
犬と歩けば・再生
| 日記の履歴 |
| 第 1 集 |
犬と歩けば・再生 1〜100 |
2008.12.28〜2009.4.10 |
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| 2009年4月10日(金) |
| 犬と歩けば・再生 100 |
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2009年4月10日(金) 晴れ
今日の花見は、印旛村吉高の大櫻へ油絵の仲間たちと出かけた。去年は4月16日の花見で、少し遅かったので今日に決めたのだが、吉高の大櫻は昨日(9日)の午前中は7分咲きで午後になって一気に満開となって、絶好のお花見日和だった。「去年よりも花も花数も多い」とNさんが言ったが、思わず手を合わせたくなるようなどこから見ても神々しい樹形だ。もう一つの楽しみは、農協婦人部が出している茶店のタケノコご飯。今日は暖かかった(暑くて、私は半そでになった)ので、林の中の野外テーブルに8人が腰を下ろして食事を楽しんだ。私はNさん、Tさんに張り合って、タケノコご飯(400円)、タケノコ汁(300円)、味噌おでん(200円)、ヨモギ餅入りお汁粉(400円)と頼んだ。、ご飯はぎゅうぎゅうてんこ盛り、タケノコ汁には初ものの筍がどっさり入っていた。お汁粉は店の裏手で、大きな寸胴鍋をつきっきりで掻き廻して小豆を煮ている。おでんの甘味噌もヨモギ入り餅も別に売っているが、どれもいい味、おいしい。お汁粉にはお餅が2切れも入っていて、完食したら胃袋がパンパンになった。明日からダイエットしよう。それから皆で甚兵衛渡し跡を見て松の木に抱きつき、歴史博物館へ廻って特別展示「錦絵はいかにつくられたか」を見学した。ここ佐倉の歴史博物館はこの時期、建物に入ってすぐ左側の大きなガラス窓を通して、桜と柳の借景が素晴らしい。そして、佐倉城址公園の桜はもう、花吹雪となって舞っていた。
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| 2009年4月9日(木) |
| 犬と歩けば・再生 99 |
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2009年4月9日(木) 晴れ
マグノリアさんと「4大桜めぐりツアー」というのに参加して、韮崎まで行ってきた。日中は暑いほどの好天に恵まれ、どこの桜も満開の見ごろだった。マグノリアさんは「それぞれの桜に風情があったわね」と今日の感想を言われたが、私は今思い出してみると満開の桜にそれほどの感慨はなく、バスに乗っている間は勿論降りているときでもまあ、1日中二人でよく食べたという満足のほうが強い。実は一昨日の夜からおなかが痛みだして、昨日は午前中治療に行き、午後は横になっていたが、今朝になっても痛みは治まらず、しぶい顔をして出かけた。ところでツアーバスは高速に乗ってすぐに、市川インターでトイレ休憩をする。ここで早くもマグノリアさんは「ここの肉まん美味しいのよ」と言って、嬉しそうに買った。私に一口味見をさせてくれるというが、お腹が痛いので躊躇したがいや待てよ、痛いのはお腹で胃は大丈夫だなと思って、肉まんを二口もらって食べたが、美味しかった。それがすべての始まりで、帰りに腹痛は治まったが、胃が痛んでいた。
季節の花も見ました。高速道路の上から見た桃畑も満開で、帰り道では夕闇の中にそこだけ桃色にぼーっと浮かんでいて、折から満月も昇ってきてそれは美しかった。
またこのツアーには昼食(幕の内弁当)と、夕食(カツサンド)が付いていたが、このカツサンドは野沢菜がはさんであり、おやきも一緒に食べているような味でなかなか美味しかった。マグノリアさんはいろいろなおやつを持参してくれたが、残った分を明日のお花見用にといただいた。あすもまた、花見に行きます。
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| 2009年4月8日(水) |
| 犬と歩けば・再生 98 |
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2009年4月8日(水) 晴れ
朝からよく晴れて、暖かな1日だった。今日はこの地域で、公立小学校の入学式があったらしい。早すぎたと言われた今年の桜も、結果的には「桜の咲く頃1年生」にふさわしい満開となった。
帰宅した家人は、新入生をあちこちで見たと言い、この頃は両親が揃って付き添うらしいと不思議そうにいう。そうでしょうよ。あんたは二人の娘の入学式・卒業式には全く関係なかったものね。ところで昨日の電車の中でも、ダークスーツにピンクのネクタイをした多分父親とオフホワイトのスーツにフリルの派手なブラウスが目立つ母親の間に挟まれて、ちょこんと座った女子高生がいた。痩せた彼女にはまだ新しい制服がぶかぶかだ。彼女は、隣で両足を大きく広げて座席にふんぞり返っている父親に目元がおかしいほどよく似ていた。
今朝の散歩の途中であった女の子は、いつもそこに座っているおばあちゃんに、「あたし、2年生になったの」と話していた。私も(行ってらっしゃい)と声をかけると(行ってきます)と可愛く返事をしてくれた。
昨日の川柳句会の互選句の課題は「青空」だった。私の句◎青空のあくびほあほあ白い雲は1票◎青空へブランコを漕ぐ春休みが9票。私としてはあくびのほうが気に入っていたのだが。
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| 2009年4月7日(火) |
| 犬と歩けば・再生 97 |
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2009年4月7日(火) 晴れ(近所はほぼ満開)
毎月第一火曜日は川柳句会で、今日の参加者は24名。席に着くと「白兎」という名前の和菓子が配られた。これは上品な白餡で、鳥取の銘菓である。紀の冶さんはまた米子へ帰って来たのかと思っていると、ひとり暮らしの紀の冶さんを心配した妹さんの勧めで、秋にも向こうへ移るという話があった。その準備で帰郷されたらしい。もうアパートも買ったらしいと誰かが言った。「紀の冶さんがいなくなると淋しくなる」春菜が鼻を鳴らして言った。「紀の冶さんが向こうに落ち着いたら、皆で訪ねて行こう。そして松葉ガニを食べて来よう」と提案すると紀の冶さんは、いいですよと笑った。
川柳句会が終わって、午後は団地の中央公園で女性ばかりの花見の宴をした。
食べ物は持ち寄りだったが、おにぎりや稲荷ずしの外に、つくしのきんぴらや家庭菜園で収穫したピーナツの味噌炒めなど珍味があつまり、勿論せんべいやクッキー類、果物もあってみんなお腹いっぱい食べて喋った。やっぱりじいさんたち、失礼、男性がいない方が座が弾む。
帰り道、春菜が「青森県の不老不死温泉って知っているか」と聞いた。春菜のご主人はヨットで日本一周を目指し、4月1日に木更津から出発している。ご主人は「青森に到着したら、不老不死温泉で逢おう」と、言ったのだとか。「あーら、そんな嬉しい事を言ったの?そういう時は何をおいても行くものよ」と助言したが、地図を見たら遠いのだの、お金がかかるだの、飼い犬の面倒を見る人がいないとか、しのごのぬかす。これを逃したら、一生後悔することになると脅かしてやったら「まあ、今度が最後の航海にするって言ってるし・・」などと少し軟化した。
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| 2009年4月6日(月) |
| 犬と歩けば・再生 96 |
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2009年4月6日(月) 晴れ(近所はほぼ満開)
べるが耳をぴんと立てたと思うと、藪の中に飛び込んでいった。と同時に、グレーの腹に黒の線が入った尻尾の長い鳥が藪から飛び出してきた。帰ってから図鑑で調べたが、小鳥の名前はわからなかった。
桜の盛りである。午前中は友達と公園を散歩したが、夕方またベルを連れて川向うの公園へ出かけた。普段は気がつかない所でも、桜が咲いていた。
テポドン騒ぎはあっけなく過去のものとなった。見たくない事実は見ないのが、楽ちん。
夕べのテレビは、日本統治下台湾の映像を映していた。日本の教育を受けさせられた人々もまだ生きておられて、あの時代をどう思うかと聞かれ顔をしかめ即座に「嫌だね」と言った。さらに少し間を置いて「人をバカにして」と吐き捨てるように言った。多分そういうことだろうと思ってはいたが、こんな風に直接話を聞いたのは初めてだった。戦後の民主教育といっても、私の年齢でも学校では教わらなかったし、こんな映像を見たのも初めてだった。
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| 2009年4月5日(日) |
| 犬と歩けば・再生 95 |
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2009年4月5日(日) 花曇り(近所はほぼ満開)
千葉市動物公園の逃げ出していたアフリカハゲこうは、今日午後3時ごろついに捕えられ動物園へ帰った。3日間の「花見の休日」だった。飛んでいるところを見に行きたかった。
ベルの朝の散歩(略してべるさん)は、いつもは近場を廻ってごまかしているが、3日前から公園に川沿いと花見をかねて歩いている。朝は歌の上手くなった鶯の鳴き声をはじめ小鳥の声も聞こえ、日ごとに桜の開花が見えて楽しい。家人は今年3回目の花見だと称して、早朝出かけた。夕方サム達を誘って団地の中のさくら通りを見て歩き、市民の森へ入り、河沿いの菜の花畑を見下ろしながら坂を下ってくると、花見客の喧騒が聞こえてきた。通りすがりの男性が、「きっとつかまるよ。警官がうろうろしてる。千葉西警察だ。」と、さむちゃんに言った。知り合いかと思ったら違うという。なおも坂を下りると、狭い道に路駐の行列があった。「そうか、飲酒運転で捕まるって言いたかったのだ。」サムちゃんが言って、私も納得した。公園へ戻るとイチゴのお父さんは「酒気帯びは30万だからね。同乗者も30万だよ。飲酒になると50万。駐車違反なんて目じゃないよ」と言って、私たちを驚かせた。サムちゃんは「なるほど、点数稼げる」なんて納得している。散歩のとき、私がサムのリードも持つとサムは、1歩歩くごとに後ろを振り向いて、お母さんの姿を確認する。それがずーっと続くので私があきれると、サムのお母さんはえへへと嬉しそうに笑ってサムを抱いた。
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| 2009年4月4日(土) |
| 犬と歩けば・再生 94 |
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2009年4月4日(土) 晴れのち雨
「ねえ、ねえ、聞いて。今度パンツにしたらとってもいいのよ。脱ぎ着も簡単だし、第一漏れないの。今迄のおむつだと、どうしても漏れて、着ているものを汚しちゃうの。」と、いきなり言われてもなんのこっちゃと迷うが、Tさんが話しているからお世話をしているアルツハイマー病の叔母さんのことだとわかる。寝たきりの実母と二人の介護で、毎日の洗濯物はかなりな量になる。それで少しでも少なくなればいいねと、言っていたところ夕べはその叔母さんが、生のニンジンを食べ過ぎて具合が悪くなったという。彼女のいないときに、料理用のニンジンをくすねては部屋でかりかりと齧って食べていたのだという。次から次へと騒動を起こす叔母さんを、文句を言いながらもかいがいしく世話を続けるTさんに、頭が下がる。
誤報とかで、テポドン2号は、今日はまだ発射されなかった。北朝鮮は「人工衛星」と言っているが、夕刊では「ミサイル発射へ」となっていた。
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| 2009年4月3日(金) |
| 犬と歩けば・再生 93 |
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2009年4月3日(金) 晴れ
千葉市動物公園からアフリカハゲコウが逃げ出したと今朝のニュースが伝え、数人の職員が竹竿や網を持って追いかけている映像が映った。夜になっても動物園に戻ったというニュースは聞かない。テレビで見たアフリカハゲこうは三角の嘴にまあるい目を持った哲学者のような風貌だった。私は最近同じこうの仲間で、はしびろこうという鳥を描いた。はしびろこうはくちばしがオランダの木靴のような格好をしている。頭には飾り羽があって、胴体が大きい割に足が細くてアンバランスな格好をしている。彼は水面をじっと見つめてひがな1日を暮らす。運よく魚が寄ってくると、ドスンと水面にぶっ倒れるように不格好な漁をするとか。彼の水面を見つめるきれいな瞳とブルーの羽の色に惹かれて描いた。
テレビで見たアフリカハゲこうは大きい胴体と細い足というところが、ハシビロコうとよく似ていた。その細くて長い脚をそろえて空を飛ぶ姿は、動かずにじっとしている姿よりもずっと、ずっと素敵だった。動物公園では10mもの高いネットを張ってあったらしいが、それを楽々と飛び越えていったのだ。佐渡のトキは野生に放したメスが全部(最近、1匹だけ以前つがいを組んだ相手のもとに戻ったらしいが)、海を渡って対岸へ移ったという。今度のアフリカハゲこうもメスらしい。・・でも、動物園の外ではたぶん生きては行けない。早く帰っておいで。
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| 2009年4月2日(木) |
| 犬と歩けば・再生 92 |
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2009年4月2日(木) 晴れ・風
今日は通院日で、銀座に出たついでに上野に廻った。博物館で「阿修羅展」が始まったから、西洋美術館の「ルーブル展」は幾らか空いただろうと目星をつけたのだが、チケットを買ってから20分入場を待たされた。大したものは来ていないという声も聞いたが、見ごたえがあった。特にお目当てのフェルメール(レースを編む女)は、はがき2枚分ぐらいの小さな絵だが宝石のように輝いていた。最も、フェルメールの青は、当時金よりも高価だったといわれるラピスラズリという宝石を砕いて絵の具にしたものだというから、宝石には違いないが。
ところで入場してから10分ぐらいした会場内で、見物人で混雑しているところでハラハラと5千円札が舞い落ちた。私はなんだろうと眺めていたが、若い男性があのあたりから落ちてきたと声を出した。その固まりの人たちはその言葉を聞いて何となく身を引き、ぽっかりと人の穴があいた床の真ん中に、5千円札が裏返しで落ちた。しばらくそのままでみんな見ていたが、警備の人はいないでしょうかと声をかけると、件の男性が「届けてくる」と言って、拾った。
見終わってから上野公園へ廻った。桜は満開にはもう少し、という風情だが、人出は満開だった。
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| 2009年4月1日(水) |
| 犬と歩けば・再生 91 |
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2009年4月1日(水) 晴れのち雨・雷
今日は「4月馬鹿・エイプリルフール」。然しこのご時世で、今晩帰宅した御亭主が「うちの会社、今月末で倒産だ。」と女房殿に言ったとしたら、(決して冗談とは受け取れず)真っ青になること請け合いだ。汚染米、吉兆・赤福・耐震強度とすぐにこれだけ思いだせるほど嘘、偽りがはびこっている現在、改めて嘘で笑っちゃおうなんて気分になれない。今どきこの言葉が生きているのは、川柳や俳句を遊んでいる人たちに限るのではないか?
△ひっ込まぬびっくり箱や万愚節 北野平八(俳句)
△身の内に狸が動く四月馬鹿 関水華 (川柳)
庶民の暮らしの中で「うそ」は、潤滑油としてあるのは周知のこと。然し、権力やマスコミが世論を誘導するための「嘘」には、敏感になりたい。
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| 2009年3月31日(火) |
| 犬と歩けば・再生 90 |
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2009年3月31日(火) 晴れたり曇ったり
ケアハウスにいる義姉から電話がかかってきた。声が尖がっている。「あたし、がんだってよ」と切り出した。「昨日、心療内科へ行ったら、寮母が私のことをがんだと医者に話していた。それで夕べは眠れなかった」という。なにかの聞き違いだろうと言ったが、納得しない。じゃあ事務所に聞いてみるからと言って、電話を切った。実はこれこれでと事務所に電話をすると、昨日行ったのは眼科で、その前の日に行ったのが心療内科。眼科は薬を貰うために行ったのだが、いつもよりも短い間隔だったので、何か特別なことがあったかと聞かれただけだと教えてくれた。今迄お世話になっていて、このケアハウスのスタッフは全員女性で若いが、丁寧な心配りをしてくれているのが分かっている。思うに心療内科へ行った時に明日は眼科に行きますとかのやり取りがあって、それを聞き違ったのではないかと思う。義姉に聞いた事情を説明して電話を置くとすぐにまた義姉から電話がかかって「いま、謝りに来た」と、言った。納得したらしく言葉づかいも穏やかになっていた。
さて(多分、赤ちゃんからノロウイルスをうつされた)サムのお母さんは、昨日よりもまた一段と回復していた。少しやつれた感じはあるが、顔色もほぼ元通りになった。でもご本人はほとんど食べていないので、身体に力が入らずふらふらするという。明日はたとえ1ヶ所でも2か所でも仕事に出て、あとは早退という形にしないと厳しい(仕事の打ち切りなどの心配がある)と、繰り返した。サムは公園でもお母さんにぴったりくっついている。家で臥せっているときお母さんは、顔から足の先まで、サムになめまわされ体中が犬臭くなったと苦笑いした。
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| 2009年3月30日(月) |
| 犬と歩けば・再生 89 |
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2009年3月30日(月) 晴れ
出かけようと支度をしていたら、Yさんから電話が架かって1時間あまり相手をした。前回は2時間はとられたからまだまし。
夕方の散歩のときに、べるとサムちゃんちへ寄った。お母さんの顔色はかなり良くなっていたが、たった二日で頬がこけた。真夏もクーラーは入れず、冬もストーブも炬燵も使わないサムのお母さんが、寒くてホカロンを貼り炬燵には電気を入れて身体を温めたという。もう1日サムを散歩に連れてゆくと申し出たら「明日もう一日休めるが、ついたちはなにがなんでも仕事に行かなければならないから、一緒に行く」という。お母さんも一緒に出かける気配を感じてサムは、尻尾なんか振ってウキウキしている。サムちゃんたちは車で、私たちは自転車で公園まで行った。公園の中の700m散歩コースをゆっくりと歩いたが、サムのお母さんは途中3回も腰を下ろして休んだ。昨日の散歩のときに、サムがどんなにおりこうさんだったか話すとサムのお母さんは「私がこんな風で、これからどうなっちゃうかなあって。施設に預けられたらサムはどうなるかって」そんな事ばかり考えて不安だったとこぼした。年老いて動けなくなる不安は、私も誰もが抱えているが、気がつかないふりをして毎日生きている。
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| 2009年3月29日(日) |
| 犬と歩けば・再生 88 |
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2009年3月29日(日) 晴れ
夕方、ベルを連れてサムちゃんちへ寄ってみた。昨日の今日である。サムは飛び出て来たが、お母さんはしばらくしてからよろよろと出てきた。体調はなはだよろしからずの様子。駄目だったらすぐ帰るからと、サムを連れて散歩に出た。お母さんなしでベルとサムの2匹を連れて散歩に出るのは初めて。サムのお母さんは心配そうだが、断れないほど体調が悪い。私としても、サムを力では抑えられないのはわかっているが、言わずにいられないサム親子の様子だった。私がリードを持っているせいか、家から出たらすぐにサムは座り込んで、お母さんが出てくるだろうと待った。その度に「お母さんはお腹が痛くて、家にいる。サムがベルと散歩をしてくればとても喜ぶから、公園を一回りして来ようね」と、説明した。それでも5mぐらい行くと家の方を振り向いて、座り込んでしまう。力ずくでは私はサムにかなわない。ところがその度にベルが頭をサムの頭にでーんとぶつけて、行こうと促すのだ。こどもみたいな真似してないで、行こうぜとでも言っているような。それでサムはしぶしぶと歩いた。図書館では2頭をつないで待たせたが、何事もなかった。途中子供たちが寄ってきて触りたがったので、2頭を座らせて触らせてあげた。その間、サムはいつもとは違って緊張していた。裏の方から公園へ降りてゆくと、サムは耳をぴんと立てて目を配った。公園のどこかにお母さんが隠れているのではないかと、探しているのだ。公園の犬仲間が集まる場所には行かないで、帰ることにする。家に着くとドアが開いていた。私が帰りましたと声をかけたが、サムは入口に立ったままうんともすんとも言わない。サムに声を出せと促したが、固まったままだった。そのうちやっとお母さんが顔をだした。そのとたんにサムは悲鳴のような声をたてて、お母さんに飛びついて行った。お母さんの顔も泣きそうだった。
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| 2009年3月28日(土) |
| 犬と歩けば・再生 87 |
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2009年3月28日(土) 晴れ
夕方、病院の空いている頃を狙ってベルを連れてゆき、狂犬病予防注射と登録それにフィラリヤの検査もやってもらった。体重は10.6kg。全部で6,325円だった。今までは毎年、フィラリヤの薬を12月まで飲ませていたが、去年は9月までしか飲ませなかったので検査結果が少し心配だったが、結果はマイナスで安心した。
それから公園へ行くと、入口でサム達と出会った。お母さんは顔色が悪く、いかにも疲れ果てている様子。遊び場まで歩いてゆく途中で、座り込んでしまうほどだ。サムのお母さんはお孫さんの急病で、今週毎日病院に通っている。それが余程応えているらしい。
やっと犬たちの遊び場に着いて、犬仲間と合流。入り乱れているうちにいつもの3匹(サム・ベル・ハナ)が、追いかけっこを始めた。事情を知らない人には犬の喧嘩だと見間違えるほどの迫力で、先日も遊びの最中にベルは左前脚をハナコに噛まれている。そこは足の毛が抜けて、1円玉ぐらいの跡になっている。さっき病院で先生も気がついて「ああ、治っているね」と言った。だから3匹が絡んでいるときは、大きな怪我にならないように気にして見ている。サムが「あっ」と驚いたのがわかって、サムと同じ方向を見た。そこに座って犬たちを見ていた、サムのお母さんがいない。サムは血相を変えて(というのは言い過ぎかもしれないが)右へ左へと探し回っている。緊張と不安で全身が硬直しているのがわかる。サム、「そっちじゃないよ。たぶんトイレだから大丈夫だよ。」サムの様子に気がついた犬仲間はそれぞれに声を掛けた。サムは人間の言葉がわかるからトイレに入って行ったが、すぐに出てきて反対側の男性用のトイレに行って出てきたお母さんを見つけた。
犬仲間は口々に、うちの犬もこんな風に慕ってくれたら可愛いのにと言った。それが高じて、サムがいなくなったらお母さんは大変だね。あと3年は大丈夫かね。5年は持つでしょうとかかってに言って、サムのお母さんを刺激している。サムはもう十分に遊んだからと、お母さんを急かして私たちは先に帰った。
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| 2009年3月27日(金) |
| 犬と歩けば・再生 86 |
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2009年3月27日(金) 晴れ・曇りのち雨
「破壊措置命令を発令」という文字が、夕刊1面に踊っていた。対北朝鮮のテポドン発射の対抗措置である。然しこれって、「戦争」ではないのか?
ちなみに戦争を三省堂 『ハイブリッド新辞林』でひくと、次のような説明だ。
せんそう【戦争】 (1)武力を用いて争うこと。特に,国家が自己の意志を貫徹するため他国家との間に行う武力闘争。国際法上,宣戦布告によって発生し,戦時国際法が適用される。
戦争は最大の消費。不景気を解消する特効薬である。時は今、不景気の真っただ中。衝突のないのを願うばかりだが、これを契機に一気に『省エネ・地球に優しい軍需産業』が勢力を伸ばさないようにせめて、市民からの監視を強めたい。
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| 2009年3月26日(木) |
| 犬と歩けば・再生 85 |
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2009年3月26日(木)
今朝は一気に冬に戻り、久しぶりに暖房を入れた。マグノリアさんは今日、あちこち花見や団子を楽しんだらしいが、こちらは家に閉じこもって、花粉から身をよけていた。花粉症の抗ヒスタミン剤は毎日1錠の処方だが、あまり症状が強いので昼食後もう1錠飲んだら、すぐに眠くなった。 そんなわけで毎日買い物に行かないので、甘いものが無くなった。年齢とともに食べ物の嗜好が変わっている。特に最近は、夕食後にちょっと甘いものが食べたいのだ。カリント・ゼリー・一口もなか・ジャムサンド・ベビーシュウとまあ、何でもいいのだがないと口淋しい。友達に聞いてみると、多くの人が同じだという。食後だけでなく、いつもバッグのなかに飴やチョコを忍ばせているひともいる。若いころはこんなことは絶対になかった。加齢と関係があるとすれば、どうしてなのだろうか?
韓国へ旅行に行った友人から、約束通り宅急便でキムチが届いた。美味しいのだが、辛さが引き金となって咳が止まら間くなる。これも花粉症が収まるまでお預けだ。ブルーな1日だった。
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| 2009年3月25日(水) |
| 犬と歩けば・再生 84 |
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2009年3月25日(水) 小雨ときどき曇り
WBCの話。昨夜7時のニュースで日本の優勝に触れた解説者は、「何よりもいいライバルがいたから日本も強くなった。勝てた。」と説明し、それを聞いてなるほどと思った。
今日、集金にやってきた新聞屋さんが置いて行ったスポニチの張本勲さんの談話を読んで、昨日の優勝決定戦が一番うれしかったのは彼に違いないと思った。この記事を読むまで、彼が27年前に韓国のプロ野球を作った一人であることを知らなかった。日本では野球部のある高校は4000校以上あるが、韓国は50校しかないという。その中での日韓は優勝をかけて互角の戦いをした。「韓国にプロ野球を作った27年前はこんな日が来るとは全く、想像できなかった。私にとって日本のプロ野球は育ての親。また私は、韓国プロ野球の生みの親。私としてはどちらが勝っても良かった」と張本さんは言っている。そうだろうなあと納得できる。 こういう人は本当に大事な人、貴重なひとなのだと思う。
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| 2009年3月24日(火) |
| 犬と歩けば・再生 83 |
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2009年3月24日(火) 雨のち晴れたり曇ったり
昨日の夕方、ベルと散歩に出た所為か(花粉を浴びたのだ)、今朝から頭痛とだるさでうっとおしい。家でゴロゴロしていたら、家人がテレビでWBCの野球をみていたので、ついでにみた。夕方ラジオを聴いていると、みんながにわか野球解説者になったような話をしていた。
ふと、私は「不良婆ちゃん」になるのが、理想だったと思いだした。見本はいた。数年前、ラージボウルという高齢者の卓球全国大会が千葉市で行われ、青森からやってきた知り合いのチームの女性陣は全員が70代以上で、最高齢は確か84歳と聞いた。
彼女たちは週3回の卓球、3回のダンスに2回のマージャンに明け暮れていて、地方のこことて話が弾んで(ということは、飲み過ぎてと同義語)帰れなくなるとホテルに泊まると言い、「あたしゃ、青森の不良ばーさんよ」と豪語し、よく食べよく飲んだ。そんな陽気で厚化粧の先輩達に、度肝を抜かれた。で、ちょっぴり羨ましかった。そしてよし、いずれ私もああなるぞと決意したのを忘れていたのだ。しかし何をするにしても元気でなくては始まらない。花粉の季節が終わるのが待ち遠し-い。
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| 2009年3月23日(月) |
| 犬と歩けば・再生 82 |
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2009年3月23日(月) 強風 晴れのち曇り
大きな火事を一度だけ近くで見たことがある。7,8歳の頃、やはり春先だった。ボタンを作っている町工場が燃え、誰かに連れられて見に行った。夜空に大きく立ち上がる火柱に圧倒された。恐怖感よりも見とれた。
昨日、旧吉田茂邸の火事を伝えたテレビを見ていたら、「あ、凄い。今度のは大きい」というコメントが入っていた。このコメントだけ聞いたら、花火大会でもおかしくない。危険から離れた場所にいれば、火事でも花火大会でも人は同じような感想を持つらしい。
「戦後経済が大きく変わろうとしている現在、一足先に戦後政治経済を象徴する建物が焼け落ちたのは、感慨深い」という評論も聞いた。
夕方になっても家人が帰らない。風も収まったので、サムを誘って市民の森へ出かけた。久しぶりだったので、ベルは勿論サムも駆け上がり飛び降りて遊んだ。森の中はまだ、日向に菫が咲きだしたばかりだった。一方川沿いから公園へと歩いてみたら、一番目立つのはやはりこぶし、花桃、寒桜、れんぎょう、雪柳、そしてまんさくも咲いていた。染井吉野は川沿いの公園ではつぼみが膨らんで赤みがみえる。公園の日当たりのよいところでは2,3分咲き、日蔭では未だ硬い蕾とまあいろいろだった。サムのお母さんは、お孫さんが緊急入院したので、午後から病院へ行って来たと疲れを見せていた。
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| 2009年3月22日(日) |
| 犬と歩けば・再生 81 |
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2009年3月22日(日) 強風 曇りのち雨
先週、床屋に行ったら20日のお彼岸は休むという。書き入れ時だろうにと不審に思っていると、今ならっているダンスの進級テストがあるのだという。実は7月と11月にもテストはあって、それはどちらも月曜日なので床屋の休みと重なって都合が良い。今まではその時に受験していたという。それがね、と彼女は一息入れた。前回のテストでは滑ってしまった。その時床屋仲間の一人が大きな声で「また頑張ればいい」と言ったので、彼女の失敗はホール中の人の耳に入ってしまった。と、ここまで話して「その人は後先考えないで喋っちゃうそういう人なのよ」と付け加えた。月曜日のテストとなると、床屋仲間が集まるので、また滑ったら恰好が悪いから、店を閉めても今度の金曜日に再チャレンジするのだと言った。私がここへ通い始めたころは、千円床屋に客を奪われて暇でしょうがないと嘆いていた。それがウオーキングを始めてやせ、ダンスに夢中になってからずいぶんとおしゃれになった。目元は二重瞼にし皺とりなんとかをやるとかやらないとか、ヘアースタイルはお手の物だからちょくちょく変えて楽しんでいる。自分が稼いだお金を自分のために使うんだから、良いんじゃないかと私は賛成している。でも(足の使いすぎからか)膝に水が溜まるようになったから、ウオーキングはあまり出来ないといい、車1台分の値段で買ったという痩せる道具が、使われないまま場所をふさいでいる。私はマッサージ機とマンガが置いてあった以前の店つくりのほうがいい。
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| 2009年3月21日(土) |
| 犬と歩けば・再生 80 |
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2009年3月21日(土) 晴れ
今日はお絵描きの日だった。私はいま、30号で千葉市動物公園の牛の絵(アッシュとモーちゃん)、8号で母子像を描いている。どうも私は目つきに惹かれるらしくて、アッシュの色っぽい目つきと母の遠くを見つめているまなざしに惹かれたのが、2枚を描くきっかけだった。実は書きたい画題がまだある。御覧になった方もいらっしゃると思うが、2月にNHKスペシャルで「菜の花畑の笑顔と銃弾」という番組が放映された。アフガニスタンの子ども達がお腹いっぱい食べられるようにと、現地で日本のさつまいもと稲の栽培を指導していた伊藤和也さんの昨年8月に殺害されるまでの5年間の記録だった。彼がよその村の者に殺されたのは、試行錯誤しながら、少しずつ成果を上げまた現地の人たちの信頼も得てこれからというときだった。現地の人たちの対日感情が悪化した直接の原因は、自衛隊によるアメリカ軍への給油だった。彼の葬儀には彼を慕った現地の人たちが千人も参列し、その後彼に栽培技術を教わった村人は、よその村にも技術指導していると伝えていた。
彼が5年間に撮りためた3千枚もの写真のなかには、多くの子ども達の姿が映っている。そしてその中の1枚に、撮られた子供の大きな瞳のなかに、カメラを構えている伊藤さんの姿が映し込んでいる写真があった。それを見つけたのは誰なのだろう?NHKのやはりカメラを道具にしている人なんだろうか?なにか不思議な気がした。深く感動した。その写真をもう一度見たいと思って、ネットで探したが見つからなかった。でもいつか巡り合った時には、ぜひそれを画題にして描きたいと思っている。
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| 2009年3月20日(金) |
| 犬と歩けば・再生 79 |
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2009年3月20日(金) 春分の日 雨のち晴れ
天気予報通り、昨夜は雨になった。それも春の台風並みの風雨で、雨は今朝になっても降り続いていた。今日はお彼岸で義姉とお墓詣りに行く予定。義姉をケアハウスに迎えに行って、お墓に行く道々そこだけパッと明るい満開のこぶしの木をあちこちで見つけた。お墓に着いた11時過ぎには雨も止んで、晴れ間も出てきた。帰りはいつものように、回転寿司によって新鮮な魚をたっぷりと食べて、義姉は大満足だった。ケアハウスに送り届けたとき、電話がかかってきた。義姉はフンフンと聞いていたが、不機嫌に電話を置いてから「選挙」と言った。今迄気がつかなかったが、ケアハウスの中に投票箱が置かれて、そこで投票をするとか。「ここも結構人がいるからね」と義姉は言う。いつものように部屋の掃除をして、枕カバーやタオルなど取り替えた。天気予報ではお天気が回復するとまた、急激に気温が下がると言っていたので義姉の体調が心配だったが、そんなこともなく安心した。いつものように帰るときハグをすると、嬉しそうにくくっと笑った。午後はテレビのサスペンスドラマを2本、交互に見てだらだらと過ごした。
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| 2009年3月19日(木) |
| 犬と歩けば・再生 78 |
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2009年3月19日(木) 晴れ・強風
今日の午後は、私でさえ半袖に着替えたほどの温かさだった。春先はいつもこうなのだが、今日も風が強い。止む無く花粉症の私は閉じこもる。家にいるといろんな電話がかかってくる。いつものセールスに加えて、今は選挙の電話、それに家人は6つものサークルに入っているから、その電話も多い。大体6つものサークルのほとんどは「健康なんとか」とか「なんとか歩く会」で、健康管理を目的としたものだが私よりも多くの医者にかかり、多く薬を飲んでいる。でともかく、今日かかってきた電話も、家人の不在を告げ相手の電話番号を聞くいつものパターンの会話をしただけで、ほのぼのとした温かさが残った。帰宅した家人にそのことを伝えると、電話してきた彼は船長さんだったという。今迄、船長さんを友達にしたことはない。一気に好奇心が動いた。どんな船の船長さん?どこを走っていたのか矢継ぎ早に聞いたが、そっけなく「知らない」と言うだけ。でも私は諦めない。きっと船乗りさんはお絵描きが好きなはずだから、これこれこういう風なお絵描きの会がありますと誘ってみてと家人に粘った。どうも家人は私の話を聞いていないようだった。
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| 2009年3月18日(水) |
| 犬と歩けば・再生 77 |
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2009年3月18日(水) 晴れ・強風
アメリカでは、公的資金を受けて再建中の保険大手AIGの役員に支払われた高額ボーナスが、問題となっている。いや、日本でもそうだそうだと新聞テレビが騒いでいる。でもね、GMの社長が政府に「お金かして」と借金を申し込みに来た時にも、自家用飛行機で飛んで来たと騒がれたのは、まだ記憶に新しい。だからAIGの役員がやったことは、特別なことではなくて、アメリカ社会では普通の当たり前のことなんではないかと私は勘ぐる。なぜかと言えば先日(3月3日)NHKテレビで、「爆笑問題の日本の教養・心は水で作られる 脳神経学中田 力新潟大学教授」というのを見た。爆笑問題のふたり(太田と田中)は、中田教授の研究室に招きいれられる場面でびっくり仰天した。まず若い女性秘書が5,6人出迎え、奥の高価そうなソファーが並べられたひろい応接間に通されたのである。彼らは開口一番「こんなリッチな教授室は初めてだ」と叫んだ。すると中田先生は「アメリカでは能力のあるものは、お金があって当然という考え方なんですよね」とさらりと申された。裏返せばリッチな生活が出来ないものは、能力がないと見なされるわけ?さらにそれを日本にも輸入しているってわけだ。だから日本でもそういう考え方の人は少なくないと思う。例えば民主党小沢事務所に入った検察の方々。特にテレビで何回も映ったあの先頭を歩いていた、キャメルコートを羽織っていた男性。彼にはすでにネット上で「らくだ男」と呼ばれていると、マグノリアさんが教えてくれた。勿論、ご自分の趣味を否定するつもりはないが、公務員にしてはいささか目立ち過ぎだ。いかにもリッチな生活をしているんだぞ、能力があるんだぞと言いたげではないか。昔っから江戸っ子は(目立つのは粋じゃあねえって)言ってたんだがねえ。話を元に戻すと、AIGの件は「能力主義」のなれの果てじゃあないかってこと。
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| 2009年3月17日(火) |
| 犬と歩けば・再生 76 |
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2009年3月17日(火) 晴れ
桜の開花に異変が起きていると、ニュースになっている。今朝、我が家でもムラサキはな菜がもう咲いた。いつも4月にならないと咲かない花である。ところで自然はとっくの昔からグローバルで、今日明日は黄砂が大量に降り注ぐと天気予報が言っている。おまけに花粉の最盛期で、あの真っ赤っかな予報地図を見ただけで鼻がむずむすしてくる。そうそう黄砂以外にもテポドンも降ってくるかも知れない。家人に北朝鮮は発射すると思うかと聞いたら、面倒くさそうに頭を横に振った。(発射するかしないか)何か賭けようと誘うと、「フン、そんなことムニャムニャ」と言ったきり。面白くないひとだねえ。
姉から、お彼岸のお墓参りは何時にするかと電話がかかってきて、久しぶりに四方山話をした。姉は家族4人の台所を預かっている。でも買い物に行くときには、危ないのでもうバイクは使えない。あのガラガラを転がして歩いて行くという。「いつもあのかごに一杯になってね、今日は一番上に乗せてあったホウレンソウを、落としたのを気がつかなかったのよ」と言った。後ろから来た人に注意されて振り返ると、踏切の向こう側にホウレンソウが1把落ちている。取りに戻ろうとしたら、自転車に乗った老人がそれをひょいと拾ってゆこうとしたので、姉は大声で「すみませーん」と叫んだ。するとその老人は戻って、落ちていた場所にホウレンソウを落として、ついと行ってしまった。「なんていうか、いやな世の中ねえ」と締めくくった。
そんなわけで昨日から完全な引きこもり生活をしている。
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| 2009年3月16日(月) |
| 犬と歩けば・再生 75 |
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2009年3月16日(月) 晴れ
やっぱりメールは危ない。メールは単に連絡事項のための道具である。それ以上の役割を持たせようとしたときに、誤解や行き違いが起きる。
現在、川柳句会の事務はそのほとんどを会長のAさん、そして一部を会計さんと私が担当している。かつては私が其の殆どを担当した時期もあった。毎月、私の所に会長から全部の句が送られてきて、それをもとに私が作業して雑誌へ投稿する、という作業がある。今月はなかなか送られてこなかったので、催促した。返信には思いがけない一文が付いてきて、それを読んで私はカチンとした。一晩考えたが、私が不愉快な思いをしたことをきちんと伝えることにした。1週間ほど経って、会長から返事がきた。歌の文句じゃないが、あれは冗談半分だったと釈明して、以後私の仕事は自分がやるという内容だった。私は自分の担当している仕事のことは全くふれていないのに新しい展開に意外だったが、それならどうぞよろしくと、返した。これが相対での話だったら、電話での話だったら、ここまではこじれなかった。会長は会長で自分の冗談が、私に通じなかったことが意外だったと思う。私にしても直接話をしていれば、話し方や顔つきで冗談だと、判断出来たかも知れない。しかし、文章になって送られると一人歩きする。(手軽さが 不信と溝を 深くする)
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| 2009年3月15日(日) |
| 犬と歩けば・再生 74 |
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2009年3月15日(日) 晴れ
「親子の間が冷やかになっている」。昨日のお絵かき仲間の飲み会で先生からそんな話を聞いて、一同唖然とした。私たちはみな、還暦を過ぎた年齢である。私たちは戦後の復興時期に教育を受けたがそれは、「皆で協力して一生懸命に働けば、個人の生活も保証され社会も豊かになる」という教えだった。元教師のAさんは「娘とも、勿論孫とも価値観が全く違う。だからひとりでいる時が一番楽や」と嘆いた。「なるべくもめごとは避けたいというのでしょか。自分の子どもの反抗期からも、逃げちゃうんですよ。」と、先生は付け加えさらに「モンスターは、世代年齢にかかわらずいますねぇ。」とも。いったいどうして、いつの間に世の中はこんな風に変わってしまったのか、誰にも分らなかった。そういえばと仲間のBさんがこんな話をした。退職時にマンションの自宅の内装をすることにし、周りの家に洗剤を持って(ご迷惑をおかけします)と挨拶に廻った時のこと。あるお宅で「このメーカーの洗剤は使わないからいりません」と、断られたという。熟年といわれる歳になって、思いやりのなさというか想像力の欠如というか、気持ちのゆとりのなさというか、これはなんだろうかと顔を見合わせた。利己主義とか個人主義とかの言葉が既に死語になってしまったほど、世の中は一人づつ孤立し、その個人に自己責任が被さってくるのか。これでは生きづらい。自殺が増えて当然だと思う。
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| 2009年3月14日(土) |
| 犬と歩けば・再生 73 |
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2009年3月14日(土) 強風・雨のち曇り
先日「あおぞら裁判」と書いたら、マグノリアさんに「あおぞら裁判ってなに?」と聞かれた。彼女とはたった10年(10年一昔とも言うが)しか歳が違わない。人一倍社会的関心が強い彼女が知らないなんて、想像できなかった。こういうところにもう私の社会とのズレが起きている。青空裁判とは1975年に工場周辺の喘息など呼吸器系患者や家族が川鉄相手に(きれいな空を返せ)と起こした大気汚染公害訴訟のことで、千葉・川鉄公害訴訟という。http://www5.ocn.ne.jp/~sioe/osenugoki.htm 1967年に四日市ぜんそく訴訟があるがその後、千葉に続いて続々と大気汚染公害訴訟が全国的に起こされその運動の中で、いろいろな公害防止の法律ができた。先日、千葉・川鉄公害訴訟の原告団団長だった稲葉先生から送られてきた手紙には「大気汚染被害の第一は粉塵による発癌である。アスベスト被害もこれに入ります」と、あった。
春の嵐の中を、市展が開催中の千葉市美術館へ出かけた。お絵描きの仲間の作品はみな入選したので、今日は先生の解説をうかがいながらの勉強会。帰りは居酒屋で楽しく会食した。
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| 2009年3月13日(金) |
| 犬と歩けば・再生 72 |
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2009年3月13日(金) 晴れ
久しぶりにパソコンに向かってワープロ作業をした。例の「愛唱歌を歌う会」を立ち上げるためのあれこれである。平均年齢68歳のおばさん達15人が集まって、ワープロ作業をする人が他にいないのだ。ま、隠しているのかもしれないが、ひとりのおばさんが「じゃあ、主人に頼むわ」と言うに及んで、やむなく手を挙げた。作業を続けていて、昼間は暖かかったので油断していたら、夕方になって急に冷え込んだ。寒くて寒くて私はホームレス稼業は出来ないと思った。ではもし、そういう事態に陥った時はどうするか、なんて考えた。道端に段ボールにくるまって眠るなんて寒くて嫌だ。せめて雨風をしのぐ、屋根や壁があるところが良い。警察はいきなり行って、泊めてくれるのかしら?いつだか3面記事に文無しのお婆さんが拘置所に入りたいために、交番へやってきて自分の悪行を並べ立てたという話が載っていた。私にそれだけの演技力はない。次に思い浮かぶのは、日本人としてお寺の方がなじみ深いが、何故か教会だ。よくテレビや雑誌などで見聞きするからだ。いや実際に修道院にただで泊めてもらった経験もある。あのときは朝食も御馳走になった。そうではないお寺もあると思うが、日本のお寺は「お葬式屋さん」のイメージが強い。頼るところではなくて、むしり取られる所という恐怖がある。次に浮かぶのは行政の建物だ。市役所に布団を持ち込んで寝泊まりしていた人の話をテレビで見たことがある。でもこの人は嫌がらせのためだった。多くのホームレスたちが駅周辺に集まるのは多分、そこは遅くまで明かりがともっているからだと思う。明かりも欲しいが、私は暖かいほうが良い。ならば、温泉地へ流れてゆくか、なんて考えていてきりがない。では作業を続けることにする。
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| 2009年3月12日(木) |
| 犬と歩けば・再生 71 |
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2009年3月12日(木) 晴れ
お表でなにか音がしたような気がして出てみると、筋向いのAさんが犬のリードを手に持ってうろうろしていた。お話を聞いてみると、Aさんちの飼い犬ジョンが夕べから帰っていないという。ジョンは13歳で利口でおとなしい柴犬だ。お父さんと散歩のときには、リードなしでも大丈夫なのだから、意外な気がした。「もう、耄碌しちゃったのかしらね」とAさんは仰るから、いや春だから血が騒ぐのでしょうと答えた。Aさんは「おほほ」と上品に笑った。そんな立ち話をしている所へ、近所の奥さんに付き添われてジョンが返ってきた。Aさんは「あらまーどうしたの?」と言うだけで、立ち尽くしているから、私はジョンの首輪を捕まえ、Aさんからリードを取ってつないだ。その間ジョンは何の抵抗もせず、「なんかあったのー?」みたいな顔をしてAさんを眺めていた。
久しぶりに仲間とあってご飯を食べ、産直店までドライブを楽しんだ。友人Bさんの車内は尾崎豊の曲がガンガン響いていた。彼が逝ってしまってから、どの位経ったのだろうか?10年、いやもっと経つに違いない。でも彼の曲を聴いていたら訳もなく(胸キュン)となる。ジョンに続いて私の血も騒ぐらしい。
家に帰ると、青空裁判原告団長で私の高校の物理の恩師でもある稲葉先生から、近況を記した手紙が届いていた。「千葉あおぞら準備会」で時間をオーバーして喋ったこと、ガンの手術をしたことなど原稿用紙に記入したもののコピイであるが、そのどれにも86歳と誇らしげに書きこんであった。何よりも人前で(以前のように)幾らでも喋れたのが、なによりも嬉しかったのがわかる。先生も「血が騒いだ」らしい。
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| 2009年3月11日(水) |
| 犬と歩けば・再生 70 |
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2009年3月11日(水) 晴れ
連日花粉の多い日が続いている。花粉症の症状はその段階によって様々だが、私の場合目、鼻、喉、耳などの症状の外に、頭痛・全身倦怠感というのも加わる。だからラジオ深夜便で、判断力のあるうちに終の棲家を決めておくようにという話には、身につまされた。ちなみにアドバイザーは75歳になったら入る施設をすでに決めてあると言った。なるほど、なるほど。昔から優等生は、ちゃんと先を見て手を打っているのだ。だが待てよ、いろんなしがらみの中で生きているのが普通の人で、そんなにきっちりと線引きできるのだろうか?と疑問に思い、あれこれとぐずぐず考えて、私は成り行きでいいかなと思ったら、安心して元気が出た。
朝から北朝鮮拉致事件関係のニュースに釘付けになった。国家権力に翻弄された個人を見ているのが辛い。と言いながらテレビで繰り返し見たけれど。・・
金賢姫さんは頬がこけて、顔色が悪い。どんな暮らしか、想像がつく。
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| 2009年3月10日(火) |
| 犬と歩けば・再生 69 |
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2009年3月10日(火) 晴れ
友人のAから「旅行に何を持って行けばいいか分からない」と、メールが入った。ハハーン、ひとり暮らしの彼女は、今日は未だ誰とも喋っていないんだと思って、電話した。
来週彼女は韓国へツアーに出かける。何でも、タレントと一緒で、日本文化の源流を探るとかの高額なツアーだという。旅行会社からは寒さ対策をと言われている。荷物は機内持ち込みで済ませたいのだが、どうしても多くなり困っているという。いろいろ聞いてみると、防寒用とフォーマル用と用意していることがわかった。彼女も考えていること(楽で、機能的な服装だけにすること。つまりセーターにパンツ、温かいコート)だけに限定し、余裕があったら他の物を入れると提案した。夕方またメールがあって、フード付きコートを買ってきたのでこれで準備OKだとあった。もう一度電話をすると、私がアドバイスした「古着屋」へ行ったが若者向きばかりなので、さびれかけている商店街で買ったと言った。古着屋では5千円だったが新しいのが商店街で1万円で買えたと喜んでいた。私もフード付きなのがとてもいいと、褒めた。
「愛唱歌を歌う会」の立ち上げを金曜日に予定しているが、早くも言い出しっぺの会長候補は肺炎で1週間は外出不可だというし、念のために電話を入れた人も、頭のレントゲンで引っかかって再検査だという。こりゃ前途多難だね。
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| 2009年3月9日(月) |
| 犬と歩けば・再生 68 |
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2009年3月9日(月) 曇り晴れ
ガラス戸の向こうで、ベルはこっちに背中を向けて縁側に座っているが、頭だけ振り向いて上目使いにじっとこちらの様子を覗っている。5時を過ぎても家人は帰ってこない。天気予報は、今日も花粉は多いと言っているから外には出たくないが、ベルに見つめられて根負けした。雨具の上下をつけ、勿論帽子にマスクも怠りなく完全防備してベルを散歩に連れ出した。久しぶりに自転車で走らせる。今日も、自転車は危ないと言われたばかりだが、ベルが喜ぶのでやめられない。公園の梅はほとんど散っており、河津桜も葉桜になったのと今が見ごろな樹が2本残っていた。久しぶりの公園で、ベルはやみくもに走った。サム、ハナコの3頭でいつもの取っ組み合いもやった。ベルがいないとやらないんだとハナコのお父さんが言った。
昼間に「愛唱歌を歌う会」の修了生で、同好会を作る打ち合わせに行った。そこで参加を予定していたAさんが、ご主人が高校生の自転車とぶつかって脳挫傷となり、入院したので参加できなくなったと聞いた。勿論、病人も大変なんですけどね、乗り換えが3回もあるし毎日病院へ通うAさんも大変なのと、仲間は言った。
同好会を立ち上げるについて、参加予定者の皆さんの年齢を見て不安がよぎる。最高齢が80歳で平均年齢は70歳ぐらいか。会費はなるべく安くと、ぎりぎりの金額に抑えたが、次々と事故ある人が出てきたらたちまちパンクしそうだ。
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| 2009年3月8日(日) |
| 犬と歩けば・再生 67 |
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2009年3月8日(日) 雨
マグノリアさんの送迎で、花の美術館へ出かけた。今週のテーマは「水仙」だそうだが、チューリップをはじめ、館内は百花繚乱色とりどりの花々と香りを十分に楽しんだ。さてわざわざ今日を選んだわけは、ここで「指笛コンサート」が聞けるというマグノリアさんの事前の調査による。当初は「横笛」と勘違いしていたのだが、指笛を言うのをはじめて聞いて、その音の高さと音量の大きさにビックリした。演奏会の間、鼓膜がビリビリと震えた。指笛は、遠くへの伝達方法として世界各地で使われていたという説明を聞いて、納得した。その音は、谷を隔てて2qも届くという。もらったチラシに「災害と音楽に指笛を」とあるのもむべなるかな。ホームページをのぞくと、災害にあったとき指笛で所在を知らせて助かったという事例が載っていた。さらに解説者は、指笛で演奏出来るのは世界中で100人ぐらいしかいない。その殆んどが日本人でさらに、東京都と千葉県に集中しているという。さて今日は、熟年男女9人の合奏と独奏で、18曲も聞かせてもらった。@さんぽA崖の上のポニョB野ばらCとなりのトトロD花Eおぼろ月夜Fクワイ河マーチG踊り明かそうHバラが咲いた休憩(指笛の吹き方)I手の平に太陽をJローレライK愛の賛歌LカッコーワルツMドレミの歌N椰子の実O花の街PアベマリアQふるさと。アンコールで指導者のカッコーワルツを聴いたが、そのテクニックの素晴らしさに感嘆した。マグノリアさんにどの曲がお気に入りだったかと訊ねたら「花の街」だという。そう、ラジオ歌謡はいいわよねぇと返事をしたら、ラジオ歌謡って何だと聞き返された。しまった、マグノリアさんは私より10歳も年下だった。ラジオ歌謡をご存じないのも当然。私は太めのおじさんが独奏した、愛の賛歌に酔った。雨で寒さの戻った1日だったが、楽しかった。
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| 2009年3月7日(土) |
| 犬と歩けば・再生 66 |
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2009年3月7日(土) 晴れ
ラジオを聞く事が多い。ニュース原稿というのは、同じものを時間を変えて、あるいはテレビでと繰り返し使うらしいと気が付いていた。ところが今晩聞いたニュースは、内容の一部を変更していた。
今晩7時にテレビで放映した「ひったくり」のニュースを、7時に聞いた時は確か「高齢の71歳の女性」と読んでいたが、9時には単に「71歳の女性」とアナウンサーは読んだのだ。
さもありなん。納得だと頷いた。ニュースの内容は通勤途中ひったくりにあったおばはんは、(コラー待てえー)とばかりに犯人を200m追いかけてひったくられたバッグを取り返し、さらに追いかけてパート先の社長を助っ人に犯人も捕まえたという武勇伝である。とても「高齢の」という形容詞にふさわしくない。犯人は(腹が減って)と、言い訳したそうだが、気の毒だが32歳の男性は71歳の女性に気合負けしていたね。完全にね。
それで思い出したのが、私が在職中に聞いた先輩の話。その先輩は、あるとき「痴漢」にあった。はっと気がついた時には痴漢を追いかけていたというのだ。その時は笑い話ですませたが、最近はそんなことをしたらかえって危ない。でも世の中には同じような人がいるものだと、感心した。
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| 2009年3月6日(金) |
| 犬と歩けば・再生 65 |
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2009年3月6日(金) 雨
よく降った。一日中バシャバシャ・ビシャビシャと雨が降り続いた。テレビを見ていた家人が「ゆるキャラ」って何だと聞いた。えっ?ゆるはゆるいの略でキャラはキャラクターの略に違いない。でもその二つがくっ付いた「ゆるキャラ」はなんだと言われても想像もつかない。こういう時にはパソコンの検索をしてーと、見つかった。
「コンセプトもデザインも、すべてがゆるーく、見るものを脱力させるキャラクター。みうらじゅんの造語。地方自治体などが、着ぐるみも含めて作出していることが多い。」
へえー知らなかったね。高齢者は、こういう風に時代から取り残されてゆくんだ。ところで千葉県にもこのゆるキャラが幾つかあった。千葉地方検察庁の裁判員制度広報キャラクター「らっか正義」くんとNHK千葉放送局のマスコットキャラクター・ラッカ星人はともにピーナツをデザインしたもの。ゆめ半島千葉国体マスコットキャラクター「チーバくん」は、千葉県地図の逆三角形をそのまま犬に見立ててあり可愛いが、「ちば環境再生基金」の「ちば犬」は同じ地図の形を犬の顔にしてあり、可愛くない。「ちば犬」を着ぐるみにした姿は、色は違うがkkk団(アメリカの白人至上主義を唱える秘密結社・映画風と共に去りぬにも出てくる)を想像してしまう。千葉市「花のあふれるまちづくり」のシンボルキャラクター・「ちはなちゃん」は大賀ハスから生まれた妖精というが、よく見かけるし可愛い。
「ゆるキャラ」は、お役所が多用しているところを見ると、自分たちの施策を国民に浸透させる効用があるらしいが、国民の側から見ると何でも「脱力」してみれば良いというものではない。真綿で絞められているうちに、気がついたら息の根が絶えていたということにもなりかねない。
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| 2009年3月5日(木) |
| 犬と歩けば・再生 64 |
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2009年3月5日(木) 晴れ
何日ぶりかでお日さまにあったが、花粉も多く飛ぶのであまり歓迎できない。午後から川柳の編集会議で出掛けた。編集会議と言っても都合のつく人は誰でも参加できて、意見を述べることができる。これはこれで句会とは違った楽しさがある。少人数で和気あいあい勝手なことを言い合うが、勉強になることもある。例えばワープロでは「ひび」と入力して変換すると「日々」となるが、川柳では「日日」と書かなくてはいけないという。
また句会では相談できない細々としたことも話しあう。帰りはHと一緒に、Yちゃんに駅まで送ってもらった。私たちだけになるとHは、相変わらず御亭主の不満をぶつぶつ言う。第三者として聞いているとかの御亭主は、女遊びをするわけでもなし、金使いが荒い訳でもなくまして、暴力をふるうわけでもない。どちらかといえば家庭人として誠実だと思うのだが、彼女にはそれでは物足りないのである。もっとべたべたしてもらいたいのである。彼女は言う。「昨日、背中のコリがひどくて、病院へ行った。行くときも帰って来た時も(どうだった?)と、聞いてくれなかったと。」例えば仮に御亭主が彼女にべたべたするようになったとしたら、彼女は今のように句会を6つも7つも掛け持ちして遊び歩くことはできなくなるが、そうは考えないのである。川柳の仲間たちは、「亭主との距離はほどほどにしておく」のが大勢の意見だが、彼女はいつまでも「白馬に乗った王子さま」を追い求めては、充足されない心を持て余しているのだ。困ったものだ。
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| 2009年3月4日(水) |
| 犬と歩けば・再生 63 |
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2009年3月4日(火) 曇りのち雨
雨まで降って、真冬の寒さだった。都合で行けなくなった人のチケットをいただいて、船橋へ芝居を見に行った。だるま座という劇団の「三春乃一座」という、昭和20年横浜大空襲前後4日間のお話だった。テンポ良く進む話と、俳優たちの無駄のない動きで楽しんだ。やはり生のお芝居は迫力があるし、東京まで行かなくても済むのが助かる。
最も隣に座ったAさんは、熟睡していたが。それにしても観客は全員(と言っても言い過ぎではないと思う)中高年ばかりなのが残念である。爆撃の演出など臨場感があったが、これが昔の話でないことが悔しい。パレスチナでは現在・今の問題で、爆弾攻撃は一層発達しているのがやりきれない。
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| 2009年3月3日(火) |
| 犬と歩けば・再生 62 |
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2009年3月3日(月) 曇り一時雪
川柳句会が終わって、仲間たち5人とファミレスで食事をしているときに、雪がちらついてきた。Tちゃんは、犬じゃあないけどなんだか嬉しいと言って、空を見上げた。今日の句会の題は「まぐれ」「桃」「元気」。「桃」で私の自信作、「食べ放題見栄を捨てれば桃7つ」がボツになったとぼやくと、Tちゃんに(うちの妹は、7つなんて軽い。8つは食べるわよ。)と軽く言われた。大きな桃を一度に7つも食べるなんて、空前絶後、めったに無い事と確信していたので、自分の認識の甘さにうなだれた。このことを桃を7つ食べたAさん、Bさんに伝えたらきっと、(限界への挑戦・今年は桃8つに挑戦する)と言うだろうと思う。私の句は「元気」で、2句が抜けた。「斬られ役元気に勤め50年」「退院の日から小言も元通り」
Tちゃんがテーブルの上に両手を出しながら、「この頃手の先が黒ずんできたの。薬の副作用だと思う」と呟いた。どれどれと手を取って眺めたが、そう言われればそうかなと思う程度だ。Tちゃんは去年の夏、肺がんの手術を受けている。そのときYさんがTちゃんの手を取って「でもね、生きているだけいいじゃない。」と熱心に言った。Yさんも難しい病気を抱えている。身体の病気、心の病、あれこれの苦労と、私たちはみんないろんなものを抱えて生きている。でも綾小路きみまろの様に、笑い飛ばす元気を持ちたい。
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| 2009年3月2日(月) |
| 犬と歩けば・再生 61 |
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2009年3月2日(月) 強風 晴れ
このところ「かんぽの宿」で、ちょっと点数を稼いでいる鳩山大臣。今度は文化財として価値のある建物・東京中央郵便局の建て替えで、丸の内の現地を視察している映像が夕方のニュースで流れた。民営化された郵政会社は、ここを再開発して商業ビルを建てようとしているが、文化庁は今の計画だと「文化財としての指定はできない」と言明。そこで現地調査となったわけだが、解体中の現場に降りた鳩山大臣は大げさに「なんだこれは」と悲憤慷慨してみせ、(こういう事態は)「いわば、トキを焼き鳥にして食っちゃうようなものだ」と発言。メタボの大臣がトキの焼き鳥を食べている姿が想像できて、笑っちゃった。譬えが具体的でわかりやすい。総理とは大違いだ。
朝、新聞の集金屋Aさんが来た。こんな時間になんだろうと思ったら、紙袋を差し出して「この間お話した海苔です。」と言った。先日、集金にやってきたときAさんは、世間話で彼の奥さんは大韓航空の客室乗務員だと自慢そうに言った。Aさんは、70代後半だと見える。とすると、奥さんも大分のお年の筈。大韓航空は高齢者の客室乗務員も働けるのかなと、チラッと疑問に思った。その時Aさんは韓国海苔は食べるかと聞くので、食べると答えた。そうしたら、今度持ってきますよと言うので、お気持ちだけいただいておきますと断ったのだ。ところで今日、韓国海苔は有り難く頂戴して考えた。Aさんとその奥さんのことである。こんなに自慢の奥さんは、もしかしてまだ若い韓国人なのかもしれない。この奥さんと再婚するために、退職金その他すべては前妻に慰謝料として払ったから今、新聞の拡販と集金の仕事をしているのかもしれない。今度聞いてみようか?いや、聞かぬが花だろうね。
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| 2009年3月1日(日) |
| 犬と歩けば・再生 60 |
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2009年3月1日(日) 雨のち曇り
今日も花粉の飛散予報は大量とかで、天気予報地図の関東地方は真っ赤に表示されている。止む無く炬燵にもぐる事にする。我が家の暖房はガスストーブ、ホットカーペットに炬燵のそろい踏み。昔、青森市に住んでいる友人が泊まりに来た時、「まだ、炬燵ですか。我が家は床暖房で炬燵は使っていません。」などと言われたものだが、何と言われようが炬燵は大好きだ。今日も真冬並みの寒さの中を家人は、県民マラソン参加のために早々と出かけたから、炬燵を独り占めでゆったりとする。ま、今日に限らずいつもゆったりしてはいるが。・・お茶を飲みながらゆっくり新聞を読み、ふとチラシの中の求人広告紙を眺めた。昨年あたりから派遣社員が問題となっているが、正社員の求人は全求人の中でどの位の割合なのか疑問に思って確かめてみようと思った。求人紙は3枚ある。求人紙をよーく見ると、正社員以外いわゆる非正規雇用の雇用形態がこんなに多くあることにまず驚いた。チラシ欄外の説明はこうだ。正-正社員、ア-アルバイト、パ−パート、嘱−嘱託社員、契−契約社員、準−準社員、派-派遣社員、紹-紹介制、託-業務委託、請-業務請負、登-登録制、期-期間従業員。次に企業がどういう労働形態の求人をしているかを見た。A紙は51社82の労働形態で募集をしている(1社で、複数の労働形態の募集をしているから募集企業と労働形態数は一致しない)が、そのうち正社員募集は6社で全体の7パーセントにすぎない。同じ様にB紙は46社77形態うち正社員14で18パーセント。C紙は39社62形態うち正社員17で17パーセント。平均すると求人募集のうち、正社員はたったの16パーセントである。この数字が全体を表すとは思わないが、一つの傾向を示してはいる。非正規雇用の細分化は、労働力を買いたたくためのごまかしではないか。今だに「いろいろな働き方を選べるから良い」と言う人たちもいる。
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| 2009年2月28日(土) |
| 犬と歩けば・再生 59 |
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2009年2月28日(土) 曇り一時晴れ
寒い。外を歩くと、足もとから寒さが上ってくる。これが「本当の冬の寒さ」だと思うが、陽射しは明るく花粉は目いっぱい飛散しているようだ。今朝は起きた時から身体がだるい、頭痛がする目がぱしぱしすると言った症状があった。逃げる2月は今日でお終い。明日からはもう春は3月となる。こんな風に1日、1年100年と過ぎ、1万年100万年1億年と確実に時は刻んでゆくのだろうな。太陽の寿命はあと50億年と言うけれど、その前に銀河系はアンドロメダ銀河に飲み込まれるいう。そんな事考えても「だからどうなんだ」と言われそうだが、この季節情緒不安定でなんとなくそんなことを考えてしまう。
「木の芽どき」は危ないのだ。夕飯を食べているとサムちゃんから電話があった。はいはいと、初めは愛想う良く聞いていたがだんだんと腹が立った。サムちゃんの一族はいわゆる上層階級の人たちがいることは聞き及んでいた。彼女のたった一人の兄も然るべき大企業の重要なポストに座っているとも、聞かされてはいた。然しその兄とは音信不通同様の付き合いであることも、いろいろな話の間から察することが出来た。然るに今回全く個人的な不都合が出来て、妹を呼びつけて用事を頼みかつ、その妹だけで対応ができないとわかると私のところまで持ち込んでくるとは何事よねえ。サムちゃんもサムちゃんよ。そんなの(有り余るお金で)解決しなさいって、言ってやればいいのに。いや、彼女はたった一人の兄貴がどんなに重要な人物で、どれだけお金持ちかを自慢したいだけだったのかもしれない。しれないけど、あたしも聞きたくないよ〜だ。
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| 2009年2月27日(金) |
| 犬と歩けば・再生 58 |
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2009年2月27日(金) 雨のち雪
昨夜からの冷たい雨が9時半ごろから雪となって、少しの間激しく降った。ここではこの冬の初雪である。残念ながら昼ごろには雨となって、夕方には積もった雪もほとんど解けてしまった。それでも夕方の散歩の時にベルは、芝生の上に残った雪を舐めたりして遊んだ。公園の滑り台の脇には、枯れ枝の両腕ばかりが大きい、ソフトボールの球を重ねたくらいの大きさの雪だるまが、置き去りにされていた。雪のある間に誰かが、楽しんだのだろう。
この雨と雪の中を業者の方がやってきて、夕方までかかって新しい風呂がまを設置してくれた。浴槽にお湯が溜まると、すぐに家人が入った。この1週間、銭湯通いをしていた私たちはそろそろ億劫になり始めていたし、何よりも蛇口からお湯が出て自由に使えることの有難さが身に沁みた。薬缶でお湯を沸かして食器や顔を洗う生活は、かつて経験してきたことではあるが、人はすぐに贅沢に慣れてそれが当然だと思ってしまうらしい。
お昼のテレビで千葉県佐倉市を訪ねる番組を放送していた。名所旧跡の紹介の後、ミスタージャイアンツ長嶋茂雄の少年時代も紹介されたが、ここで息子の長嶋一茂が紹介したエピソードが面白かった。農家に生まれた長嶋茂雄は末っ子ということもあって、離れというか物置の2階で藁にくるまって寝ていた。そこまで聞いて私は、昔「ハイジ」というアニメで同じ場面があったことを思い出していた。ハイジは「温かく香りのする藁にくるまって眠るのがどんなに素敵なことか」を繰り返していたから、そんなものかなと思っていた。所がハイジのアルプスよりも温かい日本で長嶋茂雄は、そのことがトラウマとなり(一茂談)後年、布団を買いまくったと言った。「だから家には布団が何十枚ってあるんですよ」と、暴露した。わかる気がした。長嶋茂雄像が少し変わった。
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| 2009年2月26日(木) |
| 犬と歩けば・再生 57 |
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2009年2月26日(木) 曇り
朝から曇って冷たい風が吹き通り、小雪でも落ちてきそうな気配だった。通院日だったが、花粉が多いのでどこにも寄らずに真っ直ぐに帰った。と言いたいところだが、近くのデパートで今日から開催の「京のうまいもの会」を覗いて、「丹後のばらずし」と「生八つ橋」を買った。折よく駅のコンコースで船橋消防局の音楽隊の生演奏が始まるところで、それも聞かせてもらった。楽団員は24,5名で、女性も一人サックスを吹いていた。途中で消防署の宣伝と言うか、解説があって、現役の消防隊員と救急隊員が一人ずつ出てきた。消防隊員はオレンジ色のつなぎ制服を着て、足は肩幅に開け両手は後ろに組んですっくと立った。一方救急隊員の方は、グレイの濃淡のシャツとズボンを着用、踵を揃え両手は体側に付け真っ直ぐに伸ばして隣に立った。仕事によって、立ち姿も違うことを知った。
友人が頼まれて、93歳の女性に囲碁の個人教授に行ったという。友人は近くの公共施設で、高齢者相手に囲碁の手ほどきをしている。そこに82歳と93歳の二人がやって来たのは1年前。93歳の女性は熱心で解説書を6冊も買い込み、パソコンでは囲碁ソフトを使って勉強しているのだという。その前向きな姿勢に、頼まれれば嫌とは言えずに行ってきたがと、言葉を濁した。「楽しみで打てばいいんだけれど、囲碁とか将棋とかは勝負がはっきりするでしょう?どうも、この頃は一緒に始めた82歳に負けてばかりいるので、勝ちたいらしいの。でもはっきり言って、無理なのよね。今言ったことを忘れちゃうんだから」「その人は昔、声楽をやっていたらしい。お礼はって聞かれたから、今度私に歌を教えて下さい。それでおあいこにしましょうと答えた」と友人は言った。私も気持は18歳だ。
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| 2009年2月25日(水) |
| 犬と歩けば・再生 56 |
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2009年2月25日(水)雨
ったく、子供の使いじゃああるまいし、太平洋の向こうまで首相が呼びつけられて、60分の会談が10分伸びたって喜んでいる場合かね。いくら「初めて」だの「パートナー」だのって口で言われたって、この扱いは下々では(頭なでなでけっとばす)と、言うね。
いつもの歯医者に行ったら、待合室に新しい椅子が一つ増えていた。腕かけもついた一人用の白い椅子である。もともとこの待合室には低い(25pぐらいの)柔らかいソファーが置いてある。最近は患者の多くが高齢者になったから、このソファーだと、いったん座ったら名前を呼ばれても、なかなか立ち上がれない人が多くなっていた。どれどれと座り心地を確かめていたら「なにを遊んでるの?」と、先生に見つかってしまった。先生も暇なのだ。出てきて(この椅子は)硬いし腕かけもあるからいいでしょうと自慢した。
一日中、小雨模様の寒い1日だった。
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| 2009年2月24日(火) |
| 犬と歩けば・再生 55 |
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2009年2月24日(火) 曇り・雨
映画「チェンジリング」を観てきた。ヒロインはアンジェリーナ・ジョリー、監督はクリント・イーストウッド。1928年、アメリカはロスアンジェルスで実際にあった出来事だそうである。電話交換手として働くヒロインは、職場内ではローラースケートを履いているのが面白い。彼女は職場のリーダーで各種のトラブル対応に当たっているが、その数が多いので、あっちこっちと素早く移動するためらしい。彼女はシングルマザーで男の子を育てているが、非番の日に応援を頼まれ帰宅すると息子が消えていた。そこから物語は始まる。失踪の謎。警察の腐敗。警察と結託した医師。何事も自分の立身出世に利用する、市長はじめ幹部役員。そのほか内容と言ってしまうとご覧になっていない方の邪魔になるから言えないが、いろいろな切り口がある。ここでは「普通の母親」が自分の息子を探して貰いたいために、結果として警察権力と対峙することになって、どうなったかという話の運びになっている。それにしても警察が点数を上げるために違う子供を連れて来て、「ハイこれがあんたの息子さんですよ。良かったですね。」とは無茶な話。「違う、自分の子供じゃない」というと、「あんたの精神状態がおかしい」と精神病院へ強制隔離される。
でも昔の話だと言って、笑ってすまされない。現に北朝鮮では、同じ様な事態が現在進行形である。どこでも権力者のやり方は似ている。ヒロインの職場で、その年のアカデミー賞はどの映画がとるか話題になり、ヒロインは絶対にクラークゲーブルとクローデット・コルベールの「ある夜の出来事」と言ったりするシーンは、監督のお遊びかなと思う。あの映画は私も好きだ。
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| 2009年2月23日(月) |
| 犬と歩けば・再生 54 |
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2009年2月23日(月) 雨
午後になっても冷たい雨が止まない。明日にしようか・・と、コタツに入ったまま迷っていたが、思い切ってケアハウスに出かけた。年1回の収入状況報告書の提出期限が迫っているのだ。義姉は食堂で事務所の人達と、なにか作業をしていた。ピンクの厚紙を花形に切っている。ひな祭りの飾り付けかなと思った。義姉の部屋には無いと言っていた介護保険料の通知や、病院の領収書2枚みつかった。それらを加えて書類を完成した。義姉は、私が持参した桃の花や、ひな人形の飾りが付いた菓子を、丁寧に飾り付けた。掃除も終えて帰る時には(寒いから出なくていいと断ったのに)車が、発車するまで見送ってくれた。
日本映画がアカデミー賞を受賞したと騒いでいる。受賞映画「おくりびと」を見ていなかったので、マグノリアさんに聞いてみたらやはり見ていないと言った。ヒラリー国務長官の最初の訪問国に日本が選ばれたことと言い、なにか政治的な臭いがする。「おくりびと」の宣伝を見たとき、私にはいろいろな記憶が未だに生々しく思い出される内容だったので見る気がしなかった。同時に受賞した短編のアニメのほうは、ぜひ見てみたい。
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| 2009年2月22日(日) |
| 犬と歩けば・再生 53 |
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2009年2月22日(日) 晴れ
ガス風呂の故障で、住宅機器販売会社の営業がやって来たのは9時過ぎ。今までと同じ器具を取り付けてもらうことでほぼ話がまとまったが、少し不安があった。従来の器具はガチャガチャとハンドルを廻して点火し、種火をつける。種火も季節で大きさを切り替える。お風呂の追い焚きやお湯を使うには種火をつけっぱなしにしておく。風呂の湯をあふれさせたり、追い焚きを忘れて沸騰させたりといろいろ失敗もあるが、こういう手順は嫌いではない。火吹きだけで火をおこして風呂を沸かす手順ほどではないが、アナログ人間にとっては相手と直に関わっている感じが良い。ところが、それらの操作場所は洗い場より低い位置にあるのだ。今迄こそなんの苦もなく出来たが、これから先はどうだろうか?かがんだり手を低く伸ばしたり上手くできるだろうか?怪我の原因になったりしないだろうかが、不安だった。多少の出費を覚悟してもこの際、安全を担保しておいたほうがいいのではないかと考えた。家人は今までも出来たのだからこれから先、10年ぐらいは大丈夫だという希望的観測である。セールスマンは真ん中で「器具取り付けは従来型の家の中でも、新型の外でもどちらでも結構です」とすましたが、安全のため近年はガス機器は戸外に出すのが普通となっていると説明した。家人は、戸外に出すメリットは他に何かと聞いて、昼間種火をつけっぱなしにしておくのは無駄使いと説明されて、納得した。でも設置が終わるまで1週間ぐらいはかかると、覚悟しなくてはならない。今晩も「スーパー銭湯」へ行って来た。
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| 2009年2月21日(土) |
| 犬と歩けば・再生 52 |
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2009年2月21日(土) 晴れ
昨日からお風呂のガスが使えなくなった。今朝ガス屋さんは、段ボールをつぶしたのを抱え、大きなマスクをかけてやってきてくれた。「花粉症なもので、すみません。マスクをかけたままやらせてください」と断った。どうぞどうぞ、こちらも大花粉症ですと答えた。段ボールをつぶしたのは、ガス釜修理のためにお風呂の洗い場に敷くためのものである。結局、ガス釜はだいぶ傷んでいて、部品を取り換えると、修理代は9万円にもなるというので、新しいのと取り換えることにした。新しい商品はいろいろとあるが、とりあえず今までと同じような型のを選んだ。「それであと10年くらいは持つだろう」と家人は言った。10年後、私たちの家族形態はどんなふうになっているのか予測はつかないし、ここを引き払ってマンション住まいとなるかも知れない。だから私もそれでいいと思った。
過労死を労災申請し、監督署が業務外と決定した書類を読んだ。「・・(本人がどう思っていようが)客観的には管理職ではなかったのだから、負担はなかったはず・・」のくだりを読んで、全身の血が凍るような思いと怒りを感じた。過労で死ぬまで使っておきながら、亡くなってしまえばそんなに責任を感じなくてもよかったとは。ましてあんたは工場長でもないし、労働者を守るべき立場の役人なのにと改めて怒りが湧いた。
Aさんの上司(管理職)が「Aさんが亡くなった時期は、忙しくなかった。通常業務だった」と証言している一方、Aさんの部下は、こんな証言をしている。「生産量は、数字だけを見れば、Aさんが亡くなった後のほうが多くなっています。ただ、言葉は悪いですが素人が集まって、はじめての仕事をしている部分もあったので、Aさんが亡くなったころのほうが忙しかった印象があります。それで休日出勤が増えた感があります。」
この役人には真実がみえないのか、見ようとしないのか。
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| 2009年2月20日(金) |
| 犬と歩けば・再生 51 |
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2009年2月20日(金) 雨
初雪の天気予報が、気圧配置がずれたとかで朝から雨となった。
高校時代からの友人Aちゃんと話しをしていたら、左手首を骨折してギブスをはめているという。まさかと驚いた。一般的にはそういうことがあっても可笑しくない年齢なのだが、Aちゃんに限ってそんなことは考えられなかった。Aちゃんはダンス歴は20数年、逆立ちが得意で、還暦近くまでひょいとどこでもやって見せた。この間は孫にやって見せたと言っていたから、最近までやっていたのかもしれない。もちろん骨密度も同年齢と比べて123パーセント、若い時と比べても97パーセントとかの数字を誇っていたのである。それが庭に張り出したウッドデッキの端を踏み外して転び、左手首の骨折となったという。でもねと彼女が言った。骨に衝撃が届く前に、筋とか筋肉がまず支えると思うんだけれど、そうはならなくて骨に大きな力が加わったってことなんだわ、と声を落とした。なるほど、骨折という現象は単に骨だけの問題ではなくて、骨を支える部分とかその他の総合力が試されておきるのね。つまり老化現象とはそういうことなのだとお互いに納得して、笑った。
(気持は若くても)というセリフはこういうときに、使うのだと身にしみた。
振り返って、ベルの散歩も自転車を走らせて・・というやり方を、そろそろシフトダウンしなければならない時期かなあと、考えた。
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| 2009年2月19日(木) |
| 犬と歩けば・再生 50 |
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2009年2月19日(木)晴れ
「おばさんは何でも人に聞きたがる」は、先月の句会で「きく」という題でのちえちゃんの句である。その通りだと、皆で大笑いした。また句会仲間で80歳を過ぎて一人暮らしをされている文ちゃんは、連絡事項などは文書にして配布するよりも、口頭で伝達してほしいと仰る。文書なら忘れても読み返せばいいと考えていたから、ちょっと意外だった。
また、先日編集長とトンカツやで会ったときに、ホームページに載っている入院中の写真の説明を聞いた。御覧のように酸素マスクを装着し、いろんなコードがいっぱいについている写真で、私は未だに正視できない。その写真は編集長が手術前に、奥さんに撮るよう「厳命」しておいたものだそうで、当日奥さんが看護士さんに「撮ってもいいですか?」と聞いていたのが、ご本人に聞こえていたというのである。あの写真を見て当然私たちはこんこんと眠りに落ちていると思っていたから、以外や以外と驚いた。仲間のAさんは「だからうっかりと悪口なんか言っちゃあいけないのよ」と頷いた。いやいやこれは一般的な話で、編集長の悪口ということではありませんので念のため。どうも聞くと、読むの間には大きな違いがありそうだ。連絡にはもちろん、メールは便利だ。しかし電話で話をすれば相手が「元気だ」と言っていても、声の調子で無理をしているな?どうして見栄を張るのかな?なにか問題を抱えているのかナ?まで伝わってくる。これからもおばさんは、どんどん何でも聞くぞーっと。
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| 2009年2月18日(水) |
| 犬と歩けば・再生 49 |
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2009年2月18日(水)晴れ
毎日こんな風に書き続けていると、最近少し様子がおかしいんではないかと自問する。第一に書くことが思い浮かばなくなった。第二に最近あまり感動することがない。第三に眠りも浅い。原因は、また、うつっぽくなっているのか、花粉症か、馬鹿な事ばかり言ってるニュースの所為か分からない。その複合かも知れない。でも絵を描いている時間は楽しい。こんな時にはじっとしているのに限る。じっとして自分に元気が溜まるのを、花粉症の季節が通り過ぎるのを待つのが良い。
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| 2009年2月17日(火) |
| 犬と歩けば・再生 48 |
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2009年2月17日(火)晴れ
今朝は冷たい西の風が強く吹いていた。7時を過ぎても家人は起きてこないので、止む無くベルを連れて散歩に出かけた。この1週間ほど家人は、あれやこれやの行事が重なって半徹夜が続いているので、疲れがたまったのだと思う。ベルは冷たい風なんてなんのその。あっちもこっちも行きたがる。その合間におやつをねだるが、手のひらをパーにしてみせると納得する。でもそれが続くと道路上にごろん寝転がって、上目づかいにこちらの様子を見る。目を合わさずに知らんぷりしていると、この作戦はだめかぁという風に起き上がる。そんな駆け引きを繰り返して、散歩が終わる。
夕べから細かい数字や文書と格闘している。薬は飲んだり付けたりしているがなんせ、花粉症の最盛期で鬱陶しいし、はかどらない。
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| 2009年2月16日(月) |
| 犬と歩けば・再生 47 |
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2009年2月16日(月) 晴れ
朝、メールチェックを始めた途端川柳のAさんから電話がかかった。午後から句会なのだが、まだ出かけるには早すぎるし時間を持て余したので私に電話してきたのだという。ま、仕方がないと話し相手になる。40分ほど喋って解放してもらった。次に私も川柳の宿題に取り掛かる。お題は3つ「まぐれ」「桃」「元気」だが、まぐれが難しい。「桃」は比較的すらすらと出来た。そのうちの一句「食べ放題 見栄を捨てれば 桃7つ」は、実体験をうたったもの。然し(事実は小説より奇なり)の言葉通り、BさんCさんは桃7つのあと、すき焼き御膳の昼食を食べ午後はサクランボ100個クリアーだったのだ。
お昼はそのBさんCさんと食事。いつもの会席膳の店が休みなので、近くのトンカツ屋へ行ったら、なんとそこで編集長とばったり出会った。編集長の激励会以来、3か月ぶりの邂逅でBさんCさんも大喜び。アツアツのトンカツはお喋りが一層食欲を刺激して、皆はキャベツや味噌汁をお替りして胃袋も心も大満足させた。そのあとケーキ屋へ移動、みんなでイチゴショートを食べた。夕飯は控えめにしておこうと思ったが、習慣でいつもと同じように食べてしまった。
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| 2009年2月15日(日) |
| 犬と歩けば・再生 46 |
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2009年2月15日(日) 晴れ
昨日は全国的に気温が上がり、この辺でも22℃を超えたという。午後我が家の1階では20°だった。というわけで寝るときには、ボアシーツをタオルシーツに取り換えた。
家人は今朝、ベルが敷物を小屋の外に放り出してあったといい、冬瓜と同じだと言った。フン、誰かさんと違って私たちは気温に敏感なのだ。
昨日の発表会で疲れ、ゴロゴロしていると、病院の帰りだと言って、サムちゃんたちが寄ってくれた。サムの健康診断に行ったのだ。異状なしと書かれた紙を見せてくれた。ついでにフィラリヤの検査もやってもらって、5千6百と幾らかだと言った。このところ風が吹く日が多いので、ベルの散歩は家人に頼んでいるから、サムちゃんとは会っていない。せき込む私に風邪かと聞くので、花粉症であまり外に出られないと答えた。サムちゃん達は残念そうに帰って行った。
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| 2009年2月14日(土) |
| 犬と歩けば・再生 45 |
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2009年2月14日(土) 晴れ
毎年の年度末には、千葉市高齢者福祉事業が集まって、「プラザまつり」というのを開催する。私たちの「愛唱歌を歌う会」も、今日参加した。出し物は9時半から始まって、私たちの出番は4番目。仲間たちはわいわいがやがや何となく浮かれて更衣室に集まった。こんな場合に、必ずこういう人がいるのだが、各人の白いブラウスに黒のボトムの衣装を点検してあれこれとアドバイスしてくれる。私はユニクロで買った白のブラウスの裾は出したままにするというと、じゃあこれを使ってウエストに区切りをつけたほうがいいとアドバイスされて、細いチェーンのベルトを貸してもらった。ボトムは古着屋で黒の綿パンを買ったのだが、洋服ダンスの奥に黒のスカートがぶら下がっていた。取り出してみると少々カビが付いていたが、なんとか入ったので、干しておいた。
人前で歌うという初めての経験をしたが、仲間23人と無事歌い終え拍手も貰った。でもAさんは、出だしの所で先生は伴奏を間違ったというが、私はちっとも気がつかなかった。さらにAさんの隣の人(低音パート)は、最初から最後まで高音パートを歌っていたといった。みんなそれなりに上がっていたのだ。黙って聞いていた80歳近いBさんは「あなたは音楽学校出よね」と仰った。なるほど、それでなんでも見えるわけだ。そうそうBさんは最後のお稽古で「蛍の光」を唄ったとき、教科書代わりにしている本に載っていた4番の歌詞「♪千島のおくも おきなわも やしまのうちの まもりなり いたらんくにに いさおしく つとめよわがせ つつがなく」を、ご自分の女学校時代は「♪台湾のはても 樺太も・・」だったと仰って、歌って見せてくれた。先生はそれは初めて聞く歌詞だと、急いでメモされていた。ところで私たちが歌ったのは「春の唄、野に咲く花のように、ママのそばで」だった。
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| 2009年2月13日(金) |
| 犬と歩けば・再生 44 |
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2009年2月13日(金) 晴れ
先日千葉市動物園へ出かけた時のこと。お目当ての牛、アッシュともーちゃんの写真をとり、ついでにハシビロコウにも会って(実は彼も描いている)帰ろうかなと思ったときに園内放送があった。モウコノウマ(蒙古野馬)の餌やりの時間だという。以前、写真で見た彼の眼がとても寂しそうなのに惹かれて、描いたことがあるので、そちらへ会いに行った。エリアには2頭いた。モウコノウマ(蒙古野馬)は牛馬の類で唯一残っている野生種であると、飼育係のお兄さんが説明してくれる。現在日本には8頭、うちオスは2頭しかいないが、そのうちの1頭がこの馬ですという。餌の干し草を5,6か所に分けて置いているので、何故かと聞いてみた。雌のほうが強くて1ヶ所や2ヶ所だとメスが独り占めして食べてしまうからだという。それにオスにはつらく当たるらしく、身体に蹴られたひずめの跡が付いていることもよくあるという。何やら人間にも当てはまるようで、聞いていて辛い。よそのおばさんが、抵抗しないのかと聞いたらオスはやられっぱなしだという。またほかのおばさんが2頭はカップルなのかと質問すると、一応そうなのだがもう8年も一緒にいるが繁殖する気配がないと残念そうに言った。オスが優しすぎるんですねとも言った。メスはクリス、オスは留吉という名前を聞いて、みんなクスッと笑った。それは仕方がないんですよね、メスは多摩動物園生まれだが、オスは千葉生まれだからと飼育係のお兄さんが言い訳にならないような言い訳を言った。でも悪さをする人間に対してクリスは攻撃できないが、留吉は果敢に打って出る。クリスをかばうと言って、飼育係のお兄さんは胸を張った。聞いていた我々は、それを聞いてやっと安心した。私も昔読んだ子供向けの読み物「タチ」を思い出していた。蒙古草原に暮らしていた野生馬のリーダー、タチが罠にかかって捕まえられ、保護のために遠くイギリスの牧場へ送られた。然しそこの牧場にいた仲間数頭とメス馬を連れて、はるかに故郷の蒙古草原を目指して帰る冒険物語である。そこには仲間を守って知略を使い勇猛果敢に戦うタチ、徹底的にメス馬に優しいタチの姿がえがかれていた。やはりあの物語は事実に基づいて書かれたのだと、嬉しかった。
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| 2009年2月12日(木) |
| 犬と歩けば・再生 43 |
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2009年2月12日(木) 晴れ
わが町にも「町内防犯パトロール」というのがあって、今日はその当番だった。去年は4月だったが、大雨でひどい目にあった。さて、当番の7人が公園に集まり3班にわかれて町内を巡視する。といっても主たる目的は児童保護で「通学路の旗振りおばさん」のバージョンアップ版というくらいなもの。仕切り役の地区長さんは、「前回とは違ったコースを、3,40分かけて廻ってください」とのご下命だった。私の相棒はAさん。私より少し年長だが、大分老けたように見えた。さてAさんと相談して、目的地を公務員住宅近隣と決めた。歩き出すとAさんは「私は足が痛くて速くは歩けない」と仰る。ゆっくりいきましょうと、風もなく温かい午後を世間話をしながらのんびりと歩いた。Aさんは二人暮らしになったし、気楽なマンションに引っ越ししたいのだが御亭主が「オレは行かない」と、受け付けない。出かけるのが嫌いで内にばかり居ると言ってこぼした。ところで、公務員住宅まで行って戻ってくるとまだ7分しか経っていない。(一寸早すぎますかね。もう少しそのあたりを廻りましょうか?)と言ってみたがAさんは応ずる気配はない。やはり足が痛むのか。ちょうどその時ご近所のBさんが大きなつばの帽子を被って、リュックを背負い向こうからせっせ・せっせと歩いてくるのが見えたので、声をかけた。近所でもあまりお喋りする機会はない。Bさんを見るといつも棟方志功の天女を思い出す。色白で豊満。眉ははっきり、目はぱっちりにぽってりとした赤い唇。帽子の大きく広がったつばの部分は、ふさふさとした毛で覆われていて目立つ。はっきりと言えば異様だ。Bさんはこれからピアノのお稽古に行って、そのあとプールへ泳ぎに行くという。さらに聞きもしないのに、土日はいつも別荘なのという。息子夫婦もやってきて、自分はそこにもピアノがあるから、弾いていると言って、またせっせ・せっせと歩いて行った。「冬瓜さんは、あの人とお知り合いなのですかぁー」Bさんの後姿を見ながら、Aさんが口をあんぐりと開けた。「私はここに引っ越してきて30年以上になるけど、あの人と話をしたのは初めてよ。」私は、昔、子ども会の役員を一緒にやって知り合ったのだと説明した。あの頃からBさんは子どもたちにも陰で「B夫人」と呼ばれ揶揄されていたが、未だにその面目躍如ということらしい。可愛い人なのだが、誤解されやすいのだ。
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| 2009年2月11日(水) |
| 犬と歩けば・再生 42 |
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2009年2月11日(水)建国記念日 曇りのち晴れ
昨日動物園の帰りにケアハウスによったら、事務所で「収入申告書」を渡された。毎年この時期に、次年度の施設使用料を決定するために提出する。収入は年金だけだが、支出は医療費や社会保険料が認められるので、領収書を添えて提出する。義姉のところへ行く度に気がついた領収書類は持って帰っていた。さて昼前、書類を出して調べてみたら、幾つかあるはずの領収書がない。電話して探してみてと頼んだら、「そんなこと言われてもわからない」と不機嫌だった。
NHKの朝どらで、恋仲の二人がしきたりに反すると匂わせられたら、あっさりと解消してしまった。(嘘だあー、そんなのってあるかぁ。若者だろう、チョットは突っ張ってみたらどうなの)と、テレビに向かって怒鳴った。熟年の親時代のほうが、思いきれなくてうじうじとしているのにぃ。だが待てよ。これは時代を映しているのかもしれない。社会に抵抗するのは中高年だけで、若い世代はおとなしく順応型だということを言いたいのかもしれない。今日は建国記念日。こんな句もある。「建国祭寒の卵に血がまじり 橘高 薫風
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| 2009年2月10日(火) |
| 犬と歩けば・再生 41 |
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2009年2月10日(火) 晴れ
今日も起きた時から咳込みがひどく、全身がだるい。花粉によるアレルギー症状だ。でも空は晴れ上がって暖かい。車を運転中に咳き込んだらどうしようかと躊躇したが、思い切って千葉市動物公園へ出かけた。動物園の広報誌に載った小さな写真をもとに2頭の牛(もーちゃんとアッシュ)を描いているが、写真では足もとが切れているのでぜひ確認に行かなければならないと以前から考えていた。あらかじめ調べて、もーとアッシュの食事時間に間に合うように11時過ぎには到着。園内は静かで、本格的なカメラや三脚を担いだおじさんおばさんたちが目に付いた。人気者のレッサーパンダの前を通り過ぎて、彼らの居るこども動物園に到着。2頭は運動場にいて、ホルスタイン種(白地に黒の模様)のもーちゃん(去年電話で飼育員から名前はモムスと聞いたが、モムスは水牛のおばさんの名前で、彼女の名前はもーちゃんだった)は、餌箱の脇に立って待っている。ジャージィー種(薄茶色でお腹は白)のアッシュは、少し離れてあらぬほうを眺めていた。彼女はシャイなのかも知れない。12時を過ぎたころ、突然大きな鳴き声に驚いて振り向くと、隣のロバがやはり餌箱の前に待っていて、催促したのだ。このとき鳴き声のほうを振り向いたのは私だけではなく、もーちゃんとアッシュもだった。お互い大した違いはないのかもしれないね。やっと飼育員が乾草の塊を二つ餌箱に投げ入れてくれると、もーちゃんは餌箱の上から猛烈に食べ始めた。おっとりと寄って来たアッシュは反対側に回って、餌箱の下から干し草を食べ始めたのだ。この時点で、2頭の関係がわかったような気がした。さっさと食べ終わって水を飲みに行ったもーちゃんは戻ってきて、こぼれた干し草を丹念に拾って食べているアッシュの頭を舐めはじめた。ん?と思ってよく見ると、アッシュの頭に上からこぼれた干し草が沢山ついていた。すっかり食べ終わってからもーちゃんはアッシュの顔と言わず首と言わず、身体と言わず舐めまわしている。アッシュもまたおとなしくされるがままになって、いや気持ちよさそうにしているではないか。いつまでも止めないので一回りして帰ってみたら、なめなめ作戦はようやく終わってまずアッシュがそれからもーちゃんがゆったりと座って(ラクダもそうだが、地面に座るときは前足をばたんとつんのめるように倒して、それから後ろ足を2段階で折りたたんで座るが、なんとも不器用な感じがする)昼寝となった。
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| 2009年2月9日(月) |
| 犬と歩けば・再生 40 |
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2009年2月9日(月) 晴れ
今日は寒かった。引き売りの豆腐屋さんが、雹のようなのが降っていましたと言った。
毎週月曜日の同じ時間にやってくる豆腐屋さんは、小型トラックに実に多様の豆腐製品を積んでいるが、私はいつも絹と木綿を1丁ずつとうす揚げを買うだけ。もうなくなったが、町の豆腐屋さんが引き売りをしていた時は、豆腐の角が欠けたからとか、形の悪いうす揚げだからとか言ってはおまけしてくれたが、それは昔話となった。その代り、こっちが気はずくなるような最敬礼をするのだ。人の付き合い方に、何気なくとか気取らないなんてのがなくなったのかしら?豆腐1丁で最敬礼は肩が凝る。
こんなに寒い日でも朝ごはんが終わるとベルは、南向きの縁側に出たがる。ここは風が通って寒いのだが、犬小屋が置いてある北側よりも通りが見えるのが気に入っているらしい。それでも風が強くなるとベルは、毛布を縁側から下のコンクリートの上に落とし、口を前足を使って毛布を広げ、そこへ座りなおして風をよけるという、小技を使う。
花粉症の薬は先月5日から飲んでいるのだが、ここ数日風が強かったせいか症状がひどくなった。涙・鼻水はそこそこだが、咳に悩まされている。喘息のようにせき込む。そんな訳で、今日はおとなしく家にこもった。
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| 2009年2月8日(日) |
| 犬と歩けば・再生 39 |
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2009年2月8日(日) 晴れ
あしたが満月だとか。夕方の5時、東の空には白くまあるいお月さまが懸り、西の空には未だ夕陽が輝いていた。公園の芝生の上に伸びた影は、驚くほど長かった。ちらほらと咲き始めた河津桜は木の幹までつやつやとして、はじけようとする蕾を応援している。
風が冷たい。珍しく海も来ていた。小さなチワワが海を追いかけていた。このチワワは犬仲間に入っていない。皆が、乱暴で自分勝手な飼い主を嫌っているのだ。体重が1kg一寸のチワワが、36kgの海にくっついている図はノミでもたかっているように見える。何を思ったかベルはつかつかと海とチワワに寄って行って、チワワを脅かした。体は小さくても利かん気のチワワは、ベルに向かって吠える。すると海もベルと一緒になって、チワワを追いかけた。チワワの飼い主が、ベンチに座って見ているではないか。まずいと思い、ベルを制止した。ベルは上の芝生広場に逃げたが、そこにサムたちがいたのでそこで皆と遊んだ。
世の中は不況の話ばかりで、先行きはまったくの不透明。経済が回復すれば良いという話ではなくて、もっと根源的なもの、社会を支えている「民主主義」という仕組みそのものを問い直さなければならない段階に来ているという。難しいことは分からないが、派遣切りで「食・住・職」に困っている人たちのニュースとグルメ番組、温泉めぐり番組が同時に放映されている現実は、座りが悪いというか落ち着かない気分にされる。
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| 2009年2月6日(金) |
| 犬と歩けば・再生 37 |
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2009年2月6日(木) 晴れ
公園の梅はもう8分咲きになっていた。風は冷たいが、5時になってもまだ西の空に夕日が残っていた。サムちゃんちは団地の1階だ。日が陰っていると思って1時に仕事を上がってきたがまだ日が当っていて、結局2時半までOKだったという。これで明日から2時まで仕事ができるという。いつもはご夫婦そろってやってくることが多いM犬は、今日はお母さんだけだった。「ねえ、今朝草笛光子が出ていたけど、お母さんは91歳でまだお元気なんですって」と話しかけてきた。結局、女性のほうが丈夫らしいと答えると、そうよ、そうよと言って、お婆さんもボケるけれども男の人がぼけたのって、ホントに始末が悪いと、口角泡を吹いて喋る。「自分勝手で、自己中で頑固なんだから。うちはいっつも喧嘩してる」と続けた。「へっ?Mちゃんちのお父さんのこと?あんなに穏やかで口数だって少ないし・・」驚いてサムちゃんが聞き返した。「まあ、外ではそうだけれどね。いつも元気で留守がいいわー。お金さえ運んでくれれば。それがこの頃はいつもその辺にいて、お金も運んでこない」全く年金暮らしはやりにくいと、話題は年金に移っていった。
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| 2009年2月5日(木) |
| 犬と歩けば・再生 36 |
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2009年2月5日(水) 曇り
日帰りのバスツアーで、静岡の石垣イチゴ狩りに出かけた。いつもの仲間3人と、暮れのバスツアーで知り合ったAさんを含めて4人での参加。今までの日帰りツアーは殆どが山梨県内で、静岡まで足を延ばすのは初めて。帰りの時間が気になったが、幸い渋滞にも出会わず早目の帰着となった。
朝からの曇り空は、都内を抜け西へゆくほど雲が厚くなり、富士山は隠れて見ることができない。然し富士市に入るころから晴れて、沿道に満開の紅梅白梅が見えた。それにもまして、駿河湾の明るい春の海がふんわりと心に染みてきた。房総や九十九里の海と違って駿河の海は、ネアカ・根っからのお人よしという感じがする。この海を見ただけで、今回のツアーは満足した。静岡・・と言っても山梨県境だと言うが・・出身だというAさんは腰を浮かせて外を眺め「あ、煙突が見えてきた。もう富士市だわ」と言った。(ああ、製紙工場の煙突ね。ヘドロの原因)と続けると、Aさんは「今は、そうでもない」と即座に答えた。他人の故郷を悪く言ってしまい、反省。Aさんのお姉さんが富士市にお住いとのこと。富士市は第一に水がおいしい、魚も野菜も美味しい、空気も良いと、しばらくは富士市のPRに耳を貸した。それにしてもAさんはバスに乗ってからのべつまくなし、ケータイをいじっている。あちこちに(現在地は○○などと)メールを入れているらしい。しまいには電話まで掛けている。そのテンションの上がり方が、尋常ではない。帰路の車内で、(病気で長い間家に閉じこもりきりとなり、最近やっと外に出てみようという気になり、こうして近場の旅行も出来るようになった)との一部始終を聞くこととなった。
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| 2009年2月4日(水) |
| 犬と歩けば・再生 35 |
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2009年2月4日(水) 立春 晴れ
山キチさん、いつもありがとうございます。今のところ、なんとか風邪に罹らないで済んでいます。私はまだ、山キチさんのコラムにたどりつけないので、山行の様子など拝見できず残念です。お正月にパソコンが壊れて新しいのと替えました。その時のストレスがまだ残っていますので、元気がたまったら再度たどりつくべく努力しようと思います。
久しぶりに治療に行って、先生に嬉しい話を聞いた。先生の自宅兼治療所は壊して、4月から建て替えが始まる。定期的に治療を続けているAさんやBさんの治療はどうなるのかと聞いた。そうしたら以外にも(Aさんは3月までには完治しますよ。すごく良くなって、今は元気いっぱいです。)というお返事で、びっくりした。20代後半のAさんは、IT職場で、身体を壊したうえパワハラ・セクハラも受けていた。手指が動かなくなっても休ませてもらえず、退職せざるを得なかった。握力は零で、日常生活には様々の制約があるうえ、夜中は激痛で目が覚めた。彼女の前向きな努力もあるが、こんなに早く完治という言葉を聞けて本当に嬉しい。また40代はじめのCさんは派遣で事務職だった。たまたま繁忙期と、正社員からのいじめが重なって病気になり、仕事が一段落した時点で逃げるように退職した。そのCさんも、今は新しい職場を見つけて働いていると年賀状をもらったという。実は私のところにも、Cさんから報告の年賀状が届いていた。私も先月は治療に行かないですんだ。Aさん、Cさんにならって、私も今年は元気になるぞおー。
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| 2009年2月3日(火) |
| 犬と歩けば・再生 34 |
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2009年2月3日(火) 節分 晴れ
夕方、家人が豆まきをやっている。「ふくわーうち、ふくわーうち」と叫びながら外に向かって豆を撒いている。(それって、おかしいんじゃない?言ってることと反対の行動をしている)と、クレームをつけた。ま、とにかく明日は立春。何となくうれしい。
今日は川柳句会で、出掛けた。公民館はぴったり9時にならないと中へ入れてくれない。待っている時に、ん?この人誰だっけ?頬から顎にかけた白髪のお髭がカッコイイ人がいた。三国連太郎とまでは言わないが、あんぐりと口をあけて見とれた。「なに?どうかした?」と言われて、ああAさんかとわかった。「ほら、白内障の手術して3週間ほどひげが剃れなかったから」と、こちらが聞く前に説明してくれた。Aさんはとにかくせっかちなのだ。(ううん、そのままのほうがいい。すごく素敵)と急いで言うと、いつもは辛口のBちゃんも「ホント、Aさんてこんなに良い男だったかしら?」とべたほめ。「ああ、どうも。でもこれも口の周りだけは剃らなきゃならないから、結構大変なんだ」とAさん。なんだあー、格好いいって結構自分でも自覚しているんだ。
Bちゃんに駅まで送ってもらったが、どうもBちゃんは病状が思わしくないらしい。うん、うんと聞くだけで、コメントのしようがない。週末にご主人と温泉に行ってくるという。病は気からということもあるから、気分転換してきてもらいたいと思った。
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| 2009年2月2日(月) |
| 犬と歩けば・再生 33 |
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2009年2月2日(月) 晴れ
久し振りにベルを連れて公園へ行ったら、いつもの犬仲間がいた。ここのところ犬仲間を避けている。なぜかと言うと、犬仲間の一人で実家が農家のAさんは、いろいろな農産物をみんなにふんだんにばら撒く。例えば秋になると規格外だという大きなサツマイモを、大きな袋(たぶん30kg位)でくれる。春になるとやはり規格外だといううどをひと抱え単位でみんなに配る。もらいなれた仲間のBさんは、あれこれと要求するようになったと、サムちゃんはいう。AさんとBさんの間のことだから、私は別にコメントはない。でもいちいちああだ、こうだと聞かされるのが鬱陶しくなった。今日も、ニンジンが欲しいとしかも大量に欲しいと言ってたと、Cさんに言い募っている。私たちが近付くとAさんは、娘が九州旅行のお土産に買ってきたと、白いビニール袋を差し出した。ほかの人達はみんな下げていた。なぜ娘さんが犬仲間にまでお土産を買ってくるのかも理解しがたいが、その場の雰囲気で貰った。その娘さんは障害者ボランティアに、いろんな支援をされている。去年の暮に使いかけのテレカを集めていると聞いて、私も探してささやかに参加した事があった。ただでものをあげるというのは難しい。巨額なODAともなれば、群がる人の数も桁違いに大きくなるというもの。でも元は税金なんだからね。
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| 2009年2月1日(日) |
| 犬と歩けば・再生 32 |
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2009年2月1日(日) 晴れ・強風
冷たい風が吹き荒れて、寒い1日だった。帰宅したら眼はしぱしぱ、顔の表面はかっかとほてり、耳までかゆい。花粉がこの風に乗って、暴れていたらしい。薬を飲んでいなかったら、文字通り目も開けられない状態になっていたと思う。
今朝、急に思い立って映画に出かけた。電車の連絡が良くて初回上映時間の30分前には映画館に着いてしまった。しまったが、映画館の入口から地下鉄の階段下までずっと続いている行列にギョッとした。おばさんばかりでなく、男性や若い人もいる。いやおばさんは少ない・・と、ここまで来てやっと今日は毎月一日の映画の日だってことに気がついた。
館内はほぼ満席で、2本目の上映では立ち見や通路に腰かけてみている人も結構いた。映画館は混んでいたほうが、見た気がする。そう、ここ飯田橋の「ギンレイ」は通常料金で2本立てなのだ。1本目が終わって場内が明るくなると、多くの人がごそごそとパンやおにぎりを出して食べている。前回、マグノリアさんが私の分もおにぎりに沢庵までつけて持参してくれて、それがとても美味しかったので今回は自分でもシャケと梅干しのおにぎりを持ってきて食べた。ここは、館内で物を食べてはいけないなんてことも言わない。間に10分の休憩をはさんで5時間、たっぷりと映画の世界に浸かった。
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| 2009年1月31日(土) |
| 犬と歩けば・再生 31 |
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2009年1月31日(土) 雨
いざ自分がそこに立ってみると、還暦とはよく言ったものだと述懐する人が自分を含めて結構いる。初めて老人という体験をするわけで、勝手がわからない。転んだり足を捻ったりの小さな怪我や、何となく身体が不調ということが多くなる。はたしてこれは医者に相談するほどの事かどうか判断に迷う。そこで身近に見る先輩が何よりのお手本となる。川柳のA先生は80歳にあと少しと聞くが、頭は明晰話はユーモアにあふれ、手先は器用でお裁縫大好き、おまけにお化粧ばっちり身ぎれいにしていて川柳子のマドンナである。また私たち女生徒(?)の目標でもある。
今日は油絵のお稽古があった。千葉市展の搬入も近く、ぎりぎりまで粘ろうと皆必死である。そんな中で、すでに作品が出来上がっている元校長先生のBさんは悠然と次の作品に取り掛かっている。でも何となくいつもと様子が違う。「どうもこの色が出ないんだよ。これからどうしていいか分からないんだよ」とおっしゃる。今まで数多くの作品をきちんとものにしているAさんの言葉とも思えず、聞いていてざらざらした疑念が起こる。覇気が薄らいだというか好奇心がなくなったというか、一気に体力気力が衰えてように感じる。実は暮れにも、あれっ?なんか違うな、おかしいなと思った事があったのだ。そうか人間はこういう風に年を取るのかと、思った。自分もやがてはこうなるのかと思い、ドキドキした。しかし、どうしてAさんとBさんの違いが出てくるのだろうか。 先生がBさんに、手取り足取り説明するとBさんは思い出したように一気に筆を進めた。
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| 2009年1月30日(金) |
| 犬と歩けば・再生 30 |
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2009年1月30日(金) 雨
寒の内にしては珍しく1日中雨だった。それも雨脚が強い。明日はお稽古で、予定していた工程まで仕上げるのに、家にこもって仕事を進めた。編集長は温泉に行けるほど回復されて、本当にうれしい。私たちも来週イチゴ狩りに行く予定で、Aさんは(限界に挑戦しよう)と、張り切っている。Aさん達の記録は、桃7個・さくらんぼ100個、お昼はすき焼き定食も完食しているから、苺で何個まで行くか見当もつかない。来年は参加を断られるかも知れない。ところで今回は、私たちの仲間に新人が加わることになった。昨年暮れのツアーでたまたまひとりで参加していたCさんである。一人なら一緒に御飯を食べようとAさんが誘い、一緒に行動しているうちにAさんBさんがいろいろと聞き出して彼女もまた、若くして夫を亡くしていることがわかった。3人とも団塊の世代で話が合う。それ以上に同じような経験をしたということが、一気にお互いの距離感を縮めたらしい。連絡先を教えあって、ぜひ次回ツアーには仲間に入れてほしいと強く頼まれて、今回一緒に出かけることになった訳である。旅は道連れ世は情け。
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| 2009年1月29日(木) |
| 犬と歩けば・再生 29 |
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2009年1月29日(木) 曇りのちあめ
朝刊の家庭欄に「牛の思い出」という投書が載った。山下 敏子さん・81歳で農業手伝いとあるのが凄い。彼女は牛と聞くとたまらなく懐かしく、可愛く、そして哀しい思い出がいっぱいですと書き出す。彼女がまだ少女だった頃、特に父が病弱で母は乳飲み子を抱え、兄は出征という人手不足の時に、牛は彼女と一心同体となって素直に、よく働いてくれたという。牛は田んぼの名前を覚え、3歳の弟が牛のお腹に寄りかかってねむってしまうと、尻尾先の毛でそっとハエを追いはらってくれたと書いてある。哀しい別れも経験したとある。暮れに、動物園のパンフレットに載っていた2頭の牛がじゃれている写真が気に入って、絵に描きたいと思った。そこで動物園に電話をしていろいろと尋ねたら、牛は食って寝るだけで、他との関わりは持たないと聞いた。専門家の言うことだが、そうですかと納得はできなかった。私は顔を舐められている牛の目つきの色っぽさに、惹かれたのだ。
この投書を読んで、やっぱりそうなんだと思った。ただ、食って寝ているばかりでなく、遊んだりそれなりのコミニケーションも取れるんだと確信した。
でも牛は(牛だけではないが)産業飼育という、寿命を全うできない命であることも知った。家畜と呼ばれている動物は、命はあってないのだということを今更知った。それも8千年も前から。同じ動物として人間も動物も命の重さは同じではないかという思いがある。しかし、そこから先はどうしていいか分からない。
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| 2009年1月28日(水) |
| 犬と歩けば・再生 28 |
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2009年1月28日(水) 曇りときどき晴れ
夕方まで二階で用事をしていた。ベルの散歩の時間になったので手を休め、洗濯物を取り込もうと硝子戸をあけた。その時、下から首をのばしてこちらを見上げているベルと、目が合った。ベルの目は「ああ、冬瓜はいたの?散歩の時間なのに誰もいないかと思って、心配していたよ。」と、言っていた。私は(今、降りてゆくからね)と声をかけた。
さて、ベルと散歩にでかけて気がついた。雨粒のようなものが落ちている。この寒さでは雪にでもなりそうで、戻って傘を持って来ようかと躊躇したが、それはそれで早めに帰ろうとそのまま自転車でベルを走らせた。私の脚力が落ちたのか、ベルが全速力で走ると私が一心にペダルを漕いでも、追いつけない時がある。8歳のベルは人間では48歳に該当すると、昨日動物病院のカードで見たが、ベルはまだまだ元気だ。
公園の河津さくらが1輪咲いた。珍しくお姉ちゃんに引き取られている海も来ていて、久しぶりに海・サム・ベルの3匹がそろった。きっかけはなんだかわからないが、ベルが海に体当たりをした。驚いた海が「なんだよー」という風に、ベルを横目で見ながら後ずさる。そこへまたベルが遠くから走ってきて、続けて体当たりをする。私が制止したのと、サムが割って入ったのと同時だった。逃げるベルをサムは追いかけまわし、それがいつの間にか追いつ追われつの遊びに変わっていた。
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| 2009年1月27日(火) |
| 犬と歩けば・再生 27 |
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2009年1月27日(火) 晴れ
ベルの予防注射に行った。年1回の9種混合というので、値段は9,450円。おまけにシャンプーセットの見本を貰った。以前は試食用ドッグフードを2,3袋は貰えたが、今はビスケット1個しかもらえない。待合室には、迷い犬・猫のポスターから、送迎サービス会社や家出捜索会社のチラシまで置いてあった。また2月3月は健康診断月間とかで、サムは欠かさず受けている。今年は値上がったと、サムのお母さんはこぼしていた。驚いたのは犬税の導入が検討されているという、新聞の切り抜きだった。
「無責任な飼い主減らせ、自民議連が(ペット税)導入論08年12月28日読売新聞」へぇー知らなかった。でもそれを言うなら「無責任な総理を減らせ」でしょう?自民党さん!
先日注文した「ほほえみりんご」が、届いた。食味に問題はないが、(霜や雹の害で)表面にキズやこすれが付いてしまったリンゴを「ほほえみりんご」と言うらしい。また、食べてみるとその美味しさに思わずにっこりしてしまう意味も含まれるとか。早速食べてみると香り十分、蜜もたっぷりで美味しい。10キロ詰めで22個。私はミックスを頼んだので、王林とふじが半分ずつ入っていた。1個は、平均460gでかなり大きい。代金は1,500円+送料約800円=2,300円だから、1個の値段は約百円。支援の意味を含めて、十分に納得のできる値段だ。
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| 2009年1月26日(月) |
| 犬と歩けば・再生 26 |
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2009年1月26日(月) 晴れ
昨日のドライブもそうだったのだが、私たちは出かけると道の駅や産直・物産店を見て回るのが楽しみである。安くて美味しいものを見つけるのが、楽しい。見慣れない食材の調理方法などを教えてもらうのも楽しい。私は昨日買ってきたサツマイモ(紅あずま、3本で200円)2本を土鍋で焼いて、今日のお昼に食べたが甘くてとても美味しかった。テレビで教わって、丸い大根で千枚漬け風漬物も作った。同じ大根を買った仲間のAさんは、大根が入っているビニール袋に髪の毛が1本入っているのをレジ担当者が見つけて、半額にしてくれたという。大根の品質に変わりはない。ラッキーだ。私は300g入って3百円の黒豆を見つけたので、夕べから浸して茹で、ゆっくりと味を含ませている。産直店で私がこだわって買ってくるのは、納豆とお豆腐そしてうすあげ。スーパーでは同じメーカーのものしかお目にかかれないが、産直店ではその土地その土地の美味しい納豆とお豆腐が必ずある。3つ百円のスーパー納豆に比べると少し割高ではあるが、発酵した大豆が美味しい。また、充填豆腐では決して味わえない、お豆腐の甘さとふわふわしている食感もうれしい。
ところで今回、匝瑳市ふれあい市場で「黄門桜」というのを見つけた。1698年に黄門が飯高寺にやってきた記念並木の1本であるという。印旛村の吉高の大櫻と同じ山桜で、樹齢も3百年とほぼ同じ。幹回り5,5m(吉高6,7m)葉張16m(吉高24m)。でも確かめたら、黄門桜の周囲には、吉高のような売店や食堂はないという。残念だあ。
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| 2009年1月25日(日) |
| 犬と歩けば・再生 25 |
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2009年1月25日(土) 晴れ
小雪が舞った昨日とは打って変わり、今日は雲ひとつなく晴れ渡った。晴れ女を自称する私たちは、銚子まで快適なドライブを楽しんだ。と言っても途中で目にしたあちこちの杉林はどれも、葉先が茶色に膨れ上がり、もういつでも黄色い花粉をばらまく用意が整っている。すでに花粉症の抗アレルギー薬を飲んでいる私は、重い溜息が出た。ところで今日は、まだ1月であるから由緒正しい猿田神社へのお参りである。私は誘われるまで、この神社のことをしらなかったが、鎮守の森に囲まれたお社は素人目にもとびきり立派であった。祀られている神様は猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)天鈿女命(あめのうずめのみこと)菊理媛命(くくりひめのみこと)とある。どの神様も、個性的というか極めてユニークな神様ばかりである。なぜここにこんなに特徴のある神様が纏めて祭られているのか不思議に思って、帰ってからパソコンで検索したがわからなかった。私の検索方法が雑なのだろうと思う。
参拝がすんでから近くの蕎麦屋に寄った。有名な蕎麦屋で近くの人でも混んでいて、食べられないことが多いと聞く。タイミングが良かったのか、私たちは待たずに注文することができた。なるほど店内はいす席座敷ともに、目いっぱい席が用意され客は黙って黙々と食べている。この店の売りは天ぷらせいろと聞いたが、なるほど周りの客はそのようなものを食べている人が多い。
しかし私は普通の天ぷらそばにした。揚げたてのてんこ盛りの天ぷらは美味しそうだったが、食べた仲間は、あとで胸やけに悩まされていた。そうだと思った。ところでここの蕎麦は真っ白で腰が強く、そばの香りはなかった。私には細めのうどんとしか思えなかった。
さて帰路は干潟駅前の和菓子屋に寄って、「イチゴ大福」を買う。その他のお目当て、草もちや混ぜご飯のおにぎりなどは売り切れ。これからは、日曜日は避けたほうがいいと勉強した。
次はAさんの親類の花卉栽培農家によって、百合の栽培ハウスを見学させてもらう。一つのハウス内に、3,4種類の百合の球根を約8千個栽培していると聞いて、皆びっくり仰天。栽培期間は3,4か月。そして球根の植え付けはすべて手作業であるとか、球根はオランダからの直輸入だとかと説明を聞いた。球根は1回限りで処分すると聞いて、Bさんはもったいない、百合の球根は食べられるんじゃあないですかと質問すると、「球根は消毒してあるし、日本の山百合と形が違うので、食用には適さない」と、教えてくれた。
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| 2009年1月24日(土) |
| 犬と歩けば・再生 24 |
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2009年1月24日(土) 雨のち晴れ
昼過ぎ、雨に雪が交じった。この冬初めてで、眺めているうちに消えた。夕闇の迫った公園の風は、氷の上を渡って来たように冷たかったが、梅の枝先にはいくつものつぼみがほころびかけていた。朝のうちにケアハウスの義姉を訪ね、掃除や郵便物の整理などをした。終わらないうちに、お菓子を持ったお友達(?)が訪ねてきた。私を見て躊躇していたが、どうぞどうぞと招き入れて私は失礼した。ハウス内で親しくしていた人が退出してからは一人ぼっちの様子だったが、新しい友達が出来たのは嬉しいことだ。新しく人間関係を作れるということは、精神的にも安定しているのだと思う。
そんなわけで昼前に帰宅してからぜ〜んぶが自由時間。絵も描けるし本も読める、ビデオを見たっていい。嬉しくってウハウハだった。
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| 2009年1月23日(金) |
| 犬と歩けば・再生 23 |
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2009年1月23日(金) 雨のち晴れ
午前中は、月2回の「歌う会」だった。来月の発表会に備えて並び順を決めたり、舞台での所作などを教えてもらい、確認した。先生は「もう今度の土曜日あたりが、発表会だといいんですけどね。今が最高潮で、時間が経つと忘れちゃうからね。」と言って、みんなを笑わせた。午後になって晴れたので、洗濯物を表に出しに2階のベランダに出ると。後ろのお宅(秋に柿を貰う)から、話し声が聞こえてきた。男性の話声を聞いて、訳もなくショックだった。中学生の長男に違いないと思うが、声変わりしているのだ。私の周りではこんなに早く時間が過ぎていて、いつの間にか取り残されてしまったような感じがした。
金曜日は「週刊金曜日」が届く。ここに本多勝一が「貧困なる精神」を連載しているが、今週号といい前号といい、なんだか湿っぽく繰りごとのように思える。若いころから彼のルポルタージュは、ずいぶんと楽しんできた。あの彼にして年をとり体力も落ちると、こんな風なことを書くようになるのかと、これもまた気持がへこむ。
こんな日は気分転換に、ミステリでも読むに限る。
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| 2009年1月22日(木) |
| 犬と歩けば・再生 22 |
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2009年1月22日(木) 雨
一日中雨の、寒い冬の1日だった。晴れ女を自認する私たちには不釣り合いなお天気だが、ま食べることには支障はない。また3人で連れ立っていつもの印旛沼のうなぎ屋へ出かけた。途中東葉高速だったか鉄道の建設が大分進んでいた。Aさんが「多分ここが駅ね」といった場所は、「吉高の大櫻」に近い場所である。お絵描きの仲間でも「今年も大櫻見物に行って、筍ご飯を食べたい」という話が、はやばやと出ている。(多少太めでも、美味しく食べられるのは幸せなこと)と私たちは、うなぎを焼く香りに連れられていつもの店に飛び込んだ。1月下旬の雨の日。こんな辺鄙な場所にある店だが、切れずにそこそこの客が出入りしていた。この店は鯉の洗いや鯉こくも看板料理で、美味しいと聞いているが、私たちは何となく二の足を踏んでいる。 帰りは2軒の農産物産直店に立ち寄って、新鮮で安い品を物色。2軒目で(アミの塩辛入り)と書かれたキムチを見つけて買った。材料は白菜、大根、ニンジン、ネギ、ニラ、ニンニク、ショウガ、もち米、煮干、昆布、ゴマ、塩、アミの塩辛、砂糖、せり、唐辛子とある。全部は確認できなかったが、味は良かった。
海の向こうアメリカでは、新大統領が始動。オバマ大統領は、公約に沿ってキューバにつくった強制収容所の廃止に着手したと報じられている。私は、テレビで見た、ここに収容されているイラクの少年のことが気がかりだ。また、オバマ大統領は富裕層の税率を35パーセントから39.5パーセントに戻すとも言っているとか。一方、日本の総理は、消費税を引き上げることに血道をあげている。日本の総理は、アメリカの真似をするんじゃなかったの?
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| 2009年1月21日(水) |
| 犬と歩けば・再生 21 |
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2009年1月21日(火) 曇りよる雨
久し振りに針仕事をした。ズボンの丈つめである。来月「歌う会」の発表会があって、それには白いブラウスと黒のスカートかパンツと指定されている。とりあえずユニクロで白いブラウスを買った。黒のスカートは喪服を転用すればいいと考えていたが、先日出かけた先で黒のパンツを1,725円で手に入れた。綿パンで時期的には合わないが、ご勘弁願う。針箱やアイロンにアイロン台も出して仕事をする。ハンガーに白いブラウスと出来上がった黒のパンツをかけて眺め、満足した。あとは歌詞を覚えるだけだ。
雹(ひょう)と霜の被害を受けた大量のりんごを抱えて、津軽農民組合が困窮しているというニュースを聞いた。津軽農民組合のホームページはなく、1日経ってやっとファックスが通じた。それによると、輸入果汁が増えて加工に廻すリンゴは12月から買い止めとなっている。また暮れから消費も一気に冷え込み、1万ケース(1ケース10kg)を超える在庫で困っているとあった。りんごの値段は10キロで1,500円。5キロが800円。ただし送料が5キロ1箱で630円、10キロ1箱で735円かかる。(関東甲信越地域)5ケース以上になると、大口で送料が安くなる。種類は無袋のふじ・王林・詰め合わせがある。りんごジュースは6本で1,800円。私は今日注文したので、味はまだ分からない。津軽農民組合の電話(0172-37-0141)ファックス(0172-36-7066)
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| 2009年1月20日(火) |
| 犬と歩けば・再生 20 |
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2009年1月20日(月)大寒 曇り
昨日、マグノリアさんと出かけた時は、コートいらずのぽかぽか陽気だったけれど今日は一転、寒く冷たい1日だった。台所に立っていると、足もとから寒さが這い上がってきた。夕方Aさんに電話でそれを言うと「なに?アタシは寒くなかったけどぉ・・」なんてさらりと言った。若さの違いか、懐具合かはたまた食べ物の違いか?いや、彼女はきっと1日中コタツに入って韓流ビデオを見ていたに違いない。
ところで先日散髪に行ったらおかみが、「うちのお客さんで、裁判員制度に当たった人がいるのよ」という。(へーえ、やっぱり当る人がいるんだあ)とこちらも宝くじかなんかのような答えをした。本当は口外してはいけないらしいが、これが言わずにいられようかって気持ちは、わかる。「それがねえ、その人最近離婚したばかりで、しょっちゅう裁判所(と言っても地裁だけど)から郵便が届いていたんですって。それがいきなり最高裁判所から封筒が届いたんでもう、びっくりして開けたらそうだったんだって」(ふんふん、でいくつくらいの人?)と私。「40代かな。それでね、職場の人はみんなやれやれって言うんですって」。この制度が軌道に乗るまで、ある日突然指名された人の、その後の経過など、ぜひとも知りたいものです。
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| 2009年1月19日(月) |
| 犬と歩けば・再生 19 |
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2009年1月19日(月) 晴れ
やっとイスラエルが、パレスチナの虐殺を中断した。毎日、新聞やテレビで爆撃されたパレスチナの惨状を見るにつけ、圧倒的な軍事力を背景に、子どもや一般市民を堂々と虐殺するイスラエルとそれを擁護するアメリカに、切歯扼腕・ごまめの歯ぎしりをしていた。
ところで明日はアメリカ大統領の就任式とかで、まるで自国の出来事のようにNHKは連日はしゃいだ報道をしている。それはともかく、今回のパレスチナ虐殺については、オバマ氏が新大統領が就任したら少しは好転するのではないかと、期待しているのは私だけではないと思う。ところがオバマ次期大統領の閣僚や取り巻きには、圧倒的にユダヤ・ロビーが多いと週刊金曜日が解説していた(1月16日号)。その筆頭は大統領首席補佐官となるエマニュエルなる人物はイスラエルの国籍も持ち、イスラエル諜報機関モサドとの関係も取りざたされるという。なるほどこれじゃあ駄目かあー。
さらに同誌で(現在の金融危機を招いた原因は何か?)と、本山美彦京大名誉教授に聞いた。その答え@極端な経済格差の構造(米国の上位から400人の総資産は、下から1億5千万人の全資産を上回る)Aこのごく一部のエリートが、国家のみならずマーケットを動かし、大多数の人が彼らの意思に従わざるを得ない構造と指摘している。かくして八方ふさがりのオバマ新大統領は、「チェンジ・チェンジ」と繰り返し叫ぶことで何となくそんな気にさせるのがせいぜいだと説いている。なんだかますますもりさがるぅ〜。
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| 2009年1月18日(日) |
| 犬と歩けば・再生 18 |
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2009年1月18日(日) 晴れ
家人は今日、田舎で同窓会だと言う。泊ってくればと背中に言うと、明日は用事があるから泊まれないと振り返りもせずに言って、出かけて行った。炬燵に入ってテレビを見ていると、ケータイメールが鳴った。娘か友人かと思って取ると、以外にも家人からだった。家人はいろんな趣味の会に入っているから、緊急に連絡を取る必要に迫られて、間に入った私が時々電話やメールを入れることはある。(でも家人はいつもマナーモードにしてあるから、スムースに連絡を取れた試しはないが、それでも取り立てて不都合はない。)然し、家人からケータイで電話やメールが入ることまずない。それが今日は、メールが来た。「本日の行き先は、たてやま夕日海岸ホテル ぜろよんななよんーにじゆうさんーはちいちいちいちです。」一読して声をあげて笑った。なあーんだ、敵はケータイメールで数字の入力方法が分からないのだ。私より後とはいっても家人だってケータイを持つようになって3年は経っているはず。その間、一度も数字の入力が必要ではなかったのか。聞けば教えるのに、本当に男は聞かないんだから・・。
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| 2009年1月17日(土) |
| 犬と歩けば・再生 17 |
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2009年1月17日(土) 晴れ
今朝、「いいお天気だし、1時間ばかり花の美術館へ行って見ない?」とマグノリアさんに誘われて、連れて行ってもらった。寒中とあってさすがに戸外の花は少ないが、正面玄関前では菜の花が咲き始めていた。館内に入るとシクラメンや桜草などが満開で、一気に春モードである。何よりも春の香りがいっぱいだ。それに、万両・千両・百両・十両・蟻通し(1両)また吉祥とか福来(?)など縁起のいい名前の植物が展示してあったりと、あれこれ工夫したお正月飾りも楽しい。
人出の少ない午前中を狙ったのか、大きなカメラで写真を撮っている人があちこちにいて記念写真を撮る人が場所を取られて困っていた。市内愛好家の育てた「蘭展」も開催中で、ここの部屋は一段と薫り高い。それに大小、色も形も様々な蘭が、目を楽しませてくれた。いま書きながら会場風景を思い出してみると、カトレアはあったが、もう一つのランの代表ともいえる胡蝶蘭はなかったようだ。金歯と胡蝶蘭は好かない。2階へ廻ると傷んだ部分の植え替え作業をしている人がいて、マグノリアさんはああいう仕事をしてみたいという。マグノリアさんは以前から花づくり(庭造りかな?)に興味があって、イギリスにも行きたいという。美しいものを見て気分転換し、家に送ってもらったのは12時ごろだった。
午後は今年初めてのお絵かき。3時少し前、暮れに亡くなった仲間の奥さんが、焼きたてのお菓子をお礼にと届けてくれた。私たちはありがたく頂戴して、お茶を飲みながら亡くなった仲間の話をした。
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| 2009年1月16日(金) |
| 犬と歩けば・再生 16 |
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2009年1月16日(金) 晴れ
昨日、定例の通院日で銀座に出たついでに、写真展と仲間のグループ展を見て回った。
写真が奇麗なので、昆虫写真家・海野和男のホームページを毎日見ているが、蝶々だけの写真展「蝶の道」開催を知って、楽しみにしていた。会場は銀座ニコンサロン。昼前の会場はまだ人も少なくひっそりとしていた。それでも数人のその道のマニアらしい人達が、飾ってある写真に顔をくっつけて焦点がどうの背景がこうのと話し合っている。「いずれにしても・・」と写真から顔を離しながら「われわれが撮れるような写真を撮っていたのではプロとしてやっていけないんだよな」とか言っていた。ともあれ、構図の面白さ色の美しさと私にはどの写真にも見とれた。帰りに写真集「蝶の道」は持ってみると重いので(後で測ったら丁度1kgあった)迷ったが、限定1千部、会場でしか買えないのでサイン入りを買った。海野さんのホームページでは、ホームグランド小諸地域の四季折々の写真も載る。これが又素敵で、時々友達に送ったりしている。去年の晩秋、初冠雪の富士山があまりにもみごとで、病床のAさんに送った。Aさんを看護しているBさんからネットの画面なら見られるから、メールでも送ってあげてと言われていたから・・。それをきっかけにして気に入った写真に私の感想など付けて、何度か送った。それが年末、いきなり連絡があった通夜の席でAさんの奥さんに「亡くなる前日まで見て、楽しんでいました。」と礼を言われ、絶句した。
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| 2009年1月15日(木) |
| 犬と歩けば・再生 15 |
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2009年1月15日(木) 晴れ
「それがさ、なんだかおかしいの。あたしがアタシじゃあなくなっちゃったのよ」。昨日(インフルエンザに罹った)とメールをよこしたAさんが、電話の向こうで困惑したように言う。今日お見舞いの電話をかけたら、こんな返事が返ってきた。「ものすごい夢を見ちゃったの。それが夢の中でこれは夢なんだろうかホントなんだろうかって考えているのよ。昔、冬瓜はよく机を叩いて怒っていたけど、アタシも囲碁仲間のBさんにものすごい剣幕で文句を言っているの。ふと気が付いて目が覚めた時も、心臓がどきどきして、手が震えているのよ。」と続けた。昔の私のことは大きなお世話だが、それはきっとタミフルのせいじゃないかと私は言った。昨日彼女は「タミフルは凄い。いっぺんで熱が下がった。」と言っていたのだ。(でもさ、夢の中でもそれだけ喚いて、スッキリしたでしょ。)と慰めたがすっきりもさっぱりもしないと、頑固に言い張る。私は同情しないで、熱も下がったし言いたいことも言った。寒いからあと数日は引きこもっていたほうが良いよと、電話を切った。
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| 2009年1月14日(水) |
| 犬と歩けば・再生 14 |
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2009年1月14日(水) 晴れ
11,12日の連夜、テレビで「男と女」という番組があった。いろいろな研究(出てきたのはアメリカ)の結果、従来の基本的に男女は身体も心の働きも同じだという前提が、現在では性差を認めその特徴に従うという方向に進んでいるという内容だった。1回目のテーマ「恋とは何か?」で、答えは繁殖のためであり男は脳の視覚部分を使い、女は記憶部分を使うという。繁殖のためというのは動物であるから納得ができるが、男の視覚(繁殖に適しているか、ウエストとヒップのくびれでの判別する)と女の記憶(子育てに協力するか、今までの行動を思い起こす)の理由はいまいち納得がいかなかった。恋の期間が18ヵ月から36ヵ月であるとの理由が、子育てに手がかかる期間というのもどーかな?だね。例えば恋は愛-献身の場合と比べたら、もっと面白かったに違いない。
でも2回目の男は空間認識が強く、女は具体的認識に強い。女は他と関わるのが上手く、男は下手。特に中高年夫婦のすれ違いの原因を、男は女に聞かないというのが、見ていて可笑しかった。こういうすれ違いは私自身の経験でも、単に夫婦関係だけでなく、掃いて捨てるほどあるから。2回目は見終わって、男の言い訳番組かと思っちゃった。
一人暮らしのAさんがインフルエンザに罹ったとメールが来たので、お見舞いの電話をかけた。Aさんは暮れに、「自立生活サポートセンターもやい」にカンパした。トイレの修理代が安くなった分だと言った。(そしたらね、ちゃーんとお礼状が来たの。印刷したのだけどコメントも書き込んであった。)それを聞いた私も、なにか胸の奥が少し暖かくなったような気がした。今夜も冷え込んでいる。
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| 2009年1月13日(火) |
| 犬と歩けば・再生 13 |
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2009年1月13日(月) 晴れ
終日パソコンに振り回された。先日パソコンを組み立ててまずウイルスバスターを入れようとしたが入らない。原因を調べ、メモリーが足りないとわかったのが6日だった。また今まで使っていたプリンターは適合しないこともわかった。そこで今日、近くのコジマ電気へプリンターと増設用のメモリーを買いに行った。メモリーについて相談すると、「説明書が付いているからそれを見ればできないことはないが、パソコン本体にかかわる部分だし・・」「頼んだ場合技術料が3,600円、出張費が6,300円結構かかります」と言う。一応ここまでは自分でやってきたがそういわれると、気持が揺らぐ。然し値段が高い。でもそこをクリアーしなければ先へは進めないと、いろいろ考えていた。その時、「ここへパソコンを持ってこられますか?今日は暇だから持ってこられれば私がやってあげます」なーんて言ってくれるではないか。はいはいハイハイと相手の気が変わらないうちに返事をした。メモリーを増設してもらって(なんと合計1ギガにもなった。)プリンターを買い、ついでにデジカメも買った。デジカメは前のが壊れて買おうと思っていたのだが、相手の親切につられて買った。帰宅してからプリンターの接続とウイルスバスターのインストールで、やかんを空焚きしてつぶした。メールのアウトルックが使えなくなったのだが、目下原因究明中で今日も終わった。
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| 2009年1月12日(月) |
| 犬と歩けば・再生 12 |
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2009年1月12日(月) 晴れ・成人の日
夕べサムちゃんから「風邪でも引いているのか」と、電話がかかってきた。年末から公園の犬仲間とは会っていない。忙しかったこともあるが、どうも最近の犬仲間の話題は愚痴っぽくて聞いているだけでも疲れるので、避けていたこともある。今日の夕方は少し早めに出かけて、サムちゃんたちを誘った。いつものようにベルの甘ったれ声でサムが飛び出し、サムのお母さんもおっとり刀で付いてきた。早速犬仲間の消息あれこれの報告が始まった。それにとサムのお母さんは続ける。「派遣切りといっても、選ばなければ仕事はあるんですよね。介護とか、塗装の仕事とか。あの人たちは他人と係るのが厭だから、製造業の派遣になっている。」どこで聞いたのか、乱暴な意見だ。そういう人も中には居るかも知れないが、繰り返し権力者が流している自己責任説である。(塗装の仕事と言ってもこの不景気で建築の仕事は減っているし、第一現場へ行っても直ぐには使い物にならないでしょう)と反論すると「ペンキをかき回す仕事なんかは出来る」と答える。普段は「清掃の仕事は簡単で誰でも出来ると思われているが、そうではない。新人の仕事は結局あとで、皆で応援することになる」と言っている人がである。
公園ではサムとベル、あとからやってきたエマと3匹でよく遊んだ。「やっぱり友達がいるとよく遊ぶ。今日はよく寝ると思う」とか言って、サムのお母さんは至極満足だった。
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| 2009年1月11日(日) |
| 犬と歩けば・再生 11 |
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2009年1月11日(日) 晴れ
進退が噂されている朝青龍。ある解説を聞いていたら、朝青龍は初日にサッカーの中田と柔道の石井慧を招待しているから出場すると言っていた。結果は五分五分の希勢の里に勝って面目を保った。いろいろとあって憎まれ役の朝青龍だが、勝負にかける集中力は凄い。意気地がなくて直に諦めちゃう私は、今年こそあの粘っこさを真似したい。・・したいと思う。
粘っこさと言えば、今年はAさんからうれしい年賀状を貰った。Aさんとは職病病のご相談にみえて、知り合った。一歩間違えば寝たきりとなりかねないAさんの病気は、話を伺うと(現在の医学では証明できないだけで)どうしても仕事のやりすぎが発病のきっかけを作ったとしか思えないし、ご自分でもそう確信していた。残念ながらまず病名が、労災から外されていた。裁判を闘うにしても主治医が相手にしてくれなかった。弁護士に相談したが、はかばかしくなかった。然し彼女は会社と交渉して、休職や制限勤務、実家から通勤するための特急料金の支給などを勝ち取った。しかし、会社はすぐに退職金の割り増し、仕事上の嫌がらせなどあれやこれやの手段を使い退職を迫った。復職はしたものの、見た目では分からない手のしびれや痛みで、まともにマウスさえ動かせなくなった彼女はさすがに、もうこれまでと考え始めていた。その後しばらく連絡がなく、体調も良くないと聞いていた。ところがところが、年賀状には「心理カウンセラーの学校を終了して、社長に直談判して畑違いの人事課へ移動(彼女はIT専門職)社内研修担当となった」とあった。30代の初めに生死をさまよう大病を経験した彼女(アマテラスさん)は必ずや、すてきなメンタルヘルスマネージャーになるに違いない。彼女の「生きる」ことに向けたゆるぎない視点と、ひたむきさに感動する。賀状は「今年も支え支えられ、感謝の気持ちをもって、明るく楽しく過ごしたいと思います。」と結んであった。
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| 2009年1月10日(土) |
| 犬と歩けば・再生 10 |
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2009年1月10日(土) 晴れ・強風
夕方5時。北の空は水色からうす紫に染まって、そのうえに左下がわずかに欠けた月が白くかかっていた。明日は満月。1日中冷たい強風が、立てつけの悪い戸をがたがた言わせていた。ベルは今日も元気に散歩に出かけた。ベルは散歩の途中後ろ足で立って、団地の生垣の中に鼻を突っ込み、なお背伸びして頭全部を突っ込んでいる。私は何をしているのかと思って、反対側から見たのだが見えない。通りがかりの女子高生たちが「何しているんだろうね」と言って、くすくす笑っている。あいつは時々自分が犬だということを忘れるらしい。それに、(今日は風が強いので自転車はやめたので)帰り道は歩くのを嫌がって、上目でこちらを窺いながら座り込む。で、こちらがおやつを探すふりをすると、ビックリ箱を開けたようにピョコンと立ち上がるのだ。
ところでこのお正月にやってきた子ども達に、「ねぎほうずのあさたろう」というアニメを教えてもらった。このアニメ、語りは廣澤寅蔵風で話は勧善懲悪、印籠の代わりはねぎ汁と、大人の私が見ても面白い。絵本で評判が良かったので、昨秋からアニメになったとか。この絵本は、浪曲風痛快時代劇絵本というのだそうだ。ところが放映されるのは日曜朝の6時半からと早い。それに絵本の絵のほうがいいといわれて図書館へ行ったら、第7冊まで出ているがそのほとんどが借り出されていて、人気のほどがわかった。ホームページには、登場人物ゆかりの「野菜の蘊蓄」というコーナーもあって、冬瓜についての説明もあった。
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| 2009年1月9日(金) |
| 犬と歩けば・再生 9 |
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2009年1月9日(金) 雨
昨日の天気予報では関東地方も雪だったが、このあたりは冷たい雨だった。
午前は、今年初めての「歌う会」。来月の発表会も近づいて、練習に熱が入る。舞台に上がった時の見栄えが良いように、お揃いで楽譜に色画用紙で表紙をつけることもした。然しこのカバーを後生大事に家にしまってある人や、老眼鏡を忘れて目いっぱい腕を伸ばした先に楽譜を持って歌う人などがいて、高齢者相手で先生の苦労も絶えない。新しいパソコンはとりあえずメールだけ通して、あとは少しずつ加工をしている。しかしここで困っているのは各種のパスワードである。どこへいってもパスワードに突き当たる。いったいいくつあるのか、まったく把握していないし覚えてなんかいない。確かにどこかにメモをしたのもあるが、そのどこにが問題である。どこにメモったか忘れちゃっている。これに懲りて今、パスワード用ノートを作っている。 暮れから正月休みに、私もビデオ屋を何回か利用した。以前は近くに数軒あって、店ごとの品ぞろえも特徴があるので、それをあてにして店も選んだのだが今はどこへいってもtutayaだけになってしまった。店が大きくなって、かえって見たいビデオが見つからない。レコード屋(CD屋?)も同じような状態だと聞いた。私でさえ近頃は、本やCDをネットの通販で買う。若いころは、友達と本屋での待ち合わせをしたもので、本屋の中をうろつく楽しさは図書館のそれとはまた違う。大げさにいえば、文化も寡占状態が起きている。
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| 2009年1月8日(木) |
| 犬と歩けば・再生 8 |
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2009年1月8日(木) 晴れ
午後から川柳会の編集会議兼運営会議に参加。そのあと勉強会もあったが、夕方は急に寒くなるので私は帰ることにした。ゆたかさんも帰るというので、駅までお喋りをしながら散歩を楽しんだ。ゆたかさんは初代の会長でもある。見るからに温和な調整型のゆたかさんは、趣味の会の会長にうってつけと思われたが、しばらくして胃病が再発したとして一度は退会した。1年ほど前に復帰したときは、お顔もふっくら表情もいきいきとしてすっかり見違えるようにお元気になっていた。そしてなにより驚いたのは、周りを気にせず自分の意見をはっきりと表明するように変わっていた。そして現会長のまことさんの応援団長のような振る舞いをしている。今日の会議で議題の一つである指導者Aさんの対応をめぐっても、(私にさえ過激とも思えるような)発言をして周囲を驚かせた。それが(たとえばよくある加齢ゆえの頑固とは違って)今までは周りを気にして言わなかった事を、自分の意見をはっきりと言いながら周りと調整してゆく方式に変わったのだ。75歳というゆたかさんに何があったのかはわからない。長いサラリーマン生活の垢が取れたのかもしれない。団地内の歩道を自転車で追い越してゆく女子高生に話しかけたりしながら、「歳を取ると、息子よりも娘のほうがいいねえ」などと言って、にこにことしている。私が帰る駅への分かれ道まで来ると万歩計を取り出して、「5200歩」と言った。団地の集会所まで往復の歩数である。「1日1万歩を目指しているが、ナカナカ。雨の日に今日は雨でお休みと記入するのが何より楽しみ」と、おどけた。
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| 2009年1月7日(水) |
| 犬と歩けば・再生 7 |
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2009年1月7日(水) 晴れ
昨日帰宅すると、留守電が幾つかあって、なかに同級生のAさんからのもあった。なんだろうと幾つかの想定をしながら電話をかけた。型どおり新年の挨拶をして、彼女の用件を待ったがなかなか口を開かない。反対に私の事をあれこれ聞くので、それなりに答えた。と、いきなり声が硬くなって、口上でも述べるように一方的にまくし立てた。はじめは話の意味が分からず対応に困ったが、昨秋からご主人の健康に大きな異変が起きていたことがわかった。ご主人のお腹に腫瘍が出来て病院で調べてもらうと、既に肺と肝臓に移転しているという。医師は、手術は不能で投薬もない、強いて言えばアガリスク茸でも飲んだらどうかと言ったという。彼女はネットで調べたが、アガリスク茸の効き目はバラバラでもうひとつ信用出来ないし、値段もぴんきりである。それならば、大好きな晩酌に美味しいつまみを付けてあげたほうが良いと思うと、早口に言った。そして暮れにセカンドオピニオンを見つけたので、来週今までの検査結果を持って相談に行く予定だとも言った。セカンドオピニオンを申し出てくれたB医師は、彼女の元上司である。B先生の判断が出ればもうそれでいい、それを受け入れるしかないと彼女は喧嘩腰の口調で言う。彼女に返事をする言葉は見つからなかった。
そして今日、いつもの仲間とおいしい食事をしながら存分にお喋りをして、初詣に行った。お祓いを受ける順番まで待合室に通され、茶菓の接待を受ける。菓子は小さな丸い紅白の輪三盆干菓子である。硬くて、折ったり噛んだりは出来ないが、口の中ではすーっと溶けて優しい甘さが残った。赤いのから食べて二つ目を口に入れたとき、上あごにくっついてしまい難儀した。隣のCさんに「なにやってんの?」と聞かれたが、満腹で室内は暖かく、すぐにCさんは居眠りを始めた。帰りにお茶を飲みに寄って、2割引きになっていたパンを食べながらまた、お喋り。あーすっきりした。
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| 2009年1月6日(火) |
| 犬と歩けば・再生 6 |
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2009年1月6日(火) 晴れ
今年初めての川柳句会。終わってからオジサンたちも含めた11名で、ラーメンを食べに行った。正月だからオジサンたち数人はお神酒を戴く。団地の中の喫茶店はコーヒーもラーメンもお酒もある。ラーメンの汁はぬるくて、お世辞にも美味しいとは言えなかった。今日の句会で互選の題は「成人」だった。ゆき義さんの「20歳大志を抱いた3畳間」に7票入ると、「俺は四畳半だった」とすす夢さんが威張り、まことさんは「俺は六畳だった・・ふたりだったけどね」と続けた。昭和30年代後半のことである。「然し狭くても屋根がある家の中だったよ。」「テレビで見た、年末年始の派遣テント村では地面の上にブルーシートを敷いただけ、あれじゃあ寒いわ」と思わず皆が肩をすぼめた。(じゃあ、あれから40年経って、世の中悪くなったの?)と誰かが口にしたが、皆同じ思いに沈んだ。「正月には私も一文無しで過ごした事があってね」と紀の冶が、話題を変えた。その頃独身寮に住んでいた紀の冶さんは、水道水を沸かしたのを飲んで3日間を過ごしたとか。インスタント食品なんて無かったころである。さて、仕事始めの4日になったがスーツはとっくに質に入れてあり着てゆくものがない。仕方がないので会社のネームの入った作業服を着て、震えながら出社した。さて仕事はじめは社長のありがたーい訓示がある。このときスーツ姿の中で一人、作業着の紀の冶さんが社長の目にとまった。「初日から仕事着とはやる気満々、従業員の鏡である」と社長には映ったのである。社長の前に呼ばれて、ぽんと肩を叩かれた途端、空きっ腹でふらふらだった紀の冶さんはあっけなく眼を廻して倒れてしまったとか。気がついて直に上司へ借金を申し込みに行き、そのお金で食堂に直行したとか。ところがこれには後日談があって、それ以来毎年仕事はじめの日には「なんだ、作業着を着てこないのか。さてはやる気がないんだな」と、からかわれたという。
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| 2009年1月5日(月) |
| 犬と歩けば・再生 5 |
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2009年1月5日(月) 晴れ
3日の深夜、パソコンがギーゴ・ギーゴ・ガリガリなんて音がしたと思ったらそれっきり動かなくなった。パソコンから止まる時間の連絡はなかったが、ここ3週間ぐらいにその兆候はあった。まず、印刷ができなくなったし、怪しげな音も聞こえては来ていた。いや、実はもっと以前からおかしかった。2年くらい前にやはり動かなくなってコジマ電機に持ち込んだところ、修理できないと断られた。その時は時間に追われた仕事をしていたので、その場で新しいパソコンを買って帰った。荷物をほどく前に未練がましく、今までのパソコン(旧型デスクトップの後ろが大きくて重たい)の後ろをもう一度掃除機をかけて電源を入れるとアラマ、何事もなかったようにパソコンは動いた。それをいいことにして今まで使い続けていたのである。勿論-と威張ることではないが-バックアップなんてとっていない。でもなくして惜しいものはないと、気づいた。しかし、メールアドレスはなくして不便である。これをお読みになった方はどうか私宛にメールを送ってください。
さて一夜明けた昨日、あの時買った(保証書は07年4月とあった)パソコンを持ち出して組み立て、メールをつないだ。なんと一人でここまで出来たのである。私がえらいんじゃあなくて、売るほうがここまで易しくしたのだ。でもここから難儀をしている。新しい機械の説明を少しずつ読んでいるのだが、目が疲れる。
思いがけずまっさらのパソコンを使い始めて、私の再生第一歩も始まった。
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| 2009年1月3日(土) |
| 犬と歩けば・再生 4 |
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2009年1月3日(土) 晴れ
今年もまた、私に早めに春がやって来たようである。この数日強い風が吹いているので、用心のためにマスクはしていた。然し、眼の具合があの症状に似ていると気が付いたのは、未だ12月中だった。幾ら何でも速すぎると自分でも半信半疑だったが、やって来た娘は、職場ではもう目のかゆみが始まったと言ってた人がいると言うではないか。むむ、やはりそうだったかと、合点しつつ服用時期を探っている。
小さな子どもが、こんなに沢山食べるとは全く思いも寄らなかった。普段は老人の2人家族で、大した食欲もなく半ば習慣でとっている食事が、一転してワイワイガヤガヤと楽しいイベントとなった。私はと言えば1回に炊くご飯の量さえなかなか把握できないで、続けて2度3度と炊いたりパン、うどん、そば、焼きそばそしてお餅などで補充した。3歳5歳9歳の3人の男の子達は良く弾むゴムマリのように、よく食べては泣いたり笑ったり喧嘩したりして遊び廻り、バタンと眠って静かになった。姉娘も帰ってきて30日からの4日間は、全くの別世界にいるようだった。帰るとき車のチャイルドシートに括り付けられた3歳になったばかりの男の子は「オレもみんなと同じ所に座りたい」と主張したが、父親に「直ぐに抱っこしてという人はダメ。
ダッコしてって言わなくなったら座れる」と言われて大人しくなった。因みに5歳の子は自分を「ぼく」と言い、9歳の男の子は1人称の言葉をまだ持たない。元旦に届いた年賀状さえ目を通すヒマもないほどの忙しさだったが、ひと晩寝たら疲れはとれた。今は楽しかった事ばかりが胸をいっぱいにしている。
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| 2008年12月30日(火) |
| 犬と歩けば・再生 3 |
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12月30日(火) 晴れ
予想に反して、今朝も朝から晴れ上がった。誰に教えられた訳ではないが、お天気だと気持ちまで晴々する。こんな冬の優しい日差しを浴びて山キチさんは今頃、落ち葉を踏みしめ青空をバックに鮮やかな稜線を望んでいるのでしょうか?
私はと言えば、昨日の重労働(?)ですっかり疲れてしまったが本番はこれから。今夜2人の娘が帰ってくる。(人生で一番大切なものは、家族と友人である。持ち時間の半分は自分のために、3割は家族のためそして2割は他人の為に使う)と、どなたかが言っていたが私も同感。今夜は嬉しく楽しい大騒ぎをしよう。
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| 2008年12月29日(月) |
| 犬と歩けば・再生 2 |
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12月29日(月) 晴れ
今日は2人でよく働いた。家事をこんなにするのは初めてかも知れない。私は朝からそこそこのおせち作りで、台所に立ちっぱなし。家人はみんなが帰ってくるので布団を干したり、ガラスを磨いたり電話やトースターやポットやその他書類がごちゃごちゃ置いてある棚を整理したりと、私の指示がなくても良く働いた。きっと明日のお天気は下り坂だ。
昨日の続き。通夜の席で私たち油絵の仲間が柩の中のAさんと対面したとき「あれ、顎髭生やしていたの」とCさんが言った。私たちも同じ思いだった。看護士のBさんは「始めはチョビ髭を生やしたんだけれどみんなに似合わないって評判が悪くて、奥さんがそり落としたの。そしたら次は顎髭にしたわけ。本当はもみあげまで繋げたかったらしい」と説明してくれた。「生活に変化を付けようと思ったのね」とも。昔(♪僕の髪ーが、肩まで伸びたらあ、結婚しようよ・・)なんて唄が流行ったが、自分に変化させようとする時に、一番手っ取り早いのはヘヤースタイルだ。ま、Aさんはおひげだったが。私も去年後半から髪を伸ばしていて、今では肩まで届く長さになった。お陰でこの冬は耳が温かくて重宝している。所が私のヘヤースタイルも不評なのである。その理由を仲間のNさんは「軟弱に見えるから」というのだ。Nさんは「優しそうに見えるから」と言う言葉を使ったが、その意味は軟弱なのだ。私には「はっきり、きっぱり、きっちり」のイメージでいて欲しいらしい。と言われたって、もうくたびれちゃったよ。
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| 2008年12月28日(日) |
| 犬と歩けば・再生 1 |
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12月28日(日) 晴れ
冬至から1週間。夕方の日が延びて、5時頃まで明るくなった。香りにつられて目を上げると、垣根の向こうにもう蝋梅が咲いていた。こんなに強い香りなのに、ベルは知らんぷりしている。編集長の強運にあやかろうと、今日からこちらに引っ越してきました。 編集長が退院されたその日、私はお絵かき仲間だったAさんのお通夜に参列していた。AさんはALSと診断されてから、3年余りの闘病生活だった。ALS《きんいしゅくせいそくさくこうかしょう【筋萎縮性側索硬化症】筋肉が次第に萎縮し,不随意な攣縮(れんしゆく)が起こる疾患。脊髄中にある運動神経繊維の進行性変性によるが,原因は不明。治療は極めて困難。特定疾患の一。三省堂 『ハイブリッド新辞林』》
Aさんは病気が確定した時点で、はっきりと人工呼吸器を拒否していたという。「人工呼吸器を付ければずっと楽だったし、あと5年は生きられたのに。奥様はどんな形でもいいから生きていて欲しいと願っていたのに」Aさんの看護を担当していた看護士のBさんは残念そうに言った。私は(何故Aさんは呼吸器を拒否したのかしら?)と聞いてみた。「何一つ自分では出来なくなるのよ。私でも同じ選択をすると思う。」一転してBさんは、一寸気色ばんでこう返事をした。すると人間は、自分以外の人とコミニケーションが出来なくなる事は死よりも辛いと言うことになる。そうだろうなという思いと本当にそうなんだろうかという考えが錯綜して、今も続いている。お絵かき仲間とは言ってもそれだけ、大した付き合いではないのに何となく気分が落ち込んでいる。
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