犬と歩けば・再生

日記の履歴
第 3 集 犬と歩けば・再生 201〜307 2009.8.27〜2009.12.29


2009年12月29日(火)
犬と歩けば・再生 307

2009年12月29日(火) 曇りのち晴れ

 暮れも29日となった。ひとまず台所の掃除はこれまでにして、玄関やトイレの掃除をして、お花やお供えを飾った。家人も昨日から家中の網戸を洗っている。ガラスも磨いてくれたので、大いにおだてた。
これで、にわかに正月が近づいてきた。
 さて、再生と名付けて再出発した「犬と歩けば」も、編集長は奇跡の復活を遂げ活躍中。来年からは新たな一頁を開きたいと思っている。明日から正月3日まではお休みとして、その間に新しい名前を考えたいと思う。

2009年12月28日(月)
犬と歩けば・再生 306

20091228日(月)  雨のち晴れ

 天気予報では雨だったが朝には上がったし、風もなく暖かいので予定通り墓参りに行った。家を出るときに義姉に連絡したら、ばっちりとお化粧をし支度を整えてケアハウスのロビーで待っていた。但し口紅が付いてないが、こんなことは初めて。またロビーでは男性が、職員にくどくどと何か訴えていた。「だから、じっとしていると余計に落ち込むから、外へ出て散歩でもした方がいいの」職員は大きな声で、なだめていた。
「お昼はいらないって言われていますが・・」と他の職員に声をかけられた。墓参りの帰りはいつも、回転寿司に寄って好きなものを好きなだけ食べることにしている。準備は怠りない。
 言われていたので、帰りに実姉の家に寄った。義姉と同い年の実姉は、娘と孫のために今でも現役の主婦を張っている。1年ぶりに会った姉は見違えるほど老けていて、しばらく視線を外すことが出来なかった。姉は出入りの農家からつきたての正月用餅を1枚と、泥つき葱を2束もくれた。私が義姉を見ていることへの、心遣いである。
 さて、ケアハウスに帰ってから部屋の掃除をする。かけ布団カバーの上に、夏の式布団カバーがかかっていたが、そのままにした。持参したカレンダーを取り替える。いつもの「お米のカレンダー」の代わりに今年は「ちひろカレンダー」にしたら、喜んだ。
 掃除が済んでいつものスーパーに買い物にいったが、義姉はいつもより甘いものを多めに買った。

2009年12月27日(日)
犬と歩けば・再生 305

20091227日(日)  晴れ

 「娘は今日は仕事が終わってから大阪だってよ。」昨日犬仲間のRクンのお母さんが、呆れたように云った。「おっかけ?」と聞かれて「そう、何人かグループで行ってるらしい」と答える。私は「遊ぶ元気がなくちゃ、良い仕事は出来ない」と考えているが、犬仲間にはいろいろと云う人もあるから、Rクンのお母さんはその人たちの相手になっていたがそのうち、「ウウン、そのくらいやんなきゃ、鬱になっちゃうって。職場には結構鬱で休んでいる人がいるんだって。」と、逆襲に出た。「真面目でね、ちっとも遊ばない人が鬱になりやすいんだって」とも言った。
 社会は効率を上げるために、マニアル通りに動く「期待される人間像・・(今では懐かしい)」を作り、それが今「人間」を壊しているのではないか?
 朝のうちは、昨日の続きの台所掃除を少し。午後からは暮れの買い物に出かけたが、どこも人出はイマイチデ、歳末の雰囲気には程遠かった。
 夜、ようやく年賀状を印刷した。

2009年12月26日(土)
犬と歩けば・再生 304

20091226日(土)  晴れ

 午前中は今年最後の「歌う会」。来春そうそう発表会があるので、舞台を想定して並ぶ順番を決めた。と云ってもソプラノ・アルトそれぞれ11人ずつの2列。うち2人は、先生公認でどちらを歌っても良いので真ん中に立つ。各人の場所が決まって、楽譜の持ち方・楽譜のめくり方など細かい注意があって、仕上げの練習となった。ここでまた、アルトから音程がわからないと質問がでた。高齢者を相手にしている先生はさすが、慌てず騒がず同じ説明をする。
 私たちの出番が午前中の最後とわかって、「後ろに出番がないのなら、アンコールをやりましょう」と、会長が云いだした。自分の実力は棚に上げて、何事も積極的なのは「オバサン」の特徴だ。すぐに何人かが賛同して、やむなく先生も「ではやりましょうか」と言わざるを得なかった。練習時間なんでないし、会場の聴衆と一緒に歌える歌と云うことで、アンコール曲は「ふるさと」に決まった。
 午後は、台所の掃除を続けた。やはり片づけ・掃除をするときれいになることが分かった。

2009年12月25日(金)
犬と歩けば・再生 303

20091225日(金)  晴れ

 やっと暮れの掃除に取り掛かった。と云っても普段手抜きばかりしているので、大掃除となったらその規模は果てしないから一点豪華主義で行く。
まずは一番気になっているガスレンジ廻り。洗剤は捨てる予定のソックスに重曹を入れて、これでこすった。これが大当たりで、ガスレンジ廻りにこびりついた油汚れが、意外と簡単に落とせたのでカンドー。ボケ気味にしては良い感じと、自画自賛。後は居間と台所を仕切る食器棚を整理。
 気が付くともうベルの散歩の時間。ほら、ガラス戸越しに首を伸ばしてこちらを見ている。洗濯ものを取り込みに行くと、隣の家で作業中の職人が「この犬はなんて名前ですか?」と、垣根の向こうから声をかけてきた。教えると「そうですか、散歩の時間が遅くなったりすると鼻を鳴らしたりするけれど、殆んど吠えない。大人しくて良い犬ですね。」なーんて、ほめて戴いた。いや知らない人は結構吠えるのですよと答えるとベルは、(ええっ・オレの事云ってるのかな)と双方をきょろきょろ眺めていた。
 夕方、犬仲間4人に「夕べはクリスマスケーキを食べましたか?」と、アンケート調査したら、全員が食べたという答えだった。我が家はノー。夕方買いに行くのが面倒だった。

2009年12月24日(木)
犬と歩けば・再生 302

20091224日(木)  晴れ

 「今朝公園に行ったら、二日間も朝、姿を見せないので、うちの様子を見に行った人がいるって言われた。」夕方散歩で会った時、サムのお母さんが云った。
かつては小学校5つ、中学校2つを要した7千世帯の花見川団地も高齢化し、独居老人世帯が多くなり、いわゆる孤独死も現実のものとなっているという。
「だからね、二日も顔を見せないと死んだことにされちゃう。」と笑ったが、皆他人ごとではないからと付け加えた。
 今日はサムもお母さんも落ち着いて、袖をめくってカテーテルの刺し痕を見せてくれたりしたが、あの時は病気と失業、サムとの別れが一度に押し寄せてきて「どうなる事かと思った」と、今更のようにしみじみと云った。でもこれで根本的に解決したわけでなく、働けなくなる日は必ずやってくる。
 鳩山首相が実母から毎月千五百万円、合計9億円だか12億円だか貰っている話を聞いて初めて、日本の富裕層というものを垣間見た。千五百円じゃなくて千五百万。かー凄いね。来年度予算の不足分を鳩山母さんに出して貰うってのはどうかしら?

2009年12月23日(水)
犬と歩けば・再生 301

20091223日(水)  晴れ

 午後3時半。電話が鳴って出たら「えー帰ってきました。4時に公園でサムを受け取ります。」と、だみ声が聞こえた。ひやーと声をあげて、いろいろ云いかけたが、サムちゃん親子の感動の再会場面を見逃す手はない。「じゃあ公園へ行きます」と答え、支度をしてベルと公園へ駆けつけた。

 公園の入り口で、ペットホテルの車を待つ間、入院検査の結果を聞いた。検査方法は怖がっていた「カテーテル」だが、施術前に医師から、この病院では今までに1例の事故も起きてないと説明があったとか。結果は3か所に血管が狭くなっている所があるが、動脈硬化の初期という見立て。病名は狭心症で、手術は必要なく薬が処方された。仕事はOKと云われたと、サムちゃんは心から安堵の顔をした。後はサムの心配だけ。

 4時少し前にペットホテルの車が着いて、サムお母さんは駆け寄った。私は、感動の一瞬を撮ろうとカメラを出したが、撮れなかった。
ペットホテルでのサムはこの2日間、餌は全く食べず今日おやつを少し口にしただけだったという。昨日はじっとしていたが、今日はペットホテルのオーナーの後について歩いて離れなかったと聞いた。

 サムは鼻を鳴らし、何度も何度もお母さんに飛びついて顔をなめまくった。耳を噛んだ。言葉こそないが、サムの不安や寂しさがその態度で十分伝わって来た。サムお母さんは半分べそをかいている。


 サムを落ち着かせようと、皆でいつもの公園を歩く。少し歩いたところで、サムはごくごくと水を飲んだ。あー、水も飲まなかったんだと、サムお母さんはまた泪。池をめぐって花島観音様から川沿いに歩き、上の芝生広場に戻ったところでサムお母さんが餌を出したら、がつがつと良く食べた。お母さんの手が間に合わず、餌を私の手に乗せて出したらそっぽを向いて食べない。お母さんの手が餌を乗せたらまた食べ始めた。サムお母さんは、またまた泪。

 でも「2日も来なかったら、何かあったと思われるから」とサムお母さんは気にして犬仲間の場所へ寄ったが、ワン太しかいなかった。「帰りに肉屋へ寄って、骨付き肉を買おう」とサムに言い聞かせながら、2人は帰って行った。
陽はとうに落ちていたが、今日は暖かかった。

2009年12月22日(火)
犬と歩けば・再生 300

20091222日(火) 冬至 晴れ

 この数日の冷え込みの中で、今朝が一番寒かった。いつもの公園の池は日中も半分が凍っていて、そこをよけて水鳥が遊んでいる。サムちゃん達もいないし今日は早めに公園へ行って、犬仲間に合わないうちに帰ることにした。
池の鳥たちを眺めていると、ベルちゃんと呼ばれていつも餌をくれるウオーキングのオバサンに会った。彼女はいろんなものをポケットに忍ばせていて、犬や猫を始め、池の魚や亀は勿論水鳥や雀に鳩、ムクドリにカラスまで餌をやるとか。ムクドリやカラスはそっぽを向いていても、餌を投げると素早く飛んできて上手にキャッチすると云う。そんな話をしながら私たちについて、花見川沿いをぐるりと歩いた。サムちゃんの事は聞かれなくて済んだ。
このところ着ぶくれているせいか、自分でも身のこなしが鈍くなったと感じて、そろそろ自転車でベルを走らせるのも限界かな?なんて考えていたところ、友人から「来年は馬に乗りたいから済州島に行こう」なんて電話がかかった

2009年12月21日(月)
犬と歩けば・再生 299

20091221日(月) 晴れ

 今日も風が冷たい1日だった。冷たい風に吹かれただけで、涙が出る。
今日専門医の診察を受けたサムちゃんは、明日から検査入院をする事になった。
幸い入院予定の病院は娘さん家族の近くなので、娘さんが忙しい時には2人の孫(高校生と中学生)が病院に詰めてくれる手筈も整ったと聞いた。
 問題はサムだ。とりあえず今晩から2晩は、ペットホテルに預けることにしたという。そこはベルも預かって貰った事がある。
夕方ゆっくりと時間をかけて、サムの行きたい所を散歩して歩いた。540分ごろ、公園にペットホテルの人が迎えに来ると云う。それでなくても寒さは身体に良くないから、直接連れて行ったらとすすめたら、「置いてくるという別れ方が、辛い」という。今日は5時を過ぎてもあたりは真っ暗にはならなかった。幾らか日が伸びたらしい。もう明日は冬至で、Aさんにゆずを沢山戴いた。
サムちゃんが「もう、どうぞお帰り下さい」と勧めたので、私も素直に従った。サムと別れる愁嘆場を見るのは嫌だった 

2009年12月20日(日)
犬と歩けば・再生 298

20091220日(日) 晴れ

 とにかく会って話を聞いてみないことには、らちがあかなかった。
今朝は道路も凍っていて、自転車のタイヤも滑るような気がした。
「医者はあれもこれもやっちゃあいけないって云うけれど、重労働の仕事も含めてみんなやってる」サムちゃんは夕べそう言っていたから、今朝のような冷え込みの日でもサムの為に必ず公園へは来ているに違いないと踏んだ。
 朝の7時、公園の中を歩いてゆくと足元が霜柱を踏んで、バリバリと音がした。ベルがまっすぐにあずまやの方を見て、リードを引っ張る。やはりサムちゃん達は来ていた。ベルにつられてサムちゃん達は東屋から出てきた。サムがうなだれてとぼとぼと付いてくる。なにか異常を察しているのだ。
今朝は、冠雪した真っ白な富士山がおおきく望めた。「あれやこれや考えて夕べは一睡も出来なかった」と云った。いろいろ聞いてみて、月曜日に専門病院へ行って検査入院の日にちを決める、と云う事がわかった。すべてはそれからで、後のことはまだ分からないのが現状だとわかった。然し本人とすればわからないだけにあれこれの「心配」が膨れ上がって、どうにもならない状態なのだ。一つ私に隠していたことがあった。再検査で踏み段昇降後の心電図を取った時、胸に痛みを感じたと云うのだ。私の顔色を見て、「でもその後で、鍬を使った百姓仕事しても何ともなかったから大丈夫だと思った。」と先回りして弁解した。
ともあれ、検査入院の3日間、サムをどこに預けるのかが第一の問題。サムは家の中で飼われているから、犬小屋でベルと一緒というわけには行かない。
以前預けたことがあるペットホテルへ連絡してみると、云った

2009年12月19日(土)
犬と歩けば・再生 297

20091219日(土) 晴れ

 今日はお絵描きの日だから、急いでも家に帰ったのは5時半近くになっていた。家人も出かけている。私を待っていたのはべるだけではなかった。後から見たら、何回もサムちゃんから電話がかかっていた。気が付いて直ぐにかけたのだが、応答なし。3,4回かけたところでやっと出た。
 実は用事で、昨日の夕方も公園へ行けなかった。夕飯の支度をしているところに寄ってくれたので、イワシの煮付けと急いで味噌を入れてアツアツのけんちん汁を密封容器に入れて持たせた。その時もいつも通りで特に変わった様子もなかった。
 「やっぱり心筋梗塞だって」。少し口ごもってからいきなり電話の向こうでこう切り出した。其の切羽詰まった云い方が、少しの疑いも拒絶していた。後はもう単語が飛び跳ねるだけで、現在どんな状況でどんな経緯をたどるのか一向にらちがあかなかった。

2009年12月18日(金)
犬と歩けば・再生 296

20091218日(金) 晴れ 木枯らし

 今朝は未明に大きな地震があった。階下に寝ている家人は押しつぶされたかな?とちらりと考えて、そのまま眠った。おまけに朝から♪キタカゼピープー吹いていて、寒いの何のって冬のよう。冬の様ではなくて暦の上でも正真正銘の冬なのだが「○◎地方に大雪」なんてニュースもあったりして、ああ冬が来たか、歳末かと何年ぶりかに季節感を味わった。
 所でやっとニュースの編集が終わったと思ったらまた、家人の「わかんない」が始まった。今度は先日ムーバからフォーマに変更したケータイの操作である。
わたしもフォーマだが、機種が変わるとこんなにもと驚くくらい操作が違うのだ。説明書を読んだが、まったく不親切。サービスセンターに電話しても要領を得ない。もう一度説明書を読もうと思ったら、今度家人は一式が入った紙袋ごと寄越した。紙袋が重い。はてなと思って中の箱をあけるとジャーン!。絵入りの懇切丁寧な説明書にDVDまで入っているではないか。そのことに全く気が付かなかったのだ。
 でも老夫婦の暮らしはこれからも、これと同じような事が繰り返すに違いない。老化とは出来ていたことが出来なくなると云う事だと理解はしていても、現実にぶつかるといちいち厄介である 

2009年12月17日(木)
犬と歩けば・再生 295

20091217日(木) 晴れ

 今朝どこからか7時のチャイムが聞こえたと同時に東の空、私の視線より少し上に雲間から朝日が輝き始めた。また夕方4時、ウンと南に近い西に私の視線よりも下に夕陽が赤く輝いていた。今は昼間の時間が一番短い時期だと思うが、この1週間はとりわけ曇りや雨が多かったので陽射しが嬉しい。
今年買ったシクラメンの鉢も、なるべくお日様に当てている。こうすると蕾の育ちが良いと聞いた。マグノリアさんに戴いたポインセチアは寒がりなので、ガラス越しだ。
 家人は刷り上がったニュースを配達しながら、組合費の集金をしている。細かく、面倒な仕事(勿論ボランティア)をよくやると眺めている。いつも留守勝ちな人にはあらかじめ電話で約束を取り付けてから出かけているが、「集まると酒は幾らでも飲むくせに、組合費の集金だと云うと逃げ回っているんだから・・」とか、ぶつぶつ言いながらも出かけて行った。暗くなって帰って来た時にはポケットから、みかん・おせんべい・プリッツ(菓子)を出してテーブルの上に並べた。いずれも一人暮らしのおばあさんや、ケアハウスに入居している人達から貰ったと云う。彼女たちは誰かが来てくれると本当に喜ぶ。時には2時間近くも話し相手になってくるらしい。いや、家人にとってもよそのお婆ちゃんと話をするのは、老化防止になる。ま、お互い様って所かな。

2009年12月16日(水)
犬と歩けば・再生 294

20091216日(水) 曇り

 夕べ遅くに「淀橋カメラに行ってパソコンを見てきた」と友人から電話があった。彼女は私より一つ年下で、趣味の囲碁をするために前からパソコンが欲しいとは言っていた。彼女を動かした一番の原因は、囲碁を教えている93歳の女性がパソコンをこなしている事実だ。
店員に初めてだが、どういうのが良いかと相談したら「富士通のらくらくパソコン」を勧められたと云って、幾つかの質問を受けた。話し相手になっているうちに、ネット接続はなれてからと云っていたのが、テレビの接続とともに皆一緒にやってもらおうと変わった。あれもできる、これもできると小耳にはさんだ情報が、どんどん大きくなって行くのがわかる。
 今日の夕方、彼女から「パソコンを買ってきた。明日設定に来てくれる。」とメールが入った。脅かす必要もないので、「大いに楽しんでください」とか当たり障りのない返事を返した。
 以前、「パソコンを始めたら半年はそれにかかりっきりになる」とアドバイスしたが、覚えているかな?

2009年12月15日(火)
犬と歩けば・再生 293

20091215日(火) 曇り

 台風がひとつ通り過ぎた。
家人のパソコンが動かなくなったのは1週間前、丁度ニュース編集の直前だった。編集ソフトは私のパソコンにも入っているから、こちらを使えば良いのだがそれはそれでバージョンが私の方が新しい。それに家人のパソコンの様子がおかしくなってから1年近くたつが、そのうちそのうちと全部の資料をバックアップしているわけではない。そのことも壊れたことも全く私には関係のない事である。それなのに、いざ私のパソコンを使って編集作業が始まると、「書き込みが消えた。枠移動が出来ない。フォントがおかしい。カットがない。動きが遅い」とまあ、次から次へと文句が出ること出ること。云う方はさっぱりするだろうが、聞かされていちいちフォローする方はたまったものじゃあない。
でも期限を前にしての作業に気が急く気持ちはわかるから、(うるさい、このジジイ)と腹の中で罵りながらも、はいはいと手伝ってやった。
 やっと今日、刷り上がったニュースを「写真がきれいに出た」とご機嫌で帰って来たが、私にはお礼の言葉の一つもない。催促してやると「今はそれどころじゃない。明日の川柳の宿題を6句作らなきゃならないんだ」と抜かしたね。
ああそうかい。私はしっかりと「大貸し」と帳面につけておくからね

2009年12月14日(月)
犬と歩けば・再生 292

20091214日(月) 曇り

 夕方の公園は珍しく犬仲間が10人ぐらい集まった。誰かが「はば海苔」の話をしたのがきっかけで、Rくんのお母さんが九十九里の雑煮を教えてくれた。
はば海苔と青海苔はあぶってから良くもんで混ぜておく。そこへ削りたての鰹節も混ぜる。A四角い切りもちは焼いてお椀に入れ、上から澄し汁を注ぐ。Bその上から混ぜておいた海苔&鰹節をたっぷりとのせる。それだけ。今は「はば海苔」が高くなっちゃったけれど、絶対に欠かせない。元漁師だと云うチャーミーのおじいさんも、酒やけの赤い顔でそうだと頷いた。やはり九十九里かと確認したら、「んだ」と答えた。
 Nちゃんのお母さんにも聞いてみた。実家は、宮城県は気仙沼に近いところだと云う。ここのお雑煮は各種野菜(大根、人参、白菜、椎茸など茸類、油揚げ)をみんな千切りにする。あれば鶏肉も。汁は醤油味で餅は角餅。
さらに正月3が日は刃物は使っちゃいけないので、年内に3日分を千切りにして保存しておくとか。昔は冷蔵庫もなかったけど、寒い地方だから出来たのよねと。

2009年12月13日(日)
犬と歩けば・再生 291

20091213日(日) 曇り

 日曜日の午後なのにうるさくチャイムが鳴る。出てみるといつもの新聞やさんで、お願いがあると云う。新聞やさんのお願いは購読の継続と相場が決まっている。仕事中で忙しかったので、簡単にOKの返事をした。それで帰るかと思ったら動かない。少し俯いてから「家内が入院しましてね」と話しだした。あの自慢の韓国航空の客室乗務員をしている、美人の奥さんのことだ。もう入院して2カ月になるが、経過ははかばかしくなく、仕事をしながらの病院通いはキツイと云って、小さくため息をついた。そういえば顔色も悪い。病院の経費も大変で、何よりも見舞いに行くたびに泣かれる・・のが辛いとこぼした。そう言われてもこちらとしてもどう慰めて好いかわからない。わからないが、しばらく話し相手をした。どっちが客だかわからない。

2009年12月12日(土)
犬と歩けば・再生 290

20091212日(土) 晴れ 暖かい

 今日は「愛唱歌を歌う会」のお稽古日。今は来月の発表会に向けて、練習曲の仕上げに集中している。発表曲は「森の水車」「赤い花白い花」「童神」の3曲。
一応アルトとソプラノに分かれての簡単な2部合唱だが、これがすんなりとはいかない。一応、歌詞付きの楽譜を見て歌うのだが。今日も♪あーかいはぁーなぁーと歌いだす所で、♪しーろいはぁーなぁーとうたった人が数人いてやり直し。先生は「歌詞を見ていて間違うと云うのは、どうすればいいのでしょうねぇ〜」と頭を抱えるが、皆はアハハと笑ってやり過ごす。
 今年の4月に15人で発足した私たちの同好会は、平均年齢69歳のおばあさんばかり。別に男性を排除したわけではないが、希望者がいなかっただけ。8ヵ月経って会員は22名となり、お互い大分馴染んできた。お喋りな人、おせっかいな人、おっちょこちょいの人、大人しい人、お洒落な人、やたら自慢する人と休憩時間はそのまんま中学時代の女子の集団とまったく同じ雰囲気だ。そりゃ一人ひとり聞いてみると、病気の一つ二つは抱えているが、とりあえず月に2回集まって歌うことを楽しんでいる。これが男性が一人でも二人でも入ってくると、どこかに見栄をはるのでこうはいかない。
「三つ子の魂百までも」或いは「雀百まで踊り忘れず」という意味がよくわかる。

2009年12月11日(金)
犬と歩けば・再生 289

20091211日(金) 雨

 朝からの雨が、予報通り午後からは一層強くなった。
こういう日は、他所様はどんなものを召し上がっているのだろうか?
我が家では、あり合わせのもので誤魔化す。昨日も寒かったし、家人が歯が痛いとかで不機嫌だったので、煮込みうどんにした。その時に作っただし汁が、沢山残っている。これを利用することにして、中に何を入れるかが問題である。冷凍保存してあるご飯を入れて、お雑炊風にしようか?いや待てよ、今年の夏のそうめんが沢山残っている。毎年、夏は素麺を喉に押し込んで暑さで弱った食欲をしのいでいる。所が今年は後半暑さが腰砕けと云うか、これからが暑さの本番だろう、いやまだ残暑があるとか警戒しているうちに、ずるずると涼しくなって秋に入ったので、大量に買い込んだ素麺が残っていたのだ。で、素麺の片付けも兼ねて温麺にした。
 そうそう先だって聞いた「痴呆症」の話の中で、献立を考え調理するという行為は、脳の殆んどの分野を使うのでとても良い「脳トレ」であると、精神科医は云っていた。でもね、どんなトレーニングだって、たまには休みたいな。
「男の料理教室」に通っていても、家人は家で復習することはない。ただ、私が毎回、今日はなにを作ったか聞くので、密閉容器に一口ずつ持って帰ってくるようになった。最近の2回ほど。

2009年12月10日(木)
犬と歩けば・再生 288

20091210日(水) 曇り

 夕べ救急車で運ばれた筋向いのAさんは、無事退院してきた。(その程度の怪我で、良かったねぇ)と云ったら、「犬が引っ張るので負けてしまって転んだの」と仰る。然しAさんちの老犬ナツはとても賢くて、Aさんの歩幅に合わせてそろりそろりと歩いていると、もっぱらの噂なのだ。犬と散歩の途中で転んだのは、今回で3度目だというし、やはり皆が噂するようにもう犬との散歩は無理なのかもしれない。
 所で友人のBさんから「すべてOKだった」とメールが入った。13年前に大病をしたBさんは以来、医師の指示は忠実に守り、身体に良いと聞いたことは殆んど実行してきた。が、この春、肝臓の数値が急激に悪化し、検査入院までして原因を調べたが不明。本人の感覚として、長年飲み続けた薬が原因ではないかと、漢方薬初め1種類を残してすべての服薬を止めて半年。肝臓の数値は正常値に戻り、胃もOKだった由。
生きていると、いろいろなことがある。

2009年12月9日(水)
犬と歩けば・再生 287

2009129日(水) 曇り

 夕方散歩に出ようとしているところに、サムちゃん親子がやって来たので、そのまま車に乗せてもらって公園へ行った。久しぶりに車に乗ったベルは、窓から鼻先を出して興奮していた。そんなわけで、帰りは2人で暗くなった道を歩いていると、ケータイが鳴った。珍しく家人からだ。何事かと電話に出たら、(この所、夕方玄関を開けてやっていた)奥さんが倒れて、救急車が来ている。向かいの奥さんも出ているが、家族はいないので、早く帰って来いと云うもの。一気に心拍数が上がった。後からやって来たサムちゃんの車を止めて事情を話し、家まで送ってもらった。「なに、どうしたの?心筋梗塞?」とサムちゃんも心配する。
 角を曲がると、不安を掻き立てる赤いランプが廻った救急車が止まっていた。
向かいの奥さんと町会の役員、そして家人が立って立ち話をしている。救急隊員が娘さんと連絡をしているところだと云う。少しして救急隊員は「娘さんと連絡が取れました。A病院へ搬送します。」と断って出て行った。
 後から事情を聴くと、犬を連れて散歩の途中転んで動けないのを見つけた人が救急車を呼んだと云う。転んだ際多少の怪我があるが、他の症状は特にない。然し、全体の様子からとりあえず入院と云う事を救急隊員が判断したと云うことだった。私たちは少しほっとした。

2009年12月8日(火)
犬と歩けば・再生 286

2009128日(火) 晴

 今日は、日本がアメリカの領土に奇襲をかけ太平洋戦争が始まった日だが、大分前から若い人たちはそのことを知らない人が増えていると、聞いた。或る女子大でそのことに触れたら「で先生、どちらが勝ったのですか?」と聞かれたとその教授は、嘆いていた。
 私が小さな子供のころ、両親や兄弟たちは良く「えいじろうあんちゃん」の話をしていた。父の実家(新潟県)の跡取り息子らしく、元気で働き者の自慢の息子だったらしい。入隊してから休みの日には我が家にも出入りしていたらしく、私の兄姉たちはみんな彼が大好きだった。姉たちに届いた戦地からの変色したカタカナ文字のはがきも見たことがある。私がまだ存在しない頃の話である。所が彼はあっけなく戦死した。皆は、真っ正直な彼は、戦場で真っ先に飛び出して行ったに違いないと、繰り返し繰り返し噂をした。
 かつては日本中に溢れていたこのような話も、既に風化されてしまったのか。

 テレビでも放映されたが、戦後「海軍反省会」というのが行われて、参加した関係者がいなくなった二十数年後にそのビデオが発表された。そのビデオ100巻を託され所有していた「呉市海事歴史科学館大和ミュージアム館長」の戸高 一成氏の話「海軍から、戦争を考える〜海軍反省会から見た太平洋戦争」をラジオ深夜便で聞いた。氏の話『軍事力はあくまでも戦争抑止力として存在するものであり、戦争を始めるのは最悪の選択である。つまり海軍の最大の過ちは開戦の決定である。』は納得できた。今夜第2回がある。 

2009年12月7日(月)
犬と歩けば・再生 285

2009127日(月) 晴

 地味な枇杷の花に、あんな香りがあるなんて驚きだった。
今朝の散歩のときに、いつもとは違う公園へ行った。小さな公園の隅に枇杷の木が植えられていて、もう花が付いていた。何の気なしに目立たない地味な花に鼻を付けて香りをかいだ。今までに経験した事のない、高貴な香りがほんのりとした。えっつ?ええっつ?枇杷の花ってこんな香りがしたんだと、本当に驚いた。幾つになっても身近な所に驚きがあった。後で花言葉を調べたら「温和」「治癒」「あなたに打ち明ける」とあった。でも人間の3千倍の嗅覚をもつと云うベル(犬)は、いつも花には無関心だ。
 歯医者の診察台に座ると、先生から話しかけてきた。「年を取るってことは、毎日必ず身体のどこかが痛いって事だね。まったく何にもない日って、ないんだよね。」「先生も?やっぱり?そうそう、身体の動きがロボットみたいにギクシャクする」なんてお互いに愚痴って大した治療もなくて今日はおしまい。先生も「歯医者」へ通っているとか。

2009年12月6日(日)
犬と歩けば・再生 284

2009126日(日) 晴

 夕方の散歩からの帰りは、途中で遅れてきたエマちゃんたちと立ち話をしていて遅くなった。ベルを自転車から降ろして犬小屋に連れてゆき、戻って自転車を片づけ様としたら、いつの間にか筋向いのAさんが立っていた。
「悪魔が私に悪さをするの。意地悪するから困っているの。自転車の鍵も玄関の鍵も見つからないの。もしかしたら、ポケットに入っているかも知れないから探して欲しいの」と云う。なんだか良く分からないが、ひどく困っている様子は分かったから「ウン、分かった」と平気を装ってAさんのポケットに手を入れた。ベージュのコートの右ポケットにはティッシュと飴が1個入っていた。「あ、飴が入っているよ」と云いながら今度は左ポケットを探した。やはり飴が1個と少し重い、そう鍵が入っていた。「これかな?」と出して見せると「そうそう」と云う。小刻みに震えている手を握ると氷のように冷たい。もう片方の手も同じように冷たかった。私はと云えば自転車の前かごにベルを乗せ、後ろの荷台には犬仲間に貰った白菜をくくりつけてせっせと漕いで帰って来たばかりで、身体は火照っていて手も暖かい。手をつないでAさんの家まで行って玄関を開け、Aさんを中へと促した。
 山形美人でおしゃれのAさんが、パーキンソン病を発病してから10年余りたつ。Aさんの云うことはすべて本当のことだと思う。多分薬の副作用で、幻覚があるのだろうかと考えた。明日は我が身。とりあえず夕飯は、お腹いっぱい食べた。

2009年12月6日(日)
犬と歩けば・再生 283

2009125日(土) 晴・曇りのち雨

 先日川柳仲間の紀の冶さんに、お国(鳥取)のお雑煮はどんな仕立てかと聞いてみた所、甘い小豆の中に丸餅―云うところの「お汁粉」だと云った。「若い時は仲間たちと、夜明かしで飲むでしょう?だから余計にお汁粉なんて口に入らない。それを知っているからお袋は、二日目からは澄まし汁の雑煮―親父が山口県だったからーにしてくれた。」紀の冶さんの話には、必ずお袋が出てくる。
高校を卒業してもあの時代は、片親では(それが戦死であろうと)就職口がなく、村長さんが手を尽くして役所に勤めを探してくれた。母親が革靴を買ってくれたが足に合わず、昼休みになると毎日公園へ行って靴を脱いで痛みを我慢していたとか。 お母さんの晩年は、引き取って数年一緒に暮らしたと聞いた。
 鳩山首相の母親は、億単位のお金を息子にあげ、息子は貰ったことも知らないと云う。母親と息子の関係も、100組あれば100通りいろいろなのだ。

2009年12月4日(金)
犬と歩けば・再生 282

2009124日(金) 晴れ

 腰を痛めたりしたので、約3週間ぶりにケアハウスに義姉を訪ねた。義姉は毎年12月になると親戚から送られてくるシクラメンの鉢植えを、ベランダの日向に出していた。私の方は、まず部屋の掃除。前回掃除が出来なかったので、やはり汚れが溜まっていた。私が動き出すと義姉もつられて、そこそこ動く。昔は義姉も働き者で、きれい好きだったのだ。
敷き布団や毛布をベランダに干す。本当は禁止なのだが、暖かくていいお天気なので、買い物に行ってくる間だけ一寸日に当てる。
 掃除が終わって、小遣いの補充をする。前回は3週間で2万円がなくなっていたが、今回はまだ9千円残っていた。そうそう、買い物に付いて行って見ていると、どうもお釣りの貰い方がわからないようなので、高額紙幣は止めて今回は全部千円札にした。そうしておいて、スーパーへ買い物に誘う。丁度トイレットペーパーも切れている。義姉はエレベーターで出会った、男性の入居者と挨拶をしたが、そんな所を見たのは初めてだった。ところで、戸外を歩くときは手をつなぐ。老老介護で、こちらも腰を痛めているのであまり当てにはならないが、まあおまじないのようなもの。スーパーの店内を品定めして歩いていると、義姉は元気が出てきて口が軽くなる。生きのいいイワシをみて、お刺身にしてショウガ醤油で食べるといい、イワシは手開きでねなどと教えてくれた。しばらく飲んでないなぁーとか云いながら、焼酎の4合瓶をかごに入れた。他にも缶ビール1缶と、果物、お菓子類、漬物、牛乳などを買った。
 部屋に帰ると義姉は、焼酎の瓶だけは冷蔵庫でなく棚のカーテンの裏に隠した。帰りはいつものようにハグをしたが、今日はされるままになっていて、私は小さな違和感を持った。

2009年12月3日(木)
犬と歩けば・再生 281

2009123日(木)雨

 「人々を支配するコツは、不安を抱かせること」。夕方のテレビ「クローズアップ現代」で米国の映画監督マイケル・ムーアさんのインタビューを見ていたら、最新作映画(資本主義)の中で英国の議員がこう発言していた。
 それを聞いて、なるほどと腑に落ちた。私たちの暮らしはいつも「乗り遅れたら大変、落ちこぼれたら大変、ああしたら大変、こうしたら大変」に囲まれている。だもの子どもはキレるし、大人も自殺したくなるわ。
 人間は誰でも生まれた時から四苦(生、老、病、死)八苦(愛別離苦怨憎会苦)が付いて廻っているのだから、それだけでもう、もう十分だ。
 お喋りが煮詰まるとNさんはいつも「そんときは、そんとき」と、さばさばと云ってのける。それを聞くと(そうだな、あまり先のことまで心配したってしょうがないな)と思い直し、気持ちが軽くなる。
身体にガタが来て、覚えも悪くなり、先の生活も心配だが、ま、そこそこに人生が廻って行けば、よしとしようか。

2009年12月2日(水)
犬と歩けば・再生 280

2009122日(水)晴れ

 昨日川柳句会があって、紀の冶さんがまた鳥取県米子市からやって来た。
昨日は他のグループと食事の予約があると云うので、川柳仲間とは今日、昼食をしながらお喋りに花を咲かせた。
 70代の男性が一人で故郷に帰って、どんな暮らしをしているのか興味は尽きない。どんなことを聞いても嫌がらず、うるさがらず丁寧に答えてくれるのに付け込んで、おばさんたちはあれこれと質問攻めにした。
 中でも一番うれしかったのは、故郷に帰ってすぐに複数の川柳仲間と出会ったという報告だった。紀の冶さんは帰郷する前から、故郷の「川柳地図」を調べていたが、中学時代の同級生が地元川柳会の重鎮の一人になっていて、彼があちこちと顔つなぎやら句会の内部情報を教えてくれたと云う。早速一つの句会に入会して、あと2か所も入会するつもりだと云う。さらに帰郷してすぐ、川柳の鳥取県大会に参加して、出会った人たちに手作りの名刺を配ったと云う。またこの県大会で2つの句が抜けた(選ばれた)との話もあった。
 紀の冶さんは「公民館の川柳講座」を、私より1年あとに始められたが、そのきっかけは病床にあった、奥さんの薦めだったと聞いていた。私はつくづくと「奥さんのおかげね」というと、紀の冶さんは深々と頭を垂れた。 

2009年12月1日(火)
犬と歩けば・再生 279

2009121日(火)晴れ

 先月は休んだから、今日は二カ月振りの川柳句会だった。「なんだか随分と久しぶりだね」病持ちのYさんに云われてしまった。
 今日は同年輩の女性、Kさんと初めて隣り合って座った。2年くらい前に入会したKさんはお家を普請しているとかでちょくちょくお休みするし、顔見知りではあるが特に話をしたことはなかった。然しそのKさんが「電子辞書を買ったが、使い方がわからない」とか、川柳のこととか積極的に話しかけてくる。
 句会も終わって連絡事項の時、来年度の役員交代の話があった。会計担当を決める必要があるという。私は隣のKさんに、どうかと打診したが「今は一寸ダメ。」という答えだった。しばらく間が開いて「私、抗がん剤を打ちに定期的に通院しているの。注射した後は、1週間は具合が悪くてどこにも出られないの。」と一気に云った。
 私は自分の顔つきが変わったのではないかと心配しながらも、平静を装って「今は、そんなに恐れる病気ではないと聞いているから・・もごもご」と答えた。「そう、おかげでだんだん小さくなっているの」と彼女は云った。

今日の宿題は「記憶」 私の句
◎楽しかった事だけ刻む脳のしわ(10票)
◎記憶違い声の大きいほうが勝つ(4票)
私は下の句の方が出来が良いと思うし、会場の笑いもとったが、楽しい句はあまり評価されない傾向にあるし、作る人も少ないとは昨日の木津川計氏も云う。

2009年11月30日(月)
犬と歩けば・再生 278

20091130日(月) 雨のち曇り

 今日も歯医者に行った。
(先生、なにか良い話ないかしら?こんなお天気じゃあ気持ちまで落ち込んじゃう)「良い話より楽しい事があると云いねえ」(そういえば、ここの所とんと楽しい事にお目にかかっていない)「若い時は、楽しい事がいっぱいあったよね。」(そうそう、箸が転んでも笑えた時もあった)「いつ頃から楽しい事がなくなったんだろう?」なんて話をした。
 一体「楽しい事」は、年齢制限があるのか?何が楽しいかは年齢にもよるが、楽しい事がなくなった一番の原因はやはり、不況の長期化で雇用不安の深刻化、格差の増大で、世の中が「閉塞社会」「鬱の時代」であることが疑わしい。
以下木津川 計「人生としての川柳」No99より
・・笑いの洪水、国民的規模の爆発は暮らしの先行きに明るい見通しの持てた時だった。戦後の爆発を追ってみる。

@   1950年代・朝鮮戦争特需 ラジオ演芸の笑い「上方演芸会」が引き起こす

A   1960年代・所得倍増計画 テレビコメディーの笑い 「番頭はんと丁稚どん」「てなもんや三度笠」

B   1970年代・日本万博 お笑いブーム・やすし・きよし、てんぷくトリオ、コント55

C   1980年代・経済大国(車生産台数世界一)漫才ブーム 紳介・竜介、B&B、ツービート、セントルイス

D   1990年代(バブル絶頂期) 昭和天皇服喪で自主規制

E   2000年代 平成不況

F   2010年 貧困率世界第4

そして今の時代の川柳のお手本。
「天下を論じ国家を論じ金がほし」今川 乱魚(全日本川柳協会会長)

2009年11月29日(日)
犬と歩けば・再生 277

20091129日(日) 晴れ

 我が家、と云っても人間2人と犬1匹の高齢者世帯にパソコンやケータイを導入したのは、何を隠そう私である。ま、隠す必要もないが。
 所で今日、家人がやっと重い腰を上げて、ケータイをムーバからフォーマに変更すると云うので、船橋のドコモへ連れて行ってやった。私も今月中に処理する用事が船橋にあった。店の前について、(じゃあ)と帰ろうとすると家人が「ここまで来て、帰られたら困る」なんて気色ばむのだ。あれあれ、おやおやと思ったが、もしかしてこれも老化現象のひとつかなと思い直して、付き合うことにした。日曜日の午前1010分。店内はさすがにまだ空いていて、すぐに順番がきた。既に機種は決めてあるし、受付で在庫ありとの回答も貰った。「研修生」と大きな名札を付けた若い女性は、一生懸命に話しているが、多分マニアル通りだからなんとなくぎごちない。家人は担当者が説明中に回答を求めると困ったように、こちらを振り返る。それを何回か繰り返したのち、担当者は私に回答を求めるようにこちらを向いたが、知らんふりした。
50分ぐらいのやり取りの中で担当者は、3回「ここまでよろしいでしょうか?なにかお分かりにならないことがございますでしょうか?」と云ってくれた。孫娘が爺ちゃん婆ちゃんに、親切にしてくれている感じだ。乗り物の中で席を譲られた時よりも、ずっと自分たちが高齢者だと実感した

2009年11月28日(土)
犬と歩けば・再生 276

20091128日(土) 晴れ

 また鍋を焦がした。夕方、大相撲の終い何番かを見物していた。途中でなんだか焦げ臭いに気がついてはいたが、「ガスの火はちゃんと消したんだから・」と確信していて、台所を確認しなかった。
 琴光喜が白鵬と良い相撲をして負け、白鵬の12回目の優勝が決まった時にはもう決定的な臭いがした。急いで台所のドアを開けたら、煙が充満している。夕飯に使う「タレ」が鍋の中で黒く盛り上がり、半分はスミになっていた。
これは「注意散漫」「緊張感の欠如」で、若いころには殆んどなかった。と愚痴った所で問題が解決するわけでなく、「ガスレンジから離れる時には、指差し確認で消火を確認する」を励行する事とする。
 「こちらでの仕事が入ったから」と姉娘が突然帰宅して、「うーん、どれも美味しい。良い味」とか、お世辞を云って食べまくり、寝だめしてまたバタバタと帰って行った。

2009年11月27日(金)
犬と歩けば・再生 275

20091127日(金) 晴れ

 昨夜の8時過ぎ、突然お腹が痛くなった。原因は思い当たらない。もしかして「新型インフルエンザ」の前兆かとも思い、熱を計ったがない。然し身体がだるいので、もしかしたらこれから熱が上がるだろうかと、今日は1日蟄居して時々体温チェックをしたが、上がる気配はない。ぐたぐたしている時に娘からメールが入って、息子が2人インフルエンザに罹ったが3日目でだいぶ良くなったとある。電話して聞いてみたら、子どもたち3人は予防接種は受けていないが、一人は熱も大して出なかったし、一番下の4歳児はまだうつっていないという。本当に「新型だったのか?」と念を押したが、そう云われたと云った。とすると、今回の新型インフルエンザの感染力はあまり強くないと云うことか?でも風邪は万病のもと、用心用心。

2009年11月26日(木)
犬と歩けば・再生 274

20091126日(木) 晴れ

 先日マグノリアさんに貰ったパンをトーストして食べようとした所へまた、3人分のサンドイッチとお花を持って寄ってくれた。赤と黄2色のポインセチアだ。昨日も今日も20℃近い暖かさだが、来週はもう師走。家人も帰って来たので一緒にサンドイッチを食べた。
 残照の残っているうちに帰りたいので、早目(3時半)に公園に出かけた。
交差点を渡って団地に入ると、少し先をサムちゃん親子が歩いている。自分のことは棚に上げて、(こんなに早く)どうしたのかと聞いた。そうしたら、近くの病院は5時までやっているので、4時半に入って「眼底検査」を受けるつもりだと答えた。そして、今日は知り合いの看護師さんが受付にいるので、この間の「心筋梗塞」のホントの所を聞いてくるつもりだという。サムちゃんはこのところ、熱心に「禁煙」に取り組んでいるが、「心筋梗塞」の方はどうなったかと尋ねたら「心筋梗塞」のリスクをなくすために「禁煙」を始めた事がわかった。思わず、「なぁーンだ、その程度だったの」と云った。彼女の説明では、すぐにでもどうかなるような云い方だった。医者に「詳しい検査を」と云われ、頭の中が真っ白になったらしい。その詳しい検査は、来月踏み台昇降をした後の心電図を取るという。自分の事になれば、無理もないかな?

2009年11月25日(水)
犬と歩けば・再生 273

20091125日(水) 雨のち曇り

 夕方、サムちゃんとつるんで出かけたベルは、顔と胸一面に草の実を付けて戻ってきた。毛の質が違うからか、サムはそれほどでもない。エマやリョウもやって来て楽しく遊んでいる所へ、白とピンクの縞のシャツを着せられたハナコがやって来た。ハナコはそれぞれの犬たちに鼻を付け、或いは身体をすりよせて「ひさしぶりねぇ〜・またあえて嬉しい」と云うそぶりをしていた。
 実は2週間ほど前、ハナコは遊んでいるときにピーグル犬のワン太にかみついて、目の下と口の横に怪我をさせてしまった。所がハナコの親は素直に謝らないで、むしろハナコの近くで遊んでいたのが悪いと云う風なことを云ったから、ワン太のお父さんも怒ったとは、サムちゃんから聞いた話である。「いやね、ちび犬たちの親が聞きたがるから・・」などと言い訳したが、サムもよくハナコに足を噛まれていたから、ハナコの親へのうっぷんが溜まっていて、ここぞとばかり皆に云いふらしたらしい。
 そんなわけでハナコ親子も出ずらくなり、しばらく姿を見なかったのだ。
ハナコは公園に来ても、ああしちゃいけない・こうしちゃいけないと常に規制されているし、遊んでいてもちょくちょく身体を拭かれたりと、構われている。
見ているだけでもストレスが溜まる。一寸やりすぎではあるが、私はハナコに同情する。なんと云っても、こちらを見つめるあの大きな瞳には勝てない。

2009年11月24日(火)
犬と歩けば・再生 272

20091124日(火) 晴れのち曇り

 秋も深まり、我が家のベルも冬毛でモコモコになった。公園でベルに近寄って来た子どもには、なるべく触らせてあげる。触ってみた子どもは「ふわふわしてるう〜」とか「やわらかーい」と歓声を上げる。興味があって近づいてきたせいか、今まで怖がったり嫌がったりした子どもは一人もいない。
これを称してサムちゃんは「営業」と云う。小さい時に犬と良い関係だった子どもは、大抵犬好きになる。少なくとも犬に嫌悪感は抱かない筈で、それが犬たちに少しでも住み良い環境になるだろうという魂胆である。
 大人でもAさんのように、ウオーキングのついでに犬たちが遊んでいる場所に立ち寄る人もいる。Aさんは最近犬たちにおやつをくれるので、Aさんがやってくるとベルなんかは一目散に駆け寄る。それがまた嬉しいと(年金が出たからね)とか云って新しいおやつを持ってきてくれる。所がひょんなことから、Aさんは野良猫用のおやつも携帯しているのを、先日知った。さらにAさんは我々犬の親たちにも、飴玉なんかをくれるのだ。有り難い事です。 

2009年11月23日(月)
犬と歩けば・再生 271

20091123日(月) 晴れ

 夕方サムちゃんに会うと、禁煙「おしゃぶり」を口にくわえていた。いろいろ選べるが、今のはレモン味だとか。「ニコチン依存症」と診断され、21日から始まった禁煙プログラムは、2週間おきに「薬」の量を増やしてグレードをアップさせてゆく。1日目2日目が辛くてと顔をしかめたが、今日はまだ3カ目。先が思いやられる。「いらいらとか便秘などの副作用があったら、いつでも電話連絡してください」と云われたが、イライラの原因は分かっているし・・と笑う。ま、せっかく決心したのだから、ゴールにたどり着く様祈る。
 さて、昨日のドライブで、70代後半の男性が妻への土産に何を買うのか、興味があった。Aさんは美術館の売店で「ブローチ」、Bさんは地元名産品の中から高級和菓子(あんこを干し柿で巻いたもの)を買った。
 面識のあるそれぞれの奥さんを思い浮かべて、この品選びに納得した

2009年11月22日(日)
犬と歩けば・再生 270

20091122日(日) 曇りときどき晴れ

 急に決まって、お絵描き仲間3人で笠間の日動美術館へ「向井 潤吉展」を見に出かけた。
 昨日の教室で、Aさんは相変わらずカンバスを前にしてじっとしている。8月の手術以来、いつもこうなのだ。ご自分でも「なーんにもやる気がしない。うちにいてもおんなし」と云っている。6号のカンバスに輪郭を描いただけで3カ月が過ぎようとしている。そんなAさんに先生は「そういうときはこんな風な描き方をしては?」と3通りの対処の仕方を熱心に説いた。
またその隣のBさんも10月に京都・奈良を旅行して、石舞台古墳を描き始めたが、今日はAさんと同じようにカンバスを前にして「なんだか気がぬけちゃって」と云って、じっとしている。Aさんは「あ、俺のがうつった」とか云っている。先生はBさんにも、Bさん独特のタッチや空の色をほめてから、これから描き進める第一の着眼点を説いた。
 終わり近くになってAさんは日動美術館で開催中の「向井 潤吉展」が29日で終わってしまうと云いだした。Bさんが即座に「あ、行きたい」と声をあげたので、「行こう」と私も賛同した。結局他には希望者が居なかったので、3人で出かけることにした。なんと云っても私たち3人は、グループ最初からの大事なメンバーだ。「私は晴れ女だから帰ってくるまで、雨は降らない」と気持ちを煽った。
そんなわけで、急にAさんの車で出かけた美術館は、十分時間をかけて見て回ったし、ついでに笠間神社にも寄って「菊花展」を見物、魯山人の住まいも見物、満足して帰った。AさんもBさんも昨日とは打って変わって、いきいきと元気で「また、遊びに行こう」と約束した。

2009年11月21日(土)
犬と歩けば・再生 269

20091121日(土) 晴れ

 先月は公民館の行事や工事が重なって、油絵のお稽古は1回だけだった。その代り仲間たちと「県展」の見学に行ったりはしたが、久しぶりに皆と顔を合わせた。グループ展も終わってのんびりとしてしまった人や、来年の県展を目指してピッチを上げている人といろいろだ。今日の先生は気合が入っていて、一人ひとりの作品の講評に熱が入り1時間余をかけた。
 大体私たちのグループは、まずお茶を飲んでお喋りしながら先生を待つ。先生の講評を聞いてから各自制作を進め、3時半ごろ中間のお茶、そして最後にもう一度お茶と、お茶のみとお喋りの合間に少し描く。高齢者グループだから水分補給が大切なのだが早い話、集中力が続かないのだ。
 このところ副会長のAさんは気の毒なくらい、すっかり鳴りを潜めている。男性にしては高い声で、ああだこうだと云っていたのが、ろくに声も出さない。帰宅後「奥さんてそんなに怖いのかしらね?」と云ったらすかさず家人は「うん、こわい」とはっきりと云ったので、声を出して笑ってしまった。

2009年11月20日(金)
犬と歩けば・再生 268

20091120日(金) 晴れ

 この頃外から帰ると、良くうがいや手洗いをするようになったのはやはり、テレビなんかの「新型インフルエンザキャンペーン」のせいだと思う。
つまりインフルエンザ・ウイルスは鼻や口から入って鼻やのどの粘膜で増殖するから、それを防ごうと云うわけだ。然しワクチンは注射で血液の中に入れる。すると一時的に血中抗体値は上がっても、肝心の喉や鼻の粘膜には関係がなく不活性ワクチン(死んでしまったワクチン)だからすぐに消えてしまう。だから「インフルエンザ・ワクチンは効かない」と云うことは、ウイルス学者にとって常識です。・・・とまあ、今日届いた「週刊金曜日」に載っていた。これは、国立公衆衛生院疫学部感染症室長・母里啓子さんのお話。「そもそもインフルエンザは暖かくして休養をとっていればせいぜい2,3日で治る病気」だとも。さらに副作用や輸入ワクチンの添加物問題など母里氏が厚労省に問うたら、「ワクチン接種は義務ではなくあくまで任意」であると返事があったという。『何かあれば、それはあくまでも個人責任ですよと云うことだ。』対応した厚労省の「広報官」氏のお子さんは喘息があると云うので「では即、ワクチン接種ですね」と切り込むと、(自分の子供のことは)これから考えると云ったという。

2009年11月19日(木)
犬と歩けば・再生 267

20091119日(木) 雨

 日中の気温が8℃と、雨の寒い1日だった。
朝起きた時は調子が良いのだが、腰痛ははかばかしくなく、昨日出かけたので足まで痛い。これが老化ということだと、つくづく感じる。体験してみて初めて分かることで、そういえば親もそんなことを云っていたなと思い出す。
まして今日のような天気は、精神状態にも多いに影響する。
 そういえば朝からゲンが悪かった。寒いのでベルと近くを散歩していたら、珍しくハッピーと出会った。今日はセーラー服を着ていた。ハッピーはシーズー犬で部屋飼いの甘ったれ。ベルが近寄るとこそこそと飼い主の後ろに隠れた。
飼い主のお母さんが一歩前に出てきて、一気に喋りまくった。「亭主が定年で家にいるようになって3カ月。もうストレスがピークである。朝の散歩だけやらせていたのだが、今朝は寒いから嫌だというので仕方なく出てきた。」と主旨はそれだけのことなのだが、付随するあれこれがくっついて話は止まらない。
適当に相槌を打って、解放して貰った。

2009年11月18日(水)
犬と歩けば・再生 266

20091118日(水) 晴れ

 20万円ほど振り込む必要があって、銀行へ出かけた。この頃10万円以上はATMで振り込めないのは注意書きを見て知っていたから、窓口へ行った。振り込み依頼書と現金を添えて出すと、なんと「身分証明書」を請求された。驚き呆れながらも「免許証」を出すと、受付の事務員はちらりとこちらの顔を見て、手続きに取りかかった。さらに用紙をだしてそこに氏名、住所、生年月日を記入しろという。次にもう一度免許証を提示させて、その番号を記入した。事務員は「この番号を記入させていただきます」とは云ったが、例えばそこで私が断ったらどうなったろうかと後で思った。
 銀行を出てから、まるで警察の取り調べを受けたような、不快感が残った。何が「お客様」か。「お客さん」でいいから、もっと人間同士らしい扱いがほしい。多分そこで働いている職員も、人間扱いされていないんじゃあないのかと余計な心配をした。

2009年11月17日(火)
犬と歩けば・再生 265

20091117日(日) 雨

 一日中強い雨が降り続いて、家の中でも寒い。背中と腰にカイロを張り付けた。先日の認知症の話の続き。単に老化による物忘れか、病気かを簡単に見分ける方法の一つに、@ヒントを与えれば思いだすAヒントを与えられても全く理解しないと云うのがあった。さらに時計に何時何分を描いてもらうというのもあった。病気の場合、これが書けないそうである。病気と診断されれば薬があるし、将来はワクチンも開発されるとか。然し、現在新患予約は2カ月先だと云うから、高齢者ラッシュであることは間違いなさそう。
 夕方雨の中を歯医者に行った。自転車に乗ってゆくから、ハイキング用の雨コートを着て行く。受付の先生のお嬢様(色白でおっとりとして、これぞ真正深窓の令嬢の雰囲気を持っている)がゆったりと私に近づいてきて、こう仰った。「あのー、背中にホッカイロが付いておりますが、よろしいのでしょうか?」私の答え「アッ、ヤバイ」。せめて言葉づかいぐらい、優雅になりたいものだ。

2009年11月16日(月)
犬と歩けば・再生 264

20091116日(月) 晴れ

 先週の12日。韓国へ旅行に出かけた友人が「行って来ます」と、成田からメールをくれた。着信に気が付いたのが昼過ぎだったから、多分もう向こうに到着していて今から返事を出しても届かないと思った。
 でも試しにと思って「届くかな?」と送ったら、ナントナント彼女から「届いた」という返事が来た。それからはほぼ毎日、メールのやり取りをして、彼女からは写真まで送られてきた。
 ケータイは使うがその仕組みは全く知らない。このあたりでも花島観音公園から川向うに見える四角な塔は、「ケータイの中継だ」とサムちゃんに教えてもらったことがある。
また、成田空港で海外でも使えるという「ケータイ」のレンタルがあるのは知っている。マグノリアさん聞いたら、彼女の経験ではケータイのチップを交換しただけで使えたが、メール料金はべらぼうに高かったしそれにレンタル料、保険料などもとられたという。しまったと思ったが後の祭り。でも、私はチップなんて変えていない。でも届いた。どうして?と、懲りずにマグノリアさんを追求する。マグノリアさんはこんな説明をしてくれた。@私の送信メールはドコモの中継地にキープされ、相手に着信通知をする。A相手が韓国で読むと、相手に高額な料金が課される。帰国してから読む場合はいつもと同じ。なるほど。じゃあ韓国の彼女から発信されたメールを受信した私は、どうなるのかな?

2009年11月15日(日)
犬と歩けば・再生 263

20091115日(日) 晴れ

 昨日だったが、私の留守中にサムちゃんから電話があったと云われていた。その後連絡がないから大したことではないと思ったが、散歩に行く途中家に寄った。ドアーの前でベルがホニャホニャ鳴くと、中でサムが動く様子があってドアーが開いた。サムちゃんは仕事から帰って、30分ほど横になっていたと云いながら出てきたが左の額から流れた汗の跡が2筋黒く付いたままだった。
 電話の用件を聞いたが、なんとなく口を濁らせていて「心筋梗塞ってなあに」と唐突に聞いた。彼女の話は単語がぽつぽつ並べられるだけなので、意味が汲み取りにくい。やっとわかったことは「健診」に行って心電図を取ったら心筋梗塞を疑われ、心臓カテーテル検査を勧められたが、最近近くの病院でその検査で死亡した人がいたので、拒否したこと。特に病院で会計をしていた時、なじみの看護師ではない新米の看護師と婦長がやって来て「胸苦しいとか、変わったことがあったらすぐに来て下さい」と真顔で言われた事がショックだった事。それからあらゆることを想定して、悩んでいたらしい。聞き役に徹した。 

2009年11月14日(土)
犬と歩けば・再生 262

20091114日(土) 雨のち曇り

 台風のような雨の中、「認知症について」地域の学習会があり、精神科医の話を聞いた。
「この頃物忘れが多い」と自分、或いは身近な人にそう感じた時に、一体それが「自然な老化現象のひとつ」か、或いは「認知症と云う病気が原因」しているのかが一番知りたいところである。
 でも素人判断は無理で、専門医が各種検査をしても、はっきりとした区別がつかないことがある。その時は一応「前期認知症」(正確な病名は忘れた)として、6カ月後の検査を待つ。もう一度同じ検査をした段階で、はっきりと認知症と老化現象とに診断できるのだそうである。また、当人が受診を渋る時はどうしたらいいのか等々、具体的な質問にも答えながら、そもそも脳の構造から始まって、その働き。認知症の原因と分類。それぞれの原因に寄る症状と進み方。診察や検査はどんなことをするのか。治療はどうか?予防はできるのか。など詳しく分かりやすい話を聞いた。
いずれにしても、これからの高齢化社会を乗り切るには、「認知症」の正しい理解をもち、(家族まかせではなく)地域社会で認知症患者を介護する体制を作ることが急務である。その第一歩が「認知症の理解を深めること」で、帰ったら廻りの皆さんに伝えて下さいと云うのが、講師の希望だった。

2009年11月13日(金)
犬と歩けば・再生 261

20091113日(金) 曇り

 昨日に続いて今日も寒い。夕方の散歩に出かけた時は、手袋と毛糸の帽子を付けた。ベルはいつもの通り裸足である。午後から雨の予報だったので早めに出かけることにしたが、毛糸の帽子が見つからず少し遅くなった。
 公園の入り口でエマとお父さんに出会った。もうお帰りですかと聞くと、いつもの場所に座っていたのだが、誰も来ないし寒くて凍えそうなので少し歩こうと思うと仰る。では下へ行きましょうと池のほうへ降りて行った。「どうもこの頃物忘れが多くて・・」エマのお父さんが突然つぶやくように云った。エマのお母さんはもう半年前、いや今年になってからだったか夫の物忘れがひどすぎる、痴呆が進んでいるのではないかと私たちに云っていた。(私も同じですよ。失くしたものは諦めるようにしています。ストレスがたまるだけだから)とか慰めになるかならないか分からないような返事をした。エマのお父さんのどことなく不安そうな表情は変わらなかったから、やはり慰めにならなかったのだ。
 いつもの犬仲間が集まる場所に戻ると、向こうからエマのお母さんがやってきた。「○時に迎えに来るって、云ったでしょ?」「あ、忘れた」と低い声で会話があって、向こうからサム達がやってくるのが見えたが帰って行った 

2009年11月12日(木)
犬と歩けば・再生 260

20091112日(木) 曇り

 雨が止んだら、一気に寒くなった。
先月行った「正倉院展」は最終日の今日、平成天皇即位20周年記念日だと云うことで確か入場無料だった。以前一人で奈良に遊んだ時、近鉄奈良駅の2階でやはりボランティアの人から奈良の歴史などの説明を聞いたときに、新しい宮家を起こす場合、その命名は奈良から採るという話の枕で、ボランティアの人が窓越しに指差して「あそこに三笠山が見えますね」と問いかけたのに対して私は(あれはあんこがいっぱい入っていて美味しいですね。)と答えて、話の腰を折ってしまったことがある。さて、平成天皇は、「象徴天皇とはなにか」をずっと考えてきたと「お言葉」の中にあった。そうだろうなと、わけのわからない地位に祭り上げられて困惑している様子を想像して同情しつつ、なんだかおかしかった。今上天皇は「君が代」を決して歌わないとか。また、2001年の天皇誕生日に「桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると続日本書紀に記されている事に、韓国とのゆかりを感じます。」と発言、日本のマスコミに無視されたとか。それにもめげず今日の「お言葉」には、(過去の歴史を忘れるな)とも書いてあった。こんじょうてんのうを変換したら、根性天皇と出てきた。

2009年11月11日(水)
犬と歩けば・再生 259

20091111日(水) 雨

 前夜から昼過ぎまで、大雨注意報が出るほどの豪雨だった。
用事もあったが、腰も痛いしこんな天気の日に出歩いては社会の迷惑と考え、終日蟄居した。
テレビもラジオも終日、顔の整形手術を受けて逃走していたI容疑者逮捕で持ち切りだった。夕方のNHKニュースで同じ放送をしたアナウンサーは、30歳という容疑者と年恰好も同じ青年だった。多分社会人となって10年位の2人を、こんなにも隔たせたものは、一体何だったかと考えた。
 私ごときが考えたって分かる筈もない。ないが、誰でも落とし穴に堕ちる可能性はあると思うと、同じ人として切なかった。

2009年11月10日(火)
犬と歩けば・再生 258

20091110日(火)曇り・晴れ

 お昼過ぎに、ケアハウスの義姉から電話があった。用件を聞くと、「アレ?なんだっけ?」と云う。(お小遣いは足りている?)と問いかけたら、「そうそう、お金がなくなった」と答えた。私は押っ取り刀でケアハウスへ駆けつけた。受付で顔見知りの職員さんに事情を話し、お金をお借りしているようなことはないかと聞いたら、それはないという。私たちが話をしている1階、受付があるロビーで、誰かが大声で数人の職員さんと話をしている。何気なく振り向くと、なんと義姉である。向こうも私に気がついて「あら、どうしたの?」なんて云う。一人の職員が(壮健美茶が2本いるんですって)と云い、別の職員がファンデーションのケースを持って(詰め替えがほしいんですって)と云った。大ごとになっていたらしい。
 私は義姉を連れて買い物に出かける事にした。実は昨日から腰が痛いが、車に乗せてゆけば何とかなる。職員さんが気の毒がったが、ドラッグとスーパーを廻ってあれこれとたっぷり買い物をした。
 帰り道(義姉は構って貰いたかったのかな)と、思った。

2009年11月9日(月)
犬と歩けば・再生 257

2009119日(月)晴れ

 毎月通っている床屋の女将は、健康グッズが大好きだ。先だってまでは、直径1,5m位の円盤に乗って中心の柱に掴り、いろいろな動作をするものだった。新車1台分の値段とかで、1回だけ乗った。買うまでに2年考えたと云うが、いつの間にか姿を消して、今度は「酸素チャンバー」とか云うものにかわった。
ハンカチ王子が連投の疲れを癒したということで有名になった「酸素強制吸入器」である。通ってくる回数に応じて入れる顧客サービスだからと勧められたが、時間がないと云って断った。今回は「4,5回入るとすっきりする。特に二日酔いの時は効果があるってお客さんが云っている」と勧められた。私は密室が怖い。ホントはエレベーターも嫌いだから、あんな棺桶のような所に入るのはまっぴらごめんだ。本当の効果のほども疑問だった。折よく1030日号の「週刊金曜日」にその記事「酸化と老化」(健康長寿のためのエネルギー医学)が載った。「疲労の最大原因は酸素不足だから疲れた身体には酸素だが、酸素の消費量を増やすと同時に、活性酸素も増えて老化が早まる」と云うもの。「長寿者を生む条件の一つは高地で空気が薄く酸素量の少ない地域」だと云う。なんだってリスクは付き物だった。

2009年11月8日(日)
犬と歩けば・再生 256

2009118日(日)曇り・晴れ

 県展が終わった。搬出に行ったが、初めてで様子がわからないので、受付で聞いた。4時きっかりに自分の絵は自分で外して部屋の入口の受付へ持参し、預かり票も見せて、OKを受けて持ち帰った。

 娘の連れあいから、メールが届いた。娘はめったにメールをくれないが、連れあいのほうは折々に、子どもたちの写真や様子を送ってくれる。娘と喧嘩をしているわけではないが、3人の子供を育てながら仕事も持っているので忙しいのだ。
娘の長男いたるが明日満10歳になる。彼は2歳半を過ぎたころからぱったりと笑顔がなくなり、いわゆる自閉症児と診断された。その日から娘たち夫婦は、実によく協力し合って今日まで来た。そして今日私が受け取ったメール。
『千葉のおばあちゃん、おじいちゃん
いたるが生まれ、10年がたちました。
いたるには小さな出来事に小さく深く感動する気持ちを教わり、そして皆さんには支えていただいているおかげで素朴な暮らしの毎日をいただいて、幸せです。
本当にありがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願いします。』
 私の涙線もすっかりゆるくなった。

2009年11月7日(土)
犬と歩けば・再生 255

2009117日(土)立冬 晴れ

 ひょんなことから、仲間3人で成田山新勝寺をお参りした。立冬の今日は暖かで穏やかなお天気。七五三参りの子どもと親、そのまた親たちに出会った。特に男の子は、一昔前の演歌歌手のような派手な着物と袴姿を多く見かけた。
私の一番古い新勝寺の記憶は、小学校に上がる前だったと思う。母に連れられて急な石段をよじ登ると、沢山の亀がいたことと、石段を登り切ったすぐ右手に古いお堂があって、その中の大きな筒状のものを反時計廻り(だったと思う?)に何回も廻した事。1回廻すと1回お経を読んだと同じご利益があると教えられた。確かマニ車という名前もその時に聞いたと思う。後年、母にその時のことを聞くこともなく過ぎてしまったが、あの時母は何を願ったのだろうか?
2年前チベットに行って、マニ車の携帯版を見た。人々(特に高年女性)が、円錐形のようなものを持って、そこから下がった重石をぐるぐる振り回しながら歩いているのを、街中でも地方でも良く見かけた。私たちは意外とチベットといろいろな意味で、近いのではないだろうか?そうそう編集長はここの建築に携わり、お寺がダライ・ラマを招聘した時には握手をして貰ったという稀有の経験をお持ちとか。
それにしてもここは来る度に建物の数が増え、派手に彩られてゆく。(やっぱりお寺って儲かるんだわ)と私たちは噂しあった。
ちなみに「マニ堂」は修理中で囲いがしてあった。

2009年11月6日(金)
犬と歩けば・再生 254

2009116日(金) 晴れ曇り

 編集長の献立にはよく「いもの煮っ転がし」が出てくる。それに出くわすと私も食べたくなる。そんなわけで今晩はサトイモを煮た。人参や蓮根それに干し椎茸も入れた。ゴボウが残っていたのでこれも皮を擦って切ってみたが、中がすかすかで美味しくなさそうなので止めた。とり肉かなんかがあれば良いのだが、あいにく何もなかったので、夕べのよせ鍋の残りの汁と椎茸の戻し汁に調味料をくわえ、ゆっくりと煮た。
 新サトイモが出るとすぐに「イモ煮会」を連発する仲間がいるが、この時期のサトイモは本当に美味しい。外側は醤油色が付いているが、箸で切ってみると中は真っ白。口に入れると軟らかく粘りがあって甘い。それに新米の炊きたてご飯。もうダイエットなんてなんのその、大地の恵み旬の味を思いっきり戴く。
 所で編集長に、県展入選を祝って貰った。今朝お互いに都合がついて、急きょお昼ご飯を一緒に食べることになった。編集長の喉の2回目の手術以来、今日は初めてお目にかかる。実はホームページの写真(献血感謝の集いでの)が、かなりやつれたように写っているので声の出よりもそのほうを心配していたのだが、店の前で声を掛けられてその心配は一気に飛んだ。健康そうな赤い頬でニコニコしているのは、なーんだいつもの編集長じゃん。昨年の大手術前に仲間たちと激励会をして、それ以来だから編集長は丁度1年ぶりの亀楽だ。産地で雪が降ったので今年の茸はもうおしまいということで、期待した「きのこ鍋」ではなかったが、美味しかった。来年も奢ってもらおうっと。

2009年11月5日(木)
犬と歩けば・再生 253

2009115日(木) 曇り

 今朝、6時頃だったかベルと散歩に出て、私も白っぽい満月を西の空にそして雲が懸った朝日を、東に眺めた。蕪村のぱくりで一句。「月残り朝日をあびる忘れ菊」蕪村さん失礼しました。
 「ねえ、ねえ皆でさ。仕事休んで名古屋へ探しに行こうよ。1千万だってよ、1千万」夕方の公園で犬仲間が集まった時、Rのお母さんが笑いながら皆に呼びかけた。一千万円とは、逃走中の殺人犯にかけられた懸賞金の額である。名古屋で整形手術をうけたという犯人について、ああだこうだと散々話の種にして喋った後のこと。「なーに、皆で行けば、交通費だの宿代だのかかるし、誰かがせっかくだから見物でもしようなんて言い出したら、あっけなく金はかさんじゃう。そのうち犯人はとっくに名古屋から出て行ったなんて事もありだ。」現実派のHのお父さんがせっかくの提案を一蹴した。
 馬鹿な話をしているとあっけなく夕闇が降りてきて、寒さが身にしみた。帰り道サムちゃんは口角泡を飛ばして、民主党の悪口(今日は、日教組攻撃)を云っていた。

2009年11月4日(水)
犬と歩けば・再生 252

2009114日(水) 晴れ

 毎朝ウオーキングをしているというYさんが「今朝はきれいだったよ。西にはまだ満月が懸っていて、東からはお日様が昇ってきた。」と云った。そう、夕べの満月は雨戸を閉めながら何度ものぞいた。明るく冷たい晩秋の月だった。
今朝は霜も降りたらしい。夕方犬仲間が集まると口々に、ホットカーペットを出したとか、朝だけ暖房を入れたとか云っていた。我が家はとっくにホットカーペットあんど炬燵を使っている。ベルは自前で体毛が増え、一層むくむくとなった。
 所で、我が家の電子レンジは新しいものではないが、セットした時間が過ぎて直ぐに出さないと催促音がする。それも少しの間をおいて何回も。こちらは忙しくて手が離せないから出さないのに、何回も催促されるとつい、「ワカッテル」と声を荒げる。私の声に驚いて、電子レンジは黙ってしまう。炊飯器もポットも出来上がりの音がする。お風呂なんて「もうすぐわきます」と、予告までする。人間が道具に指図されるのはもう近い。いや、事実上始まっている。そのうちに家庭内電気機器を一手に制御するロボット(機器)が出来るね。家事だけでなく健康管理もするようになる。そんな暮らしって、どうかな?

2009年11月3日(火)
犬と歩けば・再生 251

2009113日(火) 晴れ

 今朝、向かいの奥さんと「寒いですねぇー」と挨拶した。

「奈良の休日E」
 JR奈良駅発840分の電車に乗るために、15分にタクシーに乗った。前回来た時もそうだが、奈良のタクシーは本当に気持ちが良い。勿論ワンメーターでも嫌なそぶりは伺えないし、どの運転手さんもこちらの要求に沿った情報をそれとなくくれたりして、知らず知らず大事にされているという気分になるのだ。私たちが法隆寺に行くと云うと、懐中電灯使用許可になったと教えてくれた。「お金はろうてみにきてんのに、真っ暗でなんにもみえないのはおかしい」という市民の声に押されたという。お寺も随分と変わったとも言っていた。
今回私たちは、この懐中電灯OKの恩恵を早速受けた。「玉虫の厨子」に玉虫の羽が残っている2ヶ所を見ることが出来たのだ。私は東京国立博物館の法隆寺宝物館の入口にある「玉虫の厨子」のレプリカは何度も見たが、ただの真っ黒にすすけた四角い箱だったから、懐中電灯の光の先に緑色の虹に輝く部分を見てとても感激した。「玉虫の厨子」を企画した人、製造にあたった人たちはどんな人たちだったかと思った。私たちはボランティアガイドのHさんに教えられたのだが、廻りの見物客も私たちと一緒に見ていた。
主な建物を一回りしたところでHさんは、「今までの中で、聖徳太子がご覧になったと思われるものは何か?」と私たちに質問した。私も法隆寺は数回来ているが、遠メガネを逆さに見るようなこの質問が、新鮮だった。教科書とお札に乗っているだけの遠い聖徳太子が、いきなり近寄って来たような気がした。私たちが答えられずにいると、隣で聞いていたおじさんが答えさらに質問をしていた。ほらね、みんな知りたいんだ。聞きたいんだ。
Hさんはたとえば私たちが単に「エンタシスの柱」として覚えていることについても、日本では古来「胴張」という技術があり、構造もエンタシスとは少し違うと云う風に、目の前の景色を具体的に噛み砕いてくれるので、わかる。わかるから面白い。面白いからもっと聞きたくなる。
こんな風にあっけなく時間が過ぎて、私たちの帰る時間となった。
連れの友人は、「こんどの旅行ではちっともお腹が痛くならなかった。楽しかったからかしら?良く歩いたからかしら?」というので「その両方」と答えた。
彼女は、来年も絶対に行くときっぱりと云った。

2009年11月2日(月)
犬と歩けば・再生 250

2009112日(月) 曇りのち雨

「奈良の休日D」

 「石仏の道」のガイドをお願いした私たちと同年輩のTさんは「健康のために始めたが、実は今日が初仕事だった」と仰った。私の連れは「お互い健康に気をつけて、社会貢献しましょう」なんて校長先生の訓示みたいなことを云った。私は握手をして、お礼を云った。
 奈良市内に戻って、東大寺に向かう。修学旅行の生徒や観光客でごった返している。例の新型インフルエンザの関係で、修学旅行の日程が後押し、前倒しとなって8月末から混雑しているとは翌日、法隆寺で聞いた。思いがけず奈良公園は紅葉が進んでいて、ぶらぶらと歩いて楽しんでから参道もどる。焼き芋屋が出ていて、白人の女の子が買っている。連れは「お腹は痛くないが、食べようかな」と云って焼き芋を買った。「スモールひとつ」。400円だった。
 夫の転勤で奈良にいる連れの友人Yさんと、夕食を一緒にした。転勤族だと云うYさんに、他所と較べて奈良市で気が付いたことを聞いたら、転入届を出しに行った時、最初に渡されたのは(人権にかんするパンフレット)だったと云った。私たちは「橋のない川」の舞台だねと、納得した。

2009年11月1日(日)
犬と歩けば・再生 249

2009111日(日) 曇りのち雨

「奈良の休日C」

 岩船寺でガイドのTさんが、少しのぼると見晴らし台に出ると云う。「そお、じゃあ行ってみる」と、私の連れはいそいそと返事をした。確かに視界が切れて「左が奈良、右が京都、あの山の向こうが大阪。そしてあれが木津川」と説明されると連れは「以外に海に近いのね」と感心していたが、宿に帰ってから「あれはきつかった」とこぼした。手術の後遺症で両足がいつもしびれていると聞いてはいるが、私が同情したって治らないから聞き流した。風もない穏やかな日差しの中を、点在する石仏をゆっくりと見て歩いた。浄瑠璃寺門前の茶屋で昼食とした。連れは何がお勧めかと聞いてから、3人とも暖かいとろろそばに決めた。さらに友人は、食べられないからそばの量を半分にしてくれと頼む。女将は気を利かせて(では残りはこちらの方に付けましょうか?)と云うので、私は「はい」と答えた。「いえ、この人は太っているからいいです」連れはこう言って捨てた。
 浄瑠璃寺では公開中の美と幸福の女神「吉祥天女像」を拝むことが出来た。美しいだけではなく、あでやかな感じがする。時代を超えて、魅力的だ。良い事ありそうだから、帰りに奈良駅で宝くじを買おうかなんて相談した。
ここの庭は「浄土庭園」と言われ、いろいろな由緒があるらしい。「観月会と云うのがあり、一度拝見する機会がありました。この時は本堂の扉が開かれて、池の水面にご本尊のお顔が映り、それはもうこの世のものとは思えません。」ガイドのTさんが頬を赤らめ声の調子を一段と上げて、熱心に語ったが一般公開なし。テレビで放映されたことはあるらしい。
 バスの停留所までだらだら歩いていると、足元に枝つき柿が落ちてきた。垣根の向こうで、男性が2人がかりで柿を落としていた。見上げると(どうぞ)と云うので、有り難く頂戴した。実は少し崩れたが、木なりで熟した柿はあまーい香りで鼻もくすぐる。「これなら食べられる」と連れが、一番先に口を出した。結局3人で二口ずつ食べて、手をべたべたにした。 

2009年10月31日(土)
犬と歩けば・再生 248

20091031日(日) 晴れのち曇り

 「奈良の休日B」

 旅行2日目は、岩船寺から浄瑠璃寺までの「当尾ハイキング」。奈良から3つ目の加茂駅でボランティアガイドのTさんと落ち合う約束で、奈良発854分に乗ったが車内はガラガラ。一つ目の駅は「平城山」と云う名前だった。えっつ?なになに?あの♪ひ〜とお〜こおわ〜という、歌の平城山かしらと、私たちは慌ててあたりをキョロキョロと見まわした。電車は進むにつれて、里の秋の風景に入って行った。
 ボランティアガイドのTさんは改札口で待っていて下さった。約束のガイド料千円と、バス代600円を支払う。「ふるさと案内・加茂」にガイドを申し込んだ後、Tさんは電話を下さって「何も分からないがよろしいでしょうか?」と云われた。こちらとしてはガイドをお願いしたのにそう言われては返事に困るが、(地元の方とご一緒に歩いていただけるのが安心です。)と答えた。とにかく、秋の空はたかくてお日さまはピカピカ。かわいいバスは山道をどんどんと高度を稼いで行った。私たちは奈良と云えばすぐに「柿食えば・・」の子規の句を思い出すが、その通り道の左右には柿の木が沢山実をつけていた。そしてどの木も私たちが見慣れている柿の木よりも、はるかに背が高い。

 終点で降りるとすぐにみやげ物屋と「つりみせ」が目に入った。「つりみせ」は初めてお目にかかったが、掲示板をワイドにしたような構造物で、2,3列釘が並んでいる。そこに山村の農産物がビニール袋に入れられて、つり下がっている。値段はどれも百円、つまり田舎の百均である。しかも税金はなし。ちなみに中身はなす、インゲン豆、赤・青唐辛子、梅干し、小豆類、干し大根、干し筍など。有人のお店にはそれに菜っ葉、お花、お米、味噌などが加わる。都会と較べると格段に安く、かつ新鮮。私たちは「帰りに寄る」と誓って、岩船寺に向かった。

2009年10月30日(金)
犬と歩けば・再生 247

20091030日(土) 晴れ

 八千代市の川柳仲間が、はるばると県立美術館へ私の県展入選作品を見に来てくれた。彼女たちは普通、京成線や東葉高速鉄道を使うから、めったに千葉の中心へやってくることはない。みんな旅行気分で、モノレールが面白かったなどと云ったり、ヨネちゃんは今朝もいできたというみかんを、土産に持参してくれた。

「奈良の休日A」

 初日は東京駅を933分の(ひかり507)に乗った。私たちは「大人の休日倶楽部」というのに入っていて割引チケットを買ったのだが、頻繁に発着する(のぞみ)は割引対象にならない。私は連れのAさんに、正倉院展の去年の入場者は26万人だったと云えないでいた。1日平均13千人の入場者である。入場しても、見物客の背中ばかり見ておしまいということになりかねないのではないかという心配がある一方、(夕方が比較的空いている)という情報もあったので、3時頃に入ればなんとかなるのではと、思っていた。
 私たちは2時半ごろ奈良国立博物館に到着したが、以外にも「ただ今、待ち時間ゼロ」と表示があり、スムーズに入れた。説明のイヤホーンを借りて回ったが、気に入ったものは近くでじっくりと見ることが出来た。美しいものが沢山あった。特に印象の残ったのは光明皇后御書「楽毅論」。力強く、明快な書を見ていたら、そうかこの人は千年の後世に残る大プロジェクト「正倉院」をやってのけた人なんだと、実感した。日本史上には何人もの強い女性が存在する。

2009年10月29日(木)
犬と歩けば・再生 246

20091029日(木) 晴れ

 友人と連れ立って、奈良へ「正倉院展」を見に出かけた。友人は15年前に大病を患って、いまだに後遺症の腸閉そくに悩まされている。その上、先日「肝炎」と診断されたが、検査の結果「ウイルス性」ではないと判明。原因はいまだにわからないが、まずは良かった良かったというわけで出発した。出発当日は、前日までの大雨・大風がうそのように収まってお天気となり、旅行中の3日間は暑いくらいの上天気だった。意外だったのは奈良公園の紅葉が進んでいて、(人混みにも拘わらず)背景の緑に引き立ってとても美しかった。
 今回の23日の旅の日程は、1日目は正倉院展、2日目は岩船寺から浄瑠璃寺まで「石仏の道」のハイキング、3日目は法隆寺と決めた。そして2日目3日目とも地元ボランティアガイドをお願いした。一概にボランティアガイドと云ってもその内容は随分と違う事を知った。然し、その土地の人たちに案内され親しく話をするのは、旅の内容を濃く深くしてくれ結果として旅の楽しみを何倍にもしてくれた。

2009年10月26日(月)
犬と歩けば・再生 245

20091026日(月) 雨

 大雨の中を、いつもの歯医者に行った。私と同年代の先生と、いつも無駄口を叩く。そして今日の話題もやはり「老化」。
(自分の体調が悪い時、その原因が老化ではないかとも疑える時、医者にかかるかどうかの判断基準をどこに置くか)という私の問いに「うーん、我慢できなくなった時だね。」とは、先生の答え。云ってみれば、当たり前のことだ。ではあるが、身に覚えのない不調があれこれと起こると、つい不安になる。「そうなんだよ。でもいちいちそれにつきあっていたら、しょっちゅう休まなくちゃならない」とも。(でもさ先生、ちょっとしたことでも通ってくると、結果として歯は長持ちするんだよ。)って、この前いったわよと、考えているのを見透かしたように、「だから定期的に見てもらうのが良いんじゃない?」と付け加えた。
 自分への誕生日プレゼントで、明日からあこがれの「正倉院展」を見にゆきます。3日間お休みします。 

2009年10月25日(日)
犬と歩けば・再生 244

20091025日(日) 雨

 夕方の公園は冷たい風が吹いて、じっと立っていると寒い。犬は寒いくらいが丁度良いらしくて公園までベルは全速力で走り、それに合わせるのに私は必死で自転車を漕いだ。公園にはエマちゃんしかいなくて、珍しくベルはエマちゃんと追いかけっこをして遊んだ。かなり遅くなってサム達がやってきた。お母さんは着ぶくれて、咳をしている。「夕方になると咳が出て・・」と云い始めてからもう1週間は経っている。「風邪薬はのんでいるんだけど・・」と言い訳をした。風邪には保温と休息、栄養。丁度仕事も休みだし、ゆっくりしたらとすすめると、「半日も寝ると身体が痛くなる」と云った。今までは月末が仕事納めだったのに、仕事が少なくて今月は22日が仕事納めだと聞いた。おまけに支払いは2カ月先で、それが嫌ならどうぞお辞め下さいという会社の態度だと、苦々しく言った。車を買い換えてローンは3年先まであるから止めるわけにはいかない。バザーで10円の箱を買おうか?200万円入っているかもねと笑った。

2009年10月24日(土)
犬と歩けば・再生 243

20091024日(土) 曇りのち雨

 夕方から雨になった。先日図書館から借りてきた4冊のうち、残りの1冊を読み終えた。「老いるということ」黒井千次。
 年をとったからと云って、年寄りの事がわかるわけではない。むしろ身体的機能の劣化不具合に、戸惑ったり驚き迷うことばかりだ。一寸した不調でもその原因が医者に相談するべきものか、老化による自然現象なのか判断に困る。一方で気持ちは、若い時そのままと云うなんとも座りの悪い不安定な状況が、この本を手に取った動機だった。
 著者は真面目に文献にあたり、考えを深めた結果、「自分が老いたという自覚は、とても大切」としながら「ではいかに老い続けるか」の答えは「ない」という結論に達している。老いを生きるのは、それだけ難しいのか。

2009年10月23日(金)
犬と歩けば・再生 242

20091023日(金) 晴れのち曇り

 今朝も静かな秋の1日が始まった。ケータイが鳴って、思いがけずマグノリアさんから昼食のご招待を受けた。誕生日に食事に誘われるなんて、空前絶後今までの人生で経験したことがない。勿論ありがたくお受けした。小さな落ち着いたレストランのフランス料理は、特に「茸スープ」が香りも良くて美味しかった。食後は川村美術館の庭を散歩した。道沿いに青いりんどうが咲き乱れ、10月桜も小さな八重の花をたくさんつけている。水場近くに思いがけない数のトンボが舞っていた。近寄ってよく見ると、あの銀色に輝いた羽根は色あせて端が破れていた。日一日と秋は深まっている。マグノリアさんに「また1年お元気で」と励まして貰った。すごーく、とっても、チョー素敵な1日だった。

2009年10月22日(木)
犬と歩けば・再生 241

20091022日(木) 晴れのち曇り

 3か月振りに銀座のかかりつけ医に出かけた。ついでに犬仲間、エマのお母さんの絵を見に、上野の都立美術館に回る。今年も招待券を貰ってあるのだ。エマのお母さんは画家で、毎年上野に出品されるほか、グループ展や個展も開催している。色彩の豊かな楽しい絵だ。この数年はポルトガルの市場で働く女たちをユーモラスに描いている。所で画家って何だろうとふと思って、辞書を引くと「絵を描くことを職業とする人」とある。そうかやっぱりお金を稼がなくては「画家」とは言わないんだ。サムちゃんの話では、エマ母さんは以前大分売れて税金がどうのという話をしていたと云うから、本物の画家だ。
 でも「詩人」と引くと(詩を作る人。詩を解する人)とあって、「詩を書くことを職業とする人」ではない。作った詩は売れなくても詩人と云うらしい。いや作らなくても、理解すれば詩人となれるらしい。うーん、この「画家」と「詩人」の間の大きくて深い溝はなんだろう?・・暇だって、云われそう。

2009年10月21日(水)
犬と歩けば・再生 240

20091021日(水) 晴れ

 今日のニュースは、昨日の初代西川社長の辞任を受けて、新しい日本郵政社長の発表だった。
このところ政治ニュースをよく見る。なぜかと云うと面白いから。なぜ面白いのかと云えば、誰が何をどう動かそうとしているのかがオバサンにも良くわかるから。そして大臣と云うものが、こんなにもよく働くものかと驚きながら見ている。
 女優の南田洋子が亡くなった。夫の長門裕之は、彼女の闘病の姿を公開して賛否両論を呼んでいた。長門裕之は公開の理由を「公開することで、同じ闘病者に勇気を与えたい」と語っていたが、はたしてそんなきれいごとだろうか。長門は病妻の現実を、(精神的に)一人では受け止めきれなかったのではないか?彼を責めているのではない。高齢者社会と云われているが、はたして「老いる」と云う事を理解し、受け入れている人がどのくらいいるのだろうか?社会的共通認識と云うものが、あるのだろうか?老老介護をしている私自身の迷いでもある。毎日マスコミで見えてくるのは、高齢者を消費の対象とした「アンチエイジング」或いは「介護」用品の数々でしかない。

2009年10月20日(火)
犬と歩けば・再生 239

20091020日(火) 晴れ

 昨日の編集長の「闘病日記」を読んで、娘さんの心根の優しさに、私もついうるうるしちゃた。
 用事もあったが、お昼を誘おうと思って早やめにケアハウスの義姉を訪ねた。
今日はテレビもつけず、ベットに座ってぼんやりと外を眺めている。掃除を終えて、お寿司を食べに行こうかと誘ったが、珍しく乗ってこない。身体を動かすのが大義のようだ。ケアハウスの食堂に送って行く時、靴のほころびに気がついた。別の靴もあるのだが、履きなれたこの靴ばかり履いている。そのことで同じエレベーターに乗り合わせた知り合いを「他にも良いのがあるのよ。部屋に飾ってあるんだから」なんて煙に巻いていた。こういうやり取りを聞いていると、本当に具合が悪いのかどの位ボケているのか迷う。

2009年10月19日(月)
犬と歩けば・再生 238

20091019日(月) 晴れ

 日曜日に図書館から4冊借りてきて、うち3冊読んだ。読んだ順に「最後の日本人」斎藤明美著・「童謡は心のふるさと」川田正子著・「この世でいちばん大事な「カネ」の話」西原理恵子著。一番面白かったのはやはり、西原理恵子。以外に怖い話だと思ったのは川田正子の自伝。川田正子と云っても直ぐに「ああ、童謡歌手の」と思い出す人は少ないとおもうが、戦前・戦中と「みかんの花咲く丘」や「里の秋」を大ヒットさせ、大人の芸人が少なくなったNHKを支えた一人だったらしい。彼女が現役の歌手として活躍したのは4年間だったというが、それが意外に思えるほど日本中にその名が広まった人だった。俗に「川田3姉妹」と云って正子・孝子・美智子が居たが、美智子だけは正子の恩師・海沼実が父親だった。先頃までラジオ深夜便で“3代目海沼実”と称する男性が童謡の解説をする時間があったが、彼は美智子の息子である。すべて母親の言いなりになっていた正子。反抗をしていたとみられる孝子。然し抑えた文章のあちこちに母親への怨嗟が見て取れるのである。この文章は彼女が66歳ぐらいで書かれたものだから、その怨念の根強さに驚く。後から読んだ西原理恵子と較べても、子どもは幼少時に無条件で可愛がられる必要があるとつくづく思う。ついでに「汽車ぽっぽ」という童謡をご存じだろうか?あの♪キシャ・キシャ・シュポ・シュッポ・・という歌。あれは戦争中に少国民のための「兵隊さんの汽車」という歌を戦後、「汽車ぽっぽ」になおしたものという。「最後の日本人」は、著者の思い入れはわかるが、聞いたような話ばかりで面白くなかった

2009年10月18日(日)
犬と歩けば・再生 237

20091018日(日) 晴れ

 思わず深呼吸したいような“これぞ秋晴れ”の1日だった。図書館の帰りに区民祭りの公園へ立ち寄る。目玉の野菜(特に泥ねぎと大根)を買うためだ。お祭り開始は10時のはずだが、10時半に行ったらもう、売り切れ。犬仲間が8時半から並ばなくちゃだめだと教えてくれた。でも「介護保険アンケート」に答えて大根を1本貰ったから、ま、いいか。海難被災者のために少し募金したら、ブルーの羽根をくれた。野点でお茶と草もちをいただく。100円。舞台では次々と出し物を乗せている。「タンポポ児童合唱団」はやはり、私たちの「愛唱歌を歌う会」よりも格段にうまい。胡弓の切ない音が聞こえてきて、次は「おわら節愛好会」の踊り。20数年前、真冬の富山でこの踊りを見たときのことを思い出さずにはいられない。あの頃の仲間たちも半分は遠くに行った。
 夕方5時前にベルを連れて公園に行くと、まだ片付けをしていた。ベルが拾い食いをしたので、よく見たら焼きそばが落ちている。「あぁあ、そのあたりは食べ物屋が並んでたところだ」とサムちゃんが云った。

2009年10月17日(土)
犬と歩けば・再生 236

20091017日(土) 晴れ

 いつもの公園は明日、区民祭りの会場になるので、準備に多くの人が忙しく立ち働いている。サムちゃんたちは親戚の法事で出かけると云っていたので今日はいない。ウオーキングのついでに、犬たちと遊んでゆく韓流大好きのAさんが向こうからやってきて「今日は誰も(犬仲間が)来ない」と、ぼやいた。犬たちが居ないから今日は公園を2周もしちゃったという。でもベルと一緒にもう1周しちゃおうかなと云うので、そうしましょうと誘った。ベルはAさんのおやつを独り占めだ。Aさんは昨日、年金が出たから犬のおやつを買ってくると云っていたのだ。公園を半周していつもの所まで来たら、リョウが居てハナコも来た。そこで少し遊んでから私たちは、邪魔にならないように端のほうを歩いて、早々に帰った。ベルは準備中のテントの支柱におしっこをかけようとしたので、あわてて引き離した。

2009年10月16日(金)
犬と歩けば・再生 235

20091016日(金) 晴れ

 昨日のコンサートの後、3人で有楽町から銀座へ出た。銀座4丁目角の和光は改造後入ったことがないので、数を頼んで地下売り場へ行ったら、時計売り場になっていた。以前は衣類から陶器、貴金属アクセサリーなど数種類の商品を扱っていて、見て歩くだけでリッチな気分に浸れたのだ。客も見当たらないし、私たちはいかにも場違いの客なので、退散する。そうそう和光の手前に新しくグッチの店ができていて、店先には190センチぐらいはありそうな若い男が突っ立っていた。同行のAさんがちらりと見て「イケメンね」と云った。私はガードマンかと思ったが、女性客を引き寄せる役廻りなのか?
 隣の木村屋に入る。夕方で小腹が空いていたので、あのパンこのパンのお試し用を食す。3人がそれぞれパンを買ったが、小さなあんパンが1189円とはさすが銀座値段だ。次は三越の地下食料品売り場へ。結局コンサートより、いつもの買い物ツアーになって収まった。

2009年10月15日(木)
犬と歩けば・再生 234

20091015日(木) 晴れ

 ひょんなことからABBAコンサートのチケットが(それも4枚も)手に入って、誘い合わせて出かけた。初めはあのABBAがまさかと思いながらも「甦る伝説のコンサート」とうたってあるしと半信半疑で出かけた。
 結果的にはABBAのヒット曲を同じようなスタイルで見せるコンサートだった。
チケットをよく見ると、小さな文字で※本公園は“アバ”の公演ではありませんと入っていた。然しコンサートのスタイルは昔と同じで、舞台と一緒に観客も拍手をし腕を振り身体をゆすりと、一時も休ませてくれない。それにも関らず私たち4人のうち2人は(あの耳をつんざく音量にもかかわらず)殆んど居眠りをしていた。私は居眠りをした一人だが、Aさんなんぞは熟睡していた。立って身体をゆすっていたBさんは帰りの電車内で、本当に疲れた顔をしていた。
 耳が覚えているあの曲この曲を聴いて盛り上がっている舞台を見ても、まったく気分は乗らなかった。むしろ過ぎ去った時間は戻らないという当たり前のことを確認させられ、苦さと虚しさだけを感じた。どんなことをしてもあの頃は戻らない。私はわたしでまた、新しいカンバスに新しい絵を描くしかないのだ。

2009年10月14日(水)
犬と歩けば・再生 233

20091014日(水) 晴れ

 「明日刈り取るから、もう採っても良いんだって」サムちゃんがどこからか聞きこんできた。花島観音下の川沿いに咲いているコスモス畑の事だ。台風の後行ってみたら、花はちぎれ同じ方向に倒れていて、もう蕾もあまり付いていなかった。渋っているとサムのお母さんは、さっさと川の近くに住んでいるRくん家へ電話して、鋏を持ってと頼み、皆を誘った。ベル、サム、Mはどこへゆくのかと興奮気味。案の定、花も蕾もろくになかったが、犬たちはいつもと違う場所で遊び人間もしっとりとした秋の夕暮れを楽しんだ。
 サムちゃんは病院へ収容されたホームレスのことを、今度はMのお母さんに話して「税金を使うのは、庶民感情として受け入れがたい」を繰り返している。(とにかく、これで公園からホームレスはいなくなったのね)と確認すると「いや、まだ定住はしていないが新しいホームレスが2,3人様子を見に来ている。」という返事だった。

2009年10月13日(火)
犬と歩けば・再生 232

20091013日(火) 晴れ

 昨日の続き
上野へは良く来るし、その3回や5回に一度はアメ横による。然し、アメ横に地下街があるのは知らなかった。今回はわかったので勿論寄った。まして食料品街とあっては。然し急な階段である。思わずエレベーターのボタンを押そうとしたら「ダメよ。歩くの。」医者からとにかく歩いて痩せろと言われているとかで、友人は私にまで厳しい。彼女は44.5sで見かけは痩せている。私はみかけも、痩せていない。
 アメ横の地上では、国産に交じって韓国食品も多く売られているが、地下では中国産をはじめ東南アジアものが売られていて私たちはいちいち、へー、ほーと感心した。ある店先で友人が「この卵は緑色。そっちのは赤い。」と感心していると、店のおやじが「赤いのは色を付けてある。」「緑色の卵は中にヒヨコが入っている」とニコニコしながら説明してくれた。私たちはぎょっとして、「ど、どうやって食べるんですか?」と聞いた。「うーん、ふつうはそのまま飲み込むね」と聞いて、飲み込む時にヒヨコの羽根や嘴なんかが喉に引っかかったりしないのだろうかと想像したが、話がもっと具体的になりそうでそれ以上聞くのは止めた。
この店で、女性が段ボールの中に入っているラグビー型の実を物色していた。何かと聞くと、パパイヤだという。へーとまた感心して、調理法を聞いた。勤め帰りの買い物だろうに、いやな顔もせずに教えてくれた。まず二つに切って真ん中の種を出し、皮もむいて白い果肉部分だけにする。それを適当に切る。ショウガとニンニクを炒め、手羽肉を先に入れてからいろんな野菜とパパイヤも一緒に炒める。味付けは塩。とても美味しいですと笑顔で言った。でも小さなかぼちゃほどの大きさで、1480円もする。(結構高いわね)と漏らすと彼女も「それが悩み」と続けた。青いバナナもあった。ついでにその調理法も彼女に聞いた。「皮をむいて砂糖をまぶす。白い砂糖じゃなくて赤っぽいのね。」(ああ、三温糖ね。)「そして油で揚げるの。」(子どものおやつよね。)と友人。流暢な日本語を操る彼女は、多分フィリッピン人だと思った。私が果物として認識しているものが、加熱調理の食材の一つだということを教えてもらって、なんだか行ったことのない東南アジアを旅行した気分となった。

2009年10月12日(月)
犬と歩けば・再生 231

20091012日(月) 晴れ

 友人の検査結果が悪くなかったので、今月末出かけることにした。今日は上野で待ち合わせて、切符を買った。ついでに貰ったチケットがあったので国立科学博物館で「シカン展」を見た。帰りに特に用事があるわけではないが、アメ横に寄る。3連休のせいか、凄い人出だ。友人は至って好奇心旺盛で、「なるべくいかがわしい所を歩こう」なんて言いながら、私の腕にしがみついてくる。別に私たちは、特別の関係はない。豆専門店の店先で冷やかしていると、店の横へ車いすが着いた。なんとかケアハウスと縫いとりをした上っ張りを着た人が車いすを押して、干からびて小さくなったお婆ちゃんが杖を持って座っている。いざとなるとすっくと立ち上がって、この杖を使って、悪を成敗するのかな。息子(?)と思しき年配のおじさんが出迎えたが、引き戸を開けるとすぐに急なコンクリの階段が見えている。「どうするんだろうね」と私たちは顔を見合わせた。「きっとあの人が背負って、2階へ運ぶのよ」と我々は、なおも観察を続けた。なにかもぞもぞと動いているなあと思った次の瞬間、2人同時に「アッ」と小さく叫んだ。急な階段に沿って、お婆ちゃんはするすると椅子に座ったまま上って行くではないか。そうかあ、そういう手があったんだと感心した。
私たちはこの豆屋で「ほし納豆」を1袋ずつ買った。

2009年10月11日(日)
犬と歩けば・再生 230

20091011日(日) 晴れ

 今日こそ台風一過、秋晴れの上天気で、久しぶりに洗濯掃除と働いた。
「養護へ入ったって、もう一人はほかの病院」。夕方の公園で顔を合わせるといきなりサムちゃんはこう言ったが、話を端折っているので何のことやらわからない。ここの公園に住み着いていた2人のホームレスが、一人はだいぶ前に救急車で運ばれ、後の一人は回ってきた市の職員に「今なら養護老人ホームが空いているが、入る気持ちがあるか」と聞かれて即答し、その日の午後には入居したという話だった。「これから寒くなるし、よかった。」と、一同安堵したがサムちゃんは、「所長が、でもそのおかねは税金で出すんだよ」と云ったとかで「一生懸命努力したのならともかく、毎日遊んで朝から酒ばかり飲んで救急車で運ばれるんだから・・」と、納得がいかない口ぶり。「ま、昔働いて税金を払ったこともあるでしょ」とリョウのお母さん。「高級官僚がわたりで、何度も高額の退職金をもらうのも、税金だよ」と口を出すと「ま、それに較べたら可愛いものか」と、収めた。

2009年10月10日(土)
犬と歩けば・再生 229

20091010日(土) 晴れ一時雨

 1010日と云えば「体育の日」と解く。あの日もこの日も「第二月曜日」にするのは止めて、元に戻してほしい。
 電話に出ると「何とか資源再利用の小林です。」という。続けて「お宅様に宝石類や金製品が眠ってはおりませんでしょうか」などと聞く。(あら、そんなものあったら良いわねぇ)と答えた。何度かやり取りして、こちらには本当に何にもないと察したのか今度はぐっと砕けた調子で「おくさん、金歯はいってない?うちは1本から引き取るけど」なんて云うではないか。
 なに屋さんかしれないが、麗々しい名前を名乗って貴金属を集めるなんて、鍋、釜まで取り上げられたという昔の国家総動員法とやらを思い出したね。

2009年10月9日(金)
犬と歩けば・再生 228

2009109日(金) 台風一過 晴れ

 秋山さん 退院おめでとうございました。
ホント、ぐずついたお天気続きで、おまけに昨日は大型台風。それがどうよ。ぴったり退院に合わせて、秋晴れのこんなに気持ちの良いお天気をプレゼントしてくれるなんて、お天気の神様は絶対に女性ね。
 このお天気につられて私も、花見川沿いを片道30分、幕張までサイクリングしました。このところ目が疲れて本が読めず、とうとう我慢の限界で目医者にかかりました。実は丁度3年前も同じ理由で受診して、遠近別々のメガネを作りました。その後、新聞や本を読むときにいちいちメガネを取り替えるのが面倒で、メガネをはずして読んでいたのでした。私は左右の目の視力が、極端に違うのでそのアンバランスが、今回の原因のようでした。あちこちで散々待たされた揚句、疲れ眼用の目薬を2本貰って帰りました。

2009年9月23日(水)
犬と歩けば・再生 227

2009923日(水) 晴れ

 夕方、犬仲間と公園内を歩いて帰る時、どこからか「木犀」の香りが漂ってきた。時間は確実に一方向へと進んでいる。
今日も朝から「グループ展」会場へ詰める。朝のうちは人出もないから部屋の内外をぶらぶらしていると、何回目かに呼び止められた。自宅が近くでここは散歩コース。60歳以上は入場料が無料だからときどき寄ると仰るその男性は、いかにも会社のえらいさんの匂いをぷんぷんさせている。美術はなんといっても西洋美術が一番だと言い、ルーブル美術館やオルセー美術館のあれこれやゴッホ美術館へ行った時は、胸に迫るのもがあった。またセザンヌのアトリエを訪ねてプロヴァンスまで行った云々。イタリアや大英博物館の話まで、るいるいと蘊蓄を伺った。ぜひ芳名帳にお名前をとお願いしたら、大きく見事な文字で書いて下さった。暇を持て余し、話し相手がほしかったのだと思う。
さて会場を通過する方のほとんどはざっと見るだけだが、中にはとても熱心にご覧になる方もいる。仲間のTさんは「阿修羅像」を描いたが、これが大好評で、譲ってくれないかという申し出が、今日だけで何件もあった。私が相手をした女性は、今年の上野で開催された「阿修羅展」を見た時、涙が出た。そしてこの通り「阿修羅グッズ」をたくさん身につけていると、ケータイや財布を出して見せアッピールした。
午後は入院をあすに控えた編集長が、会場に足を運んでくれた。多謝。

2009年9月22日(火)
犬と歩けば・再生 226

2009922日(火) 晴れ

 グループ展2日目。今日も当番で、朝から会場に詰める。連休中でお天気もまあまあ、会場は建物内部をめぐる順路にもなっているので、ついでにご覧いただく方も多い。ウイークデーと比べると、約2倍の方々に見ていただいている。展示をしている当事者としてはとてもうれしい事だ。勿論、家族、知人以外は殆どざっと見るだけだが、中には、仏像画(3点ある)に向かって両手を合わせている車いすのお婆ちゃんもいる。
 客商売はみな同じだと思うが、人が来る時はまとまってやってきてはぱたりとやむ。そんなときのためにと本は3冊持ち込んだが、眠気が差して読めない。
やっぱり、話し相手が欲しい。

2009年9月21日(月)
犬と歩けば・再生 225

2009921日(月) 晴れ

 今日から千葉市花の美術館で、私たち「油彩画の会・楽画生」のグループ展が始まった。祭日で人出が多いのと、声かけした友人知人が来てくれたので、大忙しだった。参加者は講師を含めて11人、22点。テーマも絵の大きさもまちまち。狭い会場で少し窮屈だが、何よりも全員の個性が光っている。講師の作品は一番目立たない場所にかけてある。元会員で今は近くのグループに属しているAさんはそれを見て、「いかにも先生らしい。他所では講師の作品は会場の真ん中、一番目立つ所に飾る」と言ったが、そんなものかと思った。会場で、中年の女性が私の牛の絵「アッシュとモーちゃん」をご覧になって、仲間に「この絵を描いた人は20代ですか?」と聞いている。仲間のBさんは私を呼んで「この人です」と紹介してくれた。その女性は開口一番「もっとお若い方だと思いました。でもエネルギーを感じる絵です」と言ってもらった。

なお会場の様子は、花の美術館公式サイトに載っています。どうぞご覧ください。http://chiba-hanabi.at.webry.info/200909/article_40.html

2009年9月20日(日)
犬と歩けば・再生 224

2009920日(日) 晴れ

 今日はケアハウスに義姉を迎えに行って墓参り。帰りはいつものように回転寿司に寄った。ところがお昼にはまだ間がある時間なのに客がいっぱいで、しばらく待たされた。そしていつもより年寄りが多い。(私たちも立派な年寄りだが)。そう、今日からの連休を「シルバーウイーク」というのだそうだ。
 夕方はあしたからのグループ展の準備で、花の美術館へ作品を持ち込み、皆で1時間ほどかけて設営をした。連休のため、普段は休館日なのだが明日から始まる。
 50年にわたる自民党政権下に暮らしていて、政治とは「隠す、利権、派閥」だと思い込んでいたが、このところ新政権の動きが本当に「国民目線」かなと思わせてくれている。もちろん結果はまだ出ていないが、すくなくともそんな風な動きをしているように見える。編集長は「新法務大臣の千葉景子さんは旧社会党議員時代には過労死遺族の立場に立ち、国会や労働委員会で活躍され 認定基準緩和の功労者の一人のようです。」と教えて下さった。新大臣は「死刑廃止論者」でもあると、新聞に人物紹介されていた。やっと人間の顔を持った人物が、大臣になった。

2009年9月19日(土)
犬と歩けば・再生 223

2009919日(土) 曇り

 自殺者が例年のペースを超えて増えていると報道されている。自死に至るには幾つもの原因が錯綜している事が解決を難しくしていると思うが、過重労働やパワハラなど仕事上の理由が主な原因で、自死に誘われた人の家族の傷は深い。かつて過労死遺族のある方に、「哀しみを較べてはいけないと考えていたが、自死の場合は別だと思わざるをえない」と教えていただいたことがある。

 最近、夫の過労自死を裁判で闘っている二人の方からお話を聞いた。お二人とも労災申請から始まって、監督署の「業務外決定」の取り消し・・つまり「業務上であることの認定」を求めて裁判に至るまで足掛け10年の歳月が経つ。その間、生活費を稼ぎ子どもを育てながらの裁判闘争である。
 そして最近お二人とも続いて敗訴した。なぜ労災問題で司法判断を求めるかというと、労働基準監督署が労災であると認定するのには認定基準というものがあり、それをクリアーしなければならない。被災者にとってその基準は、振り落とすための基準である。一方裁判所の判断は、一応その基準から解かれる。とはいっても裁判所の司法判断も、被災者たちの運動や世論に左右される。
 さて前記のAさんは有力な証人も得て、ほぼ勝利を確信していたという。「勝ったら、仕事を辞められるかなって、期待していたんです。」幾分痩せたAさんに重い疲れが見えた。もう一人のBさんは、敗訴したうえに運動体との信頼関係にもひびが入り、余計な心労が重なっている。無力な私には、聞くことしかできない。

2009年9月18日(金)
犬と歩けば・再生 222

2009918日(金) 曇り

 姉娘が「美輪明宏コンサート」へ誘ってくれた。6時半から途中休憩を挟んで3時間。前後に6曲ずつとアンコールで「花」。前半の昔の話は、若い人に伝えるというならそれで意味もあるが、どうも「昔はよかった」風に纏められると、ざらついた気分が残る。「子育てが大変だとか、鬱とかなんとかいっても戦中戦後の経験に比べたら、意気地がない」といわれると、単に年寄りの愚痴を聞いたとしか残らない。人は誰でも自分の経験が一番だと思うらしい。
 さすがに最後の「愛の賛歌」は絶唱で素晴らしいと思ったが、自分でも不思議なくらいに乗れなかった。体調がいまいちだったこともあるのか。でもバック音楽が素敵だった。ごてごて派手派手の衣装と舞台は、見もの・・そう文字通り見ものだった。言い換えれば演出が派手だった。彼女ではない、彼の年齢を考えたら、声と体力は驚異的だ。帰りは娘に地下鉄の入口まで送ってもらった。

2009年9月17日(木)
犬と歩けば・再生 221

2009917日(木) 晴れ

 夕方の公園で、いつものように犬達が近寄ってきた。私が両掌に「カリカリ」を載せて犬達に食べさせているとそのすきに、エマは袋の中に直接鼻先を突っ込んで食べ始めた。ま仕方がないとそのままにしておいたら、エマのお父さんが「どうしてかな、不思議だな。家じゃあ全然食べないんだ」という。ウオーキングが済んだエマのお母さんが向こうからやってきて、「あらま、エマちゃんあなたなにしてるの。そんな食べ方して。そんなことするならもう帰りますよ」とえらい剣幕なのだ。サムちゃんは(エマのお母さんは、プライドが高いから。)なんて小さな声で言うが、人間の判断基準を犬に押し付けたってしょうがないのだ。そんなこと言われている間にエマはがつがつと食べ終えてしまった。
 そうちに「おやつのオバサン」もやってきて、犬達に配っている。一つもらってもベルは離れない。なかには気に入らなくて食べない犬もいるから、その時が2度目のチャンスとばかり待っているのだ。「ねえぇ、今日は3種類持って来たんだけど、どれが良かった?」なんて犬達に聞いている。それは最初のでしょうと、犬の代わりに私が答えた。ワンだもの。
夕刊に「新閣僚公約明言続々」(八ツ場ダム中止・後期高齢者廃止)の見出しが躍っていた。これって「革命」かもしれない。

2009年9月16日(水)
犬と歩けば・再生 220

2009916日(水) 晴れ

 今日は洗濯ものが良く干せた。夕べはかなり降ったが、日中は秋晴れの1日となった。おりしも今日は政権交代。朝からニュースはそのことでもちきりだ。
 昔、清楚な女性が周りから押されて市会議員となり、県会議員となった。それにつれて容貌や態度が変わって行くのを目の当たりにしたことがある。実力がある人だから自信もあったのだろうが、権力がしみ込んでいったのだと思う。新政権には期待が大きいが、昔から「権力は腐敗する」と言われている。民主党も例外ではないはず。だから時々交代させる、しか手はないのだろうか?
りょう君のお母さんと「韓流」の話をするのに、時々犬仲間に入っておしゃべりしてゆくオバサン(Aさん)がいる。Aさんは実は大の犬好きだそうで、最近犬たちにおやつを持ってきてくれる。夕方、いつもの仲間たちと遊んでいたベルが、突然走りだした。他の犬たちもつられて後を追った。ベルは向こうからやってくるAさんを見つけたのだ。先日もまっさきにベルがAさんに駆け寄った。そんなベルがAさんは憎かろうはずはない。「明日はどこへ行っておやつを買ってこようかな」と算段している。犬のおやつは結構高価だ。毎回1袋買うのでは悪いからいいと犬仲間の誰かが遠慮すると、「ううん、犬たちが寄ってきてくれるのが嬉しいし、自分のおやつを買わないようになるから、ダイエットにも良い」と仰る。世間には、嬉しい人もいるのである

2009年9月15日(火)
犬と歩けば・再生 219

2009915日(火) 晴れ・雲

 年1回の検診を受けた。胃の検査でバリュウムを飲んだとき、発泡剤も同時に飲まされる。その時ゲップが出て、口に含んだ分を少し出してしまった。見ていた検査技師は、もう一度同量の発泡剤を持ってきて飲めという。断ったが、無理に私の手に乗せた。もう検査台に載っているし、仕方なくもう一度飲んだ。途端に胃が苦しくなって動けない。なのに身体を廻せだの、右向け左向けと次々注文してくる。のろのろと動いていたら、いつもよりもずっと早く終わりにした。検査手順を端折ったに違いない。
 夕方の公園。いつもの犬仲間が集まると「言ってやったよ。県庁へさ、うちの者も電話をかけさせた」とリョウクンのお母さんが勢いよく言った。昨日の続きだ。「だってね、前に県税の分割払いの相談に行ったらすぐ、うちの取引銀行へ電話をかけてきて残高は幾らあるかって聞いたっちゅうんだよ。払わないって言ってんじゃあない、一度には無理だからって相談に行ったのによ」「だからね、税金はもう供託にして払わないって言ってやったあ」と気炎をあげた。
 私もささやかに県庁へメールをだした。まず提案と苦情に分かれているから「提案」とした。
表題 県庁不正経理事件について
内容 堂本前知事の責任を明らかにしてください。
@   今回の調査対象期間は、堂本前知事の任期中であること。
A調査報告文書に「知事部局においては、すべての所属において不適正な経理処理が行われていた」とあり、知事の責任は特別重いこと。

2009年9月14日(月)
犬と歩けば・再生 218

2009914日(月) 晴れ・雲

 「ねえ、皆で県庁に電話かけようよ。メールでも良いからさ」「あたしゃ恥ずかしいよ。岐阜県の時は岐阜県民は何しているんだろうと思っていたけどさぁ、今度は自分のとこだものね。さっきのテレビでも千葉県民はもっと怒らなくちゃいけないっていってたよ。」夕方の公園へ来るなり、りょうのお母さんはえらい剣幕だ。花子の親父は、花子の背中を撫でながら「誰かがやるから良いんだよ」なんて身も蓋もないことをいう。「県庁へ電話が殺到しているんじゃない?」とサムのお母さんがとりなすように言った。「うちなんか商売やってっから、不動産取得税で県税なんかいっぱいとられるんだよ。」「うちのが相談に行ってもけんもほろろでさ、喧嘩して帰って来たよ」と収まらない。
 私もAさんが言ってた話を披露した。ボランティアで年1回県に賛助金を貰いに行ってたが、堂本知事になってからなんだかんだとケチをつけて出さなくなった。本来は行政がやるべき仕事を民間がボランティアで支えているのに、年間1万円の賛助金をけちり、を自分たちは億単位の裏金をプールしていると。千葉県の今回の問題と言い、この間の総選挙の結果と言い、国の仕組みが上から下までどんどんと崩れている証拠だと思う。私も県に抗議の書きこみぐらいしなくちゃと、思えてきた。

2009年9月13日(日)
犬と歩けば・再生 217

2009913日(日) 晴れ・雲

 グループ展を1週間後に控えて、作品の手直しに追われている。だが午後からは川柳大会の最終打ち合わせもあって、今まで一度も参加していなかったので、出席した。大会での私の役割は今まで通り、よねちゃんの配下で接待係。参加者の弁当やお茶などを用意する。それに加えて今年は、例の新型インフルエンザ対応として、会場の数か所に手指消毒用アルコールを配置することとなった。そこで散会後、よねちゃんたみちゃんの3人で薬局を廻った。雑貨店を兼ねた1軒目はなし。2軒目の駅近くの大型ドラッグストアーでは在庫なし。入荷を待っている所で、たぶん4,5日すれば入ると思うが、予約はできないとけんもほろろ。3軒目、駅から少し離れたドラッグストアーで見つけた。然し1本が250mlと参加者120名を予定しているので小型だ。値段は680円。でもこれしかないと言われたし、他所で見つかる保証はないので一応、会長に連絡して許可を受けて購入することにした。すると今度は、一人2本までしか売れないという。すかさず民ちゃんが3人いるから6本買えるでしょうと押し返して、棚に出ていた6本を買った。今回のインフルエンザの終息宣言が出るまで、気の重いことだ。

2009年9月12日(土)
犬と歩けば・再生 216

2009912日(土) 雨、雲

 第24土曜日の楽しみは、「愛唱歌を歌う会」。玄関を出ようとしたその時に、バケツをひっくり返したような雨になった。上下の雨具を着て、少しやり過ごしてから出掛けた。今回から定刻10分前には教室に入るようにと言われていたが、こんなお天気じゃあ皆、遅れてくるに違いないと高を括った。
 会場へは定刻の15分ぐらい前に着いたが、今日からの新入生も含めて、殆どの生徒が集まっていた。お元気な新入生は80歳と伺った。80歳代の方はお二人いらっしゃるが、どうも太めの方の方がお元気に見える。
 練習は10分の休憩をはさんで、前後1時間ずつ。前半は「愛唱歌」、後半は最近はやった曲や発表会に向けての練習曲。今日の前半は「中山新平」の曲を何曲か唄った。先生の解説や唄うときの注意点などを聞きながら「ゴンドラの唄」から始めて、「証城寺の狸囃子」を唄っている時に、ふと仲間たちを見た。どの人も譜面にしっかりと目を向け、まなじりを決して唄っている。だが私を含めてほとんどの方が譜面は読めないから、自分たちが聞いて知っているメロディーで唄って、先生に注意される。「曲に乗って、身体を動かしてもいいんですよ」と言われても、東海林太郎のように直立不動、表情一つ変えないで唄う。私たちの年代は良くも悪くも「まじめ・一生懸命」がキーワードで、あそびやゆとりには縁遠かったんだと、改めて思う。然し1年後には、笑顔で歌うようになりたい。

2009年9月11日(金)
犬と歩けば・再生 215

2009911日(木) 曇り

 マグノリアさんの送迎付きで、久しぶりに映画に行った。「サブウエイ123 激突」というハラハラ・ドキドキのサスペンスもの。マグノリアさんからデンゼル・ワシントンとジョン・トラボルタが出るとは聞いていたが、「サタデーナイト・フイーバー」のイメージしかなかったトラボルタが、まったく別人のように上手いのには驚いた。マグノリアさんによると、ある時期を境にしてトラボルタは変身したという。テレビの「相棒」もいいが、やっぱり映画館は良い。古い俳優しか知らないと言って自慢する気はないが、おとつい旅行社にツアーの申し込みをした。事務員は電話で、私の連れの名前の「カタ」はどんな字を書くのかと聞いてきた。私の口をついて出た名前は「片岡千恵蔵の片」だった。言ってしまってから自分でもマズイな、せめて「片平なぎさ」と言っておけば良かったと思ったが後の祭り。電話の向こうの相手は少し間をおいて、「片ほうの片ですね。」と言いなおし、そうだと答えた。
 映画館の帰りは、美味しいパンを買おうとカルフールに寄ったが、何故かヤカンと、フライパンも買ってしまった。

2009年9月10日(木)
犬と歩けば・再生 214

2009910日(水) 晴れ

 昨日友人が、検査数値が高くて検査入院になったとへこんでいたので、行きたがっていた「ゴーギャン展」に誘った。私は7月に一度行っている。その時は空いていたが、きょうは結構な混みようだった。その大多数は中高年で、マスクをつけた人をちらほら見かけた。これ以上マスクの人が増えたら、それは異常な感じがするだろうなとぼんやり考えた。ところで友人は、ゴーギャンを見に行くのだからと、原色で花柄のブラウスを着て来た。ゴーギャンは私たちに「原色を使った極めて個性的な絵(人)として記憶されていた。彼女は絵の解説イヤホーンも借りて、ゆっくりと会場を見て回った。勿論、ゴーギャン最高傑作「われわれはどこから来たのか?われわれはどこへ行くのか」もじっくりと見た。ゴーギャン最後の絵の前にじっと立ちすくんで見ていた彼女が、やっと離れてきたとき「あの絵を見ていると、なんだかせつなくなるね」と声をかけると「そう、あんなに穏やかな気持ちで死んでゆけるのかしらね」と小さく答えた。
 若い時とゴーギャンに対する印象がこんなに違って見えるのはどうしてだろうと、喫茶店で話した。前よりも理解が深まったかわれわれが年取ったのか。歳を重ねることは、違う角度でものが見えるようになるのだろうと納得しあった。

2009年9月9日(水)
犬と歩けば・再生 213

200999日(水) 晴れ曇り一時雨

 小型の柴犬(豆柴)チャーミーが、久しぶりにやってきた。何でも、連れてきてくれるお爺ちゃんの体調が悪くて、来られなかったとか。「チャーミー、顔色悪いんじゃないか?」花子のお父さんが言った。犬の顔色が良いとか悪いとかいうのはおかしな感じがするが、犬仲間はみんなそう思った。犬の顔がこけて、薄黒いのだ。身体も全体に痩せて黒ずんでいる。「そうかい」お爺ちゃんはそう言って、早めに帰って行った。「日が暮れるのが早いからね」と誰かが言ったが「いや、コンビニに寄って酒を買い、飲みながら帰る」とサムちゃんが教えた。家で飲酒を固く止められていので、犬の散歩にかこつけて外で飲むのだという。
 今日の夕方は一段と涼しかったせいか、犬たちはよく遊んだ。リョウのお母さんがあわててビニール袋に水を汲んでくると、犬たちはその周りに一斉に群がったがきちんと順番を守って待ち、リョウ、ナナ、エマ、花子、と順に水を飲んで最後にベルとサムが一緒に水を飲んだ。いつもとは逆の順番だ。こういうこともあるのだと、新しい発見をした。

2009年9月8日(火)
犬と歩けば・再生 212

200998日(火) 曇り一時雨晴れ

 夕方の公園で、犬仲間みんなで虹を見た。虹と言っても半円形の一部分だけだったが。みんなで帰る時にすれ違ったおばさんが「虹を見ましたか?見ると幸運を拾うと言いますから、しっかりと見てください。」と、言った。(あら、自分はゴミを拾ってるじゃない?)と、思わず呟いてしまった。小さな声で言ったのだが、サムのお母さんがしっかりと聞きとって「あの人だ。犬を芝生に入れるなって怒鳴るのは!」と振り返った。
このおばさんは、ご亭主とおぼしき男性とふたりでリュックを背負い、5,60pのトングを持って公園内のゴミを拾って歩く。ついでにゴミ箱をあさって、キャップを集めている。何でもキャップを集めると車いすになるのだとか。それを聞いて、ナナチャンのお母さんも、キャップ集めを始めたらしいとサムちゃんが教えてくれた。規則を守り、自主的に公園美化をしているのは、悪いことではない。然し、昔の中学校の美化委員のようで、こういう人はうざったい。自分だけは正しい事をしているという態度が見え見えで、やりきれない。何事も、まあまあ、そこそこ、いいかげんが良い。

2009年9月7日(月)
犬と歩けば・再生 211

200997日(月) 晴れ

 散歩で見るよその家の百日紅が、葉も花も赤く陽焼けしている。もう夏は終わったのだ。今日は昼間の日差しが強かったが、もう蝉の声は少ない。
 夕方の公園で犬仲間が集まった時、どういうわけか、ベルが真っ白で太めのりょうに体当たりをした。それも離れているのに23度と、わざわざ出かけて行って、デーンと横っ腹に自分の身体をぶつけるのだ。(ベル、肉布団で遊ぶな!)ベルは11Kgしかないが、りょうくんはその倍以上あるから、ぶつかってもびくともしない。人間達が周りで「りょう、ベルにしかえししな」と囃したてた。りょうは鼻先を左右に振って少し考えてからやってきて、珍しくベルに体当たりした。勿論ベルはふらふらっとしてよろけたがそれ以上の展開はなかったから、そこで引き分けということらしい。真っ白のりょうは真っ黒のエマ(♀)とよく遊ぶ。そのエマがベルの所にやってきて、ベルの顔に顔をこすりつけたり口や鼻を舐めたりしている。いつもはサムに示す行為だ。ベルは苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、ツイと離れた。エマは美人なのに。人間達は6時前には腰をあげた。日の入りは6時だってよと、りょうのお母さんが言った。

2009年9月6日(日)
犬と歩けば・再生 210

200996日(日) 晴れ

 今風にいえば「どぶろく」にはまっている。遠野から帰ると、追っかけるように届いた。それからは毎晩晩酌をしている。どぶろくはクール便で、ビンのお尻を上げている状態に梱包されて届いた。ビンの栓には空気穴がついている。
でも開栓する時には中身の吹き出しにくれぐれも注意するように言われてきたし、説明書にも書いてあった。用心に酒瓶をボールのなかに置いて、栓をひとひねりしたら、たちまちぶくぶくと泡立ったがかろうじて吹き出しはなかった。
遠野のどぶろくは見た目、白濁色で米粒も残っているから、上手にできた時の甘酒に似ている。『どぶろくの語源は平安時代以前から「濁醪-だくろう」と呼んだのがなまったという説があり、また起源については3世紀の魏志倭人伝に「倭人は酒を嗜む」と書かれ、どぶろくの歴史は長い・・以上ウイキペディアから引用』
 さて肝心の飲み口だが、口に含むとまず酸味、次に爽やかさが来て後を引く。アルコール度は12度だが、初めは口に任せて飲んだらあっけなく酔っ払った。ま、家でのことだからそのまま寝れば良いだけのこと。然し、2本目からは注意してお猪口2杯で終わりにするようにしている。これで21世紀の私も3世紀の倭人と同じ(ような)ものを楽しむことで、先人達と繋がる。なんて考える。・・まだ酔いが残っているらしい。

2009年9月5日(土)
犬と歩けば・再生 209

200995日(土) 晴れ

 お昼前、突然青森のAさんから電話があった。数年前、ねぶた祭りでお世話になったままで、最近はご病気でかなり具合が悪いという噂が聞こえていた。お元気な声を聞いて私の声も弾むのがわかった。用件は秋に遊びに来ませんかという誘いだった。家人は「いろいろと予定がありまして・・」と断って、私にどうするかと聞いたが、私も断った。何故なら集まる顔触れは、7,80年代労働運動の指導的立場にいた人達である。(そのころはまだ若くてぺえぺえだった私たちは本来お呼びではないのだが)集まりが悪いとかでこちらにも声をかけたという。でもわざわざ電話をかけて来たのは、それだけではないのはわかる。昔、Aさんは上京時に度々我が家に泊ったし(あの頃地方から上京してくる人は皆、夜行列車を使った。)私も建設中の成田空港や柴又、上野界隈を案内して歩いたりして、長年親しくしていたから。多分Aさんは、これがお互いに会う最後の機会だと思って誘って下さったのはわかった。ガンが見つかり手術をして、現在も療養中だと言った。
 Aさんには会いたいが、他の人たちはわざわざ出かけて行って会いたい人は誰もいない。化石のような人たちはむしろ避けたい。おっと私も「化石」なんて言われないように気をつけねば。もしかしたら、もう言われているかも知れない

2009年9月4日(金)
犬と歩けば・再生 208

200994日(金) 晴れ

 このところ毎日、テレビ漬けである。朝のワイドショーは、政権交代による新旧代議士の人間ドラマが面白い。今朝は今回落選した小泉チルドレンの一人(佐藤ゆかり)氏が取り上げられていた。「議員は消耗品である」と叫ぶ小泉氏を未だに「信頼」しているらしいのはあっぱれというべきか?民主の比例名簿の最下位に名前を載せたら当選してと、慌てている「派遣の星」さんがスーツを買いに行く所なども。
 午後は「相棒」。最近は2本分続けて放映してくれる。同種のドラマの中では一番面白いと思う。話の展開に無理がない。脇役達がそれぞれ個性的である。
頑固で原則からぶれない為組織から外され窓際にいる、高そうなスーツを着こなした冷静な元エリート刑事・水谷豊の相棒はジャンパーにジーンズ、若くておっちょこちょい、純情派刑事(寺脇康文)。
シャーロックホームズの相棒はワトソン博士。ポアロにはヘイスティングス、鞍馬天狗には杉作。「相棒」は人生を楽しくしてくれる。

2009年9月3日(木)
犬と歩けば・再生 207

200993日(木) 曇り

 今回の総選挙が終わったとき「小泉さんは自民党をぶっ壊すと言っていたが、本当に壊れた」と感心している政治家がいて笑っちゃった。
犬仲間では選挙結果についての話はない。何となく避けている感じだ。サムのお母さんは今日の午後、実家の畑仕事に行ってきたというので聞き咎めた。サムちゃん達と付き合い始めてもう6年になるがいつも「1,2,3のつく日は、何が何でもやらねばならない仕事がある」と聞かされていたから。「やり方が変わって仕事が減らされた。」と言い、「新しく貰った仕事もあるけど」と付け足した。サムちゃんはまだ、麻生太郎の後援会に入っているんだろうか?

遠野行・番外編
 駅前でたった1軒のスーパーに寄って見た。1階に産直コーナーがあり、夕顔が売っていた。長さは5,60pもあり、なんとなく間抜けた形をしていた。これが棚からぶら下がっている姿を想像したとき、私がこれまで抱いていた「夕顔」のイメージがガラガラと崩れ去った。
「おまえは宵びっかりの朝寝坊だから、朝顔よりも夕顔の方が良いだろう」と母が植えてくれた夕顔の花は知っていた。夏の夕闇にそこだけぼーっと白く浮かび上がる夕顔の花は、はかなげでどこか神秘的だった。だから高校生になって源氏物語を読まされた時も、「夕顔」はすぐにイメージ出来た。そしてそのイメージを抱き続けてこれまで来たのに、ああ夢は儚くも一瞬で消えたのだった。

2009年9月2日(水)
犬と歩けば・再生 206

200992日(水) 曇り

 遠野行C
 遠野に1泊して翌朝は「遠野ジンギスカンマラソン大会」会場へと出かけた。スタートは昨日受付をした市民センター。もう多くのランナーや見物客が集まって賑わっていた。「あれま、こんなに大勢の人たち、いったいどこからやってきただべ」と話し合っているお年寄り達もいた。
 市民センター前広場では遠野中学「スイングガールズ」の元気な演奏が、会場の雰囲気を盛り上げている。若さにTシャツを着せた様な彼女たちに、遠い昔の自分が重なって見える。
 あちこち見て歩いてから、観光協会隣の語り部の部屋に行った。8畳ぐらいの広さだろうか?3,4人掛けのベンチが3列。お客は誰もいなくて、語り部のAさんは友達とおしゃべりしていた。その友達が「・・したらば・」と言って帰ってしまうとAさんは「どこからおいでやんした」と、私への質問から始まった。千葉から来て夕べは民宿「とおのや」に泊まったと答えると「あやぁー、そんじゃぁ、ざしきわらしにあわながったがぁー」「ゆうべはどぶろくを飲んで寝ちゃったから。・・お目にかかれませんでした。残念。」と、話が始まった。Aさんは「座敷わらしなんていうと頭っから否定する人もいるけど・・」と言って、「あそこのな、ママ(ばあちゃ)が言うからホントなんだよ」と身をのりだした。そこへ地元の浴衣姿ボランティア3人もやってきて、5人でわいわいがやがやと、話に花が咲いた。時間になって私が帰るときAさんが「かだぁ、重くねえが?」と言う。「や、ホント重い」と返すとAさんは「ほな、ざしきわらしっこ千葉へつれてってけれ」と笑った。

2009年9月1日(火)
犬と歩けば・再生 205

200991日(火)晴れ

 遠野行B
宿の食事は、1階の囲炉裏端でする。今夜の泊まりは私たちと後からやってきた男性がもう一人らしい。端の方で若い女性が二人食事をしていたが、食事だけで泊まりではなさそう。
「一寸良いですか?」あとからやってきた男性が、私たちの話に割り込んできた。「私は徳島からやってきましたが、遠野物語に出てくる話はみんな徳島にもあります。だんだら野を除いて。ただ柳田国男が私たちの所へきてくれなかったというだけです。」「はあ、だんだら野はありませんか?」とばあちゃは言ったが、不快感が見えた。「それで奥さんは、語りをしないんですか」と聞かれてばっちゃは「私は語りはしません。私は自分が直接見たり聞いたりしたことだけ話します。」このときはなんとなく聞いていたが、あとから「語り」というものを理解する上で大切なことを言っていたんだと気がついた。
 遠野といえばまず河童。駅前にも河童のモニュメントがあったが、私たちはばっちゃが父親から聞いたという、河童とカッパ淵にまつわる話を聞いた。
翌日、語り部Aさんと、浴衣を着て街をうろつく(失礼)地元の街を盛り上げている人たちと話をした時に、民宿のばっちゃからこんな話を聞いたというと、座が一瞬にして緊張した。Aさんは「遠野物語はあくまで庶民の暮らしを基にした話です。それが代々口伝されるうちに、少しずつ脚色され、浄化されていきました。ばっちゃから聞いたという話を否定はしません。然し、忘れてください。」と、言うではないか。忘れることはできないが、(皆さんが不快に思うなら)言いふらすようなことはしないと言った。そうしたら浴衣を着た一人のBさんが「実は私もその話は聞いたことがある。だから民話をなんとなく受け入れられなかった」なんて告白するではないか。Aさんが引き取って「ママは(ばあちゃの事をこう呼ぶのだそうだ)何でも知っているし、私たちはその時代に生きたわけではない。ばあちゃが言うのなら本当かも知れないが、民話は事実そのものではない」と繰り返した。

2009年8月31日(月)
犬と歩けば・再生 204

2009831日(日)雨・台風

 遠野行A
仙台からまっすぐ青森にむかう東北本線は、太平洋沿岸に向かって石巻線、大船渡線、釜石線、山田線と4本の支線を伸ばしている。今回初めて乗った釜石線は山々の裾を巻いて、花巻と釜石を結んでいる。遠野は丁度真ん中ぐらいに位置するが、昔は軽便鉄道を3回も乗り継がねばならなかったと、宿のばあちゃに繰り返し聞かされた。さらに釜石に行くには(今でこそトンネルができてあっという間だが)峠をこえねばなんねいと教えられた。
それでもここ(遠野)は馬の飼育が盛んで(家の一部が馬房になっている南部曲がり屋。横座から馬がみえる)、馬市が立つと馬喰がハァ―懐に銭子をいっぱいつめてやって来たもんだナッス。そして馬子を買って銭子が余れば、それで女郎を買って遊んでいったナッス。というふうに話が続いた。翌日語り部の所で、地元の女性3人(みんな私と同年代)を加えてお喋りした時にこの話をしたら、彼女たちが子どものころはまだ、花街の建物がいくつか残っていたと言った。そして私が泊まった宿のばあちゃは、地元では知らない人はいない名物ばあちゃだと知った。そして語り部のKさん家でも仔馬を育てていたので、馬市が立つ日は子ども心にそわそわと落ち着かなかった。帰りに土産をいっぱい持ってくれば、良かった高く売れたんだなあと思い、土産が少なければ良くなかったんだとがっかりした。Kさんは星型の飴(私はわからないが、お仲間はそうそうと頷いていた)が好きで、馬子が高く売れると父親はその飴を1斗缶で買ってきてくれたと懐かしがった。とまあ、静かな民話の里と勝手に想像していた遠野は、欲と色と喧噪の人間臭い里でもあったのだ。実は町中をうろついた時、駅に続く100mぐらいの路地の両側は軒並みバーやスナックが連なっていて、「親不孝通り」と呼ばれていると知った。人口1万人のこの町でどうしてこんなに沢山あるのか不思議だった。ばあちゃは今はほとんどやっていないと言ったが、よそから遊びに来るような立地でもないし、誰が遊んでいたのか不思議だ

2009年8月30日(日)
犬と歩けば・再生 203

2009830日(土)曇りのち雨

 遠野に行ってきた。釜石線に乗るのは初めてだったせいか、遠野は遠かった。青い空と山、黄金色に色づき始めた田んぼに点在する農家。どこを切り取っても絵になる初秋の景色を、車窓から飽かず眺めた。
「遠野行き」のきっかけは、家人の「遠野ジンギスカンマラソン大会」参加の、お伴だった。ベルを病院に預けてまでも出かけたのは、まあ、たまには付き合って点数を稼いでおこうという下心と、「遠野」は未だ行ったことがなかったから。遠野駅に降りてまっすぐに市民センターへ行き受付を済ませ、その足で街中をぶらぶらと歩いた。町中を東西に横切る来内川沿いの町並みは、昔風に統一され整備されていたが、駅前商店街は(ここもまた)閉まっている所が多かった。映画館はない。パチンコ屋もない。やっと小さなビデオ屋を1軒見つけたが、勿論tuyayaではない。ほかの町ではあまり見られない「銃砲店」があり、駅前に大きな「仏具店」があった。立ち止まって町のぐるりを見渡すと、四方を山に囲まれた、(私の民話の里遠野のイメージ通り)穏やかな静かな町だと納得した。
所が泊まった民宿で「どぶろく」(ここの民宿は、どぶろくの製造販売が許可されている遠野の3か所の1つだった。これがまた美味しい。)を飲みながら、80歳だというばあちゃの話を聞いて、その印象が180度ひっくり返った

2009年8月28日(金)
犬と歩けば・再生 202

2009828日(金)晴れ

 バリ島へ行ってきたというマグノリアさんからお土産を頂いた。なにか美味しいものを食べたかと聞いたら、「ぜーんぜん」と答え「どうしてかしらね。中国、台湾、ベトナム、タイと美味しいのに、マレーシア、シンガポール、インドネシアとなるとまずくなる」と続けた。私はアジアでは中国しか行ったことはないので、そうなんだと聞いた。
 所で話は一転して、日本の今年(1月から5月まで)の貿易総額の相手国はどこかという話になる。結論は対アジアが5割を占め、アジアにヨーロッパを加えたユーラシア大陸で4分の3を占める。さらに特徴的なのは対中国が20%でアメリカの13%を追い越したことだという。これは週刊金曜日(8/21号)の寺島実郎氏の発言内容である。今回の総選挙が大いに揺れているのも、こんなところにも原因があるのではないかと思った。
 このあたりでも、自民党候補に地元市議が張り付いて、宣伝カーで回るという今までに見られないことが起きている。犬仲間Rのお母さんは、「とにかく新しいのにやらせてみよう」と、先頭になって息巻いていたのに今日はトーンダウンして「やっぱりうちらの仕事(建築)は、自民党じゃないとだめだかんね。自民党にしようかな」とつぶやくように言った。ここへきてかなり締め付けがあったのではないかと思える。

2009年8月27日(木)
犬と歩けば・再生 201

2009827日(木)晴れ

 今朝、陽射しが部屋の奥まで差し込んでいるのに気がつき、改めてまだ8月だということを確認した。そういえばやほちゃんに貰った矢羽根すすきは、10日も前に穂を出している。洗いたてのような真夏の青空もないまま、今年の夏は終わろうとしている。
 夕方公園の駐輪場で自転車を並べていると、後ろから大きな音がしてと「ベル」と呼ばれた。イチゴのお父さんが、1200ccのバイクでやって来たのだ。今迄のバイクではサイドに籐かごがくくりつけてあって、その中に小さなイチゴが入っていたのだが、見えない。「イチゴは?」と尋ねると、ここと言って肩から提げた黒いバックを指差した。なるほどメッシュのそのバッグの中に真白いイチゴが入っていた。
 公園では小型犬とそれ以外の大きさの犬というふうに、グループが二つに分かれて、それぞれに遊ぶ。イチゴは小型犬なのだが、サムが好きでサムも上手に遊んでやったので、イチゴは自分は小型犬だという自覚はないらしい。小型犬の仲間よりも、中型以上の犬仲間の方で遊びたがる。
 サムが中心となって、ベル、ハナコ、エマが走ったり絡み合ったりして遊びが始まると、イチゴは自分も仲間に入ろうとするがスピードについてゆけず、周りをうろうろするだけ。でも中型犬のリョウは一度絡み合って弾き飛ばされてから、決して遊びに加わろうとしないからまだ度胸が良い。(ったく、うちのは憶病なんだから)と、お母さんは嘆いてもリョウは、甘やかされて太めのお腹をゆすって、さっさと安全地帯へとひっこんでしまう。
 暮れるのも早くなった。6時で帰る時には真っ赤な夕陽が隠れる直前だった。



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