| 2010年2月21日(日) |
| 人生まだまだ半分:700 |
2月21日(日) 晴れ 体重:72.7kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(6:50) |
154/70 |
64 |
36.0 |
4,270 |
☆ふれあいフェスティバル
(療育センター) |
| 午前(2:30) |
143/66 |
61 |
36.1 |
今日は千葉市療育センターで『ふれあいフェスティバル』という催しがあった。このセンター内の「ふれあいの家」とは、身体障害者の健康の保持、教養の向上、社会的交流の促進など、障害者福祉の増進を図るため、各種相談、機能訓練、創作活動、スポーツ・レクリエーションの場の提供を行う施設である。私は1年ほど前から、施設内のハーモニカサークルに所属し、さまざまなハンディを負っている方との交流を深めて来た。
そして今日、日頃の練習の成果を発表する最大のイベントを迎えることになった。私たちのサークルは9名の参加で、ハーモニカの合奏5曲・オカリナ独奏3曲をエントリー。しかし、90歳代・80歳代のご高齢の方もいるので、比較的若手の私はここでも頑張らなければならない立場に置かれている。そこで、早めに会場入りしたところ、リーダーのFさんから「オカリナのMさんを含めて2名が欠席。ポッカリ穴が開いてしまいました」との報告を受けてビックリ。
「ちょっと格好が付かないですね」と言ってFさんも困惑顔だ。こうなったら、私がピンチヒッターを買って出るしかないと判断。「私が独奏で体裁を整えますので、主催者側にエントリー変更を申し出ましょう」と促すと、Fさんは渡りに船とばかりに、「お願いします」ということになった。聞けば、観客のほとんどが60歳代以上で、8割がたが女性とのこと。それなら、私の演奏曲は「愛のままで」で決まりだ。
早速、自宅に取って返して、3本のハーモニカと伴奏用の小道具を調達。疾風のような動きに、仲間の皆さんも呆気に取られているようだった。全員での合奏は調子が狂っていたが、それはご愛敬というもの。私を含めた4名の有志による「水色のワルツ」と「船頭小唄」は上出来だった。そして、大トリを務めた私の「愛のままで」は、少しよろめく場面もあったが、何とか格好を付けられたと思う。客席に戻った際、何人かの方から、「とても素敵でした〜」と声を掛けられたところをみると、大成功だったということか・・・。
今日の「愛のままで」の演奏の模様は、下記曲名をクリックすると聴くことができます。興味のある方はどうぞ。ただし、雑音などで聴き苦しいところもあるが、それはご容赦を・・・。
「愛のままでLive(音声のみ)」 |
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| 2010年2月20日(土) |
| 人生まだまだ半分:699 |
2月20日(土) 晴れ 体重:72.6kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:10) |
151/67 |
64 |
36.1 |
4,270 |
☆K先生CD&DVD最終チェック
(京葉教室にて) |
| 午前(0:30) |
150/65 |
58 |
36.2 |
喉が痛い。どうやら風邪を引いてしまったらしい。昨日の幕張駅コンサートの寒さが病身に堪えたのは明らかだ。喉の痛みの他、クシャミ、鼻水といった風邪の諸症状が同時に出現。朝からダウン寸前の状態に陥ってしまった。「虚弱体質は相変わらずだな〜」と再認識させられた次第だ。
こんな日は、外出を控えて静養しようと思った矢先、またもやハーモニカのA先生からSOSの電話が掛かってきた。「今日、京葉教室まで足を運び、K先生のCD・DVDの最終チェックをしてほしい」とのこと。電話の向こうから、A先生が困っている様子が伝わってくる。体調が芳しくないので一瞬戸惑いもあったが、A先生のピンチを見て見ぬふりも出来ない。快く引き受けて出掛けることにした。今日もまた、重いノートパソコン持参で・・・。
午後0時30分から教室の見学をさせていただきながら、CDとDVDについて収録曲の全曲チェックを行なう。ほぼ完成品に近い状態だが、ジャケットの写真・文言・使用ハーモニカの種類など、いくつかの間違いを発見。正式発注前に気付いたからには、業者に訂正をさせなければ悔いが残る。A先生の講義終了を待って業者と最終調整を行なうことにした。
苦労を重ねた甲斐があり、私としては完璧なものが出来上がった自己評価している。京葉教室の生徒数は10名だが、その場で視聴していただいたら5名の方がDVDの購入を希望された。視聴したら、欲しくなる気持ちが芽生えるのが道理というもの。絶好の教材なのだから・・・。PRの仕方にもよるが、もしかしたら制作セット数に不足が生じる事態になるかも知れない。
誤解されたら困るので断っておくが、CD・DVD制作に関する諸費用は全て自分持ち。つまり、手弁当での完全ボランティアである。体調に赤信号が点滅し始めているというのに、自分でも呆れるほどのお人好しぶりと言わざるを得ない。こんな日々を送っていたら、命がいくつあっても足らないだろう。「分かっちゃいるけどやめられない」。困った性格である。 |
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| 2010年2月19日(金) |
| 人生まだまだ半分:698 |
2月19日(金) 曇り 体重:72.4kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(6:20) |
156/68 |
67 |
36.0 |
2,840 |
☆幕張駅コンサート
☆妻の送迎 |
| 午前(0:40) |
147/68 |
63 |
36.1 |
幕張駅コンサートの主催者からご招待を受け、昼食会と演奏会に出掛けていった。軽食コーナーの店頭がコンサート会場のため、年に数回は昼食会で義理を果たしているとのこと。せっかくの機会なので、今日は、この“駅コン”に密着取材としゃれこんだ。
まず、この“駅コン”のスタート時のエピソードを尋ねると、アッと驚く答えが返ってきた。今から8年前(2002年)の夏、リーダーのKさんは駅長さんとの交渉を経て、たった一人でこの“駅コン”を始められたのだそうだ。「何人かのグループで・・・」というのなら、別に驚きはしない。「たった一人で・・・」というのは大変なエネルギーが必要だったはず。私には真似ができない凄さを見せつけられた思いだ。8年間、毎月開催を続けてきたとすれば、今年中には100回目を迎えることになるだろう。80歳を過ぎてなお元気にリーダーを務めておられるKさんに心から敬意を表したい。
そのメンバーの顔触れはというと、最初の1〜2年はKさんだけだったとか。しかし、地道な活動の成果か、次第に人数が増え現在は6名のメンバーで固定されているとのこと。その内訳は、複音ハーモニカ奏者がKさんを含めて3名、クロマチックハーモニカ奏者が1名、そこにオカリナ奏者(女性)が2名という構成である。同じ種類の楽器に偏っていないところが聴衆に好評というのも頷ける。
演奏会の時間は、午後5時から6時までの1時間。メンバーの皆さんはいつも午後3時頃に集合し、会場の設営や控室でのリハーサルを行なっているとのこと。しかし、この時期のコンコースは吹きっさらしだから殊のほか寒さが身にしみる。病身の私には厳しい条件だが、最後までお付き合いさせていただくことにした。
ところで、今日、私はゲストとして呼ばれたが、「顔を出します」と返事をしたからにはハーモニカの持参は必須だろう。案の定、メンバーの皆さんから「ゲスト出演」を強く勧められる。そういう流れになるのは予想通りなので、1曲だけ演奏させていただくことにした。演奏曲は「キサス・キサス・キサス」。練習不足の状態にしては意外にも上々の出来に我ながらビックリ。メンバーの方々からも高い評価を受けたが、「まぐれ」の感がしないでもない。 |
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| 2010年2月18日(木) |
| 人生まだまだ半分:697 |
2月18日(木) 雪〜曇り 体重:72.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:00) |
154/67 |
68 |
35.9 |
0 |
☆稲毛ハーモニカ教室 |
| 午後(11:50) |
146/64 |
61 |
36.0 |
もう十数年も前のことだが、私は2年間にわたり年間休日が4日しかないほどの猛烈な過重労働に従事していた。その間の1ヶ月あたりの時間外労働時間数は平均150時間強。今にして思えば自殺行為に等しい働き方だったと言えるだろう。結果的には、その過酷な労働が原因で心疾患(解離性大動脈瘤)を発症したわけだが、実はそのときに受けた脳のダメージが今もなお続いている。
脳医学の専門家の話によると、当時の過重労働の真っ只中、私の脳の「疲れの見張り番」と呼ばれる機能は完全に壊れてしまったとのこと。「疲れたから休め!」という指令が脳から出なくなり、際限なく働き続けた結果、大動脈が破綻する事態に陥った言われている。緊急手術で奇跡的に救命されたが、壊れた脳の機能は回復しなかった。つまり、「疲れの見張り番」は壊れたままなのだ。
そのためか、連日、深夜までパソコン作業に没頭していても一向に眠くならない。主治医も明らかな睡眠障害と診断し、睡眠薬を処方してくれている。「クスリ」の副作用よりも、極端な睡眠不足による別の脳・心疾患発症リスクを回避したほうがマシという判断のようだ。
ところで、今日は稲毛のハーモニカ教室だったが、かなりの脳疲労状態を痛感させられた。一部の楽譜を忘れただけでなく、肝心な基本ハーモニカの1本を忘れてしまったのだ。恥を偲んでA先生の最高級ハーモニカをお借りして急場をしのぐ。「サヨナラ・コンサート」の準備に集中していたとは言え、正常な思考力が働かなくなっているのは確かなようだ。痴呆が始まったとも考えられないので、ここは脳疲労の回復に努めなければなるまい。今夜は久し振りに時計の針が午前0時を回る前に就寝することにしよう。
本日、個性派俳優の藤田まことさんが亡くなられた。死因は大動脈瘤破裂とのこと。私も同様のリスクを抱えているので他人事とは思えないニュースだった。ご冥福をお祈りしたい。 |
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| 2010年2月17日(水) |
| 人生まだまだ半分:696 |
2月17日(水) 曇り 体重:72.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:30) |
156/72 |
65 |
36.0 |
0 |
☆「サヨナラ・コンサート」プログラム作成
☆海浜病院受診 |
| 午前(1:30) |
151/68 |
63 |
36.1 |
今日もまた、稲毛ハーモニカ教室のサヨナラ・コンサートプログラムの話題だ。結局、この3日間で全員(16名)の方に演奏曲を確認する羽目になった。プログラム作成は自ら買って出た仕事なので、万全なものに仕上げたいと思っている。皆さんの協力を得られたので、何とか格好を付けることができた。それも、「実に良い出来栄え」と自画自賛するほどのものである。後は、明日、初心者クラスの方々の演奏曲を書き込めば完成だ。
さて、今日は正午の予約で海浜病院を受診した。喉頭形成術の術後の経過観察のためだ。いつものように、鼻の孔からファイバースコープを挿入して声出しテストが行なわれた。声帯の開閉時の写真を見せていただいたが、前回とほとんど変化はない。ただ、主治医のS先生の話では、「先月より声が出ている」とのこと。私としては、改善した感じはしないが、傍にいた看護師さんも同じように言っていたので、もしかしたらそうかも知れない。
そう言えば、最近、電話の相手の方から「声が少し聞き取りやすくなった」と言われることがしばしばあった。ボイストレーニングで楽な喋り方の訓練をしているからだろうか。誕生日(7月1日)を迎える頃には、もっと大きな声で話が出来るようになれば良いのだが・・・。 |
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| 2010年2月16日(火) |
| 人生まだまだ半分:695 |
2月16日(火) 曇り 体重:72.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:20) |
153/70 |
64 |
35.9 |
0 |
☆「サヨナラ・コンサート」プログラム作成
☆菩提寺より「安名之証」拝受 |
| 午前(0:20) |
144/66 |
60 |
36.0 |
先月の山梨帰省の折、菩提寺の方丈さんに生前戒名をお願いしたことはすでに書いたとおりだ。このお寺さんは歴史も古く、地元では格式が高いことで知られている。方丈さんとは、その後、何度か手紙と電話のやり取りを経て、このたび、正式な「安名之証」が授与されることになった。曹洞宗の場合、生前戒名ではなく、安名(あんみょう)と呼ぶとのこと。今年還暦を迎えたというのに、知らないことが多いものと呆れてしまう。
さて、授与された「安名之証」。一見すると、表彰状のような書式になっている。これが実に厳かなものなのだ。今回、方丈さんとの打ち合わせの過程で、「ご夫妻連名で・・・」という話になり、夫婦ともども安名を頂戴することになった。私たちの安名は「□□院○○△△居士(大姉)」というもので、それぞれの文字の意味についての説明も受けている。その説明書きは別紙で頂戴した。ともに立派な安名で名前負けしそうな気がしないでもない。
方丈さんの話で興味を魅かれたのは、「安名を授けられた方は、どういうわけか長生きをされる傾向があります」ということ。安名の意味を理解し、その名に恥じない生き方を心掛けていれば、そのような傾向が表れても不思議はないと思う。私も授けられた九文字を常に思い浮かべながら、これからの人生を歩んで行くつもりだ。 |
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| 2010年2月15日(月) |
| 人生まだまだ半分:694 |
2月15日(月) 曇り〜雨 体重:72.3kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:00) |
151/67 |
67 |
35.9 |
0 |
☆「サヨナラ・コンサート」プログラム作成
☆千葉職対連幹事会 |
| 午前(0:30) |
150/67 |
63 |
35.8 |
稲毛ハーモニカ教室は、会場施設の売却に伴い来月(3月)をもって解散することになった。これは、かねてからの既定路線である。そのため、私たちは半年ぐらい前から後継会場を探しはじめ、すでに4月からの開講準備もほぼ整えることができた。新教室の名称は「サティ・ハーモニカ教室」。ここまでこぎ着けられたのは、幹事のMさんやKさんの頑張りがあったればこそのこと。本当にありがたいことだ。
そこで私たちは、最終受講日(3月4日)に「解散コンサート」の開催を企画した。今、その準備を進めているところだが、ここでの私の役割はプログラムの作成である。さらには、会場施設利用者にも解放してはどうかという声もあるので、その方々に向けた案内用のチラシ(ポスター)も作ることにした。何かイベントを企画すると、このような作業は誰かがやらなければならない。病み上がり(病中という気もしないわけではないが・・・)の身ではあるが、私にできることは引き受けざるを得ないと自覚している。
前回の受講時、私は皆さんにプログラムの作成を宣言した。そのため、今日は朝からプログラムとポスターの原案作りに没頭。「演奏順はクジ引きで・・・」と案内をしていたが、それは取り消しをさせていただこう。ここは、幹事(作成者)の特権で勝手に順番を決めさせてもらうことにした。「サヨナラ・コンサート」と命名し、明日中には何とか格好をつけたいと思う。
ところで、今夜は千葉職対連の会議が開催された。最近の私の職対連組織への貢献度は著しく低下したのは明らかなこと。他の役員の皆さんに負担ばかりおかけして申し訳ない気持ちでいっぱいだ。それでも、皆さんは私を温かく迎えてくださる。本当にありがたいことだ。 |
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| 2010年2月14日(日) |
| 人生まだまだ半分:693 |
2月14日(日) 晴れ 体重:72.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:10) |
153/69 |
66 |
35.9 |
8,150 |
☆バレンタインデー
☆ほうとう鍋パーティー |
| 午前(0:20) |
145/65 |
61 |
36.0 |
今日は妻の仕事仲間(旅仲間)3人がお見えになった。日頃お世話になっている方に、「手作りほうとう鍋」を振舞おうという企画である。数日前には、「炭酸湯」を求めて山梨の韮崎旭温泉に出掛けようという話が持ち上がっていたが、私の体調不良などのため計画は頓挫してしまった。その代案が、我が家での「ほうとう鍋パーティー」というわけだ。
来客は、女性が2人で男性が1人。私も何度か旅行にご一緒させていただいた方々ばかりなので、お相伴にあずかることに。妻自慢の郷土料理は、舌の肥えた仲間たちからも「これぞ本場の味!」という声が上がるほど好評だった。
偶然にも今日はバレンタインデー。と言っても、私にはチョコレートのプレゼントなど無縁のもの。そう思っていたら、何と、Kさん・Nさん・そして妻の3人からプレゼントを頂戴してしまった。みんな、それぞれ用意してくれていたのだ。全く期待していなかっただけに、「義理チョコ」と知りつつも嬉しかった。
食後の腹ごなしは、5人連れ立っての花見川方面への散歩である。今日もまた「ふきのとう」や「セリ」を探して歩く。楽しいひと時のおかげか、憂鬱な“後頚部痛”が少し和らいだような気がした。 |
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| 2010年2月13日(土) |
| 人生まだまだ半分:692 |
2月13日(土) みぞれ〜小雨 体重:72.3kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:40) |
160/74 |
67 |
36.1 |
5,860 |
☆ “後頚部痛”に改善傾向なし
☆ハーモニカ京葉教室往訪
(A先生と打ち合わせ) |
| 午前(0:30) |
148/67 |
64 |
36.2 |
起床時、自室の窓越しに外を見ると、こまかな雪がちらついていた。これを「細雪(ささめゆき)」と言うのだろうか。天気予想では、今日も真冬並みの寒い一日になるとのこと。こんな日は、家でヌクヌクしているのが一番だ。
そう思った矢先、ハーモニカのA先生から電話が入った。「K先生リサイタルのCD・DVDが最終発注段階を迎えているが、今日、会って相談したいことがある」とのこと。A先生がお困りの様子が受話器の向こうから伝わってくる。そうとあらば、体調が悪いからと邪険にお断りするわけにもいかない。また、5kgもあるノートパソコンを担いで出掛けた。
待ち合わせ場所は、船橋の京葉教室だが、これがなかなか辿り着けない。JR線から不慣れな京成電車に乗り換えた際、とんだ失敗をしてしまったのだ。乗車した電車を上野行きとばかり思っていたら、それは何と松戸行き。うっかりミス以外のなにものでもない。京成津田沼駅で再度の乗り換えをしなければならないところを、そのまま新津田沼駅まで運ばれてしまったのだ。
そこからが大変。携帯サイトで検索したが、どのルートもタイミングが悪くてダメ。一番早く目的駅に到着するのは、新津田沼駅から京成津田沼駅まで戻る方法ということが分かった。しかし、電車の運転間隔は飛んでいるし、駅前にはタクシーも見当たらない。結局、重い荷物を担いで一駅区間を歩く羽目に。約20分の道のりは長くてきつかった。これでは、後頚部痛が治るはずがない。
今日の失敗は、“後頚部痛”のため、頭がボーっとしていて思考力が働かなかったからだと思う。いや、待てよ、もしかしたらボケが始まったのかも知れない。格好悪い失敗談を妻と娘に話したら、二人に思いっきり笑われてしまった。あ〜、情けない。 |
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| 2010年2月12日(金) |
| 人生まだまだ半分:691 |
2月12日(金) 雨〜曇り 体重:72.3kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:30) |
157/73 |
68 |
36.0 |
0 |
☆ “後頚部痛”に改善傾向なし
☆Y歯科クリニック受診
☆谷津ハーモニカサークル |
| 午前(0:20) |
152/70 |
64 |
36.1 |
一夜明けたが、“後頚部痛”の状態は変わらない。憂鬱な一日が過ぎて行ったが、相変わらず痛みが続いている。
今回の再発の予兆らしきものは3日ほど前に突然現れた。9日(火)の夜、この日記を書いている時、心臓の拍動に合わせるかのように後頚部がズキンズキンと痛み出したのだ。この程度の軽微な異変が生じた時の私の行動パターンは決まっている。まずはバイタルサインのチェックを行なう。全身状態を把握するための「体温・血圧・脈拍の測定」である。ここまでの対処の仕方は、まあ一般的なものと言えるだろう。
しかし、この次にとる私の行動を言い当てる方は少ないはずだ。と言うより、どなたにも想像できないことだと思う。それは、「聴診器による心音のチェック」である。医者ではないので、心音を聞いても正確な判断ができないのは当たり前のこと。ただ、人工弁の「カチッ、カチッ」という機械音を聞く回数は、医者よりも私のほうがはるかに多い。したがって、その機械音が、「いつもと同じかどうか」ぐらいの判断はできる。最近、あの「カチカチ音」に愛着を感じるのはどういうわけだろうか・・・。
ところで、人工弁置換術を施行された患者の予後は決して芳しいものではない。5年生存率20%、10年生存率5%以下と言われている。私は術後12年が経過したので、極めて希少な部類に属していることになる。これは、さまざまな偶然と幸運に恵まれた奇跡と言わざるを得ない。しかし、あれこれ考えてみると、聴診器を持つほどの用心深さも一役買っているかも知れないと思った。
「犬と歩けば・再生」に、冬瓜さんがお見舞いの言葉を載せてくださった。添えられていた一句が面白い。声なき声を出して笑ったら、ズキーンと痛みが走った。 |
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| 2010年2月11日(木) |
| 人生まだまだ半分:690 |
2月11日(木) 建国記念の日 曇り〜雨 体重:72.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:20) |
154/71 |
65 |
35.9 |
0 |
☆ “後頚部痛”再発(?)
☆極楽湯 |
| 午前(0:40) |
147/66 |
60 |
35.9 |
“後頚部痛”が再発した。また頭の中で出血が始まったのかも知れない。おそらく、そうだと思う。この痛みの感覚が、慢性硬膜下血腫の初期症状に酷似していることは過去の日記に何度も書いた通りだ。昨秋も同様の症状が1ヶ月ほど続いたが、知らず知らずのうちに回復。ホッとしたのも束の間、またまた憂鬱な気分に陥ってしまった。
慢性硬膜下血腫とは、頭部外傷後の慢性期(通常1〜2ヶ月後)に頭蓋骨の下にある脳を覆っている硬膜の下の脳との隙間に血(血腫)が溜まる病気である。血腫が大きくなると脳を圧迫するので、発狂しそうなほどの激痛に襲われる。一般的には頭部打撲などが原因で、脳と硬膜を繋ぐ静脈が破れて頭蓋内に出血が始まるとの説が有力。ところが、私の場合は“抗凝結薬(ワーファリン)”の副作用により、自然に毛細血管から血が滲みだすのだから始末が悪い。正直、あの痛さは耐え難いものがある。主治医に、「頭を割ってほしい!」と懇願するほどなのだから・・・。
この“後頚部痛”の原因と考えられる出血は、何かの拍子で止まるというのが私の認識。それは、これまでに何度も経験したことなので、今回も大事には至らないと思っている。だからと言って、憂鬱な気分が晴れるわけではない。桜の花が咲く頃まではブルーな気分で過ごさなければならないと覚悟した。
私の浮かない顔色を察してか、妻が「また、極楽湯に行こうよ!」と誘ってくれた。気分転換のため早速出掛けることに。心臓病などの循環器疾患に効能があると言われる“炭酸湯”は私にはピッタリの温泉施設である。炭酸湯効果が早く顕れてほしいと思う。明日目覚めたら、少しでも痛みが和らいでいれば良いのだが・・・。 |
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| 2010年2月10日(水) |
| 人生まだまだ半分:689 |
2月10日(水) 晴れ 体重:72.8kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(5:40) |
151/67 |
62 |
35.9 |
0 |
☆いとこ会準備(ホテル予約)
☆ガス点検(台所・風呂釜など)
☆妻の送迎 |
| 午前(0:10) |
144/64 |
57 |
36.0 |
先月の山梨帰省時、F姉さんとH姉さんの同意を得た上で「いとこ会」の日程等を決めてきた。「6月12日(土)〜13日(日):石和温泉」ということに。このことは、すでに当時の日記でお知らせしたとおりだ。そのとき、お二人は口を揃えておっしゃった。「出席したいのは山々だけど、もう歳も歳だし、出掛けて行くのもエライじゃん。これからは若い人たちだけで続けてほしいと思ってるサ〜」と。
お二人とも80歳を超えており、足腰が弱くなっているのは間違いない。私たちにとっては親子ほどの歳の差があるのだから、それも無理からぬことだ。これからますます出掛けるのが困難になると予想される。そう思うと、私は、どうしても今回お二人に出席してほしくなった。「ホテルまでは僕が車で送迎するから大丈夫。寝起きが楽なように部屋にはベッドを用意してもらうから・・・」と口説く。すると、二人は顔を見合わせて、「みっちゃんの熱心さには勝てないよね〜」と言って出席を約束してくれた。
そして今日、またF姉さんたちの体調が気になったので電話をしてみた。お元気そうなので一安心。「本当は自分のほうが危なっかしいのに・・・」と可笑しくなった。ホテルは、F姉さんも以前からお気に入りということで、前回と同じところに決定。その直後、ホテルに予約の電話を入れる。受付の女性の声に聞き覚えがあった。そこで、私が自分の名を名乗り、「昨年の予約時、親切に対応してくださったWさんですね。今年もお世話になります」と言うと、「あ〜、あの当日わざわざ挨拶に顔を出してくださった秋山様。よ〜く覚えています。また、お声を聞くことができて嬉しいです」と、本当に嬉しそうな声で答えてくれた。たぶん、私の嗄れ声がよっぽど印象的だったのだろう。
いとこの皆さんには3月末を目途に案内状を送るつもりだが、この日記を読まれた方は、あらかじめ予定を空けておいてもらいたいと思う。 |
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| 2010年2月9日(火) |
| 人生まだまだ半分:688 |
2月9日(火) 晴れ 体重:72.6kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:20) |
146/65 |
64 |
35.8 |
0 |
☆ハーモニカサークル
(療育センター) |
| 午前(0:00) |
141/62 |
60 |
35.9 |
最近、“秋元順子”が唄う「愛のままで」という歌にはまっている。この歌が大ヒットしたのは一昨年のことだったが、その年、彼女は「NHK紅白歌合戦」への初出場を果たした。61歳での初出場は紅組史上歴代最高齢記録と話題になったものだ。当時のことを思い出すと、今でも手術の傷痕が疼くが、あの年の紅白歌合戦は忘れられない。大手術から生還したばかりで激痛と格闘する真っ最中だったのだから・・・。
その当時、声を失ったも同然だったので、「歌を唄いたい」などと考えたことはなかった。それが、ここに来て、「また、元気だった頃のように唄ってみたい」と思うようになった。それも、あの「愛のままで」という歌を・・・。この心境の変化は、発声障害の程度が多少なりとも改善したからに違いない。しかし、現実には声の質・量があまりにも低レベルなので、唄おうとしても歌にはならない。せいぜい一本調子で口ずさむ程度が関の山。
それではと、「唄えなくても、何か楽しく、そして面白いことはないものか」とあれこれ思案してみる。そこで、ひとつ閃いたことがあった。“秋元順子”の歌声と私のハーモニカ演奏とのコラボレーションである。思い付いたのは10日ほど前のこと。その後、連日、3本のハーモニカを使って探り吹き(さぐりぶき)を繰り返していたら、今日までに曲がりなりではあるが何とか吹けるようになっていた。“コラボ”など、これまで考えたこともなかったが意外に面白いものだ。
ところで、稲毛教室の“解散コンサート”では、合奏の他に全員が独奏することになっている。せっかく見つけた楽しみを生かさない手はない。私の演奏曲は、この「愛のままで“コラボ”」に決めた。万が一、この選択を拒否(却下)されたら、しばらく休養させていただこうかと思う。 |
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| 2010年2月8日(月) |
| 人生まだまだ半分:687 |
2月8日(月) 晴れ 体重:72.4kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:10) |
156/68 |
66 |
35.9 |
2,590 |
☆海浜病院受診
(ボイストレーニング) |
| 午前(0:20) |
144/64 |
57 |
36.0 |
発声障害のリハビリの一環として、今日からボイストレーニングが始まった。本来なら昨年中に開始される予定だったが、あいにくの顔面神経麻痺発症に伴い、ここまでずれ込んでしまったのだ。
言語療法士(S.T)のN先生の話によると、私のような喉頭形成術を受けた患者を担当するの初めてとのこと。「トレーニング効果があるかどうか確約できませんが、これまでの類似症例を参考にしながら対応させていただきます」とおっしゃる。ずいぶん謙虚な物言いではないか。私としては、この期に及んで、元通りの声を取り戻したいなどとの大それた希望は持っていない。それは2回にわたる手術で、不可能ということを悟ったから・・・。残された選択肢がボイストレーニングのみということも理解している。せめて、現状の声の質・量の自己評価(正常比30%)を、何とか80%程度まで回復したい。欲張りな目標数値かも知れないが、それは私の頑張り次第で何とかなるはずだ。
今日は前回に続いて発声テストに終始。その結果を表にまとめてみた。
| - |
前回(11月12日) |
今回(2月8日) |
| @最長持続呼気時間(3回平均) |
22秒 |
42秒 |
| A最長持続発声時間(3回平均) |
8秒 |
11秒 |
| B音響機器による周波数チェック |
1kHz〜3kHzの間が
無音・波形の変形が顕著 |
同左の周波数レベルが
やや改善 |
以上のように、それぞれの検査項目で数値の大幅改善が確認できた。N先生の話によると、数値の改善は声の質・量の回復余地が残っている証拠とのこと。さらなる改善の可能性がある限り、ボイストレーニングにチャレンジしないわけにはいかない。N先生には、「月1回のペースで、最低6ヶ月間の訓練をお願いします」と伝えた。 |
|
|
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| 2010年2月7日(日) |
| 人生まだまだ半分:686 |
2月7日(日) 晴れ 体重:72.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:30) |
151/70 |
67 |
36.0 |
7,470 |
☆花見川ウォーキング
☆長男一家3人来訪 |
| 午前(0:40) |
140/65 |
62 |
36.1 |
先週の「ふきのとう摘み」に味をしめて、今日も妻と二人で花見川方面への散歩に出掛けた。立春を過ぎたが、このところの冷え込みは真冬並みだ。日陰には雪が残っており、田んぼの水たまりも薄氷で覆われている。おまけに今日は猛烈な北風が吹き荒れたので、寒さと砂ぼこりで散々な目にあってしまった。
午後、長男一家3人が来訪。5歳の孫娘を相手に大いに遊んだ。ピアノ練習、トランプ、あやとり、折り紙、歌、踊りなど、夜まで賑やかなひと時を過ごした。これまでの日記に何度も書いたが、孫娘は両親のことを「パパ・ママ」と呼び、私と妻のことは「みっちゃん・ゆりちゃん」と呼んでいる。私たちはその呼び名が気に入っているが、果たしていつまでそのように呼んでくれることか。
その孫娘が、私の部屋で二人っきりになったとき、「みっちゃんはお父さんみたいだね〜」と言って小首を傾げた。私は、「パパのパパだから、お父さんのようなものだよ」と返事をしたが、正しい答えになっていないことぐらい承知している。その問答は横に置いといて、「みっちゃんはね〜、いつまでも“みっちゃん”って呼んでほしいな〜」と言うと、「“みっちゃん”は“みっちゃん”じゃん」で一件落着となった。さて、本当に一件落着となったかどうか・・・。 |
|
|
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| 2010年2月6日(土) |
| 人生まだまだ半分:685 |
2月6日(土) 晴れ 体重:72.6kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:20) |
154/67 |
68 |
35.8 |
0 |
☆Y歯科クリニック受診
☆谷津ハーモニカDVD作成 |
| 午前(0:30) |
145/67 |
64 |
35.9 |
昨年10月の「献血感謝のつどい」の際、私は輸血を受けた者の代表として体験発表をさせていただいた。その後、主催者(千葉県赤十字血液センター)が情報誌の「ドナー通信」に私の寄稿手記を掲載したところ、献血者からたくさんの反響が寄せられたとのことだ。その報告がてら、わざわざお便りを取りまとめて送ってくだっさったので、今日の日記は、「お便り特集」として紹介させていただくことにしよう。以下(青文字部分)は、先方から送っていただいた原文をコピーペーストしたものである。紹介が長くなりそうなので、お急ぎの方はお先にどうぞ。
ドナー通信60号記事「生あるは献血のおかげ」(秋山さん寄稿手記)に関するたくさんのお手紙をお寄せいただきました。この紙面では、特集としてメッセージをご紹介いたします。
1.とても凄まじい内容でした。幾つもの死線を乗り越えてこられた生命の強さに敬服いたします。そして自身の健康の有難さをしみじみと感じました。ありがとうございます。
(南房総市 K・Sさん)
2.「献血感謝のつどい」で秋山氏の講演を拝聴しました。
私も胃癌などで2回の輸血を経験しており、秋山氏の話には自己の体験からも大変感動しました。
(市川市 T・Tさん)
3.秋山さんの手記を読んで、命の大切さと献血によって救われる命があることを痛感しました。これからもできる限り献血に協力したいと思います。
(我孫子市 Y・Yさん)
4.とても感動してウルッときてしまいました。
献血の大切さをもっと多くの人たち、特に若い人たちに知ってもらいたいと心から思います。
(船橋市 C・Sさん)
5.秋山様の手記を拝見しました。
大変な人生であると思うと同時に、献血がこのような形で生かされていることがとても良くわかりました。
若い方の協力が減っているとのこと、献血者を増やすために何かできることがあれば良いのですが・・・。
(千葉市 M・Iさん)
6.「献血感謝のつどい」の際の体験発表を読ませていただきました。
まさか自分が・・・と思うような大病を患い、献血がなければ生還も出来なかった・・・と思いました。
(千葉市 T・Yさん)
7.初めてドナー通信を読みました。
手記「生あるは献血のおかげ」を読んで、あらためて献血をするということは、「いろいろな人の役に立っているのだなあ」と知ることができました。
これからも出来るかぎり献血を続けていこうと思います。
(船橋市 Y・Tさん)
8.手記「生あるは献血のおかげ」を読ませていただきました。
病気はいつなるかわからないものですね。何も人にしてあげられない私ですが、「せめて献血だけは・・・」と思いました。
私もこのあいだ100回目の献血をして、とりあえずの目標はクリアしました。
もっと若いうちから献血していればと思う日々です。本格的に献血し始めたのは、30半ばでしたので・・・。
過日は「101回目のプロポーズ」ならぬ、「101回目の献血」を達成し、新たなスタートとしました。
「献血できる幸せ」と「健康であることの幸せ」。この手記を読んでその思いを新たにしています。
(印西市 M・Kさん)
9.「ドナー通信」初めて知りました。
献血ルームのお姉さんが袋に入れてくれなかったら知らないままでした。
「寄稿手記」が良かったです。
実際にどのように血液が使われているのかわかったので、今後も献血しようと思いました。
(松戸市 K・Uさん)
10.秋山様の寄稿手記「生あるは献血のおかげ」、感動をもって拝読しました。
(君津市 Y・Kさん)
まだまだ、多くの声が寄せられているが、今回のご紹介は以上の10件とさせていただこう。私は、綴られた文字の向こう側にいる方々の顔を思い浮かべながら、何度も何度もメッセージを読ませていただいた。
「生きとし生きるもの」として、万感胸に迫る思いだ。 |
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| 2010年2月5日(金) |
| 人生まだまだ半分:684 |
2月5日(金) 晴れ 体重:72.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:00) |
149/68 |
64 |
35.9 |
2,240 |
☆スーパー銭湯(極楽湯)
☆Y歯科クリニック受診 |
| 午前(0:50) |
143/65 |
60 |
36.0 |
妻に誘われ、近くにあるスーパー銭湯「極楽湯」に行ってきた。極楽湯は、店舗数日本一を誇る風呂屋さん。さすがに業界のリーディングカンパニーだけのことはある。施設の充実ぶりは素晴らしい。「水素風呂、電気風呂、ジェットバス、シェイプアップバス、替り湯、露天岩風呂、炭酸泉、水風呂」と種類も豊富。本物の温泉と言えないまでも、近場で温泉気分を味わうにはもってこいだ。
私は約一年ぶりの極楽湯だが、前回、どうしたことか“炭酸泉”に入りそびれてしまった。“炭酸泉”は、別名「心臓の湯」とも呼ばれ、優れた血管拡張効果があることで知られている。ここは人工炭酸泉だが、天然温泉では九州大分の「長湯温泉」が有名。何より、私が興味をそそられたのは“炭酸泉”の効能だ。心臓弁膜症、高血圧症、循環器障害など、一般的には禁忌症と言われるものが含まれているのだから・・・。
“炭酸泉”に入ると、細かい泡が肌の表面に付着する。この泡は、気泡が溶けずに残った炭酸ガスで、皮膚から体内に吸収されて血管を拡張させ血流をよくする役割を果たすのだそうだ。37℃前後というぬるめの湯温も、血圧への影響が少ないから心臓に優しいとのこと。今回は“炭酸泉”を中心に全ての浴槽を渡り歩いたので、1時間半もの長時間入浴となった。
次は是非、天然の温泉に入りたいと思う。近県で“炭酸泉”を調べたところ、山梨の韮崎旭温泉の評価が高かった。韮崎なら日帰り圏内なので、温泉仲間を募って出掛けることにしよう。 |
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| 2010年2月4日(木) |
| 人生まだまだ半分:683 |
2月4日(木) 立春 晴れ 体重:72.8kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:20) |
154/70 |
66 |
36.0 |
0 |
☆稲毛ハーモニカ教室 |
| 午前(0:10) |
147/64 |
63 |
36.1 |
山内学級の掲示板が、過去に例を見ないほどの活発化している。1年以上も休眠状態が続いていたのがウソのような賑わいなのだ。それは、“桐々舞子さん”の書き込みから始まった。まるで、休火山が突然噴火したように・・・。私は山内学級の2期生だが、“桐々舞子さん”は3期生なので妹という存在。そこに、昨夜は桐々舞子さんの紹介で“4期生さん”が登場した。どうやら、一番下の妹ということのようだ。
私たちより一回り年上の山内先生は、今年の年男でもある。山内先生が母校在任中に受け持った教え子の数は、1期から5期まで合わせて220名。すでに古希を過ぎた先生の夢は、「期を超えた合同学級会の開催」だとのこと。私は、その夢を叶えてやることが教え子に課せられた務めと自覚している。“桐々舞子さん”も“4期生さん”も、同じ思いであることは間違いない。
そこに、今日は私たち2期生の還暦同級会幹事のS君から投稿があった。統率力と実行力を兼備したS君の登場は願ってもないことだ。S君は同級会開催情報とともに、山内学級全体会(合同学級会)についてのメッセージを添えてくれていた。これで、見通しが一気に明るくなったような気がする。
今朝、最近の掲示板をコピーして山内先生にFAX。夜になってから電話で近況報告をしたら、とても嬉しそうだった。 |
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| 2010年2月3日(水) |
| 人生まだまだ半分:682 |
2月3日(水) 節分 曇り〜晴れ 体重:73.0kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:40) |
152/68 |
67 |
35.9 |
0 |
☆谷津ハーモニカDVD作成
☆節分豆まき |
| 午前(0:50) |
145/62 |
61 |
36.0 |
稲毛ハーモニカ教室のMさんが、4月からの新教室開講に向け一生懸命に準備をしてくれている。本当にありがたいことだ。昨日も規約の修正や運営上の問題点などをまとめた書類が送られてきた。新体制でのスタートゆえ、現状、問題点や改善点が山積しているのは私も十分に理解しているつもりだ。役員に名を連ねているからには、それなりの責任も果たさなければならないとも思っている。
性格的に私は「石橋を叩いて渡るタイプ」だが、今回の新教室開講準備に取り組むMさんを見ていると、私の数倍も慎重かつ堅実派であることが分かった。新教室の会員数が20名を確保できたのも、ひとえにMさんの功績によるものだ。労苦を惜しまず、みんなのために行動するMさんに感謝の気持ちを込めて拍手を送りたいと思う。
さて、今日は節分。今夜は家族3人で豆まきをやった。まず、年男の私から「福は内、鬼は外」と口にしたが、相変わらず声が小さいので迫力がない。二番手の娘も小声で「福は内・・・」。これでは福も通り過ぎて行きそうだ。それでも、最後の妻が3人前もの大声でやってくれたから福は家の中に入ってくれたかも知れない。
豆まきが終わったら、1年の厄除けを願いながら豆を食べることに。歳の数となると今年は60個だが、勢い余って80個も食べてしまった。きっとご利益があることだろう。続いては、恵方巻きだ。この恵方巻きは、ラッパを吹くかのように銜えて無言で食べると1年間良いことがあると聞いている。今年の恵方(吉方位)は西南西ということなので、そちらを向いて黙々と食べた。何と奇妙な食べ方だろうかと心の中で笑いながら・・・。良い節分の夜だった。 |
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| 2010年2月2日(火) |
| 人生まだまだ半分:681 |
2月2日(火) 雪〜曇り〜晴れ 体重:72.8kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:30) |
155/70 |
64 |
36.1 |
1,130 |
☆O弁護士打ち合わせ(東京) |
| 午前(1:10) |
150/67 |
57 |
36.2 |
テレビの天気予想通り、昨夜から今朝にかけて雪が降った。我が家の庭先での積雪量は約3cmほどだが、路面はガチガチに凍りついている。それにしても今日の寒さは、“まるで冷蔵庫の中にいるような”という表現がピッタリ。今朝、リビングの温度計は6℃だったので、冷蔵庫の中より冷えていたのは間違いなさそうだ。
元気な妻は雪にもめげず、旅仲間とともに北関東方面への温泉旅行へと出掛けて行った。いつもはバイク通勤の娘も、今日は歩いて行くと言う。そして私だけが家に残る。普段は、ここから家事仕事に取り掛かるのだが、今朝は心臓病患者の判断で主夫業はキャンセルとした。寒いときの無理は禁物だから・・・。
午後は、Rさんに同行して東京のO弁護士との打ち合わせの場に臨んだ。O弁護士とは昨年4月にお会いして以降ご無沙汰が続いていた。それは、私の2度にわたる手術入院があったのでやむを得ないとは思う。しかし、昨年の暮れ、Kさんから「O先生が秋山さんのことを心配していらっしゃいました」との報告をいただき、心苦しい思いをしていたのも確かなこと。そのような経緯があったが、やっと、今日ご挨拶ができたのでホッとしている。 |
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| 2010年2月1日(月) |
| 人生まだまだ半分:680 |
2月1日(月) 曇り〜雨 体重:72.8kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:00) |
152/71 |
62 |
36.0 |
1,270 |
☆完全休養日
☆冬瓜さん・Nさんと食事 |
| 午前(0:50) |
147/65 |
60 |
36.1 |
さすがに昨日の私の行動はハード過ぎたようだ。たぶん、肩にかけたノートパソコンが原因だろうが、その影響が首と肩を直撃。起床時から“こり症状”が現れた。こういうときは安静が一番と、完全休養日を決め込んだ。
ゆっくりと朝風呂に入り、午前中は自室で音楽を聴いて過ごす。そろそろ充電が完了する頃かと思った矢先、タイミングを見計らったかのように冬瓜さんから食事のお誘いメールが入った。「Nさんと近くに来ています。お近くの中華Jでどうですか?
ゆりちゃんもご一緒に」とのこと。妻は仕事だが、私が二つ返事でOKしたのは言うまでもない。
よくよく考えてみると、冬瓜さんとNさんにお会いするのは今年初めてのことだった。冬瓜さんからは毎日メールを頂戴しているので、今年の初顔合わせといった印象はない。毎日お会いしているようなものなのだから・・・。一方、Nさんとは数ヶ月ものご無沙汰だが、髪型を変えたからか、見違えるほど若返ったようにお見受けした。お二人とも、積極的に社会参加されているので、全く年齢を感じさせない若さがある。冬瓜さん・Nさんとの談笑のおかげで、私も元気が回復した。また食事に誘ってもらいたいと思う。 |
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|
|
| 2010年1月31日(日) |
| 人生まだまだ半分:679 |
1月31日(日) 晴れ 体重:72.6kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:20) |
146/66 |
64 |
35.9 |
6,840 |
☆ハーモニカCD・DVD打ち合わせ
(大宮) |
| 午前(0:30) |
143/62 |
58 |
36.0 |
暖かい日差しに誘われるように、妻と二人で久し振りの散歩を楽しんだ。仕事はもちろん、遊び心も旺盛な妻は、ほとんど年中無休状態に近い。それが今日は珍しく家でくつろいでいる。そう思った途端、「春探しの散歩をしよう」と誘ってきた。このところ一緒に歩くこともなかたので、「たまには良いか〜」と、誘いに乗ることに。
この時期になると、花見川方面では、「せり」や「ふきのとう」が顔を出し始める頃だが、今年はどうだろうか・・・。私の秘密の野草摘みスポットに案内すると、「せり」が目に留まった。しかし、まだ摘めるほどには育っていない。次は、ふきの群生地へと向かう。こちらもまだ早いと思いきや、意外や意外。二人の両手では持ち切れないほど収穫することができた。
そう言えば、去年の今頃、「我が家の庭でふきのとう狩りをしよう」と計画したものだ。群生地で掘り起こした球根を庭の片隅に植えておいたが、つい最近までそれらしきものは見当たらなかった。それが、散歩から帰って確認したら、何と、立派な「ふきのとう」がたくさんあるではないか。これこそ、「灯台もと暮らし」の言葉がピッタリだと笑ってしまった。
というわけで、今日のお昼には「ふきのとう」の天ぷらをいただくことができた。あの独特の風味を味わうと、なぜか遠い昔のことが懐かしく思い出される。身近なところで確かな春を実感し、ささやかな幸せ気分にも浸ることができた。
夕方から深夜にかけては、ハーモニカの打ち合わせのため、埼玉の大宮まで出掛けた。K先生のリサイタルのCDとDVDの最終打ち合わせのためだ。A先生から「是非出席してほしい」と頼まれれば、お断りするわけにはいかない。しかし、約5kgのノートパソコンを抱えての片道2時間半コースは、病身の私にとって過酷過ぎたような気がする。帰宅が午後11時をまわり、クタクタに疲れ切ってしまった。明日はノンビリするつもりだ。 |
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| 2010年1月30日(土) |
| 人生まだまだ半分:678 |
1月30日(土) 曇り 体重:72.8kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:00) |
150/67 |
67 |
35.8 |
0 |
☆千葉職対連相談会
(成田市中央公民館)
☆菩提寺の方丈さんと電話打ち合わせ |
| 午前(0:50) |
141/65 |
61 |
35.9 |
今日は千葉職対連の相談会のため成田市まで出掛けた。私の場合、例年、この成田相談会の頃から花粉症の症状が出始める。日中の気温が上がった今日、例にもれず鼻がむず痒くなってきた。これから桜の花が咲く頃までは憂鬱な日々を送らなければならない。花粉症とは、すでに30年もの長い付き合いになったが、なかなか劇的な改善を望めるような対症療法に巡り会えないのがもどかしいところだ。
さて、肝心の相談会だが、私は相変わらず役立たず状態が続いている。ただ、そこに顔を出しているだけというのも結構辛いものだ。音声障害のため、まともな声が出ないのだから、こればかりは如何ともしがたい。それではと、周りを見渡してみると、今日の相談員6名のうち5名が病人と怪我人という現実が目に飛び込んできた。それでも皆さんは、自分のことはそっちのけで相談活動に全力投球されている。今や、職対連の屋台骨を背負っていると誰もが認めるTさんの大車輪の活躍ぶりは頼もしい限りだが、ひざの具合がかなり悪いようなので心配だ。
ところで、先週来、掲示板交流をさせていただいていた“ふじやまさん様”から思わぬ贈り物とお便りを頂戴した。掲示板への書き込み、メール交信、お手紙のおかげで、私の寿命は何年も延びたと思われる。感謝の気持ちとともに、感動と感激で私の心は大いに温まった。 |
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|
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| 2010年1月29日(金) |
| 人生まだまだ半分:677 |
1月29日(金) 曇り 体重:72.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:20) |
153/71 |
65 |
35.9 |
0 |
☆救命救急センター外来受診 |
| 午前(1:10) |
145/68 |
66 |
36.1 |
今日は救命救急センターでの外来受診日だった。主治医のO先生の話によると、この寒い時期が救命救急医にとって最も多忙を極めるときに当たるとのこと。毎日のように緊急手術が続くと、先生方は眠る時間も取れないそうだ。先生方のそのような大変な仕事ぶりを、私は過去に何度も目の当たりにしてきたので、救命救急医ほど過酷な職業はない思っている。そのような先生方のご苦労のおかげで私は生きていると言っても過言ではない。
今日の診察時、O先生は「秋山さん、そろそろ救命救急センター外来から他所の病院を紹介しましょうか・・・」とおっしゃられた。発声障害を除けば、大手術後の経過が順調なので、毎月ここに来なくても大丈夫だろうとの見解である。O先生からこの言葉が出るということは、私の完全復活が近い証拠。これで、今年も桜の花を見ることができそうだ。
ところで、今日は救命救急センターに出掛けた以外、ずーっと自室にこもりパソコンとにらめっこをして過ごした。パソコンに保存してあった音楽をCD化できるようにと、データの変換に没頭。タンゴなどの音楽を聴きながらの作業のため、脳疲労の解消にも役立ったような気がする。 |
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| 2010年1月28日(木) |
| 人生まだまだ半分:676 |
1月28日(木) 曇り〜小雨 体重:72.7kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:00) |
147/65 |
67 |
35.8 |
0 |
☆ハーモニカ稲毛教室 |
| 午前(0:40) |
144/67 |
63 |
35.9 |
数日前の日記に書いたとおり、私は先の帰省旅行中に菩提寺を訪ねて「生前戒名」のご相談をさせていただいた。あいにく、方丈さん(曹洞宗のお坊さんの呼び名)は不在だったため、奥様に訪問の趣旨を伝言。あらためて、方丈さんからの連絡を待つ状況になっていた。
話は、少し横道にそれるが、この方丈さんの読経は天下一品である。これまでに幾多の葬儀に参列したが、この方の右に出るお坊さんにお目にかかったことはない。声の張り、情感の込め具合、独特の抑揚など、どれをとっても最高クラスの読経と言えるだろう。そればかりではなく、人なつっこい笑顔の持ち主だから、より親しみが湧いてくるというもの。私は亡き両親の法要のたび、その読経に聞き惚れ、自分の葬儀の際はこの方丈さんにお願いしようと思っていた。そこで、かねてからの念願の「生前戒名」を授けていただこうということになった次第だ。
この方丈さんは、7年前に亡くなった母の葬儀の際、わざわざ山梨から千葉まで出張して来てくださった。「自分の葬儀を山梨の菩提寺の方丈さんにお願いしてほしい」というのが母の遺言でもあったので、私たち兄妹はその約束を果たせてホッとしたものだ。今でも毎年、お盆には神奈川に住む兄のところまで出張供養に来てくださっている。
その方丈さんから昨晩電話を頂戴した。私が入退院を繰り返していることもご存知なので、体調を気遣ってもくださる。ありがたいことだ。方丈さんの話では、「どういうわけか、生前戒名を授けられた方は長生きをする傾向が顕著です。毎日を一生懸命に生きようと努力するからでしょうね」とのこと。私も、そのとおりだと思う。 |
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| 2010年1月27日(水) |
| 人生まだまだ半分:675 |
1月27日(水) 晴れ 体重:72.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:30) |
152/68 |
65 |
36.0 |
0 |
☆AA新年会DVDデータ編集
☆Y耳鼻科クリニック
(睡眠時無呼吸症候群定期受診) |
| 午前(0:30) |
151/68 |
59 |
36.0 |
久し振りに腹を抱えて笑った。仲間のAさんがみんなを思いっきり笑わしたのだ。私は心臓の人工弁や人工血管に異常をきたさないかと冷や冷やものだった。
それは昨日のハーモニカサークル後のティータイムのこと。Aさんの年賀状にまつわる話題である。私たちのサークルリーダーのFさんは、私より二回りほど目上の方で、Aさんの近くに住んでいらっしゃる。一方のAさんはというと、Fさんより一回りほどお若い。そのAさんには同姓同名のFさんという元同僚(?)がいて、東北の仙台にお住まいだそうだ。ちなみに、昨日のティータイムにリーダーのFさんは出席していない。
律儀なリーダーのFさんは全ての会員に年賀状を出しているらしく、昨年からAさんのところにも届くようになったとのこと。そこからが笑える話なのだ。リーダーのFさんから年賀状をもらったAさんは、何を勘違いしたか、元同僚のFさんを思い出しながら、「おー、F君、久し振りだな〜!。元気でいたか・・・」と返信してしまった。一回り目上のリーダーに対してである。そのとき、Aさんの頭にはリーダーのFさんのことなど全く思い浮かばなかったそうだ。
そして迎えた今年。リーダーのFさんからAさんに「今年もよろしく!」との年賀状が届いた。そこで、また、AさんはFさんに返信をすることに。そのときのAさんの返信内容を聞いて、私たちは呆気にとられてしまった。「おー、F君、こんなに近くに住んでいるのに、去年は一度も会わなかったな〜!」と書いたそうだ。Fさんとは月に2度ずつ会っているというのに・・・。ここで、みんなが大爆笑させられてしまったというわけだ。正月早々、こんなに面白可笑しい話に巡り会うとは思わなかった。笑う門に福きたるという言葉があるが、こんなに笑ったのだから、今年は良いことがたくさんあるだろう。
リーダーのFさんは、Aさんからの返信賀状について何も語らなかったそうだが、感想を聞いてみたいものだ。しかし、これ以上笑うと、本当に人工弁に悪影響を及ぼしかねない。Fさんに聞くのはやめておくことにしよう。 |
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| 2010年1月26日(火) |
| 人生まだまだ半分:674 |
1月26日(火) 晴れ 体重:72.4kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:10) |
154/67 |
63 |
35.9 |
0 |
☆ハーモニカサークル(療育センター)
☆歌声&ハーモニカ演奏のCD再作成
☆散髪 |
| 午前(0:50) |
147/65 |
57 |
36.1 |
「歌声&ハーモニカ演奏」のオリジナルCD作りは、半ば失敗に終わったようだ。ここの掲示板をご覧になっている方はお気付きと思うが、私は先週来、“ふじやまさん様”という方のご要望に応え、「歌声」のCD作りに励んでいた。どのような経緯か分からないが、“ふじやまさん様”は、このホームページの中で私の歌声を耳にされたとのこと。そして、録音したものがあったら譲ってほしいとまでおっしゃる。拙い歌声を聴いてくださった上、お便りまで頂戴したら、何とかしなければならないと思うのが人情というもの。私が、早々にオリジナルCD作りに取り掛かったのは言うまでもないことだ。
せっかくの機会なので、ハーモニカ演奏も含め、私の個人用としても同じものを作ることにした。そして、出来上がったCDを2台のパソコンとミニコンポで再生チェック。何の問題もなく正常に再生出来たのでオリジナルCD作りが成功したと判断し、“ふじやまさん様”にお送りした次第。そのCD作りが失敗だったとは、何というお粗末なことか・・・。
「もしかしたら失敗かも・・・」と思ったのは、先週末の帰省旅行に出掛けた車の中だった。車のオーディオ機器で再生出来なかったのだ。義兄の車に装備された機器で聴こうとしたが、これもダメ。ここで、初めて失敗を確信させられることに。今日、その原因を検証したところ、ファイル形式を「mp3」のままCDに焼き付けたことが分かった。これでは、パソコンやミニコンポでは正常再生ができたとしても、車のオーディオ機器などではダメなはずだ。
そこで、今日は、「mp3ファイル」を「WABファイル」に変換後、あらためてCDを作り直すことにした。深夜に及んだが、車のオーディオ機器での再生もOKだったので、今回は成功したと思われる。明日、再度確認してから“ふじやまさん様”にお送りさせていただくことにしよう。 |
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| 2010年1月25日(月) |
| 人生まだまだ半分:673 |
1月25日(月) 晴れ
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(8:00) |
152/73 |
67 |
35.9 |
0 |
☆山梨への帰省
(第3日目) |
| 午前(0:20) |
144/68 |
64 |
35.9 |
〔山梨への旅の第3日目〕
帰省旅行も今日が最終日となった。昨日の行程の残り「義父のお墓参り」からスタート。私の両親のお墓は山腹の日陰に位置しているが、義父のお墓は甲府盆地が一望できる一等地だ。盆地の向こう側(北側)には雄大な八ヶ岳がそびえ、西側には南アルプス連峰がそそり立っている。まさに絶景である。
お墓参りに続いては、山内学級の同級生(N君)が校長をしている母校を訪ねた。N君が私の無二の親友ということは、これまでの日記に何度も書いた通りだ。私にとってN君は自慢の親友だが、それは山内学級同級生の共通した思いでもある。今日も多忙な中を私のために1時間半もの時間を割いてくれた。母校の存在価値(意義)を高めようと、懸命に頑張っている姿が眩しいほどに輝いて見えた。何といっても、N君が考案したスローガンが印象的だ。
| 一日一日を真剣に! |
| 峡:きょうの始めは、あいさつから |
| 南:なんにでも、熱心に取り組もう |
このスローガンの言葉は私の生き方にも相通じるものがあるため、心にストンと響いてきた。
さて、N君との再会で今回の旅のスケジュールは全て終了。この時の時刻は正午ちょうど。このまま千葉に向かって車を走らせるつもりだったが、富士五湖方面に進路を取ったら急に気が変わった。帰りがけにもう一度西湖のKちゃんに会って行こうと思ったからだ。メールで都合を聞くと、すぐに「大丈夫、待っています」との返信があった。山内先生自慢の特製カレーを持参したら、高価なお土産を頂戴することになり恐縮してしまった。
帰路も道路は順調そのもの。月曜日・25日・夕方という渋滞条件が揃っている割には空いている。200kmの道のりを休憩なしで一気に走り抜けた。所要時間は3時間ちょうど。こうして、内容満載の充実した3日間の旅が終わった。 |
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| 2010年1月24日(日) |
| 人生まだまだ半分:672 |
1月24日(日) 晴れ
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:50) |
148/75 |
62 |
− |
− |
☆山梨への帰省
(第1日目:後半〜第2日目) |
| − |
− |
− |
− |
取りあえず、山梨滞在中に書いた日記(第1日目と第2日目の2日分)を掲載しておくこととする。
〔山梨への旅の第1日目:1月23日(土)〕
心配していた道路の渋滞もなく、中央自動車道の河口湖ICまでの所要時間は約3時間半ほど。左手に富士山を見ながらのドライブは実に快適なものだった。待ち合わせの場所でKちゃん・Mちゃんと落ち合い、甲州名物料理「ほうとう鍋」を一緒にいただく。ここで山内学級のS君やミッチャンと連絡をとり、先日のミニミニ同級会が再現された。楽しいひと時はあっという間に過ぎ去り、後ろ髪を引かれる思いを抱きながら2人と別れる。
そして向かった先は、私が生まれ育った水船の地。実家跡地に車を停めて両親が眠るお墓参りを行なう。墓地の枯れ草を片付けながら、この足で菩提寺を訪ねようと心に決めた。方丈さん(曹洞宗のお坊さんの呼び名)に生前戒名の相談をするためだ。あいにく方丈さんは不在だったが、奥さんに訪問の趣旨を伝え、後日再度ご相談させていただくことにした。これは昨日の日記に書かなかったが、かねてからの念願の一つだったのだ。
今日の最終目的地は義兄宅。ご夫婦が首を長くして待っていてくれた。夕食は、“海なし県”の山梨でのお寿司。これが意外に美味しかったので驚いた。
〔山梨への旅の第2日目:1月24日(日)〕
午前中は、いとこのF姉さんのお宅を訪問。何と、H姉さんもいるではないか・・・。私が顔を出すと聞き、急いで駆けつけてくださったとのこと。本当にありがたいと思う。ここで、最年長組のF姉さんとH姉さんの同意を得て、いとこ会の日程が決まった。「6月12日(土)〜13日(日):石和温泉」ということに。
午後は予定通り山内先生宅を訪ねる。私とほぼ同時に還暦同級会幹事のS君も到着。「やまなみ会」仲間のK君も合流してくれた。「みんな腹を減らして来いよ!」との先生のお言葉に甘え、私たちは全員腹ペコ状態での訪問だ。早速、先生ご自慢の特製カレーをごちそうになる。途中で先生の奥様(T先生)も加わってくださったので、楽しさは倍増した感がある。山内先生ご夫妻を囲んでのミニミニ同級会は本当に楽しいひと時だった。“桐々舞子さん”提案の「期を超えた山内学級会の開催」について、実行力を備えたS君が大いに乗り気を示してくれたのは頼もしい限りだ。
S君とK君を見送った後も私だけ居残り、山内先生とパソコンおよび携帯談議に花を咲かせた。この場で山内先生とKちゃんとの携帯メールの橋渡しを行なう。さらには、桐々舞子さんとも携帯メールが開通した。あれこれと話題が膨らむと、時間が経つのも忘れてしまう。気が付いたら6時間もの長居となっていた。 |
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| 2010年1月23日(土) |
| 人生まだまだ半分:671 |
1月23日(土) 晴れ 体重:72.0kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(6:00) |
148/66 |
65 |
35.8 |
− |
☆山梨への帰省
(第1日目:前半) |
| − |
− |
− |
− |
私が山梨へ帰省する際の宿泊先は、いつも義兄宅というのがお決まりのパターンだ。本当の兄弟のように迎えてくれる義兄夫妻には感謝してもし切れないと思っている。
さて、今回も日記を書いてから出掛けることにしよう。3日間の大まかな行程は次のとおりである。
@〔23日(土)〕:千葉発(7:30)→→西湖のKちゃん・Mちゃんと会食(ほうとう鍋)→→両親のお墓参り→→義兄宅(泊)
A〔24日(日)〕:義兄宅→→義父のお墓参り→→F姉さん宅訪問(いとこ会打ち合わせ)→→山内先生宅訪問(S君と合流)→→義兄宅(泊)
B〔25日(日)〕:義兄宅→→母校校長N君訪問→→千葉(帰宅)
と、文字で書くと簡単なようだが、現実にはかなりハードなスケジュールである。それでも、そういう行程計画を立てるのだから、私の体調は喉を別にすれば絶好調と言っても良さそうだ。
現在の時刻は午前7時30分。そろそろ出発としよう。 |
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| 2010年1月22日(金) |
| 人生まだまだ半分:670 |
1月22日(金) 晴れ 体重:72.2kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:20) |
150/68 |
64 |
35.9 |
0 |
☆山梨への旅計画立案
☆谷津ハーモニカサークル |
| 午前(1:00) |
145/65 |
62 |
36.0 |
明日からの山梨への帰省を控え、2泊3日の最終的な行程計画を立案した。気ままな一人旅だが、予定通りのスケジュールを消化するためには万全な準備をしておく必要がある。幸い、天気も安定しているとのことで、雪の心配をしなくて済むのは大助かりだ。今日は、旅行中にお会いしたいと思っている方々の都合を確認。準備万端という状況になった。
昨日までに義兄宅への宿泊予約は済ませてある。山内先生ご夫妻の都合も確認済みだ。今朝、母校校長のN君に25日の訪問予定を伝えると、早速、「待っている」との返事が届いた。その直後には、今年の山内学級(還暦同級会)幹事のS君に電話。24日に山内先生宅を訪問すると告げると、「俺も行く」と、すぐに話がまとまった。気がきくS君は、同じ会社に勤めるミッチャンに電話を代わってくれ、にわか仕立てのミニミニ同級会が実現した次第だ。ミッチャンから、西湖のKちゃんが参加しやすい時期での同級会開催を検討していると聞き、心の底から嬉しさが込み上げてきた。
その電話を切った直後、虫の知らせのように西湖のKちゃんの代理で娘のMちゃんから電話が入る。何というタイミングだろうか。「明日、3人で(名物ほうとう鍋)を一緒にいただきましょう」とのお誘いである。先程のミッチャンから預かった伝言は、お土産代りに取っておくことにした。
その後も数件の電話とメールで午前の部が終わる。午後は谷津のハーモニカサークルに出席し、新年会DVDの試写会を実施。「出来栄えが良いので・・・」と、全員から追加制作を依頼されてしまった。
夜は、いとこ会の件で、F姉さん・F姉ちゃん・S姉ちゃんと電話で協議。久し振りの会話のためか大いに盛り上がり、さながら「ミニミニいとこ会」といった状態になった。この優しき乙女たちと話をしていると、いつまでも話が尽きない心地良さがあるから不思議だ。血のつながりの濃さということだろうか・・・。 |
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| 2010年1月21日(木) |
| 人生まだまだ半分:669 |
1月21日(木) 晴れ 体重:72.3kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:00) |
144/68 |
65 |
35.8 |
0 |
☆AA新年会ビデオデータ編集
☆稲毛ハーモニカ教室
☆千葉職対連常任幹事会 |
| 午前(0:30) |
147/67 |
60 |
35.9 |
久し振りに、目が回るほど忙しい一日だった。虚弱体質の私には少しばかりハード過ぎたきらいがしないでもない。しかし、何とか無事に予定のスケジュールを消化することができたのでホッとしている。
何がそんなに忙しかったのか・・・。その要因の一つは、4月から新たにスタートするハーモニカ教室の運営に関することだ。午前11時からのA先生を交えての役員会に始まり、午後1時から3時までは会員の方々との合同会議。その後、午後5時までは教室にてハーモニカ受講と続く。私は事前に(午前10時から)昼食の買い出しにも並んだので、朝から夕方まで7時間も動き回ったことになる。もっと書き加えるならば、朝食後の2時間ほどは、新年会のDVDデータ編集作業も行なっていた。教室での受講が終わった時、クタクタに疲れ切ったのも当然か・・・。
しかし、今日はそれだけで業務終了とはいかない。千葉職対連の常任幹事会が予定されているのだ。私の役割など、他の役員の方々の重責に比べたらほんのわずかなものだが、それなりの責任を果たさなければならないとの思いは持っている。仲間の皆さんに大きな負担ばかりかけて申し訳ないが、私のかかわれる範囲でやらせていただくしかないと思う。
今日は会議の連続だったので、かなり喉を消耗したような気がする。声帯麻痺の状態は相変わらずなので、まともな声での会話は無理。例の“手ぶら拡声器”のお世話になって、やっと半人前の会話ができるのではないかと実感した一日だった。 |
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| 2010年1月20日(水) |
| 人生まだまだ半分:668 |
1月20日(水) 晴れ 体重:72.1kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:10) |
146/66 |
62 |
35.9 |
2,540 |
☆AA新年会ビデオデータ編集
☆歌声&ハーモニカ演奏のCD作成
☆Rさんと面談 |
| 午前(0:10) |
143/65 |
55 |
36.1 |
久し振りに職対連会員のRさんとお会いした。いつ以来だったかと記憶をたどってみる。最後にお会いしたのは一回目の喉頭形成術を受けた後だったので昨年の7月下旬のことだった。あれからあっという間に半年が経過したことになる。
この間、RさんはO弁護士から紹介された東京の病院を受診したが、体調の回復は遅々として進まない。それはある程度想定の範囲だが、問題は医師とのコミュニケーションが思うように図れないことによるストレスの蓄積である。このままでは心を病んでしまいかねないというのが私の懸念。中国への長期帰国のためO弁護士への報告も滞っていることを聞いたからには、私も何とかしなければと腹を括った。今月末か来月早々にはRさんとともにO弁護士のところへ足を運ぶつもりだ。
ところで、Rさんとのお話の中で大変興味深い話題があった。Rさんは日本語の勉強をするために、私のこの日記を教材にしているというのだ。読めない漢字や理解できない言葉が出てきたら、必ずメモを取り、納得できるまで調べるとのこと。ご自身が日本人に中国語を教えていた経験から、そのような学習法を身につけられたのだろう。Rさんの語学力向上に私の拙い日記が一役買っているとすれば、一言一句をおろそかにはできないと思った。 |
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| 2010年1月19日(火) |
| 人生まだまだ半分:667 |
1月19日(火) 晴れ 体重:71.9kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:30) |
148/65 |
64 |
35.8 |
0 |
☆AA新年会ビデオデータ編集
☆歌声&ハーモニカ演奏のCD作成 |
| 午前(1:20) |
144/67 |
58 |
36.0 |
先週の木曜日(14日)の日記に、T新聞社のO記者からメールを頂戴したことを紹介したが、今日はその続編である。数年前に取材を受けた時から、私はO記者のお人柄の良さに魅かれ、年賀状のやり取りだけだが交流を続けさせていただいていた。「幻の原稿」の件では言葉では言い尽くせないほどのご迷惑をおかけしたが、O記者はその後も嫌な顔一つせずに私と接してくださる。何と心の広い方なのだろうか・・・。私も見習いたいものだ。
そのO記者から、昨日も心温まるメールを頂戴した。あまりにも私のことを過大評価されているので、こそばゆい気がしないでもないが、とても元気をいただくことができた。正直、寿命が何年か延びたような気がしている。病身の私が、メールでこれほど感動し、勇気づけられたり元気づけられることも珍しい。O記者のメールには、宝石のように光り輝く言葉があちこちに散りばめられているので、私は何度も読み返したくなる衝動に駆られ、実際に何度も読み返してみた。その結果、寿命が延びるほどの不思議な心地良さを堪能させていただいたという次第だ。
ここまで書いたら、その宝石のような言葉の一端を紹介しないわけにはいかないだろう。O記者には無断での転載となるが大目に見ていただきたいと思う。それは、次のようなものだ。
『以前、秋山さんのお話を取材メモにまとめている時にも感じたことなのですが、とにかく、身近に起きた出来事が時系列的にきちんと整理されていて、その折々の心身の状態や自らの思いを第三者にも分かりやすく語りかける言葉(ツール)をお持ちなんだな、という印象を受けました。(中略)感情が必要以上にあふれることなく、過不足なく、相手に伝えるコミュニケーション技術はとても難しいことだと思いますし、それを秋山さんが自然にこなしていらっしゃることはまさに、うらやましいの一言です。
加えて、過酷な話ばかりかというと、ご家族の仲むつまじい様子がさりげなくスケッチされていたり、社会貢献の志を忘れずに前向きに取り組んでいらっしゃる様子も伝わって参りました。何とぞ、無理をなされず、楽しくご自愛されますように。』
とあった。
まさに、私がこのように生きたいと思っていることを、O記者はズバリと見抜いていらっしゃる。理想的な生き方には程遠い現状だが、O記者のような有識者から身に余るほどの賛辞を頂戴すると嬉しくないはずがない。「褒め言葉」が栄養源となり、心身がリフレッシュしたのも確かなこと。O記者さんに心から感謝したい。 |
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| 2010年1月18日(月) |
| 人生まだまだ半分:666 |
1月18日(月) 曇り〜晴れ 体重:71.7kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:20) |
151/67 |
60 |
36.0 |
0 |
☆AA新年会ビデオデータ編集 |
| 午前(0:50) |
145/65 |
53 |
36.1 |
元気な妻は、仕事仲間の6人連れで明日からハワイに出掛けるとのこと。そのため、今日は朝から美容院に行ったり買い物をしたりと、準備に大忙しといった様子である。メンバーの顔ぶれを聞くと、私とも何度か旅を共にした方ばかりの名前が挙がる。全員が50歳代と60歳代だが、その中の一人が男性で幹事役を務めているとのこと。「旅行に出掛けられるのも元気なうちだけ・・・」というのが口癖の旅仲間同士、あの元気さをみていると全員が100歳までも遊び続けるのではないかと思われる。
そういう私は、今週の土曜日(23日)から2泊3日の予定で山梨に帰省するつもりだ。昨晩、恩師の山内先生に電話して日曜日(24日)に訪問させていただくことが決まった。先生ご夫妻は、いつも私の身体のことを心配してくださっている。私にできるご恩返しといえば、せいぜい元気な姿をお見せすることぐらいのもの。そこで、帰省した折には可能な限り先生のお宅まで足を延ばすように心掛けているが、いつしか、それがお決まりのパターンになってきたようだ。
今回の山梨行きは、義兄宅に泊めていただき両親のお墓参りをするのが一番の目的だが、母校の校長をしているN君をはじめ、西湖のKちゃんや還暦同級会幹事のS君にも会いたいと思っている。いとこのF姉さんのところにも顔を出し、「いとこ会」の開催日も決めたいが、果たして、それほどのハードスケジュールをこなし切れるかどうか・・・。 |
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| 2010年1月17日(日) |
| 人生まだまだ半分:665 |
1月17日(日) 晴れ 体重:71.8kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:40) |
154/70 |
64 |
35.9 |
0 |
☆長男・長女一家来訪
☆AA新年会ビデオデータ編集 |
| 午前(1:00) |
150/68 |
57 |
36.0 |
盆と正月が一緒にやってきたかと思うほど賑やかな一日だった。お昼頃、長男一家3人の来訪を受けた途端、孫娘の笑い声が家の中に響き渡る。来週、ピアノの発表会があるとのことで、我が家は絶好のリハーサル会場になってしまった。「カッコー」や「キラキラ星」などを何度も何度も繰り返し練習する。こんな幼子が左右の手指を基本に沿って使いこなすのだから凄いと思う。本当は大したことではないのだろうが、私ができないことを、いとも簡単にやられると、「恐れ入りました」と言うしかない。
夕方には長女夫婦も合流。これで、秋山家一族8人が勢ぞろいしたことになる。こうなると、食事の支度をする妻は大忙しだ。しかし、妻は、てんてこ舞いしながらも楽しそうに料理を作っている。その様子を見る限り、台所仕事への私の出番は回ってこない。ホッと一息である。
二組の家族が帰ってから、私は自室で「AA新年会ビデオ」の編集作業に取り組んだ。せっかく楽しいひと時をカメラに収めたので、出来ることなら早めにDVD化したいと思っている。もしかしたら欲しい方がいるかも知れない。また自ら余計な仕事を背負い込んだ気がしないでもないが、心身への負担がない範囲でボチボチやるつもりだ。 |
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| 2010年1月16日(土) |
| 人生まだまだ半分:664 |
1月16日(土) 晴れ 体重:71.6kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| − |
− |
− |
− |
2.470 |
☆南伊豆:弓ヶ浜温泉への旅〔2日目〕
(壺中の天 宿○文) |
| 午前(0:30) |
141/63 |
52 |
35.9 |
さすがに南伊豆は暖かかった。「特急踊り子号」の車窓から眺めた河津ざくらも、蕾が膨らんできた。あとひと月もしないうちに開花しそうな気配である。これだけでも、このところの厳しい寒さから避難してきた甲斐があったというもの。出掛けた先は、昨日の日記にも書いたが、南伊豆・弓ヶ浜温泉の「壺中の天 宿○文」。ここで、「壺中の天」という言葉が気になった。こういうとき、インターネットは便利だ。宿に向かう車中で調べたら、次のような解説がされていた。
壷中の天(こちゅうのてん)
『「漢書」方術伝、費長房(ひちょうぼう)の故事によると、昔、中国に費長房という役人がいて、何気なく役所の窓から往来を眺めていると、城壁の下に一人の老人が座り薬を売っている様子が目に留まった。夕方になり、費長房がそろそろ退出しようとしていたところ、仕事を終えた老人は店をたたみ、後ろの壁に懸かっていた小さな壷の中にハッと入って見えなくなってしまったのだ。これは面白いものを見つけた。もしかしたら仙人でなないかと思い、神秘なものを見せてもらおうと考えた。次の日の夕方、費長房はそこへ出かけて行き、「昨日壷の中に入って消えたところを見てしまった」と告げる。そして、「是非とも今日は自分を一緒に壷の中へ連れていってくれないか」とお願いしてみたのだ。老人は、「見られたのなら仕方がない」と言ってその壷の中へ一緒に入って行った。その中には美しい山水があり、金殿玉楼があり、歓を尽くして帰してもらったとのこと。
壺の中に天がある。壺中、天有り。日常の生活の中に一つの別天地を持つことを「壷中の天」という。人間はどんな境遇にあろうとも、自分だけの壷中の天を創りえるものである。壺中天とは、まさに、俗事を超越する一刻の楽境であり、自分の現実生活の中に別天地をもつということである。』
この言葉の意味は、毎日の生活でいつも何らかの物事に打ち込んで、充実した日々を送ることを心がけること。つまり、仕事に限らず、何か熱中するものや別の世界を持つことの重要性を勧めているのだと思われる。
「壺中の天 宿○文」は、別世界というには無理がありそうだ。全客室に露天風呂が付いていて、弓ヶ浜を一望できるところは、宿の謳い文句通りと言えなくもないが、期待が大きかっただけにちょっとガッカリ。まあ、今回は、「壺中の天」という言葉の意味を学ばせてもらったので満足だ。 |
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| 2010年1月15日(金) |
| 人生まだまだ半分:663 |
1月15日(金) 晴れ 体重:71.1kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:00) |
148/65 |
63 |
35.9 |
0 |
☆南伊豆:弓ヶ浜温泉への旅〔1日目〕
(壺中の天 宿○文) |
| − |
− |
− |
− |
いつも多忙な妻だが、今日(15日)から4日間は添乗仕事がお休みとのこと。そうなると、家でのんびりできない妻のやることは決まっている。体よく言えば仕事上の下見だが、早い話が遊びの旅行の算段ということになる。
その下見旅行が昨日の夜、急に決まった。仕事仲間(遊び仲間)を誘って出掛けると思っていたら、いつの間にか私が旅のお供をすることになっていた。どうやら、パソコンおたくの私を強引に連れ出そうとの魂胆のようだ。思い立ったらすぐに行動する妻のこと、私も呑気に構えてはいられない。
そのようなわけで、今日から明日にかけて1泊2日の温泉旅行に出掛けることになった。もちろん、妻からのご招待である。内心はお気に入りの東北方面に行きたかったようだが、今回は私の腹の内を推し量るように暖かい伊豆方面を企画してくれた。行き先は、南伊豆・弓ヶ浜温泉の「壺中の天 宿○文」。一度は泊まってみたかったところだ。
現在時刻午前10時ちょうど。私にとっては、東京駅発が正午ちょうどというゆったりプランがありがたい。今日は早めに日記を書いて出掛けることにしよう。 |
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| 2010年1月14日(木) |
| 人生まだまだ半分:662 |
1月14日(木) 晴れ 体重:71.3kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:30) |
151/67 |
62 |
35.8 |
0 |
☆稲毛ハーモニカ教室
(新教室運営についての下打ち合わせ) |
| 午前(0:10) |
145/67 |
55 |
35.8 |
昨日と今日、数年前にお世話になったT新聞社のO記者からメールを頂戴した。お世話になったと書いたが、実のところは、私が多大なご迷惑をおかけしたというのが真相である。O記者は当時、厚労省に詰めて労働問題を中心に熱心な取材活動をされていた。そのような中、私の「過労死体験」を独特の切り口で記事にしようと奔走。ほぼ原稿が出来上がり、3回シリーズでの企画がまとまりかけた頃、私の裁判の和解条項がネックとなり新聞への掲載が中止されることになった。私からの掲載中止の申し出を受け入れてくださったのだ。
結果的に、O記者が心血を注いで書き上げた原稿は世に送り出すことはできなかった。いわゆる『幻の原稿』となってしまったわけだ。そのため、私は今でもO記者を思い出すたびに負い目を感じているというのが実情である。そのO記者が昨日送ってくれたメールには次のようなことが書かれていた。「資料を整理しておりましたら、秋山さんからうかがったお話のメモが出て来まして、人なつっこい笑顔が懐かしく思い出されました」と。そのメールを目にしたとき、私の中に嬉しさと懐かしさで涙が出るほどの感動が込み上げてくるのを実感した。涙もろくなったのは、歳を取ったということだろうか・・・。機会があったら、是非またお会いしたいと思う。
さて、今日は午後から稲毛ハーモニカ教室に出掛けた。4月以降の教室継続のためには、まだまだクリアーしなければならない課題がたくさんある。そこで、Mさんと連携を取りながらA先生との下打ち合わせをさせていただいた。詰めの打ち合わせは来週行ない、今月中には教室の運営に支障をきたさない程度の規約などを整備するつもりだ。私が頼りないからか、Mさんが一生懸命に動いてくださるので本当にありがたい。 |
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| 2010年1月13日(水) |
| 人生まだまだ半分:661 |
1月13日(水) 曇り〜雪〜晴れ 強風 体重:71.2kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:10) |
154/69 |
60 |
35.9 |
2,940 |
☆新年会(10日分)DVDデータ編集
☆初雪 |
| 午前(1:10) |
150/65 |
52 |
36.1 |
今朝、洗濯物を干しているとき、空から白いものが落ちて来た。何と雪ではないか・・・。昨日、東京で初雪を観測したそうだが、久し振りに見る千葉の雪である。一瞬、かなり大粒の雪が落ちてきたが、ほんの2〜3分で止んでしまった。
さて、今日から数日がかりで「新年会ビデオ2本立て」の編集作業を行なう予定だ。1本目は10日(日)の谷津ハーモニカクラブ演奏会で、2本目は11日(月)のA・Aハーモニカ新年会の模様を収録したもの。どちらも、主催者から依頼されたものではないが、それぞれ撮影許可はいただいている。せっかく撮影したからには、編集してDVD化しなければ苦労の甲斐もないというもの。とかなんとか言いながら、また、気が遠くなるようなビデオ編集に手を染めようとするのだから、私の「学習能力のない身の程知らずぶり」は一種の病気ではないかとさえ思えてくる。
まあ、何はともあれ前へ進もう。今日は谷津ハーモニカ演奏会のデータをパソコンに取り込んで編集作業をスタートした。午後の2時間ほどの休憩で英気を養った後は、夕食の支度や食事の時間を除いてパソコン画面とにらめっこ。次回のサークル日(22日)までにはDVDを完成させるのが目標だ。
取りあえず、私の独奏曲のみ編集が完了したので、ここに掲載することにした。決して良い出来ではないが、一昨日(11日)よりはマシではないかと思う。ただ、自分が演奏する場合は固定撮影にするため、カメラワークのセンスを発揮できないところが難点でもある。
演奏曲は「泪と微笑」。左記の曲名をクリック後、1分程度で再生が始まるはずだが、荒削りなところもあるので視聴されないほうが良いかも・・・。 |
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| 2010年1月12日(火) |
| 人生まだまだ半分:660 |
1月12日(火) 冷雨 体重:71.0kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:20) |
152/67 |
64 |
35.8 |
2,270 |
☆寒い一日(東京で初雪) |
| 午前(0:10) |
147/68 |
54 |
35.9 |
今朝はベッドから起き上がるのが辛かった。このところ外出する機会が多かったので疲れが溜まったのだろうか・・・。いやいや、この覇気のなさは単なる疲ればかりではなさそうだ。連日、心臓に負荷がかかるような重いもの(ノートパソコンやビデオカメラ)を持ち歩いていたのだから、肉体的な疲れがあるのは確かなこと。しかし、今回は声が不自由なことや、ハーモニカが上手く吹けないことなどを苦にして落ち込んでいるというのが真相だ。
1種1級の身体障害者が健常者と同等に、いや、それ以上の活躍の場を求めて駆けずり回ってきたが、昨日の新年会で現状の体調での限界を痛感させられてしまった。声帯麻痺(音声障害)とハーモニカの演奏テクニックが密接な関係にあるのは身を持って理解していること。ハーモニカで声帯麻痺をカバーするにはより高度な技術が必要になるというわけだ。ところが、今の私にはそれだけの技術が備わっていないので気負いだけが先走ってしまう。それが、昨日のような散々な出来に直結してしまうというシナリオである。
それではどうしたら良いのか。一日がかりで考えた末に辿りついた結論は、身の程に合った選曲と奏法を磨くこと。言いかえれば、あまり背伸びや高望をしないことだ。声帯麻痺(音声障害)については、来月から言語療法士(Speech Therapist)によるボイストレーニングが開始される。その効果を期待しつつ、障害と共存できるようなハーモニカ演奏を目指したいと思う。
ところで、昨日の日記を読まれた稲葉さんと誰それさんが、掲示板に激励の書き込みをしてくださった。私が相当落ち込んでいると察したらしく、お二人が足並みを揃えるように・・・。稲葉さんは私の失敗を評して、「・・・過ぎた事ですし、命にベツジョウ無いわけですから。つまりヤッタ者勝ち!先生より巧くやらないことはベストの選択・・・」と、このようにおっしゃる。「本当にその通りだな〜」と納得させられると同時に思わず笑ってしまった。一方、誰それさんは、「グッジョブ」と題して、失敗に賛辞を送ってくださる。アインシュタインやエジソンといった大天才を例に持ち出してまで私をフォローしてくださるのだ。何と心優しいお二人なことかと、胸が熱くなった。 |
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| 2010年1月11日(月) |
| 人生まだまだ半分:659 |
1月11日(月) 曇り〜晴れ 体重:71.2kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:40) |
148/70 |
65 |
35.9 |
3,840 |
☆A・Aハーモニカ新年会
(東京新宿) |
| 午前(0:50) |
144/67 |
58 |
36.1 |
今日は午後から東京の新宿まで出掛けて行った。ハーモニカの師範・準師範クラスの新年会である。K先生・A先生・I先生をはじめ、そうそうたるメンバーが40名ほど勢ぞろい。私は、総責任者のA先生のアシスタントのような存在で出席させていただいた。実のところは、昨年10月に開催されたK先生のリサイタルにおけるDVD・CD作成の功労を評価されてのご招待というもの。大変光栄なことと感謝の気持ちでいっぱいだ。
しかし、今日はビデオ係を自ら引き受けたのが間違いだった。ほとんど立ちっ放しだったので、極上の中華料理をゆっくりと味わうことができなかったのは残念の一語。それよりも、今日、痛感させられたのは、声がまともに出ないハンディの大きさだ。例の「手ぶら拡声器」を使っても、会話が思うようにできない。挙句の果てにハーモニカ演奏の出来も散々という始末。師範の方々からは、「失敗して恥をかく回数が多いほど上達しますよ」などと、変な慰め方をされてしまった。
ハーモニカが上手く吹けない理由を音声障害に結び付けるわけではないが、このような場で演奏するのは時期尚早ということを思い知らされた。つまり練習不足ということである。いくつかのハンディに押しつぶされそうだが、何とか克服しなければ・・・。気力を奮い立たせようと必死でもがく自分の姿が痛々しい。 |
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| 2010年1月10日(日) |
| 人生まだまだ半分:658 |
1月10日(日) 晴れ 体重:71.4kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:20) |
151/69 |
62 |
35.8 |
0 |
☆谷津ハーモニカクラブ演奏会 |
| 午前(0:20) |
141/65 |
60 |
36.0 |
先週金曜日の日記に書いた谷津ハーモニカクラブ。今日は「生涯青春の会」の新年会に招かれての演奏会である。私もメンバーの一員ということで、合奏の部と独奏の部の両方に出演させていただいた。発表の舞台は、コミュニティーセンターの一室。観客の数は、およそ50名ほど。ミニコンサートという表現がピッタリのシチュエーション。手頃な人数のためか、過度の緊張感もなく舞台に上がることができた。
私が、ひと様の前でハーモニカを演奏するのは昨年の敬老の集い以来だから、4ヶ月ぶりということになる。合奏曲は、先週の日記に書いたとおり、「知床旅情」「見上げてごらん夜の星を」「故郷」の3曲。他に独奏が4曲で、私以外の3人の方は名手ばかりだ。Iさんの「さくら変奏曲」は満開の桜が目に浮かぶようであり、Kさんの「河は呼んでる」も素晴らしかった。クロマチックハーモニカ奏者のFさんによる「愛のままで」は、観客の心を鷲掴みした感がある。
そういう私の独奏曲は「泪と微笑」。長いブランク明けなので、出来栄えは決して満足できるものではない。しかし、何よりの喜びは、また以前と同じように、ひと様の前でハーモニカの演奏ができたことだ。演奏会終了後には、見知らぬ女性が「とっても素敵な演奏でしたよ」と声を掛けてくださった。嬉しい一言である。 |
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| 2010年1月9日(土) |
| 人生まだまだ半分:657 |
1月9日(土) 晴れ 体重:71.3kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:40) |
148/66 |
60 |
35.9 |
0 |
☆長男一家が来訪
☆ハーモニカ練習 |
| 午前(0:40) |
144/67 |
57 |
35.9 |
ハーモニカの小道具を探しにホームセンターまで行ったついでに、また果樹の苗木を買ってきた。今日買ったのはリンゴの「ふじ」。昨年中に別品種の「津軽」を購入済みだったが、1品種では実が付きにくいことを知っているので、入荷を待っていたというわけだ。これで、猫の額ほどの庭に並んだ果樹苗の数は次の通り10鉢になった。「サクランボ3鉢、桃2鉢、リンゴ2鉢、柿1鉢、パッションフルーツ2鉢」。あとは柿(富有柿)の別品種が揃えば、私の果樹園計画(苗木の購入)は完了する。
この他に地植えの「ブドウ」と「ミカン」があるのだから、果樹苗の多さは誰の目にも異常に映るようだ。妻などは、呆れ果てて見向きもしない。しかし、私には狭い庭でも果樹栽培を成功させる目算があるので、周囲の雑音は聞き流すことにしている。3年後には、「くだもの狩り」を実現して、みんなにひと泡吹かせてやるつもりだ。
ところで、今日は、長男一家3人がやってきた。孫娘のさやちゃん(5歳)が来ると、普段静かな我が家が一気に賑やかになる。発表会を控えているとのことで、ピアノ練習への熱の入れ方も違ってきた。私が一番驚いたのは、47都道府県名を暗記してしまったこと。まるで歌を唄うようにスラスラと県名が出てくるのだ。それも、北海道から本州の太平洋岸を下り、四国・九州を回って日本海側を北上するというもの。ママ(ゆりちゃん)が教えたのかと聞いてみると、そうではないと言う。大きな日本地図を毎日見ていて、いつの間にか覚えてしまったそうだ。幼い子供の脳の発達ぶりは凄いと思った。 |
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| 2010年1月8日(金) |
| 人生まだまだ半分:656 |
1月8日(金) 晴れ 体重:71.1kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:20) |
154/67 |
58 |
35.8 |
0 |
☆谷津ハーモニカクラブ
☆手ぶら拡声器使用テスト(1日目) |
| 午前(0:30) |
150/65 |
55 |
36.0 |
先輩のKさんから、「谷津の皆さんが秋山さんに会いたいと言ってたよ」と言われたのが昨日のこと。そのように言われれば顔を出さないわけにはいかない。ということで、今日は久し振りに谷津のハーモニカクラブに参加してみた。私も一応会員になっているが、体調の問題があるのでたまにしか参加できない。前回、皆さんにお会いしたのは昨年の9月だったので4ヶ月ぶりということになる。今日の参加メンバー数は私を含めて12名。男女の内訳は、男性が8名で女性が4名。知らぬ間にずいぶん人数が増えたものだとビックリさせられた。
このクラブは、明後日(10日)の新年会の場で、合奏と独奏の発表が予定されているとのこと。そのための最終リハーサルに私が紛れ込んだ格好である。みんなに勧められて私も当日参加させていただくことになった。合奏曲は、「見上げてごらん夜の星を」「知床旅情」「故郷」の3曲。知っている曲ばかりなので、私もメロディーだけなら何とか吹けそうだ。観客の方々が一緒に口ずさめる歌を選曲したのは、編曲者でもあるFさんのセンスの良さだと思う。
ところで、今日、私は例の『手ぶら拡声器』を身につけて参加してみた。仲間の皆さんから好奇な目を向けられたが、それも始めのうちだけ。私が音声障害で苦しそうに喋っているのを知っている方々ばかりなので、この“新兵器”の登場を好意的に受け取ってくださったようだ。教室内での使用テストの感想としては、肉声と違い機械的な音声のため違和感があるのは如何ともしがたい。それでも、声を絞り出すような喋り方をしなくても言葉が通じるのは確認できた。広めの空間での会話には非常に有効なグッズだと思われる。 |
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| 2010年1月7日(木) |
| 人生まだまだ半分:655 |
1月7日(木) 晴れ 体重:71.3kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(6:50) |
151/68 |
59 |
35.9 |
0 |
☆稲毛ハーモニカ教室
☆手ぶら拡声器サンプル品到着 |
| 午前(0:10) |
147/64 |
54 |
35.9 |
昨日は病院の通い初めで、今日はハーモニカの吹き始め。久し振りにA先生や稲毛教室の仲間の方々と顔を合わせたが、皆さん元気そうで何よりだ。
開講前の自主練習の場では、4月以降の運営について有志の方々と協議が行なわれた。会の登録名は「サティ・ハーモニカ教室」とし、対外的には「ハーモニー21」で活動することになった。開講場所・回数・曜日・時間・入会金についての確認が行なわれ、受講料・役員の人選などが幹事(KさんとMさん)の主導により原案が決められて行く。このような打ち合わせの流れをみていると、「稲毛教室には人材が豊富だな〜」とあらためて痛感させられる。何と頼り甲斐のある仲間たちだろうか・・・。
冒頭、「ハーモニカの吹き始め」と書いたが、それは教室でという意味。現実には一昨日あたりから少しずつ自宅練習を始めている。しかし、皆さんと一緒にやると、ブランクの長さを感じざるを得ない。情けないことに、合奏練習に全くついていけないのだ。この分だと、その他大勢の中の一人になることは間違いないと思う。
ハーモニカ教室からの帰宅と同時に、昨日の日記に書いた『手ぶら拡声器』が宅配便で届けられた。何と素早い対応なことか・・・。早速、家の中で試験的に使用してみる。私のニーズにマッチしているのは確かだが、マイクとスピーカーを身につけることに慣れていないせいか、多少の違和感があるのは否めない。明日の10名ほどの集りと、10・11日の新年会(40名前後参加)の場で使ってみて、購入するかどうかの判断をすることにしよう。 |
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| 2010年1月6日(水) |
| 人生まだまだ半分:654 |
1月6日(水) 晴れ 体重:71.1kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:10) |
154/66 |
60 |
35.8 |
0 |
☆海浜病院定期受診 |
| 午前(0:20) |
150/67 |
55 |
35.9 |
今日は病院の通い初め。喉頭形成の術後3ヶ月目の検査と顔面神経麻痺の経過観察である。主治医のS先生は、私の顔を見るなり、「あけましておめでとうございます」と先手を打ってこられた。私が、「先生のおかげで、顔の症状を新年に持ち越さずに済みました」と礼を述べると、今度はニッコリと微笑む。その表情からは、巷で囁かれている「海の女王」の面影は感じられない。
S先生による顔の検査で、顔面神経麻痺は「治癒」と判断された。続いて、ファイバースコープによる声帯の検査がスタート。モニターを見ながら発声テストが繰り返される。次第にS先生の顔が険しくなってきた。「画像で見る限り声帯は良好な状態です。それなのに声の質と量は改善しませんね」と言って顔を曇らせる。しばらく考えた末、「術後3ヶ月が経過しましたので、来月からボイストレーニングを始めましょう」とキッパリと言い切った。どのようなトレーニング法か分からないが、多少でも効果があれば良いのだが・・・。
ところで、今日インターネットで面白いものを見つけた。私はこの1年ほどの間、音声障害のため、日常生活において不自由さを感じることが多かった。声帯の手術を2度も受けたのも、自由にコミュニケーションを図りたかったからに他ならない。ボイストレーニングとは別次元の話になるが、会話補助装置のようなものを探していたというのが真相だ。
今日、何気なく「発声補助具」で検索したら、『手ぶら拡声器』というものにヒットした。これがなかなかの優れもののようだ。メーカーのHPに記載された用途の一文には次のように書かれている。『声の出づらい方の発声補助具として:声の小さい方、声帯摘出者、喉頭摘出者、喉頭がん患者、パーキンソン病、頚椎損傷者、頚髄損傷者、高齢者等の発声訓練やリハビリテーション、 音声障害・言語聴覚士の言語療法、在宅看護、咽喉マイクとの組み合わせで嚥下障害のリスニングでもご利用いただけます』とのこと。早速、問い合わせを行ない、3日間のサンプル品お試し制度を申し込んでみた。マイクとスピーカーを身につけるのだから、お世辞にも格好が良いとは言えない。しかし、もしかしたら、この発声補助具が私の救世主になるかもしれないと思った。 |
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| 2010年1月5日(火) |
| 人生まだまだ半分:653 |
1月5日(火) 晴れ〜曇り 体重:71.3kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:30) |
152/68 |
64 |
35.9 |
5,180 |
☆千葉駅周辺で買い物
(ハーモニカ他) |
| 午前(0:00) |
144/65 |
57 |
36.0 |
今年、我が家の家族3人(私・妻・娘)は揃いも揃って厄年である。それも全員が本厄というオマケ付き。家族全員が本厄の年に当たるというのも珍しいのではないだろうか。
そこで、私と妻は昨日連れ立って厄除け祈願のための初詣でに出掛けた。娘は元日の未明のうちに早々と済ませてきたとのこと。我が家の初詣で先は、もう何十年にもわたって地元の「検見川神社」と決まっている。検見川大明神への私の願い事は、大病を患った12年ほど前から「家内安全」と「病気平癒」の二本立て。それが、今年は厄年ということで、願い事は「本厄除け」の一本となった。この願い事は、受付の方に教えられたままなのだが、「本厄除けだけで他には何も書かなくても良い」とのこと。よく分からないので言われるがままにした。
ついでなので、ご祈願の流れを書いておくことにしよう。「ご祈願受付→控室での待機→白い格衣を羽織る→手水→御殿でのご祈願」。この一連の流れに要する時間はおおよそ1時間ほど。私がご祈願を受けているときに思うことは、「大きな手術を繰り返しながらも、何とか無事に今日を迎えられるのは検見川大明神のご守護のおかげ」ということ。信ずる者は救われる・・・かな。 |
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| 2010年1月4日(月) |
| 人生まだまだ半分:652 |
1月4日(月) 曇り 体重:71.1kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:20) |
145/67 |
64 |
35.8 |
10,290 |
☆本厄除け初詣で
(検見川神社) |
| 午前(0:10) |
141/66 |
57 |
35.9 |
〔乳頭温泉郷への旅:後篇〕
東北地方の秘湯温泉の代表格である「乳頭温泉 鶴の湯」。ここの立ち寄り入浴に大満足の私たち4人連れが、「蟹場(がにば)温泉」に到着したのは午後4時になろうとする頃だった。“湯疲れ”しないようにと、しばらくは「UNOゲーム(トランプのようなもの)」に興じて身体を休める。
ゲームの一段落後、内風呂へ入ることにした。吹きっさらしの渡り廊下を歩くだけで身体が凍りつくような寒さだ。この蟹場温泉には2年前の冬にも訪れたことがあるが、その時は日帰り入浴だった。今回は宿泊なのでノンビリとくつろげる。山奥の秘湯なので食事の内容には期待していなかったが、意外や意外、山菜料理を中心とした品数の多さにビックリさせられた。この温泉の泉質は重曹炭酸水素泉とのことだが、鶴の湯とは違い無色透明に近い。夕食の前後に内風呂(岩風呂と木風呂)をたっぷりと堪能。娘たちも大満足の様子だ。
ここ蟹場温泉の魅力は、何といっても宿から50mほど離れたところにある露天風呂。寒いからと言って、この露天風呂に入らなければ悔いが残る。そこで、混雑を避け、夜明け前の薄暗いうちに入ることにした。この時間帯は混浴となっているが、さすがに誰もいない。空が白々と明けるまで、4人の貸切状態が続く。娘たちも、この雪見の露天風呂はとても印象的だったようだ。
チェックアウトを済ませて宿に別れを告げる。路線バスで「アルパこまくさ」まで戻る予定のところ、全員がカロリーを消費したいということで、急きょ歩くことになった。私も下り坂だから大丈夫と判断してスタート。所要時間は1時間程度と聞いていたが、それは雪道に慣れている健脚家の場合だ。私たちは1時間半もかかってしまった。所要時間と歩数の9000歩もさることながら、正月早々、これほどの距離を歩けたことが嬉しい。
ところで、案内役の妻からは、「アルパこまくさ」にも素晴らしい温泉施設があることを聞いていた。したがって、当然、今回の旅行の行程にもここでの立ち寄り入浴が組み込まれている。「アルパこまくさ」驚いたのは、「鶴の湯」を上回るほどの濃厚な乳白色の泉質ということ。内風呂は秋田産のヒバが使用されていて香りも良い。露天風呂からは雪雲の切れ目から田沢湖も一望できた。まさに雲上の楽園と呼ぶにふさわしい眺めだ。旅の終わりに、こんな感動的な温泉を用意してくれた妻には心から感謝したい。 |
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| 2010年1月3日(日) |
| 人生まだまだ半分:651 |
1月3日(日) 秋田の天気:雪 体重:71.3kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| − |
− |
− |
− |
11,160 |
☆温泉旅行
(乳頭温泉郷:鶴の湯〜蟹場温泉) |
| 午前(1:30) |
142/64 |
56 |
35.9 |
〔乳頭温泉郷への旅:前篇〕
これぞ、まさに温泉三昧の言葉がピッタリの2日間だった。やっぱり、乳頭温泉郷の濃厚な乳白色の温泉と雪見の露天風呂は圧巻の一語。娘夫婦ともども、私たち4人連れは秘湯の温泉をたっぷりと堪能することができた。久し振りの温泉の効能により、この1年ほどの間に負った私の心身の傷もすっかり癒えたような気がする。正月早々、極楽気分を味わえたので今年はきっと良い一年になると思う。
旅の企画をしたのは、このあたりに精通した妻であるのは当然のこと。まるで、自分の庭のように詳しいのだから、私や娘たちは何の苦労もない。東京駅から秋田新幹線こまち号に乗ってちょうど3時間。田沢湖駅で下車した後、路線バスにて「アルパこまくさ」まで上っていく。そこからは「乳頭温泉
鶴の湯」の送迎バスで雪深い秘湯に直行だ。
「鶴の湯」に到着後、まずは山菜料理と名物“山の芋の鍋”で腹ごしらえ。満腹になったところで、待望の乳白色の温泉へ。はじめは男女別の温泉に浸かり、身体が温まってから混浴露天風呂へと移動する。ここで、「混浴は苦手・・・」という娘を妻が口説いて連れてきたが、周りの目が気になるらしく、あっという間に退散してしまった。その逃げ足の速さは、まるで泳ぐがごとくと言った様子で面白い。私は、露天風呂を含めて四つの湯船をハシゴしたが、もうそれだけで大満足だ。
立ち寄り入浴の「鶴の湯」を後にしてからは、送迎バスと路線バスを乗り継いで、お宿の「蟹場温泉」へと向かう。(明日に続く) |
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| 2010年1月2日(土) |
| 人生まだまだ半分:650 |
1月2日(土) 体重:71.1kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(5:00) |
151/65 |
63 |
35.9 |
− |
☆秋田県乳頭温泉郷へ
(蟹場温泉1泊予定) |
| − |
− |
− |
− |
昨夜(というより今朝)は妻の帰宅が遅れたため午前2時に就寝。そして今朝は午前5時に起床してこの日記を書いている。先日の日記でも少し触れたが、今日から明日にかけては娘夫婦との温泉旅行。一昨年の正月も一緒に東北方面への温泉旅行に同行したが、どうやらその時に娘たちも温泉の魅力に取りつかれたようだ。
今回の行き先は、私にとっての温泉ランキング第1位の乳頭温泉郷。最近は観光客が多く訪れるようになったが、秘湯中の秘湯である。何より、あの濃厚な乳白色の温泉と風情のある露天風呂は、私の中での印象度は抜群なのだ。
私が乳頭温泉郷に行くのは今回が3度目。妻は6度目だとか・・・。そのうち1度は2人での日帰り入浴に出掛けたこともあった。秋田新幹線で田沢湖駅まで行けば日帰りは十分可能だが、今回は温泉郷の中で一番奥にある「蟹場温泉」に泊まる予定だ。久し振りの温泉で昨年中に負った心身の傷を癒してこようと思う。
日記を書きながら出発の準備も整った。現在、午前5時50分。では行ってきます。 |
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| 2010年1月1日(金) |
| 人生まだまだ半分:649 |
1月1日(金) 晴れ 体重:71.2kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(8:00) |
153/67 |
61 |
35.8 |
3,720 |
☆元旦
(ノンビリと過ごす) |
| 午前(0:20) |
145/65 |
54 |
36.0 |
新しい年が明けた。いよいよ「還暦」である。今年(2010年)は寅年だが、年の九星は八白土星で干支は庚寅(かのえ とら)にあたるとか。私は昭和25年生まれの“五黄の寅(ごおうのとら)”。実は、妻も同じ星の下に生まれているので、“五黄の寅”同士ということになる。
それでは、“五黄の寅”とはいったいどういうことなのかネットで調べてみた。大まかなところを書き出してみると次のようになる。
『五黄の寅は、九星(きゅうせい)の五黄土星と干支(えと)の寅年が重なる年で、36年置きにやってくる。大正3年・昭和25年・昭和61年生まれの人がそれに該当。五黄土星は、本命星の中で一番強烈な星で、寅も十二支の中でもっとも強い干支とされている。五黄の人の性質は豪気で大胆、情が深く、思慮分別に富む。競争心が強く、器用で何事にも優れた才を発揮する。強運・幸運の星』
というのが定説のようだ。全てがあてはまるとは思えないが、「強運・幸運の星」というのはその通りだと思う。
ところで、我が家の直近の家系をひも解いてみると不思議な現象が分かる。実に寅年生まれが多いのだ。まず私と妻、そして長男(昭和49年生まれ)、さらにはすでに他界してしまったが、私の父と妻のお父さん(それぞれ大正3年生まれの五黄の寅)。何と、親子三代のなかに寅年生まれが5人もいる。父や義父が健在の頃は、「親子三代にわたって寅が揃うのは大変珍しく、とても縁起が良い』と言われたものだ。
しかし、現実には厳しい結果が待っていた。父が心筋梗塞で倒れ、私と息子が心臓病を発症。皮肉にも親子三代が60歳台、40歳台、20歳台にして心臓系の病に倒れてしまったのだ。このように書き方をすると縁起が良いとは言えないとの見方をされるかも知れないが、それは違う。少なくても私と息子は奇跡に次ぐ奇跡を乗り越えながら、現在を生きている(生かされている)。多くの人が体験できないようなことを体験しながら・・・。私は近頃、生きていることに価値があると思うようになった。生きてさえいれば、何事においても可能性は無限大なのだから。
ということで、今年は寅年生まれの「強運・幸運」の後押しを受けながら、充実した日々を過ごすように努力するつもりだ。 |
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| 2009年12月31日(木) |
| 人生まだまだ半分:648 |
12月31日(木) 曇り 体重:71.0kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:30) |
151/68 |
62 |
35.9 |
0 |
☆遺言の書き直し
☆家族宛DVD作成 |
| 午後(11:45) |
147/67 |
57 |
35.9 |
今日は大晦日。今年も何とか無事に暮れようとしている。思い起こせば、去年の今頃は手術後の療養の真っ只中だった。「声がまともに出ない」「肋骨接合部の激痛」「嚥下障害(誤嚥)」などの三重苦のため、心身ともに崖っぷちの日々を送っていたものだ。あれから1年が経過。今年もいろいろな試練に直面し挫けそうな時もあったが、危機的状況を乗り越えられたのは、家族をはじめとした周囲の方々の温かい励ましがあったからに他ならない。
夏から秋にかけて喉頭形成術という“のど”の手術を2度受けたが、痛い思いをしただけの結果に終わった。また、冬に向かう頃には顔面神経麻痺という新たな病気を発症。弱り目に祟り目の言葉がピッタリあてはまるような事態に陥ってしまった。それでも、私の場合はこうして生きているのだから不思議でならない。後から病気になった“療友”が今年も2人先立ってしまった。そのような現実を目の当たりにすると、私は。つくづく「生かされている」ということを実感させられる。
身に降りかかった出来事を振り返ってみると、私にとっては今年が“どん底”だったかも知れない。落ちるところまで落ちたら、あとは上がり目だけしかないはず。来たるべき新しい年は、どん底から這い上がる1年にしたいと思う。
それでは、みなさん、良いお年をお迎えください。 |
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| 2009年12月30日(水) |
| 人生まだまだ半分:647 |
12月30日(水) 晴れ〜曇り 体重:71.2kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:20) |
147/67 |
60 |
35.8 |
0 |
☆パソコン内の整理片付け |
| 午前(0:30) |
144/64 |
55 |
36.1 |
年末の掃除片付けは昨日で一段落。年明け早々には久し振りの温泉旅行が予定されている。したがって、この暮れはこれといった正月料理を準備する必要もない。体調のほうは、万全な状態とは言えないまでも、遠出が可能な状態まで回復したと判断。せっかく娘夫婦が温泉旅行に付き合ってくれるというので、私もご相伴にあずかることにした。
声帯麻痺の上に顔面神経麻痺を発症した時は、今年も正月は自宅療養を覚悟したものだ。それが、この時期に治ってしまうところをみると、やっぱり私は強運の持ち主と言うことになるのかも知れない。声がまともに出ないこと、そしてときどき誤嚥で苦しむ以外、もう普段通りの生活が営めるようになった。最近は、その声と誤嚥にも次第に慣れてきたような気がする。年明けから始まるリハビリの効果がどの程度のものか不明だが、最悪の場合、“声と誤嚥は生涯の友“と割り切ることもできそうだ。
ところで、今日は久し振りに本格的なハーモニカの練習に取り組んでみた。私にしては珍しい1時間もの長時間練習である。曲目は、例のDVD・CDの制作段階で気に入ったK先生のオリジナル曲「大地の友」。新年会には師範級の方々と一緒に吹く機会がありそうなので、何とか格好を付けたいと思う。
さて、今日は12月30日なので、門の両側に紙製の松飾りを貼った。29日は“再び苦が来る”とか、31日では“一夜飾りで歳神様に失礼”などと言われているので、私もその教えに従っている。 |
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| 2009年12月29日(火) |
| 人生まだまだ半分:646 |
12月29日(火) 曇り〜晴れ 体重:71.0kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(6:00) |
152/68 |
60 |
35.9 |
0 |
☆自室の掃除・片付け
☆妻を千葉駅まで送る |
| 午前(0:10) |
138/62 |
54 |
35.9 |
今日は自室の大掃除(?)だけで一日が終わった。こんな書き方をすると、よっぽど広い部屋か、それとも足の踏み場もないほどのゴミ箱状態になっていると思われることだろう。ところが、実態は、そのどちらにも該当しない。私の部屋は6畳程度の広さの洋室(個室)で、ベッド・机・本棚が適当な場所に配置されている。その他には小さな整理棚があるだけなので、小ざっぱりも良いところ。したがって、掃除・片付けと言っても、やる範囲はたかが知れている。その気になれば1時間足らずで終わってしまう。それなのに、私はそこで一日中何をしていたのだろうか・・・。
掃除に費やした時間はほんのわずか。実は、ほとんどの時間、古いアルバムなどを眺めて過ごしたのだ。亡き父や母の写真を見ていたら、遠い昔にぐいぐいと引き戻される感覚を体感。懐かしさに胸が熱くなるのが分かる。出来ることなら、もう一度あの両親の子供になって人生をやり直してみたいと思った。
アルバムを仕舞おうとしたとき、母が亡くなる直前まで使っていたバッグが目に留まった。バッグの中身は、私たち兄妹3人の緊急連絡先が書かれた手帳・病院の診察券・財布、そして1枚のガーゼのハンカチ。葬儀の時、棺に入れてやろうとしたが、そのまま持ち帰ってきたものだ。ハンカチは、汗が沁み込んで色が付いたままのもの。母の匂いがするかと思って鼻にあてたら涙が溢れて来た。
そう言えば、7年前のこの時期には、母と二人でお節料理を作ったものだ。「この歳になって、光夫と一緒にお節料理が作れて幸せだよ」との言葉が今も忘れられない。この日記を書きながら、また涙が・・・。歳のせいか、最近、特に涙腺がゆるんできたような気がする。 |
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| 2009年12月28日(月) |
| 人生まだまだ半分:645 |
12月28日(月) 雨〜曇り〜晴れ 体重:70.8kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:10) |
150/65 |
57 |
35.8 |
2,780 |
☆床のワックスがけ
☆日本赤十字社「ドナー通信」受領 |
| 午前(0:00) |
145/64 |
53 |
36.0 |
明日から3泊4日の添乗仕事に出掛ける妻は、相変わらず準備に大わらわといった様子だ。私のほうは、庭仕事も終わったので余裕がある。そこで、今日はリビングや廊下など、床のワックスがけを行なうことにした。テーブルや椅子を移動する際は、手伝いに来てくれた“猫の手を借りて(冗談)”、妻の手を借りての二人三脚。久し振りに本気モードでの大掃除である。おかげで、床のフローリングはピッカピカに磨き上がった。鏡のような床に反射した太陽が、こんなに眩しく感じたのは何年振りだろうか・・・。
夕方、日本赤十字社のIさんとHさんのお二人が訪ねて来た。10月に開催された献血感謝の集いの際にお世話になった方々で、今日は体験発表記事が掲載された“ドナー通信”を届けに来てくれたのだ。このドナー通信は、献血を推進するための情報誌で、千葉県内関係機関宛に4万5000部が発行されているとのこと。その中に、私の発表原稿が「メッセージ特集」という形で掲載されていた。見開きの2ページをフルに使っての全文掲載というのは異例の取り扱いだそうだ。すでに、読者の方々からの反響が何通も寄せられており、その声を取りまとめて後日報告してくださるとのことだった。
せっかくだから、この日記から“ドナー通信”の該当ページが閲覧できるようにリンクを貼っておくことにしよう。
【メッセージ特集 手記「生あるは献血のおかげ」】
なお、パソコンの表示画面では倍率を拡大しての閲覧が可能。ただし、内容的には、「体験発表」のページに掲載したものと同じなので、決して目新しいものではないということはお断りしておかねばなるまい。 |
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| 2009年12月27日(日) |
| 人生まだまだ半分:644 |
12月27日(日) 晴れ 体重:71.1kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:00) |
153/67 |
54 |
35.7 |
5,840 |
☆庭仕事
(草取り〜ブドウ剪定) |
| 午前(0:20) |
141/62 |
49 |
35.9 |
添乗仕事の谷間の妻が、昨日から張り切って掃除や買い物をこなしている。朝食後には、「30分で良いから一緒に庭の草取りをしようよ」と誘ってきた。私も今日は庭仕事をするつもりだったので、二つ返事で了解。苦手な草取りだが、担当エリアの割り振りをされたらやらないわけにはいかない。
「さて、草取り開始」というときなって、近所の“猫ちゃん”が遊びに来た。この“猫ちゃん”は、2ヶ月ほど前の日記にも登場したことがあるが、近所では「賢い猫」との定評がある。風格が漂っていて、高貴なイメージから、誰が名付けたか名前は「バロン(男爵)」。ところが、最近になって飼い主から正しい名前が明かされた。本名は「タキちゃん」だとのこと。名前の由来を尋ねると、「タキシードを着ているような毛色をしているから・・・」とおっしゃる。なるほど、タキシードにそっくりだ。
「タキちゃん」と遊びながらの草取りの後は、ブドウ(巨峰)の木の剪定作業に移る。今年の豊作の要因は、去年の剪定が上手くいったからに他ならない。インターネットで得た知識が成果につながったものと、少しばかり自信を深めることができた。来年も今年同様に大豊作であれば良いのだが、果たしてどうなることか・・・。 |
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| 2009年12月26日(土) |
| 人生まだまだ半分:643 |
12月26日(土) 晴れ 体重:70.9kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:30) |
148/65 |
56 |
35.7 |
0 |
☆パソコン内大掃除
(不要ファイル整理)
☆K先生リサイタルCD音源検討 |
| 午前(1:10) |
143/65 |
52 |
36.1 |
遅れ気味だった年賀状は、昨日と今日の二日間で何とか格好を付けることができた。毎年のことだが、私は、この年賀状書きの作業を出来るだけ後ろに引き延ばすようにしている。それは、体調に不安を抱えた身ゆえの慎重さの顕れのようなものかも知れない。私にとって、12月下旬から3月下旬までの3ヶ月間は、1年のうちで最も体調管理に神経を遣う時期と言える。そんな思いが根底にあるからか、つい、年賀状の書き始めが遅くなる傾向があるようだ。
年賀状書きが終わっても、今日から大晦日までの6日間は何かと慌ただしい。まだ、大掃除・庭木の剪定・パソコン内のデータ整理などの作業が手つかず状態だからだ。そこで、今日は取りあえずパソコン内の不要ファイルの片付け作業を行なうことにした。ファイルを次々とゴミ箱に放り込むのだから、この作業も一種の大掃除と言えなくもない。今年は多くのビデオデータをパソコンに取り込んだので、全体の容量が不足気味。年が明けたら、外付けハードディスクの追加増設を検討するつもりだ。 |
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| 2009年12月25日(金) |
| 人生まだまだ半分:642 |
12月25日(金) 晴れ 体重:70.8kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(6:50) |
151/67 |
57 |
35.8 |
0 |
☆救命救急センター外来受診
☆ハーモニカ稲毛教室後継会場見学 |
| 午前(1:00) |
144/63 |
55 |
36.0 |
さすがに、この時期になると救命救急センターの混雑ぶりもピークを迎えているようだ。夏場は閑散としている外来患者用の待合室も今日は満席。診察の待ち時間が1時間以上にもなった。その間に、救急出入り口にはサイレンを鳴らした救急車が時をずらして3台到着。緊張した様子の医師・看護師さんたちが走り回っている。過去に私も何度か同じような場面に遭遇したわけだが、当時の苦しさが昨日のことのように思い出された。
ここの外来診察を受ける患者は、救命救急センターで脳や心臓の手術を受けた者に限られている。外来予約がとれていても、緊急手術などが入ると長時間待たされたり、日延べされることも稀にはあるとのこと。しかし、そうだからと言って、誰一人としてクレームを付ける者などはいない。お互い様だからだ。
さて、私の血液検査の結果、PT-INR(血液凝固能)の値が極端に低下したことが判明した。このままでは人工弁が正常に作動しなくなる危険が高まるとのことで、抗凝結薬(ワーファリン)の服用量が増量となった。このような数値変化を確認するためにも、私の場合は1ヶ月ごとの検査は欠かせない。
ところで、主治医のO先生から「献血感謝の集い体験発表」についての話題が提供された。数日前、日本赤十字社の責任者の方から「ドナー通信」なるものを頂戴したとのこと。そこには発表原稿の全文が掲載されていて、あらためて感動させられたとおっしゃる。「あの発表内容は凄いね〜。秋山さんの『生きよう』という強い気持ちが文章に乗り移っているような印象を受けました」と言うのだ。 |
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| 2009年12月24日(木) |
| 人生まだまだ半分:641 |
12月24日(木) 晴れ 体重:70.6kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:20) |
155/68 |
58 |
35.7 |
0 |
☆ハーモニカ稲毛教室
☆年賀状宛名印刷 |
| 午前(0:40) |
147/61 |
54 |
35.8 |
今日、車のエンジンを掛けた途端、「メリークリスマス」というメッセージが流れた。そういえば、これまでにも、「あけましておめでとうございます」とか、「誕生日おめでとうございます」と言われてビックリしたものだ。カーナビで目的地を自宅に設定すると、到着時には「お疲れ様でした」とも言う。最近の車は本当に良くできているものだと感心させられる。
いよいよ今年も残すところ1週間になった。私はまだ年賀状を書き終えていない。例のDVD・CD作成作業に追われて、それどころではなかったのだ。今日になって、やっと宛名や裏面の写真などの印刷を行なうことができた。郵便局窓口の話では、12月25日までに投函すれば元旦の配達に間に合うとのことだが、まだ見通しが立っていないのが現状だ。気の利いた言葉は書けないが、ひとことだけでも添え書きをしたいと思う。
ところで、今日は今年最後のハーモニカ稲毛教室。A先生によるハーモニカの手入れの実演が行なわれた。プラスチック製のものに限っての話だが、カバーを外してリード部分を“酸洗い”する方法は参考になった。 |
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| 2009年12月23日(水) |
| 人生まだまだ半分:640 |
12月23日(水) 天皇誕生日 晴れ 体重:70.7kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:10) |
154/68 |
61 |
35.8 |
4,870 |
☆DVD・CD制作打ち合わせ
(浅草橋)
☆年賀状宛名印刷 |
| 午前(1:10) |
151/64 |
56 |
35.9 |
先週の土曜日に続いて、今日も東京の浅草橋にある映像制作会社まで出掛けた。用件は、懸案のK先生のハーモニカリサイタルのDVD・CD制作に関する打ち合わせ。A先生と現地で合流し、先方の責任者のもとを訪ねる。DVD・CDの製作費は、私が準備したデータをそのまま使用することでコストの大幅削減が実現した。ここで契約が成立。睡眠時間を削り、何日も半徹夜状態でデータ編集に取り組んだ苦労が報われた瞬間だ。
私が骨身を削る思いでDVD・CDデータ編集に取り組んだことを、A先生やK先生がどれほど分かっているかというと、それは甚だ疑問と言わざるを得ない。この作業の困難さは、実際にやった者でないと理解できないはず。A先生やK先生は、おそらく次のような感想を持たれていると思う。「DVDやCDはこんなに安くできるのか・・・」と。ビデオ撮影からデータ編集まで、最もコストが高くつくところを私が無報酬で対応しているのだから、安上がりになるのは当然のこと。
そんなことはないだろうが、もしも、もしも、A先生やK先生が私の対応ぶりを、「生徒なのだから当たり前」と考えておられるとすると、それではあまりにも寂しすぎる。私が報酬目当てで動く人間でないことは衆目の一致するところ。では、私がこの日記で何を言いたいのか・・・。それは、この作業の困難さを、ただただ分かってもらいたいだけ。いつの日か、心から「ご苦労さん」という言葉を掛けていただければそれで良いのだ。そのような日が来ることを期待しながら待ちたいと思う。 |
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| 2009年12月22日(火) |
| 人生まだまだ半分:639 |
12月22日(火) 晴れ 体重:70.9kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:30) |
150/65 |
58 |
35.8 |
0 |
☆ハーモニカサークル
(療育センター)
☆年賀状準備開始 |
| 午前(0:50) |
147/65 |
54 |
36.0 |
今年も残すところあと10日。しかし、一向に年の瀬が押し迫ったという実感がしてこない。現役サラリーマン生活を引退して10年が経つというのに、いったいこの気忙しさは何なのだろうか・・・。
ふと、自分の人生を振り返ってみた。予期せぬ病気により労働能力を喪失してしまったが、仕事人生が充実していたのは間違いない。一般的には40年と言われる稼働年数を、私は30年で駆け抜けてしまったようなものだ。仕事の絶対量が決まっているとすれば、当然、密度が濃かったということになる。それゆえ身体が破綻してしまったのだが、現役引退後も基本的な生き方は変わっていない。相変わらず、仕事以外の道を全速力で突っ走っている。何度となく痛い目にあっても懲りないのだから、私はよっぽど不器用な生き方しかできない人間なのだと思う。
さて、今日は療育センターにおける今年最後のハーモニカサークルだ。ここに初めて顔を出したのは去年の11月のこと。その後、入院・手術などのため休養した期間もあったが、ほぼ1年が経過した。このサークルの良さは、何といっても純粋にハーモニカを楽しめるところだ。身体の不自由な方々が生き生きと、そして楽しそうにハーモニカを奏でる。「上達して先生になろう」などという野心家は誰もいない。居心地の良さの原点は、仲間の方々と楽しい時間が共有できるかどうかだと思う。ここにはそれがある。 |
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| 2009年12月21日(月) |
| 人生まだまだ半分:638 |
12月21日(月) 晴れ 体重:70.7kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:10) |
154/66 |
61 |
35.7 |
0 |
☆海浜病院外来受診
☆Y耳鼻科クリニック定期受診
☆K先生リサイタルCDデータ再編集 |
| 午前(1:10) |
145/67 |
58 |
35.9 |
今日は2ヶ所の医療機関をハシゴして回った。まあ、これは予定の行動である。まず、始めは、顔面神経麻痺と左反回神経麻痺(声帯麻痺)の経過観察のため、海浜病院を受診。主治医のS先生に、「数日前から顔面神経麻痺の症状がほとんど消えました」と告げると、早速、表情の目視検査が行なわれた。「あれほど重症だったのが、発症後わずか1ヶ月でこれほど回復するとは・・・」と、S先生はあらためて私の驚異の回復力にビックリされたようだ。
しかし、ファイバースコープによる声帯の検査になると、S先生の表情も曇りがち・・・。「間もなく術後3ヶ月を迎えますが、改善の気配は感じられませんね。左右の声帯はピタッと閉じているのに、良い声が出ないのは振動時の周波数が確保されていない証拠。年が明けたら、言語療法士と相談しながらリハビリを始めましょう」ということになった。効果があるかどうかは分からないが、リハビリを行なうことは私の希望によるものだ。
続いての医療機関は、Y耳鼻科クリニック。「睡眠時無呼吸症候群」のための定期受診である。CPAP治療器のデータカードを分析した検査技師のOさんは、「模範患者の秋山さんにしては、この数日間の睡眠状態が悪いですね。3〜4時間程度の睡眠時間というのは心臓のためにも良くありません。最低5時間は眠るようにしてください」と注意されてしまった。
病院通いの合間を縫って、K先生リサイタルのCD制作用データ編集に取り組んだ。何とか今日中に再編集作業を完了させることができたのでホッと一息。明後日(23日)は、2度目の映像制作会社との打ち合わせが予定されている。DVD&CD制作作業から解放される日も近そうだ。 |
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| 2009年12月20日(日) |
| 人生まだまだ半分:637 |
12月20日(日) 晴れ 体重:70.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(6:00) |
155/67 |
61 |
35.9 |
1,840 |
☆クリスマス会
(長男家族のマンションにて) |
| 午前(1:30) |
152/65 |
57 |
36.1 |
K先生のリサイタルDVD・CD制作について、まだ私の仕事は終わっていない。昨日の打ち合わせの場で、CDの頭出し作業(データ作成)を引き受けたのが、またまた自分の首を絞める原因になった。その他にも、やらなければならないこと、やりたいことが山積しているため、この年の瀬はエンジン全開の日々である。
今朝も早々に起床して、2台のパソコンで二つの作業を同時進行。「二兎を追うもの一兎も得ず」の例えがあるが、作業量を考えれば背に腹は代えられない。しかし、午前中の時間をフルに使っても、CDのデータ作成は遅々として進まなかった。反面、山内学級HPに校歌を掲載するための作業は順調そのもの。体裁の良し悪しは別として、概ね思い描いていたようなものが出来上がった。前述の例え話とは異なるが、二兎を追ったらこそ一兎を得ることができたのではないかと思う。校歌のデータを送ってくださった“桐々舞子さん”には感謝の念でいっぱいだ。
さて、午後は楽しみにしていたクリスマス会。長男夫妻が、上の娘夫婦と下の娘、そして私たち夫婦を招待してくれることになっていた。残念ながら、下の娘は都合が付かずに不参加。それでも、孫娘を含めて秋山家一族が7人も揃ったのだから大したものだ。ユリちゃん(長男のお嫁さん)の手料理にみんなが舌鼓を打つ。夕食の前後は、孫娘が主役になっての手品・かるた・オセロなどのゲームに興じた。この一年、私以外はみんな元気に過ごせたようだ。来年も良い年であるようにと祈らずにはいられなかった。 |
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| 2009年12月19日(土) |
| 人生まだまだ半分:636 |
12月19日(土) 晴れ 体重:70.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(6:20) |
157/68 |
63 |
35.8 |
6,970 |
☆DVD・CD制作打ち合わせ
(浅草橋)
☆千葉職対連相談会〜忘年会 |
| 午前(0:50) |
148/66 |
55 |
35.9 |
昨日の日記に、Kさんから「ほどほどに・・・」と忠告されたことを書いたが、現実問題となるとなかなか難しい。夕べも、DVD・CDの制作準備のため、半徹夜状態になってしまった。何とか格好を付けて床に就いたのが午前3時半を回った頃。今朝の起床が6時半だから、睡眠時間は3時間にも満たない。これでは身体が壊れるのも当然か・・・。全く懲りない奴だと自分自身が呆れてしまう。
そして迎えた今日、A先生とともに浅草橋駅近くの映像制作会社を訪ねる。用意した資料(メディア)をもとに、先方の社長や専門スタッフと交渉を開始。技術的問題や価格交渉段階では、現役時代の建築ネゴシエーターの素顔に早変わりだ。思い描いていた通りのストーリーで打ち合わせを進める。私が主導権を握っての交渉になるのは当然のこと。ここではA先生が出る幕はない。私と先方との交渉を黙って聞いていたA先生は、私の“ネゴ”ぶりに目を見張っておられた。それは、先方の専門家も同じ。コストの大幅削減発言を引き出せたので、交渉は大成功といったところだ。A先生による、「一緒に来てもらって良かった。私だけでは先方の言いなりだから・・・」という言葉だけで私は大満足。お昼の食事を奢ってもらったのでお釣りがきた感じだ。
午後は、船橋での千葉職対連相談会に出席。相談者はいつもより少なくて2名のみ。「労災職業病の相談が少ないことは良いこと」と単純に解釈して良いものかどうか・・・。もしかしたら、ここにも来れないほど深刻な状況に置かれているのではないかと心配になった。
相談会終了後は場所を変えての忘年会だ。参加者は11名。去年の今頃、私は救命救急センターのベッドの上で激痛と格闘していたものだ。したがって、2年ぶりの参加ということになる。今回は、しばしば職対連の掲示板に登場する稲葉さんが参加されていたので、内容の濃い議論も展開された。私は声がまともに出ないので、どうしても発言は控えめになってしまう。それでも、仲間の皆さんと有意義なひと時を過ごせたことに喜びを感じることができた。 |
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| 2009年12月18日(金) |
| 人生まだまだ半分:635 |
12月18日(金) 晴れ 体重:70.6kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:10) |
156/65 |
61 |
35.9 |
7,280 |
☆DVD制作打ち合わせ準備
☆Y歯科クリニック受診 |
| 午前(0:40) |
152/63 |
55 |
36.1 |
明日は東京都内の映像制作会社との打ち合わせが予定されている。K先生のハーモニカ・リサイタルのDVD&CDの制作のためだ。その打ち合わせには、私が撮影したビデオデータの他、DVDの試作盤や写真などの素材も用意しなければならない。DVDとCDの制作予定枚数が500枚ともなると、とても私のパソコンでは対応しきれない。そこで、業者探しから見積り徴収、下打ち合わせなどを重ね、やっと発注段階までこぎ付けることができた。
今日は、その打ち合わせのための最後の準備をしなければならない。朝からパソコン2台を駆使して、最終的なビデオデータの加工編集作業に終始。データ盤を2枚、試作盤を2枚、合わせて4枚のメディア(DVD-R)への書き込みが終わったところに、A先生から電話が入る。「K先生が2曲削除してほしいと言ってきた」とのこと。そこでまた始めから作り直しになってしまった。せっかく焼き付けたDVDも、「間違いのもとだから・・・」と処分することに。新たなチャプターを付けたり、目次を修正したり、このような作業は「言うは易し、行なうは難し」なのだ。
まあ、いろいろあるが、「乗りかかったからには万全を期す」というのが私の性分。出来ないものはキッパリと断るが、出来ることは引き受ける。今回のDVDやCDの制作に限らず、ふるい分けをすると、大方のものは出来るほうに属するので、当然のごとく仕事量は増えるというもの。昨日の忘年会の帰り途、Kさんから「ほどほどに・・・」と忠告されてしまった。どうも、私は自分が置かれている立場や状況に疎いようだ。周囲の方のほうが客観的に見えるのだろうが、Kさんのご忠告はしっかり胸に刻んでおかなければならないと思う。 |
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| 2009年12月17日(木) |
| 人生まだまだ半分:634 |
12月17日(木) 晴れ 体重:70.8kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:00) |
154/64 |
63 |
35.9 |
3,420 |
☆ハーモニカ稲毛教室中途入学
(忘年会) |
| 午前(0:20) |
147/60 |
57 |
35.9 |
声帯麻痺による嗄声の改善を目的に行なった喉頭形成術施行(9月28日)から、間もなく3ヶ月が経とうとしている。この時点で何の改善も確認できないのは、おそらく症状が固定したということだろう。反面、その喉の傷が癒えないうちに発症した顔面神経麻痺(11月17日発症)は、わずか1ヶ月間の治療期間でほぼ完全に元通りになった。こちらの超早期回復ぶりを目の当たりにすると、私の身体の自然治癒力もまんざら捨てたものではないと思われる。
そこで、今日からハーモニカ稲毛教室に復帰(中途入学)することになった。折しも、今日は教室全体の忘年会が企画されている。昨年は手術入院中のため欠席せざるを得なかったが、今回は是が非でも出席したいというのが本音。この日に合わせての復帰手続きを行なった次第だ。
忘年会では、3ヶ月ぶりに仲間の皆さんの独奏を聴かせていただいた。私が足踏みしている間に、先行する皆さんとの差が一段と開いてしまったことを痛感させられる。特に、Kさんの「青葉の笛幻想曲」の出来栄えは圧巻の一語だった。もう、師範級の腕前と言っても良さそうだ。私も安穏と構えている場合ではないが、現状の身体的条件では如何ともしがたい。年が明けたら遅れを取り戻すべく地道に努力しようと思う。 |
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| 2009年12月16日(水) |
| 人生まだまだ半分:633 |
12月16日(水) 曇り 体重:70.7kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:10) |
157/65 |
61 |
35.8 |
3,730 |
☆Y歯科クリニック受診 |
| 午前(0:00) |
151/62 |
54 |
36.0 |
三日連続で山内学級の話題だ。“桐々舞子さん”のご縁で3期生の掲示板にお邪魔したところ、管理人の“仙洞田さん”が先方と当方の掲示板に書き込みをしてくださった。何と素早い対応だろうか・・・。頼もしい後輩たちからは、学ぶことがたくさんありそうだ。
今日、私は大きな過ちを犯していたことに気が付いた。山内学級の掲示板からホームページに戻ろうとすると、どういうわけか、私の下手なハーモニカのページが開いてしまう。これは、数ヶ月前にメンテナンスをかけた際、新しいページを追加しようとしてリンク先を間違えたのが原因のようだ。もう恥をかいてしまったかも知れないが、急いで全てのリンク先のチェックを行ない正常化を図った。掲示板の休眠期間が長かったので、チェックがおざなりになっていたようだ。
ところで、今日は西湖のKちゃんから携帯メールを頂戴した。そこには、山内学級の掲示板について次のような感想が綴られていた。「掲示板にはビックリしました。何かほのぼのとした響きとともに、不思議な思い、山内先生と結ばれていると思いました」と。全く同感だ。
さて、私の顔面神経麻痺の状態についての報告に移るとしよう。今日で発症後1ヶ月目を迎えたが、回復ぶりは極めて順調だ。いや、順調すぎると言っても良い思う。回復度は97〜8パーセント程度といったところ。口の曲がりはほんのわずかであり、味覚は完全に戻った。あとは、歯磨き時に口をブクブクする際、水が漏れなくなれば完全治癒なのだが、それもそう遠くないものと思う。ハーモニカのほうは、ブランクがあった分、若干スムーズさに欠けるようだが、私のテクニックはこの程度のものかも知れない。 |
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|
|
| 2009年12月15日(火) |
| 人生まだまだ半分:632 |
12月15日(火) 曇り 体重:70.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:20) |
154/68 |
63 |
35.7 |
7,950 |
☆DVD制作に伴う業者見積もり依頼
☆散髪 |
| 午前(0:20) |
148/66 |
58 |
35.8 |
山内学級の掲示板を訪問してくださった“桐々舞子さん”についての続報から書くことにする。昨晩、再度のご投稿文を読んで、彼女(彼?)が同級生ではなく1期(3年)後輩の方ということが分かった。いずれにしても、お互い山内先生の教え子であることに変わりはない。それぞれの期の同級生たちを「一卵性双生児(実際そのように親しい間柄だが・・・)」に譬えるならば、“桐々舞子さん”は私たちの「妹(弟?)」といった存在になる。そう思うと、急に親しみが湧いてくるから不思議なものだ。ふと、小林亜星作曲の「人類みな兄弟」という某ウィスキーのCMソングを思い出した。
と、ここまで書いたところで山内先生に電話をすることにした。2度目の声帯形成術を受けてから初めての声の便りである。先生は、「おー、光夫。声が少し出るようになったじゃんか。夕べは3期の桐々舞子からで、今夜は2期の光夫から・・・。お前たちはどこかでつながっているらしいな〜」というのだ。そこで、掲示板の話になり、ことの一部始終が明らかになった次第だ。先生は、「教え子たちが、期を超えて交流できるようにしたい」と常々おっしゃっているが、この掲示板交流はその第一歩といったところだと思う。年が明けたら、またお邪魔させていただくという約束をさせていただいた。
さて、日中の出来事にさかのぼるが、お昼が近付いた頃、息子がひょっこりスーツ姿で現れた。午後、救命救急センターで新型インフルエンザワクチンの優先接種を受けるついでに立ち寄ってみたとのこと。「どうせ、お父さん一人じゃロクなものを食べないだろうから、一緒にランチを付き合うよ」と、いつもセリフを吐く。つまり、「奢ってくれ」ということなのだ。このように、息子は月に1〜2回、救命救急センターの外来受診日に必ず私のところに顔を出す。息子にとっては奢ってもらうことが親孝行のつもりなのだと思う。
その息子が、お嫁さんのユリちゃんと相談しながら、秋山家一族のクリスマス会(忘年会)を企画してくれている。去年は私が手術直後で何もできなかったから、今年は妹たち(娘たち)も誘って賑やかなひと時を過ごそうというのだ。親子三代全員(8人)が勢ぞろいするのは、去年の結婚35周年記念パーティー以来のこと。ありがたい企画に感謝だ。 |
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| 2009年12月14日(月) |
| 人生まだまだ半分:631 |
12月14日(月) 曇り 体重:70.6kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(6:40) |
152/67 |
62 |
35.7 |
3,310 |
☆浦和コミュニティセンター
(DVD制作打ち合わせ) |
| 午前(0:10) |
145/64 |
57 |
35.9 |
以前の日記にも書いたが、この「AKIYAMA2571HP」は、「千葉職対連HP」と「山内学級HP」の二つの兄弟サイトを併せ持っている。いわゆる「ダンゴ3兄弟」か「三つ子」といった関係だ。この三つのHPは、生みの親が同一人のため、内容・構成などはソックリ。誰の目にも「親子・兄弟」に見えると思う。
そこで、今日はそれぞれの掲示板についての話題を取り上げることにした。まず、「AKIYAMA2571」。こちらは、山キチさんや冬瓜さんをはじめ、多くの方々からの応援・激励のメッセージが病身の私に生きる勇気を与えてくれている。本当にありがたいことだ。また、「千葉職対連」のほうに目を向ければ、こちらは、稲葉さん・誰それさん、そして最近は北辰さんといった方々が硬軟織り交ぜながら活発な投稿を寄せてくださっている。とりわけ、北辰さんの博学多才ぶりには感心させられっ放しだ。稲葉さん・誰それさんの息の合った掛け合いも心地よく感じられる。
片や、「山内学級」のほうはというと、この1年ほどは完全な休眠状態。管理人が内容の更新を怠っているのだから無理もないが、掲示板も寂しい限りだった。この「山内学級」こそ、仲間の交流を最も期待していたのだが、なかなか思うようには行かないものだ。
その「山内学級」の掲示板に、一昨日、思いがけず新たな訪問者があったのでビックリ。「休眠期間が1年半に及んだら、掲示板の閉鎖も止むを得ないか・・・」と思っていた矢先の書き込みだった。まるで、管理人(私)の心中を察したかのようなタイミングにドッキリさせられる。さらに、印象的だったのは投稿された方のお名前。何と、“桐々舞子さん”とおっしゃるのだ。「もしかしたら同級生?」、「それとも先輩?」、「はたまた後輩?」かと、空想が拡がるばかりだった。
さて、今日は稲毛のハーモニカ仲間のMさんとともに埼玉の浦和まで出掛けて行った。目的は、K先生のリサイタルDVDの制作打ち合わせのため。K先生とA先生は、私の顔面神経麻痺の病状回復を待っていてくださったのだ。師走も半ばを迎えようとしているが、制作〜販売に関しての方向性が決まったのでホッとした。 |
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| 2009年12月13日(日) |
| 人生まだまだ半分:630 |
12月13日(日) 曇り 体重:70.8kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:30) |
145/65 |
64 |
35.9 |
3,050 |
☆プチ農園作業
(柿の鉢植え) |
| 午前(0:30) |
147/62 |
60 |
36.0 |
『桃栗三年柿八年(ももくりさんねんかきはちねん)』
このことわざの意味は、知っての通り、「種子をまき、桃と栗は芽生えてから三年、柿は八年で実を結ぶ」ということ。つまり、何事も良い結果を得るまでには、それ相応の年月がかかるということの喩だ。このことわざには続きがあり、各地で様々な言葉が使われているようだが、私は次のような使い方をしている。「桃栗三年柿八年〜梅は酸い酸い十三年〜柚子(ゆず)のバカたれ十八年」と。
さて、数日前の日記に書いたように、最近、私はプチ農園で「サクランボ(3本)」「桃(2本)」
「リンゴ(1本)」の鉢植えと遊んでいる。そこに、今日は前述のことわざを思い出したので「柿(1本)」を購入して追加。狭い庭が鉢だらけになってしまった。そこで、せっかくだから実を結ぶまでの年数を実験することにした。手元にある鉢植えは全て接ぎ木苗の2年樹のため、「サクランボ」「桃」に関しては来年は無理としても、再来年には結実するのではないかと期待している。「リンゴ」は若木にも実るそうなので、これも再来年に期待。ただ、「柿」は八年もかからないまでも、成木にならないと実らないらしいので、数年単位の長期戦を覚悟する必要がありそうだ。
「老後の楽しみに・・・」と始めた果樹の鉢植え栽培だが、まずは私が元気でいなければ話にもならない。健康面では、このところ「赤信号」が点滅しっ放しなので、最低でも現状維持に努めたいと思う。 |
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| 2009年12月12日(土) |
| 人生まだまだ半分:629 |
12月12日(土) 晴れ 体重:70.7kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:20) |
148/61 |
63 |
35.9 |
12,140 |
☆2時間ウォーキング
☆山キチさんのビデオ→HP掲載 |
| 午前(0:10) |
150/63 |
57 |
35.8 |
休養十分なので、今日もウォーキングに出掛けた。目的地は自宅から4kmほど離れたところにあるホームセンター。果樹苗の下見のためだ。往復2時間、12,000歩強のコースはさすがに疲れた。それでも、何とか無事に歩くことができたということは体力が戻ってきた証拠だと思う。自分の足で歩ける幸せを実感しながらのウォーキングだった。
ところで、今日も掲示板に山キチさんが励ましのメッセージを寄せてくださった。例の「体験発表」のビデオ映像を見ることができたとのこと。いつも私の体調を気遣い、エールを送ってくださる山キチさんには感謝するばかりだ。
そこで、何か恩返しをしたいと考えた末、あることを思いついた。それは、山キチさんのビデオ映像をこのホームページの中で視聴できるようにすることだ。山キチさんは、数年前、NHKのテレビ番組「特集
小さな旅:忘れ得ぬ山河」という番組に登場され、そのDVDを私に贈ってくださった。放送されたのは2004年1月のことだったとお聞きしている。それを加工・編集すれば何とかなるかも知れない。ということで、試行錯誤であれこれやってみたら出来た。幸い、ホームページにもかろうじて収まる容量サイズに仕上がった。
この「忘れ得ぬ山河」は、山キチさんの山への思いが凝縮されたような作品である。私の「体験発表」と同様、下記アドレスをクリックした後、2〜3分ほど待っていると再生が始まるはず。興味のある方はどうぞご覧ください。
【忘れ得ぬ山河yamakitisan.mp4】
山キチさんにお断りしていないが、テレビ放映されたものなので「OK」と判断させていただいた。容量の関係でいつまで掲載できるか分からないが、「中村家系いとこ会」のトップページからも閲覧できるようにしておこう。 |
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| 2009年12月11日(金) |
| 人生まだまだ半分:628 |
12月11日(金) 雨 体重:70.8kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:10) |
153/65 |
61 |
35.9 |
0 |
☆ホームページメンテナンス
(動画ファイル圧縮) |
| 午後(11:50) |
151/62 |
56 |
36.1 |
冷たい雨が降る寒い一日だった。日本列島を挟むように、二つの低気圧が北東の方向に進んでいる。「こんな日は家の中でぬくぬくしているに限る」と、勝手に入院並みの自宅療養を決め込んだ。
パジャマ姿のまま自室に閉じこもり、三度の食事を除き、朝から深夜までホームページのメンテナンス作業を行なった。先頃まで、政府の行政刷新会議ワーキンググループが「事業仕分け」と銘打って、公開の場で、それぞれの事業ごとに要否等を議論していたのは記憶に新しい。あれは、透明性を確保しながら、予算の見直しを行なうという有効かつ目新しい手法だと思った。それに対して、私はたった一人、密室でホームページに使用している動画ファイルの容量サイズの圧縮に取り組んだ。
圧縮のための無料ソフトをダウンロードし、そのマニュアルと首っ引きでの作業だから手間がかかる。しかし、苦労は報われるものだ。使用中の5個の動画ファイルの合計サイズは430メガバイトだったが、圧縮後280メガバイトまで減らすことができた。150メガバイトもの圧縮は予想外の収穫である。そこで、新たに4個の動画ファイルを掲載することにした。その内訳は下記の通りだ。
@ハーモニカの合奏曲として1ファイル(泪と微笑)
A中村家系いとこ会で2ファイル(本家訪問&カラオケ)
B山内学級同級会として1ファイル
結局、容量サイズの圧縮を図った分を別ファイルの掲載に充てたということ。ホームページ版の事業仕分けと言ったところだ。所詮、自己満足に過ぎないが・・・。 |
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| 2009年12月10日(木) |
| 人生まだまだ半分:627 |
12月10日(木) 晴れ 体重:70.6kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(6:50) |
151/63 |
58 |
35.9 |
7,120 |
☆ハーモニカ稲毛教室訪問 |
| 午前(0:00) |
145/60 |
54 |
35.9 |
顔面神経麻痺の症状の回復度は、今日現在で90%程度といったところだ。一昨日の日記にも書いたが、日常生活にはほとんど不自由を感じなくなった。しかし、ハーモニカだけを取り上げてみると、まだまだ以前と同程度に吹きこなすまでには至っていない。ハーモニカを銜えて右唇側で主音を出そうとすると、左唇の筋肉に引っ張られるかのように右の口元が微妙に左側へと移動してしまう。そのために濁った音しか出ない。このような状態だが、「そろそろハーモニカ教室に復帰したい」という気持ちが芽生えてきた。
現在、私は、どこのハーモニカ教室にも所属していない。早い話が無所属である。それでも、今日は稲毛教室の開講日なので顔を出してみた。A先生とDVD作成の件での打ち合わせがあったし、心温まる贈り物を頂戴したHさんに御礼を申し上げたいと思ったから・・・。その場で皆さんにお会いしたわけだが、仲間の存在はありがたいものと再認識させられた。無所属の私を来週の忘年会に誘ってくださるのだ。昨年は手術入院中のため参加できなかったが、今年は是非参加させていただきたいと思う。
稲毛教室への復帰希望をA先生にお伝えし、一応の許可はいただいた。しかし、現実には顔面神経麻痺の回復具合と相談して決めるつもりだ。 |
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| 2009年12月9日(水) |
| 人生まだまだ半分:626 |
12月9日(水) 曇り 体重:70.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:20) |
147/61 |
56 |
35.9 |
11,970 |
☆花島公園往復ウォーキング |
| 午後(11:50) |
141/58 |
50 |
36.1 |
11,970歩。これは、今日、約2時間かけて歩いた数字だ。顔面神経麻痺の症状がだいぶ良くなったので、久し振りにウォーキングをしようという気になった。花見川サイクリングロードを上流に向かって歩く。目的地は、いつも冬瓜さんやベルちゃんたちが遊んでいる「花島公園」。自宅からの所要時間は往路が50分。帰路はさすがに疲れが出たので、途中休憩をはさみ70分の行程となった。病み上がりにしては、よく2時間も歩けたものだ。
ウォーキングとは別に、今日はハーモニカの練習にも取り組んでみた。「泪と微笑」だけを20分ほど。まだ口元に麻痺が残っているので、ハーモニカを銜えたときの感覚には違和感がある。それでも、何とか吹けるようになったことが嬉しい。結局、今年の練習曲は、この「泪と微笑」と「キサス・キサス・キサス」の2曲だけ。どちらも中途半端な状態だが、極悪な体調だったことを考えれば合格点を上げても良いと思う。(大甘な自己評価かな?)。
ところで、山キチさんが掲示板に「体験発表のビデオがダメ。直前で固まってしまう」という投稿を寄せてくださった。そう言えば、冬瓜さんからは「声が聞きとれない」というご報告もいただいた。兄やんからも再生が始まらないという連絡があった。片や、稲葉さんの掲示板投稿記事を読ませていただく限り、正常に再生出来ているように思える。Phoenixさんからも、「正常に見ることができた」とお聞きした。
何が原因でビデオが正常に再生できないかは定かではないが、もしかしたら私の編集ソフトと再生される方の器械的な相性の問題があるのかも知れない。そこで、再生できない方に試していただきたいのがAPPLE社の「QuickTimeの無償ダウンロード」だ。それは、私がホームページ用に編集する際、QuickTimeのプログラムを使用したという経緯があるので。参考までにアドレスを貼り付けておくこととしよう。
http://www.apple.com/jp/quicktime/
このQuickTimeをインストールすれば正常な再生ができるはずだが、果たしてどうだろうか・・・。ただ、ビデオ映像は容量サイズが大きいので、再生が始まるまで2〜3分の時間を要する見込みだ。 |
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| 2009年12月8日(火) |
| 人生まだまだ半分:625 |
12月8日(火) 晴れ 体重:70.6kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(6:50) |
152/63 |
57 |
35.9 |
0 |
☆ハーモニカサークル
(療育センター) |
| 午前(0:00) |
146/60 |
55 |
35.9 |
顔面神経麻痺の症状は昨日よりもさらに回復。外見上は元の状態に限りなく近づいたと思われる。感覚的には口元周りの回復度がイマイチで、右唇に力を入れようとすると口が左側を向いてしまう。それでも、その曲がり方は一時ほどのことはなく、ほんの微々たるもの。ほとんど日常生活に不便を感じることはなくなった。強いて不自由なことを上げるとすれば、歯磨き時に口をブクブクする際、水がこぼれてしまうことぐらいか・・・。
そこで、久し振りにハーモニカを吹いてみた。いわゆる病後の試し吹きである。今日は折しも療育センターでのハーモニカサークルの開催日。この試し吹きの結果如何で出席か欠席かの判断をすることにした。さて、その結果だが、元の状態には程遠いが、まあ、そこそこ吹ける。仲間の皆さんにもお会いしたいので出席することにした。
幹事のFさんが、このサークルの会員名簿を作ってくださった。面白いのは、その中に年齢欄があること。全会員数が11名で、最高齢は92歳のHさん。最年少が59歳の私。平均年齢を計算してみたら、何と72.5歳だった。しかし、皆さんには年齢を感じさせない若さがある。ややもすると、私が一番年寄りくさいかも知れない。たとえ身体が不自由でも、生き生きとした姿は輝いて見える。私も先輩の皆さんを見習いたい思う。 |
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| 2009年12月7日(月) |
| 人生まだまだ半分:624 |
12月7日(月) 晴れ 体重:70.8kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:00) |
145/61 |
55 |
35.8 |
0 |
☆プチ農園仕事(桃・リンゴ苗移植)
☆海浜病院外来受診 |
| 午前(0:10) |
144/58 |
53 |
35.9 |
今日は海浜病院の外来受診日。まず、驚いたのは、主治医のS先生だけでなく、H先生・K先生の3人が診察室で待ち構えていたことだ。私が「お世話になっております」と挨拶したら、先生方がビックリしたように顔を見合わせた。顔面神経麻痺の症状の回復ぶりが信じられないといった様子である。
S先生が口を開いた。「実は、前回の電気生理学的検査の結果がかなり悪かったので、私たちも大変心配していました。それが、わずか半月ほどでこれほど回復しているとは・・・。秋山さんのようにたくさんの重い病気を抱えている方も珍しいですが、回復力の早さは人間離れしていると思います。あれほどの重症の顔面神経麻痺が、1ヶ月以内に治癒したら奇跡としか言いようがありません。いったい、秋山さんの身体の中で何が起きたのでしょうか・・・」と、首をかしげるばかり。H先生も、「秋山さんが超人的な回復力の持ち主と考えなければ説明がつきません。でも、これで安心してクリスマスと正月を迎えなれますね〜」とホッとしたような顔をされた。この先生方にとって、今年2回も喉頭形成術を受けた私は特別な患者ということになるらしい。
回復したと言っても、まだ元の状態の80%程度のためか、S先生は慎重な姿勢を崩さない。「ステロイド剤は今日でお仕舞いとしますが、当面は経過観察が必要です。血液検査結果では単純ヘルペスの値が異常値を示していました。そちらの薬は今後2週間服用してください」とおっしゃった。ここで、急に表情が和らぎ、「本日付で入院並みの自宅療養は解除します。と言っても、まだハーモニカは無理でしょうね〜。吹けるようなら構いませんけど・・・。温水プールもOKですが、身体を冷やすのは厳禁ですよ。まあ、いろいろとご活躍のようなのでお忙しいと思いますが、年内はノンビリしてください。頑張るのは年が明けてからにしてはいかが?」と、まるで、私の胸中を察しているかのような言葉が並べられた。ファイバースコープで声帯の状態を観察した際、胸の内まで見透かされてしまったようだ。 |
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| 2009年12月6日(日) |
| 人生まだまだ半分:623 |
12月6日(日) 晴れ 体重:70.7kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:20) |
148/63 |
57 |
35.9 |
0 |
☆プチ農園仕事
(サクランボ苗の再移植) |
| 午前(0:40) |
141/60 |
51 |
36.0 |
園芸の専門家に問い合わせて分かったことだが、サクランボの鉢植え苗を45gの大鉢に移植したのは間違いだったようだ。鉢植え栽培の場合、単純に大きな鉢に植え替えれば良いというものではないとのこと。私はインターネットで調べて大鉢にしたのだが、専門家は、「樹を大きく育てたい場合はそれでも良い。しかし、早く結実させたいなら鉢は小さくしなければダメ。大きい鉢だと樹勢ばかりが強くなり、樹そのものが結実しようとしなくなる。極端な話、小さめの鉢で肥料も少なめにすると、樹は早く子孫を残そうとして必死に花を咲かせ実を付けようとする。これが植物原理です」と説明してくれた。納得だ。
そこで、あらためて小さめの鉢(10号鉢:13g)への再移植を決断した。善は急げとばかりに、鉢を求めてホームセンターへ。ここで、また、変な色気が出て、桃とリンゴの鉢植えを購入してしまった。桃は2品種で「あかつき」と「白鳳」。リンゴは「つがる」の1品種。しかし、今日はサクランボの3鉢の移植だけで精いっぱい。桃とリンゴの移植は明日以降の仕事に残しておくことにした。
それにしても、狭い庭に鉢が6個も並んでいるのは“滑稽”らしく、お隣のご夫婦が「今度は何を始めたのですか?」と見学に来られた。サクランボ狩りや桃狩りなどの夢物語が面白いと言ってしばし談笑。その後、ご主人だけが顔を出して教えてくれた。「うちの女房が言ってましたけど、『秋山さんのことだから、きっとサクランボを実らせるでしょうね〜。よそ様の庭だけどとっても楽しみ』ですって。私もそう思います」とのこと。一番楽しんでいるのは私自身である。
夜は、これまた楽しみにしていたNHKのテレビドラマ「坂の上の雲」を鑑賞。私は、その時間帯、「秋山好古」・「秋山真之」・「正岡子規」という3人の主人公になりきっていた。明治の若者たちの生き方に共感することが多い。
顔面神経麻痺の症状は80%程度まで回復してきた。明日は海浜病院の外来受診日だが、主治医のS先生も回復の早さに驚かれることだろう。 |
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| 2009年12月5日(土) |
| 人生まだまだ半分:622 |
12月5日(土) 曇り〜雨 体重:70.6kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:30) |
150/65 |
58 |
35.7 |
0 |
☆プチ農園仕事 (サクランボ苗の移植) |
| 午前(0:30) |
145/64 |
54 |
35.8 |
夏の真っ盛り、連日大汗をかきながら庭木の伐採したのが8月初めのこと。季節は巡り、もう寒い冬だ。当時の日記にも書いたが、あの庭木の伐採は、「プチ農園でサクランボ狩り」という遠大な計画の第一歩だった。夏のうちに予約した鉢植え苗を待つこと4ヶ月。12月1日からの販売開始の予告通り、やっとサクランボの鉢植え苗が到着した。
ご存知の方もいると思うが、ほとんどのサクランボは1品種だけでは結実しない。受粉樹として異なる品種の樹が必要なのだ。そこで、注文したのはサクランボの王様と呼ばれる「佐藤錦」と、誰が食べても美味しいと評判の「紅秀峰」の2品種。どちらも2年樹・花芽付きのため、上手に育てれば来年実らせることも夢ではないとのこと。
届けられた鉢植えは7gの8号鉢。これを計画通り45gの大鉢に植え替えることにした。早速、ホームセンターで鉢・培養土・赤玉石・肥料を購入。安価な「高砂」の苗を見つけたので、これも追加。ほぼ1日がかりで3品種の移植を終わらせることができた。何とか来年の開花と結実を成功させたいものだが、果たしてどうなることか・・・。プチ農園でお花見とサクランボ狩りをする光景が目に浮かんできた。
ところで、昨年の大手術からちょうど1年が経過した。全身麻酔から目覚めたのが今日(12月5日)。したがって、この日には「生き返った記念日」の中でも特別な思いがある。それは、誕生日と同じぐらい大切な一日ということ。生きていること・生かされていることに、もっともっと感謝しなければならないと思う。 |
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| 2009年12月4日(金) |
| 人生まだまだ半分:621 |
12月4日(金) 晴れ 体重:70.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(6:10) |
154/67 |
60 |
35.9 |
0 |
☆自宅療養に専念
☆プチ農園仕事 |
| 午前(0:20) |
151/65 |
55 |
35.9 |
昨日の真冬の寒さから一転、暖かい陽気が戻ってきた。やっぱり、お天道様はありがたいものだ。家の中に閉じこもりっきりの私をプチ農園に引っ張り出してくれた。太陽の光を浴びながら、スナックエンドウの蔓の誘引・草取り作業に1時間ほど精を出す。モズが毎日のようにミカン狩りに来ているところをみると、そろそろミカンが完熟なのだろう。小ぶりなものを2個食べてみたら、ものすごく甘かった。これでは、モズが喜ぶはずだ。
ひと仕事終えて休憩していたところに、突然、息子が顔を出した。今日は救命救急センターの外来受診日のため、私のお見舞いも兼ねて立ち寄ったとのこと。聞けば、息子はまだ新型インフルエンザのワクチン接種を受けていないと言う。私と同様に基礎疾患を有する身ゆえ、「重症化のリスクは避けておきたい」ということで意見が一致した。
さて、顔面神経麻痺の症状はどうか・・・。口元からこぼれる飲み物が、数日前までのような垂れ流し状態ではなくなった。さりとて、口の曲がり具合などには大きな改善は見られない。総合的には70%程度の回復ぶりと自己評価。しかし、わずか3週間足らずで、よくここまで回復したものだ。息子いわく、「自分では違和感があると思うけど、外見上はほとんど目立たないよ」とのこと。この調子だと、今年はいくつかの忘年会にも出席できそうだ。 |
|
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| 2009年12月3日(木) |
| 人生まだまだ半分:620 |
12月3日(木) 雨 体重:70.3kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:20) |
150/64 |
62 |
35.8 |
0 |
☆自宅療養に専念 |
| 午前(0:40) |
145/66 |
57 |
36.0 |
冷たい雨のせいか、真冬のような寒い一日になった。こんな日は、家の中でぬくぬくしているのが一番だ。というわけで、今日も「入院並みの自宅療養」の指示を忠実に実行。最近は、「夜更かし以外は病人の鏡」と呼ばれるほど、品行方正(?)な生活ぶりが板についてきた。
その甲斐あってか、顔面神経麻痺の症状は日増しに改善している。飲み物が口元からこぼれるのは相変わらずだが、食べることに関しては不自由な思いをしなくなった。まだ、喋ったり笑ったりすると、口が左側に曲がるが、その曲がり方は最悪時の半分ほどだ。症状のひどさに一時はどうなることかと不安を覚えたが、ここまでくればもう大丈夫。あとは日にち薬で良くなると思う。
さて、このような状態でハーモニカが吹けるかどうかを試してみることに。しかし、結果は全然だめだった。右側の唇・頬・舌の感覚が鈍っているから主音を出すことさえままならない。あらためて、麻痺が残っているうちは無理だということが分かった。まあ、焦っても仕方がない。ハーモニカは来年の楽しみに取っておくことにしよう。 |
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| 2009年12月2日(水) |
| 人生まだまだ半分:619 |
12月2日(水) 晴れ 体重:70.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:00) |
145/67 |
60 |
35.7 |
8,040 |
☆自宅療養に専念
(久し振りに散歩) |
| 午前(0:30) |
147/64 |
54 |
35.8 |
今朝になったら、顔面神経麻痺の症状は一段と改善していた。主治医のS先生から「入院並みの自宅療養」を指示されたのが先週の木曜日(11月26日)のこと。その日から数えて今日が6日目、発症後15日目を迎えた。この間、処方された通りにステロイド剤(内服薬)の服用を継続。副作用の心配がないわけではないが、「両刃の剣」とも言われるほど強力なステロイド剤の効果は抜群だと痛感させられた。
まず、右側の眉毛が昨日よりも動くようになっている。さらには、瀕死の状態だった右唇や口元周りに、わずかではあるが感覚がよみがえってきたのだ。腐った魚のようだった右眼も、心なしか生気が戻ってきたように感じられる。何よりも改善を確信できるのは、顔の形が左右対象形に近付いてきたことだ。まだ、飲み物は唇からこぼれてしまうが、頭を左側に傾けなくても食事ができるようになった。この調子だと、今年中には不便を感じない程度まで回復しそうな気がする。
妻に誘われて、日中の暖かい時間帯に近所のスーパーまで買い物散歩。久し振りに歩いたら、足がつってしまった。虚弱体質で困ったものだ。 |
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| 2009年12月1日(火) |
| 人生まだまだ半分:618 |
12月1日(火) 晴れ 体重:70.4kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:20) |
148/66 |
61 |
35.8 |
0 |
☆自宅療養に専念
(自室の大掃除) |
| 午前(0:00) |
144/61 |
55 |
36.0 |
早いもので、今日から師走。そろそろ年賀状の準備を始めなければならないが、一向に気分が乗らない。そういえば、去年もそうだった。去年の今頃は大手術を控えて年賀状どころではなく、術後、集中治療室から一般病棟に移ってから書いたものだ。一歩間違えば、喪中はがきになりかねないような状況の中での年賀状書き。おそらく生涯忘れることはないだろう。それに比べると、今年は気楽だ。体調は万全ではないが、命の心配をしなくて済むのだから・・・。
さて、今日は良い天気に恵まれたので、自室の大掃除を行なった。知らず知らずのうちに、何とたくさんのオリジナルDVDやCDが増えたことか。余分に作ったものや失敗作が混在しているので、この際だからと、思い切って処分することにした。本や資料も増えるばかりなので、身辺整理を兼ねて、年内には大量処分に踏み切るつもりだ。
ここで、昨日の“朗報”の続編を少々。顔面神経麻痺の症状は、今日になって確実に改善していることが分かった。昨夜の段階では、右目をかろうじて瞑れる程度で、眉毛を動かすことはできなかった。それが、今日は目を瞑る力は弱いままだが、わずかだが眉毛を上下させることができるようになったのだ。まだ、唇・舌・口の周りなどの症状の改善は見られないが、この分だとS先生がおっしゃった「治癒予想期間2〜3ヶ月」よりも早く元に戻るのではないだろうか。希望が膨らんできた。 |
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| 2009年11月30日(月) |
| 人生まだまだ半分:617 |
11月30日(月) 雨〜曇り 体重:70.6kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:00) |
152/67 |
59 |
36.0 |
0 |
☆自宅療養に専念
☆ホームページ編集
(体験発表ビデオ掲載) |
| 午前(0:10) |
150/65 |
54 |
35.9 |
先月(10月28日)開催された「千葉県献血感謝のつどい」から1ヶ月が経過。今朝、主催者の日本赤十字社から思わぬ贈り物が届いた。何と、体験発表の模様をビデオに収めたDVDである。そこには次のような手紙が添えられていた。「過日は、貴重なご講演を頂戴し、誠にありがとうございました。当日は、会場にてビデオ撮影も行なっており、このたび、そのDVDが完成いたしました。つきましては、抜粋版をお送りさせていただきますのでご査収ください」というもの。
いったい、どのような声で発表していたのか気掛かりだったので早速視聴してみることに。ひどい嗄れ声に加え、自分自身でも気の毒なほどの苦しそうな喋り方である。それでも、なんとか聞きとれるのでホッとした。よくよく聞いてみると、喉から絞り出すようなこの嗄れ声も悪くはない。病人の私には似合っているとさえ思えるほどの愛着を覚えた。
さて、せっかく頂戴したDVD。一度視聴しただけで机の引き出しに仕舞い込むのは勿体ない。何とかパソコンに取り込んでデータ化が出来ないものかと思案。フリーソフトをダウンロードし、自室に閉じこもって一日中試行錯誤を繰り返す。「や〜ると思えば、どこまでえ〜やるさ〜♪」とばかりにパソコンと格闘。やってみるものだ。ついに、1枚のDVDからビデオファイルを作成することができた。
ファイル作成・データ変換と進んだからには、ホームページへ取り込まない手はない。容量サイズが大きいので、パンク寸前の状態だが、これも何とかクリアー。苦労の甲斐があり、体験発表ビデオをホームページで視聴することができるようになった。トップページからのリンクに加え、この日記からも入れるようにしておこう。
「体験発表ビデオ映像の視聴はこちらから」
使用パソコンによっては再生開始までに1分以上かかることも考えられる。再生時間は約24分なので、お急ぎの方はパスされますように・・・。
ところで、今日は朗報がひとつ。顔面神経麻痺に改善の兆候らしきものがあったのだ。発症から2週間、瀕死の状態の右顔面にわずかな感覚がよみがえるのを感じた。今夜になって、半開き状態だった右目を瞑ることができたのだ。細いながらも、神経の再生の始まりを確信。まだ治癒能力は衰えていないと思った。 |
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| 2009年11月29日(日) |
| 人生まだまだ半分:616 |
11月29日(日) 曇り〜雨 体重:70.6kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:20) |
148/65 |
55 |
35.7 |
0 |
☆自宅療養に専念 |
| 午前(0:20) |
144/61 |
50 |
35.8 |
「慣れた」のか、それとも「開き直った」のか・・・。今朝から顔面神経麻痺の症状が苦にならなくなった。と言っても、症状が改善したわけではない。状態はどん底に落ちたまま。発症後10日程度では何も変わらなくて当然だろう。実は、昨日まで庭に出るときでさえマスクは外せなかった。ひと様の眼が気になるからだ。「口元が気になるので、マスクをしていると気が楽です」と、メールで教えてくれたのは先日の日記に書いたKさんの言葉。全く同感、気持ちがよくわかる。
それが、今日はマスクを外して庭仕事(野菜の手入れ)をすることができた。お隣さんとも気軽に挨拶を交わすなど、やっと普段の自分に戻ったような気がする。何がきっかけかを考えてみると、昨日、稲葉さんが書き込んでくださった掲示板に行きついた。それは、「一つジーンズに着替え今までの自分をブレークしてみませんか?」という内容のもの。この激励メッセージから連想したのが、「開き直り・現状打破・飛躍・前進」といった言葉。いきなり頭をガツンと殴られたように目が覚めた。冒頭の書き出しのところに戻れば、症状が苦にならなくなったのは、「開き直った」からということになると思う。
さて、夜には楽しみにしていた「坂の上の雲」を2回も堪能させてもらった。1回目は自室にて一人で。2回目は、添乗仕事から帰ってきた妻、下の娘、それから突然やってきた長女夫婦を交えて5人で。期待通りの見応えだった。次回(来週の日曜日)が待ち遠しい。 |
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| 2009年11月28日(土) |
| 人生まだまだ半分:615 |
11月28日(土) 晴れ 体重:70.4kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(6:10) |
153/68 |
57 |
35.8 |
0 |
☆自宅療養に専念
☆DVD作成業者見積もり依頼 |
| 午前(0:00) |
147/65 |
54 |
36.0 |
このところのNHKのテレビ番組紹介は、スペシャルドラマ「坂の上の雲」の話題で持ちきりだ。いよいよ第一部の放送開始までのカウントダウンが「あと1日」となった。 「坂の上の雲」は知っての通り、司馬遼太郎が10年の歳月をかけて書き上げた長編歴史小説である。発行部数は何と、2,000万部超。多くの日本人の心を動かした司馬遼太郎の代表作であることは間違いない。
司馬遼太郎は、この作品に限って映像化を拒否し続けてきたと言う。しかし、著作権を相続した奥様の許諾を得て、NHKが大河ドラマとは別枠の「スペシャルドラマ」として放送することになったとのこと。当初は2006年度の放送を予定していたが、高額な制作費の問題、脚本担当の野沢尚の自殺(2004年6月)、立て続けに起こったNHKの不祥事などにより、製作が延び延びに。紆余曲折の末、日露戦争の舞台となった中国やロシアでの大規模なロケを経て、やっと第一部の放送がスタートされる。
第一部の全5回分が明日から5週連続で放送されるのは楽しみだが、第二部(全4回)は来年、第三部(全4回)は再来年の放送と聞くと、何だか気が遠くなりそうだ。それでも、この歴史的大作を見逃すわけにはいかない。明治という時代を再発見する良い機会だと思う。過去の大河ドラマで主役を演じた配役が勢ぞろいしているところにも魅力を感じる。3年がかりで楽しませてもらうことにしよう。 |
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| 2009年11月27日(金) |
| 人生まだまだ半分:614 |
11月27日(金) 晴れ 体重:70.2kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:10) |
150/66 |
58 |
35.7 |
0 |
☆救命救急センター外来受診
(術後1年目検査) |
| 午前(1:10) |
145/64 |
54 |
35.9 |
去年の今日(11月27日)は、大手術を数日後に控えて救命救急センターに入院した日だ。早いもので、あれからあっという間に1年が経過。ふと、当時、主治医のS先生から聞かされたリスクの内容が思い出された。
@予期せぬ事態による手術中の死亡(約30%)
A脊髄動脈再建不良による下半身不随(約50%)
B人工心肺装置を介した血栓飛散による脳梗塞発症(約20%)
さすがにこのときは身の毛がよだつほどの恐怖を感じたものだ。しかし、同時に、車椅子生活を覚悟している自分を発見することができた。おかげで、「生きてさえいれば何とかなる」という持論の原点を再確認。貴重な体験となった。
今、冷静に振り返ってみると、これらの三大リスクを無事にクリアーできたのは奇跡と言っても良いかも知れない。命を救うためには犠牲にしなければならないものもあるはず。それが、声帯麻痺や顔面神経麻痺などの後遺症・合併症と考えれば合点がいく。「あれもほしい、これもほしい」と、私は何と欲深な人間なことか。「生きてさえいれば何とかなる」で良いではないか・・・。
さて、今日は救命救急センターで術後1年目の検査が行われた。造影CT検査・血液検査・心電図・血圧・心音チェックなど。検査結果データに目を通しながらO先生が解説してくださった。「これが人工弁、ここからここまでが人工血管、いずれも完璧な状態です。残存解離部分の拡大もありません。血圧や血液凝固能も理想的な数値です。この状態が維持できれば、秋山さんの心臓は半永久的に動き続けますよ」とのこと。条件付きとはいえ、長生きを保証されたような気がした。 |
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| 2009年11月26日(木) |
| 人生まだまだ半分:613 |
11月26日(木) 晴れ 体重:70.3kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(6:50) |
148/64 |
62 |
35.9 |
6,790 |
☆Y耳鼻科クリニック受診
☆海浜病院受診 |
| 午前(0:00) |
144/62 |
55 |
35.9 |
家事仕事をしながらの病院周りなどで、てんやわんやの一日だった。午前中は睡眠時無呼吸症候群の定期検査のためY耳鼻科クリニックを受診。データカードにてCPAP治療器の使用状況や、無呼吸の発生の有無についてのチェックが行なわれた。全て異常なしという模範的な結果に、「相変わらずの優等生」と煽てられる。現状を維持すれば、睡眠時無呼吸症候群で命を縮めることはなさそうだ。
午後は顔面神経麻痺についての検査と診察のため海浜病院の耳鼻科を受診。検査は末梢神経に弱い電気刺激を与えて神経の通り具合を調べるというもの。いわゆる「電気生理学的検査」である。顔に電極を貼り付けての検査のため、電気刺激を受けるたびに顔がチクチク・ピリピリと痙攣する。この検査で神経伝導速度と反応の大きさを計測し、神経障害の程度が推測できるとのこと。
検査から診察までの間、喉頭形成の手術に関わった主治医のS先生・H先生・K先生が揃い踏みだ。「もしや、入院?」という私の思いを見抜くように、S先生から検査説明が行なわれた。結論は、「麻痺の程度は重症に近い中等症。治癒予想期間は2〜3ヶ月。治療はステロイド剤の12日間集中投与。入院の必要はないが入院並みの自宅療養を指示します」とのことだった。このように断言されたら私としても冬眠を覚悟するしかない。
それにしても、入院並みの自宅療養というのは難しい。S先生に例の「水中ウォーキング」の是非を尋ねると、すかさず「NG」の答えが返ってきた。せっかく強力な薬を服用しても、運動をするとそちらに栄養分が消費されてしまうという論法である。運動がダメと聞いて、入院並みの自宅療養の意味が分かった。 |
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| 2009年11月25日(水) |
| 人生まだまだ半分:612 |
11月25日(水) 曇り 体重:70.4kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:20) |
150/65 |
60 |
35.8 |
10,670 |
☆温水プール下見 |
| 午前(0:30) |
146/65 |
57 |
35.7 |
「舌や唇が痺れているので味覚を感じない」とか、「食べ物を口に入れずらい」などと書いてきたが、そのような愚痴は昨日でお仕舞いだ。“療友”のKさんが、私の状態を気遣うメールで目を覚ましてくれた。冬瓜さんが気をまわしてKさんに連絡を取ってくださったようだ。あの手この手で私を励ましてくれる冬瓜さんとKさんの気持ちが嬉しい。
私の記憶では、Kさんほど不幸な運命を背負った方にお目にかかったことがない。ご主人を過労死で亡くされたばかりか、その後、ご自分までもが死の淵を彷徨うような大病に見舞われたのだ。死ぬほどつらい手術も体験し、一時期は言葉も失ってしまった。必死のリハビリでその言葉を90%以上にまで回復させた頑張りはあっぱれの一語だ。しかし、今でも、右側の口から耳にかけての感覚が鈍っているとのこと。そういう体験や病状を聞くと、私は鏡に映った自分の姿とダブって見えるような錯覚に陥ったりもする。
そのKさんは、メールの中で食事の不便さについて次のように書かれていた。「私は長い期間、左に頭を傾けて食べていました。秋山さんはどのように召し上がっていらっしゃるか・・・」と。実は、現在、私も全く同じ食べ方をしている。頭を左側に傾けて口の中の左側だけを使って食べる。そうしないと、右の歯と頬の間に食べ物が溜まってしまうし、右唇や頬を噛んでしまうからだ。Kさんとは病名こそ違え、言葉の問題などいくつもの共通点がある。しかし、Kさんの苦難の大きさは到底私の及ぶところではない。私も“療友”のKさんを見習って頑張るつもりだ。
ところで、今日は昨日の日記に書いた温水プールの下見に出掛けた。自宅から目的地までの所要時間は徒歩40分。やっぱり身体を動かすと気持ちが良い。プールでは数名の老若男女が水中ウォーキングに励んでいた。土日の混雑ぶりは相当のものらしいので、私の場合は平日利用が得策のようだ。
往復1時間半も歩いたら、久し振りに空腹感を味わうことができた。そこで、夕飯は初めての牛丼作りに挑戦することに。妻と娘が、「美味しいね〜」と口を揃えたところをみると、上出来だったということか・・・。私も、「良い味に仕上がった」と自画自賛した。 |
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| 2009年11月24日(火) |
| 人生まだまだ半分:611 |
11月24日(火) 曇り 体重:70.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:10) |
154/66 |
59 |
35.8 |
0 |
☆自宅療養
☆DVD不具合調査(メーカー相談) |
| 午前(0:00) |
147/64 |
55 |
35.9 |
正直なところ、声帯麻痺と顔面神経麻痺のダブルパンチを見舞われた直後は心身ともにノックアウト寸前の状態だった。相撲に例えれば、土俵際に押し込まれ、得俵に足がかかったような体勢とでも言おうか・・・。そこを二枚腰で必死にこらえ、反撃に移ろうとしている今日この頃である。
しかし、音声障害と顔面麻痺が私の社会生活を著しく制限することは否定できない。まず、真っ先に支障をきたすのがハーモニカだ。日課にしていた毎日20分の練習もすでに中断。右唇の麻痺のため、ハーモニカを銜えることすらままならないのでは如何ともしがたい。当面(麻痺が治るまで)、ハーモニカとは無縁の生活を送らざるを得ないだろう。
この1年ほどは入退院を繰り返していたため、控えめな行動しかできなかった職対連活動にしてもしかりだ。今週の土曜日(28日)の相談会をはじめ、当面の行事への参加も見合わせるべきと判断した。役員の皆さんにはご容赦いただきたいと思う。
さて、それではこれからどうするか・・・。「生きてさえいれば何とかなる」というのが持論の私。ここは、どんな一手を打つべきかと長考。その結果、「温水プールでの水中歩行」に取り組むことにした。運動不足解消・健康促進・術後リハビリなど、一石二鳥にも三鳥にもなるではないか。これは妙案だと思う。念のため、明後日の外来受診(検査)時に主治医の許可を得てから始めるつもりだ。 |
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| 2009年11月23日(月) |
| 人生まだまだ半分:610 |
11月23日(月) 晴れ 勤労感謝の日 体重:70.7kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:40) |
151/67 |
61 |
35.9 |
10,120 |
☆顔面神経麻痺発症1週間目
☆花見川沿いウォーキング |
| 午前(0:30) |
145/67 |
54 |
36.0 |
今日も相変わらず顔面神経麻痺の話題である。17日の発症から1週間目を迎え、やっと症状の進行が止まったと実感。しかし、病態としては何ら改善しているわけではない。いわゆる、どん底状態といったところだ。「右の眉毛と目の垂れ下がりのため顔の変形が目立つ(左右が非対象形)。右目を閉じることができない。飲み物は右口元から垂れ流し状態。食べ物を口に入れずらい(右側が開かないから)。味覚を感じない・・・」と、厳しい現実であることは間違いない。
ここで、麻痺の自己評価をしてみることにしよう。医学的には麻痺の程度によって次のように分類されるとのこと。
軽度:顔の動きが正常の半分以上の場合(安静にしていればあまり目立たない状態)
中等度:顔の動きが20〜50%程度の場合
高度:顔の動きが正常の20%以下の場合(外見的にもかなり麻痺が目立つ状態)
私の場合は、外見的にもかなり目立つので「高度」に分類されると思う。詳細の判定は後日となるが、治るまでには数ヶ月かかると覚悟したほうが良さそうだ。まあ、いずれにしても、落ちるところまで落ちたので、これからは「日にち薬」でゆっくり快方に向かうはず。折しも、寒い季節が近付いてきた。治るまで冬眠するのも悪くないか・・・。
好天に誘われるように、妻と花見川沿いへの散歩に出掛けた。久し振りに1万歩を達成。クタクタに疲れたので、今夜はぐっすり眠れると思う。 |
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| 2009年11月22日(日) |
| 人生まだまだ半分:609 |
11月22日(日) 曇り 体重:70.6kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:30) |
153/68 |
59 |
35.8 |
6,070 |
☆稲毛駅片道ウォーキング |
| 午前(0:00) |
144/65 |
54 |
35.9 |
顔面神経麻痺の発症から6日目、昨日と比べて症状に大きな変化は見られない。この病気は「早期診断・早期治療」が大原則と言われている。そういう意味では、発症2日目に病院を受診した判断は正解だったはず。症状の進行が鈍化したのも、おそらくステロイド剤の効果が顕れはじめたのだと思われる。
現実を受け入れてはいるものの、今後の見通しが気にならないわけではない。そこで、「麻痺の程度と治癒の見通し」についてインターネットで調べてみた。簡単にまとめると次のようなものだ。「麻痺の程度は発症後1週間以上経過しないと判定できない。原則として麻痺が重症なほど治るまで時間がかかり、治り方も不十分。後遺症も重症なほど残ることが多くなる」と。まあ、当たり前のことだが、とどのつまり、次回の受診日(26日)の検査結果が出るまでは、具体的な方向性も見えてこないということだ。
ところで、この時期にしては珍しく妻が暦通りの3連休となった。しかし、連休明けの24日からの紅葉狩りツアーが控えているので準備に大わらわといった様子。そんな中、私の体調を慮ってか、連日、三度の食事の支度をしてくれる。ありがたいことだ。今夜は得意の「ほうとう鍋」、とても美味しかった。
食後は、NHK大河ドラマ「天地人」の最終回を二人でゆっくり鑑賞。良い一日だった。 |
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| 2009年11月21日(土) |
| 人生まだまだ半分:608 |
11月21日(土) 快晴 体重:70.4kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:00) |
147/67 |
60 |
35.9 |
8,770 |
☆顔面神経麻痺発症5日目
☆花見川沿いウォーキング |
| 午前(0:10) |
141/63 |
55 |
36.1 |
今朝起きたら、顔面神経麻痺の症状は一段と進行していた。右目の瞼が腫れたように垂れ下がり、半開き状態の目には生気が感じられない。視力もかなり落ちたような気がする。普通の状態でも口は左側に寄っているのだが、笑うとさらにひん曲がる。そんなこんなで顔の左右では全く別人の形相になってしまった。20数年前に体験したときよりも重症なのは間違いない。
私の場合、前回との比較や治癒するまでの過程が想像できるからまだ落ち着いていられる。しかし、これが初めての体験だと気が動転してしまうことだろう。現に、私がそうだった。「もし、このまま治らなかったら・・・」と思うだけで恐怖を感じたものだ。まあ、人相が変わってしまったような状態なのだから無理はないと思う。前回は1ヶ月ほどで治ったが、今回の症状から推測すると、治癒までの期間はもう少し長くかかるかも知れない。
麻痺が治るまで、趣味のハーモニカとはお別れだが、「待てば海路の日和あり」という言葉もある。焦らず、気長に、根気よく待っていれば、そのうち良いときも来るだろう。
ところで、今日は久し振りに妻と散歩をした。花見川沿いの土手には遅咲きのコスモスも咲いている。その傍に夏の花の顔とも言われるカンナが咲いていたのにはビックリ。季節がゴチャ混ぜといった印象だ。それでも、私にとっての秘密のハーモニカ練習場(カンバ公園)のモミジは真っ赤に染まっていた。ここで秋を満喫、気持ちの良い一日だった。 |
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| 2009年11月20日(金) |
| 人生まだまだ半分:607 |
11月20日(金) 晴れ 体重:70.7kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(7:20) |
153/65 |
62 |
35.9 |
8,520 |
☆顔面神経麻痺状態進行
☆花見川区役所往復ウォーキング |
| 午後(11:50) |
145/62 |
57 |
35.9 |
顔面神経麻痺の発症から4日目、主治医のS先生がおっしゃる通り、症状はさらに悪化した。右目の目尻は垂れ下がり、安静時でも顔が非対象形になっているのがはっきり分かる。顔を洗おうとすると、右目は見開いたままなので、目玉を洗っているような違和感を覚える。歯磨きの際は、もっと情けない。口に含んだ水が右口元から垂れ流し状態になってしまうのだ。挙句の果てには、ひげを剃っていて感覚のない右唇を傷付けて出血する始末。当たり前のことが当たり前でなくなってしまった感がある。
もっと大変なのは食事。舌の右半分に麻痺が広がったので、何を食べても美味しくない。それ以前の問題として、口が半開き状態のため食べ物を口に入れることさえままならないのだ。口の周りが汚れるので、食事時にウエットティッシュは欠かせないグッズとなった。つい、老人ホームで食事介助を受けていた義父の姿を思い出し、いつの日か私自身もそういう時を迎えるのだと想像した。
こんな書き方をすると、私が悲観的になっているように思われるかもしれない。確かに、発症2日目の一昨日は落ち込んだりもした。しかし、既に現実を受け入れたことにより気持ちの切り替えは済んでいる。昨晩、冬瓜さんから頂戴したお見舞いメールへの返信内容が、現在の私の心境そのものと言っても良いだろう。以下に貼り付けておくこととする。
『まあ、弱り目に祟り目とはよく言ったものですね。想定外の事態に遭遇して、一時は正直戸惑いました。しかし、「我ながら、笑っちゃうほど(呆れるほど)ドラマチックな人生だな〜」と思いました。この一年間の度重なる手術や声が出ないことなど、原因はストレス以外に考えられませんね。せっかくの機会だから、新たな病気ともしばらく仲良く付き合ってみるつもりです。』
と、こういう内容のものだった。 |
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| 2009年11月19日(木) |
| 人生まだまだ半分:606 |
11月19日(木) 雨 体重:70.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(6:40) |
152/67 |
63 |
35.8 |
0 |
☆海浜病院受診(顔面神経麻痺確定診断)
☆Y耳鼻科クリニック受診(ワクチン接種)
☆ハーモニカ稲毛教室訪問 |
| 午前(0:30) |
140/63 |
55 |
36.0 |
今日も朝から病院通いだ。忙しい一日を振り返ってみた。まず、午前8時に家を出て海浜病院に向かう。9時前に総合受付を済ませてから耳鼻科外来受付へと進む。ここで記入した問診票をもとに、主治医のS先生の指示で検査部門に回される。検査項目は下記の通りだ。
@頭部のレントゲン検査(中耳・内耳の状態確認用)
A聴力検査(ヘッドホン使用で左右の耳の聞こえ方チェック)
B味覚検査(舌の前後左右の5ヶ所の味覚チェック)
C涙の分泌テスト(両目の5分間分泌量チェック)
これらの検査が終了したのが午前11時半過ぎ。ここで、やっとS先生の診察を受けられるようになった。先程の検査の中では「味覚」が異常な値を示しているが、これは声帯麻痺の影響も否定できないとのこと。他の検査項目は全て正常ということで、ここでも「顔面神経麻痺(ベル麻痺)」と診断された。S先生がおっしゃるには、「発症原因は不明ですが、おそらく声帯の麻痺などによるストレスが著しく増大し、こういうかたちで身体が悲鳴を上げたのではないでしょうか」とのこと。とても分かりやすく、心にストンと落ちる説明だった。
しかし、まだ発症直後であり、明日から明後日にかけて(おおむね1週間程度)は、さらに症状が進行することが考えられるとのこと。念のためにと、ヘルペス(帯状疱疹)を抑える薬が処方され、ステロイド剤も集中投与されることになった。この病気の場合、入院治療をするケースが多いそうだが、私は自宅療養が指示された。S先生は入院生活が、さらなるストレスになると考えられたのだと思う。
診察の終わりに、S先生が次のようなことをおっしゃった。「発症の翌日、ご自分の希望で脳のMRI検査を受けた患者さんに初めてお会いしました。この病気は中枢性と末梢性に分かれていて、中枢性の場合は生命の危険が伴います。そこに着目された秋山さんは、専門医並みの危機管理能力をお持ちのようですね」とのこと。何とも変な煽てられ方をしたものだ。
海浜病院を後にして、向かった先はY耳鼻科クリニック。新型インフルエンザワクチン接種のためだ。優先接種の対象となる複数の基礎疾患(慢性心疾患・慢性呼吸器疾患)を有している私は、どうやら最優先でリストアップされたらしい。しかし、それだからこそ問診票のチェックは厳しい。まさか、接種同意書への署名まで求められるとは思わなかったが、接種を受けないリスクに勝るリスクはないので迷わず署名。まるで手術前の同意書のような物々しさだった。ここまでが病院めぐり。正直な感想は「疲れた〜」の一語だ。 |
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| 2009年11月18日(水) |
| 人生まだまだ半分:605 |
11月18日(水) 曇り〜晴れ 体重:70.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(6:50) |
147/66 |
60 |
35.9 |
6,670 |
☆顔面神経麻痺(ベル麻痺)
☆Mクリニック⇔千葉脳神経外科
☆千葉職対連幹事会 |
| 午後(11:40) |
142/61 |
57 |
36.1 |
「顔面神経麻痺」。どうやら悪い予感が的中したようだ。起床時、右の顔面に明らかな異変が生じていた。自己診断による症状を羅列すると下記の通りだ。
@右目を閉じることができない(眼が乾燥して泪がこぼれる)。
A鏡に向かって「イー」という発音すると、口が左側に寄り顔全体が変形する。
Bお茶・水などを口にすると、右側の唇からこぼれてしまう。
C食べ物が歯の裏側(頬の側)に滞ってしまう。
D左右の頬に触った感覚が異なる(右側の頬の感覚が鈍い)。
これらの症状は、30歳代の半ばに体験した「顔面神経麻痺」と全く同じ症状である。「声帯麻痺」で悪戦苦闘している最中だというのに、何という運命のいたずらなのだろうか・・・(ガックリ)。
しかし、落ち込んでなんかいられない。「今度はこの試練にどう立ち向かうべきか・・・」と、最善策を考えてみた。はっきりしているのは、生命の危機に直面していないということ。この際、「生きてさえいれば何とかなる」と現実を受け入れることに。まずは、「かかりつけ医(セカンドオピニオン)」のMクリニックを受診することにした。ここでの診断名は予想通り「顔面神経麻痺(ベル麻痺)」。私としては、心疾患や脳血管疾患の病歴があるので、中枢性であるか否かも気になるところ。M医師も同意見であり、MRI検査のため、千葉脳神経外科病院への紹介状を書いてくださった。
MRI検査の結果、脳には異常がないことが分かったのでホッと一息。ここでの診断も「顔面神経麻痺(ベル麻痺)」で一致。取りあえず、1週間分のステロイド系の薬が処方された。千葉脳神経外科病院のW医師の話では、治るまでには1ヶ月程度かかる見込みだとか。その後、紹介状に対する返事をもらい、再びセカンドオピニオンのM医師を訪ねる。M医師のアドバイスは次の通りだ。「顔面神経麻痺は耳鼻科の専門分野です。秋山さんの場合、声帯麻痺の術後フォローをしている海浜病院の耳鼻科の先生に診てもらうのが最善と考えます。今日・明日中には受診するようにしてください」とのこと。
早速、海浜病院のS先生に電話。明日の午前中に診察してもらう段取りを付けてもらった。明日は別のクリニックで新型インフルエンザのワクチン接種も予定されている。病院通いが仕事のようになってしまった。
ところで、顔面神経麻痺の状態でハーモニカが吹けるかどうか・・・。結果は論外だった。ハーモニカを銜えている感覚が全くないのだ。主音を出すべき右側の唇と舌が麻痺しているのでは無理というもの。せっかく明日(19日)から稲毛教室に復帰させていただこうと思っていたが、この状態では当分は見合わせるしかない。 |
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| 2009年11月17日(火) |
| 人生まだまだ半分:604 |
11月17日(火) 雨 体重:70.6kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(6:20) |
150/64 |
58 |
35.8 |
0 |
☆右側の頬・唇の感覚が鈍い
(顔面神経麻痺の兆候か?) |
| 午後(11:50) |
145/59 |
55 |
36.0 |
昨日の新型インフルエンザワクチンについての続きを書くことにしよう。
急きょワクチン接種日(19日)が決まったので、最近の関連ニュースを調べてみた。すると、この数日間で新型インフルエンザワクチンの接種を受けた2人の方が相次いで亡くなったと報じられている。厚生労働省の発表によると、昨日の時点で、ワクチン接種後の死亡報告は2例。どちらの方も、肺気腫の基礎疾患があり、それぞれの主治医は「接種と死亡の因果関係は評価不能」と報告しているとのこと。今後、専門家が精査し、ワクチンの安全性を改めて評価するそうだ。「おいおい、大丈夫か?」と、少し不安な心理状態になった。
そこで、次に厚生労働省のホームページで「新型インフルエンザワクチンQ&A」をチェックすることに。その中に、次のような項目があった。
【接種要注意者 (接種の判断を行うに際し、注意を要する方)】
『心臓血管系疾患、腎臓疾患、肝臓疾患、血液疾患、発育障害等の基礎疾患を有する方の場合は、医師が健康状態及び体質を勘案し、診察及び接種適否の判断を慎重に行うなど、注意して接種します』と。
どうやら、私は、「接種要注意者」に該当するようだ。ワクチン接種後の3例目の死亡報告に名を連ねたくないので、念のため、救命救急センターの主治医のO先生に電話で相談させていただいた。O先生の答えは明快だ。『秋山さんの場合、新型インフルエンザに感染すると重症化して命取りになりかねません。それが最大のリスクです。心配は無用なので、チャンスを逃さず接種を受けてください』とのこと。続けて、『それにしても、ワクチン不足が騒がれている中、こんなに早く接種が可能になるとは予想外でした。やっぱり秋山さんは強運の持ち主なんですね〜』と感心するようにおっしゃった。これで安心してワクチンの接種ができる。 |
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| 2009年11月16日(月) |
| 人生まだまだ半分:603 |
11月16日(月) 晴れ 体重:70.4kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(6:50) |
152/65 |
63 |
35.9 |
0 |
☆ハーモニカDVDの不具合チェック
(異常なし) |
| 午前(0:10) |
144/61 |
54 |
35.9 |
私は以下の如く、複数の「かかりつけ医」のお世話になっている。@救命救急センタ−(心臓関係の手術)、A人工弁メンテナンスクリニック(セカンドオピニオン)、BY耳鼻科クリニック(睡眠時無呼吸症候群対応)、C海浜病院(喉頭形成術関連)の四つだ。特にこの1年間は、3度の入院・手術があったので、受診頻度も非常に高かった。ほぼ毎週のようにいずれかの医療機関を受診していたと言っても過言ではない。
さて、ここにきて新型インフルエンザの爆発的流行が危惧され始めている。千葉市では、今日(16日)から妊婦・基礎疾患のある方への供給が始まったとのこと。実は、私も、厚生労働省が定めたワクチンの優先接種の対象とされる基礎疾患(慢性心疾患)を有しているので落ち着いてはいられない。感染したら重症化する恐れが極めて高いからだ。しかし、先週来、前述の四つの医療機関に問い合わせしてみても、ワクチンの供給量が少ないため、いつ接種できるようになるかの見通しは全く立たないとの返事ばかり。
この分だと、私に順番が回ってくるのは12月以降になると思っていた。ところが、今夜になってY耳鼻科クリニックの先生から電話があり、「わずかばかりですが当院にもワクチンの供給がありました。秋山さんがご希望されれば、今週の木曜日(19日)の接種が可能です。どうされますか?」とのこと。私は即座に、「接種をお願いします」と答えた。 |
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| 2009年11月15日(日) |
| 人生まだまだ半分:602 |
11月15日(日) 晴れ 体重:70.6kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(6:40) |
145/67 |
61 |
35.8 |
0 |
☆操さんの墓参り |
| 午前(0:00) |
139/63 |
55 |
36.0 |
昨日の日記でも触れたとおり、今日はユリちゃんのお父さん(操さん)のお墓参りに行ってきた。操さんたちと私たちの二組の夫婦は、長男とユリちゃんの結婚を機に、その後の数年間、実の兄弟姉妹のような親しい付き合いをして過ごした。お互いの家に行ったり来たりしたのをはじめ、一緒に温泉旅行に出掛けた回数は数え切れないほどだ。
公務員の操さんは、60歳の定年退職の直前に体調を崩し、闘病生活を送ることになった。私とは対照的に頑健な身体の持ち主だったが、“がん”という病魔に侵されたのだ。二度の手術で一旦は元気を取り戻し、好きなゴルフを楽しむまでに回復したが、一昨年の12月、闘病生活3年足らずで力尽きてしまった。行年62歳。私たちは、操さんの早すぎる死を嘆いたものだ。
親族のみの三回忌は来週の予定だが、私たち夫婦は血縁者ではないので対象外。そこで、一足早く長男・ユリちゃん・さやちゃん(孫娘)とともに5人でお墓参りをすることになった。向かった先は、利根川を渡った茨城県との県境。霞ヶ浦のすぐ近くのところ。去年の一周忌のときに訪ねた記憶が昨日のことのように思い出される。あっという間に1年が過ぎ去ってしまったが、この間、私は3度も入退院を繰り返したことになる。私は、操さんの分まで生きることを墓前に誓った。 |
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| 2009年11月14日(土) |
| 人生まだまだ半分:601 |
11月14日(土) 大雨・強風〜曇り 体重:70.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床時(6:50) |
147/68 |
62 |
36.0 |
0 |
☆ホームページのファイル整理 |
| 午前(0:40) |
143/65 |
57 |
36.2 |
地震で起こされたのが午前4時23分。いや、ちょっと違う。正確には地震情報の通知メールで目が覚めたと言うべきだろう。実は、私は、「ちばし安全・安心メール」という防災情報を携帯電話に自動配信してもらっている。その設定条件は、千葉市内で震度3以上を観測した地震の他、気象警報、津波警報などが発令された場合に限ってのこと。この配信サービスを利用しているのは、情報の早期入手が、いざというときの身の安全につながるとの考えに基づくものだ。稀に夜中のメールで睡眠不足になったりもするが、いつか役立つときが来るかも知れない。
今日は、お嫁さんのお父さんのお墓参りに行く予定だったが、台風並みの大荒れの天気のため中止。明日に順延することになった。こんな天気を予想したわけではないが、昨日のうちにブドウの葉っぱを摘み取っておいて良かったと思う。
時間に余裕ができたので、今日は一日がかりでホームページのファイル整理に取り組んだ。容量が不足気味のため、一部の動画ファイルとともに、未使用ファイルは全て削除することにした。この作業中に、誤って必要なものまでゴミ箱に捨ててしまうことがある。その場合、復元できなければ新たに作り直すしかない。現に今日もいくつか作り直す羽目になった。苦労した割には、あまり空き容量は回復していないのでガックリだ。いずれは動画ファイルを全て削除しなければならないかも知れない。
ところで、今日、ハーモニカのK先生とA先生から先日のDVDの件で電話を頂戴した。K先生のお話では、「再生時、映像・音声に不具合が生じる」とのこと。A先生も、「再生機器によっては同様の現象が起こる」とおっしゃる。私のパソコンやDVDプレーヤーでは正常なのだが、いったい何が原因なのだろうか。ちょっと頭が痛い。 |
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