| 2009年8月5日(水) |
| 人生まだまだ半分:500 |
8月5日(水) 曇り 体重:69.8kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(7:20) |
133/61 |
54 |
35.6 |
7,180 |
☆柘植(つげ)の木の伐採@
☆花見川ウォーキング |
| 午前(0:00) |
128/59 |
50 |
35.9 |
今日は暑い中、汗びっしょりになって庭仕事を行なった。以前から懸案だった柘植(つげ)の木の伐採である。木の太さは直径25センチ、高さは約3メートル、お椀を伏せたような丸い枝葉の部分の直径は約2メートル。柘植にしては、かなり大きめのものだ。槇(まき)の木も伐りたいが、手はじめは柘植からとする。8月から9月にかけて柘植の木、10月から11月にかけて槇の木、この2本の伐採伐根が当面の目標だ。
毎年、私が庭木の手入れをしているが、去年あたりから脚立に上っての作業が怖くなってしまった。そこで、いっそのこと伐採しようと決断。しかし、なかなか踏ん切りが付かず、ここまで延び延びになっていたという状況である。
一日がかりで頑張ってはみたものの、丸い枝葉の部分を切り落とすだけで精いっぱい。それだけでも、大きなゴミ袋の五つが満杯になった。何といっても、虚弱体質ゆえ、体力が続かない。すぐに息切れをしてしまう。太い幹の伐採と根っこの掘り出しは、大変な肉体労働が予想される。ボチボチやることにしよう。
実は、この庭木の伐採の裏には遠大な計画があるのだ。跡地に「サクランボ」の木を植えるという夢が・・・。品種は「紅秀峰」と「高砂」の二種類。「紅秀峰」は1本で結実しないため、受粉樹として「高砂」などの他品種を植えなければならない。植え付け時期は12月が最適。結実までに4〜5年かかる。ここまではインターネットで調査済みだ。夢を実現させるためには、まず元気でいなければならない。我が家のプチ農園で「サクランボ狩り」ができると思うとワクワクしてきた。 |
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| 2009年8月4日(火) |
| 人生まだまだ半分:499 |
8月4日(火) 曇り 体重:70.1kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(7:00) |
137/63 |
55 |
35.7 |
6,230 |
☆ウォーキング再開
(2キロ減量が目的) |
| 午後(11:50) |
130/62 |
48 |
35.7 |
このところ、運動不足のためか体重が増加傾向を示している。7月15日に退院したときは68.5kgだったが、今日は70.1kgと、わずか半月で1.5キロ以上も増えてしまった。私のベスト体重は68kgちょうど。したがって、現時点で2キロオーバーということになる。さすがに70kg台に乗ると、身体も重く感じるというもの。ここは少し減量の努力をしなければなるまい。
そこで、当面2キロの減量目標を掲げ、昨日からウォーキングを再開した。日中は暑いので、出掛ける時間帯は夕方限定である。花見川までの片道30分コースを往復すると、歩数は約6000歩。このぐらいのウォーキングが、私にはちょうど良い。何といっても、心臓機能障害を抱えている身なので無理は禁物なのだ。
以前、私がハーモニカの練習場としていた公園に立ち寄ってみた。静しい木陰で、お二人の中高年の紳士が読書に親しんでいる。林の中の遊歩道に入ってみると、小学生の兄妹らしき二人の子供に出会った。どちらも首から虫カゴをぶら下げている。お兄ちゃんが自慢そうに言った。「これは僕が捕まえたミンミンゼミだよ」と。すると、妹が「私のはアブラゼミ」と良いながら私に見せる。
私が、「二人ともスゴイね。ミンミンゼミはなかなか捕まえられないよ」と言うと、お兄ちゃんが得意そうな顔をする。小学1年生ぐらいの妹が私の顔を覗き込みながら言った。「ねえ、おじさん、どうして声が嗄れてるの?」と。私は驚いてその子の顔を見た。こんな小さな子が「声が嗄れる」という言葉を知っているとは・・・。ビックリ仰天だ。
子供たちとの会話はまだ続く。私が「病気で声が出しにくくなったんだよ」と答えると、今度はお兄ちゃんが「ふ〜ん。でも病気だったら治るから大丈夫だね」と続ける。私は、「そうだね。病気は治るものだから、おじさんも頑張るよ」と答えた。無邪気な子供たちに励まされた思いだ。 |
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|
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| 2009年8月3日(月) |
| 人生まだまだ半分:498 |
8月3日(月) 晴れ 体重:70.3kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(6:40) |
141/62 |
58 |
35.8 |
7,070 |
☆救命救急センター
(術後8ヶ月検査) |
| 午後(11:40) |
135/60 |
51 |
35.8 |
夕べは久し振りの長距離ドライブと強行日程のためか、神経が昂ってなかなか眠りに就けなかった。睡眠薬を飲んでも一向に効き目がない。午前2時頃になってやっと眠りに落ちたかと思ったら、わずか4時間後の午前6時には目が覚めてしまった。いつものように、疲れの感覚はないのだが、身体は疲れ切っていたのだと思う。
さて、今日は、救命救急センターでの術後8ヶ月目の検査が行なわれた。と言っても、検査項目は血液のPT-INR値の確認だけ。心臓や大動脈は安定しているので、CT検査も当面は不要とのことだ。主治医のO先生は、私の声を聞くなり、「嗄声はかなり改善したように感じられます」と感想を述べられた。しかし、当事者の私にその実感はない。嗄声だけなら我慢のしようもあるが、誤嚥を伴っているところが厄介なのだ。肺炎を併発するリスクも高い。私が「再手術を視野に入れて経過観察中」という現状を説明すると、O先生も「誤嚥解消のためには、再手術もやむを得ない選択」という意見で一致した。
「献血感謝の日の集い」の体験発表の件で、O先生に輸血量の単位について質問したところ、同センター内の二人の専門家(検査技師と薬剤師)を紹介してくださった。私も、浅はかな知識で体験を発表して笑い物にはなりたくない。献血・輸血の基本的なことを30分ほどの時間をかけて教えていただいた。 |
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| 2009年8月2日(日) |
| 人生まだまだ半分:497 |
8月2日(日) 雨 体重:70.0kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(5:00) |
137/61 |
54 |
35.7 |
2,250 |
☆母の七回忌&施餓鬼会
(山梨日帰り) |
| 午前(0:50) |
143/62 |
52 |
36.1 |
昨日の日記で予告したとおり、今日は山梨への日帰り強行軍をこなしてきた。亡き母の七回忌と施餓鬼供養を兼ねた法要への出席である。道路の混雑を避けて、午前5時50分に千葉を出発。まず、義兄宅に立ち寄って義父のお墓参りを済ませてから私の実家の菩提寺に向かった。私が施餓鬼会に出席したは今回が初めてのこと。これまでは全て兄夫婦にお任せだったのだ。今年はたまたま日曜日と重なったが、この施餓鬼会は毎年8月2日と決まっている。今でも現役生活を続けている兄には、いつも負担をかけてきたことを申し訳なく思う。
その施餓鬼会の荘厳さには圧倒されてしまった。菩提寺の方丈さん(曹洞宗の場合のご住職の呼び名)を筆頭に、8名のお坊さんの一糸乱れぬ立ち居振る舞いは見事の一語だ。かねてから、この方丈さんの上げるお経は超一流との定評があったが、今回の法要でもそのお経の素晴らしさは健在だった。
私はこの施餓鬼会が行われている間、千葉の地で母と過ごした晩年の3ヶ月のことを思い出していた。母は自分の死期を感じていたのか、ある晩、私と妻に次のようなことを言ったのだ。「私が死んだら、この千葉で葬式を上げてもらいたい。その際、お坊さんは、慈観寺(山梨)の方丈さんにお願いしてほしい。そして、四十九日の法要は、あらためて慈観寺で執り行ってもらいたい。長年住み慣れた地元山梨で近所の人たちにお別れをしたいから・・・」と。私たち兄妹一同が、母の遺言をしっかりと実行したのは言うまでもないことだ。
あれから早や6年が経過、今日は七回忌の法要も兼ねている。しかし、外はあいにくの雨だ。自他ともに認める「晴れ女」の妻でも、今年の異常気象には勝てなかった。3家族、兄妹揃って雨の中でのお墓参りというのも珍しい。私は、両親の墓前で、兄妹の家族全員の健康と息災を祈った。
お墓参りの後は、いつもの「川」で食事。その後、私と妻は再度義兄宅で時間調整。午後8時過ぎに山梨を出発、午後11時頃には帰宅することができた。早朝から深夜までの強行日程だったが、とても充実した一日だった。 |
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| 2009年8月1日(土) |
| 人生まだまだ半分:496 |
8月1日(土) 曇り〜晴れ 体重:70.2kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(6:10) |
140/63 |
56 |
35.6 |
5,140 |
☆ビデオ編集〜DVD作成〜郵送完了
(いとこ会・母校訪問・恩師宅訪問) |
| 午後(11:30) |
133/65 |
55 |
35.8 |
明日、山梨で亡き母の七回忌&施餓鬼供養が執り行われるが、道路の混雑状況が心配だ。今晩中に出発して妻の実家に泊めてもらうつもりだったが、道路情報を聞くと今朝から終日渋滞しているとのこと。そこで、予定を日帰りに変更。明日の早朝出発することにした。帰りの大渋滞は織り込み済みだが、明後日(3日)の朝までに千葉に戻って来れれば良いと思っている。3日(月)、私は救命救急センターでの術後8ヶ月目の検査、妻は添乗仕事の精算・打ち合わせがあるので、ゆっくりはしていられないわけだ。
今日も早朝(午前7時)から、「いとこ会」・「母校訪問」・「恩師(山内先生)宅訪問」のビデオ編集とDVD作成に取りかかった。ほぼ1日中パソコンの前でデータ・文書等の作成および編集作業に終始。危険な長時間労働に従事してしまった。3種類の編集データを17枚のDVDに書き込むだけでも5時間。シールや表紙のデザインの考案・編集・印刷にまた5時間。いとこ会の会計報告書、挨拶文の作成・印刷に3時間ほど。クッション封筒への宛名書きが終了したのは午後8時を回っていた。郵便局の夜間窓口に持ち込んだのが午後9時。拘束14時間、休憩2時間、実労働時間12時間。こんな働き方を1ヶ月のうち20〜25日間も続けたら過労死ラインを越えてしまう。
では、何のために、誰のために身体を酷使して無茶な作業をするのかと自問自答してみても、明快な答えが見つかるはずがない。健康体ならまだしも、重篤な心臓病患者のすることではないということぐらいは分かっている。何かを始めたら、無我夢中で突っ走ってしまう。疲れの見張り番が壊れると、このような状況に陥るのだと思われる。困ったものだ。
ところで、明日は前述の如き法要のため、山梨への日帰り強行軍が予定されている。おそらく、帰宅は深夜から未明にかけての時間帯になるのではなかろうか。そのような場合は、日記をお休みさせていただくことになるかも知れない。 |
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| 2009年7月31日(金) |
| 人生まだまだ半分:495 |
7月31日(金) 曇り 体重:69.8kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(7:20) |
138/65 |
54 |
35.7 |
0 |
☆いとこ会ビデオデータ編集完了
(DVD作成:明日完成?) |
| 午前(0:00) |
131/60 |
52 |
36.0 |
今日の千葉の最高気温は25度と、昨日の猛暑とは一転して過ごしやすい一日だった。明け方などは、寒くて目が覚めるほど気温の変化が激しい。このような異常気象だと、虚弱体質化した私は風邪を引きやすいということを経験則で分かっている。ご用心、ご用心といったところだ。
島根県の隠岐の島への添乗仕事から妻が帰ってきた。NHKの連ドラ「だんだん」で一躍全国に名を馳せた赤壁は絶景だったとのこと。ドラマの主人公たちが開業していた「石橋診療所」も観光名所になっているそうだ。従来は、酪農と漁業が島の中心産業だったが、最近は観光が一気に注目されるようになったらしい。あらためてメディアの宣伝効果の大きさを痛感させらる。
さて、今夜の夕食の献立は、プチ農園で収穫した野菜をメインにした。疲れて帰ってきた妻のために、採りたてのゴーヤとナスを使った「ゴーヤチャンプル」でおもてなしだ。それにキュウリ・ミニトマトなどの野菜サラダ。自分が育てた野菜類が食卓に並ぶと、それだけでも満足感がある。食べてみると、実際、美味しかった。 |
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| 2009年7月30日(木) |
| 人生まだまだ半分:494 |
7月30日(木) 晴れ〜曇り 体重:70.1kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(7:00) |
140/63 |
57 |
35.5 |
2,420 |
☆ハーモニカ稲毛教室 |
| 午後(11:50) |
132/59 |
50 |
35.8 |
喉の手術をしたのが先月(6月)の30日だったので、今日、ちょうど術後1ヶ月目を迎えたことになる。退院後も極力声を出さないようにと発声禁に近い状態を継続しているが、音声レベルは一向に改善傾向を示さない。まるで、症状が固定してしまったかのような印象さえ受ける。
来週の木曜日(8月6日)は耳鼻咽喉科の外来受診日だが、果たして主治医のS先生は現状と今後をどのように判断するだろうか。このままでは、名医と言われるS先生の意地とプライドが許さないはず。前回、退院直前の一触即発ムードの攻防の記憶も生々しい。私としては、S先生に声帯を預けたも同然なので、焦らず、時の流れに身を任せるつもりだ。
さて、今日はハーモニカ稲毛教室内のミニコンサートが開催された。当教室では、毎月の最終木曜日、数名ずつが交替で日頃の成果を発表することにしている。今日は欠席者がいたため、3名だけの発表となった。その3名、曲目は違えども、揃いも揃ってタンゴなのだ。「ラ・クンパルシータ」「淡き光に」「大きな人形」と、タンゴの代表曲が披露される。A先生の模範演奏もタンゴが続く。差し詰め、「タンゴ教室」といった感がある。
私の場合、喉の状態が万全なときでさえ、A先生から「タンゴになってない」とか、「歯切れが悪い」といった指摘を受けることが多かった。その上に、今度は昨年暮れの手術で声帯麻痺という致命的なハンデを負ってしまったのだ。今や、歯切れが悪いどころの騒ぎではない。タンゴとは別の路線(たとえば童謡・唱歌など)に活路を見出すしかないと自覚した。 |
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| 2009年7月29日(水) |
| 人生まだまだ半分:493 |
7月29日(水) 曇り〜晴れ 体重:69.7kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(6:10) |
137/61 |
55 |
35.7 |
4,580 |
☆「いとこ会」ビデオデータ編集 |
| 午後(11:40) |
130/61 |
52 |
35.9 |
今朝は早起き(午前5時40分起床)をして、2泊3日の添乗仕事に出掛ける妻を最寄駅まで送って行った。夕べのうちに、起床・出発時刻を打ち合わせしたのだが、私の勘違いで、携帯の目覚ましを1時間も遅い時間にセット。出発間際になっても起きてこない私を心配した妻が様子を見に来た。「気持ち良さそうに眠っているところ、申し訳ないけど、そろそろ出発の時間なので・・・」と起こされる。30分ほど前に一旦目覚めたが、「もう少し・・・」と、二度寝をしてしまったのだ。
夜になって、島根県の隠岐の島に行っている妻から電話が入った。珍しく、「大失敗をしてしまったよ〜」との報告だ。お昼の食事会場を会社が予約していたことに気付かず、添乗員の仕事と勝手に思いこみ、昨日のうちに別の会場を予約。そして今日、自分が予約したところでお客さんに食事をしてもらっているとき、会社から連絡が入ったそうだ。「どこで食事をしているか?」と。ここで初めてダブルブッキングに気付いたとのこと。
会社が予約した食事会場に損害を与えてしまったわけだ。損害金については、添乗員の妻が弁償することで一件落着となったとのこと。その弁償金額は、40人×1500円=60000円也。羽田空港(東京)→伊丹空港(大阪)→隠岐空港(島根)と、大勢のお客さんを引き連れて飛行機を乗り継ぎながら、やっと辿り着いたはずなのに・・・。さぞ、疲れがドッと出たことだろう。
お客さんに怪我をさせたとか、どこかの空港で置いてけぼりを食わせたとなると、大きな責任問題にも発展しかねない。しかし、「今日の失敗は、お金で解決できることだから、まだ良かったじゃないか」と慰めようとしたが、本人は意外と平然としている。妻は、この程度の失敗で落ち込むような人ではないというのがよく分かった。 |
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| 2009年7月28日(火) |
| 人生まだまだ半分:492 |
7月28日(火) 曇り〜小雨 体重:69.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(7:10) |
134/63 |
53 |
35.6 |
0 |
☆ハーモニカサークル(療育センター) |
| 午後(11:50) |
128/59 |
48 |
35.8 |
午前中は、昨日から始めた「いとこ会」のビデオデータの編集作業に終始した。この作業は、映像を再生しながら、一つのファイルの長さを3〜4分程度に分割していくため、途方もない時間がかかる。しかし、これを私が苦痛に感じているかというと、そうではない。むしろ、撮影・編集者の特権として二重三重にも楽しませてもらっている。それは、今回の「いとこ会」に限った話ではなく、あらゆるビデオデータの編集に共通していることだ。
午後は、療育センターのハーモニカサークルに出掛けた。私は1ヶ月ぶりの出席だが、あいにくの天候のためか、今日の出席者はいつもより少なめだ。手足が不自由な方が多いので、交通手段などを考えると、それも無理はないと思う。
私は、喉(声帯)の手術後、初めての顔見せだったが、皆さんの反応は予想通りだった。「手術前より、ほんの少し声に力強さが感じられる」と慰め気味におっしゃる方もいれば、「言っちゃ悪いけど、ほとんど変わってないみたい」と正直な感想を述べる方もいる。どなたも、あの嗄声が劇的に改善されると予想していたらしく、拍子ぬけといった感じだった。
サークル終了後は、いつものようにティータイム。今日もまた、居心地の良い楽しいひと時を過ごさせていただいた。良い仲間に恵まれたことに感謝だ。 |
|
|
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| 2009年7月27日(月) |
| 人生まだまだ半分:491 |
7月27日(月) 曇り〜雷雨 体重:69.8kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(6:40) |
140/62 |
54 |
35.5 |
0 |
☆いとこ会ビデオ編集作業開始 |
| 午前(0:40) |
135/60 |
50 |
35.7 |
先月(6月20日・21日)開催の「いとこ会」から、あっという間に1ヶ月が経過した。当時は入院直前ということで、体力的に余力を残しておく必要もないと判断。連日連夜にわたり、ありったけのエネルギーを消費してきたというのが率直な感想だ。
実は、今日、撮り溜めしたビデオデータの整理をしながら、あの3泊4日の山梨行きのスケジュールを振り返ってみた。何とまあ、超過密スケジュールだったことか・・・。「病身の身で、よく、あれほどの行程をこなせたもの」と我ながら驚かされる。ビデオを観て分かったのだが、健常者も真っ青になるほどの内容の濃いものだった。もう二度とあれだけの行動はできないと思う。
いとこの皆さんがDVDに興味があるかどうか分からないが、せっかくのデータを無駄にはしたくない。そこで、参加者全員に記念品としてお届けすることにした。と言っても、このデータ編集・DVD作成作業には、とてつもない時間と労力が必要なのだ。遅くても8月上旬には完成させたいと考えているが、果たして思惑通りにことが運ぶかどうか・・・。
今週末(8月1日〜2日)は母の七回忌と施餓鬼供養が予定されている。それ以外の日は極力外出を控え、次回の外来受診日(8月6日)まで発声禁に近い状態を維持したい。そこで、この自主的発声禁期間を有効に使ってDVDに関する作業をやるつもりだ。 |
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| 2009年7月26日(日) |
| 人生まだまだ半分:490 |
7月26日(日) 晴れ 体重:69.6kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(7:20) |
137/63 |
55 |
35.7 |
5,360 |
☆敬老の日の集いへの出演依頼受諾
(ハーモニカ演奏) |
| 午前(0:10) |
129/62 |
48 |
35.9 |
自治会役員をしていた一昨年、「敬老の日の集い」の場でハーモニカ演奏を披露したことがあった。雰囲気を盛り上げようとしての企画である。そのときの曲目は、みんなが知っている「あざみの歌」と「月の砂漠」の2曲。「ハーモニカの伴奏に合わせて、皆さん、ご一緒に歌ってください」とお願いしたところ、主役の皆さんが大いに乗ってくれた。盛り上げ効果は抜群だったのである。
昨年は役員の任期も終わっていたが、新役員の方から「今年も是非、ハーモニカの演奏をお願いします」と頼まれたしまった。私の下手なハーモニカでも、「地域のお役に立てるのなら・・・」と気軽に引き受けさせていただいた次第だ。そこで、前年と同様に誰もが知っている「里の秋」と「小さい秋見つけた」の2曲を選び、一緒に楽しませていただくことにした。歌詞カードを用意したためか、主役の皆さんの歌声は前年より弾んで聞こえたものだ。
後日談として、「ハーモニカを教えてほしい」といった声が役員さんのところに寄せられたとのこと。そう言われても、私には人さまに教える技術も経験も備わっていない。体調面の問題もあるので、現実的には難しいことだ。しかし、テクニックなどにこだわらず、「純粋にハーモニカを楽しむ機会があっても良いかな?」とは思う。
そして迎えた3年目。今年も新しい役員さんから早々と出演依頼があった。このことは、過去2回の実績が好評だった証拠と受取っても良さそうだ。演奏テクニックにこだわり過ぎると、どうしても拒否反応を示す方が出てくるのが世の常というもの。このあたりのサジ加減が難しいが、これまで「主役はお客様・私は脇役」に徹してきたのが好評の要因に違いない。
今年は病み上がりの上に、まともな声も出ない状態だが、「声をかけられるうちが華」でもある。今回が最後になるかも知れないので、お引受けすることにした。 |
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| 2009年7月25日(土) |
| 人生まだまだ半分:489 |
7月25日(土) 晴れ 体重:69.4kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(7:00) |
134/62 |
57 |
35.8 |
0 |
☆職対連成田相談会出席 |
| 午前(0:40) |
130/60 |
53 |
36.1 |
久し振りに夏らしい暑さが戻ってきた。と言っても、まだ梅雨が完全に抜けきっていないような印象を拭えない。湿度のせいか、不快指数がかなり高めだからだ。プチ農園の野菜たちも、例年と比べると収穫量が少ない。これはおそらく日照不足が原因だと思われる。特に、これからが本番の「ゴーヤ」が不作だ。妻にとっての夏の栄養源、「ゴーヤジュース(ゴーヤ+バナナ+牛乳)」が飲めないのは大きな痛手と言っても過言ではない。
さて、今日は退院後初めて、ドライブらしいドライブをすることにした。高速道路(東関東自動車道)を通って成田まで、往復2時間のコースを走ってみた。来週には、母の七回忌などの法事のため山梨に行くことになっている。高速道路走行の予行演習も無事にクリアー。喉を除いた体調は、順調に回復していることを確認した次第だ。
今日の成田行きは、千葉職対連の相談会出席が主目的だった。と言っても、まともに声が出ないので、出席しても役に立たないのは承知している。私は今回の手術入院のため、先月の相談会・総会とも欠席してしまった。仲間の皆さんには迷惑の掛けっ放しなのだ。たとえ声は出なくても、受付ぐらいはできるからと気楽に出掛けたものの、今日の成田相談会は盛況だった。一時的に相談員不足の状態になったので、やむを得ず私も相談員を買って出る羽目に。
あらかじめ、相談者の方には事情を話して私の発言は最小限にさせていただくことで了解を得る。相談に訪れた方は、「聞いていただくだけで結構ですから・・・」と言ってくれたが、どうしても黙っていられず話をする場面もあった。声帯の安静を優先しなければいけない状態なのに、多少の無理をしたのは大きな反省材料だ。 |
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| 2009年7月24日(金) |
| 人生まだまだ半分:488 |
7月24日(金) 曇り〜小雨〜晴れ 体重:69.7kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(6:30) |
135/63 |
58 |
35.6 |
6,630 |
☆庭仕事
(ブドウ・スイカの手入れ)
☆花見川までウォーキング |
| 午後(11:50) |
128/59 |
51 |
36.0 |
今日は久し振りに庭仕事に精を出した。作業内容は、ブドウ(巨峰)の袋掛けとスイカのハンモック作りの二つ。ブドウの袋掛けは、色付いた実を野鳥たちの目に触れないようにするための作業である。良く知ったもので、実が色付き始めると、待ってたとばかりにモズなどの野鳥がツマミ食いに現れる。今年もすでにかなり食べられてしまった。
今年はジベレリン処理で、初めてブドウの無種子化に挑戦したが、果たして結果はどうだったのだろうか。一般的に巨峰の無種子化は難しいと言われている。確認のため、5〜6粒の試食をしてみた。酸味(渋味)が強いのでお世辞にも美味しいとは言えない。しかし、どれもこれも種は入っていなかった。もしかしたら、初挑戦で無種子化に成功したのかも知れない。9月初めの収穫が楽しみだ。
次は、スイカのハンモック作り。スイカが宙づりになっている光景など滅多に見られないと思う。小玉スイカとは言え、直径が14pぐらいだから、重さも1kgは超えているはず。このままではツルが切れてしまいそうだ。そこで、ザルをハンモック代わりにして棚から吊ることにした。これで大丈夫だろう。 |
|
|
|
| 2009年7月23日(木) |
| 人生まだまだ半分:487 |
7月23日(木) 晴れ〜曇り〜小雨 体重:69.6kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(7:00) |
137/61 |
56 |
35.7 |
0 |
☆海浜病院外来受診
(術後3週間検査)
☆稲毛ハーモニカ教室 |
| 午後(11:40) |
134/60 |
49 |
35.8 |
6月30日の喉頭形成術施行から早くも3週間が経過した。今日は退院後初めての外来受診日である。術後の音声レベルの低下には歯止めがかかったが、一向に改善傾向はみられない。音声レベルは超低目で安定してしまったかのようだ。淡い期待を抱いての発声禁の自主規制も、まったく効果がなかったということか・・・。それにしても、喋りたい気持ちを抑え続けることが、これほどストレスの溜まるものとは思わなかった。
主治医のS先生も、私の今日の第一声を聞いた途端、「変わってませんね〜」と気の毒そうに言う。鼻孔に麻酔薬を噴霧した後、ファイバースコープが挿入される。S先生が、前回までの検査より時間をかけて入念にチェックしている様子が伝わってくる。「イ〜〜〜」という発声を何度も繰り返し、モニターに映し出された声帯の状態を画像収録していく。
次は、そのプリント画像を私に見せながら説明してくださった。手術前(6月26日)、手術中(6月30日)、発声禁解除時(7月6日)、退院前検査時(7月13日)、そして今日、そのいずれの画像も、左右の声帯の状態は微妙に異なっている。今日の段階で、変色は治まりつつあるが、まだ腫れが完全に消えてはいないそうだ。変色や腫れが治まり、充填物(ゴアテックス)の器質化が完了したとき、果たしてどのような音声レベルになっているか、現時点ではまだ予測ができないとのこと。S先生から、「もうしばらく経過観察しましょう。次は2週間後(8月6日)でいかがですか?」と次回の外来予約を打診される。私としては、退院時、S先生に声帯を預ける決心をしたので何の異論もない。全てお任せである。
病院の次は、ハーモニカの稲毛教室に出席。仲間の皆さんから「先週より声が出てるみたいだけど・・・」と言われたが、私にはその実感がない。たぶん、皆さんは私を励ましてくれているのだろう。声帯の麻痺が、ハーモニカを演奏する上で大きなハンデとなることは、今さら言うに及ばない。声帯が完全に閉じなければ、歯切れの良い音が出せないのだから・・・。まあ、焦っても仕方がない。当面は、ボチボチ楽しみながらやっていこうと思う。 |
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| 2009年7月22日(水) |
| 人生まだまだ半分:486 |
7月22日(水) 曇り〜小雨 体重:69.4kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(6:40) |
142/62 |
57 |
35.8 |
5,760 |
☆Y耳鼻科クリニック定期受診
(睡眠時無呼吸症候群)
☆日食は見えず仕舞い |
| 午後(11:30) |
133/62 |
50 |
35.9 |
退院して1週間が経過したが、喉の状態に改善の傾向はみられない。たまに発する声を聞いた妻や娘の評価も、「良くなっているとは思えない」で一致している。発声禁の自主規制では、何の効果も上がらなかったようだ。
ところで、先月の手術入院にかこつけて、すっかりウォーキングをサボってしまった。調べてみると、毎日の歩数は6月17日からゼロ行進中。これでは足腰の筋力が低下するのも無理はない。最近は、自宅の階段の昇り降りの際に足がもつれるほどだから運動不足は明白だ。今日は折しも、睡眠時無呼吸症候群の定期受診日。幸いなことに、夏の日差しもどこかへ行ってしまったかのようだ。そこで、久し振りにY耳鼻科クリニックまで歩いて行くことにした。
検査技師のSさんは私の声を聞いた途端、「あっ、声が出ますね〜」と嬉しそうな顔をした。私が、「でも、満足度が30%ぐらいだから、再手術することになるかも・・・」と言うと、「やっぱり、ハーモニカに影響するんですか?」と質問してくる。患者の趣味まで把握していることにビックリ。そのとき、ふと思いだした。先月、別の技師さんから、「秋山さん、当クリニックのHPのブログコーナーに投稿を寄せていただけませんか」と頼まれたことを。そのとき、この闘病日記の中から睡眠時無呼吸症候群にまつわる話題をピックアップして、抜粋版を作ってお渡ししたのだった。Sさんは、その抜粋版を読まれたとのこと。「秋山さんのブログ、とても面白くて、つい笑っちゃいます。今度、本にまとめていただけませんか」とリクエストされてしまった。
治療室では、看護師さんが私の右腕にあるバーコード付き腕輪を指さして、「これは何ですか?」と怪訝な顔で尋ねる。私が、「認知症になったので、名前・住所・電話番号が分かるように病院で付けられてしまいました」と言うと、クスクスと笑いだした。あらためて見直すと、スーパーなどに並ぶ商品の値札のように見えるので面白い。商品価値はゼロに等しいが、笑いのネタになるだけでも良しとしよう。
久し振りのウォーキングで5000歩クリアー。曇天のため、楽しみにしていた46年ぶりの日食は見えず仕舞い。でも、すがすがしい一日だった。 |
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| 2009年7月21日(火) |
| 人生まだまだ半分:485 |
7月21日(火) 曇り〜小雨 体重:69.2kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(6:50) |
138/63 |
55 |
35.7 |
0 |
☆自宅療養に専念(発声禁一時解除)
☆スーパー銭湯:極楽湯 |
| 午後(11:50) |
129/60 |
47 |
35.7 |
昨日の「献血感謝のつどい」の体験発表原稿についての続編。前回(6月19日)の救命救急センターにおける定期受診の際、主治医のO先生は、この体験発表の基礎データとして、私と長男の輸血量を教えてくださった。衝撃的な事実が明らかにされた瞬間である。私の場合もさることながら、長男に対して行われた輸血量の実態は想像を絶するものだった。
数回に及ぶ私の手術時の輸血量は次の通りだ。赤血球:6単位、凍結血漿:20単位、血小板:20単位。ここで表した輸血製剤量の単位は、全血200mlの献血から作られる量が1単位である。つまり、私の場合は、全ての方が400ml献血されたとして、23名の方々から9,200mlの血液を頂戴したことになる。
それでは、長男の場合はどうだったか。とにかく輸血量の多さに驚かされる。赤血球:64単位、凍結血漿:78単位、血小板50単位と、私の比ではない。何と、96名の方々から38,400mlもの大量の血液を頂戴した計算になる。主治医のO先生の話では、他に例を見ないほどの輸血量だったとのこと。あらためて、よく生き返らせてくださったものだと感謝の念が込み上げてくる。
一般的に、循環血液量(からだ全体の血管中にある血液の量)は、成人男性で体重1kg当り70mlだそうだ。とすると、私と長男は体重が70kg弱なので、循環血液量は4,900ml程度という計算が成り立つ。ここであらためて輸血量と比べてみると驚くべき結果が見えてくる。私の場合は輸血で体内の血液が2回ほど入れ替わり、長男の場合は8回も入れ替わったことになる。生きているのが不思議でならない。
私と長男は、何度となく死の淵をさまよいながらも、今こうして生きている。しかし、それは自分の力で生きているのではない。善意の献血のおかげで命が救われ、生かされていることが分かった。私は、献血に協力してくださった大勢の方々の顔を思い浮かべながら、これからの人生を大切に生きていこうと心に誓った。
夕方、妻に誘われて、つい最近オープンしたばかりのスーパー銭湯(全国チェーンの極楽湯)に出掛けた。本物の温泉ではないが、体感的には大差がない。発声禁を実行中なのでストレスがたまり気味だったが、おかげで発散することもできた。まさに極楽気分である。 |
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| 2009年7月20日(月) |
| 人生まだまだ半分:484 |
7月20日(月) 晴れ 体重:69.4kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(7:20) |
137/65 |
57 |
35.8 |
0 |
☆自宅療養に専念(発声禁)
☆献血感謝のつどい:体験発表原稿
(素案作成) |
| 午後(11:40) |
133/62 |
48 |
36.1 |
今日は一日がかりで、10月に開催される「千葉県献血感謝のつどい」の体験発表原稿の素案をまとめ上げた。その集いは、千葉県と日本赤十字社の主催で毎年行われており、今回は森田健作新知事も主催者代表として式辞を述べる予定になっているとのこと。私の現状の声では、250名ほどの出席者を前にして話が通じるかどうかが問題だ。マイクを通せば、携帯電話と同じように反響音交じりで聞き取れないと思われる。
しかし、もしかしたら、この1〜2ヶ月のうちに奇跡が起きて声帯の状態が改善するかも知れない。奇跡が起きなければ、2ヶ月後には再手術という選択肢も残っている。いずれにしても、ここは声の回復を信じて体験発表の原稿を作っておくべきと考えた。原稿さえあれば、最悪の場合は代読という方法だってあるわけだから・・・。
構想段階で、タイトルを決めたら、起承転結のストーリーが一気に出来上がった。枝葉を付けて格好を整える。持ち時間が10〜15分とのことなので、文字数目標は4000字とした。ほぼ完成に近い原稿の文字数を数えてみると約3600字。これを400字詰め原稿用紙に書いたら9枚分になる。長さも適当だし、内容的にもまずまずと自己評価した。 |
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| 2009年7月19日(日) |
| 人生まだまだ半分:483 |
7月19日(日) 曇り 体重:69.1kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(7:00) |
138/63 |
55 |
35.6 |
0 |
☆自宅療養に専念
(長男家族来訪) |
| 午後(11:30) |
131/59 |
53 |
35.8 |
夏休み3連休の中日、長男家族3人がひょっこり顔を出した。葛西の水族館へ行った帰りだとか。来月には5歳になる孫娘の「さやちゃん」は、注意深く私の腕の周りを観察している。点滴注射で繋がれていないかどうかをチェックしているのだ。注射が大嫌いな「さやちゃん」は、点滴を見ただけでも尻込みをする。
前回、顔を見せたのは私が入院中で、腕には点滴が繋がっていた。それを見た「さやちゃ」は、私のそばに来るどころか、眼も合わせようとはしなかったのだ。
しっかり観察した結果、今日は大丈夫と分かったのか、安心したような表情で近寄ってきて握手をしてくれた。それでも、まだ私の腕についている「白いもの」が気になるらしく、いつもとは様子が違う。実は、私の腕には入院中に付けられた「バーコード付き腕輪」がそのまま残っている。それが「さやちゃん」の目にも異様に映るのだろう。
腕輪にはバーコードの他に、氏名・性別・生年月日が印字されている。患者の取り違え防止が主目的だが、電子カルテ対応には欠かせない情報源ということになるとのことだ。一般的には、退院日にカットされるのだが、私は「発声禁」を忘れないようにとの意図で次の外来受診日まで残してもらうことにした。
さて、今日も「発声禁」の自主規制を継続していたが、長男一家と過ごした数分間は一時解除。私の声を聞いた長男とお嫁さんは、「手術前より、ちょっと良くなったように聞こえるけど・・・」と口を揃える。昨日の娘の評価と同じだった。 |
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| 2009年7月18日(土) |
| 人生まだまだ半分:482 |
7月18日(土) 曇り 体重:68.8kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(7:30) |
141/61 |
56 |
35.8 |
0 |
☆自宅療養に専念(発声禁) |
| 午後(11:30) |
135/60 |
49 |
36.1 |
今日もほぼ「発声禁」を貫徹した。幸いなことにと言ったら語弊があるが、妻は今日から2泊3日の添乗仕事に出掛けて留守。娘はいるが、私の「発声禁」宣言を知っているので、自分から話しかけたりはしない。しかし、夕ご飯のときだけ、しばし父娘での団らんのひと時を過ごした。
私の声については、「手術前より、ちょっとだけ良くなったみたい」というのが娘の評価である。先日の主治医とのやり取りを娘は知らないようなので、大まかなところを話すことにした。途中まで話したところで、娘は、「お父さんらしいけど、ちょっとやり過ぎじゃない?」と、ひとこと口を挟む。しかし、私が「再手術をS先生にお願いしたこと。そのためには不信感を払拭する必要があったこと。そしてお互いにわだかまりをなくして握手で和解したこと」を話すと、「それなら納得。先生も再手術をお願いされたので嬉しかったかも・・・」と、安心したように笑った。
ところで、夕方、お隣のご夫婦と久し振りに顔を合わせたときのこと。「しばらく、どちらかへお出かけでしたか?」と聞かれたので、「発声禁」の札をお見せし、身ぶり手ぶりで喉の手術をしたことを伝えた。お隣の奥さんはさすがに現役看護師さんだけのことはある。発声禁の札を見ただけで全てを理解されたようだった。 |
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| 2009年7月17日(金) |
| 人生まだまだ半分:481 |
7月17日(金) 曇り 体重:68.6kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(7:10) |
137/63 |
57 |
35.7 |
0 |
☆自宅療養に専念 |
| 午前(0:00) |
132/63 |
51 |
35.9 |
退院はしたものの、声帯の状態は完全に治癒したとか、症状が固定したわけではない。いずれにしても、術後1〜2ヶ月は経過観察期間である。主治医のS先生からも、次回の外来受診日(7月23日)までは必要最低限の会話に留めておくようにと、あらためて指示が出ている。そこで、私はそれまでの間、自分自身に「電話での通話禁止」と「発声禁に近い会話状態」の自主規制を課した。
先日のS先生による「嗄声の再発原因は喋り過ぎ」発言は言葉のアヤ。手術中の発声テスト段階では満足できる音声レベルが確保されていた。発声禁解除段階でも、若干のレベル低下はあったが、ほぼ満足できる状態をキープしていた。それが、その後の数日間で、あれよあれよと言う間に術前の状態にまでレベルが低下してしまったのだ。
このような現象が起きるには何らかの原因があるはず。S先生と腹を割っての話し合いで分かったことだが、その発言趣旨は、「原因の一つには喋り過ぎがあったかも知れない」と言いたかったとのこと。それなら納得である。以下は推測の域を出ないが、睡眠中の咳・くしゃみなど、何らかの原因で声帯の裏側に充填したゴアテックスが微妙に動いてしまったのではないだろうか。
どちらかというと、私は外出したがるタイプである。いろいろな仲間の方々とお会いすると、会話も弾むというもの。今さら自主規制しても、音声レベルが低下してからでは何の意味もないかも知れない。しかし、声帯を酷使するより安静を維持するほうが良いに決まっている。淡い期待だが、奇跡が起きることを信じて自主規制を継続しようと思う。
ここで、話題を変えるが、自慢のプチ農園の野菜が収穫期を迎えた。イチゴやキュウリは終わりに近いが、トマト・ミニトマト・カボチャなどはこれからが最盛期。今夜の食卓には、前述の五品が並べられた。カボチャが何と美味しかったことか・・・。ブドウ(巨峰)や宙づりのスイカが近所の人たちの目を楽しませているようだ。 |
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| 2009年7月16日(木) |
| 人生まだまだ半分:480 |
7月16日(木) 晴れ 体重:68.7kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(6:40) |
141/64 |
55 |
35.9 |
0 |
☆ハーモニカ稲毛教室 |
| 午後(11:50) |
137/62 |
54 |
36.1 |
昨夜は久し振りに自室のベッドで休んだが、蒸し暑さで寝苦しい夜となった。空調の効いた涼しい病院から、いきなり真夏の炎天下に放り出されたのだから、環境の変化に身体が追いついて行かないのも無理はないか。
今日の午前中は自宅療養に専念。自主規制中の「発声禁」を厳守した。仕事に出掛けていた妻の帰りを待って、午後2時過ぎに遅い昼食をいただく。お寿司屋さんで二人だけの退院祝いだ。もちろん妻の「おごり」である。とても美味しかった。
私の退院を知った多くの方々が、携帯・パソコンにお祝いメッセージを寄せてくださる。何とありがたいことだろうか。私は、あらためて、このような方々から元気をいただいて生きているのだということを痛感させられた。
午後3時半からは、3週間ぶりにハーモニカ稲毛教室へ出掛けて行った。仲間の方々が笑顔と拍手で迎えてくださる。私は、「発声禁」のプレートを手にしながら黒板を使用して筆談。チョークで書いた私の下手な文字を、Mさんが声に出して通訳してくれた。会長のIさんも、わざわざ近くまできて挨拶をしてくださる。みんな心の優しい人たちばかりだ。
受講中にもかかわらず、窓側の席に移動してHさんと会話を楽しんでいたら、Fさんが近付いてきて言った。「秋山さんのような良い人が、どうして何度も何度も痛い思いをしなければいけないのかしら?」と。私がFさんに、「このように痛くて辛い思いをみんなが体験したら可哀想。私が背負えるうちは背負いますよ」と言おうとしたが、声にならなかった。 |
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| 2009年7月15日(水) |
| 人生まだまだ半分:479 |
7月15日(水) 晴れ 体重:68.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| - |
- |
- |
- |
0 |
☆海浜病院退院 |
| 午前(0:20) |
140/64 |
53 |
35.9 |
掲示板をご覧になっていてくださった皆様、毎日お付き合いくださりありがとうございました。また、掲示板に気付かれなかった皆様方には19日間のご無沙汰をいたしました。お久しぶりです。皆様方にはご心配をおかけしましたが、本日、無事に退院することができました。また、こちらで「闘病日記」を書くことができるようになったことを嬉しく思います。
さて、今日は退院だ。まず、入院中に知り合った病人仲間から挨拶回りを開始。ディールームでの食事時に親しくなった老若男女(最長老は同室Kさん82歳、最年少は21歳のY君)たちは、先方から挨拶に来てくれた。次が看護師長と看護師さんたちだが、この方々は私の喉の状態が分かっているだけに、その改善具合が気になるようだ。「次回外来日(23日)には必ず病棟に顔を見せてくださいね。お声を聞きたいので・・・」と、口々に言う。
挨拶回りの最後は、外来で診察中の主治医のS先生や担当のH先生・K先生たちのところだ。受付で「先生方に退院のご挨拶に伺いました」と告げると、係の方がS先生に報告、順番を繰り上げて診察室に案内してくださった。
昨日の掲示板の「闘病日記番外編」をご覧になった方はお分かりだが、実は私とS先生は、半ば命(S先生の場合は首?)を掛けたような死闘を展開していたのだ。S先生の発言が発端で、売られたケンカを私が買った格好になっていた。その問題については、私の「主治医発言に関する質問書&回答要求書」に対して、S先生が誠意ある説明と全面的謝罪で和解が成立している。立会人の看護師さんが後で言っていた。「S先生に正々堂々と勝負を挑むなんて、おそらく後にも先にも秋山さんだけだと思います。私はドキドキしながら拝見していました。すごい経験をさせていただいたこと、一生忘れないと思います。ありがとうございました」と。まさか、お礼まで言われるとは思わなかった。
今日、退院時の挨拶に伺った折には、S先生が次のようなことをおっしゃっていた。「もう、秋山さんには降参しました。病気のこと・手術のこと・法律的な言葉遣い・説得力と迫力あふれる文章表現など、あの文書を拝見してビックリ。何でもご存知なんですもの・・・。とても私が太刀打ちできる相手ではないことが良く分かりました」と。私が退院の挨拶に伺ったことも予想外のようで、「ねえ、先生方、秋山さんと今日も握手できちゃったわ」と嬉しそうだった。 |
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| 2009年6月26日(金) |
| 人生まだまだ半分:478 |
6月26日(金) 晴れ 体重:70.3kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(7:00) |
135/61 |
54 |
35.5 |
0 |
☆海浜病院入院 |
| - |
- |
- |
- |
いよいよ入院日の朝だ。風邪気味だった体調も万全な状態に改善した。今朝の目覚めはとても清々しい気分である。入院を前にした現在の心境は、「まな板の上のコイ」といったところか。「喉頭形成手術」によって声が戻り、誤嚥がなくなると思うと、不安よりも期待のほうがはるかに大きい。
ところで、今度入院する海浜病院は、院内での携帯電話の使用制限が救命救急センターに比べるとかなり緩和されている。可能ならば、入院中の様子をこのホームページの掲示板にときどき「闘病日記番外編」として投稿しようと思っている。
現在のお時刻は午前8時15分。あと15分後には予約していたタクシーが迎えに来る。当分の間、このホームページの更新はお休みとさせていただく。「また会う日まで〜会えるときまで〜♪」、皆さんお元気で! |
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| 2009年6月25日(木) |
| 人生まだまだ半分:477 |
6月25日(木) 曇り 体重:70.0kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(5:50) |
140/63 |
57 |
35.7 |
0 |
☆花見川区役所
(高額医療認定証申請)
☆ハーモニカ稲毛教室
(教室内ミニコンサート) |
| 午後(11:30) |
133/63 |
48 |
35.7 |
入院時の提出書類をはじめ、病院での生活必需品など、準備が完全に整った。それにしても荷物の多さにはあらためて驚かされる。要領よく詰めたつもりだが、大きな旅行用バッグとキャスター付きバッグがパンパンに膨れ上がるほどの状況だ。旅行用バッグには、パジャマや下着類、バスタオル・タオルを数セット、手術時に着用する浴衣とT字帯、ティッシュペーパー、これに院内での履物など、比較的軽いものだけで満杯。キャスター付きバッグには、睡眠時無呼吸症候群治療器(CPAP)、三段式薬箱、湯飲み、DVDプレーヤー、時計など、比較的重いものを入れる。一見すると、海外旅行にでも出掛けるのではないかと見違えるほどの荷物の量だ。
妻は今日から2泊3日の予定で東北方面への添乗仕事に出掛けている。したがって、明日は私一人での入院となる。このことは初めから相談して決めたことだから、私に異論はない。ちょっと不便なのはマイカーが使えないことだ。いざと言う時のため、自宅に置いておくことにした次第。妻は夫が入院するというのに、同行できないことを盛んに気にしている。しかし、妻が仕事に専念してもらうことは、私が強く望んでいることでもある。手術前日(29日)の医師からの家族への説明、手術当日の病院での待機に時間を割いてくれるだけで十分なのだ。
そのような事情なので、明日はタクシーを予約した。午前8時30分には自宅前に迎えに来てくれることになっている。今夜からワーファリンの服用もストップした。私としては、もう完全に手術モードに突入している。日頃から懇意にさせていただいている職対連の仲間や、ハーモニカの仲間、いとこのFねえちゃんからも励ましの電話やメールを頂戴した。今日のハーモニカ稲毛教室では、多くの方からエールを送られもした。それらはみんな大きなパワーとなって私の胸に響いたと実感。「つくづく私は幸せ者だな〜」と思わずにはいられなかった。 |
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| 2009年6月24日(水) |
| 人生まだまだ半分:476 |
6月24日(水) 雨〜曇り 体重:70.2kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(7:00) |
137/64 |
54 |
35.5 |
0 |
☆遺言状の加筆修正
☆ビデオデータ編集〜DVD作り
(ハーモニカコンサート用) |
| 午前(0:30) |
135/60 |
51 |
35.8 |
いよいよ入院日が明後日に迫ってきた。自由に行動できるのが今日・明日の2日間だけと思うと、やっぱり落ち着かない。海浜病院の医療チームの方々が万全の体制で手術に臨むのだから、まさか生命の危機を迎えることはないだろう。しかし、窒息死の危険があるのは確かなこと、万が一の事態も想定しておかねばなるまい。
そこで、今日は身辺整理をしながら入院の準備に取りかかった。私の場合、すでに遺言書が出来上がっているので身辺の整理といっても大したことはない。いつもの「癖」で、今回も若干の加筆修正を行なった。おそらくこのような遺言書の書き直しをしながら、これからも長生きするのだと思う。必要なものも全て揃ったので、あとは明後日(26日)の入院を待つばかりだ。
入院前の一仕事と決めていた先日(6月14日)のハーモニカコンサートのビデオ編集。その作業も今晩中に何とか格好を付けることができた。明日の稲毛教室でA先生に成果品をお渡しすれば一件落着である。山梨での4日間を記録したビデオデータの編集は、退院後の仕事として取っておくことにしよう。 |
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| 2009年6月23日(火) |
| 人生まだまだ半分:475 |
6月23日(火) 晴れ 体重:70.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(7:30) |
134/63 |
55 |
35.7 |
2,860 |
☆ハーモニカサークル
(療育センター) |
| 午前(0:10) |
130/62 |
49 |
35.7 |
一夜明けて、強行軍の疲れがドッと出た。オマケに睡眠不足のため身体が言うことを効いてくれない。そこで、午前中はパジャマ姿のまま自室でノンビリ過ごす。そうは言っても私のこと、ベッドに横たわってなどいられない。昨日までの4日間のビデオデータをパソコンに取り込むことにした。
午後は療育センターでのハーモニカサークルに出席。手足が不自由な方々と楽しいひと時を過ごさせていただく。ここに参加される方々は演奏テクニックを磨くというより、ただひたすら楽しむことに専念している。皆さんにとって(私も含めて)、ここは憩いの場・癒しの場なのだ。私の居場所としても、このハーモニカサークルは欠かせないものになってきた。もう一つの楽しみは、サークルが終わった後の「ティータイム」。これも恒例になりつつある。楽しみは多いに越したことはない。 |
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| 2009年6月22日(月) |
| 人生まだまだ半分:474 |
6月22日(月) 小雨〜曇り 体重:70.2kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| - |
- |
- |
- |
0 |
☆山梨の旅から帰還 |
| 午前(2:00) |
136/62 |
57 |
35.6 |
今夜の8時過ぎ、3泊4日の山梨の旅から帰ってきた。4日間のスケジュールは先日(19日)の日記に書いたとおりだが、その内容の濃厚さはとても言葉では言い尽くせない。分刻みのスケジュールを振り返ってみて、我ながら「良くぞ無事に、かつ完璧に日程を消化できたものだ」と驚いている。
第1日目(6月19日)、昨年12月の大手術後以降、初めて片道220kmの長距離運転となったが、これは難なくクリアー。久し振りに西湖のKちゃんとも談笑することができた。Kちゃんの元気な姿を目の当たりにすると元気が湧いてくる。義兄夫妻宅では、夜が更けるまで話が弾んだ。ここでは義理の弟をいつも歓待してくれるのでありがたい。
第2日目〜第3日目(6月20日・21日)は、義父のお墓参り〜両親のお墓参り〜いとこ会とフル稼働。この2日間は、自分で言うのも変だが、これぞ超人的な活躍と言っても過言ではないだろう。義兄の8人乗りの車を借りて私が運転。市川大門駅⇔F姉さん宅、F姉さん宅⇔会場ホテル、さらに、石和温泉駅⇔会場ホテルを何度も何度も送迎を繰り返す。この2日間で走行した距離は190kmにものぼった。会場では幹事の大役も無難にこなすことができたと自己評価。これらの動きを見る限り、とても手術を控えた病人の為せる業とは思えない。
第4日目(6月22日)、今日もエンジン全開でフル稼働だ。まず、午前中に母校の校長(N君)を訪問。校長室でのN君の仕事ぶりを間近に拝見できたのは光栄なことだ。過日、メールを頂戴したHP作成担当のO先生も紹介していただいた。わずかな会話の中でも、O先生のお人柄の良さが伝わって来る。良き同僚職員に恵まれたのは、N君の人徳というものに違いない。
最後の行程は、恩師の山内先生宅訪問。お留守とばかり思っていた奥様のT先生にお会いできたのはラッキーだった。T先生の美しさは相変わらずだ。山内先生からは、先日の電話で、「光夫、特性カレーを用意しておくから、一緒に食べよう」と誘われていた。特性カレーは、市販のカレールーを一切使わず、全てお手製とのこと。玉ねぎなどの食材を10時間かけてじっくり煮込んだオリジナルカレーの味は天下一品だった。
帰路は身延を午後4時に出発、千葉に向かって240kmの距離をひた走る。都内で渋滞に巻き込まれたため、所要時間は4時間を超えることに。こうして3泊4日の旅は終わったが、これほどの過密スケジュールをこなした割に疲れは感じられない。むしろ楽しさの余韻に酔いしれている状態だ。現在、時計の針が午前2時半を回ったというのに、まだ眼が冴えている。今夜は眠れないかも知れない。 |
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| 2009年6月19日(金) |
| 人生まだまだ半分:473 |
6月19日(金) 晴れ 体重:69.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(7:00) |
137/63 |
60 |
35.7 |
0 |
☆救命救急センター外来受診
☆山梨行き(3泊4日予定) |
| - |
- |
- |
- |
昨日の日記に書いたように、今日は救命救急センター外来受診。隣の海浜病院での「喉頭形成手術」を前にして、抗凝結薬(ワーファリン)療法のPT-INR値のチェックなどが行なわれた。主治医のO医師は、喉の手術については楽観的ムードである。それはそうだろう。心臓の外科的手術に比べたら、どんな手術でも簡単に見えるはず。患者の私でさえ、これまでの5回の手術の中で最も絶命の危険性は低いと思っているのだから・・・。
ひと通りの検査が終わったとき、O医師があらたまっておっしゃった。『秋山さんに折り入ってお願いがあります。実は、日本赤十字社の主催で毎年10月に「献血感謝の集い」が開催され、献血運動に功労のあった方々が表彰されることになっています。その表彰式の中に、「体験発表」の企画が盛り込まれているのですが、今回は是非、秋山さんにご自身の体験を発表していただきたい。皆さんの貴重な献血のおかげで救命されましたといったような内容で10〜15分程度。引き受けてくれませんか』とのこと。命の恩人のO医師の頼みとあらばお断りするわけにはいかない。「O先生のお役に立てれば幸いです。喜んで発表させていただきます」と答えた。
話題を変えるが、今日はこの日記を書き終わったら山梨に向かって出発します。明日から明後日にかけての「いとこ会」に出席するため、渋滞をさけ一足早く現地入りすることにした。3泊4日の大まかなスケジュールは次の通りだ。
〔19日(金)〕
@往路(京葉道路→中央高速道)
A西湖立ち寄り
B義兄宅泊まり
〔20日(土)〕
@義父お墓参り
A両親お墓参り
Bいとこ会(石和温泉郷 ホテル花京)〕
〔21日(日)〕
@いとこ会オプショナルツアー(F姉さん宅訪問)
A義兄宅泊まり
〔22日(月)〕
@母校の校長(N君)を訪問
A恩師(山内先生)宅を訪問
B帰路(中央自動車道→京葉道路)
現在の時刻は6月19日午後2時30分。午後3時になったら出発だ。というわけで、この日記は数日間お休みさせていただきます。 |
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| 2009年6月18日(木) |
| 人生まだまだ半分:472 |
6月18日(木) 晴れ 体重:69.7kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(7:20) |
132/61 |
57 |
35.6 |
0 |
☆ハーモニカ稲毛教室
☆千葉職対連幹事会 |
| 午後(11:40) |
129/60 |
55 |
35.8 |
入院・手術を控えているとはいえ、このところの忙しさは半端ではない。今日も朝からフル稼働だ。午前中は明後日(20日)に迫った「いとこ会」の件で、あちこち電話を掛けまくる。
まず、会場「石和温泉郷(ホテル花京)」への最終的な人数報告とチェックインの確認。続いては、静岡のS姉ちゃんと翌日のオプショナルツアー(本家のF姉さん宅訪問プラン)について打ち合わせ。同意を得て、山梨のF姉さんに電話。「足が痛いから出席できないけど、みんなが揃って来てくれたら嬉しい」と明るい声が弾んだ。11月に脳梗塞で倒れたT君は、一昨日(16日)退院したばかり。後遺症で足が不自由になったそうなので、S姉ちゃんとともに自宅まで迎えに行くことにした。休み間もなく、埼玉のF姉ちゃんに電話。「石和温泉駅まで車で迎えに行くので、M姉ちゃん・K姉さんと連絡を取り合って同じ電車に乗ってきてほしい」と依頼。全員に電話したかったが、ここまでが私の声の限界だ。もう声が出ない。まともな声ではないが、何とか話は通じたようなのでホッとした。
午後は1時から3時までハーモニカの自主練習。仲間と一緒に楽しいひと時を過ごす。その後、稲毛教室へと場所を移して午後5時まで練習に励んだ。ハーモニカの吹き過ぎで唇が痛い。それでも、練習の甲斐があってか、難しい曲が少しは吹けるようになった(ような気がする)。
ハーモニカの後、職対連の幹事会に出席。私は喉の手術のため、昨年に引き続いて自治体要請行動や総会への参加は絶望的だ。こんな役立たずな常任幹事だが、皆さんは私のことを大目に見てくださる。「秋山さんは体調と相談しながら、できる範囲で関わっていただければ結構ですよ」というのが、みんなの共通認識。お言葉に甘えさせていただくことにした。
さて、明日の午前中には救命救急センターでの外来受診が予定されている。手術を前に万全な準備が整えられつつあるかのようだ。この受診が終われば、後は隣の海浜病院での手術を待つばかりとなる。 |
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| 2009年6月17日(水) |
| 人生まだまだ半分:471 |
6月17日(水) 晴れ 体重:69.3kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(7:30) |
134/64 |
58 |
35.5 |
0 |
☆海浜病院受診
☆サージセンター千葉受診
☆みうらクリニック受診 |
| 午前(0:20) |
136/62 |
57 |
35.7 |
朝から晩まで、三つの医療機関をハシゴして回った。私にとって、これほど忙しい一日も珍しい。まず、午前10時予約の海浜病院を受診。30日(火)に耳鼻咽喉科で「喉頭形成手術」を受ける予定だが、S部長・H医長が殊のほか慎重なのだ。人工弁置換部の血栓症(心停止)、ワーファリン服用に伴う出血(窒息死)など、あらためてリスクが大きいことを説明される。しかし、私の気持ちは揺るがない。「ハイリスクを承知の上で手術を受けるしか、本当の意味で私が生きる道はない」と、手術を直訴。S部長たちは、私の覚悟に圧倒されたかのように手術を決断された。
今日は、耳鼻咽喉科の診察からスタート、内科(肺機能チェック)、放射線科(胸部CT検査)、循環器科(ワーファリンPT−INR値チェック)、再度CT検査結果を内科で確認、まわりに回って耳鼻咽喉科へ。重複する診療科もあるが、結局一日で6科を受診したことになる。S部長らは万全を期するため、関連部門すべてを巻き込んで手術に臨むつもりらしい。私にとっては願ってもないことだ。
各診療科の検査・診察が終わった段階で、それぞれの医師から耳鼻咽喉科のS部長たちのところに意見が集約された。いずれの医師も、総合判断として「手術には問題なし」と結論。これで準備は整ったことになる。最終的に確定したことは次の通りだ。
@入院日時:6月26日(金)午前9時10分
Aワーファリン服用中止期間:入院日の前日(25日)以降〜手術日まで
B手術日:6月30日(火)午前中・・・所要時間は3時間程度
C麻酔方法:局所麻酔(声の質を確認しながら手術を行なう)
D手術中の窒息防止のため別に気管切開をして気道を確保する
海浜病院を出たのが午後2時半過ぎ、食事抜きで4時間半の長丁場だった。次に向かった先は、睡眠時無呼吸症候群の定期検査のための「サージセンター千葉」。いつものことながら、CPAP治療器の使用状況は完璧と称賛される。前述の「喉頭形成手術」予定について報告したところ、担当医師・看護師さんからエールを送られた。ありがたいことだ。
そして、最後は掛かりつけ医の「みうらクリニック」を受診。咳・鼻水などの夏風邪症状が抜けきっていないので、抗生物質などの薬を処方してもらった。入院・手術を前に体調を整えておくためだ。 |
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| 2009年6月16日(火) |
| 人生まだまだ半分:470 |
6月16日(火) 曇り〜雨 体重:69.6kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(7:20) |
135/61 |
59 |
35.8 |
5,120 |
☆義母のホームを訪問(埼玉) |
| 午前(0:00) |
141/63 |
60 |
36.0 |
妻の誘いで、義妹とともに埼玉の施設(特別養護老人ホーム)に入居している義母を訪ねた。義妹は施設から徒歩で10分ほどのところに住んでいるので、頻繁に顔を出すことができる。それに引き替え、妻のほうは超多忙な毎日を送っているので、せいぜい年に2回ぐらいしか面会に行けない。この1年を振り返っても、私が入院中の昨年7月と12月に顔見せしただけだ。私に至っては体調の問題もあるが、もう1年半ほどご無沙汰をしてしまった。本当に申し訳ないと思う。
久し振りに会った義母は血色もよく元気そのものと見受けられる。多少耳が遠くなった感は否めないが、頭はしっかりしているし足腰の衰えも感じられない。身づくろいを小奇麗にしているので、相変わらず若々しく見える。とても84歳のおばあちゃんとは思えない。母娘だから顔かたちが瓜二つというのは分かる。しかし、どういうわけか髪型まで母娘が同じスタイルにしている。外見上の違いと言えば、白髪があるかないかぐらいだろうか。とにかく、驚くほどよく似ている。妻が鏡を見て、ギョッとするときがあるというのも頷ける。
施設からの帰り、義妹のアパートに立ち寄ってお茶をご馳走になる。義妹は妻よりも8歳も年下。まだまだ若さに溢れている。しかし、数年前に脳卒中(クモ膜下出血)を患ったので無理が利かない身となってしまった。義妹に会ったのは長女の結婚式以来だから、2年ぶりということになる。ご無沙汰続きだったが、義母も義妹も元気そうで何よりだ。 |
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| 2009年6月15日(月) |
| 人生まだまだ半分:469 |
6月15日(月) 曇り〜雨 体重:69.8kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(7:40) |
138/62 |
57 |
35.6 |
4,360 |
☆完全休養日
☆ビデオデータのカット編集 |
| 午後(11:50) |
138/60 |
55 |
35.9 |
歳を重ねると、どうやら疲れが翌日以降に出るようだ。今日は朝から疲労困憊気味。身体がだるくてたまらない。昨日の立ちっ放しでの長時間ビデオ撮影が疲れの原因であるのは明らかなこと。「たかがビデオ撮影・・・」と言うなかれ、コンサートビデオは思いのほか神経をすり減らす作業なのだ。カメラを固定したままでは味もそっけもないので、私はズーム機能を駆使して撮影する。さらに、後で編集しやすいように曲ごとの区切りも付けておく。撮影中、私の眼は常にステージ上の演奏者と、カメラのモニター画面を追いかけている状態が続く。人知れず、緊張状態の中で長時間を過ごすため、心身の両面にわたって消耗戦が展開されるわけだ。まあ、好きでなければできないことだと思う。
今日は完全休養日と決め込んだが、ノンビリできない性格が邪魔をする。せっかくビデオ撮影したお宝映像も、カメラの中にあるのでは宝の持ち腐れとばかりに、パソコンに取り込むことに。パソコンに取り込んではみたものの、生データのままでは見ずらい。結局、カット編集作業を始めることにした。このようなわけで、朝から晩まで、ずーっとパソコンの前で過ごした次第だ。
今週の土曜日(20日)には、山梨の石和温泉で「いとこ会」が開催される。いくつかの用事をこなしたいので、私は今回の山梨行きを2泊3日で計画した。千葉に帰ってきたら、翌日か翌々日には入院することになるはず。明日から19日(金)までの4日間で4ヶ所の病院やクリニックの受診予定も入っている。あまり時間がないが、なんとか入院前にはビデオの編集作業に区切りをつけたいと思う。 |
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| 2009年6月14日(日) |
| 人生まだまだ半分:468 |
6月14日(日) 曇り 体重:69.7kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(7:30) |
140/65 |
58 |
35.7 |
7,670 |
☆ハーモニカコンサート
(川口リリア)
☆千葉市長選(投票) |
| 午前(0:10) |
137/63 |
54 |
35.8 |
今日は埼玉の川口までハーモニカコンサートを聴きに行った。稲毛教室の仲間2人(Tさん・Iさん)が出演するので、その応援のために。しかし、私の真の目的は先生方の演奏をビデオカメラに収めることだ。実は、昨年のこの時期のコンサートで私は苦い体験をした。「ビデオ撮影→DVD作成→先生方に無償配布」という行為が著作権・肖像権の問題で物議を醸したのである。私には営利目的がなく純粋に善意の行為という認識だったが、ある先生から問題を指摘され大事件に発展。事態を収拾させるため、一時は会を脱退する羽目になるかと心配した時期もあったが、A先生のご尽力により事なきを得ることができた。
しかし、その事件を機にコンサート会場での録音・録画がご法度になったことを私は憂慮していた。その後、わざわざ聴きに行った方々がこっそり録音する姿が私の目には異常に映ったのである。そこで、今回、あらためて問題提起を試みることにした。今月の初め、A先生に次のようなお願いごとを打診。「14日のコンサートでビデオ撮影を許可していただきたいのですが・・・。あくまでも自分自身の勉強のためなので、DVDは作りません。コンサート会場での録音・録画についてご検討をお願いします」と。A先生は、「私の独断では許可できないからK先生に聞いてみる」と回答を保留された。
さて、K先生の回答がA先生経由で私のところに届いたのが一昨日のこと。A先生からのメールには次のように書いてあった。「14日コンサートビデオ撮影の件、許可を得ましたので安心して撮影してください。なお、K先生が貴君の身体のことを大変心配していました。14日にお会いしたら挨拶しておくと良いでしょう」と。K先生がビデオ撮影許可のみならず、私の身体のことまで気に掛けていてくださるとは・・・。何と嬉しい知らせだったことか。今日、会場に早めに行き、K先生にご挨拶したのは言うまでもない。ここでも、お気遣いの言葉を掛けられて恐縮。本当にありがたいことだ。
今日のコンサートの開会時、A先生は私のことを指して次のようにおっしゃった。「あそこでビデオ撮影していますが、K先生の許可をいただいていますのでご了承ください。K先生に断わって撮ることは許されています。録音も密かに録らないで、直属の先生に申し出て録るように心掛けてください」と。このA先生の補足説明によって私に限らず、聴きに来ている方々がどんなに気が楽になったことか。
立ちっ放しでの3時間ビデオ撮影は、いつもならクタクタになるほどの重労働だ。しかし、今日は疲れの度合いがそれほどでもなかった。録画・録音について、前進した見解が示されたためだと思う。 |
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| 2009年6月13日(土) |
| 人生まだまだ半分:467 |
6月13日(土) 晴れ 体重:69.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(7:10) |
137/63 |
59 |
35.8 |
4,550 |
☆長男宅訪問 |
| 午後(11:40) |
135/62 |
55 |
35.9 |
招かれて妻と二人で長男家族のマンションに行ってきた。ここを訪問したのは、お嫁さん(ゆりちゃん)のお父さんが亡くなったとき以来だから、1年半ぶりということになる。学園前駅から徒歩1分という立地条件、11階建ての7階部分、南面3室、緑豊かな街並み、近くに大型スーパーがあることなど住環境は抜群だ。夏は涼しくて冬は温かいと聞けば羨ましい気さえする。
父の日が近いからか、ゆりちゃんが自慢の手料理で歓待してくれた。五目ごはん、手作りピザ、煮物、揚げ物など、とても食べきれないほどの豪華さである。結婚後、長男が病気を患ったため心労も多いはずだが、仲良くやってくれているようなので安心だ。何の因果か、夫が病弱という面だけ捉えると、我が家とまったく同じ境遇と言える。そのため、長男も私も二人の「ゆりちゃん」には頭が上がらない。
食後、孫娘の「さやちゃん」から「おおどいけ公園に行こう」と誘われる。私は、「おおどいけとは、いったいどんな文字なのだろうか?」と考えていたが、妻や長男夫婦は知っている様子だ。どうやら知らないのは私だけらしい。声も出ないことだし、今さら聞けないので黙ってついて行くことにした。池のほとりに建てられている看板には、「大百池(おおどいけ)公園」と、ふりがな入りで書かれていた。大百池と書いて「おおどいけ?」、これでは読めないし書けないはずだ。またひとつ勉強になった。 |
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| 2009年6月12日(金) |
| 人生まだまだ半分:466 |
6月12日(金) 晴れ 体重:69.8kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(5:20) |
136/61 |
58 |
35.7 |
12,370 |
☆車の6ヶ月点検
☆散髪
☆谷津ハーモニカサークル |
| 午前(0:20) |
131/60 |
58 |
35.7 |
今日は久し振りに早朝から深夜までフル稼働した。午前5時半に起床、添乗仕事に出掛ける妻を千葉駅まで送って行く。早々と掃除・洗濯を済ませてプチ農園の手入れ。6ヶ月点検のため、約束の10時にはマイカーをディーラーに持ち込む。それから片道45分のウォーキングに出発、目的地は稲毛駅前の床屋さん。ほぼ1ヶ月ぶりの散髪である。その足でディーラーに戻り、点検済みのマイカーを受け取って帰宅。このときの時刻は午後0時半だった。
あり合わせの昼食を済ませてから夕食の支度にとりかかる。午前中に材料は買い込んできたので、今夜は久々に娘の好物のカレーにすることにした。私が作るカレーの特徴は、エノキダケやシメジなどのキノコ類を入れるところにある。これがなかなか好評なのだ。我ながら旨いと思う。カレーを作りながら、ご飯も炊く。我が家では、ご飯の炊き方が三者三様なのだ。妻と娘は電気炊飯器を使うが、妻は20分の早炊きコース、娘は1時間の極うまコースと決まっている。私だけが圧力釜を使う。釜の出し入れなどがあって面倒だが、炊きあがったご飯の美味しさは格別なのだ。そうこうしているうちに夕食の支度が出来上がった。このときの時刻は午後2時半。
それから、谷津のコミュニティーセンターに向かう。午後3時から午後5時まで、数ヶ月ぶりのハーモニカサークル出席である。私は年に2〜3回ぐらいしか顔を出さないが、歓迎してくださる皆さんの気持ちが嬉しい。しばらくご無沙汰しているうちに人数が増えたのには驚かされた。メンバーは私を含めて13人、稲毛教室に迫る人数ということになる。
帰宅してからは洗濯物を取り込み、プチ農園の野菜たちに水やり。そして娘の帰ってくるのを待って夕食である。案の定、娘は、「お、美味しそうなカレーだね〜」と言って嬉しそうな顔をした。最後のひと仕事は日帰り添乗に出掛けた妻の迎えだ。妻は、家に着くなり「うんうん、カレーの匂いがするね〜」と、珍しくカレーに舌鼓を打った。よっぽどお腹が空いていたのだろう。後片付けなど、全ての仕事が終わったときの時刻は午後10時半だった。
この間に、ハーモニカのA先生からパソコンメールが届いていた。明後日のコンサート会場でのビデオ撮影の許可が下りたとのこと。すぐに感謝の気持ちをメールで返す。山内学級の先生からは、22日(月)にお伺いする件での確認の電話が掛かってきた。ありがたいことである。こうして、フル稼働の一日が終わった。 |
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| 2009年6月11日(木) |
| 人生まだまだ半分:465 |
6月11日(木) 曇り 体重:69.8kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(7:00) |
138/62 |
57 |
35.5 |
0 |
☆ハーモニカ稲毛教室 |
| 午前(0:30) |
135/62 |
56 |
35.8 |
午前中は千葉職対連関係の仕事に終始。最近の相談会に来られているHさんの資料作りが中心だ。「次回の相談会(6月27日)まで資料をまとめます」と約束した責任がある。相談会当日、私は入院・手術のために出席できないので、事前にお渡しすることにした。
さて、今日はハーモニカの稲毛教室だ。今度の日曜日(14日)のコンサートで独奏曲を披露するTさんとIさんがひときわ熱心に練習している。稲毛教室の優等生だけあって、さすがに二人ともお上手だ。当然の如く、A先生の指導ぶりにも熱が入る。それとは別に、今日は先生が全員の個人レッスン時間を作ってくださった。これは極めて珍しいことだ。生徒数(15名)の関係で、一人一人に時間を割くのは難しいとは思う。しかし、私たち生徒にとって、このような機会ほど貴重なものはない。最後の順番ではあったが、私も2分程度の直接指導を受けることができた。A先生には、今後も可能な限り、このような指導法を採用していただきたいと思う。
ところで、冒頭のHさんの資料の件に戻る。ご自宅がハーモニカ教室の近くということはお聞きしていた。ショートメールで確認したところ今日は不在とのこと。打ち合わせどおり郵便受けに資料を入れて車に乗り込む。発車しようと後方確認をしたとき、Hさんが運転する車が停まった。小学校2年生のお子さんも乗っている。何とタイミングの良いことか。その場で少し立ち話。「長いもどうふ」のお土産をいただいてしまった。 |
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| 2009年6月10日(水) |
| 人生まだまだ半分:464 |
6月10日(水) 曇り 体重:69.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(6:40) |
143/64 |
58 |
35.8 |
0 |
☆救命救急センター(紹介状受領)
☆海浜病院耳鼻咽喉科受診 |
| 午前(0:00) |
140/61 |
54 |
36.1 |
先週、海浜病院耳鼻咽喉科S医師から救命救急センターの主治医(O医師)に紹介状を届けたのは私だった。今朝、O医師からの紹介状(S医師の質問に対する回答書)をいただき、その足で海浜病院のS医師のところを受診。今日は再来の予約日である。
S医師は私に向かって次のようにおっしゃった。「救命救急センターのO先生から丁寧なお返事をいただきました。こちらも万全を期して手術の準備に入ります」と。何とも頼もしい言葉ではないか。S医師の話では、今日と来週(17日)の2回に分けて入院前の検査を行ない、23日(または24日)の入院後、詳細な検査をして30日の手術に臨む予定とのこと。最大のテーマは出血によるリスク(窒息死)を避けるところにあるということをあらためて強調された。
早速、入院に向けての検査が始まった。今日の検査項目は次の通りである。
@心臓機能検査(心電図測定)
A肺機能検査(スパイロ・グロム検査、フロー・ボリューム検査)
B血液検査(PT-INR値ほか各種検査)
C胸部X線検査
D尿検査
このような検査が始まったので、もう入院・手術モードに突入だ。自由に行動できるのはあと2週間しかない。その間に「いとこ会」のため山梨にも出掛ける予定が組まれている。せっかくだから、お墓参りもしてこなければ・・・。山内先生宅やN君が校長を務めている母校も訪問したい。しばらく、密度の濃い日々を過ごすことになりそうだ。 |
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| 2009年6月9日(火) |
| 人生まだまだ半分:463 |
6月9日(火) 曇り 体重:69.6kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(7:00) |
141/62 |
57 |
36.3 |
0 |
☆Mクリニック受診
☆ハーモニカサークル(療育センター) |
| 午後(11:50) |
137/63 |
57 |
36.0 |
微熱がある上に、クシャミ・鼻水・喉の痛みといった風邪の諸症状も残っている。やっぱり無理がたたったようだ。念のため、午前中に掛かりつけ医を受診してみた。M医師は元救命救急医。私の主治医のO医師とも親しい関係である。そのM医師いわく、「反回神経麻痺(声帯麻痺)が継続中は風邪を引きやすい。秋山さんは人工弁置換術を受けているので風邪は禁物。ウイルスが人工弁に付着したら一巻の終わりですよ」と脅かす。続けて次のようにおっしゃった。「致命傷にならないうちに来院したのは秋山さんらしい。しかし、無理な日常生活での体力消耗は慎むように・・・」と。まるで私が無理な生活をしているかのような言い方をするのだ。しかし、図星だから私としては返す言葉がない。M医師の話では、「医者は10年以上も患者と付き合っていると、患者が何も語らずとも日頃の生活ぶりが読めるようになる」とのこと。私は感心するのとともに妙な安心感を覚えた。
午後は療育センターでのハーモニカサークル。前回検査入院されていた最高齢(92歳)のHさんが元気な姿を見せてくださった。ほとんどが身体の不自由な方ばかりだが、皆さんの底抜けな明るさを目にすると、こちらまで微笑ましくなる。今日もまた、亡き両親と同世代の方々たちと楽しいひと時を過ごさせていただいた。 |
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| 2009年6月8日(月) |
| 人生まだまだ半分:462 |
6月8日(月) 曇り〜晴れ 体重:69.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(6:40) |
139/64 |
58 |
35.7 |
6,250 |
☆高湯温泉「玉子湯」への日帰り旅 |
| 午後(11:20) |
140/65 |
56 |
36.2 |
一度は行ってみたかった福島県の高湯温泉「玉子湯」。硫黄の匂いと乳白色の濁り湯は私の期待に十分応えてくれるものだった。やっぱり、無理を押してでも行った甲斐があったというものだ。
実は、昨日の夜の段階で私は「キャンセルするかしないか」と大いに迷っていた。というのは、数日前に引いた風邪を湯野浜温泉への旅でこじらせてしまったのだ。発熱(37℃)と鼻水、さらには喉の痛みでダウン寸前という状態なのだから、普通に考えればキャンセルすべきということになるだろう。しかし、今回の三日間の旅企画の中で私が最も行きたかったのが「玉子湯」なのだ。したがって、できることならキャンセルはしたくなかった。そうかと言って、体調不良の状態での温泉旅がハイリスクであることは自分自身が誰よりも承知している。
そこで、夕べは私にとっての特効薬「たまご酒」を飲んで寝ることにした。朝になっても熱が下がらず、症状が悪化しているようだったら当日キャンセルするしかないと腹を括る。さて、結果がどうだったか。やっぱり、「たまご酒」効果は絶大だった。起床時の体温はほぼ平熱(35.7℃)になり、風邪の諸症状も多少は改善していたのだ。この状態なら出掛けられると判断。現地に行った段階で熱が上がっていたら、入浴はせず見学だけに留めるつもりだった。
幸い、玉子湯に到着しても熱は上がらなかったので入浴を決断。露天風呂、野天風呂、内風呂と3ヵ所をハシゴして乳白色の温泉を存分に堪能させてもらった。しかし、今回の行動は自殺行為に近い危険な賭けといった印象が強い。実際、風邪の諸症状は現在も残っているので、ぶり返しはしないかと心配をするほどなのだ。何度も奇跡の生還を果たしたこの命、もっと大切にしなければと大いに反省をしている。 |
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| 2009年6月7日(日) |
| 人生まだまだ半分:461 |
6月7日(日) 曇り 体重:69.7kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| - |
- |
- |
- |
7,560 |
☆山形:湯野浜温泉への旅
☆長男家族・長女夫婦来訪 |
| 午後(11:00) |
138/63 |
58 |
35.8 |
はじめは妻・KIYさん・私の3人の予定だったが、急きょKIMさん兄妹が加わり5人旅となった。それぞれ、三度の飯より温泉が大好きという旅仲間のこと、余程の事情がない限り誘われたら断らない。KIMさん妹は現役バリバリのキャリアウーマンだが、仕事の予定を他の人に代わってもらっての参加となった。妻とKIYさんは、前日の5日(金)に北海道や伊豆方面への添乗仕事から帰ってきたばかり。その翌日が今回の湯野浜温泉旅行である。恐るべしオバさんパワーには脱帽するしかない。
東京駅に集合して新幹線で新潟まで一直線。1日1往復だけの「Maxとき号」のノンストップ列車に乗車したら、何と、1時間半で新潟駅に到着してしまった。ここで昼食タイムだが、新潟駅に降り立ったからには、名物の「へぎそば」を食べなければ始まらない。というのが旅の達人たちのお勧めである。「へぎそば」とは、そばのつなぎに「ふのり」が使われており、スギ板を「へいで」作った「へぎ」に入っているところからそう呼ばれるようになったとのこと。私は初めて口にしたが、腰が強く、切れ味があり、普通のそばにはない独特の食感を味わうことができた。
新潟駅からは在来線の特急で約2時間のところにある鶴岡駅で下車。今から7年前(平成14年)に天皇皇后両陛下がお泊りになったという湯野浜温泉「亀や」に到着した。ホテルの担当者の話によると、両陛下がお見えになった際は、全館を宮内庁が借り切ったとのこと。秋篠宮殿下や他の皇族関係者も何度か訪れたそうだが、そのときはフロアーの借り切りに限られたらしい。さすがに、天皇皇后両陛下だけは別格なのだと実感。曇り空のため、楽しみしていた日本海に沈む夕日は見られれなかったが、温泉は堪能することができたので大満足だ。
帰宅したところ、長男家族3人と長女家族(ぴょんちゃんを含めて2人と1匹)が揃って来訪していた。秋山家の家族全員集合である。父の日は来週だが、それぞれが一足早く元気な顔を見せに来てくれたとのこと。ありがたいことだ。
明日は休む間もなく、また、福島まで足を延ばすことになっている。私にとっては、かねてからの念願の高湯温泉「玉子湯」。乳白色の濁り湯が魅力的だとのこと。妻やKIYさんたちは何度も仕事で行っているが私は初めて。これも冥途の土産のひとつに加えさせてもらうつもりだ。 |
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| 2009年6月6日(土) |
| 人生まだまだ半分:460 |
6月6日(土) 雨 体重:69.6kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| 起床前(6:30) |
137/62 |
60 |
35.8 |
- |
☆山形:湯野浜温泉への旅 |
| - |
- |
- |
- |
先日の日記に書いた通り、今日・明日の二日間、山形の湯野浜温泉に出掛けることになった。妻が冗談めかした口調で言う。「また、冥途の土産を用意しちゃったけど、もう持ち切れないかな?」と。本人を前にして冥途の土産とはよく言ったものだ。しかし、「言い得て妙だな」と感心させられる。さすがに口で商売をしているだけあって、上手いことを言う。いつもこの調子でやられるが、私は何を言われても反論などしない。しないというより、この声では反論したくてもできないが・・・。
今回の旅行は、まじめに主夫を務めているご褒美だとのこと。何はともあれ、せっかくのご招待である。入院・手術を控えていることもあり、冥途の土産とやらをたっぷりと楽しませてもらうつもりだ。
現在の時刻は午前7時20分。では、行ってきます。 |
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| 2009年6月5日(金) |
| 人生まだまだ半分:459 |
6月5日(金) 雨 体重:69.7kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(5:10) |
141/63 |
59 |
35.6 |
0 |
☆Hさんの労災関係の資料作り |
| A午前(0:00) |
135/61 |
57 |
35.8 |
今月下旬の入院・手術を控えて、ちょっと落ち着かない。喉頭形成手術を担当されるS医師と救命救急センターの主治医(O医師)の間では、もうすでに紹介状に対しての質問回答書のやり取りが始まった。ワーファリン療法を受けている私にとって、今回の手術は想像以上のリスクを伴っているとのこと。先日、S医師が「手術時の出血が止まらなければ窒息死してしまう」とおっしゃったが、確かのそのとおりだと思う。しかし、仮に出血が止まらない場合でも、何か次善の策があるはずだ。たとえば、気管切開で気道を確保するなどといった方法が・・・。質問解答書ひとつをとっただけでも、S医師がリスクを最小限に抑えるべく万全を期して手術に臨もうという姿勢が伝わって来る。この期に及んでジタバタしても始まらない。私は幾度かの入院手術を通して、医療スタッフに恵まれているということ肌で感じている。ある面では神懸かり的と思えるほどだ。今回も安心して命を預けることにしよう。
さて、今日は千葉職対連の相談会で引き受けたHさんの労働実態を把握するための資料作りに励んだ。次回の相談会(6月27日)までにまとめるという約束をしていたが、入院・手術の日程が入ったので相談会は欠席せざるを得ない。私がお預かりしたのは、Hさんが大変な思いをして会社から入手した資料である。入院する前に当面の役割を果たしたいと思い、今日、私にしては珍しく頑張った。その甲斐あってか、何とか来週中ごろまでにはまとめ上げることができそうだ。
それにしても何という不思議な巡り合わせだろうか。期せずして昨年と同じ時期の入院である。今年もまた、自治体まわりなどの職対連活動では皆さんに迷惑をかけることになった。もしかしたら総会にも出席できないかも知れない。となると、2年連続での欠席である。全く当てにならない常任幹事で困ったものだ。 |
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| 2009年6月4日(木) |
| 人生まだまだ半分:458 |
6月4日(木) 晴れ 体重:70.0kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(6:40) |
132/61 |
57 |
35.8 |
0 |
☆ハーモニカ稲毛教室 |
| A午後(11:50) |
138/62 |
54 |
35.9 |
昨日の日記で今月末の「喉頭形成手術」を知った方々から、早速、激励のメッセージが届けられた。掲示板には、いつしか常連になった冬瓜さんと山キチさんが反応鋭くご投稿を寄せてくださった。ハーモニカの稲毛教室に顔を出せば、Hさん・Kさん・Iさんたちから励まされる。携帯メールでは久し振りにTさんからエールが送られてきた。大勢の心優しい方々に囲まれて私は何と幸せ者だろうか。
こんな書き方をすると、私がいかにもメッセージを期待しているように受けたられるかも知れない。しかし、それは誤解というもの。私は決して「是非お便りを・・・」と願っているわけではない。日記を読まれた方が、私の生きざまを通して何かを感じてくれればそれだけで十分なのだ。たとえメッセージを寄せられなくても、このページを訪ねてこられる方々が私を応援してくださっているのは分かり過ぎるほど分かっている。そうでなければ、こんな日記に興味など持たれないはずだから・・・。と、強がりのようなことを言ってはみたが、やっぱり応援や激励の言葉は嬉しいものだ。生きる勇気が湧いてくるのも確かなこと。本当にありがたいと思う。また、今回も皆さんからの心温まるメッセージを胸に手術に立ち向かうつもりだ。
さて、今日はハーモニカの稲毛教室。先週の出来事の後だけに、私は出席率を気にしていたが、案ずることはなかった。Iさんなどは、「皆さん、私がもう来ないと思ったでしょう。いやー、意外と打たれ強いんですよ」と、あっけらかんとした口調でおっしゃる。良かった。たぶん、A先生も心に期するものがあったのだろう。今日は生徒一人一人の立場になって、これまでに見たこともないほどの優しいご指導ぶりされておられた。先週は正直、ちょっと危機感を抱いたが、この調子なら来期以降もみんな続けていけると思う。教室内を見渡すと、皆さんの表情からも同じ思いが見てとれる。まずは、ホッとした。 |
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| 2009年6月3日(水) |
| 人生まだまだ半分:457 |
6月3日(水) 晴れ 体重:69.8kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:00) |
135/63 |
59 |
35.6 |
0 |
☆海浜病院耳鼻科受診
(喉頭形成手術:6月30日と決定) |
| A午前(0:10) |
137/60 |
55 |
35.8 |
救命救急センターの主治医(O医師)の紹介状を持って、千葉市立海浜病院耳鼻咽喉科のS医師を訪ねた。私が知っている限り、千葉県内で反回神経麻痺(声帯麻痺)の手術実績があるのは、この病院と千葉大病院だけだ。睡眠時無呼吸症候群でお世話になっているY耳鼻科クリニックの医師も、S医師がその方面の第一人者であると断言。心強い限りである。もう一つの安心材料は、救命救急センターと海浜病院は敷地が隣り合わせという立地条件。いざという時、命の保証がされているようなものだから・・・。
敏腕で名高いS医師は女医さんである。喉のX線検査結果とファイバースコープによる声帯の状態を確認しながら次のようにおっしゃった。「左側の声帯が完全に麻痺しています。原因となった手術からちょうど半年が経過したので、もう症状固定ですね。これでは電話による会話がダメでしょう。それから、たくさん話をしようとすると酸欠状態になるから目まいがするんじゃないですか? 誤嚥も頻繁に起きるので苦しい思いをされているはず」と。症状や状態を完璧に言い当てている。私は、「さすがだな〜」と感心するしかなかった。
S医師の話では、この状態を改善するには「喉頭形成手術」しか選択肢がないとのこと。インターネット情報で頭でっかちになっている私もそう思う。しかし、S医師はあくまで慎重だ。その理由は、私がワーファリン療法を受けているからに他ならない。喉の手術の場合、出血が止まらなければ、すぐ窒息死してしまう。このリスクをどのように回避するかが最大のテーマだとおっしゃる。しかし、声帯の手術をやらなければ、誤嚥性肺炎を併発して絶命することにもなりかねない。「手術やむなし」という結論である。
そうと決まれば話は早い。今日の初診で一気に手術日程が決まってしまった。大まかな日程は次の通りである。「手術日は6月30日(火)。術前管理態勢を整えるため23日か24日に入院。術後の1〜2週間で退院」。前述の窒息死という言葉を聞いて緊張感が高まってきた。 |
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| 2009年6月2日(火) |
| 人生まだまだ半分:456 |
6月2日(火) 晴れ 体重:69.7kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(6:40) |
140/62 |
60 |
35.7 |
7,280 |
☆稲毛びゅうプラザ(チケット受取り)
☆Hさん労災資料作成準備
☆妻の迎え |
| A午前(0:30) |
138/62 |
56 |
35.9 |
久し振りに青空を眺めることができた。空気も乾燥しているので風も爽やかに感じられる。それでも、この先の1週間の予想天気を見ると曇りマークばかりが並んでいる。そろそろ梅雨入りが近いということなのかも知れない。
今日は旅行のチケットを受け取るため、稲毛駅のびゅうプラザまで歩いて行った。実は今週末(6日〜7日)、妻が私を山形の湯野浜温泉に連れて行ってくれるという。そればかりではない。帰った翌日(8日)には、日帰りで福島の玉子湯に行くプランも申し込んであるとのこと。私の術後6ヶ月目の検査結果が出ないうちから、良い結果を想定しての旅の企画である。もっとも、このぐらいの図太い神経の持ち主でなければ、虚弱体質化した私の女房など務まらないということか・・・。
旅の連れは、もちろん「一卵性双生児のような・・・」という表現で再三この日記に登場する妻の同僚KIYさんである。一卵性双生児と言っても、顔かたちが似ているわけではない。旅好きが高じて添乗員になった二人は、思考回路がソックリなのだ。どちらも小柄だが、お互いが「怪物」と認め合う元気印同士。優秀な2人の介護者(添乗員)付きの旅と思えば、ハードスケジュールでも安心だ。 |
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| 2009年6月1日(月) |
| 人生まだまだ半分:455 |
6月1日(月) 曇り 体重:69.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:00) |
137/61 |
59 |
35.8 |
4,360 |
☆救命救急センター外来受診
(術後6ヶ月検査) |
| A午前(0:20) |
135/60 |
57 |
35.8 |
手術後6ヶ月目の検査のため、救命救急センターの外来受診に出掛けた。今日の検査項目は、胸腹部の造影CT検査と採血によるPT-INR値の確認である。検査後の主治医面談にて、O医師はパソコン画面を見ながら次のようにおっしゃった。「秋山さん、人工弁・大動脈などの置換部分の状況は完璧ですよ。残存解離部分の拡大も認められないので、当面は大動脈破裂の危険は遠のきました。血圧値(最高120:最低60:脈拍55)、PT-INR値(2.14)ともベストの値を示しています。日常生活ならびに薬の服用などについては現状を維持するように努めてください」と。何とも心強いお言葉である。
私が最近の悩みとして、反回神経麻痺による嗄声(させい)と誤嚥で苦しんでいること、そして後頸部痛が再発していることを告げたときのO医師の反応はこうだ。「命を救うためには何かを犠牲にしなければならないこともあります。秋山さんの場合も、命と引き換えにいくつかの後遺症が残ったということです」と、淡々とした口調でおっしゃる。ここで、ガラッと表情を崩し、次の言葉が口を衝いて出た。「良いじゃないですか、声がまともに出ないぐらい。生きているんだから・・・。その声のほうが病気の重みが感じられますよ」とは、妻と同じセリフである。参ったね。
それでも、O医師は万全のフォローを忘れない。「誤嚥は肺炎のリスクが伴うので、耳鼻科の名医に紹介状を書くことにします。後頸部痛については、引き続き経過観察としましょう。何か異変があったら、すぐに連絡をください。緊急の場合は救急車で・・・」とのこと。O医師は私が希望していることを全てお見通しなのだ。
ところで、今朝、冬瓜さんからお昼の食事のお誘いメールを頂戴した。検査が終わり次第、行き付けのトンカツ屋さんに直行。美味しい食事、おしゃべり、それから公園の中を散歩。学校の敷地内に植えてある栴檀(センダン)を教えていただいた。あの「栴檀は双葉より芳し(せんだんはふたばよりかんばし)」の栴檀である。目には青葉、何と空気が美味しいことか。桑の実を口にしたら遠い昔が思い出された。タイサンボクの芳香さが印象的だ。楽しいひと時だった。 |
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| 2009年5月31日(日) |
| 人生まだまだ半分:454 |
5月31日(日) 雨〜曇り 体重:69.8kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(4:20) |
144/62 |
60 |
35.5 |
0 |
☆ブドウのジベレリン処理(2回目) |
| A午後(11:50) |
138/63 |
55 |
35.9 |
今朝は午前4時半に自宅を出発。今日から2泊3日で南紀方面への添乗仕事に出掛ける妻を羽田空港行きのバス停まで送って行った。南紀方面の場合は新幹線を利用するケースが多いのだが、飛行機利用とは珍しいこともあるものだ。それも、よりによって新型インフルエンザ騒動の渦中にあった関西空港に降り立つのだから、お客さんの怖いもの知らずぶりには恐れ入る。
さて、このところの天候不順には困ったものだ。まるで梅雨入りしたかと思うほどによく雨が降る。おかげで、プチ農園の作業予定に狂いが生じてしまった。雨が降ったり湿度が高かったりした場合、ブドウ(巨峰)の無種子化のためのジベレリン処理はできない。湿気で薬品が洗い流されてしまうからだ。毎日空とにらめっこをしているうちにブドウの粒は膨らみ始め、ジベレリン処理のタイミングを失ってしまったような気がする。おそらく、今年の無種子化は失敗に終わるだろう。今日の空模様も曇りときどき雨。ダメ元と割り切って、午前中に2回目のジベレリン処理をやってみた。例え失敗しても、来年のための予行演習だと思えば良いか・・・。
雨を喜んでいるのは、トマト・キュウリなどの野菜たちだ。この数日間の成長には目を見張るものがある。お隣の奥さんが驚いたように言った。「野菜の苗の行儀良さ、ブドウの見事さにもビックリ。秋山さんは野菜や果樹作りの名人ですね」と。お隣さんにお裾わけできるほど収穫できれば良いのだが、果たしてどうだろうか。 |
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| 2009年5月30日(土) |
| 人生まだまだ半分:453 |
5月30日(土) 雨〜曇り 体重:69.6kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(6:50) |
141/63 |
57 |
35.8 |
7,390 |
☆千葉職対連相談会(船橋) |
| A午前(0:00) |
140/60 |
52 |
35.7 |
今日は千葉職対連の行事のため、朝から夕方までほぼ一日を船橋で過ごした。午前の会議が終わり、食事外出しようとしたところ、玄関先でT先生ご夫妻とバッタリ。私とT先生は、お互いに心臓の人工弁置換術を受けた者同士。そして、この2年ほどは、病名こそ違え、双方が入退院を繰り返すという状況も似通っている。確か、T先生は心臓ではなく、今回はガンの手術を受けられるとのことだった。私が元気な姿での再会を望んでいたように、T先生も私の体調を気遣っていてくださったようだ。お会いした瞬間、どちらからともなくガッチリ握手。T先生は今回、胃の四分の三を摘出されたそうで、ずいぶんスマートになった印象を受ける。お互いに万全な体調ではないが、何とか再会を果たすことができて良かった。
午後の相談会では、先月の千葉に引き続きHさんの相談をAさんとともに受ける。今日は相談員が足りない状況ではないが、前回からの成り行き上、私たちが窓口になるのが最善と判断。Hさんのご主人は、昨年の暮れも押し迫った12月30日に、まさかの突然死をされてしまった。当時小学1年生だったお子さんを抱え、ご遺族のHさんがどれほどの大きなショックを受けたか、心中を察するにはあまりあるものだ。しかし、相談会にお見えになるHさんから、そのような悲壮感は全く感じられない。心の中では大泣きしているはずなのに、表向きは気丈にかつ明るくふるまっておられる。きっと涙は封印してしまったのだろう。私たちがどこまで支援できるかわからないが、袖すり合うも他生の縁だ。少しでもお役に立ちたいと思う。
ところで、今日は遠路はるばる府中からKさんがお見えになった。人出が足りないと気付くや、率先して会場のお茶出しなどもしてくださっている。この数年間で初めて見る光景だ。今まではご自分のことで精いっぱいだったが、ここにきてやっと精神的ゆとりが出来た証拠と微笑ましく思う。あまりお話ができなくて残念だが、Kさんが入れてくれたお茶を飲むことができたのでOK。とても美味しかった。 |
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| 2009年5月29日(金) |
| 人生まだまだ半分:452 |
5月29日(金) 雨〜曇り 体重:69.9kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:00) |
144/64 |
59 |
35.9 |
7,210 |
☆後頸部痛再開(昨夜以降) |
| A午後(11:50) |
139/62 |
55 |
36.1 |
しばらく鳴りをひそめていた後頸部痛だが、昨夜あたりからまた痛みが出始めた。3月中旬に頭部を打撲してから2ヶ月半。その打撲が原因の慢性硬膜下血腫だとすると、4月中に手術を必要とする事態になったはず。今回の痛みはそれとは別の原因だと思われるが、だからと言って特に心当たりがあるわけではない。強いてあげるとすれば、本州の南海上に停滞している低気圧の仕業ぐらいだろうか。いずれにしても、頭の中で異変が起きていないことを祈るのみだ。
ところで、先日、母校(K高校)のホームページを拝見した感想をメールで送ったところ、作成を担当されているOさんという方から丁寧なメールを頂戴した。郷愁が脳裏を駆け巡る思いがする。文面の末尾には、次のような心温まるメッセージが添えられていた。「体調をくずされていらっしゃるようですが、どうぞご自愛ください。そして、少しでもK高校からエールが送れたら幸いです」と。何とも嬉しいお便りではないか。おかげで沈んだ気持ちが明るくなったような気がした。 |
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| 2009年5月28日(木) |
| 人生まだまだ半分:451 |
5月28日(木) 雨 体重:69.7kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(6:40) |
140/63 |
59 |
35.8 |
0 |
☆稲毛ハーモニカ教室 |
| A午前(1:30) |
146/65 |
57 |
36.2 |
稲毛ハーモニカ教室のA先生を、次期会場候補のB町会集会所のご案内した。先生は、その集会所のホールが大そうお気に入りのようだ。周辺環境は抜群であり、駅からの距離が若干離れているという立地条件を除けば、これ以上の会場を見つけるのは至難の業だろう。おそらく、来年の4月からは、この集会所でのハーモニカ教室がスタートするものと思われる。
さて、今日は教室でのミニコンサートが開催された。数名の方が日頃の成果を発表したが、先生の熱血指導とは裏腹に、なかなか上手く演奏できない生徒との間に気まずい空気が漂うのを感じた。このままでは、次年度の受講者数がますます減少するのではないかとの危機感さえも覚えるほどだ。私がその空気を察して生徒の声を代弁させていただいたが、先生からは、「秋山さんが私に対して文句を言った」と受け取られてしまいガックリ。今日のミニコンサートを通して、全員が後味の悪さを感じたのは間違いない。
教室内で発表の機会があることは良いことに決まっている。そういう機会があるからこそ、生徒は生徒なりに少しでも上手く演奏できるようにと練習するはず。「上達の近道は100回の練習より、1回の発表」という言葉を聞いたことがある。しかし、先生が生徒に期待するテクニックと生徒の力量の間には埋めようのないギャップがあるのも確かなこと。先輩方が先生に対して本音で意見を申し上げれば、良識のある先生が理解してくださるのは言うに及ばないことでもある。今日は私が貧乏くじを引いてしまったような気がした。 |
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| 2009年5月27日(水) |
| 人生まだまだ半分:450 |
5月27日(水) 晴れ 体重:69.3kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(6:50) |
141/62 |
58 |
35.7 |
3,470 |
☆映画鑑賞(60歳のラブレター) |
| A午前(0:10) |
138/60 |
55 |
35.9 |
いつも超多忙な妻だが、今日は珍しく暇を持て余し気味である。「仕事の予定がないときぐらいノンビリすれば良いものを・・・」と私が言っても、そんな言葉は耳に入らない。まるで生き急ぐかのように、休日のプランを考えては私を連れ出そうとする。いったい、あの元気の源は何なのだろうか。答えは簡単だ。それは「好奇心の塊」のなせる業に他ならないと思う。
ここから先は、妻が企画した休日プランである。午前11までは、それぞれのフリータイム。この間に妻は家事と今日の具体的過ごし方を立案。私には、山内先生への手紙を書いてポスト投函までがノルマとして課せられた。その後、午前11時に車で出発、午後6時の帰宅という日帰りコース。行き先・目的は次の通りだ。
1.最近の人気スポットの見学&軽食
@京葉道路のパサール幕張(上り線)
A同上(下り線)
2.ハーモニカサークル会場「療育センター」見学
3.映画「60歳のラブレター」鑑賞
昨年リニューアルオープンしたパサール幕張は、歩道や広場の周りに緑地やベンチが設置されているので休憩するにはもってこいだ。充実した店舗があり、何かと楽しめる。また、幕張IC〜武石IC間は無料区間というオマケ付きなところも人気がある理由のようだ。
話題の映画「60歳のラブレター」は見応え十分だった。夫婦には歳月を重ねることで初めて気づく大切なことがある。言葉にできない思いを伝える3通のラブレター。そこに綴られたそれぞれが求める本当の幸せとは・・・。人生の分岐点に立つ私たちに、さまざまな角度から考える機会を与えてくれる映画だった。 |
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| 2009年5月26日(火) |
| 人生まだまだ半分:449 |
5月26日(火) 晴れ 体重:69.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:10) |
135/63 |
62 |
35.8 |
0 |
☆ハーモニカサークル
(療育センター) |
| A午前(0:30) |
130/61 |
56 |
36.0 |
手塩にかけて育てたブドウ(巨峰)とミカンの実が膨らみ始めた。さらには夏野菜も順調に生育している。ブドウの実は、まだ直径が2〜3mmといったところ。しかし、房の数が去年の2倍ぐらいあるように見える。数えてみたら150房もあった。1本の木にしては多過ぎるので、近々三分の一ほどの摘房をするつもりである。ミカンのほうは7〜8mmの実を付けているが、その数は決して多いものではない。まさか、去年のように3個や4個ということはないだろうが、あまり大きな期待をしないほうが良さそうだ。
午前中はフリータイムなので、自宅でハーモニカ練習に励むことにした。しかし、相変わらずの反回神経麻痺(声帯麻痺)のため、思うように上手くは吹けない。そうかと言って、練習をサボってばかりでは、ますます下手になってしまう。いつの日か、手術などで声帯が正常に機能するときがきっとくるはず。そのときのためにも、せめて現状の演奏技術は維持しておきたいものと思っている。
さて、午後は療育センターでのハーモニカサークルだ。さまざまな障害をお持ちの方々と楽しいひと時を過ごす。皆さんの年齢は60歳代から90歳代までと幅が広い。しかし、どなたもお歳を感じさせない若々しさに溢れている。趣味・習い事なども多種多様で、私から見ればどなたも先生ばかりと言っても過言ではない。このような楽しいサークル仲間に入れていただいたことに感謝である。 |
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| 2009年5月25日(月) |
| 人生まだまだ半分:448 |
5月25日(月) 晴れ 体重:69.6kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:00) |
128/60 |
59 |
35.6 |
0 |
☆風邪快復
(娘の発熱続く) |
| A午前(0:10) |
134/60 |
57 |
35.8 |
私の風邪の症状は完全に快復したようだ。今日はクシャミ・鼻水も出ないし、体温も平熱に戻った。今回は快復が早かったが、ますます虚弱体質化が進んでいるのは間違いなさそうだ。足腰の衰えも気になる。たまにウォーキングするときも連続歩行は、せいぜい40分が限界。それは家事仕事をしている場合も同じだ。台所での食事の支度も休み休みでないと務まらない。情けないが、それが実態である。
ところで、我が家の夕食時間は病院並み、いや病院よりはるかに早いといっても良いだろう。娘が帰ってくるのが午後5時15分。その時間に合わせて食事の支度をするのだから、のろま主夫の私にとっては結構忙しい。掃除・洗濯・買い物・食事支度であっという間に一日が暮れてしまう。まあ、ここに私の居場所があるのだから、幸せと言えば幸せなことだ思う。
さて、今夜の献立を何にするか。買ってきたのは新鮮な鯵4尾と里芋・カボチャ・キャベツなどの野菜類。鯵は3尾を塩焼きにして、1尾は刺身。それから里芋の煮っ転がしと野菜サラダ。これに炊き立てご飯と味噌汁で出来上がりだ。カボチャを煮るつもりだったが、疲れたので明日に回すことにした。昨日、肉類がメインだったので、今日はヘルシーメニューである。ちょっと物足りない感じがしないでもないが、妻も娘もそんな素振りは見せなかった。
気がかりなのは娘の体調である。熱がぶり返して37.5℃になったので、会社帰りに病院へ寄ってきたとのこと。検査の結果、新型や従来型のインフルエンザではないことは判明したそうだ。風邪の諸症状もないのに原因不明の発熱が続いている。悪い病気でなければ良いのだが・・・。 |
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| 2009年5月24日(日) |
| 人生まだまだ半分:447 |
5月24日(日) 雨〜曇り 体重:69.8kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:30) |
131/62 |
58 |
36.1 |
0 |
☆風邪の症状改善傾向 |
| A午後(11:50) |
138/59 |
55 |
35.9 |
平熱が低目(35℃台)の私にとって、昨日の体温36℃台というのは微熱がある状態だ。巷では、新型インフルエンザが社会問題としてクローズアップされている。高校生の発症率が圧倒的に高いようだが、報道によると、心臓病および糖尿病の患者は特に注意が必要とのことだ。私の場合も、クシャミ・鼻水といった風邪の初期症状が現れているので用心するに越したことはない。昨日からの節制の甲斐あってか、今日は若干改善したような気がする。たぶん、明日は平常に戻るのではないだろうか。
我が家では、娘が昨日から38℃でダウン。会社で大阪・神戸帰りの人と会話したが、「もしかしたら、新型インフルエンザに感染したかも知れない・・・」と気を揉んでいたようだ。しかし、今夜になったら36.4℃まで下がったので、「大丈夫みたい」と笑顔を見せてくれた。
元気印の妻は、今日も張り切って添乗仕事に出掛けて行った。「温泉大好き倶楽部」というコースで、群馬県の四万温泉への日帰り旅だとか。私も温泉大好き人間だが、最近は「家が一番良い」と思うようになってきた。歳をとった証拠かも知れないな〜。 |
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| 2009年5月23日(土) |
| 人生まだまだ半分:446 |
5月23日(土) 曇り 体重:70.1kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:10) |
135/63 |
60 |
36.0 |
0 |
☆風邪気味(クシャミ・鼻水)
☆ミカンの木の消毒 |
| A午前(0:10) |
141/62 |
57 |
36.2 |
夕べからクシャミと鼻水が出るので憂鬱だ。もしかしたら、風邪の初期症状かも知れない。鼻も詰まり気味のため、やむなく口で呼吸をしている状態である。この口呼吸、睡眠時無呼吸症候群のためのCPAP療法を受けている患者にとっては困った問題なのだ。CPAP療法とは、簡易型の人工呼吸器から鼻マスクを経由して肺に空気が送り込まれる仕組みになっている。つまり、鼻詰まり状態ではCPAPが機能しない仕組みなのだ。夕べは、いつものように鼻マスクをセットして就寝したのだが、夜半、無意識のうちにマスクを外してしまった。おそらく口呼吸が原因で苦しくなったからに違いない。
心臓の人工弁置換術を受けた私にとっては、風邪は特に要注意。ウイルスが人工弁(機械弁)に付着すると、正常に機能しなくなるので万事休すである。そこで、今日は外出を控え、軽い庭仕事だけの一日を過ごすことにした。私が名付けた「プチ農園」は、見ているだけでも飽きない。いよいよブドウの実も付き始めた。トマトやキュウリなどの夏野菜の成長も目覚ましい。毎日の成長が楽しみである。
ところで、昨年、我が家のミカンの木には実が4個しか付かなかった。かいがらむしなどの害虫の被害かどうかは不明だが、葉っぱが黒ずんだことと無関係ではなさそうだ。さて、今年はどんな具合かとチェックしてみると、現在、米粒ほどの実がたくさん付いている。手入れ次第では、豊作も期待できるかも知れない。しかし、よく見ると、葉の裏側に白い粉のような虫がビッシリ付いている。この虫を何とかしなければ、去年の二の舞になりかねない。そこで、今日は買い置きしてあった消毒薬を散布してみた。効果があれば良いのだが・・・。 |
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| 2009年5月22日(金) |
| 人生まだまだ半分:445 |
5月22日(金) 晴れ 体重:69.9kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:20) |
140/62 |
59 |
35.7 |
7,780 |
☆ハーモニカB・S教室の見学 |
| A午前(0:20) |
137/58 |
54 |
35.8 |
4月29日のハーモニカ・コンサートのDVDがつい最近やっと完成した。ビデオはK先生が教室での指導に役立てるために撮影したものだ。しかし、K先生の言によると、データの編集テクニックを持ち合わせていないので、連続5時間にもおよぶ記録をそのまま3枚のDVDに収められたとのこと。これでは、曲ごとの再生ができないので教室での活用は到底不可能だ。いわば、宝の持ち腐れである。コンサート当日、私が撮影係を依頼された経緯もあり、編集からDVD作成までの作業を引き受けさせていただくことになった。
今日は、完成したDVDをB・S教室にお届けする約束の日である。せっかくだから、教室で再生できるようにとコンパクトタイプのDVDプレイヤーも持参。折しも、今日は教室内のミニコンサートが企画されていた。予期せぬ見学者(私)の出現にも動じることなく、10名の生徒さんが独奏曲を発表。私より上手な方が数名いらっしゃるようだ。K先生の講評・演奏も勉強になった。本日の最後のテーマは、前述のDVD鑑賞会。ここだけが私の出番である。B・S教室の方々が出演した場面のみを再生。皆さん、食い入るように画面を覗きこみ、それぞれの演奏が終わるたびに盛大な拍手が沸き起こった。
「思いがけず、DVDを観させていただき感動しました」と、全員から声をかけられる。その後、場所を変えてお茶することに。今日のお礼にご馳走してくださるそうだ。去年の今頃、コンサートで「山寺の和尚さん」を演奏したことを覚えている方々がしきりに私を持ち上げる。声が出ないのでコミュニケーションが取りずらいが、楽しいひと時を過ごさせていただいた。おかげで、ビデオ編集の苦労も吹き飛んでしまったようだ。 |
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| 2009年5月21日(木) |
| 人生まだまだ半分:444 |
5月21日(木) 晴れ 体重:69.7kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:00) |
139/63 |
58 |
35.6 |
0 |
☆ハーモニカ稲毛教室 |
| A午後(11:50) |
134/61 |
56 |
35.9 |
小学校時代からの無二の親友N君は、現在母校(K高校)の校長を務めている。分校育ちの私が、初めてN君と会ったのは小学校3年生(9歳)のときだった。早いもので、あれから半世紀(50年)が経ったことになる。彼とは小学校の4年間、中学校の3年間、そして高校の3年間と、多感な時期の10年間を一緒に過ごさせてもらった。お互いに刺激し合い、切磋琢磨しながら良く遊び、良く勉強もしたものだ。
そのような間柄のため、私はN君に深い縁を感じている。彼は真面目で頭が良く、しかもユーモラスな一面を兼ね備えていたのでみんなの人気者だった。高校時代に知り合った私の妻も彼とは旧知の仲。いわば共通の友人である。その後、私たちの結婚式の際は司会の大役も引き受けてくれたりもした。大恩ある親友N君は私の誇りである。
そのN君から、今日久し振りにメールをもらった。最近、私は友人・知人・いとこたちから便りを頂戴すると、この日記に掲載したくなる。「なぜだろうか?」と自問しても答えは分からない。おそらく、大きな感動を抑えられないからではないかと思う。今回も、N君には断りもせず掲載させていただくことにする。
『お久しぶりです。先ほど、秋山のホームページを拝見しました。闘病日記をみました。毎日書いているのですね(驚き)。昨日のものを読みました。まさに闘病、秋山の頑張っている姿がひしひし、わかります。
山内先生が4月下旬、学校へ来ましたが、ねんざの回復が思わしくなく、杖をつきながらボツボツ、リハビリをしているということでした。前々から、「俺の怪我と引き替えに、秋山の命が助かった。本当に良かった」と言っていました。七面山へ祈願し、下山の際のねんざ(かなりひどい)です。いくつになっても教え子思いの純粋な方です。とても真似のできることではなく、ただただ敬服、頭が下がります。
秋山の頑張っている姿を見まして、私も勇気とファイトをもらいました。「人生まだまだ半分」の心意気ですね。現職をより一層、頑張りたいと思います。様子を見て、また山梨に来てください。それでは、感想まで、失礼いたします』
山内先生が私の『手術成功・当病平癒」を祈願し、お札を送ってくださったことは以前の日記に書いたとおりである。その後、声なき声で、「6月には山梨まで出掛けて行く予定があるので、先生のお宅を訪問させていただきます」とお伝えもしていた。しかし、まさか、ご祈願の際に怪我をされていたとは・・・。寝耳に水のことだった。先生は私に余計な心配をかけまいと黙っていたのだろう。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。 |
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| 2009年5月20日(水) |
| 人生まだまだ半分:443 |
5月20日(水) 晴れ 体重:69.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(5:20) |
136/65 |
57 |
35.7 |
3,780 |
☆Y耳鼻科クリニック(定期受診) |
| A午後(11:50) |
142/62 |
54 |
35.7 |
午前5時30分、早起きをして添乗仕事に出掛ける妻を最寄駅まで送って行く。夕べの就寝時刻が午前1時過ぎだったので、明らかに睡眠不足だ。そのため、私にしては珍しく二度寝を決め込む。断続的とは言え、合計6時間の睡眠時間を確保することができた。
まだ少々疲労感があるため、午前中は家事仕事をしながらゆっくり過ごす。午後は、予約してあったY耳鼻科クリニックまで徒歩で出掛けた。睡眠時無呼吸症候群の在宅治療(CPAP治療)を受けているので、月に一度は定期受診が必要なのだ。
治療器のデータをカードに読み込み、クリニックに持参して解析が行われる。これが超の字が付く優れものである。データを見るだけで、私の睡眠状況は一目瞭然。就寝時刻、起床時刻、無呼吸・低呼吸の有無、マスクからの空気漏れなどが全て分かってしまう。この1ヶ月間の1日当たりの平均睡眠時間は5時間52分、無呼吸・低呼吸はゼロ。器械の使用状況は完璧との評価である。最後に、担当の技師さんがいたずらっぽく言った。「秋山さん、今朝、二度寝をしたでしょう」と。そこまでお見通しとはビックリだ。
心臓の大動脈弁は12年前に機械弁への置換術が施行されている。それ以降、私の身体は何もかもが激変した。大動脈の残存解離部分は爆弾を抱えている状況に等しい。降圧剤、抗凝結薬療法は生涯にわたって続けられる。睡眠障害もあるので、睡眠薬も欠かせない。それに加えての無呼吸症候群のためのCPAP療法。器械や薬と上手に付き合わなければ、一日たりとも生きていけない私がここにいる。 |
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| 2009年5月19日(火) |
| 人生まだまだ半分:442 |
5月19日(火) 曇り 体重:69.6kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:20) |
140/61 |
61 |
35.6 |
0 |
☆今日も休養日 |
| A午前(0:00) |
137/59 |
56 |
35.9 |
猫の額のような庭をコマネズミのように動き回ったツケが今日になって表れたようだ。朝から身体が思うように動かない。わずか1坪半の畑とブドウ・ミカンの木の手入れをしただけでバテてしまうとは、何とも情けない話である。夕方、テレビの相撲中継を見ながらついウトウト。その様子を見た妻が、「居眠りするなんて珍しい。よっぽど疲れたみたいだね〜」と呆れていた。
ところで、今日はご近所のMIさんから久し振りにメールを頂戴した。郷里の広島から年老いたお母様を千葉にお呼びしてから半年とちょっと。弟さんのご家族と協力し合いながらお世話を続けていらっしゃる。MIさんのこれまでの親孝行ぶりは、とても私などには真似ができないものだ。人生の先輩としても心から尊敬しているMIさん。私を励まし、応援してくださっている様子が、本文から伝わってきて胸が熱くなる思いだ。そして、何よりも、お母様を思う気持ちには心を打たれる。あまりにも感動的なメールなので、ここに転載させていただくことにした。(MIさん、無断掲載、どうかご容赦ください)。
『大変長い間ご無沙汰しております。申し訳なく内心忸怩たる思いでいます。声帯の回復未だとのご様子、弱音愚痴をブログで披瀝されていることの冷静な自覚認識には敬意を表します。ご無沙汰の間もブログは拝読させていただいており、旅行に、職対連の活動に、ハーモニカに、また家庭菜園にと精力的に励んでおられるご様子、喜ばしく感動と感服の念をもって応援しておりました。この間、小生には母の入院、退院後の施設での生活における情緒不安定をいくらかでも和らげ癒せればと、週に2〜3回の頻度で通い続けています。故郷を離れて異郷の地で、しかも施設での車椅子での生活で精神的にも肉体的にも疲労困憊した老いたる母を見守る筆舌に尽くし難き、やるせない気持ちに耐えて、母を見送るまでは、その使命を全うすまではと、気を引き締めて元気で頑張っています。貴兄の気力精神力の卓越した超人的な頑張りに励まされて日々を恙無く頑張っています。これからもお互いに気力を充実させて頑張っていきましょう』
先日の樋口了一さんの「手紙 〜親愛なる子供たちへ〜」。MIさんもNHKのラジオで聴いて感動されたとのことだ。 |
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| 2009年5月18日(月) |
| 人生まだまだ半分:441 |
5月18日(月) 晴れ 体重:69.8kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:00) |
134/58 |
59 |
35.7 |
2,380 |
☆ブドウの無種子化作業
(ジベレリン処理) |
| A午前(0:20) |
139/62 |
55 |
35.8 |
最初の発症から12年、この間、私は気力を振り絞りながら生きてきた。決して弱音を吐かず強気の姿勢を崩さずに・・・。弱気になると、病気が勢いを増すかのように攻勢をかけてくるからだ。7回の入院、5回の手術を乗り越えて今があるのは、病気の勢いを上回る気力を持ち続けていたからに他ならない。と、私は勝手に思っている。
その私が、昨日は日記の中で珍しく愚痴をこぼしてしまった。「愚痴」という言葉を使ったが、本音の部分では、「弱音を吐いた」と言っても良いかも知れない。どちらも似たようなニュアンスだが、弱気な面を見せたくないという私のせめてもの強がりなのである。愚痴をこぼしたら(弱音を吐いたら)、気が楽になったのは間違いない。
ところで、昨日の日記を読まれた方々のうち、お二人の方が心温まる励ましの言葉を寄せてくださった。お一人は冬瓜さんで、掲示板に「誤嚥はほんとに苦しい」と、ご自身の体験を織り交ぜながらのご投稿。窒息しそうなほどむせかえる様子を理解していただいただけでも救われる思いがした。もう一人の方は、上の写真の千羽鶴を折ってくださったHさん。「いくら気丈な秋山さんとは言え、時には人並みに遠慮なく弱音を吐いてください」とのメールをいただいた。このように、私は心優しい方々に囲まれて何と幸せなことか。感謝の念でいっぱいである。
さて、今日は朝一番で最寄りの農協に電話。「ジベレリン粉末」の在庫の確認のために。オンラインで調べてもらったら、JA習志野園芸センターに在庫が1本あるとのこと。その場で予約をお願いして車を走らせる。帰宅後は絶好の日和の下、黙々と第1回目のジベレリン処理に専念。無種子化作業は三分の一の範囲に留めるつもりだったが、適用が認められている商品が入手できたので、全体に施すことにした。どんな結果になるか楽しみである。 |
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| 2009年5月17日(日) |
| 人生まだまだ半分:440 |
5月17日(日) 小雨 強風 体重:69.8kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:30) |
132/61 |
60 |
35.6 |
2,410 |
☆完全休養日(何もしない一日) |
| A午前(0:10) |
137/59 |
57 |
35.7 |
昨日、ホームセンターで買ってきた植物成長調整剤の「ジベレリン」。開封後、使用説明書を読んで驚いた。「ぶどうにはサビ果の発生等、果実に障害が起こることがあるので、使用しないこと」と書かれているのだ。売り場担当舎(薬剤師のような格好をした人)に、「種なしブドウを作りたい」と目的を伝えて購入したのに・・・。思惑が外れてガッカリだ。
そこで、またインターネットで情報収集することに。調べたところ、ひとことで「ジベレリン」と言っても数種類あることが分かった。「粉末」、「錠剤」、「液剤」、「ペースト」の4種類で、それぞれに用途が異なっている。ブドウの無種子化や果粒肥大促進に適用が認められているのは「粉末」と「錠剤」のみ。私が買ってきた「液剤」は、ミカンなどの柑橘類・トマト、キュウリといった野菜類用だったのだ。売り場担当者は、わざわざ虎の巻を持ち出して、「え〜、ブドウの場合は、10000倍に薄めたものを開花の前後2回、コップのような器に浸すようにしてください」と親切に説明してくれた。すっかり信用していたのだが、どうやら肝心なところが抜けていたということのようだ。
いずれにしても、人体に影響がないとはいえ、果実に障害が発生するような薬を使うわけにはいかない。購入したホームセンターには「粉末」や「錠剤」の在庫はないとのこと。この近辺で取り扱っているところがあるとすれば、「農協」しかなさそうだ。今日は日曜日なのでメーカーや農協にも連絡がつかない。明日中にブドウ用のジベレリンが入手できなかったら、今年の無種子化は諦めることにしよう。
ここで愚痴をひとこと、ふたこと。「術後5ヶ月半が経ったというのに相変わらず声が出なくてつらいな〜」。悩みは声の問題だけではない。反回神経が麻痺しているので、食べ物を上手く飲み込むことができない。毎日1〜2回は食べ物が気管に入って苦しい思いをしている。この誤嚥と声の悩みを一日も早くしたいのだが・・・。愚痴を書いたら少し気が楽になった。 |
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| 2009年5月16日(土) |
| 人生まだまだ半分:439 |
5月16日(土) 曇り 体重:70.0kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(6:00) |
143/63 |
59 |
35.8 |
3,670 |
☆庭仕事(ブドウの木の手入れ) |
| A午前(0:20) |
135/62 |
54 |
35.7 |
今日も朝から庭仕事だ。先日来、まだ残っているブドウ(巨峰)の「摘穂・摘房」、「花穂の間引き」作業の続きを行なう。私にはブドウ栽培のノウハウがないため、インターネットで学びながら対応している。情報量に不足はないのだが、ネット上に公開されている栽培方法は千差万別といった感が強い。とどのつまりは、自分なりに情報の取捨選択が必要となってくる。したがって、失敗することも多い。実際、今回の「花穂の間引き」では、房の形をズンドウ型に仕上げようとしたのが失敗だった。粒を大きくしたいからと、思いきった間引きをしたのだが、全体的に房が小さすぎるような気がする。まあ、仕方がない。「失敗は成功のもと」と割り切ることにしよう。
さて、今年は「種なしブドウ」にチャレンジすることにした。巨峰の無種子化は難しそうだが、素人にできるかどうかが見ものである。まず、今日はネット情報を頼りに、ホームセンターで植物成長調整剤の「ジベレリン」を買ってきた。種なしブドウにするためには、2度のジベレリン処理が必要だそうだ。第1回目は、満開時〜満開3日後。ちょうど、今がその時期である。そして、第2回目は、満開10〜15日後。このタイミングで適正に処理すれば、無種子化と果粒肥大促進が図れるという仕組み。ブドウ農家で栽培・出荷され、私たちの口に入るものは全てこの処理が施されているとのこと。当然、安全の確認はされているそうだ。
このジベレリン処理は、天気の良い日でなければ効果が上がらないとのこと。明日は雨模様の一日になりそうなので、しばらくは様子見だ。私の「種なしブドウ作り」の自信度は、正直ゼロに等しい。全部が失敗したら元も子もないので、今年の無種子化作業は全体の三分の一の範囲にしておくつもりだ。 |
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| 2009年5月15日(金) |
| 人生まだまだ半分:438 |
5月15日(金) 晴れ 体重:69.6kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(6:40) |
135/61 |
62 |
35.6 |
10,360 |
☆FU姉ちゃんからの贈り物
☆Y歯科クリニック |
| A午前(0:00) |
139/60 |
56 |
35.9 |
いとこのFU姉ちゃんから嬉しい贈り物が届いた。先日、メールで「ワカメと昆布を送るから食べて・・・」との知らせを受け心待ちしていたものだ。竜宮城の乙姫さまからお土産をもらった浦島太郎のような心境で箱を開けてみた。
「開けてビックリ玉手箱」とはこのことか。打ち出の小づちの如く、次から次と朱玉のような品々が出てくるのだ。何が入っていたか、せっかくだから書き出してみよう。まず、前述の「ワカメ」と「昆布」が2袋ずつ。続いては、「高級お菓子の詰め合わせ」。それから、「柿渋染めのタオルセット」。可愛らしい小袋の中には「手紙」と「いとこ会の返信ハガキ」。その袋の中には、まだ小さな箱があった。
箱の表面は和紙で覆われていて、いかにも手作りの印象だ。上蓋にはビーズや花飾りが貼り付けられている。その箱の中には「二羽の折り鶴」。一羽は、金と紺の色で一回り大きめの作りだ。もう一羽は、金と赤で小さめにできている。雌雄一対であることは一目瞭然だ。そして最後は、幸運を招くといわれる「四つ葉のクローバーの押し花」。このような心の籠った贈り物を目の当たりにして、私は夢を見ているのではないかという思いにかられた。しかし、これは現実のこと。正真正銘の玉手箱だったのだ。
手紙には、にわか主夫の私のために昆布の美味しい食べ方レシピまでもが書き添えられていた。「二羽の折り鶴」は、私の病気の回復を願いながら折ってくださったものだそうだ。FU姉ちゃんの優しさが伝わってきて心が熱くなるのが分かる。つくづく、「生きていて良かったな〜」と思った。 |
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| 2009年5月14日(木) |
| 人生まだまだ半分:437 |
5月14日(木) 晴れ 体重:69.9kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:00) |
143/63 |
58 |
35.8 |
2,420 |
☆ハーモニカ教室会場下見
☆ブドウの手入れ(摘穂など)
☆千葉職対連常任幹事会 |
| A午後(11:50) |
136/58 |
57 |
35.7 |
連日の長時間労働(PCによるビデオ編集作業)のため疲労困憊気味である。それは私のみならず、PC本体にも言えること。どちらもオーバーヒートしそうなので、今日は休養日と決め込む。別の用事を優先し、PCの前に座る時間を極力抑えることにした。
さて、その別の用事だが、午前中はハーモニカ教室のための会場候補の下見。これは予定の行動である。現在、稲毛教室が開講されている会場(社会保険センター)は今年度中の閉鎖が決定した。ハーモニカ教室を継続するためには、まず、会場探しから始めなけれなならない。その候補の一つであるA集会所を、NAさんの案内でKOさんと見学。建物は決して近代的とは言えないが、スペースや周辺環境は申し分ない。ただ、問題は駅から徒歩15分という立地条件である。A先生や仲間の皆さんと相談することにしよう。
帰宅後、庭仕事をしていたところに妻からメール。「お昼ご飯がまだだったら、ポパイのサンドイッチを買っていくよ」とのこと。このサンドイッチは私のお気に入りということで、先日のハーモニカコンサート当日も10個を調達。一緒に食べた仲間の皆さんの評価も上々だった。額に汗しての作業の手を休めて休憩。いつ食べても美味しいサンドイッチである。
今日の庭仕事は、ブドウ(巨峰)の「摘穂・摘房」および「花穂の間引き」。「摘穂・摘房」というのは、果房の大きさを確保するために、一枝当たりの花穂の数を制限してしまうこと。私は、一枝当たりの花穂を1〜2房に制限している。「せっかくの花穂が勿体ない」という気持ちに負けると、結実した粒が小さくなってしまう。なかなか勇気がいる作業なのだ。「花穂の間引き」というのは、房の形を整えること。去年まではスマート型にしたが、今年はズンドウ型に仕上げてみることにした。果たして、出来栄えは如何に・・・。
夜は、千葉職対連の常任幹事会に出席。7月に開催される総会の準備をする時期が近付いてきた。皆さんには申し訳ないが、私は比較的軽微な作業を引き受けさせていただくことに。総会の前には県内自治体への賛助金要請行動も予定されている。去年は、ちょうどその時期に入院したので、皆さんには迷惑をかけた。今年は大丈夫そうだ。 |
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| 2009年5月13日(水) |
| 人生まだまだ半分:436 |
5月13日(水) 曇り 体重:69.7kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(6:40) |
135/60 |
56 |
35.6 |
0 |
☆PCでビデオファイル編集(4日目) |
| A午前(0:00) |
139/60 |
54 |
35.8 |
私が住んでいる町内会は、毎週水曜日が「資源ゴミの日」。一般のごみは火・木・土曜日と決まっている。最近、我が家のゴミ出し係は私が引き受けることになった。自称、「主夫」なのだから、それも当然のこととわきまえている。しかし、私は「資源ゴミの日」だけはどうにも苦手だ。
実は、この町内会ではボランティアグループが、「資源ゴミの日」に合わせて、アルミ缶の回収を行なっている。収益は自治会活動に充てるのだから、地域のためには良いことだと思う。しかし、私には二つほどの負い目があるので、その方々との関わりは薄い。ひとつは、我が家ではビールを飲まないので、年間を通してもアルミ缶を滅多に出さないこと。つまり、ボランティアグループの活動には全く寄与していないわけだ。もうひとつは、人手の問題。「アルミ缶を出さないのなら、人手を出せば・・・」と言われても困る。午前6時台からの収集・缶潰しなど、私の身体では到底無理なことだから。いつしか、「資源ゴミの日」は、その方々と顔を合わさないようにと願うようになった。我ながら、「嫌な性格だな〜」と思う。
最近、ペットボトルの出し方について不思議なことに気付いた。自治体からの案内チラシには、表面のラベルは剥がさなくても良いと書かれている。ところが、ゴミ集積所に出されたものを見ると、ラベルはきれいに剥がされている。ラベル付きで出したら白い目で見られそうな雰囲気なのだ。腑に落ちないが、私もラベルを剥がして出すことにした。
さて、今日は久し振りに自宅でのハーモニカ練習に取り組んだ。以前は熱心に練習をしたものだが、最近(手術後)はほとんどやらなくなってしまった。ハーモニカを手にすると、焦燥感にかられるようになったからだ。片肺のうえに反回神経麻痺(声帯麻痺)では上手く吹けるわけがない。声帯の手術も視野に入れているが、当面はリハビリ期間と割り切ることにした。そう思わなければ挫折してしまいそうだから・・・。 |
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| 2009年5月12日(火) |
| 人生まだまだ半分:435 |
5月12日(火) 曇り〜晴れ 強風 体重:69.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(6:50) |
138/59 |
58 |
35.7 |
0 |
☆PCでビデオファイル編集(3日目)
☆ハーモニカサークル(療育センター) |
| A午前(0:40) |
142/62 |
57 |
35.9 |
昨日の日記で紹介した『手紙〜親愛なる子供たちへ〜』。早速、同じテレビ番組を見たという「いとこのFU姉ちゃん」からメールが送られてきた。FU姉ちゃんも、テレビを見ながら私と同じように感動の涙を流したとのこと。「CDを絶対に入手したい」と思っていたところ、私の日記でインターネット配信を知り視聴。そこで、また、「みっちゃんと同じように泣きました」とあった。お気に入りに保存したのも私と同じだ。FU姉ちゃんは、これからも、あの歌を聴くたびに何度も何度も感動の涙を流すことだろう。きっと、私も同じだと思う。
さて、今日も午前中はPC作業に集中。ビデオファイルの編集は今日で3日目を迎えた。一昨日の日記に書いたとおり、この作業にはとてつもない時間がかかる。それを知っている賢明な人たちは、絶対、ビデオファイルの編集作業などに手を染めない。商売人ならまだしも、素人ができる範疇を超えているからだ。それを承知でやっているのだから、私は余程の物好きと言っても良いかも知れない。現在の進捗率は約50%。まあ、気長にやることにしよう。
午後からは療育センターでのハーモニカサークルに出掛けてきた。その前に夕飯の支度をしていたので少々遅刻。仲間の人たちにその話をしたら、「しっかり、主夫をやっているのですね〜」と冷やかされた。喉(声帯)の麻痺のため、ハーモニカが上手くは吹けない状況に変わりはない。それでも、仲間の人たちと過ごす時間はいつものようにとても楽しかった。
東北方面(青森の恐山など)への添乗仕事に出ていた妻が三日ぶりに帰宅。千葉は夏のような暑さだったが、雨模様の青森は寒かったとのこと。恐山の乳白色の温泉が気に入ったようだ。 |
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| 2009年5月11日(月) |
| 人生まだまだ半分:434 |
5月11日(月) 曇り 体重:69.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:00) |
135/58 |
62 |
35.5 |
5,880 |
☆PCでビデオファイル編集(2日目) |
| A午前(0:30) |
137/59 |
56 |
35.8 |
若い頃から涙もろい性格の私。最近、その傾向が一段と強くなったような気がする。歳をとったということだろうか。実は、今朝、NHKの「生活ほっとモーニング」を見ていたとき、溢れる涙をこらえることができなかった。ある歌に激しく心を揺さぶられて・・・。歌詞を読み、歌を聞いて、これほどの感動を覚えたのは初めてのことだ。
その歌の題名は、『手紙〜親愛なる子供たちへ〜』。シンガーソングライターの樋口了一さんが歌っている。作詞者は不詳だが、原文はポルトガル語で書かれた散文のような詩だったとか。訳詞者は、その詠み人知らずの詩に感銘を受け、訳したものを樋口に見せる。すると、そこで、また樋口が共感。言葉に導かれるままに曲を付けて歌にしたとのこと。この歌は、今年日本人の心を最も動かす歌として、聞く人の心に響き、届き、感動の涙を誘っているそうだ。本当にその通りだと思う。
介護される親が、子供たちへ想いをストレートに綴った詩が特徴の「手紙〜親愛なる子供たちへ〜」。歌は口コミで介護現場の人々の間に広まり、樋口さんのもとには「涙がとまらなかった」、「介護をつらいと感じていたが、歌を聞き楽になった」など多くの反響が連日寄せられているとのこと。私が今日流した涙は、両親のお世話もせず、あの世に旅立たせてしまったことへの悔いの涙に他ならない。
私は今、直接的には介護したり、されたりしている身ではない。しかし、いずれは、あの歌詞にあるような立場や心境になるときがきっとくるはず。そう思いながら、インターネット上で「手紙〜親愛なる子供たちへ〜」を聞いたら、また涙が溢れてきた。
興味のある方は下記アドレスから視聴されてはいかがでしょうか。ここは「テイチク・ミュージックチャンネル」。歌詞と映像(曲)などが配信されています。
http://www.teichiku.co.jp/artist/higuchi/disco/cg17_lyric.html |
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| 2009年5月10日(日) |
| 人生まだまだ半分:433 |
5月10日(日) 晴れ 体重:69.2kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(5:50) |
140/61 |
60 |
35.6 |
8,050 |
☆PCでビデオファイル編集(1日目) |
| A午前(1:20) |
137/60 |
57 |
35.7 |
明らかな睡眠不足のはずだが全く眠気を感じない。やっぱり、脳のどこかが狂っているのは確かなようだ。かれこれ10年ほど前になるが、「人間の働き方」を研究している大学の教授が興味深い話をしていたことを思い出す。人間の脳には「疲れの見張り番」があって、疲れを感じたら「休め」という指令を出すのだそうだ。ところが、働き過ぎ状態が高じると、その「見張り番」が壊れてしまい「休め」の指令が出せなくなる。そうすると、疲れを感じなくなった人間は、「長時間過密労働もなんのその」と、働き続けてしまうとのこと。挙句の果ての「過労死」が後を絶たない構図である。
私は、12年前、そのような状況の中で倒れてしまったが、奇跡的に命は助かった。しかし、一度壊れた脳は治らないのだ。今でも、「疲労」とか「眠気」という感覚はゼロのまま。「疲れの見張り番」が壊れたからには、自分自身でコントロールするしかないのだが、これがなかなか難しい。毎日睡眠薬のお世話になるのも異常と言えば異常かも知れない。
今日も、ほぼ一日中パソコンの前で過ごす。KA先生からお借りしたビデオの編集作業である。現在の進捗率は全体の25%といったところだろうか。この作業は誰に頼まれたわけでもなく、趣味でやっているようなもの。愚痴はこぼしたくないが、「いつになったら終わることやら・・・」と、気が遠くなる思いがしている。
今日は母の日。妻は今朝から2泊3日の添乗仕事に出掛けている。昨日は私が不在だったが、長男家族3人がやって来たそうだ。そして今日、長女夫婦が「母の日プレゼント」を持参。娘たちが妻に電話やメールでメッセージを送っている。その後、妻から私に「プレゼントをもらって、涙が出るくらい嬉しかったよ」と報告があった。 |
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| 2009年5月9日(土) |
| 人生まだまだ半分:432 |
5月9日(土) 晴れ 体重:69.4kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:10) |
128/59 |
56 |
35.7 |
7,760 |
☆千葉職対連相談会(柏市)
☆PCトラブル |
| A午前(3:10) |
143/62 |
61 |
35.8 |
昨日、ハーモニカのKA先生から電話をいただいた。「先日のコンサートのビデオをご覧になりたかったら、ビデオカメラ本体をお貸ししますよ」とのこと。それは願ったり叶ったりのお話である。たまたま、今日、私は柏市まで行く予定があり、電車利用だがKA先生のお住まいの近くを通ることが分かった。そのお話をしたところ、何と、先生が最寄駅まで届けてくださるとおっしゃるのだ。それも、わざわざ駅のホームで手渡しできるようにとの気の遣われようである。せっかくのご好意なので、お言葉に甘えさせていただくことにした。待ち合わせのホームで10分ほどの立ち話。ハーモニカの先生方はどうしてこんなに良い人ばかりなのだろうか。私も見習いたいと思う。
その足で、柏市内の相談会場へ。今日は千葉職対連の相談会である。現在の私の体調(声が出ない状態)では、相談会に行ってもあまり役には立たない。それでも、いないよりはマシと割り切って参加。仲間の皆さんの顔を見るだけでも行った甲斐があるというものだ。帰りは、いつものトンカツ屋さんの「ほろ酔いセット」をいただきながら反省会。一杯のビールが何と美味しかったことか・・・。
帰宅後は、お借りしたビデオをパソコンに取り込む作業に没頭。しかし、驚いたことに、ビデオ本体には5時間以上もの動画が収録されている。それもほとんどが連続撮影のものばかりなのだ。ファイルの選択ができないため、全てのファイルを取り込むしかない。その結果、パソコンの空き容量が不足してパンクしてしまった。
こうなったら、外付けのハードディスクに元のファイルを移動するするしかないと判断。マイピクチャー・マイドキュメントなど、ホームページのファイルも含めて全てのものを。これで上手くいけば良いのだが・・・。何しろ膨大なファイルなので時間ばかりがかかる。既存ファイルの移動→ビデオファイルの保存・移動→既存フィルの復旧、これらの作業が終わったとき、時計の針は午前3時を回っていた。
何とかホームページの機能も修復できた。苦労の甲斐があったというものだ。安心して床に就いてから3時間足らず、添乗仕事に出掛ける妻を送るため午前6時に起床。睡眠不足のはずがそうでもない。掲示板には、「日記休載のお知らせ」の書き込みをしておいたが、ひと仕事が終わったので日記を書くことにした。 |
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| 2009年5月8日(金) |
| 人生まだまだ半分:431 |
5月8日(金) 小雨 体重:69.7kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:30) |
132/58 |
57 |
35.4 |
2,430 |
☆Y歯科クリニック受診
☆いとこ会開催案内発送 |
| A午前(0:10) |
135/60 |
55 |
35.9 |
この時期にしては珍しく、4日連続の雨となった。なかなか五月晴れとはいかないようだが、私にとっては恵みの雨でもある。野菜の苗を植え終わった直後に降り出すとは、何とタイミングの良いことか。おかげで苗が生き生きとしている。これで今年の豊作も約束されたと言っても良いだろう。
さて、今日は一日のほとんどをパソコンと向き合って過ごした。主な作業は、私が関わっている複数のホームページのファイル管理。最近、サイト内リンクに不備があることに気付いたのだが、庭仕事に追われて(というのは言い訳で・・・)放っておいたのだった。今日は取りあえず、リンクエラーのあるページの修復に努める。何とか格好が付いたので小休止。ふと、あることに興味が湧いてきた。それは、この数年間に私が作ったファイルとページ数がどの程度のものかということだ。読者の方々は、いったいどのぐらいと思われるだろうか。実は私にも見当がつかない。
そこで、ファイルとページ数を調べてみることにした。私が一念発起してホームページ作りに取り組んだのが2005年6月のこと。もうすぐ丸4年になろうとしている。まず、「@千葉職対連」を手始めに、「A山内学級」、そして「BAKIYAMA2571」と三つのHPを公開に踏み切る。数調べの結果は次のようなものだった。
まずファイル数:@=920、A=400、B=2110、合計3430ファイル。
次がページ数:@=220、A=40、B=240、合計500ページ。
ファイルとページの合計は3930。知らず知らずのうちに、これほどの膨大な数になっていたのである。正直、ビックリした。
こんなことをして遊んではいられない。いとこ会の幹事の仕事をしなければ・・・。開催案内は昨日中に作り上げた。予約済みのホテルのパンフレットも今日届いた。あとは返信用のハガキ作りと封筒の宛名書きである。夜までかかってやっと完成。集配局に持ち込んだのが午後7時過ぎ。東京、山梨などの関東圏は明日の配達に間に合うとのこと。遠い奈良は来週の月曜日配達だとか。再会を喜び合ういとこたちの姿が目に浮かんでくる。幹事役は楽しいものだ。 |
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| 2009年5月7日(木) |
| 人生まだまだ半分:430 |
5月7日(木) 曇り〜小雨 体重:69.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(6:50) |
129/61 |
59 |
35.6 |
0 |
☆ハーモニカ稲毛教室
☆いとこ会開催案内印刷 |
| A午前(0:40) |
137/62 |
58 |
35.8 |
この連休中、「超」の字が付くほどのハードスケジュールをこなしてきた妻の疲労がピークを迎えている。帰宅した夕べも、精算書類のまとめの作業を深夜までやっていたようだ。どうにかまとめ上げたらしく、私が床に就く気配を感じたのは午前2時半過ぎだった。添乗に出ているときの歩数は2万歩を超えるのが当たり前。事前の打ち合わせや事後の精算業務にも膨大な労力を要する。客の目には一見気楽な仕事と思われがちだが、どうしてどうして、実態は過労死しても不思議ではないほどの過酷ぶりなのだ。
いつもは早起きの妻が起きてこないので、私がゴミ出しやお風呂の準備を行なう。だいたい、我が家の朝風呂の順番は決まっている。娘が一番、妻が二番、私が三番という風に。で、最後の私が残り湯を使って洗濯をするというのがお決まりのパターンである。ところが、今日は、そのパターンが崩れたので唖然とさせられてしまった。
娘が一番で妻が二番というところまでは普段通り。それが、どういうわけか三番を通り越して、妻が残り湯(?)で洗濯をしてしまったのだ。「脱水まで終わったので、悪いけど干しといてね」と言い残して出勤する妻を、私は無言で見送るしかなかった。おそらく、脳も疲労困憊なのだろう。こうなったら仕方がない。湯増し・追い炊きで入浴。洗濯機ももう一度回すことにした。
お昼を過ぎたころ、妻から電話がかかった来た。「今、仕事中にふと気が付いたんだけど、私、今朝、とんでもないことをしてしまったみたい。お父さん、お風呂まだだったのよね〜。あれからどうしたの?」と聞くのである。「大丈夫だよ」と多くは語らなかったが、『これからは、お互いにこんなことを繰り返しながら歳をとっていくのかも知れないな〜』と思った。 |
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| 2009年5月6日(水) |
| 人生まだまだ半分:429 |
5月6日(水) 振替休日 小雨 体重:69.8kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:30) |
135/59 |
62 |
35.9 |
0 |
☆「いとこ会」開催準備
(ホテル予約〜案内状作成他) |
| A午前(0:20) |
138/60 |
57 |
36.0 |
不景気にもかかわらず、高速道路料金の値下げ(1000円乗り放題)施策は大当たりだったようだ。普段、あまり遠出しない人たちまでもが一斉に車で繰り出したので行楽地は大賑わい。稼ぎ時を心得ているお土産屋さんなどはホクホク顔である。政府の景気刺激策が思惑通りの功を奏せば良いのだが・・・。
GWの連休も今日が最終日である。私の庭仕事も予定通りに完了。わずか2日間の一人暮らし生活ながら、新鮮な気分を味わえたのも大きな収穫だった。長女のところの「ピョンタ君」の世話をしていた娘が、昨晩遅くにお役御免となって帰宅。東北方面への添乗仕事に出ていた妻も、Uターンラッシュに遭うこともなく、今晩、意外に早い時間での帰還となった。明日からは我が家にも普段通りの生活リズムが戻ってきそうだ。
さて、今日は来月(20日)に予定している「いとこ会」の準備に専念。まずはホテルの予約からと、ネットで得た情報をもとに目星を付けていたところに電話を掛ける。第一候補のホテルは、連休前に予約状況を確認した際、「6月中旬以降のご予約は5月のGW明けになります」とのことだったので、こちらに抜かりはないと高をくくっていたのだが、今日になったら何と、「申し訳ありませんが、全て満室になりました」と言うではないか。「それでは話が違う」と怒りが込み上げてきたが、声が出ないのでグッとこらえる。そんな殿様商売をしているようなところはこちらから願い下げだ。
そこで、第二候補のホテルに電話。そこの担当者の対応は、ネットで得た情報通り、「おもてなしの心」が行き届いていて好感が持てる。先ほどのところとは大違いだ。「山梨の石和にしては珍しいほどの好印象だな〜」と、心の中で思った。「空室の残りがわずかですが・・・」との言葉で、もう第三候補に電話する必要もないと判断。その場で予約を済ませる。私たちの「いとこ会」の頃は、ちょうどサクランボ狩りの時期にあたり、かつ土曜日ということでどこのホテルも予約がいっぱいだとか。第二候補を押さえることができて良かった。近日中に案内状の発送ができるようにしたいと思う。 |
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| 2009年5月5日(火) |
| 人生まだまだ半分:428 |
5月5日(火) こどもの日 曇り〜雨 体重:69.8kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:20) |
140/62 |
60 |
35.8 |
0 |
☆独居生活体験(2日目)
☆夏野菜の苗植え付け |
| A午前(0:10) |
136/58 |
56 |
35.9 |
独居生活(一人暮らし)の2日目を迎えた。今日は「こどもの日」だが、我が家にいるのは私一人だけなので、国民の祝日という実感が湧いてこない。たまには一人暮らしも良いものだ。庭仕事をしながら、子供たちのことを考えてみた。
「三つ子の魂百まで」という言葉があるが、これは幼ない頃に身につけた性格や性質は歳をとっても変わらないことを言い表しているそうだ。とっくに大人になった我が家の3人の子供たちは、同じように育てたつもりだが、三者三様の性格に育ったところが面白い。外見上は誰が見ても私と妻の子と分かるほど似ている。特に、長男は若い頃の私に、長女はやはり若い頃の妻にソックリ。しかし、3人の性格は良しにつけ悪しきにつけ親には似ていない。つまり、親の影響を受けずに自立してしまったような子供たちである。もしかしたら、「親はなくても子は育つ」という部類に属するような子供たちかも知れない。最近は、「負うた子に教えられ」という場面にしばしばお目に掛かる。たぶん、親の私たちが歳をとったということだと思う。
さて、今日はいよいよ夏野菜の植え付けだ。朝一番で苗を買いに行く。天気予報では午後から雨になるとのこと。休憩もしなかったので午前中に作業を完了することができた。ちなみに、植え付けた野菜の種類と本数は次の通りである。「スイカ:4本、カボチャ:4本、キュウリ:7本、トマト:4本、ミニトマト:2本、ゴーヤ:8本、ナス:1本」。全部で7種類、30本。夏の収穫が楽しみだ。 |
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| 2009年5月4日(月) |
| 人生まだまだ半分:427 |
5月4日(月) みどりの日 晴れ 体重:69.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(6:10) |
134/60 |
59 |
35.7 |
0 |
☆独居生活体験(1日目) |
| A午後(11:50) |
137/60 |
57 |
36.0 |
娘は昨日の夜から2泊3日の予定で長女夫婦のマンションに泊ま込みに行った。何やら、長女たちが山梨に出掛けている間、「ピョンタ君」の世話を頼まれたとのこと。昨日の昼はサヤちゃんと遊び、夜からはピョンタ君のお世話とは、いかにも癒し系の娘らしい連休の過ごし方である。
もう一人の同居人の妻は、こちらも今日から2泊3日の予定で東北方面への添乗仕事に出掛けて行った。帰ってくるのは連休最終日の6日(水)だそうだ。「Uターンラッシュに巻き込まれるのは確実。その日のうちに帰れるかどうか・・・」と覚悟を決めているようだが、果たしてどうなることやら。
そのようなわけで、今日・明日の2日間、私は独居生活を送ることになった。仕事柄、妻の不在は珍しくないが、娘が家を空けるのは滅多にないこと。つまり、私が一人だけで過ごす日は珍しいということである。「独居の感想は?」と聞かれれば、「寂しいというより、静かだな〜」といった印象のほうが強い。それは、2日もすれば帰ってくる家族がいるからに他ならない。娘は今のところお嫁に行く気配はないが、いつか家を出る日が来るかも知れない。その時は、きっと寂しいと感じるのだと思う。
ところで、今日も日中はブドウの木の手入れに多くの時間を費やした。「新芽の誘引」・「芽欠き」・「花穂の間引き」など、青空の下での作業は、いくらやっても飽きないのが不思議である。もしかして、このような農作業が私の性に合っているのかも知れない。 |
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| 2009年5月3日(日) |
| 人生まだまだ半分:426 |
5月3日(日) 憲法記念日 晴れ 体重:69.6kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(6:50) |
143/62 |
62 |
35.9 |
8,940 |
☆長男と孫娘が来訪
(クリスマスプレゼント) |
| A午後(11:30) |
136/58 |
54 |
35.9 |
ママはお留守番ということで、長男と孫娘の二人だけがやってきた。季節はずれのクリスマスプレゼントが目的である。「なぜ今どき、クリスマスプレゼント?」と訝しく思う方もいることだろう。話は去年の12月にさかのぼるが、私は術後の入院中に孫娘のサヤちゃんと約束していたことがあった。「退院したらクリスマスプレゼントを買ってあげるね」と。実は、その約束をまだ果たしていないのだ。
サヤちゃんの希望は、「みっちゃん(サヤちゃんは私のことを今でもそう呼んでいる)のお腹が治ったら、自転車を買ってほしい」というもの。パパとママは、「4月から幼稚園の年中組に上がるので、5月の連休の頃まで我慢すれば・・・」と説得したのである。その後、サヤちゃんは会うたびに「みっちゃん、ピンクの自転車だよ」と絵手紙を書いてくれたりもするようになった。そして今日、サヤちゃんの夢が叶ったのである。
家に帰ってから、早速、自転車の練習だ。家族総出(私と妻、長男と娘、そしてサヤちゃんの5人)で近くの公園まで出掛ける。サヤちゃんは娘のナホちゃんが大好き。家に来ると、「ゆりちゃん、みっちゃん、ナホちゃん」と、それはそれは賑やかなことだ。傍からは、誰の目にも長男と娘がパパとママに見えることだろう。お隣の奥さんが、「ゆりちゃん、みっちゃん・・・」という呼び名が面白いと言って笑った。 |
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| 2009年5月2日(土) |
| 人生まだまだ半分:425 |
5月2日(土) 快晴 体重:69.8kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:10) |
135/60 |
59 |
35.7 |
1,760 |
☆ブドウの木の手入れ
(新芽の誘引) |
| A午後(11:40) |
140/63 |
55 |
35.8 |
昨日に続いて、今日もブドウ(巨峰)の木の手入れを行なった。新芽の誘引作業である。長時間にわたって上を向いて作業をしたので首が痛くなった。休み休みやれば良いものを、やり始めたら中途半端なことができないという性格が邪魔をする。つい、夢中になって無理をしてしまう。困ったものだ。
ここで、我が家のブドウ(巨峰)の木のルーツについて少し触れておくことにしよう。その木の生い立ちは少々変わっている。苗木を買ってきて植えたのではなく、元をただせばただの小枝なのだ。実は10年ほど前、山梨方面へのバスツアー(ブドウ狩り)に参加した折り、お土産に箸の長さほどのブドウの木の小枝をもらってきた。せっかくだからと庭の片隅(西側の端)に挿しておいたところ、5〜6年が経過した頃から急成長。3年前(2006年)、初めて実をつけて私を喜ばせてくれたのだった。
ブドウの木は庭を横断して東側の駐車場の屋根の下まで伸びている。今年は例年に比べて気温が高いせいか新芽の成長が10日ぐらい早いようだ。特に透明の屋根付き駐車場部分の成長が著しい。おそらく温室のような効果があるからだろうが、もう花芽がいっぱい付いている。その新芽の誘引作業を昨日から始めたのだが、これが簡単なようでなかなか難しい。新芽は太陽に向かって真上に伸びようとする。それを棚に引き寄せて結びつけるわけだが、少し力を入れ過ぎるとすぐポキッと折れてしまう。立派な花芽が付いている新芽を何本折ってしまったことか。明日はもっと慎重にしなければ・・・。 |
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| 2009年5月1日(金) |
| 人生まだまだ半分:424 |
5月1日(金) 快晴 体重:69.7kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:40) |
137/58 |
60 |
35.8 |
0 |
☆救命救急センター外来受診
☆ブドウの木の手入れ
(新芽の誘引) |
| A午前(0:30) |
138/61 |
57 |
35.9 |
風薫る5月の到来だ。すがすがしい初夏の風が、青葉若葉を揺らす季節になった。今年のGWは晴天続きが予想されているので、さぞ行楽地は混雑することだろう。その混雑を嫌い、ここ数年、私のGWの過ごし方は外出を控えるようになった。では、何をして過ごすかということになるが、それは昨日の日記に書いたようなプチ農園の仕事である。菜園の土作りから夏野菜の植え付け、さらにはブドウ(巨峰)・ミカンの木の手入れなどなど・・・。
さて、今日のメインテーマは、救命救急センターでの術後5ヶ月目の外来受診である。検査項目は、抗凝結薬療法のためのワーファリン採血(PT-INR値測定)と頭部から胸部にかけてのCT検査の二つ。CT検査は、前回受診時に頭部打撲の報告をしたため「硬膜下血腫」を発症していないかの確認も含まれている。検査データをパソコン画面で見ながら主治医のO医師の説明を聞く。まず、置換術施行部分の大動脈については全く異常がないと太鼓判が押される。それに加えて安心したのは、硬膜下血腫の所見は見当たらないとのことだ。前回受診時、ワーファリンの服用量を減らしたのも、出血を抑えるのに効果的だったのかも知れない。ひと月以上も心配をし続けたが、「もう大丈夫」と太鼓判を押されたのでホッとした。
残る問題は、まともに声が出ないことだ。O医師は、「あとひと月ほど(術後6ヶ月間)様子を見ましょう。それで改善傾向を確認できなかったら、耳鼻咽喉科の専門医への紹介状を書きます」とおっしゃる。私としては焦燥感もあるが、どこかで「声が出ないことなど贅沢な悩みではないか。歩けなくなることを覚悟していたのだから・・・」という思いが交錯しているのも事実。O医師の身を預けることにした。 |
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| 2009年4月30日(木) |
| 人生まだまだ半分:423 |
4月30日(木) 晴れ 体重:69.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:20) |
133/59 |
59 |
35.7 |
0 |
☆家庭菜園(土作り) |
| A午前(0:20) |
140/58 |
56 |
35.7 |
快晴のもと、わずか一坪半の庭仕事に精を出す。冬野菜の収穫時期も終わったので、今日は夏野菜用の土作りに取り組んだ。まず、とうの立った春菊・ホウレンソウ・エンドウ豆などを引き抜く。その後、スコップで土を堀り起こす。久し振りの肉体労働のためか、すぐに息切れしてしまう。それでも、額に汗して働くことの喜びを実感する。よくぞ、ここまで体力が回復したものだと、あらためて自分自身の生命力の強さを見直した。
午後は、ホームセンターで調達した肥料を土に混ぜ込む作業だ。これも私にとっては重労働のため、心臓と相談しながらユックリリズムで進める。結局、夕方までかかってやっと今日の予定の仕事が終わった。この土作りの後は、苗植えの作業が待っている。今年は、どんな野菜にしようかと考えるのも楽しいものだ。
さて、明日は救命救急センターにて術後5ヶ月目の外来受診が予定されている。最近の体調はすこぶる良好なので、CTなどの検査にも余裕を持って臨むことができそうだ。 |
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| 2009年4月29日(水) |
| 人生まだまだ半分:422 |
4月29日(水) 晴れ 体重:69.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(6:30) |
143/60 |
57 |
35.9 |
7,230 |
☆ハーモニカコンサート
(松戸市民劇場) |
| A午前(0:10) |
138/57 |
58 |
35.8 |
ハーモニカコンサートに出演するため、松戸まで出掛けていった。出演と言っても、私は合奏曲だけなので気楽なものだ。いわゆる、その他大勢の部類に属するわけだから・・・。それに引き替え、独奏や二重奏に出演する仲間の人たちは、みんな緊張な面持ちをしている。何とか緊張を和らげてやりたいと、あれこれ話しかけてみたりしたが、どうやらそれはとり越し苦労だったようだ。4曲の独奏・二重奏にチャレンジした8名の方々が、揃いも揃って本番に強いことを証明してくれたのだ。練習の時よりも良い出来栄えだったので、我がことのようにホッとした。
コンサート後の懇親会では、予想を超える多数の参加者があり、賑やかで楽しいひと時を過ごさせていただいた。その懇親会が始まった直後、会主のK先生がわざわざ私のところに近付いて来て、声を掛けてくださったのでビックリ。聞き間違えたかと思ったが、そうではなかった。「秋山君、身体の具合はどうですか? 期待をしているので、無理をせず体調の回復に努めるように」とハッキリした口調でおっしゃられたのだ。まさか、日本一の複音ハーモニカ奏者と言われる大先生がこのような言葉をかけてくださるとは、思いもよらないことだった。大感激の瞬間である。
懇親会が続いている間、私が昨年暮れに入院・手術したことを知っている師範・準師範の方々や別の教室の生徒さんが、「元気そうな姿を見ることができて良かった」と次々に声をかけてくださった。中には握手を求めて来たり、一緒に写真に収まろうとする方まで現れる。しかし、私の声を聞くと、皆さん、その瞬間に絶句する。外見と中身のギャップがあまりにも大き過ぎるということのようだ。
ところで、今回のコンサートでは、プログラムの原案の段階で私の名前はどこにも見当たらなかった。A先生が「病み上がりだから無理」と判断されたとのこと。そこのところを頼み込んで参加させていただいて良かった。こんなに多くの方々が私に感動・感激を与えてくださったのだから・・・。 |
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| 2009年4月28日(火) |
| 人生まだまだ半分:421 |
4月28日(火) 晴れ 体重:69.4kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:40) |
137/61 |
57 |
35.8 |
8,310 |
☆Y歯科医受診
☆療育センター(ハーモニカサークル) |
| A午前(0:00) |
140/59 |
60 |
36.0 |
今日は朝から夜まで出ずっぱりの一日だった。午前中は歯医者さん通いと買い物、午後は療育センターでのハーモニカサークルと床屋さん。たったこれだけのスケジュールだが、要領(タイミング)が悪いせいか、どれもこれも大幅に時間が延長してしまった。
私が療育センター「ふれあいの家」のハーモニカサークルの存在を知ったのは救命救急センターに入院中のこと。そもそも、「ふれあいの家」とは、障害者福祉の増進を図ることを目的とし、各種相談・機能訓練・教養講座・社会との交流及びスポーツ・レクリェーションの場などを提供している施設である。今回の手術入院まで、私はそのような施設があることさえ知らなかった。
救命救急センター内に備え付けの障害者福祉のしおりの中に、「療育センター(ふれあいの家)」の各種サークルが紹介されていて、私は大いに興味がそそられたのだ。それは、今回の手術により車イス生活を余儀なくされるという切羽詰まった事情を抱えていたからに他ならない。幸いなことに今のところは自分の足で歩けるが、現在進行形の心臓病を持つ身では、将来の社会参加の仕方に不安があるのも事実。いつの日か、不自由な身体になったときのことを考えて、今の内から障害をお持ちの方の仲間入りをさせていただいたのである。
そのような経緯で療育センターに出掛けて行くようになったのが、まだ術後2ヶ月も経たない今年の1月のこと。仲間の方たちは、90歳代、80歳代のご高齢の方も多い。しかも、皆さん、足や手が不自由の身。そのような方たちと一緒に過ごす時間が、私にとっては思いがけず居心地が良かったので驚いている。今日も楽しいハーモニカサークルだった。 |
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| 2009年4月27日(月) |
| 人生まだまだ半分:420 |
4月27日(月) 晴れ 体重:69.3kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:20) |
132/59 |
58 |
35.7 |
7,250 |
☆後頸部痛がさらに緩和
☆フキ狩り |
| A午前(0:10) |
135/57 |
56 |
35.7 |
昨日の強風のおかげというのも変だが、今日の空気は澄みきっていて爽快だ。朝風呂の後、残り湯を使っての洗濯、全ての窓を開放しての掃除機掛けなどの家事仕事をこなす。後頸部痛が昨日よりさらに緩和したようなので、気分までもが晴々としている。
家事仕事の後での電話やパソコン作業が終わってから徒歩で外出。クリーニング屋さんのついでに新検見川駅前のサンドイッチ屋さん(キッチンポテト)まで足を延ばす。ところが、あいにくサンドイッチ屋さんは休業日ということでガックリ。帰り道は遠回りして「フキ狩り」を楽しむことにした。田舎育ちの私なので、子供の頃、母に言われてフキを採った記憶があるが、成人してからは初めての体験だ。わずかの時間で大収穫。しかし、素手で採ったのでアクにより手が真っ黒になってしまった。
さて、アク抜きと調理法をどうしたら良いか、インターネットで調べてみる。うんうん、なるほど・・・。と、台所に立ったところへ妻が帰宅。私は買い物袋を見てビックリ。妻は台所のカウンターの上を見てビックリ。どちらにもフキがあるではないか。「こんなことがあるとは・・・」と、偶然の不思議さを笑い合った。妻は、まさか私がフキを採ってくるなど思いもよらなかったと言う。私にしてもそうだ。まさか妻がフキを買ってくるとは思わなかった。
そこで、私たちはそれぞれの方法でアク抜きと煮付けをやってみることにした。料理が出来上がるまでの所要時間は、私が約1時間で妻は10分程度。手際の良さでは妻に太刀打ちできないが、味付けには私も自信がある。結果はどうだったか。食べ比べてみて、妻と娘が口を揃えて言った。「お父さんが作ったほうが美味しい!」と。また、おだてられたかと思ったが、どうやら二人とも本心のようだった。 |
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| 2009年4月26日(日) |
| 人生まだまだ半分:419 |
4月26日(日) 晴れ(強風) 体重:69.2kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:40) |
136/57 |
61 |
35.8 |
3,770 |
☆後頸部痛が緩和傾向
☆山内先生と電話で会話 |
| A午後(11:50) |
139/58 |
58 |
35.9 |
発達した低気圧の影響で朝から猛烈な風が吹きまくった。洗濯物も一旦ベランダに干したが、すぐ室内に移動する始末だ。しかし、この台風並みの低気圧、今回は珍しく私の身体に何の悪さもしない。これまで爆弾低気圧には何度となく痛い目に会ったので、昨日・今日は用心していたが杞憂に終わったようだ。何といっても、4月は私にとって要注意月。今月20日が運命の日(12回目の命日)だったので、自分自身の十三回忌を済ませたことになる。その4月も残すところあと3日、月が変われば運気も好転するはず。是非そうなってほしいものだ。
早速、その兆候が現れたような嬉しいニュースがひとつ。実は、昨日あたりから、後頸部痛が和らいできたのだ。一番ひどいとき(3月19日のガツン時)を10とすると、昨日が3、今日は2程度といったところまで回復。おそらく、硬膜下の出血が止まったのではないだろうか。この調子だと、あと1週間ぐらいで痛みが治まるかも知れない。これで頭痛の種がひとつ減ると思うと気持ちまで明るくなってくる。
あとは声の回復を待つのみだが、こちらはなかなか思うような進展が見られない。しかし、たまに声を聞いてくださる方が、「少しずつですが、声が出るようになっています」と励ましてくれるので元気も湧いてくる。あきらめずに希望を持ってリハビリに努めることにしよう。
ところで、今日は久し振りに山内先生と電話で会話をさせていただいた。心配をお掛けした割にはご無沙汰ばかりで恐縮しきりである。声が声だけに、先生も気の毒そうに話を早めに切り上げてくださった。今度山梨に出掛けて行った折(5月か6月)には必ず訪問させていただくつもりだ。 |
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| 2009年4月25日(土) |
| 人生まだまだ半分:418 |
4月25日(土) 雨 体重:69.4kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:20) |
142/58 |
58 |
35.7 |
0 |
☆千葉職対連相談会(千葉市) |
| A午後(11:40) |
140/60 |
55 |
35.8 |
今日は亡き母の七回忌法要が故郷山梨で執り行われる予定だった。母が亡くなったのは6年前のまだ春浅い3月の初めのこと。今年の正月、兄妹たちとともに我が家で新年会を行なった折、「七回忌は暖かくなる4月25日(土)」と決定した。兄妹たちが、手術明けの私の回復具合を気遣ってくれての日程選びであったのは言うまでもない。
ところが、今日の法事は兄の仕事の都合により急きょ延期ということになった。私たち兄妹はまだ現役世代ゆえ(私は引退しているが・・・)、往々にして予定が狂うこともある。私は昨年の10月、手術の成功をお願いして以降、お墓で眠る両親にはご無沙汰をしてしまった。手術結果の報告が遅れて申し訳ないが、兄妹三家族揃ってお墓参りできる日を待っていてもらいたいと思う。
数日前、冬瓜さんから「25日に鵜の目さんのご自宅を一緒に訪問しませんか」とのお誘いを受けたが、法事を理由に辞退したのを思い出した。しかし、今日は千葉職対連の相談会も予定されている。鵜の目さんのところにも顔を出したいが、身体はひとつしかないので、そちらはまたの機会を待つことにした。
そこで、今日は相談会に出席。最近、この相談会では毎回のように新たな突然死の遺族の来訪を受ける。この傾向がますます顕著になってきたような印象が強い。私はまともに声が出ない状態なので、当面はサポーター的な役割に徹することにしている。今日も嵐のような天候にも関わらず、藁にもすがるような思いで新たな遺族が訪ねてきた。傍観者ではいられず、つい同席。聞けば一人息子は小学2年生になったばかりとのこと。いったい世の中はどうなってしまったのだろうか。心が痛んでならない。 |
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| 2009年4月24日(金) |
| 人生まだまだ半分:417 |
4月24日(金) 曇り 体重:69.7kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:10) |
135/56 |
56 |
35.8 |
7,050 |
☆ハーモニカ調律
☆花見川ウォーキング(セリ摘み) |
| A午前(0:30) |
137/59 |
52 |
36.0 |
昨年12月の手術以降、ハーモニカが上手く吹けなくなってしまった。このことは何度も日記に書いたので周知の通りだ。昨日の稲毛教室でも、あらためて仲間の皆さんに置いて行かれたことを実感させられる。「病み上がりなのだから仕方ない」と自分に言い聞かせてはみるものの、思うように動かない舌や喉の調子が恨めしくてならない。目標を高いところに置いているだけに、この現状を何とか打破したいのだが・・・。焦燥感と絶望感が交錯する毎日である。
こういった背景があるとはいえ、昨日はハーモニカの手入れが疎かになっていたことに気付かされた。A先生から「秋山君のハーモニカの音は狂っている」と指摘されてしまったのだ。何とも情けない話ではないか。「舌や喉の回復具合を云々する暇があったら、まずハーモニカの調律をしなさい」と、A先生が教えてくださったような気がした。
最近、身近ではおめでたいこともあった反面、不幸な出来事(療友を失ったこと)も相次いだので私の胸中は複雑である。そのためか、今日はハーモニカの調律をしようと決心したものの、なかなか身が入らない。しかし、ふとしたことがきっかけで俄然やる気が出てきた。忘れかけていた自分の持ち味を思い出したのだ。『あれこれと思い悩んでも始まらない。何事もあきらめずに、気力を振り絞って困難に立ち向かえば、道は必ず開けるはず』ということを。
使用頻度の高いハーモニカの順に、3時間で6本の調律を済ませたところで小休止。1時間程度のウォーキングに出る。今日のコースは花見川方面の田園地帯。田圃のせせらぎに生えているセリを摘むのが目的である。目を付けていたところのセリはちょうど食べ頃に成長していた。わずか10分ほどで両手にいっぱい収穫。夕飯のおかずの一品に加えたら、案の定、妻が喜んで食べてくれた。 |
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| 2009年4月23日(木) |
| 人生まだまだ半分:416 |
4月23日(木) 晴れ 体重:69.3kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:30) |
138/57 |
54 |
35.7 |
12,480 |
☆稲毛ハーモニカ教室
(往復ウォーキング)
☆定額給付金分配(先取り) |
| A午後(11:50) |
142/56 |
48 |
35.7 |
昨日・今日の私の行動を振り返ってみると、「ボケてしまったのではないか」と言われても反論の余地はない。
話は前後するが、最近、妻と娘の二人が揃って整骨院でのマッサージ治療を受けるようになった。妻の場合は、過密状態の仕事が原因での全身疲労というのは明らかだ。連日、睡眠時間が3〜4時間という状況では身体が変調をきたすのも無理はないだろう。もしかしたら、坐骨神経痛の原因も蓄積疲労によるものかも知れない。また、事務職の娘は、長時間のパソコン作業によって頸肩腕症候群を発症したのではないかというのが私の推測だ。確たる根拠はないが、二人の体調異変の原因は仕事と無関係ではないものと思われる。
そういう状況下で昨日、折しも、市役所から「定額給付金給付決定通知書」が届いた。その葉書を見ながら妻が娘に提案する。「そうだ、給付金で毎日マッサージを受けに行こうよ。明日、お父さんに払い出しに行ってもらって・・・」と。娘も満更ではないような顔をしている。私は、給付金の振り込みが「ゆうちょ銀行」であることを確認。明日の仕事の一つとして郵便局に行く予定を立てた。
そして今日、私は郵便局で3万6千円を払い出して帰宅。夕食後、「それでは、定額給付金を3人で分けることにします」と、自分の分も含めてそれぞれ1万2千円ずつ配った。ここで、娘が「もう支給されたの? 5月じゃなかったっけ?」と言い出したのでビックリ。あわてて通知書を見直したところ、何と、振込予定日は5月13日となっているではないか。通帳にも目を通したが、当然の如く、払い出しの記録はあるが入金の記録はない。
というわけで、冒頭の「ボケてしまったのではないか」という話につながるのである。いやー、何とそそっかしいことか。早とちりにも程があるというものだ。しかし、分配してしまった1万2千円を今さら回収するわけにもいかない。ここまで来れば、「捕らぬ狸の皮算用」になることもあるまい。せっかくだから、一足早く景気刺激策に役立てることにした。 |
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| 2009年4月22日(水) |
| 人生まだまだ半分:415 |
4月22日(水) 晴れ〜曇り 体重:69.6kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:00) |
135/58 |
56 |
35.6 |
3,640 |
☆主夫に専念
☆Y歯科クリニック受診
☆鵜の目さんの訃報 |
| A午後(11:40) |
139/58 |
58 |
36.0 |
今日は主夫に専念といった一日だった。朝のテレビの天気予想では、日中の気温が25℃前後になると伝えている。まだ4月だというのに、表の通りを歩く人の中には半袖姿も目に付く。もう厚手の衣類は要らない季節となったのかも知れない。そこで、今日はタンスや衣装ケースの中の衣類を整理することにした。冬物から春物への衣替えだ。この作業を始めると洗濯物の量も半端なものではなくなる。洗濯機を3回まわしてやっと完了。
一区切りが付いたところで、予約してあった歯医者さんに行く。虫歯の治療は痛いので憂鬱だが、食べ物を美味しくいただくには我慢するしかない。一昨日が耳鼻科で、昨日が掛かりつけ医と総合病院(これは妻に同行だが・・・)、そして今日が歯科医と三日連続の病院通いである。来週(5月1日)は救命救急センターの術後5ヶ月目の定期受診も予定されている。これから歳を重ねるごとにますます病院通いも増えるはず。病気とは上手に付き合っていきたいものだ。
午後は歩いて買い物に出掛ける。帰宅後、洗濯物を取り込んでから夕飯の支度。今夜のメニューは親子丼・生揚げの煮物・野菜サラダ、それにご飯とみそ汁である。味噌汁の具には、庭の菜園で採れた菜の花とインゲンを添えてみた。夕方の5時半を過ぎたころ、妻と娘が相次いで帰宅。二人とも我慢できないほどお腹を空かしているようだ。「帰ってきてすぐに食事ができるなんて、スゴーク幸せだよね〜」と二人が嬉しそうな顔をして口々に言う。上手いことおだてられているのは承知の上だが、悪い気はしない。
ところで、今晩、冬瓜さんから悲しい知らせが寄せられた。このHPの掲示板に何度も投稿してくださった「鵜の目さん」が先月亡くなられたとのこと。感性が豊かな良き「療友」をまたひとり失ってしまった。毎日、鵜の目さんのブログをチェックするも、1月29日付けのまま動かないので心配していたところへの訃報である。ここに、あらためて鵜の目さんのブログを紹介してご冥福をお祈りすることにしたい。
http://a-y-g.blogspot.com/ |
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| 2009年4月21日(火) |
| 人生まだまだ半分:414 |
4月21日(火) 曇り〜雨 体重:69.4kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:30) |
140/59 |
58 |
35.7 |
0 |
☆妻の付き添い(病院受診) |
| A午後(11:50) |
135/57 |
57 |
35.9 |
数日前から元気印の妻が珍しく身体の不調を訴えている。何やら、左側の腰から足にかけて時々「ズキンズキン」といった痛みが走るとのこと。そうかと言って、仕事に差し支えるほどの重症ではないので、いつもと同じように添乗仕事にも出掛けて行く。しかし、一昨日から昨日にかけての「善光寺ご開帳と立山黒部アルペンルート」の添乗は、足腰に相当な負担がかかったようだ。最寄駅まで迎えに行った帰りの車中でも不安げな表情で痛みの様子を報告するのだから、あの有名な「雪の大谷ウォーク」が余程きつかったのだろう。
不調の原因には全く心当たりがないとのこと。私が「神経痛とか筋肉痛ではないのかな〜」と言うと、妻は「脳梗塞のような病気が一番怖いよ。仕事ができなくなるのも困るけど、もし歩けなくなっちゃったら旅行にも行けないし・・・」と大袈裟な心配までしている。私の結論は「目先の仕事も大事だろうが、今、最優先すべきは病院での検査受診」。今朝になっても、断続的な痛みが続く状態のため、妻も観念して病院を受診することになった。いつもと違い、今日は私が付き添い役だ。
私のセカンドオピニオン医師のM先生の診察を受けたところ、「典型的な坐骨神経痛の症状」という診立てである。紹介状を書いてもらい、その足でMRI検査設備が整っているS総合病院を受診。医師による確定診断は数日後になる見込みだが、帰宅後、インターネットで「坐骨神経痛」を調べた妻が「私の症状にピッタリ・・・」と自己診断していたので間違いなさそうだ。
「亭主元気で留守が良い」というのは世間の通り相場。我が家では数年前から「女房元気で・・・」と主客転倒が当たり前になった。私が病弱ゆえ、妻には元気で頑張ってもらわなければ困るので・・・。 |
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| 2009年4月20日(月) |
| 人生まだまだ半分:413 |
4月20日(月) 晴れ 体重:69.2kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:20) |
138/61 |
56 |
35.8 |
5,890 |
☆Y耳鼻科定期受診
(無呼吸症候群)
☆自分自身の13回忌 |
| A午前(0:30) |
137/58 |
56 |
36.0 |
「忘れたくても忘れられない4月20日」という日が今年もやってきた。この日は私の運命の日、つまり命日である。今から12年前(1997年)の今日4月20日、私は突然の心臓病(急性大動脈解離)を発症。まさに、青天の霹靂という言葉がピッタリの出来事に遭遇してしまった。働き盛りの46歳のときのことだ。大動脈弁置換術により九死に一生を得たが、著しい心臓機能障害が残ってしまった。さらに、大動脈の残存解離部分はボロボロで、いつ破裂するか分からないという爆弾のオマケ付き。以来、術後の生存率が5年で20%程度、10年で5%以下と言われるこの病気との闘いの日々が続いている。
あれからもう12年か・・。歳月の流れの早さを実感する毎日である。この間に7回の入院、5回の手術。それでも、まだこうして生きていることが不思議でならない。あの世とこの世を行ったり来たりの人生がいつまで続くことやら・・・。当たり前のことだが、それはきっと死ぬまでということに違いない。
それにしても、人間という生き物は何と逆境に強いものだろうかと感心させられる。身も心もズタズタに切り刻まれてしまった私だが、まだまだ生きる気力は失っていない。術後生存率が例え5%以下の部類に属していようとも、私には「心臓への人工弁装着者の最長寿記録更新(国内記録は85歳だとか)」の人生目標があるので頑張れる。
ところで、冬瓜さんが昨日の「犬と歩けば・再生」の中で、私を励ましてくださっていた言葉が印象的だった。「手のひらを太陽に」の歌のように、笑って歌って喜んで悲しんで長生きをしてくださいというメッセージである。そのように生きたいと思う。 |
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| 2009年4月19日(日) |
| 人生まだまだ半分:412 |
4月19日(日) 晴れ 体重:69.0kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(5:50) |
145/63 |
54 |
35.6 |
3,720 |
☆完全休養日
(ハーモニカ自習) |
| A午前(0:10) |
140/59 |
57 |
35.9 |
昨日、船橋で開催された「職場の安全と健康を考える県民の集い」。私は体調が優れないので、午前の部のシンポジュームへの出席は控えさせていただいた。午後の部の分科会と全体会(報告会)には参加したが、まともに声が出ないので発言は一切せず聞き役に徹することに。さながら、私はその場に居合わせただけの空気みたいな存在と言っても良さそうだ。自他ともに認める存在感の薄さをあらためて実感した一日でもあった。
休憩時間には、数名の方が私の身体のことを心配して労りの言葉をかけてくださった。それに対して、私も絞り出すような声で感謝の気持ちを伝える。声が声だけに、不十分なコミュニケーションになるのは如何ともし難い。しかし、このようなやり取りができただけでも集会に参加した甲斐があったというものだ。
驚いたのは、労働科学の研究者のS先生がわざわざ「秋山さん、お久しぶりです」と話しかけてくださったこと。S先生は睡眠衛生学・産業労働心理学・労働科学論の専門家(博士)。私は以前から面識があったが、まさか名前まで覚えていてくださるとは思わなかった。実は数年前、S先生が私の「仕事〜睡眠〜病気発症」のメカニズムに殊のほか関心を示され、研究への協力要請を受けた経緯があったのだ。私は過労死の生き証人という観点でとらえた場合、絶好の研究材料ということになるのかも知れない。
そのS先生が思いもよらぬことをおっしゃったのでビックリ仰天。「実は、私、脳梗塞を発症してしまいました。そして労災の業務上認定を受けました」とのこと。「医者の不養生」とは意味合いが異なるが、発症の原因は過労によるものだったそうだ。労働科学の研究者にとっても受難のご時世ということか・・・。大変な世の中になったものだ。 |
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| 2009年4月18日(土) |
| 人生まだまだ半分:411 |
4月18日(土) 晴れ 体重:69.2kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:20) |
141/62 |
60 |
35.8 |
2,530 |
☆職場の安全と健康を考える県民集会
(船橋市勤労市民センター) |
| A午前(0:00) |
138/58 |
56 |
35.8 |
今日の午前中、YMさんの告別式が執り行われることになっている。夕べの時点では、最後のお別れに行きたいと思っていた。しかし、今朝になったら佐倉まで出掛けて行く元気が湧いてこない。「療友」を失ったショックが予想以上に大きかったということのようだ。私の場合、大病を患っているためか、精神的に落ち込むと身体が思うように動かなくなるという傾向がある。最近、その傾向が顕著になってきたような気がしてならない。今日がまさにそのような状況と言える。
YMさんの通夜の席上、読経を聞きながら、私は一種の幻覚状態に陥っていた。これまでに両親をはじめ、叔父叔母など、何度となく通夜・告別式に参列してきたが、今回のような体験をしたのは初めてだ。こんなことを書くと奇人変人と笑われそうだが、敢えて書くことにしよう。実は、YMさんの通夜の場で、夢と現実が重なってしまったような不思議な光景が目の前で繰り広げられていたのである。
まず、祭壇に飾られている写真。そこには紛れもない私の顔が写っている。遺言状の中で希望した写真の1枚だ。棺の中に納まっているのも私。親族の席には妻や子供たちの家族、兄妹たちが座っている。一般の参列者の席には親しい「いとこ」たち、ご近所の方々、職対連関係者、ハーモニカ仲間の姿も見える。とりわけ多いのが妻の会社の関係者だ。添乗員同士というだけでなく、私と妻の共通の旅仲間の姿がなんと多いことか。私は見覚えのある顔を見回して、「こんなに大勢の人に見送られて幸せだな〜」と思った。その直後、読経の声が遠ざかって行くように感じたとき、係の人に焼香を促される。ハッとして我に返った瞬間、現実の世界に戻っていた。
過去の手術の際は、何度となくこれに似た体験をしたことを思い出す。全身麻酔で眠っているときに見る幻覚症状のことを、医学用語では「ICU症候群」と呼ぶそうだ。この幻覚を見ると、いつもヘトヘトに疲れ切ってしまうというのが私の場合の経験則でもある。今回は全身麻酔によるものではなく、一時的に原因不明の催眠術にかかってしまったようだ。
ひどい疲労感が残ったので、今日は午前中を完全休養とした。午後になってから、船橋で開催された「職場の安全と健康を考える県民の集い」に参加。しかし、懇親会は欠席して早々に帰宅の途に就いた。 |
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| 2009年4月17日(金) |
| 人生まだまだ半分:410 |
4月17日(金) 曇り〜小雨 体重:69.4kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:40) |
136/61 |
57 |
35.3 |
0 |
☆YMさんの通夜に参列
(佐倉斎場) |
| A午前(0:30) |
142/59 |
58 |
35.7 |
YMさんの通夜に参列するため、妻とともに車で佐倉の斎場に向かうことにした。出がけに腕時計を身に付けようとしたとき、時計が動いていないことに気付く。どうやら電池切れらしい。道中、小雨も降り出す。涙雨か・・・。まるで、時計も空もYMさんが亡くなったことを悲しんでいるかのようだ。
式場の入り口で、YMさんの写真が出迎えてくれている。写真の前には、故人がこよなく愛した畑(家庭菜園)で収穫したばかりのワケギがひと掴み。あの畑には私も忘れられない思い出がある。もう2年ほど前になるが、ご招待を受けて玉ねぎ堀りを体験させていただいたときのこと。YMさんが用意してくれた長靴に足を入れた瞬間、猛烈な痛みを覚えて飛び上がった。何と、長靴の中に巣を作っていたハチの猛攻撃を受けたのだ。複数個所を刺されて腫れあがってしまったが、薬などの持ち合わせがあろうはずもない。やむを得ず、畑の隅でアンモニア消毒をすることに。つまり、自分の足にオシッコをかけての応急処置だ。そのような懐かしい思い出がよみがえってきた。
祭壇にはゴルフウエアーに身を包んだYMさんの写真が飾られている。食事の後で棺に納まったYMさんの顔を拝見させていただく。まるで眠っているかのような安らかな顔だ。やせ細ってはいるが、苦痛に歪んだ顔でなくて良かった。一緒に旅をしたときの写真を数枚持参して棺の窓からYMさんに見せる。二組の夫婦で「あんこう鍋」を囲んでいる写真。新潟の温泉ホテルで「ああ人生に涙あり(テレビドラマ水戸黄門の主題歌)」をデュエットしたときの写真など・・・。それらを、「旅の道連れに棺に入れてほしい」と奥さんにお願いしたら、懐かしそうに写真を見つめ、次のような言葉を返された。「秋山パパ(私はそう呼ばれている)、うちのお父さんの分まで長生きをしてくださいね!」と。是非そのようにしたいと思う。 |
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| 2009年4月16日(木) |
| 人生まだまだ半分:409 |
4月16日(木) 晴れ 体重:69.6kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:30) |
127/58 |
60 |
35.6 |
0 |
☆YMさん逝去
☆ハーモニカ稲毛教室
☆千葉職対連常任幹事会 |
| A午前(0:40) |
139/57 |
58 |
35.8 |
早朝、添乗仕事に出掛けている妻からメールが入った。悲しい知らせである。妻の仕事仲間のKMさんのご主人(YMさん)が、本日未明、静かに旅立たれたとのこと。享年65歳、早すぎる死だ。YMさんは約10年前、不治の病(肺がん)に倒れたが、人並み外れた精神力で闘病生活を続けてこられたという経歴の持ち主。私にとっては「療友」でもある。
YMさんご夫妻と私たち夫婦は似たもの同士だった。妻たちは同期の添乗員。それぞれの夫は肺がんと心臓病の患者。さらに、YMさんと私は元スーパーゼネコン勤務のエンジニアという間柄。いつしか、お互いの家に行ったり来たりするような関係になったのも自然な流れと言える。この数年間、4人で何度も温泉旅行にも出掛け、お風呂では手術の傷跡を見せあい、「お互いに長生きをしましょう」と語り合ったものだ。近年は双方とも入退院(手術)を繰り返すようになったが、そのたびに奇跡の生還を果たすというドラマチックなところもソックリだった。
死と隣り合わせにいるような男同士だが、二人とも「死は無縁な世界」との認識で共通していた。妻は先月お見舞いに行ったが、私は「YMさんは長生きするはずだから・・・」と同行を辞退したという経緯がある。その前後、女同士の電話に途中で男同士が受話器を代わったが、二人ともまともに声が出ない状態まで酷似していることにビックリ仰天。あのときの会話が最後になってしまった。「療友」を失い、残念の極みである。 |
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| 2009年4月15日(水) |
| 人生まだまだ半分:408 |
4月15日(水) 晴れ 体重:69.8kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(6:10) |
137/61 |
59 |
35.7 |
5,820 |
☆主夫に専念(?) |
| A午前(0:30) |
145/58 |
56 |
35.9 |
早起きをして、添乗の仕事に出掛ける妻を千葉駅まで送って行く。雨上がりのためか、空気が澄んでいて気持ちが良い。近所の桜並木の桜は、もうすっかり散ってしまい葉ざくらになっている。また来年の春まで桜が見れないと思うと、何だか名残惜しい気がする。
ところで、夕べ私が床に就いたのは午前1時半頃。その時、妻は今日の仕事の準備に夢中の様子だった。今朝、「何時まで勉強していたの?」と尋ねてみたら、ほとんど一睡もしていないとのこと。中身の濃い1泊2日のバスツアーのスケジュールの確認・見学先の資料のコピー・座席割りなどの作業をしていたら眠る暇がなくなってしまったらしい。毎回、添乗仕事に出掛ける前は、3時間ほどの睡眠時間が当たり前になっているようだが、よく身体が持つものだと不思議でならない。あらためて、「おばさんは元気だな〜」と痛感させられる。
そういう私はというと、今日は低気圧が近付いているわけでもないのに、身体が妙にだるい。頭をガツンとやった後遺症(後頸部痛)は、今のところ小康状態だ。改善傾向にあるような気もするが、ときどき痛みが走るところをみると、まだ油断はできないと思われる。今日の身体のだるさは、それとは無縁なものであることは明らかだ。おそらく、このところの頻繁な外出による疲れが原因ではないだろうか。
そのような事情のため、今日は外出を控えて気ままな一日を過ごすことにした。「主夫に専念」と言いたいところだが、それほどのこともやっていない。午前中の掃除と洗濯・午後の買い物と夕飯の支度だけだから・・・。たまにはこんな一日があっても良いものだ。 |
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| 2009年4月14日(火) |
| 人生まだまだ半分:407 |
4月14日(火) 曇り〜雨 体重:69.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:10) |
133/59 |
57 |
35.8 |
4,570 |
☆ハーモニカサークル
(療育センター) |
| A午前(0:30) |
140/61 |
57 |
36.0 |
NHKテレビ(午後10時から)の「プロフェッショナル 仕事の流儀」に釘付けとなった。
今夜のテーマは、『すべてを捧げて、命をつなぐ』?血管外科医・大木隆生?
昨今、日本では高齢化・食生活の欧米化などで動脈硬化による「血管病」が急増している。血管内にコレステロールや老廃物が蓄積し、血管の狭窄やコブといった症状を引き起こすものだ。なかでも心臓から全身に血液を送る大動脈にコブができる「大動脈瘤」は自覚症状がないまま拡大が進む。最悪の場合、突然破裂し、大量出血によって9割が死に至るというもの。
これまで大動脈瘤は全身麻酔をした上で患部を30センチほど切開し、人工血管に置き換える大がかりな手術が行われるのが一般的だった。しかし、最近では「ステントグラフト」と呼ばれる最先端の人工血管を用いた治療(カテーテルによる血管内手術)が注目を集めている。その世界随一の使い手とされるのが血管外科医・大木隆生医師(46)だ。従来の胸や腹を切開する手術法は、肉体的な負担から、高齢者や心臓・呼吸器などに持病を抱える患者は手術を受けるのが困難だった。ところが、ステントグラフトを血管内に装着することで瘤の破裂を防ぐという画期的な治療法が確立されつつある。新しい医療技術だけに長期の信頼性はまだ保証されているものではないが、他に治療法がない患者にとって“最後の希望”になっているのは確かなことだ。
ところで、この手術法が私に適用されるかとなると、現状では無理というのが通説となっている。私の病名は「解離性大動脈瘤」。解離性大動脈瘤は、前述の大動脈瘤(コブ)と違い、三層構造の大動脈の内膜と外膜の間に血液が流れ込むことにより、真腔(元の血流の通り道)と偽腔(新たな血流の通り道)が存在するのが特徴である。私の場合、二腔解離のみならず、一部が三腔解離になっている複雑さが問題でもある。つまり、血管内手術では腎動脈などの枝分かれした動脈の再建が現状では不可能ということなのだ。
しかし、現代医学は日進月歩のため、私のような複雑な形態の解離性大動脈瘤の患者にも、いつの日か有効な治療法が開発されるに違いない。未来に希望がわいてくるようなテレビ番組に勇気づけられた思いだ。
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| 2009年4月13日(月) |
| 人生まだまだ半分:406 |
4月13日(月) 晴れ 体重:69.7kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:20) |
125/57 |
58 |
35.7 |
7,190 |
☆東京O弁護士打ち合わせ
☆Y歯科医受診 |
| A午後(11:40) |
135/57 |
60 |
35.9 |
昨日の深夜0時半過ぎ、いとこ会の準メンバーのK兄さんにPCメールを送ろうとしていたときトラブルに遭遇。インターネットへの接続が完全に遮断されてしまったのだ。何度も復旧を試みるも、「自動復旧できない重大な問題が発生しました。プロバイダーに助けを求めることをお勧めします」というメッセージが表示されるのみ。解決の糸口さえ見つけられないまま時間だけが流れていく。こんな真夜中ではプロバイダーのサポートを受けることなどできるはずもない。あれこれと試行錯誤で問題解決策を探ってはみたが、結局復旧することができなかった。気が付いたとき、時計の針は既に午前2時半を回っている。後は、翌日プロバイダーにサポートを依頼するしかないと腹をくくり床に就いた。
ところが、目が冴えて眠るに眠れない状態がしばらく続く。無駄な抵抗かも知れないが、「パソコンを解放状態にして朝まで様子をみよう」と再び起きだして、接続されているコンセントやケーブル類を全て引き抜いてみた。そして翌朝(今朝)、午前6時半に起床。睡眠時間が3時間半程度のため睡眠不足は明らかだ。寝ぼけ眼でパソコンのケーブル類をつなぎ、電源を入れてみる。何ということか、昨夜あれほど苦労したインターネットへが正常に機能しているではないか。狐につままれたようなひと晩だった。
さて、昨日悩まされた歯痛は今朝になっても続いている。この期に及んでは歯医者が苦手などと悠長に構えているわけにはいかない。Rさんの件で東京のO弁護士と打ち合わせを済ませた後、急いで帰宅。30分ほどの昼寝により、やっと眠気も治まった。歯医者では、局部麻酔により歯の神経を抜いてもらうことに。どうやら、これからも何度か通わなければならないようだ。 |
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| 2009年4月12日(日) |
| 人生まだまだ半分:405 |
4月12日(日) 快晴 体重:70.0kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:10) |
128/58 |
57 |
35.8 |
6,230 |
☆歯痛に悩まされる
☆PCに重大なトラブル発生
(修復に手間取る→HP更新停滞) |
| A午前(1:30) |
137/59 |
57 |
36.1 |
このところ美味しい料理を口にする機会が多かったので、ちょっとカロリーを摂り過ぎたしまったようだ。体重計はウソをつかないものと感心するしかない。私のベスト体重は68kgだが、この1ヶ月で2キロも増えてとうとう70キロの大台に乗ってしまったのである。昨年暮れの入院手術を機にメタボから脱出傾向にあったのに、これでは元の黙阿弥になりかねない。心臓への負担を軽減させるため、体重の増加傾向に歯止めをかけなければと痛感。間食を控えるなど、明日から生活習慣の改善に取り組むことにしよう。
ところで、今日は歯痛に悩まされた一日だった。どうやら治療した虫歯の神経が悪さをしているらしい。熱いお茶、冷たい水、甘い食べ物など、何を口にしても痛みが走る。これは食べ過ぎに対する天罰ということかも知れない。明日以降に歯科医のお世話になるしかないと覚悟するしかなさそうだ。妻に歯痛の話をしたら、「次から次と痛い目にあって、本当に可哀そう・・・」と、半ば呆れながら同情されることに。後頸部痛と歯痛のダブルパンチを受けた状況だが、不思議なことに感ずる痛みは片方だけということが分かった。
さて、今週は何かと行事予定が立て込んでいる。私にとって、4月は要注意月のため、体調管理に気を付けながら社会参加するようにと自分自身に言い聞かせた。 |
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| 2009年4月11日(土) |
| 人生まだまだ半分:404 |
4月11日(土) 快晴 体重:69.8kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:30) |
133/59 |
58 |
35.7 |
0 |
☆姪の結婚式出席
(軽井沢日帰り) |
| A午前(0:40) |
143/61 |
59 |
35.9 |
姪(妹の娘)の結婚式出席のため、妻・娘と共に軽井沢まで出掛けて行った。旅は道連れとばかりに、東京駅で兄&息子(長男)家族と合流。孫を含めて6人の賑やかな日帰り旅となった。東京駅から軽井沢駅までの所要時間は新幹線で約1時間。昔は遠く感じた軽井沢がずいぶん近くなった印象を受ける。駅に降り立ったとき外気温18℃の表示が出ていたが、日差しが強く初夏を思わせる陽気のため額には汗がにじむ。空気が澄んでいるので、浅間山の山頂からたなびく噴煙が殊のほかよく見えた。
挙式場は静寂な景観に溶け込んだような佇まいの「石の教会 内村鑑三記念堂」。この教会は、明治期のキリスト教者・内村鑑三の思想を西洋の建築家が造形に仕立てたもので、祭壇も十字架もない独特の様式となっている。ネットで調べてみたら、「自然が創り出した芸術」との表現があったが、まさのその通りの趣を感ずるものだった。
ところで、今日めでたく結婚した姪は、いまどき珍しいほどの心の優しい娘との印象が濃い。私の母が山梨で一人暮らしをしていた頃、「かわいそうだから一緒に住んであげたい」と言っていたのを聞いて驚いたものだ。その後、母が千葉で過ごした晩年(3ヶ月ほどだが)、何度か会いに来てくれたこともあった。我が家で、母・妹・姪がカラオケで楽しんだ日のことを懐かしく思い出す。新朗に姪のことを尋ねたところ、「A子さん(姪)の優しさに惹かれました」との返事を聞いて納得。きっと、幸せな家庭を築いてくれるものと思う。
挙式に引き続いての親族だけの食事会では、新郎新婦の目の前の特等席に座らせていただく。しかし、私の声がまともに出ないので残念ながら多くの言葉を交わすことはできない。そこで、何とか祝福の気持ちを伝えたく、妻に助太刀(通訳)を依頼。かわいい姪のため、ハーモニカで「タンゴ花嫁人形」を演奏させてもらうことに。演奏しながら見渡すと、みんな静まり返ったように聴いている。終わったとき、万雷の拍手を浴びたので、まずまずの出来栄えだったのだと思う。
久し振りに礼服・ネクタイ姿で一日を過ごしたので少々疲れたというのが本音。書きたいことは盛りだくさんなのだが、今日の日記はここまでとしよう。 |
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| 2009年4月10日(金) |
| 人生まだまだ半分:403 |
4月10日(金) 快晴 体重:69.5kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:00) |
125/57 |
57 |
35.8 |
9,210 |
☆近所の桜並木の花吹雪に見とれる
☆明日は軽井沢日帰り(姪の結婚式) |
| A午後(11:50) |
140/62 |
58 |
36.0 |
昨日に続いて、近所の桜並木の花吹雪に見とれる。予想通り、花びらで埋め尽くされた道路は、まるでピンクのジュータンのようだ。初夏を思わせる陽気の中を花びらが吹雪のように舞い降りていく。まるで別世界の光景を見る思いである。この桜並木に限らず、今年の桜は花の数が多いような気がするが、気のせいだろうか・・・。
今日は妻が日帰りの添乗仕事で不在のため、私が主夫として家事一切をこなした。午前中は、掃除・洗濯、衣類の整理だけで終わってしまう。午後は稲毛駅の近くのスーパーまで買い物を兼ねてウォーキング。帰宅してからは洗濯物を取り込み、夕飯の支度に精を出す。今夜のメニューは豚肉の生姜焼きとカボチャの煮物がメインだ。これだけでは物足りないので、野菜サラダと焼きそばを少々付け加える。あとは炊き立てのご飯とみそ汁で出来上がりだ。
娘の帰宅を待ってから一緒に食べようと思ったが、なかなか帰ってこない。そういえば、今日は花の金曜日だった。午後9時まで待ったが、お腹が空いたので一人で食べることに。午後10時を過ぎて妻が帰宅。「豪華な食事だこと・・・」と言いながら美味しそうに食べてくれた。 |
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| 2009年4月9日(木) |
| 人生まだまだ半分:402 |
4月9日(木) 晴れ 体重:69.7kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(7:20) |
128/59 |
55 |
35.7 |
10,450 |
☆ハーモニカ稲毛教室
☆近所の桜が散り始めた(開花10日目) |
| A午後(11:40) |
137/61 |
57 |
35.9 |
この地に住んで20年、近所の桜並木の今年の見事さは格別なものとの印象が強い。その美しさときたら言葉では表現できないほどのものと言える。先月の25日に開花してから今日で10日目を迎えたが、これほど長い日数をかけて私たちの目を楽しませてくれたことなど過去にはなかっただろう。その桜の花が今朝から散り始めた。すると、今度は桜吹雪の美しさに目を奪われる。何て綺麗なことかと絶句するほどだ。きっと、明日は花びらで埋め尽くされた道路がピンクのジュータンのようになるものと思われる。
ところで、今日はハーモニカの稲毛教室に出掛けてきた。いつものように、会場までの道のりを歩いて往復。あちこちの桜を観ながらのウォーキングは実に楽しい。しかし、往路では初夏を思わせる陽気のせいか、リュックを背負っているので大つぶの汗をかいてしまった。帰路はちょっと遠回りをして普段見慣れない桜を探しながら帰ることに。往復1時間40分ほどのウォーキングでちょうど10000歩を達成することができた。
さて、ここで最近の体調について少し触れておくことにしよう。手術部の痛みはほとんど気にならない程度まで回復したのでもう大丈夫だ。しかし、声は依然としてまともに出ない状況が続いている。術後4ヶ月が過ぎたというのに、全く改善の傾向が見られないのだ。もしかしたら、このまま症状が固定してしまうかも知れないと思うと憂鬱だ。さらに、もうひとつの頭痛の種が先月の19日に頭を「ガツーン」とぶつけた後遺症。あのときから続いている後頸部痛が慢性硬膜下血腫に移行しなければ良いのだが・・・。この先、どのような運命を辿るのかは神のみぞ知るところだが、悔いのないように毎日を精一杯生きようと思う。 |
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| 2009年4月8日(水) |
| 人生まだまだ半分:401 |
4月8日(水) 晴れ 体重:69.9kg
| - |
血圧〔最高/最低〕 |
脈拍数 |
体温 |
歩数 |
特記事項(今日のテーマなど.) |
| @起床前(8:00) |
127/57 |
59 |
35.8 |
9,280 |
☆義兄夫婦を幕張PAまで送る |
| A午後(11:50) |
130/60 |
55 |
35.8 |
義兄夫婦の突然の来訪を受けたため、今日の予定が大きく狂ってしまった。今回の義兄たちの来訪は、妻の従弟の親戚における葬儀への同行という理由によるものだ。昨日、山梨から京葉道路の幕張PAまで1台の車に同乗してきたが、義兄夫婦だけがそこで下車。今日の帰りもそのPAで合流するシナリオが出来上がっていたのである。そこで、私に課せられた役割は「PAと我家との間の交通手段の確保」というもの。日頃からお世話になっている義兄夫婦の希望とあらば、私たちも万難を排して対応せざるを得ないという事情があった。
さて、「PAと我家との間の交通手段の確保」をどうすれば良いかと思案した方法は次の通りだ。昨日の下り線PA利用の場合、私の運転する車は幕張ICで入り、幕張PA経由・武石ICで降りる。PAへの到着の約15分前に連絡をもらったら、ドンピシャのタイミングで落ち合うことができた。ということは、今日の上り線PA利用については、その逆の手順で辿れば良いことになる。義兄夫婦を乗せた私の車が武石ICから入り、幕張PAで従弟の車と合流、そこで別れて幕張ICで出る。昨日も今日も、神業と思えるほどの正確さで義兄夫婦の乗り換えに成功。しかも、ささやかなことだが、その区間の通行料が無料という特典付きには義兄たちも大喜びだった。
ところで、今日は職対連の関係での裁判傍聴支援の役目を仰せつかっていたのだが、やむを得ずドタキャンさせていただくことに。私は、会議での決定事項を全うできない役立たずの常任幹事であることを後ろめたく感じた次第である。 |
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