AKIYAMA 2571


プロフィール


 2020.11.25.カラハモ10周年コンサートにて

病気・手術などの履歴 2022.9.1現在
性 別 男 性
年 齢 72歳 (本年は年男です)
血液型 A 型
家 族 (同居)の他、長男(他界)・長女(結婚独立)・二女結婚独立
出 身 山梨県(蛍の里)
現住所 千葉県
職 歴 大手ゼネコン(総合建設会社)に28年間勤務
《下記疾病に伴う労働能力喪失のため退職》
病歴@ 1997年4月:過重業務が原因で心臓疾患を発症
《急性大動脈解離(下行大動脈)》
病歴A 1997年10月:病歴@の疾患が急激にかつ著しく増悪→再発
《急性大動脈解離(上行大動脈)・大動脈弁閉鎖不全》
《人工弁・上行大動脈置換術施行(1997.10.23)》
病歴B 1999年12月:病歴@が原因で脳血管疾患(合併症)を発症
《椎骨脳低動脈循環不全》
病歴C 2003年1月:病歴Aの合併症として別の脳血管疾患を発症
《穿頭洗浄トレナージ術施行(1回目:2003.1.27)》
2003年2月:病歴Aの合併症として別の脳血管疾患を発症(再発)
《穿頭洗浄トレナージ術施行(2回目:2003.2.7))》
労災認定 2003年4月:《 業務上認定 : 病歴@〜Bが過労死認定基準適合 》
病歴D 2005年3月:病歴@・Aの疾患に伴う病変が増悪→再発
《腹部大動脈置換術施行(2005.3.28)》
病歴E 2008年6月:病歴@・Aの疾患に伴う病変が増悪→再発
《下行大動脈(再解離)》
病歴F 2008年11月:病歴@・Aの疾患に伴う病変が増悪→再発
《腹部大動脈置換術施行(2008.12.4)》
病歴G 2009年6月:病歴Fの手術により左反回神経麻痺→症状固定
《喉頭形成術施行(2009.6.30)》
病歴H 2009年9月:病歴Gの手術直後一時的に改善→その後増悪
《喉頭形成術施行(2009.9.28)》
病歴I 2011年7月:病歴@・Aの疾患に伴う病変が増悪
《内腸骨動脈瘤コイル塞栓+ステントグラフト内挿術施行(2011.9.21)》
病歴J 2016年9月:病歴@・Aの疾患に伴う病変が増悪→再発
《弓部大動脈置換+ステントグラフト内挿術施行(2017.1.20)》
病歴K 2018年10月:病歴Iの内腸骨動脈瘤の拡大が判明
《内腸骨動脈瘤切除術施行(2019.1.21)》
病歴L  2021年2月17日:左耳突発性難聴発症 
 発症当日入院:ステロイド点滴投与、高圧酸素治療の効果もなく6ヶ月経過時点で症状固定⇒⇒補聴器装着
病歴M    2022年11月26日:新型コロナ感染症罹患(11月28日に陽性確認)
〔保健所からの入院療養勧告を受け、重症化リスク回避を目的とし、11月29日入院、12月6日退院〕
労働能力 病歴Aの救命手術により約80%を喪失
病歴Dの手術により100%喪失》
現所属 カラオケ・ハーモニカ倶楽部
《別名:ふれあい・カラハモ楽団》
趣 味 ハーモニカ (演奏および編曲)
ビデオカメラ (撮影・編集・ディスク作成)
人生目標 日齢 30000日達成・・・2032年8月19日(木)
(年齢換算では82歳 1ヶ月と 18日)
心臓への人工弁装着者の最長寿記録更新
(未確認情報ですが現在の国内記録は85歳だとか・・・)
モットー 《 一読 ・ 十笑 ・ 百呼 ・ 千字 ・ 万歩 》 ÷ 2




《 闘病日記 》
(2007.12.26:闘病日記のページより転載)
 最初の心臓病〔急性大動脈解離〕の発症(1997年4月20日)から10年が経過しました。よくぞ、ここまで生き永らえてきたものと、我ながら感慨ひとしおです。現在進行形のこの病気、次回の手術(2008年8月予定)を控え、また新たな闘病生活が始まります。そこで、折に触れて【闘病日記】を書くことにしました。
題して〔人生まだまだ半分
病気のことだけではなく、趣味などの話題も交え私の日常生活の一端を公開するつもりです。
「日記」というより「落書き帳」と表現した方が適切かも?
気が向いたときに(週に1〜2回ぐらい)発信する不定期便です。
〔2007.12.26スタート〕


《 今後の手術予定 》
(2007.8.15)
 私の場合、1997年4月の第一次発症および同年10月の最初の手術以降、半年ごとにCT検査などによる経過観察が行われている。通常健康体の人の大動脈は直径がおよそ25mm程度なのだが、私の場合は最初の解離で約40mmに拡大した。その後解離した大動脈は、血圧コントロールの甲斐もなく一年に数ミリずつ拡大を続けている。そして、とうとう昨年の7月の検査では直径が50mmを超えてきた。

 あくまでも一般論だが、解離性大動脈を発症した患者は、直径が60mmを超えると破裂の危険性が著しく増大すると言われている。大動脈が破裂したら、奇跡に次ぐ奇跡を乗り越えてきたこの命もその瞬間終焉のときを迎えることになる。

 先月(7月)の精密検査
の結果、下行大動脈の残存解離部分は直径55mm程度に拡大していることが判明した。主治医からは『このままの状態で何もしなければ、余命は一年』と厳しい宣告があった。そろそろ決断(3回目の大動脈置換術施行)のときが近づいて来たようだ。早速セカンドオピニオン医師とも連携をとり、救命救急センターの主治医と担当医によるプロジェクトチームが編成された。

 大まかなスケジュールは次のようになる。
@来年の桜の花が咲く頃(4月)、半月ほどの検査入院をする。
A検査結果を基に医師プロジェクトチームが詳細な手術計画を立案する。
B手術の実施時期は来年(2008年)7月か8月とする。

 次回の手術は、過去の数回の手術とは較べようもないほどの難手術だと言われている。生命の危険とともに脊髄へ血液を供給している血管にも触れることになるため、最悪の場合は下半身不随という事態も覚悟しなければならないそうだ。しかし手術をしない場合の「余命一年」と、それらのリスクを秤にかけたら選択肢は一つしかない。これまでの手術と同じように、信頼できる医療チームと自分の生命力に賭けるつもりだ。
【闘病日記】のページを新設しました


《 一病息災 》
(2005.7.1)
 一病息災とはよく言ったものだ。生命の危機に直面するたびに言葉の重みを実感する。体内同居の「貧乏神」が「天使の女神」に変身。現実を受け入れる勇気を諭してくれる。マイペースの勧めだ。さすれば、命は枯れそうで枯れない。

 今日の目覚めに感謝。健康のありがたさを思い知らされる毎日だ。先を急ぐことはない。足取りはゆっくりでいい。一歩一歩、地に足をつけて生きていこう・・・・生きていくぞ!

                《 人生半分・・・・まだまだ半分だ! 》


《 過労死体験者 》
(2005.7.1)
 過労死体験をしたのが1997年4月。三途の川まで行って、あの世を見てきた。あちらは嵐が吹き荒れる暗黒の世界。それに引き換え、こちらは春うらら。この世の方がはるかに住み心地は良さそうだ。それなのに私は急き立てられるように小舟を出した。
 
 夢の中で誰かが叫んでいる。「こんな嵐の日に行くのはやめて‥‥天気が回復してからにしなさいよ!」と。そしてロープが投げられ、こちらの岸に引き戻された。奇跡の生還を果たした瞬間だ。緊急手術で救命されたが心臓機能には著しい障害が残った。一種一級の身体障害者だ。あれから幾年月もが流れていった。それでもまだ生きている。


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