月末からずっと、不調が続いている。背中と腰の痛みは一月ほどで取れた様だが、通風がいっこうに良くならない。歩くことも不便しているくらいだから、走るなんてとんでもない相談。最大最高の楽しみが奪われた家人は、あれこれの出かける予定も全部キャンセルして、俯いて毎日暗ーい日々を過ごしている。
こちらとしても、「鬱」がうつらないように適当に出かけてはいるが、我慢している。
さて今日は珍しく車で、川柳句会に出かけて行った。(運転は差し支えないと言いながら、背中にクッションなど当てている)
帰ってくると何となく声の調子が明るい。句会で句が抜けたのか(選ばれることをこう言う)と思っていたら、「やっぱり痛み止めを3回飲むと、全然痛くないし普通に歩ける。腫れも大分引いた」などど抜かした。で、いつから3回飲むようになったのか?と問いただすと「前から1日に3回飲むようにと言われていたが、薬ばっかり飲むのは良くないと思って、1日1回しか飲まなかった」と言う。
バカ・アホ・マヌケ・あんぽんたん・オタンコナス・・・。自分の持っている罵りのコトバを総動員して、怒鳴った。腹の中でね。
ったく、何を考えているんだあ。勝手なことをしておいて、医師をだまし家族に迷惑を掛けていた事を、どう決着してくれるんだああ。と歩けば・出発 149
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| 2010年6月25日(金) |
| 犬と歩けば・出発 149 |
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2010年6月25日(金) 晴れ
やっぱりもう夜遊びは無理だ。
夕べ帰ったのは午後11時半。今日は1日乗らなくて、ごろごろして過ごした。
昨日は、午前中は定例の通院日で午後は友人と映画を見て、夜はコンサートに出かけた。映画も良かったが、オーケストラを聞いてそして見たのだ。
友人がお勧めの「西本智美指揮 スミ・ジョー インコンサート」という。指揮者は日本人女性で主に東欧で活躍しているという。またスミ・ジョーという歌手は、カラヤンがその歌声を「神からの贈り物」と絶賛したという韓国生まれのオペラ歌手で、私は2人とも初めてだった。
サントリーホールで友人が取った席は、指揮者と真向かい。従って足下にオーケストラボックスがある。当然ながらいつもは見えない指揮者の表情や身振りがよくわかる。楽団員の楽譜が(私は読めないが)それぞれに違うのも面白い。CDでは聞き取れない、個々の楽器の音も聞き取ることが出来る。3オクターブの歌姫スミ・ジョーのエネルギッシュな歌声に、楽団員も聞き惚れている様子も見て取れる。
圧巻は70人編成オーケストラ最終演目の「ボレロ」だった。ご存じのようにあの曲は、最初から最後まで小太鼓が「ダダダダン・ダダダダン」と同じリズムを刻む。その小太鼓を打つ手元が斜め下に見えるのだった。奏者の背中が緊張しているのが見て取れる。見ているこちらも緊張が伝わってきて、思わず座り直す。曲は進んで、一つまた一つと楽器が同じテーマを追いかけて増えて行く。それが耳だけでなく、目で見え確認できる。曲はクライマックスへと駆け上がり、シンバルが鳴る、大太鼓が吠える。そして終わった。
こんな風に、音楽を「見る」のは初めての経験だった。
友人は「一流楽団に比べたら、まだまだ音が澄んでいない」とか言ったけれど、素朴なこの楽団が大いに気に入った。友人は指揮者の西本氏がますます気に入ったという。
それにしてもオーケストラというのは、舞台上で意外にくっついて窮屈に座っていた。
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| 2010年6月23日(水) |
| 犬と歩けば・出発 148 |
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2010年6月23日(水) 雨
夜9時のニュースのトップは、日産ゴーン社長の報酬が8億9千万円。次は24万人が亡くなった沖縄戦終結慰霊の日。今朝のニュースは広島マツダ内で起きた第二の秋葉原事件。もしかしたらこの3つのニュースは、根っこの所で繋がっているのではないかとテレビを見ていた私たちは、感じ始めている。
「大雨注意報が出ているから今のウチに行ってくる」と、早めにベルを連れて出かけた家人は、直ぐに帰って来た。未だ通風が痛むらしい。
夕方になって晴れたので、もう一度ベルを連れて公園へ出かけた。とっくに犬仲間は帰っていなかったが、その場所にオバサンがひとり「湖畔の宿」を歌いながら行きつ戻りつしていた。そこにうずくまったベルは、そのオバサンに向かって吠えた。自分たちのテリトリーに入ってきたよそ者に対する警告のような吠え方だった。勿論彼女はそんなことを知る由もない。「アタシは犬が嫌いなの。あっちへ行ってくれない」と言われてしまった。
謝って、嫌がるベルを引っ張って帰った。東の空に、白っぽい月が登っていた。明日はお天気になりそうだ。
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| 2010年6月22日(火) |
| 犬と歩けば・出発 147 |
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2010年6月22日(火) 曇りのち晴れ
夕べは出かけて、最寄り駅に帰着したのは8時過ぎだった。駅前のショッピングビルはこの4月から8時には閉店する様になったが、食料品売り場だけは従来通りの11時までで、勤め帰りと見える人たちで賑わっていた。私も彼らに混じって、半額や2割3割引きになった食品を買った。
一転今日は休養日として、昨日の続きの「井上ひさし」を読んで過ごした。驚いたのは(ちんぷんかんぷん)に、漢字(珍糞漢糞)が当ててあったこと。辞書を強いてみたらなるほど(珍紛漢紛・珍糞漢糞)と出てきた。
昨日に続いて同本からの抜粋。
おかゆの十徳、酒の十徳、煙草の十徳などの中から「禿の十徳」
@蠅がとまろうと思っても滑るから五月蠅くないAアデランスをかぶる楽しみがあるB磨けば光るC散髪代が節約できるD整髪代を求める手間がいらぬE綽名を付けられやすいF逆光のなかでは後光がさすG待ち合わせの時、相手が見つけやすいHガンにかかりにくいという俗説があって、気が休まるI女の子が敬遠するから身を正しく処すことがたやすい。
私も真似して「中高年太りの十徳」を作って見た。
@小太りの方が長生きするという噂があるA顔の皺が目立たないB明るい性格に見えるC太るたびに新しい服が買えるD体力があるE痩せた人の風よけになれるFいつも完食で、調理人が喜ぶ。Gダイエットした人から入らなくなった服が貰えるH食料品を沢山買って、景気回復に貢献するI若く見える。
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| 2010年6月21日(月) |
| 犬と歩けば・出発 146 |
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2010年6月21日(月) 晴れ
夕方、用あって六本木へ出かけた。膝の故障を抱える身には、地下鉄の乗り換え道の長いこと、階段の多いことに閉口した。冷房対策はホッカイロを始め真冬モードにして出かけたが、やはり膝が冷えた。
所で読みながら思わず声を立てて笑ってしまった本の一節を紹介する。
井上ひさしの「井上ひさしコレクション−言葉の巻」からの引用。
平賀源内を紹介した文章の中で、源内は今もって「奇人」「奇才」と呼ばれ、本草学者・自然科学者としての評価もどちらかというと否定的である。
井上ひさしはそのことはさておき、源内は江戸コトバによるコトバ遊びの創始者として最大級の評価を受けるべきだと説く。
将軍吉宗の「蘭学解放令」によってオランダ語の単語を模した、源内のコトバ遊びは下記のごとし。
自分で発明した風車式蚊取り器を「マアストカアトル」と命名。名前が面白いっていうので、とても良く売れたとか。
以下は名詞。幾つわかるでしょうか?
「スポントワースル」「ヨウトホエル」「チュートル」「サイテヤーク」「シリヒカール」「グルリアン」「アンクルーム」
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| 2010年6月20日(日) |
| 犬と歩けば・出発 145 |
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2010年6月20日(日) 晴れ
夕べはにわかサッカーファンとなって、テレビを見て声をあげた。
米子の居酒屋で飲んだときに、何がきっかけだったか定かでないが、Yさんが自分のお兄さんの話を始めた。
Yさんの実家は秩父の農家で、当然のように二,三男は学校を出ると同時に家を出なければならなかった。勿論外へ出たYさんはそれなりに苦労はしたものの、定年後の生活は月給取りになった自分の方が安定していると複雑な顔をした。
そのお兄さんが今頃の季節(6月)59歳で亡くなったという。
早朝、田圃の見回りに出たとき、やはり見回りに来た近所の人の軽トラにはねられたとか。はねられても田圃に落ちれば未だ助かったかも知れないのに、運悪く道路にたたきつけられて頭を打ってね、と悔しそうに言った。「知らせを聞いて飛んでいって兄貴を見たら、兄貴の手は大きくて私の2倍もあった」と自分の手のひらを前に出して見せた。「ああ、兄貴はこんなに働いたのかってね、こんなに働きずくめだったのかってね」とそこまで言って、Yさんは言葉を詰まらせた。
同年配の私たち一同も、Yさんと一緒に俯いた。
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| 2010年6月19日(土) |
| 犬と歩けば・出発 144 |
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2010年6月19日(土) 雨のち晴れ
NHK朝ドラ「ゲゲゲの女房」。話は面白いがミスキャストだとは大方の意見。彼女は昭和30年代の舗装していない道路を歩くのに、一直線上を歩いている。モデルみたいだと思ったら、みたいじゃなくてモデルだった。
今日の話は風邪を引いたが、鼻水を拭くチリ紙も買えないほど切羽詰まっている暮らしだと言うが、人間窮すれば通ずでいろいろ工夫する。私たちは新聞紙、ハンカチ等を利用した。新聞紙はトイレにだって使った。良く揉んで。
それに大根を新聞紙に包んで、お金を持ってきた編集者に持たせる場面もあったが、包み方がぞんざいだ。物のない時は、大根葉の1枚だってちぎれて落ちないように大事に大事にくるむものだ。
この辺は作者も本当の貧乏、物のない暮らしを知らないのだと思ったね。
個性的な俳優を使ったら、もっともっと面白かったのにと、残念だ。
鳥取行き5
境港駅前で高くてまずい海鮮丼を食べて、列車で帰る男性陣と飛行機で帰る女性陣は別れた。
真夏の太陽が輝く鳥取から羽田に着くと、雨で肌寒かった。
紀の治さんがいるからというきっかけで決まった今回の鳥取旅行は、文句なく楽しかった。定期的に抗がん剤治療を受けている人も、無事に行程をこなした。傍目にはとても疲れたようだったが、彼女は一つも愚痴を言わなかった。また、遊びに行こうねと言って、私たちは別れた。
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| 2010年6月18日(金) |
| 犬と歩けば・出発 143 |
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2010年6月18日(金) 晴れのち雨
予報通り、夕方から雨になった。ベルを連れて公園へ行く途中、女子高生の一団が雨の中を自転車で疾走していった。彼女たちの歓声が新緑に吸い込まれている。暖かい夏の雨なのだ。
鳥取行き4
3日目は電車で境港まで行って、「ゲゲゲの鬼太郎」の街を見物した。
目下テレビの朝ドラで放映中と言うこともあってか、ゲゲゲ騒動は米子駅から始まっていた。ゲゲゲ風に塗り替えられた電車は4両もあるとか。例の顔だけ出す着せ替えは勿論、提灯飾りに、駅の階段まで塗り替えられていた。
境港の駅前から、ゲゲゲ関係の土産物屋と食べ物屋が延々と続いていた。
それが切れても「水木しげるロード」は海沿いにどこまでも伸びている。私たちは、市場でお昼にしようと炎天下を歩き続けた。確かあの橋の下で、見えているのに幾ら歩いても到着しない。イカ釣り船の隣で釣りをしている人に確認すると、そうだと言った後小さな声で「でも大分ある」と付け加えたのを一番後ろからついて行った私は聞いた。
しばらくして先頭を歩いていた仲間が、戻ってきた。やはり歩いてたどり着くのは時間的に無理なのだ。
山に囲まれた深い入り江には沢山の漁船が停泊しているのに、声や音は聞こえてこない。時間が止まっているような錯覚を覚える。この景色やこの町が「のんのんばあ」を擁し、水木しげるを産んだのか。否、いたこが恐山だけのものではなかったように「のんのんばあ」も全国各地にいたに違いない。水木しげるがいなかっただけなのだ。
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| 2010年6月17日(木) |
| 犬と歩けば・出発 142 |
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2010年6月17日(木) 晴れ
鳥取行き4
川柳大会は私にとって、遊びに行く口実でしかない。仲間達も早々と投句を済ませて、鳥取砂丘へと向かった。
この日は霧雨が降ったり止んだりしていたので、期待していた風紋は見えなかった。雨だと駱駝もお休みとか。夕べから駱駝に乗るのを楽しみにしていたYさんはがっかり。でも足跡の付いていない砂丘を登って、至極ご満足の様子だった。
以前−と言ってももう20年近く前になるが−に比べて、砂丘の規模がとても小さくなったように思った。その時は展望台もリフトもなかった。
帰りは、川柳大会会場に戻るみんなと別れて、城址公園の中にある博物館へ寄って「揚谷と元旦展」を見た。
さて夜の部は8人が揃って米子に戻り、紀の治さんが吟味した「和風居酒屋−旬門」で打ち上げだ。私たちの仲間の2人が入選したから、勿論そのお祝いもある。飲み物は生ビール、地酒5種類の飲み比べそして砂丘長芋焼酎。食べ物はお刺身の盛り合わせ、焼き岩カキ、隠岐さばの刺身、トビウオの刺身、のどぐろの塩焼き、枝豆など。締めはジャコ飯、鯛茶漬けなどだが私は炊きたておくどご飯という一見普通のご飯に勿論しじみ汁。 どれも本当に美味しかった。しかも安い。8人が満腹して30,526円だった。
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| 2010年6月16日(水) |
| 犬と歩けば・出発 141 |
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2010年6月16日(水) 晴れ
鳥取行き3
この旅行中に山陰本線へは3回乗ったが、列車はどれも1両か2両だった。時代の趨勢とは言え、淋しい。
2日目は「川柳大会」の行われる鳥取へ乗り込む。駅で米子からやってくる紀の治さんと落ち合う手筈となっている。
所で列車に乗り込んで、渡された切符の指定席を探すと、またまたBさんの隣である。チケットの手配はすべて「鉄男」のBさんがしてくれた。これは偶然なのか故意なのか?私は経験を積んだ高齢者は好きだが、頑固な爺さんは嫌いだ。この2日間一緒に旅をしてみてBさんは、以外と見栄っ張りで強情だという評価に傾きつつある。「鉄男」を自称するにしては、その情報に間違いが多い。
列車の座席は空きが多いので、私たちは好きな場所に座って女同士のお喋りを楽しんだ。なんたって、オバサンというものは眠っているとき以外は食べているか喋っているかのどちらかである。
鳥取駅で、川柳大会へ参加する雰囲気の女性のグループに声を掛けた。
萩からやって来たという彼女たちは、以外にも現地集合の私たちの仲間(句会のT会長)の知り合いだったのだ。現役時代Tさんは全国各地を転勤して歩いたのだという。
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| 2010年6月15日(火) |
| 犬と歩けば・出発 140 |
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2010年6月15日(火) 晴れ・曇り
鳥取行き2
京都で「特急はしだて」に乗り換えて、昼過ぎに天橋立に着いた。天気も良し。
初めて乗るたんご鉄道は、新緑の中を進んで行く。旅に出たらもう年齢なんて関係なし。私たちは大いにはしゃいだ。1年ほど闘病して最近殆ど回復したYさんは笑いっぱなしだった。京都駅で買った480円のお弁当は、量もほどよくとても美味しかった。 私たちはリフトにのって「傘松公園」へ登り、他人の格好を笑いながら自分も「股のぞき」を試した。
降りてから砂州の美しい松並木を、50分ほど掛けてみんなは歩いて戻った。膝を痛めている私は自転車を借りたが、なんのことはないみんなの荷物持ちになった。
電車で豊岡まで戻り、山陰線に乗り換えた。
楽しみにしていた「餘部の鉄橋」は、以前のような車内放送の説明も徐行もなく、ただ通り過ぎた。海岸線に沿って走る列車の窓から、次々に現れる小さな部落を何枚か写真に納めた。以前とはかなり変わったが、沿線の景色の美しさに変わりはない。
所で今夜は、「夢千代日記」の舞台となった湯村温泉に泊まる。宿の迎えはどうなっているのか計画したBさんに尋ねると、曖昧な答え。どうも様子がおかしい。タクシーで行くからとこちらから申し出たような雰囲気がある。湯村温泉は駅からかなり距離がある上に、私たちは6人だからタクシーは2台必要となる。かなりの出費である。
渋るBさんに「ダメもと」と説いて電話番号を聞きだした。思いがけずにAさんが「私が電話してみる」といって、掛けてくれた。所が向こうはダメだとは言わないが、良いとも言わずらちがあかないとAさんはさじを投げた。傍で一部始終を聞いていたCさんは「ま、初めの約束があるからね」とかいって、男同士でBさんをかばう。
18時11分、浜坂駅に到着したら、宿のマイクロバスが迎えに来ていた。
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| 2010年6月14日(月) |
| 犬と歩けば・出発 139 |
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2010年6月14日(月) 雨・梅雨入り
山陰を旅してきた。
名目は、鳥取で行われた川柳全国大会への参加で、仲間6人と土曜日から2泊3日の旅だった。
きっかけは、昨年末句会仲間のAさんが、紀の治さんが毎月鳥取県米子から通ってくると聞いて、是非山陰に行って見たいと言ったことに始まる。
Aさんが重い病気を抱えているのを知っている私たち3人は、なんとか付き合ってあげたいと考えたが、蟹のシーズンとは言え冬の寒さは身体に応えるだろうと、機会を窺っていた。
そこへ今年の川柳大会が鳥取で開催されると言うニュースだ。それっとばかりに飛びついた。男性も3人参加するという。
鉄道ファンのBさんが直ぐに、幾つかのコースを企画した。私たちはそれを何回か練って、疲れを少なくするために女性陣だけ帰りは飛行機を使うことにした。JRの「ジバング倶楽部」や飛行機の早割を使って旅費を安く工夫して貰った。
そしてずっと先だと思っていたのがあっけなくやって来て、土曜日東京発7:10の新幹線ひかり号で私たち6人は、第一の目的地天橋立を目指した。
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| 2010年5月30日(日) |
| 犬と歩けば・出発 138 |
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2010年5月30日(日) 曇り
先週テレビで、ニュースをわかりやすく解説してくれる池上彰さんの番組があって、犬仲間でも数人が見た見たと言った。ハナのお父さんはビデオに撮っていると言う。テレビでは毎日コメンテーターという人種が出ていて、ニュースをああでもないこうでもないと喋るが、ちっともわからない。当たり障りのない感想を言うだけだからだ。所が池上さんの解説だと、(なるほどそうだったのか)と腑に落ちる。今回の韓国の潜水艦撃沈事件にしても、南北朝鮮問題は単に民族問題ではなくて、後ろに大国が控えているから問題がこじれて難しくなると、アメリカ、旧ソ連、中国と実名を出して説明してくれた。
その番組で「板門店」が映し出された。私はマグノリアさんと1回だけ行った事があるが、リョウのお母さんは「あたしゃね、あそこへ3回も行ったよ」と言った。「(ツアーの)みんなはロッテワールドなんかで遊んでいたけどね、アタシはオプションで行ったの」 その気持ちはわかるような気がする。あの緊張感・怖い物見たさは一番の娯楽だ。
「板門店」と聞くと、私には苦い思い出がある。小学校6年生の時、社会科の時間に先生が「板門店」と黒板に書いて、これを読める人と聞いた。私は手を挙げて答えた。挙手したのは私だけで、少し得意だった。先生はその意味を説明をしてくれたと思う。
後年−中学になったある日の事だった。突然にその時の事を思い出した。あの時クラスでは級長の井上君は在日だし、クラスには他にも在日の生徒がいたのだ。彼らは、少なくとも頭の良い井上君ならば知らない筈はない、読めないはずはなかった。彼は或いは彼らは挙手が出来なかったのだと気が付き、私は体中が熱くなるほど恥ずかしかった。自分の能天気を罵った。
あれから半世紀を過ぎてなお、「板門店」が実在し悲劇が続いている。
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| 2010年5月29日(土) |
| 犬と歩けば・出発 137 |
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2010年5月29日(土) 晴れ
昨日の続き
幸い旅行3日目は朝から晴れて湿生花園へ急いだ事は最初に書いた。お目当てのブルーポピーを始め駒草、シャクナゲ、クリンソウ、サンショウバラ等々百花繚乱を楽しんでいると、ズドーン・ズドーンとお腹に響く音がする。何事かと聞いて見ると、富士演習場の射撃訓練だとか。一定の間隔を置いてしつこく音は繰り返し、そのたびに身体が不快に反応した。こんな音を1日聞かされたらたまんないねと言い合った。
湿生花園から桃源台へ移動するタクシー内でその話をしたら、運転手が「慣れればどうってことありませんよ・窓も二重になっているしね」という。すかさず友人は「國のお金で?他の家もみんなやってあるの?」と聞く。「ええ、そうですよ。私は御殿場に住んでいるけど、他にもいろいろとね。だからホラ、今沖縄で基地反対ってやっているでしょ?でも裏ではいろんな動きがあるんですよ」と物知り顔に続けると、友人は不機嫌に黙り込んだ。
桃源台から海賊船に乗る。友人を置いて甲板に出てみると、写真を撮ったり景色を楽しむ客で賑わっていた。突然強風が吹いた。「かつらが飛ばされるう〜」おばさん達の一団から悲鳴と笑いがわき起こった。
この旅の目的のひとつは宮ノ下の「富士屋ホテル」に泊まる事だったが、もう一度行きたいとは思わない
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| 2010年5月28日(金) |
| 犬と歩けば・出発 136 |
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2010年5月28日(金) 晴れ
昨日の続き
商店街を冷やかして帰るときに、韓国料理屋を見つけた。で、今夜はここで食事をすることに決めた。幾ら友人のおごりでも、二晩続けてフルコースは胃が持たない。
午後は一段と雨が強くなり、窓の外はカーテンを引いたように真っ白になった。 遅くならないウチにと食事に出たが、さっき目星を付けておいた韓国料理店は閉まっていた。昼間は開いていたが、この時間のこの雨では外を歩いている人はいないから、閉めたのだ。きっと。さてどうする。
友人は大病の後、長年腸閉塞に悩まされていることがあって、食べるものにうるさい。今日は○○を食べていないとか食べたとか、とにかく1日中食べ物のことばかり気にしている。今日の夕飯は、どうしてもお米を食べなくてはならないと、頑張るのだ。
私は「そば屋に行こう。ご飯物もあると思う」と誘った。散歩の時に、ツバメが出入りしている車庫を見つけて中に入ると、新しい支えや箱の中にツバメの巣が3つもあった。また車庫の中に階段があって、上へと伸びている。狭く薄暗くて少し腰が引ける。外に出て振り返ると、「名物箱根ソバ」と書いて在ったのを覚えていた。
こわごわ階段を上って引き戸を開けると、小さなテーブルに覆い被さる様に老婆がひとり何かを食べていた。来てはいけないところに来たような感じで立ちすくんでいると、右側の厨房から「いらっしゃい」と、声がかかった。左側に小上がりがあって、そこを勧められた。傘はさしていたが、足下は濡れていたので靴を脱いで上がるのはためらわれる。私たちが入ってくるのと同時に、老婆は消えたので、多分物置になっているそのテーブルに無理に付いた。友人とは10代からの友達だが、今もって感情が直ぐ顔色に出る。怪しげな食堂の雰囲気に、拒否反応を示している。それを無視して品物を選んだ。手製のメニューには創業明治10年・4代目と書いてある。なくなったメニューには、上から指で千切った紙切れが載せてある。この期に及んで友人は低い声で「ビーフシチュウがいい」なんて、唸っている。結局「玉子丼」を注文したが、以外と美味しかった。友人は一粒残さず綺麗に食べた。夕飯の玉子丼は800円、昼間ホテルで飲んだコーヒーは、1杯950円だった。
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| 2010年5月27日(木) |
| 犬と歩けば・出発 135 |
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2010年5月27日(木) 曇り
昨日の続き
「どちらへお泊まりですか?」と、大正天皇の乳人4代目の女主人は聞いた。「あそこにはもともと藤屋という旅籠がございまして・・」と話し始めたが、幾ら千人針を知っているという女主人にしても、藤屋は聞いた話だと思う。昨夕、ホテルの「館内ツアー」というのがあって、簡単な歴史は聞いていた。私たちが宿泊している本館は明治24年の建築で、部屋は違うものの、ここにはチャップリンも泊まったと聞いた。女主人は少しためらった後、「ひとつだけご忠告するとすれば、いざというときの避難口を確かめておかれることです。」と言った。これは私たちも全く同感だった。雨に降り込められて暇なので、2人でホテル内をうろついたが(斜面に後から増築されているせいか)高低のある階段が迷路のように延々と続き、先がわからなかった。「本館正面の3階に展望台がございまして、そこから火が出て平成17年にもぼや騒ぎがあったのです。」と女主人の話は続いた。何でもその時、泊まり客から女主人の店に電話があって、避難路を聞いたというのだ。さらに経営が小佐野賢治の国際興業に移ってから変わりました。働いているのも安い外国人が多くなりました、というのは、泊まってみた私たちの感じにも合致していた。釣られて友人が「パンが美味しくない」と言った。その朝の朝食で数種類のパンを食べたが、どれひとつ「ホテルの美味しいパン」というのがなかった。クロワッサンなんかサイテイと友人は言い放った。お土産にと思っていたぶどうパンは、バケットを大きくしたような形で砂糖がまぶしてある。パン生地もぶどうも(あれ?)という感じで、とにかく甘い。ここぞとばかり女主人は「私どもで買って1日置いてみたんですが、翌日はお砂糖がだらりと溶けてしまいお味の方はとてもとても・」と力んだ。私はぶどうパンのお土産を止めた。
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| 2010年5月26日(水) |
| 犬と歩けば・出発 134 |
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2010年5月26日(水) 曇り
毎年6月になると真っ赤な姿を見せる蛇苺を今日、湿った下草の中に見つけた。季節は確実に初夏へと動いている。然し、寒い。昨日よりも気温が10℃低くなると言う予報だ。高齢者は体調維持が難しい。歯医者に行ったら先生が「これがホントのジュウドショウガイ」なんて言うから「座布団1枚」と言って付き合った。先生が言うには、私の場合噛む力が強くて、歯にかかる負担が大きいとのこと。昔同じ事を言われたことがある。
箱根行きは1月にキャンセルした分の埋め合わせで、予約したのは出発1週間前だからお天気が悪いのはわかっていた。
小田急新宿駅で待ち合わせしていたとき、かなり強い香りがして「おや?」と思った。友人は通り過ぎた人を目で追って「ああ、あの人はインド人だから麝香の匂いよ。」と教えてくれた。この人達の一団には湯本駅で、登山電車に乗り換えるとき、また出会った。
1日目はポーラ美術館を見ただけで、宮ノ下の宿に入ったが、夜半から雨がひどくなった。私たちは暖房を付け、暗くなるまで目の前の山に雨雲がかかる景色を楽しんだ。テレビ画面が崩れると「さあ、大雨が来るわよ」と言って友人は、面白がった。
2日目は予報通り朝から雨。小降りを見計らって「宮ノ下商店街」のウインドウショッピングに出かけた。骨董店では暇そうな店主とお喋りして、仕入れ方などを聞く。瀬戸物や洋服に簡単な喫茶の出来る店では老店主に、今年の箱根の天候について話を聞いた。さらに昨日目星を付けておいた寄せ木細工の店に入る。囲碁が趣味の友人が、ミニチュアの囲碁セットを見つけたのだ。薄暗い店内はごちゃごちゃと品物があるが、ひときわ大きな看板が目に付いた。「大正天皇乳人の家」とある。奥から出てきた女主人は、我が家は12代目の老舗で、寄せ木細工ではなくて寄せ木象眼の職人を養成していたと強調した。寄せ木細工と象眼の違いを、飾ってある品物を見せながら細かく説明して、それらの品々は天皇家始め各宮家へ納めた。献上したのではない、我が家の品は一品物で、お買い上げ頂いたと力説する。所で「乳人」の看板について話を向けると「わたくしの曾祖母です」と、胸を張った。(そうですか。その方はお幾つぐらいの時に、宮中へ参内されたのですか?)と聞いた。意外にもそこで女主人は慌てて「あら、幾つでしたかしら。聞いてなかったわ」などという。友人がブローチを見つけて話がそちらに向くと、女主人はほっとしていた。
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| 2010年5月25日(火) |
| 犬と歩けば・出発 133 |
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2010年5月25日(火) 晴れ
日曜日に友人と2人で箱根へ出かけ、今日帰った。
今年はどこも天候不順で、箱根の花もいつもより1週間から10日遅れていると聞いた。編集長も体調に異変を感じられている様だが、我が家でも連休頃から2人揃って不調が続いている。特に、いつも元気な家人の回復がはかばかしくない。
所で箱根では、3日間のウチ2日は雨に降られて寒かった。然し最終日の今日は天気予報通り朝から気持ちよく晴れた。今日に備えて、私たちは夕べ9時に寝て今朝は5時に起きた。友人はいつも12時が就寝時間で(入院時以外)は9時に寝るなんて(しんじられなーい)とわめいたが、前の晩は夜っぴてお喋りした所為もあってか、直ぐに寝息を立てた。
と言うのは、マグノリアさんがメールで(4日前に湿生花園へ行った友人がブルーポピーの写真を送ってくれた)と情報をくれたので、急遽予定を変更して湿生花園
へ立ち寄ることにしたのだった。
ヒマラヤでは岩場に咲くという(ブルーポピー)は、草丈3,40pに伸びて葉も蕾も付き、2,30本が纏まって2カ所に植栽されていた。これは日本の気候、土になじんだ「日本製ブルーポピー」ではないか。ブルーポピーに取って、迷惑なことか生息地が増えて嬉しいことなのか。
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| 2010年5月22日(土) |
| 犬と歩けば・出発 132 |
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2010年5月22日(土) 晴れ
公園の立木の根回りに、星屑を撒いたように白い花が散っていた。思わず見上げてみると、エゴノキが満開だった。この木はその実や根が有毒(サポニン)で、味が「えぐい」のが名前の由来だという。食いしん坊のベルも、この花には関心を示さないので安心する。
池をのぞき込んでいた親子が「あ、かわせみ」と叫んだので、その視線の先を追った。瑠璃色のカワセミは棒杭に止まって、一心に水の中を見つめている。次の瞬間水の中にジャンプしたかと思うと、隣の池の方へ飛び去った。
カワセミにしてもコガラにしても、昔は人間の近くには居なかった。環境の変化もあるのだろうが、彼らは意外と順応性が高いのではないだろうか?
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| 2010年5月21日(金) |
| 犬と歩けば・出発 131 |
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2010年5月21日(金) 晴れ
毎年この時期になると、姿は定かでないがツッピン・ツッピンやツーピー・ツーピーという野鳥の鳴き声を耳にする。
雀よりも一回り小柄なその鳥を、数日前から家の近くで良く目にするようになった。それが今日「ウチに巣を作っているよ」。外で家人の声がした。
場所は2階東向きの、なんとベランダの支柱の中なのだ。切り口が5×4pぐらいのその四角いパイプは中空で、斜めに空に向いている。
「オレが見ているのに、平気な(顔?)してせっせと巣の材料を運び込んでいる。ベルも一緒に見ていた。」と、家人は言った。
以前、ムクに巣をかけられて事があった。場所はやはり東向きで、戸袋の上に3×3p位の隙間があって、ムクはそこから出入りしていた。巣立った後、戸袋の中は、あの小さなくちばしでよくぞこんなにも沢山の枯れ草や枯れ葉を運び込んだ物だと思うくらい詰まっていた。それから糞害もある。家賃貰ってももう、お貸しするのは遠慮したいと隙間は塞いだ。
今回は我が家と言っても、人間の暮らしとは少し離れている。でまあ、一緒に暮らすには名前ぐらい知らなくてはと、図鑑を出して調べた。身体の色は白黒に緑が見える。鳴き声はツーピーツーピーで、「こがら」とヒットした。説明には「春から夏は、高い山の林にすんでいます。」とある。
それにしても今日の暑さ。あの細い管の中は焼けるようだったのではないか?天然焼き鳥器にならないことを願っている。
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| 2010年5月20日(木) |
| 犬と歩けば・出発 130 |
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2010年5月20日(水) 雨
今日は朝から1日雨だった。ベルにレインコートを着せて、信号待ちをしていると「あら、こんな雨なのに良く散歩するわね。ウチの犬なんか、階段降りてきて外が雨だとわかると、さっさと戻ってしまうのよ」何てことを言われる。この頃は、家の中で飼っている人が圧倒的に多い。公園に集まる犬仲間でも、外で飼っているのは、ベルだけだ。せんだっても「あら、外で飼っているなんて珍しいわね」と言われた。時代の流れなのだ。然しこのあたりを散歩していると、昔からの農家では紐をながーくして庭いっぱいに走り回れるようにしてある。だから勿論散歩などと余計なことはやらない。という昔ながらのやり方で飼っている所も未だある。
連休が終わって花香る5月もあとわずか。然しバラ園へ行ってきたマグノリアさんは、まだ3分咲きだと教えてくれた。やはり遅れ気味なのだ。
遅れ気味なのは鳩山さんも同じ。なんて人ごとではいけないのだ。米軍の常駐が必要かどうかを決めるのは、本当は私たち国民なのだから。
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| 2010年5月19日(水) |
| 犬と歩けば・出発 129 |
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2010年5月19日(水) 晴れのち雨
午後から降り出した雨が、以外にも本降りとなった。
縫い物のサークルへ出かけた。井戸端会議と言うが、それぞれに縫い物をしながらのお喋りは楽しい。おまけにここではおやつも出るので、縫い物をやりたくないときも、お喋りと食べるためにだけ行く。
今日は、こんな話を聞いた。Aさんは、お互いに70代のご夫婦2人暮らし。或る時Aさんは、夫を家に残して外出する用事が出来た。で、お昼は何か買って食べてくださいと言い置いて、外出した。
やがて帰宅したAさんは夫に、何か食べたかと尋ねたところ、「食べない」と答えた。Aさんは一寸可哀想に思って、(ここが何ともビミョウーなのだが)ふとゴミ箱の中を見た。するとちゃーんと上寿司の箱が捨ててあった。Aさんの夫は、ちゃんと弁当を買って食べていたのである。
それを隠した夫と見破った妻に、長い暮らしの中で駆け引きの歴史がある。「昼食は食べていない」と言えば、多分可哀想だと思ってくれる妻の心の動きを承知していて、そういったAさんの夫は、なんて可愛い人だろう。然しそれを見破ったAさんは、あっぱれと言う他ない。やっぱり女は強いんだ。
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| 2010年5月18日(火) |
| 犬と歩けば・出発 128 |
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2010年5月18日(火) 晴れ・強風
いつも行く八百屋に、グリーンピースが出ていた。レジでお金を払う時に、(やっと出たのね)と話しかけると「そうね。いつもなら4月に入れば並ぶのにね」と答えが帰って来た。早速、夕飯はピースご飯にした。これを食べないと春が来たという気がしないのだが、もう季節は初夏へと進んでいる。今日は鰯も安かった。お刺身用の鰯が5匹で280円。皮を剥ぐとき、ピリピリと音がしそうな活きの良さだった。
何時だったか安いチケットで、マグノリアさんと宮崎県を旅したことがある。運転はマグノリアさんで、私のナビは全く当てにならなくて、意外に山深い中をあちこち廻ったが、その時に見たのは養鶏場であり牛舎だった。その時モスバーガーで食べた「地鶏の照り焼き」が、超美味しかった。
その後宮崎県は、野鳥が運んできた(?)ウイルスで、地鶏がやられ、今回は口蹄疫禍で10万頭近くの牛が廃棄処分されているという。あの景色と生産農家の苦悩を思うと、辛い。
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| 2010年5月17日(月) |
| 犬と歩けば・出発 127 |
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2010年5月17日(月) 晴れ
今日寄ったスーパーで、キャベツが1個100円になっていた。迷わずに買って帰ると、家に未だ半分残っていた。そういえばこのキャベツは124円で安いと思って買ったものだった。春先の低温でキャベツが育たず、テレビや新聞が品薄、高値安定と騒いだから、どうも私もそれに煽られていると思う。
一方、関西地区は九州から仕入れている関係で、品薄も高値も関係がなかったと、ラジオが言っていた。
そんなマスコミが、またまた内閣支持率が下がったと騒いでいる。いろいろあるが、私は鳩山内閣は良くやっていると思う。馬鹿のひとつ覚えで「いかがなものか」しか言えなかった、麻生自民党内閣よりもずっとましだ。
納豆やバナナダイエットと同じ様に、マスコミ報道も鵜呑みにしないで、眉につばを付けてから、見ることにする。
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| 2010年5月16日(日) |
| 犬と歩けば・出発 126 |
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2010年5月16日(日) 晴れ
東京へ出かけたので、ベルを公園に連れて行ったのは午後6時を過ぎてしまった。芝生には昼間の賑わいの熱気のような物がまだ、残っていた。どういう訳かピンクの子供用自転車が一台、櫻の木の下に置き忘れられている。車に積み込むのを忘れたのだろうか?
東京に出たのは、友人のご招待で前進座のお芝居を見る為だった。演題は「切られお富−乙女翫浮名横櫛」。春日八郎のヒット曲「お富さん」の文句とはかなり違った内容で、切られ与三郎ではなくて切られお富なのだ。こう言うのを「書き換え狂言」と言うらしい。純情可憐なお富が(見事なあばずれに変身しながら、初恋の与三郎に尽くす)という、私には納得出来ない筋書きも、それはそれでお芝居と言うことで面白かった。芝居を見慣れている友人は、梅之助のセリフが遅い、プロンプターを使っているのではないかなどと、感想を漏らした。こういう熱心なファンがいるから、役者は気が抜けない。
芝居がはねてから、国立劇場から九段下経由で竹橋まで新緑の中を歩いた。皇居の廻りを走っている人たちも沢山いた。友人と私の歩数を比べると、友人のは3,400。私のケータイは倍の6,800をカウントしていた。
次回は初めを確認しようと約束して、別れた
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| 2010年5月15日(土) |
| 犬と歩けば・出発 125 |
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2010年5月15日(土) 晴れ
兄の13回忌を行った。
昨日、お墓の掃除に行ったとき、近くに住む姪が手伝いに来てくれた。この子はできちゃった結婚した後、子供を連れて帰ってきたりと結構今風な娘だった。私が「70歳を過ぎたら体力的に(法事の主催は)もう出来ないから、今回が最後になると思う」と、弱気なことを言うと「おばさん、そういうときは私に言ってください。やりますから。でもおばさんは、まだまだ大丈夫ですけど」と言われた。あの娘がよくぞ言ってくれたという嬉しさと同時に、確実に世代交代が進んだという実感がわいた。このことを姉(娘の母親)にいうと、彼女は私の事を「今までの鋭さがなくなったみたい」と言っていたという。げに恐ろしきは、他人の目だ。しっかりと見られている。
所で今日はAも来てくれるというと姉は「なにしてんの?」と、詮索する。Aは独身で未だに母親と2人暮らしである。定職もない。「昨日ね」と姉はしゃべり出す。「浄化槽の点検に来たのは、すらりとした綺麗な女の人だったわよ。髪を赤く染めて、ばっちりお化粧しておしゃれして。その気になればなんだって仕事があるわよ。本人が意気地がないって言うの!」といきり立つ。悪気はないのだが、じれったいのだ。そう、戦争をくぐってきた小国民(姉)には、敵わない。(姉ちゃん、今日は余計なことは言わないで。せっかく来てくれるんだし、そのことは本人が一番わかって気にしていることだから)と、きっぱり言うと姉は「わかった」と小さく答えた。
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| 2010年5月14日(金) |
| 犬と歩けば・出発 124 |
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2010年5月14日(金) 晴れ
いつもの公園の芝生広場は今日、草刈りをしたらしい。散髪されてさっぱりとしていた。何よりも新しい草の香りがいっぱいに広がっていた。あ、それに低く飛ぶツバメを見た。
お昼頃、お墓の掃除に出かけたときにラジオを付けたら、生きの良い言葉が飛び込んできた。お笑い番組かと思うと、話し相手は歌舞伎役者特有のしゃべり方をしている。たまに聞く「邦楽ジョッキー」だ。
(このお仕事をやらなかったら、どんなことをしていたと思いますか)「そりゃあたしなんかとっくにおっちんじゃってると思うよ」(それでこの仕事を続けてこられて、一番良かったと思うことはなんですか?)「そりゃなんつったってえ、木戸銭も払わずに毎日好きな芝居を傍で見られることですねえ」とここまで聞いて、1人で声をあげて笑ってしまった。
今時こんなにしゃきしゃきした江戸弁を喋る人がまだ居たなんて、驚いた。
後から番組表で調べてみると、ゲストは歌舞伎の音を出して芝居を盛り上げる柴田正利さんと言う方らしい。レギュラー尾上松也の質問に一生懸命に話をしているのだが、その答え方がどうしても落語の熊さん八っつあんなのだ。番組の終わりの一部分しか聞かなかったのでわからないが、そんなところが番組のテーマの「古典人ドンタッポ」なのかも知れない。どんな意味なのだろうか?
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| 2010年5月13日(木) |
| 犬と歩けば・出発 123 |
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2010年5月13日(木) 晴れ
「失業で自殺・7割贈」の文字が夕刊一面に載っていた。これで自殺者が、12年間連続3万人を超えたという。単純計算でトータル36万人、40万人近い人たちが自ら命を絶った事になる。いやいやそのことで心に傷を負った友人知人、家族の数は5倍としても、200万人近くとなる。
かつて「過労死問題」に拘わっていたとき、過労死遺族の方がこう仰ったのを覚えている。「過労死遺族の間で、悲しみを差別してはいけないがやはり、過労自死遺族の方の悲しさつらさは、より深く強いと思う。」
各種NPOや政府も「対策」に乗り出しているが、効果は出ていない。
さて同胞の1人として、私に何が出来るか。何をしなくてはいけないかと考えて見たが、わかる筈もない。
然し、一つ位心がけよう。「上から目線は」は、しない。相手の痛みを想像する。つまり「情けは他人の為ならず」ってことかな。
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| 2010年5月12日(水) |
| 犬と歩けば・出発 122 |
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2010年5月12日(水) 雨
雨は夕方になってようやく上がった。その代わりに風が出てきた。それが冷たい風で、今夜は山間部では霜注意報が出されたとか。
家人はあれこれをキャンセルして、とうとう寝込んだ。少なくともこの10年間では寝込むことはなかったから、よほど応えているのだ。
寝込んだら吹っ切れたように、明るくなった。未だよろけたり、四つん這いになって家の中を動いているから、痛みはあると思うが、もうぐちぐち言わなくなった。そしてご飯の時以外は、ずっと眠っている。ホラ、疲れが溜まっているんだっていう、私のお見通し通りだと思ったが、黙っていた。
夕方、ケアハウスの義姉に電話して、ヘヤーカットして貰ったかどうか聞いて見たら、(えーと、どうだったかな?)と少し考えてから(ああ、やって貰った)と答えた。これで綺麗になって土曜日の法事に出られるねと言って、電話を切った。
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| 2010年5月11日(火) |
| 犬と歩けば・出発 121 |
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2010年5月11日(火) 雨
一日中降り続いた雨は、季節をまた一月ほど引き戻した。寒い。
今週末の法事を控えて、義姉の髪を整えなくればならない。ケアハウスでは、月に1回は出張理容サービスもあるので、事務所に電話で相談した。面識のある職員のAさんは、うちの義姉の番は月末なのだがそういうことなら誰かと入れ替わって、明日散髪するようにしますと言ってくれた。義姉にそのことを電話で伝た。髪染めもと進めたが、それはいいという返事だった。
さて我が家の家人は、遠距離通勤から帰ると右足の指先が赤く腫れ上がった。通風だ。我慢出来ないらしく医者で痛み止めを貰ってきた。その時医師に背腰痛の説明もしたが、医師は「鍼灸師の言う通りかも知れません」と言ったと不満そうに言ってた。然し今日になると「痛い右側をかばっていたら、今度は左側が痛くなったから、やっぱり筋肉痛かな」などとぼやいている。そんなわけで家人は家の中をいざったり、よろけたりしながら移動している。私も冷えの所為だという膝の具合が悪い。と言うわけで電話が鳴っても、玄関に誰かが来ても直ぐに出られない。加齢とは、こういう事らしい。
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| 2010年5月10日(月) |
| 犬と歩けば・出発 120 |
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2010年5月10日(月) 曇り
昨日夕飯を食べ終わると、急に眠気が差した。歳のせいかこういう事はままあるので、5,6分眠ったらさっぱりするからと、そのまま横になった。誰も文句を言う人がいない、2人家族の気儘さだ。
ふと気がついたら、午前1時だった。ええいと、そのまま朝まで眠って、起きたのは5時半だった。そんなわけで「日記」は無断で休み、今朝編集長にお詫びのメールを入れた。
昨日はケアハウスに義姉を訪ね、法事の段取りを説明した。義姉は、前回私が法事の日程を大きく書いて目の付くところに貼ってきたのとは別に、二つのカレンダーに丸印が付いていた。義姉の緊張と、意気込みが伺えた。
今日は川柳の仲間数人と先生を囲んで、食事をしながらお喋りを楽しんだ。
80歳を過ぎた先生は、ケアハウスにもボランティアで川柳を教えに行っている。顔ぶれは変わったが、もう8年も続いているという。なにより生徒さん達が楽しみだと待ってくれているのが、やりがいだと仰る。羨ましい「老後」の暮らしだ。さらに先生はケアハウスなど老人保護施設を見て、自分のことと置き換えて気が滅入ることが二つあるという。それは施設で働く人たちの態度で、一つは高齢者を変に子供扱い、幼児扱いすること。もう一つはがみがみと叱ることだという。うーん、隠れた大きな問題なんだろうと思う。
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| 2010年5月8日(土) |
| 犬と歩けば・出発 119 |
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2010年5月8日(土) 晴れ
毎月第2、第4土曜は「歌う会」がある。いつも隣に座るAさんが、来月の第2は休むと言う。季節が良いので旅行でも?と尋ねたら、孫の卒業式でニューヨークへ行かねばならないという。何でも向こう生まれ向こう育ちの孫さんが今度高校を卒業するので、じじばばが日本から駆けつけるのだとか。
傍で私たちの話を聞いていたBさんが、「へえー、私なんか日本から一歩も出たことがないのに」と言って感心した。そうなのだ。私の母の時代の海外旅行は、今の宇宙ステーションへ行くのと同じぐらいだったと思う。それが今では海外に住む娘のお産の手伝いで、外国まで出かけるお祖母ちゃんは珍しくない。
私たちの「歌う会」は、千葉市の高齢者福祉事業のひとつとして行われている講座から出発した。ここで言う「高齢者」とは60歳以上を意味する。
所で「高齢者」を相手に、長いこと愛唱歌を教えてきた先生が、「この頃やりにくいんですよね」と、こぼした。
何故かというと、今までの「高齢者」は戦前生まれなので、(戦前と言っても幅があるが)話は絞れた。然し最近は戦後生まれの「高齢者」が入ってきたので、今までの話が通じなくなったというのだ。
それに連れて、童謡唱歌が急速に忘れられ様としているのだとか。今の若いお母さん達がもう童謡唱歌を知らないので、子供に歌って聞かせることも出来ずに、童謡唱歌は「高齢者」止まりだとか。
なんとも残念な話だ。例えば♪菜の花畑に 入り日薄れ〜の「朧月夜」「どこかで春が」「春の小川」「春のうた」と、私たちはこういう歌で(日本人の)心情を育てられた。明治大正昭和と、多くの作家がこんなにも多くの楽しい歌を作った事に、日本の子供達への熱い思いが伝わってくる。諸外国でこのような例があるのだろうか?
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| 2010年5月7日(金) |
| 犬と歩けば・出発 118 |
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2010年5月7日(金) 晴れのち雨
今朝、家人は遠距離介護で館山まで車で出かけて行った。私は優しく「もう、帰ってくるな」と怒鳴って送り出した。
家人が腰背痛を言い出したのは3週間ぐらい前だった。家人はジョギング大会に参加した翌日、館山へ遠距離介護に行き、続いて「歩く会」の写真集を半徹夜で作っていたので、疲労が溜まったのは明らかだった。然し本人は、今までの様に痛む所を動かしたり、ジョギングしたりすれば治っていたの治らないから、原因は他にある。内臓から来ていると主張した。そういう割には医者に行かない。鍼灸治療を1回受けたが、はかばかしくない。そのうち連休に入って、連日連夜「痛い・痛い」と騒ぎ、「横になると痛くて起きられない」と顔をしかめ不機嫌にこぼした。帰宅していた娘が見かねて、「お灸でも据えてあげたら?」と言うので、千年灸を4つほど痛むツボに載せて火を付けた。艾から煙がもくもくと出て、まだ熱さがツボに伝わる前に、(カチカチ山じゃああるまいし)アチチ・取ってくれと騒ぐので、ゆっくりと取ってやった。
4日には私が鍼灸の予約をしていたが、痛い痛いとうるさいので代わってやった。いつもは自転車で行く距離を「痛くて車の運転なんか出来ない」と言うので、送迎付きだ。5日には娘と「歩き方が違うね。きっと良くなったのね」と噂した。然し本人は、6日には医者(整形外科ではなく内科)に行くと言うので、(連休明けは混むよ)と言ったが「そんなこと言ってられない。朝早くに出かける」と言い張った。そして連休明けの6日。朝ご飯が済んでもいっこう出かける気配がない。どうしたのかと思っているといきなり「明日、館山に行く」なんて宣言するではないか?痛みがなくなったのは結構だが、もう少し様子を見てからにしてはどうか?と提案したが、「何が何でも行く〜う。」と聞かない。で、冒頭の言葉で送り出した訳。
家人が帰ってきて、疲れただのまた痛いだのと抜かしたらもう甘い顔はしない。
八つに畳んで火を付け、水をぶっかけて蹴っ飛ばしてやるぞお〜
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| 2010年5月6日(木) |
| 犬と歩けば・出発 117 |
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2010年5月6日(木) 晴れ
今朝のまだ7時半。東京にいる友達から電話が架かった。「出かけるのだが、ケータイが見つからない。私からケータイに電話して欲しい」という用件だった。食事中だったが、応じてやった。直ぐに「見つかった。出かける」とメールで返事が来た。私もしょっちゅうケータイを探すので、固定電話に私の番号を入れてある。そしていざというときに固定電話にケータイを呼び出して貰っている。
私は今日もまだ連休モード。Nさんと電話でお喋りをする。Nさんは「編集長のハーモニカ、(そりゃ吐息の量が少なくなったから、当然音量は下がったかも知れないけれど)とっても良い音になったね。私は前よりも良いと思うな」と言った。そうなのだ。先日食事をした時、ついでに公園を散歩した。川沿いの公園(ここは編集長のハーモニカ練習場)まで足を伸ばし、私たちはリクエストした。すかさず編集長は1本のハーモニカを取りだして「岬めぐり」を聞かせたくれた。一音一音の確かさと肩の力を抜いた優しい音色に思わず「いい音」と、声を掛けてしまった。次はハーモニカ3本で、(曲名は忘れた)演奏してくれたが、これもまた自然と心にしみてくる優しい音色だった。
以前の、技巧を尽くした力強いハーモニカの音色だって悪くはないのだが、この違いは、演奏者の気持ちが音色に出ると言うことなのだろうか?
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| 2010年5月5日(水) |
| 犬と歩けば・出発 116 |
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2010年5月5日(水) 晴れ
連休最終日。私も若いときは連休に車で出かけて酷い目に遭っているから、家でのんびりしながら、ラジオの渋滞情報を聞くのは楽しい。他人の不幸を喜んでいる訳ではなくて、渋滞に耐えられる若さがあるのが羨ましいというお話です。ホント。
夜はテレビで池上彰さんの「学べるニュース」を見る。沢山のことを教えて貰ったが中でも驚いたのが、沖縄のニュースで良く出てくる「キャンプハンセン」とか「キャンプシュワブ」という米軍基地名の由来だった。
池上さんの説明に依ると「ハンセン」とか「シュワブ」と言うのは、1945年の沖縄戦の時に手柄を立てた米軍の英雄(つまり、日本軍や地元民を沢山殺した)の名前を記念して、付けたものだという。聞いていた生徒役のタレントが「へー、そこには殺された人の遺族も未だいるかも知れないのに殺した人の名前を付けるなんて、アメリカってそんな心遣いも出来ないんだ」と発言していたが、同感。
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| 2010年5月4日(火) |
| 犬と歩けば・出発 115 |
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2010年5月4日(日) 晴れ
(ベルは、自転車の前かごに乗せられると、ほっとした顔になる。)と、娘は言う。夕方、ベルを公園まで走らせたら、息切れしていた。急に暖かくなったせいか、あるいはベルも年のせいか?
家人は体調の悪さの原因がわからず、不機嫌だ。腰や背中が痛いときは、歩いたり走ったりしたら治ったのに、今回は治らない。いや、走ることさえ出来なくなった。これはきっと内臓の病気だと、決めつける。なのに病院へも行かずに、連休に入った。「内臓の病気でそんな痛みがあるのなら、即入院じゃない?」と言ってやると「やりかけの仕事が山ほどあるから、今考えているんだ。」といらだつ。
今までも、持っている仕事を減らすよう忠告しても「代わってくれる人がいない」と同じ答えが返ってくる。こういう場合は自分が決断するしかない。仕事を抱えて苦しんでいても、他の人は痛みも責任も感じないのだから。
家人は鍼治療に行っても先生に「これは内臓から来てる痛みだと思います」と強弁している。先生は症状をいろいろと聞いてから「そうですね。一度診察を受けられると良いですね。然し内臓の病気が原因ならば、こういう姿勢の時だけ痛むと言うことはなく、いつでも痛む筈です」と、骨格や筋肉の説明をした。治療をして貰って幾らか楽になったらしく、声が幾分明るくなったが、どうかと尋ねると「こう言うのはやったから直ぐにどうこうと言うわけではない」なーんて、威張っていた。
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| 2010年5月3日(月) |
| 犬と歩けば・出発 114 |
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2010年5月3日(月) 晴れ
五月晴れのゴールデンウイークは、渋滞のニュースばかり流している。
この時期、高齢者家族・我が家の場合はと言えば、家人は腰が痛いと言いながら、鉢植えを外に出す作業をしている。私は縫い物。帰宅した姉娘は、食事以外は寝ているか、本を読んだりしている。
友人が、今はやりの長いスカーフを送ってくれた。私はアクセサリー類に殆ど関心がない。いやないことはないが、気に入るような物は高くて手が届かないので持っていないだけ。それを知っている友人が送ってくれたのだ。開けたとたんにバラの香りがする。早速電話でお礼を言うと、電話の向こうで(バラの香りなんて・・)と戸惑っている。で結局よそからのもらい物を、(自分は同じようなのを持っているので)私に廻してよこしたとわかった。手になじむシルクのスカーフは、上海・チャイナのタグが付いていた。
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| 2010年5月2日(日) |
| 犬と歩けば・出発 113 |
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2010年5月2日(日) 晴れ
文句なし、爽やかな五月晴れの1日だった。
いつもの公園の入り口には大きな桐の木があって、花が咲いているように見えるのだが、花までは遠くて確かめようがない。ましてあの爽やかで高貴な香りを嗅ぐことも出来ない。公園内は新緑に溢れ、人工の小川には沢山の子供達が歓声を上げて遊んでいた。
美味しいお昼ご飯を食べて私たちは、公園内をゆっくりと森林浴して廻った。駐車場近くに戻ってくると、そこに移動交番のバスが停車していた。バスの外側には北警察管轄地区の地図に、犯罪の特徴が色つきのまるで(ひったくりは青丸、空き巣は黄色という具合に)図示してあったので、立ち止まって見ていた。するとバスの中から若い婦人警官が降りてきて、私たちに話しかけた。特に女性はひったくりに遭う事が多いので、決して人ごととは思わずに、バッグは歩道側に持つ、あるいは肩に掛ける等注意を怠らない様に。女性は財布、ケータイ、ハンカチにティッシュ、化粧品その他書類など一切の物をバッグに入れておく傾向があるので、バッグをひったくられると連絡も出来ない。自転車のかごにも必ず網を被せるようになどと指導を受けた。
話を聞いている間、婦人警官の服装を注意して見ていた。テレビで見るほかに、こういう機会はない。「その胸当てのような物は防弾チョッキですか?」と尋ねると、「そこまでは出来なくて、防刃です。」と言いながら袖ぐりの開いた部分を示して、「でもここから刺されて怪我をしたという人もいます」と答えた。誰かが「その格好で走るのは大変でしょうね」と聞いたら「他にもいろいろな物を付けていますので、なかなか大変です。係長なんかお腹が出てきているので、付けるだけでも大変です」と言いながら、ちらりと後ろの方を気にした。私は右腰あたりに目を落として、それは拳銃かと尋ねたらそうだという。今日、男性女性の差はないのだとか。そして「実弾が5発入っています」と教えてくれた。と言うことは彼女は訓練で、実弾の発射経験があるのだ。さらに拳銃を解体、組み立てなんて事も出来るのだと思うと、その若い女性が急に遠い存在となった。一寸見せてほしいと言えば良かったと、後悔した。
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| 2010年5月1日(土) |
| 犬と歩けば・出発 112 |
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2010年5月1日(土) 晴れ
団地の横の土手に、もうキンポウゲが咲いていた。別名「うまのあしがた」なんて無粋な名前もあるらしい。黄緑の茎の先に、小さな黄色い花を付けた姿は初々しい春の姿だ。その所為か花言葉も「子供らしさ」というのは頷ける。然しまた「中傷」という意味もあるというから、なんとも複雑な訳ありの花らしい。キンポウゲは細い茎が二つふたつと別れて、上へ伸びてゆく二進法の花でもある。小さな丸い花びらは5枚で、表面はつやつやと光って金属を思わせる。2,30pに沢山摘み取って、ガラスのコップなどに挿すとあたりが明るくなる。然し、毒があって皮膚に炎症を起こすこともあるというから、綺麗なだけの花ではないらしい。
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| 2010年4月30日(金) |
| 犬と歩けば・出発 111 |
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2010年4月30日(金) 晴れ
昼間は、晴れて気温も上がったが、夕方にはまた肌寒くなった。買ってきた豆腐は「冷や奴」ではなく「湯豆腐」にした。
昨日は、0時15分から10時45分の(夕食の時間を除いた)約10時間「今日は1日昭和歌謡三昧」をラジオで聞いた。
FMラジオでは、年間を通して良くこのような「○○三昧」という番組を放送している。今回も楽しく聞いたが、中でも司会の元NHKアナウンサー(正しい日本語、感情を出さない慇懃無礼とも思える口調)の加賀美幸子さんのとぼけ振りが面白く、親近感さえ持ってしまった。
もうひとりの司会は、昭和歌謡にめっちゃ詳しい噺家の立川志らく。 番組の中で加賀美さんは、(言い間違いだか読み間違いだか知らないが)何回かトチッタのだ。それもイエスとノー位の、内容に違いがあるのだが、話の流れを聞いていると、どうも彼女は自分のミスに気がついていないようだ。慌てて志らくがカバーするという事態を、私は3回気がついた。然しさすが大人物加賀美さんはいっこうに慌てる様子も、わびる気配もなく淡々と進める。番組も終わりに近づくと志らくが「さすが疲れました」と弱音を吐く一方加賀美さんは、終始変わらぬ口調で(特に感想もなく)淡々としていた。こういうありのままって、良いなあ。
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| 2010年4月29日(木) |
| 犬と歩けば・出発 110 |
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2010年4月29日(木) 晴れ・強風
連休に帰ると言っていた姉娘は、風邪をこじらせて動けず帰れないと連絡してきた。
夕べのテレビ(ためしてガッテン)で、ひとり暮らしにタンパク質不足で栄養失調の人が多いと放送していたから、そんなこともチラリと考える。
ひとりで寝ていると思うと、幾つになったも心配だが、どうしようもない。
連休に関係のない私たちの生活は、ベルの散歩に始まってベルの散歩で終わるいつも通りの暮らしだ。
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| 2010年4月28日(水) |
| 犬と歩けば・出発 109 |
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2010年4月28日(水) 豪雨
予報通り朝から土砂降りで、体調もいまいち。縫い物のサークルでは今、和布を使った鯉のぼりを作っているところで、時間的には今日行っておかないと5月5日に間に合わないこともあった。迷ったが、思い切って雨の中を出かけた。
仲間達とわいわいお喋りしながら手仕事をする。出来映えに一喜一憂しながら、なんとか真鯉と緋鯉を1匹ずつ仕上げた。お昼ご飯までご馳走になって、帰る頃にはすっかり「ウツ」っぽさは、消えていた。
家人は月曜日、片道100qをとばして特養にいる姉のケアに出かけた。車に乗せて買い物や食事などに付き合ったという。帰ってから家人は腰が痛いとおかしな格好で歩いているが、気持ちはほっとしている様子。
歳を取って身体も弱り、ひとりぼっちだと感じたとき、人はどうしたら良いのだろうか?
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| 2010年4月27日(火) |
| 犬と歩けば・出発 108 |
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2010年4月27日(火) 晴れのち雨
今週末から大型連休が始まる。昨日茂原に行ったとき、駐車場は田んぼの中で、蛙がケロケロと鳴いていた。もう田植えも終わった田んぼを覗くと、オタマジャクシはまだとろりとした袋の中で、卵だった。蛙も寒くて、出てこられないのか。
ギャッと言うような声が藪の中から聞こえてきた。多分雉だと思うとAさんに言ったが、後でBさんも雉が鳴いていたと言ったからやはりそうなのだ。「桃太郎」の時代から21世紀の今でも、日本では野生の雉が生き延びているのか?
私より2、3歳年下のAさんは、いつもおしゃれに決めている。「駐車場にテレビ局の車があったからさあ、聞いて見たらねえ、あたし達が見てきた牡丹園を撮影に来たって言うじゃない?あら、それならモデルが5人もいるわよって言ったの。そしたらさあ、もう撮影は終わりましたですって」と言ってにやっと笑った。
晴れた昨日は風が冷たかったが、雨の今日もやはり寒い。この寒さが意外に身体に響いている。歳を取らなくてはわからない事が、また一つ見えた。
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| 2010年4月26日(月) |
| 犬と歩けば・出発 107 |
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2010年4月26日(月) 晴れ
茂原に牡丹を見に行った。個人の経営らしいが、斜面を利用してかなりの数を見ることが出来る。その殆どに和傘を差し掛ける演出もばっちり。
園内で写真を撮る人や写生をする人もいて、結構人が出ていた。さらに昔の農家がそのまま、茶屋になっている。私たちはここでざるそばを食べた。長く待たされて、美味しかったが、風が冷たくてとにかく寒かった。
待って居る間、仲間のAさんに「そうめんチャンプルー」の作り方を教わった。チャンプルーとは炒め物という意味だとか。そうめんは半ゆでにして冷水でよく洗う。野菜はあり合わせの物(あればベーコンやお肉なども)を炒め、最後に水を切ったそうめんを加えてもう一度さっと炒めて、出来上がり。味付けは塩こしょう、あるいは醤油とお好みで。
なんでこんな話が出たかというと、Aさんのご主人は食事に大変時間がかかる。「あたしがねえ、二口食べ終わった頃にやっと、箸がご飯に届くのよ。だけどそうめんチャンプルーを作ったらね、その早いこと早いこと、私よりも先に食べ終えたのよ。」などど説明をしてくれる。笑いのあぶくがのど元まで来たが、仲間がまじめな顔で聞いているので、つばと一緒に飲み込んだ。それでそうめんチャンプルーって、どんなに美味しい物か知りたくなった。
牡丹の花はその重厚な華麗さは貴婦人を思わせるが、香りはない。今日、係の人に聞いた話では、黄色の牡丹は香りがあると言うが、まだ咲いていなかった。花に罪はないのだが、私は香りがないのとその大げさな感じが好きでない。 花も美しかったが、道中の鮮やかな新緑に、私たちも蘇る思いだった。
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| 2010年4月25日(日) |
| 犬と歩けば・出発 106 |
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2010年4月25日(日) 晴れ
義姉をケアハウスに訪ねた。この頃は電話で行くことを連絡すると、(私がいつもするように)マットなんかを干してある。掃除、買い物を済ませてから、(兄の法事で)義姉の関係に二つ電話して貰った。結局私がダイヤルして、話をして貰った。次は喪服の準備。これはクローゼットに下げてあって、簡単に用意できた。後は私が段取りを進めればいい。
夕方クリーニング屋の前で、ご近所のAさんと出会った。昔、一緒に子供会活動をやった仲間だが、近所と言っても道が一筋違うので、最近では殆どあってお喋りをすることもない。それが良いところで出会ったとばかり向こうから寄ってきて、あれこれとたて続きに聞いてきた。私が義姉をケアハウスに入れているとどこかで聞いたらしい。老人ホームにはどんな種類があって、どう違うのかと言うようなことだ。実はと前置きして、Aさんには独身で70歳になる実兄がいると言った。今は元気だが、先々が心配だと言う。
話は延々と続き、風が冷たい。私はすっかり冷えて頭が痛くなった。
それから6時が締め切りのコープの籤を引きに行ってハズレ、ティッシュを貰った。
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| 2010年4月24日(土) |
| 犬と歩けば・出発 105 |
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2010年4月24日(土) 晴れ
久しぶりのお天気で、気持ちまで明るくなる。
八重桜が満開の団地の中を通って、いきいきセンターへ行った。今日は歌う会がある。
新しい会員とも2回目なので、話が弾む。他にも歌うところを見つけたと仰るAさん。歌う楽しさに目覚めたのだ。場所は佐倉と勝田台だという。誰かが、遠いんじゃあない?と言ったが、電車を降りたら直ぐで遠くないと答える。
コーヒーとクッキーが出て、1回200円だという。一斉に「良いわねー」とため息が出た。私たちの会は1回500円で、何も出ない。
だがAさんは浮かない顔をして、「講師の先生もいいんだけどねぇ」と言って言葉を切った。一呼吸置いてから「練習場所が老人保健センターの所為か、ボランティアの人たちがわんさといてね、なんでもいちいち褒めるのよ。あらまあ素敵ですねぇとか、まあお上手です事とか。要するに年寄り扱いするのよ。こっちは未だ、そんな気持ちはぜーんぜんないのに」とお仕舞いは、怒って口が尖っている。「だってさあ、あたし達古稀が目の前だもの、他の人たちから見たら、そう見えるのよ」とBさんが茶化す。「そうか、どおりで体中が凝って、コキコキ言ってるわ」とAさんが返しみんなで爆笑した。
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| 2010年4月23日(金) |
| 犬と歩けば・出発 104 |
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2010年4月23日(金) 雨
今日も雨で、最高気温は10℃にならなかった。
低温が続いて櫻の花持ちが良いらしい。弘前公園では来週が開花と言うから、丁度ゴールデンウイークが満開のお花見になるとおもう。
母のふるさと弘前公園の櫻は、何回か見ている。母は関東に出てきたときに、関東の木は箒を立てたようだと思ったと、言っていた。何故かと言えば、櫻の木は枝を下へ、下へと伸ばすものだと思っていたが、関東では櫻の枝が、横や上に向いて伸びていたからだという。弘前では雪の重みで枝が下がる。少し離れるが青森は都市部での積雪量が世界一だという。雪中行軍の悲劇を残す八甲田山も控え、言うまでもなく青森は雪国なのだ。
青い山脈を背にした弘前公園の櫻は、いつ見ても美しいし、心に残る。ちなみに石坂洋次郎の「青い山脈」は、弘前が舞台だ。今の若い人たちは石坂洋次郎なんて読まないし、知らないんだろうな。
「ねえ、男芸者って知ってる?」と、友人から電話があった。(えっー?ニューハーフとかじゃないの?)と私。友人がボランティアで囲碁を教えに行っている女性(93歳)が、ご近所同士が集まった花見の宴の写真を見せてくれたそうだ。このあたりは「邸宅」が沢山あって、それそれのお庭には櫻を始め古木が茂っている。1軒の邸宅の広大な庭の櫻の木の下で男芸者に芸をやらせ、それを見物して楽しんでいるという写真だった。(それって、見ているのはみんなお婆さんじゃない?)「確かにそう。お花見って、みんなで飲んで食べて騒ぐのかと思っていたから驚いた」と、見てはいけない物を見てしまったように言った。
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| 2010年4月22日(木) |
| 犬と歩けば・出発 103 |
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2010年4月22日(木) 雨
昨日は邪魔に見えた、炬燵、ホットカーペット、ストーブに、今日はお世話になっている。朝から雨の予報がよく当たる。おまけに真冬並みの寒さだが、通院日なので、しぶしぶ銀座へ出かけた。銀座の裏通り、ビルとビルの間の隙間に、黒いコート、襟元には紫色のマフラーを無造作に巻いた女性がひとり、指の間に挟んだタバコをふかしていた。様になっているなあと感心しながら通り過ぎる。その先が小さな空き地になっていた。さてそこに何があったかと考えたが思い出せない。
銀座と言っても、そんな裏通りの雑居ビルの3階に診療所はある。医師は元新聞記者だから、こちらの話をよく聞いてくれる。それが気に入って通っている。東京へ出るという口実も、ここに通う重要な要素だ。所で、ここでは診察前に各自で血圧を計って、所定の用紙に記入するという作業がある。いつもの用に、ほぼ無意識で手順をこなし、記入しようとして気がついた。今読んだばかりの数字を忘れたのだ。心の奥でざわざわと不快な波が立ったがそれには気がつかないふりをして、もう一度計測結果を見た。記入してみたら、今度は最高血圧しか覚えていない。結局最低血圧と脈拍と3回見て、記入した。
どうしたんだろうと密かに自問した。家でも毎日計って記入しているが、数字は1回見れば済んでいた。もしかしてこれが老化の着実な一歩なのかもしれないと、どこかで納得していた。
今日は寒いし雨だから、どこにも寄らずに帰ることにした。
今朝通った空き地の前まで来て不意に、ああここは「ビーフシチュウの専門店」だったと思い出した。1回だけ入った事がある。まずくはないが、メニューはビーフシチュウとグラタンだけで、ビーフシチュウの値段は最低で2千円だった。
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| 2010年4月21日(水) |
| 犬と歩けば・出発 102 |
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2010年4月21日(水) 晴れ
今日の暖かさを逃すまいと、ベルを洗って乾いた頃に虫除けを塗った。
陽気の所為か身体がしゃんとしない。
撮りためてあったビデオで「シャーロット・グレイ」を観た。
これは以前、ロードショウで見た。改めて見たら、南フランスの絵になるような素敵な景色が繰り広げられていた。戦争中にも拘わらず、ヒロインの洋服も素敵だった。続いて私の好きな映画の一つ「お熱いのがお好き」を途中まで観た。疲れたから途中までなのだが、マリリン・モンローがとても可愛い。
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| 2010年4月20日(火) |
| 犬と歩けば・出発 101 |
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2010年4月20日(火) 曇りのち雨
用事があって、知人宅へ電話をした。留守なのはわかっていたから、ファックスを流すために、呼び出し音が切り替わるまで待って居た。
するといきなり子どもの声で、「ハイ○○です。ご用の方はメッセージをどうぞ」と聞こえてきた。留守電メッセージが子供の声は初めての経験だった。
紋切り型に読み上げる声は、いきなり「グリコ森永事件」の子供のメッセージとダブって不気味だった。
昨日の公園で、犬たちにおやつをくれる「おやつオバサン」に、「お絵かきパズル」って知っているか?と、聞かれた。そういうのがあるのさえ、私は知らなかった。方眼紙の縦軸横軸に、ランダムに数字が入っている。ルールに沿ってそのますを一つずつ塗りつぶしてゆくと、動物とかタレントの絵が浮かんでくると言う仕組みらしい。彼女はもう11年凝っているとか。私が興味を示さないと、「ダメか」と言って今度は、具志堅用高の迷言集と書かれた新聞の切り抜きを取りだした。4つ5つ、コントの様な話で笑った。とそこで、おやつオバサンは言った。「これで、今日は1万歩歩いたし、パズルで頭も使ったし、笑ったから良いかな」???
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